もう一つの「白雪姫」は「スノーホワイトアンドザハンツマン」(白雪姫と漁師の意、邦題はスノーホワイト)公式サイトはこちら
シネマトゥデイの紹介から、

世界中で愛されているグリム童話「白雪姫」を大胆にアレンジした、白雪姫と女王が死闘を繰り広げるアドベンチャー。戦術とサバイバル術を身に付けた白雪姫ことスノーホワイトには『トワイライト』シリーズのクリステン・スチュワートがふんし、『モンスター』のシャーリーズ・セロン、『マイティ・ソー』のクリス・ヘムズワースが共演。メガホンを取るのはCMディレクター出身のルパート・サンダーズ。オリジナリティーを加えたストーリーはもちろん、白雪姫の斬新なイメージを演出するスタイリッシュな映像やファッションも要チェックだ。

実際にこの説明通りの映画だったらかなり面白いものになったと思うのだが、「スタイリッシュな映像やファッション」という以外にはあんまり観るところがないと言うのが正直な感想。シネマトグラフィーは最高だし、豪快なシーンも多く、確かにみかけは美しい。登場人物の演出も演技も格好よくクールである。だが、あまりにもクールに見せようするのが先走って、人格や人間関係の形成が不十分である。
前記のミラーミラーと同様、主役はどちらかというと白雪姫演じるスチュワートより、王妃のシャリーズ・セロンのほうで、こっちのほうが断然得な役だ。しかし、セロンの美貌は申し分ないが、彼女の演じる役柄自体にはかなり問題がある。
先ず王妃が魔女であるという設定がはっきりしない。子供の頃何かのいきさつで魔女になったらしいという回想シーンが映画のところどころで出て来るが、はっきり言って王妃は最初から魔女だとして、過去のことなど見せない方がややこしくなくてよかったと思う。彼女の過去はあまり映画の主題とは関係ないからだ。
また、王妃の魔女としての力があやふやである。王妃が変装と毒使いの名人であることは童話でも描かれているが、セロン王妃は何百羽のカラスに化けて空を飛んだり、遠距離に居る人間に魔法をかけたり、ガラスの兵士らを操ったり、若い乙女の生気を吸って若さを保ったりと、あまりにも色々で出来過ぎる。また、ナイフで刺されても死なない不死身でもある。
それはそれでいいが、だとしたらいったい白雪姫はどうすれば王妃を倒すことが出来るのか、そのへんの説明が必要だ。明らかに普通のやり方では王妃を殺すことは出来ないのだから。
私が非常にまどろっこしく思ったのは猟師と白雪姫との関係だ。原作では漁師は王妃から姫を殺せと命じられる。そしてその証拠として姫の心臓を持ち帰れと。だが土壇場で姫の可憐な姿を哀れに思った猟師は姫を逃がしてイノシシの心臓を持って帰る。
予告編を見る限りでは、この映画の猟師(クリス・ヘムスワース、Chris Hemsworth)は単に白雪姫を哀れと思うだけでなく、その美しさに打たれて姫に恋をするという印象を持つ。しかし、ヘムスワースの猟師は特に白雪姫の美しさに圧倒された風でもない。王妃のやり方が気に入らずに姫の味方として寝返るまではいいが、命がけで白雪姫を救おうとしたり、ましてや姫に恋心まで持つようになるという動機や過程がはっきり描かれていない。白雪姫は確かに美しいが、それ以外には猟師に恋心を抱かせるような特別な魅力を感じさせないからだ。
スノーホワイトの白雪姫は王妃によって塔の牢獄に何年も幽閉されている。牢獄は汚く、姫はぼろを着て大したものも食べさせてもらえていない印象を受ける。そのお姫様が、王妃の弟フィン(Sam Spruell)の隙を付いて逃亡し、追っ手の手を逃れて下水道に滑り込み、崖っぷちから海に飛び込んで逃げきるなど、プロのスタントマンでも出来そうもないことを十年近くも牢獄で幽閉されていた小娘がやってのけるのは不自然。
これが、王亡き後、王妃に無視されていることをいいことに、姫が森で女の子らしからぬ運動神経を見せて飛び回っている姿などを見せていれば、いざという時に姫が軽業師よろしく王妃の手からすり抜けるというのも納得がいくのだが、そういう下敷きがされていないので姫の運動神経は不自然である。
王妃の手を逃れて森に逃げ込んだ後、白雪姫は姫の刺客からボディガードへと寝返った猟師とともに隣国で亡き王の残党を集めている前国王の重臣バース(Ian McShane)の元へむかう。その途中に女性ばかりの村を訪れたり小人達と出会ったりする。
だが、この旅の部分は無駄が多い割には、必要な話の展開が不足している。
この旅の間で必要なのは、猟師と白雪姫の間になんらかの感情が生まれること、白雪姫が森でのサバイバル術や格闘技などをまなぶこと、そして小人達との友情を育む事、である。
私は予告編を観た時に、白雪姫が猟師に連れられて森に逃げた後、小人たちに救われ小人達から数年に渡って牛若丸さながら戦術を学んだ後、いざと言う時は兵を上げようと待ち構えていた前国王の残党たちと合流して時期を計って王妃に反旗を翻すようになる、という展開を期待していた。
だが、そうしたことは一切おきず、意味も無くやたらに怪物が現れたりキリスト教の象徴の白い鹿が現れたり妖精が飛び回ったりして時間を無駄にし、それがストーリー展開に全く結びついていない。
途中で再会する幼なじみのウィリアム(サム・クラフリン)との関係も今ひとつはっきりしないし、亡き王の残党が何故小娘の白雪姫に従がって不死身の女王と闘う気になれるのか、白雪姫の演説だけでは全く説得力がない。
ここでもし、隣国でバースと合流した白雪姫が戦略師としての才能を見せ、次々に小さな戦闘に勝ち抜き、遂に王妃の国に攻め入るというくらいのことをしてくれれば、何故軍隊が白雪姫に従う気持ちになれるのか納得がいく。
白雪姫の指導力は別に武術でなくてもいい。いや、かえって武術などではなく、なにか魔法のような力で、不死身の王妃も白雪姫のその力でのみ倒す事が可能である、といった設定があると面白い。
だが、これらのことでストーリー展開が面白くなったとしても、この映画には一番重要なものが抜けている。
白雪姫の童話で一番大切なのは、毒リンゴを食べて昏睡状態に陥った姫を王子様の愛情を混めたキッスが救うというもの。それがなければ白雪姫とは言えないのだ。
だが、スノーホワイトではその肝心な王子様の存在がない。
ミスター苺いわく、何百年にも渡って生き残って来た童話にはそれなりの力強さがある。それをドラマチックに書き直そうとすることに自体に無理があるのだと。『そんなことをせずにオリジナルの映画を作ればいいじゃないか、、』
ミスター苺、それをいっちゃあおしまいよ。


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