リトルマーメイドや白雪姫など白人キャラを非白人が演じることへのバックラッシュは人種差別なのか?

先週末、ディズニーは1989年に公開された「リトルマーメイド」の実写版の短い予告を公開した。そこではじめて主役のアリエルを演じる黒人女優のハリー・ベイリーの姿と短い歌声が紹介された。するとほんの2~3日の間に不評数1.5百万という前代未聞の評価が集まるという驚くべき事態が生じた。私もハリー・ベイリーの配役には懐疑心を抱いていたとはいうものの、ここまでの不評は予測していなかった。これは大不評のアマゾンのLOTRを凌ぐ不評である。

ハリー・ベイリーがアリエルを演じることになったということは、もう一年以上前に発表があったので別に今更主役が黒人だということに驚いた人は居ないはず。では何故人々はこんなにも否定的な反応を示しているのだろうか?

私はこれは最近続いた白人役を非白人が演じるという過剰なポリコレ傾向への反発の表れではないかと考える。

二週間前に指輪物語三部作の前編としてアマゾンが公開したリングスオブパワー(指輪の力)がファンの間で非常に不評であるという話はしたが、アマゾン側はこの不評はひとえにエルフを含め数人の黒人俳優の起用への人種差別だとトールキンファンを責めた。一週間前に公開されたピノキオの実写版が非常な不評であることも、有名な青の妖精に丸坊主の黒人女優を起用したことへの人種差別だとディズニー側は視聴者を攻撃した。そして今はまだ制作中のディズニーの「白雪姫」実写版の主役を白人ではないラテン系の女優が演じるという話も加え、それに対する批判もすべて人種差別のせいにするつもりのようだ。

こうした背景のあるなか、リトルマーメイドの予告はポリコレ迎合に嫌気がさした視聴者の恰好の攻撃対象となってしまったのだ。もしこれが他の作品でも同じことが起きていただろう。若いハリー・ベイリーはそのはざまに立たされてはた迷惑も甚だしいといったところだろう。もしポリコレ批判が彼女への個人的な攻撃になってしまったなら、私は彼女に心から同情する。

しかし視聴者の不満は黒人やラテン系が主役を演じるということにあるのではない。視聴者の不満は、なぜ長年親しまれてきたキャラクターのイメージを故意に破壊するような配役をするのかという点にあるのだ。しかもこうした批判が人種差別だとされるのは白人役を非白人が演じる時だけだ。

たとえば2年前に公開されたアラジンの実写版で主役のジャスミン姫を演じたインド系の女優が半分白人であったというだけで、彼女の色が白すぎると左翼リベラルから批判されたことを「人種差別」だとディズニー側は責めたりしなかった。人種に拘るなら彼女が半分白人だということよりも、アラジンはアラブ王国の設定だから配役はインド系ではおかしいはずだという批判であるべき。他の俳優たちも全員アラブ系であるべきなのに、俳優たちが白人ではないというだけで他人種の配役に納得した左翼たちの人種差別ぶりには呆れる。

批判的人種論(CRT)などといって、学校では白人は生まれながらにして罪深い人種であり、白人こそが悪の根源と教えられている若者が、自分らが大切にしてきた白人キャラのイメージすら黒人に取って代わられることを考えたら、いったい我々の文化とは何なのだという気持ちになったとしても不思議はない。

視聴者たちは黒人が主役であることが気に食わない訳ではない。何十年も前から、エディー・マーフィーやデンゼル・ワシントンやウェスリー・スナイプやウィル・スミス主演の映画はヒットしている。最近ではオールブラックキャストのファンタジー映画ブラックパンサーが大ヒットした。つまり観客は主役が黒人だから嫌なのではなく、もともと人々が愛し親しんで来たキャラクターのイメージをポリコレを満たすためだけに壊して欲しくないという気持ちを訴えているに過ぎない。

マット・ウォルシも言っていたが、今後映画やテレビで俳優の人種は無視して誰が何を演じてもいいということにするならそれはそれでいい。だがもしそうなら、黒人役を白人が演じても絶対に文句を言わないでほしい。白人役を黒人が演じることに苦情を言うのが人種差別だというなら、黒人役を白人がやっても一切苦情を言わないでほしい。

だが、絶対にそんなことにならないのは我々は良く知っている。だからこそ、1.5百万の不評などという事態が生じるのだ。


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トールキンファンには白人至上主義者が多い?不作作品を棚に上げて批評するファンを徹底的に侮辱するアマプラとメディア

いつまでもアマゾンプライム制作の指輪物語のリングスオブパワーについて話をするのは心苦しいのだが、制作側とメディアによるトールキンファン叩きがあまりにも凄まじく理不尽なのものなので、どうしても何か書いておかないと気が収まらない。

本日見つけたこのサロンの記事などは、“Rings of Power” gets casting backlash, but Tolkien’s work has always attracted white supremacists、ヘレン・ヤング著「トールキン作品は常に白人至上主義者を惹きつける」という内容だ。もういい加減にしろ!と言いたい。

今年の2月に出演者が発表され、そのなかに黒人俳優が混ざっているという話が出て以来、トールキンの熱烈なファンから作品がWOKE(お目覚め主義・ポリコレ)すぎるという批判が上がったが、これは現状の正しい見方ではないとヤングは書く。

ヤングは黒人俳優への差別的なコメントや、レビューバミング(批判的な批評を大量に投稿すること)などをみていると、単にトールキンの世界観に関する意見の違いとは思えないというのである。

まず、このお目覚め主義への批判だが、これはファンが始めたものではなく、アマゾンプライム自身が始めたことなのだ。制作側は作品が発表される何か月も前から、いかに自分らがポリコレのメッセージに力を入れて作品を作ったか、いかに配役が多様であるかという宣伝を執拗に行った。黒人女優や俳優たちが、色々なプロモーションでことあるごとに「多様性が~」「革新的な~」と繰り返し、作品の内容について何一つ説明がなかったのである。これではファンとしてはお目覚め主義はいいが、肝心の作品はどうなっているんだと批判する以外に仕方なかった。

しかし作品が公開されてからは、お目覚め主義への批判はほぼなくなり、登場人物の人種に関する批判も激減した。なぜなら作品の問題点はそんな表面的なものではなく、もっと根本的なところにあることにファンたちは気づいたからである。

アマゾンプライムのコメント欄には、いかにこの作品がトールキンの世界を無視しているか、登場人物に魅力がないか、話の辻褄があわないか、ペースが遅すぎて退屈するとかいった批判が大半を占めたのだが、アマプラ側はこうした批判的なコメントを一時的に隠蔽し一般には見えなくしてしまった。そして黒人俳優への人種差別的な脅迫が多数あったと言い掛かりをつけはじめたのだ。

私がこの差別的な脅迫などというものが起きていないと考える理由は、もしそれが本当なら「こんなコメントが来ています」といってどんど公表したらいいようなものなのに、その一通の例も公表されていないからだ。

ヤングは「トールキン研究者のクレイグ・フランソンによると」としてこの問題を右翼活動家が悪用してファシストのトーキングポイントを主流メディアに注入し始めたという。そして、右翼活動家たちはこの作品に批判的なファンを焚きつけて大がかりな憎悪に満ちた動きを扇動しているというのである。

なんというバカバカしい発想だろう。

The Lord of the Rings: Rings of Power

ヤングは1970年代や2000年に一部の取るに足りない白人至上主義者たちがトールキン作品を褒称したことを例にあげて、トールキンには白人至上主義を惹きつける傾向があるなどとくだらない持論を述べている。それをいうならその何千倍もの一般ファンたちの存在はどうなるのだ?どんな作品でもおかしな輩を惹きつけないものはないだろう。世界各地で何十年もベストセラーになっているトールキンの作品ならなおさらである。そんなことは何の証明にもならない。

もっともヤングは右翼保守は全員人種差別者だという固定観念で話をしているから、そういうおかしな理屈になるのだ。

ヤングは何故人種差別者は中つ国がそんなに好きなのかという理由について、トールキンがナチスやアパルトヘイトを批判する手紙の中で書いた一部分で、トールキンはある種の人は他の種よりも優れていると書いており、それは人種差別思想だという。しかしトールキンが劣っているとする種族とはナチスやアパルトヘイトの南アフリカの白人層だ。トールキンはイギリスという国がヨーロッパにもたらした良い影響について語っていたのであり、人種の話をしていたのではない。

しかしヤングは中つ国は階級社会であり人種差別の世界だと主張する。トールキンの人種差別思想は空想の生き物エルフと人間に現れているとし、明かにエルフが最上でドワーフやホビットは下層階級だというわけだ。この階級社会の差別主義に現社会の人種差別者が魅かれるのだという理屈である。

あほらしい。

ヤングがトールキンの社会が階級社会で人種差別に満ちたものだと考えているのは、彼女がきちんと作品を読んでない証拠だ。

確かに中つ国は階級社会である。エルフ社会も人間社会もどれもこれも王国であり、民主主義の国などない。考えてみればどんな王国にも属していないのはホビットだけだ。しかし、トールキンが人種差別者であったなら、指輪をモードアに返しに行くフェローシップはどのように説明するのだ?

一つの指輪を破壊する使命を帯びたホビットのフロドに、ホビットのサム、メリー、ピピンのみならず、エルフのレゴラス王子、ドワーフのギムリ、人間のアラゴンとボロミアが団結して結成されたのが指輪の仲間たちフェローシップである。エルフとドワーフは過去に戦争もしている宿敵である。彼らが協力して任務に及ぶのは非常に難しいことだったはず。人間同士でもアラゴンとの主従関係に不満を持つボロミアの反感がある。しかしこれらの種族がそれぞれの違いを乗り越えて任務におよんだのだ。これこそ種族を超えた多様性ではないか?

そして忘れてはならないのは、エルフも魔法使いも人間もドワーフも勝てなかった指輪の誘惑に、唯一打ち勝って指輪破壊に成功したのは一番軟弱だと思われていたホビットではないか!

もしトールキンが白人至上主義者なら、すべての功績をエルフにやらせることもできたはずだ。しかしトールキンはエルフをそれほど良い光にばかり照らしていない。エルフの間でも戦争は起きているし、悪に染まったオークは元はと言えばエルフであり、エルフが腐敗してオークになったのだ。だからエルフは決して崇高な存在ではないのだ。それに指輪物語の最後にはエルフ達は中つ国を捨てて去っていくではないか。

そして指輪物語の最後の8章と9章は、ピーター・ジャクソンの映画では描かれていないが、ホビット荘に帰還したメリーとピピンが留守中にサルマンの支配下に陥っていたホビット荘を、ホビット達と一緒に戦って取り戻すというものだ。つまり、指輪物語の最後はホビット達が他人に頼らずに独立して自由を取り戻すことで終っているのである。

ヤングはトールキンがサウロンの影響下に落ちた人間たちの種族を、アラブ系や東洋系のような描写をしているというが、トールキンはイギリスの神話を作り上げようとしていたのであり、遠方の外国にいる敵を味方の種族とは違う人種として表現したとしても、それは直接人種差別と解釈すべきではない。それは桃太郎の青鬼や赤鬼の描写が人種差別だと言っているのと同じくらいバカげた理屈だ。

トールキンの作品が保守派の間で人気があるのは、彼が白人至上主義だったからでも、人種差別者だったからでもない。トールキンは敬虔なキリスト教徒であり、その思想が作品のあちこちで現れており、宗教意識の強い保守派の心に通じるものがあるからなのだ。

ヤング及び左翼メディアやアマプラ製作者たちが、それを理解せずにトールキン自身まで白人至上主義者に仕立て上げ、トールキンファンを徹底的に侮辱し続ける行為は愚かとしか言いようがない。トールキンファンはアマプラの作品に成功してほしかった。彼らがこよなく愛するトールキンの世界をその精神にのっとって再現してほしかったのだ。

しかしアマプラ製作者たちの目的は最初から良い作品を作ることにはなく、自分らの左翼お目覚め主義思想を視聴者の喉に押し込むことにあった。最初からファンには受け入れられないだろうと知っていたからこそ、わざわざ黒人俳優を起用して、作品への正当な批判を人種差別だとして反撃するつもりだったのだろう。しかし予想以上に猛烈なファンからの批評に振り上げたこぶしが下せなくなっているのだ。

ところで、制作側のこの作戦で一体誰が得をするのだろうか?熱烈なトールキンファンはもう嫌気がさしてシリーズを観ないだろう。トールキンを知らない他のファンタジーファンたちは、こんなつまらない番組よりハウスオブドラゴンを見るだろう。(現にそっちの方が人気がある)

残るのはお目覚め主義の左翼ファンか、ファンタジーなら一応何でも観るというもの好きな人々だけ。それがこれだけの予算をかけてやる正しい番組作りと言えるのだろうか?

不思議である。


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多様性を満たすために白人役を黒人に演じさせる怠慢な演出にげんなり

先日始まったロードオブザリングス(指輪物語)の前編リングスオブパワーがかなりの不評だという話はすでにしたが、アマゾンプライム側は番組が不評なのはすべて黒人差別のせいだという姿勢を貫き通すつもりらしく、同作品のキャストや昔の映画のキャストまで動員して「すべての人種は歓迎する」キャンペーンを始めた。あたかもトールキンファンの不満が黒人キャストにあるかのような決めつけに、我々は少なからぬ苛立ちを感じている。

LOTRの黒人エルフやドワーフに続き、ディズニー映画のアニメリメイクのピノキオの青い妖精役が丸坊主の黒人女性、そしてリトルマーメイドのアリエル役が黒人女性と、なぜか元来白人が演じるべき役を黒人に配役するのが流行っているようだ。こうしたやり方は元来のイメージを大事にする人々への侮辱であり、また黒人に対しても非常に失礼なことだと思う。

伝統的なおとぎ話や時代物やLOTRのように原作の設定が非常に厳しいものに異人種俳優を混ぜることには問題がある。これは決して私や他の視聴者が黒人俳優を見たくないとか、我々が人種差別者であるとかいう理由からではない。物語にそぐわないあり得ない設定に問題があるのだ。

私は以前から、時代劇で時代考証がしっかりしていないものには不満を述べて来た。例えば1950年代のアメリカで黒人がナイトクラブで白人と一緒にカクテルを楽しんだり、舞台の上で黒人と白人が入り混じって演技をするなど、当時の黒人差別を考慮に入れたら絶対にありえない設定である。しかしダイバーシティーの名の元に、これらの人種をごっちゃにすると、多くの観客は昔も今も人種差別の程度は同じだったと誤解してしまう。昔の人種差別がいかに酷かったかを知らなければ、現在がどれだけ良い時代であるかが解らなくなる。それで反差別活動家たちのいう今の人種差別は昔と同じように酷いという嘘を若い人たちが信じてしまうようになるのだ。

こうした時代考証を無視した配役をすると、当時あった差別も地理的文化的生物学的論理も全て無視せざる負えなくなる。人々の行き来が難しかった時代に部外者がめったにこない孤立した部族の人種がまちまち。ひとつ川を越えた村の人間さえよそ者として忌み嫌う人たちが異人種間の結婚には抵抗がないと信じなければならない。いやそれをいうなら、両親と子供の人種が違うとか、兄弟なのにまちまちな人種とか、遺伝子科学まで無視しなければならなくなる。

元々白人として描かれている役をそのまま黒人にやらせるのは演出と脚本の怠慢きわまりないやり方だと思う。これはイギリスの長寿番組で常に男性が演じて来た役を女性が演じた時にも感じたのだが、黒人や女性を起用するなら、彼らが登場しても自然であり、彼らでなければ出来ない特有の役作りをすべきである。

例えばシェークスピアの芝居で、シェークスピア時代の芝居をそのまま演じたら、オセロ以外で黒人俳優が登場する場面はない。しかし舞台を現代のニューヨークに移したらどうか?ウエストサイドストーリーがまさにそれで、モンテギュー家とキャプロット家の争いを二つのギャング集団ジェットとシャークに変えることで、白人対プエルトリコ人との争いとなり、白人でない配役が自然となった。

もしリトルマーメイドを黒人にするなら、舞台をデンマークではなく、カリブ海にでもある空想の王国を設定し、王子様も他のキャストも全員黒人にして、踊りも音楽もそれに合わせたものに作り替えればいい。

私が気に入らないのは、白人や男性用に書かれた脚本をすこしもアレンジせずに黒人や女性に演じさせることだ。せっかく別な特性を持った人たちを配役するなら、その人たちの個性を生かせる演出をすべきである。なぜおざなりのクッキーカッター的演出をするのだ。上からダイバーシティー(多様性)を反映する映画作りをしろと言われたから、じゃあ、白人役を黒人にやらせておけばいいやという安易なやりかたからは制作側の怠慢さが見え見えである。


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恐れていたより酷かった、アマゾンプライムの「指輪物語」新シリーズ、リングスオブパワー

何か月にもわたって色々話題になっていたアマゾンプライムが前代未聞の大予算を投じて作ったとされるロードオブザリングス(指輪物語)の新シリーズ、リングスオブパワーの一話と二話が公開された。この物語は2001年に公開されたピータージャクソン監督のロードオブザリングス三部作の物語が始まる何百年も前の出来事という設定になっている。

最初に断っておくが、私はトールキンファンとはいっても一部の熱烈なファンとは違って読んだのは指輪物語三部作とホビットだけだ。よって舞台になる中つ国の第一期や第二期の歴史についてはまるで無知である。よってこの新シリーズに関しても、歴史背景や登場人物の人間関係といったものについてもよく知らないので、全く新しいファンタジーシリーズとして客観的な目で見られるのではないかと思っていた。

し、か、し、

この話がLOTRとは無関係なオリジナルのファンタジーだったとしても、いやそうだったとしたら余計に、最初の20分で完全に眠りに落ちていただろう。私が第一話を最後まで観たのは、LOTRだったからだ。そのくらい退屈でつまらない番組だった。

はっきりしない映画の意図

先ず、ジャクソン監督の映画は冒頭で映画の背景になる戦いについて、指輪がどのように作られ、どのようにして誰の手に渡ったのかという説明がガラドリエルのナレーションで説明される。映像とナレーションがしっかり合っているので、観客は簡単にその背景を理解することが出来る。そして観客はこの映画が何に関する話なのか正しく把握することができる。

ところがこのシリーズでは、ガラドリエルによるナレーションが入るのだが、映像とナレーションがかみ合わず、いったい何を見ているのかさっぱり理解できない。エルフたちが戦争をした理由も非常に希薄で、そんなことのために100年も戦ったというのが理解不明。

後で原作を良く知っている批評家の話を聞いたところ、エルフたちが戦争をする理由がかなり、はしょられているため、話の辻褄が合わなくなっているのだという。原作を知らなければ混乱する書き方は映画の台本として大失敗だろう。

この戦争で兄を失ったガラドリエルは、その復讐の旅に出る。そして何世紀も宿敵サウロンを追って旅をする。しかしこの動機もどうも弱すぎる。確かに兄を殺されたことは悲しいことかもしれないが、実りのない旅を何百年も続けるほどの価値があるのか。サウロンが放っておいたら危険な存在になるというなら、その根拠を先ず示すべきではないのか?

最初は復讐の一年で旅にでたガラドリエルがその冒険の中で種々のことを学び、やはりサウロンは打倒しなければならないと確信したというのであればそれはそれでいいのだが、彼女の冒険に関する描写が一切出てこないので、彼女が何を学んだのかが解らない。後にリンドンというエルフの里に返ったガラドリエルがエルロンドに「あなたは私が見て来たものを見ていない」というセリフがある。いったい何を見てきたと言うのか、しゃべってないで見せたらどうなのだ?

唯一彼女の冒険を示すものとしては、雪山にサウロンの古い城を見つけたガラドリエルとその部下数人が、そこに棲息するトロルに遭遇するシーンがある。

ガラドリエルを強い女性の英雄というイメージで描きたかったのだろうが、このシーンを見る限り彼女は兵を率いる司令官としても完全に失格である。部下の不安や不満や身体の具合すら無視して自分だけさっさと先に進んでしまったり、自分ひとりでトロルを倒したりしてしまう。それで結局数人いた部下にも見放されて一人で冒険の旅を続けることになる。ほんの数人しかいない部下の心もつかめない司令官が軍隊を率いるとかあり得ない話だ。

ともかくここまで観ていても、いったいこの話はどういう方向へ進むつもりなのか、視聴者にはさっぱりつかめない。

違いすぎるエルフのイメージ

エルフ役のひとりに黒人俳優が起用されたことに関して、制作側はファンの怒りは人種差別だと批判しているが、問題なのはエルフの肌の色だけではない。いや、もっと根本的なところでエルフの描写がおかしいのだ。

先ずエルフは人間とはまるで違う生き物だ。彼らは一旦大人になるとそれ以上年をとらない。エルフは病気をすることもなく、怪我をしてもすぐに治ってしまう、致命的な傷を負わなければ死ぬこともない。エルフは何千年も生きられるため、それほど多くの子どもを作らないため、世代によって顔立ちがどんどん変わっていくなどということもない。

エルフが生まれた頃の世界には太陽はなく、星の光と、輝くふたつの木があっただけ。エルフは日焼けもしないので、褐色の遺伝子を子供に伝えることもない。氏族によって髪の毛の色が多少違う程度であり、みな背が高く肌の色は透き通るように白い。エルフはエルフに初めて会う他の種族が息をのむほど美しく、光り輝いて眩しいほどの存在でなければならない。

今回の黒人エルフは肌が黒いというよりも先に、この眩しいほど美しいというイメージがまるでなく、他の人間たちと区別がつかないほどむさ苦しい男だということに問題がある。これは白人が演じていても同じことが言えただろう。

現に他の白人エルフたちもまるで魅力がない。エルフは歳を取らないので、何百歳になっても皆30歳くらいにしか見えないはずなのに、中年のエルフが出て来たり、ヘアースタイルが現代の男性のもので、現実離れしたエルフの髪型としては非常に不適切だ。

またエルフは普通の人間より背が高く強靭であるはず。雪山でガラドリエルとその部下たちがトロルに遭遇した時に、4~5人のエルフが簡単にトロルに突き飛ばされて死んでしまうというは、どう考えてもおかしい。そして強靭なエルフが数人かかってもかなわないトロルをガラドリエルが一人で退治とか、勘弁してよと言いたくなった。

登場人物が多すぎる

第一話なので、登場人物を色々紹介したいのは解るが、あまりにも多すぎて誰が誰だかわからなくなる。第一話はエルフの話だけに収めるべきだったのではないだろうか。

このシリーズではホビットの祖先のツーフットと呼ばれているが、姿かたちはホビット風だが文化があまりにも違いすぎる。トールキンオタクによるとホビットは第二期にはまだ生まれていないので、ここで登場するのはおかしいとのこと。それはいいとしても、ここで描かれるホビットは原始人のように汚らしい遊牧民。ホビットは非常に保守的で外に旅には出ないという特徴があったことも、ここでは完全に無視されている。

ところで人種の話だが、エルフよりひどいのがホビットである。何人ものホビットが登場するが、人種がまちまちで、白人ホビットの母親が黒人だったり、人々の英語のアクセントがそれぞれ違ったり、もうハチャメチャである。一族でこんなにダイバシ―ティーな部族なんて居るだろうか?ホビットは人間ではないから、生まれた時に色々な色で生まれてくるというでもいうなら話は別だが。

ともかく退屈

原作と違うとはいっても、もしこれがオリジナルのファンタジー番組として、それなりに面白いというならそれはそれでいい。しかし無駄な会話や必要ないシーンが長々とあり、肝心なシーンはしょられており、観ていて混乱するだけでなく退屈でしょうがない。私は一時間の間にどれだけあくびを押し殺したかしれない。

アマゾンプライムに寄せられた視聴者からの批判があまりにも多かったため、アマゾンは否定的な批評は公開しないことにしたそうだ。いや、今更そんなことをやっても無駄だろう。LOTRだからという理由でともかく第一話は我慢してみたトールキンファンたちも、第二話第三話となるとどんどん離れていくことは間違いない。

格いう私も、第二話は観ようと思えば見られるが、退屈で死にたくないので観ないことにした。


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ダイバーシティーに拘りすぎる昨今のテレビ番組

アマゾンプライムからJRRトールキン原作の指輪物語(Lord of the rings)の新シリーズが来月の二日に公開される予定だが、すでにその内容について多くのトールキンファンの間から懸念の声が上がっている。

トールキンの指輪物語は、出版された1950年代から原作は世界中でベストセラーになり、未だに多くの人たちに愛読されているが、そういう原作を映画にするのは至難の業である。それで2000年にピーター・ジャクソン監督の三部作映画化の成功は奇跡的と言っていい。原作ファンとしては人それぞれ不満な点もあったかもしれないが、あの映画ほど原作に忠実に、キャラクターのイメージを壊さずに実現できた映画は稀である。

それで20年後の今、新しく始まるシリーズへの期待は大きい。しかしこれまで公開された予告編やキャストたちへのインタビューを見るにつけ、どうも今回のシリーズにはおかしな点が多いようだ。

今回のシリーズは、ホビットのフロドとサムの冒険以前のミドルアースが舞台でガラドリエルが主役になるようだ。私は指輪物語は何度か読んでいるが、JRRの息子であるクリストファー・トールキンが父の死後に編集して出版したThe Silmarillionは読んでいない。それで指輪物語以前のミドルアースに関する歴史はほとんど知らない。だから今回のシリーズがどれほど原作とかけ離れているかを判断することは出来ない。しかしながら、それでもトールキンファンが問題とする数々の点について察知することは出来る。

なんといっても一番気になるのが出演者の多くが口々に言う「ダイバーシティー」と言う言葉である。指輪物語には色々な部族が登場する。エルフ、ドワーフ、ホビット、人間、オーク、等々。そしてエルフ内でも西と東などで部族が違う。人間もローハンやガンドアーなど別々の王国もある。であるから、もし新シリーズの製作者たちが多々の人種を使った配役をしたいのであれば、これらの部族ごとに違った人種の俳優を起用することは可能だ。しかし彼らがやったのはそういうダイバーシティーではない。

左翼リベラルが考えるダイバーシティーというのは、どうやらロサンゼルスやニューヨークみたいな人種のるつぼしかないらしい。LAやNYには世界中から人が集まっているので、同じ地域に白人も居れば黒人もいれば東洋人も居る。ざっと何人か集まった時に色々な人種が混ざっているのは当然だ。しかしトールキンのミドルアースの世界でそれはあり得ない。

先ず部族というのは血縁関係にある親族の集まりだ。だから同じ部族の人間は皆似たような風貌をしているのだ。地球上でもアイスランド人とチベット人の顔が全然違うのは当然の話だ。今の日本で伝統的な大和民族ではない風貌の日本人が存在するのは、日本と外国との行き来が頻繁に出来るようになったからこそ起きる現象であり、鎖国時代の日本では先ず起こり得ない現象だ。

であるから同じ部族のエルフの間で黒人のエルフが居たり白人のエルフが居るなどということはあり得ないし、ましてや全く外部との接触のないドワーフやホビットの間でもロサンゼルス住民のように白人や黒人が入り混じるなどということは全く理屈に合わない。

実はこの現象はLOTR新シリーズに限ったことではない。

私が好きなスタートレックシリーズでも、昨今の新シリーズはやたらと有色人種(特に黒人)やLGBT+界隈の登場人物が出てくる。そしてこれらのキャラクターの配分が非常に不自然なのだ。

例えばスタートレックの新シリーズディスカバリーなど、宇宙船ディスカバリーの乗組員の半数以上が女性であり、そのほとんどが黒人だ。現在のアメリカ軍での人種配分は黒人の数が一般よりは多いとはいえ、全人口の8割弱の黒人が軍隊の半数を占めるなどということはない。また女性兵士の割合も多くてせいぜい三割程度だ。まあSFだし未来設定だから現実社会とは違うのだと言われればそれまでだが。

しかし地球人はそれでいいとしてボルカン星人やトリル星人はどうなる? 彼らは地球とは全く違う惑星の星人のはず。それなのにどうして彼らの間で白人だの黒人だのが存在するのだ?違う惑星にも色々な人種がいるという設定にするなら、せめて青色人と緑色人でもいいではないか?何故地球人と同じ人種バリエーションになるのだ?

同じく新シリーズのピカードでは、ロミュラン星人の人種が地球人と同じすぎて、異星人であるという感じが全くしない。単に耳がとんがっている程度では地球人との見分けがつかないのだ。

問題なのは人種だけではない。ディスカバリーのエンジニアリングチームの構成はといえば、白人ゲイ男性(恋人は黒人男性)、レズビアン女性、ノンバイナリ―女性とそのトランスジェンダー男性の恋人、そしてかろうじて一人いる普通の白人女性はぽっちゃり系。

私の勤める職場には3千人からの従業員が居るが、こういうマイノリティーの人たちに一度もお目に罹ったことがない。まあ同性愛者は外から解るわけではないから、知らないうちに会ってるのかもしれないが、小さなチームの全員がこういう人たちってどういう設定?

それともう一つ私が気に入らないのは、女性の数が多いにも関わらず若い美女が一人も出てこないこと。これまでスタートレックと言えばスタイル抜群の美女がぴちぴちユニフォームで登場するのが常だったのだが、ディスカバリーは女性主人公はじめ周りの女性たちが全然美人ではない。ユニフォームも男女同じでまるで女性の曲線美が故意に隠されているように見える。

というわけで一部のトレッキー(スタートレックファン)の間ではディスカバリーシリーズのことをWOKE(お目覚め主義なポリコレ)トレックなどと呼ばれている。

それでもLOTRやスタートレックはファンタジーやSFなので、想像の域を出なくても構わないというならそれはそれで仕方ない。だが最近はイギリスなど歴史ものの時代劇でもイギリス貴族の役を黒人や東洋人が演じることが珍しくない。

しかし私はこうしたことをするのは、人々に歴史に関する間違った印象を与えるだけでなく、イギリスの人種差別歴史をもホワイトウォッシュすることになると思うのだ。

例えば、イギリス帝国はインドやアフリカ諸国を植民地として征服し、地元民を奴隷のように扱ったという過去がある。もしもこうした時代の時代劇でイギリス将軍が黒人だったら話が通じるだろうか?イギリス政府がアフリカの黒人を大量に輸入した事実はどうなる?インド人を差別した歴史はどうなるのだ?

人種差別だ平等だと騒ぐ割りには、芸能界は人種差別の歴史を理解していない。非現実的な人種やマイノリティー配分を無理やり見せつけられる人々は、こうした少数派に好感を持つより、かえって反感を覚えるのではないかという気がする。

人種差別意識など微塵も持たない私ですら、いい加減少数民族だけのテレビ番組は見飽きたよと思っているくらいだから。


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いかにして学校は子供を性的に手懐けているか?トランスジェンダーリズムと批判的人種理論との密接なかかわり

先日下記のドキュメンタリーを見た。英語なので自身のある諸氏はご覧になって頂きたい。約20分程度のビデオである。題名は「手懐けられる。いかにして学校が子供たちを性的にしているか」といった意味。

拙ブログでも何度か、アメリカやイギリスの義務教育の場で、なぜかやたらにポルノまがいの性教育がされているという話は紹介してきた。昔の性教育は中学生くらいからで、主に男女の生殖機能について、および避妊や性病対予防対策などといった常識的なものだった。ところがいつの頃からか、小学生に自慰の仕方を教えたり、同性愛セックスだのトランスジェンダーだのといった訳の分からないものが紹介されるようになった。いったい何故英米の教育界は子供たちにこんな変態的な性教育を行うのだろうか?しかも、子供たちの親には内緒で。

英米でも日本でも最近ドラアグクィーンストーリーアワーなるものが幼稚園や小学校、そして図書館なので行われるようになった。けばけばしい化粧をしたホラー映画のピエロみたいな恰好の男たちが子供たちに卑猥な内容の話をするイベントである。しかもこれらのイベントは保護者に内緒で行われることが多い。こうやって年端もいかない子供たちに、到底理解できないような性的な話をするのである。

子供たちに本を読んでいたドラアグクィーンの一人のSNS投稿写真が公になり、それがおよそ子供たちに近づけてよいような内容ではない性的なものに満ちていたことから、保護者たちの間で怒りの声があがった。しかしこのイベントに参加していたイギリス地方議員のマーリ・ブロックはこれはみな「ホモフォビア」だと批判を退けた。

アメリカではニューヨーク市は20万ドルという予算を使ってニューヨーク市の学校区でドラアグイベントを行っている。

イギリスではPSHE Personal Social Health Educationというプログラムがあり、これによって小学生に自慰を教えるなどということをやっている。中学校では顔への射精やアナルセックスまで教えているというから驚く。そうして、このような授業材料は親たちには秘密なのだ。学校側は著作権の問題があるため保護者には見せられないなどという出鱈目を言って、親たちに子供たちがどんな教育を去れているかを隠すことに必死である。

すでにイギリスの学校ではPSHEによって、性の二元性は否定され、トランスジェンダーだのLGBTQの押し付けが平然と行われている。そしてそれに疑問を持ったり反対意見を述べたりするのは徹底的に弾圧される。学校の教師はもとより、スタッフも事務員に至るまで、この教育を受けており、学校内で「少年少女諸君」などという言い方は禁止されている。

なぜ学校はほんの一握りの少数派のために学校全体の教育制度を変えてしまったのか。実はこれには批判的人種理論が関連している。

以前にも述べた通り、批判的人種理論とは、人々は生まれた時から人種によって階級が決まっているというもので、白人がその底辺にある。白人に生まれた人間は生まれた時から人種差別者としての罪を背負っており、一生その罪の償いをしながら生きなければならないという理論だ。特に一番虐げられる存在は白人で性違和もない健全な異性愛男子、トランス活動家のいうところの「白人シスヘテロ男子」だ。しかし彼らが唯一マイノリティーとしての特権を得る方法がある。それがトランスジェンダーだ。健全な白人男子が自分はトランスジェンダー女子だといい張れば、一気に階級を駆け上り、最上階に着くことが出来るのだ。トランスジェンダーを名乗りだす子供たちの多くが中流の白人家庭出身なのは偶然ではない。

ところが不思議なことに、色々な性指向のなかで、トランスジェンダーを名乗る人たちの幸せ度は他の誰よりも低い。なんとトランスジェンダー若者の40%が自殺未遂をしたことがあるというのだ。そしてトランスを後悔して脱トランスをめざそうとすると、LGBTQ界隈は手を平を返したように彼らを責め立てる。

学校におけるトランス許容プログラムとは、男子生徒を女子トイレや更衣室に入れることを意味する。そしてこのようなことが起きているのを多くの親たちはまるで知らされていない。

ところでトランスジェンダーリズムは非常に儲かるビジネスでもある。英国のトランスジェンダー市民団体Allsorts Youth Projectsの収入は去年だけで50万9千ポンド。そのうちの28万7千ポンドは政府支援、つまり税金が使われているのだ。トランスジェンダー団体のマーメイドの収入は1.85百万ポンド。プラウドトラストは21万8千ポンドの支援を受け取っている。

何故これらの団体はこうも子供たちを性的に洗脳するのであろうか。このドキュメンタリーでは、左翼には、子供たちを核家族というユニットから引き離すことによって、親たちからの影響下から奪い取ろうという動機があるのだという。子供たちを複雑な性的知識で手懐け、左翼活動家の思い通りの歩兵を作ることが目的なのだ。

しかし私は英米のCRTやTRAは成功しないと思う。なぜなら一足先にトランスジェンダリズムに染まった英国では、最近多くの訴訟などによって、ストーンウォールという多大なる力を持つLGBT団体から政府機関や企業が距離を置こうとしている傾向がある。また、子供のトランスジェンダー「治療」専門のTarvistock診療所が門戸を閉じるなど、だんだんと人々の目が覚めつつあるように思えるからだ。

アメリカでも多々の州で、子供のトランス治療を禁止するところが出ており、また学校内のカリキュラムについても親たちが積極にPTA会合などに参加し、行き過ぎたLGBTQ教育に抗議する傾向がみられるからだ。

これまでTRAやCRTが比較的抵抗なしに成功してきた理由は、一般市民がそのことに気付かないうちに内々にやられてきたことだ。しかし、こうしたドキュメンタリーや、マット・ウォルシの「女性とはなんぞや」という映画などで、一般人がトランスジェンダリズムやCRTに気付き始めている。

彼らの独裁は絶対に許してはならない、我々はいま文化戦争の真っただ中にいるのだ。


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WOKEお目覚め主義は商売に良くない、スタートレックディスカバリー視聴率低下

私は昔からスタートレックシリーズのファンだ。1960年代のオリジナルシリーズから、80年代のネクストジェネレーション新世代、そしてボエジャー、ディープスペース9といったテレビシリーズも、いくつもある劇場版映画も全部観て来た。90年代まで続いていたスタートレックファンのクリエーションコンというコンベンションにもコスプレをして何回か参加した。

それで2010年くらいに世代交代でオリジナルのキャラクターたちが若い俳優たちに入れ替わった映画も一応は観た。役者たちの年齢が若すぎるとは思ったが、主役の男女は美男美女でお色気もあり冒険在りで、まあまあの出来だったと思った。

近年うちにはテレビがないので、2017年に始まったディスカバリーは観ていなかったのだが、最近になってアマゾンプライムで観られることがわかり、まとめて見始めた。しかし、このシリーズからは元々のスタートレックのチャームがすっかり失われていた。私は第三シーズンまでは我慢してみたが、もうその後は耐え切れずに辞めてしまった。その原因は、、

あまりにもポリコレ過ぎるからだ!

主役が黒人女性であるということは別にいいとして、何故か男性名のマイケルは女性として全く魅力的に描かれていない。女優さんに魅力がないという意味ではなく、わざと女性としての魅力を排除したキャラクターになっているのだ。

先ずユニフォームだが、オリジナルシリーズの同時代であるはずなのにユニフォームが全然違う。シリーズが変わるごとに多少ユニフォームのデザインが変わるのはいいとしても、ユニフォームが全然センスがないのだ。明らかに女性の体の線を隠すような軍服になっている。もちろん軍服がセクシーなはずはないから実用的と言えばそれまでだが、何と言ってもこれはエンターテイメントなわけで、観てるほうはこれまで通り美しい女性のセクシーなユニフォームが観たいはず。特にオリジナルシリーズの女性のミニスカートは2009年から2016年までのリブート映画ではそのままだったのに、このシリーズでは完全になくなっている。なんとしてでも女性の脚を見せまいとしているように思える。

センスがないのはユニフォームだけではない。主人公と主人公の恋人を含め、登場人物の半数以上が黒人。かろうじて居る白人女性はブスでデブ、およそあのミニスカユニフォームは無理。唯一の白人男性はゲイで彼の恋人は、、もちろん黒人。スタートレックなので宇宙人にも色々遭遇するわけだが、なぜかそれがボルカン人でもクリンゴンでも大半が黒人。異星人は普通の人間とは違うわけで、どうして異星人が地球人と同じように黒人と白人に別れていなければならないのだ?そしてもちろんLGBT色も濃い。

これについてはすでにファンの間からもかなりの批判が上がっている。

スタートレックディスカバリーのどんなところがそんなにWOKE(お目覚め主義)なのかというと、まずそのキャストだ。ファンの一部では登場人物にシスジェンダー(トランス以外の正常人をさす)や異性愛の白人男性が居ないことを嘆く人がいる。実際第三シーズンになるとシスジェンダー・ヘテロの白人男性のメインキャラが一人も登場しなくなる。無論スター・トレックピカードの主役は白人のストレート男性だし、ストレンジニューワルドでもそうである。どうやらスタートレックファンは他のほとんどのシリーズで自分と同じ顔をした人が出ているだけでは飽き足らず、すべてのシリーズがそうでないと気に入らないようである。

またスターシップディスカバリーはセクシュアリティーやジェンダーに焦点をあてていることでも批判されている。ラップとクルーズ(役者の名前)は番組のなかでゲイカップルを演じているが、第三シーズンではノンバイナリのアディらとそのパートナーでトランス男性のグレイタルが登場した。ファンたちはそういうキャラクターの出番が多いことを嘆き、スターフリートの女性陣がすべてウイリアム・シャットナーの胸に飛び込んだ過去を懐かしく思っているようだ。

と書いているのはジャイアントフリーキングロボットというファン雑誌。この記事の著者は明らかにトレックファンが人種差別的な白人男性ばっかりで、ディスカバリーに人気がないのはキャラクターに白人男性が少なすぎるからだと言いたいようだが、問題はそこではないのだ。

スタートレックファンは主人公が白人男性でなければならないなどとは思っていない。この記者は知らないのかもしれないが、元のシリーズでもメインキャラクターには黒人女性(オフラ)や東洋人男性(スールー)が居た。当時としてはプライムタイムのテレビ番組の主役級に白人に混じって黒人や東洋人が出演するというのは結構画期的なことだった。

Oyin Oladejo as Joann Owosekun; Sara Mitich as Airiam; Anthony Rapp as Paul Stamets; Mary Wiseman as Sylvia Tilly; Sonequa Martin-Green as Michael Burnham; Ronnie Rowe as Bryce; Patrick Kwok-Choon as Rhys; Doug Jones as Saru; Emily Coutts as Keyla Detmer of the CBS All Access series STAR TREK: DISCOVERY.
スタートレック・ディスカバリー

90年代になって、ディープスペース9の主役のシスコ船長は黒人であり、彼には黒人の奥さんと息子が居た。ボエジャーのジェーン・ウェイン船長は女性で、彼女の片腕のチェコテはアメリカ先住民だ。

ファンたちは自分と同じような顔をした人たちが全シリーズに出ていなければならないなどとは思っていない。ただ自分達が共感できる普通の人間に出て来てほしいと思っているのだ。

こういうシリーズには魅力的な主役がいて、ファンはその人に憧れたり恋心を描いたりするわけで、その主役たちが体験するロマンスや冒険を楽しみに観ているのだ。しかし美男美女が一人も出てこないシリーズで、男はみんなゲイで、女はノンバイナリとか、もう勘弁してよといいたくなる。こんな人たちを観ていもて何の共感も覚えないし、何が起きても興奮できない。

実は私がディスカバリーを我慢して第三シリーズまで見た理由は、途中から現れたクリストファー・パイク船長の存在だ。彼はカーク船長の前任で、オリジナルシリーズではシリーズ前のパイロット版に一度登場するだけだったのだが、このシリーズでは彼を大きく扱っている。パイク船長は白人ヘテロ男性で非常に格好いい典型的なヒーローキャラである。このキャラはディスカバリーシリーズからは去ったが、新シリーズのストレンジニューワールドの主役となって再登場。シリーズの一部だけ登場したキャラクターが新シリーズの主役になったことから考えて、ファンがこういう伝統的なヒーローキャラを求めていたことは明らかだろう。

CBS All Access has greenlit a new "Star Trek" spinoff series with Captain Pike (Anson Mount, center), Spock (Ethan Peck) and Number One (Rebecca Romijn).
ストレンジニューワールド

最近のWOKEは、わざと美しくない人や魅力のない人を全面的に押し出して、美しいだろ、魅力的だろ、認めろ、そうでなければ差別者と見なして糾弾してやるという態度を取る。彼らは一般人がもってる美的感覚や性的指向を根本から覆そうとしている。しかし、それはやればやるほど人々の敵意を買うだけで、無理やり好きになれと言われてもそれは無理だ。

何度も言うが、Get WOKE, go broke. お目覚め主義は商売によくないのだ。


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マット・ウォルシの「女性とはなんぞや」ドキュメンタリー、プレミアライブ配信が左翼のサイバー攻撃で大混乱

昨晩、私が毎日聴いているマット・ウォルシ主演・監督の”What is a Woman?”(女性とはなんぞや?)のプレミア生配信が行われた。これはベン・シャピーロとジェラミー・ボアリングのデイリーワイヤーが制作した90分のドキュメンタリーで、トランスジェンダーリズムの真髄に迫るもの。マットがアメリカやカナダ、そしてアフリカにまで旅をして色々な専門家に、ジェンダーとセックス、そして女性とは何かをインタビューして回る映画である。

この映画はデイリーワイヤーの会員のみが視聴可能だが、私は一年以上DWの会員なので特に問題はないはずと思っていた。しかし生配信だと土壇場になって繋がらない可能性も考えて、西海岸時間6時からの放映予定だったが5時からログインして映画前の座談会を観ていた。そして6時になりいざ映画が始まるとなったら、突然”What is a Woman”のロゴの下の部分にログインしろという指図がでた。なんだ映画はまた別のログインなのか、面倒臭いなと思ってクリックしたが、画面がログインページに行かない。仕方ないので映画のログインページのURLをタイプするとユーザーネームとパスワードのページ。私のPCはそれを記録しているからそのまま打ってEnterを推したがページが変わらない。何度かやっているとパスワードが違うとか言い出す。そんなはずはないがマニュアルで打ってみる。それを何度かやっていたらDWのメインページに行き、会員費を払えとか訳の分からないことを言い出す。なんだこりゃとおもって、ログアウトしてログインしたところ、映画が途中から映った。これで浪費した時間約20分。

しょうがない、最初の方は後で観ようと思い、そのまま観ていたら、今度は3秒ごとに画面がフリーズ。なんなんだこれは!と流れて来るコメントセクションを読んでみたら、「映画が観られない」「ログインに30分かかった」「止まってばかりで訳が分からない」という苦情が次から次へと続いた。なるほど、これは私だけではないな、どうやらログインした人の数が多すぎてバンドウィズが足りてないようだと気づいた。それで生配信は諦めて映画が終っただろう頃にオンディマンドで見直した。これはきちんと観ることが出来た。

結局9時過ぎに全編を観終わってツイッターで感想でも書こうと思って行ってみると、マット・ウォルシがDWがサイバー攻撃にあったとツイートしていた。そして本日DWの記事でもその旨が報告されていた。

Co-CEOのジェラミー・ボアリングによると、なんと一分間に100万のリクエストが殺到し、完全にシステムが飽和状態になってしまったそうだ。これは明らかなdistributed denial-of-service (DDoS)攻撃である。

この映画はマットが数週間前から自分のポッドキャストやユーチューブやツイッターで宣伝していたので、マットを黙らせようとしていた人々の耳にももちろん入っていた。映画の予告編が出た時から、トランス活動家のユーチューバーがあちこちで「トランスフォーブだ!」と言ってマット批判をしていた。それでどうやらマットの映画のプレミアを邪魔しようと企てたようだ。まったくなんとせこいことをする奴らだろう。

映画でも明らかになるのだが、トランス活動家(TRA)は自分らのが信じているはずの思想を人々が理解できるように説明しようとしない。いや、それどころか、トランスジェンダーリズムの真髄について人々が知ることを極力避けようとしているようにさえ思える。もし、彼らが本当にトランスジェンダーリズムが正しい思想であると思っているのであれば、そしてそれを社会が受け入れるべきだと考えているのであれば、何故もっと多くの人々が理解できるように、その内容について詳しく説明しようとしないのだろうか?彼らの態度は常に一方的に我々の肯定を求めるもので、我々が理解出来ずに質問しようとすると、質問すること自体がトランスフォーブであり差別だとして我々を黙らせようとする。

この映画では、マットはジェンダー学専門の社会学者や、未成年の性違和治療専門の医師や、性別適合手術専門の外科医などと、それぞれ1時間以上のインタビューを行ったものをまとめている。これらの専門家はマットが保守派のポッドキャスターであることを知らなかったようで、単に自分らの分野について学びたいと思っている友好的なインタビュアーだと思ってインタビューに応じたようである。

マットは最初、相手の思想や立場について基本的な質問をし、相手が自慢げに色々な話を長々とした後で、授業に熱心な学生が教師に教えを仰ぐように少しづつ突っ込んだ質問をしていった。最初は相手に教授する雰囲気で笑顔で答えていた専門家たちは、その質問が革新を突いてくることに気付くと、だんだん機嫌が悪くなる。そして最後に極めつけの「女性とは何でしょうか?」という質問になると、相手は攻撃的になり「なぜそんな質問をするのか?それは非常に失礼な質問だ、そんな質問ばかりするなら、このインタビューは打ちきりだ」と怒るようになる。

「いえ、私はただ真実が知りたいだけです。真実が何かと尋ねることは失礼なことでしょうか?」

中でも一番呆れたのはカリフォルニアはサンフランシスコ代表の民主党下院議員。この議員はジェンダー平等法とかいうものを推進している。マットはその平等法について「ジェンダー平等というのは、身体が男性の人が女子施設や女子スポーツに参加してもいいという意味でしょうか?」と聞くと、議員は怒って「このインタビューは終わりだ!」と言って立ち去ってしまった。

自分が推進している法律に関して、誰もが当たり前に持つであろう疑問に全く答える用意が出来ていないとはどういうことだろうか?それでもこの人は国会議員なのだろうか?

それに引き換え、トランスジェンダーリズムに批判的な人たち(ジェンダークリティカル)は雄弁で、自分らの主張を人々に知ってほしいという気持ちがありありと伝わってくる。

TGism批判者として、自称女の男子選手の女子競技参加によって被害を受けたコネチカットの高校陸上選手だった若い女性や、リア・トーマスのチームメイトの女子選手が、その不公平さを訴えた。コネチカットの選手は拙ブログでも何度も紹介したように、州を相手取って訴訟まで起こした女性なので名前も顔もだしていたが、ペンシルベニアの女子大生の方は、大学側から、この件について苦情を述べたらトランスフォーブだと身元を晒してどこにも就職できないようにしてやると脅かされているため、顔も隠した匿名インタビューだった。

彼女たちのインタビューの後で、明らかに男性ホルモン接種中の女性が「トランスジェンダー選手の女子競技参加は問題ない。なぜなら彼らは必ずしも勝つわけではなからだ」と語った。それを裏切るように映画はMtFの選手たちの活躍を次から次へと見せ、彼女の発言がいかに空しいものであるかを証明した。

何故TRAはこんなにも攻撃的なのか、そして何故政治家や大企業がこの歪んだ思想に積極的に迎合するのであろうか?

カナダでは自称トランスジェンダーが好む代名詞を使わないことが違法とされている。未成年の少女のホルモン治療を阻止しようと病院を相手取って訴えた父親は、裁判中に娘を「彼女」と呼んだことで、ヘイトクライムを犯したとして300万円の罰金のうえ逮捕され、今年11月に裁判を待つ身である。

批判者の一人の精神科の医師は、未成年を実験台にして恐ろしいことが行われているとTRAを厳しく批判。また他人が求める代名詞を使うことを拒否したことで有名なジョーダン・ピーターソン教授も「患者のいうことを医師が肯定するなど、セラピーとは言えないと熱を入れて批判した。

中でも胸を打たれる証言をしたのは、拙ブログでも2年前に紹介したスコット・ニュージェントだ。彼女は元々はとっても美人なキャリアウーマンで二人の娘を持つ40代の母親だった。彼女は自分が男になったなどとは思っていない。単に男性の見かけに近づけただけだと語る。彼女の性適合手術にまつわる恐ろしい体験はリンク先の記事を読んでいただくとして、当時の記事では彼女はトランスしたことを後悔していないと言っていたのと違い、今回の映画の中ではかなりの後悔がうかがわれた。

特に人口陰茎を作るために皮を剝ぎ取った二の腕を出して、「こんなことを若い少女たちにしているのだ、TRAは!」と涙ながらに訴える彼女には、私も心が痛んだ。

「40代の私が騙されたのだ。10代の彼女たちに勝ち目はない」とスコットは叫ぶ。

スコットがいうに、突如としてトランスジェンダーという極々少数派だった人々の背後に多額のお金がかかわってくるようになった。少女一人をトランスジェンダーだと説得してしまえば、700万円相当の整形手術やホルモン治療が見込める。しかもこれは一生必要となる「治療」なのだ。

以前にも話たように、妊娠した女性が一歩足を踏み入れたら、必ず中絶手術に導くプランドペアレントフッドが、最近トランスジェンダー治療にも手を伸ばし始めた。彼らのビジネスモデルは中絶と全く同じで、一旦足を踏み入れたラ最後、最終的に性適合手術への道をまっしぐらに進むことになる。PPのようなジェンダークリニックに来る患者で性同一性障害を患っていない患者は一人も居ないのである。

マットがインタビューした自分もMtFの整形外科医が乳房除去をした最年少は16歳の少女だったという。そして彼はそれが全く悪いことだとは思っていない様子だった。子供に第二次性徴期を遅らすルプロンという薬を処方している医師は、薬を辞めさえすれば元に戻れるとあからさまな嘘をついた。

トランスジェンダリズムは文明社会を蝕む恐ろしい思想である。だが、この思想はただの張り子のトラであり、中身は全くない。

だから我々は彼らの論理の穴をつつきまくる必要がある。そのためにはしなければならない質問を執拗なまでに浴びせかけなければならないのだ。

「女性とは何ぞや」と繰り返し尋ね続ける必要があるのだ。


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迫力満点トップガン・マーヴェリック、さすがトム・クルーズ

コロナ禍のせいで公開が二年遅れた待望のトップガンの続編マーヴェリックが先週末公開されたので早速見て来た。いやあ、素晴らしかった!CGばっかりの安っぽい映画ばかり観て来たので、この現実的なフライトシークエンスは文字通り手に汗握る迫力だった。

前々から色々聞いていたが、先ずトム・クルーズという俳優はスタントも自分でやってしまうアクションスターとして有名だが、ファイタージェットの操縦もしたことがあるそうで、過去の映画でも小型飛行機やヘリコプターの操縦を自分でこなしていた。それで今回の映画でも現実味を出すために彼の指導のもとに、パイロット役の俳優たちは三か月間の厳しい訓練を受けたそうだ。飛行シークエンスをどうやってとったかの裏話ビデオはこちら。日本語吹き替え版

フライトシークエンスのアレンジもトム・クルーズのデザインであり、役柄でも彼がパイロットの指導員ということになっていたが、実際撮影現場でも彼が指導員だった。パイロットたちのコックピット内部での撮影は、実際に飛んでるジェット内部で撮影されたもの。離陸した時のショックとか振動やGによって圧力を感じる俳優たちの反応は単なる演技だけではないのである。

映画はオリジナルの舞台から30年後。海軍に30年以上も居るのになぜか全く出世せずにいつまで経ってもキャプテンの主人公マーヴェリックことピート・ミッチェルは、今はテストパイロットをやっている。そんな彼に今や海軍大将となった昔のライバル、アイスマンことザレンスキーからトップガンに戻ってこいという命令が来る。

何年ぶりかでサンディエゴに戻ってきたマーヴェリックだが、彼の新しい仕事は迫るイランでのミッションに備えてトップガンでもエリート中のパイロットたちを訓練することだった。そしてその中にはかつてのマーヴェリックの親友で彼との訓練中に命をおとしたグースの息子ルースターもいた。かつての父親そっくりに育ったルースターをみてマーヴェリックはショックを隠せない。

この映画は前半が若いパイロットたちの訓練に当てられ、後半は実際のミッションに当てられている。訓練といっても非常に危険な飛行を学ぶわけだから、訓練中に命を落とす可能性は大いにある。このあたりはハインラインのスターシップトゥルーパーを思わせる。

若いパイロットたちは、マーヴェリックが伝説のエリートパイロットであったことでそれなりの敬意は示しているが、30歳以上も年上の中年男に対する多少の見下しもある。だが、初日の訓練でいかにマーヴェリックが驚異的なパイロットであるかを生徒達は実感する。

グースの息子のルースターは未だにマーヴェリックを恨んでいるが、それは父親がマーヴェリックのせいで死んだということよりも、ルースターの身を案じて彼のトップガン志願から書類を取り下げたことに関して、ルースターのキャリアを4年間遅らせたことへの怒りの方が大きい。しかし、新しいミッションへの訓練を通じて、ルースターは何故マーヴエリックが彼のキャリアを遅らせたのか、だんだんと理解していく。

トム・クルーズはもうすぐ60歳というのに若々しくて物凄いバイタリティーなのだが、映画の中では無理な若作りはしていない。実際年季を積んだ中年パイロットという貫禄がある。彼が何年ぶりかに出会った昔の恋人ペニーとの再会も、中年男女らしい落ち着きがあって好感が持てる。

さて余談だが、私は観ていないが、二年位前に最初の予告編が発表された時、この映画の中国公開のために、わざわざマーヴエリックが来ていた父親からの遺品であるジャケットにあった日章旗と台湾の国旗が別の訳の分からない模様に変えられるという事件がおきた。しかし今回の公開時では二つの国旗はしっかりと復活していた。それというのも、中国共産党はトップガンがあまりにもアメリカの優れた軍事機能を誇示していることに腹を立て、製作費投資をしていたテンセントが手を引いたからということだ。

実際最近の中国は、ちょっとでも気に入らないとハリウッド映画の中国公開を拒む傾向があり、無理やり迎合してみてもいつ門戸を閉ざされるかわからないので、ハリウッド側も中国市場をあてにせずに国内と他の海外だけでなんとか成功させようという姿勢が観られるようになってきた。そういう意味で、この映画は大成功を収めたと言える。もう中国なんぞいつまでも当てにする必要はない。

こちら日本語吹き替え版の予告編

スタッフ 
監督:     ジョセフ・コシンスキー

キャスト
ピート・ミッチェル海軍大佐
  (マーヴェリック): トム・クルーズ
ブラッドショウ海軍大尉
  (ルースター):  マイルズ・テラー
ペニー・ベンジャミン: 
         ジェニファー・コネリー
セレシン海軍大尉
  (ハングマン):  グレン・パウエル
トレース海軍大尉
  (フェニックス): モニカ・バルバロ
フロイド海軍大尉
  (ボブ):     ルイス・プルマン
カザンスキー海軍大将
  (アイスマン):  ヴァル・キルマー
シンプソン海軍中将
  (サイクロン):    ジョン・ハム
ベイツ海軍少将
 (ウォーロック):チャールズ・パーネル
コールマン海軍准
  (ホンドー):バシール・サラフディン
ケイン海軍少将
  (ハンマー):     エド・ハリス
アメリア・ベンジャミン:リリアーナ・レイ

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デニーシュ・デスーザの新作ドキュメンタリー、「2000Mules(2000人の運び屋)」2020年大統領選挙で行われた大規模な不正投票が遂に暴露される

政治評論家で作家で映画監督のデニーシュ・デスーザの新作ドキュメンタリー映画「2000Mules(2000人の運び屋)」が公開された。2020年の選挙で不正があったのかなかったのか疑問に思われている方々には必見。今ならこちらのりんくから日本語字幕入りで全編観ることが出来る。多分期間限定なので無料でご覧になりたい方はお早目にご覧になることをお薦めする。

2020年の選挙時夜遅くまで起きて開票結果を見守っていた我々は、80%くらいの開票でトランプ大統領二期目再選確実と思って床に就いた。ところが朝起きてみると開票が一時停止されていたはずの真夜中に、情勢がガラリと変わってバイデン勝利となっていた。そんなバカな、なんで数時間で重要な地区の票が全てひっくり返るのだ?何か大がかりな不正があったに違いないと誰もが思った。

その後何週間にも渡って行われた数え直しや目撃者の証言や公聴会などで数々の怪しげな不正行為が指摘されたが、実際に選挙結果を覆せるほどの大規模な不正だったのかどうか確たる証拠が出てこなかった。しかしこのドキュメンタリーではその確たる証拠が明確に提示されている。

この映画の焦点はTrue the Voteという不正選挙調査団による調査結果にある。彼らは特にballot harvesting(票収穫)という不正方法を追った。票収穫とは他人に代行して投票券の投函を行う行為で、多くの州では禁止されている。一部例外を許してる州でも、投票箱や郵便ポストまで行かれない人のために家族や介護人が特定の人の投票券の投函を許可されている程度だ。だから代行するとしてもせいぜい一人か二人分が限度である。

ところが調査団によれば、ミュールと呼ばれる投票券運び屋が一人当たり20か所以上の投票箱に一回につき5枚以上の投函を行っていたという証拠を集めた。そして彼らが調べた州の一部の選挙区数か所だけでも、特定されたミュールの数はなんと2000人にも及ぶというのである。

票収穫は歴史的に何度も繰り返し行われてきた非常に単純だが効果のあるやり方だ。まず不正を行う団体は工作員を貧困層や英語の解らない移民層を狙って送り込む。彼らは投票を援助するという名目でホームレスから投票券を買収したり、お年寄りや移民から票を騙し取ったり、郵便受けから盗み取るなどして投票券を集める。一か所に集められた投票券を運び屋が何百枚と受け取り、選挙区各地にある投票箱に一回あたり5枚くらいづつ投函するというもの。調査団はひとりの運び屋が一晩で28ッか所の投票箱に行ったのを突き止めている。

では調査団はどのようにしてこれら運び屋の動きを追跡したのだろうか。

我々のスマホには色々なアプリがついており、そのアプリを使って特定のスマホが何時何処に移動したかという行動パターンを追うことができる。よって不正団体の事務所に集まった数々のスマホが各地の投票箱に向かって移動する行動を追跡するこが出来たのである。

詳細は映画を観てもらうとして、結果的に次のような情報が暴露された。

  • ミシシッピ州:ミュール数500人が50ッか所で5枚づつ投函=125000票 (影響なし)
  • ウイスコンシン州:ミュール数100人×28か所×5枚=14000票(影響なし)
  • ジョージア州:ミュール数250人×24か所×5枚=30,000(バイデン選挙人数16票獲得)
  • アリゾナ州:ミュール数200人かける20か所×5枚=20000(バイデン選挙人数11票獲得)
  • ペンシルベニア州:ミュール数1100人×50かしょ×5枚=275000(バイデン選挙人20票獲得)

合計するとトランプの選挙人279票対バイデン259票でトランプの楽勝となる。

このほかに映画では民主党がどのように不正を行ったのか、データを示した説明があるので、是非とも皆さんに観ていただきたい。

この映画によってドミニオンのアルゴリズムなどに拘らなくても、非常に原始的なやり方だけでも十分に不正は可能だということが明らかになったのだ。もし共和党が次の選挙で勝ちたいなら、こうした不正があることを考慮したうえで不正対策に取り込んでもらいたい。

それにしても郵便投票は不正の温床となりうると言ったトランプ大統領がいかに正しかったかが証明された映画でもある。

聡明なる読者諸氏、是非是非この映画をご覧あれ。


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