前回仕事を引退したと書いたが、そうなった経緯について少し書いてみよう。三年くらい前、職場では大規模な人事異動の計画が発表された。新入社員もたくさんはいってくるということで、席が足りなくなるので、普段あまりオフィスに居ない出張の多い職員を中心にオープンスィーティングというシステムを取り入れる予定だと言われた。オープンスィーティングというのはラップトップ(ノートパソコン)を設置できるドッキングステーションのある机をいくつか並べておいて、誰の席とは指定せず、オフィスに居る人が好き勝手に交替で使えるシステムである。

アメリカのオフィスというのは大企業の場合、一人ひとり仕切りのあるキュービクルというところで仕事をするのが常なので、となりと仕切りのない日本のオフィスのような職場は皆ちょっと抵抗があった。しかしこれが実現するかしないかという時にコロナである。コロナ禍でまさか隣と仕切りのない席に座って仕事をすることもできないというので、この計画は一時棚上げにされた。そして始まったのが在宅勤務とフレキシタイム。(職場内での混雑を防ぐために時間をずらしての出勤制度である)

しかしここは軍隊だ。誰もかれもが在宅勤務をするわけにはいかない。それで徐々にではあるが職員は出勤するようになっていった。だが人々が在宅とフレキシで時間をずらして出勤するため、出勤しても同僚と顔を合わすことが少なくなり、私はかなり寂しかった。

そのうちにコロナ禍で延期になっていた大規模人事異動が遂に実行されることになった。私は部署がかわり、長年座っていた席から移動し別の建物に引っ越しすることになった。運悪く私はこの頃開胸手術をすることになってしまい、一か月ほどの病欠と自宅療養のための在宅勤務で正味二か月間出勤できなくなった。しかし引っ越し先の建物での私の席は決まっていたので、荷物はすべて運送屋さんが私の留守中に移してくれることになっていた。

在宅になってすぐ、用があって職場に出勤した。荷物がきちんと移動されているかも心配だったし、新しい席も確認しておきたいと思ったからである。しかし私の席であるはずのキュービクルにはプリンターが置かれており、倉庫のように色々な箱が置かれていた。机はあったがイスもなく、凡そ私が座って仕事をできるような状態ではなかった。上司にその話をすると、引っ越しのごたごたで、空いているキュービクルを一時的にプリンターやがらくたの倉庫に使ったという。しかし私の在宅期間が終わって常時出勤するようになるまでには片付けておくから心配は要らないとのことだった。

しかし一か月後、週3で出勤することになり職場に行くと、私のキュービクルは一か月前と全く同じ状態であり、片付けた様子もなければ片付ける予定もないことが解った。つまり、私には戻る席が用意されていなかったのだ!

上司にその話をすると、新入社員もたくさんはいり、席が足りないので、在宅勤務や出張の多い人たちは空いている席をその都度探して使ってほしいと言われた。しかし席がないのは私だけのようで、長期出張でほとんどオフィスに来ない同僚にはきちんと席がある。しかもこれから入ってくるという新入社員の席は用意されていた。いったい何なんだこれは?

仕方なく空いている席を探してうろうろしていると、同僚Vと顔を合わせた。Vは「ああ、君も席がないの?僕も席がないんだ。」え~なんで?「引っ越してからオープンスィーティングになるからって言われたんだ。でも他の人には席があるんだよ。」Vは私と同年代でこの道のベテラン。それどういうこと?他に席がない人はいるの?「ああ、Fもないっていった」あれ、Fさんは私の先輩だった。どうしてこうもベテランの中高年ばっかり席がないわけ?それってもしかして、、、

私たち窓際族にされちゃったのか?

これのせいかどうかは分からないが、F先輩はその後すぐに引退してしまった。席がなくなった我々年寄りは数人で集まっては、そろそろ引退すべきかな、これって肩たたきなのかな、とか言いながら職場で肩を寄せながらお茶をすする毎日。な~んてのは冗談。いや、そろそろ引退の潮時かなと言う話はしていたが、仕事そのものは忙しく、週に3回くらいの出勤では追いつかないほどだった。どうして仕事はあるのに席はないんだ?リストラしたいなら仕事もないはずだろうに。

私は引っ越し先の建物のなかを色々歩き回った。すると席が足りないどころか席は有り余っていた。このビルはかなり大きなビルでドアで仕切ってはいないが、東西南北に大きな区域に分かれていた。南と西の区域の席は埋まっていたが、東は結構空いており、北にいたっては完全に空で、50以上あるキュービクルに誰も人が座っていなかったのだ!いったいこれはどうなってるんだ?

聞いた話では、そこには新しい部署が作られる予定だということだったが、一年経った今でも誰も入ってくる気配がない。

で、我々はどうしたかというと、誰も使っていない空席に自分の名札をはりつけ、ITの職員に言って大きなモニターをとりつけてもらい、ドッキングステーションもつけて自分の書類も戸棚に広げた。他にも席を失くした同僚達は同じように空席を分捕ってしまった。これは上の人も文句は言えない。なにしろ空いてる席を適当に使えと言ったのは彼等なのだから。

私が思うに我々の席がなくなったのは必ずしも意図的なものではなかったのだろう。引っ越しを期に、あまりオフィスに出勤してこない人からオープンスィーティングを試してみようと思ったのだろう。北ウイングにも本当に新しい部が出来るはずだったのだろう。しかし何せお役所仕事というものは往々にして計画倒れになる。オープンスィーティングの対象となる規則がまるではっきりせず適当だったため、人々の間から不満が溢れ、結局オープンスィーティングは大失敗に終わった。今後どうするのか私のしったこっちゃないわい!

結局私は今年引退することに決めた。席がなくなったということだけでなく人事異動があってから何か職場がしっくりいっていない気がしていた。ずっと一緒に仕事をしてきた人たちがバラバラに別の部所に配置され、私は前と同じ上司だったとはいうものの、彼自身も部下を2/3に減らされてしまったことをぼやいていた。私はこの上司がまだ昇進する前からの知り合いだ。そんな彼は「僕専用の個室のオフィスが貰えたのはいいけど、みんなとすぐ顔を合わせらえる場所じゃないから、部下との交流が保てない。それにコロナ以来、在宅やフレキシでオフィスに居ない人も多くて、なんかつまらなくなったよ」と言っていた。

本当に引退するにはちょうどよい潮時だったのかもしれない。


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