主演男優はカムアウトすべきではない? 軍隊より保守的なハリウッド映画界

どうでもいいような芸能ニュースだと思って読んでいたら、おもしろい結末だったのでちょっと取り上げよう。イギリス男優のルーバード・エベレットが、最近BBCラジオのインタビューで、ハリウッド映画のコネ主義について批判した。映画界の重役達のお気に入りになると、才能がなくて何度不作に主演しても次から次へと主役につけるという話のなかで、ジェニファー・アニストンの例を上げた。
確かに彼女の出演する映画はどれもこれも似たようなロマンチックコメディばかりで、これといって印象に残るようなものはない。興行成績も今ひとつで、私もテレビや飛行機の機内映画にでもなっていなければ観る機会はほとんどない。
エベレット曰く、ハリウッドでスターになるのは、芸があるなしに関わらず、ハリウッド業界から気に入られているかどうかにかかっているのだそうだ。
もっともカカシから言わせれば、そんなことは今更エベレットに言われなくても明白だ。アニストンのみならず、リチャード・ギアとかケビン・コスナーとか、カリブの海賊でヒットが出る前のジョニー・デップとか、昔一つか二つヒットがあっただけで、ここ20年近くヒットらしい映画など全くないのに、次から次へと高予算の映画に主演している俳優が何人か居る。
こういう人たちに共通しているのは、大抵がバリバリのリベラルだということだ。ハリウッドの映画業界はもうここ何十年とリベラルに仕切られているから、ハリウッド俳優にとって保守派で共和党支持であることを認めるのは、同性愛者だとカムアウトするより命取りになる。仕事を失いたくなかったらリベラルのふりをするか、自分は政治には疎いから解らないという振りをしているのが懸命だ。
ところが、面白いことにエベレットはハリウッドはホモフォビア(同性愛恐怖症)だと言う
エベレット自身は自分が同性愛者であることを1980年代後半に公表したが、その決断は自分の役者としてのキャリアに多大なる損害を与えたという。

「芸能界は異性愛者には理想的に合ってます。とても異性愛的なビジネスなんです。異性愛の男性たちによって牛耳られているし、権力の序列があるのです。」

エベレットは自分が同性愛者としてカムアウトして以来、ハリウッドでもイギリスでもその後1〜2本出演依頼があったきり、10年間ほとんど仕事が来なかったという。それで仕方なくヨーロッパへ移ったのだそうだ。エベレットのフィルモグラフィーを見る限り、結構毎年一本の割で映画やテレビ出演はしている。もっとも自分が期待していたような大作での主役ではないという意味ならそうかもしれない。

「ハリウッドはリベラルの振りをしていますが、本当は非常に保守的な世界なのです。」

私はこの「ハリウッドはリベラルの振りをしている」というところが非常に面白いと思った。往年の映画やテレビミニシリーズの大スターで、何年か前に同性愛嗜好を公認したリチャード・チェンバレンも主演男優はカムアウトしないほうがいいと語っている。

「役者が働いているということ自体が一種の奇跡ですからね。ほとんどの俳優はゲイではないわけですから、働いてる役者がわざわざ『自分がゲイだということを誰が知っていても構わない」なんて言うのは馬鹿げてますよ。特に主演男優タイプの人はね。(略)私個人としては主演タイプの男性のカムアウトはお薦め出来ません。」

我々保守派から言わせると、芸能界は同性愛者優遇主義があるような気がしていたが、内部にいるゲイの役者から言わせるとそうでもないらしい。最近の映画やテレビなどでは、あからさまなゲイのキャラクターが主役になっているものも少なくないので、芸能界はゲイに親好的に見えるが、それは表向きのことで、裏を返せばかなりのホモフォビアというわけ。
もっともアメリカの芸能界が偽善的なのは今に始まったことじゃない。女性へのセクハラなども、普通の企業は神経質なほど気を使っていて、特に軍隊などでは男性が密室で女性と二人っきりにならないようにという厳しい規則があり、どんなに音が煩くても部屋のドアを開けっ放しで話をしている男女を良く見かけるくらいだ。
ところが、ハリウッドではキャスティングカウチといって、女優が役をもらうためにディレクターと性交渉を持つなど当たり前のようにされているし、年齢差別だの人種差別だのごく当たり前に行われている。
(もっともゲイの多いファッション界では異性愛の男性が同性愛のデザイナーに媚びを売るなど普通らしいが、、)
ま、映画がある種の主役を求めていれば、その役割にイメージが合わない役者を使わないのは当たり前だから、そういった差別がいけないとは思わない。だが、エベレットが言うように、才能があるでもなく興行成績も悪い役者が、単にハリウッドの仲間内だというだけで仕事を得るのは自由競争の規則に反する。
私個人としては、俳優の性嗜好など知った事ではないので、特に隠す必要はないが、わざわざ公表すべきことだとも思わない。
サイレント映画の頃にノエル・カワードという劇作家で舞台俳優だった男性がいる。ルックスもよかったので後に映画にも主役男優として出演したりしていた。
彼がゲイであることは内輪では誰もが知っていた事なのだが、もうとっくに役者を引退していた1970年代になって、回りの人から何故カムアウトしないのかと聞かれた時に、今でも自分をヒーローとして胸に秘めているおばあちゃんたちの夢を壊したくないからだ、と答えたと言う。役者はイメージが第一。ファンの夢が壊れるような私生活は隠しておいた方がいいと思ったのだろう。
実は私もカワードの意見に賛成だ。例えば、キアヌ・リーブスとかジョディ・フォスターとか、同性愛者だろうという噂は昔からあるが、自分からゲイだと認めない限り、ファンはリーディングマンやレイディという幻想を保つことが出来る。公私ともに認めるゲイの役者が異性とラブシーンをやったら、見ている方としてはかなり幻滅。(例えばジョージ・クルーニーがゲイだとか言ったらカカシは許さない。)
同時に私はその俳優がリベラルか保守派かということも特に興味がない。保守派なら別にいいが、リベラルだったら知りたくないというのが本音だ。才能もあり非常に好感の持てる俳優がサラ・ペイリンをこき下ろしたりすると完全に幻滅する。これはゲイであるより深刻だけどね。


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国際法に意外と無知な日本人、離婚後外国から子供を連れ帰れば誘拐と見なされる可能性も

カカシはアメリカ生活がなが〜いので、こんな事はアメリカでは常識だと思ってる事が、結構日本では通じないということを知って驚くことがある。先日もちょっと書いたが、日本に置ける離婚と親権の概念が欧米のそれと非常に異なることに非常に驚いている。
この違いについてこちらのサイトで詳しい説明があったのでちょっと引用しながら考えてみたい。

日本女性のA子さんはスウェーデン人の男性との結婚に破れ、子どもを連れて日本に帰国。その後、単身米国に渡った時、空港で身柄拘束された。スウェーデンの警察から国際刑事警察機構(インターポール)を通じて幼児誘拐罪で国際手配されていたのだ。A子さんはスェーデンに送られ、裁判にかけられた。3年前のことである。

アメリカは離婚が多いので、その際の親権争いは泥沼になることが多い。しかし、片親が全面的な親権を得ても、よっぽどの事がない限りもう片親の面会権が全くないなどということは先ず考えられない。そして親権を得た方の親が元配偶者が容易に面会できないような別の州に子供を連れて勝手に引っ越すなどということは法律に反する。面会権のある親に子供を会わせないのも犯罪で、禁固刑になることもある。また、親権のない親が親権のある親に無許可で子供を連れ去った場合も誘拐罪に問われる。
これはアメリカだけでなく、欧州の国々ではごく普通のことなので、先日も紹介した日本人と結婚したイギリス人やアメリカ人の配偶者が離婚届を出す際に、親権についての話し合いは後日あるものと誤解して、親権を放棄する書類にうっかり署名してしまったというのと同じで、自分が結婚した配偶者が外国人である場合、その配偶者の国の法律をきちんと理解していないと、上記のようなことが起きる。

国際結婚に破れたカップルの一方が、子の親権、面会権を確定しないまま、子どもをそれまでの居住国から自分の祖国に連れ帰ることは「国際的な子の奪取の民事面に関する条約」(ハーグ条約)で不法とされている。米欧諸国を中心に80カ国が締結国となっているが、問題は日本が未締結なことだ。

日本のような先進国で、しかも他のことでは国際法を非常に重んじる国が、ハーグ条約に加盟していないとは驚きだ。この間紹介した米パパさんのように、日本人の元配偶者に違法に子供を取られて訴えているケースは結構あるようだ。

日本女性と子どもが日本に戻ってしまい、外国人の夫が親権を求めているケースは、相手国政府がつかんでいるだけでも日米間で約50件、カナダとの間では約30件。このほか英、オーストラリア、イタリアなどとの間でもある。外国人の夫らは子どもの親権や面会権を求めて日本で裁判を起こしてもほとんど認められず、日本側の固い壁に不満が募っている。

在日カナダ大使館は今年(2008年)3月、米加両国政府担当者が参加したハーグ条約についてのシンポジウムを開催。7月、サミットで訪日したハーパー加首相もこの問題を取り上げた。「北朝鮮の拉致を非難する日本が拉致をしている」と批判する外交当局者もいる。先進国の中では日本は守勢に立たされているのが実情だ。

実の親が子供を連れて帰国しているのを北朝鮮の拉致と比べるのはどうかと思うが、それでも確かに自分も親である以上、いくら結婚が破綻したとはいえ元配偶者の親としての権利を身勝手に踏みにじるのはどうかと思う。

日本の女性が親権、さらには面接権などを決めないまま帰国する背景には、夫の暴力に耐え切れず逃げ帰ったケースや、現地に疎く、言葉が通じず、裁判で親権を争っても認めてもらえないだろうとの判断などがあるようだ。ただ子どもを連れ帰ることがハーグ条約締結国では幼児誘拐にあたることを知らない人が多く、先のA子さんのようなリスクが常にある。

確かに外国に居住している場合は自分の立場が弱いから、とにかく子供を連れて帰国したいという人の気持ちは解るが、自分は何も悪い事をしたという自覚がないのに、とつぜん元配偶者に子供を奪われ一生会う事ができなくなる側の立場も理解すべきである。
ところで、話はちょっとずれるが、離婚後にこうした問題が起きてしまうのは、国際結婚をする人々がお互いの文化や法律の差を結婚前に真剣に考えていないことが原因なのではないだろうか?
外国に住むということは並大抵のことではない。好きな人と一緒にいたいから、という理由だけで言葉も解らず家族とも友人とも離ればなれになって、何年も我慢できるほど甘いものではない。終戦後に米兵についてアメリカに移住した日本人花嫁たちは、本当に大変だっただろうなと思う。
また、外国人の相手が日本が好きでずっと日本に住むつもりだという条件で結婚しても、上記の米パパさんみたいに経済的な理由から本国への帰国が止む負えなくなるという場合もある。そういう場合に二人はどうするつもりなのか、結婚する前に考えておく必要がある。
個人的な話になって申し訳ないが、私が一年弱アメリカでホームステイをして居た頃知り合ったアメリカ人男性が、私と結婚したいといって日本に追いかけて来た事がある。しかし、彼は日本と言う国に全く馴染めなかった。アメリカに居た頃は私と交流したいといって日本語の勉強なども多少していたが、日本に来てからは、湿気の多過ぎる気候が合わない、食べ物が口に合わない、文化が性に合わない、勤めた学校の生徒にやる気がなくて仕事が面白くない、等々文句たらたらで、日本語を学ぶどころか日本と言う国を解ろうという努力を全くしなかった。
結局三年滞在の予定が一年半ちょっとで悲鳴を上げてアメリカに帰ってしまった。好きな人と一緒にいたいから、などという安易な気持ちだけでは外国生活は無理だという典型例である。
もちろんカカシのブログ仲間のマイク・ロスさんのように、日本が大好きで日本人女性と結婚して日本国籍までとって幸せに暮らしている人もいる。でも、私が思うにそういう人は、日本女性との出会いが日本との出会いだったのではなく、元々日本という国が好きだったから、日本にずっと住みたいと思っていたから、という自然な成り行きで日本人と結婚するのではないだろうか?
カカシにしても、ミスター苺と結婚したのは、カカシがすでにアメリカに長年ひとりで住んでからのことで、私はミスター苺と結婚していてもいなくても、アメリカ以外の国に住むつもりはない。そういう意味で私にとってアメリカは外国ではない。
しかし、日本では、外国人配偶者が日本に住んでいても、前にもあげたアメリカ人女性の例にもあるように、外国人だというだけで裁判の際に差別されるという傾向があるのではないだろうか。
また、離婚した際に日本での居住権が失われる立場にある配偶者の場合、離婚すれば必然的に子供の親権は片親だけのものになってしまい、発展途上国などから出稼ぎに来ていたアジア系の女性たちにその権利が与えられる可能性は非常に低い。それが怖くて不幸な結婚を我慢している外国人配偶者もかなり居ることだろう。


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扶養権を失った親の権利を重んじない日本の法律、国際結婚の場合はより深刻

カカシはひょんなことから、日本女性と離婚後、裁判で一人娘への訪問権を保証されたにも関わらず母親に邪魔されて娘に二年以上会っていないというアメリカ人法律学生のブログを発見した。
この男性の体験は非常に気の毒で、初期の頃のエントリーを読んでいると涙が出てくる。しかし彼の体験は決してユニークなものではなく、日本人と結婚して離婚後に子供に会わせてもらえない外国人の片親は非常に多い。これは親が女性でも男性でも状況はあまり変わらない。
問題なのは、日本の離婚法は西洋社会のそれとはかなり異なるらしく、外国人の配偶者は日本の法律をよく理解しないまま安易に離婚届に署名してしまうことにあるらしい。下記はインターナショナルファミリーロー(国際家庭法律)のサイトを参考にした。
デール・マーティンさんというイギリス人男性は6歳になる彼の娘にすでに二年間会っていないという。それというのも彼の前妻が娘に会わせるのを拒絶しているからだ。マーティンさんは家庭裁判所から娘への訪問権を認められている。
また、12歳の息子を持つ東京住まいのアメリカ人ジャーナリスト女性、マーガレット・レイマンさんは、前夫が息子との面会を禁じて会わせてくれないと言う。
「私の息子はもう12歳になりますが、義母と住んでいます。家庭裁判所は私が職を持つ外国人ということで責任ある母親とは言えないと決断しました。」
マーティンさんとレイマンさんの両方のケースで、二人は離婚届けに署名した際に、扶養権を元配偶者に渡す許可書にも署名していたということに気がつかなかった。
日本の法律では双方が同意すれば離婚は認められているが、マーティンにしろレイマンにしろ欧米の法律のように扶養権に関する裁断はまた別の話だと思い込んでいた。だから離婚届けがまさか扶養権放棄の書類にもなっているなど思いもよらなかったのだ。
「私は子供に会う権利を放棄する書類に署名してしまったと知ってショックを受けました。まさか、私の息子から異文化の母親を持つ権利を略奪することになるとは」 切羽詰まった彼女はせめて面会権だけでもと裁判所に訴えた。
日本には欧米諸国のように離婚後の片親が子供に会う権利とか、別れた双方の親が共同で扶養権を持つという概念がない。よってそうした親の権利を保証する法律もあいまいなのだという。これは日本ではまだまだ子供は個人という考えよりも、家族に属するものという考えが根強く残っているからだとこのサイトでは説明している。
フィリピンなどのアジア系の女性で、日本での居住権がきちんとしていない女性たちの場合はもっと悲惨だ。日本人男性と結婚していて離婚した場合、日本での居住権を失ってしまうことが多いこうした女性達は、離婚後に子供を連れて故郷に帰るなどということは先ず望めない。それで子供を失うことが怖くて暴力を振るう夫と我慢して暮らしている外国人女性がかなり居るという。
これについてはまだ色々あるので後に改めて書くつもりだ。本日は紹介まで。


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寒くても暑くても地球温暖化のせいだって? いい加減にしろ!

アップデートあり、下記参照:
今日のニュースで米国のアトランタでは1882年以来初めてクリスマスに雪が降ったという見出しが目についた。ヨーロッパ各地の空港で航空便が欠航し、クリスマスを空港で過ごした旅行客も多かった。ニューヨークでは地下鉄が7時間も立ち往生したとか、ニュージャージーでは50センチ以上雪がつもっているとか、フロリダでも記録的寒さだとか、とにかく寒い寒いというニュースばっかり。
そんななかで、ニューヨークタイムスは冗談抜きでこの寒波は地球温暖化が原因だと真顔で主張している。

(この一連の寒い冬は)タイミングがまずいことに、世界気象機関の2010年は記録上おそらくここ何年かで一番暖かい年であり、2001年から2010年は記録上最高に暖かい10年だったという調査結果の発表と重なってしまった。


ここ二十何年の間に地球の気温が上がったことによって解けた南極の氷が蒸発し、それが雪となって降ってくる。それが原因でシベリア全般の降雪量が増加した。

この雪で覆われたシベリアが太陽光線を反射させてそのエネルギーが宇宙に返っていくことによって気温が下がり、それが気流の方角を変更させているという。地球の気候が気流によって左右されることは既知のことなのだが、気流の通路が変わると気象は大幅な変化をとげる。つまりNYTは、今年の異常な気流の方向転換は地球温暖化が原因だといいたいらしい。であるから、結論としてこの一連の寒い冬と降雪量の増加は温暖化にも関わらずではなく、温暖化ゆえなのだと、主張する。
南極の氷が解けているということ自体がかなり疑わしいのだが、私にはどうして太陽光線が雪で反射したエネルギーが地球の気温を下げることになるのか理解できない。これに関して、なんでもかんでも地球温暖化のせいにするのは馬鹿げているという意見がインベスターズに掲載されている。
我々はここ何年も、社会の工業化が進むに釣れ、二酸化炭素排出量が増えた事によって地球は温暖化の道をまっしぐらに進んでいると言われ続けて来た。

— そして今年最初に発表された公式天気予報によれば、今年の冬は暖かく乾燥した冬になるとのことだった。ところが実際はその正反対でヨーロッパも北アメリカも氷と雪に覆われ、史上最も寒い12月となった。

2007年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した予報によれば、この先二十年の地球の温度は極端な上昇のみで、上がることはあっても下がることはありえないというものであり、今年のような寒い冬はその可能性さえ全く予測されていなかった。
実際には1998年以来、地球は特に温暖化の傾向にない。IPCCが使った24のモデルのどれも、今年の気候を正確に予測できていないのである。全く事実と折り合わないのだ。
科学を少しでも勉強したことがある人なら誰でも知っている事だが、何かの説が科学的に正しいと証明されるためには、先ずその説が間違っているかどうかを試す必要がある。つまりだ、『私の気象モデルによれば来年の気温は5度上昇する』と宣言した以上、次の年の温度が5度上がっていなかったら、何かが間違っていたと認める必要がある。その可能性として、、
1)気温の計り方が間違っている。
2)気象モデルに間違いがある。
3)私の説が間違っている。
の三つのどれかか全てが原因なのだ。

ところが、気象絶望予言者たちはこの(科学的)考えに違反する。何が起ころうとも、常に世界が暑くなっている証拠だと主張する。気候が寒く湿ったって? 地球温暖化だと彼らは言う。気温が暑くなった? 温暖化だ。気候に変化がない? 地球温暖化だ。ハリケーンが増えた? 温暖化だ。ハリケーンが来ないって? そ、ご想像どおり。

彼らにとって何が起きても地球温暖化説そのものが間違っているという証拠にはならないのである。だから現在北半球全体を襲っている寒波すらも彼らの説を揺るがすことができないのだ。
以前にも書いたが、カカシの住む南カリフォルニアは今年の夏は非常な冷夏で、例年7月頃から9月半ばまで37〜8度の日が何日も続くのに、ことしは30度を越した日が一週間くらいしかなく、いつになったら夏が来るのかと思っているうちに冬の雨期がきてしまった。南加の雨期は普通1月の終わりから2月くらいに一ヶ月ちょっとある程度なのに、今年はすでに12月にはいってからほぼ毎日雨ばかり。気温も夜は摂氏8度くらまで下がり、昼でも20度行かない日がほとんどだ。
それについて、地元新聞のロサンゼルスタイムスで、JPLのビル・パツァート博士は「地球が暖まると、極端でもろい気象がおきるものです。」と説明している。
彼らは何が起きても地球温暖化のせいだと言い張る。「こんなの科学と言えない。いってみりゃ一種の信仰だ。」とインベスターズの記者は言う。
では何故、人々はこんなペテン師らの言う事をいつまでも聞いているのだろうか? それは温暖化説者の本当の目的は地球を温暖化とは無関係なところにあるからだ。
この間メキシコのカンクーンで行われた温暖化議会では、温暖化の害から貧困な国々を守るために、2020年までに豊かな国々からの10兆ドルの援助の必要があると結論が出された。
社会主義の真髄、富の分配、それこそが温暖化説論者たちの本当の目的なのである。地球の気象など本当はどうでもいいのである。いや、私に言わせれば、それは社会主義を進めるための口実に過ぎない。
本当に将来の天気予報に興味があるのであれば、あまり知られていないイギリスの気象学者で天体物理学者のピアース・コービン博士の研究に耳を傾けるべきだとインベスターズは言う。ロンドンのジョンソン市長によると、コービン博士の予測は85%がた当たるという。
博士は太陽黒点周期に強く注目している。どうやら太陽黒点の変化が地球の温度変化に深い関係がありそうなのだ。そしてコービン博士によると、地球はディケンズがクリスマスカロルを書いた1450年から1850年の頃のように、小氷河期にはいっているという。
無論、コービン博士の説が正しいかどうかはまだ不明だ。これからもきちんとした研究が必要とされる。だが、地球温暖化対策といって、世界各国の経済を破壊するような政策変更をする前に、地球冷却化にも温暖化と同じように注意が払われるべきだと、インベスターズは結論づけている。
アップデート: 先のエントリーでコービン博士のファーストネームを誤ってピエールを書いてしまったが、実際の名前はピアースだったので訂正しておく。博士がフォックスニュースで温暖化説は似非科学である、政治権力に左右されたカルトのようなものだと厳しい批判をしている。コービン博士は、今年の欧州の冬は100年ぶり来最高の寒さになることや、アメリカの北東部が豪雪に見舞われることなども予測していた。
コービン博士によると、地球は冷却化しており、今後も10年くらいは毎年どんどん寒くなっていくだろうと予測している。


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世界各地に寒波到来。米国各地で吹雪警報。英国や仏国100年間で最も寒い12月、豪州は真夏に雪

クリスマスが近づくと、苺畑家ではクリスマスカロルの映画を観るのが習慣になっているのだが、何度かリメイクされているとはいえ、どの映画を観ても冒頭で必ずクリスマスイブのロンドンで雪が降り積もっている光景が映る事に気がつかれた読者も多い事だろう。
現代のロンドンを知っている人なら誰でも不思議に思うことだが、ロンドンの気候は東京と似ていて、冬は寒いが年の開けた二月くらいにならなければ雪など降らない。
では何故クリスマスカロルのロンドンでは雪が降っているのか。これはディケンズがホワイトクリスマスを演出したわけでもなんでもなく、ディケンズの時代のロンドンは小氷河期の末期で、地球は現代よりもずっと寒かったのである。
ところが、今年のロンドンときたら、ディケンズ時代のクリスマスカロルさながらの大雪に見舞われ、ここ100年間で最も寒い12月だったという。
寒いのはイギリスに限らない。世界各地がもの凄い寒波に見舞われている。
イギリス、フランス
フォトニュース】欧州寒波襲う 英気象庁「100年で最も寒い12月になる恐れ」

【大紀元日本12月20日】ヨーロッパ北部は先週末から寒波に覆われ、各地で記録的な大雪が観測されている。この影響で空の便などが混乱し、クリスマス休暇を前に旅行客の足に影響が出ている。今年はじめにも零下の日々が続いたイギリスでは、「今の寒さが続けばこの100年で最も寒い12月となる」と同国気象庁が予測している。

 今週末、ロンドンのヒースロー空港では悪天候のため多数の便がキャンセルとなり、乗客たちは空港での寝泊りを余儀なくされた。独フランクフルト空港と仏シャルル・ドゴール空港では約4割が欠便となった。
 仏パリでは、一部道路を大型トラックが走行することを禁止されたため、コンサート用の器材を積んだ大型トラックが会場へ行くことができず、18日に予定されていたアイドル、レディー・ガガのコンサートが中止となった。AP通信によると、コンサートは22日に開かれる予定。

オーストラリア
南半球のオーストラリアで季節外れの雪、ホワイトクリスマスも

南半球のオーストラリアで19日から20日にかけて、季節外れの雪が降った。南洋から寒風が吹き付けたためで、南東沿岸のニューサウスウェールズ(New South Wales)州やビクトリア(Victoria)州では、通常、この時期には雪のないスキー場で10センチの積雪があった。オーストラリアの12月は真夏にあたるが、今年はオーストラリアの人々もホワイトクリスマスを楽しめるかもしれない。

アメリカ
Snow storm bears down on Mid-Atlantic, Northeast吹雪吹き荒れる大西洋側中部及び北東
ニューヨークやニューイングランド州など、大吹雪の影響であちこちで交通事故が続発しており、北東の州のいくつかですでに緊急状態の発令がでている。
ニューヨークのケネディ空港とニューアーク空港でも航空便がいくつもキャンセルになっており、吹雪が続けばこの先も、もっと多くのキャンセルが見込まれるという。
ロードアイランド州では吹雪警報が発令、30から40センチの降雪が予測されており、視界ゼロ。ボストン市を含むマサチューセッツ州では、ボストンでは38から50センチの降雪が予測されており、風速時速65メートルの吹雪警報が発令されている。
その他ニュージャージー、マリーランド、バージニア、ノースカロライナといった州で吹雪が予測されているが、バージニアでは時速80メートルの大風が予測されるため、運転には細心の注意が必要だとのこと。吹雪注意報は南部のジョージアやニューイングランドにまで及んでいる。
比較的冬の気候がおだやかな南カリフォルニアですら、12月に入って雨ばかり。しかも冷たい雨が朝から晩まで降りまくり、カカシ家の裏庭はまるで湿地帯になっており、植えたばかりのサボテンが水浸し。この冬を乗り切れるかどうかかなり不安。
ここ数年、毎年のように欧米では記録やぶりの寒い冬が続いているが、今年はさらに寒さの厳しい年となった。反対に何時もなら寒いはずのグリーンランドが比較的暖冬なのだそうだ。その原因は気流の関係にあるという。
気流は大気圏の高度で西から東へ吹く高速の風だが、この気流の道筋が変わると気象に大幅な影響を及ぼす。今年の異常気象はどうやらこの気流の方角変化が原因らしい。
それにしても、こう毎年記録破りの寒い冬が続くと、完全に信憑性が薄れている温暖化説がますます馬鹿馬鹿しく聞こえてくる。
関連記事:米国にもクリスマス寒波、北東部に吹雪警報 欠航便相次ぐ


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家事手伝いを要求しすぎて旦那様に逃げられないように、、、

今日はクリスマスイブということで、ちょっと軽い話題から。
クリスマスが近づくと、イギリスでは家事の分担が原因で離婚する家庭が増えるという面白い記事をイギリスのデイリーメイルという新聞で見つけた。著者はマリー・ゴールド。
欧米ではクリスマスというと、日本でいうお正月みたいなもので、知り合いや親戚一同招いて自宅で宴会なんて家も少なくない。
しかし楽しい日であるはずのクリスマスも、プレゼントの買い物にはじまって、普段は一緒に居ない家族が帰省していたり、宴会の用意のため大掃除したり御馳走を料理したりと、主婦は結構忙しく大変である。
商店街はクリスマス用の買い物客でごった返しており、駐車場はどこもかしこも一杯で車ひとつ駐めるのも、まるで障害物競走にでも参加しているようだ。こんななかを主婦はひとりで大忙しに走り回る。まさしく師走である。
そんな思いをして家に帰ってくると、散らかった居間を放ったらかしで、クリスマス休暇をとってお膳に足をあげてビールを飲みながらフットボールなんぞを見てる亭主がいる。たまに家に居るんだから、お膳の上くらい片付けてよ、くらいは言いたくなるだろう。
といってここで休暇中のご主人に色々な用事を言いつけるのは禁物だ、とマリー・ゴールドは言う。
「最近の女性は旦那さんに多任務を期待し過ぎる。自分たちの父親なら絶対しなかったことや、それ以上のことを期待している。」とゴールドは言う。
ゴールドはある日、上司の女性が旦那さんにお風呂場の掃除を何週間も前から頼んでいるのにやってくれないと言って泣いているのを見た。そんなこと自分でやればいいじゃないと言ったら、「あんたみたいな女性がいるから、男どもはつけあがるのよ」とものすごい剣幕。その後しばらくしてこの夫婦は離婚してしまったという。
嫌がる旦那さんに無理に片付けを手伝ってもらって喧嘩になって、あげくの果てが離婚なら、自分でさっさとやってしまった方が楽なのでは? 何故旦那さんに掃除してもらうことがそんなに大切なのだ、とゴールドは問う。
ま、最近は女性も外で仕事をしているから、家事は女性の仕事だと決めつけることは出来ない。子育てもあることだし、夫婦が分担して家事をするのは当然だろう。だが、家のローンを支払うために職場から遠くに住んで長い時間かけて通勤し、毎日残業やって、しょっちゅう辺鄙なところへ出張して、家計を支えている旦那さんに向って、たまに家に居るんだからこれもやって、あれもやってと、箇条書きになったリストをつきつけるのは考えものだ。 これじゃあ、お父さんも家になんか帰ってきたくなくなるだろう。たまの休みくらい休ませてくれ〜、と悲鳴も上げたくもなるだろう。
日本でもさほど変わらないと思うが、欧米では旦那さんが家庭内でする伝統的な仕事というものが決まっている。たとえばゴミの日にゴミを出すこととか、バーべーキューパーティでバーガーだのリブを焼くのは旦那さん。庭の芝刈りとか、ガラージドアの修理とか高いところにある電球を取り替えるとか、子供の机の上の棚作りとか。アメリカ車が粗悪だった1970年代頃までは、日曜日にガレージで車の修繕をするのも旦那さんと相場は決まっていた。
ところが最近では、男性が女性の出産に立ち会うのは普通になってきたし、家事手伝いを分担するのもあたり前になってきた。男性はこれをそれまでの伝統的な男性の仕事の上にやらされているのだ。
それで女性から感謝されているかといえばそうでもない。ゴールドの知り合いに、自分では車にガソリンもいれないし、車のタイヤに空気など入れた事もないという女性がいるそうだ。そういうことは男の仕事だから当たり前という顔をしている。そのくせ子供のお守りや料理を男性に手伝わせることには抵抗がない。
ゴールドのある女友達は仕事もできる優しい男性と結婚していたのに、自分が旅行に出る時に、夫がするべき仕事のリストを箇条書きで残して行った。多分それまでにも色々と用を言いつけられてかなり参っていたのだろう。それを見た旦那は一目散に遁走してしまったという。
私にしてもゴールドにしても、世の奥樣方に反っくり返って何もしないご主人を甘やかしてもいいと言ってる訳ではない。ただ、ご主人方に何かをやってもらいたいのであれば、真っ向から仕事リストを突きつけるのはかえって逆効果だろう。
第一、奥さんの指図をはいはいと素直に聞くような男と本当に一緒に暮らしたいのか、とゴールドは聞く。最近の日本でいう草食系とかいうのがこういうタイプだろうか、カカシはお断りだね。
それにカカシはちょっと古くさいところがあって、自分の台所に主人も含め、他人が入ってくることには非常な抵抗がある。主人が一人で料理するために台所に立つことには抵抗はないが、私が料理しているところに主人が入ってくるのは我慢できない。
うちで宴会を開いた時でも友人たちが私の台所に入ってくるのは嫌なので、飲み物が足りなくなると私はさっさと立ち上がって取りに行く。私がどれだけ台所を神聖な場所にしているかを充分心得ている主人は私が料理中は台所の敷居の向こうに立って「あのさ〜ビールとってくれる〜」などと話かけてくる。
ところが、そういうことを良く知らないアメリカ人の知り合い達は、主人が自分では何もとりに行かず皆私にやらせている、なんという亭主関白なんだ、と腹を立てたりする。私にいちいち飲み物を取りにいかせては悪いと思って、自分から冷蔵庫を開けに行く人がいると、主人が慌てて「いや、うちのはちょっと変わってましてね、台所に他人が入るのをもの凄く嫌がるんですよ。」と止めにはいったりしている。
ま、それは余談だが。
イスラム諸国やアジアの途上国の極端な男尊女卑の国は別として、文明国の男性は優しいから、女性が重たい荷物を持って苦労していれば手伝おうくらいの気持ちは持ってくれるだろう。女性にはちょっと無理な力仕事や簡単な大工仕事は男性に任せればいい。
うちの主人は料理が好きだし、台所の片付けはカカシよりうまい。だが洗濯や掃除は絶対にしない。風呂場やトイレ掃除など死んでもやらない。(独身時代の彼のアパートのトイレは国鉄時代の駅のトイレくらい汚かった!)
まあ、そんな人に無理にトイレの掃除をやらせても仕方ないし、得意なことをやってもらえばそれでいい。
だいたい掃除をするしないで喧嘩になるような夫婦なら、他にもっと深刻な問題があるのではないか、とマリー・ゴールドも書いている。
確かにね。
それでは皆様、夫婦ご円満に、良いクリスマスをお迎えください。
メリークリスマス!


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米軍隊、遂に同性愛者の勤務を公に認める!

クリントン大統領がパパブッシュに対抗して大統領選に出馬した時、大々的に公約しておきながら、いざ大統領になった途端に回りの圧力に負けてポイッと放り出してしまったのが、この同性愛者の軍隊勤務合法化だった。クリントンは根性がなかったので、合法でも非合法でもないどっちつかずの「聞かない、言わない」という黙認法で妥協してしまった。以来この話は誰も触ることの出来ないタブーとなっていた。
それが今回共和党の反対を押し切って、レイムダック期間を利用し、オバマと民主党は強攻に既存法を撤回し、同性愛者たちは晴れて公に軍隊に勤務することが可能となった。以下毎日新聞より。

米国:同性愛公言者、軍隊に門戸 「黙認政策」を廃止 大統領公約、法案成立へ

 【ワシントン古本陽荘】米上院(定数100)は18日、オバマ米大統領が公約として掲げてきた同性愛者と公言する人の軍への入隊を認める法案を採決し、賛成65、反対31で可決した。下院でもすでに可決されており、大統領の署名を経て成立する。
 93年に導入された、同性愛に関し「ドント・アスク、ドント・テル」(聞くな、言うな)を原則とする「黙認政策」を廃止するもので、17年ぶりの改革となる。黙認政策の下、約1万3000人の同性愛者が除隊を余儀なくされており、オバマ大統領は就任前から、同性愛者の軍入隊制限の撤廃を公約に掲げてきた。
 大統領は法案可決後、「米国の国家安全保障をむしばむ政策を終わらせるための歴史的な一歩だ」とした声明を発表した。今後は、国防総省が関連規則の変更に関する計画を策定するが、同省は新規則の周知徹底や教育に時間を要するとの姿勢を示しており、実際の実施時期がいつになるかは不透明だ。
 海兵隊トップのエイモス司令官は、同性愛者の受け入れに反対する姿勢を明確にしており、実施までには紆余(うよ)曲折が予想される。

ここではっきり言わせてもらおう。私はオバマ王は大嫌いである。彼のファシスト風行政には全く賛同できない。レイムダックセッションで、野党の反対を押し切っての強攻な手段も感心しない。とはいえ、風見鶏のクリントンがいとも簡単に投げ出した法律を、後でかなりの仕返しが期待できるというのに強攻に押し通したオバマの勇気は讃える価値があると思う。
特に、私は以前から同性愛者が合法に軍隊に勤務することには賛成だった。実を言うとクリントンが大統領候補だった時、もしカカシに投票権があったならそれだけでクリントンに投票するつもりだったくらいなのだ。
この件についてはカカシも過去にいくつかエントリーを書いている。
どうして左翼は同性結婚には熱いのに、ゲイ軍人には冷たいのか?
民主党議員、同性愛者の軍隊勤務禁止法撤回を拒む
『ゲイを軍隊に入隊させろだ? 冗談じゃねえよ』
黒人を軍隊で白人の兵士と混合させた時も、女性兵士を男性と一緒に軍艦に乗せたりした時にも色々と反対はあった。だが、いざ隣り合わせで一緒に仕事をしていると、黒人だろうと女性だろうと大した差はない、ごく普通の軍人同士だということが解って来た。
特に同性愛者は、公にされていなかっただけで、これまでにもずっと勤務してきたのだから、公になったからといって何が変わるというものでもない。ゲイ男性と一緒にシャワーを浴びるのは嫌だとかいうくだらない言い訳は、仕事が忙しくなってくればどうでもいいことだ。
だいたいだ、二人並んでシャワーが浴びられるほど広いシャワー室があるような贅沢なところで仕事をしてる人間が文句言うな!私なんざ誰も居ない変な時間を見計らって20人部屋にひとつしかないシャワーを浴びてるんだぞ!
とにかく、私は公平な人間なので、評価すべきことはきちんと評価したい。
オバマ大統領、あなたの勇気に敬意を表する。公約を守ってくれてありがとう!


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ペイリンのアラスカが理解出来ないカナダde日本語教師さん! アメリカの大統領はアメリカ人が選びます!

愛国太平というブログで、当ブログのエントリーをふたつほど取り上げて貰ったのだが、そのなかで、「サラ・ペイリンのアラスカ」についてぼろくそに書いてるカナダde日本語というそのタイトル通りカナダで日本語教師をしているという極左翼のブログの紹介があった。
カカシはサラ・ペイリンのファンなのだが、気候や自然の面でアラスカとも非常に共通点の多いカナダという国に住んでいながら、ペイリンのアラスカが全く理解できていないペイリン嫌いの偏見に満ち満ちた著者の美爾依さんの文章が面白かったので、ちょっと紹介してみたい。

何がとんでもないかというと、『サラ・ペイリンのアラスカ』っていう番組を見ると、アラスカの大自然はとってもすばらしいんだけど、サラ・ペイリンがいい年をしてアウトドア・スポーツに挑戦してキャアキャアわめきまくったり、ライフルで大自然で生活する野生の動物を殺したり、日本の家に比べたらとてつもなく広い彼女の家には、野生動物の首から上の剥製があったりとちょっと見ただけで不快になってしまう映像のオンパレード。

「いい年して」とはどういう意味だ。サラ・ペイリンはたかが45〜6歳。40過ぎのおばさんがアウトドアスポーツを楽しんじゃいけないって誰が決めたんだよ、と言いたくなる。ブログ主の美爾依さん自身プロフィールを読む限り、大学卒業後どのくらいの期間を置いてカナダに来たかによっては40歳近いはずで、ペイリンと大した差はない。他人のことを「いい年して」とか批判できる年齢ではないと思うのだが。
ま、それはいいとしてだ、カナダの大自然のなかで15年も生きていながら、同じような北国のアラスカ大自然で狩猟しながら生計を立てている地元民の生活が理解できないというのは全くお粗末としか言いようがない。
私がまだ日本に住んでいた頃、うちの近所によく仕事でカナダに行くビジネスマンが住んでいた。この男性は父と飲み友達だったのだが、カナダで外に出る時には野生動物、特にグリズリーから身を守るため、必ず護身用のライフルを持って出かけたという話をよくしていた。
また、都会に住んでいて何もかもスーパーに行けば間に合うような環境に居ない人間にとって、狩猟をするしないは死活問題である。それを「ライフルで大自然で生活する野生の動物を殺したり」などと頓珍漢なことが言えるこの美爾依という女性は、いったいカナダで15年間何をやっていたのだろう?
思うに美爾依という人はカナダに住みながらカナダの大自然を肌で感じたことがないらしい。プロフィールには「冬にはマイナス20℃を越える厳しい気温と大雪にめげそうになりましたが、持ち前のタフさでなんとか乗り切りました。」などと偉そうなことを書いてはいるが、この人がペイリンのようにスノーモービルを乗り回す姿はおよそ想像できない。

何よりも、サラ・ペイリンの不快指数100%の声によるナレーションを最初から最後まで聞かなくてはならないというのはかなり苦痛だ。家族が一番大切として、共和党的な古き良き時代の大家族を、今の時代に自慢げに映しているところも嫌い。「女性は子供を産む機械」という元自民党の厚労相の言葉が浮かんできた。こんな番組を楽しんで見る人の気が知れない。ただただ吐き気がするだけだ。

サラの声は確かに甲高く、しかも彼女はものすごいおしゃべりで、夫のトッドや次女のウィローなどがほとんど何も言わないのに比べてとにかくしゃべりまくる。サラファンのカカシですら多少げんなりするくらいだからサラ嫌いの美爾依が嫌がるのは仕方ないだろう。
ただ、ペイリン家が大家族である点を「今の時代に自慢げに映しているとろろが嫌い」とか、「こんな番組を楽しんで見る人の気が知れない。ただただ吐き気がするだけだ」というところが、さすがリベラルだけあるなと呆れるというより感心してしまった。
少子化が進む欧米や日本などの先進国に住んでいると、子供が少ない事が当たり前のようになってきた。しかし、実はこの少子化こそが今や文明諸国の未来を脅かしているのだという事実を忘れてはならない。サラ・ペイリンが人気があるのは、今は失われつつあるアメリカのフロンティア精神をサラが思い起こしてくれるからだろう。彼女が神を敬い子宝に恵まれた事実に感謝するという、アメリカの原点に戻っているところが彼女の魅力なのである。
美爾依のように、現代社会のデカダンスに完全に汚染された人間には理解できず、考えると吐き気がするような事実かもしれないが、アメリカにはそういうフロンティア精神に同調する気性がまだまだ健在だ(Thank God!)
おなじリベラルでも、ニュースウィークジャパンに書いてる冷泉彰彦の分析はかなり冷静で的を射ている。

どうしてこの「ペイリンのアラスカ」にアメリカ人の保守派は引き寄せられるのでしょう? まず「大自然の中のペイリン」という圧倒的な映像が「アンチ都会」のセンチメントをこれでもかと刺激するという点があります。大自然に敬意を抱き、その自然が美しければ美しいほど人間が謙虚になるとか、都会の生活に疲労しつつ知的な感性を持つ人間にも大自然の魅力が分かる・・・日本の自然観にはそうした感覚がありますが、これは全く別のモノです。

 粗暴なほどの大自然に対して開拓者はちっぽけな存在です。ですが、家族・宗教・武器の力を借りて、一生懸命頑張れば成功が待っている、ただその過程で、大自然に対抗する上で重要な家族・宗教・武器という価値を脅かす存在があれば、まずその敵と徹底的に戦う、そんな自然観です。どうして武器(番組の中では大口径のライフルとかヘリコプター)の使用が無制限に許されているかというと、それは人間が神から許された特別な存在だからであり、その人間がバクテリアや猿から進化したなどという都会やヨーロッパの無神論者は、正に自然と闘う自分たちを妨害する敵だというわけです。
(略)
 そうしたアメリカの開拓者が持っていた価値観は、実際の大平原つまり中西部では理念としては残っていても、生活の上では、大規模化し機械化された農業にしてもかつての自然との緊張感はありません。ある意味で、この「アラスカの大自然の中のペイリン」というのは、その開拓者精神の原風景を感じさせるのです。原風景というのは大自然と闘う姿勢を守ることで、その闘いが同時に自分たちの敵である都会のインテリに対して闘う、あるいは「訳の分からないイスラムや中国などの外敵」と闘う姿勢に通じるという意味です。

冷泉は決してペイリンのファンではないし、ペイリンの政治家としての能力も認めていない。それでもさすがにジャーナリストの端くれだけあって、アメリカの保守派を大分理解していると思う。かなりの誤解はあるものの、アメリカ人を正確に理解しようという姿勢が伺われる。
カナダにもフロンティア精神というものがあったはず。15年もカナダに住んでいながら、そのことを全く学んでいないカナダの日本人女性教師。どこにすんでいても左翼のアカデミーインテリに囲まれているとこうなってしまうという典型的な例だろう。


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英語版2ちゃんねる、4chan サイバー戦争宣戦布告

この間ウイキリークスというサイトでアメリカや日本を含む諸外国の秘密情報が漏洩された事件で、ウイキリークスの発足者のジュリアン・アサンジはイギリスで未成年暴行の罪に問われていったん拘束された。いまは保釈の身となっている。
アサンジが逮捕された当初、アサンジに同情するネットお宅らによってウィキリークスの敵と思われるビサやマスターカードそしてペイパルなどがサイバー攻撃の犠牲となった。その攻撃の成功には誰もが非常に驚いたのだが、これによってネット社会にある不思議な掲示板の存在が明るみに出て来た。
この掲示板は『4ちゃん』と呼ばれる。カカシはその名前が日本の匿名掲示板『2ちゃんねる』と似ていることから、もしかして関係があるのだろうかと調べてみたら、やっぱりそうで、日本語の2ちゃんねるに紀元を発し、枝分かれした英語圏の匿名掲示板なんだそうだ。
私は日本の2ちゃんねるの性質がどのようなものなのかよくは知らない。ただ、あまり品がよくなく、個人への中傷誹謗や人種差別的な発言やいやがらせなどが横行する掲示板であるらしいことは聞いている。
英語圏の4ちゃんも似たような性質のものらしいのだが、そのなかでも特にこの掲示板を通じて結託しているアノニマス(匿名)と呼ばれるネット攻撃専門のグループの存在は、数年前からレコード業界を対象にハッキングなどをしていることから、すでにその悪質な行動は一部業界では悪名高い。
このグループは特にこれといったリーダーが居る訳でもなく、きちんとした組織が組まれているというわけでもなく、単にネットを通じて同じような考えを持つティーンエージャー達がゆるくつながっているだけだ。これまでにもキッスのリードボーカルのジーン・シモンズやユートゥーブや、サイエントロジストという言われる宗教団体などがアノニマスのサイバー攻撃の被害者になっている。彼らの故意に幼稚な文法やブラックユーモアはすでに4ちゃんの掲示板の域を越えて、ネット社会に広く浸透していっている、とフランチャイズタイムスのオンラインニュースは報道している
アサンジが逮捕された一週間ちょっと前、アノニマスは4ちゃんでアサンジ逮捕の抗議と復讐のため、ウィキリークスのサイトを取り下げたホスティング会社やアサンジの敵と思われる金融会社などに対して一斉にサイバー攻撃を開始した。アノニマスの勝手ないい分からいうと、「ペイバック作戦」とよばれるこの攻撃は言論弾圧への抗議ということらしい。
「ウィキリークスは言論の自由と情報のリトマステストだ。」とペイバック作戦の参加者はフランチャイズタイムスのインタビューに答えた。
アノニマスからさらに枝分かれしたアノンズと呼ばれるグループは、言ってみればネット場のサイバーテロリストだ。イスラムテロリストと同じように、ひとつの目的に同調する個人が特に誰かの命令に従うでなく、個人的にテロ行動を行う。だから取り締まるのは難しい。
例えば、ネットで誰かが「ビサカードの会社を攻撃しよう!」と始めると、それを言い出したのが何処の誰かも解らないのに、「やろうやろう」とメッセージが続き本気でやる人間が集まってくる。メンバーの連中は多分ニキビ面のティーンエージャーでおもしろ半分に参加しているのだろうが、攻撃の対象になる企業としてはたまったものではない。
アノンズが若者に人気があるのは、情報の自由な流通を妨げると思われる組織や企業を、匿名参加の不特定多数で攻撃できる点だろう。ネット上での群集心理とでもいうのだろうか。
私は内部告発が悪いとは思わないし、政府が隠していることを市民が知ることも時には大切だと思う。自由国にあって政府が国民に隠し事ばかりするのは決して好ましいこととはいえない。だが、言論の自由とはいっても、その情報を公表することで国家が外敵から危機にさらされるとしたらこれは単なる言論の自由云々というわけにはいかない。
もちろん政府は国土安全のためとか治安維持のためとか言って政府の権力を拡大する傾向があるので、国民がどこまで政府にその権限を与えるのか、そのへんの均衡を取るのは常に難しい。
問題なのはアノンズのメンバーたちは世界中のネットからアクセスしており、どの国のレジスタンスとかいう特定の組織ではない。だから一人一人に個人的なつながりがあるわけではなく、首謀者と思われる人間を一人逮捕してみても、芋づる式に他のメンバーを逮捕できるといった単純な取り締まりは不可能な点だろう。
アノンズへの参加は自由だが、特にこれといった組織があるわけではないから、身元が割れて逮捕されても誰が守ってくれるというわけではない。それに、私も掲示板は何年か参加していて知っているが、常に内輪での争いが絶えず、匿名参加者の身元を割り出して公表したがる輩がいくらでもいるから、参加者は自分らが思っているほど安全な立場にはない。
FTのインタビューに応じた自称アノンズの20代のアメリカ人メンバーは、「誰でも手をだせば危険があるのは覚悟の上だよ」と語り、自分の銀行口座が公表されても特にかまわないと語っている。
はっきり言ってそんなことが言えるのは特に財産もなく妻子もない孤独な若者だからだろう。これがある程度の年齢になり責任ある職に付き妻をめとい、子供の一人二人が出来てみろ、サイバーテロリストによって銀行口座が空っぽにされり、アノンズへの参加が知られて仕事を首にされたりしたら、そんな暢気なことは言ってられなくなる。
だが、アノンズのメンバーはこのメンバーの無責任な発言で象徴されるように、多くがこうした無責任な若者だ。テロの歩兵が常に分虜のない若者なのと全く同じ理屈だ。
彼らは自分らの行動が巻き起こす悪影響について深く考えていない。たとえば、今回のペイバック作戦にしても、攻撃対象となったのはビサなどのクレジットカードの他にアマゾンやユートゥーブやペイパルなども含まれている。こうした企業が機能停止して困るのは企業だけでなくこれらの企業を利用している消費者である。
アノンズのメンバーたちのようにネットに生きるような人間たちは、ネット組織の機能停止で一番困るのは自分らを含む消費者なのだということを理解していない。親になんでも買ってもらってる世間知らずのティーンエージャーならではの理屈だろう。
しかし世間知らずとはいえ、ネット技術は高い一部の人間が作成したハッキングプログラムは参加者が単純にダウンロードするだけで、対象の組織への攻撃が可能になる。
今後もこうしたサイバー攻撃によるネットテロリズムは続くだろう。サイバー時代となった今では、こうした危険も避けられないということか。やっかいなものだ。


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『サラ・ペイリンのアラスカ』テレビドキュメンタリーにうろたえるエリート保守派たち

この間、サラ・ペイリン前アラスカ州知事が、アラスカの生活を紹介するドキュメンタリーに出演中だという話はしたが、リベラル連中が批判するのは当然のことながら、何故か保守派からもペイリンのテレビ出演を批判する声が多く聞かれる。
先ず断っておくがペイリンが出演している番組は、今アメリカで流行っている俗に言われるリアリティーショーとは違う。
リアリティショーというのは特に芸のない連中が自分らの私生活を演技をするでもなくカメラで追わせるというだけの代物。他人の私生活など観て何が面白いのかと私は思うのだが、出演者が美男美女だったり、風変わりな生活をしてる人だったりすると、覗き見趣味的な感覚で観る人が結構いるらしく、カダンシアンという美女姉妹のリアリティショーとか八子を持つ夫婦(今は離婚して母親のみ)のショーなどは大人気でもう数シーズン続いている。(アメリカの番組は一年ぶっ通しでやらずに一定の期間だけやって後は再放送となる。)
ペイリンの番組はリアリティーショーを多く放映しているTLCという放送局で制作されてはいるが、その内容はこうしたくだらないものではない。これはよく日本でも放映されている芸能人などがホストになってする旅行記で、ペイリンはアラスカの自然や産業やアウトドアのスポーツなどを自分も挑戦しながら紹介していくというもの。
アラスカ紹介番組を放映するなら、元アラスカ知事で人気者のサラ・ペイリンは適役だ。それを番組を観てもいないくせに、ペイリンは100万ドルが欲しくて家族のプライバシーをさらしているとか、こんな下世話な番組に出た以上今後大統領になどなれないだろうとか、ブッシュ前大統領の政治アドバイザーだったカール・ローブなどを筆頭に旧保守派らから蔑みの非難が集まっている。
リベラル連中がペイリンを嫌うのは理解できるが、なぜ一部の保守派たちはこうもペイリンを毛嫌いするのだろうか?
その理由はこの番組を観ていると明らかになってくるのだが、ペイリンはいわゆるエリートではない。政治家としてもワシントンDCで長年キャリアを積んで来たわけでもない。彼女のルーツはあくまでアラスカである。彼女は漁師の妻であり、5人の子供の母であり、自分で漁にも出るし、アラスカの長い冬を超すために自ら狩猟に出かけ食料確保をしたりもする。若い頃はアラスカの若者なら誰でも一度はする魚の缶詰工場でアルバイトしたりもしてきた。
彼女がワズィラ市の市長になったのも主婦として地方政治のやりかたに疑問を抱いたことからはじまったわけで、後にアラスカ州知事になったのも、州のベテラン共和党知事とその一家の汚職に挑戦してのことだった。
つまり、彼女は政治家にありがちなエリート大学出身の元弁護士などではなく、肉体労働もいとわない田舎州出身の主婦なのである。それがエリート保守派の連中には気に入らないのだ。
もうひとつ、旧保守派で特に中高年の男性の間でよく見られることなのだが、ペイリンが元ミス・ワズィラになったほどの美女であることにも抵抗があるようだ。旧保守派の男性の間では、リベラルがいうところのステレオタイプな男尊女卑思考を持った人間が少なくない。保守派の男性は紳士が多いので、あからさまに女性に失礼なことは言わないが、といって女性を同等に思っているわけではないのだ。
特に美しい女性に関しては、デートの対象としては大事にしても、才能の面では下に見ている。女は可愛くあればいいのだ程度にしか見ていない。
それでも女性がどう見ても美人でない場合は我慢出来る。性的対象になり得ないような女性なら、自分らの性欲をそそられないから女性というより中性な政治家として見ることが出来るからだろう。それが、美しい女性となるとそうはいかない。頭脳明晰で才能ある女性が美人だなどという事実は保守派のおっさんたちの頭ではプロセス出来ないのだ。そんな女性に性欲をそそられたら自分らの弱さを認めるようで許せないのだ。
だからサラ・ペイリンのような保守派美人は頭の固いエリート保守派には理解できないし受け入れられない。
それで本来ならば保守派にとって強い味方となり得るサラ・ペイリンをリベラルのアホどもと一緒になって批判するエリート保守派たちの馬鹿さ加減。まったくやっかいな話だ。
ペイリンが大統領になるためには、こうした一部保守派もいずれは味方につけなければならない。ペイリンに投票するくらいならオバマに第二期目をやってもらいたい、なんて馬鹿なことをいう保守派連中が現れないためにも、これからのペイリンの活動は注目される。


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