両親の揃った家庭の子供は教育レベルが高い

ここ数日、10年くらい前の日本のドキュメンタリー番組を観ていたら、10代でぐれた青少年を立ち直らせるカウンセリングをしている男性の話があった。興味があったので彼の扱ったいくつかのエピソードを観てみたが、どの子たちにも共通していたのが父親像の欠落だった。母子家庭などで実際に父親が居ない場合も、両親揃ってはいるが、父親が子育てに無関心な場合も結果は同じ。男の子が尊敬して見本に出来るような男性が傍に居ないと男の子は不安定になる。無論母子家庭に育った子供がすべてぐれると言っているわけではない。ただ、父母という両親が揃った家庭で育つことが子供にとっては理想なのは間違いない。

父親像が欠落するという意味ではレズビアン結婚も同じ問題を抱えているので、同性カップルによる子育ては問題である。また2012年の拙ブログでも紹介したように、男性同性カップルの子供たちは、父親のパートナーが3年以上一緒にいたケースがほとんどないということもあって、なかなか子供が安定した家庭に育つというのは難しいようだ。

それでは、両親が揃っている家庭とそうでない家庭では、子供たちの教育にどのような違いがあるのだろうか。族構成と子供の教育というサイトを見つけたので読んでみた。

学校の成績の違い

驚いたのは、結婚している実の両親と一緒に暮らしている子供たちの学校での成績がそうでない子供たちよりも断然良いという結論。2006年のアメリカの調査だが、高校生で通知表の平均点1から5までの平均値が2.9点と一番高かったのは結婚している実の両親と暮らしている子供たちだった。その後に続くのが、結婚している継母や継父と暮らしている子供たち、実の両親だが親が同棲しているだけの家庭、離婚して片親だけの家庭の子供たちは2.6。未婚の片親のみ、もしくは片親が同棲している相手と暮らしている場合は2.5点だった。


また、1997年の調査でも同じような結果が出ている。通知表でほぼA(5)ばかりという子供たちの28%は両親が揃った家庭に育っていた。それに次ぐのが両親が同棲している家庭で21%、離婚して片親になった家庭18%、 実親と継親が結婚している家庭15%、結婚していない片親の同棲パートナーとの家庭では11%、未婚片親の家庭は9%となっている。

大学進学に関しても学士取得した36%が両親が結婚している家庭出身。続いて両親が同棲している家庭で20%、離婚して片親の家庭で17%、実親が継親と結婚している家庭で16%、未婚の片親で8%、実親とその同棲パートナーの家庭で7%という結果が出ている。大学を卒業するしないに関しては両親が結婚している家庭が断然有利である。

興味深いのは実の両親が揃っていても、彼らが結婚しているか内縁の関係にあるかで子供たちの学力に影響が出るということだ。やはりパートナーとの暮らしにけじめをつけられない親は、こどもの教育にも熱心になれないのかもしれない。

学校での態度の違い

小学校一年生の場合、 母親が結婚している家庭の子供は未婚の母や同棲のみの母親の居る家庭の子供たちよりも往々にして行儀がよく、教師に反抗したり、他の生徒に乱暴したりすることが少ない。

思春期になると、両親が結婚している家庭に比べて、片親だけ及び実親と再婚相手との家庭の子供たちの方が祖業不良で停学や退学処分になる率が高い。両親が結婚している家庭は子供の教育に熱心で宿題なども言われなくてもやるように教育している。

片親とその再婚相手や継兄弟などと暮らしている子供たちは実の両親や兄弟と暮らしている子供たちよりも勉学に対する熱意が低い。離婚した家庭や両親が同棲している家庭は無断欠席やサボりが多くなる。 片親と再婚相手との家庭の子や、片親のみの家庭は、実の両親や兄弟と暮らす子供たちの3倍も学校を中退する傾向がある。これは家庭の経済状態を考慮にいれても変わりがない。

結婚している実の両親と暮らす子供たちの85%が高校を卒業するのに対し、片親のみは67.2%、再婚家族は65.4%、両親と暮らしていない生徒になると51.9%。大学受験も結婚してる家庭は69%で、そうでない家庭の60%よりもずっと高い。また別の調査では結婚している母親の子供たちはそうでない子に比べて二倍以上の割で高校を卒業するという結果も出ている。

経済面の影響

無論両親が結婚している場合は、共稼ぎのところも多いだろうし、経済面でも恵まれ、環境の良い場所に住んでいる可能性も高いので、子供たちの教育レベルも高いということはあるかもしれない。だが、もしそれだけなら、実親が再婚した場合も同じことが言えるはずだが、何故か継親の場合は実親の場合とは結果が異なる。いくら再婚相手が継子に対して実子のようにふるまおうとしても、やはり実子に対する熱意よりも薄れる傾向があるのかもしれない。

子供のために離婚は避けよう!

最近は日本でも結構簡単に離婚をしたり、未婚の母になったりする人が居る。昔は聞かなかったシングルマザーなどという言葉が今は普通に聞かれるようになった。女性が自立して不幸せな結婚にいつまでもしがみつく必要がなくなったという点ではよかったのかもしれないが、両親の身勝手で片親をなくす子供たちのことも、もう少し真剣に考えてもらいたい。

私の母はよく、「離婚したいと思ったことは何度もあった。でもあんたたちのために我慢した。」と言っていた。こう思ったのは多分母だけではあるまい。父もかなり我慢していたはずである。でも子供の教育のために離婚は良くないと思いとどまってくれた両親に私は深く感謝している。

両親が揃っていない子供がすべてグレるとか、成績が落ちると言っているわけではない。上記の統計でもわかるように両親と暮らしていない(施設もしくは里親)子供ですら51.6%がきちんと高校を卒業している。親がなくても子は育つというが、頭のいい子ならそれでも大丈夫なのだろう。だがその反面、両親の居ない半分の子供たちは落ちこぼれてしまうとも言える。

多々の調査を見る限り、子供の教育には結婚している実親と暮らすことが理想である。


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ヒッチハイクしてアメリカ横断を試みた15歳の無謀さ

先日からツイッターで日本人の15歳(中学生)の少年が一人でヒッチハイクしながらアメリカ横断を試みているという話がバズっていた。クレジットカードもキャッシュカードも持っていないので現金10万円を持ち歩いているなどとツイッターで自慢げに話していたらしく、外国暮らしの人が多い私のネット仲間たちの間では、「無謀すぎる」「危険だ」「殺される」など批判と心配の声が上がっていた。しかし、初めて数日後に警察に保護され帰国となった模様。まあ一応一安心といったところか。

彼の話が出て、ツイッター界隈ではアメリカが如何に危険な場所かという話が続々出ていたが、アメリカ在住の私としてはかなり怪しげな話も出ており、おいおい、そこまで危険じゃないよ、と言いたくなった。アメリカでなくても危険ななところもあれば安全なところもある。問題なのはよそ者にはどこが危険でどこが安全かが解らないことだ。

ツイッターでも話したが、私の回りで起きた昔の事件を思い出した。もう30年近く前の話だが、日本から来た新婚の夫婦が、「地球の歩き方」なる本を参考に、ロサンゼルスのグレイハウンドバスの駅からリトル東京まで歩いていく途中、強盗に襲われて現金などを奪われた。不幸中の幸いというか、旦那が鼻をへし折られたくらいで済み、新妻は無傷だった。もっとひどいことになる可能性はあったので、このくらいで済んで本当によかった。

日本の方々はご存知ないが、グレイハウンドバスターミナルのあるところは現地の人なら良く知っている非常に治安の悪い場所。また、リトル東京も日本人が多いからと言って油断は出来ない。日本村の回りはホームレスがたむろするおっかないところが沢山あるのだ。

当時はすでにツアー旅行に飽きた日本人が個人で旅行することが流行っており、色々なガイドブックに誘われてのこのこやってくる日本人が色々ひどい目にあっていた。ガイドブックを書く人もかなり無責任だなと現地の我々は思ったものである。

さて、 外国の怖さが解らないという愚か者は何も日本人だけとは限らない。 世間知らずでナイーブな馬鹿が身の程知らずのことをやって悲劇的な最期を遂げた例は欧米でもいくらもある。 この間もカナダのカップルが世界平和を証明しようとイラクへサイクリングの旅に出かけてすぐ殺されたなんて事件があったばかり。

もうひとつ思い出したのは1996年に本当にあった話。高校を卒業したばかりのアメリカ青年がアラスカの森林で冒険したいと全く基礎知識も持たずに一人で行って餓死するという事件があった。これは後にInto the wildという本になり、後に映画化もされているので興味ある人は観てみるといい。近所でよく狩猟などをしている現地の人に言わせると、周りには食用の植物もたくさんあり、食べられる獲物もいくらでも居たので、餓死をするような場所ではなかったということだった。しかし植物の知識もなく、狩りの仕方も知らない野外生活をしたことのない人間にはアラスカの原野は厳しい場所だ。知らないということは本当に恐ろしい。

2~3年前に私の友人(スイス系アメリカ人)の息子がイギリスに留学することになり、その前にベルギーのブルッセルに寄って観光すると言って一人で出かけるという話をしていた。私が「ブルッセルは危ないよ、行かない方がいい。」と警告すると友人は「え?なにが?大丈夫だよ、うちの子ドイツ語もフランス語も話せるから」とかとぼけたことを言っていかせてしまった。その一週間後にブルッセル空港爆破テロ発生。すぐに友人に電話して「○○ちゃん大丈夫だった?」と聞いたところ、父親は涼しい顔で「あ、うちの子は二日前にあの空港を通り過ぎてたから大丈夫だったよ。」などと言ってる。あと二日ずれてたら殺されてたかもしれないという危機感ゼロ。まったくこの親にしてこの子ありだと呆れてしまった。

この15歳少年の親も言葉も解らない外国に子供を一人で行かせるなんて無責任にもほどがある。世の中には危険が一杯ある。そうと知ってて出かけていくならまだしも、何もしらずに、よって何の準備もせずに、出かけていくは本当に危険だ。よい子の皆さんには絶対真似をしないように是非お願いしたい。

親も気を付けろ!


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「同性婚合法化は結婚制度破壊の第一歩」という動機を全く隠さない日本の活動家たち

日本で同性婚推進者の同棲カップル何組かが同時に日本政府を相手取って同性婚禁止は人権侵害であり違憲だと言って訴訟を起こした。彼らの言い分は欧米の活動家たちが繰り返したスローガンと全く同じ「同性婚が認められると、あなたにどんな不利益がありますか」というもの。不利益なんてごちゃまんとあるよ。といいたいところだが、私たち反対派が言うまでもなく、なんと日本の活動家たちは同性婚は単に結婚制度破壊のための踏み台に過ぎないと認めてしまっている。この人などはいい例。

また、私と何回か同性婚についてやり取りしたリッキーマン(@kokunusu)という人も、私の「結婚は大人の男女一人づつのみと定義された特権です。誰でも好き勝手に色々な形で結ばれていいと言う制度ではありません。 」という発言に対して、「 その特権は色々な人に渡されるべきです。あなたがそう考えるのは自由ですが、陳腐な言い回しですが、他人にそれを押し付けないで頂きたい。」と答えている。つまり、結婚が特定の形のみで認められる特権であるという定義を否定し、結婚はどんな形でも許されるべきであり、一夫多妻だろうと近親婚だろうと認められるべきだという考えを隠しもしない。 彼らの目的が既存の結婚制度の破壊にあると認めて憚(はば)からないのだ。

これだけ正直に語ってくれると、同性婚は結婚制度破壊につながるから反対だと言ってきた私たちは非常に助かる。同性愛者当事者の方々の多くもこうした活動家による同性婚推進にはかなり猜疑心を持っておられる。ひょんなことからツイッターで私をブロックした故ジャックさんは(亡くなる前に仲直りしたかったのに残念)、ゲイ当事者だったが同性婚には反対だった。


たとえばLGBT活動家たちは、「日本で同性婚の実現を!」と熱心に叫んでいますが、日本で事実上、同性婚の代替手段になっている同性の成人間の養子縁組については触れようとしません。 (略)


養子縁組によって親子になれば、遺産相続の問題とか、病気になったときの面会権とか、活動家たちが主張する同性婚ができないことによる問題を殆どクリアできます。

そのため、本当に同性カップルの幸せと権利の獲得を望むのであれば、「こういう選択肢もありますよ」と養子縁組制度を紹介しても構わないと思うのですが、活動家たちは、頑なにそれを拒んでいます。

なぜでしょうか? (略)


国に同性婚を認めさせることは、現行の家族制度を破壊するきっかけになるけど、養子縁組制度は、現行の家族制度に組み込まれているために家族制度の破壊にはつながらない。だから養子縁組を提案してもしかたない、と考えているのではないでしょうか。

この次に同性婚推進者に「どんな不利益がありますか」と聞かれたら、「同性婚の合法化は結婚制度の破壊につながるからだ、君たちもそれが目的だとすでに認めているからだ」と答えてあげよう。


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いかにしてトランスの身勝手が味方(アライ)であるはずのフェミニストを敵(ターフ)に回してしまったのか

前々から拙ブログでもトランスを名乗る女装男たちによるレズビアンやフェミニストへの攻撃について書いてきたが、いかにしてトランスの身勝手が味方であるフェミニズムを敵に回したか、という内容のエッセーを見つけたので、そのまま訳してみた。著者はOlivia Broustraで強姦の被害を受けた体験があるという。

ちょっと長くて何度も同じことを繰り返している感はあるが、まあ、それだけ彼女は怒っているということなんだろう。英語版の元記事はすでにトランスの圧力で削除されてしまったようなのでリンクはアーカイブから。

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よく出来ました。

あんたたちはトランス女性に配慮するあまり、奴らを女子刑務所に送り込むことに成功した。強姦魔を女子刑務所に送り込んでもいいってことにしたんだよ。あんたたちは女たちが強姦魔に強姦されるまで嫌がらせされるのを許したんだよ。 それをいいってことにしたのさ。なぜってトランスが承認されることの方がずっと重要だったからさ。

よく出来ました。

あんたたちは女性の避難所から二人の女たちを追い出した。彼女たちが健康体の(ペニスと睾丸がついた)男が女だけの安全地域に入ってくるのを心配したという理由でね。なぜってトランスの感情の方が大事だったからさ。

よく出来ました。

あんたたちは女を暴力で脅すのがかっこいいってことにしたんだよ。彼女をターフと呼びさえすれば、それでいいのさ。自業自得なんだもの。トランスフォビックの雌犬なんざ殴られて当然なのさ、そうだろ?デモ行進で女たちが殴られてもいいんだよ、だってただのターフなんだから。

よく出来ました。

あんたらはあんたらとセックスしたくない女をトランスフォビックといって責める。なぜってあんたたちが承認されることの方が大事だからさ。あんたらは新しい法律を作って男女別だった女性施設に男を立ち入らせることに成功した。「俺は女だ」と言いさえすれば立ち入りが許されるんだもの。今や女性の安全のために作られた空間への立ち入りが許可されている。なぜってトランスの方が大事だからさ。

よく出来ました。

あんたらは未だに女児性器切除や妊婦や勇気をもって膣について語ろうとする女たちに「許容的な言葉」を使えと強制する。あんたらは女体について語ることが許容的ではない偏狭だと説得してしまった。

よく出来ました。

あんたらは世間にトランス女性の方が本物の女性よりも女性の人権について語り、女子競技に参加し、女子よりも政治の女子議席を獲得する権利があると納得させてしまった。あんたらは世間に男は女だと納得させてしまった。そしてその過程で女たちを犠牲にした。なぜならあんたらのナルシストで自分勝手な男尊女卑の見解の方が大事だからだ。あんたらはトランス空間のために戦ったんじゃない。あんたらは女性のためだと言って戦った。その過程で女たちを踏みにじった。あんたらは自分はトランスでいいんだ、一緒に男たちの暴力と戦おうとは言わなかった。あんたらは自分らを女と呼べと要求し、女性として受け入れろと言い、反対するものを脅迫した。あんたらは世間が他の誰よりもあんたらを崇拝することを要求した。特に女性の上に君臨することを。

女とは何かと私たちが聞くと、あんたらは「感覚だ」という。女とは大人の女子のことだというとあんたらは、女の膣のことを前の穴と言ったり、手術によって裏返したペニスのことを膣と呼んだりする。なぜならあんたらは女性よりも女性である必要があるからだ、女性という定義に基づけば、あんたらは絶対に女になんかなれないにも拘わらずだ。

でも皮肉なのは、あんたらのエゴがあんたらの崩壊につながるんだよ。私はトランスの空間のために戦う用意が出来ていた。私はあんたらがデートの機会がないと愚痴ってた時に援助してあげる用意が出来ていた。あんたたちを慰めるために「彼女」と呼んであげようとさえ思ってた。あんたたちが医療保険を受けられる権利や尊厳のために戦ってあげようと思ってた。あんたらに向けられる性差別や男の暴力と戦う用意が出来ていた。私はあんたたちの味方になる用意が出来ていたんだよ。

でも、その時あんたたちは否と言った。「アタシたちはトランスの空間なんか欲しくない。アタシたちが欲しいのはあなたたちの膣よ、空間よ。アタシたちが欲しいのはあなたたちがあなたたたちの言葉を使うのをやめさせることよ、あなたたちがあなたたちの身体について話すことを止めさせることよ。あなたたちのスポーツを破壊し、議会や学校や組織であなたたちの議席を奪うことよ。アタシたちはあなたたちの女性であることが欲しいのよ!

そしてあんたたちは私に従えという。すべて渡せという。そして多くの人々を納得させてしまった。でも女たちは影で真実を語っている。人は性を変えることなんて絶対にできない。女のステレオタイプを真似することはできる、身体を似せることも出来る。それにしたって子宮や卵巣やクリトリスや骨盤のことを考えると貧層な真似だけどね。

あんたらは顔を女性っぽくすることもできる。中性的な女としては、ちょっと失礼だとおもうけど、ボイスレッスン受けたり歩く練習したりすることも出来る。でもあんたらには絶対に女として生まれた人間を体験することは出来ない。性転換なんて言葉は間違いだ。男性を女性にすることなんて絶対にできない。

そしてこれはあんたたちにもオーケーであるべきだったんだ。自分が異性でないと認めることは悪いことじゃない。障害があると認めトランスだと認めることは悪いことじゃない。生まれた性と一致しないことは悪いことじゃない。あんたたちは個性的なんだ。まさに何百人というトランスを見れば、あなただけの個性的なトランス性を表現すればいいじゃないか、トランスは一人ひとり違うんだから。

でもすべてのトランスはトランスだ。あんたたちはそれじゃ戦うには不十分だって決めたんだ。自分たちの個性のために戦うだけじゃ満足できないって。少なくとも、もっとも口煩い揮発的な男のトランス活動家にとってはね。 換わりにあんたたちは世間が常にあんたたちの妄想を承認してるかどうか偵察し始めた。

でもお聞き。私たちは拒食症の人に身体の妄想が正しく、太ってるなどとは言わない。すべてのトイレを障碍者用トイレにしたりはしない。モテないオタクとセックスするのを強制したりしない。多くの人がアレルギーがあるからってピーナッツを禁止したりしない。私たちはレイチェル・ドーゼルのトランス人種という主張も受け入れなかった。

そして私たちは人口の50%にも及ぶ人々の必要なものや問題や心配事をごく少数の定義もできないグループのために犠牲にすることを強いられるべきではない。正常さに適応できないほとんどの人々は努力したり、自分たちで助け合える仲間を作り、自分たちの空間を作る。なぜなら大抵の人たちは世の中は公平じゃないしすべての人の必要性に応じてはくれないと解ってるからだ。

あんたたちが女性の権利を破壊しようと戦えば戦うほど、あんたたちは敵を作ってしまう。あんたたちは「女性のチンコ」を嫌がるレズピアンやストレートの男たちをトランスフォビックだと言って怒らせた。あんたらは女性であることの意味を取り上げ、私たちが勝ち取った空間を破壊し、私たちが安全を求めることをヘイトとして糾弾することによって女たちを怒らせた。あんたたちは性に適応しない子供たちをトランスだと説得して医学的に思春期を遅らせ不能にしてしまうことで親たちを怒らせた。孫よさようなら、未来のセックスライフだって危ういもんだ。

あんたらはちょっとした質問をするだけで攻撃的になることによって、自分らで味方になるはずだった人たちを敵にまわしてしまったんだよ。あんたらは有色女性たち、白人女性たち、男たち、保守派、リベラル、中庸、レズビアン、ゲイ、トランスから元の性に戻った人々、すべてを団結させ敵に回したんだよ。

よく出来ました!

追伸:裏切られた女の怒りほど怖いものはないのよ!


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