略奪放火暴動を平和的なデモと呼び、連邦政府警察官をゲシュタポ扱いする左翼メディア

もうこの見出しだけで十分だと思うが、一応状況を説明しておこう。今アンティファの本拠地オレゴン州のポートランドと、以前に自治区といってビジネス街の一角をアンティファに乗っ取られたワシントン州のシアトルで、再びアンティファによる暴動が起きている。ポートランドの場合はもうすでに60日近く暴動が続いている。しかし地元政府は全くこれらの暴動に対処する気がないらしく、暴徒らはやりたい放題。ポートランドの場合は連邦裁判所や警察署が襲われており、暴徒らはロケット花火を警官に向けて至近距離で発射させるなどの暴行を続けている。

地元政府が全く何もしないため、しびれを切らせたトランプ大統領は連邦警察隊を出動させた。略奪と放火を繰り返すアンティファテロリストどもを「平和的なデモをする人々」などと呼んでいた左翼メディアは、連邦警察隊のことをゲシュタポ呼ばわり。まったく天地さかさまの報道である。

地元政府は市長にしろ市長長官にしろトランプは独裁者だのヒットラーだのと批判している。ドン・レモンのインタビューでオレゴンの司法長官は「私の仕事は警察の暴挙や人種差別から市民の安全と権利を守ることです」などとバカなことをいってる。

略奪放火を繰り返す市民の安全より、略奪放火の被害にあってる市民の安全を守るのがてめえの仕事じゃねえんかよ、このくそったれ!てめえがなにもしねえから連邦政府が警察隊を送り込む羽目になったんじゃねえか!

Pardon my French.

このインタビューを聴いてて本当に胸が悪くなった。内容を説明するのも腹立たしのだが、このエレン・ロゼンブラム長官は、連邦政府出動は憲法違反だとし、連邦政府は市民の言論の自由(憲法補正案1条)や平和的に集まる権利(4条)や正しい法的手続きを受ける権利(5条)に違反してるとしてトランプ大統領を訴えるなどとバカみたないことを言っている。

しかしアンティファ連中のやっているのはデモ行進ではなく暴動である。暴動をする権利などというものはアメリカ憲法は保証していない。また彼らの集まりはおよそ平和な集会とは言えないし、犯罪現行犯を逮捕するのに令状は要らない。州司法長官ともあろう人がそんなことも知らないとは思えない。

ポートランドで逮捕されるアンティファ暴徒らは即日保釈金が仲間から支払われて釈放されてしまう。ポートランド検察はこいつらを起訴すらしない。

さて週末だけで50人余りの黒人が撃たれて9人が殺されたシカゴでは、市長のヒキガエル、おっとロリ・ライトフット市長は連邦政府警察隊がシカゴに出動される可能性に対して、「トランプには言いたいことは二言しかない、「FではじまりUで終わる」言葉だなどと言っている。武漢ウイルスのロックダウン中に外出した人間は駆り出して投獄すると息巻いていたくせに、市民がどれだけ殺されようと全く取り締まらないライトフット市長。黒人が他の黒人に殺されるぶんには全く興味がないようだ。

ツイッタラーのこたママ(@kotamama318)さん曰く、「米シカゴ市長ロリ・ライトフット氏(民主党) 『大統領かどうか—名前が何であろうと少しも気にしない。 シカゴに部隊の介入を許可しない。私は全力であなたを止める。』 シカゴの暴動は組織的に市警を攻撃し多数が負傷、子供を含む銃犯罪数はうなぎ登り。市民を守る為に全力で止めるべきは暴動では?」。まったくその通りだね。

この他にもニューヨーク市やワシントンDCにもトランプは警察隊を送り込むと言っているが、地方政治家たちはトランプはお節介だ、連邦警察は受け入れないなどと息巻いている。自分たちが市民の命を守れないで、そんなことを言ってる場合じゃないだろ。

ところで左翼メディアがゲシュタポのようだと批判しているのは、連邦警察は覆面車を使ってアンティファ暴徒らを取り押さえている。突撃ジャーナリストのアンディー・ノーによると、警官が群衆の前で誰かを取り押さえようとすると、警官が暴徒らに囲まれて暴行を受けるので、こっそりと車で近寄り暴徒を逮捕しているのだそうだ。このことを民主党の下院議長は連邦警察は市民を誘拐していると批判した。

一般市民はポートランド市民にしろワシントン市民にしろシカゴ市民にしろ、暴徒らによる暴動にはいい加減に我慢の限界がきてるはずだ。地元政府や警察がなにもしないなら、連邦政府が警官隊を送り待ちの治安を取り戻してくれたら一般市民はありがたいのではないか?

これでもしもトランプが送り込んだ連邦警察がこれらの市の方と秩序を取り戻すことができたら、トランプ氏の株はかなり上がるだろう。

はっきり言ってBLM/ANTIFAは白人至上主義者が出来なかった黒人差別を限りなく促進するのに成功している。


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BLMの良き味方となるための案内書、特に東洋人へのアドバイスに苦笑

先日スミソニアン博物館の黒人サイトに白人のステレオタイプが掲載されたという話をしたばかりだが、今度はBLMの良き味方となるための案内書のなかに、東洋人へのアドバイスが載っていたので、それをご紹介しよう。それにしても左翼ってのはトランスジェンダーしかりフェミニストしかり、他人に命令するのが好きなんだろうね。

警察を呼ぶな!警察が我々の安全を保ってくれるなどと考えてはいけない。実際には警察が我々の安全を守ってくれないことは多くの調査が証明している。

東洋人と黒人の接触は東洋人が警察を呼びたくなるような状況だけなのか?

自分の内面になる反黒人意識を掘り起こせ!どういうふうに自分の反黒人意識が現れるか振り返ってみよ。自分の盲点には見落としがちだ。意識的にこの盲点を探し出せ。この意識はパニック状態の時や恐怖や怒りを感じる時に現れやすい、それが警察を呼ぶという行為につながるのだ。

例えば黒人の強盗に襲われた時とか?

少数民族の優等生という神話に挑戦しろ!東洋人は礼儀正しく犯罪も侵さず他の有色人より高い水準の成功を収めるとされるが、これが人種間の階級を生み出し反黒人意識につながる。このようなステレオタイプは一枚岩的な考えしか生まず、もっと豊富で多様な体験を語る余地を与えない。優等生民族の神話は反黒人意識を強化し、アメリカにおける人種差別や偏見の影響を過小評価する結果を生む。この神話はどんな屈強も乗り越えられるという風に使われ東洋人が黒人批判に使われる。このような神話は我々の共通した体験を消し、お互いが敵対する武器として使われる。

これって東洋人が優等生だから黒人が悪く見えるっていう単なる劣等感の現れではないか?学校のクラスで優等生が劣等生からいじめられるのと同じ理屈だね。

家族や友達に世界中で黒人が直面する不当な扱いについて教育せよ!家族にこのような話はしにくいかもしれないが、歴史的に東洋人移民の体験は黒人の体験とは全く違うことを説明しなければならない。ここに若い東洋系アメリカ人が移民一世の家族にどのように話せばいいのか、そして東洋人がBLMと協力していくことの重要性が書かれている。

アメリカの黒人たちは東洋各地からやってきた移民たちの苦労をどれほど知っているというのか。その苦労を乗り越えて成功した東洋人が何故仕事もせずに文句ばっかり言って町を破壊しているBLMに協力する必要があるのだ?そんなことをして東洋人に何の得がある?苦労人の移民一世たちにそんなことを説明しても笑われるだけだと思うね。

普段は東洋人を忌み嫌っているくせに、都合のいい時だけ少数民族だ有色人種だとか言って仲間扱いしようとするBLMのこざかしいやり方には腹が立つ。BLMは黒人至上主義の思想だ。こんな奴らに協力しても利用価値がなくなったらポイ捨てされるのは目に見えている。頭のいい東洋人はこんなバカげた運動に加担してはいけない。

黒人がPeople of Color (POC)という「色付きの人々」について語る時、ラテン系や東洋系や中近東系の人種は含まれていない。彼らの念頭にあるのは黒人だけだ。BLMの奴らは異人種としてアメリカで差別されてきたのはアフリカ系黒人だけで他の人種はほとんど何の苦労もなく今に至ると勝手に思ってる。黒人の体験は奴隷制度という始まりがあるため、黒人への差別は独特なものだと思い込んでいる。

だがそれは彼らがアメリカの歴史を学んでこなかった無知な連中の集まりだからである。アメリカは移民の国だ。だがピルグラムがイギリスからやってきていったん土台を固めた後、続々とヨーロッパからやってきた移民たちはそれなりの差別にあった。特に最初の移民はプロテスタントだったが、のちのちドイツやフランスやアイルランドからのカトリック教徒がやってきたときの亀裂はかなりなものだったのだ。また後に東ヨーロッパやロシアからやってきたユダヤ人たちへの風当たりもひどかった。

無声映画時代に面白おかしく描かれる移民像はたいていが酔っ払いアイルランド人や守銭奴ユダヤ人といったステレオタイプばかり。アイリッシュは酔っぱらってすぐ喧嘩をするので、「犬とアイルランド人お断り」サインがバーに掲げられるのもめずらしくなかったという。ユダヤ人が普通にホテルに泊まれなかったり、プライベートなゴルフクラブやビジネス商工会や有名大学から締め出されていたのはそう昔のことではない。1964年の公益権法が出来てからもこの差別は一部で続いていた。

19世紀初めの鉄道建設時代に土方としてアメリカにやってきた中国人やポルトガル人は社会の底辺に居る人間として蔑まれた。特に中国人はその数が増えすぎないよう女性の移民を厳しく規制するなどひどい扱いを受けていた。彼らは奴隷ではなかったとはいものの、アメリカへ来るまでに業者からかなりの借金をしていたため、年期が切れるまでは奴隷同然の労働を強いられたのだ。

明治大正時代に農夫として移住してきた日本人移民が苦労の末得た農地や財産を鬼のルーズベルト政権に没収され収容所に送られた事実も忘れてはならない。いったいどれだけの黒人が家財道具を含め財産を一切没収されてスーツケースひとつで収容所送りになったというのだ?戦後収容所から解放された日系人たちも、戦地から帰ってきた軍人や家族を失ったアメリカ人から憎しみの目で見られ差別された。この偏見に満ちた社会で一からやり直しをしなければならなかった日系アメリカ人の苦労が、のほほんと生活保護で生きてきたBLMになんかわかってたまるか!

その他にも、70年代にベトナム戦争後にボートピープルの難民として移住してきた東南アジアの人々や、80年代以降に経済的な理由で移住してきた韓国人や中南米人や、その他中近東からの移民など、それぞれ言葉もわからず文化も違う国で多々の差別を受けながら懸命に努力することで成功てきた。

アメリカ黒人は奴隷制度が終わった150年以上も前からアメリカ市民として暮らしている。その後も多々の差別があったとはいえ、1964年には公民権法も通り組織的差別は廃絶された。黒人がアメリカで成功できない理由など社会的には存在しないのだ。東洋系の成功はその事実を如実に証明してしまうため、BLMにとっては目の上のたんこぶなのである。

はっきり言って東洋人は、それをいうなら普通のアメリカ人は、BLMの要求など無視してこれまで通り勉学に励み法と秩序を守り勤勉に働いて成功していけばいいのだ。もし意識高い系東洋人が恵まれない黒人同胞のために何かしたいのであれば、BLMになど参加せず、勉強して先に進みたい黒人の若者の家庭教師でも無償でしてあげればいい。そのほうが、BLMに迎合してやたらな同情心を抱くより、ずっと黒人の役にたつだろう。


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「反差別」に隠れた左翼の白人至上主義

反差別運動というと、左翼の十八番になっているが、はっきり言って差別差別と騒いでいる連中のほうが差別主義者であることが多い。何故かと言えば、差別意識のない人は常に差別について考えていないから差別について口にすることもないからだ。

博物館に関する人種差別の話が二つある。まず一つ目は、サンフランシスコのモダンアート美術館(SFMOMA)のキューレーター(美術館に展示する芸術品を購入する人)が白人男性の芸術家から芸術品を購入しないのは「逆差別」だと発言したことで、白人至上主義だとして辞任に追い込まれたという話。

SFMOMAでキュレーターを長年務めていたゲリー・ギャレルス氏は、先日行われたズーム会議において、有色人種からの芸術品購入を促進すると語ったあと、「ご心配なく、白人男性芸術家からの購入を止めるわけではありません、なぜならそれは逆差別になるからです。」と語った。同会議に参加していた従業員の一人が自分のインスタグラムで白人の上司がこんなことを言ったと発言したことで、オンライン上でギャレル氏の辞任を求める声が高まった。

サンフランシスコのモダンアート美術館で長年キューレーターを勤めていた人が右翼保守であるはずはないので、ギャレルス氏自身もかなりの左翼リベラルに違いない。しかし彼は十分に過激派左翼ではなかったという理由でキャンセルされてしまったのだ。しまったと思ったギャレル氏は平謝りに謝ったが、そんなことで極左翼の怒りが収まるはずもなく、氏は「白人至上主義者」としてその職を追われるに至った。

次はスミソニアン博物館の話。

ワシントンDCにあるスミソニアン博物館の「アフリカ系アメリカ人歴史と文化」のホームページにホワイトネスというエッセイが掲載された。ホワイトネスとは白人とはどういうものかという意味。この記事には白人に対する偏見に満ちたステレオタイプがあふれているのだが、白人至上主義者が書いたのではないかと思われるくらい黒人をバカにした内容になっている。このエッセイに関する批判が殺到したので一番ひどい部分は削除されているが、前書きは次の通り。引用文は私なりのおおざっぱな概訳なのであしからず。

ホワイトネス(白さ)とは白人特有の文化や習慣や信念のことで、これによって多人種が常に比較される。このホワイトネスがアメリカ文化の根底にあるため、他の人種は常に白人より劣っているとみなされてきた。

この白人独占の文化は社会機構においても白人が有利になるように機能している。白人であることが普通とされる文化において、白人と自任している人が人種について考えることは稀である。

非白人は人種について全く違う考え方をする。有色人種は色々な状況において未だに存在する組織的及び人間関係における人種差別のため、常に過激な自己認識を持たねばならない。

ホワイトネス(そしてそれが普通と受け入れることは)色のある人に対するマクロアグレッション(小さいが攻撃的な態度)として毎日のようにあらわされる。マイクロアグレッションに含まれるのは、有色人種に対して悪態をつく、もしくは口に出さない態度やちょっとした環境や蔑みや侮辱と言ったものを含む。

こんな漠然としたことが白人による差別だと言われても、それは差別されたと感じた人の主観でしかない。白人同士でも同僚やクラスメートの間でそれなりの亀裂は生じるし、意地悪な人はどこにでもいる。それが白人が有色人種にしたらそれだけで人種差別だと取るのはおかしい。では黒人や白人やその他の人に同じような態度を取ったらそれも人種差別といえるのか、この理屈だとどうも怪しい。

その後も白人と生まれたからには組織的に色々な特権があるといういつもの言いがかりが続く。特権階級に居る人間はそのことにさえ気が付いていないというのだ。白人でも貧乏な人や恵まれない人もいるじゃないかという反論に対しても、確かにそういう人は居るが、白人が下層階級になる時は白人だからという理由からではないという。反対に有色人種が下層階級になるのは人種差別のせいだというわけだ。はっきり言ってこれは有色人種(この場合は黒人)にたいして非常に危険な思想である。なぜなら黒人は黒人に生まれたというだけでどれほど努力しても成功しないという理屈になるからだ。こんなことを言われて育ったら、黒人の若者はどんな希望をもって生きればいいのだ?

しかしここまでは前置き。これからが本題だ。下記のチャートを見てもらいたい。これはこのエッセーが考える白人の特徴だ。

  1. 強靭な個人主義: 独立心が強くその高度な価値観のため高く評価される。どんな環境にも統括できると思われている。
  2. 家族構成::両親がそろい子供も2~3人いる安定した家族組織をもつ。夫が家計を支え家の主人。妻は専業主婦で夫につかえる立場。こどもたちはそれぞれお個別の部屋を持っており独立している。
  3. 科学的な考えを重要視する:客観的で論理だった感が方をし、原因と結果の関係性を理解し具体的な結果を重要視する。
  4. 歴史:アメリカは北ヨーロッパ系移民で始まった。イギリス帝国の影響を強く受けている。主に西洋(ギリシャ・ローマ)そしてユダヤ・キリスト教の伝統がある。
  5. プロテスタント的な労働姿勢を持つ:働き者であることが成功の鍵となる。仕事前にお祈りをする。目的に達成できないのは自分の努力が足りないからだと考える。
  6. 宗教:キリスト教が普通。ユダヤ・キリスト教以外は異教。一神教以外の宗教は受け入れない。
  7. 地位・権力・権威:経済的に豊か、仕事が自分、権威を尊重、個人の所有物や家や土地を大事にする。

この他にも時間を守るとか、将来の計画性があるとか、競争心に長けているとか、社交的に礼儀正しい、とか続々と続く。

しかしちょっと待てよ、これは白人独特の価値観か?ユダヤ・キリスト教というところ以外は、これらは文明人全体に言えることではないのか?(例えば日本とか)なにも白人だけの特徴ではない。これがホワイトネスだというなら、他の人種に対して非常に失礼な言い方だ。なぜなら白人以外はみんな野蛮人だと言ってるも同然だからである。

これが白人至上主義者が書いたものだというならわかるが、反黒人差別を唱える黒人が書いたというのだから驚きだ。この理屈でいくと、こういう文明社会に必要な価値観はすべて白人の常識であるから有色人種はこうした価値観で判断されるべきではないということになる。黒人が怠けていても、彼らは黒人だからしょうがない、科学的な考え方が出来なくても、彼らは黒人だからしょうがない、警察などの権威を尊重しなくても、彼らは黒人だからしょうがない、と何もかも黒人は白人と同等の水準に達しなくても黒人だからしょうがないと言って許すべきだというのである。

これは黒人が白人に比べて劣っていると言っているのと同じではないか!なんと黒人に対して失礼な発言なんだ!

また、両親のそろった家庭が白人だけの常識だなどという考えは黒人社会に非常な悪影響を与える。子供が学業や仕事で成功するしないは、父親の存在が大きく左右する。今でも75%以上の黒人の子供が婚外出産であり子供が父親のいない母子家庭で育っていることを考えると、これ以上黒人の家庭を壊すようなことをいうのは無責任にもほどがある。

このエッセイの著者は自分の中にある白人至上主義意識に気づいていないのだろうか?

黒人は最初から差別されているから努力しても無駄だ。努力して高い水準に達するのは白人の文化だから黒人はマネしなくていい。

もしこのまま黒人がその言うことをきいて努力もせず警察に敬意も払わず家庭を築こうともせずぶらぶら生きたらどうなる?そんなことしたら黒人層はぜったいに犯罪や貧困から抜け出すことは出来ない。白人からも誰からも尊敬などされない。かえって黒人はバカで犯罪者の集まりだという先入観が強まるだけではないか、これでどうやって黒人への差別意識を撤廃できるというのか?

アメリカに住んでいて人種について常に考えていない人は、アメリカに住んでいるという以外に、別に恵まれているからでもなんでもない。実際に人種差別なんか起きていない国においては、人種についてなど常に考える必要はないからである。私は白人ではないが、私が自分の人種によって差別された経験など片手で数えるくらいしかない。しかもそのうち2回は白人からではなく同じ東洋人からされたものだった。40年間カリフォルニアに住んでいて、南部にも長期にわたって出張で滞在した中で、実際に白人に差別されたと感じたのはレストランで変な席に座らされた時と、予約して行ったのに長く待たされた時くらいなものだ。しかもどちらも30年以上前の話しで、差別の理由も東洋人だったからなのか女性だったからなのかよく分からない。

だから私は自分が有色人種だということをあまり考えたことがない。私の職場では日系アメリカ人は極端に少ないが、それでも差別などされたことはない。今借りに私が突然白人になったとしても、それをいうなら黒人になったとしても、私の生活が取り立てて変わるとは思えない。

私の職種は理系大学を出たか、それに等しい職歴がある人ならだれでも応募することが出来る。従業員の人種もまちまちで、黒人の率もかなり高い。管理職にも黒人は多く、誰も黒人だから白人と同じ水準でなくてもかまわないなどとは考えていない。

では最後にこのエッセイにあったこの発言について一言言いたい。

この国ではアメリカ人と言ったら白人のことで、他のみんなはハイフン付きである。-トニー・モリソン

ハイフン付きとは、何々系アメリカ人とわざわざ断ることを意味するが、それを始めたのは左翼であって我々保守派ではない。普通我々は何人種であろうと「私はアメリカ人だ」と思ってる。いちいち人種にこだわっているのは左翼だけである。それが嫌だというなら、いますぐ辞めればいいのだ。そうすれば、そんなこと誰も気にしないことに気が付くだろう。


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中立州には結構隠れトランプファンがいるのかも

アメリカの大統領選挙というのは、各州に割り当てられた選挙人を選ぶエレクトラルカレッジというシステムがある。たいていの州は勝った方の候補がすべての選挙人を確保することが出来る。州によっては票の確立で変わるところもあるが、明らかに多数票を取った方が多くの選挙人を得ることが出来る。これは投票数だけで勝者を決めてしまうと人口の多いカリフォルニアやニューヨークといった海岸沿いの投票者の意見だけが選挙に反映してしまい、人口の少ない州の有権者の意見が反映されないという状況が起きるからだ。よって大統領選では、州ごとにどちらが勝つかを一つ一つ見据えていかなければならないのだ。

カリフォルニア州やテキサス州のようにどちらの党が勝つかがはっきりわかっている州は注目されないが、問題なのは選挙によって民主になったり共和になったりするスイングステートが今回の選挙でどちらになびくかということだ。左翼メディアの世論調査によれば、トランプ大統領はかなりバイデンから引き離されているように見えるが、実際にそれは正しい見方なのだろうか?

今日のフォックスニュースの記事では、案外隠れトランプ支持者が多いのではないかとある。最近の世論調査で戦闘地とされるペンシルベニア州では、バイデン候補が二ケタ代のリードを見せている。しかしマンモス大学が行ったアンケート調査では有権者の支持は両候補とも同率であり、調査に答えた多くがかなりの数の「隠れトランプ支持者」居るのではないかと考えているようだ。

7月7から13にかけて行われた調査では、投票登録をしている有権者の間ではバイデン対トランプは53対40%でバイデン優勢とあるが、もっと数の少ない投票する可能性の高い有権者の間では51対44%でその差は少し縮まる。しかし同じ調査において最終的にバイデンがペンシルベニアを獲得できるかどうかという質問には意見が分かれた。

その一つの理由として、57%の回答者が、実はトランプ支持なのにその意思表示をしていない隠れトランプ支持の人が相当数いるのではないかと考えていることだ。反対に隠れバイデン支持者がいるかもと答えた人はたったの27%だった。

メディアは常にバイデンが優勢と報道していますが、有権者は2016年に何が起きたかを覚えています。2020年にもかなりの隠れトランプ票の可能性が影を落としているのです。」マンモス大学世論調査研究所のパトリック・マレー局長は指摘する。

ペンシルベニアはミシガンやウイスコンシンと共に長年に渡って民主党支持の州だったが、2016年に僅かの差でトランプがヒラリー・クリントンを破った州でもある。しかし同局長によると、トランプの支持率は確実に下がっているとのことだ。

私は結構楽観的な考えを持っていて、選挙運動はこれからなので、まだまだ解らないと思っている。いや、57%の回答者同様、世論調査には表れないトランプ支持者が結構いるのではないかと思う。暴力的なまでの左翼勢力が一見優勢に見える今の風潮では、やたらにトランプ支持の表明すると社会的制裁を受ける可能性がある。トランプ支持だといっただけでレイシストの汚名を着せられ仕事を失うなどと言う可能性も否めない。特にアカデミックの世界はひどいので、私が大学教授だったら絶対にトランプ支持だなどとは誰にも言わないだろう。

ところで先日、圧倒的に民主党が優勢なニューヨーク州のニューヨーク市で、警察を応援するラリーが行われ、非常に多くの人が星条旗を振りながら参加した。

民主党支持にも警察支持や愛国者が多いのは当然なので、ここに集まった人たちが全員トランプ支持者だというつもりはないが、こんなビデオもあった。

ニューヨークはバリバリの民主党支持地区なので、こんな旗が堂々と掲げられたというのはうれしい限り。ニューヨークですらこの状態だから、もしかしてスイングステートではもっとトランプ支持者が居るのかもしれない。

バイデンが正式に民主党候補になり、選挙運動が本格化すればトランプは十分に優勢になれると私は考える。


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ニューヨークタイムス紙、コラムニストの辞表が語る,極左翼に乗っ取られた同紙の実態

アメリカの主流メディアが左寄りなのは今に始まったことではないが、それでもつい数年前くらいまでは、一応ジャーナリストとして中立である姿勢くらいは保とうとしていた。それでNYTのような左翼リベラル紙でも、時には中庸もしくは右寄りの意見も掲載していたものだ。しかし、最近になってNYTは中立の振りすらしなくなり、あからさまに極左翼でない記事を掲載しようとする記者や編集者を内部から追い出すという状況になった。

先日も紹介したトム・コットン共和党議員のop-edをめぐって、同議員の意見を掲載する決断をした編集者が辞任に追い込まれたことで、NYTがどれほどウォーク極左翼に毒されているかが明るみに出た。

本日NYTの別のコラムニストが同社のこうした文化に耐え切れず辞任したが、その辞表が公開され話題を呼んでいる。全文はかなり長いのでかいつまんで紹介しよう。全文はこちらバリ・ウェイスの辞表を参照されたし。

辞表を提出したのはバリ・ウェイスというコラムニストで三年ほど前にNYTに入社した。彼女は自分ではどちらかというと保守派だと言っている。ま、NYTで意見を書くくらいだから保守と言ってもどのくらい保守なのかはわからないが、少なくとも左翼でないことは確かだろう。

しかし彼女が十分に左翼でないということで、最初から同社内においてのいじめや嫌がらせは酷かったとある。社員たちの間で彼女を辞めさせようとする執拗な動きがあり、ツイッターなどで同僚があからさまに彼女の人格をさげすむ悪口を書き連ねた。同僚たちは彼女をナチとかレイシストと言って責め、またユダヤ人について書いているなどと嫌がらせをした。社内メールでは彼女の名前の横に斧の絵文字を使った。斧(アックス)とは誰かを辞めさせるという意味。

このような嫌がらせは普通なら険悪な職場の雰囲気を作っているとして罰せられるような行動だが、左翼が保守派に対してする分には全くお咎めなしということらしい。

それでも個人的な攻撃だけならまだ我慢もできる。しかしNYTはツイッターで炎上することを極端に恐れ、ツイッターこそが事実上の編集長になっているとウェイスは語る。

ザ・タイムスにおいて残った規則は非常に選択的に行使される。記者の考えが現在の風潮に合っていれば問題はない。彼らの仕事は全く吟味されずに続けられる。そのほかの人々は常にデジタル雷雨を恐れて生きるのだ。適当な標的に向けられればオンラインの毒牙は正当化される。

二年前なら普通に掲載されたであろう意見が著者や編集者を解雇に追い込むか少なくとも窮地に追い込む。ソーシャルメディアで炎上するかもしれないと思われる記事は記者も編集者も遠慮して提案しない。著者が正しいと信じて提案したとしても無難な路線に導かれる。そしてもし時々でも掲載することに成功したとしても、それが明白に革新的な考えを奨励しない場合、一行一行気を付けて添削され交渉のすえ注意書きを済ませた後でのみ出版される。

この手紙に関するコメントをちょっと読んだが、「これは単なる資本主義だ、新聞社に合わない記事を載せた人間が首になるのはしょうがない」といったコメントがあった。しかしこれは資本主義ではない。資本主義というのは市場がその価値を決めることにある。

どんな記事でも批判されるのは当然だが、そのせいで新聞の購読者が減ったというのであれば、読者が嫌がる記者を首にするというのは分かる。だが、掲載前からSNSで炎上するのが怖いからといって自分たちで検閲してしまうのは全く市場を無視した行為だ。

事実、ニューヨークタイムスの購読数は激減しており、同社の経営は火の車だ。極左翼や、どうせ新聞など読まないSNSのK-Popファンなんかのご機嫌をうかがっているよりも、どうしてそんなに読者が減ったのか、もっと真剣に考えてみるべきではないのか?

こういう状態になっているのは何もNYTだけではない。左翼オンライン紙のVoxですらも、キャンセル文化を批判した創設者のひとりがもう一人の創設者から批判されたりしている。

極左翼は言論の自由にとっては癌のようなものだ。新聞社をどんどん食い尽くす悪性の癌だ。もし新聞社にこの癌を取り除く勇気がないなら、いずれアメリカの左翼メディアは癌に侵されて死滅するだろう。彼らに自浄機能がないなら、それも仕方ないことだ。


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FBIが言う中国のキツネ狩り作戦とは何か?

クリストファー.A.レイFBI局長は先日、中共工作員がアメリカ在住の中国人に中国へ帰国するように働きかける、いわゆるキツネ狩り作戦を積極的に行っていると発表した。

レイ局長によると、中共による諜報工作はアメリカに対して長期にわたり最大な脅威であるとしている。

先日行われたスピーチのなかで、レイ局長は北京諜報部の仕事のひとつとして在米中国人に帰国するか自殺するかの選択を迫ったとある。

キツネ狩り作戦は6年前に習近平が外国へ逃亡した腐敗した高官を罰するために始めたものだが、これは大成功だったと大々的に宣伝された。しかし今は中共政府反対派の中国人を燻りだすのに使われているという。

中共はキツネ狩り作戦のことを国際的な反腐敗分子対策と説明しているが、実際には中国共産党に危険を及ぼすとみなされた、政治的な競争相手や反共産党主義者や共産党批判者などが対象になっている。そして何百人という犠牲者がアメリカに住んでいるという。しかもその多くがアメリカ市民や永住権所持者だというのだ。中国はそういう在米中華系人を中国に強制的に連れ戻そうとしているのだ。そしてそのやり方は非常に恐ろしい。

例えば、キツネ狩りの対象になった人間の行くへを突き止められない場合、中国政府は対象者の在米の家族に使者を送り、中国へ帰るか即座に自殺するか二つに一つの選択をせよというメッセージを本人に届けさせるのです。

レイ局長によれば、この作戦は全世界に広がっており、FBIは他の諸国と協力して捜査に当たっているという。

局長は米国内でキツネ狩りの標的になったと感じた人は即座にFBIに連絡するようにと訴えた。

FBI局長はどちらの候補とは言わなかったが、中国政府は今回の選挙でも自分らの有利になるように働きかけていると語った。対中共の強硬姿勢を見せているトランプ大統領と、中国とずぶずぶのバイデンとでは中国がどちらに取り入ろうとしてるかは明白だろう。

またFBI局長は中国は大規模なハッキングやID窃盗や知的財産工作などを積極的に行っており、すでに1000件にも及ぶ事件の捜査中だという。

中国と国境争いをしているインドでは中国のアプリ、ティックトックを使用禁止にしたが、アメリカでも検討中だということだ。

実はこの間、長年中国に住み2~3年前にカリフォルニアに移住した南アフリカ籍のブロガー、ウィンストンが、中国版のSNSで変な女性から言い寄られたと話していた。彼女はSNS上では公開していないウィンストンの本名を知っており、取材したいので自宅へ行ってもいいかとか、それを断るとホテルで会わないかとか色々言ってきたという。ウィンストンは妻子がいることを強調して直接あわなくてもネットでインタビューには応じると答えたところ、なぜか下着姿の写真を送ってきたという。これはいわゆるハニートラップだなと気づいたウィンストンはそのまま会話を終了させた。

ウィンストンは中国人ではないが、中共政府に批判的なビデオをいくつもあげているため目をつけられたのだろう。この他にも彼の中国人妻の職場や中国在住の妻の両親にまでウィンストンに関する情報調査の手が伸びているという。中国人のみならず、在外の外国人にまでこうした圧力をかけてくる中国共産党。本当に恐ろしい政権だ。


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キャンセルカルチャーなんて存在しない、いや存在していたとしても良いことだ、極左翼の矛盾した返答

先日左翼系作家やジャーナリストや知識人150人余りがキャンセルカルチャーに抗議する声明文をハーパー紙に発表したことに関し、親キャンセルカルチャーの極左翼150人からの返答が公開された。 

この手紙は先ず、反キャンセルカルチャーの声明文に署名した人々は著名で多大なる講壇を持つ白人エリート層の人ばかりで、若干何名か黒人知識人が含まれているとはいうものの、これまで少数派として虐げられていた人々の意見については語られていないというもの。

これは確かにその通りなのだが、著名人であるからこそ最初の声明文には意義がある。零細な売れない作家や記者らが自分らの作品が出版されないなどと文句を言ってみても、それはお前らに才能がないからだ、で済まされてしまう。しかし著名で成功している人々ですらも、政治的に正しくないとされる意見を言った途端に業界や社会から締め出されるという事実があるからこそ、この文化の危険性がわかるのである。

だが親キャンセル文化の連中の言い分は、白人エリートが冷遇されてきた少数派をよそに、自分らだけで成功を楽しんで来たのだから、多少批判されて出版の機会を失うくらいのことで文句いうな、そのぐらいはキャンセル文化などと言えるようなものではないということらしい。だいたいハーパー紙のような立派なプラットフォームで声明文を出せるぐらいなのだから、彼らがキャンセルなどされていないことの証拠だというのである。

しかし、この声明文はキャンセル文化など存在しないと言ってるそばから、最初の声明文で挙げられたキャンセルの例に関する反論において、如何にキャンセル文化が必要であるかを説いている。

ニューヨークタイムスの編集員が辞任に追い込まれた件

NYTのジェイムス・ベネットという編集員がBLM暴徒に対して軍隊を出動させるべきだという意見を書いたトム・コットン共和党議員の意見をop-ed欄に掲載したとして、同社の極左翼若者社員から抗議が出、同社の上層部がそれに迎合したことによりベネット氏は平謝りした挙句に辞任した。op-edとはその名の通り同紙の意見の「反対意見」であり同紙の意見を示す社説ではない。op-edに反対意見を載せなければどこに載せられるというのか?

しかし親キャンセル文化派は、BLMやアンティファの暴動を「言論の自由を行使しているだけ」のアメリカ市民と表現し、その平和的な市民に軍隊を出動させるべきなどという意見は掲載されるべきではなかったとベネット氏を批判。これは権力のある人が自分のプラットフォームを悪用した例であると主張。だがそれならなぜベネット氏が辞任しなければならなかったのか。

こういう場合、コットン議員の意見に関する反対意見をあとで載せればいいのであって、意見を掲載した人を辞任に追い込む必要はない。これはコットン議員の意見へのバックラッシュではなく、コットン議員に発言の場(プラットフォーム)を与えた編集者への制裁だ。

著者の人種が本物ではないという理由で出版が取り下げられた件

 ジェニー・カミングスがメキシコについて書いた本で、著者がメキシコ人ではないプエルトリコ系白人であったことから批難され出版を取り下げられた。黒人やラテン系の著者が同じような本を出版しようとしてもカミングスが得たような報酬は望めない。だから白人の著書が本物の体験によるものでもないのに出版されなくて当然だという理屈。カミングスが白人だろうと火星人だろうとメキシコに関する本を書いてはいけないという理屈はおかしい。彼女が当初契約を得られたのは彼女の才能にあるのであり、彼女が白人だったからではあるまい。(ミスター苺は白人作家だが全然売れてないぞ!)これも彼女の著書に関する批判ではなく、彼女の本が出版されたことそのものが正しかったとする意見に問題がある。

このほかにも色々前者の挙げた例について、それはキャンセル文化とは関係ないという理屈をこねてはいるものの、例えそうだったとしても当然の成り行きなので問題はないという意見。

親キャンセル派の意見は、反キャンセル派の人々は自分らが好きに使ってきた権力が使えなくなったことに文句を言っているだけで、本当の意味での言論の自由など興味がない、そんなのはただの言い訳だと言いたいらしい。たしかに私たち右翼保守から言わせてもらえば、両者とも同じ穴のムジナと言えないこともないが、それでも左翼側からこういう意見の違いが出てきたことは好ましいことだと思う。無論声明文などいくら書いても極左翼には通じない。

もしリベラル派が極左翼と対抗したいなら、右翼保守とは絶対に手を結べないなどと言ってないで言論の自由のために戦わなければならない。彼らにその覚悟はできているのだろうか?


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キャンセルカルチャーを止める力は我々にある

本日も続けてキャンセルカルチャーについて書きたいと思う。先日よもぎねこさんからご指摘があったように、キャンセルカルチャーは以前2016年に拙ブログで紹介したノープラットフォームの延長線にある。

ノープラットフォームは充分に左翼(今でいうウォーク)ではないと認定された教授や知識人が大学キャンパスで講演を拒まれるといった主にイギリスではじまった動きである。アメリカでは当初、右翼保守の知識人が大学での講演を拒まれるという形で始まった。数年前、極右翼のマイロ・ヤノポリスのカリフォルニア州バークレー大学での講演に反対する左翼による暴動につながったのがそのいい例だ。

しかしこのノープラットフォームは大学構内を超えSNSの世界にも広がった。フェイスブックやツイッターそしてユーチューブなどが保守派の口座を次々に凍結するようになった。しかし攻撃の対象は右翼だけでは収まらなかった。

いまやキャンセルカルチャーとなったノープラットフォームは、どれだけ敬虔な左翼であろうと容赦しない。ニューヨークタイムスの編集者が同紙に共和党議員の意見を載せたというだけで同社の若いウォーク社員からの圧力で辞任を余儀なくされたり、大学の教授が授業中に読んだマーティン・ルーサー・キング牧師の獄中での手紙のなかに、黒人への侮蔑語が含まれていたというだけで人種差別者扱いされるという極端な状況になっている。よもぎねこさん曰く、

それで今の状況を見ていると、彼等は保守派を黙らせたので、次に矛先を自分達の仲間内へと向けるようになったのではないですか?

 これってロシア革命の時に、皇帝一家始め帝政時代の政治家や貴族を殺戮し終えた共産主義者が次に自分達の仲間内で粛清を始めたのとまったく同じメカニズムでしょう?

現に、このキャンセルカルチャーに抗議する声明文を書いた100人あまりの左翼リベラル系作家やジャーナリストたちがすでに激しいい攻撃の対象となっている。先日ハーパー紙に掲載されたキャンセルカルチャーに関する声明文は、過激派左翼から「キャンセルカルチャーなど存在しない!」という不誠実な猛攻撃を受けている。

しかしこれらの左翼リベラル知識人が本気でキャンセルカルチャーを辞めさせたいなら声明文など書いていても無駄である。極左翼にいくら嘆願しても相手は聞き入れてなどくれない。彼らとの妥協も交渉も不可能である。

ではいったい我々はどうすればこのキャンセルカルチャーに立ち向かえばいいのだろうか?

極左翼の要求が通るのは、我々非極左翼の人間が応えてしまうからだ。一般の雇用主にしろ出版社にしろ大学やもろもろの組織が、従業員やメンバーへの理不尽な攻撃に勇み足で極端に反応するのをやめて、もう少し落ち着いて状況を判断することから始めるべきだ。ネットのアラシ連中の集中力などハエほどもない。調査中ですと言って時間稼ぎをしていれば、自然と忘れて次の標的を探すようになるだろう。

多くの組織は人種差別者の汚名を着るのを極度に怖がる。調べれば根拠のないいいがかりだとわかったとしても、そういう説明をいちいちしているうちに風評が広がってしまうのを恐れているのだろう。だからこういう企業に「ちょっとまって、少し落ち着いて」と言ってみても無駄かもしれない。

だとしたら、企業/組織の痛いところをつくしかない。もとはと言えば不特定多数の苦情メールが組織に殺到したことから始まったのだから、そうやって従業員を解雇した企業に同じように「そんな理不尽な理由で従業員を解雇するな」という苦情メールをおくってはどうか? そして不条理に解雇された人は募金活動などして企業相手に訴訟を起こすという手もある。企業はもともと面倒くさいことがきらいだから解雇に踏み切ったわけだし、解雇すればもっと面倒くさいことになるとなれば、そう簡単に解雇は出来なくなる。

そして理不尽な噂を流した人々の責任を徹底的に追及することだ。文脈なしのつぎはぎのビデオをアップしてあたかも人種差別があったかのように解説を付けた人間は法律上でも社会的にも罰せられるべき。

自称ジャーナリストの攻撃記事には、攻撃対象となった人はもとより、その攻撃は理不尽だと思った人々が結託して元記事を書いたジャーナリストに反撃すべき。黙っていては本当だと思われてしまうからだ。

キャンセルカルチャーが機能するのは、権力のある組織がキャンセルに応じてしまうことからはじまる。組織や社会がその理不尽な要求に応じ無くなれば、しぜんとそんな文化は廃れてしまうのだ。しかしそれには、私も含め、すべての人々にもう少し勇気が必要だ。


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左派の方がかえって犠牲になるキャンセルカルチャー

この間、マウントラッシュモアの演説でトランプ大統領も取り上げていた左翼によるキャンセルカルチャーだが、今回はこの風潮は保守派より左翼系の人のほうが犠牲になりやすいという話をしたい。

さていったいキャンセルカルチャーとは何ぞや?これは十分に左翼思想に染まっていない人の何気ない発言を取り上げて、その人の雇用主やスポンサーに大量のメールを送って圧力をかけ、その人の生活手段を奪い社会から抹消する文化のことだ。「だれだれさんがキャンセルされた」というのは、その人が社会から疎外され人生を破壊されることを意味する。

これは何も今に始まったことではない。1980年代にトークラジオで一躍人気者になった右翼保守DJのラッシュ・リンボーなどは、左翼活動家がリンボーの番組のスポンサーの不買運動をするなど圧力をかけ、リンボーのラジオ番組を打ち切らせようとした。その圧力に負けて提供から降りたスポンサーも何社かあったが、それでもリンボーは人気がありすぎたため生き延びることが出来た。今でもフォックスニュースのタッカー・カールソンなどはしょっちゅうこの手の攻撃の的になっている。

しかし、リンボーにしろカールソンにしろ、彼らの右翼保守の立場は誰もが知ることで、今更彼らが保守的な言動をしたからといって誰も驚きはしない。彼らの雇用主もスポンサーもファンも彼らの意見を知ったうえで支持しているのだから左翼から苦情が来たからと言って、だから何なんだといった程度のことだろう。

問題なのは常に敬虔なる左翼リベラルとして生きてきた人や、特に政治的な見解など持ち合わせず無難に生きてきた人々が、十分に*ウォークでないという理由で突如として世界一の悪人と告発されて責められることだ。(*ウォーク:過激な左翼思想に目覚めている人)

例えば今話題のJ.K.ローリング女史などがいい例。同女史著のハリー・ポッターは2000年代に大旋風を巻き起こした人気大作。彼女はイギリスの移民政策などでもかなりバリバリの左翼リベラル。ところが最近彼女のトランスジェンダーに関する見解が元になり、こんな敬虔な左翼リベラルですらもキャンセルされそうな状態である。彼女の犯した罪と言えば、「トランス女性は女性ではない」という常識的な見解。

立派なことにローリング女史はハリーポッターの三主役の役者たちをはじめ作家やセレブなど多くの左翼から袋叩きにあっているが、全く怯む様子を見せない。私は女史のファンではなかったが、このことに関して怖気づかずに自分の主張を押し通している姿に拍手を送りたい。

こうしたキャンセルカルチャーに疑問を抱く左翼系の作家たちがキャンセルカルチャーを批判する声明文を発表した。この声明文の署名に名を連ねているのはローリングはじめノーム・チョムスキー、サルマン・ラシディーといった著名な左翼系作家ばかりである。この中の一人でもトランプに投票したような人は含まれていない。

その内容はといえば非常に常識的なものだ。おおざっぱにまとめると、

最近は意見が違う人間の言論を検閲する傾向がある。過激派右翼ならいざしらず、我々左翼リベラルが、違う意見に不寛容になり複雑な問題を盲目的な道徳観念で恥かしめ社会から疎外するのはよろしくない。我々こそもっと色々な角度から豊富な議論を尊重すべきである。しかし最近ほんの些細な反則と取られる意見でも、速やかかつ厳しい罰をあたえることを求める声が多く聞かれすぎる。さらに問題なのは組織のリーダーたちが評判を失うのを恐れて慌てふためき、慌ただしく不均衡に厳しい罰を与えている。

その例として出版された本が引き下げられたり、記者が特定の記事を書くのを禁じられたり、教授が特定の作家の文章を引用するのを妨げられたり、組織の代表が些細な間違いで辞任を余儀なくされたりしている。個々の件の詳細はどうあれ、我々が罰を恐れずに発言できる範囲がどんどん狭まっている。多数意見から少しでも外れれば、いや、充分に積極的に同意していないというだけで、作家や芸術家や記者たちはその生活手段を奪われる危機に直面する。

無論この声明文に対してはすでに猛攻撃が始まっている。その迅速かつ猛烈な反撃に耐え切れずに、署名を撤回する作家たちも出てきているほどだ。

これに対する反論は「キャンセルカルチャーなどと言うものは存在しない」という意見。クリオ・ロウズのこの反論はもう典型。

ロウズは声明文の言うキャンセルカルチャーなどというものはなく、それは単なる自己責任文化(Consequences culture)だという。コンセクエンスというのは自分のした行動が起こす悪い結果のことを言う。ロウズが言うに、作家が公の場で公表した意見は批判されて当然、それは別に検閲でもキャンセルでもないというのである。

無論こういう反論は不誠実極まりない。ロウズも十分承知のことだが、主流左翼の意見に少しでも外れたとされる人々は、単に公の場で批判されるというだけでなく、彼らが意見を発表する場を奪われるのだ。声明文が指摘しているように、作家と意見が違うというだけで出版社に圧力をかけてその作家の本の出版を妨げたり、大学教授が大学から首になったり、公演会場を暴力で脅迫して演説かの公演を中止にさせたりするのは単なる批判ではない。

こうした運動の主導権を握っているのがロウズのような超過激派左翼なのである。ロウズは特にローリングへの批判について、

私たち(一人で書いてるのになぜか二人称)はこれをアラシを扇動するために書いているわけではなく、心を広くもって正裁に注目したフェミニストの空間に招待するために書いている。私たちは自己責任と個人がトランスそしてノンバイナリー及び生理平等とインターセクショナルフェミニスト運動により成長することを奨励するために書いている。

この訳の意味が全く分からない読者諸氏、ご安心あれ、原文はもっと訳が分からない。これは英語ではなく左翼ウォーク語だ。我々常識人にわかる範囲ではない。しかし怖いのはこういう頓珍漢な人たちがローリング及び著名な左翼作家や記者たちの言葉を検閲しているということだ。

右翼保守はもうずっと前から講壇を失っていた。SNSは右翼保守には不寛容だ。しかし左翼のなかからも現代のキャンセルカルチャーへの批判が出てきたことはよい傾向だと思う。ローリングやこの声明文に署名した人々のように、多くの人がキャンセルカルチャーを恐れずに勇気をもって発言すれば、こんな文化はすぐにでもつぶせる。

早くそんな時代になってほしいものだ。


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黒人のイメージを悪くしてるのはハリウッド映画なのか?

この間、ブロガー仲間(と私が一方的に思っている)よもぎねこさんのことろで、黒人を犯罪者扱いする映画って見た事ありますか?というエントリーがあった。そこではハリウッドの黒人俳優たち300人がハリウッド映画やテレビ番組で黒人を犯罪者扱いする描写が多すぎることに抗議する手紙が紹介されていた。その手紙には「黒人を犯罪者扱いし、法制度を歪曲して、警察の腐敗と暴力を美化することにハリウッドや主要メディアが加担してきたことで、黒人の命が奪われる恐ろしい結果をもたらしている」と書かれていたそうだ。

よもぎねこさんは、最近のハリウッド映画で黒人を悪役にしているものは先ず観たことがないとおっしゃっている。確かに最近のハリウッド映画では黒人がヒーローだったり良い警官だったりするものはたくさんあるが、悪役が黒人というのは稀だ。

1993年にロサンゼルス暴動が起きた直後、ローアンドオーダー(法と秩序)という弁護士と警官を主役にしたテレビ番組でLA暴動が取り上げられた。しかしなんと番組の中で略奪をしていた人間はすべて白人だった!あの暴動は黒人容疑者逮捕に過剰な暴力を使ったとして起訴されていた四人の警官が無罪になり、それに怒った黒人たちが始めた暴動なので、略奪者がすべて白人だったら意味がない。これだけでも当時からテレビドラマは黒人に気を使っていたことがわかる。

ところで、このコメント欄に寄せられたかんぱちさんのコメントが的を射ていた。「おまえがいうな」という見出しで、かんばちさんはこう指摘。

「黒人=犯罪者」 というイメージを広めたのって、他でもないエンタメ業界の黒人自身でしょ? 1990年代~2000年代に流行った 「ギャングスタ・ラップ」 なんて、ミュージック・ビデオの中で黒人ラッパーが自ら 「俺たち、こんなにワルなんだぜ。うぇ~~い!!」 って、やってたし。(略)ギャングスタ・ラップの歌詞は、内容が反社会的なだけじゃなくて、女性や性的マイノリティーなどへの差別表現を多く含んでいることでも有名でしたね。

そのなかでも2Pacと呼ばれたラッパーは「警官を狙撃したり、女性蔑視の歌詞 (2パック自身はフェミニストだと語っているが、金目当てで性交する女性として 「ビッチ (bitch)」 を頻繁に用いる) などにより名誉毀損で告訴され」たそうだ。しかもノトリアス(悪名高き)BIGや2Pacは実際黒人マフィアと深いつながりがあり、人気絶頂の頃に暗殺された。

以前にも紹介した13thというビデオの中でも、夜のニュースでやたらと意図的に黒人の犯罪者が逮捕される映像が流れて黒人のイメージが悪くなったと語られていたが、国民の13%しかいない黒人が40%以上の凶悪犯罪を犯しているという事実がある以上、ニュースが意図的に黒人の犯人の姿だけを見せるという理屈はかなり苦しいこじつけだ。

それに最近TikTokやツイッターに、やたらと黒人の若者が白人に暴行を振るっているビデオが上がってくる。もう10年くらい前から黒人の若者の間ではノックアウトゲームという、すれ違いざまに非黒人(白人とは限らない)を殴り倒すゲームが流行っており、監視カメラに映ったそうした画像が結構ニュースでも報道されていた。

しかし最近になってSNSにそうした動画がたくさん上がるようになった。内容は通りがかりの見知らぬ白人をいきなり殴り倒すものから、学校の同級生の白人をよってたかって袋叩きにするものから色々だ。デパートの店員が突然黒人客に殴るけるの暴行を受けた動画は記憶に新しい。

こうしたビデオは白人至上主義の人たちが黒人を悪く見せようとして選りすぐってSNSに上げたのではなく、暴力を振るっている当人たちが面白がってビデオを撮ってアップしているのだ。聞いた話では黒人の若者の間で白人に暴力を振るったり犯罪を犯しているビデオをあげて自慢しあうサイトまであるそうだ。

自分たちでこんなことをしていたら、黒人とすれ違うのすら怖いと思う白人が出てきても不思議ではない。

BLMの名の元に略奪や放火が起こし、高速道路を封鎖して足止めを食った無関係の車を破損し運転手たちに暴力を振るう、意味もなく偉人の銅像を倒しまくる。そんな映像が毎日のように世界中に流れるなかで、ハリウッドがわざわざ黒人を悪役になどしなくても、充分に黒人の犯罪者としてのイメージが宣伝されているではないか?

黒人が黒人は犯罪者だという印象を他人に与えたくないなら、黒人の評判をよくしたいなら、自分たちの中で悪行を働く人々を糾弾し止めていくところからはじめなくてはならない。自分らの町で自分らを殺しまくっていては、いくら口で要請しようと何百人の黒人俳優が署名しようと、黒人のイメージがよくなる見込みはない。

私個人、別に黒人に対して偏見も差別意識も持っていないが、BLMのおかげで黒人は怖いという気持ちが生まれたことは否定できない。


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