イラク戦争新作戦が花を見た2007年を振り返る。裏目に出たサドル派の潜伏作戦

2006年の暮れにアメリカ軍の新作戦が発表されて以来、シーア派抵抗軍のリーダーであるモクタダ・アル・サドルはシーア民兵らにアメリカ軍に抵抗せずにしばらくおとなしくしているようにと命令した。サドルはアメリカ軍の新作戦はうまくいかないと踏んでいた。いや、例え多少の成果があったとしても、不人気なイラク戦争をアメリカ軍が継続することは不可能であるから、しばらく大人しくしておいて、ほとぼりが冷めたらまたぞろ活躍すればいいと考えたのである。カカシは1月26日のエントリー、サドルの計算違いで彼の作戦には三つの問題点があると指摘した。

  1. 意図的にしろ無理矢理にしろ一旦敵に占拠された領土を取り戻すとなると、もともとの領土を守るようなわけにはいかない。…アメリカ軍は一旦占拠した土地に学校をたてたり病院をたてたりするだろうし、地元のリーダーたちと協力して自治が可能な体制をつくるだろう。LATimesによれば、サドル派が占拠していた界隈でも民兵らの横暴な態度に市民からの不満が高まっていたという。サドル派民兵が留守の間に地元民による平和な自治が設立しイラク軍による警備が行われるようになっていたら、ただの愚連隊の民兵どもがそう易々とは戻って来れまい。
  2. いくらこれがサドル派の生き延びる作戦とはいえ、それを教養のないシーア派民兵連中に理解することができるだろうか?…サドルはおれたちを犠牲にして自分だけ助かろうとしているのではないだろうか、などという疑いがサドル派の民兵連中の間で生まれる可能性は大きい。民兵たちは正規軍ではない、ただのギャングである。何か月もサドルのいうことをきいて大人しくしているとは思えない。…自分勝手に暴れた民兵たちが大量にアメリカ軍やイラク軍に殺されるのは目に見えている。
  3. シーア派民兵が抵抗しなければバグダッドの治安はあっという間に安定する。つまり、サドルの思惑はどうでも傍目にはブッシュの新作戦が大成功をしたように見えるのである。…勝ってる戦争なら予算を削ったりなど出来なくなる。そんなことをすればそれこそアメリカ市民の怒りを買うからだ。結果アメリカ軍は早期撤退どころか、イラクが完全に自治ができるまで長々と居座ることになるだろう。

自分では部下達に迫る米軍の圧力に抵抗せずにおとなしくしていろと命令しておいて、2月13日になるとサドルは直属の部下と家族をつれてイランへ遁走してしまった。これによってそれまでカカシがサドルはイランの飼い犬だという度に、そんな証拠はどこにあるのだといっていた人たちをだまらせることになった。
サドルの遁走がイラクに残された部下たちをかなり不安にさせたのは言うまでもないが、2月後半になるとサドルはシーア派民兵の神経を逆なでするような行為をいくつも企んだ。

私はシーア派への連続爆弾攻撃はサドルの仕業? まさかねでサドルが、自分の支持するダワ党のライバル党であるイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)の有力者アデル・アブドゥール・マフディ副大統領を暗殺しようとしたのではないかと書いたが、サドルが抹殺しようとしているのはライバル党の政治家だけでなく、自分に忠実でないと思われるマフディ内部の幹部もその対象になっているようだ。

ご存じのようにサドルはイランあたりに隠れて影からイラクのマフディ軍に命令を下しているが、サドルは密かに信用できる幹部はイランなどの避難させ、気に入らない部下を連合軍に売り渡しているらしい。このやり方でサドルはすでに40人以上のマフディ幹部を中和してしまったという。

3月半ばになると私がした予測した通り、サドルシティのようなサドルシーア民兵の本拠地ですらも、シーア派市民がマフディ軍よりもアメリカ軍を信用し始め、市内警備に関する交渉を初めたりしていた。それに反感をもったマフディ軍の一部の過激派がアメリカ軍と交渉していたマフディ軍幹部の人間を暗殺するという事件が起きた。これも、マフディはギャングで正規軍ではないから簡単にコントロールなど出来ないだろうといっていた私の予測どおりの結果だった。
4月8日ナジャフにおいてこれまで米軍への潜伏作戦を呼びかけていたサドルは態度を一変させて反米デモ行進を呼びかけた。それというのも4月になるとサドルの無抵抗潜伏作戦が完全に裏目に出たことがサドルにもわかってきたからだ。

サドルの狙いに反してマリキ政権はシーア派取り締まりに真剣に取り組んだ。マフディ軍はバグダッド中心部から即座に追い出され南部へと追い込まれている。しかもバグダッドを退散した民兵たちはイラン国境近くのディワニヤ地域でアメリカ軍空軍による激しい攻撃を受けている。

また、…マフディ軍のなかにもイラク政府に本気で協力しようという勢力と断固協力できないという勢力との間で亀裂が生じてきている。ビル・ロジオのリポートによればイラク政府に協力する勢力はどんどん増えているという。
となってくるとサドルの潜伏作戦ではアメリカの新作戦が時間切れになる前にマフディ軍の勢力が大幅に弱体化し、アメリカ軍が去った後に戻ってくる場所がなくなってしまう危険性が大きくなったのだ。そこでサドルは今必死になって作戦変更。イラク軍にたいしてもマフディと戦わないでくれと嘆願書まで送り出す始末。

しかし数カ月前の2006年8月のデモ行進では少なくとも20万人を集めたサドルも、4月の行進に集まったのはたった5〜7千人程度だった。しかもサドルは何を恐れたのか自分が主催したデモ行進に顔もださず、集まった支持者たちをがっかりさせた。
自分がイラクにいないことで支持がどんどん下がっていくのを感じたサドルは5月に一時帰国している。しかしその結果がどうなったかカカシの7月11日付けのサドル、イランへ逃げ帰るを読んでみよう。

マリキ首相はサドルの期待に反して嫌々ながらも米軍とイラク軍のシーア派征伐に協力した。その結果バグダッド市内における宗派間争いによる大量殺人は40%以上も減り、マフディ軍はイランの援助を受けているにも関わらず、どんどん勢力を失いつつある。

あせったサドルは作戦を変えて米軍に対抗しろとイランから命令をだしたり、デモ行進を催したり、サドル派の政治家を政府から撤退させイラク政府に大打撃を与えようとしてたが、すべてが裏目にでた。
こうなったら自分から出ていってなんとか急激に衰える自分の人気を取り戻さねばとサドルはこの5月久しぶりにイラクに帰国した。帰国してからサドルは穏健派の国粋主義の指導者としての立場を確保しようとしたがこれもうまくいかず、切羽詰まったサドルはアンバー地区のスンニ派政党とまで手を結ぼうとしたがこれもだめ。マリキ政権からはすでに撤退してしまったことでもあり、サドルのイラクにおける勢力はほぼゼロとなった。
三度目の正直で7月5日にシーアの聖地アスカリア聖廟までデモ行進を行おうと支持者に呼びかけたが、参加者不足で立ち上がりすらできない。サドルはマリキ政府が十分な警備を保証してくれないという口実を使って行進を中止した。

すっかりイラクでの勢力を失ってしまったモクタダ・アル・サドルは最近なにをやっているのかというと、聖教者としては最高の資格であるアヤトラの資格をえるため受験勉強に励んでいるという話だ。以前にもイラク人のブロガーがサドルの話かたは非常に教養がなく、父親が有名なアヤトラでなければ誰も息子サドルのことなど相手にしなかっただろうと書いていた。サドル自身、今後シーア派のイラク人から尊敬をえるためにはやはりアヤトラの資格をとってハクをつける必要があると悟ったのだろう。
サドルの現在の肩書きは比較的低い位のhojat al-Islamだそうで、これだと部下たちは宗教的アドバイスをもっと位の高い聖教者からあおがなければならないのだという。だがもしサドルがアヤトラになれば、ファトワなどの命令を出すこともできるようになり、宗教的リーダーとしても権力を強めることになる、、というのがサドルの狙いである。
サドルのこの新しい作戦がうまくいくかどうかは分からないが、これまでにもサドルは何度もカムバックをしているので、ばかばかしいと一笑に付すわけにはいかない。だが、2007年において、アメリカ軍の新作戦に対抗しようとしたサドル派の潜伏作戦は完全に失敗した。サドルの行動はなにもかも裏目にでたのである。


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イラク戦争新作戦が花を見た2007年を振り返る。裏目に出た米民主党の反戦政策

イラク戦争は今年にはいって新しい局面を迎えた。それはこれまでのようなラムスフェルド防衛長官とケーシーやアビゼイド将軍が取り入れていた、『アメリカ軍の足跡をなるべく少なくする』作戦から、新しいゲーツ防衛長官のもとペトラエウス将軍のアメリカ軍の存在を全面に押し出して戦う、対反乱分子作戦(Counter Insurgency)いわゆるCOIN(コイン)作戦が取り入れられた。
これに関して私は今年のはじめに「こうなるのではないか」という予測をかなりたてたが、それがどのくらい現実となったかここでちょっと一年を振り返ってみたい。
しかしその前に、一般的に『増派』と呼ばれたこの新作戦がそれまでの作戦とどのように違うのか、もう一度おさらいしてみよう。下記は1月11日のエントリー、ここが知りたい! ブッシュ大統領のイラク新作戦質疑応答で私が説明したものだ。

  • 兵士らの再出動 — 18 のイラク旅団 (6万兵以上)そしてアメリカ軍5旅団( 17,500 陸軍兵と海兵隊員)イラク国内において攻撃制覇するためバグダッドに関門を設置。さらに4000の米兵とイラク兵(未定数)をアンバー地区に導入。アルカエダを含むスンニテロリストの家々を最近アルカエダに反旗を翻した地元の族長らと協力して攻撃する。
  • 占拠した領土をこれまでより長期に渡って制覇する。少なくとも18か月は保持し敵が舞い戻ってくるのを防ぐ。これによって大事な中央部を敵から奪い取り長期にわたって敵の動きを阻止できる。安定したら地元のイラク軍に治安をまかせる。
  • イラクのマリキ首相にバーダー旅団やマフディ民兵軍などのシーアの民兵も含みどの武装集団も例外なく, 攻撃すると一筆書かせて約束させた。
  • 攻撃規制(ROE)を大幅に緩和し、米軍及びイラク軍が武装集団と戦闘しやすいようにする。

さて、これに対する米民主党の反応はといえば、『ナンシー・ペロシ下院議長にしろ、ヒラリー・クリントンにしろ、皆声をあわせて「何のかわりもない」「これまでどおりの愚作」といった言葉を繰り返し、全く効果もなく希望もない作戦に兵だけ増やしてアメリカ軍の尊い命を危険にさらそうとしている、といった非常に不誠実な批判をあびせている。』というものだったので、私は1月15日のイラク政策、民主党の新作戦で、ブッシュの新作戦が失敗するに決まっていると決めつけるのは民主党にとってよくないことなのではないかと書いた。
米民主党に関するカカシの予測:『民主党の反イラク戦争政策は新作戦の成功によって裏目にでる』

ブッシュが議会の協力を必要とするのは現在イラクにいる軍隊の引き継ぎの軍隊を動員する際に必要経費の予算案を議会に提出する時である。それまでにはまだ数カ月ある。もしこの間にブッシュの新作戦が全く効果をあげず、今と同じ状態なら議会が予算増強を拒否しても国民による民主党への批判は少ないだろう。だがもしも、ブッシュの新作戦が少しでも成功し6か月後にはイラクが良い方向へ向かっている場合には民主党が軍事予算をごねるのは難かしくなる。しかもこの予算案の通過がごたごたして時間がかかり過ぎると2008年の選挙運動に突入してしまい、共和党議員から民主党は自分達の政治的野心のためにアメリカ軍の任務を妨害して勝てる戦争に負けようしていると批判されかねない

思った通りイラク新作戦は4月頃になると、まだ基盤作りの段階で増派も完全に行われていなかったにもかかわらずかなりの効果をあげはじめた。そこで困った民主党のハリー・リード党首は、なんとか新作戦の邪魔をしようと我々は「イラク戦争に負けた」という敗北宣言をし、さらに10月から米軍を大幅に撤退すべきだという議案まで提案した。

このリード議員の降伏運動はこの発言にとどまらない。同議員は数日中に民主党が多数派を占める議会において米軍のイラク撤退を10月1日から6ヶ月かけておこなう議決案を通すと宣言した。

無論このような議案は上院でも下院でも通るはずはない。だが大事なのは議案が通るかどうかではなく、アメリカ国内及び国外へアメリカ議会はイラク撤退を考えていると提唱することに意義があるとリード議員は考えているわけだ。(イラク及び中東を混乱に陥れようというならこれはいい考えと言える。)

この議案が通らなかったのは言うまでもないが、民主党はこの後も拘束力のないイラク戦争批判議案をとおしたりしていた。5月26日になると肝心のイラク戦争予算案はブッシュ大統領の提案に民主党は完全に折れてしまった。民主党はごちゃごちゃ文句をいっている割には、結局どれだけブッシュ大統領に権力があるのかを証明してしまったようなものだった。
さて新作戦が本格的に開始され反戦ムード一色だったアメリカの主流メディアでさえイラクからのいいニュースを報道しはじめると、民主党はさらに苦しい立場に追い込まれた。それに加えて、イラクを視察訪問した民主党の議員たちが帰国後、次々にイラクは良くなっていると報告したことからそのうろたえぶりは見苦しいものがあった。8月5日にはサウスカロライナ代表民主党下院幹事のジェームス・クライバーン議員がイラク戦争の成功は民主党にとっては問題だなどとうっかり本音を漏らす事件すらあった。私はこの民主党のうろたえぶりを8月23日付けのイラク新作戦の成功にうろたえる民主党反戦派でこのように書いた。

民主党としてはイラクでのペトラエウス将軍の新作戦がうまくいきすぎて反戦派でも否定できないほどの成果をあげてきた今となっては、いくら民主党にとっては都合が悪くても、いつまでもイラク戦争は大失敗だったなどと繰り返していては国民からの信用を失う。なんとか国民の信用を保持して勝っているイラク戦争に負ける方法を考えなければならない。

そこで下院幹部会長のラーム・エマヌエル議員は昨日、イラク視察から帰ったばかりで、イラクからのいいニュースを報告した民主党の新人議員を対象に電話をかけまくり、民主党の新しいメッセージを指導した。この新しいメッセージとは、「イラクでの新しい軍事作戦は今のところ多少成果をあげている、、しかしイラクの中央政府はまだまだまとまりがない、中央政府のまとまりなくしてイラクでの成功はあり得ない」というものだ。
なにしろ民主党はイラク戦争を批判しながらもアメリカ庶民から人気のあるアメリカ軍を批判することは出来ない。その上に今度はイラク新作戦の成功まで考慮にいれて、それでも戦争反対を正当化する演説をしなければならないのだから、これは大統領に立候補している候補者たちとってはかなり難かしい綱渡りになっている。

9月11日にイラク戦争の総司令官であるデイビッド・ペトラエウス将軍による議会での質疑応答があったが、ヒラリー・クリントンをはじめ民主党議員たちは、イラク情勢は向上しているという将軍の証言に猜疑的な意見を述べたばかりでなく、特に大統領に立候補しているヒラリー・クリントンなどはペトラエウス将軍の報告は「意図的に不信感を棚上げにしなければ信じられない」などと遠回しに将軍及びアメリカ軍は嘘つきであると軍全体を侮辱した。
11月も後半になってくると、新作戦の成功は誰にも否定できなくなった。それで反戦いってんばりでやってきた民主党や民主党の大統領候補たちもこの状況の変化にあわせた選挙運動をするべく作戦変更にやっきになった。カカシの11月25日のエントリーでは、主流メディアのニューヨークタイムスによる民主党大統領候補たちへのアドバイスを紹介した。

ヒラリー・ロダム・クリントン上院議員とバラク・オバマ上院議員の選挙アドバイザーたちは、増派後のイラクにおいて警備状況が良くなっているという事実を見てきた以上その成果を認めないのは間違いだと結論づけている。しかし同時にアメリカ軍の死傷者はまだ多すぎること、早急な撤退こそがこの戦争を終わらせる唯一の方法であり、いわゆる増派はイラクの政治過程には成果をあげていないことを強調している。

つまり、アメリカ軍の努力は認めながらも、まだまだ十分ではないという主題で貫こうという作戦のようだ。なにしろイラク戦争の失敗を振り上げてブッシュ政権並びに共和党を攻撃してきた民主党だけに、戦争に勝てそうだなどという現状は非常に都合が悪いわけだ。
しかしニューヨークタイムスは、民主党候補たちは気をつけないと共和党候補者らに、勝てる戦争を時期尚早な撤退によって負けようとしている、民主党は敗北主義だ、と攻撃されかねないと指摘する。
攻撃されかねないもなにも、実際敗北主義なのだから仕方ないではないか。選挙に勝つためになんとかアメリカにはこの戦争に負けてもらわなければならない連中なのだから。

「イラクの希望的な状況が続く限り、一般選挙におけるイラク関係の政治は劇的な変化を遂げるでしょう。」とブルッキングス・インスティトゥーションのマイケル・E・オーハンロン氏。氏はクリントン女史の支持者であり、軍隊増派賛成派でもある。「もしイラクが少しでも救いようがあるなら、候補者としてどのように救うのかを説明することが大事です。どうやって戦争に負けずに軍隊を撤退させるのか、民主党は何と言うか自分らを追い込まないように非常な注意を払う必要があります。」

結局民主党は私が今年初めに予測したように、イラク戦争を阻止するための予算削除をすることも、イラクから米軍を撤退させることもできないうちに今年の議会は終了してしまい、問題は何の解決もみないまま来年の一般選挙へと持ち越されてしまったのである。
民主党は先の中間選挙で多数議席を獲得した理由が国民の反戦意識を反映するものだったと勘違いしたが、私は当初から、これはアメリカ国民がイラク戦争で勝っていないことの不満の現れなのであり、戦況がかわれば国民意識も変化すると書いていた。
この国民意識なのだが、実は11月27日にビューリサーチセンターの世論調査が発表されていた。そのことについて書くつもりだったのだが、忙しくて今まで取り上げることができないでいた。この調査によるとかなり久しぶりに約半分のアメリカ市民がイラク戦争について楽観的な見解をもつようになったという結果が出ている。アメリカ軍による作戦がイラクで功をなしていると答えたひとが増え、さらにそれ以上の人が、アメリカ軍によってイラク人の犠牲が減り、敵が打ち負かされ、イラクの内乱が阻止されたと答えたという。
というわけで、私が今年の一月当初に予測した、『民主党の反イラク戦争政策は新作戦の成功によって裏目にでる』という私の予測はあたったようである。


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イラク治安向上で作戦に悩む民主党大統領候補たち

今日のニューヨークタイムスにイラク情勢が良くなっていることから、ペトラエウス将軍の新作戦に真っ向から反対していた民主党の候補者たちは新作戦が大成功を遂げている事実を前にどのように自分らの選挙運動を繰り広げていくか難かしい立場にたたされているとある。
面白いのはこのNYTの記事はいかにして民主党候補がこの状況を乗り切るかという選挙運動作戦への助言のように書かれていることである。さすがニューヨークタイムス、民主党支持の偏向を隠す気もないらしい。

ヒラリー・ロダム・クリントン上院議員とバラク・オバマ上院議員の選挙アドバイザーたちは、増派後のイラクにおいて警備状況が良くなっているという事実を見てきた以上その成果を認めないのは間違いだと結論づけている。しかし同時にアメリカ軍の死傷者はまだ多すぎること、早急な撤退こそがこの戦争を終わらせる唯一の方法であり、いわゆる増派はイラクの政治過程には成果をあげていないことを強調している。

つまり、アメリカ軍の努力は認めながらも、まだまだ十分ではないという主題で貫こうという作戦のようだ。なにしろイラク戦争の失敗を振り上げてブッシュ政権並びに共和党を攻撃してきた民主党だけに、戦争に勝てそうだなどという現状は非常に都合が悪いわけだ。
しかしニューヨークタイムスは、民主党候補たちは気をつけないと共和党候補者らに、勝てる戦争を時期尚早な撤退によって負けようとしている、民主党は敗北主義だ、と攻撃されかねないと指摘する。
攻撃されかねないもなにも、実際敗北主義なのだから仕方ないではないか。選挙に勝つためになんとかアメリカにはこの戦争に負けてもらわなければならない連中なのだから。

「イラクの希望的な状況が続く限り、一般選挙におけるイラク関係の政治は劇的な変化を遂げるでしょう。」とブルッキングス・インスティトゥーションのマイケル・E・オーハンロン氏。氏はクリントン女史の支持者であり、軍隊増派賛成派でもある。「もしイラクが少しでも救いようがあるなら、候補者としてどのように救うのかを説明することが大事です。どうやって戦争に負けずに軍隊を撤退させるのか、民主党は何と言うか自分らを追い込まないように非常な注意を払う必要があります。」

本当は戦争に負けたいが、それを言っては一般国民の支持は得られない。軍隊バッシングはジョン・ケリー候補者の失言でも分かるように大統領候補としては致命的。しかし撤退をうりものにしてきた候補者たちが突然撤退しないと主張すれば民主党の反戦派市民からの反感を買うので、そうするわけにはいかない。とはいえ勝てる可能性の出てきた戦争から兵を撤退させることがアメリカにとって良いことなのだと国民を説得するのは至難の業である。
最近の民主党候補者たちの口からは、イラクの治安問題に関する批判の声は減り、今度はイラク政府の政治的進展が遅すぎるという批判が多くなった。しかし政治家たちが協力せずに仲間割ればかりしているというのであれば、アメリカ政府だって同じことだ。なにもイラクだけに問題があるわけではない。候補者たちがアメリカ軍の増派によってイラク内政への効果があがっていないと主張すればするほど、現場の治安問題はほぼ解決されたという印象が強まってしまう。
ニューヨータイムスはこのような増派が軍事的効果をあげているというメッセージは民主党支持者の間では快く受け入れられないだろうとし、(民主党)候補者がこの話をする時は、かなりの注意が必要だと忠告する。
ここで民主党強力候補者の三人の言い訳を聞いてみよう。まずはヒラリー。

「我が軍は世界最強です。その数を増やせば効果があがるのは当然です。」…
「基本的な点は、増派の目的は政治的解決をする余裕を作り出すことだったのに、それが起きておらず、おこるような兆しすらなく、イラク人が政治的な目標に達することができないということです。」…「我々は内戦の仲介などやめてさっさと出ていくべきなのです。」

ブラコ・オバマは話題を変えるのに必死。

「11月にガソリンが3ドル代なんて前代未聞です。」…「人々はより多く働き少ない見返りを得ています。クレジットカードの限界まで使いきり、なんとか生活をしているのです。人々は苦労しているのです。それをワシントンは気にかけているようには見えません。」

ガソリンが高いのは通勤の長いカカシとしても非常に迷惑な話だが、この好景気に人々が苦労しているというメッセージがどのくらい効果があるのかちょっと不明。しかしオバマもイラク情勢を無視することはできない。

オバマの報道官、ビル・バートンはイラクの暴力減少について「歓迎すべきニュースである」としながらも、今年の戦死者の数は記録的な高さであり、イラク国内の政治見解の相違が歩み寄られていないと語った。

「イラクの政治リーダーたちにちゃんと仕事をさせるために一番いいやり方は即軍隊を撤退しはじめることです」とバートン氏は語った。

アメリカ兵の戦死者の数は去年に比べて激減しているというのに、いったいバートンのいう「記録的な高さ」とはどういう意味だ? 第一アメリカ軍が撤退することとイラクの政治家たちが歩み寄ることとどういう関係があるというのだろう?
そして最後に「撤退、撤退、なんでも撤退」としかいわないジョン・エドワーズは今の時点ではまだ自分のイラク見解を再検討するに値する政治的な効果はあがっていないとしている。

「基本となる疑問は全く変わっていません。その疑問とは政治面において真剣な努力がされ、真剣な動きがあったかどうかということです。」…「スンニとシーアの間で政治的な解決がされない限り安定などあり得ません。暴力は終わらないのです。ですからこういう面ではほとんど進展がみられないと私は思います。」

エドワーズはイラクの話はよく取り上げるが、増派そのものよりもライバル候補者のイラク戦争に対する姿勢を批判することの方が多い。特にヒラリーが当初イラク戦争に賛成票を投票した事実や最近のイラン革命軍をテロリストと指定する議案に賛成した事実をあげ、ヒラリーをブッシュと一緒くたにして批判している。
民主党候補者の本音はイラクへの米軍増派があまりにも効果をあげているので、早急に撤退してもらって再びイラクを混乱に陥れたいというものだ。しかし民主党が主権を握っているにもかかわらず議会はブッシュ大統領の意向に背いて米軍撤退を実現させることができない。だからイラク内政に進展がないということくらいしか批判のしようがないのだ。しかしこの方法も民主党にとってはかなり危険な賭けである。なぜならば、イラク内政に焦点を当て過ぎるとイラク治安がそうであったように、来年の11月までにイラク内政に大幅な進歩が見られた場合にどのように言い訳をするのかという疑問が残るからだ。
イラクは軍事的にも政治的にもブッシュ政権による大失敗だったという結論をつけたい米民主党が、どちらもうまくいっているという現実に直面した場合、いったいこれをどうやって乗り切るのか、そしてそれが選挙にどのような影響を与えるのか、かなり面白いことになってきた。
追記:イラク情勢良化について古森義久さんがアメリカのメディアの反響についてまとめているので参照されたし。それにしても、イラクからの良いニュースについて日本メディアが完全無視しているというのは不思議だ。


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イギリス軍撤退後のバスラ状況は悪化しているという嘘

<お詫び> 下記は10月6日付けのエントリーだったのですが、記入に間違いがあり途中で切れて読めなくなっていました。コメンターのソルティカフェさんとエマニュエルさんからご指摘があったのですが、ネットアクセス不能が何日も続いたため今まで気が付きませんでした。管理不行届きをお詫び申し上げます。では間違いを正しましたので、あらためて掲載いたします。
***************
アンバル地区の状況が良くなっているという報告が多くあるなか、イギリス軍撤退前後のバスラの状況は悪化するばかりという記事をよく読むようになった。この8月7日つけのワシントンポストの記事などはその典型である。

イギリス軍がイラク南部のバスラから撤退するにつけ、地元の政治的勢力争いや原油資源の所有権ををめぐってシーア派民兵同士の暴力がエスカレートしている。バグダッドのアメリカ高官たちはシーアが多数派を閉めるイラク政府は米軍が兵削減を始める際仲間割れをするのではないかと心配している。

地元の三つのシーア派グループは、民兵や犯罪ギャングなどの手によって血みどろの戦いを続けている。かれらは地元の政府機関から市民の住宅街まで幅広くコントロールしている。町は「組織的な地元政府機関の不法利用や、暗殺、部族間の恨みあい、市民による不法な裁きや社会道徳の強制などで蝕まれ、それと共に犯罪マフィアの台頭がおこり、それが地元政治と深く絡み合っている。」とインターナショナルクライシスグループの報告書は告げている。

「要するにイギリス軍は南で敗北したのです」と最近バグダッドにてアメリカ諜報部の高官は語った。この高官はまたイギリス軍はバスラ宮廷の本拠地を捨てたという。ここは最近訪れたロンドンからの高官が「カウボーイやインディアンのように囲まれていた」と表現した場所である。空港は待ちの外側にあり、そこにアメリカ大使事務所やイギリス軍の残りの5500兵がビルのように高々と詰まれたサンドバッグでのバリケードの後ろ隠れている。ここはすでに過去4ヶ月の間に600回もモーター攻撃を受けている。

このことについてヒュー・ヒューイットが彼のラジオ番組で多国籍軍副司令官シモンズ少将にインタビューした際、シモンズ少将はこのように答えた。

それは正しくありません。捏造といってもいいくらいです。宮廷とPJCCのイラク軍への任務譲渡は計画的なものであり、受け継ぎは生気のイラク政府軍にされています。彼らは基準を満たし、きちんと訓練をうけた装備もととのったイラク警備軍です。平和的な祝いのようなデモンストレーションがおこなわれましたが、一時でも同盟軍が攻撃をうけたなどということはありません。モーハン将軍のもと、地元イラク高官はバスラの状況はきちんと把握しています。

さてバスラにはここでも何度も紹介している体当たりフリーランス記者のマイケル・ヨンが向かっている。クエートで待機中のマイケルにヒューがインタビューをした。

マイケル:私は今クエートにいます。イラクには10時間くらいでつけると思います。そしてかなりの長丁場になりそうです。最初はイギリス軍と一緒にバスラへ行き、一ヶ月ほど彼らと滞在します。その後はアメリカ空軍に従軍し、次に歩兵隊と一緒に帰ってくることになっています。ちょうど24時ほど前ですが、モスールで四ヶ月ほど前に撃たれたジェームス・ピピン曹長がイラクへ戻るのに出会いました。彼は頚骨を撃たれたんですよ。四ヶ月前に頚骨を粉々にされたというのにもうモスールへもどるっていうんです。すごいですね。
ヒュー: それはすごい。彼はどの軍に所属ですか?
マイケル: 陸軍です。モスール歩兵隊の上級曹長です。飛行機にのるんで、いやその手続きをするんで、列にならんでいたらその列にいたんですよ。私は自分の目が信じられませんでした。この間撃たれたばっかりなのに、もう戻るっていうんですから。
ヒュー: それは本当にすごいな。ところで君がバスラに行くっていうのは好都合だ。なぜかというとバスラについてはずいぶん色々は話をきいてるけど、イギリス軍の前線撤退後に地獄状態になって手がつけられないとか、君はこれについてどんなことを聞いてる?
マイケル:その報道は正確とはおもえません。私はついこの間までロンドンにいましたけど、今年の初めにバスラに駐留していたイギリス人ともすごしましたけど、実際には兵を削減していく潮時だろうと思うんです。彼らのやり方は賢明だと思いますよ。イギリス軍はアフガニスタンで大任がありますし、彼らの軍隊はわれわれのものよりずっと小規模ですからね。それにバスラの問題は他の地区の問題とは違います。卵の殻にひびが入ってるような状態じゃないですし。あんまり先のことを予測するのもなんですが、私はイラクの暴力は地元のより多くの地元民が協力してくれるようになるにつけ、この先数ヶ月でじょじょにへっていくと思います。ディヤラなんかでは25ある部族のうち20が同盟軍およびイラク軍と協力するという条約に調印したほどです。これってすごいことですよ。

マイケルは他にもイラク各地で地元の人々が目覚めアルカエダと対抗しようという気になっていることや、当初はアメリカ軍もずいぶん躓いたが、いまではイラク市民とうまくやっていくコツをつかんだことなどを語っている。
マイケルは一年以上まえ、イラクは宗派間で内乱になっている言っていたくらいだから、この変貌ぶりは非常に評価できる。今後もマイケルのバスラからの報道に期待したものだ。


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米軍、APのストリンガーを正式にテロリストとして起訴

APのカメラマンとして賞までとったことのあるイラク人、ビラル・フセインという男がテロリストとしてアメリカ軍に取り押さえられた話は、去年の暮れ頃ここでも紹介した
彼はアメリカの記者の代わりに現地で取材をする所謂(いわゆる)ストリンガーだが、彼が撮ったテロリストの写真は、どう考えてもテロリストの協力を得て撮ったものが多々あった。フセインは去年アメリカ軍に逮捕されテロリストとしてイラクで拘束されている。そのフセインにアメリカ側から正式にテロリストとして罪が課されることになったと、当のAPが報道している。(Hat tip Powerline)

NEW YORK (AP) – 米軍はビューリツァー受賞者のアソシエイトプレス(AP)のカメラマンに対して、イラクの裁判所で犯罪訴訟を起こす考えをあきらかにした。しかしどのような罪で起訴するのか、どのような証拠があるのかはいっさい明らかにしていない。

APの弁護側はこの決断に断固とした抗議をしており、米軍の計画は「いかさま裁判だ」と語っている。このジャーナリスト、ビラル・フセインはすでに19か月も起訴されないまま拘束されている。
ワシントンではペンタゴンの報道官ジェフ・モレル氏が起訴内容について「フセインに関する新しい証拠が明らかになった」と説明している。…
モレル氏は軍が「ビラル・フセインのイラク反乱分子の活動につながりがあり、イラクの治安維持に脅威を与える人物であると確信できる確かな証拠がある」とし、フセインを「APに潜入したテロ工作員」と呼んだ。

APは自社の記者に関するニュースだけに、いまだにこのストリンガーがテロリストではないと言い張っている。弁護側にいわせると軍はフセインの罪について詳細をあきらかにしていないため、どのように弁護していいかわからないということだ。APはフセインがテロリストとは無関係だという根拠として、彼の撮ったほとんどの写真がテロ活動とは無関係なもであり、テロ活動が写っている写真でもストリンガーがテロリストと前もって打ち合わせをしていた事実はないと断言している。しかしパワーラインも指摘しているが、「ほとんど」がそうでなくても、テロ活動を一枚でも写真に撮ることができるとしたら、フセインにはそれなりのコネがあると考えるのが常識だ。フセインの撮った写真で有名なのは私が上記で掲載したイタリア人記者殺害後のテロリストがポーズをとってる写真。(2005年におきたイラクはハイファ通りでの真っ昼間の暗殺事件を撮ったのもフセインだという話があるが、これはAPは否定している。)

Bilal Hussein and his picture    Italian

テロリストと一緒に逮捕されたAPカメラマン、ビラル・フセイン(左)フセイン撮影イタリア人記者の遺体の前でポーズを取るテロリストたち(右)


ビラル・フセインがピューリツァー賞をとった写真はこれだが、テロリストがイタリア人記者を殺しているところにたまたまAPの記者が居合わせるのが不可能なのと同じように、テロリストがアメリカ軍に向かって撃っているところを真横にたって撮影するなんてことがテロリストの仲間でもないカメラマンに出来るはずがない。これらの写真はどう考えても、まえもって打ち合わせをしてのみ撮れるものである。はっきり言ってフセインの撮った写真そのものが、ビラル・フセインの正体を証明しているようなものだ。


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戦争は兵隊に任せろ! アメリカ兵に手かせ足かせの戦闘規制

今朝、ハワイの地方新聞Honolulu Advertiserを読んでいたら、ハワイ出身の陸軍兵が犯したとされるイラク市民殺人事件について、この兵士が意図的にイラク人を殺したと言う証拠はないとして、裁判をしない推薦がされたという記事が載っていた。この事件は逮捕して武装解除されたイラク市民を上官の命令で部下が銃殺したという容疑だったが、部下は殺すのが嫌でわざとはずして撃ったと証言していた。すでに捕らえて直接危険でない人間を殺すのは戦闘規制に反する行為ではあるが、果たしてこれが犯罪といえるのかどうかその時の状況によって判断は非常に難しい。正直いって、アフガニスタンやイラクの戦争では、少しでも怪しい状況があるとすぐに兵士を逮捕して取り調べると言う事件があまりにも多すぎる。兵士らは当たり前の戦闘行為をしているのに、いちいち自分らの行動が犯罪としてみなされるかどうか心配しながら戦争をしなければならないのだからたまらない。
たとえばこの状況を読者の皆さんはどう判断されるだろう。アフガニスタンの山奥にテロリストのアジトがあるので偵察に行って来いと命令を受けた海軍特別部隊シール4人が、偵察中に羊飼いの村人三人に出くわした。戦闘規制では非武装の非戦闘員を攻撃してはいけないということになっているが、彼らの顔つきから明らかにアメリカ人を憎んでいる様子。シールの4人はこの三人を殺すべきか開放すべきか悩んだ。開放すれば、中間達に自分らの任務を知られ待ち伏せされる可能性が多いにある。かといって、キリスト教徒としてまだあどけない顔の少年を含む一般市民を殺すのは気が引ける。第一タリバンかどうかもわからない市民をやたらに殺したりすれば、殺人犯として帰国してから裁判にかけられる可能性は大きい。シールたちはどうすればよかったのだろうか?
結論から言わせてもらうと、シールたちは殺すという意見が一人で、もう一人はどっちでもいい、他の二人が殺さずに開放するという意見で羊飼いたちは開放された。そしてその二時間後、シール4人は200人からのタリバン戦闘員たちに待ち伏せされたにもかかわらず敵側を100人近くも殺した。しかしいくら何でもたった4人で200人の敵にはかなわない。大激戦の末、味方側の三人が戦死、一人が瀕死の重傷を負って逃げた。この生き残った一人は、羊飼い達を解放すると決めたひとりだったが、あとになって「どんな戦略でも、偵察員が発見された場合には目撃者を殺すのが当たり前だ。それを戦闘規制(ROE)を恐れて三人を開放したことは私の生涯で一番の失態だった」と語っている。無論そのおかげで彼は自分の同胞三人を殺されてしまったのだから、その悔しさは計り知れない。
上記は2005年アフガニスタンで同胞3人をタリバンとの激戦で失い、救援に駆けつけたチームメンバーたちの乗ったヘリコプターをタリバンのロケット弾に撃ち落され全員死亡。ひとり生き残ったシール、マーカス・ラテレルの身に起きた実話だ。彼の体験談はLoan Survivorという本につづられている。
私は理不尽なROEがどれだけアフガニスタンにいる特別部隊やイラクの戦士たちの任務の妨げになっているか以前から書いてきたが、それが実際に十何人というアメリカ軍でもエリート中のエリートを殺す結果になったと知り、改めて怒りで血が煮えたぎる思いである。
実は先日、私はCBSテレビの60ミニッツという番組で、アフガニスタンにおけるNATO軍の空爆についての特集を観た。詳細はカカシの英語版のブログbiglizards.net/blogで数日前に書いたのだが、関連があるのでここでも紹介しておこう。
この番組では司会者のスコット・ペリーはアフガスタンではタリバンによって殺された一般市民の数と同じかそれ以上の数の市民がNATO軍の空爆の巻き添えになって殺されていると語った。いや、ペリーはさらにNATO軍(特にアメリカ軍)は敵側戦闘員が居る居ないの確認もせずにやたらに市民を攻撃しているとさえ言っているのである。
ペリーが現地取材をしたとするアフガニスタンからの映像では、明らかに爆撃をうけて破壊された村の一部を歩きながら、ペリーは女子供や老人を含む親子四代に渡る家族がアメリカ軍の空爆で殺され、ムジーブという男の子だけが生き残ったと、お涙頂戴風の臭い演技をしながら語った。確かにアメリカ軍が意味もなく一般市民の家を破壊して四世代の非戦闘員を殺したとしたらこれは問題だ。だがこういう話にはよくあることだが、本当はもっと複雑な背景がある。
実際破壊された家の家主で、生き残った少年の父親は地元タリバンのリーダーで、アメリカ軍がずっと捜し求めているお尋ねものである。空爆時には家にはいなかったが、家主がタリバンのリーダーということは部族社会のアフガニスタンでは家族も必然的にタリバンである。そんな家が建っている村は必然的にタリバンの村なのであり、村人はすべてタリバンだと解釈するのが妥当だ。しかも、アメリカ軍がこの村を空爆した理由はその直前に丘の上にあるアメリカ軍基地にロケット弾が数発打ち込まれ、激しい打ち合いの末、ライフル銃をもったタリバンがこの村へ逃げ込むのが目撃されたからなのである。ペリーはこの状況をこう語る。

時間は夜でした。アメリカ軍は地上で敵との接触はなかったにもかかわらず、モーター攻撃の後に空爆援助を呼ぶ決断をしました。アメリカ空軍の飛行機はこの近所にひとつ2000ポンドの重量のある二つの爆弾を落としました。(瓦礫の中を歩きながら)これが一トンの高性能爆発物が当たった泥つくりの家の跡です。爆弾は標的に当たりました。しかし煙が去った後、ライフルをもった男達の姿はありませんでした。いたのはムジーブの家族だけです。

敵と地上での接触がないもなにも、この村の付近からアメリカ基地はロケット弾を撃たれているのである。しかもライフル銃をもった男達がタリバンのリーダーが住んでいる村へ逃げ込んだのだ。アメリカ軍はこの状況をどう判断すべきだったとペリーは言うのだ?第一、破壊さえた家でライフルをもった男達が発見されなかったという情報をペリーは誰から受け取ったのだ?もしかしたら自分らはタリバンではないと言い張っている村でインタビューをしたタリバンの男達からか?
だいたいアフガニスタンの村でライフルを持っていない家など存在しない。だからといって彼らが皆テロリストだとは言わない。強盗や盗賊に襲われても警察など呼べない山奥の部族たちは自分らの手で自分らをまもらなければならない。ソ連軍が残していったカラシニコフ(AKライフル)がいくらでも有り余ってるアフガニスタンだ、一般人がライフルをもっていても不思議でもなんでもない。もしタリバンのリーダーの家でライフルが一丁も発見されなかったとしたら、それこそおかしいと思うべきだ。

このアフガニスタン人たちは、他の市民と同じようにアメリカが支援している政府を支持するかどうか迷っています。私たちは怒りは予想していましたが、これには驚きました。

ペリー:(村人の一人に)あなたはまさかソビエトの方がアメリカよりも親切だなどというのではないでしょうね?
村人:私たちは以前はロシア人をアメリカ人よりも嫌っていました。でもこういうことを多くみせつけられると、ロシア人のほうがアメリカ人よりよっぽど行儀がよかったと言えます。

タリバンがロシア人よりアメリカ人を嫌うのは当たり前だ。すくなくともタリバンはロシア人を追い出したが、アメリカ人はタリバンを追い詰めているのだから。
マーカスの本にも書かれているが、タリバンやアルカエダの奴らは西側のボケナスメディアをどう利用すればいいかちゃんと心得ている。イラクでアメリカ軍に取り押さえられたテロリストたちは、アメリカ兵に拷問されただのなんだのと騒ぎたて、アルジェジーラがそれを報道すれば、西側メディアはそれに飛びついてアメリカ軍やブッシュ大統領を攻め立てる。テロリストたちは自分らの苦情を聞き入れたアメリカ軍がアメリカ兵を処罰するのを腹を抱えて笑ってみていることだろう。「なんてこっけいな奴らなんだ、敵を殺してる味方の戦士を罰するなんて、間抜けすぎてみてらんねえや。」ってなもんである。
だからこのタリバンの奴らも取材に来たアメリカの記者団を丁重に扱い、何の罪もない善良な村人に扮してCBSの馬鹿記者の聞きたがる作り話をしているにすぎない。それも知らずにペリーのアホは村人が自分らはタリバンではない、ただの平和を愛する羊飼いだと言っているのを鵜呑みにし、村人がソビエトよりアメリカが嫌いだという証言に衝撃を受けたなどと、とぼけたことをいっているのだ。
私はこういうアメリカのボケナス記者どもに一度でいいからアメリカの部隊に従軍でもして実際に敵と面と向かってみろと言いたいね。殺さなければ殺されるかもしれない状況でとっさに自分らの目の前に居る人間が敵か味方か判断できるかどうか、自分で体験してみろ!それができないんなら黙ってろ!お前らのいい加減で無責任な報道がどれだけのアメリカ兵を殺す結果になるとおもってるんだ!
マーカスの体験談を読むに付け、私はこういう無知蒙昧なリポーターをぶん殴ってやりたい思いでいっぱいになった。


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イラクの民主化にアメリカが出来ることとは?

皆さん、六日ぶりにワイキキビーチへ戻り、ホテルも先のネットアクセスの悪いホテルからちょっと割高ですが、通りをひとつ隔てた海側のホテルに越してきました。 ネットは無料ですが駐車料金がいちにち18ドル。痛いなあこれは。
さて、留守中に読者のhatchさんから興味深いご意見をいただいたので、これはひとつエントリーの主題として考えてみたいと思う。以下はhatchさんのコメントより抜粋。

さて、苺さんが力説しているようにこちらの意のままになる独裁政権がうまくいかないのは確かです。長い目で見ればです。しかし、だからといって他国が力によって、他国を民主化できるのですかねえ。

ブッシュJ大統領は、第二次大戦時の日本とドイツを例に挙げるのがお好きですが、日本とドイツは第二次大戦によって初めて民主化したわけではありません。ドイツのことは他国ですから言えませんが、日本の民主化は、明治維新から始まります。そして、その明治維新でさえ、その前の江戸時代270年間の太平時代に培わられた国力の下地がありました。
…力で押さえつけた奴隷は、誇りがありません。誇りがない人々が自らを主人公とする民主主義を作り上げられますか?
苺さん、あなたは矛盾しています。
強権的な独裁政権にはアメリカは何度も失敗してきたとあなたは言われます。その通りです。私は異存がありません。しかし、アメリカがその軍事力によって他国に民主主義を樹立することはできません。力によって押さえつけた民衆はその力に対して媚びるだけで自立できないからです。ではアメリカはどうしたらよいかですか。悪人を演じるしかないでしょうね。もし、どうしてもアメリカの力で他国に民主主義を根付かせたいのならです。アメリカが敵役となり、握っていなければ砂になるアラブ人を結束させて、自分たちの力で国を作ったとアラブの人々に思わせなければなりません。自らが正義とは決していえない戦争を何年も何十年も、何千人何万人もの犠牲を払ってアメリカが続ける覚悟がおありですか、苺さん?

私は以前から日本には民主主義の下地があったと主張してきた。第二次世界大戦時の日本が民主主義だったとは言わないが、明治維新直後から、それまで自分は薩摩藩の人間だとか土佐藩の人間だとかいっていた人たちが、自分は日本人だという自覚を驚くべき速さで持ち始めたことは事実である。私は日本海軍の歴史について最近読んでつくづく感じたのだが、日本の文明開化の迅速さは世界ひろしといえども稀に見る速さであり、日本海軍の発達は奇跡に近い。つまり日本は特別例だということをブッシュ大統領並びに西洋諸国は理解すべきだろう。アメリカが日本を占領したとき、日本はすでに20世紀の社会だった。それに比べてイラクはまだまだ7世紀の部族社会なのである。そんなイラクを日本と比べて日本で出来たのだからイラクでも出来るなどという考えは甘すぎる。
イラクのような部族主義の文明的に遅れに遅れをとった国を突然21世紀並の民主国家にするなどという大それた野心を持ったのは過去の歴史を振り返ってもジョージ・W・ブッシュ大統領が始めてである。つまりこの大仕事は誰もやったことがないのだ。こんな前例のないことをやろうというのだから試行錯誤なのは当たり前。
とはいうものの、以前にここでもよくコメントを下さったアセアンさんもおっしゃっていたが、アメリカのいきあたりばったりの政策に付き合わされるイラク人は迷惑至極だという考えもまったくその通りだろう。
だが、これはアメリカの試練であると同時にイラク人にとっても試練なのだ。なぜならばイラクがこのまま7世紀の部族社会として独立国として生存することは不可能だからである。それはアメリカが許さないだけでなく、イランをはじめ近隣諸国やアルカエダのようなテロリスト達が許さないだろう。つまり、これはアメリカが武力で強制的にイラクを民主化するとかどうかという問題ではなく、イラクには民主化する以外に生き延びる道はないということなのだ。
hatchさんは、アメリカが悪役となることでイラク人の心がひとつにまとまるとお思いのようだが、2003年から繰り広げられているイラクでの混乱を考えれば、イラク人の心はアメリカへの憎しみをもってしてもひとつにはまとまらないのだということがお分かりいただけると思う。アルカエダの悪玉であるオサマ・ビンラデンですら、どうしてイラク人は仲たがいをやめてアメリカ打倒のため一致団結して戦おうとしないのかと嘆くほどなのだから。
しかしいみじくもhatchさんがおっしゃっているように、「力で押さえつけた奴隷は、誇りがありません。」と同様に押し付けている側への忠誠心もない。イラクの部族たちがこぞってアルカエダに反旗を翻したのも、アフガニスタンで同民族のパシュトン族が次々にタリバンを見捨てているのも、すべてこれらの勢力が暴力で地元民をコントロールしようとしてるからに他ならない。とすれば明らかにアメリカが悪者となってイラク人を弾圧するのは最悪のやり方である。
アメリカがイラク人に民主主義しかイラクには未来がないと理解してもらうためには、先ずイラク人が平和な暮らしが出来るようになることを保証することが大切だ。アメリカがイラク人の守護神となってイラク人を内外からの敵から守るという保証をすることだ。無論イラクが自立できるように今アメリカ軍がイラク軍を教育しているように、イラクの治安維持の役割を地元軍や地方政治にどんどん代わってやってもらうようにすることも大事である。タリバンやアルカエダのように地元民に恩を着せておいて、部族の義理人情やしがらみを悪用して地元民に無理難題を押し付けてくるのと違って、アメリカ軍やイラク軍はイラク人のために命がけの戦いをするにもかかわらずに、イラク人に求めることといったら法にもとづいた公平な態度だけだということを地元市民に理解してもらうことが大切だ。
私はイラクが日本のような中央政府を設立してイラクの憲法にのっとった民主主義を設立することが簡単に出来るとは考えていない。だが、地元レベルで隣近所が部族の違いを乗り越えてなんとか共存することができるようになれば、それがだんだんと上部の政治にも反映していくのではないかと考える。イラク人はそれがクルドであろうとシーアであろうとスンニであろうと、みんながみんな同じ法律の下で裁かれる公平な社会だとイラク人自身が納得できるような社会ができてくれればそれでいいのだ。
アメリカはイラクに武力で民主主義を押し付けようとしているのではない。武力を使って民主主義を妨げるイラク市民の敵を退治しイラクの文明開化の手助けをしているのである。イラクは大急ぎで7世紀の幼児時代から21世紀の大人へと成長しなければならないからだ。


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アルジェジーラにまで見放されたイラクアルカエダ

この間アルジェジーラで放送されたビンラデンの声明テープの件で、イラクのアルカエダの連中が怒って抗議の声をあげているという。

アルカエダシンパたちはアルジェジーラテレビ局に対してオサマ・ビンラデンの最近の音声テープの抜粋を歪曲して紹介したとして怒りの声を爆発させている。 このテープではビンラデンはイラク反乱分子の間違いを批判している。
イスラム過激派のネット掲示板では、ビンラデンの反乱分子への日は何に焦点をあてたこの全アラブネットワークに対して何千という侮辱のメッセージが投稿された。
評論家によれば、これは民兵たちがビンラデンの言葉に驚ろいたことを象徴しており、ビンラデンが取り持とうとしているアルカエダとイラク武装集団との間の大きな溝への失望感の表れだという。
「問題はアルジェジーラじゃありません。これはビンラデンから受けた衝撃です。とエジプトのイスラム武装集団専門学者のDiaa Rashwanさん。「精神的な指導をするはずのビンラデンが初めてアルカエダを批判し間違いを認めたのですから。これは普通じゃありません。」

アルジェジーラですら、ビンラデンの声明は悲観的だと気がついたというわけだ。ビンラデンの声明はテロリストを元気付けるどころか、かえって失望感を高めてしまったらしい。これではビンラデンはスピリチュアルリーダーとしては全く失格だな。(笑)


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心を入れ替えた一等兵。米兵侮辱記事著者スコット・ビーチャムの選択

今年の7月、ニューリパブリック(TNR)という週刊誌にバグダッドに駐留している米陸軍兵の捏造日記が掲載された事件を覚えておられるだろうか。ことの詳細は下記のエントリーを参照いただきたい。
まず著者のスコット・ビーチャムの書いた内容はこちら。
「冬の兵士」再び、米二等兵の軍隊バッシング
それが嘘だったことがばれたいきさつがこちら。
暴かれたイラク版冬の兵士の嘘
ビーチャムは陸軍の取調べで、自分がTNRで書いたことはすべて捏造であったことを認めた。最後に聞いた話では謹慎処分を受けたという話だったのだが、その後どうなっていたのか私は良く知らなかった。ところが数日前、ここでも何度も紹介しているフリーランスの従軍記者マイケル・ヨンが偶然にもばったりとビーチャムの所属する隊にバグダッドで出くわしたと言う。その時の模様をマイケルが書いているのでこちらでちょっと引用したい。

俺はスンニとシーアの和平会議に出席するべく10月24日、バグダッドの西ラシド地区にいた。その時全くの偶然だったのだが、ビーチャムの旅団と一緒になった。 事実その時は全然しらなかったのだが、俺はビーチャムの元隊長と一日一緒に過ごしていたのだ。

和平会議の席でビーチャムの旅団の現司令官、ジョージ・グレーズ中佐は丁寧に俺に自己紹介をした後、俺がどこの新聞社の記者なのかと聞いた。俺は別にどこということもないしがないブログを書いてるという答えると、中佐はビーチャムの名前を口にした。俺は彼の話は聞いたことがあると答えた。グレーズ中佐は、この若い兵士が彼の同胞の兵士らを散々侮辱したというのに、彼を守ろうとしているかのようだった。事実中佐によると、ビーチャムは除隊するかそのまま在留するか選択を与えられたが、教訓を生かして在留することを選んだと言う。
ここは本当にたいへんなところだ。ビーチャムの小隊の兵士らは戦闘を何度も経験している。長い間睡眠不足で疲労困憊のまま継続してゲリラ戦に挑むなんてことはしょっちゅうだ。これほどストレスのたまる仕事は世界ひろしといえそれほどはないだろう。特にイラクを侵略する決断が下された頃自分はただのティーンエージャーだったというのに、何百万て人間が三年かそれ以上前の失敗を責め立てるんだから。さらに悪いことに何百万という人々が、兵士らの任務は絶望的だと諦めてるとしたらなおさらだ。それに加えて自分の同胞が目の前で殺されてんだ。(現にビーチャムの旅団では70人が戦死している。)俺はこれらの若い男女がどんな目にあってるか見てきた。そして信じられないほどのプロ意識を見るとき俺は毎日のように感嘆している。
誤った判断を下すことがあっても不思議じゃない。責任追及をするのは当然だが、いちいち兵士が間違いをおかすたびに吊るし上げることもないだろう。
ビーチャムは若い。これだけのプレッシャーにかかれば間違いもおかす。奴は実際模範兵だったとは言いがたい。だが、彼が偉いのはこの若い兵士は在留を選んだことだ。そして今夜も危険なバグダッドのどこかで任務をはたしているのだ。奴は重症を負ったり殺されたりするかもしれないのを覚悟の上なのだ。奴は辞めることも出来た。でも辞めなかった。奴は同胞に面と向かった。同胞からどんなに冷たく扱われたか想像がつく。別の隊へ移動することも出来たのにグレーズ中佐はビーチャムは今の隊に残りたいと自分から言ったという。奴は自分の罪がどのような償いになろうとも償っているのだ。
…グレーズ中佐はビーチャムをそっとしておいて欲しいという。ビーチャムを戦争に戻らせる時だと。 若い兵士はよく勉強になっただろう。二度のやり直しの機会を与えられたのだ。三度目はないことは十分承知だろう。
ビーチャムは近くにいるはずだが、おれは探してまで話をしたいとは思わない。今朝もロケット弾が米軍基地近くに落下した音で目をさました。誰がビーチャムをつるし上げてる暇なんてあるだろう。俺達はビーチャムに仕事に熱中してもらわなきゃならない。

自分の過ちに気がついて、命がけで償いをしているビーチャムの潔さに比べ、見苦しいのは当の記事を掲載したニューリパブリックの編集部だ。これだけ記事が捏造だったことがはっきりした今となっても、まだ捏造記事掲載の責任をとるどころか、なんだかんだ言い訳をして時間稼ぎをしている。
数日前に、陸軍のビーチャムに関する調査書類がドラッジリポートというオンライン新聞ですっぱ抜かれた。ミルブロガーで、最初にビーチャムの嘘を暴露したボブ・オーウェンの話だと、これは軍幹部からの漏洩らしい。誰が漏らしたのかはいま捜査中だということだ。これに関してTNRはドラッジを脅迫したらしく記事はすぐに取り下げられたが、それはインターネットの恐ろしさ。ほんの5分でもアップしてあれば、誰かがダウンロードしている。無論この場合もその例外ではない。
漏洩された書類のなかに、ビーチャムとTNRの編集長や他の数人による電話会議のトランスクリプトが含まれているという。オーウェンは軍関係の人間なのでそのつてから書類が本物であることを確認したという。これまでにもオーウェンは信頼のできる記事を書いて来ているので彼がそういうなら信用できると思う。
さてこの電話会議の内容なのだが、It’s the coverup that kills you, part 5″>パワーラインによれば、TNRの編集長がビーチャムにすべて本当だったと保証して欲しいと頼んだり、捏造だったと公表したりすればTNRの従業員であるビーチャムの妻の立場や、ビーチャムの将来作家としてのキャリアも危ぶまれるだろうという脅迫まで入っているという。
ビーチャムが捏造記事を書いたことは無論悪いことだ。だが、でたらめの記事など誰でも書けるわけで、それを裏も取らずにそのまま掲載したTNRのほうがプロのジャーナリストとして完全に失格ではないか。掲載して読者から真偽を問いただされるまで真偽のチェックをしなかったというのはどういうことなのだ?いくら自分らの米軍に対する偏見と内容が一致しているからといって、こういう出来すぎた話には必ず裏があると判断するのがプロたるものの仕事のはず。特にTNRは捏造記事を何年にも渡って書いていた若い記者に信用度を散々落とされた過去のある雑誌なのである、注意に注意を重ねることが本当のはず。それを怠っておいて、不心得もののアホ兵士のでたらめを鵜呑みにして、ビーチャムに本当のことを言ったら将来は保障できないなどと脅迫までするとは、もう見苦しいなんて言葉では表しきれない。
さてビーチャムの作家としての将来だが、彼が除隊後、自分の過ちを悔い改めて、どのようにプロの戦士として生まれ変わったかという日記でも書いてくれたら、多分私は読むだろうな。


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「暗闇は漆黒の闇と化した」ビンラデンの愚痴

先日もお話したオサマ・ビンラデンの声明について、ビル・ロジオが分析しているので紹介したい。
最近、イラクでは地元スンニ派市民がアルカエダに背を向けたことや、アメリカ軍及びイラク軍の激しい取締りにより、イラクのアルカエダが苦境を迎えているという話はここでも何度も紹介してきたとおりである。そのことを一番ひしひしと肌で感じているのは、国際アルカエダ組織の親玉であるオサマ・ビンラデン(もしくは現リーダー)だろう。
ビンラデンが彼らの言う「聖戦」がイラクにおいてどのような状況になっていると考えているのかは、この間ビンラデンが発表した声明テープのトランスクリプトを読むとより明白となるとビル・ロジオは語る。

ビンラデンはイラクのアルカエダリーダーがスンニ反乱グループをまとめることが出来なかったという間違いを認めたのみならず、ビンラデンはアルカエダの歩兵たちが路肩改良爆弾をきちんと設置することを「怠っている」と責め、イラク人が自分らの兄弟がいる警察や軍隊を攻撃したがらないことを嘆いている。そしてビンラデンは声明を「イラクの暗闇は漆黒の闇と化した」としめくくっている。,

ビンラデンはアルカエダの部下達が路肩爆弾をきちんと設置していないのは、彼らが自分らの任務を怠っているからだと解釈し、またアルカエダにイラクやアメリカのスパイがテロ軍団に潜入していることの危険性をに注意せよと忠告している。
しかし面白いのは、ビンラデンがイラクのテロリストたちに攻撃に関する非常に細かい指図をしていることにある。たとえば攻撃準備、標的の偵察、訓練、適した武器の状態、弾薬、爆弾の質や設置のやり方などが怠られていると指摘し、このような怠慢さから来る失敗ほど敵である無宗教者を喜ばせることはないなどと注意を施している。ビンラデンがイラクのアルカエダ戦闘員たちの質の低下を嘆いていることが明らかだ。
ビンラデンが嘆くのももっともで、アメリカ・イラク連合軍はIEDと呼ばれる路肩改良爆弾を集中的に取り締まっている。時には改良爆弾の製造者グループの一味が全員逮捕されたり、路肩爆弾を設置しているテロリストが一回につき5人とか15人の割りで殺されたりしている事実を彼はよくわきまえているとみえる。
ビル・ロジオは、オサマ・ビンラデンは宗教的な教祖ではあるが、戦略の指導者ではないとする人もいるが、このような声明を聞くと、やはりエンジニアとしての彼は日ごとの戦闘作戦に非常に興味のあることがわかるという。もしこの声明を出したのが本当にビンラデンならばそれは確かにその通りだろう。
ビンラデンは、テロリスト達がイラクのスンニ派ともっと友好な関係を結ぶことを推薦してはいるものの、イラク警察やイラク軍への攻撃は奨励している。ビンラデンはイラク人の間にある国粋主義を全く考慮にいれていないようだ。警察でも軍隊でもイラク人への攻撃には変わらない。自国民を殺す行為はイラク市民は好まないのだ。2007年の春にアンバー地区を攻撃したアルカエダは、イラク軍や警察及びその家族や警察に協力したスンニ部族のリーダーなどを殺害した。これについてスンニ反乱分子経営のテレビ局アル・ザウラーは、イラク軍や警察を標的にしたアルカエダを強く批判した。
ビンラデンはイラク状況は「漆黒の闇と化した」と嘆きながらも、決して希望を捨ててはいない。アルカエダの戦士たちは援軍が現れるまで持ちこたえられると信じているよだ。彼は中東のイスラム教徒に立ち上がれと呼びかける。なぜなら今こそ彼らの助けが必要とされているからだと。

自分や子供たちに宗教を望む人々は何処にいるのじゃ?Tawheedの人々は、無宗教者や多神教者を倒した人々はどこへ行ったじゃ?拷問を快く思い打撃を恐れない人々は何処にいるのじゃ?地獄はずっと熱いことを知る故、困難を安易よりも、苦さを甘さよりも、好むものは何処にいる?Tabukの時代にローマ人と戦った人々はどこへ行った?Yarmuk時代に死ぬまで戦うと誓った戦士はどこへいった?….

と、まだまだ「何処にいるのじゃ?」が続くのだが、要するにビンラデンはイラクのアルカエダテロリストは不能でアメリカ・イラク軍に押されぎみなのに、中東諸国からのテロ志願者が減っていることを嘆いているというわけだ。アフガニスタン戦争が始まる前に、ビンラデンを一人殺しても、それをうらむ人々のなかから2000人のビンラデンが生まれるだろうという説を良く聞いたものだ。先日紹介したアナベルさんなんかがその言い例で、こっちがテロリストと戦えば戦うほど恨みを買ってテロリストはさらに強化されるという説だ。
しかし現実派その逆。「聖戦」に参加して諸外国からイラクへ行った人々の多くは、栄光ある勝ち戦に参加したという実績をつけたかったからだが、それもアルカエダがイラクで勝っていればこそである。一般に全く勝ち目のない負け戦に参加したいほどの過激派はそうはいないのである。テロ軍団がメンバーを増やすためには派手な勝ち戦が必要なのであり、負け戦の続くイラクに助っ人など来るはずがない。
だからね、ビンラデンのおっさん、「助っ人はどこにいるのじゃ?」などといつまで待っていても時間の無駄なのだよ。


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