欧米にはポリティカリーコレクト(PC)という概念がある。日本語にすると「政治的に正しい」という意味だ。元来は男女差別や、人種、国籍、宗教などによる差別をしないという目的で生まれた概念なのだが、この概念が実社会で実用される時には何故か必ずといっていいほど左翼政治への迎合という形で現れてしまう。だから右翼の間ではPCは忌み嫌われている。
例えば、女性差別はしないという概念は立派だが、英語では普通の単語になっているメールマンを男性という意味の「マン」でなく配達員という意味の「キャリアー」にせよとか、議長という意味の「チェアマン」を中性の「パーソン」におきかえろとか、スチュワーデスは女性だけを示す言葉なので、フライトアテンダント(機上添乗員)とかいう名前に変えろとか、すべてPCの現れだ。「マン」には男子という意味以外に広い意味で「人間」という意味もあるということや、男性なら単にスチュワードと呼べばいいではないかなどという理屈はPC警察には通用しない。
しかし、言葉使いなんて程度のことならなにも眉をひそめる必要はないと読者諸君はお考えかもしれない。しかしジョージ・オーウェルの「1984」にあったように、左翼の狙いは言葉を変えることによって概念まで変えていくことなのだということを十分に心にとめておく必要ある。おっと、話がちょっと本題からそれてしまった。
さて、PCには少数民族や異教徒を差別しないという概念があるが、差別をしないということと特別扱いをするということは完全に正反対の意味を持つにもかかわらず、一部の宗教団体が自分らの要求が通らないと「宗教差別だ」「人権問題だ」といって騒ぎ立て、常に特別扱いをうけていることはここでは私も何度も紹介した通りである。
私のいう理不尽な「一部の宗教団体」とは言わずと知れたイスラム教徒のことだ。イスラム教徒は自分達が特別な人種だと信じて疑わない。それで異教徒のことをインファデル(信じないもの)といって侮蔑する。彼等は欧米のPCな概念を悪用して、自分らがアラーの神が決めたように下々(しもじも)のものたちとは違った扱いを受けないと大騒ぎをする傾向がある。それでも欧米諸国が「少数民族がうるさいことをつべこべいうな、おれたちのやり方が気にいらねえんなら国へかえれ!」と言って無視してしまえばそれでことはおさまるのに、(当のイスラム諸国では異教徒に同等の権利など与えているところは全くない。)「差別だ」「人権問題だ」といわれるとすぐにへいこらして迎合するから始末が悪い。
アメリカでもミネアポリス空港でイスラム教のタクシー運転手が理不尽な要求をした話や、ミネソタの大学でイスラム教徒用の足洗い場を特別設置することになったなどという話もここで何度かしているが、今度はバンクーバー市で実施されることになった市内一斉禁法について、イスラム教徒だけは例外扱いされるという話をバンクーバーサンが報道している。
中近東ではフーカと呼ばれる水煙草が人気がある。カカシのうちの近所でも中近東の人が多いので、ダウンタウンの歩道カフェなどでは数人の男性が集まってひとつのフーカをまわし吸いしているのをよく見かける。街全体を禁煙にしようというバンクーバー市内では、フーカパーラと呼ばれるフーカを専門にしている喫茶店だけは例外にするというのである。

バンクーバーのフーカパーラーの経営者たちは木曜日、新しく提案されている歩道や商業地域、バス乗り場、バンクーバーを通過するタクシーの社内まで規制する禁煙法にフーカパーアラーが規制対象から外されることを知って喜んでいる。

バンクーバーの市会議員たちは、フーカラウンジは市内のイスラム教徒らの大事な安らぎを与える場所であるとし、一時的に例外とすることを全員一致で決定した。

カリフォルニアはアメリカ国内でもいち早くバーやレストランなどを全面的に禁煙にした州だ。しかし煙草を吸う外国出身の移民が多いうちの近所では、それでは商売があがったり。それで煙草をすう客のために、レストランのほとんどが歩道にテーブルを出して、パティオと呼ばれるパリのように歩道カフェが盛んになっている。ビジネスのビルでは従業員が外の歩道などで煙草を吸っている姿をよくみかける。カナダのバンクーバー市ではこうした外での禁煙も禁止しようというわけだ。
私は禁煙法そのものに全く賛成できないが、それでもその法律が市民全体に平等に適応されるというのならまだしも、イスラム教徒のフーカの習慣だけは例外というのはどういうことだ?この記事のなかには、イスラム教の移民にとってフーカパーラーでの喫煙は日頃の苦労から安らぎを見いだす習慣だと語っている人の話が出ているが、それなら中国系の移民が「マージャンやりながら煙草をスパスパ吸うのは中国人移民にとって憩いの時間だ、マージャン屋でのたばこ喫煙を例外にしろ」と要求してきたらバンクーバーの市会議員たちは耳を貸すだろうか?もしヒッピー連中が「マリファナはヒッピー文化の大事な習慣だ、マリファナ喫煙を合法にしろ」といったらどうするのだ?もし中国系移民やヒッピーの意見が聞き入れられないなら、どうしてイスラム教だけが特別なのか市議会は市民にきちんと説明すべきである。
ちなみに、この法律では葉巻き専門のシガーストアの喫煙所は規制外になっている。その理由は葉巻きは煙草ではないからとなっているが、ノンスモーカーにとっては煙草の煙も葉巻きの煙も迷惑なことに変わりはない。しかし、葉巻きが例外な本当の理由は左翼の政治家のなかに葉巻き愛煙家が多いということだろう。
要するにだ、葉巻きは自分達が好きなものだから合法、フーカはイスラム教徒がうるさいから合法、などというふうに自分達の都合で法律があてはまる人間を区別しているのだ。このようなことがまかり通るのであれば、この社会は本当の意味での自由社会とはいえない。なぜなら自由社会の根本は法律が誰にでも平等に適応されることにあるからだ。法は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずである。法律が権力者の気分次第でどうにでもなるというなら、一般市民はその法律のみならず、すべての法律を尊敬しなくなる。そうなると、人々は盗みは悪いことだからやらない、というような道徳観念で自分の行動を決めるのではなく、捕まらなければ法律は破ってもいいという考え方にかわる。そうなれば既存の警察官の数など社会を取り締まるためにはとうてい追い付かない。
権力者による法律の悪用は社会の秩序を乱すことにつながるのだ。


1 response to 不公平なバンクーバー市内禁煙法、イスラム教徒には特別許可!

In the Strawberry Field12 years ago

カナダ:イスラム批判は人権迫害? 

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