今日は時事と関係ない夢を追う話をしたいと思う。もう何年も前のことになるが、私はある日本人男性のブログを追っていた。彼はアメリカに留学したいという夢を持っていて、そのための準備を着々と進めていた。彼は若かったがすでに就職しているサラリーマンだった。彼が目的に向かって準備をすることへの興奮は私には親近感があった。私はただの読者で、彼のことを個人的に知らなかった。でも、私は彼を知っているような気がした。彼が毎日のように体験するひとつひとつを自分が体験しているような気がした。私も18歳の頃、あんなふうに用意していたんだよなと思い出がよみがえってきたのだ。しかしそんなふうに一年ちょっと経った頃、彼の夢が現実に近づくにつれて彼の心に迷いが生じているのが感じられた。そして突然彼は留学を諦めてしまった。
彼はなぜあきらめたのかを詳細に説明した。無論彼の理由は正当だった。安定した職を辞めて留学なんかしても、帰ってきた時に再就職ができるかどうかわからない。不確かな夢を追うより確実な現実を守っていくことの方が賢明だ。そりゃそうだ。そんなことは最初から解っていたことだろう。でもそうじゃないだろう。それは本当の理由じゃない。彼は突然怖くなったのだ。冒険に走る勇気を失ってしまったのだ。どんなもっともらしい言い訳をしてもその事実を変えることはできない。そしてそれを一番知っていたのは彼だ。
私の叔父(母の弟)は若い助教授の頃、ドイツの大学で教えないかという依頼を受けたことがある。これはすばらしい機会ではあったが危険もあった。今の大学の助教授という地位をいったんおあずけにしてドイツの大学へ行かなければならなかったからだ。そこで叔父は私の両親に相談した。もちろん保守的なうちの両親は行くなと言った。せっかく助教授になれたのに、途中で外国になど行ったら日本の大学に戻っても教授になれるかどうかわからないとかいう理由だ。私の両親は多分正しかったのだろう。叔父はその後教授になり大学でもかなり重要な地位についたのだから。
でも本当にこれは正しい決断だったのだろうか?叔父はきっとなんども自分に問いかけただろう。もしもあの時ドイツに行っていたら、自分の人生はどう変わっていたのだろうかと。今のドイツなら私も行くなといっただろう。だがこれは1970年代の話なのだ。私は何年も経ってからこの話を聞いて両親にも叔父にもとても失望した。なぜ夢を追いかけなかったのかと。
20代の頃、アメリカ人の女の子と友達になった。彼女はアリゾナに住んでいてコンビニでバイトをしていた。それでも、いつかスコットランドに留学したいといつも言っていた。あんまり何度もいうので、私は一度「じゃあ行けばいいじゃない」と言ったことがある。「え?」と彼女。「なんで行かないの?」と私。「え、だって今はだめよ。お金もないし。全然用意できてないし。」私はそれ以上問い詰めなかった。じゃあ、行く準備はしてるの?と本当は聞きたかった。でも、彼女が何もしていないことは私は十分に承知していたから。
あれからもう30年も経っている。彼女とはもうずっと会っていない。でも彼女はスコットランドには行かなかったと思う。彼女の場合先の日本人男性や叔父と比べて失うものは何もなかった。コンビニの仕事なんてスコットランドでもできるし、アメリカ人の彼女なら別に新しい言葉を学ぶ必要もないし、当時のスコットランドはアメリカからの学生ビサでの仕事なんてうるさく言わなかったと思うし、とにかく何とでもなったはず。彼女に必要だったのは勇気だけ。
多くの人が「機会さえあれば」という。でもその機会が現れた時、自分には夢を追う勇気がないのだと発見することはとても怖いことだ。誰が自分は臆病者だなどと認めたいだろう?だから多くの人が自分で自分の機会を壊してしまうのだ。
私が日本を後にしたのは19の春。高校卒業して一年後。このタイミングは偶然ではない。高卒ですぐにアメリカに行きたいと思っても、お金もないし、だいたいどこへどんな風にいけばいいのかという準備など全く出来ていなかった。英語専門学校に通いながらの、この一年の準備期間は必要だったのだ。学校は一年で休学した。卒業して就職してしまったら、もうアメリカに行くなんてチャンスはないと思ったからだ。
一年のアメリカ生活は私が思っていたほど楽しいだけのものではなかった。ホームステイのホストファミリーともしっくり行ったとは言えない。言葉も通じず大分苦労した。今思えばホームステイなどではなく、きちんと大学に留学すべきだったのだろうが、当時はそれなりに満足していた。
計画通り一年の滞在を終えた後、私は日本に帰国し、復学して専門学校を卒業して普通に就職した。もし私がそのまま日本に留まる決心をしていたとしても、私はそれはそれで幸せだっただろうと思う。子供の頃からずっとしたいと思っていた外国暮らしを実際にやったという満足感で生きていけたと思う。
最初に夢を諦めてしまった人の話をしたが、私はその後ネットを通じて海外で活躍している色々な日本人と出会った。実際に会った人も何人かいる。イラクやアフガニスタンで慈善事業をやっていた人、戦地で現地記者をやっていた人、インドネシアでNGOで働いてる人、イスラエルやクロエチアで写真記者をやっていた人、ヨーロッパ諸国の事情について視察団に加わった人。世の中にはこういう人たちも居るんだなあ、と思うとなんかうれしい。
無論、海外に行くことだけが夢を追うことではない。夢は人によって色々だ。
言い尽くされたことではあるが、人はやったことより、やらなかったことを後悔するのではないだろうか。
実は私もやらなかったことで後悔していることがある。昔、香港とアメリカを行き来して商売をしている女性から一緒に仕事をしないかと誘われたことがある。私はその時、給料は低かったが安定した仕事をしていたので断ってしまった。今思うとやっておけばよかったなと思う。「安定した仕事」からは結局リストラされたしね。(笑)


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