アメリカの憲法には米国憲法修正第ニ条(The Second Amendment)というのがある。これはアメリカ市民の銃砲の所持並びに携帯の権利について書かれた法律であるが、先日アメリカの最高裁判所は、この法律は個人が銃を所持並びに携帯する権利を守るものであると判決を下した。これはアメリカの歴史上記録に残る画期的な判決である。
日本の皆さんはアメリカは銃は自由に角のスーパーで売っていて、いつでもどこでも持ち歩いてかまわないほど銃砲の取り扱いがいい加減な国だとお思いかもしれないが、実は全くそんなことはない。アメリカでも銃砲は厳しく取り締まられているのである。ただ日本とはやり方が違うだけだ。
いやそれを言うなら、アメリカは連邦制なのでアメリカ国内でさえも、州によって、いや、市によって、銃砲取締りの法律もまちまちなのである。同じ市内でも大学構内では銃砲携帯は完全に禁止というような法律もあり非常に複雑だ。アメリカ連邦政府の首都であるワシントンDCなどでは銃砲所持は全面的に禁止されている。
このように地域によって銃砲取締法が極端に異なる理由は、信じられないことだが、アメリカの最高裁判所がこれまで憲法第二補正案が持つ意味についてはっきりした判決を下してこなかったことにある。これまでにも銃砲取締法は憲法に違反するという訴訟が何度か起きていたが、その都度最高裁は憲法の解釈を避けてきた。
修正案第二条の本文はいたって短く端的である。

A well regulated militia being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear arms shall not be infringed.

規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、
人民が武器を保蔵しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。(邦訳はこちらを引用)

問題なのは、ここでいう「人民」とはアメリカ市民個人のことを指すのか、それとも前部にある民兵という言葉から、現在でいう州軍(National Guard)に属する兵士のことを指すのかということが議論の的になっていた。
アメリカの独立戦争の歴史を知っている人にならば、ここでいう民兵とは、いざという時に出動する普段は一般の仕事をしている一般市民のことを指すということは明らかなはずだ。昔は州軍などというものがあったわけではなく、普通の市民がいざ鎌倉という時に兵士として出動するのが普通だった。このことはメル・ギブソンの映画、ペイトリアットでも描かれている。もともとアメリカを植民地にしていたイギリスが反乱を恐れてアメリカ市民から武器を取り上げようとしたことがこの法律が出来た動機だった。
つまり、一般市民がいざという時、民兵として出動することは国家の安全にとって必要不可欠なことであるから、そのためには一般市民が武器を持つ権利は守られなければならないというのが、第二条の主旨なのである。
しかしながら、最高裁はこれまでその見解をはっきりさせたことがなかったため、銃砲取締りを唱える政治家たちが「人民」とは個人の市民をさすのではなく州兵のことを指すのだとこじつけを言っては、憲法違反の取締法を作ってきた。今回、ワシントンDCの銃砲取締法は憲法違反だとして訴訟が起きていたわけだが、最高裁が第二条の主旨を明記したことによって、今後アメリカの銃砲取締法はおおきな変化を遂げることとなる。今後もあらゆる都市で既存の銃砲取締法が憲法違反であるという訴訟が続出することは間違いない。


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