おせち料理の材料が高値すぎて悲鳴を上げた年末

日本の皆さまがこれを読むころはもうお正月ですね。新年あけましておめでとうございます。

こちらは一日遅れで本日が大晦日。もうここ2~3年、おせち料理なんて作っていなかった。特に去年は私の心臓手術などもあって、年末にお節盛り合わせのお弁当だけ買ってきてお茶を濁した。今年もおせち料理なんて面倒くさいからつくらないでおこうと思ったのだが、私はせめて煮しめくらいは食べたいなと思い、その材料だけでもと思い日系マーケットに出向いた。

そのマーケットの名前はMITSUWAといい、カリフォルニア州に何軒かお店がある。うちから車で25分くらい行ったところにある店は非常に規模の小さい店で、日本のコンビニ位の大きさの店である。それでも店の前にはおおきな門松が飾ってあって、ちょっとお正月気分になった。

狭い店のなかには正月用の買い物をする日系人でごった返していた。結構若い夫婦が多く、誰も日本語をしゃべっていない。だが英語で話ながらも「田作り」「伊達巻」「栗きんとん」などという単語だけが日本語で飛び交っていた。まったく日本語のしゃべれない日系何世代かの若者従業員も「はんぺんはどこにありますか?」という私の英語の質問にきちんと答えてくれた。

もともと日本製品は輸入品なので値段は割高だ。しかし今年はインフレのせいもあって、いやあ何もかも凄い高値。紅白かまぼこが普通の2/3程度の大きさのものが一個9ドルから12ドル。伊達巻も小さいものでも9ドル。大きい者になると14から20ドルくらいもする。剥き栗の袋も14~5個で8ドル。栗の甘露煮は小さな瓶に数個しかはいってなくて9ドル!そして極め付きは、なんとはんぺんが一枚4ドル50セント!あまりの高さに「たっか~い!」と大声を張り上げてしまった。

しかし一年に一度のことだからと思い、かまぼこや伊達巻は諦めたが、煮しめようの里いもやゴボウを買い、大きな大根も購入した。そのかわり剥き栗はあきらめた。日本ではごく普通に手にはいるこういう野菜はカリフォルニアでは日系マーケット以外で購入することはできない。韓国系や中華系では似たような野菜はあるがちょっと違うのだ。野菜以外は栗の甘露煮とはんぺんを購入。昆布、黒豆、田作りは見送った。おもちは切り餅の一番小さいのを買った。

よもぎねこさんが、ご近所のスーパーでは鏡餅が30日ですべて売り切れてしまっていたとおっしゃっていたが、MITSUWAさんには鏡餅は最初から売っていなかったようだ。すくなくとも狭い店内ではみあたらなかった。しかし我が家では日本の妹が毎年プラスチックの容器に入った小さな鏡餅を送ってくれる。それで今年もそれを飾ることにした。

カリフォルニアでもお節料理は前々から予約しておくことが出来るが、私は他人の作ったおせちにはあまり興味がない。ああいうものは調理をする作業が楽しいのだと思う。

というわけで昨日は煮しめ、栗きんとん、なます、を作った。本日は伊達巻を作って今年はそれでおしまいにしよう。

ではみなさま良いお正月をお過ごしください。


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アメリカの大学がいかにしてオーウェルの「動物農場」になったのか

『動物農場』(どうぶつのうじょう、原題: Animal Farm)は、1945年8月17日に刊行されたジョージ・オーウェルの小説。『アニマル・ファーム』とある農場(「マナー農場」)の動物たちが劣悪な農場主を追い出して理想的な共和国を築こうとするが、指導者の豚が独裁者と化し、恐怖政治へ変貌していく過程を描く。人間を豚や馬などの動物に見立てることにより、民主主義が全体主義や権威主義へと陥る危険性、革命が独裁体制と専制政治によって裏切られ、革命以前よりも悪くなっていく過程を痛烈かつ寓話的に描いた物語であり、ロシア革命とソビエト連邦を理想の国とみなすような「ソビエト神話」への警鐘であった。ウィキペディアより

先日からいくつかアメリカの教育現場がどんどん反ユダヤ主義になっているという話をしているが、今回はTheHillに載せられたオピニオンピース、Opinion: How America’s college campuses became Orwell’s ‘Animal Farm’アメリカの大学がいかにしてオーウェルの「動物農場」になったのかを読んでみたい。著者はポール・R・モーア(Paul R. Moore)

「1984」年の著者として有名なジョージ・オーウェルの「動物農場」では革命によって人間の農場主を追い出し豚たちが動物たちの代表として政権を握る。革命後の農場のモットーは「すべての動物は平等である」だった。ところが、豚たちは一旦自分らが権力を握るとだんだんとその権限を拡大したくなってくる。それで最初のスローガンも「すべての動物は平等だが、一部の動物はより平等だ」と変わっていく下りがある。この本は1984年とちがってすべて軽いコメディータッチで描かれているが、共産主義の偽善を描いたパロディーである。

モーアは最近のエリート大学の様子を見ていると、このパロディー同様「すべての言論は自由だが、一部の言論はより自由だ」と書き換えられるという。

ハーバード大学は今年12月7日、恒例のハヌカ行事である大型ミノーラ(燭台)をキャンパス敷地内に飾り、毎晩ひとつづつ灯を灯し始めた。ところが今年は飾ってあるミノーラを破損する学生が現れることを懸念し、毎晩灯をともした後ミノーラを隠すことにした。折も折、ハーバード大学のクローディン・ゲイ学長は下院議会で「ユダヤ差別の言論や威嚇は、罰則に価するため学校側は対処する」と証言したばかりであった。ミノーラを破損するような危険があると思うのなら、護衛を付けるなり監視カメラを増やすなりすべきなのに、反ユダヤの暴徒らの脅しに屈してミノーラを隠せと言うのである。

この「暴力を煽る結果になるから」という言い訳で、ハーバードはじめ、各地の大学で保守派講演者たちの言論が弾圧されてきた。こういうのを英語では「ヤジ者による否決」という。つまり批判が多く集まるのが怖いと言う理由で最初から言論を取り下げてしまうという行為だ。これなら「そんな講演をしたら暴力で阻止してやるぞ」という脅かしさえすればどんな言論も弾圧できるということになってしまう。

この間起きたKADOKAWAによるアビゲル・シュライアー著の翻訳版「あの子もトランスジェンダーになった」がトランスジェンダー活動家による出版社への暴力的脅迫が原因で土壇場で刊行中止になったのなどがその典型だ。

「ヤジ者による否決」が成功した例としてモーアはをあげると、2020年にフォーダム大学でおきた事件をあげている。これは大学のある中華系の学生が学校とは無関係の自分のインスタグラムに中国共産党による大学生大虐殺事件、天南門事件について「自由は強く武装した市民から始まる」と書き銃を持った自分の写真と一緒に投稿した。この学生の両親は中国から逃れて来た移民だった。しかし中国共産党から多額の寄付金をもらっていた同大学は、彼のインスタグラムに関して多数の苦情をもらったとし、学生を正式に調査。調査の結果、彼が誰も脅していないことが明らかになったにもかかわらず、学生は停学になり、一時登校も禁止され、学生会代表に謝罪文を書くことを強制した。フォーダム大学は学校の規則である「学生たちは自由に自分の立場を表現する権利がある、たとえそれが大学内や社会で問題となり反対意見を生み出すような考えであったとしても」に自ら違反したのである。

大学のFDRジレンマ。なぜ大学指導者たちは反ユダヤ主義に立ち向かえないのか

つぎに紹介するオピニオンピースは見出しの通りFDRジレンマというもの著者はMalcolm M. Feeley。著者はMalcolm M. Feeley。第二次世界大戦初期、実は時の大統領F・D・ルーズベルトは、ナチスドイツが行っているユダヤ民族浄化について諜報を得ていた。アウシュビッツ収容所へ続く線路を空爆すべきだというアドバイス儲けていた。しかしFDRはそれを拒否した。何故かというと、ヨーロッパでの戦争がユダヤ人を救う戦争になってしまう、よってアメリカ国民の支持を失う、のを恐れたからである。この戦争はあくまでもファシズム対フリーダムの戦いでなければならなかったからだ。

それで実際にはヨーロッパで何が起きているかを知っていたにもかかわらず、FDR政権はユダヤ人虐殺についての情報を隠ぺいした。

著者によれば現在アメリカ各地の大学のリーダーたちが学生や教授らによるあからさまな反ユダヤ主義運動に確固たる対応が出来ないのは、彼等自身が反ユダヤ主義だからというよりも、FDRが直面したのと同じジレンマが原因だという。

一方で反ユダヤ主義という人種差別を認めることは全ての差別に反対という学校の威厳に関わる。しかしもう一方でユダヤ人の肩をもつことは自分らがその地位に就くのを支持してくれた社会正義主義者たちを裏切ることになってしまう。

エリート大学での社会正義プログラムは自分らは弱者の味方だとする思想。以前にも書いたとおり、世の中には抑圧者(強者)と被抑圧者(弱者)が居るといういう考えで、弱者=被抑圧者という構図になる。イスラエルは国も豊かで軍隊も強い。よって彼等は抑圧者に違いないというわけだ。だからハマスによるテロですら「解放軍による抵抗」などという言葉に置き換えられてしまうのだ。

ハマステロリストを解放軍だの言って熱狂的に「川から海へ」などといって叫んでる若者の多くはそれがどの川と海なのか知らないそうだ。バークレー大学がおこなった世論調査では47%のパレスチナ支持者が川の名前を言えなかったり「どんな手を使っても」という言葉の意味を理解していなかったという。

キャンパス内で鍵十字の落書きをしたり、拉致されたユダヤ人たちのポスターを破ったりしてる連中は非常に無知だ。本当に10月7日の襲撃のことを全くしらなかったり、聞いていてもそれがイスラエルによるプロパガンダだとか、酷い人になると人質はイスラエルによって拉致されて隠されているのだとか、10月7日の犠牲者はイスラエル軍のヘリコプターによって射殺されたとかアホなことを言うのだ。怖いのはこの人たち、本気でこういう陰謀論を信じていることだ。

著者は大学の指導者たちは無論ハマスが何かを知っているし10月7日が何かも知っている。しかしそれでもこれまで自分らも推進してきた思想と相反することを言うわけにはいかない。例えばアメリカのキャンパスでは、もうだいぶ昔からBDSといってイスラエル商品やビジネスをボイコットしようという運動が人気を博している。そして学長たちもこうした運動に積極的に参加してきた。だからいくらハマスがテロ組織でも、ユダヤ人が被害者という構図でユダヤ人差別をする学生たちを糾弾できないのである。


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右翼と左翼、生きる世界が違うアメリカ

ちょっと前にサンフランシスコに8年住んでいるという日系帰化人と結婚している邦人女性が、時々白人から差別を受けるという話をしていて、私は40余年もロサンゼルス近郊に住んでいるが差別なんてめったにされないけどなあと思ったが黙っていた。私には彼女の体験が嘘だという実証はないし、第一彼女の交流関係ではそういうこともあるのかもしれないと思ったからだ。同じカリフォルニアでも北と南は文化が違うし、サンフランシスコは超リベラルだから、もしかして左翼リベラル白人たちは表向きはともかく、裏に回ると意外と差別主義なのかもしれない。

そういえば昔ニューヨークに留学していた日本人男性が、アメリカの白人て表向きはどんなに友好的でも裏に回れば有色人種を差別していると言っていたが、彼は超左翼リベラルだったので、多分ニューヨークで付き合った白人たちも左翼リベラル系ばかりだったのだろう。左翼リベラルの反差別主義なんて本当は表面的なものだけなのだということなのかもしれない。

何度となく拙ブログでもお話しているが、左翼リベラルの多くは右翼保守の考え方を理解していない。その理由は明白で、左翼リベラルが優勢な土地柄だと、彼等は自分らの考えは一般常識だと思っているから時と場合を弁えずに自分らの思想を話題にする。友達の誕生日、誰かの引退パーティー、卒業記念演説、なんでもありで「トランプは独裁者だ~」などとやりだすのである。だが、右翼保守の人たちは行儀がいいので、不適切な場所での政治討論はしないし、誰かが始めても反論したりせずに無視するか適当に話を合わせて退散する。職場などでやたらに政治見解を表明すると仕事を首になる可能性もあるので、一般に我々は左右色々と意見の分かれる問題は話題にしないのである。だから左翼リベラルのひとたちは自分らの考えが挑戦されることがないので、それが普通だと勘違いするわけだ。

超リベラルな人が周りのユダヤ人は皆停戦を求めていると勘違いしたりするのも、その人が熱烈なパレスチナ支持なのを知っている周りのユダヤ人たちはその人に本音など言わないからだろう。もしその人が私の仕事関係の人だったとして、私の前で「イスラエルって本当に酷いわよね。早く停戦すべきだわ!そう思うでしょ?」と聞かれたら「そうね、早く戦争が終わるといいわね」のような当たり障りのないことを言ってその話はさっさと終わらすと思う。その人と議論などしてみても意味はないし、政治の話で仕事関係や友人関係を壊したくないからだ。

ところで左翼リベラルの反差別主義なんて表面的で裏を返せば白人至上主義も真っ青な人種差別思想だということがはっきりしたのは、今起きているあからさまなユダヤ人差別。アメリカ各地で文字通りユダヤ人のジェノサイドを呼びかけて憚らない連中が大勢いる。そしれそれに抗議をしているのは一部左翼のユダヤ系以外はほぼ全員右翼保守の人びとである。

追記:

さっきよもぎねこさんの2017年のエントリーを読んでいたら、当時の私のコメントがあった。このエントリーは非常に面白い逸話で、よもぎねこさんのご親戚がユダヤ人ビジネスマンにひどい目に合わされたという話。是非一読の価値あり。よもぎねこです♪ 神戸のシャイロック 反ユダヤ主義雑感 (fc2.com)2017年1月16日付け。

で、そのエントリーに当時私がコメントしているのだが、その中に我ながら凄いことを言っている部分があったのでここで紹介しておく。

(前略)第二次世界大戦以前の欧州では、ユダヤ人は普通にドイツ人としてオーストリア人としてポーランド人として同化し地元の人々ともご近所付き合いをしていました。彼らは自分らをその国の人間として考えていました。ところがナチスがユダヤ人を弾圧し始めたらそれまで近所付き合いをしていた人たちまでが手のひらを返すようにユダヤ人迫害に手を貸したのです。

だからユダヤ人はどの国に住んでいても自分らがユダヤ人であることを忘れてならない。血筋は守らなければならない、という考えの人が多いわけです。

アメリカのリベラル派ユダヤ系は自分らがリベラルだから自分らの身は安全だと思っているなら、これは大間違いだと思いますね。ユダヤ系アメリカ人がイスラエルに忠誠を持つ必要はありません。むしろアメリカに忠誠をもってしかるべきです。しかし最近のリベラル派の反ユダヤ意識は単にイスラエル国家だけに向けられているのではないということをリベラル派ユダヤ系が理解できていないのは恐ろしいと思います。


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イスラエルのやっていることがジェノサイド?なわけないだろ!

反イスラエルの国際社会は何かとイスラエルのやっていることがジェノサイド(民族浄化)だというが、こういう大きな言葉をやたらに振り回すのは本当にやめてもらいたい。今の状況で国際法を持ち出す学者先生方の無責任さは本当に腹が立つ。

ここで書くまでもないが、イスラエルのやっていることがジェノサイドではないことの理由をちょっと書いておこう。先ず国連のジョエノサイド条約によるジェノサイドの定義。強調はカカシ。

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第一条

 締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを、防止し処罰することを約束する。

第二条

 この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。

(a) 集団構成員を殺すこと。

(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。

(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。

(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。

(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。

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この条約の違反をイスラエルがしているかどうかは「次の行為」の前にある国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為という部分に注目せねばならない。

イスラエルの標的はあくまでハマスでありガザ民ではない。これはイスラエル対ハマスの戦争であり、ガザ民殲滅を意図した行為ではないため、この条例には当てはまらないのだ。

この条例の日本語は非常に分かりにくいと思うので、辞書によるジェノサイドの定義をこちらに上げておこう。

gen·o·cide [ˈjenəˌsīd]

NOUN the deliberate killing or severe mistreatment of a large number of people from a particular national or ethnic group with the aim of destroying that nation or group:

つまり、特定の国民や民族をその国家や民族の絶滅を目的として大量に殺害及び弾圧する行為をいう。

今回のイスラエル・ハマス戦争においては上記の項目はどれも当てはまらない。イスラエルがガザ民の民族浄化を目的としているのなら、極端な話、原爆でも落とせば済むことである。無論ガザとイスラエルは距離が近すぎるので原爆は実用的ではないから別な武器が必要だが、それでも、ガザ民を皆殺しにすることが目的であるのなら、イラクやアフガニスタン戦争でアメリカ軍が用いた*MOABを使ってガザ完全破壊を達成することはできる。自国民の兵士を危険にさらして地上戦に持ち込む理由は皆無である。

*GBU-43/Bマッシブ・オードナンス・エア・ブラスト(MOAB /ˈmoʊb/、口語では「すべての爆弾の母」と説明される)は、空軍研究所のアルバート・L・ワイモーツ・ジュニアがアメリカ軍のために開発した大爆量爆弾である[1] 。開発当時、この爆弾はアメリカの兵器庫で最も強力な非核兵器であると言われていた[2]。この爆弾はC-130ハーキュリーズ、主にMC-130Eコンバット・タロンI型またはMC-130Hコンバット・タロンII型によって運搬されるように設計されている。爆弾の名前とニックネームは、1991年の湾岸戦争中にイラクのサダム・フセイン大統領が唱えた「すべての戦いの母」(Umm al-Ma’arrik)にインスパイアされたものである

MOABは2017年4月13日、アフガニスタンのアチン地区にあるイスラム国-ホラサン州のトンネル群に対する空爆で初めて戦闘に投入された

イスラエル軍はガザ民殲滅を意図するどころか、ガザ侵攻を始める前から何日にもわたってガザ民が戦火に巻き込まれないように避難するよう告げていた。民族浄化が目的な何故かれらに避難勧告をする必要があったのだ?

イスラエルの標的はあくまでハマスであり無関係な民間人ではない。だがこれは戦争だ。民間人が一人も犠牲にならない戦争などない。

ハマスの報道による二万人のガザ民が犠牲になったという数は全くあてにならない。だいたいハマスは戦闘員と民間人の区別をしていないので、死者の何%が戦闘員なのかもわからない。病院や学校の職員もハマス戦闘員ではないとしても、ハマスメンバーであることに違いはない。ガザのような場所である程度の地位に就ける人はハマスメンバーでなければ無理だからである。また、返還された人質の話によれば、国連経営の学校の教師の家で監禁されていたという。ハマスのようなテロ組織は女子供も手先に使う。人質の監視を女がしていれば、彼女もまたハマスメンバーだ。子供が爆弾や武器の配達を行っていた事実もある。これまでにも小さな子供が手りゅう弾を投げるなどの行為したこともある。だから、犠牲者に女子供が多くいたとしても、彼等が完全に無実な非戦闘員だと断言することはできないのである。

このような状態で民間犠牲者の数が多いという理由で(実際多いかどうかも解らないが)、民族浄化だという理屈が通るのなら、どんな戦争もジェノサイドだということになってしまう。イスラエルの今回の戦争が他に何万回と繰り返された戦争と全く違ってジェノサイドであると言い張るなら、その根拠を出してもらいたい。現在進行形で起きているトルコ政府によるクルド人テロ組織PKK地域への空爆などは、どういうカテゴリーに入るのだ?

さて、こういう話をすると、いや、イスラエルのジェノサイドは今に始まったことではない、もう75年間もパレスチナ民族浄化をやっているではないかという人がいる。だが、これがバカバカしい屁理屈なのは現状が物語っている。

これはダグラス・マレー氏も言っているが、ガザの人口は2005年にイスラエルが撤退してから10倍に膨れ上がっている。民族浄化をしているのに人口が爆増するというのはどういうことだ?イスラエルはよっぽどジェノサイドが下手なのか、ジェノサイドなど起きていないかのどちらかでしかない。これにひきかえ1947年以来近隣諸国のユダヤ人人口は激減。いまや完全に絶滅状態。誰がジェノサイドをやってるんだと聞きたい!

イスラエルの軍隊が強力であることは誰もが認めることだ。その気になればイスラエルはイスラエル領内からパレスチナ人を完全に追放することが出来る。ガザからイスラエル民間人を撤退させた後で、ガザをまっ平にすることもできた。なのにしなかった。

ナチスドイツはドイツ政府占領下にあったドイツおよび近隣諸国のユダヤ人の財産を没収し、組織的に強制収容所に拘束し、後に大量処刑を行った。ユダヤ民族を絶滅させるためである。ジェノサイドといはこういうものを言う。ナチスドイツとイスラエルの行為のどこにも共通点はない。

最後のXでbuveryさんが書いたポストを張って終わりにしよう。

サウジなどイエメン人を40万人弱殺しているし、今も紛争は続いている。スーダンのジャンジャウィード、サブサハラのボコハラム、ソマリアからケニアのアルシャバーブ、その他、イスラム国、アルカイダ、無数のイスラムテログループがジェノサイドを引き起こしているが、イスラムが殺す分はノーカン。

国連がこういう本当の意味でのジェノサイドについてだんまりを続けている限り、彼等のイスラエル批判になど耳を傾ける必要はない。

追記:ジェノサイドの効果がどう表れるかを示したグラフ。赤い線はジェノサイドによって人口が減ったことを示すもの。ガザの人口(右下)はまるで減っていないことが解る。

Dr. Eli David@DrEliDavid

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クリスマスの捉え方、欧米と日本の違い

ハッピークリスマス!

アメリカは一日遅れなので今日はクリスマスイブ。実は私は日付を一日間違えていて、今日がクリスマスだと思い込み、家族で集まるパーティーに持っていくことになっている海老焼売の下ごしらえを昨日始めてしまった。ま、作ってしまったわけではないので大丈夫だが。

今日xでイギリス住まいでITコンサルタント&著者でもあるめいろまさんこと谷本真由美twitter.com/May_Romaさんのポストを読んでいて、イギリスではクリスマスはどんなふうかというお話がおもしろかった。日本人は何かと欧米といって欧州と米国をいっしょくたにする傾向があるが、これは間違い。特にイギリスとアメリカはご先祖様は同じでも、今はかなり違う風習になっている。先ずはめいろまさんをご存じない方のために彼女のプロフィールから。

めいろま(谷本真由美)ITコンサル 著述家 元国連専門機関職員 「世界のニュースを日本人は何も知らない5」著者 http://amzn.to/45W0kop メルマガ http://note.mu/may_roma 何か奢ってhttps://ko-fi.com/may_roma Amazon Affiliateも呟くよ

めいろまさんはご主人はイギリス人で小学生のご子息が一人おられる。今、めいろまさんは日本に里帰り中らしく、日本人がクリスマスに鶏肉を食べる(特にフライドチキン)習慣について、日本人が鶏ももを好むのが不思議だと書いている。

クリスマスだから鶏肉を買う人が大量なのが… 鶏ももの照り焼きが800円とか明らかにぼったくりなんだが… 欧州では皆嫌がって食わない部分。犬の餌にしたりするのだが。欧州の人が鶏ももを好まない理由は、一番に食べにくいから。ナイフとフォークで食べるから面倒。2番目は肉が硬い。3番目は脂がすごいから。欧州の鶏肉は日本のと食感や脂が違うから、足の筋肉がすごかったりしますからね… あと調理法が違うのもでかい。

だから欧州はもも肉は安いし、手羽先や手羽元はもっと安い。イギリスだと2キロ入りが500円しなかったりするし。だからスープだけ取って捨てたりする。手羽先は食べない。

アメリカでは鳥の脚が犬の餌という感覚はない。いや、それどころか、鳥脚を犬にやってはいけないと言われる。何故かと言うと鳥の骨は砕けやすく犬の喉に詰まる可能性があるからだ。めいろまさん曰く、欧州人は鶏肉を食べないわけではないが、もも肉はナイフやフォークで食べにくいことでもあり、高級料理には出されないということである。ましてやフライドチキンとなると、手に持って食べるという習慣がないので、これは非常にお行儀の悪い下品な行為だと思われるというわけである。めいろまさんのお姑さんは、それでフライドチキンなんて食べたことがないそうだ。

彼女のご主人はイギリスの労働者階級出身だということだが、めいろまさんもご主人も経済的にかなり成功しているようで、いまでは結構上流階級との付き合いも多いのではないだろうか。それともイギリスでは労働階級の人でも階級にこだわるあまり上流階級の習慣こそが良いものとされているのだろうか。

うちの義母80代やその友達はイギリス北部の労働者階級白人だけど、フライドチキンは食べたことがない人だらけですよ。鶏肉を手に持って食べるのもマナー違反だから。皿を舐めるレベルの。若い人はそんなことないけども。

でも手に持って食べるフィンガーサンドイッチはイギリス発祥だけどね。

めいろまさんのポストを読むと、イギリスはアメリカよりクリスマスをもっと宗教的に大事な日と捉えていると言う気がする。もっと苺畑家はキリスト教徒ではないのでクリスマスに家族で教会のミサに参列するなんてことはしないから私が無知なだけかもしれないが。

それとめいろまさんにはお子さんが居るので、学校の行事でクリスマスに関する色々な催し物が行われる。これについては子供のいない私にはアメリカの学校でどうなっているのかということは良く分からない。ただ、昔は結構学校でイエス・キリストの生誕時のお芝居とかをやるところが多くあったのだが、今は政教分立とかでそういうことが出来なくなってしまった。

さて、めいろまさんが日本のクリスマス騒ぎに批判的な理由は、日本はキリスト教の国ではないのに、お祭り騒ぎだけを目当てに「本家無視して適当に」やっているということだ。それは外国人が「日本の正月やお盆」を「なんちゃってな形だけの娯楽やバカ騒ぎ」に使われたらいやな気分になるに違いないからというもの。

まあ確かにそうだが、お盆はともかくお正月は日本人も年末の忘年会とか正月の新年会とか、宗教抜きでかなり「なんちゃってな形だけの娯楽やバカ騒ぎ」になっている気がするなあ。

アメリカもそうだが、特に欧州の場合は最近激増したイスラム教徒移民の影響が驚異的なので、なんとか地元の宗教であるキリスト教を固持していかなければならないという切羽詰まった状況もある。

あとねやはり今の時期的なものも理解して欲しいわけですよ。 ロシアが戦争やっていてそれには結構宗教的な意味もあり、イスラエルでも紛争があり、欧州はキリスト教とイスラム教で価値観の衝突が起きてんです。かなり激しく。その中で異教徒がかなり適当にクリスマスをやることの意味。

あと息子の学校のクリスマス礼拝にはイスラム教徒は来なかった。イスラム教徒の生徒や親が60%ぐらいの学校なんですけどね。イギリス国教会系の学校で、クリスマス礼拝は合唱や演奏、朗読の優秀者が選抜されて聖歌、オーケストラ、聖書の朗読をやるのです。

でもユダヤ教とカトリック、ロシア正教会、ギリシャ正教、仏教、ヒンズー教の生徒や親は参加していた。これら宗教の子供は聖歌隊やオーケストラ、朗読もやる。イスラム教徒はやらない。子供は小さい頃からこういう違いをクリスマスに体験するわけですよ。そしてテレビでイスラエルの紛争を見てる。

日本人は神道や日本の仏教、日本の習慣を海外の人に理解してもらいたいなら、自分らもキリスト教はじめ他の宗教の習慣や歴史も学んで尊重しないとダメなのよ。相互理解だから。無視して表明だけ消費するのでは無知な国扱いですよ。

イスラム教以外の人たちは地元のキリスト教に敬意を示し、クリスマスの催しにもきちんと参加しているが、イスラム教徒は絶対そういうことをしない。これはイスラム教の移民を多くとり入れようとしている日本もしっかり知っておく必要がある。彼等の数が増えたら、日本の宗教に基づいた儀式がどんどん破壊されていく可能性があるから。

めいろまさんはアメリカでのクリスマスの扱いにもかなり不満があるようで、アメリカのクリスマスソングは宗教に基づかない歌謡曲みたいなもんだ、そんなものをありがたがる日本人はおかしいとも言ってる。しかし一アメリカ庶民として言わせてもらうと、アメリカのクリスマスソングは教会公認の讃美歌ではないかもしれないが、庶民の家族愛を表現したものが多く、その背景にはちゃんとキリスト教がある。

昨今アメリカでは教会へ行かない人が増えたそうで、それは決して良いことではない。だが教会のミサに参列しなくてもクリスマスを祝う家庭がほとんどだ。うちの近所も家の外側に色々と飾り付けをしている家が多く、夜になるととてもきれいだ。苺畑家でもミスター苺が元気なころは屋根に沿って豆電球を飾ったり、玄関の前につららのような形の装飾をしたりしていた。今は主人も私も梯子に登って飾り付けをするようなことは危なっかしくて出来なくなったので、玄関のドアにリースを飾り、玄関前の柱に明かりを巻き付けてる程度のこじんまりしたものでお茶を濁している。ご近所でうちだけ飾り付けがないのも寂しいから。

日本がクリスマス行事を取り入れたのは多分戦後のアメリカ軍進駐の影響なんだろう。でもそれなりに歴史が長いので、今更キリスト教徒でもないのに辞めろといっても無理だろう。それにクリスマスそのものが、元々あったペイガン(キリスト以前の)宗教の冬至のお祭りをキリスト教が取り入れたものという話もあり、元はと言えば~、と言い出すと良く分からなくなる。

アメリカではクリスマス精神と言えば家族愛と慈善だ。日本でも元々キリスト教のお祭りだということよりも、その精神さえ失わなければ、それでいいのではないだろうか?では最後にめいろまさんが嫌いなクリスマスの歌謡曲のビデオを張っておこう。


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真珠湾攻撃がテロというのがアメリカ人の認識という嘘を暴く

とあるソーシャルメディアでアメリカでは真珠湾攻撃や特攻はテロという認識だと書いている人がいたので、ここではっきり反論しておこうと思う。

もしも真珠湾=カミカゼ=テロという構図がアメリカでは常識的認識だというのであれば、こういうことでは無難な広い認識で書かれているウィキペディアやブリタニカやヒストリーチャンネルサイトなどにきちんと書かれているはずだと。これらのサイトは政治的な情報は左翼リベラル偏向があるとはいうものの、真珠湾はあまり色々意見のある史実ではないので、アメリカ人の普通の認識ならなにかしら書かれているはずである。

それで今朝これらのサイトで真珠湾について検索してみたが、真珠湾は、奇襲攻撃であり卑怯だと捉えられているという内容はどこでも見つかったが、テロ攻撃と考えられているという文章はどこにも見つからなかった。繰り返すがこの認識が常識であるなら「奇襲は卑怯」とまで言っているこれらのサイトでテロのテの字も出てこないのはおかしい。

それから前述の人が特攻は真珠湾攻撃でも起きたと書いていたことに関しても彼女が提供した英文記事を読んでみたが、特攻は早い時期では1941年の真珠湾でも見られたとはあったが、本格的特攻隊の起用は第二次世界大戦の末期1944年からであると書かれていた。この真珠湾攻撃でのパイロットによる特攻は作戦としてのものではなく、米軍の迎撃を受けて操縦不能になったパイロットが米艦に突っ込んでの自決となったものであり計画的なものではなかった。よもぎねこさんがコメントしてくれているが、彼の亡骸は米軍によって手厚く葬られたそうだ。テロリストにこんな扱いをするか?

ここでもう一度テロとは何かをおさらいしておこう。テロリズムとはある種の政治目的のために、殺人、拉致、建造物破壊などあらゆる暴力t行為によって社会に恐怖を与える犯罪行為であり、攻撃対象は無差別で軍や政府機関のみならず民間人や民間施設も対象となる。

であるから戦争中に正当な軍事標的を攻撃する行為はテロとは言わない。真珠湾攻撃は宣戦布告が遅れたとはいえ、戦争中の戦闘行為である。ロシアによるウクライナ侵攻がテロでないのと同じことだ。

ではなぜ真珠湾攻撃や特攻がテロと比較されるのであろうか。これについてライターさんが紹介してくれた二つの記事を読んでみよう。まずは窪田順生:ノンフィクションライターの見解から。

窪田氏はこのエントリーで「かつての日本は「テロ国家」というアメリカの常識」と言ってのける。私の今は亡き友人は軍事オタクで第二次世界大戦のナチスや日本に詳しい作家だった。彼はナチスに関する本も書いており、うちに来ると、ことあるごとにWWIIの話をしたが、彼が日本を「テロ国家」と表現するのを聞いたことがなかった。だから、この「アメリカの常識」というのもかなり胡散臭い。

窪田氏は2022年にウクライナのゼレンスキー大統領がアメリカから資金援助を懇願しに来た時の演説でロシアの侵攻を真珠湾攻撃や911同時多発テロを引き合いに出したことについて、日本人の感覚からすると真珠湾と911を比較されるのは釈然としないかもしれないが、これはアメリカ人の感覚では普通だとしている。

アメリカの教育現場では、真珠湾攻撃は民間人68人が命を奪われた、卑劣な奇襲攻撃として教えられる。2007年には、ブッシュ大統領(当時)も国内で演説中、米軍のイラク駐留を継続させる理由を述べる際、アルカイダの同時多発テロ事件と真珠湾攻撃を重ねる発言をしている。

窪田はこの文章で二つのことを一緒にしている。アメリカで「真珠湾攻撃は卑劣な奇襲攻撃である」という認識があることは否定しない。だが、卑劣=テロではない。ブッシュ大統領が911の攻撃を真珠湾攻撃に例えたのも、これが奇襲攻撃だったということと、アメリカ国内領土への攻撃だったということで引き合いに出したのであって、真珠湾攻撃はテロ攻撃だったという意味で言ったのではない。

同じようにゼレンスキー大統領はウクライナにとってロシアの侵攻は、アメリカにとっての真珠湾や911と同じくらいショックなものであるという意味で比べたのであって、真珠湾がテロだったと言ってるわけではない。彼がロシアのウクライナ侵攻がテロだったと言っていないことを考えれば明白だ。

簡単に言うと、真珠湾と911テロの共通点は、1)奇襲攻撃、2)アメリカ領土内への攻撃である。アメリカは日本と違ってアメリカ国内領土が攻撃されたのは真珠湾と911の二回しかない。そういう意味でこの二つの出来事はよく引き合いに出されるのである。だが、911の故意に民間人を狙ったテロ要素は真珠湾攻撃には含まれない。

アメリカではWWIIについて英米豪などを同盟軍と呼び、独伊日を枢軸と呼んでいた。当然ながら戦争中敵であった旧日本帝国は悪者扱いである。ヒロヒト、トージョー、ヤマモトはドイツのヒットラー、ゲーブル、ヒムラ―などと同じファシズム独裁主義の象徴として、いまでも引用される。

であるから窪田氏が旧日本帝国はアメリカにとっては悪の象徴だといいたいのならそれは理解できる。しかし「テロ国家」となると意味が変わってくる。

正直私は「テロ国家」という概念そのものが新しいもので、その概念が生まれたのはモスリムテロが盛んになった1980年以降のことだと考えている。そして主にこれはイスラエルを表現するために出来た言葉だ。

パレスチナによるテロが盛んになりだした1980年代からよく聞くようになったのは、親パレスチナの人びとがパレスチナ人によるテロを擁護するために「テロは悪い、だがイスラエルこそがテロ国家だ」という云い方だ。つまり、イスラエル以外の国で「テロ国家」と表現されていた国はそれまで存在していなかったのだ。

あれだけの悪行の限りを尽くしたナチスドイツですらも、テロ国家とは言われていないのを考えれば、納得いただけるのではないかと思う。

でもカカシさん、日本のカミカゼはテロだと恐れられていたのではありませんか、とおっしゃるかもしれない。だがこれも違う。確かに自らの命を犠牲にする特攻はアメリカ軍には異質なものと受け止められたが、それはひとつの軍事作戦だと理解されていた。

ただ後々モスリムテロリストたちが自爆テロを始めた頃に、自分の身体を武器にしての戦い方が同じだということで比べられるようになったのは確かだ。しかしここでも共通しているのは自爆行為であってテロ行為ではない。

特に日本について知らないアメリカ人からしたらモスリムテロもカミカゼも同じ扱いなのではないかと思われるかもしれない。それについてもうひとつの記事松下政経塾の山本明広氏のエッセイから読んでみよう。これは2001年9月28日、911同時多発テロ直後に書かれたものだ。

真珠湾攻撃以来の攻撃がなされた、と幾度となく報じられた9月11日の同時多発テロは、米国の経済と国防の中枢を破壊することで米国の威信を失墜させ名誉を汚した。しかしながら、このテロ行為を報じる中で日本の名誉も著しく汚された側面がある。それは、今回のテロ行為をkamikaze attack と表することである。

山本氏は特攻とテロとは違うという立場であり、911テロの旅客機を操縦したテロリストをカミカゼパイロットと比べられるのは不本意だという内容である。

しかし山本氏も私同様911が真珠湾と比べられるのは奇襲攻撃であったということが大きな要因だとしている。強調はカカシ。

真珠湾攻撃以来という表現に対しても、不快な気持ちを抱いた日本人は多々いるだろう。では、なぜ真珠湾攻撃以来といわれなければいけないのか。これに対しては、様々な見解があると思われるが、奇襲だということが一番大きな要因のように思われる。米国の教育現場(米国史)でも真珠湾攻撃は典型的なSneaky attack(奇襲)として教えられている。従って、真珠湾攻撃以来だという報じ方に日本に対する感情を表すというよりも今回のテロ行為が、いかに奇襲であったかを表現したかったのだといえる。

まさしくその通りだ。しかもその攻撃の仕方がパイロットが自らの命を犠牲にして標的に突っ込むというやり方だったので、カミカゼが引き合いに出されたのは自然な成り行きといえるだろう。

この記事を読んでいて思ったのだが、アメリカでは「カミカゼ」という言葉がすでに「自爆攻撃」という意味で使われるようになっており、それは語源となった「神風特攻隊」とは別ものとして独り歩きしているのではないだろうか。もう何年かしたらカミカゼが日本語だったことを知ってるひとすら居なくなるのではないかという気がする。(英語のタイクーンの語源が日本語の大君であるように)

興味深いことにカミカゼがテロ攻撃に引き合いに出されるのは心外だとする山本氏の2001年のエッセイに「旧日本帝国はテロ国家だと思われている」とは全く書かれていない。もしアメリカで旧日本はテロ国家だったという認識が常識であったなら、この山本氏のエッセイにこそ、それが指摘されてしかるべきではないか?


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どのようにアメリカの公立小中高校で反ユダヤ主義が教えられているか 

先日もアメリカ各地の大学であからさまなユダヤ人差別が行われているという話をしたが、実は反ユダヤ思想はすでに公立学校では小学校レベルから組織的に生徒たちに教えられているという記事を読んで非常に驚いた。これはイスラエル・ハマス戦争が始まるずっと前から起きており、戦争によってさらにひどくなったようだ。記事の著者はフランチェスカ・ブロック。

ブロックによると小学校前の幼稚園生からイスラエルはアパルトヘイト社会でありユダヤ人は人類の敵だと教えられているという。ブロックは公立学校でどのように反ユダヤ思想が教えられているか色々な例をあげて紹介している。

By Francesca Block

去年、シリアナ・アボード(Siriana Abboud)というニューヨークにある幼稚園の教師は、人間の身体について生徒たちに教えると称して四つの形の違う鼻の絵を生徒達に見せた。二つは小さい鼻、一つは鍵鼻、もう一つはノーズリングのついている絵だった。

「どうして人の鼻は違うのでしょう?」と質問が書かれており、子供たちはそれぞれ自分の意見を描き込んだ。「祖先が理由だと思う」「どこからきかかによると思う」といった答えの横にアボードは「人種によるものです。絵からは鼻の形で人の人種がわかるのです」と書いた。

しかし同じ学校区のベテラン教師でユダヤ教の男性はこのポスターを見てショックを受けたとザ・フリープレスに投稿している。「これは明らかにユダヤ人の鼻が大きいというステレオタイプを示したもので、ナチスの漫画を思い出させる。私は背筋がぞっとした。明らかなユダヤ人差別だ。」

The poster Siriana Abboud put up in her pre-K class last year.

しかし20代の教師アボードは罰せられなかった。それどころか去年の12月、彼女は「幼児の重要な仕事に対する社会の期待を高める解放を鼓舞する教育者」としてその年の「ビッグアップル賞(最優秀教師)」に選ばれたという。

アボードは自らのインスタグラムアカウントのプロフィールにレバノンの旗を掲げ、アラブ中心の教育、パレスチナについて子供とどう語るか、脱植民地教育などと書いている。10月7日のハマスによるイスラエル奇襲攻撃にういて、アボードは9日に、「今でも壁を破壊している人々を支持する。盗まれた土地を取り戻すために戦っている同士と共闘を誓う」と書いていた。その前には脱植民地の教育は幼稚園児から始める必要があるとも書いていた。

フリープレスによれば、このような反ユダヤ教育を行っている公立学校は幼稚園や小学校を含め全国で30以上に及ぶと言う。アメリカの若者は反ユダヤ主義をティックトックだけで得ているのではなく、学校で教えられているのだ。カリフォルニアなど10年生(高校1年)の歴史の授業でイスラエルを「過度に違法なユダヤ人入植者」と表現しイスラエルがパレスチナ民族の浄化を行っているとおしえているとうのだ。

こうした授業は2021年にカリフォルニアで通った「エスニックスタディーズモデルカリキュラム(ESMC)」に基づいており、このカリキュラムでは、被抑圧者である黒人、ラテン系、アメリカ先住民、アジア系アメリカ人らがいかに白人抑圧者によって抑圧されているかが教えらている。ユダヤ教リベラル・バリュー研究所の教育・地域活動ディレクター(the director of education and community engagement for the Jewish Institute of Liberal Values)のブランディ・シュフティンスキ(Brandy Shufutinsky)はESMCは「カリフォルニアの学校で反ユダヤ主義を組織的にするトロイの木馬ですよ」と語る。

一方全国50州で百万人を超す中学生が中東の歴史についてブラウン大学制作のチョイスプログラムから学んでいる。ブラウン大学はハマスの首領たちを匿っているカタールから多額の寄付金を受け取っている大学である。ブラウン大学の教材には「パレスチナのシオニスト企業」「アパルトヘイト国家」「植民地主義」「軍事占領」などといったレッスンが含まれている。

ハーバードハリスの世論調査によれば、18歳から24歳の67%がユダヤ人は抑圧者でありそのように扱われるべきと答えている。これが25歳から34歳では44%、45歳から54歳では15%、55歳以上ではたったの9%だった。反ユダヤ主義思想は若くなるほどひどくなる。

百万人以上の生徒がいるニューヨークの公立学校ではCulturally Responsive-Sustaining Education Framework (CRSE)という名前で2018年からこのカリキュラムは始まった。いわゆる批判的人種理論の一貫だろう。CRSEではユダヤ人差別を特別に扱っているわけではないが、ユダヤ人は白人と同じで抑圧者カテゴリーに属すると教えられているとシュフテインスキは語る。

以前にもDEI(多様性・平等・包括性)の元ディレクターが語っていたが、この抑圧者対被抑圧者という理論によれば、少数民族であるユダヤ人が権威ある立場に多くいるのは、誰かを抑圧したからに違いないという理屈で成り立っている。トークショーホストでユダヤ教学者でもあるデニス・プレーガーもユダヤ人の罪は「成功してしまった少数民族」であることだと言っていた。被抑圧者は成功できないはずであるから、地位や名誉のあるユダヤ人は誰かを犠牲にしてそれらを得たのだということになり、さらにユダヤ人への憎悪を煽る仕組みになっている。

ニューヨークのクィーンズにあるヒルクレスト高校では、先月11月20日、イスラエル支持集会に参加したユダヤ系の教師の教員室前に数百人の生徒が集まり、教師を処刑しろとわめき散らし教師は数時間自分の教員室に閉じ込められてしまった。

同高校に務める別の教員は「こんなことは見たことがない、教員がユダヤ人なので社会は全くきにしない、彼女が黒人だったら暴動がおきてますよ。色々な人が首になってセンシティビティ訓練を受けさせられるでしょう。」と語った。

この教師の言う通り、ニューヨーク教育委員会の会長はこの教師は特にこれといった危険にさらされていなかったとし、これはネットで広まった誤解が原因だったと過小評価した。数日後ヒルクレスト高校は教員攻撃の首謀者を停学処分にした。その後「パレスチナ糞食らえ」という落書きが同高校の食堂に書いた15歳の生徒は悪質な嫌がらせをした罪で逮捕された。徒党を組んで教師の命を脅迫した生徒はただの停学で、ただの落書きした生徒が逮捕される。それが今のアメリカの公立学校だ。

11月9日、ニューヨークでは教師や保護者が一緒になってパレスチナ支持デモに参加させるために生徒たちの授業ボイコットを主催した。

私はこの学生たちのデモの写真や動画を観たが、パレスチナは世の中を綺麗にするといって、ユダヤの星をゴミ箱に捨ててるポスターを持ってる子たちも居た。これらのデモ行進の前に「活動の日キット」と称してデモのためにどんな準備をするかという11ページにもわたる小冊が配られ、「シオニストは要らない!」「川から海へ!」などのスローガンが書かれていた。

随分用意周到だが、一体これにかかったお金は誰が払っているのだ?まさかニューヨーク市民の税金が使われているのではないだろうな?

12月6日、カリフォルニアのオークランドの教員70人が学校のカリキュラムにない「パレスチナ101」という授業をし、そのなかで最初のインティファーダは「概ね非暴力的抵抗運動だった」と教えている。本当は1000人のパレスチナ人と100人以上のイスラエル人が死んだ闘いであるにもかかわらず。

このような状況では、公立学校に通うユダヤ系の生徒たちが悪質ないじめにあうのは当然である。とあるユダヤ人の母親は2年前当時中学生の息子が廊下でナチスの敬礼をされたという。そして13歳のバーミツヴァ儀式の日、クラスメートたちはスナップチャットを作成に息子に反ユダヤミームを大量に送り付けて来たと言う。

これがそのミーム。

こうした虐めは母親が気付くまで一か月以上も続いていた。母親は学校の校長に通報したが、仕返しが怖かったという。学校側にこうした虐めは良くないと教育して欲しいと要請したが学校側はなにもしなかったという。仕方なく母親は息子を別の学校に転校させた。

ドキュメンタリー映画製作者のアンドリュー・ゴールドバーグの11歳の息子もクラスメートから執拗な嫌がらせをうけ、何度も学校に苦情を述べたが納得のいく対応をしてもらえず、仕方なく私立のユダヤ系中学に転校させた。学校側に慰謝料として新しい中学の一年分の授業料を請求すると、学校側は金は払うがその代わり学校で何がおきたか誰にも言わないでほしいと交換条件をだした。しかもその手紙が届いたのはハマスがイスラエルを襲撃した翌日のことだった。なんという無神経さだとゴールドバーグは怒る。ゴールドバーグは無論これを拒否した。金で自分の沈黙は変えないとゴールドバーグは語った。.

記者のブロックは公立学校に通う20人以上のユダヤ人父母たちから10月7日以降、子供の安全が心配でならないという話を聞いたという。

1人の母親は泣き声で娘にユダヤの星ネックレスを隠すように言ったという。このネックレスは娘が夏にバーミツヴァのお祝いにイスラエルでもらったものだった。そして道でユダヤ人かどうか聞かれても答えるなと指導したという。

「私は誰かが1940年代に言ったようなことを2023年のニューヨークで言わなければならないなんて狂ってます。」

他の母親も全国一の公立学校と言われるタウンセンドハリス高校から息子二人を私立高校に転校させることを真剣に考えていると語った。去年長男のクラスメートが体育の授業中に「ホロコーストで死ね」と言ったという。次男はバドミントクラブのウエッブサイトでは記念撮影写真で他のメンバーの顔は写っているのに息子の顔だけはパレスチナの旗で隠されて公開されたという。普通ならコーチとかが注意するべきところだが、ユダヤ人いじめは学校は黙認するようだ。

自分の顔だけパレスチナ旗に隠された次男。

母親は学校に苦情を述べたが「偏見の可能性がある事件」かもしれないと教育委員会に報告するとだけ言われたという。ソーシャルメディアでは何を言っても罰せられないという雰囲気になっているとこの母親は語る。

また別の母親は子供二人が通う別々の公立学校のトイレに鍵十字の落書きが現れ、「パレスチナ解放」や「ハマス万歳」などがトイレの壁に書かれていたと言う。学校側はこの激しいユダヤ人差別にどう対応していいのか分からないようだと語る。

ユダヤ人差別を受けているのは生徒達だけではない。前にも述べた教員室に閉じ込められた教員以外にも色々な教師たちが反ユダヤの暴力を受けている。

公立学校のとある教員は10月7日のずっと以前からユダヤ人差別の扱いを生徒からも同僚の教師たちから受けていたと語る。特に2018年にthe Culturally Responsive-Sustaining Education Frameworkプログラムが始まったころからひどくなったと言う。

この道25年というベテラン教師のカレン・フェルドマンはこの平等プログラムが始まって以来教師たちが「白人」と「非白人」に分けられ職員室も別々になってしまったという。なんだこれは、まるで公民権前のアメリカみたいじゃないか、ただ今度は白人が差別される側になっただけ。

フェルドマンはユダヤ人なのでどちらにも属さない気がしたという。自分がユダヤ人でホロコースト生存者の孫だということは全く考慮に入れられていなかったと語る。この平等プログラムのセッションは以前は一か月に一度だったのが今や一週間に一度のわりで行われているという。

2018年からフェルドマンは幾度も反ユダヤ行為を見て来たという。男子トイレの壁に「Gews(綴り間違え)チンコ吸え」と書かれていたり、ユダヤ人生徒の前で他の生徒が「汚いユダ公をどう処理する?」「オーブンで焼いちまえ」と言っているのを聞いたという。

「ユダ公は嫌いだ、チンコ吸え!」

ある母は非常にショックをうけ子供を転校させてしまったという。

一度などはフェルドマンは10人くらいの生徒らに囲まれ「トランプ支持者」とののしられどつかれたり飴を投げつけられたりした。生徒達はユダヤ人はトランプ支持者だと思ったらしい。(全然違うが)

しかし学校側は特にこれといった対策はとらず、単に学校のカウンセラーが生徒達に事情を聴くと言った程度でおわってしまった。同僚の教師は生徒からスナップチャットで鍵十字の絵を送られた。彼はそれを通報すべきかどうかフェルドマンに聞いたという。「もちろん通報しなきゃだめよ、世界一嫌われているシンボルよ。首縄と同じよ!」と言ったという。

ニューヨーク教育委員会はイスラエル領事からハマス襲撃のビデオを鑑賞会の招待を受けたが拒否した。教育委員会は記者会見では立派なことをいうが、実際に差別されている生徒や教師らには何もしない。

以前にユダヤ人差別だと責められたイーロン・マスクがイスラエルに視察に行った後に「人は何を言うかではなく、何をするかで判断されるべきだ」と言っていたがまさにその通りだ。ニューヨークの教育委員会はその態度から反ユダヤ主義を止めるきがないことは明らかである。

いやそれどころか、2022年、会員300万人という最も大きな教師労働組合で、歴史や地理や現在のパレスチナ人の状況について教えることを支持するという決議案が通された。ガザの学校ではイスラエル憎悪の教育がされているが、アメリカでもすでに2018年くらいから反ユダヤ教育がされていてきたのだ。道理で大学があのようになるわけだ。

Francesca Block is a reporter for The Free Press. Follow her on Twitter (now X) @FrancescaABlock. For more on antisemitism in our schools, read Jackson Greenberg’s piece “The Unconscientious Objectors about how his progressive private education in Philadelphia left his peers morally confused.

参考記事:

My Son Faced Antisemitism. His School Tried to Buy Our Silence (newsweek.com)

How U.S. Public Schools Teach Antisemitism | The Free Press (thefp.com)


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アメリカ社会を分断するインターセクショナリティー、白人差別やユダヤ人差別は人種差別撲滅に繋がらない

この間ボストン市の中華系ミッシェル・ウー市長は白人抜きの市会議員たちでクリスマスパーティならぬホリデーパーティを計画した。しかし招待状を出した秘書は誤って議員全員に招待状を送ってしまい、この白人抜きパーティー計画が公になってしまった。これに関してウー市長は謝罪するどころか、自分は政敵によって攻撃されていると被害者ぶっている。

市長は自分は特定の政治見解を持つ人々による事実に基づかない批判の被害者になっているとし、招待状が誤って白人議員たちにも送られてしまった件に関して、白人議員たちは特定のグループに属しておらず、自分は既存の特定のグループの人だけを招待しただけだ。それをわざと漏洩して国中に広めた人たちには政治的な動機があるとラジオのインタビューで説明している。

彼女の言う「特定のグループ」とは非白人のグループだ。単に何か特定の委員会に属しているといったグループではない。いや、もしこれらの人びとが特定の委員会のメンバーだったとしても、その中に白人議員が一人も含まれていないと言うこと自体が問題だ。何故彼女は白人と非白人を分けなければならなかったのだ?

アメリカ社会では白人が非白人を組織的に差別していた時代はあった。黒人が白人と同じ公共施設を使えなかったり学校が分かれていたり、20世紀初期には中国人移民の労働者が劣悪な環境で奴隷のように扱われたり、第二次世界大戦中は日系移民や日系二世が財産を没収され収容所に送られたこともある。その歴史を変えることはできない。だが、1960年代の公民権運動後、人種差別的な法律はすべて撤廃され、法の上ではどんな人種も平等となったのである。

もちろん法律上平等であっても、人々の心にある人種差別意識を変えることは簡単ではない。だから政府はEEOCという組織を作り、職場におけるあからさまな人種や性差別を失くす努力がされてきたのだ。

私は拙ブログでも何度も書いてきたが、私がアメリカに移住した1981年からこの40年余りアメリカに暮らしてきて、私は日本人であると言う理由で差別を受けたことは片手の指で数えられるほどしかない。あまりにも珍しいことだから、そのひとつひとつを覚えているくらいなのだ。しかもそのうち白人から差別されたのは一回だけで、後は他の移民経営の店などで受けたものだ。

であるにもかかわらず、アメリカのアカデミーでは何に付けても人種差別が取り扱われる。そして最近ではあからさまな白人差別が起きている。先日も私はマット・ウォルシの放送を聞いていて思ったのだが、今起きているユダヤ人差別は突然おきたものではない。アメリカのエリート大学の間ではすでにその傾向はここ20年くらいの間にかなりひどくなっていたのだ。

悪の根源はインターセクショなリティーという考えにある。ウィキによる定義は次の通り。強調はカカシ。

インターセクショナリティ(intersectionality)とは、複数のアイデンティティが組み合わさることによって起こる特有の差別や抑圧を理解するための枠組みである。また、複数のアイデンティティによる特有の社会的な特権を理解するためにも使われる。

20世紀後半にフェミニズム理論として提唱され、扱われるアイデンティティの代表的なものに、ジェンダー、セックス(身体的特徴による性別)、人種、社会階層や経済的階層、セクシャリティ、特定の能力や障害の有無、身体的特徴などがある。日本語では交差性とも呼ばれる。

インターセクショナリティは、人種やジェンダーなどの複数の社会的、政治的アイデンティティの組み合わせにより、人々が経験する不公平さや有利さを識別するために使われる。

実際この定義がどう使われるかといえば、個人を個人として評価せず、その人の属性が「抑圧者」側か「被抑圧者」側にあるかで扱いを変えるという概念である。そして被抑圧者のなかにも順位があり、一位黒人、2位ラテン系、3位アラブ系その他があり、東洋人やユダヤ系は白人とほぼ変わらない抑圧者側に所属している。抑圧者はどのような場合でも被抑圧者である有色人種に権利を譲らなければならないという思想であり、抑圧者が受ける不公平や理不尽な扱いは「差別」とはみなされない。何故なら被抑圧者は定義上差別者にはなり得ないからである。

具体例を出すならば、大学で有色人種優先勉強室なるものがあり、そこで白人が勉強していたら黒人から追い出されてもそれは人種差別とはならないが、もし白人オンリーなどという部屋があったら、これは差別と見なされる。大学入試の際に被抑圧者人種に下駄を履かせ、もっと高得点を取った白人や東洋人が不合格になるのは人種差別とはみなされないといった具合だ。

ハーバード大学の黒人学長がユダヤ人のジェノサイドを唱える学生たちを大学の行動規範に反するとして罰しなくても辞任に追い込まれれないのは、被抑圧者の黒人が抑圧者であるユダヤ人を差別することはインターセクショナリティー上不可能なことだからである。

最近BBCの歴史物のドラマでも歴史上の白人が黒人によって演じられるなど普通になった。だが反対に黒人役を白人が演じたりしたら大騒ぎである。以前にも紹介したようにハワイ島人を演じる俳優の肌の色が白すぎるといって、ハワイ島民の役者を降ろさせるなんてこともが平気で起きている。最近公開されたバラク・オバマ夫妻がプロディースしたネットフリックスの映画でもあからさまな白人差別のシーンがあるというし、また近日公開されるThe American Society of Magical Negroes (2024) – IMDbという映画では「世界中で最も危険な動物は白人だ」というセリフがあり、映画の中でいかに白人を大人しくさせるかというメッセージが盛り込まれているという。

もしこれが黒人に向けられたものなら、一瞬にして映画製作者はキャンセルされるだろうが、被差別者が白人ならまるで問題にならない。

アメリカではすでに白人の出生率が非白人のそれより下回った。数の上で白人が過半数ではなくなったのである。もし人種差別のない国なら、これは全く何の意味もない。アメリカ人の肌の色が多少暗くなると言うだけの話である。だが問題なのは、過半数を越したら非白人が少数派の白人を差別し迫害してもいいのだという考えである。何故黒人差別はいけないが白人差別は良いということになるのか?差別は誰に向けられてもいけないはずだ。もし黒人差別はいけないが白人差別は良いというのであれば、彼等は最初から人種差別は悪いという認識をもっていなかったということになる。彼等が不満だったのは自分が差別をされる側だったからであって、自分らが差別する分には全く問題もないと考えているのだ。(この際たるものが今の南アフリカだ)

この特定の人びとを差別しても良いという考えが如何に邪悪であるかは、今起きている過激なユダヤ人差別を見ればわかる。このユダヤ人差別はイスラエルとハマスの戦争がきっかけとはいうものの、ここ二か月で突然起きたものではない。20世紀後半から培われてきたインターセクショナリティーが抑圧者差別を是として学生たちを洗脳し続けて来た結果がこれなのだ。

繰り返すが我々は白人でもないしユダヤ人でもないから関係ないなどと思っているととんでもないことになる。被抑圧者ナンバーワンの黒人活動家たちは、自分ら以外の属性は程度の差こそあれ皆差別対象にしている。特に東洋人は白人やユダヤ人と同じ扱いだ。いや、身体が小さい分余計に迫害の対象になる。

今、アメリカ中で起きている過激なユダヤ人差別によって、多くのアメリカ白人は気づいているはずだ。アメリカの人口分布が変わって白人が少数派になったらこの弾圧はさらにひどくなる。そうなる前に何とかしなければならないと。これまで人種差別など考えたこともなかった白人の間で白人至上主義が生まれる可能性さえある。そうなったらどうなるのか?

インターセクショナリティーは人種差別を増幅させる。アメリカは今岐路に立たされている。


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不思議な甘さを感じたオリジナルミュージカル映画「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」

「ウィリー・ウォンカとチョコレート工場」といえば1971年にジーン・ワイルダー主演で日本でも「夢のチョコレート工場」という邦題で公開された。オリジナルの方の映画はクラシックとして多くの子供達に愛されている映画である。2005年にジョニー・デップ主演でリメイクされたが、デップの演技が気味悪くて子供が観て楽しいものではないのでお薦めできない。

オリジナルの話では工場主のウォンカが工場の跡継ぎを探して数人の子供を自分の工場に集め、工場見物をさせながら自分の跡継ぎにふさわしい子供を選ぶという内容だった。今回の映画はそのウォンカがまだ若かりし頃、どのような経緯で工場を始めたのかという話になっている。

久しぶりの本格派ミュージカルで、メリー・ポピンズを思わせるものがあった。日本では何故かアメリカより一週間早い12月8日に公開され、アメリカでは15日公開で週末の売れ行きは3900万ドルと調子のいいスタートだ。先ほど読んだ記事によると、最近のハリウッドではミュージカルはなかなかヒットしないため、予告編では本編がミュージカルであることをあまり強調しなかったという。そのおかげで私はウォンカがミュージカルであるとは全く知らずに観に行き、冒頭からウォンカの歌で始まった時は非常に嬉しい驚きを感じた。

先ず私が一番気に入ったのは色の鮮やかさだ。最近のハリウッド映画は昔のテクニカラーの時代のように鮮明な色ではなく全体的に灰色がかった暗い画像が定番だが、この映画は1970年代のオリジナル映画の鮮やかな色彩をそのまま持ってきたような色合いで非常に好感が持てた。

話はウォンカが船の長旅を終えてとある街に現れるところから始まる。最初のシーンは船に乗っていたウォンカが船から降りて町を歩き回りながらどんどんとお金を使いはたしてしまう状況が一曲の歌で表現される。ジーン・ワイルダーのウォンカも現実離れしたアスレチックな人物だったが、若いウォンカはさらに身軽で普通の人間では先ずできないだろうと思われる軽業を何気なくやってしまう。ここですでに彼は何やら不思議な魔力を持った人物であることが解る。さらに一文無しになってしまったウォンカが夜のベンチに腰掛け、持っていたケースからポットを取り出し暖かいホットチョコレートをグラスに注ぎこむところなど、彼がメリー・ポピンズを思わせるといったのはまさにそれ。

ウォンカが船を降りてついた街並みがおとぎの国のような美しいヨーロッパ風の町で素敵だ。彼が足を踏み入れるショッピングモールは昔のポワロ―の映画で観た屋内ショッピングモールみたいで凄く綺麗。これってきっとイギリスに実現するモールだと思う。

ベンチで休んでいたウォンカに親切そうな男ブリーチャーが声をかける。ブリーチャーに宿代は後払いでも大丈夫な宿があると紹介されスクラビット夫人が経営する宿でお世話になることになる。だが実はこの宿は地下で洗濯屋を営んでおり、貧乏な泊り客に法外な宿代を課し払えない客を地下に閉じ込めて奴隷労働者として働かせていたのだった。ウォンカは最初に約束した金額に色々な経費を上乗せされ、まんまと罠にはまり地下に放り込まれてしまう。しかし地下で出会った宿で働く少女ヌードルの手助けでウォンカは毎日宿から抜け出しこつこつとお金を貯め借金を返そうと考える。

ウォンカの作るチョコレートは非常に美味で神秘的な味がするため、街頭で売るウォンカの屋台は大繁盛。しかし町でチョコレート商売を独占しているビジネスマンたちがこれを面白く思わず警察署長を買収してウォンカの商売を潰そうとする。

ウォンカがチョコレートを売るシーンの歌も踊りも素敵だ。チョコレートを食べると人々は宙に浮いてしまう。なぜそうなるかという説明は一切ないのだが観客は自然と子のファンタジーの世界に引き込まれる。

登場人物はそれぞれ個性があって皆とても魅力的だ。悪役である商売敵のビジネスマン三人と警察署長の掛け合いは面白い。教会のビショップにはミスタービーンでおなじみのコメディアン、ローワン・アトキンソンが登場。またウォンカがカカオ豆を採取した島の島人ウンパルンパ人を演じるヒュー・グラントの上品なイギリス訛りが傑作だ。洗濯屋で奴隷となっている男女四人ともウォンカは仲間となって行動するが、彼等が奴隷になるまでのそれぞれの職業がのちのち生かされることになり、話に無駄がない。

ウォンカと少女ヌードルの友情も心が温まる。チョコレートに必要なキリンのミルクを取りに二人で動物園に行くシーンはちょうどいいコメディーと幻想の世界である。

この映画の素晴らしいところは、最近のハリウッド映画には珍しく、これといったポリコレメッセ―ジは全くない。配役は白人も黒人も混ざっているが全く無理のない設定だ。ともかく家族で観に行っても安心して観ていられる映画だ。ヌードルは未だ12歳くらいなので大人のウォンカとはぐくむものは普通の友情。これといったロマンスもないが、それが非常に自然だった。

ティモシー・シャラメの演技はそのままジーン・ワイルダーを思わせるものがあり、この人が後々あのウォンカになるというのは全く納得のいくキャラクターになっていた。オリジナルのイメージを全く壊さずに新しい話を作ってくれたことは嬉しい。

日本語吹き替え版では歌も吹き替えになっている。吹き替えの花村想太のほうがシャラメより歌がずっとうまい。それから最後にオリジナル映画の主題歌ピュアイマジネーションが出て来たのは非常によかった。

花村想太

キャスト:


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ハーバード大学、反ユダヤ主義を巡り有名法律事務所から関係を断ち切られる、寄付金激減の危機も

先日の下院議会での公聴会で反ユダヤ主義に関して断固たる批判をしなかったハーバード大学のゲイ学長の発言を受けて、アメリカでも名高い法律事務所が、ハーバード大学構内での募集を中止すると発表した。(以下デイリーワイヤーの記事から抜粋)

個人情報保護法違反でフェイスブック、グーグル、アマゾン、アップルを相手取って訴訟を起こし、勝訴してきたエデルソンPCは、創立者のジェイ・エデルソンがハーバード大学のジェシー・オーレンバーガー採用・運営部長に宛てた書簡で、学内募集を終了する決定を発表した。書簡の中でエデルソン氏は、同社は通常 『ネットワーク内の 人々の立場についてコメントすることを控えているが、道徳と倫理のある種の境界線が侵された場合、沈黙は選択肢ではない 』と付け加えた。

「私たちは、他の国民とともに、クローディン・ゲイ博士の議会での証言を見ました。彼女は、大量虐殺を擁護することは学校の行動規範に違反すると明確に述べることを拒否しました。「彼女の豊富な経験と危機管理チームでの準備を考慮すると、ゲイ博士の議会での証言は単なる舌禍と見ることはできない。」

ゲイ学長は実はこの件だけでなく、博士号を取った時の論文のかなりの部分が他の学者の論文からの盗作であったことが明らかにされているが、それでも大学側は彼女を首にする気はないことを先日発表したばかり。ゲイ学長の学内における反ユダヤ思想に関する優柔不断な言動は、ハーバード大学への寄付金にも多大なる影響を与えている。

ハーバード学長、反ユダヤ主義への対応で10億ドル以上の損害
億万長者の投資家であり、ハーバード大学の有力な卒業生でもあるビル・アックマン氏は、10月7日のハマスによるイスラエルへのテロ攻撃以来、学内での反ユダヤ主義への彼女の対応が、大学に10億ドル以上の寄付金を失わせたとして、週末にかけて母校にクローディン・ゲイ学長の解任を求め続けた。

アックマン氏はハーバード大学にあてた手紙のなかで、ゲイ学長は500年にわたるハーバード大学の歴史上最悪の学長だとし、彼女が学長になったのはDEI(多様性・平等・包括性)方針によるものだと酷評。

「ゲイ学長の失敗により、大学への寄付は何十億ドルもキャンセルされ、一時停止され、撤回された。私は個人的に、ハーバード大学の最も寛大なユダヤ人および非ユダヤ人の同窓生の一部から、10億ドル以上の寄付が打ち切られたことを知っている。」

と指摘している。アックマン氏はさらに同大学はDEI部を解散し、この方針を即やめるべきだとも主張している。アックマン氏は10月の初めにも、学校側に「ハマスによる大虐殺の責任はすべてイスラエルにある」という声明文に署名した学生たちの名前を明らかにしろと迫ったことがある。これに関してはアックマン氏だけでなくアメリカの大手企業のCEO達が、署名した学生は今後雇用しないというアックマン氏に賛同していた。

実はアメリカの大学はカタールなどイスラム圏や中国共産党からの寄付金も多く受け取っているという。アックマンはじめ国内のユダヤ系寄付者らが大学への寄付を止めても、その分外国からの寄付が増えるだけで大学は困らないのだという説もある。アックマン氏が指摘するように、アメリカのエリート大学が学力ではなくDEIの点数で合格者を決めたり教授を雇ったりしていくなら、学校のレベルはどんどん地に落ち、大学としての価値も落ちていくだけだ。さらにイスラム圏や中国共産主義の影響を受けるとなったら、アックマン氏が呼び掛けなくても、自然とこれらの大学から大手企業に採用される学生は減るのではないだろうか?

となるとこれら学生たちが行きつくところは民主党?

恐ろしい。


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