え?Heartfulって英語じゃない?だって辞書には載ってるよ

数日前ケント・ギルバートさんがファミリーマートで使われているHeartfulという言葉について、こんなことをつぶやきちょっと話題になった。「いい加減に、この和製英語をやめてもらいたい。Heartful は英語ではありません。カタカナ発音では「ハートフル」ですが、英語の hurtful(苦痛を与える、有害)と全く同じです。見るたびに、企業イメージを考える人たちの頭の悪さに呆れてしまいます。

たしかにHeartfulには「心温まる」という意味はない。そういう意味でつかったなら和製英語といえなくもない。日本では既存の英語を間違った意味で使う場合が結構あるのでケントさんはそれに苦情を言っているのだろう。しかし、「Heartful は英語ではありません」と断言するのは果たして正しいのだろうか? 

アメリカ英語ネイティブのケントさんに私が意見するのもおこがましいが、Heartfulは立派な英語であり、日本語にすると「胸が一杯」という意味がある。Heart(心・胸)がfull(満ちている・一杯)ということ。つまり心温まるという意味ではないが、その解釈は中らずと雖も遠からずなのである。

下記はマリオン・ウエブスターの定義。

heartful adjective: heart·​ful | \ ˈhärtfəl \ Definition of heartful : full of heartfelt emotion : HEARTY

ハートフル、助動詞。感情で胸が一杯であるという意味

ツイッターで話題になったので英語の解る人たちが、次々とケントさんに同意して、そんな言葉は存在しない、和製英語だと言い出した。私はこれにはひどく違和感を持った。なぜなら私はこの言葉を自分で見たことも聞いたこともあったからだ。

もしかして、自分の思い違いなのだろうかと色々検索した結果、この言葉は古風な言い回しらしく、文学などではよく使われるが一般の会話ではあまり使われない言葉なようだ。現に例文として乗せられていたのは文学小説からの抜粋がほとんどだった。

ある若いであろうツイッタラーさんが同僚に聞いてみたら、「それは言葉ではないと言われた、周りの人にきいてごらん100%知らないというから」と言っていた。それでミスター苺に聞いてみた。すると「もちろん知ってるさ」と言って辞書通りの定義を説明してくれた。

ハ!100%ね。

ケントさんやこのツイッタラーさんの言ってることは間違いではない。この言葉は多分あまり一般的ではないのだろう。ミスター苺は文学派なので昔の書籍で色々読んで知っているのかもしれない。私は私で時代物がすきなので、昔の映画で聞いて知っていたのかもしれない。

ともかく自分が当たり前の言葉だと思っていたものが古風で一般的ではないと知ってちょっと意外。年を取った証拠なのかな?


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アメリカが民主党独裁政権になるための選挙法改悪案HR1

先日アメリカの下院で選挙法を変えるHR1という法案が通った。下院議長のナンシー・ペロシ発案なので、上院で通すとなると60票必要となり、共和党議員の賛成も必要なのでまだどうなるかは分からない。バイデン元副大統領は法案には署名すると宣言している。端的に言って、この法案は選挙法設定の権限を各州から奪い、連邦政府が一括して統一するというもの。日本のように中央政権制度に慣れておられる方々には、選挙法が全国で統一されることの何が悪いのかとお感じになるかもしれないが、アメリカは合衆国であり、それぞれの州の自治権は非常に重要視されている。それでもまだ、この新法律が前回のような不正を防止するために役立つというのであればまた話も別なのだが、事実はその逆。HR1は前回不正の温床となった数々の制度を全国的に起用しようというとんでもない法案なのである。その問題点についていくつかご紹介しよう。

選挙登録の簡易化

住民票がないアメリカでは、選挙で投票したい人はあらかじめ事前に投票名簿に登録する必要がある。無論その際身分証明書などの提示が必要となる。しかしカリフォルニア州などではもうかなり昔から、本人が好むと好まざるとにかかわらず自動車免許を取得の際に自動的に登録されるようになった。しかし免許書を取る人がすべて有権者であるとは限らないので、これをやると居住権があるだけの外国籍の人が間違って登録されてしまう危険性がある。有権者でない人はこの名簿への記載を断る必要があるのだが、そこまでする人がどれほどいるだろうか?

しかもHR1では、選挙当日登録も可能にするという項目がある。選挙当日の投票場での登録では、本人が有権者であるかどうかの確認は不可能だ。新規登録者がすぐさま名簿に加えられるというシステムもないので、当日登録であちこちの投票場で何回も投票することが可能になる。しかも、、

身分証明の廃止

この法案では投票の際身分証明書提示を要求することも廃止するというのである。もうすでにカリフォルニア州ではだいぶ前から投票の際に身分証明書の提出は必要なくなっているが、これを全国的にやろうというのがこの法案。本人かどうか確認できなければ、投票券を盗んだり、他人から買ったりした人間が何回も投票できることになり、不正はやり放題である。ジョージア州では最近不在投票要請の際の身分証明をもっと厳しくするという州法を通したが、それを地元の民主党活動家たちは抗議して議事堂に乱入するという事件まで起きている。(民主党が乱入した場合は反逆罪だなどと言うメディアは居ない)。

郵便投票の拡大

HR1では全国的に郵便投票を拡大するという項目がある。前回の選挙で一番の問題となったのは言わずと知れた郵便投票の拡大である。これまでにも不在投票はどこの州でも許可されていたが、それはあくまで例外であり、きちんとした理由のある本人からの要請がなければ郵便票を送付するというのが普通だった。しかし前回は武漢ウイルスを口実に、多くの民主党の州で本人が希望するしないに関わらず前回の登録者名簿に載っていたすべての有権者に送付された。そしてその投票券はあちこちに仮設された監視の全くない投票箱に投函できるようになっていた。

登録者名簿は選挙の度に新しくしていく必要がある。登録はしたものの過去何回か全く投票していない人、亡くなった人、引っ越した人等々、名簿から削除していく必要がある。だが、お役所仕事、常に一番新しい名簿であるという保証は全くない。それで登録者名簿に載っているすべての人に投票券を送付したりすれば、そのいくつかは本人ではない人の手に渡ることになる。実際にそういうことは多く起きている。これは全国的に拡大したらどういうことになるか、前回の選挙などの比ではなくなるだろう。

代理人投票の規制緩和

アメリカでは自分で投票場に行かれない人のために、家族や介護人が投票してもよいという法律があるが、誰が代理で投票できるかには規制がある。しかし、すでに民主党が暗躍する地域では、民主党活動家が選挙になど全く興味のない有権者の家々を回って郵便投票の「手伝い」をし、集めた投票券をまとめて投票するなどという不正行為を行っている。この法案ではこうしたいわゆるバレットはーべスティング(投票券収穫)がさらにやりやすくなるようになっている。

HR1は憲法違反

冒頭で述べた通り、アメリカは連邦制であり、州による自治権は多大なるものがある。各州による選挙法は各州の議会が決めると憲法に明記されており、連邦政府といえども勝手にそれを変えることは出来ないのである。たとえこの法案が選挙法改正として妥当な法案であったとしても、それを取り入れる入れないは各州が独自に判断しなければならない。それでも強硬するというのであれば、多々の州から訴訟が起きることは先ず間違いない。

この法律は憲法改正を必要とするため、上院で通すためには三分の二にあたる60票が必要だが、今のところ共和党から賛成票を投じる人は居ないようだ。

賛成派の議論

民主党が独裁政権を握りたいという理由を隠しながら、このHR1を推進している人たちが、どのようにこの法案を正当化するのか、その議論を読んでみた。ようするに我々が不正の温床になると指摘している偏向が、人々が投票しやすくなる良い方法だという議論である。賛成派が良いことだとして挙げている項目を羅列すると、、

  1. 全国的な投票者自動登録。
  2. 早期投票や不在投票の拡大
  3. 重犯罪者の投票権回復
  4. 郵便投票過程の簡易化
  5. 投票を阻止する様々な手口を阻止する、たとえば選挙登録者名簿の整理、選挙警備の強化、紙の投票用紙推進、選挙関係の契約会社の厳しい管理などのように。

これが良いことだと思える人は、不正が横行することが良いことだと言っているに等しい。

だいたい私は投票は安易にできるべきだとは思わない。実際に国の将来を左右する人間を選ぶのだ、きちんと身分証明書を所持し自ら登録するくらいの気持ちのない人に安易に選挙になど参加してほしくない。他人に言われて報酬をもらって訳も分からず投票用紙を埋めるような人に投票などしてもらいたくない。そんな票が投じられても、政治に一般庶民の意志など全く反映されないからだ。

1960年代までの南部では、黒人票を阻止するために不公平な規制が設けられ、黒人が正当な投票が出来ない状況が起きていた。しかし公民権法が通ってから、そのような投票妨害は違法となり、いまや正式な手続きを踏んだ有権者が投票できないなどという状況は存在しない。

よく活動家は誰もが身分証明書を持っているとは限らない、身分証明書取得にはお金がかかるので貧乏な人(多分マイノリティー)には難しいなどという。だがコンビニでビール一本買うのにも身分証明書が必要な今日び、選挙で身分証明が必要ではないという理屈の方がおかしくないか?

アメリカでは運転免許書がなくてもDMVに行けば身分証明書を無料で発行してくれる。それに、生活保護を受けている人にはそれなりの証明書があるはずなので、身分証明書を持っていないアメリカ人なんて先ずいない。

身分証明書のあるなしが選挙に影響を及ぼすと本気で考えているなら、活動家は多くの貧困層が身分証明書を簡単に取得できる方法を考えるべきだ。

無論賛成派の本意は不正を簡単にできるようにして、今後一切共和党が選挙で勝つのを防ぐことにある。投票がしやすくなるとか単なる口実に過ぎない。はっきり言って民主党はその本意を隠す気すらない。上院では絶対に否決してほしいが、バイデンが大統領命令で強硬しようとしたら、多々の州で訴訟が起きるだろう。それが長引くと2022年の選挙ではどうなるのか、かなり難しいことになりそうだ。


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カルチャーショック?それとも意思疎通の問題?お持たせお菓子に心揺れる女ごころ

今朝ツイッターでとっても面白いツイートを見つけた。それに関するコメントも非常に面白かったので私の感想を書いてみた。先ずは元のツイート。

男性社員が、おやつを社内の皆へ買ってきてくれたんだけど、切り分けが必要なやつで。「男性が買ってきたお土産を女性が切り分けて配る」という光景が、すごく嫌だなと思った。切れてるの買って来て、もしくは自分で切り分けて、と思うの私だけ??

このツイートに賛同する日本の女子社員から、「ほんと、ほんと、スイカを差し入れた人がいるけど切って配る人の身になってほしい」とか「カステラ持ってくる人がいるけど、切り分けて小皿に入れて配るのって大変」などとツイート者に同意する意見が殺到していた。

私はせっかく誰かが差し入れしてくれたのに、そこまで言うことないんじゃないかなと思ったが、あまりにも男子社員のお土産や差し入れは女子社員がきれいに切り分けして配るのが当然みたいに思われている職場が多いらしいということに気付き、自分の大昔の体験を思い出した。

古の昔、私が初めてアメリカの会社で勤め始めた時、いつも帰り際に自分の使ったコーヒーカップを洗っていたが、ある日流しに同僚が置いて行ったカップがあったので、自分のを洗うついでにそのカップも洗っておいた。次の日もまた他の人のカップがあったのでそれも洗って置いた。ところが毎日流しに置きっぱなしになっているカップの数が増えていく。

それでもついでだからと洗っていたら、ある日自分のカップを持って流しまで来た若い女の子が、「カカシ~、いつもカップあらってくれてありがとね。」と言って自分の汚いカップをそこへおいて立ち去ろうとしたのだ!私はブチ切れて「なんでアタシがあなたのカップを洗わなきゃならないのよ!カップ洗いは私の仕事じゃないわよ!」と怒鳴ってしまった。相手は非常に驚いた顔で、「いや、別に洗いたくないならいいわよ。」と悪びれずに答えた。そこで私は気づいたのだ。これはカルチャーショックってやつだと。

私の日本人の感覚では「いつもカカシさんにやってもらって悪いから、今日は私がやろう」って思ってくれるものという期待があったので、同僚たちの反応は非常な驚きだった。それでこれは日本とアメリカの文化の違いなのかもとずっと思っていた。ほんの今朝までは。

さて、それで男性社員が差し入れしたおやつを女性社員が切り分けして配るのが習慣になっている職場がある、という話を聞いて気が付いた。汚いカップを流しに置いて行った私の同僚たちに悪気がなかったように、女性が配るのを期待してる男性たちにも悪気はないと思う。

何も言わずに同僚のカップを何日も洗い続けて自分の好意を理解してもらえると思っていた私が間違っていたように、仕事以外の雑用を色々やって感謝してもらえると思っている女性社員たちも間違っているのだ。それが彼女たちの仕事だというなら別。昔はお茶くみという仕事もあったから。

ただし、それが自分の仕事ではなく、その雑用をすることで本来の仕事に支障を来すというのであれば、きちんと断る必要がある。ただこの場合差し入れした人は好意でやってくれており配る人の負担を理解していないだけなのだから、相手の好意を無駄にせず自分の負担を減らす解決策を考えるべきではないだろうか?

先の件は日本とアメリカの文化の違いだと思っていたが、おやつの切り分けの件で解るように、これは結局は意志の疎通の問題だと思う。配っておいてと頼まれた人は、台所におやつを置いてナイフと小皿を用意して好きな人は食べてくださいと同僚に言うだけでよいのではないだろうか?結構頼んだ人も、なるほど、その方が合理的だな、と納得するかもしれない。

もしかして日本の女性は必要以上の仕事を自分で背負い込んでいるのではないかな、そんな気がした。


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データが示す、ロックダウンの無効果ぶり

拙ブログをご愛読の読者諸氏はもうすでにご存じだが、私はアメリカがロックダウンを始めた当初からロックダウンは害あって益なしだと言ってきた。去年の三月、あの藪医者詐欺師のファウチ爺が医療崩壊を防ぐために二週間のロックダウンが必要と言い出してからすでに一年。今や種々のデータ収集が可能となり、ロックダウンは武漢ウイルス蔓延防止に全く効果がなかったという結論が出た。

本日ツイッターで西田カンさんというデータサイエンティストが紹介してくれているこのお話から読んでみよう。データはオックスフォード大学によるロックダウン強度指数

今回のロックダウンとか非常事態宣言による自粛とかって、現実世界でその効果がまったく証明されてなかった世紀の実験だったわけです。 で、アメリカではデータからその効果がまったく確認できていません。これは先月のロックダウン強度とコロナ関連の死亡者数ですが、相関の「そ」の字もありません。 あるのは、誰が州知事かという関係性だけです。

赤:共和党 青:民主党

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西田さんは上記以外に色々なグラフをあげて、ロックダウンが厳しくても厳しくなくても感染者数と死亡者数には全く影響がないと語る。また、ロックダウンが厳しいのは民主党知事の州で、緩いのは共和党知事の州とはっきり分かれることも指摘している。

結論として西田さんは、今回のロックダウンは科学的根拠に基づくものではなく、すべて政治に基づく政治ショーだという。そして、「ロックダウンやってても増える時は増える (カリフォルニア)、 ロックダウン解除しても増えるわけではない( フロリダ )、ロックダウンしなくても、勝手に減る (サウスダコタ) ハワイ:思考停止状態の知事」と断言する。

さて、それでは日本はどうだったのか。日本はかなりの自粛をしたとはいえ、欧米諸国のような厳格なロックダウンは行っていない。

これがコロナ関連の死亡者数(100万人あたり)をG7プラス・スウェーデンと比べたものです。日本を探してみてください。(カカシ注:紫色が日本)

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このデータからも分かるように、日本は諸外国に比べて死亡率がほぼゼロに近い。こういう状態なら特に自粛を厳しくする必要などない。西田さんはワクチン接種をそう急ぐこともないだろうと語る。無論ワクチンは摂取するに越したことはないが、日本はさほど危険な状態にはないのだ。

アメリカでも主に共和党知事の州で、ロックダウンを完全解除すると宣言するところが増えている。去年早期にロックダウンを解除したフロリダのディサントス知事は、いまや英雄であり、次期共和党大統領候補としてかなりの人気を集めている。

残念ながらカカシが住むカリフォルニアはアメリカでもかなりロックダウンが厳しい州で、ニューヨークでは屋内レストランが多少なりとも解禁になったにも関わらず、こちらはまだ屋外のみだ。また学校やスポーツジムなどはまだ全部的に閉鎖状態だ。

こうしたデータが出た以上、我々一般市民が政治家に圧力をかけて早急に州を開放してもらわなければならない。

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ここから先は主題とは外れるが、ちょっとうちの近所がどんな状態かをお話しよう。

先ず私が30年来通い続けていたスポーツジムが去年の中頃倒産した。このジムはうちから歩いていける距離にあり設備も整っていて私は非常に気に入っていた。また、支店が全国各地にあったので、出張の際も色々なところで使うことが出来てとても便利だった。30年前にこのジムがオープンすることになった時、まだジム建設中のオープン半年前ぐらいから会員を募集していた。ジムがあくまでの会費は無駄になってしまうとはいうものの、オープン前に登録すればそのままの会費が値上げされずに一生使えるという契約だった。それでミスター苺と私は二人で月45(約4500円)ドルという破格の会員費で30年間もこのジムに通っていたのだ!もう二度とこんなディールにはお目にかかれないだろう。

また近所には昔ながらのコーヒーショップがあった。アメリカでいうコーヒーショップとは、日本でいうところのファミレスである。この店の容貌は古臭く、1960年から1980年くらいまでは、アメリカのどこでも見かけるような一般的なレストランだった。私がこの町に越してきた1990年代には、すでに何十年もあった店らしく、朝早く朝食を取りに来るビジネスマンや、夜遅く集まる学生や、週末は家族連れの客などでいつも人気があった。だが先日この店の前を通りかかった時、店は売りに出されていた。一時的な閉店ではなく、永久に閉まってしまったのだ。

この他にも、近所にあったラーメン屋さん二軒、小さいがおしゃれな台所用品を売っていた小売店、夫婦でやっていた中華料理屋などが次々につぶれてしまった。ミスター苺も私も美容院には一年も行っていない。(ミスター苺の髪は私が刈っている)。

最近になって近所の公園のベンチやバーベキューが解禁になった。先週の週末には何組ものバーベキューパーティが開かれており、家族連れやお年寄りが沢山集まってワイワイ騒いでいた。公園に居た誰もマスクをしておらず、ソーシャルディスタンスなども守っていなかった。

私とミスター苺が散歩で通りかかると、通りがかりの人たちがみんな笑顔で挨拶してくれた。

うちのご近所さん達は、もうロックダウンは止めると決めたらしい。


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日本が安易に選択的夫婦別姓を認めてはいけない理由

アメリカでは選挙の度に、新しい法案に賛成するか反対するかという項目がいくつか提出される。選挙案内にその法案の簡単な要約があるが、とくにその内容に興味がなかったり、知らなかった場合には、その法案に賛成するしないの判断は難しい。しかしそういう場合、誰がその提案を支持しているかを見ることで結構正しい判断が出来ることがある。例えば教員労働組合が支持しているというのと、全国ライフル協会が支持しているというのでは、かなり違うものであるというのは自ずと解る。

さて、今日本では選択的夫婦別姓という法案が出されているという。推進者の理屈は、女性でもキャリアを求める人が多くなった今、結婚のせいで苗字が変わると仕事に差し支えるといったものだ。確かに公式に名前を変えるというのは色々面倒だ。特にすでにキャリアを積んできた中年男女の場合は色々大変だ。それで名前は変えたい人だけが変えればいいという制度にしようじゃないかという考えは同意できないでもない。アメリカでは選択制で特に支障はおきていないし。

しかし本当にそうなのだろうか?この問題はそんなに簡単なことなのか?

実は本日ツイッターでリッキー・エルウッドさんという人が、こんなことを言ってるのを読んだ。

私は憲法9条の改正、そして憲法への自衛隊の明記を願っています。ところが日本にはこれに頑強に反対する左翼の政治家達がおり、私はそんな彼らの政治行動には「彼らは本当に日本の為を思ってやっているのか」と常々疑問を持っています。で、先日この(辻本清美の)ビデオを見る機会があり、突然気づいたのです。

「『選択的夫婦別姓』を推進しているのは憲法改正に反対し、自衛隊を排斥し、安倍総理を追い落とそうとしていたのと同じ政治家達ではないか!」という事実にです。これは私にとって選択的夫婦別姓に反対するに充分な根拠となります。

私は選択的夫婦別姓の事をよく知りません。「一体何の話だろう?」と思っていた程です。でも心は決まりました。私は『選択的夫婦別姓』推進に反対です。理由は「かつて天皇家に対して悪し様な言辞を使い、今も憲法改正に反対して国力弱体化に努めているが如き左翼政治家がにこやかな表情を浮かべて甘い言葉を使って推進する法律が日本の為になる訳が無いから」です。

これは非常に大事なことだ。普段から日本を左翼社会に推し進めようとしている人たちが強く推すアジェンダが、社会主義を望まない人たちにとって良い結果を生むとは信じがたい。なにか裏に隠された動機があるのではないかと疑ってかかるべきである。

左翼活動家は常に最終目的を明確にせずに、一見無害で誰もが同意できそうな発案をしてくる。そしてそれに疑問を提示する相手に対して「それは被害妄想だ、そんなことは起き得ない」と言って片付けようとする。辻元氏は諸外国の例を出してこれらの国々で家族は壊れていないと言い張る。だから日本でも大丈夫という理屈を通している。

だが選択的夫婦別姓制度のある国々の家族は本当に大丈夫なのか?先ず欧米では結婚をする人の数が極度に減っている。私が拙ブログで2012年に紹介したこの記事から読んでみよう。

先日ニューヨークタイムスの30歳未満の女性の出産のほとんどが婚外で起きているという記事を読んで唖然としてしまった。アメリカでは過去50年間未婚女性の出産が増えて来てはいたが、ついに今年、30歳未満の女性の間では、出産の半分以上が婚外出産となってしまった。

一時は結婚外出産といえば、貧困層や少数民族の女性と相場は決まっていたのだが、最近は中流の女性の間でもめずらしくない現象となった。未婚の母の率が一番増えたのは20代の白人女性で、短大卒以下がほとんど。女性全体では2009年の出産の59%と、かろうじて過半数が結婚内の出産。しかし出産の2/3が30未満の女性によるものなので、世代が代わるにつれこの数は増えるものと想定される。

これは8年前の記事なので、今はもっとすごいことになっているだろう。それから忘れてはならないのはアメリカ社会の離婚率。アメリカでは平均して10組に一組は離婚する。人によっては何度も結婚しては離婚するので、そのたびに名前を変えていたら大変だ。

アメリカのこの状況になったのは選択的夫婦別姓が原因だとは言わないが、選択的夫婦別姓を抵抗なく受け入れられるようになったのは、こうした家族の崩壊という背景があったからなのではないだろうか?日本がそういう社会の真似をすることが、日本にとってどう良い結果をもたらすというのか私には理解できない。

だいたいこういうことに、元々社会制度の違う諸外国の風習を持ち出すのはおかしくないか?日本にはアメリカなどにはない戸籍制度というものがある。日本人は結婚を家族間の契約として考えてきた。だから女性は嫁入りし男性なら婿入りすることで、他人が家族の一員となってきたのだ。苗字を変えるということは、その人間がその家族の一員となる象徴なのだ。

家族の一員になったのに名前が変わらなければ、戸籍制度そのものにも支障をきたすのではないだろうか?待てよ、もしかするとそれが狙いか?そういえば最近、戸籍制度を撤廃しようという動きがある。私の感覚では夫婦別姓と戸籍制度撤廃は並行して行われているように見えるがどうだろうか?

これと共に同性婚やパートナシップ条令なども含むと、左翼活動家たちの真の目的がはっきりしてくる。彼らの真の目的とは、

それは日本の家族制度を破壊することだ!

これは洋の東西を問わず、社会主義国家が常に目指すことだ。独裁社会にとって家族という単位ほど面倒なものはない。家族の絆が強ければ、国民は政府ではなく家族を先ず第一に考える。だから彼らは常に家族制度の破壊を試みるのだ。

夫婦別姓など特に問題はないと考えるかもしれない、自分はそんな選択はしないから自分には関係ないと思うかもしれない。だが、彼らの運動はそこで終らないはない。これは単なる布石にすぎないのだ。それが解れば、そう安易にこの案には同意できないのではないだろうか?


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ドクタースースがキャンセルされる本当の理由

日本の人たちにはあまり親しみがないかもしれないが、アメリカではドクタースースの絵本は過去40年にわたって子供たちから愛読されてきた。いくつか映画にもなっており、ドクタースースのキャラクターを知らないアメリカ人は居ないといっても過言ではないだろう。日本でいうところのドラえもんみたいな存在だ。ところが、先日ドクタースースの誕生日に、スース作品のいくつかが人種差別描写があるとして絶版になると発表された。

(CNN) 米国の絵本作家、故ドクター・スース(本名=セオドア・スース・ジーセル)氏の著作のうち6冊が、人種差別的な内容を理由に出版中止となった。同氏の権利を管理するドクター・スース・エンタープライズ社が2日に発表した。

2日はスース氏の誕生日に当たる。同社は教育者らと相談してラインナップを見直した結果、「マルベリーどおりのふしぎなできごと」「おばけたまごのいりたまご」など計6冊の人物描写が「有害で間違っている」と判断し、出版中止を決めたという。

スース氏の著作は世界で発行部数が計6億5000万部を超えたとされるが、長年に及ぶ差別的な描写が指摘されてきた。

児童文学の多様性に関する2019年の研究によると、学生時代の作品では黒人ボクサーをゴリラになぞらえ、ユダヤ人をけちな人物として描いていた。

同氏の著作50冊を調べた結果、非白人の登場人物45人のうち43人が反アジア系、2人が反アフリカ系の描写に当てはまるキャラクターだったという。

出版中止が決まった6冊のうち、2冊はこの研究が具体例として挙げていた。

「The Cat’s Quizzer」には「日本人」として、鮮やかな黄色の顔で富士山の上に立つ人物が登場する。

「If I Ran the Zoo」には、白人男性がアジア人3人の頭上に乗り、銃を手にした場面がある。アジア人たちは全員「目がつり上がり」、「だれもスペルを知らない国」の出身だと書かれていた。

はっきり言ってこれらは言い掛かり以外のなにものでもない。興味があったので私は上記に上げられた二冊にざっと目を通してみた。

The Cat’s Quizzerでは一ページの下の方に、山のふもとに立つ東洋人らしき人の姿が描かれているが、顔が鮮やかな黄色ということはない。ドクタースースの絵は誰もが誇張されているので、特に日本人を馬鹿にしたようには描かれていない。

Dr. Seuss Enterprises To End Publication of Six Titles Over “Hurtful and  Wrong” Imagery - Bounding Into Comics

If I ran the zooは、少年が自分がもしも動物園の経営者だったら、という想像の世界を描いたもの。少年は色々な想像の国から想像の動物を集めて来るという空想をしている。問題の画像を見てみたが、たしかに昔の典型的な中国人風の男性三人の頭に動物が入った檻が乗り、その上に主人公の子供が銃をもって座っている絵がある。そしてそこの住人は目が吊り上がっているとある。しかし、それは少年が想像する国であって、特にどことは言ってない。また、「誰もスペルを知らない国」はその次のページでしかも別の想像の国。つまり東洋人は字が読めないとバカにしてるわけではないのだ。

Tackling Racism in Children's Books: Conversations in Seussland | Nashville  Public Library

ハリウッド映画で描かれる東洋人像を見慣れてる私としては、この程度は単にアメリカ人が想像する東洋人のステレオタイプであって、別に差別意識があって故意に悪く描こうとしているようには見えない。これらの本が書かれたのは1970年代のことなので、当時の一般アメリカ人が東洋人に関して持っていたイメージをそのまま描いただけのこと。

もしこれがドクタースースの絵本に描かれた人種差別の典型だとするならば、このように重箱の隅をつつくようなことをしなければ人種差別を見つけられなかったということになる。なぜならドクタースースは人種差別者などではなかったからだ。

フォックスニュースのタッカー・カールソンはドクタースースがキャンセルされるのはドクターが人種差別者だったからではなく、彼が反人種差別者だったからなのだと言う。

ドクタースースは人種差別者などではなかった。彼は反偏狭の宣教者だった。彼は反人種差別に関するいくつもの本を書いた、しかも曖昧な書き方ではなかった。これらの本は明確に反人種差別を示すものだった。子供たちに人種差別者になってはいけないと教えることこそがこれらの本のを書いた理由だったのだ。

ドクタースースをキャンセルするのは計画的だったとタッカーは言う。

ドクタースースをキャンセルするのは馬鹿げたことではない。ドクタースースを排斥するのは彼が人種差別者だったからではない。いやむしろ彼が人種差別者ではなかったことが理由なのだ。

タッカーはドクタースースが1961年に書いたスニーチスという本を例に出す。これはマーティンルーサー・キング牧師が反人種差別の行進をする前に書かれたものだ。この中でスニーチスと呼ばれる架空の動物が出てくる。彼らはお腹に星模様のあるかないか以外は全く区別がつかないどう種族である。ところが誰かがが星印のついている者の方が偉いと言い出し、星印対無印の対決が始まる。しかし最後には星があろうがなかろうが個人の価値に差はないことにスニーチスたちが気づくという内容。

これは明らかに肌の色で優越を決めることの愚かさを描いた本だ。こんな本を書く人が人まで人種差別者ということになるのか?いったい今の左翼リベラルの基準というのはどうなってるんだ?

しかしタッカーは、ドクタースースが唱える人種色盲社会こそ意識高い系ウォークと呼ばれる過激派左翼にとって都合が悪いのだと言う。確かにそうだ。もし肌の色など問題ではないということになるなら、今左翼が推してるクリティカルレースセオリーという「白人は生まれながらに人種差別者だ」などという思想は崩れてしまう。

過激派左翼の思想はすべて人種差別で成り立っている。人種によって派閥を作り、人種によって優越が決まる。この世の悪はすべて白い肌で生まれた人間の罪なのである。そんな思想を推し進める左翼にとって人種色盲社会などあってはならないのである。

ドクタースースはいわゆるクラシックリベラルである。しかし人種差別こそが一番大切な現代の左翼にとってドクタースースの反人種差別メッセージは不都合な存在なのである。

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And to Think That I Saw It on Mulberry Streetより、「箸でご飯んを食べる中国人の少年」



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アメリカの平等法は女性を抹消する

本日のバビロンビーのパロディーニュース。「中東ではバイデン空爆を避けるために、人々は家の玄関をトランスジェンダー色に塗り替えている」

まあ冗談は別として、バイデン政権と民主党のやっていることは滅茶苦茶だ。武漢ウイルスパンデミックでアメリカの経済は破綻状態。ワクチン配布もそんなに進んでいないし、公約のはずの国民への救済金も本当に配給されるのかどうかさえ怪しい状態。そんななかでシリアを攻撃したり、失業者を増やすだけの最低賃金を時給15ドルに引き上げるとか、本当にこの政権はアメリカをどうしたいんだ?

先日、民主党が多数議席を握る下院が新しく平等法なるものを可決した前回もお話したように、この平等法とは名前とは全く逆で非常に危険な法律だ。

この平等法, というのは1964年に通った公民権法(Civil Rights Act)の延長で、人種や国籍や性別によって住宅や就職の際に差別されてはならないというものに、さらに性嗜好と性自認を加えたものだ。アメリカでは同性愛は違法ではない。すでにアメリカでは雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)が、性嗜好による差別を公式に禁じている。今のアメリカで同性愛者が職場で差別されるなんてことは先ず考えられない。ではいったいどうして今更こんな法律が必要なのか?

これは言わずと知れたトランスジェンダー概念の全面的許容が目的だ。

バイデン政権はやたらとトランスジェンダー思想を国民に押し付けている。同政権の保険省副長官候補のレイチェル・レビーンは自らもトランスジェンダーの女性自認男である。しかもこの女装変態男は思春期前の児童への性転換「治療」を推進している人間だ。先日上院議会での質疑応答でランド・ポール上院議員から「第二次性徴を阻止するブロッカーの投与を推進するか」という質問に、するともしないとも答えず、これは複雑な問題で云々と言葉を濁していた。

In this May 29, 2020, file photo, Pennsylvania Secretary of Health Dr. Rachel Levine meets with the media at the Pennsylvania Emergency Management Agency (PEMA) headquarters in Harrisburg, Pa. President-elect Joe Biden has tapped Levine to be his assistant secretary of health, leaving her poised to become the first openly transgender federal official to be confirmed by the U.S. Senate.

レイチェル・レビーン保険省副長官候補

幼児の成長期阻止ホルモンを推進するような人間を保険省の副長官に指名するようなバイデン政権。いったい彼らの狙いは何なのか。

何々を差別してはならない、という法律は一見して何の問題もないように思える。今の世の中で同性愛者だということがばれたら会社を首になるとか、出世できないとかいうことはないだろう。同性愛者であろうと男女の性が変わるわけではない。男は男用施設を使い、女は女用施設を使えばいい。彼・彼女たちが私生活で誰と付き合おうと他人の知ったことではない。

だがトランスジェンダーはそういうわけにはいかない。

だいたいトランスジェンダー差別とはなにを意味するのか。それをはっきりさせるには、そもそもトランスジェンダーとは何なのかを先ずはっきり定義する必要がある。

もし、トランスジェンダーの定義が、性同一性障害を病む人で医師の監督の元、性適合手術を受けて戸籍まで異性に転換したひと、というものであればまだ納得も行くが、単に自分が異性だと思っているだけで、特に異性らしく見せようという努力など全くしていない人も含まれるとなると、話は別である。

私はツイッターなどでトランスジェンダーの定義を説明してほしいとトランス活動家の人たちに何度もお願いしたが、それぞれ定義が曖昧過ぎていったいトランスとは何を指すのか私には未だに理解できないでいる。

よしんばトランスの定義がはっきりしたとして、トランス差別とは何を指すのであろうか?トランスジェンダーを理由に雇用しないというのは差別だというのは一見道理が通っているようだが、それも時と場合による。また、トランスジェンダーを本人が主張する性別で扱わなければ差別だということになるとなれば、大問題が起きる。

例えば雇用に関しても、トランスを主張する女装男がレイプセンターのカウンセラーに応募したらどうなるのか。性犯罪者の中には強姦の話を聞いて喜ぶ変態が結構いる。そういう変質者が女装してトランスだと言い張ってこのようなカウンセリングの仕事をやりたがったらどうするのか。男性に虐待された女性が女装男に自分のおぞましい体験談など相談できとは思えない。それでもトランスを雇わなければ差別なのか?

雇用だけではない。すでにイギリスやカナダやアメリカでも起きているように、性犯罪を犯した男性受刑者を本人が女性を自認しただけで女子収容所に移したり、女性自認の男子を女子スポーツ競技に参加させたりしなければ、それは差別とみなされるのか?

また未成年の子供が自分はトランスだと言い出し、両親が子供のホルモン治療を拒否した場合、トランス差別及び幼児虐待で責めを負うのか?

こういう問題の対処がはっきりしないまま、単に差別をしてはいけないなどという法律を通すことは非常に危険である。

数年前に、自称トランス女性を女子施設に許容すべきという話が出た時、トランスを装った痴漢が女性に悪さをする可能性を述べた批判者に対して、許容派は、そんなのはただの被害妄想、そんな心配は全くないと我々の心配を一笑に付した。だが、数年たった今、実際にトランスを名乗る痴漢があちこちの女子施設で強姦を含む悪質な痴漢行為をおこない、多くの女性が被害に合っている。

女子スポーツに関しては、すでに自称女の男子選手が女子競技を制覇する例がいくつも見られている。

この法案は次に上院で審議されるが、上院も民主党が多数議席を握っているので通ってしまう可能性は高い。いったい民主党はアメリカをどういう国にしたいのだろうか?


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記録的寒さで停電相次ぐテキサス及び南部州

数日前から米国はテキサス州はじめアメリカ南部で記録的な寒波が訪れ、あちこちで停電が起きている。

【ニューヨーク時事】(2・17・21)米南部や中西部などは記録的な寒波に見舞われ、異例の大雪や低温を観測した南部テキサス州では17日夜時点で約170万戸が停電している。大規模な停電は15日から続くが、復旧のめどは立っていない。一方、寒波による全米の死者は17日までに30人以上に上った。米メディアが報じた。

寒波で米工場の稼働休止 自動車大手、日系各社も

 寒さに慣れていないテキサス州では、冷え込みから電力の需要が急増し、計画停電が実施された。同州ヒューストンでは停電中に暖を取るためガレージ内で車のエンジンをかけ続けていた女性と少女(8)が一酸化炭素中毒になり死亡したのをはじめ、一酸化炭素中毒の症状を訴える人が相次いだ。

私が済む南カリフォルニアは山にでも登らない限り、寒くなってもせいぜい摂氏0度程度であり、雪も降らないし道路が凍るということはない。それで冬の厳しさについて気が付かないことが多い。だが今年の冬は普段寒くならないようなテキサス州で厳しい寒波が来たため、電力が追いついていないようだ。しかも、テキサスでグリーンエネルギーといって風力発電を取り入れている場所があるのだが、風力機が凍り付いて電力を産出できない状況が発生した。

Wind Turbine Ice

ところで拙ブログを大昔からお読みの方はご存じだが、私はもう2006年に拙ブログを始めた頃から、記録的に寒い冬が何年も続いたことに関して、いったい何年記録的に寒い冬が続けば、地球温暖化説は間違っていたということになるのかと言い続けてきた。

もう20年以上も地球温暖化などという現象は起きていない。だからこそいつの間にか彼らは「環境異変」などというバカげた言い方をするようになった。バイデン政権は従来の石油や石炭による発電を止めてグリーンエネルギーに切り替えろという。しかしグリーンエネルギーは技術が進んでおらず、テキサスのような大きな州を支えるには全く不十分である。かといって原子力発電をやろうといえる政治家も居ない。


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森さんの発言なんかより重大視されるべきなLGBT平等法の陰謀

先日の森さんの「女性蔑視」発言でオリンピック協会における女性差別の問題点に焦点が当てられている。しかし女性スポーツという問題を本気で考えているなら、森さんのどうでもいい発言などに時間を割いているよりも、もっと考えなければならない問題がある。それがLGBT平等法(Equality Act)だ。

諸外国、特にイギリスで平等法というと、これは同性愛者や両性愛者を差別しない法律などというものではなく、トランスジェンダーを無条件で受け入れる法律を指す。これは女子競技に女装した男性が平気で参加することを指すのであり、女子競技の破壊を意味する。バズフィードの記事から読んでみよう伊吹沙織著。

「オリンピック開催国として責任がある」 差別を禁止する「LGBT平等法」を求めて国際署名キャンペーンを開始「あまねく国内において安心してスポーツができる、性的指向や性自認によって差別がされないという状況を保証するために平等法が必要で、開催国の責任」(強調はカカシ)

この見出しを見ただけでも解るように、この平等法は単にLGBを差別しないというものではなく、「性自認」が含まれていることに注目する必要がある。この署名運動は特にオリンピックの規則云々については触れていないが、こういう法律は気を付けていないと思わぬ方向に進んでしまうのは、イギリスやアメリカの状況を見ていればはっきりわかるはず。もう少し読んでみよう。再び強調はカカシ。

今回始まった「Equality Act Japan」キャンペーンは、全国100以上の団体が加盟する「LGBT法連合会」、国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」、スポーツをより多様性にあふれたものにするため活動しているアメリカの非営利団体「アスリート・アライ」の3団体が連携して主催する。

トランス運動に多少なりとも注目してきた人間には、この「アライ」が何を意味するかははっきり解る。これはアスリート(競技者)のアライ(味方)などという意味ではない。これはトランス運動支持者を意味するのだ。

この記事には先進国で同性愛者を差別してはいけないという平等法がないのは日本だけだと指摘する。確かに同性愛者であるというだけで採用されなかったり解雇されたりといった差別があってはいけないが、今時そんな差別をする企業があるだろうか?同性愛は日本では違法ではない。違法でない行為を理由に解雇されたり不採用になったりすれば、個別に訴訟は可能なはず。特に新しい法律が必要とは思えない。

このような新しい法律が必要なのは、多くの人が受け入れられないと思っているトランスジェンダーのみだ。普通に男として採用されたのに、途中で女装を始めて女子トイレ立ち入りを要求したり、男性体なのに女子競技に参加させろという理不尽な行為を合法にしようというのがこの法律の真の目的だ。

無論この記事では特にトランスジェンダーに関する記述はない。同性愛者で元オリンピックメダル受賞者などの体験談でお涙頂戴の訴えをしている。

この運動開始の会見で元フェンシング女子日本代表選手で、東京レインボープライド共同代表の杉山文野さんと、なでしこリーグ2部スフィーダ世田谷FC所属で、現役選手の下山田志帆さんが、同性愛者であることでコーチやキャプテンらから差別的ないじめにあったと語る。

杉山さんは過去に、オリンピックでメダルを獲得したこともある選手から、「カミングアウトしてしまうと、ファンや家族を失望させてしまうのではないかという恐怖感があり、やっぱり言えない」と、相談を受けた経験を明かした。

自分自身も現役時代は、「おかまやホモという言葉が飛び交う競技場で、自分のことがバレたら居場所がなくなるのではないか、いじめられたらどうしようと、ビクビクしながら競技生活を送っていた」。

中略

「今までの人生を振り返って思うのは、スポーツの場で当事者に対する差別的な発言を見る機会がすごく多かったということです」と下山田さんは言う。

「短髪の選手に対して、指導者が『女子チームなのにそれはおかしいだろ』と言ったり、チーム内で付き合っているカップルに対して、キャプテンなどが『気持ち悪いから別れろ』と言ったり。そんな話を、周りで度々見聞きしてきました」

「そうした現状は現在進行形だと思っていて、競技は好きなのに、チームメイトや指導者との関係が嫌で引退した選手もいたし、チームを離れてしまった選手もいました」

中略

「平等法が制定されることで、安心してプレーできる選手が増えるし、差別的な取扱いを受けた時も、SOSが出せるようになる。そうした環境が当たり前になることを、私は望んでいます」と訴えた。

こういう人々の無理解や偏見を法律で規制するという考えに私は非常に疑問を抱く。もしも同性愛選手が出場を拒否されるとか、記録を伸ばしても同性愛者だというだけでメダル受賞が出来ないとかいう事実があるのであればそれは問題だ。そういう差別は絶対に許容されてはならない。だが、コーチや他の選手が同性愛者は気持ち悪いと思う気持ちまで法律で規制するというのは、言論の自由や思想の自由を迫害することになる。

もし現場で同性愛者をいじめるような文化があるというなら、それは組織に問題がある。だいたい選手の性嗜好を理由に指導者が選手をいじめるなどということがあっていいはずはない。こうした行為を止めさせるのは法による規制ではなく、どんな理由があるにせよ選手の私生活について指導者からの虐めは許さないという強い姿勢を組織の幹部から示していく必要がある。やたらに法律などで規制すれば反感を生むだけであり、差別をなくすことにはつながらない。

しかし、このようなお涙頂戴パフォーマンスに騙されて、この忌まわしき平等法などというものを支持したりしてはいけない。繰り返すがこの平等法の真の目的は同性愛者への差別をなくすことなのではなく、自認のみの「トランス女」が真の女性として扱われることにあるのだ。

左翼運動家はしたたかである。法律を通す際にトランスジェンダーのTの字も言わない。そして同性愛者にまじってそっとトランスを混ぜ、「性自認」という言葉を忍び込ませる。法律が通ってしまえばこっちのもの。「トランス女性は女性です」が横行するのだ。そうして一般市民は何も言えなくなってしまうのだ。

この元フェンシング日本代表選手も、実はこれが女子フェンシングを破壊する行為につながるとは、その手先として動いているのだということに気が付いていないのだろう。コーチやキャプテンに「気持ち悪い」などと言われる程度のことでは済まされなくなるというのに。

森さんを責めまくったメディアはフェミニストの皆さんにお聞きしたい。オリンピックにおける女性蔑視を本当に心配しているのなら、男子が女子競技に参加して女子スポーツを破壊する可能性のある運動についてどう思っているのか?今のオリンピックの規則では一年間男性ホルモンの分泌が一定数未満ならば手術もしてない男子が女子競技に参加できるのだ。それについて何もいうことはないのかと。

もし日本がオリンピック開催国として責任があるとしたら、今のうちにこの問題を解決することにある。こちらの方が女子スポーツの存続にかかわる重大事である。森さんのくだらない発言などに力を注いでる場合ではないのだ。


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秘書が暴露したアンドリュー・クォモNY知事の介護施設死者数の嘘

今ニューヨーク州のアンドリュー・クォモの武漢ウイルス対策について非常に大きなスキャンダルが起きている。拙ブログでも去年の5月頃からニューヨークのアンドリュー・クォモ知事による武漢ウイルス政策は大失態であり、介護施設に陽性患者を送り込んで大量の犠牲者を出したという話はしたが、実はクォモ知事は介護施設における死者の数を大幅に隠蔽していたという事実があきらかになったのだ。安倍かすみ在NY記者による記事より。

クオモ氏率いる州政府が、新型コロナ禍における高齢者介護施設の死者数を隠蔽したとされる疑惑をめぐって、証拠収集のための弾劾委員会が結成されることが、州議会共和党員により18日に発表された。17日には、FBIと州東部地区連邦検事局による調査が開始したことも報じられている。

事の発端は先月、州司法長官のレティシア・ジェームズ(Letitia James)氏が、昨年3〜8月の高齢者介護施設での新型コロナによる死者数が、州により大幅に過少報告されていたと指摘する報告書を公表したことによる。

新型コロナによる州内の死者数は、4万5807人に上る。うち40%近くが介護施設の入居者とされる。

介護施設での死者数は今月10日の時点で1万3297人、16日の時点で1万3432人(総合的にあらゆる介護施設も含めると1万5049人以上)とされているが、先月18日の時点の公式な発表は8711人だった。

つまりクォモ知事は実際の犠牲者の数を半分近く誤魔化していたということになる。何故これが今更ばれたのかと言えば、クォモの秘書メリッサ・デローザが今月の10日に州議会の民主党議員らに「死者数のアップデートを“凍結”していた」として謝罪したからだ。はっきり言って謝罪するなら民主党議員にではなく、介護施設で亡くなった方々の遺族に対してすべきなのではないか?彼女が申し訳ないと言っているのはクォモの失策で大量のお年寄りが亡くなったことではなく、その数を胡麻化していたことで民主党議員たちに迷惑をかけたということだけなのだ。

実際の死亡者の数を隠蔽していた理由としてデローザは、トランプ大統領によるクォモ批判をこれ以上ひどくさせないためだったと言い訳している。トランプ大統領は去年の8月当時「州の対応が悪いため、介護施設入居者が殺されている」とクォモ州政権を責めていた。しかし、実際にクォモの失策のために15000人以上の犠牲者が出ていたのだとしたら、トランプ大統領の批判はもっともだ。責められて当然だろう。

さてこれに対してクォモ知事はどういう言い訳をしているのかと言えば、

15日にクオモ氏は会見を開き、釈明した。州保健局が、介護施設の入居者が病院で死亡したケースを明らかにしなかった結果であり透明性を欠いてたことを認めたが、正しい数字の追加作業は忙殺により「後回し」となっただけだとし、隠蔽工作を全否定した。

しかしこれに納得がいかないのは、誰あろうニューヨークの民主党議員たちである。特に介護施設で叔父を亡くしたクイーンズの州議会、ロン・キム(Ron Kim)議員はクォモを強く批難したことから、クォモから脅迫まがいの電話やテキストを何回ももらったと告発している。ニューヨークのデブラジオ市長などは、クォモが脅迫を使うなどいつものことだとインタビューで答えている。(いや、いつものことだじゃすまないだろ)

クォモの失態に関しては批判する人も中にはいた。厳しすぎるロックダウンに地元のビジネス経営者たちは一様に批判の声を上げていた。しかしトランプ大統領が大統領でいる間はなにもかもトランプのせいということにし、アメリカのメディアもクォモの失態に目をつむってきた。クォモはいかに自分が武漢ウイルス対策をきちんとやったかと本まで書いて威張っていた。

また、州の方針により昨年、新型コロナで入院し回復傾向にある9000人以上の患者を病院から介護施設に移したことが、たびたび批判の的にもなってきた。そのたびに知事は「介護施設内での感染の多くは、入居者同士ではなく施設で働くスタッフからであり、介護施設での死者6300人(当時発表)には関係しない」「死亡したのが病院か介護施設か、誰が気にするのか?」などと発言し、批判を一掃していた。

ニューヨーク在住の日本人の中にもクォモを神のように崇めていた人たちがいたが、いまはいったいどんな気持ちだろうか?政権が代わってすべてをトランプの性に出来なくなった今、クォモの金メッキははがれてきたのではないかと安倍は締めくくる。


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