昨日から今日にかけてテレビではサダム・フセインの処刑模様が何度も報道された。さっきミスター苺がインターネットで実際にフセインが死ぬ場面の映像があるというので見せてもらった。(残酷なシーンなのでリンクはつけません。)私は普通こういうビデオは見ないことにしているが、フセインの場合は奴の死を自分の目で確かめたいという気がしたので、最後まで見ることにした。
サダム・フセインは冷戦時代にアメリカがコントロール出来ると考えていた独裁者の一人だ。先の防衛長官であるラムスフェルド氏が民間人だった頃イラクを訪れフセイン大統領と握手をしている写真を見た人は多いと思う。当時のアメリカはイランの脅威を牽制するために、イランの宿敵イラクを援助していた。これは決してアメリカがサダム・フセインが話の分かるやつだと思っていたからではなく、イランがイラクとの戦争で忙しければアメリカにちょっかいを出す余裕はないだろうという下心があってのことだ。それに、イラクがソ連と仲良くするのを防がなければならないという思惑もあった。
だが、自分達に比較的友好的だというだけで独裁者と仲良くすることの弊害を我々は後から後から思い知らされた。フィリピンのマルコスしかり、パナマのノリエガしかり、イランのシャーしかり、、例をあげたら切りがない。アメリカが自分らの都合で独裁者を支持すれば、その国の庶民はアメリカがいるから自分らが独裁者のために弾圧されるのだ思い込む。そうした独裁国家からはテロが生まれやすい浄土となり、テロリストは国の独裁者とその共犯者のアメリカを憎むようになる。
2001年の911事件がなければ、アメリカ人もそして世界の諸国もイスラム教過激派の脅威に気が付かなかったかもしれない。911がなければアメリカは国益のために独裁者を支持する行為がいずれは自分の首を締めることになるのだということを認識できなかっただろう。そういう意味で911はウエイクアップコール(目覚まし用の電話)だったといえる。
ブッシュ大統領がイラクを民主化したいという一見気違い沙汰に見える野心をもったのはこれが理由だ。たとえフセインイラクを倒しても、アメリカがたてた傀儡政府の独裁でイラクを牛耳れば、結局はイラク市民の反感を買いテロリストがイラク市民の身も心も蝕む状況を作ってしまう。そのようなことを起こさないためにもイラクはイラク市民の手で統治できる民主主義にしなければならない、というのがブッシュ大統領の見解だ。
フセインイラクの独裁政治にはアメリカも少なからず加担した。そしてアメリカは高い値段でその代償を払った。フセインの死でイラク戦争がどうかわるのか分からない。だが、フセインが生きている限り、バース等の再来が可能だと思っていた残党はかなり気落ちしていることだろう。これによって最後の最後まで希望を失わなかったスンニ抵抗軍の気もかわるかもしれない。
これを期に、イラクが独立国家として宗派間争いなどという無意味なことをやってないで、イラク国建設に力をいれてくれることを切に願うものである。


2 responses to サダム・フセインの最期

アラメイン伯13 years ago

アメリカが民主主義とは正反対の独裁者と手を結んだのはソ連との冷戦があったからです。敵の敵は味方ですから。
昔、ナチスを倒すためにソ連と同盟を結んだようなもの。
当時は仕方なかったのだと思います。
本来はフセインや他の独裁者が世界が変わったことに気づくべきだったのでしょうが彼らの思想は我々の価値観とは違うものだったのですね。
今のブッシュ大統領は日本ではかなり評判が悪いですが、独裁者を許さない姿勢は僕は好きです。誠実だと思います。
今年もあと少しです。
2006年はカカシ様の素晴らしいこのブログに出逢えて幸運でした。つたないコメントばかりで申し訳ないですが来年もヨロシク。

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Sachi13 years ago

アラメインさん、
今年は私のような新参者を応援して下さりありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
>アメリカが民主主義とは正反対の独裁者と手を結んだのはソ連との冷戦があったからです。敵の敵は味方ですから。
>当時は仕方なかったのだと思います。
そうですね、後になってみてああすれば良かった、こうすれば良かったといってみても始まりません。過去の過ちから何を学ぶか、それが大切でしょう。
カカシ

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