イスラム脅迫に負けたドイツオペラ座の恥

本当にヨーロッパの連中は腰抜けだ。ここ2〜3日欧米で話題になっているのがこのニュース。以下、朝日新聞の記事より。

オペラにムハンマドの切られた首、独で上演中止決定

ベルリンのドイツオペラは26日、11月に上演を予定していたモーツァルトのオペラ「イドメネオ」の公演を中止すると発表した。イスラム教の預言者ムハンマドらの切られた首が出てくる場面があり、地元警察から「イスラム過激派などの反発を受ける危険性がある」と警告を受けたためという。
発表によると、公演はドイツ人のハンス・ノイエンフェルス氏(65)が演出。11月に4回の公演を予定していた。03年の初演時にはムハンマドのほかキリストや仏陀の首が出てくる奇抜な演出に批判が出ていた。今年7月、警察がオペラ側に警告していた。
中止決定に対し、連邦議会与党、キリスト教民主同盟の文化担当議員は「テロリストへの敗北になる」と語り、今後論議を呼びそうだ。
ムハンマドをめぐっては、今年初め欧州の新聞が風刺画を掲載したことにイスラム諸国が反発したほか、ローマ法王ベネディクト16世の発言が波紋を広げたばかり。

例によって朝日の記事は説明不足なのだが、このオペラ、初演は2003年で、決して今さら出てきた新しいものではない。しかも劇中に出てくる切断されたなま首は、モハメッドのものだけでなく、イエスキリスト、お釈迦様、ポセイドンらの首も出てくるのだという。そしてこれらの首はモーツァルトのもともとのオペラとは全く無関係なんだそうだ。
私はモーツァルトのオペラは結構知ってる方だと思っていたのだが、モハメッドのなま首が出てくるオペラなんて知らないなあと考えていたばかりだった。これは演出家ハンス・ノイエンフェルス氏の独自の解釈で種々の宗教を冒涜するのが目的だったらしい。はっきりいってモーツァルトオペラへの冒涜ともいえる。
初演の時はあまりの悪趣味に、観客から罵声が浴びせられ、キリスト教徒や仏教徒からも批判の声があがっていたようだ。だがその時は言論の自由だのなんだの偉そうなことを言って批判を無視していたらしい。ところがイスラム教団体から脅迫状が2〜3届いたら突然脅えてさっさと幕を閉めるこの腰抜けぶり。キリスト教徒や仏教徒は抗議の手紙くらい出すだろうが、まさか殺しにはこない。本当の脅威には立ち向かう勇気がないなら、最初からこんな悪趣味なものを作るべきではなかったのだ。
私は芸能人や芸術家といわれる能無し芸人の偽勇気にはうんざりする。決して暴力を振るわれたり出世の妨げになるような圧力はかかってこないと思う敵には勇ましいことをいい、表現の自由だなんだと言って人々を侮辱しまくるが、本当の危機が迫ってくると勇気などなんのその、表現の自由もあったればこそ、さっさと日っぽを巻いて逃げ隠れする。なんという情けなさだろう。
私はこんな悪趣味のオペラは永久に幕を閉じるべきだと思う。だが、イスラム教の脅迫に怯むくらいならどんな悪趣味のオペラでも永久に上演すべきである。またしてもヨーロッパはくだらないことで我々の勇気を試すはめになった。はた迷惑もこの上ない。


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言論の自由は私だけに

ここでも何度か紹介したが、私は元カントリーウエスタンの女性ボーカルグループ、デキシーチックスの熱狂的なアンチファン(笑)。彼女たちが2003年のイラク戦争前夜に行った反ブッシュ発言以来、私は彼女たちの人気ががた落ちしていく様子をずっとほくそ笑んで見守ってきたが、このたび、その「苦悩の」三年間を記録した自慰記録映画”Shut Up and Sing”「黙って歌え」がトロントで行われた映画祭で発表された。(注:この映画の題名は保守派の作家、ローラ·イングラム執筆の本の題名からとったもの)
私はこの映画を見る気など全くないが、すでに映画を観た映画評論家の話から拾ってみよう。

印象に残るのは、大統領が「大統領がテキサス出身なのを恥かしく思う」とリードボーカルのメインズの舞台上での発言が巻き起こした激しい反響についてインタビューされているのをメインズがテレビで観ているシーンで、抗議をしてラジオ局がグループの曲をかけなくなり、アルバムの売り上げが激減したことについて、「デキシーチックスは思ったことを言う権利があります。」とブッシュは司会のトムブローカウに答えた。「でも発言することでファンがレコードを買わなくなったからといって気分を害するべきではありません。自由はニ方通行なのですから。」

この映像を見た後でメインズは大統領の「気分を害するべきではない」という発言を繰り返しあざ笑いながら、「なんて馬鹿な奴」と叫んだ。彼女はカメラに向かってブッシュに話かける「あんたは馬鹿な(放送禁止用語)だ!」

は!あんたらの気分を害しただって? 傷付いたって? かわいそうで涙がでるよ。 トロントで行われた試写会後の記者会見に関する記事では、なんと副題が「言論の自由への困難な道」となっている。

アカデミー賞を二回も受賞しているバーバラ·コポル監督とセシル·ペック制作の、カントリーのアイドルから勇気ある自由表現のシンボルへと成長していくマグアイアー、妹のエミルロビンソンそしてメインズの姿を描いたドキュメンタリー…
「彼女たちはテキサス出身です。人々は彼女たちをその枠のなかにはめようとしました。でもこのすばらしきアメリカ女性たちはその枠から飛び出して公言し後に引きませんでした。」とコポル監督は語った。

彼女たちは後には引いてないかもしれないが、泣き言でうるさいほど騒ぎ立てた。彼女たちにとって「言論の自由」とは「何をいっても批判されない自由」ということらしい。彼女たちは何をいってもいいが、他人がそれを批判しようものなら、それは彼女たちの言論の自由を迫害していることになるというわけだ。
私はイスラエルの対テロ戦争を支持したというだけで、何度「シオニストの豚」と呼ばれたか知れない。だがそんなことでいちいち傷付いていたら保守派のブロガーは勤まらない。(笑)
言論の自由が本当に迫害された例をみたければ、911ドラマ、「911への道」の脚本を書いたサイラス·ノーラスタ氏の話(Syrus Nowrasteh) を聞くのが一番だろう。ABC制作のこのテレビドラマシリーズが民主党とクリントン前大統領によっ放映が妨害されそうになったことは以前にも書いた通り。だが、ノーラスタ氏や制作関係者の人たちは普段は人種差別や人権といったことに神経質になっている左翼新聞からひどい扱いを受けたという。(マイク·ロスさん、紹介)

7月に記者が私に人種によるレッテル張りをされたことがあるかときかれたら、喜んで、「ありません」と答えただろう。だが同じことはもう言えない。ロサンゼルスタイムスなどは私を人種、宗教、出身国、政治思想によって判断した。しかも5つのうち4つは完全に間違っていた。彼等にとって私はイラン系アメリカ人で、保守派のイスラム教徒ということだった。新世界の勇敢な記者らには私が (アメリカの)コロラド州、ボルダー市生まれだということには何の意味もなかったらしい。私はイスラム教徒でもなければ、とくにこれといった宗教団体に属していない。私は生粋のアメリカ人だ。私がそういうレッテル張りが貴新聞の新しい方針なのかと尋ねると記者は答えなかった。

このような攻撃の対象となったのはノーラスタさんひとりだけではない。彼にきた脅迫状はもとより、スタッフの身辺をいろいろ調べあげ、ディレクターのデイビッド·コニングハムさんの父親が青少年キリスト教布教団体の創設者と知るや息子のコニングハム氏が狂信家でもあるかのように描写し彼の宗教的偏向が番組制作に影響を与えたとでもいわんばかりの報道をしたという。今日の左翼社会では家族にひとりでもキリスト教徒がいるというだけで公平な判断ができないと判断して差別することが許されるのか、とノーラスタさんは問いかける。
この自分らの言論の自由は守られて、他人の言論の自由は迫害されてもかまわないという考え方は、ここ数日間おきているイスラム過激派によるローマ法王へのヒステリックな反応と酷似している。ローマ法王がなにをいったにしても、ローマ法王暗殺を訴え、キリスト協会を焼き、アフリカの小児病院でイスラム教の子供を含めた子供たちを助けてきた尼さんを殺すなどもってのほかだ。
そうやってローマ法王のひとことに怒り狂っている自分達は「信じないもの」としてユダヤ人やキリスト教徒を侮辱しているだけではなく大量に殺しまくっているではないか。いや、イスラム教徒同士ですら宗派が違うというだけで、イスラム教の祭日を狙ってモスクを破壊したりしているではないか。それでも私はラーバイや尼さんが爆弾しょってベイルートのレストランをふっ飛ばしたなんて話はきいたことがない。
気持ちが傷付いただって? ばかばかしい! お前らの神の名の元で我が同胞が毎日何人殺されてると思ってるんだ!
デキシーチックスがぶつぶつ言ってる偽の脅迫などとちがって、我々文明社会へのイスラム教過激派による脅迫は本物で深刻だ。我々はこれを軽々しく扱うことはできない。だが我々はこの脅迫におびえて沈黙するなどということがあってはならない。言論の自由はなんとしてでも守らなければならない。
それで、うるさい雌鳥たちはというと、元ファンたちは彼女たちのコンサート切符を買わないことで「言論の自由」を表現している。前回に比べ彼女たちの観客は半数に減ったという。しかも球場でのコンサートに固執したため、損害は何百万ドルにのぼるそうだ。これで彼女たちの気持ちが傷付こうとしったことか。
はっきり言ってどうでもいんだよ、あんたらの気持ちなんて、、、
関連ブログ記事
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カントリーの雌鳥たち、蘇る????


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平和な宗教

ローマ法王がイスラム教は乱暴な宗教だと批判したことに抗議して、イスラム教徒はイスラム教が平和な宗教であることを態度で示そうとした。

<法王発言>ソマリアで修道女ら2人射殺 背景に聖戦批判か

 【ヨハネスブルク白戸圭一】ソマリアからの報道によると、イスラム原理主義勢力「イスラム法廷連合」が支配する首都モガディシオで17日、イタリア人のカトリック修道女と護衛の男性の計2人が射殺された。ローマ法王ベネディクト16世の「聖戦」批判発言がイスラム世界で反発を招いており、法王発言への反発が背景にあるとの観測も出ている。
 ロイター通信によると、修道女はモガディシオ北部の小児病院で働いていた。背後から3発の銃撃を受けたとの情報もある。イスラム法廷連合の関係者はロイター通信に対して、法王発言に反発したイスラム原理主義者による犯行の可能性があるとの見方を示している。

コメント、、、無し。


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政教分離という宗教迫害  首相靖国神社参詣に思う

小泉首相が終戦記念日の15日に公約を守って靖国神社を参詣した。アメリカの新聞でもこのことは日本の首相が中国や韓国の圧力に立ち向かうものだとして評価されている。非常に喜ばしいことである。
私は長年外国暮しをしているせいなのかどうか分からないが、どうして一国の首相がその国の英霊が祀られている神社を参詣することで、諸外国に云々いわれなければならないのか、またそれにたいして日本の政治家がどうして諸外国に遠慮して参詣日をずらすなどという政策をとってきたのか、私には皆目理解できないでいる。
確かにA級戦犯が何人か祀られているとはいえ、日本のために命をなくされたかたがたの霊を慰めることがそれほど悪いことなのだろうか? また、政教分離の立場から首相が神社を政治家として参詣するのは好ましくないという意見もあるが、神道は日本文化の基盤でありその伝統を守ることに何の罪があるのだろう?
アメリカでも政教分離を唱える無宗教者によって、公共の場に掲げられる十字架や十戒の刻んである壁画などが、アメリカの政教分離の政策に反するとして訴訟が起こり、アメリカ各地で宗教的な印がどんどん消えていくという悲しい状態が発生している。そのなかで、カリフォルニアでおきたこの事件もスケールは違うが共通点がある。
ソレダド山に戦争記念碑が祀られているのだが、そこがカリフォルニア州の公地に建てられていることから、この記念碑に立つ十字架が政教分離のカリフォルニア憲法に反するとして、無宗教者が訴えていた。カリフォルニアの最高裁はこの原告の訴えを聞き入れ、即刻この十字架を取り除くようにとカリフォルニア政府に要求した。そこでブッシュ大統領は即座にこの土地を州の土地ではなく連邦政府に所属する土地とすることを上院議会に提案し、それが本日可決された。
しかし、ここまでして十字架を英霊の祀られる記念碑から取り除かねばならないという人々をみていると、彼は無宗教なのではなく、反宗教なのだと感じる。彼等の目的は政教分離ではなく宗教特にキリスト教への明らかな弾圧である。
私は神道の信者でもなければ、キリスト教徒でもないが、これらの宗教的な印をみることで特に自分の宗教が迫害されるという気にはならないし、政府が私に無理矢理これらの宗教を押し付けているとも思わない。むしろ公の場でキリスト教徒でない人々の気分を害さないためという理由でクリスマスや復活祭の飾りがどんどん消えていくのを非常に寂しく思うくらいだ。
ジュデオクリスチャンはアメリカ文化の基盤なのであり、そのシンボルはアメリカの伝統を意味する。日本において神道や仏教のシンボルがあちこちにみられるのも全く同じ意味がある。
だいたい政教分離というのは、政府が国教を築きそれを国民に強制してはならない、という法律のはずで、公共の場からすべての宗教的な儀式やシンボルを取り除かねばならないとか、政治家が特定の宗教儀式に参加してはいけないという意味ではないはずだ。いやむしろそのような干渉は政治家個人の宗教の自由を迫害するもので、ひいては宗教そのものへの弾圧でさえあると感じる。


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ユダヤ人って何者?

どうも中東のニュースが多いので、ユダヤ人に対する偏見をもった醜い意見がブログでも掲示板でも飛び交うが、私がちょっと理解できないのは、この「ユダヤ人」という表現だ。
ご存じの通り、ユダヤ人という人種は存在しない。ユダヤ教徒は世界中に散らばっているが、その人種は白人、黒人、黄色人種と種々いろいろである。アラビア地方にすむユダヤ人はセマイトと呼ばれる人種だが、それをいうならアラブ人もセマイトだから人種としては同種である。
これは無論イスラエル市民という意味ではない。イスラエルにはキリスト教徒もいればイスラム教徒もいるので、これは成り立たない。
ではユダヤ教徒という意味かと思うと、そうでもない。毎年クリスマスツリーを飾って、冠婚葬祭以外には徒歩でいけるほど近くにあるお寺に足を踏み込んだこともなく、飲茶の時に豚まんを6個は食べるミスター苺がそれでも自分はユダヤ人だといいはるくらいだから、信心深さとは無関係のようである。(厳密にはユダヤ教は母方から受け継がれるので、ミスター苺はオーソドックスの信者としては受け入れられない。)
では俗にいう「ユダヤ人」とは誰のことをさすのだろうか?
ミスター苺とカカシが最初に出会った頃、(もうかれこれ27年になる。うっそ〜!)しょっちゅうユダヤ文化の話をするミスター苺に「あなたにとってユダヤ人であることがそんなに大切なの?」と聞いたことがある。ミスター苺は「君にとって日本人であることは大切なことかい?」と反対に聞き返してきた。彼にいわせるとユダヤ人とはユダヤ教徒という意味よりも、ユダヤ民族としてユダヤ文化を保持して生きてきた人々のことだという。だからユダヤ文化は国籍とか宗教ではなく彼の人間形成の基本となっているのである。それは私の人間形成が日本文化によって育まれたものであるのと同じことだ。
ここでどうも最近日本の方々が誤解しているユダヤ人像についてひとこと、ふたこといわせてもらおう。
ニオコンといわれるアメリカの新保守派イコールユダヤ系だと思ってる人がいるが、実はアメリカのユダヤ系はどちらかというと左寄りで民主党支持が多い。アメリカでジューイッシュといわれるユダヤ系の人々の多くはミスター苺も含め世俗主義で、リベラルである。ユダヤ系が多いニューヨークやロサンゼルスなどは圧倒的に民主党支持であることでもそれがわかる。
ユダヤ人が世界の金融業をコントロールしているという陰謀説だが、、Show me the moneeey! (その金みせろ〜!訳:カカシ)
失礼しました。今夜はニューヨークです。


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過激化する欧州のイスラム教徒たち

リアルクリアポリティクス(RCP)において非常に気の滅入る記事(英語)を読んだ。これはピューグローバルアティテゥードプロジェクトが行った世論調査の結果である。(英語に自信のある方は上記の記事から世論調査の原文へのリンクから書類を開くことができる。)
下記はRCPより:
まずイギリス在住のイスラム教徒がドイツやフランス、スペインなどのイスラム教徒よりもずっと過激化しており、イスラム教徒と西洋文化との共存やイスラム教徒が西洋社会に在住することに関して、一番悲観的な考えをもっていることがわかった。驚くことに911同時多発テロがイスラム過激派によるものだと信じているイギリス在住イスラム教徒は17%しかいないということだ。スペインの33%、ドイツの35%、フランスの48%に比べると極端に少ない。
今さら驚くべきことではないが、ピュー世論調査によれば、欧州在住のイスラム教徒にる反ユダヤ教徒感情は相変わらず根強く、場所によっては増えているところもある。国別にイスラム教徒のなかでユダヤ教徒に嫌な感情を持っていると答えた数を多い順に並べると、ヨルダン98%、エジプト97%、ナイジェリア76%、インドネシア72%、パキスタン71%、トルコ65%、スペイン60%、イギリス47%、ドイツ44%、フランス28%、となる。まあヨルダンやエジプトはしょうがないとしても、欧州での60%〜28%という数は多すぎる。
傾向としては世界でのユダヤ人嫌いは減るどころか近年増えているという。2005年の調査とくらべ、増加率の多い国としてはインド22%増、スペイン19%増、トルコ5%増、ロシア4%増、フランスとイギリスはそれぞれ1%増となっている。ユダヤ人嫌いがわずかに減った国はインドネシア4%減、パキスタンとフランスで3%減、ヨルダン2%がある。
ユダヤ人への反感もさることながら、もっと恐ろしいのはアルカイダのような残虐テロリストや自爆テロなどを支持すると答えたひとの数が多いことである。
ヨルダンではザルカーウィの手下による結婚式場自爆テロによる被害が影響しているのか、自爆テロへの支持がかなり減っているが、フランス、スペイン、イギリス各国では、在住のイスラム教徒の15%が自爆テロによる無実な一般市民殺害を支持すると答えたという。(ドイツでは7%)そしてイギリス、ドイツ、スペインで12%がこれらの国々に住むイスラム教徒の「多くまたはほとんど」の人々がアルアイダのような過激派イスラム教を支持していると答えたという。
CIAの調査によると、欧州在住のイスラム教徒の割合はイギリス2.7%、ドイツ3.7%、フランス5~10%となり、スペイン在住のイスラム教徒数は約50万人。
簡単に計算して、ヨーロッパ在住の90万から150万のイスラム教徒がアルカイダのような過激派を支持し、自爆テロを奨励するということになる。これは彼等自身が爆弾しょったテロリストになるという意味では決してないが、テロリストの思想を反映する人間がヨーロッパにこれだけ在住しているということは、西側自由社会にとって非常に危険な状況である。
コメント:
アルカイダのようなテロ組織が世界で自由に行動するためには、地元からの援助が必要不可欠である。テロの件数を統計にとれば、テロが頻発するのがイスラム諸国であることがわかる。これはテロの犯人たちが地元の援助をうけながら地元民のなかに紛れ込むことが容易にできるからである。
本来ならば、欧米諸国での活動を好むはずのアルカイダが欧米において自由にテロ行動ができないのも、アラブ系のテロリストが欧米社会のなかに紛れ込むということが困難だったからである。アメリカでおきた911事件にしても、実際に飛行機を突っ込んだテロ犯人の他に彼等をアメリカ国内で援助したのは皆外国人だった。スペインでも311鉄道爆破テロでもモロッコあたりからはいってきた外国人犯人たちの仕業であった。
だが、この間のカナダの件といい、フロリダの件といい、最近では地元で生まれ育った人間がアルカイダに同調して積極的にテロ活動にいそしむという傾向が出てきている。これは自由社会に住むものにとって由々しき事態である。
自由社会のいい点でもあり弱点でもあるのが、異文化への寛容性だ。我々は異教徒の宗教の自由を制限しないし、彼等が自分らのモスクでどのような危険な思想をあおっていてもそれを監視したりすると、すぐに人権擁護団体なるものがプライバシーの侵害だとか、言論の自由迫害だとかいって大騒ぎをする。
だが、イギリスのモスクへ何度もいったことがあるというあるイスラム教徒から聞いた話だと、イギリスではモスクがテロリスト養成の予備校になっているということだ。
イスラム過激派は自由社会の寛容の隠れ蓑のなかで、着々と自由社会崩壊の陰謀を企てている。これを放っておくことは我々の将来を実に危険な状況へ追い込むことになる。対テロ戦争はイラクだけではおさまらない。欧米およびアジア諸国に潜むイスラム過激派による世界征服の企みは今後も世界の自由社会を脅かすであろう。
そのことを自由社会にすむ我々は一人一人しっかりと自覚する必要がある。プライバシーも宗教の自由も大切だが、排他的思想を肝要に許容するということは、排他主義を取り入れることとなり、結局は自由社会の崩壊へとつながるのである。だからこのような思想との戦いは人権擁護と国家警備との微妙なバランスをとりながらやっていかなければならない難かしさがある。モスクの監視、テロリストの電話盗聴、テロ団体の金融情報の監視など、テロリストの行動を監視する貴重な手段を、反射的にプライバシーの侵害だの、人権迫害だのと何も考えずに批判すべきではない。
それもわからずこのような危険なテロリストに国家機密を垂れ流すアメリカのメディアのことを考えると、腹が立つというより呆れてものがいえなくなる。ああ、情けなや。


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