思春期前後の「性転換治療」は幼児虐待だ!

最近後退派左翼過激派の間では大人によるトランスジェンダーどころか年端も行かない未成年しかも思春期前の少年少女に異性ホルモンや思春期停止ホルモンの投与をして子供のトランスジェンダーを生み出すことが流行っている。先日も私は10歳の男児が自分はトランスキッズだと言ってけばけばし厚化粧をして自慢げにツイッターに投稿している気持ちの悪い映像を見せつけられた。子供がお遊びでやっているのならともかく、周りの大人がその異常行為をたしなめるどころか奨励及び促進しているところに問題がある。これにホルモン投与などが加われば、これはもう幼児虐待以外の何物でもない。

思春期前後の少年少女が初めて持った自意識に困惑するのは普通である。それまでは子供として自分の存在に何の疑問も持たずに暮らしてきたのに、ある日突然、自分というものに気が付く。そうするといったい自分は何者なんだろうという人生の岐路となる大切な疑問を持つようになるのだ。この時期を何事もなく何も悩まずに通り過ぎる人間は先ずいないだろう。人はこの関門にぶち当たり色々悩んだ末に大人になっていく。

しかしこういう多感な時期に、何故自分がこんなにも不幸だと感じるのか、何故自分であることに違和感を持つのか、と悩んでいる少年少女が、性転換をしたらすべての悩みが解決したなどというユーチューバーのビデオに遭遇したらどうなるだろうか?自分がこんなふうに感じるのは自分が間違った性に生まれたからなのではないか、性転換をしたらすべて悩みが解決するのではないか、と錯覚を起こす少年少女が居たとしてもおかしくはない。特に自分の性嗜好が回りの同年代の人々と違うように感じた場合には、もしかして、と思ってしまうのも理解できる。しかし問題はその悩みをどうするかにある。

本来ならば、こういう悩みを抱く少年少女を正しい道に導くのが回りに居る大人の責任だ。普通の子は放っておけば自然に通り過ぎる。だが多感な子はこの時期が一番危険でもある。だから普通以上に落ち込んでいる青少年には適切なカウンセリングが必要だ。

実をいうと私も思春期の頃、男の子にあこがれるあまりに、自分も男の子だったらよかったのにと思ったことがある。それで髪の毛も男の子のように短くしデニムの上下を着るなどして、周りから男の子と間違われたりすると、自分があたかも秘密のアイデンティティーを持っているようで興奮したものだ。しかしこれは、あくまでも私が普通の異性愛者だったゆえ、異性である男の子の格好良さを意識し始めていたからにすぎない。

もしあの頃の私が今のような悪い意味での情報過多社会に生き、人気トランスジェンダーユーチューバーのビデオに遭遇していたら、そして周りの大人たちにトランスは格好いいと常に洗脳されていたら、いったいどんな取り返しのつかないことをしてしまっていただろうかと思うと考えただけでも恐ろしい。

事実幼児や思春期に異性ではないかと悩む子供たちの80%以上が、思春期を超えると自然に神から授かった性を受け入れるようになるという。だから自分はトランスなのではないかと悩む子供たちの親は、即座にホルモン治療などを受けさせず、他の活動をさせるなり、きちんとした精神科のお医者さんに悩みの根底は何なのか、しっかりカウンセリングしてもらうなりせねばならない。

だが、このカウンセラーは即座に性転換を進めるいわゆる「トランス専門家」ではなく、小児科や小児専門の医学的カウンセラーでなくてはならない。

即座にホルモン治療などをせずに親が親身になって色々な活動に参加させて女性としての自覚を取り戻した例がザ・アトランティックで紹介されている。題して「子供が自分はトランスだと宣言したとき」。

この記事では14歳のローリーという少女が自分の思春期の悩みを自分がトランスだと錯覚し、それを両親に告白したところ、両親はトランス治療を受けさせる前にローリーをインターネットから離してアウトドア活動に連れ出し、極力彼女の気が紛れるように努めたところ、ある日突然ローリーは自分は女の子だと自覚したという話。この記事の著者ジェス・シンガルはその記事の書き方から決して右翼保守ではない。きわめてトランスジェンダーに対して同情的な姿勢を取っている。だが、こと思春期のこどもに関しては、少し経つと自然に自分の性を受け入れる率が非常に高いことでもあり、子供が自分はトランスだと宣言したからといって即座に医療的な措置を取ることの危険性について書いたにすぎない。

だが普段どれだけポリコレに服従していようとも、多少なりとも左翼絶対主義から外れたこの記者に対し、過激派からの批判は迅速かつ壮絶であった。ザ・デイリー・ドットに載った「なぜトランスに関して間違った報道をしたジャーナリストが更なるトランスフォビアを拡散することが許されるのか?」と題したこの記事などが典型。

著者のアレックス・ダルビーはシンガルの記事の題名そのものにひっかかっている。ダルビーは「子供がトランスジェンダーだった時」とせずに「子供がトランスジェンダーだと宣言した時」とすることで子供が自分がトランスであることを自覚できないという先入観を抱かせると書く。

ダルビーはローリーの両親がネット情報からローリーを隔離しトランス治療を拒絶した結果ローリーが女性だと自覚したことは「よく耳にする恐ろしい話」だと言う。ちょっと待った!女の子として生まれた子供が自分は女の子だと自覚するに至ったことの何が恐ろしいのだろうか?もしトランス活動家がいうようなトランスに対する差別や虐待が真実だとすれば、自分の子供がそんな状況に至らないように極力努力することの何が恐ろしいことなのか?

ダルビーによれば、自分はトランスではないかと思う子供は即座にトランス専門家の世話になるべきだとのことだが、これらの専門家にはなるべく多くの性転換者を増やしたいという下心があることも忘れてはならない。カウンセラーと言われる人々が性転換医療で金儲けをしている業者と密接な関係がある場合は多いのだから。

ダルビーが言うように、自分がトランスなのではないかと悩む子供たちを即座にトランスだと診断して性転換治療を始めてしまったら、八割強居ると言われる思春期後に自然に自分の性を受け入れるはずだった子供たちの将来はどうなるのか?思春期の気の迷いで乳房や睾丸を取り除いたり成長阻止ホルモンを摂取してしまって生殖機能を失ったり発癌の可能性を高めてしまったうえに、自分はやっぱり生まれたままの性でよかったのだと気づいた子供たちの人生を誰が弁償するのだ?

トランスの人々はありのままの自分を受け入れてほしいとよく言うが、ありのままの自分を最初に拒絶したのは他ならぬ自分なのだということを忘れている。トランスジェンダーほど男女のステレオタイプや男女の差を意識している人々もいない。もし男女が平等であり男女に全く差がないという従来のリベラル派の考えが正しいのであれば、男っぽい女や女っぽい男がいてもいいはず。なにも無理して危険な医療処置を受けて異性に似た格好や振る舞いをする必要はないはず。

女でも筋力逞しく男顔負けの運動神経を持っていて何がわるい?男でも繊細な感性を持ってデザインやファッションの仕事をして何がわるい?自分が持って生まれた外見にそれほどこだわらなければならない理由は何?そしてそれを年端も行かない自己意識が確立していない思春期間際の子供たちに押し付ける動機は何なんだ?

ダルビーは性別には色々あり二者択一ではないという過激派思想を持っている。自分は異性であるべきなのではないかと疑問を持つ子供に対して、それは違う、お前は生まれたままの性を受け入れるべきだとする教育が彼女には許せないのだ。だからダルビーのような過激派は子供が自意識に疑問を持ったその時点で、子供の気がかわらないうちに、なるべく早くトランスへの道を歩ませようとする。

ダルビーの記事からは、最初からトランスジェンダーに関して自分と違った考え方は弾圧されるべきだという姿勢が見え見えだ。題名からしてシンガルが記事を書くことがなぜ「許されるのか」としていることからして明白である。

彼女に言わせると、思春期のトランスに関する思い違いは子供が成長するにつれ消えていくという思想そのものが許せない。そんなことを言う人間の言論は弾圧されるべきとの考えなのだ。

さらに危険なのは、シンガルのようなシスジェンダー(生物学的性侮蔑と意識が一致している)でトランスについて間違った記事を書いてきた過去のある人間にこの件について書くために雇われたということだ。

ダルビーは、他にいくらもトランス専門家がいるにも拘わらず、わざわざトランスは異常だという考えの記者に調査をさせたということ自体に腹を立てているようだ。しかしこういう「専門家」のアジェンダは、子供の悩みを解決することではなく、より多くのトランスジェンダーを勧誘することでしかない。ローリーの両親がこういう自称専門家から娘を遠ざけたのは非常に賢明な行動だった。

18歳以上の大人が自分の意志で野蛮な「性転換」処置を受けるというのは本人の勝手だ。しかし未成年が自分の人生を変えてしまう不必要な医療措置を両親が許可することや、ましては奨励することは幼児虐待以外のなにものでもない。

 

 

 


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米最高裁、オレゴン州同性婚ウエディングケーキを拒否したケーキ屋さんを全面的に支持

宗教の自由が勝った! オレゴン州で男同士の結婚式に出すウエディングケーキ製作を宗教上の理由から拒否して訴えられ州裁判で敗訴したケーキ屋が、それを不服とし最高裁に上訴していたのだが、そのケーキ屋さんが先日最高裁で勝訴した。下記は日本語版ハフポの記事より。(カカシ注:イタリックの部分をクリックするとリンクにつながる)英語の記事はこちら

アメリカの連邦最高裁判所は6月4日、宗教を理由に、同性愛カップルにウェディングケーキを作るのを拒否した男性を擁護する判決を下した

裁判を起こしていたのは、コロラド州デンバーにケーキ店を構えるジャック・フィリプス氏。

フィリップス氏は2012年、ウェディングケーキの相談をするために店を訪れた同性カップルのチャーリー・クレイグ氏とデビッド・マリンズ氏に対し、キリスト教を信仰しているのでケーキは作れないと拒否した。

コロラド州の州法は、人種、性別、配偶者の有無、性的指向に基づいてサービスを拒否することを禁じている。クレイグ氏とマリンズ氏は、ケーキ作りを拒んだフィリップス氏は州法を違反していると同州の人権委員会に訴えた。

コロラド州人権委員会はフィリップス氏が州法を犯していると認定。コロラド州裁判所も人権委員会の認定を支持した。

しかしフィリップス氏はこの判決を不服とし、コロラド州人権委員会を相手取って裁判を起こしていた

連邦最高裁判所は判決で、「コロラド州人権委員会は宗教に対する敵意を示しており、アメリカの憲法が保証する、信教の自由に反している」として7-2でフィリップス氏の訴えを支持した。

実はオレゴン州でも似たようなケースがあり、カカシは最初、今回の勝訴をそちらの裁判と勘違いしていた。オレゴン州の件は、スイートケーキと言うケーキ屋さんがレズビアンカップルの同性婚ウエディングケーキを拒否したことにより、レズカップルから訴えられて店は多額の罰金支払いを命じられ、ネットで過激派左翼たちに叩かれひどい嫌がらせを受けるなどして閉店に追い込まれ破産状態になっている。

今回のケースはコロラド州の人権委員会が極端に反宗教偏見を持っていたという理由でケーキ屋の勝訴となったので、オレゴン州のケースとは同等には扱えないとはいうものの、宗教の自由を尊重したという点に非常に大事な凡例となった。

同性婚に関するサービスを拒否して裁判沙汰になったのはケーキ屋さんだけでなく、ウィスコンシン州のフリーランスカメラマンの件やニューヨークのカトリック教徒経営の結婚式場の件などがある。他にも裁判沙汰にならずとも市や州から同性婚へのサービスを拒否して罰金を課された経営者は多く居る。

これらの件で共通しているのは、同性愛カップルたちは、断られることを承知のうえで、わざと敬虔なるキリスト教徒のビジネスを狙ったことにある。同性愛者たちは申し込み拒否されると即座に訴訟を起こした。はっきり言ってこれは完全なるLGBTパワハラである、宗教弾圧である。

他にいくらも同性婚フレンドリーなビジネスはあるわけで、何も取り立てて同性婚に反対な宗教家を選んで依頼を持ち込む必要はない。最初からキリスト教徒への嫌がらせと弾圧が目的であったと考えれば話の辻褄はあう。それが証拠にモスレムケーキ屋が訴えられた例はひとつもない。(コメディアンのスティーブン・クラウダーがわざとモスレムケーキ屋に同性婚ウエディングケーキを注文したところ、はっきりと断られていた。)だからこそ今回の最高裁の判決は非常に大事なのだ。

アメリカでは宗教の自由と言論の自由が憲法補正案第一条で保証されている。何故宗教の自由が言論の自由と同等に扱われるのかといえば、宗教は思想であり思想を表現することが言論であるからだ。思想を弾圧するのは言論を弾圧するとこと同じである。

しかし宗教の自由はどこまで認められるのか。イスラム教のように女児性器を切除するような野蛮な因習を宗教のしきたりだからと言って認めてもいいのかと言えば、そうではない。アフリカ産のブードゥー教では動物を生贄にするしきたりがあるが、これも無論認めることはできない。では、どこまでが認められてどこまでが認められないのか。

思うに、宗教及び言論の自由は自分や他人の身体に危害を与えない及び、他人の権利を損なわないところまでが限界である。他の宗教や思想を批判する行為は許されるが、他人の名誉を傷つける行為や、「○○宗教の人間は皆殺しにしろ」と暴力を煽るような行為は言論の自由では認められない。

しかし、宗教上の理由から特定のサービスを拒否する権利はビジネスには認められるべきだ。そうでなければユダヤ教徒のコーシャーレストランやイスラム教のハラルレストランで豚肉を出さないのは差別だとか、ヒンドゥーレストランでビフテキを出すことを強制できるというおかしなことになってしまうからだ。

それでは宗教上の理由から従業員が仕事を拒否できるのか。この質問の答えは、イエスアンドノー。例えばコンビニの従業員が豚肉製品やアルコール製品の扱いを拒否したとしたら、経営者は彼に仕事を強要することは出来ないが、解雇する権利はある。仕事をしない従業員を抱かえておく義務はどんな経営者にもないからだ。最初からどんな仕事か承知の上で就職しておいて、後で仕事を拒むのはおかしい。

この問題を同性愛者への差別と歪曲している人がいるが、これらのビジネスはそれまでにも同性愛者の客へのサービスを断って来たわけではない。特にスイートケーキの場合はレズカップルとは知り合いで、それまでにも色々なケーキを焼いてきたという話だ。問題なのは同性婚なのであり、同性愛そのものではない。

ともかくこれを機に、同性婚サービスを拒否して裁判沙汰になっているほかのケースもビジネス経営者を支持する判決が下る希望が出て来た。


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トランスジェンダーに関して保守派は譲歩してはいけない!

 今を去ること10年前、私は同性婚は文明社会を滅ぼすというブログエントリーを書いた。今思うと私の予測はあまりにも甘かった。実際に同性婚が合法化されたアメリカでは私が憂いていた以上の恐ろしい状態が起きている。

私は、同性婚が実施されたら一夫多妻制や近親婚や少女妻などといった因習が舞い戻ってくるのではないかと懸念していた。一夫一婦制という文明社会の基盤を崩せば、結婚制度そのものが崩壊すると考えていたからだ。

しかし現実は私が懸念する以上の異常な状況を生み出した。

人間と言うものは常に異常な文化に興味を持ち魅力を感じるものなのだ。多分それは我々の遺伝子の中に組み込まれているものなのだろう。

異常であるものを求めること自体は悪いことではない。もし保守的な遺伝子のみが優勢であれば我々はいまだに洞穴に住む原始人でしかなかったであろう。それが文明人として進化したのは異常と思われる生活を誰かが欲したからだ。現存している洞穴のむこうに何かがあると求めた人間が居たからこそ現在の我々があるのだ。

しかし、問題なのは一つ異常とされていた行動や現象を通常であると認識するともっと異常な状況を通常として認めろという動きが出てくる。この異常な行為が単に個人の嗜好で済んでいればいいが、それが他人の人権を損ない危害を与えるようなものになってくると話は別だ。トランスジェンダー容認はまさにこれにあたる。

先日こともあろうに王道派の保守雑誌のナショナルレビューにおいてJ. J. McCullough(J.J.マクラフ)という人物が保守派は社会の秩序を守るためにもトランスジェンダーに関しては多少の妥協をすべきだというコラムを書いた。

マクラフ曰く、同性愛行為そのものが不道徳かどうかなどという議論はとうの昔に決着がつき、人々は同性愛者との共存に慣れて来た。同性婚すら合法となった現在、トランスジェンダーを奇妙な目で見たり気持ち悪がったりするのは時代おくれなのではないか、彼らの存在を認めて彼らの求める彼/彼女といった代名詞をつかってあげればいいではないか。その代り、リベラルの方も性は男女の二つしかないことを認め保守派にそれ以上のことを求めないようにするべき。

トランスジェンダーの人権や尊厳を損なうような行動は保守派はとるべきではないというマクラフの意見には同意するがだから相手の好きな代名詞を使うべきというのは理論の飛躍も甚だしい。

ジェームスがジェーンと呼ばれたいというなら、彼をジェーンを呼ぶこと自体は問題ではない。だが、男であるジェームスを彼女と呼ぶということは、私がジェームスを女と認めたことになる。言葉にはそれなりに意味があるのであり、事実と異なる言葉使いをすれば、私は事実を否定することになるのだ。他人に虚偽の事実を認めさせることのどこが妥協なのだろうか?

第一、例え保守派がトランスジェンダーを個人の好きな性別で呼んだとしてもリベラルがそれで満足すると思うのは甘すぎる。後退派左翼の運動はあたかもそこが出発点であるかのようにさらに異常で非常識な現実を認めさせようと激化するに違いないのだ。

男を女と認めさせれば、男が女子施設に入ることも認めなければならない。男が女子スポーツに参加することも認めなければならない。トランスジェンダーが好むのだから彼を彼女と呼んであげればいいではないかでは済まされないのだ。

自称保守派のマクラフがそんなことも解らないというのは悲しいものである。しかし保守派にはこういうふうに左翼に迎合する人間が少なからずいる。保守派はどっちかいうと礼儀正しくしていたい、相手には親切でいてあげたい、と思う人が多い。しかし秩序を守るということは事実を捻じ曲げて相手の言うなりになるという意味ではない。あきらかに間違っていることは間違っていると真実を言い続けなければ本当の秩序など保てないのだ。

我々は今までずっとLGBTの言いなりになってきた。今度という今度こそ、この戦いを諦めてはいけない。

 

 


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ゲイ白人男性による有色及びトランス差別

この間の「ウイマンズマーチ(女性行進)」と名づけられたリベラル女性たちによるわけのわからないデモ行進では、ピンクの猫型毛糸帽子が目立ったが、猫の属名プシーは女性性器を意味することから、あの帽子もプシーキャップと呼ばれた。それだけならまあいいとしても、その他に女性性器をかたどったピンクの着ぐるみを着て参加した女性があちこちに居た。これはトランプが10年以上も前に「女性を性器で摑んでやる」という下品なことを言ったことから、トランプへの抗議として使われたらしい。しかし女性の人権運動をするのに女性を性器で表すというのは女性に対して侮辱ではないのか?フェミニストたちは常に女性を性の対象としてだけ扱うなと言っているのに、自分らの抗議運動を女性性器で象徴するのは矛盾しているだろうに。
ところで、この性器強調に対してトランスジェンダーたちからクレームが付いた。「女性性器のある人間だけが女性ではない」というものである。(マジで、、)女性性器があるから女性というのは定義だからね、そうでない人が女性を名乗るのはおかしいはずだが、今の世の中不思議である。
さて、別の話だが、ペンシルベニア州にあるフィラデルフィア市では、ゲイバーフッドと呼ばれる同性愛男性が集まる繁華街において、有色人種に対する人種差別が横行しているとして市長が飲食店やナイトクラブの経営者に「公平な営業」訓練を受けるようにと命令している。
同市の人間関係協会はゲイバーフッドの経営者たちはほとんどが「白人シスジェンダー男性」(シスというのは生物学的な性別を受け入れている普通の人のことを示す造語)に占められているとし、人種差別やトランス差別が横行しているというもの。
普通LGBTQ社会は保護の対象となる少数派としてこういう問題で責められることはないが、保護対象にも段階があり、いくらゲイといえども白人シス男性はその中でも下の下の存在。つまり、まともであればあるほどリベラル差別の対象となるわけ。
アイデンティティーポリティクスを進めれば進めるほど、誰が一番保護を必要とする少数派かということで勢力争いがおきるのは当然。
この間の「女性行進」でもパレスチナ人のテロ親派女性が主催者の一人として参加していたが、モスレムとフェミニズムや同性愛者人権が共存できるはずはない。特に暴力的なモスレムにこれらの運動が乗っ取られてしまう日は近いだろう。そうなってからフェミニストやゲイたちはどうするつもりなのか。興味深いことである。


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少数民族が得をする国、アメリカの白人がマイノリティーを装うわけ

アメリカは人種のるつぼである。よってアメリカにおいては人種に関する話題が後を絶たない。しかもBLMのようなアメリカの左翼リベラルがことあるごとに国内の『人種問題』を誇張して報道しまくるので、諸外国においてアメリカ国内における『人種問題』に関して完全なる誤解を招いてしまう。
この間、私のトランスジェンダーに関する記事にトラックバックを送ってくれた東大出の凡人というイギリス在住(?)の日本人ブロガーさんのエントリーを読んでいて、他国よりは理解度がありそうなイギリス在住人にすら、ここまでアメリカを誤解されてしまうのかと改めて驚いた。
東大出の凡人さんのトランスジェンダーに関する意見にはおおむね同意するのだが、人種に関する記述についてはかなり気になったことがある。

黒人になりたい白人は極めて少ないと思うのだけれど、白人になりたい黒人は多いと思う。例えば、白人と黒人のハーフ。

オバマ大統領もその一人で、3歳の時に両親が離婚したので、彼は白人のお母さんによって、そして10歳からは祖父母(母の両親=白人)によって育てられた。だとすると、「白人のお母さん/おじいちゃん/おばあちゃんなのに自分はなんで黒人なの?」とオバマ少年が思ったとしても不思議ではないし、現実に彼はそのような違和感を抱いた旨の発言をしている。
悲しいかな、白人の母親から生まれても黒人が父親だと世間は白人と認めてくれない。だから、心の中では「白人のお母さんから生まれた自分は白人のはず」と思うのだけれど、世間が「黒人」としか見てくれないので仕方なく「黒人」たる自分を受忍しているハーフは数多い、と私は確信する。そういう人たちが「自分は白人!」とカミングアウトしたら、社会は彼らを「白人」として遇するだろうか?
答えは当然「ノー!」になりますが、マイケル・ジャクソンみたいに自己改造できたら認めてやってもいいのでは・・・と個人的には思う。

東大さんはかなり誤解しているのだが、どうみても黒人に見える人が自分が実は白人と黒人のハーフなのだとかカミングアウトしたからといって別にアメリカ「社会」は何とも思わない。そんな人はいくらでも居る。それを言うならば、アメリカの黒人はほぼ誰もが白人との混血なので、たとえ両親が黒人に見えても子供は白人に見えるという例は珍しくない。(ビヨンセなんてほぼ白人だ)それで、どうみても白人に見える人が実は両親は黒人だったということがわかったとしても、今のアメリカでは別に問題にならない。いや、かえってその方が得をする可能性の方が高い。
東大さんが言うような黒人差別が存在していたのは黒人が組織的に法律で差別されていた1960年代までであって、ジムクロー法のような、黒人は学校を含めホテルやレストランや公衆トイレや水飲み場に至るまで白人とは一緒の公共施設を使うことが出来ないという法律があった時代に限られる。
オバマ大統領は白人と黒人のハーフであるが、彼は昔から自分の黒人性を強調してきた。大学時代から自分はケニア生まれだと嘘をついて黒人市民運動に参加したり、自叙伝でも自分を育ててくれた白人の母よりも乳児の自分を捨てた黒人の父への憧ればかりをつづっていた。オバマは黒人だという理由で差別を受けたこともない。いやそれどころか、彼は黒人であることの特権を散々利用してきた。オバマが黒人でなかったら彼のような政治的に未経験な男が大統領の座を得るなど絶対に考えられないことだった。
東大出の凡人さんは、この記述の前に黒人に化けていた白人女性運動家について述べているが、実はアメリカでは少数民族を装う偽有色人種白人が結構いるのである。

  • エリザベス・ワレン:民主党政治家のエリザベス・ワレンは、自分はチェロキーインディアンの血筋だと偽って大学教授の座を得た。後になってチェロキーのチの字も血筋に入っていないことがばれたが心はインディアンとか言って開き直っている。
  • レイチェル・ドレザル:東大出の凡人さんがテレビで見たのはこの人だと思う。以前にカカシが紹介した金髪白人女性。色黒の化粧をして髪をアフロにして黒人だと偽って黒人市民運動の幹部を務めていた。
  • ショーン・キング:黒人だと偽ってこともあろうにブラックライブスマターを組織。過激な対警察暴力を煽っているけしからん奴。だが実際には両親ともに白人。本人は今でも自分は白人と黒人のハーフだと言い張っている。

アメリカの左翼リベラルは「白人特権」とかいう言葉を使っていかに白人が生まれながらにして優遇されているかを強調するが、実は今のアメリカ社会、少数派の有色人種であったほうが得をすることの方が多いのだ。(ただし、少数派でもユダヤ人、中国人、日本人、韓国人は除く。)何故少数派である方が得なのか、それについては以前ここで説明した。

アメリカにはアファーマティブアクションという制度がある。もともとは有色人種が大学入試時や就職の際に白人より差別されないようにするという目的で作られたもので、元来大学などへ入学する文化のない有色人種の若者が大学に行きやすくするように政府が手助けするというのが名目だった。

しかし、それがいつの間にか有色人種を白人より優遇するという制度に変わってしまった。 特に問題なのはコータとよばれる人種別枠組み制度。州の人種構成の割合をほぼそのまま大学の生徒にあてはめ、黒人は何%ラテン系は何%と決める訳だ。すると州で非常な少数派である東洋人の枠組みは他の人種より極端に減ってしまう。
ところが、生徒の学力は人種によって非常な違いがあり、特に東洋人は優秀な生徒が多く大学受験をする生徒が他の人種よりも圧倒的に多いため、東洋人の一流大学への倍率は他の人種の何十倍にもなってしまうという非常に不公平な現象が生じた。
たとえば、ある中国系生徒がバークレー大学を受験した際、学校の成績はオールAで、SATと呼ばれる全国学力テストもほとんど満点だったのに受験に落ちてしまった。ところが同じ大学に受験したラテン系の受験生はこの中国系生徒の6割程度の成績だったのに入学したなんてケースは日常茶飯事だった。
それで1990年代後半のカリフォルニアではユダヤ系や白人や東洋系の生徒らによる大学を相手取った訴訟が続発していた。

聡明なる読者諸氏にはこれで白人が少数民族を偽る謎が解けたのではないかと思う。大学入試の際に、自分は白人だと名乗ればより高い学力を示さなければ入れないが、黒人だと名乗れば今の学力でも充分に入れる。また、黒人だといえば白人には支給されない奨学金が得られる場合などもある。また、大学教授でも少数民族の教授が少なすぎる大学なら、自分はインディアンの血筋だと言い張れば白人であるより就職の可能性が高まる。
以前に色黒のインド人が医学大学の入試をしたとき、インド人はたとえ黒人でも少数民族の枠組みには入らなかったため、髪の毛を三部狩りの坊主頭にして長いまつげを切ってアフリカ系黒人を装って医学大学に入ったという男性の告白記を読んだことがある。結局彼は勉強についていけずに脱落したそうだが。
今のアメリカの風潮では「犠牲者」を気取る人がちやほやされる。だから多数派の白人でいるより、なんらかの少数派を装い、それが少数民族であれ同性愛者であれトランスジェンダーであれ、自分は差別をされている犠牲者だと言い張れば、それで箔が付くというわけ。
。。。。。。。。。
さて、話はちょっとずれるのだが、イスラム移民について結構いい記事を書いている「無敵の太陽」というブログがある。紹介しようかとも思ったが、いかんせんこの著者はものすごい人種差別者。特にユダヤ人が大嫌いで未だにユダヤ金融陰謀説なんぞを本気で信じてるひどい男。その彼がアメリカの白人夫婦が異人種の子供を進んで養子にもらうことに関して書いている。そのなかで彼の人種差別度が赤裸々になる部分があったので張っておく。
偽善主義で人種差別的なアメリカの左翼リベラル白人でもここまでは言わない、というより思わないだろう。彼はいかにアメリカの白人が人種差別主義であるかをあらわそうとして自分の人種差別意識を表してしまった。それに気がついていないだけ重度だね。
読者諸氏には私が何故そう思ったのか、下記を読んでいただければお分かりいただけると思う。もし解らなかったら、それこそご自分の人種に関する考えをもう一度見直してみる必要があるだろう。強調はカカシ。

異人種を敬遠する我々から観ると、このような里親をちょっと疑いたくなってしまう。「本当に愛情を持って育てられるのか? 」と訊きたくなる。でも、そんな心配をするのは日本人の余計な癖で、個人主義が徹底しているアメリカ人には馬耳東風。子供の面倒は20歳まで。それ以降は勝手に暮らせ、親と子供は別の人生を歩むもの、というのがアメリカ人の考え方だ。厳しい言い方をすると、貰われた子供は養子縁組という幸運に感謝すればいいだけで、里親が「子育て」という趣味を“楽しむ”ことができれば問題なし。そんなことよりも、実子を持てなかった夫婦は悲しみを慰めるための何かが必要で、その役目を犬、猫、養子のいずれかが果たせばよいのである。アメリカ人にはご先祖の偉業を受け継ぐ子孫とか、絶やしてはいけない高貴な血筋、なんて考えは無いから、自分が生きている間に「充実した時間」を持てれば満足なのだ。ということで、家門の存続など気にしないから、白人の赤ん坊をゲットできなかった夫婦は、貧しい第三世界で適当な子供を入手して、人間に近い「ペット」として可愛がっている。


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トランスジェンダーは現実社会を破壊する

最近欧米の大学を中心に「社会正義戦士」(Social Justice Worrier – SJW ソーシャルジャスティスウォリアー)と名乗る若者たちが、我々一般人が普通に信じている常識になにかといちゃもんをつけるようになった。そろそろ近づいているハロウィーンなどでも、これまでは普通に着ていたインディアンやベリーダンサーの衣装などが文化盗用だとか人種差別だとか言われて攻撃されるようになった。ごく普通に男性を彼と呼ぶことや女性のみが女子トイレを使うべきだという考えすらトランスジェンダーを名乗る人々から差別だと攻撃される。こうしたちょっとしたことで傷つくトランスジェンダーに代表されるSJWたちのことを、取るに足らないとか可憐は雪片などといって馬鹿にしていてはいけないと警告する人がいる。トランスジェンダーたちは実は我々文明社会の常識を破壊しようとする戦士たちなのだと。
本日紹介したいのはPronouns, Ordinary People, and the War over Reality by Anthony Esolen(代名詞、普通の人々、そして対現実戦争)というエッセー。著者のアンソニーエソレン教授はアメリカはロードアイランド州プロビデンス大学の英語学教授。
トランスジェンダーらに代表されるSJWたちは今や我々人間の根本にある性別を破壊しようとしている。だが、人間にとって性別の認識は現実を把握するために非常に大切なものなのだとエソレン教授は言う。

さて、他人の性別は我々が最初に気が付き最後まで印象に残るものである。何故そうなのかは容易に理解できる。いかなる生物においてメスとオスを混乱することが有益であるはずはない。性別は犬や猫や馬や多くの鳥の種別の身体よりも人間の身体により強く標されている。男の顔は女の顔とは違う。女の声は男の声のようではない、たとえ女がグリアー・ガーソンであろうと男がフランキー・バリだろうとである。男の肩は女の肩のようではないし、女の腰は男のそれとは違う。男と女は髪の毛の先まで違うのだ。誰もが女のすべすべした顎や男のはげ頭に気が付くように。

だから時々男か女かわからない人に出会うと一般の人々は非常に不安になる。性別のはっきりしない人は完全に人間とは思えないのだ。よって我々誰もが即座に把握する現実をあたかも誤りであるかのように振舞うのは人間の本能や言葉や共通体験や現実を把握する能力に対する暴力であると教授は言う。

もし「道を歩いている男がいる」と言えないのであれば、人間の存在に関するほかのどんなことに関して信頼できる判断ができるのか。

性別ほどはっきりしているものはない。アイゼンハワー大統領が良い指導者だったかどうか、良い夫で父親だったっかどうか、といったことには人それぞれ違う意見があるだろう。だが、アイゼンハワーが男だったという事実に誰もが同意できなかったとしたら、言葉そのものが意味を失う。
最近SJWたちはしきりに彼とか彼女とかいう従来の代名詞ではなく彼女達がでっちあげ架空の代名詞の使用を要求している。これは色々な性癖の人間に安心感を与えるためだと主張するが、本当の目的は他人を不安にさせ居心地を悪くさせることにあるのだと教授は言う。SJWたちは普通の見解を破壊し普通の人々が言葉の地雷に当たらないようびくびくして歩くのをほくそ笑んで楽しんでいるのだ。いや、実を言えば一般人が失敗して地雷にあたって爆発することを望んでいる。そうなればさらなる「教育の機会」が訪れ、さらに厳しい現実弾圧を目指すことが出来るからである。
エソレン教授は彼・彼女以外にSJWが作り上げた数知れない代名詞には非常に醜く恐ろしい謀略が隠されていると語る。これらの代名詞は言葉を豊かにするどころか、かえって我々の誰もが所持している男女識別能力という現実を破壊しようとするものだという。
だが、何故SJWたちはこのようなことをするのだろう?何故一般人が何世紀にも渡って培ってきた男と女という現実を破壊しようとするのだろうか?
教授は「誰が得をするのか?」と問いかける。
第一に得をする人たちは、自分自身が混乱している人たちである。自分の妄想に他人を巻き込むことによって自分は正常だと思い込みたいのだ。女の振りをしている男を女と認めろということは、エルウッド・P・ダウドが身長180センチのハービーウサギを空想の友達として持っているだけでなく他人にハービーと握手をすることを要求するようなものだ。そしてもしキリスト教のケーキ屋さんが「ハービーなんて居ない。居る振りをする気もない」などと言おうものなら自分の妄想を否定したケーキ屋に凄まじい報復を加えるのだ。
第二に得をするのは思想上の仲買人。大学教授や人事課の課長や人権弁護士や役人や一様性を目指す「多様化」運動家たち。やつらは自分たちで地雷を埋め込んでおいて地雷地図を売りつける。井戸に毒を落としておいて自分らの井戸の水を高い金で売りつける。一般人が勝手に汚染されていない水を発見して飲んだりすれば高い罰金を課す。彼らは混乱と衝突を求める。なぜならそれらが彼らに富と力をもたらすからである。
第三に得をするのは家族という文明社会の基盤を心から嫌う人々だ。性革命は常に普通の家族や一般の男女及び子供たちの日常生活を脅かす。 性に関する道徳は家族を内外からの脅威から守るものだ。一緒に暮らしている男女でも単に性欲だけで結ばれていたり、浮気や衝動的な性行為を許容すれば、夫婦という絆は弱り家族という構成が成り立たなくなる。男が一国城の主となり得るのも家族としての伝統や法律がその城を守っているからである。それがなくなって得をするのはいったい誰なのか?それは自身が家族を構成できない、家族としての生活を楽しむことが出来ない人々だ。自分らが幸せな家庭を築くことが出来ないので他人の幸せな家庭を破壊することに喜びを見出すのである。
一番怖いのはもちろん第三の人々だ。我々一般人は自分が獲得できない美しいものを破壊しようなどとは思わない。だが、SJWたちは、まさに自分が得られない現実の完全破壊を望んでいる。SJWの人間はその名の通り戦士である。彼らはベン・シャーピーロが言うような可憐な雪片などではないのである。彼らの目的は我々が常識としてはぐくんできた現実を破壊することにあるのだ。
SJWが好き好んで使う「ミクロアグレッション」という言葉がある。それはミクロ単位の小さな攻撃だが繰り返されるうちに巨大な攻撃へとつながるという意味。だが実際にこのマイクロアグレッション戦略を施行しているのはSJWそのものだ。最初は差別につながるとか平等を目指してなどときれいごとを言って小さなことから要求してくる。彼・彼女をやめて本人が求める代名詞を使えとか、MTFに女子トイレや施設を使わせろとか。だが、こうしたひとつひとつの行為を認めてしまうと、それは我々が大事にしている現実を少しづつ少しづつ削っていくことになり、いずれ全てが破壊されてしまう。
SJWたちがイスラム教徒と同調しているのはこういう共通点があるからなのだろう。
だから私は誓う。SJWの要求にはひとつたりとも応えない。鬘をかぶってスカートを履いてる男を「彼女」などとは死んでも言わない。勢力に屈服して自分が見ている現実を否定せざる負えないようなファシズム社会に生きる気は毛頭ない。


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なんで普通の男がトランス女を演じてはいけないのか?

今日、ハリウッドリポーターというオンラインニュースを読んでいてなんだこりゃと思う記事があった。その内容は「男優にドレスを着せて鬘をかぶせ化粧をさせただけではトランス女を正しく演じることは出来ない」というもの。記事の著者はニック・アダムスで、GLAADという同性愛市民団体のメンバー。

当然ながら(ハリウッド映画界による)また男にドレスを着せてトランスジェンダー女を演じさせる決断はトランスジェンダー市民の神経に触る。なぜならこれは多くの人々にとってトランスジェンダー女は実は男だと見られているという厳しい現実を思い出させるからである。このメッセージは毒気に満ちており危険である。

アダムスはこのような思想がトランス女による女子トイレ使用禁止といった法律につながるのであり、トランス女を女性と間違えて軟派した男が「あいつは野郎だぜ」と仲間にからかわれて21歳のトランス女を殺害するに至るという原因となったのだという。アダムスは50人を超すトランス女がそういうふうに殺害されたと主張する。カカシはこの数値はかなり眉唾ものだと思う。だがそれがたとえ真実だとしても、ハリウッドが男性俳優をトランス女の役に起用することが寄与するものだという考えは飛躍しすぎだ。
先ず俳優というのは定義上役柄に扮するのが仕事である。自分ではない他人を装うのが仕事だ。であるから普通の男優がトランス「女」に扮するのは、彼にとってはもうひとつの役柄に過ぎない。歌舞伎や宝塚で役者が異性の役柄に扮するのが普通の日本出身のカカシにとって、役柄と俳優の性別が一致しないことなど別にとりたてて騒ぎ立てるようなことではない。ましてやトランス女は元々男である。男が演じて何が悪い?
いったいGLAADの連中は何にそんなに神経を尖らせているのだ?
トランスジェンダーは人口の0.03%にも満たないという。その非常に小さい少数派のなかから役柄にぴったり当てはまり、しかも映画やテレビの主演級俳優として成り立つ人材を探すのは容易なことではない。それはまるで宇宙飛行士の役は宇宙飛行士しか演じてはいけないと言っているようなもので、実際の宇宙飛行士で年齢や性別や人種がぴったり合う人を見つけるだけでも大変なのに、しかも演技が出来るひとを探すなど不可能に近いだろう。いや、それをいうなら役柄が人間でなく吸血鬼やゾンビだったらどうするのだ?本物の吸血鬼やゾンビを探せとでも言うのか? 頼むよ~!
もう何十年も前のことになるが、ロンドンのミュージカルでミス・サイゴンのベトナム人とアメリカ人の混血児の主役を白人男優が演じることが問題になったことがある。しかし反対に100%東洋人男優(たとえそれベトナム人でなくても)を起用した場合には問題にならなかったといういきさつがあった。
このダブルスタンダードはアダムスも例外ではない。アダムスはハリウッドが流行の先端を行きたいのなら、トランス俳優をトランスではない役柄につけるべきだという。なぜなら(社会の傾向は)その方向に向かっているからだと。そしてトランス俳優がどんな役柄も演じることが出来ると一般視聴者に解ってもらうことにも役立つという。
ここにアダムスの理屈に矛盾が生じる。普通の男優がトランス女を演じるのは許されないが、トランス俳優が自分とは医学的に異性の性の役柄を演じるのは歓迎されるべきというのである。
アダムスは自分の言っていることがどれほど皮肉な現実を表しているかに気がついていない。だいたいトランスジェンダーこそが究極のコスプレだ。アダムスはトランス女でない普通の俳優にトランス女の現実は理解できないという。だがそれを言うなら、生物学的な男が鬘をつけドレスをつけ化粧をしただけで本物の女のなんたるやを理解するなど不可能だ!たとえどれだけの女性ホルモンを摂取し去勢手術や豊胸手術を受けようと男の遺伝子を女に変えることなど出来ないのである!
そういう男に生まれた人間が女装しただけで女と言い張ることを許せと要求する人間が、男に生まれた俳優が男に生まれた女装男の振りをすることを許さないという理屈はどこからくるのだ。男が男を演じて何が悪いのだ?
鬘をつけドレスを着て化粧しただけの男を女と認めろというGLAADなんかより、ハリウッドの配役の方がよっぽどもまともだと思うね。


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女子トイレ立ち入りなんていってる場合じゃない、トランスジェンダーは銃武装して身を守るべき!

フェイスブックの友達から男から女のトランスジェンダーが銃武装による護身について書いている記事を紹介していた。
著者のニッキー・スターラードは、LGBT社会の間で反銃派が非暴力抵抗を称えていることを批判。LGBT人間こそ自己防衛に備えるべきだと訴える。なぜならばLGBTが暴力の被害者になる可能性は一般人よりずっと多いからだというのである。今こそLGBTは非暴力の思想を改め、自分らを守ってくれない政治家に投票するのはやめるべきだと言う。
LGBTが特に暴力の対象になるとは思わないが、それでもこの間のオーランド乱射事件では明らかにゲイが狙われたのであるから彼、スターラードのいうことも納得がいく。
スターラードはゲイの銃愛好家で知られるピンク・ピストルというグループのメンバーで、このグループはここ数日でその会員数が1500人足らずから四倍以上になったという話だ。LGBT社会にとってトランスジェンダーが女子トイレを使えるかどうかなんてことより、どうやって本当のホモフォブであるイスラムテロリストから身を守るかということのほうが先決だろう。
さてスターラードのような親銃トランスジェンダーについて次期カリフォルニア知事とされる親LGBTと自負するギャブン・ニューサム副知事は、親銃トランスはNRA陰謀にの手先でディスかスティング(吐き気を催すほど気持ちが悪いといった意味)と述べ、LGBT社会からかえって顰蹙を買っている。
ニューサムはトランスに限らずLGBTで銃規制に反対する人間はNRAの手先だとして下記ように書いている。

NRAのグループはカリフォルニアにおいてトランス社会を使って常識的な銃安全法と戦っている。彼らの嘘に満ちた戦いにトランス社会を悪用するのはこれまでにおいても最も気持ちの悪いやりかただ。

ニューサムのこの発言は、NRAへの批判というよりトランス及びLGBT全体への批判と取られたようでサンディエゴゲイレズビアンニュース(SDGLN)の投書欄に下記のような意見が載った。

「ギャブンはザ・ピンクピストルスを聞いたことがないのか?彼らはNRA団体ではない。彼らはLGBTQ社会が自衛できるように尽くしているグループだ。LGBT社会を攻める前にもっと勉強しろ。」
「悪用だ?トランス社会をそういうふうに見てるのか、お人よしですぐ他人に利用されるとでも?それとも何か、お前の見解と一致する意見しかもっちゃいけないってのか?
「ニッキーは(憲法補整案)第二条の長年の支持者だ。(略)NRAのせいだとかニッキーの努力がお前が提案している合法市民の権利の規制に対する最近の反応だと決め付けるのはやめろ。お前はLGBTQ社会がNRAの犠牲者にされているようにいうが、お前こそが彼らを犠牲者にしようとしているのだ。

ギャブン・ニューサムが次期カリフォルニア知事になることは先ず間違いない。そうなったらカリフォルニアはもっと反銃になるだろう。これは非常に心配なことだ。


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ゲイの間で高まる銃購入

なぜかカカシのフェイスブックの友達は親銃派が多いのだが、その一人が同性愛者の間で銃購入をする人が増えているという話を教えてくれた。
コロラド州の銃販売店ではオーランドの乱射事件直後銃販売率が高まったとしている。こういうことは乱射事件が起きる度に起きる出来事なので期待通りではあったが、今回はその客層にゲイやレズビアンといった同性愛者が非常に多く含まれているという。
ピンクピストルズという同性愛者銃愛好クラブは、事件後突然その会員希望者が増えた。このクラブはかなり零細なクラブで、事件前の日曜日の会員数は全国でも1500人足らず。それが事件後一週間の今日はなんと3500人にも増えたそうだ。
また、ゲイ男性が非常に多い西ハリウッドのあちこちで面白いビラが貼られている。このポスターはゲイを象徴する虹色の背景に海兵隊のマスコットであるガラガラ蛇の旗をかたどって「撃ち返せ」と書かれている。
もちろんLGBTの公式な姿勢は銃法規制にあるのだが、個人的には自分を守りたいと思っている人のほうが多いはずである。今やゲイポルノ映画では最大と言われる映画会社ルーカスエンターテイメントの創設者で会長のマイケル・ルーカス会長は「イスラム教はゲイに嘔吐している」と指摘する。
ブレイトバートニュース所属アーロン・クレインのラジオ番組で、ルーカスは民主党はゲイを洗脳しようとしていると語る。「イスラム教は女を嫌う。女たちに嘔吐する。ゲイに嘔吐する。」「過激派イスラム教はゲイを殺す、奴らは(ゲイに)嘔吐するのだ。」
ルーカスは、オバマを始め民主党は、オーランドの虐殺事件をイスラム教徒による反同性愛者テロ事件という焦点から、犯人の個人的な同性愛者としての葛藤へと話を変えようとしているという。歴史的にいって同性愛者は圧倒的に民主党支持なので、その支持層を失わないために民主党はやっきになっているというのである。
ルーカスはリベラルメディアはゲイが民主党の主旨から離れないように一生懸命運動していることに憤りを感じている。民主党の姿勢はイスラム教のホモフォビアはキリスト教やユダヤ教のそれと全く変わらいというもので、ゲイ社会がその思想からはずれないようにしているという。

いいですか、私はこのダブルスタンダードには非常な不満を覚えます。もしこれがキリスト教徒やユダヤ教徒による行為だったら、即座に(テロの動機は)過激派キリスト教とか過激派ユダヤのせいだと言ってるはずです。

それがイスラム教となるとそうは呼べない。モスレムがイスラム教の名のもとにしたものだとそうはならない。これは一人の男が同性愛者であることの内面的な葛藤だということになる。それが(テロ行為の)動機だということになる。
もしくは犯人は一匹狼で精神的な問題があったから、それが理由で妻を殴っていたとか、銃法規制が緩いせいで奴が銃を買うことが出来たとか言うことが(原因)だという。そういうこともあったかもしれない。でも根源にあるのは激派イスラム教です。

またルーカスはオバマがイスラム教による同性愛者への虐待について言及しなかったことにも不満を抱いている。ルーカスはオバマはリベラルなのでイスラム教のホモフォビアをきちんと理解していないのではないかという。
リベラルは何かとイスラム教徒は虐待された少数民族だという偏見を持っているので、大量殺人鬼がモスレムだと解っていてもそれを認めたがらないのだとルーカスは言う。問題なのはオバマがそれを認めたがらないだけでなく、他の人々にもそれを悟られたくないと考えている。それが問題なのだと。
ルーカスは半分正しい。オバマは国民にイスラム教が悪の根源なのだと思わせたくない。なぜなら、イスラム教テロリストがアメリカ国内を危険にさらしていると認めたら、ではオバマは危険な敵を前になにをやっていたんだということになり、その責任を問われるからである。
今日も今日とて私はアメリカのアイダホ州で多くのシリアからの野蛮人を難民と称して受け入れた市で、8歳の幼女が思春期前のモスレム少年三人に輪姦されたという記事を読んだ。犯人の少年たちは射精もできずに幼女に放尿したという。そして野蛮人の親はその行為を褒め称えたというのだ。しかも同市の市議会はその事件をもみ消して市民に知らせまいとしていたのである。
リベラル政治家たちがモスレム野蛮人の残虐行為を隠せば隠すほど国民の政府への信用は落ちる。私はアメリカがヨーロッパのようになってしまわないうちにアメリカ市民が立ち上がってくれることを望む。そのためにはアメリカ市民は断じて銃を諦めてはならない!


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過激派イスラム教徒のテロ攻撃から国を守れないくせに、国民の銃を取り上げることしか興味がないオバマ王と左翼リベラル

一週間前にフロリダ州のオーランドで起きた大量射殺事件。犯人はアメリカ生まれのアフガニスタン二世。明らかにイスラム国のテロ思想に感化された過激派イスラム教徒。犯人についての情報は色々明らかになってきているが、これに対する民主党のオバマ王やヒラリー・クリントン候補の反応と共和党ドナルド・トランプ候補とは雲泥の差がある。その話をする前に事件の概要を朝日オンラインから抜粋。

米フロリダ州オーランドのナイトクラブで12日未明(日本時間同日午後)に発生し、100人以上が死傷した銃乱射事件で、米捜査当局は動機や背後関係の解明を急いでいる。死亡した容疑者の男は過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓っていたとされ、ISが運営するラジオ局は事実上の犯行声明を出した。ただ、具体的な接点は明らかになっておらず、当局は慎重に捜査を進めている。(略)
米連邦捜査局(FBI)などによると、実行犯は米国生まれで、現場から200キロほど離れた同州フォートピアスに住むオマル・マティーン容疑者(29)。12日午前2時ごろに同性愛者向けのナイトクラブ「パルス」内で乱射を始めたという。警察が午前5時ごろにナイトクラブ内に突入してマティーン容疑者を殺害したが、49人が死亡、53人が負傷して病院に運ばれた。13日朝までに、死者48人の身元が確認されたという。
マティーン容疑者は犯行の際、日本の110番にあたる911番に電話をし、自分がISに忠誠を誓っていることを明らかにしたほか、米メディアによると、3年前に米ボストンで起きた爆弾テロ事件についても言及したという。(略)
(イスラム国)ラジオ局は昨年12月、米カリフォルニア州サンバーナディノで14人が殺害された銃乱射事件で、容疑者2人を「ISの支持者」と称賛する声明を出した。今回は「戦士」としている。(略)
FBIなどによると、警備会社に勤務していたマティーン容疑者は2013年、同僚に過激な発言をしたとしてFBIが聴取し、14年にはシリアで自爆テロを行った米国人の男と接点がある疑いで、再び捜査対象になった。しかし、どちらのケースでも「問題がない」として捜査が終了し、現在は監視の対象になっていなかったという。

サンバナディーノで起きた乱射事件のときも書いたが、このような恐ろしい事件が起きたことはショックではあるが驚きではない。オバマの対テロ無対策をずっと見ていればアメリカ国内でのテロ行為が頻発するのは火を見るよりも明らかだったはず。
だが、オバマ王も元国務長官のヒラリー・クリントンも自分らのテロ無対策を棚にあげて、国内でのテロを防止するためにはアメリカ国民から銃を取り上げることにあると主張する。
今オバマ及び左翼リベラルが押している銃砲取締り法は、テロリスト捜査対象になった人物への銃砲販売を禁止するというもの。テロ捜査対象になるような人物が銃砲を容易に買うことが出来るのは危険だという理由からである。それだけ聞いていると良い規制のように聞こえるが実は問題はそう簡単なものではないのである。
例えばマティーンは事件当時捜査対象になっていなかった。マティーンはフロリダ州の銃砲販売時に行なわれる身元調査でも問題ないとされ銃砲を合意に取得している。つまり既存の銃規制法は全く効果がなかっただけでなく、新しく提案されている法律をもってしてもマティーンの犯罪を未然に防ぐことは不可能だったのである。
しかしこの法案がテロ阻止には全く無効果であるだけでなく、この法案が一般の合法市民の人権を侵害する可能性は非常に大である。FBIの捜査対象になる人物というのは別にこれといった犯罪を犯した人物とは限らない。FBIが怪しいと思った人間なら誰でもリストに載ってしまう。単にテロ容疑者と同性同名であったとか、偶然何かの事件に巻き込まれたといった無罪の人々でも名前が載ってしまうのである。特に飛行禁止名簿に載ってしまうと何故自分の名前が載ったのか、どうすればそのリストから外してもらえるのかも全くはっきりした規則がない。私の知り合いである犯罪者と同性同名で生年月日まで一緒だったせいでこのリストに載ってしまい出張すら出来なくなった女性がいる。このリストには有名な民主党の政治家や政治評論家やジャーナリストまでも載ってしまった過去があるのだ。
このようにFBIの捜査対象となる人々の多くが裁判によってテロ行為有罪となった人々ではない以上、彼らの憲法で認められた権利を奪いとることは出来ないのだ。第一、ヒラリー・クリントンが大統領となって自分の政治ライバルや批判者をすべてFBI捜査対象名簿に載せてしまったらどうなる?国民の半数以上の人々の憲法が保証する権利を完全に略奪することになるのである。
オバマ政権は実際にテロを犯すもしくは犯す可能性のある団体への監視をとっくの昔にやめてしまった。911直後にジョージ・W・ブッシュが国土安全保障のため各諜報機関がそれぞれの諜報を交換できるようにしたシステムも崩壊してしまった。制限のない違法移民の流入。身元調査のないイスラム圏からの百万を越す移民の受け入れなど、テロ防止のための対策など全く取らないどころか、かえってテロ頻発を促進するような対策を取ってきた。
それでいて今回のような乱射事件が起きるとテロリストではなく合法なる一般市民から正当防衛の武器を憲法違反によって取り上げようというのである。まったくやっていることがさかさまである。
オバマ王はアメリカをイスラム教の占領下に起きたいらしい。オバマ自身のミドルネームがフセインなのは偶然ではない。オバマほどアメリカの自由を憎む大統領は居ない。
今度の事件で、アメリカの同性愛社会において銃砲を買い求める動きが盛んになっているという。いつまでもPC(政治的に正しい)左翼リベラルの道具にされて虐殺されていてはたまらないと、やっと悟ったのかもしれない。


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