私が好きなミュージカル俳優/歌手にジョン・バローマン(John Barrowman)という男性がいる。彼はスコットランドのグラスゴー出身だが、子供の頃に家族と一緒にカリフォルニアに移住、アメリカに帰化して、いまやアメリカ人俳優として舞台やテレビドラマやトークショー司会やコンサート歌手と、幅広い分野で活躍をしている。今日はその彼が一年ちょっと前にセクハラの汚名を着せられて、もう少しでキャンセルされそうになったというお話をしたい。

ジョン・バローマンの大ブレイクは1989年、彼がまだ22歳の頃にイギリスの大物舞台女優イレイン・ペイジに見い出され、ペイジ主演のエニシングゴーズ(Anything Goes)でペイジの相手役ビリー・クローカー役に抜擢されたことに始まる。その後イギリスのウエストエンドやニューヨークのブロードウェイの舞台で大活躍をするが、アメリカの視聴者にも知られるようになったのは2005年に再出発したドクターWHOでキャプテン・ジャック・ハークネス役を演じたのが最初だろう。その後も何度もドクターWHOに同役でゲスト出演しドクターWHOのスピンオフ番組トーチウッドの主演を演じた。最近ではヒーローものシリーズのアローで悪役を演じたりしている。彼は一応アメリカ人俳優ではあるが、出身地の母国UKでの活躍のほうが目立ち、イギリスの朝番組や音楽番組の司会などでも忙しかった。しかし常にアメリカ人キャラクターを保っており、イギリスの番組でもずっとアメリカ訛りで通している。

ドクターWhoのキャスト(左端がノエル・クラーク)とジョン・バローマン(右)

Josh Barrowman in Doctor Who

さて、そんな彼がトラブルに巻き込まれたのは2021年の春、ドクターWHOで共演したノエル・クラーク(Noel Clarke)が20人からの女性からセクハラされたと告発されたのがきっかけだ。このことでクラークの過去が色々掘り起こされ、そのなかでクラークが2015年にコンベンションかなにかでバローマンがドクターWHOの撮影現場で何度か局部をさらけ出したという話をしている動画が浮上し話題となってしまったのだ。これについてはバローマンは2008年にドクターWHOの制作者から注意を受けており、その時から何度も謝罪しており、他のインタビューや自叙伝でも色々と書いている。クラーク以外の共演者たちもバローマンの行動について面白おかしい思い出として話をしている。つまり仲間内やファンの間では広く知られていることであり新しいニュースではなかった。しかしクラークのセクハラスキャンダルが出た時点でクラークよりも遥かに知名度のあるバローマンの方にゴシップ雑誌やSNSやユーチューブチャンネルなどが食いついてしまったのだ。

おかげでドクターWHOのTime Fracture劇場版からバローマンのシーンがカットされてしまったり、トーチウッドの特別番組がキャンセルされたりジャック・ハークネスの劇画発売が発売直前にドタキャンされたりした。2021年後半、もうバローマンのキャリアはこれで終わりかと思われるほどひどい状態となってしまった。

バローマン本人は下記のように声明文を出しただけで、しばらくの間、特にこれといった発言をしなかった。

今にして思えば、私の高揚した行動によって動揺を招いたかもしれないことは理解していますし、以前にも謝罪しています(略)2008年11月の(最初の)謝罪以来、私の理解と行動も変わりました。

これは正しい行動だったと思う。こんなくだらないことで騒ぎ立てる奴らにはいくら謝罪しても意味がないからだ。かえって弱みを見せればその分叩かれるだけである。

バローマンは翌年2022年初期に、ロレイン・ケリーと言うスコットランドで人気の朝番組でスキャンダル初のインタビューを受ける。ロレインはもともとバローマンとは友人関係にあり、このインタビューもかなり同情的なものだった。これがスコットランドの番組であること、インタビュアーがスコットランド人であることなどから、普段はアメリカ人キャラクターを崩さないバローマンだが、この時はスコットランドのお国訛りで話している。

バローマンはインタビューでこれは15年前の出来事であり、身内だけの撮影現場でのことで、周りも皆ふざけていて誰もきにしていなかったこと、その後も色々な場所で何度も謝罪しており自分の自叙伝にも書いていることを説明し、ちょっとしたおふざけがまるで深刻なセクハラでもあるかのようにゴシップ紙に大袈裟に脚色されて書かれてしまったと怒りをぶつけた。無論今ならそんなことはしないが、過去を変えることは出来ないと語った。

興味深かったのはバローマンが「キャンセルカルチャー」という言葉を何度か使ったことだ。この言葉は主に保守派の人たちが使い出した言葉で、特にLGBTQ+に関して批判的なことを言った人たちがキャリアを破壊されてきたことに使われてきた。イギリスではJKローリングのようにトランスジェンダーに批判的な発言をした人たちが攻撃され色々な場でキャンセルされてきた。

ここではっきりさせておかなければならないのは、ジョン・バローマンは自分がゲイであることを最初からオープンにしていただけでなく、LGBTQ+活動にも積極的に参加していたということである。キャプテン・ジャック・ハークネスのキャラクターはバイセクシュアルで、彼には女性ファンも多いが男性ファンもかなりいる。そんな彼でさえもこのキャンセルカルチャーは容赦なく攻撃したのだ。

左翼リベラルたちはキャンセルカルチャーなどというものは存在しない。これは右翼保守の陰謀論だとか被害妄想だとか言って来た。だからそれをゲイでLGBTQ+の熱烈支持者であるバローマンが使ったのは皮肉である。保守派を黙らせるための手段がまわりまわって自分らの仲間をも攻撃し始めたというわけだ。

私はこの件でBBCは非常に偽善的だと思った。この話が広まった際に、BBCはあたかもバローマンの過去の行動を全く知らなかったかのように言っているが、すでに2008年の段階でBBCは彼に注意までしていたという事実があり、それでことは解決していたはずである。バローマン主演のトーチウッドが始まった時には、バローマンの現場での行為は有名だった。いくら注意を促したとはいえ人気があるからといって穏便に済ましていたものを、今になってあたかも驚いたようにふるまうのは卑怯だろう。そんなに許せないことだったなら、なぜ当時彼を首にしなかったのだ?当時は大したことだとは思わなかったのなら、今の価値観で15年以上も前のことを蒸し返すのはおかしいだろう。

それにBBCの番組では男女の裸体など普通に放映している。イギリスのテレビはアメリカと違って、セックスに関する描写がおおらかである。アメリカでは普通のネットワーク番組では男性の局部どころか臀部すらも映さない。だがイギリス国営放送のBBCでは男性の正面からの全裸など普通に映される。そういう局で、バローマンがうちわの仲間たちの間で裸になったからなんだというのだ?

BBCが支持しているLGBTQ+のプライド月間では、全裸の男たちが子どもたちの前で男性器をひけらかしているではないか。ああいう行為を批判しないなら、バローマンの行為だけ批判するのはおかしいだろう。

結局バローマンはどうなったのかというと、ロレインでのインタビューでも謝罪をちょっとした後は、新しく始まるテレビ番組のレギュラーになった話や自分のコンサートツアーの宣伝でインタビューの大半が埋まった。この後にも他の番組でのインタビューで、やはり冒頭でスキャンダルの話をちょっとした後は、今後のイベントの宣伝をしていた。司会者たちが好意的であったことから考えて、ああ、これで終わったんだなと感じた。イギリスメディアはバローマンを許したのだ。

そして一年後の今、バローマンのフェイスブックを覗いてみると、コンサートやコンベンション出演の予定がぎっしり詰まっている。どうやらバローマンはキャンセルカルチャーの攻撃を生き延びたようである。


Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *