ネットでブロードウェイお芝居を観られるフロードウエイHDの無料視聴期間が7日間あるので、その間にこれまで観たくても観られなかった有名何処のミュージカルを毎晩観ることにした。昨晩観たのはかの有名なミス・サイゴン25周年記念上演版。初演は1989年にイギリスのウエストエンドで公開された。当時、ベトナム人と白人との混血エンジニア役を白人のジョナサン・プライスが演じたといってちょっと批判されたりしていた。初演で主役のキムを演じたリー・サロンガはウエストエンドでもブロードウェイでも大スターになった。日本でも劇団四季が市村正親主演の初演以来、何度も上演されている。

私にはミュージカル大ファンの親友が居るが、彼女は押しの俳優さんを追って、このお芝居は何十回と観ていて、前々から薦められていたのでとても楽しみであった。しかし私が思っていたのとは違う筋でちょっと意外だった。

あらすじ ネタバレあり

舞台は1975年4月、ベトナム戦争末期、文字通りサイゴン崩落前夜から始まる。エンジニアが経営する売春宿に米軍GIのジョンとクリスが遊びに来る。ジョンは女遊びには気乗りのしないクリスのために店に入ったばかりの処女キムを買い与える。最初は乗り気ではなかったクリスもキムの清純な魅力に魅かれ、キムもまたクリスのやさしさに魅かれて二人は一夜にして恋に落ちる。

しかしベトナムはすでにアメリカ軍撤退は避けられない状態。南部のベトナム人たちはサイゴンが北郡に占領される前にアメリカに逃れようと必死にアメリカ大使館の周りに集まっている。当時の様子はアメリカ軍が残していく武器を北郡に取られないようにどんどん破壊していく映像がテレビでも流れていた。特にヘリコプターが海に落ちる動画は有名だ。

そんなどさくさの中で、クリスは一日だけ休暇をもらってキムと結婚しキムをアメリカに連れて行く手続きもするが、動乱のなかキムを迎えに行けず、大使館の前まで来ているキムと連絡も取れず、クリスはそのままキムを残して帰国せざる負えなくなる。

三年後、すでにアメリカで再婚していたクリスは友人のジョンからキムが生きており自分には息子がいることを告げられる。今まで隠していた事実を妻にすべて打ち明け、クリスは妻のエレンと一緒にキムと息子がいるバンコックへ向かう。

クリスの友人ジョンからクリスがバンコックへ来ていると知らされたキムは、クリスが自分を迎えにきてくれたと早合点。ジョンの説明も聞かずにクリスが泊っているホテルに行く。そこでキムに会いに行ったクリスと入れ違いになってしまい、キムはエレンの口からクリスが再婚していた事実を知る。

狂乱したキムはエレンに自分の子供をアメリカに連れて行って欲しいと嘆願。キムの息子愛に心打たれたエレンはそのことを帰ってきたクリスに告げ、ジョンとエレンはキムと息子に会いに行く。

キムはクリスとエレンに子供を頼むと言って息子を引き渡すが、自分は奥の部屋に戻ってクリスが護身用にと昔キムに渡した銃で自殺をしてしまう。

あらすじ終わり

ちょ、ちょっと待ってよ、これってまさにプッチーニのオペラ、マダマ・バタフライ(蝶々夫人)じゃない!最後に女が自殺するところまで筋がそっくりだ!それもそのはず、なんとこの話、原作は蝶々夫人だったことを検索して知った。

作品名ミス・サイゴン
作曲クロード=ミシェル・シェーンベルク
作詞アラン・ブーブリル、リチャード・モリトビーJr
原作プッチーニのオペラ『蝶々夫人』
Musical Classicaより引用

この作詞作曲のコンビは、かの大作レ・ミゼラブルも手掛けた名コンビ。しかしクラッシック風のレミゼとは対照的に、ミス・サイゴンは非常にジャズ的な要素が高い。

話の大筋はこんなところで、主役はキムとクリスだと思いがちだが実はそうではない。この話の主役はなんといってもサイゴンで売春宿を経営していたエンジニアである。エンジニアが本名ではないのは当たり前だが、この男の素性は怪しげでよく分からない。だが頭がよくて機転が利き、どんな状況でも生き延びる手段を持っている。

売春宿で平気で女を殴る嫌な奴だが、どうも憎めない。内戦状態が何円も続いていた貧しいベトナムで、売春以外に貧乏人の子供がどんな生き方があったのかと言われてしまえば何とも言えない。この芝居が上演された時、女性蔑視だとか人種差別だとか色々言われたそうだが、ベトナム戦争中の売春宿が舞台なのだ、批評家たちは一体何を期待していたのだろうか?

エンジニアはキムの混血児を使って自分はキムの兄と言うことにしてアメリカに渡ろうと企み、アメリカで一旗揚げようとアメリカンドリームを唄う。私はこのミュージカルで知っていた歌はこれだけ。以前に市村がこれを唄ってるのを聞いたことがあった。彼の場合は踊りもうまいので非常に面白い演技になっていたが、今回のジョン・ジョン・ブライオネスの演技と歌は素晴らしかった。この役柄が憎めないのは彼のコミカルな演技にあるのだろう。

ブライネスが何処系の人なのかはわからないが、私は実際にこういうグリースィ~なベトナム人男を何人か実社会でみたことがある。ポマードべとべとの黒髪を後ろにすいて、派手な上着を着て金の鎖をじゃらじゃら首にかけて高級な腕時計をしている場末カジノの支配人といったかんじ。エンジニアならきっと難民キャンプからなんとか逃れてアメリカへわたり、きっとカリフォルニアのポーカーパーラーかなにかを仕切っていることだろう。

もう一人主役以外に私が気に入ったのがキムの元許嫁で後に北軍の指揮官になるトウィ役のカン・ハ・ホング。この役はいつでも感情的で暴力的なのだが、ホングはその感情を良く表し。その美しい声で歌い上げる。悪役なのだが、かなりの男前で惚れてしまった。

さて、この外国から来た男が一時的に滞在した地で地元女性と関係を持ちながら女を置いて去って行ってしまうというテーマは万国共通で昔からよくある話だ。また、戦争中に戦地にいた兵士との間に子供が出来る女性というのも珍しい話ではない。第二次世界大戦後に米兵相手に売春をして混血児を産んだ女性はいくらもいた。そして混血児を育てられない親たちによって捨てられた子供はいくらもいたのだ。

この芝居の中でも、第二部はクリスの友人ジョンがベトナムに置き去りにされた米兵と現地妻との間に出来た子供をアメリカに呼び寄せようという活動をしている。アメリカは世界中に出兵しているから、こういう子供は諸外国に数えきれないほど居るんだろうな。

無論クリスは好きでキムを置き去りにしたわけではない。アメリカ軍撤退の動乱のなか、ベトナム人女性一人と何とか脱出するなどそう簡単に出来たわけではない。ベトナムとアメリカの間は険悪であったから、その後置いてきた人を探し出すなどということも困難だったのは当然のことだ。それでも罪悪感にさいなまれるクリスの力になったのが妻のエレンである。彼女もまたクリスが抱える苦悩に気付いて苦しんでいる。

アメリカにはベトナム人難民が沢山いるが、ここで私の実体験をお話しておこう。1980年代初期の話だが、職場付近にあったレストランで昼食を取っていた時、仕事関係で知り合いの男性が女性と食事をしているのを見かけた。その人は中小企業の社長さんでその時もピシッとした格好をしていたが、一緒にいた東洋人の女というのがおよそ彼のような人にはふさわしくない女だった。着ている服は体にぴったりしたミニドレス。胸の半分がさらけ出されるようなローカット。しかも化粧がゴテゴテの厚化粧。場末のキャバ嬢でもあんな恰好はしないというような下品な感じのする女だったのだ。その話を後で職場の同僚にしたら、「あ、あれはあの人の奥さんだよ。ベトナム駐在の時に出会ってこっちにつれて来たんだってさ」と言われてびっくり仰天。ベトナムの繁華街で勤めていた現地妻を本当にアメリカにつれてきちゃったのか、そんな男が本当に居るんだ!そう思って私は奥さんの恰好が下品だなどと蔑んだ自分が恥かしくなった。

配役:

Jon Jon BrionesThe Engineer
Eva NoblezadaKim
Alistair BrammerChris
Kwang-Ho HongThuy
Tamsin CarrollEllen
Hugh MaynardJohn
Rachelle Ann GoGigi
William DaoTam
Paul Benedict SarteTam

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