ハーバード大学が一旦受け入れた保守派運動家のパークランド乱射事件生存学生を不合格にした本当の理由

先日 「アメリカ・フロリダ州の高校で昨年あった銃乱射事件に遭遇し、アメリカの名門ハーヴァード大学に合格したカイル・カシャヴ氏(18)が17日、過去の人種差別発言が原因で合格を取り消されたとツイッターで訴え、議論を呼んでいる。」という記事がツイッターを騒がせていた。

記事によるとカイル君が16歳の頃、乱射事件が起きる数か月前、友達同士のプライベートなやり取りでお互い一番衝撃的な発言をするのは誰かというような男の子ならだれでもするような馬鹿げたお遊びをしていたのを、元友達の誰かがスクリーンショットで撮ったものをハーバード大学に送り付けたらしい。

本人は若気の至りだったとしてすぐに謝罪。いまの自分は十分に反省しているし、当時の自分と今の自分は違うと釈明している。 事実、事件直後からカイル君が公共の場で見せて来たふるまいに人種差別的な要素は全くない。それを16歳の時に友達の間で悪ふざけしていたくらいで、誰を傷つけたわけでもないのに、入学を取り消されるなんて信じられないと誰でも思うだろう。だが実は、カイル君の入学取り消の本当の理由は過去の差別的な言論などにあるのではなく彼の政治的な姿勢にあるのだ。

カイル君は銃規制強化を訴えるデイビッド・ホグ君と同じ高校の出身で、パークランド乱射事件の生存者である。学歴が全く届かず他の大学をすべて不合格になったのに何故かハーバードに受け入れられたデイビッド君と違って、カイル君は頭脳明晰成績優秀。大学入試のための全国学力テストで1600点中1550点という成績を収めており、多くの一流大学から奨学金付きで合格したが、ハーバードを合格したので他の大学はすべて蹴っていた。

デイビッド君と同様、カイル君もまた乱射事件後、学校内での安全を求める運動を公の場で行ってきた。しかしこの二人には決定的な違いがある。それは、デイビッド君は銃砲取締法強化を訴えているに対し、カイル君は銃砲所持権利の拡大を訴えて来た。二人とも学校内での安全を保持するという点で目的は同じだったが、そのやり方が全く違っていたのだ。

ここで理解しなければいけないのは、銃砲を持つ権利に関する政治的な見解は、右翼保守か左翼リベラルかで真っ二つに分かれるということだ。右翼保守(主に共和党)は憲法補正案第二条で保障されている市民が銃砲を所持する権利を全面的に支持しているが、左翼リベラル(主に民主党)は市民の銃所持を全面的に反対している。

そして最近の一流大学はどこもかしこも左翼よりで、保守派に対する嫌悪感を表にしている。ハーバードにとって16歳の学生の馬鹿げたテキストなど問題であるはずがない。もし同じことをデイビッド君がやっていたら、大学側は一笑に付していただろう。いやそれを言うなら、カイル君が特にとりたてて公共の目に触れるような運動をしていなかったなら、保守派運動家として世間に認められるような活動をしていなかったなら、彼の過去のテキストなど何の問題にもならなかっただろう。同大学にとって問題だったのは左翼リベラルの同大学が保守派運動家として著名なカイル君を受け入れることにあったのだ。

カイル君が同大学に合格したのが何時だったのかわからないが、その当時は多分、彼が保守派活動家として有名になっていなかったのではないかと思われる。それで同大学としても、彼の入学が問題になるという意識はなかったのであろう。それがカイル君が有名になればなるほど、同大学としては彼を不合格にする口実を探していたのかもしれない。

それにしても、「友達」だったはずの同級生たちが、カイル君の政治的見解をもとに彼の将来を台無しにしてやろうとする、そのせこい考えには腹が立つ。『 カシャヴ氏の書き込みのスクリーンショットを公開した同級生のアリアナ・アリさんは、ニューヨーカーに対して、「彼が目立てば目立つほど、その偽善が不愉快だった」と話した。』当時は自分だって一緒になって笑っていたくせに、何が偽善だ。アリアナちゃんは「カイル君、そんなこと言うもんじゃないよ、それは差別だよ」と注意したのか?かなり疑問だね。これは私の憶測だが、もしカイル君の活動が左翼リベラル政策を促進するものだったら、アリアナちゃんはカイル君がどれだけ有名になろうとこんな過去を暴露するなんてことはしなかっただろう。

今回のことで現在一流大学をめざ目指す高校生たちが学んだ教訓とは何であろうか?

それは自分が政治的に右寄りな人間は絶対に公な政治活動に参加しないこと。自分の政治見解はよっぽど信頼できる友達以外には心を割って話さないこと。保守派の人間は友達と政治に関する議論を記録に残るネットやスマホなどのチャットでしないこと。

若者に広い知識を得、あたらしい分野に目を開かせる手伝いをするはずの大学が、固まった考え以外を持つ人間を沈黙させるという、いまやハーバードも落ちたものである。


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映画やドラマの気になった言葉使い色々

今回の帰省中や往復飛行機の中で日本のテレビ番組や映画を色々観たが、どうも気になることがいくつかあったので書き留めておきたい。

タメ口

先ず気になったのが言葉使いの変化。近年私は「タメ口」という言葉を学んだ。最初何のことかわからなかったのだが、文脈からどうやら先輩らに対して敬語や丁寧語を使わず友達同士のような言葉使いをすることをいうらしい。昔は誰かがタメ口を使っているなどと文句を言う人は居なかった。なぜなら誰もそんな言葉使いをテレビ番組でしていなかったから。ところが最近ではバラエティなどの出演者が自分のことを「俺」などといって全くはばからない。例え一緒に出演している人たちが友達だったとしても、視聴者は彼らにとってはお客さんのはずで、お客さんが観てる前でタメ口は失礼だという感覚はないらしい。

かと思うと、全く不適切なところでやたらに丁寧な尊敬語を使う人が居る。アナウンサーなどが若い芸能人の話をしている時ですら、「~さんがおっしゃいました」などと言うのはちょっと変。

NHKのニュースを聴いていたらこんな感じのニュースが流れた「犯人は周りから忠告を受けていたのに出かけ犯行に及びました。でも犯行は未然に防がれました。」ニュースというのは口語ではなく文章語を使うべきであり、従来ならば「、、、いたにも拘わらず」「しかしながら、、、」と言うべきところ。私からいわせるとNHKのニュースでこんな言葉使いをするのは信じがたい。しかしこの傾向はすでに去年から観察しているので、これは間違いではなく、すでに正式な話し方として受け入れられているようだ。

ドラマの吹替

外国ドラマの吹替にも気になる点が非常にあった。以前に吹替の台本を書いている人が「いまだに昔気質の人がいて、言葉使いが古すぎる。今は誰もそんな言葉使いをしないと主張しているのだが、」と言っているのを聞いたことがある。だが、今の吹替を聞いていると、どうやら昔気質の人々は皆引退したようだ。昔なら「キャシー、あなたは私の恋人を奪ったのよ。」というところを今では「キャシー、あなたは私の恋人を奪ったんだよ。」となる。日本人同士の若い人たちの会話ならそれでもいいのかもしれないが、どうも洋画でこういう話方をされるとかなり違和感がある。

それでもまあ、これは時代だから仕方ないとしても、韓国の時代劇を観ていて、これはないだろうというものに遭遇した。三国時代の韓国を舞台にしたドラマで、家来たちが王のことを「王様」と呼んでいたのだ。日本ならさしずめ「殿」と呼ぶところであるが、日本の殿様と区別するということでチョナを「王様」と訳したのであろう。しかしながら、「王様」というのは第三者が使う代名詞であり直接相手に使う呼称ではない。「○○様は××国の王様であられる」は良いが、家来が王様に呼びかける時は「陛下」か「殿下」となる。日本でも天皇のことを「天皇様」と呼ばず「帝」もしくは「陛下」と呼ぶように。また同じドラマの中で、お女中たちが王妃のことを「奥様」と呼んでいた。これは「奥方様」だ。妃はそこいらの奥さんたちとは格が違うのだから。

いったいどうすれば、こんな非常識な言葉使いが台本に通るのだろう? 例え最初の翻訳者が無知で間違えたのだとしても、校正する人が居たはずで、その段階で誰も気が付かなかったとは考えられない。素人の私がおかしいと思うくらいなのだから。だとしたら彼らは故意にこの言葉使いを選んだのだろうか?そうだとすれば余計にその理解できない。

時代劇の現代語

帰りの飛行機で「鎌倉物語」という映画を観た。登場人物の服装や乗ってる車から察するに1950年代もしくはそれ以前を舞台にしているように見えたのだが、主人公の若い女性の言葉使いがまるで現代風。昔ながらの時代劇でも最近は現代語を使うことが多くなってきているとはいうものの、あまりにも感性が現代過ぎると、時代物を観ているという雰囲気に入り込めない。

古い時代になると、当時の言葉使いでは現代人には理解できない場合もあるので完璧に歴史に忠実になれとは言わない。しかし現代人でも理解できる程度の古い言い回しは残しておくべきではないだろうか?少なくとも現代とは違う時代の人々の話なのだという印象を持たせるための手段として、今とは違う言葉を使うべきではないだろうか?

私が古臭いだけ?

まあ、現大日本人に違和感がないのであれば、私ごときが苦情を述べる必要もないのかもしれない。だがこうやって少しづつ伝統が失われていくのだと思うと、なにかちょっと寂しい気がする。


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翔んで埼玉、千葉県人として大いに笑った

今年(2019年)2月に公開された 魔夜峰央(まやみねお)原作の「翔んで埼玉」を日本からアメリカに帰る飛行機の中でみた。私がこの映画に興味があったのは私が好きな俳優の加藤諒が出ていたからだ。彼はやはり私が好きな「パテリコ」にも舞台と映画で主演していたことから知った俳優。偶然でもないが「パテリコ」も「翔んで埼玉 」も同じ魔夜峰央の原作。これは二つを見比べれば一目瞭然だが。

ちょうどカカシは先週日本に里帰りしており、その時に久々に一緒に食事をした女友達が埼玉県に在住であるという話から、この映画のことが話題に上った。隣県の千葉県人(だった)私に対し、現埼玉県人の彼女は「最近の埼玉はすごいのよ」とこの映画の話をしてくれたのだ。

物語は完全なるファンタジーの世界だが、現代日本が未だに徳川時代のような封建社会にあり、東京が中心となり埼玉や千葉は何かと蔑まれており、これらの県民が東京都に入るためには通行手形が必要。東京都民は選民として特権階級であり、埼玉や千葉県民は下層階級。そんな埼玉県民がライバル県民の千葉県と戦いながらも東京都に盾をつくといった内容。

「パテリコ」がそうであったように、「翔んで埼玉」も普通にBLの世界なので、それを主流俳優たちが平気でやってのけるというのが日本のすごいところだな。主役の男性二人壇ノ浦百美(二階堂ふみ) と麻実麗(GACKT) は明らかに恋愛関係にあるし、千葉解放戦線の 阿久津翔(伊勢谷友介)による麗への拷問シーンや麗の配下の男性たち同士の間でもなんか不思議なムードが漂う。

はっきり言って原作者の魔夜峰央と言う人は色々なところでインジョークを混ぜている。「パテリコ」でも萩尾望都の「11月のギムナジウム」で出て来たセリフ「誰が殺したクックロビン」 が突如としてパテリコの口を横切ったりしていたが、今回も作者の宝塚ファン度や腐女子特有ジョークが多々で観られた。(摩耶自身は男性らしけど)

それから作家の宝塚ファン度も大したもの。だいたい麻美麗からして往年の宝塚女優の芸名だ。映画の冒頭でアメリカ帰りの麻美麗を紹介する学校の先生の声がしてくるが、それがいかにも宝塚男役風のセリフ回し。するとその声の主は宝塚男役風化粧した男装の麗人。麗を取り巻く女性たちの話方は完全に宝塚女役風。

もっとも腐女子度や塚ファン度のみならず、関東地方の人にしかわからないインジョークも満載だ。千葉県の常磐線電車のアナウンスとか、そのあまりの完璧さに私はのけぞって笑いそうになった。その他千葉県や埼玉県の地名や特産物(ピーナッツ!)などの話題もバカバカしくておかしくて大笑いした。

真面目な話、初めて男役に挑戦したという二階堂ふみの演技は素晴らしかった。こういうギャグ映画では俳優は真面目に演技をしないと観客はしらける。どれだけハチャメチャな状況にあろうと、どれだけ奇想天外な役柄であろうと、登場人物そのものは真剣に取り組んでいる。だから決してカメラを意識した登場人物を馬鹿にした演技をしてはいけないのだ。その点二階堂は偏見に満ちた特権階級の御曹司でありながら、その偏見を乗り越えていく百美の役を誠実に描いており好感が持てた。

二階堂だけでなく、この傾向はすべての俳優に言えることで、これだけのギャグ映画に真剣に取り組んでくれたということに感謝の意を表したい。

ともかく大笑いした映画なのでお薦め!


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ユーチューブのバン祭り、保守派は愚痴っているより新対策を考える時

先日ユーチューブにおいて人気保守派ユーチューバーのスティーブン・クラウダーのチャンネルが全面的に無収益(Demonitorized)対象となったことが発端となり、保守やリベラル関係なく多々の独立チャンネルが凍結されたり無収益対象となったりしたことが大きな話題を呼んでいる。

ユーチューブではビデオ再生に一回いくらの宣伝収益が付くことになっているので人気があればそれだけで生計を立てられる人もいる。超人気ユーチューバーなどは年収何億円という収益になる。つまり、そこそこの人気ユーチューバーならばチャンネルが凍結されたり、ビデオが無収益対象にされるのは死活問題である。

さて、なぜユーチューブは人気独立チャンネルの一掃を始めたのだろうか。ユーチューブはこれまでにも「過激派」とされたチャンネルをいくつも凍結してきた。陰謀論説者のアレックス・ジョーンズやアルタナ右翼とされたマイロ・イヤナポリスや、過激派右翼ジャーナリストのローラー・ルーマーなどがその例。ユーチューブが右翼保守が嫌いな傾向にあるのは前々からあきらかだった。過激派でも陰謀論説者でもないプレイガー大学チャンネルは、その保守派的内容からしょっちゅうビデオが無収益対象にされてきた。しかし、今回のクラウダーや他のチャンネルに起きた一掃はこれまでとはかなり違う。

クラウダーは元々コメディアンで、映画やテレビで活躍した過去もある。今はユーチューブチャンネルでコメディタッチで時事問題を扱って大人気をかもしている。事の発端はクラウダーがVoxMediaという左翼チャンネルのホスト、カーロス・マザをおちょくったことにある。自分でことあるごとに自分はラテン系だとかゲイだとか言ってるマザに関して、クラウダーは「Voxのラテン系ホモのマザ」などと言って笑いものにしたというのだ。これに怒ったマザはユーチューブにクラウダーのチャンネルを凍結しろと要求したのだ。まったくお前、小学何年生だよ?といいたくなる。

実はこれ、保守派におちょくられた左翼ユーチューバーによるヒステリーなどという軽いものではない。VoxMediaというのは個人がちまちまやっている弱小チャンネルではない。VoxMedia そのものが米国主流メディアのNBCユニバーサル社という超大企業が2千万ドルという投資されてるほどの大企業なのである。最近VoxMedia以外にもBuzzFeedやViceといったネットメディアがテレビ主流メディアと組んでネットメディアを独占しようとする動きが盛んになっている。

これらの主流メディアにとって一番厄介なのが人気独立チャンネルだ。なぜなら独立チャンネルは彼らの支配下にないからで、独立チャンネルの存在をゆるせば主流メディアによる社会論を独占できなくなるからなのである。

これまでユーチューブのバン祭りの対象となってきたのが、過激派右翼ばかりで自分とは関係ないと思っていたユーチューバーたちも、今回のパージ(一掃)で分かったはず。主流メディアの狙いは右翼保守派の意見を弾圧することにあるのではなく、右翼だろうと左翼だろうと主流メディア以外の声すべてを弾圧することにあるのだ。彼らの目指すものは企業独裁主義、つまりファシズム。

さて、ではどうすればいいのか。

これまでのようにユーチューバーは保守派を差別しているなどと愚痴をこぼしているだけでは何も解決しない。だいたい左翼が作り上げたプラットフォームで右翼保守がのうのうと金儲けさせてもらえると思っていた方が悪い。

すでにクラウダーやジョーダン・B・ピーターソン教授やデイブ・ルーベンなどがユーチューブやツイッターやフェイスブックといった左派系SNSに頼らない新しいプラットフォーム作成に手掛けている。保守派ユーチューバーたちは他の独立チャンネルと提携して全く別の自分らのプラアットフォームを作り上げるべきだろう。今すぐにはできなくても、もし今ユーチューブで多少なりとも収益を得ているのなら、その資金を使って別のプラットフォーム制作に投資すべきだ。今は大丈夫でもいずれ非収益対象にされたり凍結される日は来る。「もし」ではなく「いつ」の時期に入ってしまったのだから。

そういうわけで今回の一掃は、今まで自分には関係がないと呑気に構えていた保守派や独立ユーチューバーに警鐘を鳴らすという意味でよかったのかもしれない。



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トミー・ロビンソン、欧州議会選挙で大敗?

この間の欧州議会代表を選ぶ選挙でイギリスのUKIP(イギリス独立党)から出馬したトミー・ロビンソンが全体票の2.2%の39,000票しか取れずに落選した。政治家としての経験も実績も全くないトミーが勝てるとは思っていなかったので特に失望もしていない。ただ、彼に課された様々な試練を考えると、ここまで出来たことの方が奇跡ともいえるのだ。

先ず彼の選挙運動は最初から困難の連続だった。彼はフェイスブックだのツイッターやユーチューブといった最近では自己宣伝に必要不可欠となった媒体からすべて追放されている。フェイスブックなどはトミー支持者がトミーについて好意的な意見を書くことすら禁じている。

主流メディアはトミーに関しては一切書かないという姿勢を示し、彼を批判する記事すら書かない。つまりメディアにとってトミーは存在しない人物なのである。だからトミーが選挙に立候補していたということさえ知らなかったイギリス市民はいくらでもいただろう。

例えトミー・ロビンソンという人間のことを知っている人が居たとしても、彼に関する記事は彼を悪者扱いしたものばかりだ。トミーは人種差別者だとか白人至上主義者だとかナチスだとか。実際のトミーはそんな人物ではないが、彼がそのアピールをする場所がないのだ。

それでも何とか支持者を集めて街頭演説をやろうとすると、警察がやってきて、ここは駄目だ、あそこは駄目だとことごとく妨害。なんとか演説を始められてもモスレム移民が集まって女子供も混じったトミーの支持者にごみやら卵やら、ひどいのになるとレンガを投げつけるなどの妨害をした。無論警察は出動しているとはいうもののほぼ傍観状態。トミーの支持者は身の安全を心配して集まれない状態。そしてこんなひどいことになっている事実を主流メディアは完全無視。

トミー自身もモスレム暴徒からミルクシェイクを投げつけられるなどの暴行を受けた。皮肉なことにこの事実が公になったのは、トミーが襲われたのを喜んだ左翼連中が自分らで自慢げにユーチューブにアップしていたからである。

通常のやり方では彼のメッセージが市民に届かないので、トミーは昔ながらの郵便による宣伝ビラの配布を試みた。しかしここでも、反トミーの郵便局労働組合がビラの配送を拒否。

こんなひどい選挙妨害ってあるだろうか?イギリス政府も警察も郵便局もメディアもすべて反トミー。それにモスレム移民たちの憎悪が加わり、全くトミーは四面楚歌である。

それでは何故私がトミーの選挙について知っていたのかと言えば、トミーの古き友人であるカナダのレベルメディアがクラウドファンディングを使って取材費用を集めてイギリスまで出かけて行ってトミーの選挙活動を取材していたからだ。また、他の保守派ブログなどがウェッブやユーチューブを使って多少なりとも報道していたからである。

はっきり言って私はトミー・ロビンソンは政治家には向いてないと思う。彼はどちらかというと一匹狼。大きな組織のなかで活躍するような人間ではない。彼は突撃リポーターとしてイギリス政府が隠蔽したいと思っている記事をどんどん暴露するような仕事を続けるべきだと思う。そのための草の根運動をしていくべきだ。

トミーには7月にまた裁判が待っている。イギリス政府は何度でも彼を犯罪者に仕立て上げたいようだ。しかし、南アフリカでネルソン・マンデラが獄中から政治活動を続けたように、トミーも負けずにアンダーグラウンドでも真実を国民にアピールし続けなければならない。否が応でも、それがトミーに課された試練なのだ。


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懐疑派に押された欧州連合議会選挙

5月24日(2019)、イギリスの欧州連合(EU)離脱を巡り二年間による無様な外交により、テレサ・メイ首相は辞任を発表した。彼女はイギリス近代史のなかで最悪な首相だった。イギリス国民は二年前の国民投票でEU離脱を支持した。メイは元々在留派だったが、首相に就任した際、国民の意志は守り通すと断言した。しかし彼女が過去2二年間やってきたことは、なんとかしてイギリスをEUに在留させるかという策略ばかりだった。メイは離脱への道に脚を引きずることによって、世論を変えさせようと思ったのかもしれないが、これは完全に失敗した。今もしまた第二回目の国民投票をやったら、前回よりももっと多数差で離脱派が圧勝することは先ず間違いない。

多々の世論調査によると在留派の方が多数だという意見もある。だがこういう世論調査というのは非常に眉唾だと私は思っている。前回の投票の前も在留派が圧倒的に優勢と言われていたのに、離脱派の勝利に終わった。主流メディアの報道する世論調査には意図的な印象操作が感じられる。

そのような世論調査よりも、イギリス国民の意思がもっとはっきりしたのが、この間行われたEU選挙である。EUには参加国からその人口に合わせて何人かづつ代表者が選ばれるが、イギリス代表ではナイジェル・ファラージ率いるBrexit Party、EU離脱党が30.8%という票を獲得し圧倒的多数で第一位を飾った。離脱党はトミー・ロビンソンの加入などを巡って脱退した元UKIP(イギリス独立党)のメンバーたちで急遽設立された党だった。ちなみにUKIPから出馬したトミー・ロビンソンは選挙運動をことごとく邪魔され僅か2.2%の票で大敗した。これについてはまた後で話そう。

反欧州連合派が優勢だったのはイギリスだけではない。全体で反EU派はなんと30%の議席を獲得したのだ。

ヨーロッパ議会によりますと日本時間の午前9時現在、議会の会派ごとの獲得議席の予測は、EUの統合を支持する中道の2つの会派が全751議席のうち、合わせて329議席で、今の選挙制度が始まった1979年以来初めて、両会派を合わせても過半数に届かない見通しです。

これに対してEUに懐疑的な勢力は、イギリスでEUからの「合意なき離脱」を求める「離脱党」が首位になったほか、フランスで極右政党の「国民連合」が、イタリアで右派政党の「同盟」が、それぞれ首位になりヨーロッパ議会全体でも議席を増やす見通しです。

ヨーロッパでは左翼でない思想はなんでも極右とされてしまうが、フランスではマクロン首相率いる与党がマリーヌ・レペン率いる 国民連合(旧国民戦線)に敗北した。そのほかイタリア、スペイン、ハンガリー、ギリシャなどもEU懐疑派の勝利がめだった。

イギリスによるEU離脱の新しい目標は10月。メイ首相が辞任した今、次の首相が離脱を成功させなければ与党であるトリー党は持たないだろう。離脱党のファラージはすでに国内選挙に出馬する意欲を見せているので、もしかすると長年による与党支配も終わりを告げるかもしれない。イギリスは根底から改革する必要があるからそれはかえって良い結果を生むかもしれない。

それにしてもEUの未来はあまり長くないという感じのする選挙だった。



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留学せずに外国語を習得する方法を考えてみた

日本で英語教育をしている人とツイッターで色々話をしていて、留学せずに外国語を学ぶことは可能だろうかという話になった。実際に外国暮らしをせずに英語を習得したという人をユーチューブで観たことがあるので、明らかに可能だ。ただ、それにはかなりの努力を要すると考える。

先ずどこまで本気で外国語を学ぶつもりなのかが肝心だ。私が語学留学をした理由は自分が英語を使わなければ生きていけない状態に自分を追い込むことにあった。日本で暮らしてそんなことが可能だろうか?

留学したつもりで日本で外国語だけ、少なくとも外国語主体の生活を送るにはどうしたらいいか考えてみた。

先ずは耳から入ろう、常に英語を聴き続ける

先ず朝から英語で始めよう。普通出勤前にテレビニュースをかける人は多いと思う。最近はいくらでも英語ニュースは取得できるので好きな局を選んで聴けばいい。

通勤や通学の間、オーディオブックやポッドキャストで英語を聴き続けること。とにかくあいてる時間で耳が自由な時は英語を聴き続けることが大事だ。

帰宅してテレビを観る時間があったら、英語のテレビ番組を字幕なしで観ること。字幕があると絶対聞き取りに支障を来すからこれは大事。最近はネットでいくらも英語のテレビシリーズを観ることが出来るのでこれは簡単なはず。

スピーキング、独り言って役にたつ

回りに英語で話してくれる人が居なくても、自分なりに英語で話す訓練をしておくといい。あたまに浮かんだことは日本語ではなく英語で声に出すように練習する。その際文法に注意してブロークンにならないようにすること。簡単な文章をいくつか暗記しておいて、それを応用するとよい。

会話はスカイプなどを利用しよう

最近は外国の人とスカイプなどで会話することが出来る。有料でレッスンしてくれる人もいれば、普通におしゃべりしてくれる人もいるので、なるべく言葉使いの上品な人と一週間に数回でも一回につき一時間くらいは話をすると良い。

私がお勧めできないのは一組に何人もいる英会話クラス。上級者用のクラスならまだしも初級中級はクラスメートの英語が下手過ぎるので、お互いに会話しあっても意味がない。英会話レッスンを受けるなら個人授業が一番効果がある。

読むのは独学でも書く方は指導が必要

読むほうはとにかく読むしかない。自分で好きな分野の本を選んで一日一時間くらいは読む時間を設けるとよい。この際、やたらに優しすぎる子供用の本などはつまらなくて飽きるので、なるべく自分が興味のある本を選んだほうが良い。ただ、一行に三つ以上知らない単語が出てくるようなら、それは難しすぎるのでやめたほうが良い。知らない単語は一ページにせいぜい三つ程度で押さえておく。

論文を書くのは独学では難しいが、文章の構成などに関する本はいくらもあると思うのでそれを参考に練習してみるとよいだろう。ただし、書いたものをきちん添削してくれる人がいないと上達は望めない。これはきちんとした英語の先生に直してもらうのが理想。単に英語が出来るというだけの外国人ではだめだ。なぜならこれは文法だけでなく文章力を付けるための勉強なので、英語が話せても文章力のない外国人では話にならない。

語学専門学校はお勧めできない

よっぽど素晴らしい語学学校でない限り、私は語学専門学校はお勧めできない。語学学校はある程度その言語が話せるような上級レベルの学生には効果があるが、初級レベルではあまり意味がない。何故かというと前にも述べたように、初級レベルは周りの学生の英語も下手過ぎるため、英語だけで練習などと言っても全く会話にならないからだ。かえって他の外国人の変あアクセントや癖を覚えてしまのが関の山。初級の人は個人授業をお勧めする。高い授業料払って二年も学校に通うほど余裕があるなら、この二年間一切日本語使わずに暮らすくらいの執念で上記の訓練を行えば英語は出来るようになる。どうせお金を使うなら週に2~3回自分の書いたものをきちんと直して正しい論本の書き方を教えてくれる先生を選ぶほうがずっと効率が良い。前述のように先生は注意して選ぶべし。駅前の英語塾で英語を教えているような外国人ではまあ先ず駄目だ。せめて大学で英文科を卒業した人を選んでほしい。

というわけで留学せずに本気で外国語を学ぼうというのであれば、かなりの努力が必要。これを回りから強制されずともやれる人なら外国語をマスターすることは出来るだろう。またそれだけの努力が出来る人なら、外国へ留学してもきっと成功できるだろう。どこまでやれるかはその人の努力次第だ。

結論、留学した方が楽かもよ。


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ネット上で冤罪被害にあったら、汚名は返上できるのか?

先日何気なくリツイートしたこの記事がけっこ注目を集めているので、もう少し掘り下げて書いてみよう。

アメリカはカリフォルニアにあるチポートレというメキシコ料理のファーストフード店での話。6か月前、そこの店員をしていたドミニーく・モーラン(23歳)さんという若い女性に恐ろしい事件が降りかかってきた。朝起きると突然実家の母から電話がかかってきて「あなた大丈夫?あなたと誰かの写真がネット上に出回ってるわよ」と言われてびっくり。ネットを開けてみると、彼女の顔が「人種差別者」としてあちこちのサイトに貼られていた。

彼女が数人の黒人客にサービスを断っているビデオは7百万回も再生され、3万回もリツイートされ、フォックスやABCニュースにまで取り上げられた。モーランさんは、あっという間に「人種差別雌犬」というレッテルを張られて彼女の信用はがた落ち。チポートレは即座に彼女を解雇。後になって彼女の無実は証明されるが、一旦傷つけられた名誉を挽回するのは並大抵のことではない。

さて、では実際お店では何がおきたのか。この晩、閉店間際10分前に、数人の若い黒人男性たちがやってきた。彼らは店員たちの間ではすでに問題客として知れ渡っていた。男たちは声高にしゃべりスマホのカメラを店員たちに向けていた。「また、あいつらだ」と店員の誰かが言った。彼らはすでに無銭飲食することで知られていたのだ。

ファーストフードは普通前払いだが、支払う場所と品物を受け取る場所が違うので、レジでクレジットカードを渡し、それが拒否されると男たちは受け取る方へダッシュして食べ物だけを取って逃げてしまうということを何回か繰り返していたらしい。この事件の数日前にも彼らがそれをやっていたのが監視カメラにしっかり写っている。

それでこの晩、モーランさんは男たちに、「お金を払わなきゃダメ。あんたたちいつもお金もってないじゃない。」と言って品物を売るのを拒否したのだ。男たちは大声を張り上げて「何を馬鹿なことを言ってる!」「このレイシスト!」などといって騒ぎだした。結局警察が呼ばれる騒ぎへと発展。男たちはこの様子をビデオに撮っていたのである。

その晩遅く、男の一人がこのビデオをツイッターに「働き者のアフリカ系アメリカ人の若者が長い仕事の帰りに食事も取らせてもらえないのか?」というコメントと共に掲載した。ビデオはあっという間に炎上し主流メディアが取り上げるまでになってしまった。仕事帰りの人間がなんで金をもってないんだよ!

最近ネットではこの手のビデオが散漫している。大抵の場合、白人女性や男性が黒人やメキシコ人に向かって人種差別的なことを言っているかのようなビデオだが、モーランさんの件でもわかるように、都合よく継ぎ接ぎした編集ビデオだけ見ても本当に白人たちが差別行為をしたのかどうかはっきりしない。

以前に拙ブログでも紹介した白人高校生たちとインディアン爺さんの件でも、最初は高校生たちが爺さんの道を塞いだと報道されたが、実は爺さんの方から学生たちの輪に入っていったことが後になって解った。しかしこれは一か月近くも学生たちが人種差別者としてネットやメディアで公開私刑にあった後である。

他にも隣人宅から見知らぬ黒人男女が大きな荷物を持ち出しているのを目撃した白人女性が警察を呼んだところ、隣人が違法の民泊を経営しており、黒人男女はただの客だったことが解った。しかし警察を呼んだ女性は、黒人だから警察を呼んだのではなく、隣人宅から知らない人が荷物を持ち出していたから泥棒だと思っただけ。これが白人男女でも彼女は警察を呼んでいただろう。

ちなみに私の知人のベトナム人家族の家が空き巣に入られた時、隣人は見知らぬ黒人が数人家から出入りしているのを目撃していたのに誰も警察を呼んでくれなかったと愚痴っていたので、この白人女性はとてもいい人だと思う。

こういうふうに前後の事情が分からないで一部のビデオだけを見て、その人が差別者だと決めつけるのは非常に危険だ。はっきり言って無責任なビデオをアップした人は名誉棄損で訴えられるべきだろう。

しかしそんなことをしても一旦汚された名誉をどう挽回すればいいのか、ネット社会の恐ろしい現実である。


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女性が身を守ることを徹底的に邪魔する男尊女卑思想

ここ数日ネットでは女性が電車で痴漢から身を守るために安全ピンで護身するのは正当な自衛かどうかという話題で盛り上がっていた。私は無論このやり方には賛成だが、絶対にダメだと言う人が結構いて非常に驚いた。

ピンなどつかわずとも大声をあげて回りに助けを求めたり、警察に通報すればいいじゃないか、という意見が殺到していたが、そういうことを言う人は痴漢の被害にあったことがないのだろうと察しは付く。

実は何を隠そう格いう苺畑カカシは1970年代から80年代にかけて中高その他合わせて6年間くらい電車通学をしたが、その際痴漢被害には数えきれないほど遭遇した。最初は父親に相談して父が警察に届け出をだしてくれたりしたが、ほとんど効果はなく、次に「この人痴漢です!」と大声をあげてみたが回りからは完全無視された。この回りから完全無視されたという体験は多くの女性がしているので、声をあげればいいなんて助言をするのは無責任にもほどがある。

その後も万年筆(当時そういうものがあった)で痴漢のワイシャツにバッテンマークをつけてみたり傘で叩いてみたり、まあ色々やったが、結局最終的にはハットピンという安全ピンよりは多少長いピンを持ち歩くようになり、痴漢されたら自分に触っている手をピンで突き刺すという応戦を始めたら痴漢はすぐに手を引っ込めた。大抵の場合はそれで済んだし、そのうちあまり痴漢には合わなくなっていったので、それほど何回も使うことはなかった。

何十年もミスター苺以外の人にこの話をしたことはなかった。悪い奴でも誰かを傷つけたという話はあまりおおっぴらにするものではないから。しかしネットでそういう自衛をしているという人が今でも結構いると知り、しかも私と同年代やもっと前の世代のご婦人たちも同じように自衛をしていたという話を聞いて、安心するのと同時に日本の痴漢対策はいまだに、まだまだ女性を守り切れていないのだなと実感した。

しかしそんな話を何気なくツイートしたら、「ピンで刺すなんて過剰防衛だ、傷害罪でつかまるぞ」などという返答が沢山帰って来た。「痴漢行為は一種の暴行だ、それを止めさせるためにピンで応戦するくらい正当防衛だろうが、そんな権利も女性にはないのか」という問に対して「あるわけないだろ!」という答えが殺到した。それで「そんな権利もないのなら日本の法律はどうかしてる」というと「嫌なら出てけ!」という定番の答えが返って来た。

強盗をナイフで脅して傷害罪に問われるようなイギリスならまだしも、いくら何でも日本で女性が痴漢追撃のためにたかが安全ピンを使うことも許されないとは信じがたいと思っていたら、とある弁護士のこんなツイートを見つけた。

法律家だらけの俺のTLで過剰防衛(過剰防衛の可能性ではなく)と言ってる法律家を見たことないのはさておき、通常は過剰防衛にもあたらないだろう(よほど強く刺すような場合は過剰)。安全ピンで軽く刺す程度で過剰というのは痴漢の法益侵害性を軽視しているから過剰に感じるという告白に過ぎない。

@lawkus

やっぱりねえ。そんなことだろうと思った。法律を知りもしない人達が過剰防衛だの傷害罪だのという言葉を振り回して、安全ピンで自衛をしようとしてる人たちを脅かしていたに過ぎなかったのだ。それにしてもたかだか安全ピンの自衛をこんなにも躍起になって否定したがる人々の神経とはいったいどういうものなのだろうか?この人たちはそんなにも女性を無力のままで居させたいのか?

答えはイエス。その通り。これは完全なる男尊女卑の思想なのだ。クリスチャンさんのツイートで昔とある小学校で起きたいじめの例が挙げられていた。ずっといじめられていた子供が遂に反撃したらいじめがピタッととまったという。ところがいじめが起きていた時は何もしなかった学校側はこの反撃には強く反応したというのだ。

「殴る奴は殴る/殴られる子は殴られる」が常態。なのに「反撃」が起きたとたん騒ぎ。なぜ?ここからは僕の推測だけど、おそらく先生方は見過ごしつつも 「自分たちは精一杯いい管理をしている」と思いたかったんだろう。しかし「反撃」の発生は、今まで否認してた問題がそこに存在してることを提示し管理の失敗が露呈する。でも先生方は「間違った状態」を無意識のうちに「通常」へと定義してしまったので、そこを覆され不快だったのかも知れん 。

@Christian_Japan

女性が痴漢にあうのは「常態」。だが女性が反撃するのは異常事態。女性が反撃しなければならないという事実を認めれば、痴漢を容認している日本社会の恥を認めることになる。

それに女性の反撃を認めれば、男尊女卑思想の男たちは女性を弱者の立ち場においておくことが出来なくなる。それが嫌だから執拗にその邪魔をするのだ。こういう男たちからよく聞いたセリフが「間違って無実の男が刺されたらどうする?」というもの。被害者は自分に触ってる手を刺すのだから人違いで刺すなんてことは先ずあり得ないと言っても、例え僅かでもその可能性がある限り危険だと帰って来た。しかしこれについてとあるフェミニストがこんなことを言っていた。

女性は毎日痴漢という暴行を受けるかもしれないという恐怖を抱いて電車に乗っている。それを考えたら男が「今日は間違って刺されるかもしれない」程度の恐怖くらい味わっても同情など出来ないと。まさしくその通りだな。

最後に昔痴漢から身を守るためと言って道場に来ていた小柄な女性に剣術を教えたという剣道の先生のツイートで締めくくろう。

結局、こういう世の中だから、私がやってたようなヤロウばかりのむさ苦しい道場に、か弱い女性が人殺しの練習に来るわけで、安全ピンが違法だの傷害罪だのと重箱の隅をつつくヒマがあったら、優しい言葉の1つでもかけてあげるのが人情というものだろうし、今の日本に決定的に欠けているのはそれだろう。

@bci_

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予定外の子供なんて存在しない、妊娠中絶反対を訴える力強い映画、アンプランド(Unplanned)

先日、アラバマ州で非常に厳しい人工中絶規制法が通った。それで私は書きかけでそのままになっていた映画の話をしようと思う。

その映画というのは、アメリカの妊娠中絶専門施設プランドペアレントフッドのテキサス州にある支部の最年少局長としてやり手だった女性が、徐々にそのやり方に疑問を持ち、遂に反中絶運動家になるまでの話を描いたアンプランド。

プランドペアレントフッド(PP)とは家族計画という意味。この組織は表向きは避妊や妊婦への医療提供をするNPO無益法人ということになっているが、実は単なる中絶専門施設。アンプランドという題名は計画していなかったとか予定外のという意味で、PPの家族計画という名前にかけている。

映画は冒頭から中絶手術の生々しいシーンで観客を引き込む。主人公のアビーはPP支部の局長だが看護婦ではない。8年も務めていた自分の施設でも、それまで中絶手術に立ち会ったことは一度もなかった。彼女はその日たまたま手が足りなかった手術室に駆り出され、妊婦のお腹にエコーの器具をあてがう役を請け負った。そばにあるビデオモニターには、はっきりと胎児の姿が写っている。医師が吸引機を妊婦の胎内に差し込むと小さな胎児はあきらかに防衛本能をはたらかして逃げようとしている。そして吸引機が作動すると、胎児が動いていた部分が、あっという間に空洞になった。

私はこのシーンを息をのんでみていた。悲鳴を挙げそうになったので両手で口をふさいだ。嗚咽を抑えようと必死になった。あまりにもショックでその場から逃げ出したい思いがした。ふと気が付くと映画が始まるまでざわついていた劇場はシーンとしており、女性たちが私と同じように悲鳴を抑えている緊張感が伝わって来た。

この、冒頭から観客の感情をつかむやり方は非常に効果的だ。映画はその場面から十数年前に話がさかのぼり、主人公アビーが大学生だった頃からはじまる。アビー・ジョンソンとプランドペアレントフッドの出会いは彼女が大学生の頃、学校のサークル勧誘イベントで誘われたのがきっかけ。避妊に力を入れなるべく中絶を減らし、いざという時は安全な中絶手術を提供するという宣伝文句に動かされ、アビーはボランティアとしてPPで勤めはじめる。その後彼女は無責任なボーイフレンドとの間に出来た子供を中絶。親の反対を押し切ってその男性と結婚したが夫の浮気ですぐ離婚。離婚寸前に二度の中絶を経験する。自身の中絶体験は決して良いものではなかったのにも拘わらず、アビーは若い女性を救うためだという信念に燃えてPPで正式に勤め始める。

診療所では有能なアビーはどんどん出世し最年少の局長にまでなったが、彼女の良心に常に影を差していたのはPP診療所の前で診療所へやってくる若い女性たちに話しかけている中絶反対のキリスト教徒たち。また、敬虔なキリスト教徒であるアビーの両親もそして彼女の再婚相手で娘の父でもある夫もアビーの仕事には反対だった。

アビー・ジョンソンは悪人ではない。彼女は本当にPPが女性を救っていると信じていた。女性が妊娠中絶は非道徳的ではないと自分に言い聞かせるのは簡単だ。

先ず未婚で妊娠してしまったら、両親に未婚なのにセックスしていたことがばれてしまう、学校も辞めなきゃならなくなる、世間の偏見の目のなか貧困に耐えながら子供を育てなきゃならなくなる、養子の貰い手なんてそうそう居るわけないし、そんな家庭に生まれた子供だって幸せにならないだろう。たった一度の若気の至りで一生女の子だけが罰を受けるなんて不公平だ。それに、初期での中絶なんてまだ小さな細胞で胎児は痛みなど感じない。盲腸を取るより簡単な治療なんだから、、、などなどなど

しかしPPのカウンセラーは若い女性たちに中絶をすることによる肉体や精神的な影響について話すことはない。養子を迎えたがっている不妊症の夫婦がいくらでも居る事実も伝えない。ましてや一個の人間の命を自分の勝手な都合で殺してしまうということが如何に罪深いことなのかということを若い女性たちは教えられない。

中絶を法律で禁じても違法で危険な中絶をする少女たちは後を絶たないだろう。いくら禁欲を解いてみても本能には勝てない。だったら不覚にも妊娠してしまった若い女性たちが違法で危険な中絶をして命を落とすようなことにならないためにも、安価で安全な中絶施設を提供することの何が悪いのか。そう思いたい人の気持ちはよくわかる。

でも忘れないでほしい。中絶は母体のみの手術ではない。尊い命がかかわっているのだ。自分の身体をどうしようと余計なお世話だというが、胎児の身体は母親の身体ではない。母親だからというだけの理由で殺してもいいということにはならない。他に選択肢があるならなおさらではないか?確かに15~6歳で妊娠してしまったらどうすればいい?親にセックスしてることが知れてしまう。さっさと除去してしまいたい。その気持ちはよくわかる。でも彼女が抹殺してしまいたいその命をのどから手がでるほど欲しがっている夫婦もいるのだ。

私はアメリカの学校でどのような性教育がされているのか知らないが、避妊の話だけでなく、命の尊さについてもしっかり教えて欲しいと思う。

残念ながらPPのような組織がなくなるとは思えない。また、全国的に中絶を違法にすることが可能とも思えない。ただ、PPを無益法人ではなく営利企業として連邦政府からの補助金は今すぐやめるべきだと思う。大事なのは法律で禁じることではなく、若い人たちに中絶以外に選択肢があることを我慢強く説いていくしかないだろう。PPの柵の向こう側から祈っているキリスト教徒たちのように。いつか、アビーの心に届いたように、我々の声が届くように祈ろう。


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