本日のミュージカルはビリー・クリスタル主演のミスター・サタデーナイト。これは1992年に公開された同題の映画がもとになっている。映画の方はミュージカルではない。

私はこの映画を当時観たが、あまり良いとは思わなかった。主役のバディーが全然良い人ではなく、自分勝手で自分を愛している周りの人たちをずっと傷つけてきた嫌な奴だったからだ。それと、昔は人気者だったのに、今は落ちぶれて老人ホームで半分認知症の老人たちの前での仕事くらいしかないという70代のバディーを当時40代だったクリスタルが演じるのは無理があった。クリスタルは若いのに老人のキャラクターを演じるのがうまいことで有名だったので、多分若者から老人まで演じることのできる幅広い演技力を披露したかったのだろう。だが、映画は不評で興行成績も散々たるものだった。

クリスタルは元々スタンドアップコミックという日本語で言えばピン芸人だった。私が初めて彼をテレビで観たのは1970年代に放映されていた人気テレビコメディー番組ソープだ。彼はテイト一家のホモの息子という訳柄だった。日本語吹き替えでは女言葉を使っていたが、英語では全然それらしい演技をしておらず、やたらとホモジョークのネタにされていたという以外、普通の男性の役だった。今はあんな描写はLGBT界隈からクレームがついて駄目だろうな。

それが80年代にサタデーナイトライブというバラエティー番組のレギュラーになり、色々なキャラクターを紹介し、その演技の幅広さを示した。その当時よくクリスタルが演じていたのが老人の男性。当時はまだ30代だった彼の老人演技は非常に面白かった。

その後クリスタルは映画俳優としても成功し、大ヒットしたロマンスコメディー「ハリーメットサリー(ハリーがサリーと会った時)」都会の人間が乗馬しながら田舎生活を体験する「シティースリッカーズ」のシリーズの成功で一躍大スターへとのし上がった。ミスター・サタデーナイトはそんな絶世期のクリスタルが自ら脚本を書いた作品で、芸術映画としてアカデミー賞を狙っていたことは間違いない。しかし1950年代の人気もので1980年代現在は落ちぶれた老人という設定は、90年代当時の映画ファンから言わせるとどこにも共感を覚える接点がなかった。私自身50年代に人気のあったコメディアンのことは何も知らないし、懐かしいと思う思い出もない。言ってみれば、バディーの20代で無知なマネージャー、アニーと同じ立場だった。

そういうわけなので、なぜあの映画をわざわざミュージカルになんぞしたんだろうかと興味が湧いたので無料視聴期間に観てみた。しかしこの話、思っていたより悪くない。クリスタルが歌が歌えることは全然しらなかったのだが、彼の歌声は結構聞ける。ジョークもすごく面白い。次から次へと飛び出すジュ―イッシュ特有の皮肉に満ちたジョークに、私は久しぶりに大声で笑った。最近はげらげら笑えるコミックが少ないので、何か斬新な感じさえした。もちろん最近のポリコレブームでこんなオフカラーなジョークはちょっと無理かも。

しかし何よりも良かったのは、現在74歳のビリー・クリスタルは、役柄のバディーと同じ年になったということだ。しかも彼自身が若い頃に大スターになり、決して落ちぶれているわけではないが、昔のように引く手あまたな俳優ではない。だから今のクリスタルがバディーを演じるのはしっくりくるのだ。そしてこれは友人に指摘されたのだが、私自信もこの映画を見た30代初期から60代になっていることも、この話に共感できることの一つだろう。今の私はクリスタルの若い頃の活躍を懐かしく思える歳になっているからだ。

この話を普通のお芝居でなくミュージカルにしたのは成功だった。しかしこれはビリー・クリスタルのワンマンショーと思ってみた方がいいかもしれない。彼は芸達者なので、芝居の中で様々な持ちネタを披露する。若い時の演技も若い俳優を使わずに兄のスタンも妻のイレーン(Randy Graff)も同じ俳優がそのまま演じているが、これも舞台ならではの味である。

話の筋は結構単純。主人公のバディーは1950年代に一躍を風靡した大スターだったが、人柄に問題があり、あちこちでいざこざを起こしてしまう。せっかく大人気バラエティーショーを数年持っていたにもかかわらず、視聴率が下がった不満を生番組中に局やスポンサーの悪口としてぶつけてしまい、ショーはキャンセルされ、問題児としての評判が立って、その後は豪華客船のショーやあちこちの小さい劇場で演技を続け、今や老人ホームでの営業ぐらいしか仕事がない。長年自分のマネージャーをやっていた兄のスタンもいい加減付き合い切れずに引退しており、仕事にかまけてきちんと面倒をみてこなかった40歳の娘との関係も全くうまくいっていない。それでも彼に見切りを付けずに献身的に尽くしてくれる妻のイレーンが傍にいるだけ。

しかしエミ―賞の放映中、今は亡きコメディアンに混じってビリーの名前が出たことで大騒ぎ。実は死んでいなかったとわかって人気テレビトークショーにゲストに呼ばれる。そこでの演技がおもしろかったため、見直され大手エージェントから契約したいとオファーが来る。しかしいざインタビューに行ってみると、やってきたのは昔のビリーのことを全くしらない20代の駆け出しマネージャー、アニーChasten Harmo)だった。無知なアニーに腹をたてたバディーは一旦は契約を断るが、アニーの学ぶ熱意にほだされて色々な仕事に挑む。しかしすぐに昔の癖が自分勝手な演技を初めてことごとく失敗。そんな折、大昔、子供だった頃バディーの生ステージをみていた今は映画監督からオーディションのオファーが来る。

以下ネタバレあり

脚本は観ながら猛練習をするバディー。ちょうど家に仕事が見つかったと報告にきたスージーShoshana Bea)の話もきかずに、練習に付き合わせるバディー。しかしここでもまたスージーと大ゲンカ。数日後、オーディションに行ってみると、演技は素晴らしかったのだが、すでにその役は人気俳優に渡ってしまったことを知らされ、失望のあまり兄のスタン当たり散らし、ここでも大ゲンカ。最後に兄に「お前の言う通りだよ。でももう少し優しくできないのかい?」と言われてショックを受けるバディー。

自分を愛するひとたちをことごとく傷つけてしまうバディー。娘や兄と仲直りできるのだろうか?この先彼のキャリアは再び日の目をみることがあるのだろうか?

というわけなので興味のある人は映画を見てみるとよいと思う、筋はそのままだと思うので。ただ私は映画のエンディングを覚えていない。それでこのお芝居と映画が同じように終わるのかどうか自信がない。映画を見た時は、なにか後味が悪かった記憶があるのだが、ミュージカルの方は非常に満足のいく結末になっていた。二時間四十五分も付き合った甲斐があったというもの。

バディーの兄スタン役は、映画と同じデイビッド・ペイマー。彼はもう80歳近いだろうけど素晴らしい演技を見せる。彼は歌手ではないからミュージカルナンバーはちょっと無理があるが、それでも私は結構気に入った。

アンサンブルでジョーダン・ゲルバー、ブライアン・ゴンザレス、ミランダ・フルが、何役もこなしていて面白い。

ミュージカルとしての評判は今一つで、芝居は一年足らずで閉幕したが、それでもクリスタルは2022年トニー賞で最優秀男優賞にノミネートされている。74歳という高齢で毎日の舞台は大変だったろうし、このくらいでちょうど良かったのではないかと思う。彼以外でバディーを演じられる人はいないので、というか、このショーやクリスタルあればこそなのでロングランは最初から予定されていなかったと思う。

ともかく久しぶりに大笑いさせてもらったので満足している。


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