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May 25, 2008
存在していたイラク戦後処理作戦
2001年から2005年にかけて、ブッシュ政権の副防衛長官を勤めていたダグラス・フェイス氏が最近イラク戦争についての回顧録War and Decision(戦争と決断)を発表し、意外な事実を紹介している。
それは2003年の5月にブッシュ大統領が「主な戦闘は終わった。」と宣言した後のイラクの戦後処理作戦は詳細に渡って準備されていたというものだ。我々は戦後のテロリストの台頭やスンニ派による抵抗運動でアメリカ軍が長年苦戦したことから、ブッシュ大統領は戦後処理を全く考えずに何の計画もないまま浅はかに戦争に突入したような印象を持たされてきたが、実はそうではなかったというのである。
事実この回顧録についてインタビューをした記者たちも、皆フェイス氏の話に驚いたと語ったという。例えば、ブッシュ大統領は何が何でも戦争をやると最初から決めていて反戦の意見を聞こうとしなかったなどということは全くなかったという。事実はその反対で戦争をすることによる悪影響を深く追求した分析報告をしたのは誰あろうラムスフェルド防衛長官だったというのである。一般に穏健派で用心深いと言われていたコーリン・パウエル国務長官ではなかったというのだ。
私はまだ読んでいないのだが、著者自らがパワーラインで著書を紹介しているので本日はそれを紹介したいと思う。
ところで、余談だが、この本はイラク戦争に開戦までブッシュ政権がどのような決断をしたのかという過程が詳細によって綴られているというのに、アメリカの主流メディアはこぞって評論記事を載せることを拒絶している。彼らの言い訳は特に評論に値するようなニュース性がないからだ、というものだが、もしもこの著書の内容がブッシュ大統領があらゆる専門家アドバイスを無視して考えもなしにカウボーイ精神で安易に戦争を始めていた、などという内容だったら、どのメディアも競争で取り上げたに違いない。
イラクからの悪いニュースは毎日毎日第一面で報道しておきながら、イラク情勢が良くなってくると、イラクからのニュースはハタっと止まってしまった。サドルシティでのイラク軍の大成功すら過小評価して嫌々報道している。
11月の総選挙でも戦争が大事な要素になると大騒ぎをしていたメディアだが、今や戦争が起きてることすら信じられないほど、新聞の紙面はガソリンの値上がりや不動産のサブプライムローンの話ばかりで埋め尽くされている。戦争がうまくいっていないことがニュースだったなら、うまくいってきたらそれもニュースではないのか?
それはともかく、著者による著書紹介に話を戻そう。
防衛庁の民間職員たちがサダム政権崩壊後のイラク復興計画を全く建てていなかったという批判は正しくないと著者は語る。著者は国務庁の計画を防衛庁が拒否して破棄したという説がいかにまちがっているか、ラムスフェルドやアドバイザーたちが亡命中のアクメッド・チャラビに惑わされてチャラビをイラクの指導者として任命したなどという考えも完全に間違いだったことを著書のなかで説明している。
著書ではこれまで秘密にされていた、ラムスフェルド、パウエル、ライス、テネット、マイヤー将軍、チェイニー副大統領、そして大統領らが交換した書類から広域にわたって引用が掲載されている。著書のなかで数々の会議の様子が再現されているが、これは事後のインタビューなどで、当事者が都合良く覚えていた話をしてもらったものではなく、情勢進行中に会議に出席していた著者自らが記録にとっていたものをもとにしている。
著書において取り上げられている主なトピックとして著者は、911直後に対テロ戦争作戦がどのように立てられたかその経過を述べている。これは単に911の犯人を罰するのもならず、今後このようなテロを未然に防ぐためにどうすべきかが考慮された。
政権がサダム政権崩壊後に犯した多くの間違いや計算違いにも関わらず、911事件以後6年半のうちあのようなテロ攻撃が一度も起きていないということは、上記の作戦に多いに関係があるものと考える。
また、なぜイラク戦争をしたのかについて、著者は大統領を始め幹部の役人達がどのように理由付けをしたのか、なぜイラクが問題だったのか、我々はフセインが911に直接責任があったとは考えていなかったことなどを述べる。
またフェイス氏は著書のなかで、戦前の諜報についての問題点について、防衛庁とCIAとの対立は、実際にイラクとアルカエダが関係があったかどうかとか、CIAの情報が正確かどうかということではなく、防衛庁によるCIAの行き過ぎた政治活動への批判だったことなどを説明する。
そしてもちろん、この著書の一番重要な部分は、実際にサダム亡き後のイラク復興政策がどのようなものであったか、実際にきちんとした計画が立てられていた事実について詳細に渡って説明しているという点だ。
フェイス氏はイラク復興の計画は防衛庁がきちんと建てていたのに、それを遅らせたり変更させたりしたのは、国務庁のパウエル長官やアーミテージ副長官のほうだったのだと主張する。アメリカによる統治機関を短縮するためイラク政権になるべく早期に主権を移譲することなど、きちんと立てられていた計画を台無しにしたのは国務長のポール・ブレマーだったと言う。考えてみればイラク軍を解散してしまったのもブレマー氏の考えだった。
カカシはフェイス氏のラジオインタビューを聴いたが、非常に聞き苦しいのは、イラク戦争というアメリカにとっての大事な局面を迎えながら、アメリカ政権の内部では、防衛庁、国務省、中央諜報機関(CIA)による勢力争いが繰り広げられていたという点だ。お互いが自分らのメンツを最優先させて、どういう方法がイラク戦争と戦後の復興に一番良い方法であるのかという大事な点が二の次にされてしまったことは非常に残念だ。
無論フェイス氏は防衛庁の人間であるから、防衛庁はきちんとやろうとしていたのに、国務庁やCIAから邪魔されたと言いたいのは当たり前だろう。だからフェイス氏の言っていることを100%鵜呑みには出来ない。だが、大量破壊兵器発見の事実にしてもCIAはどれだけWMDであると確認できるものが発見されても、それをWMDであると認めたがらなかった事実や、戦争前はあれだけイラクとアルカエダの関係を主張しておきながら、いざブッシュ政権が戦争に踏み込むと、突然関係は無かったと言い出したり、国家機密を漏洩したりしてブッシュ政権に何かと逆らった事実を考慮に入れると、フェイス氏の言っていることはまんざら嘘ではないと思えるのである。
パウエル国務長官とラムスフェルド防衛長官が意見が合わなかったのはよく知られていることではあるが、ラムスフェルドの方がパウエルよりも用心深かったという事実は読者の皆様には意外なのではないだろうか。私は当時からの様子をかなり詳しく追ってきているので、ラムスフェルドの用心深さについては多少の知識があったからつもりだが、この事実は非常に興味深い。
ブッシュ大統領の一番の欠点は主流メディアが意図的に流した間違った情報を但ちに正そうとしなかったこと。CIAや国務省がなにかとブッシュ政権の政策を阻止しようとしたことにういて徹底的に抗議し制裁しなかったことだ。イラクでいくらも発見されたWMDについて、CIAの判断は間違っていると主張せずに、ブッシュ大統領は正しいと信じていたイラク戦争支持者を落胆さえたことだ。いくらブッシュ政権の政策が正しいと信じていた支持者でもブッシュ自身が弁護できない立場をいつまでも我々だけで弁護していくのは難しい。どこかでブッシュが後押しをしてくれなければ我々はどうすればいいのだ?
フェイス氏の著書が主流メディアのどこでも評論として取り上げないことでもわかるように、アメリカ左巻きメディアは徹底的に共和党政権を敵にまわしている。マケインはブッシュのこの間違いから学んで、徹底的に主流メディアの情報操作と立ち向かってほしいものだ。
May 25, 2008, 現時間 3:32 AM
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May 16, 2008
ブッシュ名演説への過激反応でみせたオバマの未経験ぶり
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昨日ジョージ・W・ブッシュ大統領は、イスラエル議会の前ですばらしい演説を行った。
世の中には暗黒を把握できず言葉で説明しようする善良な人々がいます。これは自然です。でも致命的な間違いです。過去の悪の目撃者として我々は彼ら悪者の言葉を真剣に受け止める重大な責任を負っています。ユダヤ人もアメリカ人も憎悪を表現する指導者の言葉を無視したことの結果を見てきました。21世紀の世界はこの間違いを二度と繰り返してはなりません。
人によってはテロリストや過激派と交渉すべきだと信じる人がいます。あたかもなんらかの巧みな話術によって彼らが間違っていることを説得できるかのうように言います。このような愚かな幻想は以前にみたことがあります。ナチスの戦車がポーランドに侵略した1939年、アメリカのある上院議員は「ああ、ヒットラーと話をすることさえ出来れば、こんなことは避けられたのに」と語りました。 我々にはこのような発言は、そのものずばり、譲歩(appeasement)による偽の安心感であると断言する義務があります。 このような行為は歴史のなかで何度も失敗してきました。
これに対して即座にバラク・オバマは譲歩や妥協策と言う意味の「appeasement」政策への批判は自分への批判だと思い込み、過激反応した。:
伝統的に米大統領が異国の土地に居るときは、政党間争いは停止するのが慣習となっているが、ブッシュの発言に対してオバマは即座に反則だと批判した。イリノイ代表第一期目の上院議員はあたかもこれらの発言が合衆国がならず者とみなしている国の政権の指導者たちとも個人的に会う意志があるという姿勢を持っている自分への批判であるかのように反応した。
「ブッシュ大統領の演説はイスラエル独立60年の場を借りた、誤った政治攻撃だ」とオバマ関係者が配った声明文でオバマは語った。「ジョージ・ブッシュは私がテロリストとの交渉を一度も支持したことがないことを知っています。大統領による外交の過激な政治化や恐怖の政治はアメリカや同盟イスラエルの安全保障に何の役にもたっていません。」(ミスター苺注:オバマをホワイトハウスに入れさえしなければアメリカや同盟イスラエルの安全保障に非常に役立つとおもうけどね。)
カカシ注:上記のオバマの発言については読売新聞の記事にあった翻訳を一部引用させてもらった。
さて、このやりとりについてもうすこし詳しく吟味してみよう。
1: 疾しい者は追われずとも逃げる
ブッシュは譲歩策を批判した。そしてオバマは即座に自分のことを言われていると気がつき、怒って自己弁護するべく反応した。つまりオバマ自身、無条件でマフムードや金正日やラウールやウーゴと会う行為は限りなく譲歩に近いということを認識しているということだ。
しかしオバマはイランや北朝鮮やキューバやベネズエラよりもアメリカこそが、世界の問題の根源だと考えているわけだから、我々が改めるべきなのだと信じているのだ。我々こそ我々の「カウボーイ外交」で「テロリスト」の汚名を着せられ長年「犠牲者となった」人々(ハマス、ヒズボラ、アルカエダなんかがこれに入る)に会うべきだというのである。我々は謙虚になってこした犠牲者たちと会見し許しを請い、我々への攻撃をやめてくれるよう嘆願するべきだというのだ。なにしろこれはそもそも共和党による誤った政策が原因だったのだから。
(オバマは20年間聞かされてきたジェラマイアー・ライト牧師のお説教に感化されたのだろう。)
しかしオバマはそんなことを表立って発言できないことは知っている。そんなことを言ったら絶対に当選しない。オバマは多分これはアメリカ人が真実に直面するのを恐れているからだと考えているのだろう。何にしろオバマはこの自分の本心を必死で隠そうとしている。
オバマには疾(やま)しい心があるからジョージ・W・ブッシュの口から自分の本心が放たれた時、オバマは自分のことを個人的に攻撃されたものと決めつけた。感情的になったあまりオバマはブッシュがオバマを名指しで批判していなかったことにも気がつかなかったのだろう。
2: 誰のことを言ってるのか私にはわかる!
無論ブッシュはオバマのことを言っていたのだということは明白だろう。そしてブッシュは演説を聞いた誰もが、特にオバマ自身が、オバマのことを考えるという事実も知っていたのだ。つまりこれはブッシュ大統領がオバマに仕掛けた罠だったのであり、政治的に未経験なオバマはそれにまんまと嵌ってしまったのである。
これに対してホワイトハウスのデーナ・ペリノ報道官はイスラエル議会での発言はオバマに向けたものではないとし、あのような表現はブッシュ大統領の演説では頻繁に使われているとした。また国土安全保障のゴードン・ジョンドロー大統領報道官も長期にわたって「広域に渡ってハマスやヒズボラや彼らの援助国家と交渉すべきだと示唆する人々がいた」と語った。
最近ではカーター元大統領がその一人で、ハマスと会見してブッシュ関係者及びオバマやマケインからも批判を浴びている。
ホワイトハウスがブッシュは民主党に向かって批判したわけではないと説明しながらも、ペリノ氏はちょっとした諌(いさめ)の言葉を忘れなかった。
ペリノ大統領報道官は、ブッシュ発言はオバマ氏を念頭に置いたものではないとした上で、「選挙を戦っていると、世界が自分中心に回っているように思えるものだ。しかし常にそうだとは限らない。今回はまったく真実ではない。」 と語った。
バラク・オバマは全く馬鹿を見た。「appeaser」という譲歩をする者というのが、誰も自分の名前など言ってないのに自分のことだと思い込み、大騒ぎして自分中心の性格を世間に暴露してしまったのだ。なんたるナルシスト!
これはホワイトハウスによるおごり高ぶって有頂天になっている尻の青い新人を諌める功名な作戦であった。
3: 罠に嵌ったオバマ
どんな分野でも新人が最初に職場につくと、経験豊かな先輩が新人をからかって不可能な仕事をいくつも言いつけることがある、この作戦は新人の無知と未経験を利用するのがミソだ。 今回のオバマの過激反応はまさにオバマの無知と未経験をさらけだす恥さらしな結果を招いた。
これがビル・クリントン元大統領のように、経験豊で賢い政治家ならこんな手には乗らずに、こんなふうに応えていただろう。
、、演説を聞きましたが、全く同感です。ブッシュ大統領のおっしゃることはもっともです。テロリストや過激派と交渉など絶対にすべきではありません。大統領がそれを理解していると知ってうれしいですよ。ただ政権の指導者のなかにはどうしても会って話さなければならない人がいるということもわかってほしいですね。つまり、私が大統領だったころは常に、、、 [とビルの自慢話へと続く.]
つまり、ブッシュ大統領の批判作戦が成功するためには批判された本人がそれが自分に向けられたものだと気がついてこそ効果がある。もし当人が気がつかないか、または気がつかない振りをすれば、批判した側は批判の対象人物の名前を上げるわけにはいかないから、作戦は失敗する。
だが尻の青いオバマはこの罠に全然気がつかずにまんまと嵌ってしまい、両手をふってもがいているわけだ。今回のことでオバマがどれほど愚かに見えたか有権者が気がつけばオバマの支持率にも影響がでるだろう。
4:無知と未経験をさらけ出したオバマ
今回の騒ぎで明らかになったことが二つある。ひとつは、バラク・オバマがテロリストやイランのようなならず者国家の指導者と交渉できるというナイーブな、まさにブッシュ大統領のいうところの譲歩政策を持っていることと。二つ目には大統領の巧みな批判に乗ってしまうほど判断力が貧弱であり感情的になってすぐ怒り騒ぎまくるという点だ。
どちらも大統領としておよそふさわしくない性質である。
このことがすぐにオバマの支持率に悪影響を与えるという保証はない。なにしろ主流メディアはなんとしてでもオバマの失態を隠そうとするだろうから。しかし11月に向かって選挙運動中のオバマによる度重なる失言や失態の蓄積はいずれその影響を及ぼすはずである。 時がたつにつれて、まだ誰に入れるか決めていない有権者の間では、オバマのような新人に大統領の仕事を任せていいのかどうかかなりの猜疑心が生まれてくることは間違いない。
May 16, 2008, 現時間 2:12 PM
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またまたオバマの失言、アフガニスタンでアラビア語の通訳が足りないって?
私は何度もヒラリーが賢く見えるオバマの失言の話はここやここなどで書いてきたが、今回もまたまたバラク・オバマがおかしなことを言った。
ミズーリ州で選挙運動中のオバマはアフガニスタンの戦況がうまくいっていないことの理由として、アフガニスタンに充分なアラビア語通訳がいないことがあると語ったのである。下記はレッドステートから引用。
「特定の数の(通訳)しかいないのに、それが全員イラクにいってるので、アフガニスタンの我が軍は困っています。」とオバマは語った。もちろん事実はアフガニスタンではアラビア語ははなされておらず、通訳はほぼ100%地元市民が使われている...ことを考えると間違いを通りこしてお笑い草である。
オバマは続けて、「我々にはアフガニスタンに農業の専門家が必要です」と語った。「ヘロイン用の芥子ではなく、他の作物を生産できるように援助する人員が必要なのです。なぜならアフガニスタンの麻薬取引がテロリストネットワークの資金源となっているからです。ですから農業専門家が必要なのです。」
「でも専門家をすべてバグダッドへ送っていてはアフガニスタンに行く人がいません。」
イラクとアフガニスタンでは自然環境が違いすぎる。イラクの専門家をアフガニスタンに連れて行っても意味ないだろう。レッドステートはオバマの文化や産業の無知に加えて、アメリカ軍がひとつところに出動したら別の場所へは出動できないと思い込んでいる軍事的な無知さ加減にも呆れている。現状はアフガニスタン出動軍の規模はイラク戦争以前も以後も全く変化がないのである。次期大統領を目指そうという人がこんなことも知らないなんて信じられない。しかもアフガニスタンの状況は決して悪化していない。
以前から私はタリバンがアフガニスタンで春の総攻撃を予告しておきながら、冬の間にNATO軍にこてんぱんにやられて来た話はしているが、オバマはそうした事実すら知らないらしい。
でもカカシさん、アフガニスタンの状況はあまり話題にならないし、オバマが知らなくてもそれほどおかしくないんじゃありませんか、ブッシュ大統領だって以前にパキスタンのムシャラフ大統領の名前を思い出せなかったこともあることだし、、とおっしゃる読者もいるかもしれない。
だが、ブッシュがムシャラフの名前を知らなかったのは、パキスタンではクーデターが起きた直後で、しかもアメリカにとってパキスタンが大事な国になるという前触れが一切なかった時のことである。しかもそれまで当時のブッシュ大統領候補はパキスタンのパの字も語ったことが無かったのである。
それに引き換えオバマ上院議員は何度となくイラク撤退の理由としてアフガニスタンの状況をやたらに引き合いに出してきている。しかもオバマは上院議会でNATO監督の管轄権があるヨーロッパ委員会の会長なのである。これについては同じ民主党候補ライバルのヒラリー・クリントンが2月の討論会でこんな指摘をしているのである。
オハイオ州のクリーブランド市での討論会でヒラリー・クリントンは民主党候補ライバルのオバマに対して「NATOはアフガニスタンの任務に対して不可欠である」しかるにオバマ氏はアフガニスタンにおけるNATOの存在をどう強化するかについて一度も審議会を開いたことがないと批判した。
これに関してオバマは自分が委員会の会長に任命されたのは大統領選挙運動がはじまった2007年の初めだったと言い訳をした。つまりオバマは図らずも自分は選挙運動に忙しくて肝心の上院議員としての仕事を怠っていたと白状してしまったのである。
オバマのこの無知蒙昧な発言を聞いていると、NATO管理の立場に居ながら、オバマはアフガニスタンの治安維持はアメリカではなくNATO軍の管轄なのだということすら知らないのではないだろうかと疑いたくなる。
ところで現在イスラエル訪問中のブッシュ大統領の演説でおもしろいものがあった。それに対するオバマの反応が傑作なので是非それを次回紹介しよう。
May 16, 2008, 現時間 11:36 AM
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May 8, 2008
レバノンでも、シーア対スンニの宗派間争い
シーア対スンニの宗派間争いといえば、イラクかと思うとそうではない。シリア系のシーア派ヒズボラがレバノンで地元スンニ派と熾烈な戦いを繰り広げている。
木曜日ベイルート市街地でシーアヒズボラはスンニ派レバノン政府軍によるシーア派武装解除に抵抗してロケット弾やマシンガンを使って応戦した。この戦いで4人が死亡、8人が負傷した。
スンニのリーダーであるサアード・ハリリはヒズボラの頭であるハサーン・ナスララに戦闘員を撤退させ「レバノンを地獄から救うよう」に呼びかけている。
今回の暴動のきっかけは、政府がヒズボラの取り締まりを強化すると発表し、その第一段階としてヒズボラ同士の交信ネットワークを違法と断定、ヒズボラとつながりがあるとされたベイルート空港の警備部長を交替させたことにある。
ナスララは全国放映のテレビ演説でヒズボラの交信ネットワークが2006年夏のイスラエルとの戦争の際に多いに役立ったとし、「対イスラエル・アメリカ抵抗運動への挑戦」だとして次のように宣言した。
「我々を逮捕しようとするものは我々が逮捕する。」「我々を撃つものは我々が撃つ、我々に上げられた腕は我々が切り落とす」
まったくいつもながらイスラム教過激派の言うことは勇ましい。やることはいつもお決まりの野蛮なテロ行為だが。
パレスチナでもイラクでもそうだが、中東で暴力沙汰が起きるたびに、常にイスラエルやアメリカが原因であるかのようにイスラム過激派は責任転嫁をするが、結局彼らのシーア対スンニという宗派争いに外部からの手助けなど必要ないのだ。彼らのぶつかるところ常に戦ありである。平和な宗教が聴いて呆れる。
とはいうものの、レバノンにおける宗派間争いにはシーア対スンニの勢力争いであることに違いはないが、その背後にはイランとサウジアラビアがいることも無視できない。
ヒズボラはシリア系のテロリストだが、その裏にイランがいることは周知の事実。イラクでサドルを使って宗派間争いを激化させようと色々工作をしているイランはレバノンでも同じようなことをやっているわけだ。
スンニ派のリーダーは近隣のスンニ派諸国に援助を訴えかけているが、サウジやエジプトは口は達者だが政府が直接介入することは先ずあり得ないだろう。ただしレバノンがシーア派国になるのはサウジやエジプトにとっても好ましいことではないので、対スンニテロ行為の資金援助くらいはしてくれるかもしれないが。
ヒズボラはいまのところベイルート空港を占拠しているが、レバノン政府軍は本格的な攻撃は始めていない。
May 8, 2008, 現時間 2:15 PM
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April 15, 2008
政教分離はどうなった? イスラム教公立学校を認めるミネソタ州
ミネソタにはイスラム教徒が多く住んでおり、なにかと自分らの権利を主張して無理難題をふっかけ、それが拒絶されると人種差別だ宗教弾圧だ人権迫害だといって大騒ぎをしているという話はここでも何度かしてきた。下記はその一部である。
イスラム教スーパー店員ベーコンの販売を拒否!
イスラム教徒のタクシー運転手の乗車拒否
アメリカのイスラム化を狙うCAIR
ミネアポリス空港イスラム教タクシー運転手の乗車拒否に厳しく対処
そのミネソタで、今度は州民の税金で経営されている公立学校で、イスラム教学校が経営されているという話が地元の新聞のコラムニスト、キャサリン・カーストンによってスタートリビューンで暴露された。
私が上記に挙げた例でも背後にモスラムアメリカンソサエティー(The Muslim American Society、MAS)という市民団体が存在する。この団体は実はモスラムブラザーフッド(the Muslim Brotherhood)というハマスなどのテロリストたちを生み出しているテロ養成グループのアメリカ版看板団体である。
MASは2007年の大会でシェイク・カリード・ヤシン(Shayk Khalid Yasin)という悪名高い男を講演者として招いた。この男は英国やオーストラリアで、妻に暴力を振るうのは許されるとか、同性愛者は死刑になるべきだとか、エイズはアメリカの陰謀だとかめちゃくちゃなことを言ってる過激なイスラム師教である。
このMASミネソタ支部は何かとミネソタでシャリア法を広めるのに熱心だが、カーストンは今回彼等が先導してなんとミネソタにイスラム教を教えるいわゆるマドラスを州の税金で経営される公立学校として州に認定させてしまったことを学んだのだ。
ツインシティーの郊外にあるこの学校の名前はTarek ibn Ziyad Academy、略してTIZA,
昔スペインを征服したモスラム将軍の名前からとったもので、生徒全員もしくはほとんどがイスラム教徒であり、校長はいイマームと呼ばれるイスラム師教、学校のスポンサーはイスラムリリーフUSA、学校の建っている土地はMASが持っている。
この小学校で5年生の臨時教員をつとめた女性の話によると、学校では一日に5回のお祈りの時間がもうけられており、その前には教師の指導で子供たちは足を洗う。イスラム教では聖なる日とされる金曜日には体育館で集会がもうけられそこでイスラム教の教えが説かれるという。
断っておくが、アメリカでは宗教学校そのものが存在することは違法でも何でもない。それが私立の学校であれば何を教えようと学校の判断に任せられる。だが、それが税金を使った公立学校となってくるとそうはいかない。教育と宗教は完全に分離しなければならないという最近の風潮から、公立学校では聖書研究部がひらけないとか、学校内では生徒たちが個人的にキリスト教のお祈りをするのさえいけないとか、うるさくいわれている。学校によっては十戒を取り除いたりクリスマスツリーを排除したりしているところさえあるのである。
そこまで宗教を公立学校から閉め出そうとしている教育委員会が、あからさまなイスラム宗教学校を公立学校として認定しているというのはどういうことなのだ?完全に州法に違反するはずである。
TIZAのザマン(Zaman)理事長はカーストンの「イスラム教徒への明らかな偏見」は心配であると意思表示をし、カーストンからの取材を拒んだ。そして記事が掲載された直後ザマン理事長はカーストンが個人的に自分と学校を宗教を理由に攻撃したとし「悪質で、文明社会では受け入れられない」と糾弾した。
こういう話になると必ず乗り出してくるアメリカのイスラム過激派グループCAIRがついに、キャサリン・カーストンへの猛攻撃をはじめるべくお出ましである。
人権擁護市民団体を装うCAIRのミネソタ支部はツインシティーの小学校に向けられた脅迫について刑事犯罪がおかされている恐れがあるとしてFBIに調査を求めた。CAIRは小学校の子供たちの安全が脅かされるおそれがあると心配しているのだという。「我々は人々にはまあだ明らかにされていないこの件に関して光をあてたいと思う」とCAIRの代表者は語った。
私はこの件が大っぴらになるのはいいことだと思う。なぜなら政教分離というのは単にキリスト教迫害に他ならず、イスラム教徒からの脅迫に恐れおののいて何でもかんでもいいなりになっているミネソタ教育委員会の情けない現状に「光を当てる」いい機会だからである。
こんなことがアメリカで許されるなら、アメリカも欧州やカナダのようになるのは時間の問題だ。キャサリン・カーストンはガードマンを雇って今後もミネソタのイスラム教暴虐を暴露し続けてほしい。本当に身の安全が心配されるのはイスラム批判をするジャーナリストたちのほうだろう。
April 15, 2008, 現時間 1:43 PM
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March 30, 2008
国連人権擁護審議会のお粗末な実態、イスラム告発映画はイスラム教への侮辱と決定
まあね、イスラム圏のあからさまな人権迫害は完全無視してイスラエルを責める条令ばかり発令してる国連のやることだから、いまさら驚くべきことではないが。
国連が騒いでいる映画とは、オランダの保守派議員でイスラム批判をしたおかげで命を狙われるはめになったヘールト・ウイルダース氏が作ったイスラム告発ドキュメンタリー映画である。
私はまだ観ていないので、この内容については小林さんのサイトから引用しよう。
オランダの国会議員、ヘールト・ウイルダース氏の反コーラン映画「フィトナ」が昨日、オランダのウエブサイトで公開・放映された。
早速見てみた。コーランの教えの一部を紹介しながら、テロで亡くなったり傷ついた人、首を切られた人、ユダヤ人に対する憎しみを教えるクリップをつなげる。オランダや欧州でイスラム教徒が増えて行き、映画監督が殺され、ゲイが攻撃されるクリップも出る。イスラム教徒の恐怖がオランダに押し寄せる新聞記事が紹介される。最初と最後に、デンマークのムハンマド風刺画(ターバンに爆弾がついている)が出る。
幻想的な音楽に乗って、静かにメッセージが繰り返される。最後はコーランを破くシーンもある(これには後で仕掛けがあると分かるのだが)。
本当はテレビで放映される予定だったらしいのだが、イスラム教徒からの脅迫が相次ぎどこのテレビ局も取り扱わないので、インターネットでの放映となったが、これも放映していたサーバーが次々に脅迫されビデオサイトはあちこちで閉鎖されてしまっている。これについてマイク・ロスが書いている。
元々、このビデオはNetwork Solutions社が運営するデータセンターにあるコンピューターにあるサイトから世界に配信されるはずだった。しかし、過激イスラムを恐れ、サイトはシャットダウンされた。また、別に作ったサイトはイスラムハッカーによって乗っ取られてしまった。
先週末にLiveLeakのサイトでYoutubeと同じ様に見れる形でアップロードされていたが、Liveleak社が従業員の身をあんじて配信を中止した。
つまり、イスラム教の暴力性を告発するドキュメンタリー映画を放映しようとしたところ、怒ったイスラム教徒らがテレビ局やサーバーに暴力的な脅迫をしてその放映を阻止したというわけである。平和な宗教が聞いてあきれるわな。
そして世界の人々の人権に神経質な国連の人権擁護審議会はといえば、このドキュメンタリーはイスラム教徒を侮辱するものであるから即刻その放映を各国で禁止すべきであるという条令を発令したというのだからお笑いである。
この条令はフランス、ドイツ、イギリス、カナダなど10か国の反対を押し切って、21対10で通過した。
EU諸国は対宗教侮辱法が言論の自由を規制するものになるとしてこの条令には反対したが、サウジアラビア代表は言論の自由について間違った解釈があると主張した。
もちろんその通りだろうとも。サウジアラビアのいう言論の自由とは、イスラム教を讃え、ユダヤ人を蔑む言論の自由という意味なのであり、イスラム教を批判する行為は言論の自由として認められないと考えているのだからこの発言は当たり前である。
ヨーロッパ連合は(条令の)内容が一方的でありイスラムへの攻撃のみを特定しているとした。しかしサウジアラビアは「言論の自由という名の下にイスラムのみが攻撃の犠牲者になっているせいだろう。」とし、この条令は「2001年9月11日の悲劇的な事件後に強まるイスラム教少数派に対する宗教的民族的侮辱運動に対する深い心配を記載するものである」と語った。
サウジ代表はさらに、最近イスラム教やその救世主に対して意図的に悪意のあるステレオタイプなイメージが広められているとして、デンマークでおきたモハメッド漫画掲載などを例にあげてだらだらと文句をいっている。
イスラム教徒は暴力的であるというイメージが西側諸国によって広められているというが、爆弾しょったイスラム教徒が世界中で自爆テロやったり、乗客を乗せた旅客機をビルに突っ込ませたり、宣教師の団体を誘拐して殺してみたり、救世主が漫画でおちょくられたくらいで世界中で暴動おこしたり、法王のイスラム批判に怒って無関係な尼さんを殺したりする行為のほうがよっぽどもイスラム教のイメージダウンに貢献していると思うのは、カカシだけであろうか?
こんなお笑いぐさがあるだろうか?何の罪もない外国人労働者を誘拐して首をちょん切るビデオを製作してはユートゥーブで世界中に放映する行為は表現の自由だが、それを告発する行為はイスラム教徒への侮辱だというのである!非イスラム教徒がいくらイスラム教徒に殺されても、これは人権侵害にはならないが、イスラム教徒以外がイスラム教を言葉や映像で批判する行為は人権侵害だから擁護しなければならないというのである、これが国連のいう人権擁護法なのだ!これがヨーロッパやカナダで適用され、日本が適用しようとしている人権擁護法の実態なのである!
デンマークの政治家が告発するまでもなく、我々非イスラム教徒がステレオタイプなど悪意をもって広げるまでもなく、イスラム教徒らが自ら自分らがどれほど凶暴で野蛮な種族であるかを毎日証明しているではないか!
このドキュメンタリーが世界各国のテレビ局で放映できない理由はなんだ?凶暴で野蛮なイスラム教徒からの復讐を恐れるからではないか。
サウジアラビアや他のイスラム圏諸国が、イスラム教は平和な宗教であり、このようなドキュメンタリーは嘘だと世界中を説得したいのであれば、言論の自由を規制するのではなく、自分らの国々から派生している過激派イスラム教徒らを自ら排除することからはじめるべきだ。テロリズムへの言い訳をすべて西側諸国の悪意のせいにせず、自分らの中に巣食う悪を排除してこそイスラム教が平和な宗教だと世界に知らしめる一番良い方法ではないか。
私は常に西側諸国はイスラム全体を敵にまわすべきではないと書いてきた。イスラム教は平和な宗教として生まれ変わることができるはずだと主張してきた。しかしそれにはイスラムの悪を告発する人々を弾圧していてもはじまらない。そのことに早く気が付かないと我々はいずれ、イスラム教そのものを排除する戦いをするはめになる。そうなったらどちらにとっても決していい結果にはならない。
マイクさんによると、まだダウンロードできるサイトがあるらしい。イスラム教徒らの妨害が激しいのでいつまでアップされているか分からないが、興味のある方は今のうちに御覧になることをお勧めする。
ネット上でこのビデオは探せる。いろんな人たちがダウンロードできるようにサイトを準備し始めている。私はこのサイトからダウンロードした:
http://www.sendspace.com/file/bodnck
ページの下部の Download Link: VideoFitnatheMovieGe.mp4 をクリックすればダウンロードできます。何時まで、このサイトでダウンロードできるかわかりません。
1939年にナチズムがヨーロッパから葬られた
1989年に共産主義がヨーロッパから葬られた
過激イスラムが葬られるのは何時?
ビデオが行う最後の問いかけです。
March 30, 2008, 現時間 2:34 AM
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January 29, 2008
イスラム教批判はイスラモフォビアなのか?
私が二年近く書いてきた過激派イスラム教批判について、ある場所で批判をなさっている方がらしたので、こちらへ来て話されてはどうかとお誘いしたのだが、カカシのブログは読んでいるということなので、彼の私及びアメリカのネオコンに対する批判をちょっと載せてみよう。
まずは一宿一飯さんのあるブログへのコメント。
所詮憶測ながら苺畑カカシさんのイスラモフォビアに関して感じることは、「恐らくこの人は実際にモスリムに合って対話した経験も無ければする気も無く、単に自分の世界観を維持するための仮想的を必要としているに過ぎない」と言うものです。実際に接触してみれば、例えば敬虔なクリスチャン・モスリム・ジューイッシュは「共通する価値観を持っている」訳で、現実にハマス創設者ヤシン師にはユダヤ宗教界における高位の和平支持派ラビとの親交があったと言うような話など実例は幾らでもある訳なのですが。別に、「真に共存の可能性を持っているのは西欧化した世俗主義者のみ」では無いのですけれどね。苺畑さんの決め付けは多分に「自分の壊れやすく、多分に現実と齟齬を来たしてしまいがちな価値観を守るために、少しでもそれに沿わないものは攻撃せずにはおられない」と言うような衝動的な物に見えてしまう。
一宿一飯さんは私の書いたことを読む前に某ブロガーによる「カカシはイスラム教恐怖症だ」という偏向な意見を読んでしまったため、私の書いていることもそういう色眼鏡をかけてよんだのだろうと思う。もう少し気をつけて読んでくれれば、私が攻撃しているのはイスラム教徒全般ではなく、過激派イスラム教徒およびイスラム教テロリストなのだということがわかるはずである。
常連の読者のかたがたならご存じだが、私はこのブログにおいて我々文明社会はイスラム教全体を敵に回してはならないと何度も強調してきた。イスラムの危機:テロリズムはイスラムの教えに反するにおいて歴史家のバーナード・ルイス博士の言葉を借りてこのように書いた。
現代のテロはイスラム教とほぼ同義語になってしまっているので、テロリズムがイスラムの教えに反するなどといっても、そんなことは頭の弱いリベラル連中のプロパガンダとしか受け止められない読者も多いだろう。私がここで何度も紹介してきたロバート・スペンサーなどもその口で、テロリズムこそがイスラムの真髄だなどと平気で言う。だがここでルイス教授はあえて、イスラムは平和な宗教だと主張する。...
...イスラム教徒はイスラム教を守るために戦うことは義務付けられているが、非戦闘員を殺したり虐待することは禁じられている。死を覚悟で戦うことは期待されるが、自ら命を絶つことは許されない。だとしたら、テロリストのやっていることは完全にこのイスラムの教えに反することになるではないか?何故このようなことをしている人間がイスラム教原理主義者だなどと大きな顔をしていられるのだろう?
...イスラム教過激派はイスラム教の名のものとに西洋に宣戦布告をした。彼らの解釈はコーランの正しい解釈のひとつである。だが、テロリストを正当なイスラム教徒として扱ってはならない。テロリストを原理主義者などと呼んではいけない。コーランの解釈はひとつではない。長くつづられたコーランのなかには戦争を唱える箇所もあれば平和を唱える箇所もある。他宗教に寛容となり、弱いものを守り無実の人間を傷つけてはならないという教えもイスラム教の原理なのである。イスラム教徒の中には、西洋文化の落ち度も理解しながら、また自分らの社会の弱点を捉えながら近代化を進めようとしている人々がいる。前者とは戦い以外に道はない。だが、後者とは歩み寄れる。我々現代人はこの二つのグループを十分に見極める目を養ない、穏健派を出来る限り応援しなければならない。
私は穏健派イスラム教徒となら歩み寄れるという言い方はしたが、歩み寄れるイスラム教徒は「西欧化した世俗主義者のみ」などといった覚えは一度もない。いや、それどころか私はヨーロッパの世俗主義をずっと批判してきている。私の「滅び行く欧州、栄えるイスラムの脅威シリーズ」を読んでいただければ分かるが、私はここでヨーロッパの行き過ぎた世俗主義こそがヨーロッパの崩壊につながると書いている。そのまとめとして目覚めるヨーロッパでこのように書いた。
(マーク)スタインはヨーロッパの世俗主義が現在の欧州の堕落を招いたのだと書いている。私はこれには全く同意見。イスラム教という宗教に対抗できるのはヨーロッパの基盤となっているジュデオ・クリスチャンの価値観しかない。
またカカシはイスラム教こそ悪の根源といいはるロバート・スペンサーの映画を紹介した時もこのように述べた。
私はこのブログでも何度か文明社会がイスラム教徒全体を敵に回すことの危険性を主張してきた。 だから私は悪の根源はイスラムの教えにあるというこのドキュメンタリーの製作者たちの意見には全面的に賛成できないでいる。 特にシューバット氏はイギリスのブレア首相がイスラム教を「平和を愛する宗教」だと何度も繰り返すことに関して、愚かなのか嘘つきなのかどちらかだろう、と言い切ることには全く同意できない。ブレア首相ほど対テロ戦争に関して自分の政治生命を犠牲にしてまでブッシュ大統領と一緒になって努力してきた政治家はいない。 ブレア首相ほどイスラムテロリストの脅威を正しく理解して戦い続けなければならないと主張した人はいない。 私は911事件以後のこの世の中にブレア首相という立派な政治家がイギリスにいてくれたことを何度神に感謝したか知れない。
「イスラムについて、、」の製作者たちがわかっていないのは、政治家達がイスラムを「平和な宗教」だと主張し、テロリストは過激派であり、本来のイスラム教の教えを歪曲しているのだと語るには理由があるということだ。 イスラム教の人口は12億といわれている。 この中で過激派は約一割というではないか。 彼らはその一割の過激派と戦うために我々文明諸国に対して12億の人々全体を敵に回せというのか?
無論、数や欧米の戦争技術をすれば、12億の敵をもってしても西洋社会がいずれは勝つだろう。 だが、もしそのような戦争がおきれば、第2次世界大戦どころの騒ぎではなくなるということがこのドキュメンタリーの製作者たちにはわかっているのだろうか?
一宿一飯さんの誤解は過激派イスラム教及びイスラム教テロリストへの批判を、イスラム教全体への批判イスラム教徒への人種差別およびイスラム教恐怖症、と混同してしまっていることにある。イスラム教過激派による犯罪やテロ行為を指摘して批判することは決して個々のイスラム教徒への人種差別でもなければ人権迫害でもない。それを混同してしまうと今ヨーロッパやカナダで起きているような人権擁護法の乱用のようなことが起きてしまうのである。
さて、一宿一飯さんは、私がイギリスのブロガーがイスラム批評をして逮捕状が出たという話を紹介した時、ラディカルフェミニストのフィリス・チェスラー女史のブログからインタビューを引用したことに関して、ラディカル・フェミニストたちのイスラム教蔑視はごう慢であり、イスラム教を批判しているというだけで、カカシが嫌いなはずのラディカルフェミニストを好意的に扱うのは私のアメリカ的なごう慢の現れであるという意見を述べられている。
まず第一に、私はチェスラーなる人がラディカルフェミニストであるという事実は知らなかった。しかし彼女がもしラディカルフェミニストだとしたら、彼女のイスラム教批判は全く理にかなっている。なぜならば、本当に女性優先の思想を持つ人であるならば、男尊女卑の最たるものであるイスラム教を批判するのはごく自然だからである。ラディカルフェミニストと自称する人ならばイスラム教の厳しい掟を恐れるのは当たり前だ。なにしろ強姦された被害者がむち打ちの刑にあうようなイスラム圏国が存在するのである。このような宗教を恐れることはフォビア(恐怖症)などではなく当然な自己防衛的な警戒心である。
私は自分はフェミニストだとか女性救済を目的としているといいながら、敵の敵は味方というせこい考えで非常な女性迫害をしている過激派イスラム教を全く批判しないリベラルフェミニストのほうがよっぽども偽善的だと思う。カカシは自分とは全く意見の合わない人でも信念をもって自分の考えを貫き通すひとのことは尊敬する。それがラディカルフェミニストであれ、共産主義者であれ同じである。反対に言うこととやることが正反対の偽善者は軽蔑する。
一宿一飯さんは、私のパレスチナ人への批判的な考えを『「遅れた、未開な非西欧」に対する敵意』だと考えているようだが、私がパレスチナ人に批判的なのはイスラエルがガザを撤退して自治をする絶好の機会を与えられた時に、ハマスというテロ軍団を政権に選び、自治にはまったく無関心で、ただただユダヤ人殺しだけを念頭において、平和交渉に何度も応じているイスラエルに執拗にミサイルをうち続けているからである。パレスチナ人はアラブ諸国でも民度が低いという悪評の高い民族だ。これはカカシの人種的偏見でもなんでもない。パレスチナ人の子供たちが飢えで死ぬようなことがあったら、これは一重に戦争に明け暮れて自分らの子供たちの将来にむとんちゃくなパレスチナのテロリストどもの責任である。
さて、ここで一宿一飯さんの白人コンプレックスについて反論したい。
..経営者さんは苺畑さんを「アメリカ保守の真似をしている」と評されましたが、私は「大変日本人的な反応」だと感じているのです。
「遅れた、未開な非西欧」に対する敵意と「自分の愛するアメリカ・西欧・白人社会」に固執するが故の「国粋主義」、そしてそれは「自身が日本人であるから」ではないかと。苺畑さんにとって依然憧れの「他者」であるアメリカと言う国の言説は、相互に如何に食い違い、相反していてもそれが「西欧・白人社会・アメリカ」を肯定し補強する範囲においては「矛盾せず」、逆にそれらの価値を批判し、見直そうとする言説には無条件に「敵」のレッテルが貼られるのではないかと。
差別は廃さなければいけないが、それは別に「白人・男性・プロテスタント」の価値観を否定するものでは無い筈なのにこの扱いは何だ、と言うのと同じ感覚を日本人も、そして世界各地のモスリムも持っていると言う事です。
少なくとも私の眼にはネオコンサバティズムとラディカルフェミニズムの「傲慢さ」「愚かしさ」は同じものに映ります。それは一部にドメスティックバイオレンス常習者や過激主義者が居るからと言って「すべての白人男性」「すべてのイスラム教徒」そして「全ての日本人の男」は野蛮で旧弊で遅れていると決め付ける類の愚かさです。
私にとって新保守主義は「保守」でもなんでもない。西洋かぶれの妄言に過ぎません。自分達の文化を否定し、西欧に媚び諂い、彼等にほめて貰う為に他のアジア人を殊更に野蛮と蔑む態度の恥知らずさに「お前達はそれでも日本人か」と怒りたくなることは枚挙に暇がありません。
私はネオコンではない。宗教右翼とか孤立主義の旧保守派とも違うが、どちらかといえば旧保守派に近いと思う。私としてはネオコンはリベラルすぎると思うので。ま、それはいいのだが、この白人に対する羨望という意識は、はっきり言って一宿一飯さん自信の反影だという気がする。アメリカは移民の国であり、その市民の種族も多種多様である。確かに過去には有色人種が差別されるという風潮がなかったわけではないが、カリフォルニアのように出会う人の半分以上が外国出身といういうような社会に住んでいると、白人だから何か特別に偉いなどと感じることはまずなくなる。少なくとも私は白人がうらやましいとか白人になりたいとか思ったことは一度もない。
アメリカにはいい面もあれば悪い面もある。特に日本はアメリカのよくない面を輸入し過ぎると思う。日本の教育界やフェミニストなどが「欧米では〜がとても進んでいる。日本も見習うべき」などといって取り入れる概念が日本社会の役に立ったことなどほとんどないと断言できる。
アメリカに長年住んで、アメリカの保守派思想を取り入れたカカシがアメリカ人なら、アメリカでフェミニスト活動を長年つづけて左翼フェミニストとなった例の小山のエミちゃんも立派なアメリカ人だろう。一宿一飯さんが、欧米を一緒くたにして白人社会と呼んでいるのも、彼が白人はすべて同じだという人種差別意識を持っている証拠だ。
私が生きているのはアメリカであり欧州ではない。欧州とアメリカではその文化に雲泥の差がある。私が価値あるものとしているのは人種や性別や年齢にこだわらずに個人の才能で判断してくれるアメリカの自由主義