吹雪の中をパイロットシップに乗ってなんとか埠頭にたどり着いた我々民間人チームは、迎えに来てくれていた四輪駆動のSUV,ランドローバー数台にそれぞれ乗り込んだ。ここで私の任務が終るかと言えば全くそうではなかった。私のもう一人のチームメンバーの若い男性二人には、まだもうひとつ任務が残されていた。

我々は二週間にわたる航海で得た実験のデータが入ったハードドライブを所持していた。これは機密情報であり我々が一時でも目を離していいものではない。このまま空港に向かって飛行機に乗ると言うのであれば別だが、我々は一晩バージニアのホテルで泊まる予定だったので、機密メディアを持ったままの宿泊は許されていない。そういう場合は二人のチームで交互に守ることになっているが、それはあらかじめ決められたチームでなければならず、私とその男性とはそれぞれ別のデータを所持しており、指定されたチームメンバーではなかった。

それで我々のデータはきちんとした金庫にしまっておく必要があった。もし船が港に付くのであれば、船に置いてきても良かったわけだが、船はこのまま航海を続けるので、データは我々が降ろしてそれぞれが勤務する基地まで運ぶか郵送する必要があったのだ。私の場合はカリフォルニア、彼の場合はニュージャージー。というわけだから、我々は安全とされるノーフォーク基地内のとある金庫室にデータを一晩預けなければならなかった。

私とその男性を乗せてくれたドライバーの叔母ちゃんはミシガン出身の元海軍人。こんな吹雪の中を真夜中に出て来てくれてありがとうと言うと、「私はミシガン出身よ、こんな雪なんともないわ。こんなんでびびってるバージニア人は軟弱よ」というと彼女はガハハハッと大声で笑った。

機密データをなんとか安全な金庫室に預けて私のレンタルカーを止めてあった駐車所に戻ると、案の定私の車は雪に埋もれていた。幸いなことに一緒に居た男性はレンタルカーを航海前に返してしまい車を持っていなかったので、私の車を雪から掘り起こしてくれた上にホテルまで運転してくれた。「僕は現役の時ドイツで勤務してたから雪道なんて平気さ」と元陸軍人の彼は言った。

その時彼は、実はその晩のホテル予約をしていないことを私に告げた。彼は日中に港に付けると思っていたので、その足で飛行機に乗ってしまおうと思っていたらしい。しかし船の乗り換えで色々あって、その時はすでに午前2時。私は自分が常連であるホテルに行こうと提案。あのホテルなら私は顔が効く。一晩くらいなんとかなると思ったからだ。

思った通り、ホテル側はシーズンオフでがら空き。駆け込みの客でも十分対応してくれた。私たちは翌朝一緒に空港まで行こうと約束してそれぞれの部屋に行った。私は電話で翌日の飛行機の手配をし、これでなんとかこの任務完了と思い眠りについた。

翌朝、我々は金庫からデータを取り出し私は無事郵送を済ませ、彼は彼のデータを自分の胸ポケットにしまい込み、これで安全となったのでノーフォーク空港に向かった。男性が無事チェックインするのを見守ってから私は自分の予約した航空会社のカウンターまで行くと、なんと予約が入っていない!それで確認すると私の予約は翌日になっていると言われた。あ、そうか、夜中に電話した時「明日の飛行機」と言ってしまったのが原因だった。すでに零時を過ぎていたから予約は翌日になっていたのだ。

仕方なく私はタクシーに乗ってさっきチェックアウトしたばかりのホテルに戻った。事情を説明したら、まだ部屋の掃除は住んでないので、同じ部屋にもう一晩泊まってもいいと言われた。まあ、いいか、一日くらい伸びたからってどうということはない。データは郵送してしまったからもう何の心配もない。そう思い私はその晩はお気に入りの日本人経営の日本食レストランに食べに行った。

「え?明日お帰りで?それは無理ですよ。吹雪がくるってんで空港は閉鎖されますよ。道だって塞がれるし、うちは明日は休みにする予定です」と店の大将が言う。

大将によれば、天候の悪化が予測されるため、空港は閉鎖、緊急など公式な乗り物以外の車の運転は禁止というお触れが出ているという。

バージニアビーチにあるこの店は私がノーフォークに行く度に必ずよる日本食レストラン(ジャパレス)である。もうここ30年近くアメリカのジャパレスは中国人や韓国人経営の店ばかりで、生粋の日本食が食べられる店などほとんどない。しかしこの店は珍しく経営者は日本人でウエイトレスも皆年季のはいった地元日本人女性達である。私は出張手当が出るのをいいことに、この店に行く度に一人ではどう考えても食べきれない品数を注文する。すべて持ち帰って翌日の朝食や昼食にするからである。

Kyushu Japanese Restaurant – Google Maps

この店の存在は私の日系人の後輩が教えてくれた。それ以後私はバージニア出張中何度も訪れるだけでなく、数人の同僚を連れて団体で行くことも多かったので、この店は私のことを気に入っていた。日本女性のウエイトレスは、私が断らないことを知っていたので、私がいくとなんだかんだとお薦めの品をすすめた。

それで大将は帰り際に私にお弁当を包んでくれた。「どうせ明日は一日ホテル監禁になりますからね」馴染みのお店というものはありがたいものだ。

ホテルに戻って航空会社に電話をすると、やっぱり空港は閉鎖されるとのこと。すべての飛行機はキャンセル。吹雪が収まるまで数日間は身動きが効かないということが解った。カリフォルニアの上司にその旨を伝えると、「なんとかして帰ってこい」という。なんとかしてったって、道路は閉鎖され飛行場も閉鎖されてるのに、どうやって帰って来いと言うのだ!

それで私は一応「わかりました」とはいったものの、どうせ吹雪が収まるまでどうしようもないと思ったので、腹をくくってホテル監禁状態に甘んじることにした。結局その後三日位ホテルで缶詰めになったが、包んでもらったお弁当のおかげで、なんとか飢えをしのぐことが出来た、、って大袈裟かな?


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