ウォール街を占拠せよ運動では、政治的な目的で抗議運動をやっている人と、単に無料食料やテントや衣服目当てに集まって来るホームレスや麻薬中毒者や性犯罪者とがいて、「まじめ」に抗議運動している人たちからすると、こういう人たちの存在は迷惑このうえないらしい、という話は以前にもした。
しかし、リベラルな運動にはそのリベラルな風潮に惹き付けられたホームレスや昔風にいえばヒッピーみたいな奴らが集まって来るのは当然なことで、占拠現場で起きている殺人や婦女暴行を含む凶悪な犯罪も起こるべくして起きた現象とカカシは捉えている。
おもしろいことに、解釈の動機も結論も全く反対なのだが、私が以前に時々ネット議論を交わしたこともある極左翼フェミニストのエミちゃんも、占拠運動の性質がこうした人々を惹き付けたのであり、運動そのものがこの現象を引き起こしたというわけではない、というカカシと見解を共にしている。
エミちゃんは、占拠現場におけるホームレスや犯罪者の存在は、占拠運動そのものが生み出したものというより、この運動によって、底辺に住む人々の日常の行動が明るみにでるようになったに過ぎないと言う。

これらの事象を運動内部の「矛盾と対立」の結果(すなわち「占拠」運動が生み出したもの)として扱うのは、「占拠」運動を否定するために各自治体が持ち出した論理ですが、根本的に間違っていると思います。(略)
ここ二十年ほどのあいだ、米国の各都市では、(略)ホームレスの人が安心して体を休めることができる空間が減っています。「占拠」運動に参加することによって、そうしたホームレスの人たちはほかのデモ参加者とまぎれて安心して休むことができる場を手に入れ、また「占拠」運動が提供する無償の救急医療やカウンセリングや食事や物品の配布の恩恵を受けることができました。
そうして集まってくる人の中には、自殺をするほど追い詰められている人や、精神的に不安定な人、麻薬やアルコールに溺れて問題を起こす人、オーバードースを起こす人もいます。それは、「占拠」運動が生み出した「矛盾と対立」ではなく、普段はメディアに扱われることもない社会の「矛盾と対立」を、「占拠」運動が可視化しているだけです。

また、ポートランドでは、若者専用シェルターの規則に不満を持っていた若者達が規則のない自由な占拠現場に集まるようになったという。それで福祉団体が市に対し占拠運動は未成年の安全を脅かすものであるとして訴え市はデモ排除を実行したという。
だが、エミちゃんに言わせると、若者達は『占拠」によって安全を脅かされているのではなく、もともと安全を脅かされているからこそ「占拠」に参加した』のであり、『「占拠」を閉鎖すればかれらが安全になるというのは、事実関係の取り違えも甚だしい』ということだ。
私などからすると、エミちゃんは占拠運動を始めたエリートなんぞよりずっと過激である。運動家の上層部の人々は、変な犯罪者が集まって来ると運動の邪魔になると考えて距離を置こうとしているのに、エミちゃんはそういう態度にこそ問題があると主張するのだ。

むしろ運動にとって汚点になるからとそうした事件を「なくそう」とする動きのほうが問題だと思います。なぜならそれは、中流階層の「まともな市民」の安全のために、「占拠」運動からホームレスや麻薬使用者や精神疾患を抱える人たちを排除しようという考えに繋がるからです。現に、ウォール街でもその他の「占拠」現場でも、ホームレスは運動に寄生しているだけだとか、(中流階層の)女性やゲイの安全を脅かしている、という議論はよく聞かれました。

もしもエミちゃんがカトリックのような信心深い人だったならば、マザーテレサのような聖人になれるのではないかとカカシは思ってしまうのだ。偽善主義のエリート左翼に比べると、エミちゃんは真に底辺の人々に対して無条件で愛情を持っているからだ。
ただし、彼女の根本は左翼リベラル主義なので、底辺にいる個人がそこにたどり着いたのも、そこから這い上がるのも、その人個人に責任があるという考えは完全に拒絶している。
面白いのは、こういう左翼の抗議運動の指導者というと決まって社会的に上層部に居る白人男性たちであり、女性や少数派は多様性という意味で一応参加者として認められるが、決定権をもった主催者側には回れない。私は左翼リベラルの女性や少数派が常に白人男性のエリート意識や偽善を口にするのは、こういうリベラル男性とばかりつき合っているからだと思う。左翼リベラルの女達が男性なんか必要ないといってフェミニズムに走るのも、こういうジャークな男達ばかりをみているからではないのかな。
保守派の男性には紳士が多いのにね。


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