何か月にもわたって色々話題になっていたアマゾンプライムが前代未聞の大予算を投じて作ったとされるロードオブザリングス(指輪物語)の新シリーズ、リングスオブパワーの一話と二話が公開された。この物語は2001年に公開されたピータージャクソン監督のロードオブザリングス三部作の物語が始まる何百年も前の出来事という設定になっている。

最初に断っておくが、私はトールキンファンとはいっても一部の熱烈なファンとは違って読んだのは指輪物語三部作とホビットだけだ。よって舞台になる中つ国の第一期や第二期の歴史についてはまるで無知である。よってこの新シリーズに関しても、歴史背景や登場人物の人間関係といったものについてもよく知らないので、全く新しいファンタジーシリーズとして客観的な目で見られるのではないかと思っていた。

し、か、し、

この話がLOTRとは無関係なオリジナルのファンタジーだったとしても、いやそうだったとしたら余計に、最初の20分で完全に眠りに落ちていただろう。私が第一話を最後まで観たのは、LOTRだったからだ。そのくらい退屈でつまらない番組だった。

はっきりしない映画の意図

先ず、ジャクソン監督の映画は冒頭で映画の背景になる戦いについて、指輪がどのように作られ、どのようにして誰の手に渡ったのかという説明がガラドリエルのナレーションで説明される。映像とナレーションがしっかり合っているので、観客は簡単にその背景を理解することが出来る。そして観客はこの映画が何に関する話なのか正しく把握することができる。

ところがこのシリーズでは、ガラドリエルによるナレーションが入るのだが、映像とナレーションがかみ合わず、いったい何を見ているのかさっぱり理解できない。エルフたちが戦争をした理由も非常に希薄で、そんなことのために100年も戦ったというのが理解不明。

後で原作を良く知っている批評家の話を聞いたところ、エルフたちが戦争をする理由がかなり、はしょられているため、話の辻褄が合わなくなっているのだという。原作を知らなければ混乱する書き方は映画の台本として大失敗だろう。

この戦争で兄を失ったガラドリエルは、その復讐の旅に出る。そして何世紀も宿敵サウロンを追って旅をする。しかしこの動機もどうも弱すぎる。確かに兄を殺されたことは悲しいことかもしれないが、実りのない旅を何百年も続けるほどの価値があるのか。サウロンが放っておいたら危険な存在になるというなら、その根拠を先ず示すべきではないのか?

最初は復讐の一年で旅にでたガラドリエルがその冒険の中で種々のことを学び、やはりサウロンは打倒しなければならないと確信したというのであればそれはそれでいいのだが、彼女の冒険に関する描写が一切出てこないので、彼女が何を学んだのかが解らない。後にリンドンというエルフの里に返ったガラドリエルがエルロンドに「あなたは私が見て来たものを見ていない」というセリフがある。いったい何を見てきたと言うのか、しゃべってないで見せたらどうなのだ?

唯一彼女の冒険を示すものとしては、雪山にサウロンの古い城を見つけたガラドリエルとその部下数人が、そこに棲息するトロルに遭遇するシーンがある。

ガラドリエルを強い女性の英雄というイメージで描きたかったのだろうが、このシーンを見る限り彼女は兵を率いる司令官としても完全に失格である。部下の不安や不満や身体の具合すら無視して自分だけさっさと先に進んでしまったり、自分ひとりでトロルを倒したりしてしまう。それで結局数人いた部下にも見放されて一人で冒険の旅を続けることになる。ほんの数人しかいない部下の心もつかめない司令官が軍隊を率いるとかあり得ない話だ。

ともかくここまで観ていても、いったいこの話はどういう方向へ進むつもりなのか、視聴者にはさっぱりつかめない。

違いすぎるエルフのイメージ

エルフ役のひとりに黒人俳優が起用されたことに関して、制作側はファンの怒りは人種差別だと批判しているが、問題なのはエルフの肌の色だけではない。いや、もっと根本的なところでエルフの描写がおかしいのだ。

先ずエルフは人間とはまるで違う生き物だ。彼らは一旦大人になるとそれ以上年をとらない。エルフは病気をすることもなく、怪我をしてもすぐに治ってしまう、致命的な傷を負わなければ死ぬこともない。エルフは何千年も生きられるため、それほど多くの子どもを作らないため、世代によって顔立ちがどんどん変わっていくなどということもない。

エルフが生まれた頃の世界には太陽はなく、星の光と、輝くふたつの木があっただけ。エルフは日焼けもしないので、褐色の遺伝子を子供に伝えることもない。氏族によって髪の毛の色が多少違う程度であり、みな背が高く肌の色は透き通るように白い。エルフはエルフに初めて会う他の種族が息をのむほど美しく、光り輝いて眩しいほどの存在でなければならない。

今回の黒人エルフは肌が黒いというよりも先に、この眩しいほど美しいというイメージがまるでなく、他の人間たちと区別がつかないほどむさ苦しい男だということに問題がある。これは白人が演じていても同じことが言えただろう。

現に他の白人エルフたちもまるで魅力がない。エルフは歳を取らないので、何百歳になっても皆30歳くらいにしか見えないはずなのに、中年のエルフが出て来たり、ヘアースタイルが現代の男性のもので、現実離れしたエルフの髪型としては非常に不適切だ。

またエルフは普通の人間より背が高く強靭であるはず。雪山でガラドリエルとその部下たちがトロルに遭遇した時に、4~5人のエルフが簡単にトロルに突き飛ばされて死んでしまうというは、どう考えてもおかしい。そして強靭なエルフが数人かかってもかなわないトロルをガラドリエルが一人で退治とか、勘弁してよと言いたくなった。

登場人物が多すぎる

第一話なので、登場人物を色々紹介したいのは解るが、あまりにも多すぎて誰が誰だかわからなくなる。第一話はエルフの話だけに収めるべきだったのではないだろうか。

このシリーズではホビットの祖先のツーフットと呼ばれているが、姿かたちはホビット風だが文化があまりにも違いすぎる。トールキンオタクによるとホビットは第二期にはまだ生まれていないので、ここで登場するのはおかしいとのこと。それはいいとしても、ここで描かれるホビットは原始人のように汚らしい遊牧民。ホビットは非常に保守的で外に旅には出ないという特徴があったことも、ここでは完全に無視されている。

ところで人種の話だが、エルフよりひどいのがホビットである。何人ものホビットが登場するが、人種がまちまちで、白人ホビットの母親が黒人だったり、人々の英語のアクセントがそれぞれ違ったり、もうハチャメチャである。一族でこんなにダイバシ―ティーな部族なんて居るだろうか?ホビットは人間ではないから、生まれた時に色々な色で生まれてくるというでもいうなら話は別だが。

ともかく退屈

原作と違うとはいっても、もしこれがオリジナルのファンタジー番組として、それなりに面白いというならそれはそれでいい。しかし無駄な会話や必要ないシーンが長々とあり、肝心なシーンはしょられており、観ていて混乱するだけでなく退屈でしょうがない。私は一時間の間にどれだけあくびを押し殺したかしれない。

アマゾンプライムに寄せられた視聴者からの批判があまりにも多かったため、アマゾンは否定的な批評は公開しないことにしたそうだ。いや、今更そんなことをやっても無駄だろう。LOTRだからという理由でともかく第一話は我慢してみたトールキンファンたちも、第二話第三話となるとどんどん離れていくことは間違いない。

格いう私も、第二話は観ようと思えば見られるが、退屈で死にたくないので観ないことにした。


2 responses to 恐れていたより酷かった、アマゾンプライムの「指輪物語」新シリーズ、リングスオブパワー

名無しの権兵衛2 years ago

荒木飛呂彦氏という人気漫画家がいるのですが、彼が自著の中で、漫画を描くうえで世界観がいかに重要かを強調しているのです。宇宙を舞台にしたSFでも日常を舞台にしたサザエさんでも世界観が存在しています。
https://twitter.com/tk_takamura/status/1566486226194124800/photo/1
https://twitter.com/tk_takamura/status/1566486226194124800/photo/2

その中で架空の世界を描く際でも、架空の世界なりにスジが通っている必要がある、との指摘には同意しました。指輪物語はエルフが登場する架空の世界です。架空の世界だからこそ、何を描いてもいいのではなく、架空の世界だからこそ、きちんとスジが通っていないと、観る側に「これは、おかしいのでは?」と思わせてしまい、世界観の中に入っていけないのですね。
苺畑カカシさんが指摘しているように、エルフ描写に対する不可解な点は、視聴者が指輪物語の世界観に入ることをむしろ邪魔しているわけで、人種差別云々とという批判は的はずれだと思います。
荒木氏は、新人時代の苦い経験から、漫画というフィクションを描く中で、いい加減な事や適当な事は描けない事を肝に銘じているとのことですが、映画にしろ、漫画にしろ、物語を作るうえでの基本的な事だと思います。
多様性にこだわるあまり、基本が疎かになるのは、プロの仕事ではないでしょう。

ReplyEdit
    苺畑カカシ2 years ago

    >架空の世界だからこそ、何を描いてもいいのではなく、架空の世界だからこそ、きちんとスジが通っていないと、観る側に「これは、おかしいのでは?」と思わせてしまい、世界観の中に入っていけないのですね。<

    まさしくその通りなのです。ファンタジーやSFをちゃんと理解してない人は、ファンタジーだから何が起きていもいいと勘違いする人が多い。しかし、ファンタジーの世界にはそれなりの規則があるのです。

    トールキンは中つ国という架空の世界を何十年もかけて非常に綿密に創作しました。そこは我々の住む世界とは違います。しかしその世界で起きる出来事は彼の創作した世界の規則に従わなければならないのです。

    たとえばガンダルフは魔法使いですが、彼の能力には限界がある。彼は空を飛んだり、死んだ人を生き返らすことは出来ません。エルフも不老長寿ですが、致命的な傷を負わされたら死にます。

    話の途中で、突然ガンダルフが空を飛び始めたり、エルフが殺されても何度も生き返ったりしたら、話の辻褄が合わなくなってしまいます。

    トールキンファンは、本当に熱烈ファンが多いので、トールキンの世界を知り尽くしている。だから、その世界の中で起き得ないことが起きると敏感に反応するわけです。エルフの肌の色だけでなく、髪の長さや身長などにも口うるさく反応します。それが当然の反応です。

    それが理解できないということは、この番組の制作者たちはトールキンの世界も、そのファンのことも何も理解していない証拠です。

    ReplyEdit

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *