私が米国海軍駆逐艦に乗る仕事をしていたと言う話は以前にもした通り。今日はある冬、吹雪の中駆逐艦から小さいいパイロット船に乗り換えた時のお話をしたいと思う。

私は海軍で民間人エンジニアとして長年働いていたが、その仕事のひとつとして駆逐艦に乗って航海をすることが含まれていた。しかし私は乗組員ではかったので、艦での仕事が終わると艦そのものはまだ航海中でも途中下船をしなければならないことが度々あった。航海中の船から途中下船をするとなると、その方法は限られている。

ひとつは航行中に別の船に乗り換えて、その船によって港まで連れて行ってもらう。もうひとつは、ヘリコプターに迎えに来てもらって最寄りの陸まで運んでもらうことである。私はその双方とも経験しているが、今回の話は別の船に移動した時の話だ。

その日我々の民間人エンジニアリングチームは二週間に及ぶ航海の末下船することになっていた。

当初の計画では、下船はRigid inflatable boatという通称「RIB」という上記の写真のような小さなモーターボートに乗り換えて港まで行くはずだった。しかしこのモーターボートは波が荒かったり風が強かったりすると転覆する恐れがある。それでなくとも乗客は外部の空気に丸出しなので乗っている間かなり水浸しになる。この年のバージニアは特に寒く、この日の気温は摂氏マイナス22度だった。駆逐艦は中型とはいうものの結構大きいので、デックから小舟に乗り換えるためには10メートルくらいある縄梯子を伝って海面のボートに降りなければならない。この冷たい海水のなかにもし落ちたら数分でお陀仏である。こんな状況での乗り換えは非常に危険だし、モーターボートが無事港にたどり着けるかもかなり疑問だった。なにしろ乗船時間は少なくとも一時間という長時間だったのだから。

カカシ注:写真をそのまま張れないが、こちらのリンクの写真を見てほしい。ちょうど私も乗ったことのある米駆逐艦に近づくモーターボートの写真が載っている。こういうボートに乗って港まで一時間近く走行する予定だったのである。Petty Officers ride in a rigid-hull inflatable boat as they approach the USS Mason. (31494897982) – Rigid inflatable boat – Wikipedia

私は民間人のチームリーダーに、もしどうしてもボートでの移動が必要だというのなら、私は艦と一緒に数日余計に航海してもいいから、乗組員と一緒に最寄りの港で降ろしてもらいたいと申し出た。しかしリーダーは艦長に掛け合いさえしてくれなかった。元軍人のリーダーは上官を極度に恐れるきらいがあり、ちょっとでも規則に外れる選択肢は問題外として取り合ってさえくれなかった。

我々民間人十数人は寒空の夜間に甲板に集められた。これからRIBへの乗り換えを始めるため、それぞれ救命ベストを着用した。私はずっと嫌がっていたが、もうそんな意見が聞き入れてもらえる状況ではなかった。甲板でRIBを降ろすのを待っていたら雪が降り始めた。気温はさらに下がり風も強くなり、甲板に立っているのさえ苦痛に思われるほど天候は悪化した。艦にとどまりたいという私の要請を却下したチームリーダーですら、不安になってきているのがその表情から見て取れた。

そのうちに雪は吹雪へと変わり、目の前が全く見えない状態になった。こんな状況で縄梯子を伝いながら小舟に乗り換えるなんて可能なのか、あり得ないだろうと私たちは口々に言い合っていると、リーダーが大声で「艦長命令だ。艦内へ戻れ、移動は中止だ」と怒鳴った。あまりにも天候が悪化したためRIBを降ろすのは不可能だと艦長が判断したらしい。そりゃそうだろう、いくら民間人でも我々の身になにかおきたら艦長の責任だ。

私たちは一旦救命ベストを外し艦内で待機した。しばらくして屋根付き壁付のパイロットシップを呼び寄せて、そちらに移動することに決めたという知らせが入った。この船は船内部はきちんと屋根と窓に覆われており、乗員は外部の空気にさらされないようになっている。しかしパイロットシップの元来の役目は港に近づく大型船を港へ誘導することなので長距離運転は出来ない。それで我々の駆逐艦はさらにずっと港に近づかなければならなかった。だったら艦自体が港へいけばいいじゃないかと思われるかもしれないが、大型船が港に付くとなると色々な準備が必要で、それにかかる時間と労力とお金は相当のなものだ。だから大型船は不必要に港には近づかない。

というわけで、艦がパイロットシップの行動範囲に入る付近まで一時間近く待機した。ようやくパイロットシップが港から到着。それでも海面に浮かぶパイロットシップまで甲板から縄梯子で降りると言う行動を避けることはできなかった。真夜中の吹雪のなか縄梯子を10メートルも降りるというのは普通なら絶対やりたくない行為である。

しかしこの長い縄梯子も最後のステップまでパイロットシップに届いていなかったので、ステップがなくなった時点で手を放して飛び降りなければならなかった。パイロットシップの乗組員が「大丈夫、I got you 手を放して!」というのでぱっと手を放して後ろに飛び降りると誰かの大きな腕が私を包み込んだ。ありがとう!私は涙が出る思いだった。

ずっと寒い甲板で吹雪に晒されていた我々はやっと暖かいパイロットシップの中にはいり一息つくことが出来た。

パイロットシップののろのろ運転でやっと桟橋にたどり着いた時は夜中2時過ぎ。気温はさらに低く吹雪はその勢いを増していた。桟橋には陸で待機していたチームメンバーの叔母ちゃんドライバー達がそれぞれのランドローバーSUVから手を振った。我々は数台の車に乗り込んで次の目的地へ向かった。

私の夜はまだ終わっていないのだが、それはまた別の機会にお話ししよう。


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