このブログでも何度か取り上げた歴史家のビクター・デイビス・ハンソン教授が、オバマの最初の7ヶ月を振り返って分析している。2008年後半から始まったアメリカの経済危機。その危機からアメリカを救うといって颯爽と現れた期待の星バラク・フセイン・オバマ王子。ところが王の座についた途端、経済救済どころか、国家負債を前大統領のブッシュとは比べ物にならないほど膨大な金額に増やす政策を次から次へと打ち出している。経済が混迷している時に国がもっとお金を使う政策を立てるというのはどういうことなのか?ハンソン教授はオバマ王のこの異常な行動は、オバマ王がstatist、もしくは国家統制主義者であると考えれは説明がつくと語る。
もちろんオバマ自身はその独裁政権の王として君臨したいわけだ。これはカカシがオバマ王が大統領になってからずっと言ってきたことである。
ハンソン教授は、金融企業や自動車会社の救済にしても、医療保険変革にしても、オバマにとっては、すべてどれだけ政府が個人や企業の生活に干渉できるかということが重要なのであり、実際にこれらの政策が人々の生活を向上させ、アメリカという国家にとって良い結果を生むのかどうかなどということは全く興味がないのだという。
日本の皆様はご存知ないだろうが、アメリカ市民は取り立てて今の医療システムに多大なる不満をもっているわけではない。確かに日本のように国民全員が国家経営の保険加入を強制されているわけではないので、医療保険を持たない人もいる。だが、だからといって保険に入れない人たちが病気でも人々に見放されて野垂れ死にするというわけではない。貧困者の場合は国家運営のメディケイドという保険に入ることが出来るし、高齢者のためには国家運営のメディケアという保険も存在する。
アメリカの場合、医療保険も他の生活必需品と同じで、それぞれの人々が、自分の所得に見合った保険を購入しているだけの話だ。確かに金持ちなら、最新の薬や治療方法をすべて払ってくれる掛け金の馬鹿高い保険に入ることが出来るだろう。低所得でも若く健康な人ならば、掛け金が比較的安い万が一の時だけの保険というプランを購入することもできる。いや、自分はめったに病気などしないから保険などいらない、それより給料を多くもらったほうがいいと判断している人もいる。
オバマ王が許せないのは、そういうアメリカ市民が「個人の選択の自由」によって受けている、まちまちな医療サービスなのである。オバマ王は金持ちでも貧乏人でも平等な医療サービスを受けるべきだと考えている。たとえそれが国民全員が同じように劣悪なサービスを受けることになったとしても、すべての市民が「平等」であることのほうが、より多くの人々が上質の医療サービスを受けられることよりも大事なことなのである。(もちろん、一部の市民は他の市民よりより平等なのはいうまでもない。)
独裁者オバマ王にとって一番大切なのは、国が保険機構を完全に統括することにある。それによって多くの人々の医療レベルが下がろうがどうしようがそんなことは問題ではない。すべての人々が同じならそれでいいのだ。
このような、すべての人々が平等であるべきという万人平等主義はオバマ王の政策の節々でみることができる。ハンソン教授はオバマは彼の支持者がいうような実際主義でも、批判者がいうようなリベラルでもないという。
「むしろ、(オバマ)は国家統制主義者なのだ」とハンソン教授。オバマは自分の周りを取り囲む、金持ち大学を出たばっかりの、市場に関する知識も経験も全く持ち合わせない「一部都会派でエリート意識が高く充分に改革的で裕福で教養あるテクノクラットといった連中」が、我々の生活を我々よりもより良い方向へ誘導できると信じているのだ。 もちろんオバマの言う「より良い」というのは、我々が思うような裕福で幸せで自由な社会という意味ではない。

「より良い」とは、「より公平」もしくは「より平等」という意味だ。我々の所得は違うかもしれないが、結果的に手取り収入はほぼ同じにするということだ。我々は親切で腕のいい最新の技術を持つ医師を知っているかもしれない。そして最高の健康保険を購入する資金をもっているかもしれない。だが、そんなことは関係ないのだ。我々は皆同じように列に並んで政府が配給する保険証を持ってみすぼらしい角のクリニックで自分の番を待つようになるのだから。

こういう結果平等主義は何も今に始まった思想ではない。過去2500年にわたってあらゆる過激な独裁者が試してきたことで、そのやり方は常にお決まりだ。 金持ちを悪者扱いして資産を取り上げ市民に再分配する。低所得者への政治参加を奨励する。公務員の数が激増し政府の力が拡大化され政府役人こそが人々の富を守る防衛者であるかのように振る舞い、だんだんと特権階級になっていく。インフレが急激に高まり国の富は磨り減っていく。
オバマ政権のやり方はすでにこのやり方を見本として勧められている。個人の負債救済だの、不動産や水の所有権利などに連邦政府が口を出し、選挙登録をしやすくし、裕福な人々への過激な増税を行い。クライスラーなどの民間企業を乗っ取り、公務員の採用幅を拡大するやりかたなどは典型的だ。
普通アメリカ社会ではこのような平等主義は根をつけない。それというのもアメリカは個人主義の国で、個人の自由をこよなす愛する社会だからである。だが、だからといって常に自由が尊重されてきたかといえばそうではない。戦争や経済危機といった緊急の事態には、市民は政府による多少の犠牲は払ってきた。第二次世界大戦中などはかなりの犠牲を払ったといっていい。
だが、今はそのような危機であろうか、いや、それよりも、その危機をオバマ王のような独裁者の手にゆだねてアメリカの自由主義をこれから守っていくことが出来るだろうか?カカシは出来ないと断言する。独裁者オバマ王に市民の自由を奪われたなら、アメリカ市民は革命でも起こさない限りその自由を取り戻すことは出来ない。
オバマ王とその取り巻き連中は、危機を利用して自分らの権力を拡大する意図をおおっぴらに隠しもしないで発表している。オバマ政権のローム・エマニュエル参謀長官など、堂々と「良い危機を決して無駄にしてはいけない。緊急時は普段は避けるべき大事なことをやる大切な機会なのだ」と嘯いている。またオバマ王も「富を再分配することはみんなのためになることだ。」とカジュアルに語っている。
ブッシュ前大統領の「愛国法」がテロリストから国を守るという名目で市民の自由を束縛するものだと批判していたリベラル連中は、独裁者オバマ王が毎日のように我々の見ている前で、我々の自由をひとつひとつ奪おうとしているのを指をくわえてみているつもりなのか?
ハンソン教授も言っているが、アメリカ市民がオバマの治療方法が病気よりもよっぽど身体に悪いと気が付いたときは、すでにアメリカが独裁者オバマ王によって制覇されているかもしれないという。そんなことにならないうちに、オバマ王の独裁を打開せねばならない。


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