民主党文化大革命とどう戦うか

アメリカでは地方議会で共和党が多数議席を持っている州が結構ある。アメリカの全体図を見て赤を共和、青を民主とすると、西と東の一部海岸沿いを除けば、ほとんどまっかっかに染まってしまう。過去四年間にわたり保守派の本髄を貫きとおしたトランプ政権。そしてこの大統領を熱烈に指示したアメリカ国民。アメリカの政治社会はどんどん保守に傾いているように見える。にもかかわらずアメリカは何かおかしなことになっている。いくら政権が保守的でもアメリカ文化の左傾化は猛スピードで進んでいる。左翼特有のキャンセルカルチャーはリベラルの間ですら脅威を感じる人が出ているほどである。

なぜ政党や地方政治が保守派なのにアメリカ文化はどんどん左翼に傾いているように見えるのか。それは保守派は礼節を守り争いを避けたいがために必要以上に左翼リベラルの要求に妥協してしまうからだ。

言葉遣いひとつを取ってみても、黒人と呼ばずにピープルオブカラーとかアフリカンアメリカンと呼べと言われると、ま、そのくらいで気が収まるならとこちらも言い方を変えてしまう。以前は性別の分からない個人に関しては「彼」という代名詞を使ったり、スポークスマンやメイルマンといった職名も、この場合のマンは男と言う意味ではなく人という意味なったのに、彼・彼女とかパーソンとか言いかえることで左翼のご機嫌を取ってきた。

だが左翼の要求は留まるところを知らない。今度は単なる女装男を女と呼べと言い出し、一人称の代名詞なのに複数形の「They」を使えなどと言いだす始末。

左翼による歴史の書き換えもすさまじい。夏中BLMの連中が偉人の銅像を次から次へとなぎ倒したのもアメリカの歴史を人々の記憶から消し去ることが目的だった。最初は南部の勇士たちの銅像を破壊していたが、最後には奴隷を開放したリンカーン大統領の銅像までなぎ倒した。左翼にとって白人が先頭を切って奴隷制度を撤廃したなどという歴史は不都合だからだ。1619プロジェクトのような虚偽歴史を浸透させるためには、白人には永久的に白人至上主義の弾圧者としての役割を果たしてもらわなければならないからだ。

では我々はいったいどうすればいいのか。どうやってこの狂気と闘えばいいのか?

我々個人に出来ることは先ず、左翼リベラルの要求を小さなことからことごとく拒否していくことだ。例えば東洋人はオリエンタルではなくアジアンと呼べなどと言われてもオリエンタルを貫き通す。黒人はブラックで押し通す。相手が一人称を「They」と呼ばなければミスジェンダーだなどと言っても生得的性に基づいて彼・彼女の名称を呼び続ける。

職場でメリー・クリスマスと言ってはいけないと言われても言い続ける。独立記念日の装飾をしてはいけないと言われても机に小さな星条旗を飾るといったように。

もっと勇気のある人は、学校で虚偽の歴史を無理やり教えられたら、親たちが協力して学校に苦情を申し入れる、もしくは転校させる、または自宅で教育するなどして抵抗する。職場で無理やり白人は皆人種差別者だというクリティカルレースセオリーなどのトレーニングを受けさせられたら、こちらから人種差別だとして企業を訴えるなどしていかなければならない。

ビッグテックの横暴な言論弾圧で、民主党が言論の自由など信じていないことに多くのアメリカ人が気づかされた。ビッグテックが独占するSNSで保守派の声はどんどん弾圧されるだろう。だが、今後は技術の発達により、どんどん個人的なサイトが可能になってくると私は思う。

たしかに今はアマゾンなど大手サーバーを使わないとサイトも立ち上げられないという状況だが、だからこそテック通の保守派がきっと必要に迫られて個人的なサイトの立ち上げが可能になると私は思う。

個人経営のユーチューバーが高予算のテレビプロダクションに出演する芸能人より人々に与える影響力が大きくなったように、大手のサーバーを使わない個人サーバーが絶対に出てくると私は思う。そうなったら一部の人々がすべての市民の声を弾圧するなどということは不可能になる。

だから我々は語り継がなければならない、トランプ大統領がアメリカの自由と安全を守るためにどれほどの努力をしてくれたのかを。そして何故これまでトランプ親ビン一人に任せてきた戦いを我々が引き継がなければならないのかを。


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戦闘は終わったが戦争は始まったばかり

普遍の正義という言い方は大昔にカカシがヤフーの掲示板でイラク戦争について話していた頃によく使った言葉使い。良いとされる行いは誰によるものでも讃えられるべきであり、反対に悪いとされる行為は誰によるものでも糾弾されるべきということ。すべての人を同じ基準で計るというのはそうそう容易なことではない。自分の仲間や好きな人や尊敬する人が間違いを犯した場合、それをきちんと批判することが出来るという人は意外と少ない。

しかし悪いことは悪いと言えないのであれば、正義などという言葉は意味がない。先日のトランプ支持者による議事堂襲撃はどんな理由があるにせよ正当化することは出来ない。またあのような結果になったことにトランプ大統領に全く責任がないと言うこともできない。一月六日にワシントンDCに集まって抗議しようと呼びかけたのはトランプ大統領自身だから。

私は議事堂への襲撃がトランプ支持者たちが計画的に行ったことだとは思っていない。ましてやトランプ大統領自らが煽った行為だなどと言うつもりは毛頭ない。多分支持者のなかに混じったアンティファ工作員が首都警察と内通してことの暴走を煽ったのだろう。だが、誰に煽られたにしろ、審議中の議事堂に乗り込むなどという愚かな行為に参加したトランプ支持者たちには憤りを覚える。DCに集まって感情が高ぶったのも分かる、今までの不満が爆発したのも分かる。だが、最後の最後で暴力沙汰に至るなら、BLM/ANTIFAの連中とどんな差があるというのだ?敵に我々を責める弾丸を与えてしまったようなものだ。

この戦闘は明らかに我々の敗北に終わった。選挙自体はトランプ大統領の圧勝だったと確信するが、敵による不正があることは十分予測できていたにも関わらず、味方の守りはあまりにも甘かった。

敵がどれほど汚い手を使ってくるかがはっきりした以上、今後の選挙で勝とうと思うなら、こちらにも相当の覚悟が必要だ。

激戦州の多くは州議会は共和党が多数議席を握っていた。にも拘わらず、これらの共和党議員たちは民主党の選挙管理委員会や民主党法廷のやりたい放題を許してしまった。もともと郵便投票は特定の条件を満たしていなければならないという州憲法を無視し大量の郵便投票を認め、選挙締切日の延長を議会の認定なしに行った法廷を黙認してしまった。開票時に共和党監査員が立ち入りを拒否されたり、監査を阻害されたりしても共和党議会は何もしなかった。

もし今後、今回のような不正を防ぎたいと本気で思うなら、共和党は今回のような失態を絶対に起こしてはならない。それで私の提案だが、

  1. タッチパネルによる投票を廃止し、すべて紙の投票用紙を使う。タッチパネルを使っても投票が紙に印刷され、それが数えられるのであればよしとする。
  2. ドミニオン集計機の撤廃。この集計機を使った不正があったと断言はしないが、不正がしやすいソフトが入っていることは明白なので、安全確保が出来ない以上使用禁止にする。
  3. 開票時の監査は民主/共和双方の監視員を義務付け、共和党監査員を邪魔する職員はその場で逮捕する。共和党は地元警察とあらかじめ話合い、共和党監査員の身の安全を保証する。
  4. 選挙管理委員会が全員民主党の管轄になるようなことを許してはいけない。どの地区であろうとも必ず共和党メンバーが入るようにする。
  5. 憲法に従った選挙を実施し、例外を認めない。

不正が起きてしまってからでは、どれだけ証拠を集めてみても選挙結果を覆すことは出来ない。それは今回のことで十分学んだはず。もし共和党が共和党として存続したいのであれば、選挙不正は徹底的に取りしまわねばならない。

選挙に関する提案はこのくらいだが、実はもっと大事なことがある。その話は長くなるのでまた次の機会に回そう。


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起こるべきして起きた米ボーイスカウトの破産宣告

先日ボーイスカウトは性虐待に関する多数の訴訟の賠償金を払いきれず破産宣告をした。下記はニューズウィークの記事より。

ボーイスカウトアメリカ連盟は、過去の性的虐待に関する数百件の賠償訴訟によって巨額の賠償の支払いに直面する見通しとなったことから、18日に破産申請を行った。

デラウェア州の裁判所に提出された破産申請によると、連盟の負債は10億ドルという膨大な金額に上り、連盟の資産は100億ドルとされている。

創設から100年以上の歴史を誇り、現在も200万人の青少年メンバーを抱える連盟は、全国で次々に提訴される賠償訴訟を受けて、2018年12月から破産申請の準備を進めていた。 今後は破産保護のもとですべての訴訟を統合して和解交渉に入り、最終的に一括の和解合意を目指すと見られている。 (略)

連盟のジム・ターリー全国議長は破産申請に際して、「連盟は(被害者の)皆さんを信じているし、必ず賠償に応じる。皆さんと家族にカウンセリングを提供するプログラムも用意している」と、被害者と家族に呼び掛けた。被害者への賠償を進めるうえで信頼を維持するために破産を宣言した、とターリーは話している。

私は知らなかったのだが、カリフォルニアをはじめ幾つかの州で一時的に性虐待犯罪の時効を停止し、何十年前の犯罪でも民事裁判を起こしても良いという法律が通ったという。それで1944年から何十年にもわたるスカウトマスター(指導員)による男児への虐待をさかのぼって訴えることが出来るようになったということだ。

実は私もミスター苺も米ボーイスカウト(BSA)が性虐待の訴訟によって壊滅するであろうことは10年前に予測していた。当時からBSA内における大人による男児への性虐待は問題になっていたが、それに加えて左翼連中から同性愛者をBSAに入隊させろという圧力が非常に強くかかっていたからだ。

実はBSAにゲイを入隊させろという訴訟は最高裁判所まで行き、20年前の2000年にBSAの勝利で終わっている(Boy Scouts of America et al. v. Dale)。最高裁はBSAは民間の宗教団体であり親交の自由が保証されており、その方針を変えることで団体の運営に多大なる障害となる場合、特定の人間の入隊を拒むことが出来ると裁断を下したのだ。

ところがその10年後の2010年、今度は過去にスカウトマスターたちによって性虐待を受けたという元隊員たちからBSAを相手取った訴訟が相次いだ。ゲイ隊員を拒絶していてもこういう事件が起きるのであれば、入隊を受け入れたりしたらどんなひどいことになるか、それを懸念してBSAはずっとゲイ入隊を拒んできたのだろう。

しかし残念なことにBSAは2013年にゲイ隊員の入隊を受け入れた。もうこの時から私もミスター苺もこれでボーイスカウトは終わりだと思った。

BSAのピークと言えば1969年、ニール・アームストロング氏が月面に足を踏み入れた年だ。当時のメンバーの数は六百万人。50年後は2百万に減り、ユタのモルモン教支部の脱退でメンバーの数は1/5となってしまった。最近ではメンバーを獲得するためにボーイスカウトの名前をスカウトBSAと変えて女子メンバーを勧誘するまでに落ちぶれてしまった。

いったいどうしてこんなことになってしまったのか? フェデラリスト誌で去年アルフレッド・シーワーズ教授がボーイスカウトは経済的のみならず道徳的にも破産していると書いている。

BSAはもともとキリスト教宗教の道徳観念を根本にして心身ともに健全な男児を育てるという信念で始まった。にも拘わらず、最近ではLGBTQ+概念に汚染され、今年の大会ではコンドームを配るなどという話まで出ているという。そして神への忠誠を誓うという宣誓まで「神」でなく「人間愛」と差し替えられてしまったそうだ。

左翼リベラルは昔からBSAを目の仇にしてきた。神や家族を第一に考える団体は共産主義者たちには目の上のたんこぶだからである。BSAは裁判に勝ったとはいえ、多々の地域でその活動を妨害されてきた。これまで無料で使っていた公園の使用を拒絶されたり、学校での勧誘を禁止されたり、あたかも白人至上主義のネオナチ団体かなにかのような扱いをされてきたのだ。

BSAはそれに耐えて戦ってきたが、結局最後には左翼リベラルがBSA幹部に入り込みBSAの本質を内部から崩壊させることに成功した。BSAはゲイ隊員やリーダーを受け入れ、トランスジェンダーを受け入れ、そして女子まで受け入れた。

変わったのはメンバー構成だけではない。クリスチャンの教えの下に自制心を養うはずが、自己表現こそが美徳と180度変化。男子だけでセックスなど考えずに済む安全な場所であったはずがゲイだのトランスだのコンドームだのとセックスまみれの環境に変化。そしてボーイスカウト特有の厳しい肉体運動までも厳しすぎると優しい活動に変化。これではボーイスカウトの姿かたちも残ってやしない。道理でメンバーが減るわけである。

ボーイスカウトの性虐待やその隠蔽といった性質は決して褒められたものではない。宗教団体と言いながら、そのような悪い因子を許容してきたことに言い逃れは出来ない。しかし今の段階でBSAを訴えてみても被害者に損害賠償が支払われる可能性は低い。

BSA崩壊は左翼たちの陰謀だったとツイッターで書いたら、どこにそんな証拠があるのかと挑戦してきた奴がいた。それはBSAの辿った経過を見れば誰の目にも明なはずだ。左翼たちが執拗なまでに起こした訴訟また訴訟。最後には運営幹部の乗っ取り、BSAは経済的にも道徳的にも破綻してしまったのである。

参考:The Boy Scouts’ Bankruptcy Is Not Just Financial. It’s Moral


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予定外の子供なんて存在しない、妊娠中絶反対を訴える力強い映画、アンプランド(Unplanned)

先日、アラバマ州で非常に厳しい人工中絶規制法が通った。それで私は書きかけでそのままになっていた映画の話をしようと思う。

その映画というのは、アメリカの妊娠中絶専門施設プランドペアレントフッドのテキサス州にある支部の最年少局長としてやり手だった女性が、徐々にそのやり方に疑問を持ち、遂に反中絶運動家になるまでの話を描いたアンプランド。

プランドペアレントフッド(PP)とは家族計画という意味。この組織は表向きは避妊や妊婦への医療提供をするNPO無益法人ということになっているが、実は単なる中絶専門施設。アンプランドという題名は計画していなかったとか予定外のという意味で、PPの家族計画という名前にかけている。

映画は冒頭から中絶手術の生々しいシーンで観客を引き込む。主人公のアビーはPP支部の局長だが看護婦ではない。8年も務めていた自分の施設でも、それまで中絶手術に立ち会ったことは一度もなかった。彼女はその日たまたま手が足りなかった手術室に駆り出され、妊婦のお腹にエコーの器具をあてがう役を請け負った。そばにあるビデオモニターには、はっきりと胎児の姿が写っている。医師が吸引機を妊婦の胎内に差し込むと小さな胎児はあきらかに防衛本能をはたらかして逃げようとしている。そして吸引機が作動すると、胎児が動いていた部分が、あっという間に空洞になった。

私はこのシーンを息をのんでみていた。悲鳴を挙げそうになったので両手で口をふさいだ。嗚咽を抑えようと必死になった。あまりにもショックでその場から逃げ出したい思いがした。ふと気が付くと映画が始まるまでざわついていた劇場はシーンとしており、女性たちが私と同じように悲鳴を抑えている緊張感が伝わって来た。

この、冒頭から観客の感情をつかむやり方は非常に効果的だ。映画はその場面から十数年前に話がさかのぼり、主人公アビーが大学生だった頃からはじまる。アビー・ジョンソンとプランドペアレントフッドの出会いは彼女が大学生の頃、学校のサークル勧誘イベントで誘われたのがきっかけ。避妊に力を入れなるべく中絶を減らし、いざという時は安全な中絶手術を提供するという宣伝文句に動かされ、アビーはボランティアとしてPPで勤めはじめる。その後彼女は無責任なボーイフレンドとの間に出来た子供を中絶。親の反対を押し切ってその男性と結婚したが夫の浮気ですぐ離婚。離婚寸前に二度の中絶を経験する。自身の中絶体験は決して良いものではなかったのにも拘わらず、アビーは若い女性を救うためだという信念に燃えてPPで正式に勤め始める。

診療所では有能なアビーはどんどん出世し最年少の局長にまでなったが、彼女の良心に常に影を差していたのはPP診療所の前で診療所へやってくる若い女性たちに話しかけている中絶反対のキリスト教徒たち。また、敬虔なキリスト教徒であるアビーの両親もそして彼女の再婚相手で娘の父でもある夫もアビーの仕事には反対だった。

アビー・ジョンソンは悪人ではない。彼女は本当にPPが女性を救っていると信じていた。女性が妊娠中絶は非道徳的ではないと自分に言い聞かせるのは簡単だ。

先ず未婚で妊娠してしまったら、両親に未婚なのにセックスしていたことがばれてしまう、学校も辞めなきゃならなくなる、世間の偏見の目のなか貧困に耐えながら子供を育てなきゃならなくなる、養子の貰い手なんてそうそう居るわけないし、そんな家庭に生まれた子供だって幸せにならないだろう。たった一度の若気の至りで一生女の子だけが罰を受けるなんて不公平だ。それに、初期での中絶なんてまだ小さな細胞で胎児は痛みなど感じない。盲腸を取るより簡単な治療なんだから、、、などなどなど

しかしPPのカウンセラーは若い女性たちに中絶をすることによる肉体や精神的な影響について話すことはない。養子を迎えたがっている不妊症の夫婦がいくらでも居る事実も伝えない。ましてや一個の人間の命を自分の勝手な都合で殺してしまうということが如何に罪深いことなのかということを若い女性たちは教えられない。

中絶を法律で禁じても違法で危険な中絶をする少女たちは後を絶たないだろう。いくら禁欲を解いてみても本能には勝てない。だったら不覚にも妊娠してしまった若い女性たちが違法で危険な中絶をして命を落とすようなことにならないためにも、安価で安全な中絶施設を提供することの何が悪いのか。そう思いたい人の気持ちはよくわかる。

でも忘れないでほしい。中絶は母体のみの手術ではない。尊い命がかかわっているのだ。自分の身体をどうしようと余計なお世話だというが、胎児の身体は母親の身体ではない。母親だからというだけの理由で殺してもいいということにはならない。他に選択肢があるならなおさらではないか?確かに15~6歳で妊娠してしまったらどうすればいい?親にセックスしてることが知れてしまう。さっさと除去してしまいたい。その気持ちはよくわかる。でも彼女が抹殺してしまいたいその命をのどから手がでるほど欲しがっている夫婦もいるのだ。

私はアメリカの学校でどのような性教育がされているのか知らないが、避妊の話だけでなく、命の尊さについてもしっかり教えて欲しいと思う。

残念ながらPPのような組織がなくなるとは思えない。また、全国的に中絶を違法にすることが可能とも思えない。ただ、PPを無益法人ではなく営利企業として連邦政府からの補助金は今すぐやめるべきだと思う。大事なのは法律で禁じることではなく、若い人たちに中絶以外に選択肢があることを我慢強く説いていくしかないだろう。PPの柵の向こう側から祈っているキリスト教徒たちのように。いつか、アビーの心に届いたように、我々の声が届くように祈ろう。


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日本人はレイディースファーストとフェミニズムを混同している?

前回紹介した「なぜ日本人は席を譲らない?」についての感想をネット仲間(私が勝手にそう思ってる)のよもぎねこさんも同じオプエドについて全く違う反応を示していた。よもぎねこさんのブログエントリーを読んで日本ではレイディースファーストについてかなりの誤解があるのではないかと考えた。

よもぎねこさんだけではないが、日本の方々がレイディースファーストに抵抗を持つのは、それが必ずフェミニズムと結びつけて考えられるからではないだろうか。この際なのではっきり言っておくが、レイディースファーストとフェミニズムは同じではない。いや、それどころかこの二つは全くもって相反する思想であり、アメリカのフェミニストたちは往々にしてレイディースファーストを拒絶してきたのである。

もし日本のフェミニストたちが欧米ではやってるからというだけでレイディースファーストを取り入れようなどと考えているのだとしたら、その根底にある思想も解らずにただ欧米の習慣を妄信しているだけだというよもぎねこさんのおっしゃる通りだろう。

尤も連中が馬鹿フェミなのも、そもそも現在の馬鹿フェミ理論が、西欧の受け売りだからでしょう。だから男女の能力に差がない事を前提に男女平等を求めながら、「女性は男性に守られて当然」と言うレディーファーストの理論が完全に矛盾する事を理解できないのです。 つまり最初から物事を論理で考えているわけではないのです。

まさしくその通り。アメリカのフェミニストたちはその矛盾に気づいたため、ひと昔前のフェミニストたちは、男性からドアを開けてもらったりすると「私はフェミニストよ、ドアくらい自分で開けられます!」と怒ったものである。

日本でアメリカの文化について誤解が生じるのは、日本に入ってくるアメリカの政治的思想は往々にして左翼リベラルの思想なので、アメリカ全体がそうなのだろうかと勘違いしてしまうせいだろう。よもぎねこさんは、欧米に騎士道という考えがあって、それに従った礼儀作法があることくらいは知ってますとおっしゃっている。これは先のオプエドを書いた渡邊裕子さんが日本人は騎士道について知らないと書いていたことへの反論だ。もちろん私も日本人が西洋の騎士道について無知だとは思っていない。しかしながら騎士道は騎士のみならず女性にも求められる非常に保守的な礼儀作法なのだということを日本の皆さまはご存知なのだろうか。

だいたい騎士道などというものは男女の役割がはっきり分かれていた左翼フェミニストたちが心から嫌がる父系社会の賜物だ。しかも、西洋で騎士が存在していた12世紀頃の上流社会のしきたりだ。よって、そういう古臭い伝統を守っているのはアメリカでも保守的な人が断然多い。それで自分を革新派だなどと自負している左翼リベラルや、ましてや過激派フェミニストたちが支持しているわけはないのである。

日本の、特に日本の伝統を守りたい保守派の皆さまが西洋のレイディースファーストに抵抗を持つのは、西洋の悪い左翼的な考えばかり持ち込む日本の馬鹿フェミどもが欧米でやってるから日本でもやるべきと喚いているからなのではないだろうか? だとしたらそれは大変な誤解だ。

レイディースファーストはフェミニズムとも左翼リベラルとも無関係だ。今の西洋におけるレイディースファーストは、単に西洋の人々がユダヤ・キリスト教の教えに基づいて隣人への愛を表現しているにすぎない。それが日本社会に合うかどうかは日本人が決めることだが、男女問わず回りの人々に暖かい手を差し伸べることは決して悪いことじゃない。


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レイディースファーストと文明社会の関係

日本人はなぜ席を譲らない?」というニューヨーク在住の 渡邊裕子(わたなべ・ゆうこ)さんというビジネスコンサルタントのオプエドを読んで、かなり共感することがあった。実はツイッターでこの記事を批判的にツイートしている人がいて、どうせまたニューヨークリベラルの出羽守さんによる日本批判なんだろうと思って読んでみたら、全く内容が違っていたので読者諸氏と共に考えてみたいと思う。

渡邊女史は仕事の関係でよく日本へアメリカの同僚と共に出張で来るそうだ。その度に、欧米の男性は妊婦やお年寄りにすぐに反射的に席を譲るのに対し、日本の男性は若者でも優先席にのさばっていたり、重たい荷物を持っていても持ってもらったことはなく、かえってもたもたしていると「もたもたしてんじゃねーよ」などと言われると語る。そんなことをいうくらいなら手伝ってよ、と思ったというが、全く私もそう思う。

さて、面白いのは、渡邊女史がこの話をツイッターでしたところ、多くの男性から抗議の声があがったという。なんで女性ばっかり優先しなきゃならないんだ、男女平等なのに女性をかばえというのはおかしくいないか、日本はニューヨークより犯罪がすくない、などなど。

私がした座席についての指摘を「日本とアメリカ(あるいは東京とニューヨーク)とどっちが優れているか」という比較にすり替え、「だから日本の勝ち」と結論づけようとしているところだ。私は日本が悪い国だとも、アメリカが完璧だとも言っていない。日本はいいところがいっぱいある国だし、アメリカだってそうだ。そしていずれも完璧ではない。でもある種の人々には、日本のある側面を批判されただけで全否定されたように聞こえてしまうのかもしれない。

それと彼女が指摘しているように、レイディースファーストという概念に抵抗がある日本人男性が非常に多いということだ。私もツイッターで、どうしてもレイディースファーストが嫌だという人に出会ったことがある。私は女性はか弱いのだから守ってあげようという男性的な本能はないのか、と聞くと、家族ならともかく、赤の他人に女性だというだけで優しくしてやる義理はないと言われた。

日本人がレイディースファーストを理解できないのは、そんな概念を知らないからというのは本当だ。日本人は親切で色々やさしくしてくれるし、おもてなし精神も高い。だが西洋的礼儀作法は昔から教育されていなければとっさにでるものではない。

アメリカでは男女問わず、他人のためにドアを開けてあげるというのはごく自然だ。自分が先にドアを開けた場合には後ろを振り向いて後ろの人ためにドアを開けておくというのは普通だ。エレベーターなどで女子供を先に降ろすというのも普通だ。日本でこれをやると皆おろおろして戸惑うことが多い。

だがいったいこれはどういう精神から始まったのだろうか?

私は出羽守になって日本もアメリカの礼儀作法に見習うべきだなどとお説教をする気はない。だが、レイディースファーストをする国々が何故か先進国ばかりだという点には注目する価値がある。

昔、たしかバーナード・ルイス著のWhat Went Wrong?という著書のなかで、19世紀だかにイスラム圏の王子がイギリスに留学した際、イギリスの紳士がやたらと淑女たちに敬意を表することに驚いたという記載を読んだ覚えがある。イギリス紳士は乗馬中に淑女たちの馬に遭遇すると必ず道を譲り帽子を傾けて挨拶する。食卓などで淑女が立ち上がると紳士らは一斉に立ち上がるなど、男尊女卑を極めたイスラム圏諸国では見たことのない光景だった。当時のイギリスは全世界に植民地を持つ大帝国であった。明らかに男性が権力を持つこの大帝国において、何故男性たちはこのように女性を大事にするのだろうか。イスラム王子にはこれは非常な謎であった。これがいわゆる西洋社会の騎士道というものだ。

なぜか女性を大切にする社会は文明が発達する。男尊女卑の最たるものであるアラブ諸国やアフリカなどが未だに発展途上国なのも、比較的女性の地位が低いアジア諸国がまだまだ西洋諸国においつけないのも、もしかすると男尊女卑が原因なのでは?

しかしそうだとするならば、日本はレイディースファーストなんて西洋の真似をしなくても十分文明社会だ、とおっしゃる方もいるだろう。しかし日本社会は西洋とは違うやり方で女性の人権を尊重しているのではないだろうか。

例えばアメリカの家庭で女性が財布の口を握っているというのはあまり聞いたことがない。旦那さんが働いて、女性が家計を握って旦那さんにおこづかいをあげるなんて、アメリカ人男性にいったら飛び上がるほど驚くだろう。(苺畑家でもミスター苺が家計のきりもりをしてるから)。

私はグローバル化のために日本人男性だけにレイディースファーストを押し付ける気は毛頭ない。これは男性だけの問題ではないからだ。渡邊女史も指摘しているが、日本人女性は他人に何かしてもらうことに慣れてない。

去年日本に帰省した時、女友達のためにドアを開けているのに、彼女はまごまごして中にはいらない。それどころかドアを開けてる私に向かって「どうぞお先に」とまで言った。ドアを開けてる人にそれを言っても意味がない。それで私はこの人は他人にドアを開けてもらったことがないんだなと悟ったのである。

また、同じく去年、駅の構内で気持ち悪そうに柱につかまっている初老の女性が居た。周りの人は彼女を無視して通り過ぎて行った。私はすぐに彼女に「大丈夫ですか」と声をかけたが、「ちょっとめまいがしてしまって、こうしていれば良くなりますから」と申し訳なさそうに言う。私は駅員さんを呼んで助けてあげて欲しいと言った。こういう時に遠慮は不必要だ。

レイディースファーストは、決して女性への特別扱いでもなければ日本文化に対する攻撃や批判の道具でもない。単に回りの人たちへの気遣いや思いやりだ。日本が本当の意味でのおもてなし国家なら、行儀の悪い外国人観光客のために行きすぎな配慮をするより、(公共施設でのハングルや中国語の表示などといった)ごく自然に出来る他人への思いやりから始めてはどうか。

日本人は十分に親切な民族なのだから、その自己アピールを簡単に出来るところから始めても決して損はないと思う。


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米女性行進のあからさまなユダヤ人差別に無言なスポンサーたち

本日は ワシントンDCを拠点とする全国女性行進の反ユダヤ主義と怪しげな資金繰りについて、 ナショナルレビューの記事から読んでみたいと思う。

リンダ・ゴキブリ・サーサワー( Linda Sarsour)『カカシ注:私はずっと「リンダ・ソーサー」と表記してきたが、他の日本語サイトでは「サーサワー」と表記されているので訂正する。』が代表を務めるワシントンDCのウィメンズマーチ/女性行進が、ひどい反ユダヤ主義を取っていることは拙ブログでも何度も指摘してきたが、最近タブレットという雑誌がいくつかのエクスポゼ発表しその実態を暴露した。

Women’s March leaders Bob Bland (at left) and Linda Sarsour (center) at a protest against gun violence in Fairfax, Va., in July. (Jonathan Ernst/Reuters)

このエクスポゼに関して女性行進からは特にコメントはなく、団体を応援している100を超すパートナーやスポンサーからもこれと言ったコメントがない。ナショナルレビューは20を超す団体にコメントを求めたが今のところ返答がないという。

ウイメンズマーチのウエッブサイトでは11月20日付のサーサワーによる声明文はあるが、アメリカ版過激派イスラム教祖で反ユダヤのルイース・ファラカンとの深い関係で批判されていることに関する記述はない。

タブレットの記事を書いたリアー・マックスィーニーとジェコブ・シーガルによると、女性行進が発足した2016年の最初のミーティングの時から、同団体による反ユダヤ主義は明白だったという。カーメン・ペレズ、リンダ・サーサワーとタミカ・マロリーが共同会長を務める同団体は、最初からユダヤ人は黒人や茶色人差別に関して特別な責任を負っているとし、アメリカにおける奴隷貿易はユダヤ人が率先していたと強調したという。

マロリーとペレズは後に、メンバーの一人がユダヤ系であったことを責め立て、「あんたたちはすべての富を独占している」などと言って罵ったと言う。元メンバーたちによると、共同会長らは自分らに都合のいいように会計を操作して私服を肥やしているという。

タブレットによると、女性行進はPR会社を雇い、タブレットの記事を再掲した種々のジャーナリストに連絡を取り、タブレットは大々的に修正記事を書く予定だとし、それについての記事を提供する代わりに元々の再掲記事を削除してほしいと言ってきた。しかし、タブレットは些細な訂正はしたものの、女性行進の悪行に関しては全く訂正などしていない。

マロリー、サーサワー、そしてペレズの三人はフェイスブックにタブレットの記事は嘘八百であり、いつでも討論してやるというビデオをアップした。このような行動からワシントン州支部のように、女性行進を解散したところもある。

しかし最初に書いたように、ナショナルレビューが連絡を取った20以上のスポンサーやパートナーたちは女性行進の反ユダヤ主義に関して全く返答をしていない。

例えばエミリーズリスト、NARAL, NOWそしてthe National Abortion Federationといった 妊娠人工中絶促進団体 や女性市民権団体及びACLU, AFL-CIO, the SEIU, そしてthe health-care union 1199SEIUといった労働組合、 NAACP, GLAAD, MoveOn.org といった自称革新派の人権運動市民団体などが含まれる。はっきり言って後退派左翼団体として悪名高い団体ばっかりである。この支援団体の名前を聞いただけでカカシには女性行進がいかに極左翼の人種差別団体であるかが明白だ。

人工中絶機関のプランドペアレントフッド(家族計画)は女性行進についてナショナルレビューの質問は無視したが、同機関の報道官エリカ・サキン はタブレットの記事について、反ユダヤやホモフォブやトランスフォビアは女性行進には受け入れられないとし、同組織と共に問題解決に努めるつもりだと語っている。しかし女性行進の功績は大きいとし、これからも一緒に行動を共にするという立場は崩していない。

また、サーサワーとマロリーと並んで撮った写真をフェイスブックに飾ったthe American Federation of Teachers(アメリカ教師教会)の会長は「すべてに同意することは出来ないが、サーサワーとマロリーは正義の戦士であり、彼女たちを知り友達と呼べることを誇りに思う。そして本日の会見で彼女たちに関する神話を崩すことが出来たことをうれしく思う。」とフェイスブックで語った。

また極左翼反戦団体コードピンクのアリエル・ゴールドは、メールにて、女性行進には2016年から参加しており来年一月の行進に参加するのを楽しみにしているとナショナレビューに返答した。「我々はリンダ・サーサワーの大々的な支持者であり、彼女がこのように攻撃されていることに怒りを覚える」とした。加えてゴールドは「リンダは反ユダヤどころか、反ユダヤに対抗して最前線で戦っている。これはリンダが指揮を取るすべての人々の自由と尊厳のための闘いを分裂しようとする企みだ。」と加えた。

そして the Center for American Progress(アメリカ革新センター)の報道官は女性行進の計画については自分らはかかわっていないとし、何百万と言う女性たちの言論の自由を支持すると語り、反ユダヤは自分らの行動に属さないと強調した。しかし、女性行進の反ユダヤ主義を言及するには及ばなかった。

この記事を書いたナショナルレビューのアレクサンドラ・ディサンクティスは著名な左翼市民団体が女性行進によるあからさまな反ユダヤ主義を真っ向から批判し言及しないことは、いかに左翼運動が毒素に冒されているかを語るものだと書く。左翼が自分らの運動促進のためならどれだけの偏見をも黙認するつもりなのだと彼女は書くが私はそうは思わない。彼らは目的のために反ユダヤ主義を黙認んしているのではなく、彼らの目的達成のために反ユダヤ主義は必要不可欠なのである。

人権団体や女性団体と名乗る左翼団体の本当の目的はアメリカの資本主義と自由主義打倒である。彼らにとって反ユダヤ主義は副作用なのではなく重要な要素なのだ。 常に体制に挑戦する自由主義の 宗教であるユダヤ教は、共産主義やファシズムの最強の敵なのである。

アフリカ人奴隷を欧米人に仲買したのはアラブ人だ。反ユダヤのアラブ人サーサワーがユダヤ人が奴隷貿易を率先したなどとよくも言えたものだ。

リンダ・コキブリ・サーサワーはモスレムテロによって破損されたユダヤ墓地や寺院のためと称して募金をしておきながら、その金をエジプト基盤のテログループモスレム同胞団に横流ししている。そのことがあからさまになって批判が集まって初めて、モスレム同胞団はそのいくらかをピッツバーグのユダヤ寺院に回した。

騙されてはいけない。女性行進はイスラムテロ団体の一つであり、バリバリの共産主義団体であり、反ユダヤであり、反アメリカ、そして反自由主義なのだ!断じて女性の味方などではない!


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ファシストイギリス政権が作り上げた殉教者トミー・ロビンソン

ザ・ガーディアン紙に数日前に載ったこの記事では、いかにして一介のサッカーフーリガンだったトミー・ロビンソンが極右翼の「殉教者」となったのかを説明している。ご存知のようにザ・ガーディアンと言えばイギリスでも悪名高いバリバリ左翼新聞だが、左翼であるがゆえに同紙はロビンソンが右翼保守達を元気づける影響力を正確に把握している。

以前にも書いたようにトミー・ロビンソンは自分が生まれ育った町ルートンがモスレム暴力団によってどんどん乗っ取られていくことを憂い、2009年にイギリス防衛団(English Defense League – EDL)という市民運動団体を設立した。EDLは融和しないモスレム移民たちへの抗議運動として何度も行進を催し、その度に何千何万という参加者を集めた。しかしそのうちに白人至上主義者やネオナチなどの暴力的な危険分子が行進に参加するようになり、平和的な抗議運動を求めていたロビンソンは内部争いに負けて2013年に自らが設立したEDLを脱退した。

その後2016年にトミーはドイツ発の反モスレム移民運動ペギーダをイギリスに広めるべく運動を始めるが、創設時の参加者はわずか数百人とぱっとせず、トミーの活動家としてのキャリアは終わったかに見えた。私がトミーを知ったのはこの頃だ。トミーの一時間に渡る演説を聞いたのもこの頃だったかもしれない。

トミーは元々不動産関係の会社を営んで結構成功していた。しかしEDLのデモ行進の影響力を恐れたイギリス当局はデモ開催の前日になるとトミーを逮捕し2~3日拘束しては証拠不十分で釈放を繰り返していた。それでも動じないトミーに対し、政府は不動産業での事務的なミスを詐欺と称してトミーを逮捕。トミーは四か月の禁固刑を言い渡され受刑中にモスレム受刑者から殴る蹴るの暴力を受けて死に損なった。

トミーの事業は完全崩壊。妻子や親兄弟にまでイギリス政府からの嫌がらせが続き、トミーは家族ともまともに付き合えなくなる。しかしここでトミーはひるむどころかかえってイギリスのために戦わねばならないと試練に燃える。

この演説を聞いた時、イギリス当局はなんて馬鹿なんだろうと私は思った。トミーはたんなるサッカーフーリガン。始めた政治活動も内部争いに負けて追い出されており、放っておけばそのまま自然消滅するような取るに足らない存在だった。それを彼の仕事を破壊し家族にまで亀裂を生じさせ、かえってトミーの革命への意欲を促進させてしまったのだ。

トミーはその後カナダの保守派メディアのエズラ・ラバントのレベルメディアに入社。レベルメディアのイギリス支部担当のジャーナリストとして活動を始める。そして2017年にモスレム暴力団による少女強制売春の件で裁判所の外で報道をしていたトミーは法廷侮辱罪とやらで逮捕された。イギリスでは法廷に入る被告の姿を撮影するのは違法だという話だが、これは単なる口実だろう。なにしろこの逮捕の仕方がえげつなかった。普通に考えて、もしも市民がしらずに法律を破っていた場合、この場合で言えば裁判所の建物の外の階段に立ってリポートをするという行為、警察官が警告して立ち退かせる程度で済むはずである。よしんば逮捕するほどの重罪だったとしても、それならその場で拘束し、警告し罰金を課して数時間後には釈放というのが普通だろう。

それがトミーの場合はその翌日の明け方四時に突然重武装のスワットチームがトミーの自宅に押し入り、眠っていた妻子を起こし、幼いトミーの子供たちを怖がらせてトミーを連行するという乱暴な行為に出たのである。レベルメディアが優秀な弁護士を送り込んで数日後には釈放されたものの、一年の執行猶予つきという信じられない重い罰。私はこの時トミーが再び逮捕されるのは時間の問題だと思った。なぜならイギリス当局はその日の気分で勝手に法律を施行するからで、いつ何時どんな行為が違法とみなされるのか全く想像がつかないからだ。

ともかくこの理不尽な逮捕の模様はネットで拡散され、トミーは一躍スターとなった。

そして一年後、今回の逮捕、カンガルー裁判で信じられない速さで13か月の禁固刑に処せられ、しかもこの事実に関する報道を一時禁止。トミーは刑務所のなかで命を狙われ食事もろくにさせてもらえず、この猛暑に冷房も窓もない独房で二か月半の監禁。

イギリス政府がトミーを沈黙させたいと思っていたのだとしたら、トミーの影響力を破壊しようと図ったのだとしたら、これほど馬鹿げたやり方はない。まるでイエス・キリストよろしくトミーを殉教者に仕立て上げてしまったのだから!

トミーを観ていてイエス・キリストを思わない人はいないだろう。私はロイドウエバーのミュージカル、ジーザスクライストスーパースターの「イエスは死すべし」という歌の「彼は危険だ」という部分を思い出さずにいられない。このシーンは人気急上昇のイエスをみて、地元のユダヤ僧侶たちがイエスをどう扱えばいいかという会議をするシーン。

群衆(室外)「ホザナ、スーパースター!、ホザナ、スーパースター!」
アナス「聞いたかあの叫び声を、通りに繰り出す馬鹿な群衆どもだ。らい病患者でのトリックの一つ二つで町全体が沸き上がっている。」
僧侶全員(室内)「奴は危険だ!」
群衆「ジーザス・クライスト・スーパースター!教えてください。あなたは彼らの言う通りの人なのだと」
僧侶2「あの男はたった今も町で支持者を煽っています。」
僧侶3「群衆を煽る行為はやめさせなければなりません。」
僧侶全員「奴は危険だ!」
群衆「ジーザス・クライスト・スーパースター!」
僧侶全員「奴は危険だ!」
ジーザスの人気が上がりすぎて人々が彼を王様として称えるようになったらローマが許さない。そうなってからでは群衆が手に負えない状態になる。そうなる前にジーザスは死なねばならない。という結論に落ち着くわけだ。
トミーが刑務所で受けていた扱いを考えると、彼が13か月もの禁固刑を生き延びたとは思えない。イスラム教徒から命を狙われているトミーにとって13か月の受刑とは死を意味する。イギリス当局はそれを承知でトミーを拘束したのである。しかしローマに殺されたイエスがそうであったように、トミーが殺されたらトミーは必ずや殉教者になっていただろう。いや、死なずして彼はすでに殉教者扱いだ。もうトミーはトミー一人ではない。彼は我々自由を愛する人々の象徴だ。これは彼が好むと好まざるとに拘わらずすでに起きてしまったことだ。
敬虔なキリスト教徒であるトミーなら、逮捕される以前にイエスのことを思ったに違いない。逮捕ちょっと前のユーチューブビデオでトミーはすでに「もうどのくらい長くこういう活動を続けられるか解らない」と言っていた。トミーはイエスがゲッセマネの丘でしたように神の教えを乞うたのだろうか?
何故私は死ななければならないのですか?何故ですか?
私の死が無駄にならないと証明してください。
その偉大な能で少しでもいいから示してください。
主が私を死なせたいと思う理由を教えてください。
主はどこでどのようにははっきりおっしゃるのに、何故かは教えてくださらない。
解りました。死にましょう!
私が死ぬのをご覧ください。
私がどのように死ぬのかお見届けください!

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思想の多様性に敵意丸出しの後退派左翼

8月下旬から始まった移動続きの出張だが、本日四つ目のホテルに移動。今日は花金だし今週末は仕事がないので一足先に週末を始めよう。
昨日9/14日の夜、保守派政治評論家のベン・シャピーロがカリフォルニア州立バークレー大学で演説を行った。実は講演の瀬戸際まで実際に講演が実現するかどうか危ぶまれていた。それというのも、左翼ファシストテロ軍団のアンティファ・ファシスト連中がシャピーロの講演を妨害すべく集まってくることが充分に予測されていたからである。バークレー市は今年初旬にマイロ・イヤナポリスの講演を妨害したアンティファの暴力に対して全くといっていいほど警備を施さなかったことで批判を受けていたこともあり、今回はなんと60万ドルという警備費を投入して厳重な警備にあたった。おかげでシャピーロの講演は無事に行われた。
会場の外では1000人を超す反シャピーロ連中が集まり訳の解らないスローガンを叫び続けていたが、警察は武器を持っている人間や覆面をしている人間を次々と逮捕。法と秩序を守り通した。
保守派演説者を招待すると警備費が嵩むと文句を言ったり批判する前に、事態がここまで悪化する前に何故バークレー市は対策をとらなかったのかを考えるべきである。暴力沙汰を起こしているのは左翼過激派のアンティファ連中ではあるが、その暴力を許容どころか奨励してきた大学側やバークレー市にも多いに非がある。
全国各地のエリート大学が、保守派演説者を招待した学生たちに警備費と称して法外な金額を請求しておきながら、左翼暴徒らの暴力を学校側が全く阻止せず、警察に待機命令を出して、左翼の暴力を奨励している。
アメリカのエリート大学の多くが左翼連中たちに乗っ取られてしまった。大学の職員も教授もほとんどが左翼。1960年代の学生運動で過激派だった奴らが今や教授になってるわけだから、右翼や保守派の意見など最初から聞く耳持たないどころか、そういう意見はどんどん排斥している。そういう連中に育てられた現在の学生たちが左翼以外の言論を暴力で阻止しても良いと考えるのは当然だ。しかもそういう暴力的な行動を学校側が見て見ぬふりをするだけでなく奨励までしているとすれば、ことが激化するのはわかりきっていたことだ。
実は、本日のエントリーはこの間よもぎねこさんが多様性について書いているのを読んで、色々思うことがあったので私もそれについて書いてみようと思ってはじめたのだが、なぜアメリカの大学における保守派思想弾圧が多様性と関係があるのか説明しよう。
後退派左翼連中が言うDiversity(ディバースィティもしくはダイバースィティと発音)訳して多様性とは、思想や文化の多様性のことではない。彼らにとって大事なのは人種や国籍の多様性であり、顔や言葉のアクセントの違いは奨励しても、思想の違いは断固許さない。
この多様性という言葉はちょっと前まで使われていた多文化主義と同じだ。多文化主義は他国の文化を尊重するあまり、自国の文化を虐げるという本性がばれて人々から顰蹙を買うようになったので、後退派左翼は新しく多様性という言葉を使い始めたのである。だがどんな言葉を使おうとやっていることは全く同じだ。
後退派左翼の最終的な目的は共産主義を確立することだ。そのためには既存の自由主義文化を破壊することから始めなければならない。多文化主義だの多様性だのはそのための手段に過ぎないのだ。自国の文化と相いれない異文化の人間を大量に受け入れれば自国の文化は衰退する。それが彼らの目的だ。だから彼らの言う多様性とは決して思想の多様性のことを言うのではない。これらの人々に共通している思想はアメリカ文化の完全破壊にあるのだ。
アメリカは移民の国だと言うのは本当だが、だからといってアメリカ特有の文化がないのかと言えばそれは違う。いや、それどころか、他国からアメリカにやってくる移民のほとんどが、アメリカ特有の文化に魅かれ、その文化に自分もあやかりたいと思ってやってくるのだ。格言うカカシもその一人。私はアメリカに住む日本人で居たいと思ったことはない。私は日本を祖国に持つアメリカ人になりたいと思ってアメリカに移住したのだ。
だから私のような移民こそが、本当の意味でのアメリカ文化を守りたいと思っている。私のような移民は外国から来て外国の文化をアメリカに押し付けようとする奴らにものすごく腹が立つ。そんなに自分の国が良かったなら、なんでアメリカに来たんだよ、国へ帰れ!と言いたい。
多様性を唱える奴らは、このアメリカ独特の文化を破壊し共産主義を確立しようとするファシストたちなのだ。(共産主義もファシズムも同じ穴のむじなだ)彼らは暴力で他思想を弾圧し排斥する。であるから多様性などというきれいごとに騙されてはならないのだ。
ここでひとつ付け加えておく。「多様性」という概念は決してアメリカが生み出したものではない。これは欧米の後退派左翼連中が作り出したものだ。日本の保守派の人々がアメリカを誤解するのは、こういう悪い左翼思想がアメリカの左翼メディアを通して日本のメディアに引き継がれ、そのまま日本で報道されてしまうからだ。人種だけの「多様性」は決してアメリカ文化を代表するものではない。自国の文化を犠牲にして外国文化を取り入れるなどアメリカの精神に反する。
本当の意味での思想の多様性という意味であれば、自由社会ならだれでも奨励する。だが、後退派左翼の「左に倣え」の多様性などくそくらえである。日本がこういう悪い左翼思想に毒されないことを願うものである。


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アメリカで一番危険なヘイトグループ、サザンパバティーローセンターの正体

今年の6月、全国各地で反シャリア法デモが行われた。それについてアメリカの左翼メディアは主催したACTf or America(アクトフォーアメリカ)というグループがサザンパバティーローセンター(南部貧困法律事務所の意味)略してSPLCという市民団体によってヘイトグループと指定されている団体だと繰り返した。しかし、このSPLCという団体、いったいなにを根拠にACTフォーをヘイトグループだというのか。いや、それを言うなら、なぜメディアはSPLCの言うことをそのまま鵜呑みにして、あたかもSPLCに道徳的な権限があるかのようにふるまうのか。いったいSPLCとはなんだ?いったい奴らには何の権限があって他人の団体をヘイトグループだと名指しすることが出来るのだ?
この保守派版ウィキによると、極左翼市民団体として1971年にアラバマ州モンゴメリー市にてモリス・ディーズ(Morris Dees)という弁護士によって創立された。人権擁護を目的に弁護士料を払えない貧困者のために弁護をしてあげるという慈善事業の名目で始められたのだが、彼らが貧乏人の人権裁判で弁護などしてやったことなどほとんどない。
彼らの資金源は左翼リベラル連中からの寄付金が主だが、そのほとんどが団体の幹部らの高額な給料になっており、法律事務所という割には裁判に使われる金額はほんの少し。しかもその裁判というのが、『俺たちの言う通りにしないなら訴えて裁判にして破産させてやるぞ』といった恐喝まがいのものばかり。
SPLCからヘイト犯罪を犯したと訴えられた場合、それこそ弁護士を雇うことが出来ない零細団体はたとえ無実でも家財一切賠償金として持っていかれることもある。
彼らは「ヘイトグループ」と称する名簿を常に作っている。このヘイトリストには団体だけでなく個人も載っているが、彼らのリストに載るのはメンバーも数人でほとんど活動などしていない完全に無害な白人至上主義者のKKKやニオナチの他に、同性愛結婚に反対なキリスト教宗教団体、違法移民に反対な団体、人工妊娠中絶反対団体、イスラム教に批判的な個人、などが人種差別者と共に載っているのだ。
SPLCのヘイトリストに載ってしまうと色々な面で被害を被る。例えば大学で講演が出来なくなるとか、本が出版できなくなるとか、テレビに出られなくなるとか色々だ。今はされていないが一時期はFBIや国家安全保障省など参考資料にしていた時期もある。だがSPLCヘイトリストの弊害はそれだけではない。SPLCのヘイトリストを暗殺リストと解釈して左翼過激派がリストに載った団体や個人に実際に暴力をふるうという事件が起きているのだ。
2012年、フロイド・リー・コーキンズという男がFamily Research Councilという保守派団体の事務所に押し入り、警備員に発砲して負傷させるという事件が起きた。自ら国内テロ行為を認めたコーキンズは、この団体の存在をSPLCのホームぺージにあったヘイトリストから知ったと語っている。
新しいところでは、今年(2017年)の6月に野球の練習中の共和党議員ら数人に乱射した犯人も、SPLCのホームページはじめ多くの左翼過激団体に「いいね!」マークを付けていた。
SPLCはこれらの暴力に関して、自分らはすべての暴力を糾弾すると声明文を出している。
問題なのはSPLCは本当のヘイトグループと一緒に普通の合法で正当な団体までヘイトグループリストに掲載していることだ。極左翼であるSPLCにとって、バーニー・サンダースより右な団体は個人は誰でもヘイトグループということになってしまうからだ。
ではどんな団体がSPLCのヘイトグループリストに載っているのかといえば、先日発表されたサンディエゴ付近のヘイトグループのなかに、黒人至上主義団体やホロコースト否定主義者やイスラムテロリストグループなどに混じって二つのキリスト教会が含まれていた。なぜこの教会とその神父たちがヘイトグループと名指しされたのかといえば、それは単に彼らが同性愛結婚に反対しているということだけだった。これによって反LGBTのヘイトグループということにされたのである。しかし同性愛行為はキリスト教では認められていないので、この理屈でいうとキリスト教会はすべてヘイトグループということになってしまう。(それを言うならユダヤ教もイスラム教も同じだ)
問題なのはSPLCはKKKとかニオナチやブラックパンサーやイスラムテロリストという本当の意味でのヘイトグループと普通の宗教や保守派団体を同一に扱っていることだ。これをやるとリストの内容を気を付けてみていない人たちに、これらの宗教や保守団体がテロリスト団体と同じように危険な団体なのだという錯覚を与えてしまう。無論SPLCの目的はそこにあるわけだが。
2012年SPLCはヘイトリストの新しく載った人々に関してこう語る。

この調査書には古株及び新人の扇動者も含め30人の極右翼の人物紹介がされている。 これらの過激派には反政府活動家や人種差別主義ニオナチ団体、そしてイスラム教徒やLGBTに関して虚偽のプロパガンダを流している者も含めて、 国家の衰退する経済や非白人の移民や多数派としての白人人口が減っていることを悪用して話題を集めている者たちである。

この声明文だけを読んでいても、いかにSPLCがずる賢いかが解る。反政府活動家だのニオナチだの国民の誰もがヘイトグループと納得する団体と一緒にイスラム教徒に批判的とか同性愛結婚に反対するといった人々を載せ、大量な違法移民を反対する人々なども人種差別者と一緒くたにしている。
このリストに載った「ヘイト」個人の中には、長年イスラム教の悪行に批判的なアイアン・アリ・ハーシュ女史、ブリジット・ゲイブリエル女史、パメラ・ゲラー女史や、同性愛結婚に批判的なキリスト教保守派のマイケル・ブラウン氏やルー・エンゲル氏や歴史家のデイビッド・バートン氏、さらには共和党大統領立候補者のひとりベン・カーソン医師まで「過激派」リストに含まれているのだ。
この間シャーロッツビル市で起きた白人至上主義団体と左翼暴力団のアンティファ・ファシストらとの衝突の際に、左翼フェイクメディアのCNNがまたぞろSPLCのインチキヘイトグループリストを発表したため、能タリンの芸能人ジョージ・クルーニーや左翼の悪玉ジョージ・ソロスなどが多額の金をSPLCに寄付した。
遂にこの本当の意味でのヘイトグループであるSPLCに対して訴訟を起こすグループが現れた。訴訟を起こしたのはD・ジェームスミニストリーという宗教団体。彼らはSPLCが真実でないことを十分承知のうえで教会の名前をヘイトグループの一つとして掲載したことは名誉棄損だとしている。
参考サイト
The Southern Poverty Law Center is the Most Dangerous Hate Group in America
12 Ways The Southern Poverty Law Center Is A Scam To Profit From Hate-Mongering

Some People Love to Call Names
The Southern Poverty Law Center’s extremist list isn’t a Consumer Reports guide. It’s a political tool.
Our leading hate group


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