#KuToo女性の職場からハイヒール強制を排除できるか?

三月は就活だったこともあり、今まで学生生活でパンプスや革靴を履いたことのなかった若者が、突然固い靴を履いて歩きまわる機会が増えた。そこで突然気が付いたのがパンプスや革靴は慣れてないと靴擦れしたり、ひどい時は足首捻挫なんてことになる。そこで突如起きたのが職場からハイヒールや革靴を排除しようじゃないかという運動。題してハッシュタグKuToo。これは「靴」+「苦痛」+MeTooから来てる。うまくかけたものだ。

ハイヒールは現代の纏足だという人まで現れ、パンプスはミソジニーだとか、なぜか靴の話題がフェミニストの政治論争にまで展開しているというのが日本らしい。興味深いのは、この運動が日本のメディアではあまり取り上げられて居ないのに、海外メディアからは結構注目されているということだ。未だにハイヒールを女子職員に要求する職場なんて日本くらいしかないということなのだろうか?

在米生活30余年の私は、最初にこの話をツイッターで見た時に、何故女性たちがハイヒールにこだわるのか不思議だった。今日びパンプスでもローヒールやフラットでおしゃれでプロフェッショナルなものがいくらもある。別に履き心地の悪いハイヒールなど履かなくてもそういうものを履けばいいじゃないかと思ったからだ。私と同じように「嫌なら履かなきゃいいじゃない」と述べているのはほぼ皆海外在住の女性たちだった。つまり我々外国住まいは日本のオフィスレイディースたちに課せられる厳しい掟を理解できていないということらしい。

日本のことは解らないが、アメリカについてのみ言わせてもらうならば、アメリカの職場からハイヒール強制がなくなったのは1980年代のことだと思う。無論職場にもよるが、アメリカでも1970年代くらいまでは服装規制をしていたところは結構ある。以前に私が勤めていた証券会社で1970年年代のドレスコードを誰かが発見し、それを女子社員たちで回し読みして呆れたことがある。記憶にあるのだけ羅列してみると、、、

  1. 濡れた髪で出勤しないこと。
  2. 化粧をしてくること。
  3. ストッキングをはいてくること。
  4. ヒールのあるパンプスもしくはストラップ付のサンダルを着用すること。
  5. パンツスーツは厳禁。

70年代の頃はミニスカートはすでに普通だったのでミニスカートはよくてもズボンは駄目だったというのも男性が作ったらしい規則に思える。言うまでもないが、私が勤めていた1990年代にはこんな規則はすでになかった。とはいうものの、別に強制力はなかったとはいえ、証券会社という職場上、ドレスコードについては暗黙の了解があり、上記の規則はごく自然に守られていた。唯一の例外はパンツスーツが普通に受け入れられるようになったことくらいだ。

90年代当時のことを色々思い出していたのだが、当時私はダンタウンロサンゼルスのビジネス街で大手証券会社に勤めていた。オフィスのあった高層ビルの一階はコーヒースタンドや新聞雑誌などのキオスクと並んで靴修理の店や靴磨きのイスが並んでいた。ヒールのかかとはすぐに減るので、私の靴は常に修理屋に預けてあり、4~5足あったパンプスを回し履きしていた覚えがある。需要も多かったので修理代もすごく安かった。確か一ヒール$3.00くらいだった。

その風潮が変わったのは、徒歩が多いニューヨークのマンハッタンで勤める女性たちの間で、スニーカーを履いて出勤しオフィスについてからパンプスに履き替えるという人が増えた1980年代後半頃からだろう。その後は男性のスニーカー出勤も見られるようになった。

最近パンプスや革靴を履く人がめっきり減ったなと実感するのは、靴修理の店や靴磨きがめっきり減ったことだ。昨日久しぶりにパンプスのかかとを直しに修理屋に行ったら、二足で$34.00と言われてびっくりした。安い靴なら一足買える値段。安くて履き心地のいい靴が結構売ってる昨今、わざわざ直して履くなんて人は減ったのだろうな。

カジュアルな恰好で出勤する人が増えたのはいいと言えばいいのだが、昔かたぎの人間にとってはちょっと気になることもある。例えば、職場にタンクトップにミニスカートにつっかけサンダルという女子社員が現れた場合、先輩の女子社員がやたらに「あなたその恰好なんとかならない?」と注意するとパワハラだと言われかねないし、男性上司が何か言ったらセクハラだとか言われそうだ。

さて、日本の話に戻すと、私はこの#KuToo運動は成功すると思う。なぜかというと、昨今の日本企業はポリコレ迎合が甚だしいからだ。LGBT許容とかでやたら気を使っている企業のイメージからして、女性の人権を守るためだとか、男女平等だとか言って訴えれば意外に簡単にひっくり返る規制だと思う。

ただし、ここで忘れてはいけないのは、女性のなかにもハイヒールを好む人が結構いるということ。実は日本にはハイヒール協会なるものがあり、ハイヒールをいかに美しく履きこなすかに人生をかけてる人たちが結構いる。ハイヒールは必ずしも男性から女性に押し付けられたものではないのだ。格言う私も、別に強制などされていないが気が向いたらパンプスを履いている。

職場でハイヒールが強制された時代から、突如ハイヒール禁止の時代にならないようにくれぐれも気を付けていただきたいものだ。


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戸籍上の性別の意味をなくさせようとするトランスジェンダーの陰謀

世界の人権屋、Human Rights Watch(HRW)が日本のトランスジェンダーに関する戸籍の法律に異議を申し立てた。性適合手術を受けたもので20歳未満の子供がおらず医者に性同一性障害と診断されたもののみ戸籍変更が許されるという日本の法律は不必要で危険な不妊手術を強制するものであり、人権を脅かすものというのが理由。このHRWって団体はパレスチナ紛争でも全面的にイスラエルを悪者にしている極左翼の団体で、彼らの言い分など聞く価値はないのだが、こういう奴らにそそのかされた日本のトランスジェンダーが揃って日本政府相手に訴訟を起こしたが棄却された。HRWの公式サイトからこの話を読んでみよう。題して、高すぎるハードル:日本の法律上の性別認定制度におけるトランスジェンダーへの人権侵害。彼らの言い分をまとめてみると、

法律上の性別の認定を受ける条件として医療的介入を課すことは、日本が負う人権上の義務に違反するとともに、国際的な医学基準にも逆行するものである。

1.請求者に対し、非婚かつ20歳未満の子がおらず、精神科医から「性同一性障害」という診断を受けた上で、断種手術を課していが、これは、トランスジェンダーのアイデンティティは精神医学的な状態であるという時代遅れで侮辱的な考え方に基づいている。

2.法律上の性別認定を望むトランスジェンダーの人びとに対して、相当な時間と費用を要する、侵襲性の高い不可逆的な医療処置を義務づけている。

3.日本政府は、自らの性自認(ジェンダー・アイデンティティ)の法律上の認定を求めるトランスジェンダーの人びとに対する断種(生殖腺除去)手術の強制を止めるべきである。

最初から戸籍の性別は医学的な性別以外は認めないとしておけばよかったものを、なまじ人情に惑わされて例外など作ってしまうからこういうことになる。左翼の要求は一度だけでは済まされない。一歩譲れは100歩譲れと要求される。譲ったところが次の交渉の出発点となるからだ。

まず、性同一性障害は精神的疾患(GID)ではないという理屈。こういうことはやたらに言わない方がいい。なぜならGIDが病気でないなら、それにかかわる「治療」も必要ではないということになる。必要な治療でないなら「 侵襲性の高い不可逆的な医療処置 」への医療保険の適用も必要ない。ましてや未成年へのホルモン投与など言語道断だということになる。だが、トランスジェンダーは性適合手術(SRS)に保険を適用せよとうるさく言ってきたのではないか?

戸籍を変えたい人に対して日本政府が相当な時間と費用のかかる危険な処置を要求しているというが、戸籍を変えようというからには本人にもそれなりの覚悟が必要なはず。特に「不可逆的」という云い方には笑ってしまう。一般人は生まれた時から同じ性で一生を通すわけだが、トランスジェンダーの方々は気分によって男になったり女になったり出来ると考えているのか? 戸籍を変えようというからには、一度決めたことは押し通すつもりでいてくれなければ困る。一旦男になると決めたの、子供を生める可能性だけは残しておきたいというのは身勝手すぎるだろう。

だいたい、子供を産みたいと思うのは女性として究極な本能だ。その本能すら克服できない人間が自分は男だなどとよくも言えたものである。乳房を取って髭を生やせば男になれると思ってる馬鹿女。化粧してハイヒール履けば女になれると思ってる偽女たち。こんな奴らの言うことを聞いて日本の戸籍制度を変えたらどうなる?

日本で戸籍上の性別を変えるのはハードルが高すぎるというのが彼らの主張だが、ではいったいどこまでハードルを下げれば人権侵害にならないと言えるのだろう? 上記の言い分から私なりに認めてみると、、

  1. 医者の診断書を必要としない- GIDは精神病ではないので医者による診断は必要ない。
  2. 性適合手術は必要としない ー 高額で危険で不可逆的な手術を強制するのは人権侵害。
  3. 長期にわたり異性として生活する必要はない - SRSを受ける条件として二年間異性として暮らす必要があるがSRSが不必要な以上、これも必然的に不必要になる。

さて、上記の項目を考えてみると、ではいったい戸籍上の性別を変えるためにはどのような条件を満たす必要があるのだろうか?

健康体に危害を与えるという意味では何もSRSだけではない。女性の場合男性に見せるために乳房を除去する人もいるが、これも考えてみれば非常に野蛮な行為である。また、異性ホルモン投与は体に非常な悪影響を与える。以前にも紹介したMtFの男性も女性ホルモン投与の副作用で多々の病気に悩まされていると語っている。

また長期にわたって異性として生きる必要もないとなると、本日まで男だった人が明日から戸籍上女になれるという不思議な状況が生じる。となると、もう戸籍上の性別など全く意味がないということになる。つまり戸籍そのものの意味が失われるということなのだ!

この訴訟によって明らかになったことは、ペニスを持った自称女が女湯に入ってくる危険はないと言っていた遠藤まめこみたいな人間たちが、いかに嘘つきであったかということだ。異性器をもったままの人たちの戸籍が簡単に変えられるというのなら、ペニスを持った自称女の女湯入室くらい朝飯前だろう。「私は戸籍上も女なんだから」と正々堂々と入ってこれる。

私はトランスジェンダーについて知れば知るほど彼らに対する敵意が強まる。彼らは人権だあ、差別だあ、と騒ぐが、彼らが求めているのは彼らが統率する独裁社会なのである。彼らは我々自由人の自由を奪い、既存の伝統を破壊し、嘘を真実として無理やりまかり通させようとするのだ。

我々は彼らのこの陰謀にひっかかってはならない。彼らの攻撃に屈してはならない。例外はひとつでも作ったら終わりだ。同性婚に関しても、日本の一般の人々がそれに早く気付いてくれることを切に願う。


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日本人はレイディースファーストとフェミニズムを混同している?

前回紹介した「なぜ日本人は席を譲らない?」についての感想をネット仲間(私が勝手にそう思ってる)のよもぎねこさんも同じオプエドについて全く違う反応を示していた。よもぎねこさんのブログエントリーを読んで日本ではレイディースファーストについてかなりの誤解があるのではないかと考えた。

よもぎねこさんだけではないが、日本の方々がレイディースファーストに抵抗を持つのは、それが必ずフェミニズムと結びつけて考えられるからではないだろうか。この際なのではっきり言っておくが、レイディースファーストとフェミニズムは同じではない。いや、それどころかこの二つは全くもって相反する思想であり、アメリカのフェミニストたちは往々にしてレイディースファーストを拒絶してきたのである。

もし日本のフェミニストたちが欧米ではやってるからというだけでレイディースファーストを取り入れようなどと考えているのだとしたら、その根底にある思想も解らずにただ欧米の習慣を妄信しているだけだというよもぎねこさんのおっしゃる通りだろう。

尤も連中が馬鹿フェミなのも、そもそも現在の馬鹿フェミ理論が、西欧の受け売りだからでしょう。だから男女の能力に差がない事を前提に男女平等を求めながら、「女性は男性に守られて当然」と言うレディーファーストの理論が完全に矛盾する事を理解できないのです。 つまり最初から物事を論理で考えているわけではないのです。

まさしくその通り。アメリカのフェミニストたちはその矛盾に気づいたため、ひと昔前のフェミニストたちは、男性からドアを開けてもらったりすると「私はフェミニストよ、ドアくらい自分で開けられます!」と怒ったものである。

日本でアメリカの文化について誤解が生じるのは、日本に入ってくるアメリカの政治的思想は往々にして左翼リベラルの思想なので、アメリカ全体がそうなのだろうかと勘違いしてしまうせいだろう。よもぎねこさんは、欧米に騎士道という考えがあって、それに従った礼儀作法があることくらいは知ってますとおっしゃっている。これは先のオプエドを書いた渡邊裕子さんが日本人は騎士道について知らないと書いていたことへの反論だ。もちろん私も日本人が西洋の騎士道について無知だとは思っていない。しかしながら騎士道は騎士のみならず女性にも求められる非常に保守的な礼儀作法なのだということを日本の皆さまはご存知なのだろうか。

だいたい騎士道などというものは男女の役割がはっきり分かれていた左翼フェミニストたちが心から嫌がる父系社会の賜物だ。しかも、西洋で騎士が存在していた12世紀頃の上流社会のしきたりだ。よって、そういう古臭い伝統を守っているのはアメリカでも保守的な人が断然多い。それで自分を革新派だなどと自負している左翼リベラルや、ましてや過激派フェミニストたちが支持しているわけはないのである。

日本の、特に日本の伝統を守りたい保守派の皆さまが西洋のレイディースファーストに抵抗を持つのは、西洋の悪い左翼的な考えばかり持ち込む日本の馬鹿フェミどもが欧米でやってるから日本でもやるべきと喚いているからなのではないだろうか? だとしたらそれは大変な誤解だ。

レイディースファーストはフェミニズムとも左翼リベラルとも無関係だ。今の西洋におけるレイディースファーストは、単に西洋の人々がユダヤ・キリスト教の教えに基づいて隣人への愛を表現しているにすぎない。それが日本社会に合うかどうかは日本人が決めることだが、男女問わず回りの人々に暖かい手を差し伸べることは決して悪いことじゃない。


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レイディースファーストと文明社会の関係

日本人はなぜ席を譲らない?」というニューヨーク在住の 渡邊裕子(わたなべ・ゆうこ)さんというビジネスコンサルタントのオプエドを読んで、かなり共感することがあった。実はツイッターでこの記事を批判的にツイートしている人がいて、どうせまたニューヨークリベラルの出羽守さんによる日本批判なんだろうと思って読んでみたら、全く内容が違っていたので読者諸氏と共に考えてみたいと思う。

渡邊女史は仕事の関係でよく日本へアメリカの同僚と共に出張で来るそうだ。その度に、欧米の男性は妊婦やお年寄りにすぐに反射的に席を譲るのに対し、日本の男性は若者でも優先席にのさばっていたり、重たい荷物を持っていても持ってもらったことはなく、かえってもたもたしていると「もたもたしてんじゃねーよ」などと言われると語る。そんなことをいうくらいなら手伝ってよ、と思ったというが、全く私もそう思う。

さて、面白いのは、渡邊女史がこの話をツイッターでしたところ、多くの男性から抗議の声があがったという。なんで女性ばっかり優先しなきゃならないんだ、男女平等なのに女性をかばえというのはおかしくいないか、日本はニューヨークより犯罪がすくない、などなど。

私がした座席についての指摘を「日本とアメリカ(あるいは東京とニューヨーク)とどっちが優れているか」という比較にすり替え、「だから日本の勝ち」と結論づけようとしているところだ。私は日本が悪い国だとも、アメリカが完璧だとも言っていない。日本はいいところがいっぱいある国だし、アメリカだってそうだ。そしていずれも完璧ではない。でもある種の人々には、日本のある側面を批判されただけで全否定されたように聞こえてしまうのかもしれない。

それと彼女が指摘しているように、レイディースファーストという概念に抵抗がある日本人男性が非常に多いということだ。私もツイッターで、どうしてもレイディースファーストが嫌だという人に出会ったことがある。私は女性はか弱いのだから守ってあげようという男性的な本能はないのか、と聞くと、家族ならともかく、赤の他人に女性だというだけで優しくしてやる義理はないと言われた。

日本人がレイディースファーストを理解できないのは、そんな概念を知らないからというのは本当だ。日本人は親切で色々やさしくしてくれるし、おもてなし精神も高い。だが西洋的礼儀作法は昔から教育されていなければとっさにでるものではない。

アメリカでは男女問わず、他人のためにドアを開けてあげるというのはごく自然だ。自分が先にドアを開けた場合には後ろを振り向いて後ろの人ためにドアを開けておくというのは普通だ。エレベーターなどで女子供を先に降ろすというのも普通だ。日本でこれをやると皆おろおろして戸惑うことが多い。

だがいったいこれはどういう精神から始まったのだろうか?

私は出羽守になって日本もアメリカの礼儀作法に見習うべきだなどとお説教をする気はない。だが、レイディースファーストをする国々が何故か先進国ばかりだという点には注目する価値がある。

昔、たしかバーナード・ルイス著のWhat Went Wrong?という著書のなかで、19世紀だかにイスラム圏の王子がイギリスに留学した際、イギリスの紳士がやたらと淑女たちに敬意を表することに驚いたという記載を読んだ覚えがある。イギリス紳士は乗馬中に淑女たちの馬に遭遇すると必ず道を譲り帽子を傾けて挨拶する。食卓などで淑女が立ち上がると紳士らは一斉に立ち上がるなど、男尊女卑を極めたイスラム圏諸国では見たことのない光景だった。当時のイギリスは全世界に植民地を持つ大帝国であった。明らかに男性が権力を持つこの大帝国において、何故男性たちはこのように女性を大事にするのだろうか。イスラム王子にはこれは非常な謎であった。これがいわゆる西洋社会の騎士道というものだ。

なぜか女性を大切にする社会は文明が発達する。男尊女卑の最たるものであるアラブ諸国やアフリカなどが未だに発展途上国なのも、比較的女性の地位が低いアジア諸国がまだまだ西洋諸国においつけないのも、もしかすると男尊女卑が原因なのでは?

しかしそうだとするならば、日本はレイディースファーストなんて西洋の真似をしなくても十分文明社会だ、とおっしゃる方もいるだろう。しかし日本社会は西洋とは違うやり方で女性の人権を尊重しているのではないだろうか。

例えばアメリカの家庭で女性が財布の口を握っているというのはあまり聞いたことがない。旦那さんが働いて、女性が家計を握って旦那さんにおこづかいをあげるなんて、アメリカ人男性にいったら飛び上がるほど驚くだろう。(苺畑家でもミスター苺が家計のきりもりをしてるから)。

私はグローバル化のために日本人男性だけにレイディースファーストを押し付ける気は毛頭ない。これは男性だけの問題ではないからだ。渡邊女史も指摘しているが、日本人女性は他人に何かしてもらうことに慣れてない。

去年日本に帰省した時、女友達のためにドアを開けているのに、彼女はまごまごして中にはいらない。それどころかドアを開けてる私に向かって「どうぞお先に」とまで言った。ドアを開けてる人にそれを言っても意味がない。それで私はこの人は他人にドアを開けてもらったことがないんだなと悟ったのである。

また、同じく去年、駅の構内で気持ち悪そうに柱につかまっている初老の女性が居た。周りの人は彼女を無視して通り過ぎて行った。私はすぐに彼女に「大丈夫ですか」と声をかけたが、「ちょっとめまいがしてしまって、こうしていれば良くなりますから」と申し訳なさそうに言う。私は駅員さんを呼んで助けてあげて欲しいと言った。こういう時に遠慮は不必要だ。

レイディースファーストは、決して女性への特別扱いでもなければ日本文化に対する攻撃や批判の道具でもない。単に回りの人たちへの気遣いや思いやりだ。日本が本当の意味でのおもてなし国家なら、行儀の悪い外国人観光客のために行きすぎな配慮をするより、(公共施設でのハングルや中国語の表示などといった)ごく自然に出来る他人への思いやりから始めてはどうか。

日本人は十分に親切な民族なのだから、その自己アピールを簡単に出来るところから始めても決して損はないと思う。


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トランスジェンダー狂いから社会を救えるのは勇敢なる女子スポーツ選手たち

トランスジェンダーに関して、先ずは良いニュースから。イギリスのフェアプレイフォーウィメンという女性団体の働きが功を無し、イギリスの刑務所においてトランスジェンダー偽女たちを専門の収容所に移すことが決まった。おめでとう!

イギリスはアメリカよりもトランスジェンダー活動が過激なので、女性たちの反応もそれ相応に激しいものとなる。そんななかで、イギリスの女子運動選手たちが次々にトランス女の女子競技参加に関するオリンピックの規則を変えるべきだと運動を起こし始めた。

先日もテニス界の女王マティーナ・ナブラチロワがこの件でトランス女性の女子スポーツ参加は「ずる」だとして話題を醸し出したが、今度は水泳銀メダリストのシャロン・デイビースと陸上金メダリストのケリー・ホルムズらが次々にトランス女のオリンピック参加に異論を唱え始めた。特にデイビースはフェアプレイフォーウィメンと組んでオリンピック委員会にトランス参加の規則を変えさせようと働きかけている。

例によって偽女のマッキノンはデイビースやホルムズにSNSで罵倒を繰り返し、それでは飽き足らずホルムズのスポンサー一つ一つに連絡を取ってホルムズのスポンサーを辞めるように要求した。これはマッキノンの常套手段。以前にもマッキノンは自転車世界選手権で金メダルを取り、三位になったジェニファー・ワーグナーが不公平だとツイートすると、奴は仲間とつるんでSNSで彼女をさんざんいじめた。それに耐えきれずワーグナーは泣く泣くツイッター上で謝罪に追い込まれた。 マティーナも奴の執拗な嫌がらせに「ずる」という言葉使いは適切ではなかったと謝罪を余儀なくされたほどだ。

しかし、デイビースもホルムズもマッキノンの威圧に負けず、真っ向から立ち向かっている。(フレ~!)著名な女子スポーツ選手が声をあげてこの問題に立ち向かってくれると、若い女子選手たちも心強いだろう。ただ、発言しているのは引退した選手ばかりで現役選手で抗議している人は居ない。それというのも、少しでもトランスジェンダーを批判すればトランスフォビックと言って叩かれ、競技参加も危ぶまれるからだ。オリンピックではないが、プロの男子MMA選手がトランス女の女子MMA参加に関して批判して謹慎処分を受けた例もあるので、現役選手はやたらなことが言えないのである。

しかし私はこのスポーツがきっかけとなって、このトランスジェンダーマッドネス(狂い)が終焉を迎えるのではないかと思っている。スポーツほど男女の差が出るものはない。ホルモン投与をしただけの男を女子競技に参加させるなど気違い沙汰だ。そう指摘すると攻撃されるのも気違い沙汰だ。この狂った状態から社会を救えるのは勇敢なる女子スポーツ選手たちなのかもしれない。


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米民主党の明らかな反ユダヤ主義

先日、米民主党はそのあからさまな反ユダヤ主義を披露してくれた。先ずは下記の記事参照。

【3月9日 AFP】ドナルド・トランプ米大統領は8日、民主党が連邦下院で、ムスリム(イスラム教徒)の女性議員による反ユダヤ的と思われる発言を非難する代わりにヘイトスピーチ全般に反対する決議を可決させたとして、同党は「反イスラエル」「反ユダヤ」だと批判した。
 民主党のイルハン・オマル氏は、両親と共にソマリアの内戦を逃れてミネソタ州に移住し、昨年の中間選挙でイスラム教徒の女性初の連邦議員となった。同氏は、これまでにイスラエルをたびたび糾弾し、ワシントンの親イスラエル派の有力なロビー団体が米政治に影響力を振るっていると批判し、激しい論争を呼んでいた。


 オマル氏は民主党が強いミネソタ州ミネアポリスで、全米初のムスリム議員となった前任者キース・エリソン氏を引き継ぐ形で下院議席を獲得した。オマル氏は8歳の時に両親と共にソマリアの内戦を逃れて、ケニアの難民キャンプで4年間過ごした。一家は1997年、すでに多くのソマリア人が在住していたミネソタ州に移住した。


 同氏の発言については、多くの民主党議員も反ユダヤ主義的で不適切と見なしていた。しかし、それに対して革新派の人々から否定的な声が上がり、下院での決議は、イスラム教徒や他のマイノリティーの人々に対する差別全般を糾弾する内容に改められ、議会ではここ数日、他国に対する米国の忠誠心や、ユダヤ人に対する差別的発言というデリケートな問題について激しい討論が行われてきた。


 今回の論争から明らかになったのは、民主党議員の顔触れが民族的ルーツや宗教、ジェンダー、年齢、イデオロギーの面で多様化が進んだ分、党にとっては新たな課題が生まれたことだ。その一つに対イスラエル政策がある。


 トランプ氏は2020年の再選を目指し、共和党も昨年の中間選挙で失った下院多数の奪還を狙っている。そうした中での民主党のぶれをトランプ氏はすかさず新たな攻撃材料として活用。
「下院の昨日の決議は恥ずべきものだ」「民主党は反イスラエル党になってしまった。反ユダヤ党だ」と、ホワイトハウスで民主党を批判するコメントを発表した。

Omar議員のカタカナ表記がオマルってのは彼女にピッタリの名前だ。喜んで使わさせてもらおう。トランプ大統領の言う通り、この決議は全く無意味なだけでなく、米民主党がいかに反ユダヤ主義に権力を奪われてしまったかを如実に表すものだ。

ほんの先月まで、ナンシー・ペロシ下院議長は、オマル議員の反ユダヤ主義発言に断固たる制裁を加えると息巻いていた。下記は今年2月12日付けのブルームバーグの記事。

オマル議員は(2019年2月)10日夜のツイッターでのメッセージで、米国の対イスラエル政策は資金とAIPACの影響を受けているとの見方を示唆した。オマル氏は以前にもイスラエル政府を批判していた。

これを受けペロシ下院議長ら民主党下院指導部は11日の声明で、「オマル下院議員による反ユダヤ主義的発言と、イスラエルの支持者についての偏見を抱かせる批判はひどく侮辱的だ。こうした発言をわれわれは非難すると同時に、オマル議員にこうした中傷的発言について即刻謝罪を求める」と述べていた。

それが即刻謝罪を求めるどころか、今回の決議は当のオマル議員の名前がないどころか、反ユダヤ主義の糾弾ではなく、ヘイトスピーチ全体への批判という訳の解らないものとなってしまった。民主党の反ユダヤ勢力はそんなに強力なのか?ペロシ議長は自分のたかが議員一年生のオマルに謝罪すら強制できないのか?

聡明な読者諸氏はよくご存知のように、アメリカのユダヤ系は圧倒的に民主党支持だ。下院にも上院にもユダヤ系議員は多く居る。前回の大統領選で民主党の有力候補に挙がったバーニー・サンダースもユダヤ系だし、現上院議員民主党リーダーのチャック・シューマーもニューヨーク出身のユダヤ系だ。カリフォルニアの大御所上院議員のダイアン・ファインスタインもユダヤ系。

にもかかわらず、下院が明らかに反ユダヤ主義の決議を通すというのはどういう意味があるのだろうか?

ついこの間まで、アメリカにおいて「アンタイセメティズム」(反ユダヤ主義)で責められるのは最大の侮辱であった。これは単なるレイシズムやセクシズムより重たい響きがあったのである。しかしユダヤ人嫌いの人間はいくらでも居る。それでそういう差別意識を持っている人は、それを隠すために「私は反ユダヤなのではない、反イスラエルなだけだ。」と言い訳をする人が多い。だが、ユダヤ人の国であるイスラエルという独立国の存在を否定するということは、反ユダヤ主義以外の何物でもない。

しかし、オマル議員の反ユダヤ発言はナチスの言葉使いを思わせる悪質なもので、単なるイスラエル批判などという云い訳が通じるものではない。BTSのナチス制服事件で日本でも名前が知れ渡ったユダヤ人権団体のサイモン・ウンゼンサル・センター(SWC)もかんかんに怒っている

当然のことながら、ユダヤ系の民主党議員や民主党支持市民はどうするのかという疑問が生まれる。自分らがホロコースト体験者の子孫であることを無視して反ユダヤ主義のイスラム議員が仕切る民主党の方針に従うのだろうか?


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昔も今もあんまり変わらないホームステイの問題点

時々ユーチューブで北米やオーストラリア・ニュージーランドに留学した人たちがホームステイ体験談をアップしているのを見ることがある。無論成功談もあれば失敗談もあるわけだが、色々観ていて私が何十年も前に体験したことと大差ないなあと感慨にふけってしまった。

ホームステイと一口に言っても、私の頃のホームステイと今とでは形式が違う。簡単に言うならば、今のホームステイは下宿、昔のホームステイは住み込みの使用人。今ホームステイと呼ばれるシステムは、一般家庭の一部屋を借りて家賃と食費を払う形。私の頃は家賃や食費は払わない代わりに、簡単な家事や子守といった労働力を提供するものだった。

どちらの形が良いとは言わないが、学生たちの体験は、ホストファミリーがどういう動機で学生を受け入れているかで雲泥の差が出てくるようだ。

多くの学生が寮生活やアパートなどではなくホームステイを選ぶ理由は、言葉も未熟だし年も若いので保護者的な立場になってくれるホストファミリーと暮らした方が自分も実家の親も安心だというのがある。また、地元の家庭で暮らせば地元の生活習慣や言葉や文化を学べるという利点がある。私なぞは一年もアメリカ人家族と一緒に暮らせば英語なんてペラペラになって帰国できると甘い考えを持っていた。

現在の形のホームステイは下宿形式なので、ホストファミリーがビジネスとして下宿を経営していると考えていた場合どうなるのか、その問題点を挙げてみよう。

1.家族との交流がない

ホストファミリーが学生を単なる下宿人だと考えていたとしたら、特に家族の一員のような扱いをする必要はない。家族ではないから一緒に食事をとることもないし、子供たちが学生と遊ぶといったこともない。結局学生は自分の部屋に閉じこもり、外国に住んでいるのに一般家庭の習慣を学ぶこともなく、言葉を学ぶこともない。何人かの学生が言っていたが、何か自分は食事の時だけエサを与えられている飼われた動物のような気がしたという。

2.食事が粗末になる

下宿という商売をしているとなると、大家さんは経費を節約するために下宿人の食費を切り詰めるようになる。家族ではステーキだのなんだのを食べていても、下宿人には冷凍のブリート一つとか、ひどいのになると腐りかけた残飯みたいなものが出て来たと一人の学生は言っていた。これじゃあペットよりひどい扱いだ。余談だが我が父が学生の頃食事つきの下宿をしていたが、そこでも夕飯のメニューがひどすぎてしょっちゅう大家さんに苦情を言っていたと父は語っていた。

3.やたらハウスメートが多い

下宿が商売なら下宿人が多いほうがいい。それでやたら多くの学生を色々な国から受け入れたりするので、学生同士の間でも人間関係で揉める可能性がある。文化や習慣の違い過ぎる学生が何人も一軒に集まるのは良いことではない。ましてやその誰もがまだ地元の文化にさえ慣れていないのに。

ホームステイで失敗しない方法

1.あらかじめ自分の期待とホストファミリーの期待が合っているか確かめる

先ず自分が何故ホームステイを選んだのかをきちんと考える必要がある。単に住む場所があって食事が出てくるという下宿に住みたいだけなら、かえって大家さんやその家族との交流などない方がいい。部屋がきれいで食事がきちんと出てきさせすればいい。その反対に、地元家庭との交流を通じて地元文化や言葉を学びたいと思っているのであれば、ホストファミリーに求めることも違うはず。そういう学生は食事を家族と一緒にすることが出来るのか、家族とはどのように接することが出来るのか、他にハウスメートが何人いるのか、あらかじめホストファミリーに確かめておくべきだろう。高校生くらいの若い人の場合は保護者としてエージェンシーの人に一緒について行ってもらうことをお勧めする。子供だけだと思うと馬鹿にされる可能性があるからだ。

2.友達やネットなどで情報交換をする

ひどい扱いを受けた学生たちの一番の問題は、自分がひどい扱いを受けているということに中々気が付かないことだ。外国の習慣も何もわからないから、もしかしたらこっちの人はこういうことが普通なのかもしれないと考えて我慢してしまう。特に日本人はおとなしいので馬鹿にされる可能性は大きい。

だんだん慣れてきて、他のホームステイをしてる友達などと情報交換をし、モノの値段なども解るようになってくると、自分がいかに粗末な扱いをされ、劣悪な食事を出されているかに気が付く。どうもおかしいと思ってエージェンシーに連絡しても我慢しろの一点張り。全く取り付く島もなというのは私の頃と全く変わらない。

ただ昔と違って今は情報時代。ネットなどでホームステイをした人達の体験談を色々聞くことが出来るので、自分の状況が普通なのかそれ以下なのかはわかるはず。おかしいと思ったら遠慮せずにエージェンシーに連絡を取り、家を変えてもらうことをお勧めする。

3.苦情ははっきり述べる

なにかしら疑問に思ったら、つたない英語でもいいからはっきり苦情を言うべきだ。外国では以心伝心などというものはありえない。苦情はしっかり言わなければ伝わらない。家賃も食費も払っているなら、言ってみれば学生はお客様だ。だったらそれなりの扱いをしてもらって当然。自分は食費は一食1000円くらいは払っている、それならこの程度の質のものを出してもらいたい、とはっきり言ったほうが良い。

それにこれは私の経験からだが、おとなしく何でも我慢している日本人はアメリカなどの国では薄気味悪いと思われる。感情は大げさなくらい表現した方がいい。それでだめなら他の家に変えてもらうしかない。お金を払ってるんだったらそのくらい強気でいいと思う。

なんにしても準備が大切

私もそうだったのだが、若い人が留学したいと思う時、その願望だけが先走ってきちんとした下調べをしていかないことが一番問題だ。何か疑問があっても、それが弊害になって外国へ行かれなくなってしまうのが怖くて無視してしまう。気持ちは解るが落ち着いてきちんと準備を進めた方がいい。繰り返すが、最近はユーチューブなどでホームステイ体験談を発信している人が多く居るので、そういう人の失敗談に耳を傾け自分はそれを繰り返さないように気を付けよう。

高校留学はお勧めできない

私が一番お勧めできないのは高校留学。言葉を学ぶなら若い方がいいと思うかもしれないがそうでもない。高校時代からアメリカに住んでいるという人たちの英語を聞いていると、中学生くらいまでにネイティブとしての能力を身に付けていなければ、後は16歳で始めても20歳で初めても英語習得にはそれほど変わりはないということに気づく。

北米に比べて日本の高校教育はレベルが高い。この時期に一般教育を日本で受けておかないと日本人としての教養が身に付かないまま外国暮らしをすることになる。普通に高校に行くだけでも大変なのに、さらに言葉を学びながら高校レベルの授業を受けるのは至難の業だ。基礎的な教育は母国語で受けておいたほうがいい。また、アメリカの高校に行きながら日本の大学をめざすという受験勉強は先ず無理だろう。となると必然的に大学も北米で進学するということになるが、本人も両親もその覚悟は出来ているのだろうか?

それに前にも書いた通り、高校生のような若い子が赤の他人の家で、しかも外国人の家で暮らすというのは問題だ。ま、留学をしようなどという子はしっかりしているから非行に走るなどということはないとしても、子供だと思ってホストファミリーがいい加減に扱う可能性は大いにある。保護者が傍にいないので余計にそうなる可能性が高い。

色々問題点ばかりを挙げてきたが、決して私は留学するなとかホームステイをするなとか言ってるわけではない。冒険は若いころにしておいた方がいい。留学したいとか海外生活したいと思う人はどんどん外に出て体験してみるべきだろう。

私が言いたいのは、何をするにしても、先ず下調べをしっかりしておくこと、その先のこともしっかり考えておくこと。それだけだ。


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Lを犠牲にして過激派Tのアジェンダを押し続けるLGBT団体の男尊女卑

前回お話したマティーナ・ナブラチロワによる女性自認男たちによる女子競技反対コラムについて、色々検索していたら色々な情報が見つかった。先ずマティーナはこの件に関して去年の12月頃から色々な人達と議論を重ねていたらしい。しかし事情をきちんと理解できないうちに意見を述べるのは適切ではないと判断したマティーナは、色々自分なりに勉強した結果やはりトランスは女子競技に属さないと結論を下した。

マティーナ曰く:

この議論を最も基本的に言うならば、何のスポーツにしてもその組織が決めたホルモン摂取さえすれば男性が女性となり優勝を総なめして賞金稼ぎをした後、そう望みさえすれば男にもどって子供を作ることが出来るということだ。こんなことは気違い沙汰だしずるである。私はトランスジェンダー女性が好むどのような呼び方もするつもりだが、彼女らと競争するつもりはない。これは全くもって不公平だ。

マティーナのコラムを読むまで知らなかったのだが、今現在アメリカなどで女子スポーツに参加しているトランス「女性」のほとんどは、単にホルモン摂取を受けているだけで性転換手術を受けていないペニス持ちの男たちなのだ。コネチカット州の高校陸上競技で次々に記録更新している二人のトランスなどはホルモン治療すら受けていない自認のみの男子生徒だという。スポーツ奨学金で大学入学までかかっている選手権でこれはひどい。何故かスポーツ界ではトランスによる横暴に屈する組織が多すぎる。

トランスによる横暴と言えば、その代表ともいえるのが、前回も紹介したレイチェル・マッキノンという女装男。彼がマティーナに充てて書いたオプエドを読んだが、それこそ上から目線というか人を見下した書き方だ。マッキノンは先日もツイッターで、自分がトランスフォブによって攻撃されるのは、自分は教養もありトランスジェンダーについて科学的な証拠をもとに論理だった議論が出来るからだ。自分はトランスフォブにとっては最大の悪夢なのだ、がははははは~、みたいなことを書いていた。だが実際に彼の書いたものを読んでいると、単に他人をトランスフォブと呼ぶ以外の議論などしていない。マッキノンのコラムは先日のマティーナのオプエド以前、去年の暮にマティーナがツイッターで書いた下記に対する返答だ。

単に自分は女性だと唱えただけで女子と競争していいわけがない。何かしらの基準というものがあるはずで、ペニスを持ったまま女子と競技するのはその基準に外れる、、、 - マティーナ曰く

まったくもって常識的なこのツイートに激怒したのがマッキノンは「ペニスと運動神経とは何の関係もない」と書く

ペニスと運動神経とは全く何の関係もない。性器はテニスボールを打ったり、自転車をこいだり槍を投げたりするのに何の意味もなさない。それを認め国際オリンピック委員会は2015年11月にその規則を変え、性器手術を必要とする項目を削除した。

ナブラチロワは何年も前にトランス女性に対して不必要で不公平とされた時代遅れの規則を支持しているのだ。

哲学博士でしかも認識論という何をもってして真実を知ることが出来るのか、という学問専門だと常に自慢している割には、合法と正義の区別もつかないというのはどういうことだろう。

「 認識論:認識、知識や真理の性質・起源・範囲(人が理解できる限界など)について考察する、哲学の一部門である。 … 日本語の「認識論」は独語の訳語であり、日本ではヒト・人間を考慮した場合を主に扱う。ウィキより」

オリンピック委員会はトランス活動家の圧力に屈服しただけのことであり、委員会が認めているからそれでいいでは議論になっていない。マティーナはそういう規則に問題があると言っているのであり、それは変えられるべきだと言っているのだ。

もっともマッキノンの言うことにも一理ある。運動神経はペニスのあるなしだけで決まるのではない。男は往々にして骨格が大きく、したがって背も高く肩幅も広く足も長い。心臓も大きく血液の循環が女性よりも能率的。筋肉の密度も高く、テニスや自転車競技に有利な瞬発力や握力も女性より圧倒的に高い。肌も厚く怪我をしにくい。こうしたことを考慮に入れれば、トランスが去勢していようとしていまいと医学的男性が女子競技に参加することがどれほど不公平かが解る。自分は科学に基づいた議論をしていると威張るマッキノンはそうした科学的事実は完全無視し、男性ホルモン濃度が特定の基準を超えていなければいいという非科学的な規則を支持している。(参考: ナショナルレビュー

ペニスを持ったトランス女性を「本当の」女ではないとして扱うのは、まさしくトランスフォビアだ。トランス女性が単に自分は女だと発表すればそれで女になれるという間違った説を支持するのもトランスフォビアだ。法律的に女性と認識されるのは難しく複雑であり、(どこに住んでいるかによって)時として全く不可能でもある。

さらにマッキノンはご丁寧にもマティーナ及びトランスフォビア全体に向けて、他人からトランスフォビアな発言をしたと指摘されたら場合どう振る舞うべきかという命令、基、助言をしてくれている。

  1. 人々が注目するようなひどいことをしたと素直に認めること。
  2. 心を込めて謝ること。公共の場で犯した罪は謝罪も公共の場ですること。
  3. 傷つけるような内容は削除すること。
  4. 今後行動を改め、実行に移すこと

マッキノンだけではないが、トランス活動家はやたらに他人に命令するのが好きなようだ。他でトランスのアライ(味方)になりたかったら絶対にしてはいけないことという項目を見つけたが、そのなかでも面白かったのは、トランスに性器の手術をしたかどうかとかホルモン治療を受けているかどうか聞いてはいけない、トランスの性嗜好を決めつけてはいけないという二つ。ちょっと待った!手術どころかホルモン治療も受けておらず(受ける気もない)、自分は女だと言いながら、医学的な女と付き合いたいなら、単なる女装変態男じゃないか!

日本でも去勢手術をせずに法律上の女と認めろという運動があるが、それだったら法律上の性別など何の意味もないことになる。それがまかり通るというなら、自分で女だと名乗りさえすれば女になれるというマティーナの発言は全く正しいではないか?

マッキノンにしろ他のトランス活動家にしろ、いったいあんたら何様のつもりだ?と聞きたい。いったいどんな権限をもってして我々にいちいち指図するのだ?嘘を真実として捻じ曲げ、我々に真実と認めろと強制する。私はその独裁的なやり方が大嫌いである。

さて、マティーナのオプエドがもとで、長年彼女が役員を務めて来たアスレーツアーライというLGBT団体から追放されてしまったという話はしたが、最近のLGBT団体はトランスの人権ばかり気にかけてLGB特にLであるレズビアンを迫害しているという話は最近よく聞くようになった。イギリスでもストーンウォールというLGBT団体の幹部やメンバーたちがそのトランス迎合姿勢のため続々脱退しているという

イギリスのLGBT団体ストーンウォールの幹部ルース・ハントは先日同団体がLGの権利を無視してトランス人権にばかり力を入れていると批判して辞任した。 同団体の大型献金者で報道官でもある二人のメンバーも団体から脱退すると発表した。多くの人気テレビ番組を手掛けているモーリーン・チャドウィックと彼女のパートナー、キャス・ゴッツ( Kath Gotts )は「ルース・ハントは正しい。ストーンウォールは私たちの権利を守るチャンピオンではなくなってしまった。」二人は同団体はトランスの目的のためだけに動いていると強く批判している。

アメリカにしろイギリスにしろ欧米のLGBT団体はすでに女装男たちによって乗っ取られ完全な男尊女卑の団体と化している。バリバリ左翼団体が行きつくところは常に女子供を犠牲とした独裁主義である。


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