イスラエル、アイアンドームは限界か?

ここ数日、ガザから何百というロケット弾がイスラエルに打ち込まれ、無敵と思われたアイアンドームもすべてを防ぎきることが出来ず、すでに犠牲者が出ている。

【エルサレム=工藤彩香】イスラエル軍は11日、同日夜にパレスチナ自治区ガザ地区から約100発のロケット弾が最大都市テルアビブなど中部地域に発射されたと発表した。地元メディアによると、バスや家屋に着弾し、イスラエル人1人が死亡、26人が負傷した。12日未明にも多数のロケット弾が撃ち込まれた。イスラエル軍などによると、10日以降にガザからイスラエルに向けて発射されたロケット弾は計約600発に上る。南部アシュケロンでは11日、国営エネルギー企業の施設が被弾し、火災が発生した。

11日、イスラエル・テルアビブ近郊で、ガザ地区からのロケット弾を受けて炎上する車(AP)

これについてエルサレムポストではハマスの攻撃に対してアイアンドール迎撃システムは効果的なのだろうかという記事を書いている

ツイッタラーのPraises5781さんがその記事の内容をまとめてくれているので引用する。

  • #パレスチナ の武器は減っていない (支援金テロ流用、#イラン の支援等) 14年紛争時、#ガザ は4,000発のロケットを50日間に渡り発射、多い時で200発/1日だったが彼等は今日一気に多くのロケットを発射 ※ #パレスチナ は38時間で1,050発以上のロケットを発射した。
  • 14年紛争時、#イスラエル 中央部に達するロケットの保有数は限られていたが、今回 #パレスチナ は都市テルアビブを標的にした100発以上のロケットを同時に発射、少なくともそれを2回成功させた ※この攻撃により都市テルアビブでアラブ人含むイスラエル市民が死亡。
  • パレスチナは飛距離、ロケット発射能力ともに飛躍させている ※ #イラン からの資金・武器両面の支援がある、資金は現金を #カタール が持ち込み、武器は検問所や違法テロトンネルを通して密輸 問題は、イスラエル諜報機関がハマスの能力を適切に評価していたか?
  • 評価が正しければ、ハマスがロケットを使い果たし、紛争が終わる時期を予測できる ※ネタニヤフ首相は昨日「この作戦は時間を要する」と声明(相手に情報を与えないための発表の可能性あり) ※5/12現在、イ軍側がこの点をメディアに問われ「相手は武器を使い果たした可能性」と述べ、イスラエル側の情報分析を明かしている、しかしビビとわざと違うこと言ってる可能性もありハマスが攻撃力を上げた(ヒズボラ=イラン)の攻撃能力も上がっている。
  • #イスラエル は南部で #ハマス、北部で #ヒズボラ とのテロ対峙。※ #ハマス#ヒズボラ とも #イラン が資金・武器供与 #イラン にミサイルやロケット技術を供与するのは #北朝鮮。 よってハマス に対する #イスラエル の脆弱性は、#ヒズボラ#イラン に対する #イスラエル の脆弱性を示す ・ #イスラエル の意思決定者と軍事戦略家はこの新しい状況を考慮して軍事行動を決定する必要がある 。または、停戦の道を早く見つけて次のラウンドのための計画を立てる必要がある ※停戦は #ハマス が拒否、メディア無報道。
  • IDFは #イラン・ #ヒズボラ 単体への対応も含み、紛争対応の迅速さを再考する必要がある。

西側諸国のニュースでは一方的にイスラエルが悪いという報道がほとんどなのだが、パレスチナはもう10年以上イスラエルへのロケット攻撃や凧に乗せた火炎攻撃をずっと続けている。今回の攻撃が激化したのは、バイデン政権がトランプ政権のような強硬な姿勢をとらずに、イランに甘い顔を見せ始めたからだろう。トランプ大統領はイスラエルとアラブ諸国の数か国との和平を成功させた。その方針が続いていれば、イラン及びパレスチナは孤立して、中東問題もついに解決するかと思われたかが、バイデン爺さんのおかげですべてが元の木阿弥となった。このままだと、イスラエルは最終的にイランと戦争をしなければならなくなる。イランが核兵器を完成させる前に止めさせる必要があるからだ。


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抽選で永住権を得た日本人、とあるツイッタラーさんの体験談

先日ツイッターで自分の身の上話をしている日本人(今は帰化してアメリカ市民)を見つけた。私のフィードになぜか上がってきたからつい読んでしまったのだが、彼の半生は波乱万丈でドラマにでもなりそうだった。しかしここでちょっとひっかかったのが彼がアメリカに移住したきっかけがアメリカ永住権をたまたま抽選で獲得してしまったという点。著者はツネヒサ・ナカジマさん(Tsunehisa Nakajima / AAPI@carlostsune)自己紹介に「サンフランシスコ在住の移民一世のベーシスト兼経営者。」とある。ま、音楽関係の仕事でもしているのだろう。

ナカジマに言わせると、アメリカには特に目的もなく「なんとなくアメリカに来て何となく居着いてしまった」という人が結構いるという。そして今と比べて永住権が比較的に容易に得られた1980年代初期に、取り立てて目的もなく何となくやってきた移民のことをナカジマは「モラトリウム移民」と呼ぶ。

1981年に移住した私は、さしずめナカジマの言うモラトリウム移民かな?彼は時期を多少間違えているが、彼のいうように「なし崩し的にグリーンカード」が取れた時代は1970年代の話で、80年代に入ってからは色々うるさくなっていたので、彼が思っているほど容易にグリーンカードなど取れなかった。ただ80年代はアメリカで寿司ブームが始まり、寿司の板前だと言えば結構すぐに就労ビザは発行してもらえた。経験や技術なくしても片言英語でなんとかなることでもあり、日本食レストランでウエイトレスをやる女性は結構いた。

話を戻すと、ナカジマが移住したのは2004年の話で、彼は永住権抽選に応募して幸か不幸か一度で当選してしまったという。

僕が渡米したのは2004年。モラトリアムな先輩達から遅れること20年。ビザ要件が厳しくなってからというもの、留学でもなく、就職でもなく、結婚でもなく、なにも決まっていない状態で永住権だけもってフラフラしている若い日本人なんて超レアな存在で、80年代からタイムスリップしてきた若者の様だった

ナカジマは英語も話せず、これといって手に職があったわけでもないのに永住権だけぶら下げてアメリカにやってきた。しかも所持金は二か月間どうにか食べられる程度。バイト位すぐ見つかるだろうと楽観的に思っていたが、英語が出来ないのでやれる仕事はレストランのサラ洗いくらい。メキシカン皿洗いの見習いというレストラン内では下の下の仕事。

この話を聞いて私は非常に面白いなと思った。実は私は1980年代に趣味で物語を書いていた。誰に見せるでもなく今や原稿をどうしたのかさえ覚えていないが、彼の最初の頃の話が私が書いた架空の登場人物の境遇とよく似ていたのだ。

題名は「サンタモニカの青い空」。当時、桜田淳子ちゃんが謡ってた「来て、来て、来て、さんたもーにか~」というイメージでつけた題名。主人公は18~9の青年。なんとなくあこがれだけでアメリカに来たはいいが、英語も話せず才能もないため日本食レストランで下働き。嫌な日本人の経営者にこき使われて自暴自棄になってる。せめて英語でもできればウエイターになってチップが稼げるのに、そんな努力をする暇もなし。アメリカ生活に失望しながらも帰るに帰れないでいた。そのうちアダルトスクールで出会った日本人の女の子と仲良くなるが、その子には変なヒモがついていて、結局おかしな犯罪に巻き込まれて日本へ強制送還されるって話。

そんな話を書こうと思ったくらいだから、私のそばには誰かそんな日本人が居たんだろう。時代は20年もずれているが、まさしく当時のナカジマは私の話の主人公そのものだった。

ヒッピーあがりや、遊び人が多かった寿司シェフ達。彼らは80年代にアメリカに渡ってきて生きるために寿司を握った。その店は人気店だったからシェフ達は成功者だった。結構いい車に乗り、皆家も買っていた。皆が寿司シェフになりたがっていた。「ツネも寿司を覚えればちゃんとした暮らしが出来るぞ」

ウェイトレスやウェイターは週末の夜は一晩で100ドルから200ドルのチップももらっていた。それを羨望の眼差しで見ていた僕の月給は1000ドルいかなかった。彼女達は言った「キッチンをやめて良い店のウェイターになった方が良いんじゃない?」

毎日ひたすら野菜と肉を刻み続けていた。店のヒエラルキーの一番下っ端だったから、ウェイトレス達からの扱いも軽かったし雑用は全部回ってきた。こんなことをやるためにアメリカに来たのか?と考え続ける日々だった。こんなはずじゃないと思いながら、どうすれば何が変わるかわからなかった

興味深いのはナカジマはそんな暮らしを一年もしたということだ。私なら絶対諦めて帰国してると思う。実は私はアメリカに移住したばかりの頃、普通預金に必ず1000ドルだけ入れておいて、何があっても手を付けなかった。それは最悪の場合、そのお金で日本に逃げ帰るつもりだったからだ。私も最初は日本食レストランに勤めたが、英語はなんとか出来たのでウエイトレスをやった。だがウエイトレスは全く性に合っていなかったので三か月がまんしたが、求人広告にあった日系企業での秘書の仕事に応募したところ、すんなり受かって収まった。日本の英語専門学校で貿易英語を学んだことが非常に役に立った。

ナカジマはその後、企業したが失敗。ラスベガスに渡ってミュージシャンまがいのこともしたが、うだつが上がらずほぼホームレス状態に。当時の様子をナカジマはこう振り返る。

このアメリカ生活の最初の3年間に就労ビザを取ってアメリカ企業で働いている様な優秀な日本人には会ったことが無かった。僕の周りにいる日本人達は皆どこかなし崩し的に生きてきてしまった人達ばかりだった様に思えた。程度の差はあれ所謂「成功」からは遠い場所にいる人達だった(略)

「底辺」とはその社会において経済的にも社会的にも最下層に近いところに属しているということなんだと思う。そして、アメリカにおいてはマジョリティの経済圏で暮らせず、マイノリティのコミュニティの小さい経済圏でしか暮らせない人達は限りなく「底辺」に近いところにいると言って良いと思う。

小さい経済圏には良い仕事は回ってこない。騙し合い、足の引っ張り合いで小さなパイを奪い合う。マジョリティの世界に比べるとスタンダードがもの凄く低いのだけど、そもそもそんな事を知らないから比べることも出来ない。身近な誰かを妬み嫉む。精神が暗黒面に落ちたら底辺へのカウントダウンが始まる。

ナカジマがいう「マジョリティの経済圏で暮らせず、マイノリティのコミュニティの小さい経済圏でしか暮らせない人達」というのは、要するにアメリカ社会に融和していない人たちのことを指すのだろう。確かにアメリカという物理的な空間に住んではいるが、アメリカ社会の一員として生きていないのだ。ちゃんと英語を覚えてアメリカ社会で融通の利く技術を身に付けていれば、合法な就労資格のある彼らが底辺での生活に甘んじる必要などないからだ。

ナカジマの偉いところは、こんな状況にあっても薬物に身を落としたり犯罪行為に走らなかったことだろう。ラスベガスのようなところでは、道を見失った若者が陥る落とし穴はいくらもあったはずだが、彼はその誘惑に負けなかった。なんだかんだいいながら、芯はしっかりした男だからだろう。彼は海賊版DVD製造の会社に誘われたが、違法行為に手を染めたくなく断ったという。

日本がバブルだった1980年代の終わりごろ、私は日系大手企業で秘書をやっていたが、お給料は大したことはなかった。特に生活に困るほどではなかったが、それでも貯金が出来るような金額ではなく、なんとかワンベッドルームのアパート暮らしが出来ると言った程度のものだった。その頃、ロサンゼルスでは進出している日系企業のビジネスマンでにぎわっていた日系のキャバクラは大変なホステス不足に悩んでいた。それである程度の年齢の女性なら、見かけなど贅沢なことは言わずに雇ってもらえたものだった。

私の知り合いの女性は、はっきり言ってさほどの美人でもなかったが、日系キャバクラで当時の私の給料の三倍も稼いでいた。時々お客として彼女のお店のバーで飲んだことがあるが、行く度に仕事に誘われた。高額のお給料は魅力的ではあったが、もしあの時、そこで働いてしまっていたら、多分もう普通の事務職には戻れなかったろう。水商売が悪いとは言わない。だが、自分で店を構えようとでもしない限り、将来性は全くない職業だからだ。

ナカジマはその後、尊敬できるちゃんとした人との出会いもあり、サンフランシスコに戻って就職。その後も色々あったが今では自分で企業して従業員も雇えるほどになった。きちんと帰化もしてアメリカ人にもなった。つまり、アメリカ社会に参加しようという気になったということだ。

ここまで来るのにずいぶんと回り道をしたものだ。やはり安易に抽選で永住権など取るものではない。抽選に当たって取ってしまったものにはありがたみと言うものがないからだ。それでもナカジマの場合は十分にその代償は払ったし、今や社会に貢献する一市民となったので、それはそれでよかったのだろう。

ところで私の物語を一度ミスター苺に見せたことがある。ミスター苺は「なんだ、強制送還になっちゃうのか?まるで希望がないじゃないか、せっかくの苦労が水の泡だよ」と言った。それで考え直した結末は、

主人公はその後面倒見のいいアメリカ人のレストラン経営者の元で働くようになり、その人の手ほどきで腕のいいシェフになる。めでたし、めでたし。やっぱり人生には希望が必要だ。


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エクイティー(平等)という人種差別、激化する左翼による東洋人弾圧

カリフォルニアの教育委員会は人種平等のため、同州の数学英才教育プログラムを廃止することを提案した。それというのも、このプログラムでは東洋系生徒が圧倒的に優勢であり、白人はもとより黒人やラテン系の参加が非常に少ないという現実があるからだ。

カリフォルニアでは2004年から2014年にかけて、32%の東洋系生徒が英才教育プログラムを受けた、比べて白人は8%、黒人生徒は4%、ラテン系生徒は3%だった。

これは英才プログラムを受ける32%が東洋人という意味ではなく、東洋系生徒の1/3以上が英才プログラムに入ることが出来たという意味。2020年現在のカリフォルニア人口配布はウィキによると、一番多いのがラテン系39.29%、白人36.64%、東洋系14.52%、黒人5.51%、混血その他が約4%となっている。パーセンテージを四捨五入しプログラムの定員を100人とすると、多い順に東洋系50人、白人30人、ラテン系12人、黒人及び他の人種は10人以下となる。なるほどプログラムの合格者半分が東洋系になってしまうというわけだ、これでは左翼連中が『完全に人種エクィテイーの思想に反する!』と怒るのも無理はない。だが、もしもこれがラテン系と黒人が半数以上を占めるという結果だったなら多分誰も文句は言わなかったんだろう。

アメリカにはAPというテストがある。これはAdvanced Placement Examと言われ、各科目で個々の試験があるのだが、これは大学レベルの課目試験を高校時代に受けることが出来るものだ。この試験に受かれば大学に行ってから基礎コースを受けずに直接高レベルの単位を取ることが可能となる。UCバークレーやUCLAの理数系に入るためには、このAP試験に受かっていることは必要条件だ。だからこそ、成績の良い子供たちが受験に有利になるために高校時代からAP試験を目指す英才教育が存在するのだ。このプログラムを廃止するということは、カリフォルニアの学生たちが将来STEM(Science, Technology, Engineering, Math)と呼ばれる理系分野に進むうえで不利になるということである。

無論裕福層の親たちは公立学校ではなくレベルの高い私立高校や公文などの進学塾に子供を通わせることは出来る。だが、貧困層に生まれながら勤勉で才能のある生徒たちはどうなる?彼らの将来はどうなるのだ?コンビニやガソリンスタンドで長時間働きながら子供を学校に行かせている東洋人移民たちに、どれだけの負担がかかるようになるだろうか?

前回もニューヨーク市で東洋人生徒ばかりが受かってしまうエリート高校への入学試験を廃止しようという動きがあることをお話した。左翼連中のいう人種エクイティー(平等)とは公平という意味ではない。単に結果が平等であるというだけだ。つまり、大学入学の配分が人口の配分と同じにならなければ不平等だというのである。しかし、これまでに何度もお話してきたように、それぞれの民族にはそれぞれの文化というものがあり、すべての民族が同じようにふるまうわけではない。よって同じ学校に行ったからと言ってすべての生徒たちが同じ成績を取るはずがないのだ。だが、それが自由社会の良いところではないのか?それが自由競争というものではないのか?

左翼連中がエクイティーという時、必ずその名のもとで無実の一般人が犠牲になる。昔はジェンダーエクイティーと言えば、単に学業や就職や昇進の際に男女差別をせずに能力で判断すべきという意味だったのが、今ではLGBTQ+(特にトランスジェンダー)の理不尽な言い分を無条件で受け入れるという意味になってしまった。だから女子スポーツに自称女性の女装男を受け入れることがジェンダーエクイティーだなどという理屈がまかり通るようになったのだ。

これらのことで共通しているのは、正直に努力したり才能のある人たちが公平な立場で競争できず馬鹿を見る社会である。

もしカリフォルニアの教育委員会が黒人やラテン系の学力が伸びないことを本気で心配しているなら、成績の悪い学生のための補修プログラムを作るなどして成績を上げることを奨励したらいいではないか。それを彼らの成績が悪いのは人種差別のせいだから彼らには責任はないといって、成績のよい生徒たちを犠牲にするなど、話が逆さまである。

東洋系の成功はアメリカは人種差別の国だという左翼の主張には非常に不都合である。何故白人至上国で少数派である東洋人が成功できるのかという問題が生じてしまうからだ。だからこそ、東洋人は学生のうちから潰しておかなければならないのだ。

最近黒人による東洋人への暴力行為がとみに増えているのも、左翼連中が組織的に東洋人を差別していることと深い関係があると思われる。


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努力したことを謝罪するな!中華系市民団体が新高校生たちに叱咤激励

以前にも拙ブログで紹介した中華系アメリカ人の市民団体、CACAGNY (Chinese American Citizens Alliance Greater New York)という団体が新しく特別エリート高校に入学した中華系学生たちに向かって祝辞を贈ったのだが、その内容は祝辞というよりはアジア系アメリカ人を差別する教育委員会への抗議文というものだった。

最近、我々東洋系アメリカ人はBLM(Black Lives Matter)とかCRT(批判的人種理論)といった運動により、不思議な標的となっていることをひしひしと感じている。表面的にはBLMもCRTも黒人差別をなくすための運動であるということになっているが、その中身は単なる黒人至上主義理論でしかない。これらの運動や理論では黒人は常に崇高であり、白人は常に悪者となっているが、その中で東洋系市民への配慮などまるでない。これらの理論では黒人以外の少数民族は多少考慮されているとはいうものの東洋人は完全に無視されている。にもかかわらず、BLMやCRTを実行に移すとなると、なぜか一番被害を被るのは白人ではなく東洋人なのである。

CACAGNYとニューヨーク市教育委員会は特別エリート高校の入学試験(the Specialized High Schools Admissions Test)を巡ってかなり以前から争っている。この特別高校というのはNYC学校区で特に優秀な生徒だけが入学できるエリート高校のことだ。アメリカでは高校までが義務教育なので、特に入学試験を受けなくとも公立高校であれば自分の住む地域への入学は可能だ。しかし、この特別高校は特別な入学試験に受からなければ入学できないことになっている。

ただ、ニューヨーク市には中華系市民が多いこともあり、この学校に受かる学生の大半が中華系学生になってしまうという現実がある。以前から書いているように、東洋系学生たちは両親がしっかり揃っている家庭が多く、子供の教育にも熱心である。よって必然的に東洋系学生たちの成績は他の民族より高くなる。これは別に特別東洋系が優遇されているからというわけではなく、単なる努力の問題である。

しかしそれが気に入らないのが会長をはじめ多数議席を閉める黒人支配のNYC教育委員会である。先日そのメイ―シャ・ポーター(黒人女性)会長は公式ツイッターのなかでこんなことをつぶやいた

21年にわたる教育者としての経験から、もっと多くの生徒達が機会を与えられさえすれば特別高校で才能を伸ばせることを知っている。しかし特別高校入学試験が引き続き起用されたことにより、また同じ受け入れることのできない結果が何度も何度も繰り返されている。今こそ我々の生徒たちが公平にこれらの学校で代表されるようにする時である。入学に入学試験を必要とする州法は撤回されるべきだ。我々は地域と協力してもっと平等で、すべての子供たちにとって正しいやり方を進めていくべきである。

学校区のすべての人間が同じ基準で審査される入学試験の何が不公平だというのか、全く意味の分からないつぶやきだ。これを読んで激怒したのが先に述べたCACAGNYである。

入学試験に受かった学生たちに心から祝福の意を捧げたいとした後で、このような祝福が特異なもであることは非常に嘆かわしいと続く。CACAGNYは特にポーター会長のツイートについて言及。

つまり君たちの合格は「受け入れられない結果」であり、審査の経緯は不公平であったというのである!諸君らが特別学校に籍を置くことは「平等ではない」というのである。諸君らが長年勤勉に努力してきたことが「正しくない」というのである。これが教育委員会会長の発言なのだ!

またCACAGNYはNYCのリポーターたちが、黒人やヒスパニック系学生の入学率が去年より落ちたことや、今年は黒人が8人しか受からなかったとツイートしたことに関して、

つまり諸君らの功績は諸君の人種によって完全に無視されたのである。アジア人が多すぎる。「お前たちはここに属さない。」それこそがブライアン・エリオットが4月6日、日中に65歳の女性を襲い腰の骨を折るほどの重症を負わせた時に使った言葉だ。これこそがアジア人への憎しみの実行だ。アジア人差別の実行だ。

と続く。この祝辞では言及していないが、この65歳の中国人女性を襲った男が黒人であることは言うまでもない。

最近のアメリカでは、なぜか努力して成功した人々が、あたかも他人を差別することで伸し上がってきたかのように責められる傾向にある。黒人が何世代も生活保護を受ける貧困層から抜けられないのも、黒人の間で犯罪者や麻薬中毒者が多いのも、警察官に歯向かって射殺されるのも、すべて白人(及び東洋人)の責任なのであり、黒人には全く責任はないと主張するのだ。

だが、努力したことを謝るな!成功したことを恥じるな!と祝辞は続く。

努力したことを絶対に謝罪するな。諸君を愛し支えてくれる家族がいることを謝罪するな!諸君の考えではなく、諸君の人種が罪なのだと思い込ませようとするガスライティングに騙されるな!中国人は前にも同じことを体験した。中国人排除法によって中国人が働きすぎることで標的にされた。今後さらにこれまでの倍以上努力し成功したまえ。そして見せつけてやるのだ。我々は乗り越えると!

中華系市民にはこんなことを言ってくれるリーダー達が居るのか。まったく羨ましいことだ。黒人の中にもBLMだのCRTだのといった似非市民団体や理論ではなく、「努力せよ」「成功を恥じるな」と言ってくれるリーダーたちが居てくれたらどれだけ良かっただろうか。だが、その代わりにポーターNYC教育委員会長のように、試験を廃止して成績の悪い黒人をエリート校に入学させろなどという馬鹿がリーダーをやっているのだ。そんなことをしてレベルの高い高校に入学しても、他の生徒達についていけずに苦労するのは下駄をはかされた黒人生徒本人ではないか?

それに、きちんと試験を受けて入学できた8人の黒人生徒たちの努力はどうなる?この制度が黒人差別をしているなら、黒人生徒が一人でも受かったことはおかしいではないか?黒人生徒たちの成績を上げたいのなら、レベルの低い中学校に才能ある教師を配属させて、黒人生徒達の教育レベルを上げる努力をしたらいいではないか?それが教育委員会の仕事ではないのか?黒人は努力しなくても常に優遇されるということを教わった黒人たちは将来どんな大人になるのだろうか?

それは今の状況が良く物語っているだろう。


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人種差別について黒人に説教する左翼白人至上主義者たち

先日元副大統領ジョー・バイデンが上院と下院議会の前で演説を行った。私は一分も観ていないし、何が話されたのかもよく知らないのだが、それにこたえる意味で共和党のティム・スコット上院議員が演説をした。スコット議員は南部のサウスカロライナ代表の黒人議員。彼は1960年代隔離された南部で育った。彼は自分の両親が子供の頃に離婚し、貧しい母子家庭で育ったにも関わらず、数々の恩師や宗教との出会いで今の自分があると語った。しかし民主党はやたらと人種を持ち出してアメリカを分裂しようとしていると批判。

大学や企業や文化を通じて我々が全く進歩していないかのようにふるまうことで金儲けをしている人たちがいる。我々が賢明に努力して埋めてきた溝を再び深めようとしている。

これが間違っていることを誰もが知っている。よく聞いてほしい。アメリカは人種差別の国などではない。差別を別の差別で戦うなど後進だ。つらい過去を悪用して正直に現在を語れないようにするのは間違っている。

この演説の後、ツイッターではアンクルトムをもじってアンクルティムという言葉がトレンドに上がったと言う。アンクルトムというのは昔の奴隷時制度の悲劇を描いた有名な本だが、今では白人の奴隷主に迎合して自分だけ好待遇してもらう黒人奴隷の裏切り者という意味で使われる。言ってみれば黒人にとっては黒んぼの意味のNワードよりひどい侮蔑語である。

左翼連中は共和党や右翼保守をしょっちゅうレイシストだと呼んでいるが、一旦黒人が左翼リベラルな考えから外れると、その黒人に対してどんな人種差別用語を使って侮蔑しようが構わないと思うらしい。彼が黒人でなかったら、ここまで叩かれていなかっただろう。「黒人の癖に自分の意見など言うな。黒人は黒人らしくおとなしく左翼リベラル白人様の言う通りにしていろ、この生意気な黒んぼめ」というわけだ。

In this image from Senate Television video, Sen. Tim Scott, R-S.C., delivers the Republican response to President Joe Biden's speech to a joint session of Congress on Wednesday, April 28, 2021, in Washington. (Senate Television via AP)

このスコット議員のスピーチを受けて、ジョイ・ベイハーという白人女性のテレビタレントが、自分が司会を務める朝番組で、スコット議員は差別意識と組織的な差別の違いを理解していないと批判した。

エクスキューズミー?長年人気テレビ番組の司会をやってる白人能無しタレントのあなたが人種隔離時代に母子家庭で育った黒人のティム・スコットよりも組織的人種差別の意味がわかるっての?

英語でいうシステミックレイシズムとは、政策的とか組織的とかいう意味で、つまり法律で黒人が差別されていた1960年代の公民法が通るまえの南部のようなシステムを言う。聡明な読者諸氏はご存じのことと思うが、当時のアメリカ南部では学校も劇場もホテルもレストランも公共施設はすべて白人と黒人に分かれていた。黒人側の施設はたいていが劣悪な状態で、病院の前で黒人が怪我をしても、白人専用病院であれば目の前の病院では診てくれないというようなひどい差別状況だったのだ。こういうのを組織的差別といい、今ではそんなものは全く存在しない。

ジョイ・ベイハーはアメリカのどこにそんなものが残っているというのだ? ベイハーは住居や銀行のローンで黒人は未だに差別されているというが、そんな証拠があるというなら是非出してもらいたい。だいたい若い頃から芸能界で成功して高収入の白人タレントが組織的人種差別の何を知っているというのだ?そんな人間がよくも偉そうに黒人に説教など出来るな!

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左翼連中がアメリカは人種差別の国だと言い張るのは、自分たちが人種差別者だからその罪悪感で言っているだけだろう。確かにベイハーのような連中ばかりをみていれば、アメリカは人種差別の国だと思われても仕方ないのかもしれない。


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昔懐かしい団地生活

昨日誰かがツイッターで松戸市の博物館で1960年に建設された常盤平(ときわだいら)団地の複製を展示しているとして写真をいくつか載せてくれた。実を言うとカカシの両親はこの時代に全国各地で建設された新しい公団住宅の初代入居者だった。

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私たち四人家族(両親と私と妹)はこの団地サイズの2DKで(6畳間と4畳半間、台所、水洗トイレ、ふろ場)に10年間暮らした。上記の写真は6畳間の方だが、家族四人の家庭でソファや椅子を入れてた家庭はないと思う。そんなことをしたら寝る場所がなくなるから。しかしうちにはなんとピアノがあった!

下記は台所。いちおうテーブルを置くスペースがあったのでダイニングと呼ばれていたが、本当のダイニングルームがどんなものかを知っている私としては、単なる台所。それにしてもレンジがお粗末。こんなところで料理してたなんて母もよくやったものだ。確かうちは流しの左側に冷蔵庫が置いてあった。

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四畳半の方はこんな感じ。

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うちはこちらの部屋は子供部屋で私と妹が寝起きしていたが、私たちの勉強机が置いてあったので、本当に足の踏み場もないほど狭かった。

こんなところでよく家族四人が暮らせたなと思うかもしれないが、当時日本の住宅事情は非常にひどいものだった。両親が結婚したのは1958年。当時まだ法律事務所のインターンだった父は、母と二人で東京の三畳一間の下宿で暮らしていた。今では信じられないかもしれないが、三畳一間でトイレや台所は共同で風呂はついていなかった、そして翌年私が生まれてしまったので、この狭い猫の額みたいな三畳間で親子三人の暮らしとなったのである。

それで当時の政府は若い人たちが安い家賃で住める公団住宅の建設に力を入れた。上記のような2DKでもそれまでの暮らしよりはずっとまし。それで入居希望者が殺到したため、家賃の三倍以上の収入がある日本人という規定で、なんと抽選で入居者が選ばれた。我々は運よくその抽選に受かったのだが、父は申込用紙を届ける時に書類の記入を間違えて最初から列をならび直したのが幸いしたのかもしれないと何度も言っていた。

団地の生活は子供であった私たち姉妹には非常に快適だった。公団住宅は単なるアパートの集団ではなく、公園や市役所や託児所や銀行までも揃っていた。子供たちは安心して公園で遊べたし、あちこちにきれいな花が植えられていてきれいだった。


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数学は白人至上主義?

前にも選挙で投票する際に身分証明書を要求するのは容易に証明書を入手できない黒人への差別だと主張する人間がいる話はした。興味深いことにそういうことを言うのは当の黒人有権者たちではなく、黒人の知り合いなど多分一人もいないような左翼リベラル白人ばかり。はっきり言ってこんな決めつけは、黒人には身分証明書も碌に入手できない無能な人間が多いという非常に失礼な先入観ではないだろうか?

The phrase “the soft bigotry of low expectations” 「低い期待によるやんわりした差別」とは、2000年に時の大統領ジョージ・W・ブッシュが黒人生徒の教育レベルについて語った言葉だが、最近はとみに左翼リベラルによる「低い期待による差別主義」が公然とまかり通るようになった。一番酷いのは教育界で、大学入試の際に黒人は白人や東洋人より成績が低くても一定枠は合格できるアファーマティブアクションがいい例である。黒人はどうせ頭が悪いから最初から下駄を履かせてやるという特別扱いはまさに「低い期待による差別」である。

無論黒人は成績が悪くても大学に行かれるとなれば、必然的に小中高の時から黒人への期待は低まる。最近では数学は白人至上主義な思想なので、黒人が数学が出来ないのは当然だなどと言いだす「教育者」まで出てきている。数学にどのように白人至上主義が蔓延しているか、そしてそれをどのように是正するかという教師への教育ガイド(1_STRIDE1.pdf (equitablemath.org))を途中まで読んだが、あまりにもハチャメチャな内容で頭が痛くなった。(リンクが直接つながらない場合はブラウザにコピーして開けてください)

先ずは冒頭から「このガイドブックは教師たちが数学を教えるにあたり、彼らの行動や信念や価値観を見直すための道具である。」とはじまり、これによりいかにして数学に潜在する人種差別や白人至上主義を破壊していくかを教えるもので、これを通し、どのように反人種差別の基盤を作っていくかを教えるものだとしている。

正しい答えを出すことに焦点を当てすぎることは白人至上主義文化である。

数学の概念は純に客観的であるという考えは完全なる誤りであり、そのように教えることは誤りである。常に正しい答えと間違った答えがあると決めつけるのは客観主義を強制するものであり、衝突を恐れさせるものだ。

これに受けて常に答えは一つとは限らないので、問題を解くときには一人でやるのではなく、グループで色々な意見を出し合って決めろなどという部分もある。数式の答えを多数決では決められないのに、何を言ってるんだこいつらは?

またもう一つ、低い期待こそが人種差別だという考えは、努力しさえすれば成功できるという「誤った」考えを強調し、努力しても成功できない立場にいる人々への差別だというわけの分からない主張をする論文も読んだが、これもあまりのまとまりのなさに驚いた。ながったらしい文章を私なりにまとめるとするならば、『数学はもともと白人至上主義思想なので黒人が努力しても出来るようにはならない、にもかかわらずそれを黒人が努力すれば出来るようになるなどと教えるのは人種差別主義だ』と言っているように読める。どれだけ読んでみても数学がどのように白人至上主義なのかという説明は全くない。

はっきり言ってこれら二つの書物は全く読むに値しないクズである。明らかに自分らが数学が出来なかったことを正当化しようというくだらない言い訳である。こんなことを書いてる人間が自分らを学者だの教育者だの言えると言うこと自体、人種研究なんて学部がどれだけ無価値な、いや有害なものであるかがわかるというものだ。こんな奴らに数学はもとより学問を教えられる学生こそいい迷惑である。

アメリカの大学では理系専攻の学生は生物学部であろうと工学部であろうと微分積分レベルの数学は必須課目となっている。実際に将来そこまでの数学知識を使うかどうかは問題ではなく、その程度の数学を理解できない人間はそれぞれの分野で先へ進むことが困難になるからという考えからだ。私個人の考えを言わせてもらうならば、たとえ文系の人でも、特に哲学を学ぶ人は、この程度の数学は学んでおいた方が後でずっと楽である。

数学は物事の基本だ。ものを順序だてて論理的に語るには数学を取り入れることが一番簡単なのである。もちろん物事は一筋縄ではいかない。なにもかも答えが一つだけということはない。だからこそ、答えが一つだけという単純なモデル(数学)を使って基本的な理論を先ず理解することが大切なのだ。その基本があってこそ応用があるのだ。

そんなことも分からずにおかしな理屈をこねるのは、彼らがちゃんと数学を勉強してこなかった証拠である。


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テキサス州、未成年のホルモン治療を禁止

最近テキサスを含むいくつかの州でトランスジェンダーに関する新しい法案が提案されている。先日ツイッターでこんなビデオが回ってきた。ビデオには日本語字幕がついているので全部観たい人はそちらを参照のこと。最初の部分だけ文字起こしをしてみた。強調はカカシ。

ナレーション:トランスジェンダーの10歳の少女カイ・シャプリーが米テキサス州で提出された法案を痛烈に批判。同法案は子供の性適合のケアを受けさせる保護者を児童虐待で罰する。

「こんにちは、私の名前はケイ・シャプリ―、バレエと算数と科学が地質学が大好きです。開いた時間は猫やニワトリたちと過ごしたり、友達とフェイスタイムで話ます。いつかドーリー・パートンに会えるのを楽しみにしています。大人に正しい選択をお願いするのは好きではありません。

私は3~4歳の時から自分のことを説明しなければならなかった。テキサス州議員たちは私が幼稚園に入る前から私を攻撃してきました。私は今小学校4年生です。トランスジェンダーの若者を狙った法案を聞くと怒りを感じます。とても怖くてうちのめされそうになる。私のようなトランスジェンダーの子供を使って私の存在を嫌う人々から票をえようとする政治家がいるのは悲しいです。神が私を創りました。神はありのままの私を愛し過ちを犯しません。弱い者への接し方を気を付けるべきです。お願いだから話を聞いてください。そして自分を教育して皆を理解しようとしてください。

ママは私を守るためにすべてを尽くしてくれている。あなたたちが考えた新しい法案のせいで私たちはお互いを擁護しなければならない。あなたたちは素晴らしい母と素晴らしい看護師を危機に追い詰めている。ママは私と兄弟の世話をするために看護師免許が必要です。いじめはよくありません。やめてください。悪い選択はしないでください。まだ撤回できます。」

ケイ・シャプリ―ちゃんはまだ10歳だが、非常にはきはきとしていて顔も可愛いので、トランス活動などより子役でもやった方がいいのではないかと思うほどだ。彼が言ってることは周りの大人たちからの受け売りなので彼を責めるつもりは毛頭ない。この年ごろの子供は親を喜ばせたいと思うものだから、親の言いなりになっても仕方ないからだ。

テキサスの法律は「子供の性適合のケアを受けさせる保護者を児童虐待で罰する」法律ではなく、未成年に異性ホルモンや第二次性徴期を阻止するホルモン接種を投与してはならないというもので、保護者がそれをした場合には幼児虐待で罰せられるというもの。これらのホルモンは子供の正常な発育を阻止し生殖機能を失わせる恐ろしい薬物である。10歳のケイちゃんにはこれらの薬物が彼の身体にどれだけの悪影響を与えるか理解できないのは仕方ない。だからこそ周りの大人たちが子供にそんなものが与えられないように守ってやるべきなのであり、酷い副作用が解っている薬物をあえて子供に投与しようなどという大人は罰せられてしかるべきである。

何度も書いているように、幼児のトランスジェンダー妄想は思春期を超えると90%近い子供たちの脳裏から自然に消えてしまう。つまり第二次性徴こそが幼児性トランスジェンダーの特効薬なのだ。もし他の小児性の病気で90%の完治率のある治療が存在したら、責任ある親なら誰もが飛びつくはずだ。それをせずに、副作用が多大にあり、不可逆的で危険な薬物をあえて幼児に投与する親とはいったいどんな親なのだ?性同一障害の子供に一番必要なのは、自分の性などに拘らずに、先ず大人になることだけを考えるように両親が応援してあげることにある。それこそありのままの自分を受け入れなさいと教育すべきなのだ。

ところで上記のケイちゃんの証言には二つ問題点がある。まず3歳や4歳の子供が自分の性別について他人に説明する必要がどこにあるのだろうか?3歳や4歳の子供は自分の性別になど興味がない。どんな遊びを誰とするか、どんなお菓子が好きか、お弁当はなんだろう、程度のことしか考えてない。だいたいこの年齢では男の子や女の子のステレオタイプなど理解していないだろうから、たとえ男の子が女の子っぽい遊びを好んだとしても、だから自分は女の子ななんだなどと思う子はいないはずだ。周りの大人たちからの入知恵でもない限りは。

またケイちゃんは神は過ちを犯さないと言っているが、だとしたら神が自分を男の子として作ったことも過ちではないと考えるべきなのだが、そこはまだ10歳。この理屈の矛盾が理解できないようだ。

ともかくテキサス州がこのような法律を通してくれると言うのは非常に良いことである。子供は直に成長させてあげてほしい。親の勝手な思い込みで子供を虐待しないでもらいたい。


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なぜ犯罪者の命の方が被害者の命より大切なのか?

先日オハイオ州のコロンブスで16歳の黒人少女が警察官によって射殺されるという事件が起き、またまたBLMテロリスト達が暴力を扇動してコロンブス警察署の前で暴力的なデモが行われた。コロンブス警察は即座に警官のボディカメラがとらえた映像を発表。ビデオは非常に観にくいが、下記の写真がすべてを物語っていると思う。

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この16歳の「少女」の体重はなんと230ポンド!これは100キロを優に超える体重(104kg)で、うちのメタボ旦那のミスター苺よりずっと重たい。ま、それはいいとして、この少女はピンクのスエットスーツを着ている少女を刺す直前に射殺された。

これまでにBLMが暴動を起こしたすべての事件で、警察官が撃った容疑者はすべて凶悪犯罪者だった。凶悪犯罪者ということは彼らによって被害を受けた人々が存在するということだ。BLM活動家たちは殺された容疑者の話ばかりしているが、これらの容疑者らによって被害を受けた人々のことなど完全に忘れている。

もしこの警察官がこの少女を止めなかったら、ピンクの少女は殺されていたかもしれないのだ。射殺された少女の命の方が刺殺されたかもしれない少女の命よりも大事なのか?最近警官に殺されて話題になった黒人犯人について、なぜかメディアは彼らの犠牲になった被害者の話を全くしない。例えば、、

ジョージ・フロイド:女性の家に強盗に入り、女性の子供が観てる前で女性から金を奪った過去がある。事件当日も偽札でたばこを買おうをし、追及した店員を脅して警察に通報されていた。

ジェイコブ・ブレイク:家庭内暴力で裁判所から近づかないように言われていた元彼女の家に押し入り、元カノを性的に虐待した後に彼女のクレジットカードと車の鍵を奪い、子供二人を連れて逃げようとし、駆け付けた警官の指図に従わずに撃たれ半身不随になった男。警察官が撃たなければ子供二人はどうなっていたのだ?

ダンテ・ライト:デート相手の家に行き、女性の首を絞めピストルを使って脅して金品を奪った罪で逮捕状が出ていた男。警察に呼び止められて指示に従わなかったため、婦人警官がテイザーを使って取り押さえようとしたが、誤って射殺してしまった。

アメリカで犯罪者が逮捕されても、裁判で有罪になる可能性はかなり低い。警察も裁判所も面倒くさいことは嫌うので、たいていの場合は減刑されて元の罪よりずっと低い軽い罪にして禁固刑にすらならないことが多い。それでも何年か臭い飯を食った体験があるということは、よっぽど何度も犯罪を繰り返してきたか、かなりの凶悪犯罪を犯したかのどちらかか両方だろう。

なぜBLMはこんな奴らの肩ばかりもって、こいつらの犠牲になった被害者のことを無視するのだ?こいつらの被害者はほとんどが若い女性達。強姦された人もいれば、殴る蹴るの乱暴を受けた人もいる。そして彼女たちも黒人だ。黒人の命が大事だというなら、こいつらの犠牲になった黒人被害者たちの命は大切ではないのか?彼女たちの人権はどうでもいいのか?

コロンブスの事件に話を戻そう。ナイフで少女を刺そうとしていた16歳少女を射殺した警官を批判する人々に聞きたい。ではこの状況で警官は何をすべきだったというのだ?直接攻撃している少女を引き離すには遠すぎる。テイザーは外れる確率が非常に高い。腕や脚を撃つなどという芸当は外す可能性があるだけでなく、被害者の少女に当たってしまう可能性も高い。他にどんな方法で被害者の少女を救うことが出来たというのか、ちゃんと説明してほしい!

こうなったら黒人が暴れているという通報があったら、白人警察官は出動を避けるべきだろう。黒人の騒動は黒人警察官だけにやってもらえばいい。いや、こんなことが続くなら警察官なんかやってらんねえよ、という人たちが増えるだろう。警察の予算削減などしなくても、どんどん警察官が辞めてリクルートすら不可能になるだろう。それでいったい誰の命が一番危険にさらされると思うのか。

そ、その通り。黒人だ。


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リンチマブが勝ったジョージ・フロイド事件裁判

去年ミネアポリスでジョージ・フロイドという黒人男性の首根っこを膝で押さえつけて死に至らしめたとして殺人罪など三つの罪に問われていたデレク・シャービン元警察官に有罪判決が下った。実際にシャービン被告が有罪だったかどうかは別としてこれ以外の判決は予想できなかった。

去年BLM/ANTIFAがアメリカ中で暴れまくった暴動のきっかけになった事件でもあり、この裁判はメディアも活動家も非常な感心を持っていた。だが、メディアは完全にシャービン被告は有罪であるという姿勢を崩さず、偏見に満ちた報道をしていたため、これだけの注目を浴びた事件であったにも関わらず事件の真実を学んだ人は少なかった。検察側の最終弁論が行われている最中に、すでに暴徒らはミネアポリスに集まっていた。この裁判中に同じミネアポリスで、また別の黒人男性が女性警官に誤って殺されるという事件があり、ところどころで略奪が始まっていた。

そこへ人権屋のアル・シャープトンや民主党下院議員のマキシーン・ウォータースなどがやってきて、有罪以外の判決は認めない。もし無罪ならもっと激しく立ち向かう必要があるなどと暴動を扇動した。弁護側の証人の家と間違われて民家の玄関に豚の血が投げかけられたり、地元メディアが陪審員の住んでいる地域の名前を晒すなど、証人や陪審員を脅迫するような出来事があちこちで起きた。

この裁判は裁判を地元から別の地域に移さなかった時から結末が決まっていた。今の時代陪審員の身元を調べるなど簡単にできる。陪審員の誰かひとりでも被告は無罪だと言えば、その人物の家は焼かれ家族が危険にさらされることは火を見るよりも明らかで、いくら正しいことをしたいと思っていても、一生を棒に振るようなことを彼らに求めるのは酷というものだろう。それに、自分の身だけではなく、無罪判決やミストライアルになどなったら、町中がまた火の海になるかもしれない、気の毒でも被告には犠牲になってもらうしかない、そう思ったとしても私は彼らを責めることは出来ない。

だが、これは不正だ。これは悪だ。

どんな凶悪犯罪者であっても公正な裁判を受ける権利がある。検察側は100%疑いのない罪を証明しなければならない。もし彼らの説に少しでも疑わしい点があれば、陪審員は被告を無罪としなければならないのである。それが疑わしきは罰せずというアメリカの裁判の基本なのだ。そういう意味でシャービン被告の罪にはかなり疑惑が多かった。

裁判で明るみにでたReasonable doubt 合理的な疑問

日本でもアメリカでも被告は無罪を証明する義務はない。被告の有罪を完全に証明する義務は検察側にある。弁護側はその検察側の説の疑わしい点を指摘し、検察側は被告の罪を完全に証明していないとすればいいのである。この被告の罪には疑わしい点がある、というのを英語ではリーズナブルダウト、日本語では合理的な疑問という。私はこの裁判の中で、弁護側はこの合理的な疑問を提示したと考える。

1.ジョージ・フロイドの死因は他にあった可能性

ジョージ・フロイドはデレク・シャービンに首を押さえつけられて窒息死したとされていたが、検死の結果、彼の死因は薬物過剰摂取による中毒死であった可能性が指摘されている。フロイドは当日致死量の四倍のフェンタニルを接種しており、何もせずにいても数時間後には死んでいた可能性が大きいと弁護側の証人は証言している。フェンタニルを過剰に摂取すると呼吸困難を起こすが、フロイドは手錠をはめられてパトカーの後部座席に座らされた時から息ができないと訴えていたことから、シャービンに押さえつけられる前から薬の影響を受けていたことは確かである。もし、放っておいても数時間後には死んでいたのだとしたら、シャービンが押さえつけたことが死因であると断定することは難しい。

2.シャービンが押さえつけたのは首ではなく背中だった

メディアが何度も見せた9分強に渡るビデオは一方の角度だけで、シャービンがフロイドの首に膝を乗せているように見えたが、別の角度からの写真を見ると、実際は首ではなく背中に乗っているのが解る。これはミネアポリス警察で暴れる容疑者を押さえつける手段として普通に使われているやり方であり、これまでにも多くの容疑者がこの方法で制御されたが死者が出たことは一度もない。実際にトークショーホストのスティーブン・クラウダ―がこれと全く同じ方法で9分強シャービンと同じ体格のスタッフに押さえつけられるデモンストレーションをしたが、首や背中が後で多少痛かった程度で死に至るどころか怪我さえしなかった。このやり方で肺が圧迫されることはなく、容疑者が死に至ることは先ず考えられない。

私は裁判の生放送をずっと観ていたわけではないが、シャービンの有罪には、この二つの点だけでもすでに合理的な疑問があると思う。シャービン被告に落ち度があったとしたら、彼があまりにもフロイドに親切過ぎたという点だ。フロイドは自分は閉所恐怖症だとか息が出来ないとか大騒ぎしてパトカーに乗るのを嫌がった。シャービンはこの時点でフロイドを車の外に出したりせずに、そのまま車のドアを閉めてしまえばよかったのである。フロイドは大柄とはいえ後部座席には十分に空間があるし、第一犯罪者がパトカーの中で心地よいかどうかなど警官がそこまで思いやってやる必要はないのだ。逮捕されて心地よい人間など、どこにもいないのだから。

この事件は全くの無知か偏見に凝り固まっている人以外は、シャービン被告が有罪であるなどとは信じないだろう。だが、彼が有罪にならなければアメリカ中で暴動が起きる可能性を考えたら、これ以外の判決はあり得なかったのだろう。

ミネアポリスの現状は、アラバマ物語で、白人女性を強姦したとして裁判にかけられた黒人が、裁判で合理的疑問を提示されたにもかかわらず、裁判の結果を待つまでもなく被告の黒人男性をリンチしようと留置場に集まってきたリンチマブを思いだす。だが、このリンチマブは被告のみならず、裁判に関わった陪審員すらも許さないという形相だったのだ。

こんな状況で公正な裁判など行えるはずはなかったのだ。

それにしても、トランプ大統領が「平和的に行進しよう」と言ったことを暴力的革命を扇動したなどといって弾劾裁判まで行った民主党は、判決が有罪以外だったらもっと激しく抗議しようと、あからさまに暴力を煽ったマキシーン・ウォータースを罰する気はこれっぽちもないらしい。なんという世の中になったのだろう。


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