優雅に年を取れない女は醜い

先日のグラミー賞で64歳のマドンナが登場したが、その変わり果てた姿に多くのファンが驚愕した。彼女の最新の整形があまりにも極端で以前の顔と大違いになって別人のようだったからだ。それは整形手術が失敗したと言うより、無理なフェイスリフトやシリコン注入などのやりすぎで、まるで蝋人形のような不気味な姿だった。

それでネットでは彼女のあまりの変貌ぶりを嘲笑するコメントが続き、若さにしがみつく醜い老女といった感じの記事までもが書かれるなど散々な言われようだ。

マドンナはこれに対して、ミソジニーだの家父長制度のせいだのエイジズム(年齢差別)だなどといつもの調子である。しかし私は彼女にまったく同情できない。

ミソジニーだの家父長制度だのと言うが、若さに任せて男性へのセックスアピールだけを売り物にしてきたのは自分ではないか?マドンナの売りは最初から歌唱力でも踊りでもない。彼女のパフォーマンスは極端にセックスを題材にした型破りの破廉恥芸だった。だがそういうやり方には明らかな賞味期限がある。

Madonna at the Grammys (CBS)

若くてきれいでお色気のある女の子など履いて捨てるほどいる。いつまでも同じことをやっていても、若い子たちに取って代わられるのは当然のことだ。

もちろんパフォーマーとしての彼女には才能はあった。私は特に好ではなかったが、彼女のショーはそれなりに価値のあるものだったと思う。

しかし人間は誰でも年を取る。その事実を踏まえてそれなりに自分も成長し優雅に年を取っていけば容姿のことなどそれほど言われないはずだ。マドンナは64歳。まだまだ若い。いくらでも芸を磨ける年である。だがそれをしないで、未だに若い子のように裸になれば売れると思っている彼女の浅はかさが醜いと批判されるのだ。


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