ちょっと船に乗ってネットアクセス不能な状態が一週間続いているうちに、我が「苺畑より」がどっかのブログにリンクされたらしく、やたらとヒット数が多い日があった。
紹介リンクをたぐっていったら、サイトに南米の共産主義極悪大量殺人革命家チェ・ゲバラの写真が載ってるバリバリの共産主義サイト。なんでこんなサイトが極右翼の我がブログをリンクしてるんだろうと不思議だったのだが、どうやらユダヤ人バッシングが目的だったらしい。この共産主義ブログのリンクしたわがブログのエントリーは「北米キャンパスを乗っ取る聖戦主義のユダヤ弾圧」。それについてこの人間の感想を読めばこの著者がどういう種類の人間がよく分かるというものだ。

カナダの大学でイスラム教徒たちが団結して生徒会を乗っ取り、ユダヤ系サークルをいじめた、という事件だ…アメリカ在住の姉さんがブログしてます。それにしてもこの人、バリバリのネオコンだね。さすが高校出たばかりでアメリカまで逝っちゃうお姉さんは違いますな。こういうの、バナナと呼ぶわけだ。表面は黄色く見えても脳味噌は白人。むしろアジア系の容貌に物凄くコンプレックス持っているんで、過剰適応でバリバリのネオコンになる…

オンナってヤツは頭が空っぽなので、相手によってどうにでも思想が変わるわけだ。この馬鹿も、アラブ人の亭主とくっついたら明日から「パレスチナ万歳! ユダヤ人を殺せ!」とか言いはじめるんだろう。ちなみにこちらで顔を晒しています。キチガイって顔を出すのが好きだったりするよね。誰が、とは言いませんが。
まぁ、ユダヤ系の宗教サークルがいじめられるのなんざ身から出た錆なんでどうでもいいが…

この著者の文章から彼の反ユダヤ主義思想や男尊女卑の偏見がありありと伺われる。だがその話をする前に先ずは間違いから正しておこう。
私のエントリーを読んでもらえば解るが、ヒラルというユダヤ系宗教サークルは生徒会からいじめられたなどという生易しい扱いをされたのではない。彼等は生徒会から学校の正式なサークルとして閉め出され予算を完全に断ち切られただけでなく、ヒラル主催の講演会では観客が暴行を受けるなどのひどい目に合い、暴力的な手段で言論が弾圧されるというすさまじい迫害を受けたのである。
またカカシはネオコンではない。ネオコンというのはもともとリベラルから保守派系になった新しい保守派のことで、中絶問題や同性愛結婚などにはリベラルだが経済的に保守派という人が多い。私は社会的にも経済的にも保守派の旧保守ペリオコンである。もっともブログをやり出して気が付いたのは私は結構中庸派保守で移民問題などでは特にバリバリの右翼ではないらしいということだが。(苦笑)
ではこの左翼ブロガーの人種差別と男尊女卑に話をもどそう。


人種主義の恐ろしさ
まずこの人間がユダヤ系サークルの生徒たちがカナダの大学で「いじめ」の対象にあったのは自業自得だという考えに問題がある。もしコンコーディア大学のヒラルが大学の生徒会を閉め出されるような特定の悪事を働いたというであれば無論これは自業自得といえる。だがこの馬鹿サヨブログの著者がいう「自業自得」とはそういう意味ではない。彼はこのサークルの人間たちと同じ民族の他の人々がカナダではなく他の場所で他民族と紛争を起こしているということの責任がカナダにすむユダヤ人たちにも連帯責任があると言っていうのである。
イスラエルとパレスチナが紛争状態にあり、イスラエルがパレスチナを弾圧しているということが例え事実だったとしても(事実ではないが)、同じ民族の人間だからという理由でカナダにいるユダヤ系カナダ人がパレスチナ系カナダ人からどのような弾圧や暴力を受けても自業自得だという考え。これが人種主義でなくしてなんだろう? この馬鹿サヨブログの全体主義な考えと個人の宗教云々おかまいなしに血族だけを重視して弾圧し虐殺したナチスドイツの民族主義といったいどんな違いがあるというのだ? 個人責任ではなく団体責任を問うというのは、さすが全体主義を主張する共産主義者ならではである。
私はもし同じ大学でイスラム系サークルが大学の規則をやぶっていないのに、イスラム系だというだけで閉め出されたら、それに対しても抗議する。言論の自由とは自分が気に入らない人間のスピーチを尊重してこそ意義があるからだ。
左翼特有の偽善、男尊女卑
だいたい女の容貌でしか女を評価できないような腰抜け男なんぞ最低である。(しかもこんな美人をつかまえて劣等感があるとは失礼な! 笑)しかしそんなことより私が何よりもカチンときたことは、この馬鹿サヨ著者の『オンナってヤツは頭が空っぽなので、相手によってどうにでも思想が変わるわけだ。』という女性蔑視である。
男女平等をモットーとする共産主義者が、所詮女には自分独自の考えを持つなど不可能だと考えるというのも、左翼ならではの偽善だ。
この人間は私がアメリカに来て白人男性と結婚したので、白人文化にかぶれて日本人であることに劣等感まで持ち、夫のイスラエル支持に感化されて自分もイスラエル支持になったのだと思い込んでいる。女の私に自我がないと考えればそう思うのも自然だが、真実はその逆なのである。
私はアメリカに住んでアメリカ人と結婚したからバナナ(外身は日本人だが中身はアメリカ人という意味)になったのではない。カカシはもともとバナナだったからアメリカに移住したのであり、保守派でイスラエル支持だったからミスター苺とうまがあって結婚したのである。
アラブ人とつきあったら反ユダヤになる?
私が自分の周りにいる男性の影響で感化される人間ならイスラエル支持になるような要素は何もなかった。10代の頃まで私のイスラエルに関する知識はすべて父から聞いた一般的な話からくるもので、それは2000年前にエルサレムを去ったユダヤ民族が第二次世界大戦後舞い戻ってきて、その後その土地に住み着いたアラブ人をさしおいてイスラエル国を建国したのが紛争の原因だという内容だった。「アラブの真ん中にユダヤ人の国などつくるから紛争が絶えないのだよ。」というのが父の見解だった。
しかし私がはじめてイスラエルという国を意識しはじめたのは1976年のミュンヘンオリンピックにさかのぼる。この事件は去年あたりに公開されたオリバー・ストーンの「ミュンヘン」という映画を御覧になって知った方も多いと思う。これはパレスチナのテロリストがヤサ・アラファトの直接命令を受けドイツのミュンヘンでオリンピックに参加していたイスラエル選手の宿舎を襲撃、数人を虐殺し数人を人質にとり、ドイツ警察との撃ち合いで人質もろともテロリスト全員死亡した事件である。
この時オリンピック協会はオリンピックを一日も休止せず、テロリストの犠牲になったイスラエル選手らに対して黙祷を捧げることすらしなかった。当時中学生だった私は、オリンピック協会のイスラエル選手へのこの扱いには非常な憤りを覚えた。たかがユダヤ人如きが数人殺されたからなんだというのだ、という反ユダヤ差別意識がありありと見えたからである。
たとえ政権同士が争っていたとしても、だからといって罪のないオリンピック選手をテロ行為で虐殺していいという理屈は成り立たないはずだ。そう思った私は中東の歴史に興味を覚えた。そしてあのあたりの状況を注意をしてみればみるほど、イスラエルやユダヤ民族がアラブ諸国のみならず欧米などを含む世界中から不当に蔑視され差別されているという実感が湧いてきたのである。
カカシがアメリカに来たのはその3年後の1979年。この年はイラン宗教革命の年であり、イランがテヘランにあったアメリカ大使館を襲撃してアメリカ人大使および職員50余名を拉致した年である。(人質はその後444日間にわたって拘束された)また、アメリカはひどいオイルショックを迎えており、車のナンバーが奇数か偶数かでガソリンが買える日と買えない日があった。
この話は思い出してもおかしいのだが、カカシがアメリカで最初にちょっとつきあった男性はなんとイラク人!ラマダンの時に遊びにいってお昼にお茶も出なかったのを覚えている。(もっとも夜は彼のお兄さんのところで鳥の丸焼きを囲んで家族そろってお酒も飲んでないのにどんちゃん騒ぎをやったのも鮮明な思い出だが。)また彼の友達のイラク人はものすごいハンサムで当時キャメルというたばこの宣伝をしていたアラブ系モデルそっくりの男前で私はすっかり岡惚れしていた。
その次に知り合いになった男の子はイラン人。いまでも二人で肩を並べて撮った写真が残っている。私は先のイラク人男性にはあまり興味がなかったので年も近いイラン人の男の子とつきあいはじめたら先のイラク人とイラン人の間でかなり険悪なムードが生じた。その時私は初めてイラクとイランは違う国であり、ごっちゃにしたらどちらからも睨まれると知ったのである。
その後つきあったアメリカ人男性の妹はドイツのイスラム教徒街でベリーダンスを踊ってアルバイトしていたこともあるストロベリーブロンド、彼女からイランの音楽を色々聴かせてもらい、イラン系のクラブで彼女の踊りもみせてもらって、私はすっかりペルシャ音楽とペルシャ料理に惚れ込んでしまった。
当時私はあるユダヤ系の家族の家でホームステイをしていた。この一家は敬虔なユダヤ教徒であり、パスオーバーの儀式など本格的にやっていた。しかしこの家の夫人は非常に意地悪な人で、私を女中としてこき使い、気に入らない時には手をあげたし、挙げ句の果てに盗みを働いたとぬれぎぬを着せて、真夜中にスーツケースと私の持ち物を道に放り投げて私を追い出した。
私の出会った最初のイスラム教徒は親切だったし魅力的で愛嬌のあるひとたちだった。私の出会った最初のユダヤ人は意地悪で冷酷なひとたちだった。私の頭が空っぽで相手次第でどうにでも思想が変わるというのであれば、もうこのあたりでカカシはイスラム教に改宗し、反ユダヤ主義になっていてもよかったはずである。だがそうはならなかった。
私はその時すでにイスラム原理教には大きな問題点があると感じていた。私はホメイニのイスラム教宗教革命によってイランが発展した文明国から7世紀に逆戻りしていくのを目の当たりに見たし、イスラム教の厳格な教えがどれほど男尊女卑で人権を無視したものかを学んだ、その後も中東で西洋人がイスラム教テロリストらに拉致され拷問の末虐殺される事件がいくらも起きた。私にはどうしてもこのような行為をあからさまに支持しているパレスチナ人たちを応援し、イスラエルを嫌う気にはなれなかったのである。
また私が最初に出会ったユダヤ人家族の奥さんは冷酷で意地悪だったが、それをいうなら、彼女の例だけで「アメリカ人てなんて意地悪なんだ」と判断することもできたわけだ。だが私はほかに多くの親切なアメリカ人に出会いそれが本当ではないことを知っていた。だからたった一家族の例だけでユダヤ人全体を判断するなど愚の骨頂であると感じたのである。現に次にお世話になった家族もユダヤ系だったがとても親切な家族だった。
個人主義と団体主義
私は子供の頃から団体と個人とをごっちゃにするのが嫌いだった。だから「連帯責任」という概念が非常に嫌だった。中学の修学旅行の時、翌日の行動を自由行動にするか団体行動にするかという時に、先生方が「今晩全員がお行儀よくしていたら明日は自由行動にする」とおっしゃった。しかし一部の男子生徒が部屋のなかでどんちゃん騒ぎをやらかして、結局我々は自由行動をとれなかった。私個人に全く無関係な他の個人の行動に対して何故私が罰せられなければならないのか全く納得がいかなかった。
また私は全体の調和を保つために個人の好き嫌いは多少犠牲になるべきだという考えにもかなりの疑問をもっていた。なぜならどういうわけか犠牲になって我慢を強いられるのは常に私であり、私と合わせるためにほかのだれかが犠牲になってくれることなど先ずなかったからである。だいたい常に不幸な個人が集まって調和をとった団体にいったいどんな価値があるというか私にはどうしても理解できなかった。
今でこそ男女同権は当たり前のようになった日本だが、私が育った頃の日本はそうではなかった。女は結婚したら仕事をやめ専業主婦をやるのが当然という考えが普通だった。当時の日本の感覚では「独身女性とクリスマスケーキをかけてなんと解く?」その答えは「25を過ぎたらもらい手がない。」などという冗談が平気で言われる世の中だったのだ。つまり、性別や世代によって個人がどのような行動をとるべきかという社会的な規制が非常に厳しい世の中だったのである。男性はお医者さんになったり弁護士になったりエンジニアーになったりする選択の自由があるが、女性は女性だというだけで専業主婦の道しかないのか? なぜ女性には選択の自由がないのだ? 私は常にこの質問を自分に投げかけていた。
高卒とほぼ同時にアメリカに来たカカシは、個人の能力を優先するアメリカ社会でキャリアウーマンがバリバリ仕事をするのをみて「あ〜、これこそが本当の自由だ」と実感した。無論、アメリカも常にこういう社会だったわけではない。アメリカ自身も人種差別や男尊女卑を経て1960年代の市民運動などによって大きく変化した国だった。しかし当時の日本とアメリカとでは女性の活躍の面では雲泥の差があった。
女性でもキャリアを目指せる社会では女性だからという甘えは通用しない。これはある意味でかなり大変な責任だ。自由にはかならず責任がついてくる。自由はただではない。能力次第で成功することが可能な社会では失敗すれば能力がないと判断される。この国でキャリアを目指すなら女だろうと男だろうと実力なくしては勤まらない。つきあう男次第でどうにでも思想の変わる空っぽ頭では生きていけない厳しさがあるのだ。カカシが常に自分の仕事が肉体労働の面で女のやる仕事ではないと感じているのもこうした厳しさがある故だ。
ちなみにカカシとミスター苺が結婚したのは私のこうした人間形成がすでに出来た後のことで、二人が出会ってから丁度20年目の1999年のことである。それまで私たちは親友として政治的な討論をいくらでもしたが、我々の意見はあうことより異なることのほうが多かった。また私たちはそれまでお互いに別々な人たちとつきあいながら、失恋する度に「どうして世の中にはいい人がいないのかねえ」と相談しあったりもしていた。灯台下暗しとはまさにこのことをいうのだろう(笑)。


3 responses to 人種差別男尊女卑まるだしの、とある左翼ブログへの返答

Emmanuel Chanel15 years ago

元 URI を示して貰えませんか?
ここを隠す理由もないと思われますので.

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scarecrowstrawberryfield15 years ago

エマニュエルさん、
もともとのURLへ行って読むほどの価値はないサイトです。わざわざ私がここで宣伝する義理もないですしね。
なにせチェ・ゲバラを讃えるような人ですから。
カカシ

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Emmanuel Chanel15 years ago

その価値のなさを確認してみたいので.
検索されたくないとか,リンクを辿られたくないとか,そういうので,隠す人はいますけど,現状,そんな理由が貴方にあるとも思えませんし.参照元を気取られたくないのでしたら, 2ch などでよく見られる最初の h を取った URI でも良いのではないでしょうか?

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