ハマスはUNRWAの賜物だ

本日イスラエルの元国会議員でありシオニズム及び外交や教育を専門とする学者であるエイナット・ウイルフ博士(Dr.Einat Wilf)によるUNRWAに関する演説を聞いた。非常に興味深い内容なのでご紹介したい。

ウイルフ博士の演説の主題はUNRWAは解体させるべきであり、それに代わるガザ民支援機関は必要ではないというもの。

先ず博士はUNRWAを理解するにあたりUNKRWAという機関について説明する。Kとはコリア・韓国のことである。この機関は一時的なものとして設立された朝鮮戦争直後の難民救済のための組織であった。韓国人難民の数はおよそ2百万人で当初のアラブ難民の三倍に及ぶ数だった。しかしこれらの難民は3年から4年の間に別の地に落ち着いた。かかった予算はUNRWAの当初の予算の三分の一だった。

UNRWAとUNKRWAの違いは、韓国難民が別の地へ移住したのにくらべ、今パレスチナ人と呼ばれるアラブ難民は別の国への移住を拒否したことだ。同時にイスラエルという国の存在を認めることも拒否した。それでUNRWAは最初からアラブ難民たちに乗っ取られてしまったのだ。

UNRWAは二国解決策に反対する組織として生まれた。それでアメリカやイギリスはUNRWAを解体しようと考えていた。UNRWAは難民を他所へ移住させるという当初の目的に失敗したことは明らかだったからだ。しかしこの時点でアラブ諸国が反対した。アラブ諸国にとってはUNRWAが存続する限り、イスラエルと言う国が独立した国であることに疑問符を打つことができたからである。

西洋諸国はアラブ諸国の要求を飲んだ。それというのもUNRWAを継続させることで特に困ったことはなく、アラブ諸国を大人しくさせられると考えたからだ。UNRWAには価値はないが少なくとも危害を及ぼすものではないと判断したわけだ。

しかし博士はUNRWAは大いに危害を及ぼたと語る。UNRWAは当初の目的に「帰還」という概念を加えた。つまりイスラエルと言う国は一時的なものであり、いずれアラブ難民はイスラエルの地に帰還することができるという概念だ。これこそがハマスがUNRWAの賜物であるというゆえんである。

ミュンヘンでオリンピック選手たちを惨殺したテロリストたちはUNRWAの学校で教育を受けた難民の子供たちだった。UNRWAは無益だが危害は及ばさないという欧米諸国の考えは間違っていたのだ。UNRWAの教育により世代に次ぐ世代が、アラブ難民たちはイスラエルはアラブ人から国を盗んだ悪党国家であり、いずれ自分らはイスラエルの土地へ帰還することができると思い込むこととなってしまったのだ。

Overview image

Einat Wilf was born in Jerusalem and raised in a Labor Zionist family. She studied at the Hebrew University High School in Western Jerusalem.

UNRWAのいう難民とは普通国際社会で認められる難民ではない。彼等は「難民登録」をしている人々であり、4代も5代も前の祖先が難民キャンプで生まれたというだけの人びとである。

難民登録者の40%(4.8百万人)は現在もガザや西岸に住んでいるが、すでに別の土地へ移住した人もおり、40%の難民登録者はヨルダン市民である。ヨルダンに住むある難民登録者は豪邸に住んでおり湾岸で大儲けをした。ヨルダン市民の難民登録者は中流階級市民であり金持ち商人もいる。残る100万人はシリアやレバノンに住んでいる。すでに外国へ移住したなら難民とは言えないはずだと思うかもしれないが、UNRWAは一旦登録した難民を除名しないのだ。だからドイツに移住してドイツ国籍を得たひとですら難民登録名簿から削除されないのである。

例えば「私の大好きな難民登録者は」と皮肉っぽく博士は言う「億万長者のアメリカ市民であり、モデルのジジとベラ・ハディディの誇り高き父親です」なぜなら彼はシリアの難民キャンプで生まれアメリカに移住後も名簿から削除されていないからだ。博士によればハディディ氏は難民登録証明書を自分のインスタグラムで公表したという。

国連にはUNHCRという機関があり、世界中の難民の世話をしている。しかしUNHCRの規則では難民がよその国に移住し市民権を得た時点で難民ではなくなる。だから難民は一世代だけで二世目からは難民とはみなされない。難民の子孫を自動的に難民名簿に加えてしまうUNRWAとは大違いなのである。

しかし外国に住むほとんどの難民登録者はUNRWAから何の支援もうけていない。西岸に住む人々すらそうなのである。UNRWAが存在する目的は難民救済ではなく、常にイスラエルが独立国であるかどうかに疑問符を与えることにある。

UNRWAの目的は二つある。教育や健康はその一部ではない。彼等の目的は終わりのない難民問題を継続することである。

1)独立国としてのイスラエルに常に疑問符をあたえること。最終目的はイスラエルを殲滅しアラブ人がイスラエルの土地に「帰還」すること。

2)第二の目的は10月7日に明らかになったように、イスラエルに拘束されているテロリストたちを解放させること。そして解放されたテロリストたちによって、イスラエルが失くなるまでイスラエルとの紛争を継続すること。

博士はUNRWAの目的は二つと言っているが、結局のところ、彼等の目的はイスラエル国を失きものにしてアラブ人がイスラエルの土地を奪い返すことにあるということだ。

私(カカシ)から言わせると、彼等にはこの二つの意思すらないと思う。この二つはパレスチナ過激派に向けた表向きの目的であり本当の目的は利権だろう。

興味深いのはイスラエルこそがUNRWAの最強のロビーイストだという。トランプ大統領が一時的にアメリカによるUNRWA支援を停止した時、イスラエル政府はドイツ政府に支援金を増やすように嘆願したという。イスラエル政府はUNRWAがある限りパレスチナ人はおとなしくしてくれると考えたからなのかもしれない。しかし博士は、イスラエルはUNRWAがハマスよりましだという考えを変えなければならないという。UNRWAの職員はヨーロッパから派遣された国際社会が思うような国連従業員ではないのだ。彼等はガザで生まれガザで育ちパレスチナ解放を目指している過激派なのである。

博士は今回のイスラエルによるガザ侵攻でも明らかになったように、ガザ民は巨大なトンネル建築をするだけの技術を持っている。支援などしなくても十分に立派なインフラを作り出すことが出来る能力のある人々であることが証明されたと語る。

UNRWA学校はパレスチナ人によるパレスチナのための学校だ。イスラエルに帰還し復讐せよと教えているだけの害あって益なしである。「UNRWAは存在すべきではない。イスラエルがこの機関から得られるものは何もない。」と博士は結論付ける。


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UNRWAは解体すべき(アップデートあり!)

アップデート3:2024年1月28日

【速報】日本がUNRWAに資金援助の一時停止を決定した。

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外務省@MofaJapan_jp

1月28日、 昨年10月7日の #イスラエル へのテロ攻撃に #UNRWA 職員が関与したとの疑惑について、#外務報道官談話 を発出しました。

UNRWAは、国連機関として国際社会と協力しつつ、数万人ものパレスチナ難民を対象に、保健・医療、教育、福祉、食料支援などの不可欠なサービスを提供しており、重要な役割を果たしています。特に現在、人道状況が深刻化の一途をたどっているガザ地区において、UNRWAは住民一人ひとりに必要な人道支援を届けるという不可欠な役割を担っています。

こうした中で、我が国は、昨年10月7日のイスラエルへのテロ攻撃にUNRWA職員が関与したとの疑惑について、極めて憂慮しています。本件を受け、我が国として、UNRWA側において本件に関する調査が行われ、対応策が検討される当面の間、UNRWAへの追加的な資金拠出を一時停止せざるを得ないとの判断に至りました。 多くのUNRWA職員は、ガザへの人道支援において、献身的に人道支援活動を行ってきています。UNRWAが本来果たすべき役割をしっかりと果たせるよう、我が国は、UNRWAに対し、本件調査が迅速かつ完全な形で実施され、UNRWA内のガバナンスの強化を含め、適切な対応がとられることを強く求めています。 同時に、我が国は、引き続き、他の国際機関等への支援を通じ、ガザ地区の人道状況の改善、そして事態の早期沈静化に向けた外交努力を粘り強く、積極的に続けていきます。

(参考)概要1月26日、ラザリーニUNRWA事務局長は声明において、イスラエル当局からUNRWAに対し、昨年10月7日に発生したイスラエルに対する凄惨な攻撃へのUNRWAの職員数名の関与の疑いに係る情報提供があったとして、遅滞なく実を明らかにするために調査を開始する決定を下したと発表。

アップデート2:2024年1月27日

アメリカに続き、ドイツ、カナダ、イタリア、オーストラリアもUNRWAへの支援を凍結すると発表。日本は何時まで続けるつもりだろうか?

アップデート:2024年1月26日

下記はPIINO@piino14さんのXポストから引用:

【速報】すごい!! 10月7日のハマスの虐殺に従業員が関与したことを受け、米国はUNRWAへの資金提供を凍結した。

ちょうど昨日 米国は、UNRWA が「信頼できるパートナー」であり、戦後のガザで「中心的な」役割を果たすだろうと述べたばかりだった。

グテーレス国連事務総長はこのニュースに「恐怖」を感じており、UNRWAのフィリップ・ラザリーニ長官に対し「この問題を迅速に調査」し、加害者を「即時解雇」し、「刑事訴追の可能性がある」ことを保証するよう求めている。

UNRWA長官は待つことはせず、「これらの職員の契約を直ちに終了する決定を下した」と発表した。

私は火曜日の合同公聴会で議会にUNRWAに対する訴訟を提起するためにワシントンへ向かっています。ついに真実が明らかになる。

U.S. halts UNRWA funding over staffers’ involvement with Oct. 7 terror attacks (jewishinsider.com)

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2024年1月20日

前回もハマスのトンネルがガザ全体のいたるところに張り巡らされているという話をしたばかりだが、今日もこのタイムスオブイスラエルの記事を読んでいて、この一節に目が行った。

UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の敷地、学校、モスク、幼稚園で武器が発見されなかったところはなかった。ただの一つも。

UNRWAは1948年にパレスチナ難民を救済する目的で設立された国連の機関である。しかし戦後すでに75年も経った今、この期間の役目は終わるどころか、救済対象者は当初の70万人から5.9百万にまで膨れ上がってしまっている。戦争当時の難民の殆どはすでに死亡しているにも関わらずである。

私はもうずっと以前から、いったいパレスチナ難民キャンプというのを何年続けるつもりなんだろうかと不思議に思っていた。普通戦争難民というのは、ある程度時間が経てば、戦争が終わって平穏になった母国へ帰国するか、それが不可能なら近隣諸国に移住して新しい国の人間として暮らすのが普通である。難民キャンプというのは、それが出来るまでの臨時の施設のはずである。

たとえば1975年くらいからベトナム戦争で難民となった多くの人々はマレーシアやタイランドの難民キャンプに一時的に収容されたが、その後近隣諸国やアメリカやフランスなどスポンサーを見つけて移住した。また1990年くらいからベトナムも安定し、多くの難民が帰国することが出来た。それで難民キャンプは1980年代の終わりにはほぼ用なしになっていたのである。

戦後の難民がすでに亡くなって2世3世の時代になってまで難民キャンプで暮らすなどというのはパレスチナ以外、他の国では聞いたことがない。しかも年々規模が拡大し予算も膨大になっていく。いったいこのUNRWAという組織の実態はどうなっているのか、この記事をよんでいて呆れてしまった。10 Things to Know About the UN Relief and Works Agency (UNRWA) (fdd.org)

なぜこんなにもUNRWAの救済対象者が増大しているのかというとUNRWAは、他の国連難民救済機関とちがって、オリジナルのパレスチナ難民の子孫を自動的に救済対象としてしまっている。2021年、時のマイク・ポンぺオ米国務長官はパ難民のなかで国連の戦争難民としての資格に当てはまるのは5%にも満たないと語った。

パ難民以外の難民は国連のUNHCRの管轄であり、この機関の目標は難民を安全な国に移住させ、移住先で融和させることにある。UNHCRは1億人の難民を1万8千のスタッフが請け負っている。ところがUNRWAにはなんと5.9百万のパ難民に3万人のスタッフがついているのだ。にもかかわらずUNRWAにはパ難民を最終的にどうするのかといった確たる目標がない。しかもこの3万のスタッフの多くが現地人、つまりハマスメンバーなのである。どうりでUNRWAはハマスをテロ組織と認めない訳だ。

UNRWAは集めた支援金を必要最低限難民救済として使っているが、残った資金はすべてハマスのテロ資金にまわしている。 

特に今回あきらかになったのはUNRWA経営の学校で子供達のテロ教育がされているということだ。Xでも色々と動画があがってきているが、幼稚園児にテロリストの制服を着せハマスのハチマキをまかせてイスラエル兵に扮した子供におもちゃの銃を向けさせたり、ぬいぐるみの熊をユダヤ人として、幼稚園児にナイフで首を切らせるなどといった教育が公然となされているのである。10月7日の奇襲攻撃の後、UNRWAの従業員が自分らのフェイスブックに祝福のメッセージを書いていた。たとえばとある教師は小学校の生徒達を扇動して聖戦士たちを讃えるお祈りをしたりしていたのである。

米国は1950年から2018年まで米国人の血税やく6兆ドルをUNRWAに注いできた。ドナルド・トランプ前大統領の時代に一時支払いは止ったが、バイデン大統領が2021年から再び払い出した金額なんと一兆ドル。

このテロリストたちのドル箱UNRWAは速攻解体すべきである。


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ライリー・ゲインズ、自認女子の男子選手を参加させるゴルフトーナメントのボイコットを呼びかける、棄権選手には保証金の支払いも!

もとNCAAオールアメリカンスイマーのライリー・ゲインズは自認女性の男性選手が参加するゴルフトーナメントを自発的に棄権する女子選手に対して保証金を出すと提案した。

ゲインズ及びアウトキックの創設者クレイ・トラビスなどが、トーナメントを棄権しスポンサーを失くすなどして収入が無くなる女子選手らを応援するためクラウドファンディングで募金を集め、女子選手たちに保証金を支払う用意があると発表した。Riley Gaines doubles down on paying golfers who boycott trans competitor: ‘It is legit’ (msn.com)

最近問題となっているのはヘイリー・デイビィッドソンという自認女子のゴルファーによる女子競技参加である。多くの人が指摘しているが、自認女子の男を女子競技から追い出すためには、女子選手が団結して競技を棄権するのが一番手っ取り早いやり方だ。しかし大型トーナメントになってくると、女子選手たちはスポンサーへの責任もあり、参加しないということは収入を失うということになってしまう。

ライリー曰く、この発表をするにあたって多くの女子選手たちと話をしたという。しかし彼女たちは「私は出場しないわけにはいかない。だってスポンサーもいるし、推薦も受けてるし、これが私の仕事なんだから。」と口々に言ったそうだ。

それで女子選手たちに棄権を促すなら、彼女たちがトーナメントに参加しなくても損をしない金銭的な援助が必要だとライリーたちは考えたわけだ。

現在トランス自称ヘイリー・デイビッドソンは各トーナメントで上成績を収めており、LPGAへの出場資格を得るまであと一歩といったところにある。女子プロゴルフ協会LPGAが生まれつきの女子という資格を取り除いたのは2010年。デイビッドソンがホルモン治療を始めたのは2015年で性別適合手術を受けたのは2021年。残念ながらLPGAの規則では彼を排除することはできない。

私はもう10年近く、こういう日が来るに違いないと予測していた。自認女子のトランスジョセーが女子競技に参加できるようになった頃、トランスジェンダー活動家(TRA)たちは、トランス選手の数はごく僅かであり、その中でもエリート競技に参加できるような人はそれこそ極々僅かであるから女子選手は全く心配する必要はないと言っていた。だが私はその時から、種目にもよるが女子エリート選手の記録を簡単に敗れる男子は全国で何千人もいる。そのうちの10人でも女子を自認し始めたら女子の誰も入賞できなくなるのだと主張してきた。

それでも地方の小さなアマチュアトーナメントで賞金せいぜい100ドル程度といったところでちまちま勝っているうちはあまり問題にはならなかった。(参加したアマチュア女子たちは非常に悔しいだろうが)だがプロゴルフやプロテニスになってくると賞金の額は半端ではない。それに賞金だけでなく種々のスポンサーもつく。プロ競技は大ビジネスである。こんなところへ男子が我が物顔で乗り込んで来たら、女子スポーツは結果的に二流男子のスポーツへと変貌してしまう。

ゲインズらがやっているように女子選手に棄権を呼びかけるのはもちろん大事だ。しかしもっと大事なのは女子競技のスポンサーたちに呼びかけることだ。彼等にトランスジョセーへのスポンサーをやめさせ、男子が参加する女子トーナメントそのものへの資金援助をやめさせることにある。女子選手たちだけに犠牲を強いるのはあまりにも理不尽である。

本来ならトーナメント主催者こそがこの茶番を断固否定すべきであるのに、何故女子たちだけが犠牲になるのだ!

スポンサーといえば、サーフィン用水着をつくっているリップカール社が最近、女子水着のイメージガールとして、それまでコマーシャルに起用していた女子サーファーのベサニー・ハミルトン(Bethany Hamilton)との契約を止め、代わりに44歳の自認女子の男子サーファー、サーシャ・ジェイン・ローワーソンを女子水着のモデルにすると発表した。ハミルトンはサメに襲われて片腕を失くしたことで有名だが、彼女がスポンサーを失った理由は、単に男子は女子競技に参加すべきではないと発言したことだった。リップカール社はトランスジョセー選手に批判的なハミルトンを降ろしてわざわざトランス選手を起用したというわけ。せこいやり方だ。

これにはライリー・ゲインズも男子に優勝を奪われたスケートボーダーのテイラー・シルバーマンも怒りの声をあげている。

ローワーソンが「トランス」したのは2020年。40年も男性として生きてたくせに突然女性だと目覚めてトランス。その後多くの女子サーフィン競技で優勝している。もし私の記憶が正しければこの人は男子としても十分に記録を出せる人だ。現に去年彼の記録は女子枠でトップだっただけでなく、男子枠でも優勝できる記録だった。性適合手術を受けているのかどうかは別として、何故男子枠で勝てる人がわざわざ女子枠を侵略しなければならないのか。単に好きなスポーツに参加したいとか勝ちたいという理由だけでは説明ができない。明らかに彼の目的は女性枠を破壊することにあるのだ。


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日本民族の血をひかない女性がミス日本になってはいけないのか?

五歳の時に両親共に日本に移住して帰化し日本国籍のあるウクライナ出身の女性がミス日本に選ばれたことで色々と話題を呼んでいる。欧米メディアでも取り上げられた。下記はイギリスのニュース。

BBC

Ukrainian-born model winning Miss Japan re-ignites identity debate

Shaimaa Khalil – Tokyo correspondent

Thu, January 25, 2024 at 2:12 AM PST·2 min read

Carolina Shiino Miss japan 2024
The newly-crowned Miss Japan, Carolina Shiino, is flanked by her court after her coronation in Tokyo

彼女が全く日本民族の血を引いていないことから、彼女が日本の美女を代表するのはおかしいのではないかという議論が色々交かわされており、日本でも支持派と批判派が議論を繰り返している。

個人的には私は帰化人の参加を許可した以上、彼女が勝つかどうかは審査員の判断次第であり、批判されるいわれはないと思う。もし日本民族だけが勝つべきだというなら、最初から参加資格は先祖代々日本に住む日本民族のみとするべきなのであり、参加はさせるが日本民族以外は勝ち目がないなんてのは差別というものである。

Xでは同じく帰化人のアンちゃんさんと言う人が

日本国籍のない日本代表ヌートバー選手はめっちゃ歓迎されていたけど、日本国籍のある日本代表ミスジャパンの椎野さんはXで叩かれてる。理由は何? どっちも日本が大好きで、日本の文化や伝統を大事にしている。しかも、椎野さんは日本育ち、日本語が流暢です アンちゃん(Anne Crescini

とポストすると、イギリス在住のめいろまさんが、

「日本の美」とは何かの問題だからです。日本人なら感覚で理解ができる。言わなくてもわかっている。この感覚が自然にわからないのは貴殿が日本社会の空気や日本人の感覚を理解できていないからです。めいろま(谷本真由美)

と返しているのを読んだ。めいろまさんは普段から辛口の意見を言う人だが、今回はちょっと言い方がきつすぎるなと感じた。アンちゃんさんはガイジンだから、いくら帰化しても日本の美が理解できないのだという言い方はかなりの侮辱だ。私もアメリカに帰化した身だがアメリカ生まれアメリカ育ちのひとに負けないくらいアメリカの良さを知っていると自負している。こういうことは外国出身なのにわざわざその国に帰化しようと思うくらいその国を愛している人に対していう言葉ではないと思う。

最近は諸外国でも移民が増えているせいで、欧州代表の美女が黒人だったりアラブ系だったりすることはもう珍しくなくなっている。ま、いってみればそれが多様性というものだろう。問題なのはミス日本は日本の美を代表しなければいけないのか、それとも国際的美人の基準で判断されるべきなのかということだろう。

日本では昔から白人美女がコマーシャルなどに多く起用されているし、欧米人のスタイルを持つハーフのモデルなど普通だ。肌も色白が良いとされてきたし、だいたいカロさんが日本で人気モデルをやっていると言うこと自体、日本人の目から見て美人だと思われている証拠だ。だから彼女はスタンダードな美女と言えるのではないだろうか?

純粋なる伝統的な日本美人ではないといえば、2015年にも混血女性がミスユニバース日本代表になったことがあった。

Miss Japan bashed for ‘not being Japanese enough’

By 

Social Links forMelissa Cáceres

Published March 24, 2015, 4:26 p.m. ET

Ariana MiyamotoMiss Universe Japan/Facebook

当時も彼女が十分に日本人らしくないという批判もあったが、少なくとも彼女の場合は半分は日本人の血を引いているということで、今回のカロさんとは違うという意見もある。

しかし美の基準というのは難しい。これは時代によっても文化によっても違う。例えば江戸時代の浮世絵に描かれる美女たちは面長で鼻筋が通っていて一重の切れ長の目と相場は決まっているが、今の時代にああいう顔は美女とは思われないだろう。ところが欧米ではああいう顔が日本人の顔だという先入観がある。それで欧米で活躍する東洋人モデルは我々の感覚では美人とは思えない人が多い。

ともかくミス日本は判定の基準を純粋な大和なでしこにするのか、人種に囚われない一般的な美女にするのか、それをはっきりさせておけばいいと思う。日本で移民が増えればこういう問題は今後もどんどん起きる。いまのうちに審査基準を明確にしておくべきだろう。

付け足し:もう何十年も前のことになるが、リトル東京にミス二世コンテストを観に行ったことがある。日系人の間ではアメリカ生まれの日系人二世以上はまとめて「ニセイ」という慣習がある。なので参加資格はアメリカ二世以上で少なくとも1/4は日本人の血を引いている独身の若い女性ということだった。ほとんどの参加者は普通に日本人顔だったが、中には完全に白人に見える人もいて、あの人はニセイ代表にふさわしくないのではないかと観客の間からも批判は出ていたのを思い出した。


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イギリスのピアノ弾き生配信ユーチューバーが偶然言論の自由戦士になってしまった中国共産党との闘い

この話は数日前から世界中で評判になってしまったイギリスで起きた事件で、先日は妙佛さんのユーチューブでも紹介されるほどにまでなっていた。ことの発端はこちらの動画を観ていただくと良く分かるが、簡単に説明するとイギリスで二百万人のフォロワーを持つ人気ユーチューバーのドクターKが駅に設置してあるピアノを弾きながら生配信をしていたところ、傍にに中国人らしき人々が居たのでドクターKが話かける。赤いドレスの女性ともう一人の男性はドクターKと親し気に話し、中国人男性は自分もピアノが弾けるよといって弾いたりして和気あいあいとやっていた。この時ドクターKは「日本から来たの?」と聞き、帽子をかぶった女性が「いいえ、中国人です」と話しているのが聞こえる。下記がその時の動画。これは生配信前のものだ。

ところが生配信が始まってしばらくすると、別の女性がドクターKに近づき、ドクターKは自分らの肖像権を犯している、いますぐ撮影をやめてほしいと言い出す。この女性の英語が下手すぎたためドクターKは最初何を言われているのか理解できず戸惑っていた。そこへピアノを弾いていたのとは違う若い男が近づいてきてドクターKの音楽は楽しんでいるが自分らの顔を映されるのは困ると言い始める。その理由をドクターKが聴くと、男性は「私たちの法律では、、」と言い出す。

これにカチンときたドクターKは、「ここは公共の場だ。イギリスで中国共産主義の法律は通用しない、映るのが嫌なら別の場所へ移動すればいいだろう」とやりかえした。私はビデオを一回しか見ていないので詳細は覚えていないが、そのうちにドクターKが一人の女性が持っていた赤い旗に触って、「これはCCP(中国共産党)の旗だよな」という。すると若い中国人男性が突然大声で「彼女に触るな!」と怒鳴り始め、その後は何を言っても「彼女に触るな!」をくりかえすだけ。

結局中国人達は警察を呼ぶが、かけつけた婦人警官は中国人たちのいう「人種差別だ」という言葉に圧倒されてドクターKに撮影をやめるように言う。とまあこういった具合。詳しい説明は下記参照。

黙っていれば済んでいたものを、この中国人達が大騒ぎをして警察まで呼んでしまったため、このビデオは拡散され大炎上。それでドクターKはポッドキャストにゲスト出演したり、昨晩はピアース・モーガンのショーに出演するまでの大評判になってしまった。

この動画が問題になったのは、イギリスでは昨今激増した移民たちの横暴な態度に多くのイギリス人が不満をもっていたことの現れではないかと思う。これは特に中国人だったからとかいうことではなく、外国人がイギリス人に外国の法律を振りかざして言うことを聞かせようとしたということで多くのイギリス人の反感を買ったのだ。

ドクターKは途中で「郷に入れば郷に従え」という意味で”When you are in Rome, do as Romans do(ローマに来たらローマ人のようにふるまえの意味)”というが、怒鳴った男性は「あなたはローマ人か」などと頓珍漢な質問をしていて笑ってしまった。

妙佛さんが言うに、これは多分中国共産党のお偉方かなにかがやって来て、「あのピアノ煩いな、やめさせろ」と下っ端の中国人に命令したのだろうとのこと。最初にドクターKに話かけた女性は丁寧な話仕方をしていたのだが、後から来た男が乱暴な口調を使ったことでことがエスカレートしてしまったようだ。

妙佛さん曰く、こういう場合は、スタッフがあのピアニストは有名人なんですとお偉方に説明していれば、お偉方もじゃあこちらから挨拶に行くかということになったはずで、やめさせろと言われて、かしこまりましたと言いなりになった下っ端の男性が悪いのだという意見もあるそうだ。中国人は地位や名声に弱い。非常に薄っぺらな人種なのだ。

ま、ともかく黙っていれば誰も気にしなかったのに、ギャーギャー騒いだせいで余計に有名になってしまったというバカな中国人たちの話であった。

アップデート:1月26日現在。ミスターKは中国人ファンや台湾人ファンたちから色々助言を受けたそうで、本日同じ場所でプーさんのぬいぐるみを持って生配信を始めた。なんかどっかで聞いたような話だな(笑)。


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テキサス対バイデン政権、国境を巡って内乱直前

メキシコと国境を接するテキサスでは違法移民の流入が深刻な問題となっている。それでテキサス州知事は国境にレイザーワイヤーの壁を作り、違法移民が入ってこないようにしているのだが、なんと連邦政府管轄の国境警備隊がこのレイザーワイヤーを切って違法移民を入国させている。それでテキサス州は連邦政府相手にレイザーワイヤーを切るのをやめさせるように訴えたのだが、最高裁は連邦政府にはワイヤーを切る権限があると判決を下した。しかしそれで黙って引き下がるアボット知事ではない。彼は車いすの上からさらなるレイザーワイヤーの設置を命令した。こちらの記事より参照。GOP governors rally behind Texas as Abbott defies Biden: ‘Dereliction of duty’ | Fox News

全国の共和党知事たちはアボット知事を支持。違法移民の大量流入はテキサスだけの問題ではないからだ。フロリダの最近大統領選から撤退したロン・ディサンティス知事やサウスダコタのクリスティ・ノーム知事、オクラホマ州のケヴィン・スティフ知事などもアボット知事を支持する声明文を出している。

「もし(連邦)憲法が、侵略から自国を守るために各州を無力化するものであるなら、そもそも憲法は批准されなかっただろうし、テキサス州は連邦に加盟していなかっただろう」とデサンティスはソーシャルメディアに書いた。

「バイデンが法律を無視する一方で、テキサス州は法律を守っている。フロリダ州はテキサスを人員と資産で支援し続ける」と付け加えた。

アボット知事は長文に渡る声明文のなかで、連邦政府は個々の州との契約を破っていると議論している。

「米国行政府には、現在施行されている移民法を含め、州を保護する連邦法を執行する憲法上の義務がある。「バイデン大統領はこれらの法律の執行を拒否し、違反さえしている。

「ジェームズ・マディソン、アレクサンダー・ハミルトン、そして合衆国憲法を書いた他の先見者たちは、外部からの脅威を止めるために何もしない無法な大統領のなすがままに州を任せるべきではないと予見していた。

サウスダコタのノーム知事もテキサスには侵略者から州を守る権利があると語っている。

「(アボット知事)がテキサス州が自州を守るために憲法上の権限を行使するのは、まさに正しいことです。バイデン政権は国家安全保障の危機を作り出し、アメリカ人を危険にさらした。彼らの失敗は違憲の職務怠慢です」

アボット知事は数々の面でバイデン政権と真向から対立している。バイデン政権にはテキサス州軍を連邦政府の管轄に置くことができるが、もしそんなことをしたら、それは連邦政府がテキサス州に戦争を射かけたも同じである。

民主党の議会議員たちはアボット知事を批判しているが、ニューヨークやマサチューセッツの民主党知事たちはどう考えているのだろうか?

今やニューヨークはテキサスからバスで送り込まれた違法移民が街にあふれかえり、治安や衛生面でも大きな問題を起こしている。イリノイ州のシカゴでは空港に違法移民を一時宿泊させたりしているし、マサチューセッツでは一般の民家に違法移民を違法移民に明け渡すボランティアを探しているなどという信じられないことまで起きている。

アメリカ憲法補正案第三条に平和時に軍隊が許可なく民家を軍隊の宿所にしてはならないという項目がある。アメリカが独立する前、アメリカ国内にイギリス軍隊の基地がなかったため、イギリス軍隊はアメリカ人民家を一時的に宿泊させる義務があるとされており家主には拒否する権利がなかった。そして軍人たちの食費などは家主持ちであった。しかも家主やその家族は自分らの家であるにもかかわらず軍人らの召使のように扱われたのである。だからこそ独立後のアメリカの憲法には政府が勝手に民家を軍事利用してはならないという項目があるのだ。

違法移民を民家に家主の許可もなく住まわせるというのは、この憲法補正案第三条に触れる可能性が十分にある。アメリカ社会でもっとも大事なのは人々が財産所有権である。政府の都合で勝手に人びとの財産を取り上げるのは完全に憲法違反である。

すでに民主党知事や市長のいる市民たちは、この違法移民の激増に辟易している。バイデン政権にとっても国境をまもらないことが有利になるとは思えない。これまで国境の問題は国境を面する州だけのことで自分らには関係がないと思っていた人々も、実際に自分らの町に英語も碌に話せない犯罪者たちがうろうろするようになると、ちょっと待てよ、なんでこうなるんだ、となるはずだ。

トランプ候補は国境の厳しい取り締まりを公約している。トランプ大統領の第一期では長距離の国境の壁が建設され、メキシコ政府と合意しアメリカ入国を求める難民申請者はメキシコで待機することになっていた。それを根底から覆したのがバイデンであり、その結果が今なのだ。

いい加減民主党にばかり投票している市民は、自分らの票が直接自分らの生活に悪影響を与えているのだということに気付くべきである。老人ホームや高校が違法移民の宿泊施設になり、税金を払っている市民が追い出される状態に甘んじてもいいのか?バイデン政権を支持するということは今後もどんどんその状態が悪化するということなのだ。


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移住先の文化に溶け込まないなら何故移住するの?

昨晩ちょっと面白いXポストを見つけたのでそれに関する感想を述べてみたい。このポストを書いた女性Sさんはカナダに数年住んでいるらしく永住権も持っているとのこと。彼女はカナダに移住すると決めた時の考えを書いていた。

ワーホリなどで短期間の滞在であれば、なるべく現地の文化を吸収しようという努力をするのも解るが永住となったらそんなに気張らずに何十年たっても日本語片言の中華やのおばちゃんみたいでも別にいいのではないか、日本人同士で付き合って日系企業で働いてもいいじゃないか、そうやって日系コミュニティーを形成していけばいいというような内容だった。

これは私にも同調できることは結構ある。私も語学留学でアメリカに最初に来た時は、時間が限られていることでもあり、日本人とばかり付き合って時間を無駄にしてはいけないと大分気張った覚えがある。しかしいざ永住すると決めてからは、別にわざわざ日本食を避けるとか日本文化を避けたりする必要はないと思うようになった。なにしろ先は長い、生きやすいように好きなように生きればいいのだ、それが出来るのがアメリカだから、と思ったのだ。

だから私は彼女の意見には賛成なのではあるが、ちょっと気になったのはこの部分だと思う。

日本人は郷に入れば精神でやたら現地の人と馴染むことを重視するというかそっちの方がえらいと思ってるフシあるけど、同国人同士でつるんでなにが悪い。同じ言葉を持つ者同士でしか分かり合えないことだって少なからずあるし、他の国の人たち、全然同国人同士で仲良くしてるし。(略)

アメリカはよくメルティングポットとか言われてるけど、カナダは良くも悪くも各国独立してる感じなんだよな。かなり濃くそれぞれの文化を残したままそれぞれに存在してる感じっていうか? 混ざりあうことが悪いとは言わないけど、混ざりあわなければならないわけでもない。

私は同国人同士で仲良くすることが悪いとは全く思わないし、他の移民も同国人同士で固まって住んでる人も多いからそれ自体はいいと思う。ただ、彼女の書き方だと、なんか地元に溶け込む努力を全くする必要がないという印象を受ける。カナダは最近非常に移民が多くなった。それで色々と問題が生じている国でもある。もちろんアメリカでも同じことが言えるのだが。その一番の理由が異民族がそれぞれ出身国の人びとで固まってしまい、それぞれの混ざりあいがないことにある。

アメリカでいえばミシガンのディアボーン市など、70%以上がソマリア出身のイスラム教徒だ。イギリスなども移民だけの地区がいくつもあり、英語も通じないし内部では好き勝手なシャリア法廷なども作って地元の警察や法律を無視したりしている。

私は移民たちがいつまでも母国の文化にしがみついて、母国出身者としか付き合わないのは、移住先の国に対して非常に失礼だと思う。もちろんちゃんと税金払って犯罪も犯さずに建設的な市民でいる以上、別に地元の文化を受け入れてなくてもいいじゃないかと言われそうなのだが、そういう人が増えれば増えるほど地元の文化というものが破壊されていく。日本にもいるでしょ、ゴミ出しの規則まもらなかったり、除夜の鐘が煩いといってみたり、、

アメリカは移民の国だが、100年前の移民たちの多くは英語を覚えてアメリカ人になろうという努力をした。アメリカには色々な民族の血が混じってるのは、異人種間の交流が頻繁にあったからだ。

外国に住むということは、母国では得られない何かを求めてのことではないのか?例えば戦争や貧困や宗教弾圧を避けるためとか、母国ではないキャリアの機会が豊富などなど。だが日本のように豊かで平和で安全な国からわざわざ外国へ移住したのに、中華屋のおばちゃんみたいに生きるのなら日本で済んだ方が良くないか?

もっとも日本人はSさんが言うように郷に入れば郷に従えという考えの人が多いので、中国や韓国のひとたちのような日本人コミュニティーなんてものはあまりない。カリフォルニアだとガーディナとかトーレンスあたりに日系人が多いとはいうものの、そんなに日本人は固まって住んでいない。だから二世の時代には完全にアメリカ人になってしまっている。

はっきり言って今のカナダやアメリカは日本を後にしてまで移住するだけの価値があるようには思えない。もし私が今18歳だったら移住なんか考えないと思う。


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吹雪のバージニアミッション第三話、日本食レストランに救われたホテル監禁体験

吹雪の中をパイロットシップに乗ってなんとか埠頭にたどり着いた我々民間人チームは、迎えに来てくれていた四輪駆動のSUV,ランドローバー数台にそれぞれ乗り込んだ。ここで私の任務が終るかと言えば全くそうではなかった。私のもう一人のチームメンバーの若い男性二人には、まだもうひとつ任務が残されていた。

我々は二週間にわたる航海で得た実験のデータが入ったハードドライブを所持していた。これは機密情報であり我々が一時でも目を離していいものではない。このまま空港に向かって飛行機に乗ると言うのであれば別だが、我々は一晩バージニアのホテルで泊まる予定だったので、機密メディアを持ったままの宿泊は許されていない。そういう場合は二人のチームで交互に守ることになっているが、それはあらかじめ決められたチームでなければならず、私とその男性とはそれぞれ別のデータを所持しており、指定されたチームメンバーではなかった。

それで我々のデータはきちんとした金庫にしまっておく必要があった。もし船が港に付くのであれば、船に置いてきても良かったわけだが、船はこのまま航海を続けるので、データは我々が降ろしてそれぞれが勤務する基地まで運ぶか郵送する必要があったのだ。私の場合はカリフォルニア、彼の場合はニュージャージー。というわけだから、我々は安全とされるノーフォーク基地内のとある金庫室にデータを一晩預けなければならなかった。

私とその男性を乗せてくれたドライバーの叔母ちゃんはミシガン出身の元海軍人。こんな吹雪の中を真夜中に出て来てくれてありがとうと言うと、「私はミシガン出身よ、こんな雪なんともないわ。こんなんでびびってるバージニア人は軟弱よ」というと彼女はガハハハッと大声で笑った。

機密データをなんとか安全な金庫室に預けて私のレンタルカーを止めてあった駐車所に戻ると、案の定私の車は雪に埋もれていた。幸いなことに一緒に居た男性はレンタルカーを航海前に返してしまい車を持っていなかったので、私の車を雪から掘り起こしてくれた上にホテルまで運転してくれた。「僕は現役の時ドイツで勤務してたから雪道なんて平気さ」と元陸軍人の彼は言った。

その時彼は、実はその晩のホテル予約をしていないことを私に告げた。彼は日中に港に付けると思っていたので、その足で飛行機に乗ってしまおうと思っていたらしい。しかし船の乗り換えで色々あって、その時はすでに午前2時。私は自分が常連であるホテルに行こうと提案。あのホテルなら私は顔が効く。一晩くらいなんとかなると思ったからだ。

思った通り、ホテル側はシーズンオフでがら空き。駆け込みの客でも十分対応してくれた。私たちは翌朝一緒に空港まで行こうと約束してそれぞれの部屋に行った。私は電話で翌日の飛行機の手配をし、これでなんとかこの任務完了と思い眠りについた。

翌朝、我々は金庫からデータを取り出し私は無事郵送を済ませ、彼は彼のデータを自分の胸ポケットにしまい込み、これで安全となったのでノーフォーク空港に向かった。男性が無事チェックインするのを見守ってから私は自分の予約した航空会社のカウンターまで行くと、なんと予約が入っていない!それで確認すると私の予約は翌日になっていると言われた。あ、そうか、夜中に電話した時「明日の飛行機」と言ってしまったのが原因だった。すでに零時を過ぎていたから予約は翌日になっていたのだ。

仕方なく私はタクシーに乗ってさっきチェックアウトしたばかりのホテルに戻った。事情を説明したら、まだ部屋の掃除は住んでないので、同じ部屋にもう一晩泊まってもいいと言われた。まあ、いいか、一日くらい伸びたからってどうということはない。データは郵送してしまったからもう何の心配もない。そう思い私はその晩はお気に入りの日本人経営の日本食レストランに食べに行った。

「え?明日お帰りで?それは無理ですよ。吹雪がくるってんで空港は閉鎖されますよ。道だって塞がれるし、うちは明日は休みにする予定です」と店の大将が言う。

大将によれば、天候の悪化が予測されるため、空港は閉鎖、緊急など公式な乗り物以外の車の運転は禁止というお触れが出ているという。

バージニアビーチにあるこの店は私がノーフォークに行く度に必ずよる日本食レストラン(ジャパレス)である。もうここ30年近くアメリカのジャパレスは中国人や韓国人経営の店ばかりで、生粋の日本食が食べられる店などほとんどない。しかしこの店は珍しく経営者は日本人でウエイトレスも皆年季のはいった地元日本人女性達である。私は出張手当が出るのをいいことに、この店に行く度に一人ではどう考えても食べきれない品数を注文する。すべて持ち帰って翌日の朝食や昼食にするからである。

Kyushu Japanese Restaurant – Google Maps

この店の存在は私の日系人の後輩が教えてくれた。それ以後私はバージニア出張中何度も訪れるだけでなく、数人の同僚を連れて団体で行くことも多かったので、この店は私のことを気に入っていた。日本女性のウエイトレスは、私が断らないことを知っていたので、私がいくとなんだかんだとお薦めの品をすすめた。

それで大将は帰り際に私にお弁当を包んでくれた。「どうせ明日は一日ホテル監禁になりますからね」馴染みのお店というものはありがたいものだ。

ホテルに戻って航空会社に電話をすると、やっぱり空港は閉鎖されるとのこと。すべての飛行機はキャンセル。吹雪が収まるまで数日間は身動きが効かないということが解った。カリフォルニアの上司にその旨を伝えると、「なんとかして帰ってこい」という。なんとかしてったって、道路は閉鎖され飛行場も閉鎖されてるのに、どうやって帰って来いと言うのだ!

それで私は一応「わかりました」とはいったものの、どうせ吹雪が収まるまでどうしようもないと思ったので、腹をくくってホテル監禁状態に甘んじることにした。結局その後三日位ホテルで缶詰めになったが、包んでもらったお弁当のおかげで、なんとか飢えをしのぐことが出来た、、って大袈裟かな?


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吹雪のバージニアミッション第2話、怖かった海上での船乗り換え

私が米国海軍駆逐艦に乗る仕事をしていたと言う話は以前にもした通り。今日はある冬、吹雪の中駆逐艦から小さいいパイロット船に乗り換えた時のお話をしたいと思う。

私は海軍で民間人エンジニアとして長年働いていたが、その仕事のひとつとして駆逐艦に乗って航海をすることが含まれていた。しかし私は乗組員ではかったので、艦での仕事が終わると艦そのものはまだ航海中でも途中下船をしなければならないことが度々あった。航海中の船から途中下船をするとなると、その方法は限られている。

ひとつは航行中に別の船に乗り換えて、その船によって港まで連れて行ってもらう。もうひとつは、ヘリコプターに迎えに来てもらって最寄りの陸まで運んでもらうことである。私はその双方とも経験しているが、今回の話は別の船に移動した時の話だ。

その日我々の民間人エンジニアリングチームは二週間に及ぶ航海の末下船することになっていた。

当初の計画では、下船はRigid inflatable boatという通称「RIB」という上記の写真のような小さなモーターボートに乗り換えて港まで行くはずだった。しかしこのモーターボートは波が荒かったり風が強かったりすると転覆する恐れがある。それでなくとも乗客は外部の空気に丸出しなので乗っている間かなり水浸しになる。この年のバージニアは特に寒く、この日の気温は摂氏マイナス22度だった。駆逐艦は中型とはいうものの結構大きいので、デックから小舟に乗り換えるためには10メートルくらいある縄梯子を伝って海面のボートに降りなければならない。この冷たい海水のなかにもし落ちたら数分でお陀仏である。こんな状況での乗り換えは非常に危険だし、モーターボートが無事港にたどり着けるかもかなり疑問だった。なにしろ乗船時間は少なくとも一時間という長時間だったのだから。

カカシ注:写真をそのまま張れないが、こちらのリンクの写真を見てほしい。ちょうど私も乗ったことのある米駆逐艦に近づくモーターボートの写真が載っている。こういうボートに乗って港まで一時間近く走行する予定だったのである。Petty Officers ride in a rigid-hull inflatable boat as they approach the USS Mason. (31494897982) – Rigid inflatable boat – Wikipedia

私は民間人のチームリーダーに、もしどうしてもボートでの移動が必要だというのなら、私は艦と一緒に数日余計に航海してもいいから、乗組員と一緒に最寄りの港で降ろしてもらいたいと申し出た。しかしリーダーは艦長に掛け合いさえしてくれなかった。元軍人のリーダーは上官を極度に恐れるきらいがあり、ちょっとでも規則に外れる選択肢は問題外として取り合ってさえくれなかった。

我々民間人十数人は寒空の夜間に甲板に集められた。これからRIBへの乗り換えを始めるため、それぞれ救命ベストを着用した。私はずっと嫌がっていたが、もうそんな意見が聞き入れてもらえる状況ではなかった。甲板でRIBを降ろすのを待っていたら雪が降り始めた。気温はさらに下がり風も強くなり、甲板に立っているのさえ苦痛に思われるほど天候は悪化した。艦にとどまりたいという私の要請を却下したチームリーダーですら、不安になってきているのがその表情から見て取れた。

そのうちに雪は吹雪へと変わり、目の前が全く見えない状態になった。こんな状況で縄梯子を伝いながら小舟に乗り換えるなんて可能なのか、あり得ないだろうと私たちは口々に言い合っていると、リーダーが大声で「艦長命令だ。艦内へ戻れ、移動は中止だ」と怒鳴った。あまりにも天候が悪化したためRIBを降ろすのは不可能だと艦長が判断したらしい。そりゃそうだろう、いくら民間人でも我々の身になにかおきたら艦長の責任だ。

私たちは一旦救命ベストを外し艦内で待機した。しばらくして屋根付き壁付のパイロットシップを呼び寄せて、そちらに移動することに決めたという知らせが入った。この船は船内部はきちんと屋根と窓に覆われており、乗員は外部の空気にさらされないようになっている。しかしパイロットシップの元来の役目は港に近づく大型船を港へ誘導することなので長距離運転は出来ない。それで我々の駆逐艦はさらにずっと港に近づかなければならなかった。だったら艦自体が港へいけばいいじゃないかと思われるかもしれないが、大型船が港に付くとなると色々な準備が必要で、それにかかる時間と労力とお金は相当のなものだ。だから大型船は不必要に港には近づかない。

というわけで、艦がパイロットシップの行動範囲に入る付近まで一時間近く待機した。ようやくパイロットシップが港から到着。それでも海面に浮かぶパイロットシップまで甲板から縄梯子で降りると言う行動を避けることはできなかった。真夜中の吹雪のなか縄梯子を10メートルも降りるというのは普通なら絶対やりたくない行為である。

しかしこの長い縄梯子も最後のステップまでパイロットシップに届いていなかったので、ステップがなくなった時点で手を放して飛び降りなければならなかった。パイロットシップの乗組員が「大丈夫、I got you 手を放して!」というのでぱっと手を放して後ろに飛び降りると誰かの大きな腕が私を包み込んだ。ありがとう!私は涙が出る思いだった。

ずっと寒い甲板で吹雪に晒されていた我々はやっと暖かいパイロットシップの中にはいり一息つくことが出来た。

パイロットシップののろのろ運転でやっと桟橋にたどり着いた時は夜中2時過ぎ。気温はさらに低く吹雪はその勢いを増していた。桟橋には陸で待機していたチームメンバーの叔母ちゃんドライバー達がそれぞれのランドローバーSUVから手を振った。我々は数台の車に乗り込んで次の目的地へ向かった。

私の夜はまだ終わっていないのだが、それはまた別の機会にお話ししよう。


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吹雪のバージニアミッション第一話、雪道運転

私が海軍で民間人として長年働いていたという話は何度もしているが、今回はそんな中でも特に思い出に残っているとあるミッション(任務)の話をしたいと思う。書いているうちに長くなってしまったので「吹雪のバージニアミッション」三部作としてお話していこう。

私はカリフォルニア南部住まいで山のふもとに住んでいる。それで一年中雪が降るなどと言うことは全くない。南カリフォルニア(土地の日系人は南加『なんか』と呼ぶ)の気候は乾季と雨季に別れ、12月から2月くらまでが雨季。気温も結構下がり、東京の11月頃と変わらない感じになる。よく南加は乾いたハワイのような場所だと勘違いされている方がいるが、寒い時は氷点下にもなるのでお気をつけ頂きたい。

住まいは南加でも仕事柄私は東海岸に出張することが多かった。私の出張は長期のものが多く、一度行くと2~3か月の滞在ということは普通だった。それで毎年冬は東海岸で過ごすということが何年も続いた。私がしょっちゅう冬を過ごしたのはバージニア州にあるノーフォークという市。ここには巨大な海軍基地があるからである。ノーフォークの気候は日本の関東地方と非常に似ており、夏は蒸し暑く冬は寒い。だが雪はたまにしか降らず、降っても積もるというのは珍しい。しかし東京でもたまに豪雪が降ることがあるように、ノーフォークでも時々そんな年が襲ってくる。

今回のミッションは一か月ほど港内で駆逐艦に備えた新しいソフトウエアの検査をし、その後実際に二週間ほど航海に出てその性能を確かめるというものだった。

その年のノーフォークは稀に見る寒波に見舞われていた。私はノーフォークのダウンタウンにあるレジデンスインというマリオット系の長期滞在用ホテルに泊まっていた。勤務先の海軍基地までは車で15分くらいだった。私の勤務時間は午前6時からだったが、色々準備もあるのでだいたい5時半くらまでには出勤していた。

出張が始まった日から毎日のように雪が降った。最初は積もるほどではなかったが、そのうち降雪の量が増え道がだんだん雪で埋まっていくようになった。問題なのはノーフォークは近隣の他の州と違って普段そんなに雪が降らない。それで除雪対策というものがなってないのだ。除雪車も全く足りないので近隣州から借りてくると言う始末。それに住民も雪になれていないので、家の前の雪かきは頻繁にしなければならないという感覚もない。それで大通り以外の裏道などは積雪でにっちもさっちもいかない状態になった。

市民も雪道運転になど慣れていないから事故が多発。ある朝私はホテルから基地までの7マイルの間に5件くらい事故を見た。格いう私も左折をしようとして凍った道路の上を5~6メートル横に滑ってしまい、大きな半円を描いて曲がるというお粗末ぶり。早朝で誰も周りにいなかったことが幸いして危うく難を逃れた。

なんとか基地にたどり着いたとはいうものの、基地内の状態もかなりひどかった。皆さんは海軍基地の内部がどんなふうかご想像がつかないかもしれないが、制服を着た軍人が集団で行進していたり、普通に歩き回っているという以外は、ごく普通の町である。内部には工場があり、オフィス街があり、家族用の住宅区域や独身者用の集団住宅などもある。子供もいるので幼稚園や小学校もあるし、レストランやスーパーも運動ジムもある。多分全体で2万人は常備生活したり仕事したりしているものと思われる。

そんなふうだから車通りの多い大通りは除雪が行われてはいたものの、埠頭付近の駐車場は全く除雪が行き届いていなかった。駐車場には30センチちかく雪が積もっており、表面に書かれた線など全くみえないので、人々は適当な場所に車をとめていた。私も駐車場にはいったすぐ傍に車をとめてそのまま仕事に行った。

一日仕事を済ませて駐車場に戻ってみると、さらに雪が降って止まっている車はみんな雪の中に埋まっていた。だいたいどこら辺にとめたかは覚えていたが、見つけるのに一苦労。車のキーを使ってホーンを鳴らしライトのついた車を探すしかなかった。

いざ車が見つかっても、掘り起こすのが素手では大変。シャベルも何も持っていなかったので、もってたバインダーを使って雪を掻き、なんとか車は外に出たものの、雪にすべって車が動かない。ちょうど通りかかった男性の同僚に、タイヤの下の雪をどけてもらって、なんとか車の発進が出来た。

もう雪道運転はこりごりである。


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