実は本日ツイッターで誰かがこんなことをつぶやいていた。

「多くの人が悩む問題に無神経に触れる言動が、単なる『あいさつ』程度に扱われる現状はもはや社会問題だと思います。『彼氏/彼女できた?』とか『結婚はまだ』などというのも挨拶程度に言うべき言葉じゃないよね。 」

それに対して私は、

「まだ結婚しないの、子供まだ?とかいう質問は必要だと思ってる。そうやって社会が圧力かけてたから人々が頑張って結婚して子供産んだんだよ。おせっかいおばさんがお見合い進めてくれて助かった人はいくらもいるんだわ」

と書いたところ、案の定、フェミニストと思われる女性達から苦情が殺到した。

いつもそうなのだが、私が少しでも伝統的な女性の役割について肯定的な話をすると、フェミニストさんたちから一斉攻撃を受ける。しかも彼女達の攻撃からは単に意見が違うというのではなく、ものすごく感情的で憎悪すら感じとれる。彼女達の平凡な女性の幸せに対する憎悪は尋常ではない。

私が結婚もせずに若い頃に好き勝手なことをやって自由気ままに生きて来たと思った人からは、

「自分は好きに生きたけど年食って既得権益が見えてきた途端に『インフラも福祉もボロボロで国が終わる!いかん!下の世代に産めよ増やせよと言わねば!』というのは自分の安泰な老後のために若いあなた達は私達の味わった楽しみを諦めて人生を犠牲にしてねという意味でしかないので卑怯だと思うんだよ…

という感想をもらった。反対に私が子だくさんで孫に囲まれているとでも思ったのか、こんな返答をくれたもいた。。

凄い、相手のプロフィールも知らないのに、出産可能な年齢か勝手に判断して手遅れとか批難。まさに女の敵は女、そのもの。出産出来た女からのマウントって?最悪。相手が子沢山だったらどうするのだろう?アタマ、頭、悪過ぎ。男には好かれるな、女を攻撃する女だから。恥を知れ。

彼女の年齢については、この直前のやりとりで彼女が子どもを産むほど若くはないと言ったので、それではもう手遅れですね、と私が答えたことに関する返答だ。

この人たちは私個人がどんな人生を送ってきたかについては全く反対の印象を持っているが、何故か若い時に結婚して子供を産むと言う平凡な女の幸せへの憎悪は同じようだ。

ま、私の人生はどちらかと言えば最初の人の印象のほうに近いが、別に好き勝手に自由に暮らしていたというわけでもない。確かに20代の頃は子供が欲しいと思わなかったのでずっと避妊をしていたが、30代になって子供は欲しいと思っていた。しかし40歳までは産めると思っていたので特に焦っていなかった。何年経っても出来ないので遂にお医者に診てもらった時は手遅れだったのだ。

そういう背景があるから、もしもっと若い頃に年を取ると妊娠しにくくなるよとか、40歳まで産めるとか神話だよ(産める人もいるが普通は非常に難しいし危険)とか助言してくれる人が傍にいたら私の人生も随分違うものになっていただろうと思う。

だから私は経験ある周りのおばさん達が若い女性に対して結婚や出産をせっつくのは、人生の先輩として義務だとさえ思うのだ。

ところで上記のこのお二人、プロファイルを見る限りすでに中年のご婦人のようだが、とても幸せな人生を送ってきた人たちのようには見えないね。

追記:ところで健康上の理由で子供が出来ない人に対して「お子さんはまだ?」と聞くのは残酷ではないかという質問だが、確かに一生懸命頑張ってるのに授からないのは辛い。私にもそういう時期があった。私はそういう時は「コウノトリがまだ来ないので」とか「神の御心にお任せしてますので」と言って来た。そういうと私は頑張ってるけど出来ないのだということが解ってもらえるので、それ以上は聞かれなかった。そういう年ごろを過ぎてからは「お子さんはいるの?」と聞かれるようになったが、「いません」というとそれで済んでいた。だからそんなに気にするほどのことはないと私は思う。


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