トランスジェンダー押し付けも肥満奨励も同じ穴のむじな

最近、トランスジェンダー関係の記事で、女なのに男性ホルモンを摂取して男に見える女が、「男も生理になる」とか言って生理の血液で汚れたズボンの股間を写した気持ち悪い写真をツイッターにアップしていた。自分が男になりたい人間が生理の苦痛に文句言うなんていい加減にしろよと思ったのだが、彼女の苦労が一体このカカシに何の関係があるのかと聞きたくなった。
彼女が自分を男に見せたいと思うのは勝手だ。それで短髪にして男性ホルモン摂取して男装するのは彼女の趣味だから私はどうでもいい。でもそれならどうして何の関係もないカカシや不特定多数の人々が彼女の生理で汚れたズボンを見なくちゃならないのだ? そんなことをする不可思議な女を何故無関係な他人が男と認めなければならないのだ?
もっとひどいのなると、トランスジェンダーとデートしないのはトランスフォビアだなどと言い張る奴まで居る
先日ナタリー・ヘイグというプラスサイズ(デブ)モデルが、飛行機で偶然隣り合わせになった男性が自分の体重について悪口を友達とのメールで交わしていたのを目撃して激怒し男性を怒鳴りつけ、その模様をビデオに撮ってインスタグラムだかのソーシャルネットワーキングにアップした。
この男性は隣に座った肥満女性について友達へのメールで「この女がメキシコ料理を食べなかったことを願うよ」とか「メキシコ人を食べちゃったんじゃないの」とか書いていた。それをこの肥満女は自分のスマホで撮影し、後に男性に対して、彼のメール内容は自分をひどく傷つけた、そういう行為は今後慎むようにと説教を始めた。
はっきり言って、この世の誰にも傷つけられない権利などない。彼女は太ったことを売り物にしているモデルだ、そうやって自分の体をひけらかしているのなら、それに対する批判もどんと受け止めるくらいの度胸を持つべきだろう。
さて、これに関連してデイリーコーラーという新聞にデイビッド・フックステッドという記者が「肥満モデルをもてはやすのは止めてくれ」という記事を書いて避難を浴びている。
フックステッドは最近スポーツイラストレイテッドという男性向きスポーツ雑誌にプラスサイズのモデルによるビキニ姿が多く出るようになったことについて、男は肥満モデルのビキニ姿など見たくないと書いてネット上で炎上してしまった。自分だって太ってるくせに他人のスタイルを批評できた柄か、というのがまあ大半な批判。
しかし一男性読者であるフックステッドが太っているかどうかは問題ではない。一般の読者が肥満モデルが表紙を飾るスポーツ雑誌など買いたがるかどうかが問題なのだ。
なぜモデルが痩せているのかと言えば、それは社会が美とはこうでなければならないと押し付けているからではなく、そういうモデルを見たいと思う人が消費者の大半を占めるからだ。もし肥満モデルを掲げることで雑誌の売り上げが伸びるのであれば、スポーツ雑誌にしろファッション雑誌にしろ肥満モデルを重宝するだろう。
誰がどんな人に魅力を感じるかは個人の自由だ。それを誰かに押し付けられる行為は私は我慢が出来ない。
女を(男を)男(女)と呼べ、肥満モデルを美しいと言え、そういうふうに真実を歪曲し人々の本意を曲げることを体制が押し付けるやりかた、それこそがファシズムなのだ。


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左翼に証拠を出せと言われたら、次はさらなる質問か遁走と覚悟すべき

ちょっと最近ツイッターでちゃちゃが入ったので左翼リベラル自称フェミニストとちょっとやり取りをしたが、結果はいつもの通りだった。時々フェイスブックとかツイッターで私から話かけても居ないのに横から茶々を入れてくる人がいる。でもそう言う人に限って何がそんなに気に入らないんだと聞くと具体的な説明をせずに逃げてしまうのが定番。
たとえば、私が強姦の加害者に加害をするなと称えるのはスエーデン警察が野蛮人移民たちに強姦はやめましょうという腕章を配るのと同じくらい意味がないことだと言ったら、そんな事実があるなら証拠を出せという奴がいた。
ここで私はふと立ち止まった。ちょっと検索すれば私が言ったことが事実であるのはすぐわかる。最近はそういう時代だ。だからあえて証拠を出せなんて相手に要求する人間は相手にする価値などない。そうと解ってはいたが、やっぱり昔の癖で証拠を提示したら、情報は偏見に満ちている。信用できない。と無視。スエーデンの状況について全く無知なのだねと指摘したら、ウザイからミュートと来た。他人の会話に招かれてもいないのにちゃちゃ入れといてよく言うよ。
昔から左翼リベラルとの会話は常にこういうふうに欲求不満で終わるので、相手にはしないよう努力をしているが、それについてヤフー掲示板時代(2005年)にまとめたものを書き直したエントリーを思い出したので再掲しよう。メディアムは変わっても左翼リベラルのアホさは変わらないので読む価値ありだと思うよ。
題して「立派な革新派市民となるための詭弁口座」
まずは初心者のための手ほどき。
初心者の革新派同士の君たちは、相手とまともに議論をしても勝ち目がない。そういう君たちに最も効果のあるやり方は、スローガンをしっかり暗記し、それを何度もくりかえすことである。「戦争反対!」「教科書反対!」という具合に。記憶力のいいひとなら、誰かの書いたもっともらしい文章を2〜3節暗記して、意味がわからなくてもそれを繰り返すやり方もある。
この際なるべく相手に理解しがたい「不誠実誘導爆弾発言」といったような言葉使いや言い回しをすると効果がある。君たちがわかっていようといまいと問題ではない。相手を混乱させるのが目的だからである。
ここで大事なのは、決して相手の誘いのって質問に答えたりしないことである。初心者の君たちにはまだスローガンの中身を説明する技術はない。質問を受けたら相手が質問すること自体おかしいというふりをしよう。
「そんなこともわからんのか、あんぽんたん!」「こんなことは常識だ」「必然的にそうなるのだ!」と繰り返し、質問をはねつけよう。
それでもしつこい相手には、「人種差別者!」「男尊女卑主義者!」「ファシスト!」といったような決定的な個人的中傷誹謗でとどめをさそう。相手はこれで大抵黙る。
中級編と上級編は次ページをご参照のこと。


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自分の威光を残すために広島訪問を利用したオバマ王のせこい演説

慰安婦問題などで日本の立場から取材を続けているフリーランスのジャーナリスト、マイケル・ヨンのオバマ王の広島訪問に関する記事がブレイトバートで掲載されている。
歴史を陳腐なものにしてしまうオバマ大統領
President Obama is snatching banality from the jaws of the historic
著者:マイケル・ヨン、ジェイソン・マイケル・モーガン博士
著者らは歴代大統領初めての広島訪問はたとえそれが公式謝罪という形ではなくても、訪問そのものは二つの国の間にある癒えきれていない深い傷を癒す意味があったとしながら、にも関わらずオバマ王はその機会を自分の威光を残すことに捕らわれて台無しにしてしまったという。
さすがイラク戦争時代に従軍記者をやってたヨンだけあって、オバマ王による防衛政策への批判は手厳しい。著者らはオバマ王が何もしないうちからノーベル平和賞をもらっておきながら、以後8年間にわたって防衛政策完全失態について、就任初期に行なった全世界謝罪ツアーのことや、同盟国を遠ざけ平和に欠かせない強力な機会である軍隊を弱小化させ、オバマのほぼ存在しないリーダーシップのせいで、アメリカがシリアやイランへの影響力を失ったことなどを鋭く批判している。これらの散々たる外交政策の汚名を挽回するため、オバマは広島訪問においてひとつ歴史に残るような花を咲かせようとしたのだ。
この独りよがりな演説に比べて日本の安部総理大臣が去年アメリカ議会で行なった演説は外交的な傑作だったとヨンらはいう。安部総理は第二次世界大戦における国民の多大なる苦しみと被害を認めた上で、アメリカによる日本復興への援助、そして戦後つちかわれたアメリカとの友情に心から感謝の気持ちを表明した。
安部の日本は中国の強硬姿勢や北朝鮮の脅威そして韓国が執拗に迫る戦時の賠償についてなど多々の挑戦に面している。日本は幾度にもわたり謝罪をし賠償金を支払ってきた。こうした挑戦にも関わらず、安部総理はアメリカに友情の心を持って訪れアメリカと日本の同盟についてその将来を語った。
それがオバマはどうだ?中国が東及び南シナ海において外国の領域を次々と侵していることに対し、「後方から指揮する」ことに甘んじている。オバマはベトナムへの武器輸出を認めた。表向きはベトナムを中国の攻撃から守るためというものだが、アメリカが強化する中国との戦いに自ら手をつけたくないという弱腰の本心がまるみえだ。オバマの応援団はこれこそ東南アジアにおけるアメリカ帝国主義の終結を意味するものだと讃え、オバマはそれを鵜呑みにする。
著者らによるオバマの核兵器拡散政策の偽善への批判は、カカシや先に紹介したベン・シャピーロの指摘と同じだ。核兵器拡散とかいっておきながら、完成後にはイスラエルの民族浄化を断言しているイランに核兵器開発の道を保証してしまったオバマ。
オバマのやっていることは単に自分の名前を歴史上の出来事に付け加えているにすぎないと著者らは語る。自分は何の犠牲も払わずに他人の犠牲のうえ達成した歴史的出来ごとに自分の名前をのっけてあたかも自分が何かを達成したかのように振舞うのだ。
広島では、オバマは単に用意された演説がテレプロンプターで表示されるのを読んだだけだが、ベトナム交渉とは違って広島訪問にはもっと重大な悪影響を及ぼす危険性があるとヨンらは指摘する。演説の内容は謝罪とはいえないが、日本近隣諸国ではオバマの広島演説はアメリカによる太平洋戦争への関わりを後悔していると受け取られるはずだ。そして今後アメリカはアジアにおける紛争に口出しするつもりはないと宣言したようにも取られるだろう。つまりオバマの広島演説はアメリカの弱腰を暴露したことになるというのだ。怖いのはここだ。
オバマの広島演説は安部総理の議会演説のように、アメリカと日本の強い同盟の絆を確認する演説になれるはずだった。だが反対にオバマは、アメリカにはアジア紛争には興味がないという宣言をしてしまったのだ。オバマの演説は日本だけでなく台湾にしろフィリピンにしろタイランドにしろ、地域のアメリカ同盟国を見捨て、非常な危機に招くひどい演説となったのである。


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あなたの脳は男性的?それとも女性的?

この間フェイスブックであなたの脳は男性的?それとも女性的?というクイズがあったのでやってみたら、50-50という結果が出た。(笑い)私の脳はかなり中性的ってことらしい。ちなみにミスター苺にもやらせてみたら75-25で圧倒的に男性頭脳であることが判明。よかったね、下手したらトランスジェンダーと言われるところだったもんね。
ま、こんな10足らずの質問で誰かの脳が男性的か女性的かなんてわかるはずはないが、例え異性的な脳だという結果がでたとしても、女っぽい男や男っぽい女がいるのは当たり前でそういう個人差があるから世の中は面白いのである。誰もが性別のステレオタイプにキッチリとはまる必要はない。
以前にマツコ・デラックスが出演していた番組で、女性と男性の考え方の違いについて特集しているものがあった。その時トランスベスタイドのマツコさんは「あたしってこういう女性と男性の違いについての番組にいくつか出てますけど、その度に自分は男なんだなあとつくづく感じるわ」と言っていた。マツコさんの場合は女性の振りをしているというより、女装男というキャラクターを演じているだけで、自分が女だという意識は全くないようだ。
リンクしたサイトは日本語なので、皆さんも暇があったらやってみてはいかがかな?


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カカシの勝手な翻訳が引用されて話題になったって話し

本当にどうでもいい話なので、本日は口語体で話させてもらおう。実は私が小山エミについて書いた2008年のエントリーがやたらにヒット数が多くなってるので、何でだろうと思ったら、私が勝手に使った「レズ坊」という単語が変なところで引用されて話題になったらしい。
先ずことの起こりは秦郁彦という日本の官僚で歴史家という人が、正論という雑誌だかなんだかに小山エミについて

『フェミニスト、レズ坊、おカマ、売春婦、両性体質、など多彩な社会活動を扱う活動家」と自称するが』

と書いたことに対して

秦郁彦せんせーが、『正論』でわたしに名指しで言及している。しかし戸塚せんせーと組んでツアーするとか嘘だし、レズ坊とか両性体質とか聞いたことがない言葉がいくつもw そんなの自称したことないよ!

と反応しそれに関する多々の意見がツイッターで交わされた模様。ツイッターをまとめたのがこのページ
で、いったいこのハチャメチャな発言はどこから来たんだろうということになって誰かが、その出所はここじゃないの、といってリンクを張ったのがなんと拙ブログの小山エミに関するエントリーだったというわけ。
実は私の書いた原文はこれ。

エミ・コヤマは自分のことを尻軽女であると書いている。そしてフェミニスト、東洋人、生き残り、レズ坊、おカマ、売春婦、両性体質、ジェンダークィアー(?)そしてクリップポリティクス(?)といった多様の社会問題を取り上げている活動家なんだと説明している。

しかし、これは私の勝手な概訳であり鍵括弧にも入れてないので、小山の直接の発言ではないことは文脈からはっきりしているはず。事実、この文章の前にきちんと英語の原文も添えておいた。下記がそれ。

Emi Koyama is a multi-issue social justice slut synthesizing feminist, Asian, survivor, dyke, queer, sex worker, intersex, genderqueer, and crip politics, as these factors, while not a complete descriptor of who she is, all impacted her life. Emi is currently the director of Intersex Initiative. Emi lives in Portland, Oregon and is putting the emi back in feminism since 1975.

私が「レズ坊」とか「おカマ」とか「両性体質」とかいう言葉使いをしたのは、dyke, queer, intersexという英語はそのままでは意味が伝わらないだろうと思ったからで、わかりやすい日本語に私なりに書き換えたに過ぎない。
エミちゃんは気に入らないみたいだが、はっきり言って「レズ坊」ってレズビアンで男性っぽい人のことを示し、多少侮蔑的な要素も持つdyke(ダイク)の訳としてはぴったりだと思うんだけどね。私は昔、男っぽい格好をしていることが多く、宝塚の女役みたいな可愛い女の子と一緒にいたら、男性から「レズ坊」と呼ばれたことがあるのだ。決して存在しない言葉ではないよ。
それから「おカマ」という言葉も、日本語で男性の同性愛者で特に女性っぽい人のことを示すことばで、主に男性で女性っぽい同性愛者を侮蔑的に示す言葉であるqueer(クイアー)の訳としては適訳だと思う。
はっきり言ってカカシの訳は全然問題ないと今でも思う。
ここで問題があるとしたら、秦郁彦氏が私の概訳をそのまま引用してしまったということ。多分私のページからではなくて、誰かが引用に引用を重ねたどっかからのページからの引用なんだろうと思う。小山が自分のことをどういうふうに書いているかということは、実際に小山のウェッブページに行けば読めることなので、それをしないで誰かの引用をそのまま小山が書いたことであるかのように書いてしまったというのはプロの執筆家として怠慢だね。
これじゃ突っ込まれても文句はいえないだろう。
でももし私の訳した「レズ坊」が流行り言葉になったら、何か賞でももらえるのだろうか?


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米環境庁のお役人、職場のコンピューターで一日6時間もポルノを観ていた!

Extreme Pornographic Agency (EPA)と題されたこの記事、環境庁のEmviornment Protection Agencyの頭文字をとって、「極端なポルノ丁」とおちょくっているのだが、なんと環境庁のお役人が一日に平均6時間も職場のコンピューターを使って就業時間にポルノビデオに見入っていたということが判明。
この記事によると、環境庁でもベテランの職員が職場のコンピュータにネットからポルノをダウンロードし、しかもそれをシェアドライブに掲載して同僚たちにもみせていたという。
実はカカシが10年前に今の職場に就職したとき、人事の人から厳しく注意を受けたのが職場のコンピューターを私用に使ってはいけないということだった。特にポルノを観たら即退社処分になると言われた。うちの職場でも、仕事が忙しくないときは、ネットサーフをしたりオンラインショッピングをしたりする職員も居るにはいるが、上司でも仕事中にバスケのスコアをチェックしたりしてる人もいるので、普通に仕事さえしていればちょっとくらいのネットサーフは大目に見られている。だが、ポルノだけは絶対に駄目。私が新米だったとき、先輩から先輩の同僚が出張中に会社のコンピューターで一晩中ポルノを観ていたことがばれて首になったという話しをきいた。
これは大手の会社ならどこでもしていることだが、会社のIT部門では会社のネットワークにあるコンピューターの活動を監視している。だから個人的なメールとかでも読まれていると考えるべき。会社のコンピューターでソーシャルネットワークのサイトを開けっ放してる人がいるが、あれはどうかと思う。
もっとも数年前から、うちの職場のネットワークはポルノサイトをブロックしているので、観たくても観ることはできない。ポルノだけでなく、ある種のサイトはブロックされているので、時々普通のリサーチサイトでも見られないときがある。どうして環境庁のネットワークは怪しげなサイトをブロックしていなかったのだろう?他の政府機関では普通にしていることなのに。
ともかく、問題なのは環境庁は政府機関。公務員の給料は国民の血税である。それでなくても環境庁の傲慢ぶりはひどいものがあるのに、一日六時間もポルノをみて遊んで税金無駄使いしてるような人間を置いておくとは、全くひどい。しかも仲間とファイルを分け合っていたというのだから、こういう人間がいったい他に何人いるのだろうか?
防衛省の予算を削る前に、他の政府機関に居るこういう無駄な人員削除をやってもらいたいものだが、ま、無理だろうな。


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パンセクシュアルってなによ

テキサスで始めてオープンなレズビアンとして下院議員に選ばれたマリー・ゴンザラス議員(民主)は、先日実は自分はパンセクシュアルであると発表した
ゴンザラス議員はレズビアンというよりバイセクシャルとして知られているが、彼女はバイというジェンダー二進法は信じないという。彼女は21歳の時にバイとしてカムアウトしたが、女性だけでなく、トランスジェンダーや「ジェンダークィアー」と呼ばれる人とも交際したことがあると語る。
そういう色々なセクシュアリティー全部を含む言葉をこれまで探して来たという彼女は、すべてをひっくるめるという意味のパンが適切だと考えたと言う。
はあそうですか、って感じなのだが、で、何故そんなことを我々が知る必要があるのかと言う疑問が当然生まれる。ゴンザラスの仕事は下院議員としてテキサス州を代表することにあるわけで、彼女が誰と床を共にしようとどうでもいいことのはず。テキサス州のソドミー法は、かなり最近とはいえ撤廃されているのだから。
私が何時も不思議に思うのは、左翼リベラル連中は自分らのセックスについてやたらに公に話し過ぎる。それでいて我々がそれについて苦情を述べると「保守派は常に我々の寝室に乗り込んで来る」と言い張る。自分らでこっちが聞きたくもない性嗜好の話をしておいて、それに異論を唱える事を干渉だというのである。
はっきり言って彼女が誰と寝ようと相手が大人の人間である限り私には興味がない。
しかし、ゲイアンドレズビアンビクトリーファンドという基金運動の会長は、テキサスのLGBTが本物によって代表されているのはすばらしいことだ、公平と自由のために立ち上がり発言してくれる人がいるのは誇らしい、てなことを言っている。また同基金のスポークスマン、、おっとスポークスパーソンは、バイの下院議員は数人いるが、彼らが自分らの好む表現をメディアに伝えるのはいいことだという。
「そういう教育はいいことですよ。」
何がいいんだかさっぱりわからん。


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婚活20年? なにそれ?

昨日読売新聞で婚活20年で断られ続けてストレスが貯まったという女性の話を読んで、贅沢ばかり言って「行かず後家」になった女性という軽い話をしようと書き始めたのだが、色々考えていたら、最近の結婚活動の難しさの裏には日本社会の変化がかなり影響しているのではないかという気がして来た。
最近どこかで聞いたのだが、日本では一人暮らしの人が増えたそうだ。日本の一家族の平均は三人以下だという。確かに少子化が進んで各家庭に子供が二人以上いないとなると、独立した子供が結婚せずに一人で暮らすようになれば、三人以下の家族が増えるのは当然だ。
何故少子化と結婚活動が関係あるのかといえば、記事の冒頭の部分を読んで時代の変化を感じたからだ。

 結婚するために、結婚相手紹介サービスや合コンなどで、積極的に相手を探す「婚活(結婚活動)」。うまくいかずに疲れ果て、ひどくなると心の病まで患う「婚活ストレス」に悩む人が増えている。(岩永直子)

記事で取り上げられた44歳になるという女性は、短大卒業後三つもの結婚相談所を渡り歩き、30人以上の男性を紹介されたが、すべて断られ、立て続けに両親が他界、派遣社員の契約も切れて完全に鬱状態になったという。
結婚活動という言葉も比較的新しいが、私が適齢期だった大昔には、親戚や近所で仲人をほぼプロ並みに専門にしている中年女性が必ず居た。私の場合は大叔母(祖母の妹)がそれだった。また年頃の子供を持つ親が、知り合いにお見合い写真をばらまき「いいご縁があったら、是非ご紹介くださいませ。」と頼んで回るのも極々普通のことだった。
つまり、昔は婚活といえば家族ぐるみの活動だったから、断られても家族が親身に相談に乗ってくれて一人で悩む必要はなかったのだ。もちろん当時は女性は25歳、男性は30歳くらいまでに結婚出来ないと、社会からの圧力は非常に大きかった。
それに家族が大きく兄弟姉妹が多く居た場合、上から順番に結婚していくのが普通だったから、長女がぐずぐずしていると次女が婚期を失うという下からの圧力もかかったわけだ。
まだ22〜3歳くらいで遊びたい年代の男女だと、親や親戚から「早く結婚しろ」と騒がれるのを煩く感じたのは事実。親がいうから仕方なしにお見合いはしても、結婚する気がないのでわざわざ断られるような行動をとった人も多かった。
子供の結婚は親の責任だと考える人も多かったので、私の同年代の女性が30歳半ばになっても結婚していなかった時、母が「あそこの家は親が悪い。」と責めていたのを思い出す。だから当時は「女性も年収700万円以上、有名な大学出身との条件は譲れない。」なんて現実離れな理想を持ち続けるなんてことは考えられなかった。
大叔母のところに結婚の相談に行った時点で大叔母から「あんたね〜、現実を考えなきゃ駄目よ。贅沢いってると行き遅れるわよ。」とひとつお説教されたに違いないから。
昔のしきたりは面倒くさいし窮屈なようにも思えるが、ひとりで結婚相談所を渡り歩いて、自分には釣り合わない理想だけを追い求めて20年もさまようのであれば、親や親戚の紹介で適当な人と早い時期に一緒になっていたほうがよっぽども幸せだったのではないだろうか。
最初は年収など少なくとも、そのうち出世するかもしれないし、このご時世、最初はエリートだってリストラされるかもしれないのに、何故最初から年収700万以上とか決めなきゃ行けないのだろう?第一、20年も断わられ続けているのに「条件は譲れない」と相手にそんなことを求めるだけの価値が自分にはあると本気で考えているというとこからしておかしい。
記事内でも、

 「この不況で、男が養い、女が家事・育児をするという『昭和的結婚』はますます不可能になっているのに、古い結婚観から抜け出せず、ないものねだりを続ける男女が多い」

と専門家の分析が載っているが、これも少子化が進んで婚期が遅れている背景があるのではないだろうか。
自分がまだ20代前半の女性なら、相手もまだ若いわけだから出世の可能性はあっても年収がそれほど多くないのは当然。お互い若いのだし今は何もないけど二人で頑張って家庭を築いていこうという気持ちにもなれるだろう。
だが、少子化が進み家族からも早期の結婚が求められなくなると男女ともに婚期が遅くなった。今や25歳を過ぎた女性が「婚期を逃した」なんてことは思われないだろう。だが、30代半ばの結婚が普通になると結婚観というものも変わってくる。
その年頃になれば男女ともにキャリアも進んでいるだろうし、独身生活にも慣れているから、妥協してまで結婚する意味を持てなくなってしまうのかもしれない。だから苦労して二人で家庭を築いていこうなんて面倒くさいことを考えるより、すでにきちんとしたキャリアを持っている人と一緒になりたいと思うのかもしれない。記事内の専門家も、

「婚活ストレスの裏には、将来の生活不安が隠れていることが多い。女性は本気で働き、男性は家事などの生活能力を鍛えて、一人でも生きられ、共働きでも支え合える力を身に着けるのが生活不安の予防にも、結婚への近道にもなる」

と語っている。
好きでもない人と親のいいなりになって結婚を強制されるような伝統はなくなり、相手を自由に選べる時代になったのはいいが、家族からの介入が減った分その援助も減り孤独な結婚活動をする人が増えたのだろう。婚期が遅れれば必然的に生める子供の数も減る。
核家族化が進むと少子化が進み、少子化が進むと結婚が減る、、現代社会の深刻な問題だ。


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恒例独立記念日ホットドッグ大食いコンテスト、ジョーイ・チェスナッツが5年連続勝利!

7月4日といえば、アメリカは独立記念日。カカシの近所の家々でも星条旗が飾られている。もちろん苺畑家も国旗を掲げた。
我々が南カリフォルニアのこの家に越して来て一年ちょっと。それまでは都会の狭いマンション住まいでベランダがマンションの中庭に面していたので旗など立てても今ひとつ気分が出なかったのだが、やはり一軒家で通りに面していると星条旗も見栄えがするというもの。
さて、独立記念日につきものなのは、毎年恒例ニューヨークのコニーアイランドで行われるネイサンズ主催のホットドッグ早食いコンテスト。数年前までは日本人の小林君がチャンピオンの座を独占していたが、5年前にアメリカ人のジョーイ・チェスナッツ君が小林君を破って以来、彼の連続独走戦となった。
そして今年も、チェスナッツ君は10分間に62本という記録で5年連続制覇を実現させた。これは彼の最高記録ではないが二番のパット・バートレットより9本多い数で悠々勝利。チェッスナッツ君の世界記録は2009年の68本。
長年のライバルである日本代表の小林尊(たける)君は契約上の理由から二年連続で欠席。別会場で独自の早食いイベントを行って同時間内で69本という記録を作ったが、残念ながら公式記録とはならない。


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家事手伝いを要求しすぎて旦那様に逃げられないように、、、

今日はクリスマスイブということで、ちょっと軽い話題から。
クリスマスが近づくと、イギリスでは家事の分担が原因で離婚する家庭が増えるという面白い記事をイギリスのデイリーメイルという新聞で見つけた。著者はマリー・ゴールド。
欧米ではクリスマスというと、日本でいうお正月みたいなもので、知り合いや親戚一同招いて自宅で宴会なんて家も少なくない。
しかし楽しい日であるはずのクリスマスも、プレゼントの買い物にはじまって、普段は一緒に居ない家族が帰省していたり、宴会の用意のため大掃除したり御馳走を料理したりと、主婦は結構忙しく大変である。
商店街はクリスマス用の買い物客でごった返しており、駐車場はどこもかしこも一杯で車ひとつ駐めるのも、まるで障害物競走にでも参加しているようだ。こんななかを主婦はひとりで大忙しに走り回る。まさしく師走である。
そんな思いをして家に帰ってくると、散らかった居間を放ったらかしで、クリスマス休暇をとってお膳に足をあげてビールを飲みながらフットボールなんぞを見てる亭主がいる。たまに家に居るんだから、お膳の上くらい片付けてよ、くらいは言いたくなるだろう。
といってここで休暇中のご主人に色々な用事を言いつけるのは禁物だ、とマリー・ゴールドは言う。
「最近の女性は旦那さんに多任務を期待し過ぎる。自分たちの父親なら絶対しなかったことや、それ以上のことを期待している。」とゴールドは言う。
ゴールドはある日、上司の女性が旦那さんにお風呂場の掃除を何週間も前から頼んでいるのにやってくれないと言って泣いているのを見た。そんなこと自分でやればいいじゃないと言ったら、「あんたみたいな女性がいるから、男どもはつけあがるのよ」とものすごい剣幕。その後しばらくしてこの夫婦は離婚してしまったという。
嫌がる旦那さんに無理に片付けを手伝ってもらって喧嘩になって、あげくの果てが離婚なら、自分でさっさとやってしまった方が楽なのでは? 何故旦那さんに掃除してもらうことがそんなに大切なのだ、とゴールドは問う。
ま、最近は女性も外で仕事をしているから、家事は女性の仕事だと決めつけることは出来ない。子育てもあることだし、夫婦が分担して家事をするのは当然だろう。だが、家のローンを支払うために職場から遠くに住んで長い時間かけて通勤し、毎日残業やって、しょっちゅう辺鄙なところへ出張して、家計を支えている旦那さんに向って、たまに家に居るんだからこれもやって、あれもやってと、箇条書きになったリストをつきつけるのは考えものだ。 これじゃあ、お父さんも家になんか帰ってきたくなくなるだろう。たまの休みくらい休ませてくれ〜、と悲鳴も上げたくもなるだろう。
日本でもさほど変わらないと思うが、欧米では旦那さんが家庭内でする伝統的な仕事というものが決まっている。たとえばゴミの日にゴミを出すこととか、バーべーキューパーティでバーガーだのリブを焼くのは旦那さん。庭の芝刈りとか、ガラージドアの修理とか高いところにある電球を取り替えるとか、子供の机の上の棚作りとか。アメリカ車が粗悪だった1970年代頃までは、日曜日にガレージで車の修繕をするのも旦那さんと相場は決まっていた。
ところが最近では、男性が女性の出産に立ち会うのは普通になってきたし、家事手伝いを分担するのもあたり前になってきた。男性はこれをそれまでの伝統的な男性の仕事の上にやらされているのだ。
それで女性から感謝されているかといえばそうでもない。ゴールドの知り合いに、自分では車にガソリンもいれないし、車のタイヤに空気など入れた事もないという女性がいるそうだ。そういうことは男の仕事だから当たり前という顔をしている。そのくせ子供のお守りや料理を男性に手伝わせることには抵抗がない。
ゴールドのある女友達は仕事もできる優しい男性と結婚していたのに、自分が旅行に出る時に、夫がするべき仕事のリストを箇条書きで残して行った。多分それまでにも色々と用を言いつけられてかなり参っていたのだろう。それを見た旦那は一目散に遁走してしまったという。
私にしてもゴールドにしても、世の奥樣方に反っくり返って何もしないご主人を甘やかしてもいいと言ってる訳ではない。ただ、ご主人方に何かをやってもらいたいのであれば、真っ向から仕事リストを突きつけるのはかえって逆効果だろう。
第一、奥さんの指図をはいはいと素直に聞くような男と本当に一緒に暮らしたいのか、とゴールドは聞く。最近の日本でいう草食系とかいうのがこういうタイプだろうか、カカシはお断りだね。
それにカカシはちょっと古くさいところがあって、自分の台所に主人も含め、他人が入ってくることには非常な抵抗がある。主人が一人で料理するために台所に立つことには抵抗はないが、私が料理しているところに主人が入ってくるのは我慢できない。
うちで宴会を開いた時でも友人たちが私の台所に入ってくるのは嫌なので、飲み物が足りなくなると私はさっさと立ち上がって取りに行く。私がどれだけ台所を神聖な場所にしているかを充分心得ている主人は私が料理中は台所の敷居の向こうに立って「あのさ〜ビールとってくれる〜」などと話かけてくる。
ところが、そういうことを良く知らないアメリカ人の知り合い達は、主人が自分では何もとりに行かず皆私にやらせている、なんという亭主関白なんだ、と腹を立てたりする。私にいちいち飲み物を取りにいかせては悪いと思って、自分から冷蔵庫を開けに行く人がいると、主人が慌てて「いや、うちのはちょっと変わってましてね、台所に他人が入るのをもの凄く嫌がるんですよ。」と止めにはいったりしている。
ま、それは余談だが。
イスラム諸国やアジアの途上国の極端な男尊女卑の国は別として、文明国の男性は優しいから、女性が重たい荷物を持って苦労していれば手伝おうくらいの気持ちは持ってくれるだろう。女性にはちょっと無理な力仕事や簡単な大工仕事は男性に任せればいい。
うちの主人は料理が好きだし、台所の片付けはカカシよりうまい。だが洗濯や掃除は絶対にしない。風呂場やトイレ掃除など死んでもやらない。(独身時代の彼のアパートのトイレは国鉄時代の駅のトイレくらい汚かった!)
まあ、そんな人に無理にトイレの掃除をやらせても仕方ないし、得意なことをやってもらえばそれでいい。
だいたい掃除をするしないで喧嘩になるような夫婦なら、他にもっと深刻な問題があるのではないか、とマリー・ゴールドも書いている。
確かにね。
それでは皆様、夫婦ご円満に、良いクリスマスをお迎えください。
メリークリスマス!


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