女子スポーツにトランスジェンダーの未来はあるのか?

本日は女子スポーツにおけるトランスジェンダーの立ち位置についてワシントンポストの記事から読んでみたい。現在オリンピックでは、自称女の男子選手が女子スポーツに参加するためには、男性ホルモンであるテスタストロンの数値を女子と同程度に一年以上保ってきた男子に限るという規定がある。私は二次性徴期を超えた成人男子のテスタストロン数値などいくら低くしても女子と平等に競争など出来ないと考えているが、トランス活動家たちはその条件すらもトランス選手に対して不公平だという主張をしている。

先日国際女子スポーツデイに、1972年に女子スポーツの地位向上のためにタイトルIXという規則を設立した女性達が中心となって女子スポーツ方針研究会(the Women’s Sports Policy Working Group)が、どのようにトランス選手を女子競技に参加させるかという妥協案を提出した。その案とは、高校生以上の競技において男子が女子競技に参加するためにはテスタストロン数値を一定に一年以上保っている男子に限り、それが出来てないトランス選手は別枠の競技に参加すべきというもの。これは、男子はどんな場合でも女子競技には参加できないという意見と、トランス女は無条件で女子競技に参加すべきという二つの意見の妥協案として出された苦肉の策である。私から言わせれば、そんな妥協策は全く意味がないと思うが、それでもトランス活動家たちからは、この提案ですらトランスフォビックだという苦情が殺到している。

しかし活動家の一部はこの提案は良識あるものとしながらも、研究会の女性達はこの方針が何百というトランスジェンダー選手の人生にどのような影響を及ぼすか真剣に考えているのだろうかと疑問を提じていると言う。

ちょっと待った!それをいうなら全国各地の何万という女子選手にどのような影響を及ぼすかを考えるのが先決なのでは?私個人としてはこの研究会の妥協案はナンセンスだと思う。こんなことをしてみてもトランス活動家から女子スポーツを救うことは出来ない。活動家とは一歩でも妥協すればすべてを取られてしまう。

実は私は知らなかったのだが、2010年からすでに大学生の女子競技に男子が参加するためには前記の条件を満たす必要があった。しかし高校生選手はホルモン治療を未成年に施すのは健康に害があると言う理由で社会的に女子として暮らし始めれば女子競技に参加できるということになっていた。(信じられない!)つまり今回の妥協案は高校生でも成人男子と同じ規則を当てはめるべきだというものだ。

しかしこれらの規則は州によって施行の仕方がまちまちである。今現在、最近新しく加わった四つの州を含め12の州でトランス参加は全面的に禁じられている。九つの州で無方針、そして19の州で無制限となっている。無制限ということは男子が自分が女子だと言い張れば女子競技に参加できるという意味だ。10年も前からこんな状態だったのに、今まで特に問題になってこなかった理由は、トランス選手の数はごく僅かであり、参加者がいたとしても上位成績を上げる自称女の男子が居なかったせいだろう。

だが数年前、コネティカット州で二人の男子が女子競技で何種目も出一位二位を独占するという事態が生じ、この問題は一気に水面上に浮上した。そのうちの一人テリー・ミラーは男子として陸上競技に参加していた時は上位競技に参加できないほど成績の悪い三流選手だったが、2018年に女だとカムアウトした途端にコ州の5つの選手権で優勝。次の年には州内選手権四つ、ニューイングランド選手権で二つ優勝という快挙?を遂げた。このことで入賞を拒まれた三人の女子選手たちが州を相手取って訴訟を起こしたことは、拙ブログでも紹介した通りだ。

テキサスサウスウエスタン医学大学の心臓学専門ベンジャミン・レビーン教授によれば、第二次性徴期を通過した男子が女子よりも運動能力が優越であることは疑いのない事実だと語る。この時期男子は女子よりも背が伸び骨格や筋肉密度が増え心臓も大きくなる。ま、いまさら専門家にそんなことを言われなくても、思春期を過ぎた男性が肉体的に女性より優れていることは誰もが知っている常識だ。だからこそスポーツは男女に分かれているのだ。

さて、これに対して活動家がどのような反論をしているのか、ツイッターで井谷さんと言う人が要約してくれているので引用させてもらおう。「このトランス選手に関する記事は、色々重要な点を挙げている。あえて3点選ぶとすれば:テストステロンに関連する「身体的優位性」を強調する人は、」

  1. トランスの若者が日々経験する社会的不利性を考慮していない(スポーツはホルモンだけの勝負ではない)
  2. トランスの女子選手が活躍したことでシスジェンダー女子選手がスポーツ奨学金やスポーツする機会を失ったケースは報告されいない(逆にコネチカットで活躍したMillerもYearwoodも大学に進むためのスポーツ奨学金を得ていないし、二人とも高校卒業後は陸上もやめてしまった)。
  3. 肯定的なトランスケアについての研究は、医学的トランジションを始める前に、一定期間性自認に従った性別で社会的に生活することでメンタルヘルスの問題を大幅に軽減できること、その中で社会から性自認を否定されないことが重要であることを示している。

ところで別の研究で、成人した男子のテスタストロン分泌を下げてみても女性と平等に競争できるほど運動能力が衰えるという確固たる結論は出ていない。男性同士で競争した場合にはテスタストロンレベルが低くなれば明らかに不利ではあるが、女子と競争した場合はすでに二次性徴期で得た優位性を取り除くことは出来ないからだ。反対派はいみじくもスポーツはホルモンだけの勝負ではないと言っているが、今現在のホルモン分泌量が問題なのではなく、ホルモンが個人の成長にどのように役に立ってきたかが問題なのである。

さて、この三つの反論には大きな問題がある。

先ず第一に、トランス若者に関わらず、若者はそれぞれ家庭環境や経済環境など別々の環境に置かれている。家が裕福で通う学校には施設も整っており優秀なコーチもいる家庭もあれば、地方出身であるものは自分と運動靴のみという子供もいるだろう。オリンピックなどアフリカの荒野で走ってるだけの選手とエリート教育を受けた西欧の選手とが真っ向からぶつかり合って優勝したりしている。背景がどうあれ、能力のある選手が公平な場所で競争するのがスポーツのだいご味というものではないのか?そんなことまでが競争の考慮に入れられたらスポーツなんか何の意味もなくなる。

第二に、今のところトランス選手が女子の奨学金を奪ったケースはないというだけで、今後何の制限もなく男子が女子競技に参加できるとなれば、学力で大学に行かれない三流男子が女子として奨学金をもらって大学に行く可能性は出てくる。今がどうのこうのではなく、今後のことを考えるべきなのだ。

第三は、トランスケアと女子スポーツとどういう関係があるというのか、トランスジェンダーの精神治療などに女子スポーツが付き合わされる言われはない。どこか他所でやってもらいたい。

考えても見てほしい。トランスジェンダー活動家たちは二次性徴期を通過した男子をそのまま女子スポーツに参加させろと主張しているのだ。以前にアメリカのオリンピックサッカーチームが高校生男子チームに惨敗したという話がある。一流エリート選手を簡単に負かすことが出来る男子選手をそのまま女子と競争させることがどれほど不公平であるか、そんなことを今更議論しなければならないことの方が異常だ。

だから何度も言っている通り、トランス活動家との妥協などありえない。トランスジェンダーを女子スポーツに受け入れるのか入れないのか、答えは二つに一つしかないのだ。

本題はトランスジェンダースポーツの未来ではなく、女子スポーツの未来がどうなるのか、我々は選ばなければならないのだ。


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ありのままの自分でいいなら何故性別に拘るの?矛盾する性別拒否運動家の理屈

最近こんな記事を見つけた。FTM・ゲイのあるべき姿なんてない。髪型も服装も内面もぜんぶ自由でいい。彼女は幼い頃から女の子という枠には当てはまらない子だった。おもちゃは男の子ものがすきだった。男子に魅力は感じるものの、中身ではなく見かけの可愛さだけで評価されるのが嫌だった。女の子という着ぐるみを剥ぎたかったと言う。だからなに?こんなこと記事にする価値あるの?というのが私の感想。

先日もツイッターでこんなのも読んだ。

「なぜ、LGBTQ +の人たちの多くが”普通”という言葉を嫌うのか それは、これまで散々”普通”という固定概念に社会から縛られ、”異常”だと認識されることを恐れて生きてきたから。 “女の子なんだから” “普通はこうであるべきだよ” “変だよ” などと、くだらない普通という概念で傷つけられてきた。」水無瀬 新@arata_minase

この人たちに共通してる点は自分たちの体験が特別だと思い込んでいることだ。

確かに女性だからこうでなくてはならないとか、女性は容姿で判断してもよいといった偏見は女性に対し正当ではない。だがそうした偏見はLGBTQ+の人たちのみに向けられる偏見ではない。それ以上に社会が決めたステレオタイプに当てはまらないから自分はその属性に属さないのだという考え方のほうが、かえって社会が決めたステレオタイプを強化することになる。

私は思春期に自分が女性として成長していくことに違和感を持っていた。自分の身体は軟弱で情けないと思った。小学校の頃は同世代の子たちより背が高く肩幅も広かったので、よく男の子に間違えられた。そしてそのことに少なからぬ優越感を持っていたのに、思春期になったらどんどん女性の身体に変わっていくのが嫌だった。自我に目覚め始めた思春期では男の子に憧れるあまり、自分が男の子だったらよかったのにと思ったことは何度もあった。

この頃の私は自分が嫌いだった。女の子だからどうのこうのということではなく、自分には全く価値がないと思い始めていたのだ。大人になった今から思えば、自我に目覚めたばかりの子供に社会的価値などまだあるはずがない。そのことに気付ければよかったのだが、そこが子供。そこまではまだ考えが回らない。それでかなりの鬱状態になり、拒食症になって自殺願望が強まった。

しかし幸運なことに私が育ったのは昭和時代。いまみたいにLGBTなんておかしな概念に子供たちが犯されていない時代だ。そしてさらに幸運なことに私はかなり精神力があったらしく、年と共にそんな気持ちも薄れ健康な高校生へと成長した。もし私が今の時代に中学生だったら、どんな恐ろしい考えに感化されていたか考えただけでも恐ろしい。

ところで先のツイッターを書いた人はまだ高校2年生だとプロフィールに書かれていた。だから自分に起きてることが特別なんだと思い込んでもしかたない年齢かもしれない。だからこそよけいに変な考えにきを惑わされずに「普通でないからなんだって言うの?私は私よ、文句ある?」と言い返せるくらい強くなってほしい。そうすればトランスジェンダーになんかならなくても済むんだから。


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何故アンティファには自称トランスジェンダーが多いのか

アンティファをずっと追っている独立ジャーナリストのアンティ―・ノーは、逮捕されたアンティファメンバーの逮捕時の顔をツイートで公表している。下記などは典型だ。

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聡明なる読者諸氏はもうお気づきだろうが、ほとんどが白人であることと、変な化粧をした男たちが結構いるということだ。先日も、幼児への第二次性徴を阻止するホルモン投与に反対するサインを掲げていた男性がアンティファメンバーに襲われ腕を折るという事件が発生した。男性は以前にもアンティファから襲われたことがあり、その時は反撃して反対に逮捕されたので今回は反撃しなかったと言っていた。実際にアンティファメンバーとして逮捕された人間のなかにはやたらにトランスジェンダーを名乗る人間が多い。特に女性から男性ではなく、男性なのに女性を自認しているという男たちが非常に多いのだ。いったいアンティファとトランスジェンダーとはどういう関係にあるのだろうか?

最近の欧米ではデイブ・ルービンのいう犠牲者競争が行われている。差別の対象となっているとか、世の中で犠牲者とされている少数派になればなるほど犠牲者度合いは高く評価され社会的地位が上がるのである。生まれながらにして被差別対象になっているとされる少数民族である黒人やラテン系、女性などは犠牲者度合いが必然的に高くなるが、最近は同性愛者の度合いも高い。少数民族でもなぜか東洋人やユダヤ系はこの度合いはかなり低い。しかし何と言っても犠牲者度合いが一番低いのは白人で異性愛者の男性である。彼らは生まれながらに「特権階級」であり、性嗜好も多数派だから差別の対象にはなり得ないという理屈からだ。そんな白人異性愛男性が被差別者となるためには、なにかしら新しいカテゴリーを作る必要があった。その恰好の手段がトランスジェンダー概念である。トランスジェンダーは生まれながらの属性とは無関係だし、同性愛者と違って性嗜好も変える必要がない。単に本人が女性と自認していると言いさえすれば、実際に彼が少数派に所属しているかどうかは関係なく突如として犠牲者トーテンポールの最下位から最上位に登れるのである。こんな便利な概念が他にあるだろうか?

アンティファとトランスジェンダーの共通点は、相手の言うことをまるで聞かず、自分の要求を全面的に相手に強要するという点だ。自分を反ファシストとかトランスジェンダーだと名乗りさえすれば、どんな横暴をも押し通せるとなったら、厚化粧も女装もなんのそのである。

常識ある人々は以前から男性体の人間を女性空間に入れてはならないと強く言ってきた。当初は我々一般人には女装男性が実際にトランスジェンダーなのかただの女装変態痴漢男なのかわからないからだという意見だった。しかし私はもうだいぶ前から女装してまで女装空間に入ってくるような人は大半が変態で痴漢目当てだと確信するようになった。少しでもトランスジェンダーの要求に疑問を呈する女性に対し性的で暴力的な罵倒を浴びせかける自称トランスジェンダーたちを見ていると、トランスジェンダーを名乗るほとんどの男たちは性同一性障害に病む人々ではなく、単に女を弾圧したいだけのただの変態だと思うようになった。


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トランスジェンダー正常化への第一歩、同性婚の合法化

あ~あ、ついに日本にもこの忌まわしい時が来てしまったか。日本でも同性婚を巡って既存の憲法が同性婚を禁じているかどうかを裁く裁判の第一審判決が明日行われるという。私はアメリカの同性婚裁判の頃からずっと口を酸っぱくして言ってきたが、同性婚は文明社会を破壊する。もし日本が欧米での間違いから学んでくれるのなら、どうか日本では同性婚を合法にしないでいただきたい。

同性婚推進者は常に「同性同士が結婚したからと言ってあなたがたの生活にどんな支障を来すと言うのか」と言い続けてきた。その時我々反対派は、同性婚を認めれば他の形の結婚も認めなければならなくなる、これはスリッパリースロープ(滑りやすい坂)だ。と反論してきた。スリッパリースロープとは日本風に言うなら「堰が切れたように」とでも意訳することができるだろうか。つまり一度堰が切れた後水がどっと流れ込んでくるように、一夫一婦制に例外を作ったら他のものもなだれ込んでくるという意味。当時の我々は同性婚を認めたら一夫多妻婚や近親婚といった違う形の結婚も認めざるおえなくなるのではないかと心配していた。しかし、実際に起きたのはトランスジェンダーの正常化というもっと悪質で危険なものだった。

アイルランドやカナダ住まいの邦人達から聞いた話では、トランス活動家は同性婚というLGB界隈の人々がほぼ全面的に同意できる法案に隠して性自認の許容に関する法律も通してしまったという。アメリカでも平等法に差別の対象にしてはならないという項目に性自認という項目がこっそり加えられ、その法律案が下院を通っている。同性婚とトランスジェンダーとどういう関係があるのか私にも理解できないのだが、同性婚の次はトランスジェンダーの正常化だということは、欧米の例を見ていれば明らかである。

さて、それでは日本版ハフポストに掲載された同性婚裁判の詳細から読んでみた。この裁判の争点は二つある。

  1. 同性同士が結婚出来ない法律は結婚の自由や差別禁止を定めた憲法に違反する。
  2. 「結婚の自由」や「法の下の平等」を定めた憲法に違反する法律を、国が放置しているのは違法である。

これについては以前にも書いたので興味のある方はそちらを読んでいただきたいのだが、私は当時このように結論付けた。

原告側の主張は憲法にどう書かれていたとしても、当初の想定がどのようなものであったとしても、同性結婚を含まない解釈は時代おくれだから解釈を変えるべきなのだ、そうしないのは違憲なのだというもの。

しかしだったら何故同性婚推進者は憲法そのものが時代おくれなのだから憲法改正をすべきだと主張しないのだろうか?何故わざわざプレッツエルのように条文をねじ負けて解釈させようとするのか?

その答えは簡単だ。憲法改正となれば議会での議論が必要。そのためには一般国民の支持と理解も必要。多くの人が同性婚の是非について語り始めれば多くの人が反対意見にも耳を傾けることになり、ホモフォブ!レイシスト!と騒いでるだけでは国民を納得させることなど出来なくなるからだ。

同性婚推進者に確固たる理念があるならまだしも、単に「時代遅れだから」「欧米ではやってるから」というだけでは憲法改正は望めない。

その点訴訟をおこせば、同性婚の合法性を決めるのは裁判官だけ。リベラルな判事にかかれば国民の意志など完全無視であっという間に同性婚が合法になる。推進者たちの狙いはここにある。

同性婚の合法化によって性という定義があいまいになってしまった欧米の恐ろしい間違いから日本もぜひ学んでほしい。裁判による同性婚の合法化は反則だ。どうか裁判所は正しい判決を出してくれますように。


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起こるべきして起きた米ボーイスカウトの破産宣告

先日ボーイスカウトは性虐待に関する多数の訴訟の賠償金を払いきれず破産宣告をした。下記はニューズウィークの記事より。

ボーイスカウトアメリカ連盟は、過去の性的虐待に関する数百件の賠償訴訟によって巨額の賠償の支払いに直面する見通しとなったことから、18日に破産申請を行った。

デラウェア州の裁判所に提出された破産申請によると、連盟の負債は10億ドルという膨大な金額に上り、連盟の資産は100億ドルとされている。

創設から100年以上の歴史を誇り、現在も200万人の青少年メンバーを抱える連盟は、全国で次々に提訴される賠償訴訟を受けて、2018年12月から破産申請の準備を進めていた。 今後は破産保護のもとですべての訴訟を統合して和解交渉に入り、最終的に一括の和解合意を目指すと見られている。 (略)

連盟のジム・ターリー全国議長は破産申請に際して、「連盟は(被害者の)皆さんを信じているし、必ず賠償に応じる。皆さんと家族にカウンセリングを提供するプログラムも用意している」と、被害者と家族に呼び掛けた。被害者への賠償を進めるうえで信頼を維持するために破産を宣言した、とターリーは話している。

私は知らなかったのだが、カリフォルニアをはじめ幾つかの州で一時的に性虐待犯罪の時効を停止し、何十年前の犯罪でも民事裁判を起こしても良いという法律が通ったという。それで1944年から何十年にもわたるスカウトマスター(指導員)による男児への虐待をさかのぼって訴えることが出来るようになったということだ。

実は私もミスター苺も米ボーイスカウト(BSA)が性虐待の訴訟によって壊滅するであろうことは10年前に予測していた。当時からBSA内における大人による男児への性虐待は問題になっていたが、それに加えて左翼連中から同性愛者をBSAに入隊させろという圧力が非常に強くかかっていたからだ。

実はBSAにゲイを入隊させろという訴訟は最高裁判所まで行き、20年前の2000年にBSAの勝利で終わっている(Boy Scouts of America et al. v. Dale)。最高裁はBSAは民間の宗教団体であり親交の自由が保証されており、その方針を変えることで団体の運営に多大なる障害となる場合、特定の人間の入隊を拒むことが出来ると裁断を下したのだ。

ところがその10年後の2010年、今度は過去にスカウトマスターたちによって性虐待を受けたという元隊員たちからBSAを相手取った訴訟が相次いだ。ゲイ隊員を拒絶していてもこういう事件が起きるのであれば、入隊を受け入れたりしたらどんなひどいことになるか、それを懸念してBSAはずっとゲイ入隊を拒んできたのだろう。

しかし残念なことにBSAは2013年にゲイ隊員の入隊を受け入れた。もうこの時から私もミスター苺もこれでボーイスカウトは終わりだと思った。

BSAのピークと言えば1969年、ニール・アームストロング氏が月面に足を踏み入れた年だ。当時のメンバーの数は六百万人。50年後は2百万に減り、ユタのモルモン教支部の脱退でメンバーの数は1/5となってしまった。最近ではメンバーを獲得するためにボーイスカウトの名前をスカウトBSAと変えて女子メンバーを勧誘するまでに落ちぶれてしまった。

いったいどうしてこんなことになってしまったのか? フェデラリスト誌で去年アルフレッド・シーワーズ教授がボーイスカウトは経済的のみならず道徳的にも破産していると書いている。

BSAはもともとキリスト教宗教の道徳観念を根本にして心身ともに健全な男児を育てるという信念で始まった。にも拘わらず、最近ではLGBTQ+概念に汚染され、今年の大会ではコンドームを配るなどという話まで出ているという。そして神への忠誠を誓うという宣誓まで「神」でなく「人間愛」と差し替えられてしまったそうだ。

左翼リベラルは昔からBSAを目の仇にしてきた。神や家族を第一に考える団体は共産主義者たちには目の上のたんこぶだからである。BSAは裁判に勝ったとはいえ、多々の地域でその活動を妨害されてきた。これまで無料で使っていた公園の使用を拒絶されたり、学校での勧誘を禁止されたり、あたかも白人至上主義のネオナチ団体かなにかのような扱いをされてきたのだ。

BSAはそれに耐えて戦ってきたが、結局最後には左翼リベラルがBSA幹部に入り込みBSAの本質を内部から崩壊させることに成功した。BSAはゲイ隊員やリーダーを受け入れ、トランスジェンダーを受け入れ、そして女子まで受け入れた。

変わったのはメンバー構成だけではない。クリスチャンの教えの下に自制心を養うはずが、自己表現こそが美徳と180度変化。男子だけでセックスなど考えずに済む安全な場所であったはずがゲイだのトランスだのコンドームだのとセックスまみれの環境に変化。そしてボーイスカウト特有の厳しい肉体運動までも厳しすぎると優しい活動に変化。これではボーイスカウトの姿かたちも残ってやしない。道理でメンバーが減るわけである。

ボーイスカウトの性虐待やその隠蔽といった性質は決して褒められたものではない。宗教団体と言いながら、そのような悪い因子を許容してきたことに言い逃れは出来ない。しかし今の段階でBSAを訴えてみても被害者に損害賠償が支払われる可能性は低い。

BSA崩壊は左翼たちの陰謀だったとツイッターで書いたら、どこにそんな証拠があるのかと挑戦してきた奴がいた。それはBSAの辿った経過を見れば誰の目にも明なはずだ。左翼たちが執拗なまでに起こした訴訟また訴訟。最後には運営幹部の乗っ取り、BSAは経済的にも道徳的にも破綻してしまったのである。

参考:The Boy Scouts’ Bankruptcy Is Not Just Financial. It’s Moral


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極少数派のトランス活動家が欧米各地の政策に多大なる影響を与える秘訣を発見

以前から書いているように、どうして全人口の0.03%にも及ばない至極少数派のトランスジェンダーが、こうも迅速かつ猛烈に欧米各地で多々の政策に多大なる影響を及ぼしているのか非常に謎である。いつの世にもおかしなことを言う人間はどこにでも居たが、今までなら常識では考えられないようなことを言い出すトランス運動家の要求を政治界や教育界やメディアがすんなりと受け入れて、我々一般庶民に対する悪影響など全くお構いなしに政策を変えてしまうのは何故なのだろうか?

実はその謎を解く書類を発見したと言う記事がザ・スペクテーターに掲載された。ザ・トンプソン・ロイター・ファウンデーションと呼ばれる世界で最大と言われる法律事務所が作成したトランスジェンダーロビー団体のマニュアルにその秘密が隠されているというのだ。

このマニュアルの名前は ‘Only adults? Good practices in legal gender recognition for youth’ (大人だけ?青少年の法律上性別変更の正しいやりかた)で、その内容はいかにして未成年の性別変更を両親や保護者の合意なくして進めていくかというもの。場合によっては子供の性転換を邪魔する親や保護者を法律で罰するように出来る方法なども書かれているという。このマニュアルでは世界中の法律をもとに、どのように政治家に圧力をかければ効果的に政策を変えられるかという指導が書かれているという。

つまり、いかにして法律で子供の教育権利を親から奪い取るかというマニュアルが世界最大の法律事務所で政策され世界最大の慈善事業が応援しているという恐ろしい現実があるのだ。

では、どのようにして合法に両親から教育権利を奪おうというのか、その内容を読んでみると、非常に汚い手口が使われているのが解る。

他の無難な政策に隠れて通してしまう

アイルランド、デンマーク、ノルウェーにおいて法律上性別変更法は結婚平等法の改正というもっと人気のある政策と同時に押し通してしまった。これにより人権を守るという隠れ蓑のもとに、結婚平等のように強く支持されている改正にあまり一般から支持を得られそうもない性別変更を織り込んだ。

この「あまり一般から支持をえらえそうもない」というのは実際に彼らが書いていることで、普通のやり方では一般の支持は得られないので、もっと人気のある改正の陰にかくれてこそこそと通してしまおうという本音が現れている。

不必要に話題になるのを避ける

もうひとつ彼らの本性を現しているアドバイスは、メディアなどでやたらに話題にならないようにこそこそ活動することというのがある。イギリスではジェンダーリコギニッション法(性別確認法)の改正がメディアに大きく取り上げられてしまったため反対意見が増えてしまったという。なるべくメディアに取り上げられないように一般人にしられないように、個々の政治家に働きかけた方が有効であるなどと書かれている。

つまり一般市民は両親の合意もなく未成年の性転換をすることになど全く賛成できないことだと、活動家たちは百も承知なのである。

この記事の著者も書いているが、普通既存の法律や政策を変えようというなら、変えようと提案する方がなるべく多くの人々の理解と賛同を仰ぐものだ。それがなるべく一般人にもメディアにも知られないうちに影でこそこそ押し通してしまおうと、そんなマニュアルまで書いているというのは非常に恐ろしいことだ。

しかしこれによって、何故トランス活動家たちが女性たちによる集会や演説をことごとく妨害するのかがはっきりした。彼らは自分らの本当の目的を誰にも知られたくないのだ。彼らの目的はなるべく多くの人間を、特に若い世代をトランス宗教に洗脳し、あわよくば社会を独裁することにある。今のところ彼らの方法は成功しているように見えるが、多くの人々が彼らのアジェンダに気が付けば気が付くほど、彼らへの支持は減っていくことだろう。

私はこの問題に関しては多少楽観的にみている。それというのも、彼らの要求はあまりにも不自然で理不尽であり、そのやり方は強行で乱暴であるため、一般人が彼らを拒絶する日は近いと考えるからだ。そのためには彼らの本性をなるべく多くに人々の前に晒すことが得策と考える。


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LGBT活動家たちがイスラム教の脅威に無頓着なわけ

アイデンティティーポリティクス(IP)という言葉がある。これは左翼連中がよく使う手だが、人をある属性にはめ込み、その属性に所属する人は誰でも一律の考えを持っているべきという概念だ。しかし人それぞれ色々な考えがあるわけだから、例えその属性に所属していたとしても、別な考えを持つ人も居る。だがIPはそれを完全否定するのだ。

例えば私は女性だが、女性はすべて左翼リベラルであるべきという考えから、私がそうは思わないと言えば、「女性のくせに」とか「自虐的」とか言って批判するのだ。

最近LGB Alliance(LGB同盟)というグループが出来た。このグループはトランス活動家たちと自分たちを切り離したいという考えで発足された。まだフォロワー2000人足らずの零細団体で大して騒ぎ立てるほどではない。しかしながら、もうすでにT活動家から猛烈な攻撃を受けている。活動家たちからすれば、離脱は絶対に許せないといったところだろう。

私がこのグループに関して同情的なツイートをしたところ、アメリカの右翼として誇りを持っている、と自負している私のような人間が何故LGBに同情するのかというコメントが来た。右翼保守は反LGBに違いないという勝手な思い込みである。実はトランスジェンダー方針に関しては、オバマ前大統領が全国の学校区にトランス許容条令を大統領命令で出し、トランプ大統領が即座にその命令を撤回したという展開がある。つまり、トランプ大統領は少なくともこの件に関しては女性の味方をしてくれたわけだ。

LGBTの多くは共和党は反同性愛主義だと思い込んでいるが、そんなことはない。確かにアメリカの右翼保守はユダヤ・キリスト教信者が多く、同性愛は罪と信じている人が多い。しかしだからと言って同性愛行為を違法にしようとか、同性愛者を逮捕して拘留すべきだなどと唱えるような方針は取っていない。無論なかには同性愛行為を違法としたテキサスの法律を取り戻そうと言う人も居るが、誰もそんな法案が再び通るなどと信じていないし、そんなことを選挙運動で掲げたら、まあ先ず支持を得ることは出来ないだろう。保守といえども共和党はそこまで時代遅れではない。

しかしLGBT活動家にそんなことを言っても無駄だ。個人的にホモフォブ(同性愛恐怖症)の保守派を持ち出してきて、これをみろ、あれをみろ、と言ってくる。彼らは共和党や右翼保守はLGBTの共通の敵だということにして、LGBTをまとめる必要があるからである。

この「我々」対「奴ら」の考えが行きすぎるあまり、活動家たちは本当の敵を見ようとしない。いくら福音書キリスト教徒らが同性愛は罪だと思っていても、彼らは同性愛者をすべて狩りたてようなどとは言っていないが、同性愛者は死刑になるべきと言ってはばからない宗教が存在する。しかもこの宗教は政治と宗教は分けるべきという近代文明国の概念とは真っ向から対立し、宗教こそが法律だと主張している。もしこの宗教が政権を握れば、どんなにLGBTが迫害されるか火を見るよりあきらかなはず。本当にLGBTの安全を思慮するのであれば、このような宗教こそ脅威であるとして攻撃すべきだが、活動家たちはそれをしない。何故か?それはこの宗教が彼らが忌み嫌う共和党や右翼保守やユダヤ・キリスト教の敵だからである。

今や民主党の顔となったザ・スクワッドと呼ばれる女性四人組新人下院議員, アレキサンドリア・オカジオ・コーテズ、イルハム・オマル、アヤナ・プレスリー、ラシダ・ティラブのうち三人までが敬虔な平和の宗教家で、四人とも反ユダヤ主義まるだし。にも拘わらず彼女たちの人種差別的発言を下院議長のナンシー・ペロシは批判すら出来ずにいる。

トランプ大統領が就任早々、同性愛者と見なされれば即刻絞首刑にされるような、テロリスト温床国家からの移民を制限すべきとした大統領命令に真っ向から反対したのも民主党。本当にLGBTの安全が大事ならLGBT活動家こそ民主党を糾弾すべきなのだが、このことを指摘すると、イスラム教は反LGBTではない、などと平気な顔をして言う奴が居るから信じられない。しかもイスラム教ギャングに乗っ取られたロンドン住まいだという人間がそういうことを言うのだから驚きである。

今、私はダグラス・マレー著の「ヨーロッパの自死」という本を読み返している。1990年代後半にオランダでイスラム教移民が及ぼす危険をとなえた政治家や映画監督らが、ことごとく被害妄想の人種差別者として糾弾され、主流政治家たちはイスラム教移民の脅威から目を背けた。イスラム批判者たひが次々と左翼やイスラム教徒に暗殺されたりしても目を覚まさなかった。

ロンドンではイスラム教市長の見守るなか、イスラム教ギャングによる単車でのひったくりや、酸攻撃や、ナイフ攻撃でロンドン市民が脅かされている。イギリスにはいくつものシャリア法廷があり、イギリス市民が理不尽な裁断で苦しめられている。にもかかわらず、イギリス住まいのLGBTが彼らの最強の敵はトランプだとか米共和党だと思ってるのだから笑ってしまう。(笑いごとではないが)

もっともこれも当然と言えば当然の成り行きだ。LGBT活動家は実はLGBTのことなどどうでもいいのだ。トランス活動家によるLGB弾圧を見ていればそれは明らかである。彼らの目的は独裁だ。完全なる異論の弾圧だ。だから絶対服従を解くイスラム教に同調しているのだ。

今はいいかもしれない。馬鹿サヨはイスラム教を利用して自分らの独裁政権を実現できると思っているのかもしれない。だがこれまでの状況からみてイスラム教の方がずっと優勢だと思うがね。そうなってから最初の犠牲になるのはLGBT活動家たちなんだが、それが全く分かってないってところが何とも奇妙である。


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女性の意見を無視して行政が先走るトランスジェンダー方針

先日カナダのフェミニスト、メーガン・マーフィーがトランス活動家らの執拗な妨害にあいながらも、やっとの思いでトロントの図書館で講演会を開き、100人余りの観客の前で講演を行った。はっきり言って数年前までフェミニストの講演など当事者以外は誰も注意を払わなかった。女性たちが集まって欧米社会の男尊女卑についてくだらない文句を言いあう会など誰が興味を持ったろう。ところが今回、彼女たちが「女性の安全は守られるべきだ」という極々当たり前の話をしようとした途端、警察が出動して妨害する過激派から女性たちを守らなければならなくなるというおかしな状況が生じた。

私はフェミニストではないし、多分この件以外ではメーガン・マーフィーのような女性とは全く意見は噛み合わないだろうと思う。だが、トランスジェンダーによる女性危機に関しては、私はマーフィーに完全に同意する。

マーフィーにしろ私にしろ、自称トランスジェンダーがプライベートでどんな格好をしようとどんな生き方をしようと、どうぞお好きにやって下さいと思っている。大人が女装しようが整形しようが名前を女子名に変えようが、そんなことは個人の自由だ。私は左翼リベラルの人たちのようにトランスには寛容的ではなく、トランスジェンダーなる概念そのものを認めていない。しかし繰り返すが、彼らが自分をどう思い、どのように暮らすかは私の知ったことではない。

問題になるのは、彼らの暮らし方と私たちの暮らし方が衝突した場合の対処である。圧倒的に数が少ないトランスたちが、圧倒的多数の人々に犠牲を強いるのはおかしい。少数派を無視してもいいとは思わないが、少数派である以上、しかも自分で選んでそうなった以上、多少の不都合は我慢しようとするのが常識というものだ。

それでも、障碍者の人たちが専用施設を多く設けてほしいとか道路や公共施設を障害者が使いやすくなるよう改造してほしいと訴えるように、性移行過程の人が一般のトイレは使いにくいので多目的トイレを増やして欲しいとか、更衣室は個人部屋を用意して欲しいとかいうのであれば我々一般人も特に文句はない。だが、彼らの要求はそんなおとなしいものではないのだ。

トランス活動家は白を黒と認めろと要求する。性器はもとより髭ずらで胸毛やすね毛のある男を本人がそう言いさえすれば女と認めて、女の代名詞で呼び女性専門施設に文句なしに受け入れろという。そしてそれを拒絶したり、いや疑問を提示しただけで職を奪われ社会から疎外され居場所を追われる。こういう言論弾圧を行政が積極的に行っているのだ!

だいたい何故欧米の行政は突然にしてトランス許容方針をとるようになったのだ?

普通公共施設の方針を変えるためには、多くの市民からの要望があってこそではないのか?例えば公衆便所で痴漢が多く発生するので、監視カメラを付けてほしいとか、警備員を巡回させてほしいとか。だがトランス方針に関してはいったい誰が地域のトイレや更衣室に自認のみ女の男性体人間を受け入れるとか、男女共有にすべきだとか、女子刑務所に自称女性の凶悪犯人を移動させるべきだとか訴えたのだ?そしてそれらの訴えに関して行政は地元市民の声に少しでも耳を傾けたのか?特に一番悪影響を受ける女性たちの声を一度でも聞いたのか?

無論答えはノーである。それでもアメリカの場合はまだましな方だ。オバマ前大統領が全国の学校区でトランス許容を実施するよう要請したが、これは憲法違反であり施行効力はなく、多くの州知事がそれに従わなかった。トランプ大統領がこの大統領命令を撤回したため、この方針は強制的ではなくなった。しかしリベラルな州や学校区では許容方針を取り入れたところもある。

イギリスの場合はこうした地域市民との話し合いなど全くなく、行政が方針変換を強行してしまった。それで高校のトイレが新学期になって突然男女共用になったり、女子のスカート着用が禁止されたり、女子シェルターや刑務所で自認のみ変態男が堂々と女性たちを威嚇したり暴行を加えたりできるようになってしまった。

いったい何故こんなことになってしまったんだろう?

特筆すべきは女性の声が全く反映されていないというだけでなく、女性は沈黙に追い込まれているという点だ。一部の男たちだけで人口の半分を占める人々への方針が勝手に早急に決められ、女性には苦情を述べる権利すら与えられていないのだ。

これがフェミニズムを自慢にしてきた欧米の成れの果てなのか?一部の変態上層男に牛耳られる社会。それが欧米なのか?

欧米のフェミニストたちのなかでも目を覚ました女性たち入る。日に日に過激化するトランス活動家たちの要求にゲイやレズビアンたちの間からも苦情が聞かれるようになった。放っといて欲しいだけのトランス当事者からも疑問の声が聞こえてくる。こんな気違い沙汰が何時までも続くわけはない。いずれ社会全体がこの悪夢から目覚めるであろう。

そうなったとき、一番被害を被るのはLGBT界隈の方々かもしれない。LGBの方々は早急にT活動家たちと手を切ったほうが良い。トランス活動家たちとその運命を共にしないように。


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7歳の息子のトランス化を強制される父親 - 単独親権を求めていた陪審員裁判で敗訴

全く信じがたい出来事が起きた。いや、全く常識が通じなくなっている今の世の中では、おこるべくして起きたことなのかもしれない。テキサス州で離婚後7歳の男児の共同親権を得ていた男性が、完全に健康な息子を無理やりトランスジェンダー女子として育てようとしている前妻に抗議し、これは幼児虐待だとして共同親権から自分だけの単独親権を求めて裁判を起こしていた件で、陪審員裁判の結果男性は完全敗訴した。

テキサス州ダラス。2019年10月21日(ライフサイトニュース)- ダラスにおいて陪審員はジェフェリー・ヤンガーに敗訴の判決を下した。彼は7歳の息子ジェームスが「性転換」によって化学的に去勢されるのを防ごうとしていたのだ。これによってジェームスの母で医師のアンヌ・ジョーグラスは息子を「ルナ」とする「性転換」を継続できることとなった。そして息子に対して自由に第二次性徴阻止ブロッカーホルモン及び異性ホルモン投与を行う権限を得たのである。

理不尽なのはこれだけではない。ヤンガー氏にはジェームスが女子であると認めることが強要される、それどころか敬虔なクリスチャンの教えに歯向かうトランスジェンダー理論教室に無理やり通わされることになるのだ。これは完全に幼児虐待であるとともに、ヤンガー氏の宗教の自由への迫害だ。

12人の陪審員のうち11人までもが、母親が無理やり7歳児を性転換させようとしていることに賛同したというのはいったいどういうことなのだろうか?

この話は数か月前から色々話題になっていたが、ヤンガー氏と母親のアンヌはジェームス君の共同親権を持っている。それでジェームス君は母親のアンヌと父親のジェフェリーの間を行ったり来たりして過ごしている。父親のヤンガー氏によれば、前々から家庭裁判所はヤンガー氏にジェームス君が自由に性別を選択できるように、ヤンガー氏の家でも女子用と男子用の服をそろえ、おもちゃも男女両方のものをあてがうように指導されていた。しかし父親の家にいる時、ジェームスは女子服を完全に拒絶、遊びもごく普通の男の子のように外で友達と野球をするなど、通っている教会の神父さんもジェームス君はごく普通の男の子だと証言している。

ジェームス君を診察したセラピストによれば、ジェームス君は母親と一緒の時は自分は女の子だと言ってルナと名乗り女の子の恰好を喜んでいるようだが、父親といる時は男の子だと主張していると証言した。父親のヤンガー氏にしてみれば、ジェームス君は母親を悲しませないために母親といる時は女の子の振りをしているのではないだろうかと語る。

この裁判は元々母親のアンヌさんがヤンガー氏の子育てに逐一注文を付けるために起こしたもの。ジェームス君が男の子たちと遊ぶ時に監視人を付けろとか、息子を本名であるジェームスという名で呼ばずルナと呼ばなければならないとか。陪審員裁判を求めたのはヤンガー氏の方だったのだが、どうやらその作戦は裏目に出たようである。陪審員はジェームス君の親権はどちらか一人の単独親権になるべきだということには同意したが、それがヤンガー氏であることには同意しなかった。

つまり、このまま母親のアンヌがジェームス君を女子だとして洗脳し身も心も破壊することを認めたのである。いったいジェームス君の将来はどうなるのか?こんな虐待が許されていいのか?テキサスのような保守的な州で12人のうち11人までがそれでいいと考えたとは本当に恐ろしい。

いったいこの世の中はどうなっているのか?この気違い沙汰は何時まで続くのだろうか?


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弱さを武器にするマイノリティ、私にその手は効かないよ

よく左翼の人たちは、言葉の暴力という言葉を口にするが、言葉は暴力ではない。言葉は他人を傷つけ人を死に追いやるほどの威力があるかもしれないが、それでも言葉は暴力ではない。だが、はっきり言ってぶん殴ってやりたいようなことを言う奴が居ることは確かだが。

ちなみに今あなたが言ってる言葉自体が GIDの人を殺す力を持ってる言葉だから 今後も言うなら、それを自覚して言ってね
不良品
@huryohin5

というのは私に上記の人が投げつけて来た言葉。GIDというのは性同一障害者の意味。ことの流れは私がGIDの治療に性適合手術(SRS)は適切とは思えない、大人はともかく子供にホルモンや二次性徴阻止をするブロッカーの処方はあってはならないと言ったことから始まった。これに対して数人の男性から女性への転換を目指して手術までしたというMtFから攻撃があったが、大人になってからの治療では限界があり、その限界に失望して自殺したり死にたいと思ってるひとが沢山いるという反論があった。それで私は、、

どうして異性の身体にならなかったら死のうとか思うんですか?どうして生まれたままの身体を受け入れようとは思わないのですか?どうしてありのままの自分を拒絶するのですか?あなたを救うことが出来るのは性転換じゃない。あなたが自分を愛することを覚えることです。

と言った。その答えが上記の反応。何故「自分を愛せ」ということが他人を自殺に追い込むほどむごい言い方になるのか私には全く理解できない。「カカシさんはGID当事者じゃないからGIDの苦しみなんかわからないのよ、放っといてちょうだい。」とも言われたが、放っといて済むことなら私は最初から何も言わない。問題なのは一部精神障害を病んでいるひとたちだけの話では済まなくなっていることにある。

その話はまた後でするが、GIDの人たちにありがちな傲慢さが「当事者でない部外者はひっこんでろ」という姿勢に良く表れている。実際精神障害で悩んでいるのはGIDだけではない。拒食症も引きこもりも発達障害も、精神の病気で自殺願望になる人は色々なのだ。苦しんでいるのが自分たちだけだという自分中心の甘えた考えに私は全く同情できない。

例えば、同じくツイッターで知り合った20代の女性で慢性疲労症候群という身体全体が麻痺する病気に見舞われながらも、明るく強く生きてる女性がいる。はっきり言って自分が異性だと勘違いしてるだけの五体満足な人に比べたら彼女のほうがよっぽども苦労してるだろう。だが、彼女は自分がどういう面で不都合があるかという話はしても、それがつらいとか全く愚痴をこぼさない。ましてや死にたいなんて口が裂けても言わない。

もちろんそんな強いひとならGIDになんかならないと言われればそれまでなのだが。

私は昔から弱さを武器にする人が嫌いだ。自分は病気なんだから労わってもらって当然、どんなわがままも聞いてちょうだい、それをしないのは冷酷だ、あなたはひどい人だ、というふうに他人の罪悪感を煽り、何もかも自分の思い通りにしようとする人が私は大嫌いだ。自分は老人だから甘やかしてもらって当然とばかりに介護士をこき使ったり虐待するおいぼれ爺さんなんかもこの部類。私は鬱やパニック症の家族とずっと付き合ってきたからね、ちょっとやそっとのことで心が折れるほど軟ではないのだ。

さて、私は特にGIDという精神障害に興味があるというわけではない。私にそんな障害はないし、家族にもそんな人はいないし、そんな知り合いも居ない。だから相手が放っておいて欲しいならこちらも関わりあいになどなりたくない。だが問題はここ。

最近このGIDという障害を武器にトランスジェンダーなるGIDとは別な種類の人間が活動家として幅を利かすようになった。こいつらは自分自身が実際にそんな障害を持っているのかどうかは別として、障がい者のふりをして社会秩序を乱そうとしている。

私が一番懸念しているのは健康な成人への長期にわたるホルモン投与の危険性、未成年女子に対する不可逆的なホルモン治療、そして一番悪質なのが思春期前の男児への第二次性徴ブロッカーの乱用。

幸いなことに、日本ではまだ未成年への薬品による治療は違法だということなので、今のところ日本の子供たちは安全だが、欧米で起きていることを考えると、なにもかもオーベー様のいいなりになる日本の左翼のことだから、かなり心配になってくる。

性転換という概念が生まれ、ホルモン治療やSRSが行われるようになってはや60年。これだけ長い期間に渡って行われてきた治療なら、その効果や副作用や害についての研究が色々されていると思うだろう。だがそうした研究結果はなかなか見つからない。もしGIDの治療にSRSが最適であるというのが本当であるならば、長期にわたって性転換した人々が今どのように暮らしているかといった調査があってもよさそうなものである。

ただ異性ホルモンの長期摂取が男女ともに多大なる害を及ぼすという研究結果ならば存在する。それによると、女性ホルモンを長期に摂取している男性は心筋梗塞や心臓発作を起こす可能性が普通の男性の二倍になり、血餅を起こす可能性は4.5倍にも上る。 また、男性の場合は乳房のようなしこりが出来ることがあるが、それが乳癌となる可能性も高い。 女性が男性ホルモンを長期摂取した場合、心臓発作を起こす可能性は三倍にもなる。他で聞いた話では女子の場合は子宮筋腫という危険も伴う。

つまり、異性ホルモンの長期摂取は男女ともに非常な害を及ぼすということが解っている。こうした危険を冒してまでこのような治療を進めてGIDの人々は本当に幸せなのだろうか?実際性転換をして後悔しているという人はどのくらいいるのだろうか?

実は後悔する人の数を調べようという動きはあった。しかしそういう調査は反ポリコレということで大学などが研究費用を出してくれない。それで正しい調査は出来ずにいる。現在(2~3年前)わかっていることで性転換手術をした後で元に戻りたいという意思をはっきりさせた人は、男性では4%、女性では11%ということになっている。しかしこれらは実際に元に戻そうと努力した人たちの数であって、元に戻りたいがお金もないし気力もないという人たちがどのくらいいるのかは定かではない。

こうした社会的な害のあるGID治療。一部の人の気持ちが傷つくからという理由だけで、真実を究明しないことは決して世の中のためにならない。であるから私は何を言われようと今後も黙るつもりはない。


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