WOKEお目覚め主義は商売に良くない、スタートレックディスカバリー視聴率低下

私は昔からスタートレックシリーズのファンだ。1960年代のオリジナルシリーズから、80年代のネクストジェネレーション新世代、そしてボエジャー、ディープスペース9といったテレビシリーズも、いくつもある劇場版映画も全部観て来た。90年代まで続いていたスタートレックファンのクリエーションコンというコンベンションにもコスプレをして何回か参加した。

それで2010年くらいに世代交代でオリジナルのキャラクターたちが若い俳優たちに入れ替わった映画も一応は観た。役者たちの年齢が若すぎるとは思ったが、主役の男女は美男美女でお色気もあり冒険在りで、まあまあの出来だったと思った。

近年うちにはテレビがないので、2017年に始まったディスカバリーは観ていなかったのだが、最近になってアマゾンプライムで観られることがわかり、まとめて見始めた。しかし、このシリーズからは元々のスタートレックのチャームがすっかり失われていた。私は第三シーズンまでは我慢してみたが、もうその後は耐え切れずに辞めてしまった。その原因は、、

あまりにもポリコレ過ぎるからだ!

主役が黒人女性であるということは別にいいとして、何故か男性名のマイケルは女性として全く魅力的に描かれていない。女優さんに魅力がないという意味ではなく、わざと女性としての魅力を排除したキャラクターになっているのだ。

先ずユニフォームだが、オリジナルシリーズの同時代であるはずなのにユニフォームが全然違う。シリーズが変わるごとに多少ユニフォームのデザインが変わるのはいいとしても、ユニフォームが全然センスがないのだ。明らかに女性の体の線を隠すような軍服になっている。もちろん軍服がセクシーなはずはないから実用的と言えばそれまでだが、何と言ってもこれはエンターテイメントなわけで、観てるほうはこれまで通り美しい女性のセクシーなユニフォームが観たいはず。特にオリジナルシリーズの女性のミニスカートは2009年から2016年までのリブート映画ではそのままだったのに、このシリーズでは完全になくなっている。なんとしてでも女性の脚を見せまいとしているように思える。

センスがないのはユニフォームだけではない。主人公と主人公の恋人を含め、登場人物の半数以上が黒人。かろうじて居る白人女性はブスでデブ、およそあのミニスカユニフォームは無理。唯一の白人男性はゲイで彼の恋人は、、もちろん黒人。スタートレックなので宇宙人にも色々遭遇するわけだが、なぜかそれがボルカン人でもクリンゴンでも大半が黒人。異星人は普通の人間とは違うわけで、どうして異星人が地球人と同じように黒人と白人に別れていなければならないのだ?そしてもちろんLGBT色も濃い。

これについてはすでにファンの間からもかなりの批判が上がっている。

スタートレックディスカバリーのどんなところがそんなにWOKE(お目覚め主義)なのかというと、まずそのキャストだ。ファンの一部では登場人物にシスジェンダー(トランス以外の正常人をさす)や異性愛の白人男性が居ないことを嘆く人がいる。実際第三シーズンになるとシスジェンダー・ヘテロの白人男性のメインキャラが一人も登場しなくなる。無論スター・トレックピカードの主役は白人のストレート男性だし、ストレンジニューワルドでもそうである。どうやらスタートレックファンは他のほとんどのシリーズで自分と同じ顔をした人が出ているだけでは飽き足らず、すべてのシリーズがそうでないと気に入らないようである。

またスターシップディスカバリーはセクシュアリティーやジェンダーに焦点をあてていることでも批判されている。ラップとクルーズ(役者の名前)は番組のなかでゲイカップルを演じているが、第三シーズンではノンバイナリのアディらとそのパートナーでトランス男性のグレイタルが登場した。ファンたちはそういうキャラクターの出番が多いことを嘆き、スターフリートの女性陣がすべてウイリアム・シャットナーの胸に飛び込んだ過去を懐かしく思っているようだ。

と書いているのはジャイアントフリーキングロボットというファン雑誌。この記事の著者は明らかにトレックファンが人種差別的な白人男性ばっかりで、ディスカバリーに人気がないのはキャラクターに白人男性が少なすぎるからだと言いたいようだが、問題はそこではないのだ。

スタートレックファンは主人公が白人男性でなければならないなどとは思っていない。この記者は知らないのかもしれないが、元のシリーズでもメインキャラクターには黒人女性(オフラ)や東洋人男性(スールー)が居た。当時としてはプライムタイムのテレビ番組の主役級に白人に混じって黒人や東洋人が出演するというのは結構画期的なことだった。

Oyin Oladejo as Joann Owosekun; Sara Mitich as Airiam; Anthony Rapp as Paul Stamets; Mary Wiseman as Sylvia Tilly; Sonequa Martin-Green as Michael Burnham; Ronnie Rowe as Bryce; Patrick Kwok-Choon as Rhys; Doug Jones as Saru; Emily Coutts as Keyla Detmer of the CBS All Access series STAR TREK: DISCOVERY.
スタートレック・ディスカバリー

90年代になって、ディープスペース9の主役のシスコ船長は黒人であり、彼には黒人の奥さんと息子が居た。ボエジャーのジェーン・ウェイン船長は女性で、彼女の片腕のチェコテはアメリカ先住民だ。

ファンたちは自分と同じような顔をした人たちが全シリーズに出ていなければならないなどとは思っていない。ただ自分達が共感できる普通の人間に出て来てほしいと思っているのだ。

こういうシリーズには魅力的な主役がいて、ファンはその人に憧れたり恋心を描いたりするわけで、その主役たちが体験するロマンスや冒険を楽しみに観ているのだ。しかし美男美女が一人も出てこないシリーズで、男はみんなゲイで、女はノンバイナリとか、もう勘弁してよといいたくなる。こんな人たちを観ていもて何の共感も覚えないし、何が起きても興奮できない。

実は私がディスカバリーを我慢して第三シリーズまで見た理由は、途中から現れたクリストファー・パイク船長の存在だ。彼はカーク船長の前任で、オリジナルシリーズではシリーズ前のパイロット版に一度登場するだけだったのだが、このシリーズでは彼を大きく扱っている。パイク船長は白人ヘテロ男性で非常に格好いい典型的なヒーローキャラである。このキャラはディスカバリーシリーズからは去ったが、新シリーズのストレンジニューワールドの主役となって再登場。シリーズの一部だけ登場したキャラクターが新シリーズの主役になったことから考えて、ファンがこういう伝統的なヒーローキャラを求めていたことは明らかだろう。

CBS All Access has greenlit a new "Star Trek" spinoff series with Captain Pike (Anson Mount, center), Spock (Ethan Peck) and Number One (Rebecca Romijn).
ストレンジニューワールド

最近のWOKEは、わざと美しくない人や魅力のない人を全面的に押し出して、美しいだろ、魅力的だろ、認めろ、そうでなければ差別者と見なして糾弾してやるという態度を取る。彼らは一般人がもってる美的感覚や性的指向を根本から覆そうとしている。しかし、それはやればやるほど人々の敵意を買うだけで、無理やり好きになれと言われてもそれは無理だ。

何度も言うが、Get WOKE, go broke. お目覚め主義は商売によくないのだ。


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マット・ウォルシの「女性とはなんぞや」ドキュメンタリー、プレミアライブ配信が左翼のサイバー攻撃で大混乱

昨晩、私が毎日聴いているマット・ウォルシ主演・監督の”What is a Woman?”(女性とはなんぞや?)のプレミア生配信が行われた。これはベン・シャピーロとジェラミー・ボアリングのデイリーワイヤーが制作した90分のドキュメンタリーで、トランスジェンダーリズムの真髄に迫るもの。マットがアメリカやカナダ、そしてアフリカにまで旅をして色々な専門家に、ジェンダーとセックス、そして女性とは何かをインタビューして回る映画である。

この映画はデイリーワイヤーの会員のみが視聴可能だが、私は一年以上DWの会員なので特に問題はないはずと思っていた。しかし生配信だと土壇場になって繋がらない可能性も考えて、西海岸時間6時からの放映予定だったが5時からログインして映画前の座談会を観ていた。そして6時になりいざ映画が始まるとなったら、突然”What is a Woman”のロゴの下の部分にログインしろという指図がでた。なんだ映画はまた別のログインなのか、面倒臭いなと思ってクリックしたが、画面がログインページに行かない。仕方ないので映画のログインページのURLをタイプするとユーザーネームとパスワードのページ。私のPCはそれを記録しているからそのまま打ってEnterを推したがページが変わらない。何度かやっているとパスワードが違うとか言い出す。そんなはずはないがマニュアルで打ってみる。それを何度かやっていたらDWのメインページに行き、会員費を払えとか訳の分からないことを言い出す。なんだこりゃとおもって、ログアウトしてログインしたところ、映画が途中から映った。これで浪費した時間約20分。

しょうがない、最初の方は後で観ようと思い、そのまま観ていたら、今度は3秒ごとに画面がフリーズ。なんなんだこれは!と流れて来るコメントセクションを読んでみたら、「映画が観られない」「ログインに30分かかった」「止まってばかりで訳が分からない」という苦情が次から次へと続いた。なるほど、これは私だけではないな、どうやらログインした人の数が多すぎてバンドウィズが足りてないようだと気づいた。それで生配信は諦めて映画が終っただろう頃にオンディマンドで見直した。これはきちんと観ることが出来た。

結局9時過ぎに全編を観終わってツイッターで感想でも書こうと思って行ってみると、マット・ウォルシがDWがサイバー攻撃にあったとツイートしていた。そして本日DWの記事でもその旨が報告されていた。

Co-CEOのジェラミー・ボアリングによると、なんと一分間に100万のリクエストが殺到し、完全にシステムが飽和状態になってしまったそうだ。これは明らかなdistributed denial-of-service (DDoS)攻撃である。

この映画はマットが数週間前から自分のポッドキャストやユーチューブやツイッターで宣伝していたので、マットを黙らせようとしていた人々の耳にももちろん入っていた。映画の予告編が出た時から、トランス活動家のユーチューバーがあちこちで「トランスフォーブだ!」と言ってマット批判をしていた。それでどうやらマットの映画のプレミアを邪魔しようと企てたようだ。まったくなんとせこいことをする奴らだろう。

映画でも明らかになるのだが、トランス活動家(TRA)は自分らのが信じているはずの思想を人々が理解できるように説明しようとしない。いや、それどころか、トランスジェンダーリズムの真髄について人々が知ることを極力避けようとしているようにさえ思える。もし、彼らが本当にトランスジェンダーリズムが正しい思想であると思っているのであれば、そしてそれを社会が受け入れるべきだと考えているのであれば、何故もっと多くの人々が理解できるように、その内容について詳しく説明しようとしないのだろうか?彼らの態度は常に一方的に我々の肯定を求めるもので、我々が理解出来ずに質問しようとすると、質問すること自体がトランスフォーブであり差別だとして我々を黙らせようとする。

この映画では、マットはジェンダー学専門の社会学者や、未成年の性違和治療専門の医師や、性別適合手術専門の外科医などと、それぞれ1時間以上のインタビューを行ったものをまとめている。これらの専門家はマットが保守派のポッドキャスターであることを知らなかったようで、単に自分らの分野について学びたいと思っている友好的なインタビュアーだと思ってインタビューに応じたようである。

マットは最初、相手の思想や立場について基本的な質問をし、相手が自慢げに色々な話を長々とした後で、授業に熱心な学生が教師に教えを仰ぐように少しづつ突っ込んだ質問をしていった。最初は相手に教授する雰囲気で笑顔で答えていた専門家たちは、その質問が革新を突いてくることに気付くと、だんだん機嫌が悪くなる。そして最後に極めつけの「女性とは何でしょうか?」という質問になると、相手は攻撃的になり「なぜそんな質問をするのか?それは非常に失礼な質問だ、そんな質問ばかりするなら、このインタビューは打ちきりだ」と怒るようになる。

「いえ、私はただ真実が知りたいだけです。真実が何かと尋ねることは失礼なことでしょうか?」

中でも一番呆れたのはカリフォルニアはサンフランシスコ代表の民主党下院議員。この議員はジェンダー平等法とかいうものを推進している。マットはその平等法について「ジェンダー平等というのは、身体が男性の人が女子施設や女子スポーツに参加してもいいという意味でしょうか?」と聞くと、議員は怒って「このインタビューは終わりだ!」と言って立ち去ってしまった。

自分が推進している法律に関して、誰もが当たり前に持つであろう疑問に全く答える用意が出来ていないとはどういうことだろうか?それでもこの人は国会議員なのだろうか?

それに引き換え、トランスジェンダーリズムに批判的な人たち(ジェンダークリティカル)は雄弁で、自分らの主張を人々に知ってほしいという気持ちがありありと伝わってくる。

TGism批判者として、自称女の男子選手の女子競技参加によって被害を受けたコネチカットの高校陸上選手だった若い女性や、リア・トーマスのチームメイトの女子選手が、その不公平さを訴えた。コネチカットの選手は拙ブログでも何度も紹介したように、州を相手取って訴訟まで起こした女性なので名前も顔もだしていたが、ペンシルベニアの女子大生の方は、大学側から、この件について苦情を述べたらトランスフォーブだと身元を晒してどこにも就職できないようにしてやると脅かされているため、顔も隠した匿名インタビューだった。

彼女たちのインタビューの後で、明らかに男性ホルモン接種中の女性が「トランスジェンダー選手の女子競技参加は問題ない。なぜなら彼らは必ずしも勝つわけではなからだ」と語った。それを裏切るように映画はMtFの選手たちの活躍を次から次へと見せ、彼女の発言がいかに空しいものであるかを証明した。

何故TRAはこんなにも攻撃的なのか、そして何故政治家や大企業がこの歪んだ思想に積極的に迎合するのであろうか?

カナダでは自称トランスジェンダーが好む代名詞を使わないことが違法とされている。未成年の少女のホルモン治療を阻止しようと病院を相手取って訴えた父親は、裁判中に娘を「彼女」と呼んだことで、ヘイトクライムを犯したとして300万円の罰金のうえ逮捕され、今年11月に裁判を待つ身である。

批判者の一人の精神科の医師は、未成年を実験台にして恐ろしいことが行われているとTRAを厳しく批判。また他人が求める代名詞を使うことを拒否したことで有名なジョーダン・ピーターソン教授も「患者のいうことを医師が肯定するなど、セラピーとは言えないと熱を入れて批判した。

中でも胸を打たれる証言をしたのは、拙ブログでも2年前に紹介したスコット・ニュージェントだ。彼女は元々はとっても美人なキャリアウーマンで二人の娘を持つ40代の母親だった。彼女は自分が男になったなどとは思っていない。単に男性の見かけに近づけただけだと語る。彼女の性適合手術にまつわる恐ろしい体験はリンク先の記事を読んでいただくとして、当時の記事では彼女はトランスしたことを後悔していないと言っていたのと違い、今回の映画の中ではかなりの後悔がうかがわれた。

特に人口陰茎を作るために皮を剝ぎ取った二の腕を出して、「こんなことを若い少女たちにしているのだ、TRAは!」と涙ながらに訴える彼女には、私も心が痛んだ。

「40代の私が騙されたのだ。10代の彼女たちに勝ち目はない」とスコットは叫ぶ。

スコットがいうに、突如としてトランスジェンダーという極々少数派だった人々の背後に多額のお金がかかわってくるようになった。少女一人をトランスジェンダーだと説得してしまえば、700万円相当の整形手術やホルモン治療が見込める。しかもこれは一生必要となる「治療」なのだ。

以前にも話たように、妊娠した女性が一歩足を踏み入れたら、必ず中絶手術に導くプランドペアレントフッドが、最近トランスジェンダー治療にも手を伸ばし始めた。彼らのビジネスモデルは中絶と全く同じで、一旦足を踏み入れたラ最後、最終的に性適合手術への道をまっしぐらに進むことになる。PPのようなジェンダークリニックに来る患者で性同一性障害を患っていない患者は一人も居ないのである。

マットがインタビューした自分もMtFの整形外科医が乳房除去をした最年少は16歳の少女だったという。そして彼はそれが全く悪いことだとは思っていない様子だった。子供に第二次性徴期を遅らすルプロンという薬を処方している医師は、薬を辞めさえすれば元に戻れるとあからさまな嘘をついた。

トランスジェンダリズムは文明社会を蝕む恐ろしい思想である。だが、この思想はただの張り子のトラであり、中身は全くない。

だから我々は彼らの論理の穴をつつきまくる必要がある。そのためにはしなければならない質問を執拗なまでに浴びせかけなければならないのだ。

「女性とは何ぞや」と繰り返し尋ね続ける必要があるのだ。


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迫力満点トップガン・マーヴェリック、さすがトム・クルーズ

コロナ禍のせいで公開が二年遅れた待望のトップガンの続編マーヴェリックが先週末公開されたので早速見て来た。いやあ、素晴らしかった!CGばっかりの安っぽい映画ばかり観て来たので、この現実的なフライトシークエンスは文字通り手に汗握る迫力だった。

前々から色々聞いていたが、先ずトム・クルーズという俳優はスタントも自分でやってしまうアクションスターとして有名だが、ファイタージェットの操縦もしたことがあるそうで、過去の映画でも小型飛行機やヘリコプターの操縦を自分でこなしていた。それで今回の映画でも現実味を出すために彼の指導のもとに、パイロット役の俳優たちは三か月間の厳しい訓練を受けたそうだ。飛行シークエンスをどうやってとったかの裏話ビデオはこちら。日本語吹き替え版

フライトシークエンスのアレンジもトム・クルーズのデザインであり、役柄でも彼がパイロットの指導員ということになっていたが、実際撮影現場でも彼が指導員だった。パイロットたちのコックピット内部での撮影は、実際に飛んでるジェット内部で撮影されたもの。離陸した時のショックとか振動やGによって圧力を感じる俳優たちの反応は単なる演技だけではないのである。

映画はオリジナルの舞台から30年後。海軍に30年以上も居るのになぜか全く出世せずにいつまで経ってもキャプテンの主人公マーヴェリックことピート・ミッチェルは、今はテストパイロットをやっている。そんな彼に今や海軍大将となった昔のライバル、アイスマンことザレンスキーからトップガンに戻ってこいという命令が来る。

何年ぶりかでサンディエゴに戻ってきたマーヴェリックだが、彼の新しい仕事は迫るイランでのミッションに備えてトップガンでもエリート中のパイロットたちを訓練することだった。そしてその中にはかつてのマーヴェリックの親友で彼との訓練中に命をおとしたグースの息子ルースターもいた。かつての父親そっくりに育ったルースターをみてマーヴェリックはショックを隠せない。

この映画は前半が若いパイロットたちの訓練に当てられ、後半は実際のミッションに当てられている。訓練といっても非常に危険な飛行を学ぶわけだから、訓練中に命を落とす可能性は大いにある。このあたりはハインラインのスターシップトゥルーパーを思わせる。

若いパイロットたちは、マーヴェリックが伝説のエリートパイロットであったことでそれなりの敬意は示しているが、30歳以上も年上の中年男に対する多少の見下しもある。だが、初日の訓練でいかにマーヴェリックが驚異的なパイロットであるかを生徒達は実感する。

グースの息子のルースターは未だにマーヴェリックを恨んでいるが、それは父親がマーヴェリックのせいで死んだということよりも、ルースターの身を案じて彼のトップガン志願から書類を取り下げたことに関して、ルースターのキャリアを4年間遅らせたことへの怒りの方が大きい。しかし、新しいミッションへの訓練を通じて、ルースターは何故マーヴエリックが彼のキャリアを遅らせたのか、だんだんと理解していく。

トム・クルーズはもうすぐ60歳というのに若々しくて物凄いバイタリティーなのだが、映画の中では無理な若作りはしていない。実際年季を積んだ中年パイロットという貫禄がある。彼が何年ぶりかに出会った昔の恋人ペニーとの再会も、中年男女らしい落ち着きがあって好感が持てる。

さて余談だが、私は観ていないが、二年位前に最初の予告編が発表された時、この映画の中国公開のために、わざわざマーヴエリックが来ていた父親からの遺品であるジャケットにあった日章旗と台湾の国旗が別の訳の分からない模様に変えられるという事件がおきた。しかし今回の公開時では二つの国旗はしっかりと復活していた。それというのも、中国共産党はトップガンがあまりにもアメリカの優れた軍事機能を誇示していることに腹を立て、製作費投資をしていたテンセントが手を引いたからということだ。

実際最近の中国は、ちょっとでも気に入らないとハリウッド映画の中国公開を拒む傾向があり、無理やり迎合してみてもいつ門戸を閉ざされるかわからないので、ハリウッド側も中国市場をあてにせずに国内と他の海外だけでなんとか成功させようという姿勢が観られるようになってきた。そういう意味で、この映画は大成功を収めたと言える。もう中国なんぞいつまでも当てにする必要はない。

こちら日本語吹き替え版の予告編

スタッフ 
監督:     ジョセフ・コシンスキー

キャスト
ピート・ミッチェル海軍大佐
  (マーヴェリック): トム・クルーズ
ブラッドショウ海軍大尉
  (ルースター):  マイルズ・テラー
ペニー・ベンジャミン: 
         ジェニファー・コネリー
セレシン海軍大尉
  (ハングマン):  グレン・パウエル
トレース海軍大尉
  (フェニックス): モニカ・バルバロ
フロイド海軍大尉
  (ボブ):     ルイス・プルマン
カザンスキー海軍大将
  (アイスマン):  ヴァル・キルマー
シンプソン海軍中将
  (サイクロン):    ジョン・ハム
ベイツ海軍少将
 (ウォーロック):チャールズ・パーネル
コールマン海軍准
  (ホンドー):バシール・サラフディン
ケイン海軍少将
  (ハンマー):     エド・ハリス
アメリア・ベンジャミン:リリアーナ・レイ

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デニーシュ・デスーザの新作ドキュメンタリー、「2000Mules(2000人の運び屋)」2020年大統領選挙で行われた大規模な不正投票が遂に暴露される

政治評論家で作家で映画監督のデニーシュ・デスーザの新作ドキュメンタリー映画「2000Mules(2000人の運び屋)」が公開された。2020年の選挙で不正があったのかなかったのか疑問に思われている方々には必見。今ならこちらのりんくから日本語字幕入りで全編観ることが出来る。多分期間限定なので無料でご覧になりたい方はお早目にご覧になることをお薦めする。

2020年の選挙時夜遅くまで起きて開票結果を見守っていた我々は、80%くらいの開票でトランプ大統領二期目再選確実と思って床に就いた。ところが朝起きてみると開票が一時停止されていたはずの真夜中に、情勢がガラリと変わってバイデン勝利となっていた。そんなバカな、なんで数時間で重要な地区の票が全てひっくり返るのだ?何か大がかりな不正があったに違いないと誰もが思った。

その後何週間にも渡って行われた数え直しや目撃者の証言や公聴会などで数々の怪しげな不正行為が指摘されたが、実際に選挙結果を覆せるほどの大規模な不正だったのかどうか確たる証拠が出てこなかった。しかしこのドキュメンタリーではその確たる証拠が明確に提示されている。

この映画の焦点はTrue the Voteという不正選挙調査団による調査結果にある。彼らは特にballot harvesting(票収穫)という不正方法を追った。票収穫とは他人に代行して投票券の投函を行う行為で、多くの州では禁止されている。一部例外を許してる州でも、投票箱や郵便ポストまで行かれない人のために家族や介護人が特定の人の投票券の投函を許可されている程度だ。だから代行するとしてもせいぜい一人か二人分が限度である。

ところが調査団によれば、ミュールと呼ばれる投票券運び屋が一人当たり20か所以上の投票箱に一回につき5枚以上の投函を行っていたという証拠を集めた。そして彼らが調べた州の一部の選挙区数か所だけでも、特定されたミュールの数はなんと2000人にも及ぶというのである。

票収穫は歴史的に何度も繰り返し行われてきた非常に単純だが効果のあるやり方だ。まず不正を行う団体は工作員を貧困層や英語の解らない移民層を狙って送り込む。彼らは投票を援助するという名目でホームレスから投票券を買収したり、お年寄りや移民から票を騙し取ったり、郵便受けから盗み取るなどして投票券を集める。一か所に集められた投票券を運び屋が何百枚と受け取り、選挙区各地にある投票箱に一回あたり5枚くらいづつ投函するというもの。調査団はひとりの運び屋が一晩で28ッか所の投票箱に行ったのを突き止めている。

では調査団はどのようにしてこれら運び屋の動きを追跡したのだろうか。

我々のスマホには色々なアプリがついており、そのアプリを使って特定のスマホが何時何処に移動したかという行動パターンを追うことができる。よって不正団体の事務所に集まった数々のスマホが各地の投票箱に向かって移動する行動を追跡するこが出来たのである。

詳細は映画を観てもらうとして、結果的に次のような情報が暴露された。

  • ミシシッピ州:ミュール数500人が50ッか所で5枚づつ投函=125000票 (影響なし)
  • ウイスコンシン州:ミュール数100人×28か所×5枚=14000票(影響なし)
  • ジョージア州:ミュール数250人×24か所×5枚=30,000(バイデン選挙人数16票獲得)
  • アリゾナ州:ミュール数200人かける20か所×5枚=20000(バイデン選挙人数11票獲得)
  • ペンシルベニア州:ミュール数1100人×50かしょ×5枚=275000(バイデン選挙人20票獲得)

合計するとトランプの選挙人279票対バイデン259票でトランプの楽勝となる。

このほかに映画では民主党がどのように不正を行ったのか、データを示した説明があるので、是非とも皆さんに観ていただきたい。

この映画によってドミニオンのアルゴリズムなどに拘らなくても、非常に原始的なやり方だけでも十分に不正は可能だということが明らかになったのだ。もし共和党が次の選挙で勝ちたいなら、こうした不正があることを考慮したうえで不正対策に取り込んでもらいたい。

それにしても郵便投票は不正の温床となりうると言ったトランプ大統領がいかに正しかったかが証明された映画でもある。

聡明なる読者諸氏、是非是非この映画をご覧あれ。


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女優の一言で主役を首になった俳優、セクハラで訴えられた男性には反論の場すら与えられない行き過ぎたフェミニズム

ここ最近二人のベテラン俳優がそれぞれ撮影現場で「許されない行為」を取ったとして、主役を降板させられるという事件が起きた。一人はゴーストバスターズでも有名なビル・マレー、そしてもう一人は12Chairなどの名作からブロードウェイのミュージカルなどでも活躍するフランク・ランゲラ(Frank Langella)だ。

マレーのケースはまだ審議中とのことだが、ランゲラはすでにネットフリックスのミニシリーズから解雇されている。それに関してランゲラはオプエドで解雇は不公平だと発表した

今年の4月14日、ランゲラはNetflixから撮影現場で許されない行為をしたとして解雇された。彼がとった「許されない行為」とはどんなものか?女優の胸をわしづかみにしたとか?女優のお尻をつねったとか?自分と寝なければ首にさせてやると言ったとか?その話は後でしょう。

ランゲラはエドガー・アラン・ポーのThe Fall of the House of Usherの主役ロデリック・アッシャーを演じていた。ランゲラは84歳という高齢のベテラン俳優。もう主役をやるのはこれが最後だろうと思っていた。

今年の3月25日、私は若い女優とのラブシーンを演じていた。二人とも服を着ていた。私はソファに座っており、彼女は私の前に立っていた。監督が「カット!」と言ったとたん「私の脚を触ったわ!」と女優が言った。「台本にはなかったのに」そして彼女は踵を返すとセットから立ち去った。監督とラブシーンのコーディネーターがその後を追った。私も後を追おうとしたが周りのスタッフから「彼女に空間を与えて」と言われて止められた。それから一時間ほど待っていたが、もう彼女は帰ってこない、今日はこれで終わりだと言われた。

ここで私は初めて今の撮影現場にはthe intimacy coordinatorという人が居ることを知った。この人の役割はラブシーンでどのような触り方が適切かを決めることのようで、俳優たちはあらかじめ決められていた触り方以外はしてはいけないことになっているらしい。

この事件のあった一週間後、私は人事から電話で質問を受けた。「3月25日のラブシーンが始まる前に」と質問者は始めた「コーディナーターがあなたの手をどこに置くか示したはずです。あなたは『そんなの馬鹿げてる』と言ったそうですね。」「はい」と私は答えた。「言いました。そして今でもそう思います」あれはカメラの前のラブシーンだ。手をどこに置くのかまで決められるのは、馬鹿げていると思った。それは本能や瞬間さを失うからだ。この会話の終わりの方で、人事はあの若い女優とも、コーディネーターや、関係者とは誰とも連絡を取らないようにと釘を刺した。「報復の危険を犯すわけにはいきませんから」と人事は言った。私はそんな意図はないと言おうとしたが、人事はそれを丁寧に遮り、「意図は関係ありません。Netflixは影響だけを扱いますので。」

結局その後ランゲラには自分の言い分を述べる機会は与えられないまま解雇されてしまった。それでランゲラが解雇される理由となった「許せされない行為」の一覧が明確にされた。その罪とは:1)ランゲラが下衆な冗談を言った、2)時々自分をベイビーとかハニーとか呼んだ、3)時々ハグをしたり肩を抱いたりした。なんという恐ろしい行為なのだ~これは明らかに許されない~!(皮肉です)

ランゲラは84歳という高齢で、そのキャリアも60年に及ぶベテランだ。だから彼の思う女性との普通の接触はミーツ―後のハリウッドでは不適切と思われる可能性は十分にある。しかし借りにそうだとしても、この程度のことで実績あるベテラン俳優を降板させるべきだろうか?

一応こうした行為が今の世の中では不適切ととられる可能性についてはランゲラも監督から注意を受けていたという。今やジョークをいってもいけないし女性の容姿を誉めてもいけない、やたらに触ってもいけないと。しかしもしこれらの行為が解雇に値するほどの重い罪であるというなら、撮影に入る前に人事のほうから役者もスタッフも居る前で、こうした行為は断じて許されない、違反した場合には主演俳優であろうと容赦なく解雇すると厳重な注意をするべきだったのではないか?

ランゲラのように長年この業界で仕事をしてきた人にとって、これまで60年近く普通に許されていた行為がここ2~3年で突然重罪になったということを理解するのはそう簡単なことではない。(特にランゲラは長身で若い頃からかなりのハンサムだったので、女性達からはモテモテだったことだろう。彼にベイビーだのハニーだの言われて悪い気のする女性はそう居なかったのかもしれない。)

ビル・マレーの件でも、彼の許されない行為とはランゲラと同じように、下衆なジョークや肩や髪に触るといった無害なものだったようだ。

確かに触られる女性からしたら気持ちの良いものではない。以前に私の職場にも引退間近の60代の男性が居た。この人は何かと理由もなく人の肩を抱き寄せたりハグをしたりした。私は決して良い感情はもっていなかったが、その人は引退も控えていたし、今後何度も会うわけではなかったので、他の同僚にちょっと愚痴ったくらいで何も言わなかった。それに、私も古い人間だし、通学電車で悪質な痴漢に遭っていたことでもあり、それと比べたら、その程度のことでいちいち文句をいう気にもなれなかった。

ただ、一度20代の頃に日本から来た駐在員の男性にお尻を触られたことがあり、その時は「あなたが日本から来たばかりで、アメリカのやり方を知らないのは解ります。ですから今回だけは許します。でももしまた触ったら、即人事に訴えますのでそのつもりで」とはっきり言ったことがあった。その後彼が女性職員を触ることはなかった。

1980年代のたかが下っ端銀行員の私ですら言えたことを、2022年のハリウッドで、女優が男優に言えなかったなんてことがあるだろうか?84歳のスケベ爺さんの行為が気に入らなかったなら、その場でほっぺた張り倒すくらいのことをして、監督の見てる前で「なにすんのよ、このスケベ爺!」とやればよかったのでは?いくらなんでもこのご時世、そんな行為で女優が首になるなんて先ず考えられないのだから。

もしかしたらランゲラはもっとひどいことをしたのかもしれない。だが、問題なのは、彼には自分の立場を説明する場が与えられなかったということだ。アメリカでは罪が証明されるまでは無罪と見なされることが原則だ。そして誰でも裁判の日を与えられることになっている。

無論これは刑事裁判ではない。民間企業が誰を解雇しようと企業にはその権限がある。だがランゲルは俳優だ。セクハラで解雇されたとなれば、彼の俳優としてのキャリアも終わりだろう。ランゲルは自分の立場を説明することもできず、このままセクハラ俳優という汚名を背負って生きていかなければならないのだ。最初に彼も言っていたように84歳という高齢もあって、今後彼が映画に出演することは先ず無理だろう。

これでは完全に言ったもの勝ちだ。個人的に気に入らない俳優や監督のことはセクハラで訴えればその人のキャリアを台無しにすることができる。なんという恐ろしい権力だろうか!

ランゲルは最後に「キャンセルカルチャーは民主主義に反するものだ」と語る。

何の議論も討論も許さない。他人の意見を聞くことも、仲裁することも、違う意見の交換をすることも禁じる。

もっとも悲劇的なのは道徳的判断を破壊するうことだ。

これは不公平だ。これは不当だ。これはアメリカ的ではない。


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ジョニー・デップが名誉棄損で前妻を訴えたことで、注目されるDV妻の実態

俳優のジョニー・デップがDVの汚名を着せられて人気映画の出演を取り下げされるなど、キャリアに多大なる損害を与えられたとして、元の妻アンバー・ハードを名誉棄損で訴えた裁判が今行われている

実は私はジョニー・デップという俳優は全然好きではない。彼はハリウッドスター典型の左翼リベラルで、しょっちゅうアメリカの悪口を言って、常時フランス住まいだったと記憶している。それに彼の演技はわざとらしくて好きになれない。ミスター苺などデップが嫌いすぎて、彼の出ている映画は極力避けているほど。多分最後にデップの映画を見たのはディズニーのカリブの海賊たちのシリーズ第一弾だったと思う。それにしたって私のお目当てはオーランド・ブルームだったし。

ま、そんなんで、2~3年前にデップが前妻からDVで告発されたという話を聞いた時も、まあハリウッドリベラルなんてそんなもんだろうくらいに思っていた。もちろん離婚時に妻が夫のDVを持ち出すのはよくあることなので一概に妻の言い分だけを信じるというわけにはいかない。しかし二人は示談で離婚しデップ側から前妻に700万ドルという慰謝料が払われていたことでもあり、まあ多少の暴力はあったのだろうと理解していた。

しかし、今回の裁判を少し観ただけでも当初の報道にはかなりの誤りがあったと理解できる。実はデップはDVの加害者というよりも、妻からのDVの被害者だったのではないかと思われる事実が色々出てきているのだ。

先ずことの時系列を追ってみよう。これはスティーブン・クラウダ―のサイトより引用。

  • 2016年5月、一年足らずの結婚で妻のアンバー・ハードが離婚訴訟を起こす。
    • ジョニーから暴力を振るわれたと主張。.
    • ジョニーは妻の主張を全面的に否定。
  • 2016年8月。示談で離婚は成立。
    • ハードは700万ドルの慰謝料を受け取る。
    • ハードはその慰謝料をACLUやLA子供病院に寄付すると宣言した、彼女が実際に寄付をしたという記録はない。
  • 2018年12月。ハードはワシントンポストにジョニーの暴力を告発するエッセーを投稿。SOURCE: WaPo
    • 記事ではジョニーを名指しで責めてはいなかったというものの、「2年前に私は家庭内暴力を代表することとなった。それによって告発する女性に対する社会からの恐ろしい力を感じた」と明らかにジョニーを指す文章があった。
    • ジョニー・デップはハードに対して5000万ドルの賠償金を求めて名誉棄損で訴訟を起こした。

昨日法廷でジョニー・デップ自身が証言したが、ハードによるデップへの暴力はかなりすさまじかったようで、公開された録音テープによると、ハードはデップを殴りながら、自分が殴っていることを誰に言っても信じてなんか貰えないわよ、とあざ笑っている音声が残っている。

またジョニーはアンバーからウォッカの瓶を投げつけられ、その瓶が指に当たって指先を切断という大けがを負っている。その時のことは医者にもきちんと報告されており、怪我の写真も公開された。デップは当時、おおやけにはドアに指を挟んだと体裁を繕っていた。

そのほかにもアンバーによるジョニーへの虐待が色々提示され、これは被害者はアンバーではなくジョニーなのではと思えるような供述がどんどん出て来た。

さて、ジョニー・デップの裁判で浮彫になってきたのは、実はDVと呼ばれる家庭内暴力は結構女性が加害者であることが多いということだ。

連邦政府保健省発表の2020年の子供虐待の調査によると、子供を虐待する親は母親の方が父親よりも多いという数字が出ている(Table 5-3 Perpetrators by sex)。無論母親のほうが子供といる時間が長いので必然的にそうなるのではないかという見方もあるが、同じ調査で母子家庭と父子家庭でも子供への虐待は母子家庭の方が多いという結果も出ている(Table 3-14 Victims by relationship to their perpetrators)。

無論これは子供虐待の調査であって男女間での暴力を示すものではないので、これだけ見て男女間での暴力の加害者が女性の方が多いと結論づけることは出来ない。しかし子供に暴力を振るうような女性は配偶者に対しても暴力的な傾向があると考えることは自然だ。

女性の場合でもDVの被害者は誰にも相談せず、ましてや警察に届けるなどと言うことをしない人が多いので、ましてや男性となれば女性に暴力を振るわれても我慢している人はもっと多いことだろう。だいたい男性は自分がDVの被害者になっているという認識さえない人がほとんどだ。

こちらは日本の内閣府男女共同参画局DVの現状に関する調査結果。このアンケートでは女性の方がDVの被害にあったと応えた人の方が多く、配偶者からの被害経験の有無で数回から1~2回と答えた人は、女性が31.3% 男性が19.9%。身体的暴力となると女性は19.8%で男性は14.5%。

確かに女性の被害の方が多いのだが、それでも男性の14.5%は結構多い。また、興味深いのは、DVに関して誰かに相談したかという質問に対して、女性の4割、男性の約7割が誰にも相談していないと応えている。そしてその理由は「相談するほどのものではないと思ったから」というものだ。

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男性の方が身体的に強者であるから、女性から多少殴られたくらいでは大した怪我はしないだろう。男性が女性と同じことをしたら女性は大けがをする可能性があるので、病院で手当てを受けていればその記録も残る。

アメリカでも日本でもそうだが、夫婦喧嘩で暴力沙汰になり警察が呼ばれても、たとえ加害者が女性の場合でも正当防衛で女性の手を払いのけた方の男性が罪に問われるなどということは日常茶飯事である。それにせいぜい引っかかれた程度の怪我では男性も警察を呼んだり医者のお世話になったりはしないだろうから公式な記録に残らないのは当然だ。

上記のアンケートでも解るように、女性からぶたれながら罵声を浴びせかけられるといった虐待をDVだと認識していない男性は結構いると思われる。

恐ろしいのは、女性が男性を告発すると、Me Too運動でも解るように「すべての女性を信じろ」などと言い出す人たちが居て、ジョニー・デップのようにDVを犯したなんの根拠もないのに、別れた前妻の証言が全面的に信用されて男性のキャリアや名誉が一遍に汚されてしまうということだ。そして男性には弁解の余地も与えられない。こんな理不尽なことがあるだろうか?

私が無実の罪を他人に着せる偽被害者を心から憎むのは、無実の罪を着せられた人のこともだが、本当のDVや強姦の被害者が信じてもらえなくなるからである。こういう偽物が自分は犠牲者だ生存者だと言って騒ぐたびに、本当の被害者の声がかき消されていくのである。

ところで、私自身も有罪だが、メディアの言うことを鵜呑みにしてはいけないとつくづく思う。カイル・リッテンハウスの時もそうだったが、事件そのものに関心がなくニュースの見出しだけ読んでいると全くの勘違いをしてしまうものである。私もいくら嫌いな芸能人のスキャンダルだからと言って、すぐに信じることは慎まなければと思った。


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80日間世界一周、PBS新シリーズがポリコレすぎて観てられない件

アメリカの公共放PBSで始まったデイビッド・テナント主演の新シリーズ「80日間世界一周」の第一回を観た。うちにはテレビがないのでアマゾンプライムで3.99ドルはらって観たが、一時間ものを30分観ただけでもう耐えられなくなった。その理由はポリコレを気にしすぎてキャラクター達がおかしくなりすぎてるから。

ここから原作の説明をするので、作品をよくご存じの方は**印のところまで飛ばしてお読みいただきたい。

80日間世界一周はジュール・ヴェルヌ原作で1873年出版された作品。ヴェルヌはSF作家として知られているが、この作品には魔術も存在しない技術も出てこない。しかし状況が奇想天外なので私はかなりSF的な要素が含まれていると思っている。あらすじをウィキから引用すると。

物語は1872年10月2日のロンドンに始まる。独身の紳士、フィリアス・フォッグは物事を尋常ではない正確さで行う習慣と、カードゲームに熱中する癖があったが、ロンドンの紳士クラブ「リフォーム・クラブ」(The Reform Club)のメンバーであること以外は全く謎で、裕福であることの理由も定かではなかった。

フォッグの前の執事はひげそりに使うお湯の温度を華氏で2度間違えたために解雇されてしまい、新たにこれまた規則正しい生活態度を尊ぶフランス人のパスパルトゥーが雇われた。

その日の夜、リフォーム・クラブでフォッグは会員たちと新聞のある記事について議論をした。「イギリス領帝国に新たに鉄道が設けられた」という記事と、それに伴って(略)80日で世界一周ができるという計算結果が載っており、フォッグはこれが実現可能なものであると主張する。

フォッグはこれを立証するために自ら世界一周に出ることを宣言し、自分の全財産の半分にあたる20,000ポンドをクラブの会員たちとの賭け金にする。残りは旅費に充てるため、期限内に世界一周を果たせなかった場合、全財産を失うことになる。フォッグは当惑するパスパルトゥーを伴って、10月2日午後8時45分発の列車でロンドンを発つ。彼のリフォーム・クラブへの帰還は80日後の12月21日の同じ時刻とされた。

主な登場人物は主人公のフィリアス・フォッグ、執事のパスパルトゥー、ロンドン銀行で起きた窃盗事件の容疑者としてフォッグを付け回すスコットランドヤードのフィックス刑事、インドでフォッグに命を救われる女性アウダの四人だ。

この四人の登場人物の性格は正確に描かれる必要がある。なぜなら彼らの性格が後の物語転換に非常に重要な役割を果たすからである。

もともとフォッグは規則正しく時間通りに行動する病的に几帳面な人間だ。だから自分の執事が髭剃り用の湯の温度をちょっと間違えただけで首にするなどという理不尽なことをするのである。そんな性格だから、新聞記事の時間表をみただけで自分には出来ると思い込んだのだ。

そんなフォッグに認められて一緒に旅をすることになったパスパルトゥーは自分の主人の才能を疑わない忠実な助手である。どんな苦境に出会っても、主人と運命を供にすべく命がけの行動をする。

この作品は原作出版当時から何度も舞台や映画やテレビドラマになっているが、なんといっても一番有名なのは1956年アカデミー賞を獲ったマイケル・アンダーソン監督の同名の映画だろう。映画を観たことのない人でもあの主題歌は聞いたことがあるはず。また1989年のテレビシリーズは原作にかなり忠実なのでお薦めである。

**さて、前置きが長くなってしまったのだが、今回のシリーズ一回目を観て私が観てられないと思った理由は、私の中にある登場人物の性格が全くイメージと違うということだ。無論私のイメージは1956年の映画デイビッド・ニブンと1989年シリーズのピアース・ブロスナンで出来あがってしまっているから偏見と言えば偏見だが、それでも今回のデイビッド・テナント主演のフォッグは私のイメージと違いすぎる。

まず第一に、テナントのフォッグが病的に几帳面であるという描写がない。最初のシーンで年寄りの執事がふらふらとお茶をこぼしながら運んでくるが、それに対してフォッグが「もっと大きなカップが必要だな」と執事の落ち度を咎めないところから始まる。これは几帳面で綺麗好きなフォッグからは考えられない行動だ。髭剃りの湯の温度が二度違うというだけで執事を解雇してしまうような男が、お茶をこぼしながら持ってくる年寄り執事を雇って置くはずがない。ここでおのお湯のシーンはなく、どこからか送られてきたハガキに狼狽えるフォッグの描写があるだけ。

紳士クラブで掲載された世界一周の旅の時刻表を読むシーンでも、フォッグが自信を持ってやり遂げられるという安心感を視聴者は持つことが出来ない。フォッグは時間を常に守り通す自分になら出来るという自信より、他に何かを証明するために出かけようとしているかのようで、観てるほうは不安感をぬぐえない。

前の執事が解雇された後にやってきたパスパルトゥー(Ibrahim Koma)も、実はエイジェンシーの紹介ではなく、紳士クラブでケンカをして警察に追われたウエイターが執事経験を偽ってフォッグの家にやってくる設定になっている。今の時代なのでフランス人のパスパルトゥーが黒人なのは別にいいとして、彼の背景がフランスのレジスタンス運動とか、ちょっと待ってよといいたい。パリに着く早々主人のフォッグを置き去りにしてどこかへ行ってしまい、フォッグが暴徒に襲われて身ぐるみはがれるという憂き目にあう。忠実な従者であるパスパルトゥーは絶対こんなことはしない。

そしてもうひとり、原作にはないアビゲール・フィックス・フォ―テスク(Leonie Benesc)という女性記者。名前からしてどうやらこれは原作でフォッグたちを追い回すフィックス刑事の役割を果たすようだ。確かに銀行での窃盗事件が扱われていないので、そういう設定にするならそれはそれでもいいが、だとしたら最初から彼女がフォッグたちと行動を共にするのはおかしい。フィックス刑事のようにフォッグとパスパルトゥーを追いかける形にすべきだっただろう。それにこういう生意気な女を描くなら、80日間、、よりグレート・レースのリメイクの方がよっぽども合っていると思う。なんにしても、どんな場合でも冷静を失わないフォッグが生意気な小娘や反抗的な執事に振り回されるというのがどうしても私にはついていけなかった。

この作品はファンタジーといってもいいものなので、パスパルトゥーが黒人でもフィックスが女でも構わないが、彼らの描き方があまりに現代風だと、フォッグの威厳が保てなくなる。一体誰が主役なんだ、一体この作品の目的はなんなんだと観客は非常に混乱する。

ミニシリーズだから色々加えたいのは解るが、もうすこし話の筋にあったサイドストーリーを加えるべきだったのでは?

この作品には他にいくつも別バージョンの映画やテレビシリーズがあるので、今回のシリーズで時間を無駄にする必要性を感じない。


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まるで映画「情婦」みたいな検察側の証人、カイル・リッテンハウスの無罪を証明?

先日ちょっとお話したカイル・リッテンハウス青年の裁判が現在進行中である。カイル君は2020年の8月にウイスコンシン州のケノーシャで起きた暴動で、友人のビジネスを守るためにAR-15ライフル持参で警備にあたっていたが、そのビジネスに火をつけようとした暴徒ら計4人に襲われ、三人に発砲。二人が死亡し一人が重傷を負った。下記はその時の一部が映ったビデオ。

「群衆が発砲者とみられる人を追いかける。男(カイル君)はつまづき転ぶ、そして銃を何発か発砲。あちこちから銃声が聞こえ、発砲者は複数いたという情報と一致する。」

この事件は多々のビデオがすでに拡散されており、ビデオを観る限りは完全なる正当防衛に見えるが、ウイスコンシン検察はカイル君を殺人罪などで起訴。事件当時17歳だったカイル君を大人として裁判にかけ、カイル君は有罪となれば終身刑も免れない罪状に瀕している。

さて、カイル君の裁判が始まって一週間だが、先ずは検察側の証人が呼ばれた。しかし検察側の供述を証明するための証人たちの証言が全然検察側の役に立っていないという不思議なことが起きている。リーガルインサレクションの記事から読んでみる。

まず同記事の著者アンドリュー・ブランカは正当防衛専門の弁護士。ブランカは検察側は最初の二日間でカイルの有罪を証明するような証拠を全く提示していないとし、検察としては悲惨な状況であるとしながら、にもかかわらず三日目はその二日間よりもさらにひどかったと指摘する。

この日の証人は当日カイル君にインタビューしたジャーナリストのリチャード・マックギニスと、元陸軍歩兵軍人のライアン・バルチの二人。著者のブランカは検察側の証人がどのような証言をすべきなのかをまず説明する。

マックギニスとバルチは二人とも検察側の有罪説を強め、弁護側の無罪説を弱める証言をすることが期待されている。この場合、弁護側による正当防衛説を破壊することだ。

カイル・リットンハウスは有罪が証明されるまでは無罪とみなされているため、検察側が疑いの余地なく正当防衛ではなかったと証明する必要があるのである。

しかし検察側はカイル君の正当防衛を全面的に否定する必要はない。弁護側が正当防衛の根拠としている四つの点だけ否定できればいいのだ。この四つの要点はすべてが真実でなければならない。であるからこの四つの要点の一つでも真実ではなかったことが証明されれば、カイル君の正当防衛説は崩壊するのである。

では正当防衛を成立させるための四つの要素とはなにか、そして検察側はそれをどう崩すべきなのかというと、、

無実:検察側はカイル君が攻撃者であったことを証明する。あの晩に最初に暴力行為に及んだのはカイル君のほうだったと証明する。

緊迫性:カイル君が自分を守ろうとしていたとされる攻撃が実際に起きていなかった、もしくは起こる寸前ではなかったことを証明する。

比率性:検察側はカイル君に受けた攻撃は命に係わるような危険性はなかった、カイル君による死を及ぼす反応は過剰であったことを証明する。

適切性:カイル君が自身が真実正当防衛が必要だとは信じていなかった、もしくはこの状況において正当防衛が必要だと考えること自体が非常識であり、適切ではないことを証明する。

検察側がどの要素について否定するにしても、常識ある人が疑いの余地がないほど真実ではないことを証明しなければならない。ブランカによれば、最初の二日間における証人の証言には、この要素を崩すに足るものは全くなかった。しかし三日目はそれよりもっとひどかったと言う。

リチャード・マックギニスはデイリーコーラー誌の記者にビデオを提供しているビデオグラファー。彼の仕事は現場でビデオを撮り、後で記者たちがそれを使って色々分析するのを援助することだ。マックギニスは当日もケノーシャで暴動を追っていたが、彼の取材の対象となっていたのがカイル・リッテンハウスと仲間のライアン・バルチだった。

マックギニスは事件前にカイル君にインタビューをしたりしていたが、特に重要なのはジョセフ・ローゼンバウムがカイル君に撃たれた時に、マックギニスはふたりの至近距離におり事件の一部始終を目撃したということである。この時の模様はマックギニスによっては録画されていないが、監視カメラや警察のヘリコプターカメラでは録画されている。

法廷ではマックギニスが録画した事件前のビデオが何度も放映されたが、どれもこれもカイル君やバルチが誰に対しても親切で、攻撃的な様子は全く映っておらず、二人に攻撃的な態度をしめした黒人数人に遭遇した時も、二人は何も言わずに立ち去り、怪我の手当が必要な人はいないかと人々に呼びかけていた。ブランカはこのビデオで解ることはカイル君が物腰がやわらかく攻撃性などまるでないことで、このビデオが検察側に何の役にたつのか全くわからないと語っている。

検察側がカイル君が危険な男であるとマックギニスに言わせようとしたが、そうだとすれば武装しているカイル君とバルチに密着取材などするわけはないので説得力がない。またカイル君が銃を持ち歩いていたことに対しても、当地ではそういう人を見かけるのは珍しいことではないので、別におかしと思わなかったとマックギニスは証言している。

しばらくしてマックギニスはカイル君とはぐれるのだが、カイル君が消火器を持って走っている姿に出くわす。誰かがダンプスターに放火し、それをガソリンスタンドの方におしているのを見つけたカイル君が消火作業を始めようとカーソースというビジネスの駐車場向けて走っていた。

この時画面にジョセフ・ローゼンバウムとジョシュア・ズィミンスキーの姿が映る。ズィミンスキーはグロックピストルを持っており、この後で空に向かって発砲する。それがローゼンバウムが撃たれるきっかけとなる。

ローゼンバウムは車の影に隠れてカイルを待ち伏せし、カイルに襲い掛かる。この時マックギニスはカイルに追いつこうと後ろから走っていたのだが、ちょうどカイルを追いかけるローゼンバウムの後ろにを走ることになった。そしてカイルとローゼンバウムの後ろにはジョシュア・ジミンスキーが居た。

この時ジミンスキーが空に向けて発砲。後ろから銃声が聞こえたため振り向いたカイルが観たものは、カイルにおそいかかろうとしていたローゼンバウムだった。

マックギニスはこの時の模様を詳細に証言している。ローゼンバウムは全速力で走っていた。カイルは必死に駐車場の端の方に向かって逃げながら「フレンドリー、フレンドリー、フレンドリー」と叫んでいた。しかしローゼンバウムはカイル君の訴えを無視して追いかけた。この時カイルは退きながらローゼンバウムの方を向いた。カイルが持っているライフルはローゼンバウムには見えていたはずだがそれでも彼は怯まなかった。

ローゼンバウムはかがんでカイルに襲い掛かりカイルから銃を取り上げようとした、その時カイルはローゼンバウムに向かって4発発砲。致命傷となった弾はかがみこんだローゼンバウムの背中に当たった。検察側はそれをもってして、カイル君がローゼンバウムを後ろから撃ったとマックギニスに言わせようとしたがマックギニスは頑としてそれを拒んだ。

検察:あなたはローゼンバムさんの真後ろに居たのですね。

マックギニス:リッテンハウスさんが振り返って、ローゼンバウムさんがリッテンハウスさんに飛び掛かってライフルの先の方を掴もうとしたので、すこし位置を変えました。

(略)

検察:あなたは今ここでローゼンバウムさんが何を考えていたか解りませんよね。

マックギニス:発砲があった時ですか?

検察:そうです。いやいつでもいいです。あなたはローゼンバウムさんが何を考えていたか全くわかりませんよね。(略)

マックギニス:ローゼンバウムさんと話したことはありません。そういう意味なら。

検察:ということは、あの時ローゼンバウムさんがなにをしようとしていたのか、あなたの解釈は完全に想像ですよね。

マックギニス:ただ、彼がファックユーと叫んで銃に手をかけようとしたので、、

マックギニスは検察側の証人であるにもかかわらず、検察側はまるで弁護側の証人を尋問するような質問を何度もした。「被告はローゼンバウムさんが転ぶところを撃ったんですね?」「いいぇ、転んだのではなく飛び掛かったのです」という会話が何度か繰り返され、いい加減裁判長が中に割って入った。

リチャード・マックギニス

ライアン・バルチは元陸軍歩兵でカイル君と一緒にカーソースという知人のビジネス警護にあたっていた男性。カイル君は17歳の少年であるのに比べ、彼は元軍人としてアフガニスタンやイラクに出動したこともあり、何万回とARライフルを撃った経験のある男性だ。しかもバルチはライフル射撃競技にも参加しており、常にライフルを使っている。

この人も検察側の証人なのだが、なぜか弁護側に都合のいい証言ばかりしてしまった。

例えば、バルチは防弾チョッキを着てAR-15ライフルとグロックピストルを携帯していたが、彼やカイル君のように武装した民間人が警護に当たっていただけで、前日に起きたような暴動を防ぐことができたと言う。つまりカイル君が銃を持ってケノーシャに居たのは地域のためになったのであり、人殺しのためにカイル君がケノーシャまでやってきたという印象が壊れてしまったのだ。

バルチのカイル君に対する印象も好感度の高いもので、怪我をしている人は誰でも助けようとしていた。ただ、その風貌や年齢から暴徒の攻撃の対象になりやすかったかもしれないと語る。大してローゼンバムに関する印象はというと、彼は常に攻撃的で暴力的な態度を取っていたという。現にデモに参加していた他の人たちから、ローゼンバウムは彼らの仲間ではないと言われたという。

検察側にとって致命的な証言となったのは、バルチがローゼンバウムがバルチとカイル君の二人に迫ってきてバルチに顔をつけんばかりに近づき大声で「今夜また顔を合わせたらぶっ殺してやる!」と叫んだことである。ローゼンバウムがこの脅迫をしたその数分後に、ローゼンバウムはカイル君を全速力で追いかけることになるのだ。カイル君が命の危険を感じたのも無理はないと思わないか?

カイル・リッテンハウス

ライアン・バルチ

ブランカは結論として、三日目の証言で検察側は自分たちの立場を返って弱めてしまったという。四日目のリポートもあるが、特に検察側の説が強くなるような証言は全くなかったそうだ。陪審員に偏見さえなければカイル君は無罪放免になるべきではあるが、この陪審員というのが曲者なのだ。

ま、それに関してはまた新しい情報が入ってくるまで待つとしよう。

今日はこのへんで終わりにしておく。


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映画撮影現場で起きた銃による死亡事故、アンチガンとアファーマティブアクションが原因か?

先月、俳優のアレック・ボールドウィン主演・プロデューサーの映画「ラスト」の撮影セットで、ボールドウィンが発砲した弾に撃たれてシネマトグラファーの女性ハリナ・ハッチンスさん42歳が死亡、監督のジョール・スーザ氏が怪我をするという事故が起きた。

当初の報道ではボールドウィンが撃ったのは小道具の銃ということだったが、後に銃は本物で銃弾が入っていたことが解った。ボールドウィンは助監督から銃を渡され、銃には弾は入っていないと言われたのを信じたという。

ボールドウィンは極左翼で一般市民の銃所持に大反対の立場にある。それで彼自身、銃の扱いかたについて完全に無知だったのかもしれない。しかし、たとえそうであったとしてもプロデューサーとして現場での安全確保は彼にも非常な責任がある。

この事故は、もしも銃を扱ったすべての人がガンセイフティールール(安全に銃を扱う規則)を守っていれば、絶対に起き得ない事故であった。

私は銃取り扱いのプロではないが、自衛のために銃を購入した時、撃ち方と取り扱いの授業を受けた。もうだいぶ昔のことなので色々忘れていることもあるが、この事故について、素人の私でもおかしいと思う点がいくつもある。

第一に、何故映画セットに実弾の入った本物の銃があったのかということ。当初、小道具の銃が使われたと報道されていたが、小道具の銃は弾をうつことは不可能なので話を聞いた時からおかしいと思っていた。映画セットで銃を扱う責任者のことを英語ではArmourerと呼ぶそうだが、ここでは武器担当者と呼ぶ。そのプロのインタビューをいくつか聞いたところ、映画セットで本物の銃が使われることは先ずないとのことなので、何故この映画セットに本物の銃があったのか非常に不思議である。

第二に、よしんば本物の銃が使われることがあったとしても、担当者が銃の安全性を先ず確認すべきであり、銃が完全に安全な状態にあると確認してから俳優に直接渡すのが基本であるのに、担当者がチェックをしなかったのは何故なのか?

第三に、この現場では担当者ではなく、助監督が銃をボールドウィンに渡したという。銃は担当者が直接俳優に渡すべきであり他の人間が扱ってはいけないことになっている。何故銃砲責任者の担当者ではなく助監督が銃をあつかったのか、この時いったい担当者は何をやっていたのだ?

ではここで、銃の安全な扱い方基本四事項をおさらいしよう。

  1. すべての銃に実弾が入っているものとして扱う。たとえ他人が弾は入っていないと保証したとしても必ず自分で確認すること。
  2. 破壊する気のない物体には、決して銃口を向けてはならない。たとえ弾が入っていなくても絶対に銃砲を人や動物やその他の物体に向けてはいけない。
  3. 撃つと決めた標的に狙いが定まるまで引き金に指をかけてはいけない。
  4. 標的とその後ろに何があるかを確かめること。これは射撃をする際にも自衛の際にも大事な注意事項だ。

お分かりのように、ボールドウィンはこの最初の二事項を完全に怠っていたことが解る。彼は常に人々が銃を所持することを反対しているため、きちんと扱わなければ銃がどれほど危険であるかということ知らないのかもしれない。

1.ボールドウィンは最初に助監督から銃を渡された時に弾は入っていない「コールドガン」だと言われたという。たとえそれが本当だとしても、渡されたボールドウィン自身が自分でそれを確かめる責任がある。この映画は西部劇なので渡された銃はリボルバーだろう。リボルバーは弾が入っているかどうかチェックするのは非常に簡単。さっと見て弾が入っていないくても、銃砲に弾が残っている可能性を考えて、一度地面に向かって引き金を引いてみれば確認は出来る。もしもやり方が解らなければ銃を渡した人に見せてもらえばよかったのだ。

2.映画撮影の現場でも直接銃を人に向けることはあり得ない。たとえ相手役を殺す設定になっていたとしも、カメラの角度を調整すれば、実際に相手に向けているように撮ることが出来るからだ。シネマトグラファーがこの銃がたとえコールドガンだと思っていたとしても、自分に向けて撃てなどと言うはずはないので、ボールドウィンは故意に ハッチンス に向けて撃ったとしか思えない。完全にノーノーである。

もしもボールドウィンが1と2のどちらかだけでも守っていたらこの事故は起こらなかったのだということがお分かりいただけたと思う。

このような事件が起きる背景には二つの要素が考えられる。先ずボールドウィン自身がアンタイガンと言ってアメリカの憲法補正案第二条で保証されている一般市民が銃を所持する権利に大反対な活動家であるということ。銃砲所持の権利を信じているプロガンの人たちは、自分らが銃をしょっちゅう扱っているため、銃が人を殺すのではなく人が人を殺すのだということを弁えている。つまり銃は単なる道具であり、使い方次第で危険にもなれば安全にもなる。プロガンはその点を弁えているため銃の取り扱いには非常に神経質になるのだ。

しかし普段から銃は危ない危ないと言っているひとたちに限って、銃取り扱いに無頓着である。机の上に乗ってる銃が突然ひとりでに弾を打つなんてことはあり得ないが、実弾が入っている銃を人に向けたりしたら危ないのは当たり前だ。

第二に、これはアファーマティブアクションが問題だとする人がいる。実はこの映画の武器担当者は25歳のハンナ・グティレズ・リードさん(Hannah Gutierrez-Reed)。実はこの女性、映画はこれで二作目。しかも前作でも予告なしに銃を発砲して主役のニコラス・ケイジが怒ってセットから立ち去るという失態を犯している。

なぜこんな未経験な若い女性が高予算の大型映画で銃砲取り扱いの責任者になれたのか。彼女は父親がベテランの担当者だったというから、コネで雇われた可能性は大きい。だが、それ以上に彼女が女性であるということが決めてになっているようだ。

ハリウッドは最近、ディバーシティといって人種や性別で多様な人たちを配役及びスタッフに起用しなければならないという規則を作った。そのせいで経験も技術も伴わない人たちが、マイノリティー枠で雇われるというアファーマティブアクションが横行しているのである。そうでなければこんな若くて未経験な女性が単にコネがあるというだけで、こんな重要な責任を任せられるはずがない。

私は彼女が若い未経験な女性であることがこの事故が起きる大きな要素となっていると思う。これは完全に私の想像だが、こんなシーンが思い浮かぶ。

監督:(助監督に向かって)おい、銃はどうした、なんでアレックは銃をもってないんだ?

助監督:は、まだ銃のチェックが終わってないんで。

監督:さっさとやれよ、早く持ってこい!

助監督:はい、(ハンナに向かって)おい、なにもたもたやってんだよ、銃のチェックは終わったのかよ。

ハンナ:あ、いえ、その、、

助監督:これいいね、持ってくよ。

ハンナ:あ、それはまだチェックが、、

ハリウッドでは完全に新米。それに若くて女性。監督から命令うけてる助監督には逆らえないという気持ちが働いたとしても不思議ではない。もしもこれがハンナのお父さんのようなベテランなら、

担当者:うるせい、安全チェックが終わるまで待ってろと監督さんに言え。

助監督:これいいね、持ってくよ

担当者 :触るな!俺がいいって言うまで誰にも触らせねえ。それは俺の銃だ。チェックが終わったら俺が直接もっていくから待ってろと監督さんに言ってこい!

てな具合になったはずだ。経験豊富なその道のプロが言うことなら、監督もしぶしぶでも彼の言うことをきいたことだろう。何しろ安全にかかわることだから。しかし、未経験な若い女性の言うことを監督やその他のスタッフが聞いただろうか?いや、ちゃんと言えば聞いたかもしれないが、そこは若い女性、監督に怒鳴られるのが怖くて、ちゃんと言えなかったのかもしれない。

ハリウッドは表向きはどうでも、実はものすごい男尊女卑な社会。だからこそアファーマティブアクションなんてものが必要になったわけだが、それでも女性というだけで無能な人材を大事な部署に就ければ、こういう事故が起きるのは当たり前といえば当たり前である。現にこの現場では安全性が保たれていないとしてスタッフが一時ストライキを起こすという事件も起きていた。

前の職場でも失態をおこし、今回の現場でも色々苦情が出ていた人間を、そのまま雇っていたプロデューサーのボールドウィンにも非常な責任がある。


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白雪姫と人魚姫を黒人女優が演じるのはいいのか?白人が他人種演じた例なんていくらもあるじゃん!

ディズニーは同社のアニメ映画をどんどん実写化して金儲けを企んでいるが、なんかもう焼き直しばっかりでつまらないというのが私の感想。アニメの名作はそのままにしておいて、もっとオリジナルの映画を作ればいいのにと思うがリメイクの方が簡単で金になるという最近のディズニーの姿勢は怠慢すぎる。しかも、最新作の白雪姫と人魚姫のどちらも黒人が演じるという話を聞いて、もうやめてくれよと思った。映画界が「だいばあしてぃ」を重んじるのは解るが、なんでもかんでも有色人種にすればいいってもんじゃないだろう。それでも黒人が主役というオリジナルの作品を作るならまだしも、伝統的に白人キャラクターを無理やり黒人にやらせるのはいい加減やめてほしい。

これに関して、いや、ハリウッド映画では白人が有色人種の役を演じたことなんていくらもあるじゃないか。その時誰も文句など言わなかったのに、黒人が白人の役を演じたら文句をいうのは人種差別だあ!という意見もある。白人が異人種を演じてもいいのに黒人が白人役をやって何が悪い?という理屈はわからんでもないのだが、どうもしっくりこない。

そこで私は白人が異人種を演じた場合のパターンをいくつか考えてみた

1)白人がメイクなどで異人種に見えるようにして演じる場合

かなり古いところになるとワーナー・オランドによる中国人名探偵チャーリー・チャン(1940年代)、ジョン・ウエインのモンゴル人のジンギスカンやマーロン・ブランドやミッキー・ルーニーによる日本人役(1950年代)などがある。

古い映画だと、メイクアップの技術があまりよくないせいもあり、白人俳優はどうみてもその役柄の人種には見えない。なぜその人種の役者を起用しなかったのかといえば、単純に当時のハリウッドで少数民族で観客を惹きつけるだけの大物俳優は存在しなかったからだ。今と違って当時の社会はかなり人種差別がひどかったから、白人俳優でもイタリア出身だったりすると名前をイギリス風に変えたりしていたくらいだ。観客も大物俳優が出ていれば、その役柄が中国人だろうがモンゴル人だろうが大して気にはしていなかったのだろう。

もう少し後になると、イギリスの名優ピーター・セラーズ(1960年代)やアレック・ギネスがインド人を演じた(1980年代)こともあった。この二人の場合はメイクが物凄くよくて、特にギネスの場合、私は本当にインド人が演じていると思うくらいだった。二人とも演技が非常にうまいため、全く違和感を持たなかった。

2)有色人種のキャラクターが白人に書き換えられている場合

一番普通に起きるのは、キャラクターの人種は特に話に影響しないため、アメリカ観客に合わせてキャラクターの人種を台本の段階で書き換えるという場合だ。最近だとゴーストインザシェルのスカーレット・ジョンソンなどがこれにあたる。

この場合、主役が何人であろうと映画の筋に特に問題はないので、白人人気俳優を起用したい場合には理解出来るやり方だ。これがもしラストサムライに出てくる主要人物が全員白人とかだったらかなり問題だが。

白人が異人種を演じても問題なかったのか?

まず上記の1)のパターンはずっと昔の話だ。当時の観客が苦情を述べなかったから誰も違和感を持っていなかったのかと言えば多分そんなことはないだろう。特に中国系アメリカ人はこれらの映画をみて「ありゃどうみても中国人じゃないっしょ、あんなアクセントあり得ないし」とか思っていたことだろう。しかし、少なくともチャーリー・チャンの場合はチャーリー自身は白人男優だったが、彼の息子や娘役は東洋系俳優が演じていた。当時の映画で東洋系俳優が主要な役でハリウッド映画に出演すること自体が珍しかったので、あれはあれでかなり画期的なことだった。

それに、今もしこれらの映画を作ったとしたら、これらの役に東洋系俳優が起用されることは先ず間違いない。東洋人を実際に見たことのない人がほとんどだった当時のアメリカと、ごく普通に東洋人に接するようになった現代のアメリカとではまるで事情が違うからだ。

2)のパターンは、原作のキャラクターの人種が異人種でも映画のキャラクターは白人なので全く問題はない。

伝統をわざと破壊する配役

では何故白雪姫や人魚姫を異人種が演じることに違和感を覚えるのかというと、これらのキャラクターは何百年も世界的に親しまれてきたキャラクターであり、ディズニーによるオリジナルアニメ映画の成功により、多くの観客の頭のなかにこれらのお姫様たちのイメージが完全に出来上がってしまっているからだ。

ディズニーランドに行ってみれば、それぞれのキャラを演じるキャストさんたちも、アニメのイメージそっくりの人たちばかりである。東京ディズニーランドでも上海ディズニーランドでもキャストさんんたちはみなそれぞれのキャラクターに沿った人種の人が演じている。よしんば黒人キャストが白雪姫やアリエルの恰好をしたとしても、子供たちは絶対に彼女たちをそれぞれのお姫様たちとして受け入れることは出来ないだろう。

問題なのはこれらの役柄を黒人俳優が演じているということではなく、長年にわたって人々に親しまれてきたキャラクターのイメージをわざわざ破壊するような配役をしているということにある。もしもこれが全く新しいおとぎ話で、主役がどんな人なのか人々の頭のなかでイメージされていないキャラクターなら誰が演じようとかまわない。

聞いた話によると人魚姫のほうは元のデンマークではなく、キャラビアンを舞台にするらしいので、オリジナルアニメのイメージを完全に捨てて新しい映画として観る分には大丈夫かもしれない。だが白雪姫に限ってはお断りする。色が白くない白雪姫なんてありえないからだ。ついでに小人たちはNBAの選手たちにでも演じてもらえばいい。


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