長年銃規制法と闘って来た人間にとって、ニューヨークのチャック・シューマー上院議員とカリフォルニアのダイアン・ファインスタイン上院議員は我々の宿敵である。だが、下々の者達による銃所持や携帯の完全禁止を唱える彼らが、自らは銃携帯許可書を持っているというのは有名な事実である。
アメリカの事情をよくご存じない方々に説明すると、シューマーとファインスタインが代表するニューヨークとカリフォルニアは、アメリカでも非常にリベラルな州で、テキサスやアリゾナとは違って州民による銃携帯は先ず不可能。一応表向きは許可書を申し込み許可が降りれば携帯は可能なことになっているが、なにか特別な理由でも無い限り許可書は先ず降りない。しかも、ここでいう特別というのは、宝石商であるとかガードマンであるとかストーカーに狙われて命の危険にさらされているというものではなく、いかに州の政府高官と深いつながりがあるかというもの、(郡の保安官の甥っ子とかね、、)
そういう普通なら銃携帯許可など絶対にもらえない州で二人が平気で許可書を所持しているということは、いかに二人が自分らの職権を乱用したかがわかるというもの。一般市民の銃所持規制を唱えながら、自分らのアサルトウエポンでの完全武装を偽善と感じないこういう政治家をみると、これだから市民は銃を渡してはならんのだと実感する。
今回提案された偽善者のダイアン・ファインスタイン上院議員提案のアサルトウエポン所持禁止法に政府高官はあてはまらないという例外項目があると知っても、カカシは全くおどろかないね。
ワシントンタイムスによると、ファインスタイン女史の提案はでは狩猟用ライフル、スポーツライフル、ボルト使用の手動銃、パンプ、レバー、スライドアクション、といった2200種以上の銃が、政府高官や現役及び退役警察官による所持が例外とされるある。
また、国土安全保障省は今度あたらしく7000丁の5.56x45mm NATO という所謂アサルトウエポンを職員の護衛用武器(“personal defense weapons” (PDW))として購入することになった。 同省によるとこれらのアサルトウエポンは「狭い場所での自衛に最適」だとその購入の正当性を説明している。しかも同省が注文した武器はセミオートではなく、「セレクトファイアー」と呼ばれ、調節によってフルオートにもセミオートにもなる銃である。これはいわゆるマシンガンで、一般市民による使用は禁止されている。
さて、ここで質問だ。どうして一般市民がこうした銃を所持することはいけないのに、政府高官や警察官ならいいとされるのだ?
銃規制反対派が憲法修正条項第二条を大事にする理由は、政府による独裁に抵抗するためである。そのことを口にするとピアース・モーガンなるイギリス人が本気でアメリカ政府がアメリカ市民を弾圧するような独裁政権になると思っているのか、と皮肉っぽい笑みを浮かべて問う。あたかも我々が被害妄想の固まりの過激派みたいな言い方である。
だが、もし我々の懸念が被害妄想だというのであれば、何故ファインスタイン議員は一般市民の武装解除をし同時に政府高官を武装強化をしようとするのか。市民が丸腰で政府だけが銃を持つ社会なら政府による独裁は容易である。政府による独裁が目的ではないのなら、何故政府高官から率先して武装解除をしないのだ?何故ファインスタイン自らが自分の銃を諦めようとしないのだ?
こういう法律を提案しておいて、憲法修正条項第二条支持派の我々を被害妄想呼ばわりするのは、人を馬鹿にするにもほどがある、と言わせてもらうね。
幸いにして、モーガンはじめメディアが銃規制銃規制と大騒ぎするのとは裏腹に、一般のアメリカ人は銃規制を支持していない。リーズンポールという世論調査によると67%のアメリカ人が銃規制は犯罪を減らすのに役立たないと感じていることがわかった
この調査によるとアサルトウエポン所持禁止がコネチカット州のサンディフック小学校で起きたような悲劇を防ぐ事ができるとおもうかという問い対して、たった27%の人々が防ぐ事ができると答え、67%のアメリカ人が防げないと答えている。
強調するが、アサルトウエポン所持禁止法は1994年にはじまって2004年に期限が切れるまで施行され続けたのである。その間、この法律は銃犯罪防止には全く役に立たなかった。にもかかわらずファインスタインは性懲りもなく同じ法律をもっと厳しくてまたまた施行しようというのである。アメリカ国民はこんな法律をいくら通してもみても犯罪防止には何の役にも立たないと身にしみて感じているというのに。
はっきり言って、カカシは今回の銃規制議論は良い事だと思っている。なぜかというと、最初にアサルトウエポン所持が禁止された1994年にくらべ、今のアメリカでは合法に銃を所持している人や携帯している人の数がずっと増えており、人々は合法な銃所持が犯罪にはつながならにこと、いや、反対に犯罪防止になっていると肌で感じている。そういう人々が個人的な印象だけを持っていたことが、今回の議論によって多くの統計によって証明され、犯罪学者や銃所持権利支持派の論理だてた議論が色々な場で紹介されることとなった。それで一般市民による銃への理解度が高まったと思うからだ。
確かにサンディフックやオーロラのような悲劇がおきると「アメリカは銃社会だから」「アメリカは銃が氾濫しているから」とセンセーショナルにメディが掻き立てるからアメリカは危険な銃社会だという印象を持ってしまう。だが実際にライフルによる乱射事件というのは非常に稀なのである。ピストルによる犯罪のほうがずっとずっと多いのだ。あまりにしょっちゅうのことなのでニュースにもならないが、シカゴやワシントンDCでは毎晩何人もの若者達がピストルによって殺されているのである。シカゴの人口割の殺人件数は麻薬戦争で大荒れに荒れているメキシコよりも多いのである。しかもシカゴはアメリカで一番銃規制が厳しい市なのだ。この関連性が見えないのはファインスタインやシューマーのような馬鹿だけだ。
いや、そうではない。ファインスタインもシューマーも馬鹿ではない。彼らの目的は最初から犯罪を減らすことではなく、一般市民の武装解除にあるのだ。彼らの目的は市民を無抵抗な状態にして自分らだけが武装することにある。どうしてそんなことをしなければならないのか。
これでもまだ憲法修正条項第二条支持派を被害妄想扱いするのか?


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