暮れにスーパーに行ったら、レジのスタンドに置いてある雑誌の新年号はどれもこれもダイエットの話題ばかり。どうしてこう新年というとダイエットの話題で埋め尽くされてしまうのだろう?
超肥満が多いアメリカでは、なんとか痩せたいと考えている人がどれほどいることか。日本でもダイエット産業は不況を知らないという感じがするが、日本人の太り方などアメリカ人のそれに比べたら足下にも及ばない。日本人の体系で体重100キロと言えばかなり大したものだが、アメリカ人は背が高いせいもあるが、100キロなんて太ってるうちに入らない。多少フックラ気味と言った程度だ。その分アメリカではダイエットに関する感心は日本よりも高いかもしれない。そういうわけだから、元旦の目標として体重大幅減量を誓う人が圧倒的に多いのは至極当たり前であろう。
CNNが紹介していたiReport.comというサイトがある。これは多くの人がビデオや写真をアップロードして自分の目標を語り、読者が感想を述べるという、言ってみれば掲示板のようなものなのだが、最も多いのは何と言ってもダイエットのトピック。そしてそのなかでもコメントが一番多く人気が高いのはトピ主が好きな物をすべて諦めて、この先体重が減るまで数ヶ月間、拷問されるような地獄の苦しみを味わうつもりだが一緒に頑張りたい人を探しています、というもの。これは日本の掲示板でもダイエットカテゴリーで一番人気のあるのは何と言っても禁欲ダイエットであるのと共通している。『楽して痩せよう』なんてトピックにはほとんど人は集まらない。
去年の8月にカカシは、とある掲示板の禁欲ダイエットトピで自分が成功した楽して痩せる方法を紹介して、レッドカードをもらってしまった話をしたが、どうも減量を目指す人々の間では、苦労なくして楽して痩せる方法など邪道であるという考えが通常なようで、これは洋の東西を問わない。
実を言うと、カカシは某掲示板で禁欲トピを追い出されてから自分でダイエットのトピを作ってみたのだが、まるで人気がなく今や私の独り言状態。それなら掲示板で時間を無駄にしているよりブログに新しいカテゴリーを作って話をしたほうがよっぽど良い。
というわけで今年の『苺畑より』は政治や映画だけでなく健康管理、特に肥満対策についても考えてみたいと思う。先ずはその第一弾として、ダイエットと自制心は関係あるのかないのかについて書いてみた。これは上記の掲示板に数ヶ月前に書いたのを多少書き直したものである。
ダイエットと自制心は無関係
よく太っている人を見ると、他人は太った人は自制心に欠けるから太ったのだという偏見でみがちである。いや、他人だけでなく本人ですら、自分が痩せないのは(ダイエットに成功しないのは)自制心が弱いからだと自責の念に狩られることが少なくない。
だが、太った人が必ずしも自制心がないなどとどうして決めつけられるのだろうか?太った人だってきちんと難しい大学を卒業してるし、太った人だってきちんと貯金して住宅ローン払ってるし、太った人だってわがままな子供のしつけに辛抱強くつきあってるではないか?ほかの面ではちゃんと自制心がきくのに、ダイエットの時だけきかないっていうのもおかしな話だ。
もしかしてダイエットと自制心とは関係ないのではないだろうか?
私のブログ仲間が書いていたのだが、ダイエットというのは息を止めて水のなかにもぐっているようなものだ。誰でも少しの間なら息を止めていられるけれど、いずれは息をつきに水面に上がらざる終えない。魚に変身でもしない限り誰でも息継ぎは必要だ。これは自制心の問題ではない。
痩せるためにはどうしても半永久的に水中にもぐっていなければならないのであれば、酸素ボンベなどのお世話になるしかない。
多くの人がダイエットに失敗するのは、酸素ボンベのお世話にならずに自力で水中にもぐっていようとするからだ。まずいことに我々は何もしなくても痩せているお魚さんにかこまれているし、時々お魚かと思うほど息を長く止めていられる超人から「あなたも頑張れば永久に息を止めていられる」と言われるため、失敗すると余計に自己嫌悪に陥いってしまう。
でもこんな超人は10人に1人もいない。そんな特別な人の真似をしようとしても時間と労力の無駄なだけでなく、心身の健康にも害あって益なしである。現に単なる禁欲ダイエットの成功率は10%以下だ。
この際、ダイエットは自制心とは無関係であると納得しよう。だから失敗したからと言って自分を責めるのは止めよう。それよりも過去の失敗から学び、自分に合った酸素ボンベを探し出し、半永久的に水中でくらせるよう工夫しよう。


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