胎児の命を守れ、ペンス副大統領がトランプ大統領の激励のメッセージを届ける。無視するメディア。

今年も二回目の反トランプ左翼らによるウィメンズマーチ(女性行進)がアメリカ全国各地で行われた。いつものように主流メディアは、あたかもこの行進がアメリカ全土の女性たちに支持されているかのように報道している。日本のメディアも便乗して大々的に報道している。

しかし、もうひとつ、大規模な行進がもう何十年も行われていることをご存知の方はどのくらいいるのだろうか。この行進はマーチフォーライフ(命のための行進)と言って、人工妊娠中絶に反対する行進で妊娠中絶がアメリカで合法になった1974年からずっと毎年繰り返されている。毎年何万という人々が集まり、去年はトランプ大統領も参加して演説を行うなど大々的な行事になっているにも拘わらず、主流メディアは完全無視。下記は今年の様子。

今年はペンス副大統領が参加し、トランプ大統領からの激励のメッセージを届けた。トランプ大統領のメッセージ動画はこちら

一方、メディアが大々的に報道している女性行進は、拙ブログでも紹介したように、女性行進の主催者があまりにも反ユダヤ主義を表に出し過ぎるため、数々の支部が女性行進から離れ、ついには民主党も組織から距離を置くに至った。しかし女性行進はそれでも反ユダヤ姿勢を崩さず、ユダヤ系メンバーたちの離脱が目立つようになった。

そんななか、何故私が女性行進から去ったのかというユダヤ教の女性ラビ(ユダヤ司教)の公開手紙を見つけたので読んでみたい。 著者の名前はRabbi Nicole Guzik ニコール・グージック司教。

司教は今回のロサンゼルスにおける女性行進に参加するにあたり、最近の女性行進組織の反ユダヤ的な発言に懸念を抱き、LA支部の共催者 エミリアナ・グレカとディーナ・カッツに問い合わせをした。女性行進が反ユダヤ主義だという悪評が立ち始めてからも、司教は一応彼女たちの言い分も聞くべきだという寛大な気持ちでいた。グージック司教は共催者の二人と何度も会って話、ロサンゼルスの行進は全国本部とは違ってイスラエルをアパルトヘイト政権だなどといって攻撃したりはしない、もし演説者が台本からはずれてイスラエルを攻撃するような発言をした場合は音楽をかけて即座に退場させると約束させた。

しかし、女性行進LAが開会されて一時間もたたないうちにその約束は破られた。イスラム教市民団体でモスレム同胞軍と深いつながりのある組織代表のマーワ・リファヒー(the Council on American-Islamic Relations)は自分の持ち時間を使ってパレスチナ政策について話し始めた。彼女がイスラエルをアパルトヘイト政権と言ったところで、司教は何時音楽が鳴るのだろうか、演説の中断は何時されるのかと待っていたが、何も起きなかった。

誰がこのスピーカーの審査をしたのだ?何故反ユダヤ演説はさせない、この反ヘイトの場所では許されないという保証がされたのだ?なぜワシントン主催者を弁護することが許されたのだ?私は自分の声を使って私の評判にかけてユダヤ女性は歓迎されている必要とされているという主催者を信じて、この組織を弁護してきた。私たちは必要とされているかもしれない、だが歓迎はされていない。それが良く分かった。

腹を立てた司教とその家族はその場から立ち去った。その時共催者の一人エミリアナに遭遇した司教は自分の不満を述べたが、エミリアナはただ謝罪しただけで特に何かを変えようとする気配はなかった。司教は自分がユダヤ教徒として利用されたのだと悟り、屈辱を覚えたという。

一緒に参加していた他のユダヤ系女性たちも口々に「もうたくさんだ。これが私の最期の行進だ」と言っていた。

ニューヨークで行われた女性行進では、リンダ・ゴキブリー・サーサワーがまったく恥もなく、「モスレムであることを恥じていない、パレスチナ人であることを恥じていない」と言って反イスラエル、反ユダヤ教の演説をぶった。女性行進は女性のための行進などではなく、単にトランプ大統領の親イスラエル政策に繁多なだけの完全なる反ユダヤ行進だと証明されたのである。


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「公衆トイレ論文は信用ならない」を読んで分析してくれたブロガーさんに感謝しよう

去年の9月ごろだったかUCLAのお偉い学者さんたちが、マサチューセッツ州の公衆トイレにおけるトランス許容方針を起用した各地域で施行前と後とで性犯罪は特に増えなかったという論文を発表した。私はそれを最初に読んだときに、なんかうさんくさい調査だなと思っており、時間があるときにちゃんと読んで分析しようと思っていた。そんなことを考えているうちに、六帖のかたすみさんが一部二部に分けて丁寧に分析してくだすったので、怠慢人全般に成り代わって私からお礼を言いたい。六帖さん、ありがとう。

詳しいことは六帖さんのブログを読んでいただくとして、六帖さんがこの論文は信用ならないとする理由として、先ず第一に調査者たちがバリバリのLGBT推進者であることを指摘している。新法律は何の悪影響を与えないという偏見から始めた調査なので、その結果も自分らの都合のいいようになっている可能性は高い。

その他、六帖さんは、調査となったサンプルの範囲が狭すぎることや、人口数や文化の近い都市との比較も、かなりいい加減なものがあると指摘している。

そして、何よりも大事なのは、アメリカの小さな地域での調査が日本でも当てはまるのかどうかということだ。

日本とアメリカでは公衆トイレの施設そのものに違いがあると六帖さんは指摘する。このことに関してはアメリカ住まいである私の方がその違いを説明できるかもしれない。

日本のトイレは昔の和式トイレの名残からなのか個室はかなりの密室となっているが、アメリカの公衆トイレは扉の上や下にかなりの隙間があるだけでなく、扉と横壁にもかなりの隙間があるので、中に誰かが居るというのは外から容易に察することが出来る。洋式トイレはよしんば誰かがドアを開けても臀部が丸見えになるわけではないので、このくらいでも女性たちは特に気にしない。

六帖さんも指摘しているように、アメリカの場合、公園などで公衆トイレがあるところというのは、だいたい治安のいいところであり、そうでない場所ではレストランや映画館やデパートの中にあり、割合管理も厳しい。確かにそういわれてみればそうかもしれない。

それとこれは六帖さんも指摘していることであるが、この調査は地域の人が犯罪が起きたとして被害届を出した数のみを対象としているので、嫌な目にあっても泣き寝入りした人たちの体験談は含まれていない。

この法律が通る以前には男子が女子トイレに入ること自体が犯罪だったわけだが、法律後はあからさまな男子が女子トイレに入ってきて女子たちが嫌な思いをしたとしても、それは犯罪としてみなされない。ということは、法律規定後はかえって犯罪率が下がるなんてこともあり得る。

以前に似たような法律を通したワシントン州のシアトルの更衣室で男性が女子更衣室に居座っても管理人が警察を呼べなかったという事件が起きている。

こういうふうに女性が嫌な思いをしても、それが違法ではないから犯罪とみなされないというだけで、この法律による悪影響は起きていないと言い切るのには無理がある。

ところで、拙ブログでもすでに何度か取り上げてきたアメリカの大型小売店ターゲットにおける試着室での問題をもう一度振り返ってみよう。ターゲットは2016年から性自認に一致する方のトイレや試着室の使用を許容しているが、女子試着室で男性が女性の裸を隠し撮りする事件が後を絶たない。

日本でこのような方針を決行しようというなら、マサチューセッツの一部の地域だけの限られた調査だけでなく、こうした方針を取り入れた欧米のあちこちの例をすべて調査したうえで、そのようなことを日本でやることの悪影響について十分な吟味をする必要がある。そして、そんな悪影響を無視してまで強行する必要があるというきちんとした理由も提供してもらいたいものだ。


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トランスジェンダーこそ男女差別の究極思想では?

年末に女性を自認する人間を女子施設に立ち入らせることの是非について色々やりとりをしたが、ふと考えさせられることがあった。トランスとしての整形手術を受けるためには二年間異性として暮らさなければならないという規則が日本やアメリカにはある。しかし、この異性として暮らすというのはどういうことなんだろうかと私は常に不思議に思っていた。

例えば私の場合、明日から私は男として暮らしますと決めたとしよう。私の仕事は男でも女でも出来る仕事で、お給料も同じことをやってれば全く同率。職場に制服はないし、ドレスコードもこれといってないので女だからドレスを着なければならないというわけでもない。カジュアルな職場だから私がブラウスとスカートをやめてポロシャツにスラックスの恰好で出勤しても別に誰も気が付かないだろう。

他人の迷惑もあるから、トイレや更衣室やシャワーは女性用を使うとなると職場において私の生活には全く変化はない。

では個人的な生活はどうか。異性になろうというからには、すでにパートナーの理解を得ていると考えると、その他の友達や家族に男名で呼んでくれとか、彼と呼んでくれとか頼むこと以外は特に変化はない。今まで通り帰宅したら食事作って食べてテレビ見たりネットしたりして終わるだけ。私は元々買い物とか嫌いだし、友達や家族と外出するにしても男だろうと女だろうと全く違いはない。

となると、いったい私の生活の何が変わるのだろう?欧米のような男女平等社会においては、男であっても女であっても均等に機会は与えられる。昔と違って男でなければ出来ない仕事とか、行かれない場所とか、参加できない団体もそれほどない。

ということは女性らしさや男性らしさはその人の内面の問題なのではないだろうか?

普通の人は自分が自分をどう思っているかということに関して他人の承認を求めても意味がないことを知っている。例えば自分は美人だと思っていても、実際はブスだったら回りは美人としては扱ってくれないだろう。自分はまだまだ若いと思っていても、60歳こして孫も居る人を20代の人たちが「若い」とは思ってくれない。でもだから何なんだと私は言いたい。

自分の内面のイメージと自分の外見が一致しない人などいくらでもいる。それは男か女かということだけでなく、美人かブスか、デブか痩せか、若いか年寄りかなど色々だ。しかし一般の人は、自分なりに外見と中身を一致させようと努力するか、単にそんなもんだとあきらめるかで終わる。他人に自分を美人だと認めろとか年寄り扱いするなとか要求するのは自分勝手なことだと誰もが知っている。

なのに何故トランスだけが他人の考えや行動を規制する特権を持つと思うのだろうか?何故トランスのみが自分らの妄想に他人が付き合わなければならないと思うのだろうか?

何度も書いたが、何故男っぽい女性や、女っぽい男性ではだめなのだろう?人はそれぞれ色々な素質や性質があるわけで、それが男とか女といったステレオタイプに結び付かないことなどいくらでもある。もし女性がエンジニアになりたかったら、先ず彼女は男性に性転換しなきゃならんなどという理屈はない。わざわざ自分の特性にあった性に転換しなければならないと思うことこそ、男女差別の最たるものだ。

私はトランスコ活動家の横暴にこれ以上付き合うつもりはない。彼らが我々の言葉使いや生活態度にまで口出ししてくる以上、彼らとの接点は全くないと考えている。彼らこそが男女差別者の最たるものだからだ。



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「女湯に男性器のある男が入ってくるなんてあり得ない」という活動家の嘘に騙されるな

バズフィードで遠藤豆たなる自称男性のトランス活動家が書いた松浦大悟さんの「女湯に男性器のある人を入れないのは差別」論への疑問というエッセーを紹介されたので読んでみたが、後退派左翼特有のはぐらかしとおとぼけに満ちた非常に不誠実な内容だった。


ことの次第は、2019年1月5日放送のAbemaTV「みのもんたのよるバズ!」で元参議院議員の松浦大悟氏が、事実誤認にもとづいて「トランスジェンダー」への恐怖を煽ったこと。 (強調はカカシ) (略)
野党提出のLGBT差別解消法案を批判する流れで「男性器のついたトランスジェンダーを女湯に入れないと差別になってしまう」と語った松浦氏の発言はSNSでも拡散され、現在インターネット上ではトランスジェンダーへの無理解にもとづくバッシングが起きています。

後退派左翼の常套手段のひとつで、非常に効果的なのは、左翼の目指す非常に過激な目的を隠し、それを指摘する保守派を被害妄想扱いすることだ。左翼のゴールは一般人には理解できない過激なものなので、普通の人は「まさか、いくらなんでも、そんなこと」と思ってしまうのを逆手に取り、「そんなことをあるわけないじゃ~ん」と一笑に付すのである。しかし本心ではまさにそれをやろうと企んでいるのだ。

このオマメがやってるのもまさにそれ。松浦氏が事実誤認のもとに「恐怖を煽った」とか「トランスジェンダーへの無理解に基づくバッシング」とかあたかもトランスらが被害者であり、批判者は無理解で偏狭な差別者であるという書き方である。

遠藤は野党発案のLGBT差別解消案によって男性器のある者を女湯に入れさせなければならない危険性など全くないと言い張る。


現在の野党案が事業者(企業など)に求めているのは、「性的指向または性自認に係る社会的障壁の除去が必要である旨の申出があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、個人の権利利益を侵害することとならないよう、性的指向又は性自認に係る社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」(第十条)であり、いわゆる合理的配慮なのです。「無茶な配慮はさすがに求めない」上で、個別具体的に当事者どうしの合理的な話し合いができることを後押しすることが目的であることがわかります。

何をもってして「無茶な配慮」と判断するのかが明確でない限り、「合理的は配慮」などという言葉使いには全く意味がない。すでに女子トイレに自称女性の女装男を入れろという要求はトランス界隈から出ている。男子を女子施設に入れては駄目だという我々に対して「トランスを疎外する差別者め!このヘイター!レイシスト!」と罵ってるトランスヒステリーたちがすでに存在している。女子トイレがいいなら、なぜ女湯は駄目なのかとなるのは時間の問題。この法案において、そんなことが絶対に起きないという安全弁がきちんと設置されていない限り、絶対にそういう結果になる。保証する。

「男性器のあるトランスジェンダーが女湯に入ってくる。それを拒むと差別になる」という議論は、あたかもトランスジェンダーたちから(あるいはLGBTの運動サイドから)そのような法制化の要望の声が上がっているかのような誤解を与えていますが、実際にはそのような主張を私は耳にしたことがありません。


は!私はこんな不誠実な文章は読んだことがない!「実際にそのような主張を私は耳にしたことがありません」?だって?よくそんなそらぞらしいことが言えるな。冗談じゃない。トランス界隈の人たちはそればかり言ってるではないか!男子を女子施設に入れてはいけないという我々に対してトランス女は女性だ、女性扱いしないのは差別だ!と何度も何度も繰り返しているではないか、何をいまさら、聞いたことがないだ!冗談も休み休み言って欲しい。いくら後退派左翼の得意技だからと言ってここまでとぼけられると呆れて物が言えない。(いうけど)

アメリカのリベラル州各地で自認する性の施設を使う条令を通した地方自治体では、条令の是非を議論する際、反対派による「トランスを装った変態男が女子施設に入ってくる危険をどう防ぐのか」という質問に対して擁護派は「そんなことは起き得ない」の一点張りで、実際に起こりうる問題についての議論を全くしようとしなかった。そうやって条令が通ってしまった地域では覗きやセクハラが起きたり、実際強姦が起きたりしている。


最後に、性犯罪についても述べておきましょう。トランスジェンダーは既存の男女という枠組みをぐずぐずにして、性犯罪を増やす存在なのではないかと心配されることがあります。
しかし、アメリカの大学UCLAの研究所によって2018年に行われた初の大規模研究によれば、性自認に沿ったトイレや更衣室を使える法制度を持つ都市とそうでない都市での性犯罪の発生率は変わらなかったとのことです。

こういう一つの調査だけでなく、イギリスで自分はトランスだと主張して女子収容所に移された強姦魔が女子受刑者を犯した事実や、公共プールなどの更衣室で起きた90%の性犯罪が男女共同更衣室で起きているといったデータも一緒に紹介すべきだろう。だいたいUCLAの調査はかなり怪しいと私は思ってる。それについてはまた後程書くつもりだが。

繰り返すが、遠藤はこの法案によって男性器のある者が女湯に入ってくる危険はないと言っているが、女子トイレや更衣室がいいなら何故女湯はだめなのだという質問に答えられるのか?それが出来ないなら、この法案にその危険性は全くないなどと断言はできない。断言できないなら、松浦氏への反論にはなっていない。

それとこういう人たちの非常に典型な傲慢さとして、「部外者は黙れ」と言う態度だ。


知らないのなら、識者であるかのように語るべきではない
LGBT当事者という言葉はやっかいです。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を合わせたLGBTという言葉は「アジア」に似ていて、たいていの日本人がフィリピンの食事情に詳しくないように、L・G・B・T間でお互いのことをわかっていないこともよくあることです。

自分こそトランスジェンダーのバブルの中に生きていて、一般人のことが全く理解できていないのではないか? 我々一般人は性犯罪など心配せずに安心して用を足したり着替えたりお風呂にはいったりしたいだけ。トランスがそれと同じことを本当に求めているというなら、理不尽な要求はしないはずだ。申し訳ないが少数派はそれなりに不便なのは仕方ない。障碍者と違ってトランスたちはそれを自分たちで選んだのだから、今更その付けを一般人に回さないでほしい。


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同性婚を憲法24条の解釈次第で合法に出来るなら9条はどうなる?

松浦大悟参議院議員がツイッターでLGBT論争に潜む憲法学者のダブル・スタンダードという村田晃嗣(同志社大学法学部教授) のエッセイを紹介していた。実はこれは憲法24条の解釈を変えて同性婚を合法にすべきだという意見を聞いた時に私も即座に考えたことだった。

憲法24条第一項には 「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」 とあるが、憲法新解釈派の言い分は、憲法起草当時は同性結婚などは想定外のことだったので、この場合の「両性」とは必ずしも男女という意味ではなく、同性同士の結婚を明確に禁じているわけではないというものだ。

しかし、こういう理屈が通るとなると必然的にある疑問が生じる。


ところで、9条と自衛隊、日米安全保障条約の関係については、中学生が普通にこの条文を読めば自衛隊は違憲だと思うだろうと、しばしば批判されてきた。同じ事が24条と同性婚にも該当しよう。


逆に、24条が同性婚を否定していないという理屈を9条に当てはめれば、先の大戦の反省に立って侵略行為を行なわないというのが条文の沿革であり、集団的自衛権の行使を明示的に禁止してはいないことになろう。

私は憲法9条は日本の安全保障のためにも改正されるべきだと考えるが、既存の憲法をその解釈だけ変えて好き勝手に歪曲してもよいという考えには全く賛成できない。もし同性婚推進派がどうしても同性婚が日本に必要だと考えるのであれば、その是非をしっかり国民に示し説得し議会で十分に議論した末に憲法を改正すべきである。それをせずに憲法の解釈だけを変えて自分らの主張を押し通そうとするのは法治国家ではあってはならないことだ。

もしこのようなことが通るなら、同じ理屈が9条にもあてはまってしまうのだということを後退派左翼たちは十分に考える必要がある。

憲法の想定していなかった現実に、われわれは直面しているのである。憲法の精神は尊重されるべきだが、憲法が想定していなかった現実までその枠に押し込めるのは、知的傲慢である。


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どんなに理解を示しても、トランスを女子トイレに入れたくない人は差別者にされる絶対服従の掟

最近ちょっとツイッターではかなり危険区域とされているトランスジェンダーについて色々な人と議論しているのだが、その流れで下記のような発言を目にした。この特定の会話には私自身は参加していない。著者はなんと私の昔馴染み、基(もとい)、宿敵(?)の小山のエミちゃん。

エミちゃんはトランス女性を女性だと認めるなら女子トイレに入っても良いことにすべきであり、変態女装男と見分けがつかないからトランスも入ってくるなというのはトランスをセカンドクラスシチズンとして扱うことになり、全くの偽善だと言っている。これは「トランスが性犯罪を犯すと言っているのではない。ただトランスを装った痴漢が立ち入ることを防げなくなるからトランスの立ち入りも禁じなければならないのだ」という議論への反論だ。

確かに、もしトランス女性が本当の女性なら女子施設から排除されるのはおかしい。本当の女性ならどれほどごつい人でも女子施設入室は許可されなければならない。

私のように最初からトランス女性などというものは存在しないと思ってる人間には全く無関係な討論だが、トランス女に対しても同情的であり、理解を示そうと考えている女性たちが、それでも男子が女子施設に入ってくるのは抵抗がある、怖い、と思う気持ちを、こうやって差別者だと言って責め立てるのは如何なものだろうか?

こういう意見を読むと、結局トランス活動家の本当の目的は自分たちが安心して使える施設に入りたいということではなく、女性を恐怖に陥れて弾圧するという、女性の完全服従が目的なんだなとあらためて感じさせられる。


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性転換手術をしても変わらない男性の狂暴性

ツイッターでかなりのフェミニストと思われるコノミ@konomigoodさんという人が、トランスジェンダーに対して同情的な気持ちを持ちながらも、やはり自称女性の男性が女子施設に入ってくるのは抵抗があるというツイートをしていた。

トイレ等をトランスと自称するだけで出入り自由にしてしまうと男性は通報を恐れずに女装していくらでも入れてしまうその事に対してどうするか?という問題を話し合う前から、女性が不寛容無理解であるという見方をして批判してしまうと反感から対立を生み、マイノリティの潰し合いになりかねません。

トランスへの差別意識ではなく、ずっと自衛しろと言われ、加害男性はそっとしておかれるような社会の中、トランス女性に擬態してでも性犯罪をしようとする男性が出るだろう、それをどうするか?まずはそこからであり、そこを飛ばして女性の恐怖に対して云々しても議論はすれ違うだけではと思うのです。

私はこれは非常にもっともな意見だと思う。この人はトランスに関して理解を示そうと非常な努力をしているので、トランス自身が犯罪を犯すというよりも、トランスの振りをしている痴漢や変態が女性施設に自由に立ち入りできることを懸念しているのだ。それでもトランス活動家からすると、彼女の意見は「トランスを排除しようとしている」とか「トランス差別」とみなされる。

私はコノミさんほどトランスに対して同情的ではない。私は男から女のいわゆるMTFと呼ばれる男たちの犯罪について色々調べてきたが、手術をして女性と自認している男たちの中にも少なからず女性を対象とした性犯罪者が居ると確信している。

フェデラリスト掲載のこの記事には、男性は性転換手術をした後でも男性的な犯罪傾向を保持すると書かれている。著者は自身も性同一障害に悩む退役軍人でジェイミー・シュープという男性。この人は元陸軍一等兵。戦場にも何回か出動したことがあるが、退役後四年近くトランスジェンダー女性として生きた後、その願望に抵抗して今は男性として生きている。

犯罪傾向は生物学と一致する

ジェイミーは長年に渡ってメディアで報道されたトランスジェンダーによる犯罪を収集。彼の集めた67件の殺人事件と49件の性犯罪事件でその犯罪内容を生物学上の性別で比べた場合、その犯罪傾向は普通の男女のそれと一致するという結論に達した。

彼の調べた67件の殺人犯のうち14人は複数の人間を殺しており、何人かは連続殺人犯で、何人もの女性を殺していた。彼の集めた記事のなかで67件中63人が女性を自認している男たちで、3人は男と自認する女、もう一人は中性とあり生物学的性は不明。

性犯罪においてもこの男女の傾向は似ていた。75件のうち49件が18歳未満の未成年に対する犯罪で、女性自認MTFによるものが66件、男性自認FTMによるものが9件。しかしFTMによる性犯罪は相手に自分は男だと思わせて女性と性行為に至るものがほとんどでいわゆる合意によるセックスであった。

ジェイミーはさらに、公衆トイレや更衣室及び試着室における事件に関して何年にも渡り何百という時間をついやしてネット検索をし、1000件に渡る事件を収集した。これらの事件で1000件中952件までが生物学的に男性による犯罪だった。

その内訳は、大人の男性839件、少年70件、女装男25件、MTF7件、大人女性25件、FTM1件、少女12件。女性による犯罪は性犯罪は非常に稀であるが、犯罪の犠牲者は女性が大半を占める。

ジェイミーはこれらの調査結果から、女性が女性施設に男性が立ち入ることを恐れるのは正当な感情であり、女性たちが安全な場所を要求するのは全く当然のことだと語っている。

男性が女性より狂暴なのは誰もが知っている事実。男女施設が分かれていても男性によるこうした犯罪が発生している以上、施設を分けなければ上記の調査で犯罪を犯した952人が堂々と女子施設に入って来ても、女性たちは何も言えないという状況を作り出すのだ。これが女性にとって安全であるはずがない。

それにトランス活動家たちが無視している一番の点は、女性が女子施設で男性と遭遇した際の「恐怖心」である。男性が肉体的に女性に脅威を与えることは当然である。たとえ何も起きなくても、女性はプライベートな場所で家族以外の男性と居ることには非常な不快感と脅威感を持つ。これはMTFへの差別意識とかそんなものではなく、我々女性のなかに深く刻み込まれている生物学的な防衛本能である。自称女性のトランスたちがそれを理解できないとしたら、しれは、彼らが本当の女ではない証拠だ。もし理解した上でMTFの立ち入りを要求するなら、これはまさにミソジニー/女性蔑視による女性弾圧だと言わざる負えない。



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火器管制レーダーと探知レーダーは別もんじゃ!

この間の韓国海軍駆逐艦による海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射事件だが、これは非常に由々しき事態だと言わせてもらう。火器管制レーダーというのはFire Control System(FCS)という攻撃用のレーダー。つまり、すでにミサイル発射を決めた標的に対してミサイルを誘導するためのレーダーなので、すでに安全装置を外した銃を相手に向ける行為と同じ。普通このようにレーダー照射された場合は戦闘行為と判断しこちらから迎撃されても相手は文句が言えないほど深刻な行為である。言っておくがこういうことは間違いでうっかり出来るというものではない。

これに対する韓国の返答はもうおかしくてへそが茶を沸かすレベル。よもぎねこさんがまとめてるのでちょっと引用。


そのような事実は無い
 ↓
 レーダーを使用した事実は 無い
 ↓
 現場海域で通常の任務を行っていただけだ
 ↓
 実は北の遭難船舶を捜索していた
 ↓
 北の遭難船を探す目的でレーダーを使ったが、FCSは作動させていない
 ↓
 天候が悪かったため全てのレーダーを使った
 ↓
 一瞬だけFCSのビーム上に海自の航空機が偶然入った
 ↓
 自衛隊機が威嚇してきたのでFCSレーダーを照射し続けた
 ↓
 カメラで撮影しただけ
 ↓
 日本が事実を確認せず発表した!←いまココ

よもぎねこさんが、北朝鮮の遭難船は空を飛ぶんかい、とおっしゃているが、最初に聞いた時に私もそう思った。先ず火器管制レーダー(FCS)はものを探すための探知レーダーではない。攻撃すると決めて標的に照準を合わせた時点でしか作動させないので普通の捜索で使ったりしない。それに遭難船を探すなら海面を捜索しているはずなのに、なぜ高度な上空を飛んでるP1哨戒機を探知できるのだ?探知範囲が海面と空では全然違うだろうが。ましてや哨戒機がFCSのビーム範囲に偶然入ってくるとか、ありえんだろう!

こういうド素人が聞いてもわかるような嘘をなんで韓国は付き続けるのか?それは韓国が日本を見くびっているからだという人がいる。この記事著者は黄文雄(こう・ぶんゆう)という台湾系評論家。

黄氏曰く、韓国ではあまりにも反日運動が徹底しているため、韓国軍の中にも日本との関係を悪くした方がいいと考えている者がいるのではないかという。

まさに韓国軍でも同様のことが起こっている可能性があります。文在寅政権の反日姿勢を読み取り、日韓関係を改善するより、むしろ関係に亀裂を入れたほうが出世できると考えて行動する者がいてもおかしくありません。

しかも、日本の場合は専守防衛のため、ロックオンされただけでは攻撃できません。相手から撃たれてはじめて反撃できるのです。韓国軍も当然、そのことはわかっているはずです。だから日本側をナメてロックオンなどというふざけたことをしてくるのでしょう。かつて中国海軍も自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射したこともありました。


このようなことを考えれば、10月に韓国で行われた国際観艦式で、日本の旭日旗掲揚を控えるように要請する一方で、韓国海軍が李舜臣を称える「抗日英雄の旗を掲げるという、きわめて非礼な暴挙に出た意味も理解できます。

自衛隊はロックオンされただけでは迎撃出来ない?そんな、ロックオンされてからミサイルが飛んでくるまでどんな短時間だと思ってるんだ?自衛隊はこのROEを絶対変えるべきだ。こっちが迎撃しないと解ってるからこういうなめた真似に出たのだな、卑怯者め。


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国民の意志を無視して訴訟で同性婚を押し通そうという策略

前回のエントリーで日本ではまだ同性婚を禁止するのは違憲だとする訴訟が起きていないのだろうかと書いたが、やはり日本ではすでにそういう訴訟を起こそうという計画があった。これがハフィントンポストの記事

「同性同士が結婚できないのは、憲法に違反している」として、複数の同性カップルが2019年2〜3月、東京地裁など全国数カ所の地裁で国に損害賠償を求める訴訟を一斉に起こす。「同性婚ができないのは、違憲」だとして、同性カップルが国を提訴するのは日本初となる。 11月28日のメディア懇談会で代理人の弁護士や、木村草太・首都大学東京教授(憲法学)らが訴訟の目的について解説した。

やっぱりねえ。これは時間の問題だと思っていたが。憲法改正だの国民投票だの面倒臭いことをするよりも、既存の憲法の解釈を訴訟を使って変えさせたほうがずっと近道だ。これを使わない手はない。 さて、では日本における結婚の定義をしめす憲法24条に何と書かれているのか。

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない

明らかに「両性の合意」とあるので、これは男女両性の意味だと解釈するのが妥当だが、同性婚推進者はそうではないと言い張る。

しかし木村氏によると、この条文が意図するのは「男女のみが結婚できる」ではなくて「当事者のカップルが、自分の意思で結婚できる」ということ。
旧民法では「婚姻には戸主(父や母など)の同意を必要とする」と書かれていて、本人たちの合意だけでは結婚できなかった。それを、当事者(両性)の合意だけで結婚できるようにするために、憲法24条は作られた。
ただ憲法が起草された当時、自由に結婚できずに困っていたと想定されたのは異性カップルだけ。同性カップルが結婚できない、という問題が認識されていなかった。(強調はカカシ)
つまり24条の指す「両性」は男女を指すものではあるが、憲法24条自体は、同性カップルの結婚を否定はするものではない、と木村氏は解釈した。

この理屈はどう考えてもおかしい。確かに憲法24条設立当時、同性婚を念頭に置いていた人は居ないだろう。だがそうであるならば、何故発案者は「当事者」とせずにわざわざ「両性」としたのであろうか?わざわざ「両性」と断っている以上、この結婚は男女の間でのことだけだとはっきり明記しているのだと解釈するべきではないだろうか?それを『当時は同性結婚は念頭になかったがもし念頭にあったら「当事者」としていただろうからこの「両性」は当事者と解釈すべきなのだと』というのはあまりにも屁理屈ではないか?

原告側はさらに憲法13条と14条の「婚姻の自由の侵害」と憲法14条の「平等原則違反」の二つ を持ち出してくる。


「第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

憲法13条は、幸福追求権に基づいて「人は自分のことは自分で決定できる」という自己決定権を保証するもの。
そのため「婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするか」は、相手が異性・同性に関係なく(強調はカカシ)、個人の決定に委ねられるべきことであるはずだと、弁護団は主張する。 寺原真希子弁護士は「憲法13条と24条1項で、同性カップルにも結婚の自由を認めるということが、要請をされている。それができていない現状は、婚姻の自由の侵害に当たります」と述べる。 (略)

この解釈には無理がある。日本人は誰とでもいつでも好きな時に結婚できるわけではない。同性に限らず、近親や、未成年(親の承諾なくしては)や、複数の人間とはいくら好きでも結婚は許されていない。ここで「相手が異性・同性に関係なく」というのは原告の勝手な解釈であり、第24条ですでに「両性」と限定されている以上、ここで同性を持ち出してくるのはおかしい。

では続けて憲法14条。

「第三章 国民の権利及び義務
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。
② 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
③ 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」

憲法14条は、「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地によって、区別することが許されない」と定められている。
今回は「社会的身分」と「性別」が平等原則に違反するという。寺原弁護士はこう説明する。
「性的指向は自らの意思で自由に変えられないもので、社会的身分に該当します」
性別についても、憲法制定当時は男性・女性を想定していたことは否定できません(強調はカカシ)が、人間の性のあり方が多様になった現代社会では、性的指向に基づく差別も性別による差別に含めるべきであるという風に考えます」

これはさらに苦しい解釈だ。ここでいう性別とは主に女性差別のことを言っているのであり、同性愛者差別のことを指すのではない。どこにも「性嗜好によって差別されない」とは書かれていない。同性愛者は少数派だから「社会的身分」に相当するなどこじつけもいいところだ。この場合に身分とは華族だの貴族だののことを指すのであって性嗜好を指すのではない。

原告側の主張は憲法にどう書かれていたとしても、当初の想定がどのようなものであったとしても、同性結婚を含まない解釈は時代おくれだから解釈を変えるべきなのだ、そうしないのは違憲なのだというもの。

しかしだったら何故同性婚推進者は憲法そのものが時代おくれなのだから憲法改正をすべきだと主張しないのだろうか?何故わざわざプレッツエルのように条文をねじ負けて解釈させようとするのか?

その答えは簡単だ。憲法改正となれば議会での議論が必要。そのためには一般国民の支持と理解も必要。多くの人が同性婚の是非について語り始めれば多くの人が反対意見にも耳を傾けることになり、ホモフォブ!レイシスト!と騒いでるだけでは国民を納得させることなど出来なくなるからだ。

同性婚推進者に確固たる理念があるならまだしも、単に「時代遅れだから」「欧米ではやってるから」というだけでは憲法改正は望めない。

その点訴訟をおこせば、同性婚の合法性を決めるのは裁判官だけ。リベラルな判事にかかれば国民の意志など完全無視であっという間に同性婚が合法になる。推進者たちの狙いはここにある。

これはアメリカで後退派左翼た使った汚い手だ。ま、アメリカでもうまくいったから日本でもうまくいく可能性は大いにあるだろう。はなはだ卑怯極まりない手口である。


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法の網をくぐって裏口から同性婚を合法化してしまおうという同性婚推進派の卑怯極まりない手口

昨日ツイッターで同性婚を日本で合法化するか否かという議論中に、以前にも絡まれたことのあるアレク慎太郎@alekshintarouという屁理屈男に絡まれた。この男は人に絡むので有名で、まともな話など出来る人間ではない。だが、おもしろいことに、彼とのやり取りで日本の後退派左翼の非常に汚い手口を学ばせてもらった。これはアメリカで後退派左翼が行ったことと酷似しているので、一筆の価値ありとみた。先ずアメリカの場合から復習してみよう。

アメリカの同性婚は国民の同意で起きたのではない。

拙ブログの読者諸氏はご存知だが、アメリカで同性婚が合法になったのは、国民投票や憲法改正によって認められたのではなく、一部の運動家による訴訟によって最高裁が決めたことだ。アメリカにおける結婚は一夫一婦制のみというのが原則であったが、特に同性結婚を禁じていたわけではない。なぜなら元々同性婚など誰の念頭にもなかったからだ。

それで10年以上前に同性婚の話が出始めた頃、各州で改めて結婚は一夫一婦制のみとするという州憲法改正案を通した。極リベラルのカリフォルニアですらも、この州憲法改正案は州民投票で過半数以上の支持を得て可決された。これを不服とした一部の同性婚推進派がカリフォルニア州を相手どって、一夫一婦制は違憲であるとして訴訟を起こしたのである。当時の最高裁は保守派のスカリア判事の急死で一人足りない状態。リベラル派が優勢だったことから、原告の訴えが認められ、結果的に同性婚が合法となってしまった。

つまり、アメリカでは同性結婚を合法にするという新しい法律が出来たのではなく、同性婚を認めないのは違憲だという裁断が下ったことで、同性婚が認められるに至ったのである。この裁断に国民の意見は全く反映されていないのだ。

同性婚推進派が同性婚の是非をきちんと議論しない理由

同性婚推進派は同性婚を合法とすることが何故そんなにも必要なのかという議論をしない。ただ単に異性夫婦が認められるのに同性夫婦が認められないのは不公平だというだけ。しかも反対派に対してどうして反対なのかきちんと説明しろ!同性婚が合法になったからってどんな弊害があるんだ!と開き直る。普通既存の法律を変えろという方が、何故法律を変える必要があるのかを説明すべきだろう。反対意見を述べるのはその後のはず。しかしアレク君との不毛なやりとりでひとつ重大な発見をした。同性婚推進派は法律を変えて同性婚を認めさせようなどという意図ははなからないのである。

法律を変えるのではなく、解釈だけを変える汚いやり方

アレク君が紹介してくれたこのサイト、の同性婚人権救済弁護団員という鈴木明絵と森あいの議論を読んでいると、日本でもアメリカと全く同じやり方で法律を変えずに法律の解釈だけを変えて同性婚を既成事実にしてしまおうという魂胆が見える。魂胆といっても彼らはその主旨を全く隠していないのだが。著者らはまず憲法学と民法学に分けて結婚の定義を吟味している。

憲法24条1項(「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し(以下略)」)を根拠に同性婚は容認されないというのが従来の通説とする見解がある (略) しかし、日本の憲法学上、同性婚はほとんど論じられてこなかった。そもそも、同性婚を論ずる際に問題とされがちな憲法24条についてさえ、著名な基本書に記載は存在しないか、または極めて少ない 。

もっとも、若干の議論はあり、学説は大まかには以下のようにまとめることができる。(略)


①非許容説  注6) 、 注 7) 憲法24条に「両性の合意」とあることから、文理解釈上現行憲法では許されないとする。

②許容説 注8) 憲法24条に「両性の合意」とあっても、婚姻両当事者以外の合意は不要であるとの趣旨であり、また、憲法制定当時は同性婚に対しては無関心であり、時代の変化に伴い同性婚の課題が顕在化した以上、憲法24条によって同性婚制度の立法が禁じられてはおらず、憲法上許容されるとする。 (強調はカカシ)

③保障説 注9) 憲法13条、24条等に基づき積極的に同性婚が憲法上保障されるとする。

そして民法学においては、

①否定説1・婚姻障害説  注10) 民法に明文の規定はないが、憲法24条の「両性の合意」、民法731条「男は」「女は」との婚姻適齢の規定から民法典起草者は当然のこととして書かなかったにすぎず、同性間の婚姻は生物学的婚姻障害であるとする。


②否定説2・婚姻意思否定説 注11) 婚姻する意思は夫婦関係を成立させる意思であり、夫婦関係とはその社会で一般に夫婦関係と考えられているような男女の精神的・肉体結合というべきであり、同性間にはこの婚姻意思がないとする。


③許容説 注12)現行民法では認められないとしても、憲法24条の趣旨は、親や戸主の意向のままに婚姻が決められるという慣例をなくし、女性の権利を確立することにあり、異性カップルのみに婚姻を保障する規定とはいえず、民法で同性婚を認めたり登録制度を設けたりすることは憲法に違反しないとする。

既存の法律で、あからさまに同性結婚を禁止していないのは、アメリカの場合と同じように憲法設立当時、誰も同性婚の可能性など念頭に入れていなかったからだ。だが明確に禁じていないから合法と解釈してよいという考えは非常に危険だ。

結婚制度を改正し同性婚を合法とすることが日本社会にとって必要なことなのかどうかという議論をせずに、既存の憲法で同性愛も許容できると解釈することも出来なくもないので、そういうふうに自分勝手に歪曲して解釈し、国民の意志や社会への悪影響など全く考慮せずに押し通してしまおうというのが日本の同性婚推進派の汚いやり方なのだ。

日本では同性婚を禁じるのは違憲だという訴訟はまだ起きていないのだろうか?アメリカの「成功例」から考えて、そういうやり方は十分に効果があると思う。特に日本政府はアメリカに比べたらずっとリベラルだから。

同性結婚が日本社会に必要だというなら、正々堂々とその議論をしたうえで国民の支持を受けて憲法改正に乗り出せばいい。そうした正規の過程を通さずに憲法の網の目をくぐって裏口から無理やり合法化させてしまおうという考えは全くもって卑怯極まりない。

付けたし:やっぱり同性婚を禁じるのは違憲だという訴訟は起きていた!当たり前だな、それが一番の近道だから。これについては別エントリーを改めて書くつもり。



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