今日の映画、マイレージ・マイライフ(英語題名はUp in the air)が日本で公開されたのは今年の三月(アメリカ公開は去年の11月)。アカデミー最優秀映画賞の候補にも上がったほどで、内容はかなり上出来だと思う。
どうして一年も前に公開済みの映画を今頃観たのかというと、出張ばかりしている同僚が最近出張先のホテルのテレビで観て、いやに気に入ったらしく、私も興味があるのではと勧めてくれたからだ。
主人公のライアン・ギンガム(ジョージ・クルーニー)の仕事は、リストラ中の企業に出向いて行っては自社の従業員を自ら解雇する根性のない重役らに替わって解雇して回ることだ。ライアンはその時だけで後は個人的なつながりを全く持たないこの仕事が気に入っている。
ファーストクラスで飛び回り、一年のうち322日間出張していることや、手荷物だけでする手軽な荷造りの技術にも誇りを持っている。フリークエントトラベラー(頻繁に旅をする人)だから航空会社でもレンタルカー会社でもホテルでもVIP扱い。どこへ行っても列に並んだりせずVIPカードを見せてほぼ素通り。
結婚したこともないし、女性関係はカジュアルで満足。両親はとっくに他界し、結婚間近に控えた妹や男性関係に恵まれない姉とも、ほとんど付き合いはない。人間関係といったら、しょっちゅう使ってるアメリカン航空のチェックイン係りの女性に「おかえりなさい、ギンガムさん」と言ってもらうことくらい。
そんなライアンの生活に二つの変化が起きる。ひとつは魅力的なキャリアウーマン、アレックス(ヴェラ・ファーミガ)との出会い。もうひとつはライアンの会社が新しく採用したインターネットでの解雇方式を提案する有能な新入社員ナタリー(アナ・ケンドリック)の指導を命令されたことだ。
ライアンが自分の能率的な仕事の仕方や生活習慣を、片手間で行ってるレクチャーで説明したり、すばやくセキュリティーチェックを通るための方法を新人のナタリーに教授したりする場面はユーモアたっぷりで楽しめる。フリークエントフライヤーのカカシとしては「なるほど~。」と勉強になる部分も多くあった。
だが、私が一番気に入ったのはホテルのバーでアレックスと出会う場面だ。
バーのカウンターでアレックスが何かのVIPカードを弄んでいる。ライアンがそのカードではどこどこの店では使えないとか、どういう得点があるとかないとか言う話を始めると、自分と同じように色々なメンバーシップカードを持ってるライアンに興味を示すアレックス。
即座に二人はテーブルを挟んでお互いのVIPカードをトランプのように出してその格を競い合う。ライアンのマイレージ数にすっかり魅了されるアレックス。お酒の入った勢いもあるが、マイレージの話で完全に意気投合していく二人の姿はその後に続くベッドシーンよりもずっと色気がある。(ここまで読んでベッドシーンがあると期待した読者は、その淡白な描写に失望するはず。)
一夜を共にした二人は、次回の再開場所をお互いの忙しいスケジュールにあわせてノートパソコンではじき出す。
私がこのへんのくだりを気に入ったわけは、私自身が同僚たちとVIPレベルを比べてカードを見せ合った経験があるし、同じ仕事をしてるのに本社で会う機会などほとんどない同僚たちと示し合わせて飛行機の待ち時間を利用して出先の空港で会ったなんてこともあるからで、同じフリークエントトラベラーとして共感できる点が非常に多くあるからだろう。
しかし、ここまで観ていて、この映画がこれまで個人的な人間関係を持てなかったライアンがアレックスとの出会いによって人との交流の大切さを学ぶロマンティックコメディーだと思ったら大間違い。この映画の本筋はもっと腹黒い反資本主義思想が根底にある。
先ず第一に、ライアンの勤める会社が繁盛するということは、アメリカの景気が不況であちこちで企業がリストラをせざる終えなくなっている状況が背景にある。しかも、企業は景気のいいときはさんざん従業員を利用しておきながら、ちょっと経営不振になると個人感情などおかまいなしに利用価値のなくなった部品を捨てるかのように社員を簡単に解雇する。
この映画のしたたかなところは、企業をあからさまに悪者として責めないところだ。にくったらしく葉巻を吸うような脂ぎった中年男が重役として出てくるわけでもなければ、私腹を肥やす重役のために、まじめな下っ端社員が解雇されるなどというシーンは全く見せない。いや、それどころかこの映画では企業の姿はほとんど描かれない。リストラを決意した重役や、長年勤めた従業員の解雇を外注する人々の冷酷な姿も見せない。だからこそ、この映画に現れる企業はなにかしら不気味で冷酷な物体としてのイメージしかわかない。
映画でライアンに解雇される従業員の一部は俳優ではなく、実際に最近解雇された一般人を起用している。
「30年もまじめに勤めた見返りがこういう仕打ちなんですか?」
「住宅ローンも組んだばっかりなのに、いったいどうやって生活しろっていうんですか?」
「女房や子供にどういう顔みせろってんだよ!」
若い人はまだしも、50や60になって突然リストラされたら、いったいどうすればいいのか。しかも企業は何十年と働いた従業員にねぎらいの言葉をかける気遣いもない。個人的に解雇する勇気すらないで、ライアンのような刺客を雇ってリストラをする。なんて冷酷非情なやつらなんだ!
という感情を観客に生み出させることが出来ればこの映画のプロパガンダは成功したことになる。プロパガンダを承知の上で観ていたカカシですら、自ら従業員を解雇できない重役の根性を批判したくなったほどだから、この映画は非常に良く出来た左翼プロパガンダだといえる。
しかし現実を考えて見よう。
カカシもこれまでに3回ほどリストラされたことがある。そのうち二回とも私は直接の上司から解雇された。どれも会社の経営状態などを考えたら仕方ない現実だった。私がリストラを言い渡される前からすでに社内では大幅な人員削減がおこなわれていたので、私のところに話が来るのは時間の問題だった。
左翼リベラルは認めないが、企業も生き物だ。企業は決して顔のない血も涙もない冷血非道な物体ではない。企業は利益をあげることが商売だが、それが出来なくなれば損失を最小限に抑え何とか生存に勤めるのがその義務でもある。
どんな企業が好き好んでリストラなどするだろう。
確かに長年勤めてきた会社から解雇されてうれしいわけはない。若くてやり直しがいくらでも出来るというならともかく、50だの60だのになって定年間近でリストラなどされたらいまさらどうしろというのだ、という気にもなる。リストラされた当時は私も傷ついた。特に最初の企業は8年も勤めていて、昇進まで約束されていたので、突然の解雇はショックだった。だからこの映画に出てくるリストラされた従業員たちの気持ちは手にとるほど良くわかる。
だが、だからといって企業がリストラをしなかったらどうなるのだ? リストラをするということ自体、企業は経営難でうまくいっていないという証拠だ。そのまま全く経営方針を変えずに同じことを繰り返していれば、いずれは企業自体が倒産の憂き目にある。会社がつぶれれば社員全員が失業するのだ。一部の社員を解雇するだけでは収まらないのだ。
左翼連中はそういう現実を全く考慮に入れない。
すでに公開済みの映画なのでネタばれを心配する必要はないのかもしれないが、ここで私は実際の映画の終わりではなく、私自身が考えた資本主義的終わり方を披露しておきたい。以下はカカシ風結末で映画の本当の結末ではないのであしからず。
ナタリーの訓練を終え、ライアンはナタリーを本社に帰す。アレックスに会いに行った先でのライアンとアレックスのやりとりは映画のまま。
ホテルに帰ったライアンには本社から緊急なイーメールが届いている。翌日ビデオ会議に参加するようにという内容だった。
翌日ビデオ会議を開いてみると、なんとこれはインターネットによるライアンへの解雇通告だった。本社はナタリーの提案を受け入れ本格的にネット解雇に方針を切り替えることにしたため、外回りのライアンたちの職種は削除されることになったからだ。そしてネット解雇部の新しい部長は誰あろうナタリー。
次のシーン。
どこかのホテルのロビー。ライアン・ギンガムのレクチャー看板が飾ってある。その題名は「リストラ後の職探しはどうするか、あなたの未来を考える。」とかなんとかいうもの。会社を首になったライアンは解雇任務を改め、失業した人々のために本当の意味でのキャリアカウンセラーをする仕事を始めたのだ。「あなたの新しい人生は解雇されたときから始まるのです。」観客の中にはライアン自身が解雇した社員たちの顔も見られる。
最後にリストラされた人々が家族の支えでなんとか立ち直ったとかいう証言を流す代わりに、リストラのおかげで自分がそれまで惰性でつづけていた仕事を辞めることが出来、自分が本当にやりたかったキャリアを見出すことが出来た、というような証言が立て続けにされる。
カカシ自身、最初のリストラにあって始めて、それまでの仕事では自分の才能が充分に生かされていなかったことや、給料が低すぎたことを知ったし、二度目三度目のリストラのおかげで、自分の職種には未来がないことを悟り、新しく学歴を得て全く違う分野に視野を広げることが出来た。
そういうことが出来るたのも、アメリカが資本主義の国であり、七転び八起きを許容してくれる社会だからこそだ。そういうことを描写してくれたなら、この映画は満点の価値ありだろう。
無論、この映画のメッセージはその正反対。にもかかわらず、ジョージ・クルーニーのチャーミングな演技に半資本主義プロパガンダ映画にすっかり魅了されてしまったカカシであった。


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