人種差別について黒人に説教する左翼白人至上主義者たち

先日元副大統領ジョー・バイデンが上院と下院議会の前で演説を行った。私は一分も観ていないし、何が話されたのかもよく知らないのだが、それにこたえる意味で共和党のティム・スコット上院議員が演説をした。スコット議員は南部のサウスカロライナ代表の黒人議員。彼は1960年代隔離された南部で育った。彼は自分の両親が子供の頃に離婚し、貧しい母子家庭で育ったにも関わらず、数々の恩師や宗教との出会いで今の自分があると語った。しかし民主党はやたらと人種を持ち出してアメリカを分裂しようとしていると批判。

大学や企業や文化を通じて我々が全く進歩していないかのようにふるまうことで金儲けをしている人たちがいる。我々が賢明に努力して埋めてきた溝を再び深めようとしている。

これが間違っていることを誰もが知っている。よく聞いてほしい。アメリカは人種差別の国などではない。差別を別の差別で戦うなど後進だ。つらい過去を悪用して正直に現在を語れないようにするのは間違っている。

この演説の後、ツイッターではアンクルトムをもじってアンクルティムという言葉がトレンドに上がったと言う。アンクルトムというのは昔の奴隷時制度の悲劇を描いた有名な本だが、今では白人の奴隷主に迎合して自分だけ好待遇してもらう黒人奴隷の裏切り者という意味で使われる。言ってみれば黒人にとっては黒んぼの意味のNワードよりひどい侮蔑語である。

左翼連中は共和党や右翼保守をしょっちゅうレイシストだと呼んでいるが、一旦黒人が左翼リベラルな考えから外れると、その黒人に対してどんな人種差別用語を使って侮蔑しようが構わないと思うらしい。彼が黒人でなかったら、ここまで叩かれていなかっただろう。「黒人の癖に自分の意見など言うな。黒人は黒人らしくおとなしく左翼リベラル白人様の言う通りにしていろ、この生意気な黒んぼめ」というわけだ。

In this image from Senate Television video, Sen. Tim Scott, R-S.C., delivers the Republican response to President Joe Biden's speech to a joint session of Congress on Wednesday, April 28, 2021, in Washington. (Senate Television via AP)

このスコット議員のスピーチを受けて、ジョイ・ベイハーという白人女性のテレビタレントが、自分が司会を務める朝番組で、スコット議員は差別意識と組織的な差別の違いを理解していないと批判した。

エクスキューズミー?長年人気テレビ番組の司会をやってる白人能無しタレントのあなたが人種隔離時代に母子家庭で育った黒人のティム・スコットよりも組織的人種差別の意味がわかるっての?

英語でいうシステミックレイシズムとは、政策的とか組織的とかいう意味で、つまり法律で黒人が差別されていた1960年代の公民法が通るまえの南部のようなシステムを言う。聡明な読者諸氏はご存じのことと思うが、当時のアメリカ南部では学校も劇場もホテルもレストランも公共施設はすべて白人と黒人に分かれていた。黒人側の施設はたいていが劣悪な状態で、病院の前で黒人が怪我をしても、白人専用病院であれば目の前の病院では診てくれないというようなひどい差別状況だったのだ。こういうのを組織的差別といい、今ではそんなものは全く存在しない。

ジョイ・ベイハーはアメリカのどこにそんなものが残っているというのだ? ベイハーは住居や銀行のローンで黒人は未だに差別されているというが、そんな証拠があるというなら是非出してもらいたい。だいたい若い頃から芸能界で成功して高収入の白人タレントが組織的人種差別の何を知っているというのだ?そんな人間がよくも偉そうに黒人に説教など出来るな!

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左翼連中がアメリカは人種差別の国だと言い張るのは、自分たちが人種差別者だからその罪悪感で言っているだけだろう。確かにベイハーのような連中ばかりをみていれば、アメリカは人種差別の国だと思われても仕方ないのかもしれない。


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昔懐かしい団地生活

昨日誰かがツイッターで松戸市の博物館で1960年に建設された常盤平(ときわだいら)団地の複製を展示しているとして写真をいくつか載せてくれた。実を言うとカカシの両親はこの時代に全国各地で建設された新しい公団住宅の初代入居者だった。

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私たち四人家族(両親と私と妹)はこの団地サイズの2DKで(6畳間と4畳半間、台所、水洗トイレ、ふろ場)に10年間暮らした。上記の写真は6畳間の方だが、家族四人の家庭でソファや椅子を入れてた家庭はないと思う。そんなことをしたら寝る場所がなくなるから。しかしうちにはなんとピアノがあった!

下記は台所。いちおうテーブルを置くスペースがあったのでダイニングと呼ばれていたが、本当のダイニングルームがどんなものかを知っている私としては、単なる台所。それにしてもレンジがお粗末。こんなところで料理してたなんて母もよくやったものだ。確かうちは流しの左側に冷蔵庫が置いてあった。

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四畳半の方はこんな感じ。

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うちはこちらの部屋は子供部屋で私と妹が寝起きしていたが、私たちの勉強机が置いてあったので、本当に足の踏み場もないほど狭かった。

こんなところでよく家族四人が暮らせたなと思うかもしれないが、当時日本の住宅事情は非常にひどいものだった。両親が結婚したのは1958年。当時まだ法律事務所のインターンだった父は、母と二人で東京の三畳一間の下宿で暮らしていた。今では信じられないかもしれないが、三畳一間でトイレや台所は共同で風呂はついていなかった、そして翌年私が生まれてしまったので、この狭い猫の額みたいな三畳間で親子三人の暮らしとなったのである。

それで当時の政府は若い人たちが安い家賃で住める公団住宅の建設に力を入れた。上記のような2DKでもそれまでの暮らしよりはずっとまし。それで入居希望者が殺到したため、家賃の三倍以上の収入がある日本人という規定で、なんと抽選で入居者が選ばれた。我々は運よくその抽選に受かったのだが、父は申込用紙を届ける時に書類の記入を間違えて最初から列をならび直したのが幸いしたのかもしれないと何度も言っていた。

団地の生活は子供であった私たち姉妹には非常に快適だった。公団住宅は単なるアパートの集団ではなく、公園や市役所や託児所や銀行までも揃っていた。子供たちは安心して公園で遊べたし、あちこちにきれいな花が植えられていてきれいだった。


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数学は白人至上主義?

前にも選挙で投票する際に身分証明書を要求するのは容易に証明書を入手できない黒人への差別だと主張する人間がいる話はした。興味深いことにそういうことを言うのは当の黒人有権者たちではなく、黒人の知り合いなど多分一人もいないような左翼リベラル白人ばかり。はっきり言ってこんな決めつけは、黒人には身分証明書も碌に入手できない無能な人間が多いという非常に失礼な先入観ではないだろうか?

The phrase “the soft bigotry of low expectations” 「低い期待によるやんわりした差別」とは、2000年に時の大統領ジョージ・W・ブッシュが黒人生徒の教育レベルについて語った言葉だが、最近はとみに左翼リベラルによる「低い期待による差別主義」が公然とまかり通るようになった。一番酷いのは教育界で、大学入試の際に黒人は白人や東洋人より成績が低くても一定枠は合格できるアファーマティブアクションがいい例である。黒人はどうせ頭が悪いから最初から下駄を履かせてやるという特別扱いはまさに「低い期待による差別」である。

無論黒人は成績が悪くても大学に行かれるとなれば、必然的に小中高の時から黒人への期待は低まる。最近では数学は白人至上主義な思想なので、黒人が数学が出来ないのは当然だなどと言いだす「教育者」まで出てきている。数学にどのように白人至上主義が蔓延しているか、そしてそれをどのように是正するかという教師への教育ガイド(1_STRIDE1.pdf (equitablemath.org))を途中まで読んだが、あまりにもハチャメチャな内容で頭が痛くなった。(リンクが直接つながらない場合はブラウザにコピーして開けてください)

先ずは冒頭から「このガイドブックは教師たちが数学を教えるにあたり、彼らの行動や信念や価値観を見直すための道具である。」とはじまり、これによりいかにして数学に潜在する人種差別や白人至上主義を破壊していくかを教えるもので、これを通し、どのように反人種差別の基盤を作っていくかを教えるものだとしている。

正しい答えを出すことに焦点を当てすぎることは白人至上主義文化である。

数学の概念は純に客観的であるという考えは完全なる誤りであり、そのように教えることは誤りである。常に正しい答えと間違った答えがあると決めつけるのは客観主義を強制するものであり、衝突を恐れさせるものだ。

これに受けて常に答えは一つとは限らないので、問題を解くときには一人でやるのではなく、グループで色々な意見を出し合って決めろなどという部分もある。数式の答えを多数決では決められないのに、何を言ってるんだこいつらは?

またもう一つ、低い期待こそが人種差別だという考えは、努力しさえすれば成功できるという「誤った」考えを強調し、努力しても成功できない立場にいる人々への差別だというわけの分からない主張をする論文も読んだが、これもあまりのまとまりのなさに驚いた。ながったらしい文章を私なりにまとめるとするならば、『数学はもともと白人至上主義思想なので黒人が努力しても出来るようにはならない、にもかかわらずそれを黒人が努力すれば出来るようになるなどと教えるのは人種差別主義だ』と言っているように読める。どれだけ読んでみても数学がどのように白人至上主義なのかという説明は全くない。

はっきり言ってこれら二つの書物は全く読むに値しないクズである。明らかに自分らが数学が出来なかったことを正当化しようというくだらない言い訳である。こんなことを書いてる人間が自分らを学者だの教育者だの言えると言うこと自体、人種研究なんて学部がどれだけ無価値な、いや有害なものであるかがわかるというものだ。こんな奴らに数学はもとより学問を教えられる学生こそいい迷惑である。

アメリカの大学では理系専攻の学生は生物学部であろうと工学部であろうと微分積分レベルの数学は必須課目となっている。実際に将来そこまでの数学知識を使うかどうかは問題ではなく、その程度の数学を理解できない人間はそれぞれの分野で先へ進むことが困難になるからという考えからだ。私個人の考えを言わせてもらうならば、たとえ文系の人でも、特に哲学を学ぶ人は、この程度の数学は学んでおいた方が後でずっと楽である。

数学は物事の基本だ。ものを順序だてて論理的に語るには数学を取り入れることが一番簡単なのである。もちろん物事は一筋縄ではいかない。なにもかも答えが一つだけということはない。だからこそ、答えが一つだけという単純なモデル(数学)を使って基本的な理論を先ず理解することが大切なのだ。その基本があってこそ応用があるのだ。

そんなことも分からずにおかしな理屈をこねるのは、彼らがちゃんと数学を勉強してこなかった証拠である。


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テキサス州、未成年のホルモン治療を禁止

最近テキサスを含むいくつかの州でトランスジェンダーに関する新しい法案が提案されている。先日ツイッターでこんなビデオが回ってきた。ビデオには日本語字幕がついているので全部観たい人はそちらを参照のこと。最初の部分だけ文字起こしをしてみた。強調はカカシ。

ナレーション:トランスジェンダーの10歳の少女カイ・シャプリーが米テキサス州で提出された法案を痛烈に批判。同法案は子供の性適合のケアを受けさせる保護者を児童虐待で罰する。

「こんにちは、私の名前はケイ・シャプリ―、バレエと算数と科学が地質学が大好きです。開いた時間は猫やニワトリたちと過ごしたり、友達とフェイスタイムで話ます。いつかドーリー・パートンに会えるのを楽しみにしています。大人に正しい選択をお願いするのは好きではありません。

私は3~4歳の時から自分のことを説明しなければならなかった。テキサス州議員たちは私が幼稚園に入る前から私を攻撃してきました。私は今小学校4年生です。トランスジェンダーの若者を狙った法案を聞くと怒りを感じます。とても怖くてうちのめされそうになる。私のようなトランスジェンダーの子供を使って私の存在を嫌う人々から票をえようとする政治家がいるのは悲しいです。神が私を創りました。神はありのままの私を愛し過ちを犯しません。弱い者への接し方を気を付けるべきです。お願いだから話を聞いてください。そして自分を教育して皆を理解しようとしてください。

ママは私を守るためにすべてを尽くしてくれている。あなたたちが考えた新しい法案のせいで私たちはお互いを擁護しなければならない。あなたたちは素晴らしい母と素晴らしい看護師を危機に追い詰めている。ママは私と兄弟の世話をするために看護師免許が必要です。いじめはよくありません。やめてください。悪い選択はしないでください。まだ撤回できます。」

ケイ・シャプリ―ちゃんはまだ10歳だが、非常にはきはきとしていて顔も可愛いので、トランス活動などより子役でもやった方がいいのではないかと思うほどだ。彼が言ってることは周りの大人たちからの受け売りなので彼を責めるつもりは毛頭ない。この年ごろの子供は親を喜ばせたいと思うものだから、親の言いなりになっても仕方ないからだ。

テキサスの法律は「子供の性適合のケアを受けさせる保護者を児童虐待で罰する」法律ではなく、未成年に異性ホルモンや第二次性徴期を阻止するホルモン接種を投与してはならないというもので、保護者がそれをした場合には幼児虐待で罰せられるというもの。これらのホルモンは子供の正常な発育を阻止し生殖機能を失わせる恐ろしい薬物である。10歳のケイちゃんにはこれらの薬物が彼の身体にどれだけの悪影響を与えるか理解できないのは仕方ない。だからこそ周りの大人たちが子供にそんなものが与えられないように守ってやるべきなのであり、酷い副作用が解っている薬物をあえて子供に投与しようなどという大人は罰せられてしかるべきである。

何度も書いているように、幼児のトランスジェンダー妄想は思春期を超えると90%近い子供たちの脳裏から自然に消えてしまう。つまり第二次性徴こそが幼児性トランスジェンダーの特効薬なのだ。もし他の小児性の病気で90%の完治率のある治療が存在したら、責任ある親なら誰もが飛びつくはずだ。それをせずに、副作用が多大にあり、不可逆的で危険な薬物をあえて幼児に投与する親とはいったいどんな親なのだ?性同一障害の子供に一番必要なのは、自分の性などに拘らずに、先ず大人になることだけを考えるように両親が応援してあげることにある。それこそありのままの自分を受け入れなさいと教育すべきなのだ。

ところで上記のケイちゃんの証言には二つ問題点がある。まず3歳や4歳の子供が自分の性別について他人に説明する必要がどこにあるのだろうか?3歳や4歳の子供は自分の性別になど興味がない。どんな遊びを誰とするか、どんなお菓子が好きか、お弁当はなんだろう、程度のことしか考えてない。だいたいこの年齢では男の子や女の子のステレオタイプなど理解していないだろうから、たとえ男の子が女の子っぽい遊びを好んだとしても、だから自分は女の子ななんだなどと思う子はいないはずだ。周りの大人たちからの入知恵でもない限りは。

またケイちゃんは神は過ちを犯さないと言っているが、だとしたら神が自分を男の子として作ったことも過ちではないと考えるべきなのだが、そこはまだ10歳。この理屈の矛盾が理解できないようだ。

ともかくテキサス州がこのような法律を通してくれると言うのは非常に良いことである。子供は直に成長させてあげてほしい。親の勝手な思い込みで子供を虐待しないでもらいたい。


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なぜ犯罪者の命の方が被害者の命より大切なのか?

先日オハイオ州のコロンブスで16歳の黒人少女が警察官によって射殺されるという事件が起き、またまたBLMテロリスト達が暴力を扇動してコロンブス警察署の前で暴力的なデモが行われた。コロンブス警察は即座に警官のボディカメラがとらえた映像を発表。ビデオは非常に観にくいが、下記の写真がすべてを物語っていると思う。

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この16歳の「少女」の体重はなんと230ポンド!これは100キロを優に超える体重(104kg)で、うちのメタボ旦那のミスター苺よりずっと重たい。ま、それはいいとして、この少女はピンクのスエットスーツを着ている少女を刺す直前に射殺された。

これまでにBLMが暴動を起こしたすべての事件で、警察官が撃った容疑者はすべて凶悪犯罪者だった。凶悪犯罪者ということは彼らによって被害を受けた人々が存在するということだ。BLM活動家たちは殺された容疑者の話ばかりしているが、これらの容疑者らによって被害を受けた人々のことなど完全に忘れている。

もしこの警察官がこの少女を止めなかったら、ピンクの少女は殺されていたかもしれないのだ。射殺された少女の命の方が刺殺されたかもしれない少女の命よりも大事なのか?最近警官に殺されて話題になった黒人犯人について、なぜかメディアは彼らの犠牲になった被害者の話を全くしない。例えば、、

ジョージ・フロイド:女性の家に強盗に入り、女性の子供が観てる前で女性から金を奪った過去がある。事件当日も偽札でたばこを買おうをし、追及した店員を脅して警察に通報されていた。

ジェイコブ・ブレイク:家庭内暴力で裁判所から近づかないように言われていた元彼女の家に押し入り、元カノを性的に虐待した後に彼女のクレジットカードと車の鍵を奪い、子供二人を連れて逃げようとし、駆け付けた警官の指図に従わずに撃たれ半身不随になった男。警察官が撃たなければ子供二人はどうなっていたのだ?

ダンテ・ライト:デート相手の家に行き、女性の首を絞めピストルを使って脅して金品を奪った罪で逮捕状が出ていた男。警察に呼び止められて指示に従わなかったため、婦人警官がテイザーを使って取り押さえようとしたが、誤って射殺してしまった。

アメリカで犯罪者が逮捕されても、裁判で有罪になる可能性はかなり低い。警察も裁判所も面倒くさいことは嫌うので、たいていの場合は減刑されて元の罪よりずっと低い軽い罪にして禁固刑にすらならないことが多い。それでも何年か臭い飯を食った体験があるということは、よっぽど何度も犯罪を繰り返してきたか、かなりの凶悪犯罪を犯したかのどちらかか両方だろう。

なぜBLMはこんな奴らの肩ばかりもって、こいつらの犠牲になった被害者のことを無視するのだ?こいつらの被害者はほとんどが若い女性達。強姦された人もいれば、殴る蹴るの乱暴を受けた人もいる。そして彼女たちも黒人だ。黒人の命が大事だというなら、こいつらの犠牲になった黒人被害者たちの命は大切ではないのか?彼女たちの人権はどうでもいいのか?

コロンブスの事件に話を戻そう。ナイフで少女を刺そうとしていた16歳少女を射殺した警官を批判する人々に聞きたい。ではこの状況で警官は何をすべきだったというのだ?直接攻撃している少女を引き離すには遠すぎる。テイザーは外れる確率が非常に高い。腕や脚を撃つなどという芸当は外す可能性があるだけでなく、被害者の少女に当たってしまう可能性も高い。他にどんな方法で被害者の少女を救うことが出来たというのか、ちゃんと説明してほしい!

こうなったら黒人が暴れているという通報があったら、白人警察官は出動を避けるべきだろう。黒人の騒動は黒人警察官だけにやってもらえばいい。いや、こんなことが続くなら警察官なんかやってらんねえよ、という人たちが増えるだろう。警察の予算削減などしなくても、どんどん警察官が辞めてリクルートすら不可能になるだろう。それでいったい誰の命が一番危険にさらされると思うのか。

そ、その通り。黒人だ。


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リンチマブが勝ったジョージ・フロイド事件裁判

去年ミネアポリスでジョージ・フロイドという黒人男性の首根っこを膝で押さえつけて死に至らしめたとして殺人罪など三つの罪に問われていたデレク・シャービン元警察官に有罪判決が下った。実際にシャービン被告が有罪だったかどうかは別としてこれ以外の判決は予想できなかった。

去年BLM/ANTIFAがアメリカ中で暴れまくった暴動のきっかけになった事件でもあり、この裁判はメディアも活動家も非常な感心を持っていた。だが、メディアは完全にシャービン被告は有罪であるという姿勢を崩さず、偏見に満ちた報道をしていたため、これだけの注目を浴びた事件であったにも関わらず事件の真実を学んだ人は少なかった。検察側の最終弁論が行われている最中に、すでに暴徒らはミネアポリスに集まっていた。この裁判中に同じミネアポリスで、また別の黒人男性が女性警官に誤って殺されるという事件があり、ところどころで略奪が始まっていた。

そこへ人権屋のアル・シャープトンや民主党下院議員のマキシーン・ウォータースなどがやってきて、有罪以外の判決は認めない。もし無罪ならもっと激しく立ち向かう必要があるなどと暴動を扇動した。弁護側の証人の家と間違われて民家の玄関に豚の血が投げかけられたり、地元メディアが陪審員の住んでいる地域の名前を晒すなど、証人や陪審員を脅迫するような出来事があちこちで起きた。

この裁判は裁判を地元から別の地域に移さなかった時から結末が決まっていた。今の時代陪審員の身元を調べるなど簡単にできる。陪審員の誰かひとりでも被告は無罪だと言えば、その人物の家は焼かれ家族が危険にさらされることは火を見るよりも明らかで、いくら正しいことをしたいと思っていても、一生を棒に振るようなことを彼らに求めるのは酷というものだろう。それに、自分の身だけではなく、無罪判決やミストライアルになどなったら、町中がまた火の海になるかもしれない、気の毒でも被告には犠牲になってもらうしかない、そう思ったとしても私は彼らを責めることは出来ない。

だが、これは不正だ。これは悪だ。

どんな凶悪犯罪者であっても公正な裁判を受ける権利がある。検察側は100%疑いのない罪を証明しなければならない。もし彼らの説に少しでも疑わしい点があれば、陪審員は被告を無罪としなければならないのである。それが疑わしきは罰せずというアメリカの裁判の基本なのだ。そういう意味でシャービン被告の罪にはかなり疑惑が多かった。

裁判で明るみにでたReasonable doubt 合理的な疑問

日本でもアメリカでも被告は無罪を証明する義務はない。被告の有罪を完全に証明する義務は検察側にある。弁護側はその検察側の説の疑わしい点を指摘し、検察側は被告の罪を完全に証明していないとすればいいのである。この被告の罪には疑わしい点がある、というのを英語ではリーズナブルダウト、日本語では合理的な疑問という。私はこの裁判の中で、弁護側はこの合理的な疑問を提示したと考える。

1.ジョージ・フロイドの死因は他にあった可能性

ジョージ・フロイドはデレク・シャービンに首を押さえつけられて窒息死したとされていたが、検死の結果、彼の死因は薬物過剰摂取による中毒死であった可能性が指摘されている。フロイドは当日致死量の四倍のフェンタニルを接種しており、何もせずにいても数時間後には死んでいた可能性が大きいと弁護側の証人は証言している。フェンタニルを過剰に摂取すると呼吸困難を起こすが、フロイドは手錠をはめられてパトカーの後部座席に座らされた時から息ができないと訴えていたことから、シャービンに押さえつけられる前から薬の影響を受けていたことは確かである。もし、放っておいても数時間後には死んでいたのだとしたら、シャービンが押さえつけたことが死因であると断定することは難しい。

2.シャービンが押さえつけたのは首ではなく背中だった

メディアが何度も見せた9分強に渡るビデオは一方の角度だけで、シャービンがフロイドの首に膝を乗せているように見えたが、別の角度からの写真を見ると、実際は首ではなく背中に乗っているのが解る。これはミネアポリス警察で暴れる容疑者を押さえつける手段として普通に使われているやり方であり、これまでにも多くの容疑者がこの方法で制御されたが死者が出たことは一度もない。実際にトークショーホストのスティーブン・クラウダ―がこれと全く同じ方法で9分強シャービンと同じ体格のスタッフに押さえつけられるデモンストレーションをしたが、首や背中が後で多少痛かった程度で死に至るどころか怪我さえしなかった。このやり方で肺が圧迫されることはなく、容疑者が死に至ることは先ず考えられない。

私は裁判の生放送をずっと観ていたわけではないが、シャービンの有罪には、この二つの点だけでもすでに合理的な疑問があると思う。シャービン被告に落ち度があったとしたら、彼があまりにもフロイドに親切過ぎたという点だ。フロイドは自分は閉所恐怖症だとか息が出来ないとか大騒ぎしてパトカーに乗るのを嫌がった。シャービンはこの時点でフロイドを車の外に出したりせずに、そのまま車のドアを閉めてしまえばよかったのである。フロイドは大柄とはいえ後部座席には十分に空間があるし、第一犯罪者がパトカーの中で心地よいかどうかなど警官がそこまで思いやってやる必要はないのだ。逮捕されて心地よい人間など、どこにもいないのだから。

この事件は全くの無知か偏見に凝り固まっている人以外は、シャービン被告が有罪であるなどとは信じないだろう。だが、彼が有罪にならなければアメリカ中で暴動が起きる可能性を考えたら、これ以外の判決はあり得なかったのだろう。

ミネアポリスの現状は、アラバマ物語で、白人女性を強姦したとして裁判にかけられた黒人が、裁判で合理的疑問を提示されたにもかかわらず、裁判の結果を待つまでもなく被告の黒人男性をリンチしようと留置場に集まってきたリンチマブを思いだす。だが、このリンチマブは被告のみならず、裁判に関わった陪審員すらも許さないという形相だったのだ。

こんな状況で公正な裁判など行えるはずはなかったのだ。

それにしても、トランプ大統領が「平和的に行進しよう」と言ったことを暴力的革命を扇動したなどといって弾劾裁判まで行った民主党は、判決が有罪以外だったらもっと激しく抗議しようと、あからさまに暴力を煽ったマキシーン・ウォータースを罰する気はこれっぽちもないらしい。なんという世の中になったのだろう。


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女子スポーツにトランスジェンダーの未来はあるのか?

本日は女子スポーツにおけるトランスジェンダーの立ち位置についてワシントンポストの記事から読んでみたい。現在オリンピックでは、自称女の男子選手が女子スポーツに参加するためには、男性ホルモンであるテスタストロンの数値を女子と同程度に一年以上保ってきた男子に限るという規定がある。私は二次性徴期を超えた成人男子のテスタストロン数値などいくら低くしても女子と平等に競争など出来ないと考えているが、トランス活動家たちはその条件すらもトランス選手に対して不公平だという主張をしている。

先日国際女子スポーツデイに、1972年に女子スポーツの地位向上のためにタイトルIXという規則を設立した女性達が中心となって女子スポーツ方針研究会(the Women’s Sports Policy Working Group)が、どのようにトランス選手を女子競技に参加させるかという妥協案を提出した。その案とは、高校生以上の競技において男子が女子競技に参加するためにはテスタストロン数値を一定に一年以上保っている男子に限り、それが出来てないトランス選手は別枠の競技に参加すべきというもの。これは、男子はどんな場合でも女子競技には参加できないという意見と、トランス女は無条件で女子競技に参加すべきという二つの意見の妥協案として出された苦肉の策である。私から言わせれば、そんな妥協策は全く意味がないと思うが、それでもトランス活動家たちからは、この提案ですらトランスフォビックだという苦情が殺到している。

しかし活動家の一部はこの提案は良識あるものとしながらも、研究会の女性達はこの方針が何百というトランスジェンダー選手の人生にどのような影響を及ぼすか真剣に考えているのだろうかと疑問を提じていると言う。

ちょっと待った!それをいうなら全国各地の何万という女子選手にどのような影響を及ぼすかを考えるのが先決なのでは?私個人としてはこの研究会の妥協案はナンセンスだと思う。こんなことをしてみてもトランス活動家から女子スポーツを救うことは出来ない。活動家とは一歩でも妥協すればすべてを取られてしまう。

実は私は知らなかったのだが、2010年からすでに大学生の女子競技に男子が参加するためには前記の条件を満たす必要があった。しかし高校生選手はホルモン治療を未成年に施すのは健康に害があると言う理由で社会的に女子として暮らし始めれば女子競技に参加できるということになっていた。(信じられない!)つまり今回の妥協案は高校生でも成人男子と同じ規則を当てはめるべきだというものだ。

しかしこれらの規則は州によって施行の仕方がまちまちである。今現在、最近新しく加わった四つの州を含め12の州でトランス参加は全面的に禁じられている。九つの州で無方針、そして19の州で無制限となっている。無制限ということは男子が自分が女子だと言い張れば女子競技に参加できるという意味だ。10年も前からこんな状態だったのに、今まで特に問題になってこなかった理由は、トランス選手の数はごく僅かであり、参加者がいたとしても上位成績を上げる自称女の男子が居なかったせいだろう。

だが数年前、コネティカット州で二人の男子が女子競技で何種目も出一位二位を独占するという事態が生じ、この問題は一気に水面上に浮上した。そのうちの一人テリー・ミラーは男子として陸上競技に参加していた時は上位競技に参加できないほど成績の悪い三流選手だったが、2018年に女だとカムアウトした途端にコ州の5つの選手権で優勝。次の年には州内選手権四つ、ニューイングランド選手権で二つ優勝という快挙?を遂げた。このことで入賞を拒まれた三人の女子選手たちが州を相手取って訴訟を起こしたことは、拙ブログでも紹介した通りだ。

テキサスサウスウエスタン医学大学の心臓学専門ベンジャミン・レビーン教授によれば、第二次性徴期を通過した男子が女子よりも運動能力が優越であることは疑いのない事実だと語る。この時期男子は女子よりも背が伸び骨格や筋肉密度が増え心臓も大きくなる。ま、いまさら専門家にそんなことを言われなくても、思春期を過ぎた男性が肉体的に女性より優れていることは誰もが知っている常識だ。だからこそスポーツは男女に分かれているのだ。

さて、これに対して活動家がどのような反論をしているのか、ツイッターで井谷さんと言う人が要約してくれているので引用させてもらおう。「このトランス選手に関する記事は、色々重要な点を挙げている。あえて3点選ぶとすれば:テストステロンに関連する「身体的優位性」を強調する人は、」

  1. トランスの若者が日々経験する社会的不利性を考慮していない(スポーツはホルモンだけの勝負ではない)
  2. トランスの女子選手が活躍したことでシスジェンダー女子選手がスポーツ奨学金やスポーツする機会を失ったケースは報告されいない(逆にコネチカットで活躍したMillerもYearwoodも大学に進むためのスポーツ奨学金を得ていないし、二人とも高校卒業後は陸上もやめてしまった)。
  3. 肯定的なトランスケアについての研究は、医学的トランジションを始める前に、一定期間性自認に従った性別で社会的に生活することでメンタルヘルスの問題を大幅に軽減できること、その中で社会から性自認を否定されないことが重要であることを示している。

ところで別の研究で、成人した男子のテスタストロン分泌を下げてみても女性と平等に競争できるほど運動能力が衰えるという確固たる結論は出ていない。男性同士で競争した場合にはテスタストロンレベルが低くなれば明らかに不利ではあるが、女子と競争した場合はすでに二次性徴期で得た優位性を取り除くことは出来ないからだ。反対派はいみじくもスポーツはホルモンだけの勝負ではないと言っているが、今現在のホルモン分泌量が問題なのではなく、ホルモンが個人の成長にどのように役に立ってきたかが問題なのである。

さて、この三つの反論には大きな問題がある。

先ず第一に、トランス若者に関わらず、若者はそれぞれ家庭環境や経済環境など別々の環境に置かれている。家が裕福で通う学校には施設も整っており優秀なコーチもいる家庭もあれば、地方出身であるものは自分と運動靴のみという子供もいるだろう。オリンピックなどアフリカの荒野で走ってるだけの選手とエリート教育を受けた西欧の選手とが真っ向からぶつかり合って優勝したりしている。背景がどうあれ、能力のある選手が公平な場所で競争するのがスポーツのだいご味というものではないのか?そんなことまでが競争の考慮に入れられたらスポーツなんか何の意味もなくなる。

第二に、今のところトランス選手が女子の奨学金を奪ったケースはないというだけで、今後何の制限もなく男子が女子競技に参加できるとなれば、学力で大学に行かれない三流男子が女子として奨学金をもらって大学に行く可能性は出てくる。今がどうのこうのではなく、今後のことを考えるべきなのだ。

第三は、トランスケアと女子スポーツとどういう関係があるというのか、トランスジェンダーの精神治療などに女子スポーツが付き合わされる言われはない。どこか他所でやってもらいたい。

考えても見てほしい。トランスジェンダー活動家たちは二次性徴期を通過した男子をそのまま女子スポーツに参加させろと主張しているのだ。以前にアメリカのオリンピックサッカーチームが高校生男子チームに惨敗したという話がある。一流エリート選手を簡単に負かすことが出来る男子選手をそのまま女子と競争させることがどれほど不公平であるか、そんなことを今更議論しなければならないことの方が異常だ。

だから何度も言っている通り、トランス活動家との妥協などありえない。トランスジェンダーを女子スポーツに受け入れるのか入れないのか、答えは二つに一つしかないのだ。

本題はトランスジェンダースポーツの未来ではなく、女子スポーツの未来がどうなるのか、我々は選ばなければならないのだ。


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ありのままの自分でいいなら何故性別に拘るの?矛盾する性別拒否運動家の理屈

最近こんな記事を見つけた。FTM・ゲイのあるべき姿なんてない。髪型も服装も内面もぜんぶ自由でいい。彼女は幼い頃から女の子という枠には当てはまらない子だった。おもちゃは男の子ものがすきだった。男子に魅力は感じるものの、中身ではなく見かけの可愛さだけで評価されるのが嫌だった。女の子という着ぐるみを剥ぎたかったと言う。だからなに?こんなこと記事にする価値あるの?というのが私の感想。

先日もツイッターでこんなのも読んだ。

「なぜ、LGBTQ +の人たちの多くが”普通”という言葉を嫌うのか それは、これまで散々”普通”という固定概念に社会から縛られ、”異常”だと認識されることを恐れて生きてきたから。 “女の子なんだから” “普通はこうであるべきだよ” “変だよ” などと、くだらない普通という概念で傷つけられてきた。」水無瀬 新@arata_minase

この人たちに共通してる点は自分たちの体験が特別だと思い込んでいることだ。

確かに女性だからこうでなくてはならないとか、女性は容姿で判断してもよいといった偏見は女性に対し正当ではない。だがそうした偏見はLGBTQ+の人たちのみに向けられる偏見ではない。それ以上に社会が決めたステレオタイプに当てはまらないから自分はその属性に属さないのだという考え方のほうが、かえって社会が決めたステレオタイプを強化することになる。

私は思春期に自分が女性として成長していくことに違和感を持っていた。自分の身体は軟弱で情けないと思った。小学校の頃は同世代の子たちより背が高く肩幅も広かったので、よく男の子に間違えられた。そしてそのことに少なからぬ優越感を持っていたのに、思春期になったらどんどん女性の身体に変わっていくのが嫌だった。自我に目覚め始めた思春期では男の子に憧れるあまり、自分が男の子だったらよかったのにと思ったことは何度もあった。

この頃の私は自分が嫌いだった。女の子だからどうのこうのということではなく、自分には全く価値がないと思い始めていたのだ。大人になった今から思えば、自我に目覚めたばかりの子供に社会的価値などまだあるはずがない。そのことに気付ければよかったのだが、そこが子供。そこまではまだ考えが回らない。それでかなりの鬱状態になり、拒食症になって自殺願望が強まった。

しかし幸運なことに私が育ったのは昭和時代。いまみたいにLGBTなんておかしな概念に子供たちが犯されていない時代だ。そしてさらに幸運なことに私はかなり精神力があったらしく、年と共にそんな気持ちも薄れ健康な高校生へと成長した。もし私が今の時代に中学生だったら、どんな恐ろしい考えに感化されていたか考えただけでも恐ろしい。

ところで先のツイッターを書いた人はまだ高校2年生だとプロフィールに書かれていた。だから自分に起きてることが特別なんだと思い込んでもしかたない年齢かもしれない。だからこそよけいに変な考えにきを惑わされずに「普通でないからなんだって言うの?私は私よ、文句ある?」と言い返せるくらい強くなってほしい。そうすればトランスジェンダーになんかならなくても済むんだから。


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対東洋人暴力の加害者は圧倒的に黒人なのに白人至上主義がすべての反アジア人暴力の根源だと言える欺瞞

左翼人権屋の言い分は、最近目立つようになった対東洋人への暴力は、すべてトランプ大統領が武漢ウイルスのことをチャイナウイルスと呼んだのが原因で、しかも東洋人を虐待しているのは白人至上主義だという理論を繰り広げている。しかしそれをいうには都合の悪い真実がある。それは、東洋人を狙った暴力行為は2020年以前から起きており、しかもその加害者は圧倒的に黒人だということだ。

ジェニファー・ホーという名前からして多分ベトナム人女性の記者が書いたこのくだらない記事によると、それでも対東洋人暴力の根源はすべて白人至上主義にあると結論付ける。

この女性はコロラドボールダー大学の教授で東洋系アメリカ人研究会とでも訳すのかAssociation for Asian American Studies という組織の代表として去年の4月頃から東洋人への人種差別や暴力について研究してきたという。大学がスポンサーになりホー教授は色々なアンケート調査などを行ってきた。教授は黒人が東洋人女性や老人を突き飛ばすビデオは衝撃的であるとしながらも、東洋人への差別は白人によるものが主であり、しかもその根源は黒人差別と同じ白人至上主義だという結論に落ち着いたという。

ホー教授は白人至上主義という理念はアメリカにおいてすべてのシステムや組織に根強く行き渡っているもので、白人であることが人間であるということなのであり、白人ではないということは人間として劣っているという考えだと言う。アメリカ社会において東洋人を非人間として扱うのは白人至上主義から来るものであり、アジア人に偏見を持っているいないに関わらず黒人によるものではないと断言する。

ホー教授は武漢ウイルス蔓延中に東洋人への嫌がらせ事件は150%も増加したという。この病気を中国人のせいにする人たちにより、東洋人に見える人々が色々な嫌がらせを受けたと。武漢ウイルスが中国の武漢から来たことは確かだが、病気はアメリカに住む中国人のせいではない。ましてや中国以外の国出身の人やその子孫にはまるで関係がない。であるから東洋人への嫌がらせや暴力はお角違いなのだという意見には無論同意する。しかしそれと白人至上主義とどういう関係があるというのか?

ホー教授はさらにラテン系の男がテキサスでビルマ人家族を襲ったことも白人至上主義が原因だという。ちょっと待って、なんでラテン系の男の犯罪が白人至上主義と関係があるのだ?

教授の出した対東洋人への暴力はほぼすべてが非白人によるもので、かろうじて白人男性が東洋人女性に唾をかけたとか、東洋人女性が顔を殴られたという例を見つけ出してはきたものの、またもやアトランタの風俗店で起きた乱射事件で殺された8人中6人が東洋人だった例をもちだしてきて、東洋人への差別や主に白人によって行われていると断言する。

ホー教授はこの記事の最後の最後まで、白人至上主義こそがどのように東洋人差別につながっているのか、いや、それを言うなら警察官の手によって黒人容疑者が殺された場合においても、それが白人至上主義が根底にあるという根拠を何ら提示していない。

しかし私はこの記事を読んでいて気が付いたことがある。ホー教授は批判的人種理論(CRT)の熱狂的信者だということだ。CRT信者はすべての悪は白人によって引き起こされていると考えている。だから彼らは何がどのように白人至上主義なのかを説明するのではなく、先ず白人至上主義というものがあって、それこそが悪の根源なのだという大前提で話をするのだ。だから、東洋人を襲う率は黒人が一番高いもかかわらず*、白人至上主義が黒人に東洋人を襲わせているのだという不思議な解釈になるのである。

カカシ注:2018年の黒人による東洋人への犯罪統計では、東洋人が被害にあった182230件において加害者が黒人だった率が一番高くて28%、白人だった率は24%だった。アメリカの人口の62%が白人で黒人は12%ということを考えると、この率がいかに高いかが解る。

以前にも書いたように、サンフランシスコで2010年に起きた東洋人が被害者になった事件の85%が黒人の加害者によるものだったという現実がある。確かに武漢ウイルスによって東洋人がさらにヘイトクライムの対象になったというのは本当かもしれないが、それは誰かがウイルスをチャイナウイルスと呼んだとか、白人至上主義がひどくなったとかいうこととは全く関係がない。もともと東洋人に偏見を持っていた人々が(多くが黒人)東洋人に嫌がらせをする口実が増えたというだけに過ぎない。

こんな根拠のない理論を仮にも大学教授と言う人が発表するとは全く恥かしい限りである。東洋人は頭がいいというステレオタイプが一気に崩れてしまう。

付け足し(4/14/21):BLMのリーダーで、東洋人差別に対して東洋人と協力して戦うと言っていたジェイソン・ハムナーという男が去る三月に二回にわたって別々の東洋人女性を脅迫していた罪で逮捕された。去る3月16日、ハムナーは子連れの東洋人女性が運転する車を追いかけて、「このアジアンビッチ!車から降りろ」などと言いこぶしを振り上げたりして威嚇した。その数日後もハムナーは別の東洋人女性に同じようなことをしたという。どちらの事件も被害者がハムナーの行為を動画に撮っていたため、ハムナーと断定され逮捕された模様。


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トランプ支持企業を次々に潰しにかかる大手銀行、バイコットで反撃する保守派たち

今アメリカではトランプ大統領を応援していた企業や、保守派とされる中小企業が大手企業から多大なる虐待を受け倒産の危機にさらされている。及川幸久さんのこのビデオでもチェイス銀行から取引停止になったコーヒーショップチェーンの話が紹介されているが、今回は前々から起きている大手企業による保守派潰しとそれに反撃する保守派達の話をちょっとしてみたいと思う。

2020年、トランプ政権がまだ健在の頃、ゴヤフーズというキューバ系の食品会社の社長がトランプを応援するような発言をしたことがあった。それに怒った民主党過激派下院議員のアレクサンドリア・オカジオ・コーテズ(AOC)がゴヤフーズをボイコットしようと呼びかけたところ、保守派がゴヤフーズを守れと言ってかえって買い始めたため、かえってゴヤフーズの売り上げが10倍も上がり、同社のRobert Unanue社長はAOCに今月の優秀社員賞を与えるとツイートしたほどだ。このように不買運動ではなく買運動のことをボイコットにかけてバイコットと呼ぶ人たちも現れた。実は苺畑家ではすでにゴヤフーズのピラフや缶詰黒豆を買っていたので、いつもより余計に勝って応援した。

このボイコット運動はかえって逆効果となってしまったわけだが、しかし問題は一般消費者のボイコット程度では済まなくなっている。

及川さんのビデオで紹介されてるCovfefeコヴフィフィ)というコーヒーチェーンは突然としてクレジットカードの決算の契約をしていたチェイス銀行から取引を一方的に停止され、未決算の支払いもすべてキャンセルされるという酷い目にあった。コヴフィフィはこれまで五年間何の問題も起こしておらず、銀行から取引停止されるようなことは何もしていないという。それで同社の社長は自分たちのトランプ支持及び愛国心精神がチェイス銀行上層部の勘に触ったのではないかと話している。下記の左側の写真でも解るように、コヴフィフィのロゴは明らかにトランプ大統領をかたどったもの。

EXCLUSIVE: Pro-Trump Covfefe Coffee Sales Skyrocket Nearly 8,000% After They Were Canceled by Chase Bank

この話を聞いた保守派消費者たちは一斉にバイコットをはじめ、なんと同社の売り上げが80倍になってしまった

チェイス銀行と言えば、作家で映画製作者でもあるデニーシュ・デスーザも、彼の会社のクレジットカードが突然チェイス銀行からキャンセルされたという話をしていた。デスーザはチェイスとは何十年来の付き合いで口座のある支店長とも仲良し。一度も支払いを滞納したことはなく、これまで全く問題を起こしたことがない。にも拘わらず何の理由もなく突然取引を停止されてしまったのだ。デスーザは保守系作家であり映画製作者でもあり、ヒラリー批判やオバマ批判の映画を撮ってオバマ政権から選挙法違反という口実で実刑2年を食らうと言う虐待にあった人だ。その後トランプ支持を表明しトランプ大統領から恩赦を受けている。デスーザ曰く、自分のトランプ支持姿勢が災いしてチェイスからキャンセルされたのだろうと語っている。

保守派ポッドキャストやニュースサイトを観てるひとなら誰でも知っているマイピロ―のマイク・リンデル社長もバリバリのトランプ支持者。もともと麻薬中毒者から立ち直って企業し枕やシーツといった寝具を売って大成功した人だ。しかし先の選挙で不正行為があったとあちこちで発言したためか、あちこちの小売店から販売を拒否されてしまい、今はほぼオンライン販売のみになっているが、注文が殺到して郵送が間に合わなくなっているそうだ。

私は純粋な資本主義を信じる者として、民間企業が誰と商売をするかは彼らの自由であり政府がそれを法律で規制すべきではないという姿勢だ。しかし、それは民間企業が資本主義の基本に従って、誰と取引することが一番自社の利益につながるかという判断でしている限りはという条件付きだ。もしほぼインフラの一部となっている大企業が政府と結託して気に入らない中小企業を潰しにかかったとしたら、これはもはや自由競争とは言えない。自由競争のない資本主義などありえない。政府が企業と結託して勝者と敗者を決めるというなら、これはまさにファシズムである。

独裁政権が自由競争を嫌うのは、色々な中小企業が沢山あると政府による統括が困難になるからだ。特定の産業を一部の大企業が仕切っていれば国民の統括がやりやすい。「間違った」思想を持った国民は商売も出来ず銀行口座すら開けてもらえないとなれば生活していくことが出来なくなる。

先日よもぎねこさんなぜデルタやコカ・コーラや大リーグ野球がジョージ州の選挙法改正に反対したりするのかというお話をされており、コメンターのベヒモスさんがこれらの企業は”Virtue Signaling”をしているのだと説明していた。Virtueとは道徳観念と言った意味でSignalingとは合図という意味。つまり「自分たちが如何に崇高な道徳観念を持っているかという意思表示」をしているのだという意味。だが、よもさんもおっしゃっている通り、国民の70%以上が同意しているジョージアの改正法に抗議することで、いったいこれらの大企業は誰にシグナルを送っているのだろうか?

よもさんも指摘しているように、自由競争を尊重する企業であれば、トランプ政権の方がバイデン政権よりもずっと良かったはずだ。トランプは法人税を下げ、外国(特に中国)に進出していた企業をアメリカ国内に呼び返すことに成功した。トランプ政権下における景気は大繁盛。史上何十年ぶりという失業率の低下。企業ならバイデンよりトランプ政権を好むはずではないのか?それなのに何故大企業が一斉にトランプ個人やトランプの企業やトランプ支持起業を一斉に攻撃しはじめたのであろうか?

それは、大企業は今自分らの居る地位を永久的に守りたいからだ。自分らは自由主義のおかげで今の地位を築いたわけだが、いざトップに立ったとなると、ルールを変えて競争相手をことごとく蹴散らそうというのである。そのためには自分らと癒着してくれる政治家が必要なのだ。だがトランプはそういうゲームに付き合わない。大企業主の御曹司として何不自由なしに暮らせて行けたのに、あえて父親の援助なしで自分のブランドを築き上げたトランプは曲がったことが大嫌い。だから経済界の言いなりにもならないし、体制派の政治家たちともなあなあな関係にならない。トランプがリベラルからも保守派からも嫌われたのはそれが原因なのだ。

さて、トランプが政権を去りバイデンが政権を握った今、自由を愛するアメリカ人はいったいどうしたらいいのだろうか?このまま左翼大企業が政府と癒着してやりたい放題をするのを指をくわえて見ているしかないのか?

いやそうではあるまい。ゴヤフーズやコヴフィフィやマイピロ―の件でも解るように、アメリカにはまだまだ購買力のある保守派市民がいくらでもいる。我々が左翼独裁政権下で生き延びようというのであればコヴフィフィのスポークスマンが言っているように、左翼や大企業に支配されない独立した経済体制を作る必要がある。

言論の自由を守ろうとして潰されかかったパーラーの件でも解るように、我々保守派は基盤となるインフラを自分たちの手で作り上げなければならない。もう他人が作った基盤の上で安心して座っているわけにはいないのだ。そのことに多くの保守派が気づき始めている。


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