日付け → →November 29, 2007

共和党討論会YouTube質問に民主党運動員を潜入させていたCNN!

今日アメリカの保守派ブログをいくつか読んでいて、昨日の共和党討論会におけるCNNによる信じられない陰謀を知った。なんと討論会を主催したCNNが採用した共和党大統領候補たちへのYouTubeでの質問の多くがヒラリーやエドワーズの選挙運動員によるものだったというのだ!

詳しいことをミッシェル・モルキンがまとめているのでここで、そのいくつかを紹介しよう。

  1. イスラムに関する質問をしたのはイスラム教市民団体でテロ組織と深い関係もあるCAIRの元インターンだった。
  2. 年金問題について質問した男性は民主党上院議員ディック・ダービィンのところで年金関係の仕事をしている人だった。
  3. とうもろこし生産援助に関する質問をした男性は民主党下院議員ジェーン・ハーマンの元インターンだった。
  4. 人工中絶について質問した若い女性ジャーニーと、子供二人とビデオに映っていたリアーンという若い母親は二人とも民主党大統領候補のジョン・エドワーズの支持者だった。
  5. 共和党同性愛政治団体のメンバーだと言っていたデイビッドという若い男性は実は民主党大統領候補のバラク・オバマの支持者だった。
  6. 軍隊の同性愛政策に批判的な発言をした退役軍人キース・カー准将はヒラリー・クリントンの支持者だった。

このほかにもまだかなりあるらしいのだが、何千と応募のあったビデオ質問のなかから、限られた時間で放映されたビデオのなかにこれほど多くの民主党支持者が入っているというのは偶然にしては出来過ぎている。CNNがこれらの人々の政治背景を知らなかったと言い訳するにしては、ここに登場した人々はこれまでにネット上で自分らの意見を大々的に発表しており、本名で検索すれば彼等のホームページや彼等が製作したビデオなどを簡単に見つけることができる。たとえば人工中絶について質問したジャーニーなる女性は別のビデオで「ジョン・エドワーズ’08」と書かれたTシャツを着ているし、共和党員だといっているデイビッドなる男性のHPのプロフィールで「私がバラク・オバマを支持する理由」といってオバマを称えているのを読むことができる。ミッシェルのページでこれらの映像が載っているので興味のある読者は参照されたし。

ま、CNNが民主党寄りなのはすでに周知の事実ではあるが、ここまであからさまに民主党のプロパガンダに協力するとは恥知らずにもほどがある。

それにしても、YouTubeというネット機構を使いながら、ネット検索という強い道具に気が付かなかったというのもCNNの間抜けぶりが伺われる。こんな子供だましが今時通用すると思ってるのだから。

November 29, 2007, 現時間 11:23 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 28, 2007

サルコージ第二の試練、パリの暴動

やっと鉄道労働組合のストライキが収まったと思ったら、今度はパリの暴動。酔っぱらったアフリカ系イスラム移民二人が警察のオートバイにぶつかって死んだのをきっかけに始まったこの暴動は2005年の時よりも大規模なものだという。

2005年の3週間に亘る暴動の最初の数日間よりも、或る意味この暴動はより悪質なようだ。当時、若者達はバラバラのようで、彼等の破壊はほとんど投石や放火によるものであり、車のような一番身近で一番簡単な標的が狙われていた。今回は猟銃、ガソリン爆弾、石が警察に向けられている。

「現場にいた同僚から聞いたところだと、これは2005年に我々が目撃したものよりも遥かに酷い状況だ」と警察官で組合幹部のPatrice Ribeiroが火曜日にRTLラジオに語った。
「昨夜は一線を越えた。要するに、彼らは武器を使ったんだ。彼らは武器を使って警察に発砲した。これは本物のゲリラ戦だ」。

Ribeiroは、過剰な武力を避けようと必死になっている警察も、いつまでも応戦せずに打たれっ放しではいない、と警告した

 (強調はカカシ)

サルコージ大統領は選挙の際にフランスの経済を立て直し、フランスに法と秩序を取り戻すと公約した。就任後のサルコージはここ6か月間、経済面に力を入れてきたようだが治安については特に新しい対策をとってきたわけではない。フランスのイスラム系暴徒らがここまで凶暴化したのも先のシラク政権が移民の気を損ねるのを恐れて何も対策をとってこなかったことにある。2005年の暴動でも警察はほとんどなにもせずに傍観していただけだ。

今回の暴動でも明らかなように、暴徒の行動は日増しに悪くなるばかりである。すでに今回は保育園に火がつけられ、駆け付けた警察や消防隊に暴徒が狩猟用ライフルを発砲するなどといった行為が連続した。このような行為を放っておけば単なる暴動が、自動車爆弾テロにエスカレートするのは時間の問題だ。このままではフランス各地で国内イスラム暴徒によるテロ多発が起きる可能性は非常に高い。

内政省時代から若者の暴力沙汰には強気な態度をみせてきたサルコージだが、大統領となった今、本気でこれらの暴徒を鎮圧するだけの勇気がサルコージにあるだろうか? ストライキ打破に続いて、今度はパリの治安維持。サルコージのお手並み拝見といったところだ。


November 28, 2007, 現時間 1:14 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 27, 2007

ヨーロッパの中国離れ、でもフランスは武器を売りたい

最近中国というと悪い話ししかきかないが、これまで比較的中国には穏健だったヨーロッパでも中国離れが起きているようだ、喜多さんが翻訳しているこの「『中国への密月』は終わった」という記事でその傾向が詳しく説明されている。

今週北京で第十回EU中国サミットが行われるそうだが、これまでと違って参加者の間ではかなり緊張した雰囲気が高まっているという。ヨーロッパによる中国に対する印象が悪化した理由は対中赤字や中国政府のスパイ行為、人権問題など多くある。

中国への前向きな世論の認識はこの一年間で劇的に下がった。フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、イギリスでの世論調査では、20%から15%に下がっている。これは主に仕事のアウトソーシングと、EUの膨れ上がる対中赤字の結果である。対中赤字は一時間毎に€1,500万ずつ増えており、2007年は2006年の€1,280億から€1,700億以上に上りそうだ。

ヨーロッパのムードは、中国の産業スパイ事件やドイツ首相事務所やイギリス外務省(そして米国防総省)のコンピューター・ネットワークへのハッキング事件にも影響を受けている。
また、中国での、特にチベットでの人権侵害への懸念も同様だ。

ヨーロッパ企業も中国への不満の声を益々高めている。様々な差別的貿易および投資行為は、中国にあるヨーロッパその他の企業を苦しめており特に知的財産権の盗難や、中国金融サービス業、流通ネットワーク、そして保護対象産業への市場参入障壁が挙げられる。

ヨーロッパの中国に関するムードが悪化している徴候は去年の暮れに発表された欧州委員会の中国に関する「コミュニケーション」や欧州理事会の「結論」調書や今年初めの悲観的な「中国戦略文書」などに現れているという。

またヨーロッパの政権交代でこれまで比較的親中国だった政治リーダーたちが去ったこともヨーロッパの中国離れの要因になっているらしい。この中国への険悪ムードは、中国からの粗悪品流入や貿易赤字、スパイ行為、そしてこの間の香港でのバトルグループ寄港拒絶など、中国からのあからさまな敵意などでかなり頭にきているアメリカのムードと一致しているらしい。

もっとも比較的親米といわれるフランスのサルコージ新大統領は、中国訪問の際にアメリカが先導している中国への武器輸出禁止問題については輸出禁止を解禁すべきだという意志をあらわにしており、前首相のシラクよりは中道派とはいうものの、まだまだ武器輸出で金儲けをしたいお腐乱すフランスの中国市場への姿勢はかわらないようだ。しかしそれに関してフランス各紙がサルコージ大統領が中国に「へつらっている」と一斉に批判しているのはちょっと面白い。

November 27, 2007, 現時間 2:24 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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信用度低い、ヒラリーが共和党候補には勝てないというゾグビー世論調査

ヒラリー・クリントンがアイオワコーカスでは不利な模様だという話をこの間したが、昨日ゾグビーの世論調査で共和党候補との一騎討ちではバラク・オバマとジョン・エドワーズのほうが有利だという結果が発表された。

調査結果によると、クリントン氏は、共和党のジュリアーニ前ニューヨーク市長、ロムニー前マサチューセッツ州知事、マケイン上院議員、トンプソン元上院議員の4候補との比較でそれぞれ5~3ポイント差で敗れた。7月時点では4候補全員に勝っていたが、今回逆転された。無党派、若年層の離反が響いたという。

一方、オバマ氏は共和党4候補に全勝。民主党3番手のエドワーズ元上院議員も3勝1分けだった。クリントン氏は全米規模の支持率で首位を維持。このため民主、共和両陣営からの批判を一身に集めていることが苦戦の背景にあるとみられる。

ヒラリーおばさんだけは勘弁してもらいたいカカシとしてはこの話は一見良いニュースだ。残念ながらこの調査、そう手放しで喜べるほど信用できるものではないのだ。まず世論調査というもの、特にまだ選挙まで一年近くもあるこの時期に行われるものはあまり当てにならない。しかもこれはオンラインアンケートで、9,150人を対象に11月21から26日にかけてオンラインで行われたという。

対象がオンラインで政治アンケートに答えるくらい四六時中コンピューターに張り付いている人間だということと、対象となったサンプルが少ないということを考慮にいれるべきだろう。我々はオンライン人間だから何でもかんでもオンラインですることが普通になっているが、まだまだ一般市民はそれほどオンラインに頼っているわけではないのだ。

1948年にシカゴ・トリビューンが大統領選挙の世論調査を電話アンケートで行ったことがある。その結果実際には圧勝したトゥルーマンが惨敗するという結果が出たという。これは1948年当時に電話を持っていたエリート市民だけを対象にしたことによる偏った結果に問題があった。今回のオンライン調査も似たようなものである。

ミスター苺によると、アメリカの世論調査は往々にして民主党のサンプルをとり過ぎるそうだ。これは意識的にそうしているというわけではないが、週末に電話でアンケートをとる場合、週末は家族サービスで忙しい共和党支持者はながながとアンケートに答えずにきってしまうことが多い。民主党支持者が多い都市部での調査は自然と民主党に偏ってしまう。むろんこの偏向は単に返答した人たちの投票登録がどちらの党かを聞くことによって、調査結果をアメリカの投票登録者の割合と調整すればいいだけの話なのだが、一般の調査会社はこれをしない。彼等の理屈は共和党に登録している人間が必ずしも共和党候補を支持するとは限らないからだというものだ。これは阪神ファンが巨人と阪神のどちらがいいチームかときかれて、巨人と答える可能性が大いにあるといっているのと同じで馬鹿げた理論なのだが。

無論、今回の調査は民主党支持者だけが対象だから民主党よりの偏向は影響をもたない。だが、今回の偏向はオンライン使用者のみという対象にある。世論調査ではサンプルが一番大切だ。誰を対象にしたか、それが一般の人口分布を反映しているかどうか、それがはっきりしなければその調査結果は意味あるものとはいえない。

そういう意味で今回のゾグビー社の調査はそれほど信用のおけるものとは言えないのだ。

November 27, 2007, 現時間 1:03 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 25, 2007

イラク治安向上で作戦に悩む民主党大統領候補たち

今日のニューヨークタイムスにイラク情勢が良くなっていることから、ペトラエウス将軍の新作戦に真っ向から反対していた民主党の候補者たちは新作戦が大成功を遂げている事実を前にどのように自分らの選挙運動を繰り広げていくか難かしい立場にたたされているとある。

面白いのはこのNYTの記事はいかにして民主党候補がこの状況を乗り切るかという選挙運動作戦への助言のように書かれていることである。さすがニューヨークタイムス、民主党支持の偏向を隠す気もないらしい。

ヒラリー・ロダム・クリントン上院議員とバラク・オバマ上院議員の選挙アドバイザーたちは、増派後のイラクにおいて警備状況が良くなっているという事実を見てきた以上その成果を認めないのは間違いだと結論づけている。しかし同時にアメリカ軍の死傷者はまだ多すぎること、早急な撤退こそがこの戦争を終わらせる唯一の方法であり、いわゆる増派はイラクの政治過程には成果をあげていないことを強調している。

つまり、アメリカ軍の努力は認めながらも、まだまだ十分ではないという主題で貫こうという作戦のようだ。なにしろイラク戦争の失敗を振り上げてブッシュ政権並びに共和党を攻撃してきた民主党だけに、戦争に勝てそうだなどという現状は非常に都合が悪いわけだ。

しかしニューヨークタイムスは、民主党候補たちは気をつけないと共和党候補者らに、勝てる戦争を時期尚早な撤退によって負けようとしている、民主党は敗北主義だ、と攻撃されかねないと指摘する。

攻撃されかねないもなにも、実際敗北主義なのだから仕方ないではないか。選挙に勝つためになんとかアメリカにはこの戦争に負けてもらわなければならない連中なのだから。

「イラクの希望的な状況が続く限り、一般選挙におけるイラク関係の政治は劇的な変化を遂げるでしょう。」とブルッキングス・インスティトゥーションのマイケル・E・オーハンロン氏。氏はクリントン女史の支持者であり、軍隊増派賛成派でもある。「もしイラクが少しでも救いようがあるなら、候補者としてどのように救うのかを説明することが大事です。どうやって戦争に負けずに軍隊を撤退させるのか、民主党は何と言うか自分らを追い込まないように非常な注意を払う必要があります。」

本当は戦争に負けたいが、それを言っては一般国民の支持は得られない。軍隊バッシングはジョン・ケリー候補者の失言でも分かるように大統領候補としては致命的。しかし撤退をうりものにしてきた候補者たちが突然撤退しないと主張すれば民主党の反戦派市民からの反感を買うので、そうするわけにはいかない。とはいえ勝てる可能性の出てきた戦争から兵を撤退させることがアメリカにとって良いことなのだと国民を説得するのは至難の業である。

最近の民主党候補者たちの口からは、イラクの治安問題に関する批判の声は減り、今度はイラク政府の政治的進展が遅すぎるという批判が多くなった。しかし政治家たちが協力せずに仲間割ればかりしているというのであれば、アメリカ政府だって同じことだ。なにもイラクだけに問題があるわけではない。候補者たちがアメリカ軍の増派によってイラク内政への効果があがっていないと主張すればするほど、現場の治安問題はほぼ解決されたという印象が強まってしまう。

ニューヨータイムスはこのような増派が軍事的効果をあげているというメッセージは民主党支持者の間では快く受け入れられないだろうとし、(民主党)候補者がこの話をする時は、かなりの注意が必要だと忠告する。

ここで民主党強力候補者の三人の言い訳を聞いてみよう。まずはヒラリー。

「我が軍は世界最強です。その数を増やせば効果があがるのは当然です。」... 「基本的な点は、増派の目的は政治的解決をする余裕を作り出すことだったのに、それが起きておらず、おこるような兆しすらなく、イラク人が政治的な目標に達することができないということです。」...「我々は内戦の仲介などやめてさっさと出ていくべきなのです。」

ブラコ・オバマは話題を変えるのに必死。

「11月にガソリンが3ドル代なんて前代未聞です。」...「人々はより多く働き少ない見返りを得ています。クレジットカードの限界まで使いきり、なんとか生活をしているのです。人々は苦労しているのです。それをワシントンは気にかけているようには見えません。」

ガソリンが高いのは通勤の長いカカシとしても非常に迷惑な話だが、この好景気に人々が苦労しているというメッセージがどのくらい効果があるのかちょっと不明。しかしオバマもイラク情勢を無視することはできない。

オバマの報道官、ビル・バートンはイラクの暴力減少について「歓迎すべきニュースである」としながらも、今年の戦死者の数は記録的な高さであり、イラク国内の政治見解の相違が歩み寄られていないと語った。

「イラクの政治リーダーたちにちゃんと仕事をさせるために一番いいやり方は即軍隊を撤退しはじめることです」とバートン氏は語った。

アメリカ兵の戦死者の数は去年に比べて激減しているというのに、いったいバートンのいう「記録的な高さ」とはどういう意味だ? 第一アメリカ軍が撤退することとイラクの政治家たちが歩み寄ることとどういう関係があるというのだろう?

そして最後に「撤退、撤退、なんでも撤退」としかいわないジョン・エドワーズは今の時点ではまだ自分のイラク見解を再検討するに値する政治的な効果はあがっていないとしている。

「基本となる疑問は全く変わっていません。その疑問とは政治面において真剣な努力がされ、真剣な動きがあったかどうかということです。」...「スンニとシーアの間で政治的な解決がされない限り安定などあり得ません。暴力は終わらないのです。ですからこういう面ではほとんど進展がみられないと私は思います。」

エドワーズはイラクの話はよく取り上げるが、増派そのものよりもライバル候補者のイラク戦争に対する姿勢を批判することの方が多い。特にヒラリーが当初イラク戦争に賛成票を投票した事実や最近のイラン革命軍をテロリストと指定する議案に賛成した事実をあげ、ヒラリーをブッシュと一緒くたにして批判している。

民主党候補者の本音はイラクへの米軍増派があまりにも効果をあげているので、早急に撤退してもらって再びイラクを混乱に陥れたいというものだ。しかし民主党が主権を握っているにもかかわらず議会はブッシュ大統領の意向に背いて米軍撤退を実現させることができない。だからイラク内政に進展がないということくらいしか批判のしようがないのだ。しかしこの方法も民主党にとってはかなり危険な賭けである。なぜならば、イラク内政に焦点を当て過ぎるとイラク治安がそうであったように、来年の11月までにイラク内政に大幅な進歩が見られた場合にどのように言い訳をするのかという疑問が残るからだ。

イラクは軍事的にも政治的にもブッシュ政権による大失敗だったという結論をつけたい米民主党が、どちらもうまくいっているという現実に直面した場合、いったいこれをどうやって乗り切るのか、そしてそれが選挙にどのような影響を与えるのか、かなり面白いことになってきた。

追記:イラク情勢良化について古森義久さんがアメリカのメディアの反響についてまとめているので参照されたし。それにしても、イラクからの良いニュースについて日本メディアが完全無視しているというのは不思議だ。

November 25, 2007, 現時間 12:37 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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悲劇的な封切り、ディパルマ監督の反米映画「リダクテド」

このあいだも反戦映画が不入りなのはなぜか?でも書いたが、アメリカで次々に公開されている対テロ戦争への批判メッセージを多分に含んだ反戦映画が全く人気がない。しかしその中でもアメリカ兵がイラク少女を強姦しその家族を惨殺するという話を描いたブライアン・ディパルマ監督の「リダクテド」には観客は全く近寄らない。ニューヨークポストによれば、封切りの週末の売り上げ成績はなんとたったの$25,628、全国でこの映画を見た人はたった3000人という計算になる。 これは興行上まれにみる大惨事となった。プロデューサーのマーク・キューバンはディパルマに経費だけで売り下げたいと提案したが、周到なディパルマは断った。

映画評論家のマイケル・メッドビッドは「私が見たなかで最悪の映画」と批判。...「Aリストの映画監督、大規模な宣伝、タイムス、ニューヨーカー、左よりのサローンのようなサイトなどでの高い評価にもかかわらずです。もっと少ない劇場で公開されたジョー・ストラマーのパンクロックバンド、クラッシュのドキュメンタリーの三周目より少ない客入りです。」とある映画関係者はメールで語った。「映画の反戦テーマに賛成してるひとたちですら観にいく努力をしなかったということになります。」

反戦だからといって反米とは限らないと私は何度も強調しているのに、まだ映画関係者は分からないらしい。

私が心配するのは、アメリカ国内でこのような映画がいくら不人気でも、これが諸外国で公開された場合の悪影響である。特に言論の自由のないイスラム諸国では、真実でない背信映画を国が政策を許可するはずがないと考える。だからこのような映画がアメリカ人の手でつくられたということは真実に違いないと勘違いしてしまう可能性が高い。それでなくてもアメリカへ嫌悪の意識が高いこれらの国へ、アメリカ人自らの手で反米プロパガンダをつくることの愚かさ。これでテロリストへの志願者が増え、アメリカ人が一人でも多く殺されたら、彼等の血はマーク・キューバンとブライアン・ディパルマの手に塗られていると自覚してもらいたいものだ。


November 25, 2007, 現時間 10:41 AM | コメント (1) | トラックバック (1)

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日付け → →November 24, 2007

前代未聞! ストライキを破った仏サルコージ首相

フランスの新しい首相、ニコラス・サルコージは本気でフランスの暴走している年金問題に取り組むと公約した。しかし前首相のシラクなども年金問題を改良すると公約しながら労働組合のストに会って怯んでしまった例もあり、サルコージがどれだけ強力なフランスの労働組合に立ち向かえるのか多くの市民がサルコージの信念の強さに疑問をもっていた。

そのサルコージの信念を試す時がついに訪れた。11月に入ってフランスでは鉄道労働組合を中心とする大規模なストライキが行われたのである。

パリ:フランスはもう一週間以上にわたってサルコージ首相の経済改革に抗議したストライキで麻痺状態にある。ノアの箱船よろしく労働組合の抗議はフランスでは通常の鉄道、公務員、教員、の他に看護婦、タバコ店経営者、空港職員、漁師や劇場の大道具係までが一緒になってのストである。

この木曜日、フランスの大学半分は抗議者によって休校となり、弁護士や裁判官らまでが仕事から離れると異議申し立てをしたほどだ。

デモ行進による交通混乱はまるで過去の革命を思い出させる。しかし今回はなにかが違っていた。

その違っているものとは何か? それはこのゼネストに一般市民からの支持がほとんど得られなかったということである。通勤の不便を感じているビジネスマンや中間試験を逃した大学生など、フランス市民はこれまでと違って、50歳でそれまでの給料相当の年金がもらえるようになる贅沢すぎる年金プログラムを維持しようという労働組合の姿勢にあからさまな反感を見せている。

フランスでは黒い11月(Black November)といわれ、政府が新しい方針を打ち出す度に労働組合による大規模なストライキがおき、政権はそれに負けてあきらめるというやり方が、1968年以降何度も繰り返されてきた。フランスの経済方針はこのやり方で何十年も続いてきたのである。

しかし今回はサルコージの全く怯みを見せない態度とそれを支持する市民の声に労働組合もじょじょにあきらめを見せ、22日の木曜日には多くの労働者がストをやめて職場にもどった

組合のリーダーたちは昨日敗北をみとめた。「我々は現実を見つめなければならない。事情が変わったのだ。ストライキはもう解決方法ではない。スト作戦では勝てない。」とパリの地下鉄従業員を代表しているサッド連合のリーダー、Philippe Touzet氏はブルームバーグニュースのインタビューで語った。

これはサルコージ首相の最初の大勝利である。フランスの労働者にストライキは解決方法ではないと認めさせるとは、フランス首相としては前代未聞である!

ストライキを破って政権の方針を貫き通した例としては、過去にイギリスのマーガレット・サッチャーやアメリカのロナルド・レーガンがあるが、サルコージの名はフランスの悪名高い労働組合のストを破った例として歴史に残るだろう。

フランスといえばストライキというイメージがあるほど、フランスの労働組合の強さは有名だが、昨今組合は結構フランス市民からの支持を失っているようだ。実際にフランスで組合に属している人口はたったの7%なのだそうだ。これならアメリカのそれよりずっと低い。しかも最近は組合のなかでも理想派と現実派でかなり分裂が起きているという。

大学などでも学生組合のメンバーはゼネスト参加に反対したにもかかわらず、過激な学生らによって学校全体が閉鎖された学校もあり、伝統的に左よりで労働組合に同情的だったフランスの学生らもフランス経済はこれまで通りではなだめだ、改革が必要だという現実路線に移行しているようだ。

むろんそういう背景があるからこそ、保守派のサルコージが首相に選ばれたわけだが、選挙時の公約と実際の方針とが噛み合ないのはよくあること。それをサルコージが先ず最初の試練に打ち勝ったというのは非常に大きな意味がある。

November 24, 2007, 現時間 11:22 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 23, 2007

ヒラリー危機? 大統領選挙アイオワ州コーカス地区予選

来年の11月にある大統領選では共和党と民主党それからあまり意味はないが他党からそれぞれ候補者が出て争う。しかしその前に各党は自分らの党を代表する候補者を選ばなければならない。これが大統領選挙の予備選挙である。この候補者の選び方なのだが、各州でどのように候補者を選ぶかは一般市民が選挙で選ぶプライマリーと党員だけで決めるコーカスと呼ばれる会合の二つがある。そこでその州が一番適当と考える候補者が選ばれる。候補者たちはこうやって州の支持をひとつひとつ得ていかなければならない。だから全国的に人気のある候補者でも地方での予備選で勝てるという保証はないのである。

さてコーカスの一番最初の州はアイオワ州。ここでヒラリー・クリントンの人気がちょっと危ないらしい。ワシントンポストABCニュースの世論調査(PDFファイルのリンクはこれ)によるとアイオワではバラク・オバマの支持率が30%で、その次にヒラリ・クリントンが26%とヒラリーを抜いている。しかも三位のジョン・エドワーズも22%とヒラリーを追いつめている。パワーラインによるとヒラリーの支持者は比較的若い女性が多く、コーカスに参加する人のほとんどは男性や年配の女性で若い女性は少ないのだという。アイオワでのコーカス会合は1月で非常に寒い。そういうところにわざわざ平日の夜遅くまでかかる会合に出席するほど熱心なクリントン支持者がいるかどうかわからない。

ヒラリーはこのことを十分に承知しているらしく、夫のビルを出演させて「コーカスは易しい」というビデオキャンペーンを行っているくらいだ。

しかし、ヒラリーにとってアイオワはそれほど大事ではないという人もいる。アイオワコーカスがヒラリーの選挙運動にどういう意味を持つのか、ニューヨークオブザーバーでスティーブ・コーナッキ(Steve Kornacki)が説明している。

コーナッキによれば、アイオワでのシナリオは4つ考えられる。まず第一にヒラリーが勝つこと。ここで勝てればヒラリーの候補指名はまず間違いない。なぜかといえば次の予選はニューハンプシャーのプライマリー。アイオワと違ってヒラリーはニューハンプシャーでは二番のオバマを20%も離して一番人気。 三番のエドワーズとは30%も離れている。

もしアイオワでエドワーズが勝った場合でもヒラリーはニューハンプシャーは勝てるだろうとコーナッキ。 エドワーズはアイオワではかなり熱心に選挙運動をしているらしい。しかしここでヒラリーが二番になったとしてもヒラリーにとって最大のライバルはオバマであるから、オバマに勝てさえすれば問題はない。

エドワーズはニューハンプシャーではあまり人気がないし、ヒラリーやオバマと比べ選挙資金に限りがある。そこで多分エドワーズはニューハンプシャーは飛ばしてサウスカロライナへ直接持ち込もうとするだろう。ヒラリーはニューハンプシャーを勝ち取っていればサウスカロライナで勝てる可能性は大きい。万が一サウスカロライナで負けたとしてもエドワーズよりも選挙資金が勝っているヒラリーなら2月の大型予選でエドワーズを圧倒することができる。

しかし三番目のシナリオで、オバマが勝ってヒラリーが二番になった場合はちょっと問題だ。これが起きるとヒラリーの候補指名がかなり危なくなってしまう。オバマがアイオワで勝ったら、エドワーズのキャンペーンは終わりだとコーナッキは言う。となるとここでヒラリー対オバマの一騎討ちとなるわけだ。アイオワで勝利を得ればオバマには勢いがつきニューハンプシャーでも勝てるかもしれない。アイオワとニューハンプシャーを連続で勝ち取ったジョン・ケリーの例もある。

ニューハンプシャーでは無所属がかなりの数で民主党の予選で投票する。無所属はオバマ支持が非常に多い。オバマがアイオワとニューハンプシャーで勝利をおさめればこれまでのようにヒラリーが自動的に候補指名を受けるというわけにはいかなくなる。オバマがその後積極的な運動をすればオバマ勝利の可能性は高まる。

四つ目のシナリオで、一番ヒラリーにとってよくない結果はヒラリーがオバマとエドワーズの双方にまけて三位になることだ。特に距離をあけての三位だった場合にはニューハンプシャーで勝てるかどうかでヒラリーが候補者として生き残れるかが決まることになる。

私が思うにヒラリーはアイオワでもニューハンプシャーでも勝たねばならない。なぜならば、いまヒラリーの第一人気はヒラリーが絶対に候補者に指名されると誰もが考えていることからきている。ほかの候補者たちはヒラリーが大統領候補になった場合に副大統領候補になるために存在している程度にしかメディアも民主党支持者たちも考えていない。ところがもしもヒラリーがアイオワで負けたら、ヒラリーが絶対に勝つという保証はなくなる。そうなれば、それほどヒラリーは好きではないが民主党大統領候補になる人物だからと支持している民主党員の間からヒラリーを見捨てる可能性が高まる。ヒラリーの民主党候補指名は自動的ではないということになるのだ。

先の大統領選挙でずっと民主党の有力候補者といわれていたハワード・ディーンが蓋をあけてみたら、最初のプライマリーで惨敗してキャンペーンが完全に崩壊してしまったなんて例もある。ヒラリーも今支持率一番だからといって全く油断はできない。

むろん私としては、ヒラリーおばさんだけは勘弁してほしいのだが、、、

November 23, 2007, 現時間 7:17 PM | コメント (3) | トラックバック (3)

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中国のドタキャンで台無しになった米水兵たちの感謝祭

昨日の木曜日はアメリカでは感謝祭だった。感謝祭というのはアメリカ特有の祭日で、日本のお彼岸のように家族が集まって祝うクリスマスに次いで大事な祝日である。だから今週の月曜日から水曜日まであらゆる交通機関は大混雑。私も日曜日にホノルルからかえってきたが朝から空港はごったがえしで、出発一時間半前に空港についたのに搭乗は最後のほうで滑り込みセーフだったくらいだ。

さて、アメリカ海軍のバトルグループキティホークは、感謝祭に香港へ入港する予定になっていた。感謝祭に地元へかえって来れない船は停泊地に家族が訪れるということはよくあることだ。私の乗っていた船も感謝祭は真珠湾に停泊しているので、乗組員の家族が各地からホノルルへやってきて感謝祭はハワイで過ごそうという人たちが大勢いた。わざわざ日本から子供連れできた奥さんたちも結構いた。それでキティホークの乗員たちとその家族も香港で落ち合って休暇を楽しもうと計画していた。

ところが中国政府が突然キティホークの寄港依頼を拒絶した。我々の船など乗組員はせいぜい数百人だが、キティホークはバトルグループ。水兵だけでなく戦闘機のパイロットなども大勢のっている。その家族たちが高い航空費を出してホテルやツアーの予約をして兵士らを楽しみに待っていたというのに、それが土壇場でキャンセル。おかげで8000人を超える水兵やパイロットやその家族たちがせっかくの感謝祭を台無しにされた。

中国がキティホークの寄港許可を拒否したのはキティホークが中国海域へはいる許可依頼を無線でした時。これでは家族たちが予定変更のできる余裕は全くなかった。昨日の木曜日になって中国はこの決断を取り消し、再びキティホークの入港を「人道的な理由で」許可すると発表したが時すでに遅し。キティホーク並びに護衛艦らは現在香港から300マイルの海域で台風をつっきりながら横須賀へ向かっている。いまさら引き返すことはできない。

どうやら中国は先週発表されたアメリカが台湾にペイトリアットミサイルIIのアップグレードを売る計画や、10月にブッシュ大統領がダリ・ラマと会見したことなどに腹を立て今回の拒否となったらしい。まったくせこい国だ。

November 23, 2007, 現時間 1:53 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 22, 2007

イギリス軍撤退後のバスラ状況は悪化しているという嘘

<お詫び> 下記は10月6日付けのエントリーだったのですが、記入に間違いがあり途中で切れて読めなくなっていました。コメンターのソルティカフェさんとエマニュエルさんからご指摘があったのですが、ネットアクセス不能が何日も続いたため今まで気が付きませんでした。管理不行届きをお詫び申し上げます。では間違いを正しましたので、あらためて掲載いたします。

***************

アンバル地区の状況が良くなっているという報告が多くあるなか、イギリス軍撤退前後のバスラの状況は悪化するばかりという記事をよく読むようになった。この8月7日つけのワシントンポストの記事などはその典型である。

イギリス軍がイラク南部のバスラから撤退するにつけ、地元の政治的勢力争いや原油資源の所有権ををめぐってシーア派民兵同士の暴力がエスカレートしている。バグダッドのアメリカ高官たちはシーアが多数派を閉めるイラク政府は米軍が兵削減を始める際仲間割れをするのではないかと心配している。

地元の三つのシーア派グループは、民兵や犯罪ギャングなどの手によって血みどろの戦いを続けている。かれらは地元の政府機関から市民の住宅街まで幅広くコントロールしている。町は「組織的な地元政府機関の不法利用や、暗殺、部族間の恨みあい、市民による不法な裁きや社会道徳の強制などで蝕まれ、それと共に犯罪マフィアの台頭がおこり、それが地元政治と深く絡み合っている。」とインターナショナルクライシスグループの報告書は告げている。 ...

「要するにイギリス軍は南で敗北したのです」と最近バグダッドにてアメリカ諜報部の高官は語った。この高官はまたイギリス軍はバスラ宮廷の本拠地を捨てたという。ここは最近訪れたロンドンからの高官が「カウボーイやインディアンのように囲まれていた」と表現した場所である。空港は待ちの外側にあり、そこにアメリカ大使事務所やイギリス軍の残りの5500兵がビルのように高々と詰まれたサンドバッグでのバリケードの後ろ隠れている。ここはすでに過去4ヶ月の間に600回もモーター攻撃を受けている。

このことについてヒュー・ヒューイットが彼のラジオ番組で多国籍軍副司令官シモンズ少将にインタビューした際、シモンズ少将はこのように答えた。

それは正しくありません。捏造といってもいいくらいです。宮廷とPJCCのイラク軍への任務譲渡は計画的なものであり、受け継ぎは生気のイラク政府軍にされています。彼らは基準を満たし、きちんと訓練をうけた装備もととのったイラク警備軍です。平和的な祝いのようなデモンストレーションがおこなわれましたが、一時でも同盟軍が攻撃をうけたなどということはありません。モーハン将軍のもと、地元イラク高官はバスラの状況はきちんと把握しています。

さてバスラにはここでも何度も紹介している体当たりフリーランス記者のマイケル・ヨンが向かっている。クエートで待機中のマイケルにヒューがインタビューをした。

マイケル:私は今クエートにいます。イラクには10時間くらいでつけると思います。そしてかなりの長丁場になりそうです。最初はイギリス軍と一緒にバスラへ行き、一ヶ月ほど彼らと滞在します。その後はアメリカ空軍に従軍し、次に歩兵隊と一緒に帰ってくることになっています。ちょうど24時ほど前ですが、モスールで四ヶ月ほど前に撃たれたジェームス・ピピン曹長がイラクへ戻るのに出会いました。彼は頚骨を撃たれたんですよ。四ヶ月前に頚骨を粉々にされたというのにもうモスールへもどるっていうんです。すごいですね。

ヒュー: それはすごい。彼はどの軍に所属ですか?

マイケル: 陸軍です。モスール歩兵隊の上級曹長です。飛行機にのるんで、いやその手続きをするんで、列にならんでいたらその列にいたんですよ。私は自分の目が信じられませんでした。この間撃たれたばっかりなのに、もう戻るっていうんですから。

ヒュー: それは本当にすごいな。ところで君がバスラに行くっていうのは好都合だ。なぜかというとバスラについてはずいぶん色々は話をきいてるけど、イギリス軍の前線撤退後に地獄状態になって手がつけられないとか、君はこれについてどんなことを聞いてる?

マイケル:その報道は正確とはおもえません。私はついこの間までロンドンにいましたけど、今年の初めにバスラに駐留していたイギリス人ともすごしましたけど、実際には兵を削減していく潮時だろうと思うんです。彼らのやり方は賢明だと思いますよ。イギリス軍はアフガニスタンで大任がありますし、彼らの軍隊はわれわれのものよりずっと小規模ですからね。それにバスラの問題は他の地区の問題とは違います。卵の殻にひびが入ってるような状態じゃないですし。あんまり先のことを予測するのもなんですが、私はイラクの暴力は地元のより多くの地元民が協力してくれるようになるにつけ、この先数ヶ月でじょじょにへっていくと思います。ディヤラなんかでは25ある部族のうち20が同盟軍およびイラク軍と協力するという条約に調印したほどです。これってすごいことですよ。

マイケルは他にもイラク各地で地元の人々が目覚めアルカエダと対抗しようという気になっていることや、当初はアメリカ軍もずいぶん躓いたが、いまではイラク市民とうまくやっていくコツをつかんだことなどを語っている。

マイケルは一年以上まえ、イラクは宗派間で内乱になっている言っていたくらいだから、この変貌ぶりは非常に評価できる。今後もマイケルのバスラからの報道に期待したものだ。

November 22, 2007, 現時間 2:08 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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イラク・アフガニスタン帰還兵は自殺率が高いって本当?

11月最後の木曜日は感謝祭。私も久々に休みをとってうちでゆっくりしているところである。

しかし11月は11日にベテランデイといって元軍人に感謝する日があるので、反米メディアはこぞって元軍人の悪口を報道するのが常になっている。今年も例外なく軍隊バッシングがおこなわれたが、イラク帰還兵の自殺率はほかの人口より高いとか、アメリカの浮浪者の1/4が帰還兵だなどという記事が目に付いた。

これについて、従軍記者などのバリバリやっている自分も元軍人のマイケル・フメントは、この自殺率の話はかなり眉唾だと指摘している。

私はこの番組は見なかったのだが、二回に分けて報道されたこの特別番組では、自殺した兵士の妻などへのお涙ちょうだいのインタビューで埋め尽くされていたらしい。しかもCBSは2005年の調査によると、元軍人は一般市民よりも自殺する可能性が二倍の率であると断言したという。

しかしCBSは偏向のない独立した調査会社に調査を依頼したのではなく、自分らでこの調査を行っており、視聴者はその真偽を確かめるすべがない。またこの数はDepartment of Veterans Affairs(VA)という元軍人について扱っている政府機関の調査の数よりもずっと多いことをCBSも認めている。

番組中で、このVAの調査は疑わしいとCBSのインタビューに答えている元軍人ふたりは、フメントによると結構名の知れた政治活動家で、そのうちの一人はイラク戦争反対の反戦運動かなのだという。およそ公平な立場でものがいえる人たちではない。そういう人間の身元をはっきりさせずにインタビューしたということだけでも、この番組の意図は明白だ。

しかし調査以外にネットワークの悪質な嘘を証明するもっとも決定的な証拠はほかにあるとフメントはいう。例えば、CBSが現在の戦争の帰還兵に特別な焦点を当てていることだ。

「ひとつの年代が目立ちます。」と番組。「元軍人の20歳から24歳で対テロ戦争に参加したグループです。彼等は元軍人のなかでも自殺率がもっとも高く、一般の同年代の若者より二倍から四倍の率といわれています。」

CBSは若い元軍人の自殺率は10万人につき22.9人から31.9人だという。

しかし現在対テロ戦争についている現役軍人の数と比べてみるとこの数字はどうも変だ。先月陸軍は現役軍人の自殺率に関する調査結果を発表したが、2006年における現役軍人の自殺率は10万人につき17.3人だったという。CBSの元軍人の率よりかなり低い。なぜ現役の軍人よりも最近除隊したひとたちのほうが高い率で自殺したりするのだろうか。

フメントの最後の質問はちょっと変だと思う。現役でバリバリ戦ってた戦士より、除隊して一般社会に溶け込めずに気が滅入って自殺する人は結構いるかもしれないし、戦場では押さえていた恐怖心とか猜疑心とかが、除隊した後で沸き上がってきて絶望するなんて例もあるかもしれないからだ。しかし、肝心な点は、軍人や元軍人の方が一般市民よりも自殺をする率が高いのかどうかという問題だが、この点についてフメントはそんなことはないと書いている。

軍隊、特に戦地からの帰還兵は圧倒的に男性が多い。自殺率は若い男性の方が若い女性よりも高いというのはごく一般的なことだ。であるから、軍人の自殺率を計る場合には一般市民も軍隊と同じく男女の比率を調整してからでなくては意味がない。陸軍はその調整をおこなって調査をした結果、一般市民の自殺率は10万人につき19人と陸軍より高い数値になったという。

となると、帰還兵の年、性別、人種などを一般市民の間でも調整したら、CBSのいうような一般市民の「二倍から四倍」も高い率などという数字が出てくるとは思えない。

湾岸戦争の70万にもおよぶ帰還兵や、2004年に行われたベトナム戦争帰還兵対象の調査でも、元軍人が一般市民より自殺する確率が高いという結果は出ていない。過去半世紀にわたるアメリカの大きな戦争でも、帰還兵の間で自殺率が高くなるという傾向がないのに、CBSは現在の対テロ戦争だけは特別に軍人らを絶望のふちに追い込んでいるというのである。

元軍人の間でもベトナムや湾岸での戦闘体験のある人とない人の間で自殺率はかわらないという。戦争時で勤めたひとでも平和時で勤めた人でも自殺する率に変化はないのである。となるとCBSが強調したい、『元軍人の間では対テロ戦闘によって心的外傷後ストレス障害(PTSD)を起こして自殺におよぶケースが増えている』という主題がかなり怪しくなってくる。

無論PTSDはばかにできない病気だ。フメント自身もイラクはラマディで待ち伏せされた戦闘の後で2〜3日はPTSDに悩まされたという。しかしPTSDについては多くの調査が行われいるが、PTSDが自殺の要因となるケースは非常にすくないという。事実ほんの一週間前にVAが発表したPTSDの比較調査結果によればPTSDと診断されたひとより、そうでない人のほうが自殺率は高いという結果がでたのだ。

この調査は80万人を対象にPTSDと診断された人とそうでない人の間の自殺率を比べた結果、PTSDと診断された人の自殺率は10万人につき68.16人、そうでない人の間では10万人につき90.66人と、PTSDでない人の自殺率のほうが圧倒的に多かったのである。この原因に関して調査者たちは、PTSDと診断された人は治療を受けている可能性が高いため、自殺を防げるのかもしれないと語っている。

また戦闘体験の後遺症についても、1998年に行われた調査によると、戦闘での衝撃的な体験が将来身体に及ぼす害は非常に少ないという結果がでている。

つまり、帰還兵がより自殺する傾向にあるという納得のいく証拠など存在しないのである。

フメントは自殺は常に悲劇であり、数が多い少ないに関わらず減らすことを考えるべきだとしながらも、そのためには自分らの政治的アジェンダを持ち出していてもはじまらないという。全くその通りだ。

CBSが本気でアメリカ軍人の精神状態を慮っているのであれば、元軍人が格安で簡単に治療を受けられるような施設つくりに貢献してはどうか?ボランティアをつのってPTSDに病んでいる軍人らの手助けをしてはどうか?そんな努力もしないで、一部の元軍人らの悲劇を自分らの政治的アジェンダに悪用するなんて、CBSのニュースは下の下である。

November 22, 2007, 現時間 12:09 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 20, 2007

米軍、APのストリンガーを正式にテロリストとして起訴

APのカメラマンとして賞までとったことのあるイラク人、ビラル・フセインという男がテロリストとしてアメリカ軍に取り押さえられた話は、去年の暮れ頃ここでも紹介した

彼はアメリカの記者の代わりに現地で取材をする所謂(いわゆる)ストリンガーだが、彼が撮ったテロリストの写真は、どう考えてもテロリストの協力を得て撮ったものが多々あった。フセインは去年アメリカ軍に逮捕されテロリストとしてイラクで拘束されている。そのフセインにアメリカ側から正式にテロリストとして罪が課されることになったと、当のAPが報道している。(Hat tip Powerline)

NEW YORK (AP) - 米軍はビューリツァー受賞者のアソシエイトプレス(AP)のカメラマンに対して、イラクの裁判所で犯罪訴訟を起こす考えをあきらかにした。しかしどのような罪で起訴するのか、どのような証拠があるのかはいっさい明らかにしていない。

APの弁護側はこの決断に断固とした抗議をしており、米軍の計画は「いかさま裁判だ」と語っている。このジャーナリスト、ビラル・フセインはすでに19か月も起訴されないまま拘束されている。

ワシントンではペンタゴンの報道官ジェフ・モレル氏が起訴内容について「フセインに関する新しい証拠が明らかになった」と説明している。...

モレル氏は軍が「ビラル・フセインのイラク反乱分子の活動につながりがあり、イラクの治安維持に脅威を与える人物であると確信できる確かな証拠がある」とし、フセインを「APに潜入したテロ工作員」と呼んだ。

APは自社の記者に関するニュースだけに、いまだにこのストリンガーがテロリストではないと言い張っている。弁護側にいわせると軍はフセインの罪について詳細をあきらかにしていないため、どのように弁護していいかわからないということだ。APはフセインがテロリストとは無関係だという根拠として、彼の撮ったほとんどの写真がテロ活動とは無関係なもであり、テロ活動が写っている写真でもストリンガーがテロリストと前もって打ち合わせをしていた事実はないと断言している。しかしパワーラインも指摘しているが、「ほとんど」がそうでなくても、テロ活動を一枚でも写真に撮ることができるとしたら、フセインにはそれなりのコネがあると考えるのが常識だ。フセインの撮った写真で有名なのは私が上記で掲載したイタリア人記者殺害後のテロリストがポーズをとってる写真。(2005年におきたイラクはハイファ通りでの真っ昼間の暗殺事件を撮ったのもフセインだという話があるが、これはAPは否定している。)



Bilal Hussein and his picture    Italian

テロリストと一緒に逮捕されたAPカメラマン、ビラル・フセイン(左)フセイン撮影イタリア人記者の遺体の前でポーズを取るテロリストたち(右)

ビラル・フセインがピューリツァー賞をとった写真はこれだが、テロリストがイタリア人記者を殺しているところにたまたまAPの記者が居合わせるのが不可能なのと同じように、テロリストがアメリカ軍に向かって撃っているところを真横にたって撮影するなんてことがテロリストの仲間でもないカメラマンに出来るはずがない。これらの写真はどう考えても、まえもって打ち合わせをしてのみ撮れるものである。はっきり言ってフセインの撮った写真そのものが、ビラル・フセインの正体を証明しているようなものだ。

November 20, 2007, 現時間 3:05 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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ずさんな身元調査、女テロリストスパイに潜入されていた米諜報組織

ヒズボラの女スパイがアメリカの諜報組織、FBIとCIA双方に潜り込んでスパイ行為をして起訴されていた事件で、11月15日、被告のナディア・ナディウム・プロウティ(Nadia Nadim Prouty)は罪を認めた。プロウティは旧姓Al Aouarといい、ヒズボラ関連の逃亡者を義兄に持つ。

問題なのは、どうしてこのような人物がFBIとCIAの双方で雇用されていたのかということなのだが、取り調べが深まるにつれて、アメリカの移民局および諜報局のずさんな身元調査が浮かび上がってくる。

アメリカは移民の国なので、あらゆる職種に外国生まれの移民がついているが、公務員といえども例外ではない。ただ一般の民間企業と違って公務員の場合はアメリカ市民でなければ応募できないことになっている。とはいえ、一旦合法で永住権をとってしまえば、時間はかかるが、特に犯罪などをおかしていなければ市民権は手続きさえ踏めば自動的に取得できる。ただし、秘密情報を手掛ける国防総省や国務省などへの勤務をする場合は、厳しい身元調査を通らなければならないことになっている。

「なっている」とはいうものの、いったいどのように調査しているのか、かなり怪しいということが今回のことでかなり明らかになった。スティーブン・エマーソンによると、ナディアは1990年に移民ビザではない一時滞在ビザで入国し、滞在期間が切れた後も違法滞在したままミシガン州のアメリカ市民と偽造結婚をして後にアメリカ市民権を得たという。

1999年、ナディアは取得したばかりの市民権を使ってFBIに就職。身元調査にも見事に合格して秘密情報を扱えるセキュリティクリアランスを得た。ナディアはその特権を利用してFBIの秘密データベースを使って自分や姉そしてミシガンでレストラン経営をしている姉の夫に関してFBIがどういう情報を持っているかを調べたりしていた。ナディアは2003年にFBIを辞めた後、今度はCIAに就職した。彼女に有罪判決が言い渡されれば、15年の禁固刑および60万ドルの罰金が課せられることになっている。

ところでこのナディアの姉と姉婿のChahineだが、彼等は2006年に脱税で起訴されているが、それ以前に2002年にレバノンのイラン系テロリストグループであるヒズボラで自爆テロリストをした子供の家族に資金援助をする募金運動に積極的に参加しており、ほかにもミシガンを基盤にしているヒズボラ系の市民団体と深いつながりがあるという恐ろしい夫婦である。

ナディアの潜入ぶりはFBIとCIAだけではない。ニューヨークポストによると、なんとナディアはパキスタンのアメリカ大使館で働いていたことのある国務省の役人と結婚していたことが今月18日に明らかになったという。

私は常々、アメリカの国防省や国務省にやたら移民が多いと感じていた。特に中近東や中国系の従業員をみると、このひとたちの身元調査はどのくらいきちんとされているのだろうかと疑問に思えたのである。また民間企業でも秘密情報を扱うところは厳重な身元調査をすることになっているが、この間も防衛関係の民間企業につとめる中国系科学者が中国共産党のスパイをしている兄に秘密情報を流していて捕まったという事件が起きたばかりだ。

移民の多いアメリカで移民を雇うなというのは理不尽な理屈だ。またアメリカはイスラム系テロリストと戦争関係にあるからとか、中国共産党はアメリカには危険な存在であるからとかいうだけで、これらの国出身の移民を雇わないなどということになったら、これは完全に人種差別ということになってしまう。アメリカでは第二次世界大戦中に日系移民を永住権や市民権のある人間まで収容所に強制移動させたという忌わしい過去がある。私自身が日系移民であり大人になってから市民権を得た身であるから、そのような差別は真っ先に反対だ。

しかし、これは国家警備の問題である。差別はいけないが、だからといってそれを気にして十分な身元調査もおこなわずに怪しげな外国人を雇用するとはどんなものだろう? だいたい身元調査というのは本人のみならず、家族や親戚にどういう人間がいるのかを調べるのではないのだろうか?

秘密情報を扱う国家施設では建物のなかは警備が厳重だが、それ以上に内部で働く人間が大丈夫なのかどうか、そちらの警備にもう少し気を使ってほしいという思う事件である。

November 20, 2007, 現時間 9:26 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 19, 2007

ブログエントリー復活のおしらせ

この度、やっとネットアクセス不能状態から復帰し、エントリーを継続することができることになりました。一週間も間をあけてしまいましたこと、読者の皆様に深くお詫び申し上げます。

皆様もご存じのように私は出張先からまた出張で、移動移動の毎日という気違いじみたスケジュールを何か月も過ごしていますが、今回の出張はこれまで以上のハードスケジュール。土日に休むという概念ゼロのチームリーダーにこき使われております。それで金曜日には帰って来れるという当初の予定が変わって戻ってきたのは月曜日。おかげでブログエントリーもまる一週間のお休みとなってしまいました。

今週の木曜日は感謝祭のため、やっとなんとか休みをもらってカリフォルニアに帰宅中です。この間にお休み中に全く読んでいなかったオンラインニュースや他のブログへの訪問をし、失った分を取り戻さねばなりません。この先アメリカはホリデーシーズンに突入するため、これもかなり難かしくなるかと思いますが、今後ともよろしくお願いいたします。

カカシ

November 19, 2007, 現時間 3:16 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 15, 2007

お知らせ

金曜日までネットアクセス不能となります。本来ならばその間のエントリーを事前に考えておくべきなのですが、今回は仕事が通常以上い忙しく、しかもハワイで合流した日本企業の皆様と夜間はつきあいの宴会が続いたため、(日本企業ってこういいうとこ徹底してるのよね。)事前に用意すべくエントリーを書くことが出来ませんでした。

そこで仕方なくブログエントリーを金曜日の夜までお休みします。読者の皆様にご迷惑をおかけすることを 心からお詫び申し上げます。

金曜日にワイキキに帰ってきたら必ずなにか書きますのでよろしく。

苺畑カカシより。

November 15, 2007, 現時間 1:13 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 13, 2007

ジェンダーフリーという神話

アップデート:*エントリーの内容に間違いがあったので訂正しました。*

瀬戸さんのブログを読んでいたら、瀬戸さんがジェンダーフリーという言葉を使っているのが目に付いた。実を言うと、私はェジェンダーーフリーという言葉を今まであまりきいたことがなかった。アメリカのフェミニズム、つまり女性運動は一般にジェンダー(性別)フェミニズムと*エクゥイティ(平等)*フェミニズムに分かれるが、ジェンダーフリーというのはその言葉からして性別を完全に無視したものという印象を受ける。フリーという英語はこの場合「~ぬき」という意味になるからだ。だから多分アメリカでいうところのジェンダーフェミニズムと共通するものがあるのだろうという憶測はできる。

ジェンダーフリーは主として「ラディカル・フェミニズム」の一環として、あるいはその考え方を中心にした文脈で理論、運動が展開されたため、この運動において用いられる「ジェンダー」の概念は、人文系の学問において一般的に用いられる中立的・客観的な意味での「社会的文化的性別」という概念とは異なっている。

「ラディカル・フェミニズム」においては、「ジェンダー」は、男性と女性を平等で相互補完的に位置づけているものではなく、「男が上で女は下」「男が支配し女が従う」といった、一方的な支配関係として機能している、と捉えている。「ジェンダー」は男女の支配従属の関係を維持するための装置であり、また、ジェンダーを根底から規定し、女性を差別的状況におく社会的仕組みの中心をなすのが、性別役割分業であるとしている。

すなわち、ジェンダーフリー運動における「ジェンダー」は、中立的な概念・用語ではなく、性別役割分業を階級構造であると見なし、また、これを解消すべきという意図を持った政治的な概念・用語となっている。

また、この運動においては、「社会に男女の区別や性差の意識があるために役割分業も発生するから、男女を分ける制度を失くしてしまおう」という考え方のもとに、男女の差異そのものを否定・相対化してしまおうという主張を展開する。

上記の日本語版ウィキの説明を読んでいると、かなりアメリカのジェンダーフェミニズムの悪影響を得ている概念だということがわかる。ではここでジェンダー・フェミニズムとエクィティフェミニズムの違いについて説明しておかなければならないだろう。

先ず私が信じているエウィティフェミニズムだが、これは男女の性別にかかわりなく才能によって個人は判断されるべきという考えだ。つまり、ある会社がセールスマンを募集していたとして、その採用の判断は応募者の性別ではなく、個々の経歴とか才能で判断されるべきというもの。だから私は消防署の隊員であろうと、警察官であろうと、軍隊の戦闘員であろうと、もしある女性が男性と同じように重たいものを持ったり、長距離を走ったり、敵と取っ組み合いをするだけの能力があるのであれば、女性だというだけで特定の職種に応募する資格すらないという考え方には反対なのである。

しかし、これは決してどのような職種にも女性が雇われなければならないという意味でもなければ、女性が男性と同じ率で昇格させられなければならないという意味でもない。たとえば単純な例として、女性は一般的に男性に筋力では劣る。これはそのように作られているのだから仕方ない。無論これは一般にという意味であり、個人的には一般の男性よりずっと力持ちの女性は存在する。しかしその数はまれである。必然的に筋力を必要とする職種では必要な条件に当てはまる女性は男性にくらべて少なくなる。時には全くいないということもあるだろう。しかしこれは単純に必要な筋力を持ち合わせている人間が女性にいなければしかたないことであり、男女差別ではない。

これに引き換えジェンダーフェミニズム、いわゆるジェンダーフリーの思想はこうした男女の違いを完全に無視して、あたかも男女はなにもかもが同じであるかのように扱うというものだ。これは一見公平なようで非常に不公平な(特に女性に対して)思想だと私はおもう。

私の職種はエンジニアリング、日本語でいえば工学だが、こういう職種に女性は少ない。うちの大学などは女性の生徒への考慮はゼロで、工学部の校舎には1990年代まで女子トイレがなかったくらいだ。(笑) しかしこうした職種を選ぶ女性は別にジェンダーフリーを望んでいるわけではない。頭脳では男性に負けない工学士でも、筋力では男性に劣る。そういう女性に男性と同じ重たい荷物を持たせたり、男性でも耐え難い肉体労働の勤務に女性を配置するのは、かえって不公平だと私はおもう。か弱い女性に肉体労働をさせることはかえって女性への差別だと私は考えるからだ。

無論肉体労働に耐えられるタフな女性が存在するのであれば、存分にやってもらえばそれでいい。私の祖母などは重たい荷物を背中にしょって売りまわる商人だった。今はとんと見かけなくなったが、昔は背中に自分の体重以上の荷物かごをしょってあちこち売り歩く女性を見かけるのは極普通だった。その血を引いてる私は普通の女性よりは力持ちだと自負している。しかし、私は個人的に重たいものは筋力のある男性に持ってもらうようにしている。自分で持てる荷物でも必ず男性の助けを求めることにしている。(笑)

男女差別というのは、個人の能力を無視して性別だけで判断するというもので、男女の違いを意識してそれなりに反応することは性差別ではない。私はジェンダーフリーという考え方はか弱い女性に男性の仕事を無理強いする女性にとって非常に迷惑な考え方だと思うし、男性が本能的に持っているか弱い女性を守りたいという意識に反する悪質な考え方だと思う。だから私は女性の立場からジェンダーフリーは女性には害あって益なしと考えている。

*******
アップデート:2007年1月4日

エントリーのなかで私はアメリカのフェミニズムはジェンダーとウォリティーに分けられると書いたが、これはジェンダーとエクゥイティの間違いだったので訂正した。この間違いを指摘してくださったのは*minx* [macska dot org in exile]というブログ。

アメリカのフェミニズムを「ジェンダーフェミニズム」と「クォリティフェミニズム」に分けるなんて話は聞いたことがない、一体どこから出て来た話なんだろうと言っていたのだけれど、この種の議論を知っている人にとってソースははっきりしている。保守派哲学者クリスティーナ・ホフ・ソマーズが代表作『Who Stole Feminism? How Women Have Betrayed Women』(「デビューボ」でおなじみのエドワーズ博美氏のネタ元)で主張している「ジェンダーフェミニズム」と「エクイティフェミニズム equity feminism」を間違って覚えているだけ。そもそもソマーズの分類自体一般的なものではない(スティーブン・ピンカーが紹介して知られた程度で、一般には使われない)のに、「アメリカでは一般にこうである」とまで言って間違ってるんだから、どーしよーもない。

私はこの言葉使いが一般的だと書いたのではなく、一般にこのように分けることができるという分析をしたまで。言葉を間違えたのは私の落ち度だが、もう少し気をつけて読んでほしいものだ。

ところでこのブロガーはカカシのことを「アメリカ保守の真似をする在米日本人ブロガー」とおっしゃているが、私はアメリカの保守派であり真似をしてるわけではないので、あしからず。

November 13, 2007, 現時間 1:03 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 12, 2007

反戦映画が不入りなのはなぜか?

私が好きな映画のひとつに第二次世界大戦中につくられたフォロー・ザ・ボーイズという映画がある。これはユニバーサルスタジオのオールスターキャストの映画だ。筋自体は非常に単純で、戦争当時に兵士慰問の目的で組織されたUSOの成り立ちの話だ。主役の興行師がどうやってハリウッドのスター達を集めて慰問公演を実現するに至ったかという話に沿って戦地での慰問公演に積極的にスター達がボランティア活動をしたという筋立てになっている。主な役柄以外の出演者達はすべて本人として出演し、スターが出てくるたびに歌ったり踊ったり手品をやったりする。当時はハリウッドスタジオはどこもこういう映画を作ったが、要するに戦地で慰問公演を直接見られない兵士らのために、人気スターたちを集めたもので、筋そのものはどうでもいいようなものである。

とはいうものの、それはさすがに昔のハリウッドだけあって、そんな映画でも結構まともな筋になっている。それに人気スターたちが自分らの身の危険も顧みずに戦地への慰問を積極的におこなった姿勢が出ていて、ハリウッドがこんなに戦争に協力してくれるとは本当にいい時代だったなあとつくづく感じるような映画である。

それに比べて現在のハリウッドときたら、戦争に協力して軍人を慰めるどころか、反戦が講じてアメリカ軍人やアメリカ政府を悪く描く映画しか撮らない。

ここ最近、連続してイラク戦争や911以後のアメリカの対テロ政策に関する映画が公開されたが、どれもこれも不入りで映画評論家からも映画の娯楽価値としても厳しい批判を浴びている。下記はAFPの記事より。

CIAの外国へテロ容疑者の尋問を外注する政策を描いたリース・ウィザースプーンとジェイク・ギレンハール(Reese Witherspoon and Jake Gyllenhaal)主演の「レンディション( "Rendition")」は売り上げ1000万ドルという悲劇的な不入りである。

オスカー受賞者ポール・ハギス監督のイラクで死んだ息子の死について捜査する父親を描いた「インザ・バレーオブエラ("In the Valley of Elah")は、 いくつか好評を得たが9月公開以来売り上げが9百万ドルにも満たない。

アクションを満載したジェイミー・フォックスとジェニファー・ガーナー(Jamie Foxx and Jennifer Garner)主役の「ザ・キングダム("The Kingdom") ですら、4千7百万の予算をかけたにもかかわらず、売り上げが7千万を切るという結果になっている。

こうした映画の不人気は公開予定のロバート・レッドフォード監督の「ライオン・フォー・ラムス」やアメリカ兵によるイラク少女強姦を描いた「リダクテド」の売り上げも心配されている。どうしてイラク戦争や対テロ戦争関連の映画は人気がないのかという理由についてAFPはムービードットコムの編集者ルー・ハリスにインタビューをしている。

「映画には娯楽性がなくちゃいけません」とハリスはAFPに語った。「反戦だとか反拷問だというだけの映画をつくって人があつまるわけがありません。」

ハリスはまたイラク戦争そのものが人気がないので、人々の関心を集めることが出来ないとも語っている。AFPはさらに、イラク戦争や対テロ戦争は第二次世界大戦と違って凶悪な敵がはっきりしないため、人々が興味をもって映画を見ようという気にならないのではないなどと書いている。(テロリストが悪いという判断が出来ないのはハリウッドとリベラルだけだろうと私はおもうが。)テレビニュースで戦争の話をいやというほど聞かされている観客は映画でまで戦争について観たくないのではないかなどと色々な理由をあげて分析している。

しかしAFPが無視している一番大事な点は、これらの映画がすべて反米だということだ。ハリウッドのリベラルたちの反戦感情は必ずしもアメリカの観客の感情とは一致していない。映画の観客の多くは自分が軍人だったり家族や親戚や友達に軍人がいるなど、軍隊に関係のある人が多いのである。そうした人々が、アメリカは悪い、アメリカ軍人は屑だ、イラク戦争も対テロ戦争も不当だという内容の映画をみて面白いはずがない。これはイラク戦争や対テロ戦争が国民の支持を得ているかどうかということとは全く別問題だ。また、戦争に反対だったり戦争の状況に不満を持っている人々でも、彼らはアメリカ人なのである。アメリカ人が金を払ってまで侮辱されるのが嫌なのは当たり前だ。しかしハリウッドの連中は自分らの殻のなかに閉じこもって外の世界を観ようとしないため、これらの映画がどれほど不公平で理不尽なものかなどという考えは全く浮かばないのだろう。

私はアフガニスタンやイラク戦争について現地からのニュースをかなり詳しくおってきたが、これは映画の題材としては完璧だなと感じる記事をいくつも読んできた。アメリカの観客がみて胸がすっとしたり、ジーンと来るような話はいくらでもある。たとえば先日も紹介した「ローンサバイバー」などがいい例だ。これはアメリカのアフガニスタン政策の落ち度を指摘する傍ら、アメリカ兵の勇敢さを描いた話になっている。他にもアメリカ兵が地元イラク人と協力してつくった病院とか学校が残虐なテロリストに爆破される話とか、テロリストによって苦しめられてきた地元イラク人がアメリカ兵の勇敢な姿に打たれてアメリカ軍と協力してテロリストと戦うようになった話とか、イラク兵養成学校でイラク兵を育てるアメリカ兵の話とか、いくらでも説教抜きでイラク戦争やアフガニスタン戦争をテーマにした愛国主義の映画を作ることは可能なはずだ。

ところでローンサバイバーは映画化される予定になっている。監督がキングダムのピーター・バーグなのでどういうことになるか、かなり心配なのだが、もしもバーグが原作の精神に乗っ取った映画をつくることができたとしたら、この映画の人気次第でアメリカの観客が戦争映画に興味があるのかないのかがはっきりするはずだ。もしもハリウッドの評論家たちがいうように、最近の戦争映画に人が入らない理由がイラク戦争に人気がないからだとか、ニュースでみてるから観客があきあきしているというような理由だとしたら、ローンサバイバーも不人気かもしれない。だがもしもこのアメリカの英雄や親米なアフガニスタン人の話が売り上げ好調だったら、観客は反米映画が嫌いなだけで、戦争映画がきらいなのではないということがはっきりするだろう。

なんにしても、この映画の出来具合と人気次第でハリウッドもなにか学ぶことが出来るはずだ。

November 12, 2007, 現時間 2:39 AM | コメント (4) | トラックバック (2)

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日付け → →November 8, 2007

戦争は兵隊に任せろ! アメリカ兵に手かせ足かせの戦闘規制

今朝、ハワイの地方新聞Honolulu Advertiserを読んでいたら、ハワイ出身の陸軍兵が犯したとされるイラク市民殺人事件について、この兵士が意図的にイラク人を殺したと言う証拠はないとして、裁判をしない推薦がされたという記事が載っていた。この事件は逮捕して武装解除されたイラク市民を上官の命令で部下が銃殺したという容疑だったが、部下は殺すのが嫌でわざとはずして撃ったと証言していた。すでに捕らえて直接危険でない人間を殺すのは戦闘規制に反する行為ではあるが、果たしてこれが犯罪といえるのかどうかその時の状況によって判断は非常に難しい。正直いって、アフガニスタンやイラクの戦争では、少しでも怪しい状況があるとすぐに兵士を逮捕して取り調べると言う事件があまりにも多すぎる。兵士らは当たり前の戦闘行為をしているのに、いちいち自分らの行動が犯罪としてみなされるかどうか心配しながら戦争をしなければならないのだからたまらない。

たとえばこの状況を読者の皆さんはどう判断されるだろう。アフガニスタンの山奥にテロリストのアジトがあるので偵察に行って来いと命令を受けた海軍特別部隊シール4人が、偵察中に羊飼いの村人三人に出くわした。戦闘規制では非武装の非戦闘員を攻撃してはいけないということになっているが、彼らの顔つきから明らかにアメリカ人を憎んでいる様子。シールの4人はこの三人を殺すべきか開放すべきか悩んだ。開放すれば、中間達に自分らの任務を知られ待ち伏せされる可能性が多いにある。かといって、キリスト教徒としてまだあどけない顔の少年を含む一般市民を殺すのは気が引ける。第一タリバンかどうかもわからない市民をやたらに殺したりすれば、殺人犯として帰国してから裁判にかけられる可能性は大きい。シールたちはどうすればよかったのだろうか?

結論から言わせてもらうと、シールたちは殺すという意見が一人で、もう一人はどっちでもいい、他の二人が殺さずに開放するという意見で羊飼いたちは開放された。そしてその二時間後、シール4人は200人からのタリバン戦闘員たちに待ち伏せされたにもかかわらず敵側を100人近くも殺した。しかしいくら何でもたった4人で200人の敵にはかなわない。大激戦の末、味方側の三人が戦死、一人が瀕死の重傷を負って逃げた。この生き残った一人は、羊飼い達を解放すると決めたひとりだったが、あとになって「どんな戦略でも、偵察員が発見された場合には目撃者を殺すのが当たり前だ。それを戦闘規制(ROE)を恐れて三人を開放したことは私の生涯で一番の失態だった」と語っている。無論そのおかげで彼は自分の同胞三人を殺されてしまったのだから、その悔しさは計り知れない。

上記は2005年アフガニスタンで同胞3人をタリバンとの激戦で失い、救援に駆けつけたチームメンバーたちの乗ったヘリコプターをタリバンのロケット弾に撃ち落され全員死亡。ひとり生き残ったシール、マーカス・ラテレルの身に起きた実話だ。彼の体験談はLoan Survivorという本につづられている。

私は理不尽なROEがどれだけアフガニスタンにいる特別部隊やイラクの戦士たちの任務の妨げになっているか以前から書いてきたが、それが実際に十何人というアメリカ軍でもエリート中のエリートを殺す結果になったと知り、改めて怒りで血が煮えたぎる思いである。

実は先日、私はCBSテレビの60ミニッツという番組で、アフガニスタンにおけるNATO軍の空爆についての特集を観た。詳細はカカシの英語版のブログbiglizards.net/blogで数日前に書いたのだが、関連があるのでここでも紹介しておこう。

この番組では司会者のスコット・ペリーはアフガスタンではタリバンによって殺された一般市民の数と同じかそれ以上の数の市民がNATO軍の空爆の巻き添えになって殺されていると語った。いや、ペリーはさらにNATO軍(特にアメリカ軍)は敵側戦闘員が居る居ないの確認もせずにやたらに市民を攻撃しているとさえ言っているのである。

ペリーが現地取材をしたとするアフガニスタンからの映像では、明らかに爆撃をうけて破壊された村の一部を歩きながら、ペリーは女子供や老人を含む親子四代に渡る家族がアメリカ軍の空爆で殺され、ムジーブという男の子だけが生き残ったと、お涙頂戴風の臭い演技をしながら語った。確かにアメリカ軍が意味もなく一般市民の家を破壊して四世代の非戦闘員を殺したとしたらこれは問題だ。だがこういう話にはよくあることだが、本当はもっと複雑な背景がある。

実際破壊された家の家主で、生き残った少年の父親は地元タリバンのリーダーで、アメリカ軍がずっと捜し求めているお尋ねものである。空爆時には家にはいなかったが、家主がタリバンのリーダーということは部族社会のアフガニスタンでは家族も必然的にタリバンである。そんな家が建っている村は必然的にタリバンの村なのであり、村人はすべてタリバンだと解釈するのが妥当だ。しかも、アメリカ軍がこの村を空爆した理由はその直前に丘の上にあるアメリカ軍基地にロケット弾が数発打ち込まれ、激しい打ち合いの末、ライフル銃をもったタリバンがこの村へ逃げ込むのが目撃されたからなのである。ペリーはこの状況をこう語る。

時間は夜でした。アメリカ軍は地上で敵との接触はなかったにもかかわらず、モーター攻撃の後に空爆援助を呼ぶ決断をしました。アメリカ空軍の飛行機はこの近所にひとつ2000ポンドの重量のある二つの爆弾を落としました。(瓦礫の中を歩きながら)これが一トンの高性能爆発物が当たった泥つくりの家の跡です。爆弾は標的に当たりました。しかし煙が去った後、ライフルをもった男達の姿はありませんでした。いたのはムジーブの家族だけです。

敵と地上での接触がないもなにも、この村の付近からアメリカ基地はロケット弾を撃たれているのである。しかもライフル銃をもった男達がタリバンのリーダーが住んでいる村へ逃げ込んだのだ。アメリカ軍はこの状況をどう判断すべきだったとペリーは言うのだ?第一、破壊さえた家でライフルをもった男達が発見されなかったという情報をペリーは誰から受け取ったのだ?もしかしたら自分らはタリバンではないと言い張っている村でインタビューをしたタリバンの男達からか?

だいたいアフガニスタンの村でライフルを持っていない家など存在しない。だからといって彼らが皆テロリストだとは言わない。強盗や盗賊に襲われても警察など呼べない山奥の部族たちは自分らの手で自分らをまもらなければならない。ソ連軍が残していったカラシニコフ(AKライフル)がいくらでも有り余ってるアフガニスタンだ、一般人がライフルをもっていても不思議でもなんでもない。もしタリバンのリーダーの家でライフルが一丁も発見されなかったとしたら、それこそおかしいと思うべきだ。

このアフガニスタン人たちは、他の市民と同じようにアメリカが支援している政府を支持するかどうか迷っています。私たちは怒りは予想していましたが、これには驚きました。

ペリー:(村人の一人に)あなたはまさかソビエトの方がアメリカよりも親切だなどというのではないでしょうね?

村人:私たちは以前はロシア人をアメリカ人よりも嫌っていました。でもこういうことを多くみせつけられると、ロシア人のほうがアメリカ人よりよっぽど行儀がよかったと言えます。

タリバンがロシア人よりアメリカ人を嫌うのは当たり前だ。すくなくともタリバンはロシア人を追い出したが、アメリカ人はタリバンを追い詰めているのだから。

マーカスの本にも書かれているが、タリバンやアルカエダの奴らは西側のボケナスメディアをどう利用すればいいかちゃんと心得ている。イラクでアメリカ軍に取り押さえられたテロリストたちは、アメリカ兵に拷問されただのなんだのと騒ぎたて、アルジェジーラがそれを報道すれば、西側メディアはそれに飛びついてアメリカ軍やブッシュ大統領を攻め立てる。テロリストたちは自分らの苦情を聞き入れたアメリカ軍がアメリカ兵を処罰するのを腹を抱えて笑ってみていることだろう。「なんてこっけいな奴らなんだ、敵を殺してる味方の戦士を罰するなんて、間抜けすぎてみてらんねえや。」ってなもんである。

だからこのタリバンの奴らも取材に来たアメリカの記者団を丁重に扱い、何の罪もない善良な村人に扮してCBSの馬鹿記者の聞きたがる作り話をしているにすぎない。それも知らずにペリーのアホは村人が自分らはタリバンではない、ただの平和を愛する羊飼いだと言っているのを鵜呑みにし、村人がソビエトよりアメリカが嫌いだという証言に衝撃を受けたなどと、とぼけたことをいっているのだ。

私はこういうアメリカのボケナス記者どもに一度でいいからアメリカの部隊に従軍でもして実際に敵と面と向かってみろと言いたいね。殺さなければ殺されるかもしれない状況でとっさに自分らの目の前に居る人間が敵か味方か判断できるかどうか、自分で体験してみろ!それができないんなら黙ってろ!お前らのいい加減で無責任な報道がどれだけのアメリカ兵を殺す結果になるとおもってるんだ!

マーカスの体験談を読むに付け、私はこういう無知蒙昧なリポーターをぶん殴ってやりたい思いでいっぱいになった。

November 8, 2007, 現時間 10:27 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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日付け → →November 7, 2007

イラクの民主化にアメリカが出来ることとは?

皆さん、六日ぶりにワイキキビーチへ戻り、ホテルも先のネットアクセスの悪いホテルからちょっと割高ですが、通りをひとつ隔てた海側のホテルに越してきました。 ネットは無料ですが駐車料金がいちにち18ドル。痛いなあこれは。

さて、留守中に読者のhatchさんから興味深いご意見をいただいたので、これはひとつエントリーの主題として考えてみたいと思う。以下はhatchさんのコメントより抜粋。

さて、苺さんが力説しているようにこちらの意のままになる独裁政権がうまくいかないのは確かです。長い目で見ればです。しかし、だからといって他国が力によって、他国を民主化できるのですかねえ。

ブッシュJ大統領は、第二次大戦時の日本とドイツを例に挙げるのがお好きですが、日本とドイツは第二次大戦によって初めて民主化したわけではありません。ドイツのことは他国ですから言えませんが、日本の民主化は、明治維新から始まります。そして、その明治維新でさえ、その前の江戸時代270年間の太平時代に培わられた国力の下地がありました。

...力で押さえつけた奴隷は、誇りがありません。誇りがない人々が自らを主人公とする民主主義を作り上げられますか?

苺さん、あなたは矛盾しています。

強権的な独裁政権にはアメリカは何度も失敗してきたとあなたは言われます。その通りです。私は異存がありません。しかし、アメリカがその軍事力によって他国に民主主義を樹立することはできません。力によって押さえつけた民衆はその力に対して媚びるだけで自立できないからです。ではアメリカはどうしたらよいかですか。悪人を演じるしかないでしょうね。もし、どうしてもアメリカの力で他国に民主主義を根付かせたいのならです。アメリカが敵役となり、握っていなければ砂になるアラブ人を結束させて、自分たちの力で国を作ったとアラブの人々に思わせなければなりません。自らが正義とは決していえない戦争を何年も何十年も、何千人何万人もの犠牲を払ってアメリカが続ける覚悟がおありですか、苺さん?

私は以前から日本には民主主義の下地があったと主張してきた。第二次世界大戦時の日本が民主主義だったとは言わないが、明治維新直後から、それまで自分は薩摩藩の人間だとか土佐藩の人間だとかいっていた人たちが、自分は日本人だという自覚を驚くべき速さで持ち始めたことは事実である。私は日本海軍の歴史について最近読んでつくづく感じたのだが、日本の文明開化の迅速さは世界ひろしといえども稀に見る速さであり、日本海軍の発達は奇跡に近い。つまり日本は特別例だということをブッシュ大統領並びに西洋諸国は理解すべきだろう。アメリカが日本を占領したとき、日本はすでに20世紀の社会だった。それに比べてイラクはまだまだ7世紀の部族社会なのである。そんなイラクを日本と比べて日本で出来たのだからイラクでも出来るなどという考えは甘すぎる。

イラクのような部族主義の文明的に遅れに遅れをとった国を突然21世紀並の民主国家にするなどという大それた野心を持ったのは過去の歴史を振り返ってもジョージ・W・ブッシュ大統領が始めてである。つまりこの大仕事は誰もやったことがないのだ。こんな前例のないことをやろうというのだから試行錯誤なのは当たり前。

とはいうものの、以前にここでもよくコメントを下さったアセアンさんもおっしゃっていたが、アメリカのいきあたりばったりの政策に付き合わされるイラク人は迷惑至極だという考えもまったくその通りだろう。

だが、これはアメリカの試練であると同時にイラク人にとっても試練なのだ。なぜならばイラクがこのまま7世紀の部族社会として独立国として生存することは不可能だからである。それはアメリカが許さないだけでなく、イランをはじめ近隣諸国やアルカエダのようなテロリスト達が許さないだろう。つまり、これはアメリカが武力で強制的にイラクを民主化するとかどうかという問題ではなく、イラクには民主化する以外に生き延びる道はないということなのだ。

hatchさんは、アメリカが悪役となることでイラク人の心がひとつにまとまるとお思いのようだが、2003年から繰り広げられているイラクでの混乱を考えれば、イラク人の心はアメリカへの憎しみをもってしてもひとつにはまとまらないのだということがお分かりいただけると思う。アルカエダの悪玉であるオサマ・ビンラデンですら、どうしてイラク人は仲たがいをやめてアメリカ打倒のため一致団結して戦おうとしないのかと嘆くほどなのだから。

しかしいみじくもhatchさんがおっしゃっているように、「力で押さえつけた奴隷は、誇りがありません。」と同様に押し付けている側への忠誠心もない。イラクの部族たちがこぞってアルカエダに反旗を翻したのも、アフガニスタンで同民族のパシュトン族が次々にタリバンを見捨てているのも、すべてこれらの勢力が暴力で地元民をコントロールしようとしてるからに他ならない。とすれば明らかにアメリカが悪者となってイラク人を弾圧するのは最悪のやり方である。

アメリカがイラク人に民主主義しかイラクには未来がないと理解してもらうためには、先ずイラク人が平和な暮らしが出来るようになることを保証することが大切だ。アメリカがイラク人の守護神となってイラク人を内外からの敵から守るという保証をすることだ。無論イラクが自立できるように今アメリカ軍がイラク軍を教育しているように、イラクの治安維持の役割を地元軍や地方政治にどんどん代わってやってもらうようにすることも大事である。タリバンやアルカエダのように地元民に恩を着せておいて、部族の義理人情やしがらみを悪用して地元民に無理難題を押し付けてくるのと違って、アメリカ軍やイラク軍はイラク人のために命がけの戦いをするにもかかわらずに、イラク人に求めることといったら法にもとづいた公平な態度だけだということを地元市民に理解してもらうことが大切だ。

私はイラクが日本のような中央政府を設立してイラクの憲法にのっとった民主主義を設立することが簡単に出来るとは考えていない。だが、地元レベルで隣近所が部族の違いを乗り越えてなんとか共存することができるようになれば、それがだんだんと上部の政治にも反映していくのではないかと考える。イラク人はそれがクルドであろうとシーアであろうとスンニであろうと、みんながみんな同じ法律の下で裁かれる公平な社会だとイラク人自身が納得できるような社会ができてくれればそれでいいのだ。

アメリカはイラクに武力で民主主義を押し付けようとしているのではない。武力を使って民主主義を妨げるイラク市民の敵を退治しイラクの文明開化の手助けをしているのである。イラクは大急ぎで7世紀の幼児時代から21世紀の大人へと成長しなければならないからだ。

November 7, 2007, 現時間 7:14 PM | コメント (6) | トラックバック (0)

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日付け → →November 6, 2007

イスラムの危機:テロリズムはイスラムの教えに反する

現代のテロはイスラム教とほぼ同義語になってしまっているので、テロリズムがイスラムの教えに反するなどといっても、そんなことは頭の弱いリベラル連中のプロパガンダとしか受け止められない読者も多いだろう。私がここで何度も紹介してきたロバート・スペンサーなどもその口で、テロリズムこそがイスラムの真髄だなどと平気で言う。だがここでルイス教授はあえて、イスラムは平和な宗教だと主張する。無論、現在世界の平和を脅かしているテロリストがイスラム過激派であることは否定できない。親イスラム教の人間がいくら「イスラムは平和な宗教だ」と言おうとテロリストの信念がイスラム教から派生したものであることは無視できない現実だ。ルイス教授もそのことは充分に認めている。イスラム教が戦いの宗教であることは過激派が好んで使うジハード(聖戦)という言葉に表れている。これについてはコーランの教えを説明するハディース(hadiths)では次のように示されている

ジハードはそなたの義務である、それが神のような支配者の下であろうと邪悪な支配者の下であろうとも。

日夜前線で戦う一日は一月の断食と祈りよりも勝るものである。 殉職者にとって武器による刺し傷よりも蟻の噛み傷のほうが痛い。 なぜなら刺し傷は彼にとって甘く冷たい真夏日の水のように歓迎されるからだ。 この合戦に参加せずに死ぬものは無信心者の死を迎える。 神は鎖によって天国へ引きずりこまれた人々を大切にする。 撃ち方を学べ、的と矢の間は天国の庭だ。 天国は刀の陰にある。

これだけみていると、いったいテロリストの説く言葉とどう違うのだという気がするが、ジハードをするにあたり、戦士はどのような戦闘規則(ROEs)に従わなければならないのかがハディースには明確に記されているという。

捕虜を優しく扱かうことを忠告しておく。 略奪は腐った肉ほども合法ではない。 神は女子供を殺すことを禁ずる。 モスリムはこれらの合意が合法であるとして縛られている。

またユダヤ教とキリスト教から派生したイスラム教は二つの宗教と同じように自殺を堅く禁じている。

預言者曰く、刃で自分を殺すものは地獄の火の中でその刃によって苦しめられるだろう。 預言者曰く、自分の首を吊ったものは地獄でも首を吊られ、自分を刺したものは地獄でも指され続ける... 自分を殺したものは地獄でも同じ方法で、復活の日が来るまで苦しめられる。

つまり、イスラム教徒はイスラム教を守るために戦うことは義務付けられているが、非戦闘員を殺したり虐待することは禁じられている。死を覚悟で戦うことは期待されるが、自ら命を絶つことは許されない。だとしたら、テロリストのやっていることは完全にこのイスラムの教えに反することになるではないか?何故このようなことをしている人間がイスラム教原理主義者だなどと大きな顔をしていられるのだろう?

イスラム過激派もいくつか種類が分かれる。サウジ体制の先制原理主義、イランの革命主義、そして無論アルカエダ過激派。どれもイスラム教の名の下に行動してはいるが、彼らの説くイスラム教はコーランを自分勝手に都合のいいところだけを選りすぐり、自分らの行動に都合の悪い部分は割愛するという、かなりいい加減なものだとルイス教授は指摘する。その典型的な例として教授は1989年の2月14日にイランのアヤトラ・ホメイニが小説家のサルマン・ラシディに向けて発布した「ファトワ」を挙げている。これは、ラシディが預言者モハメッドを冒涜する著書を書いたとしてホメイニがラシディの首に三百万ドルの賞金をかけた事件だが、暗殺者を雇って犯罪者を殺させるなどという行為はおよそファトワとは似ても似つかないものだそうだ。ファトワとは言ってみればシャリア法の起訴のようなもので、その後に容疑者は裁判によって裁かれ有罪となれば罰を言い渡されるのが筋である。ファトワの段階で罰を言い渡すだけでも違法なのに、暗殺者を募って容疑者を殺させるなど歪曲にもほどがあるのだ。

非戦闘員を大量に殺し自殺までする自爆テロにおいてはイスラム教の教えをいくつも違反していることは言うまでも無い。そういう人間を殉職者などと美化した言葉で呼び、自爆後には天国へ行って72人の乙女に囲まれるなどと、よくもまあ見え透いた嘘が言えるものである。

私は911直後にイスラム教諸国からテロリストを糾弾する声は何度か聞いたが、彼らのテロリストへの批判は必ず条件付だった。「テロリストは悪い、、だが、、」「罪の無い人々を殺すのは良くない。だが、、、」この「だが」の後につくことによって、これらの批判は何の批判にもなっていないことが常であった。つまり、「テロリストは悪い。だが最大のテロ国家はアメリカだ」「罪の無い人々を殺すのは良くない。だがアメリカに罪の無い人間などいない」といったように。

しかしこのように自分達の都合のいいように適当にコーランの解釈を変えられるというのであれば、私が考えてきた以上にイスラム教の穏健化には希望が持てることになる。自分らを原理主義などといって悪行の限りを尽くしている過激派は、実は原理主義どころかイスラムの教えから完全に離れた背信者であると穏健派は一般のイスラム教徒を納得させる必要がある。ミスター苺は最近、ジハードという言葉を使わず背信者という意味のハラビという言葉をつかってテロリストを表現するようにしている。我々異教徒がそのようなことをいくらやっても無駄なような気がするかもしれないが、実はそうではないと我々は考える。

これまで欧米諸国はイスラム教過激派に迎合しすぎてきた。彼らが自分達の戦いを聖戦と呼んだり、自分らの聖戦士だの勇士だのと呼んでいるのをわけもわからず彼らの言葉で繰り返してきた。我々は今後そのようなことをせず、テロリストはテロリストと彼らの言葉で呼んでやるべきである。彼らをジハーディストだのムジャハディーンだのと呼んで相手を讃えるべきではない。コーランを持つときにわざわざ手袋をするような自分らが卑しいものだというような態度を示すのは止めるべきである。そして我々は自分らのことをインファデル(無信心者)などと呼ばずに、きちんと彼らの言葉で「聖書の人々」と呼び、自分らの宗教に誇りを持った態度を見せるべきである。対テロ戦争は熱い戦いと共にプロパガンダ戦闘でもあるのだ。我々がテロリストを打倒したければ、そのどちらの戦場でも勝たねばならない。

イスラム教過激派はイスラム教の名のものとに西洋に宣戦布告をした。彼らの解釈はコーランの正しい解釈のひとつである。だが、テロリストを正当なイスラム教徒として扱ってはならない。テロリストを原理主義者などと呼んではいけない。コーランの解釈はひとつではない。長くつづられたコーランのなかには戦争を唱える箇所もあれば平和を唱える箇所もある。他宗教に寛容となり、弱いものを守り無実の人間を傷つけてはならないという教えもイスラム教の原理なのである。イスラム教徒の中には、西洋文化の落ち度も理解しながら、また自分らの社会の弱点を捉えながら近代化を進めようとしている人々がいる。前者とは戦い以外に道はない。だが、後者とは歩み寄れる。我々現代人はこの二つのグループを十分に見極める目を養ない、穏健派を出来る限り応援しなければならない。

これは現在イラクで行われているCOIN(対反乱分子作戦)の重要な鍵となるだけでなく、将来我々がイスラム教全体を敵に回すような大悲劇を起こさないためにも非常に大切な知識なのである。

November 6, 2007, 現時間 7:31 PM | コメント (1) | トラックバック (1)

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日付け → →November 5, 2007

イスラムの危機:近代化に失敗したイスラム諸国の悲劇

近代化に失敗したイスラム諸国の悲劇

この著書の一番大切な章はなんといっても第七章のA Failure of Modernity 「近代化の失敗」である。イスラム教諸国のほとんどの国が独裁政権下にありそれゆえに貧困に苦しんでいる。しかしこれらの国々の指導者達は自分らの無能な政策から目をそらすために、自分らが貧乏なのは欧米のグローバリゼーションのせいだといってまったく反省しない。政府経営のアラブメディアは必ずその最大の原因としてアメリカの経済進出を指摘する。しかしアメリカの経済進出がアラブ諸国の貧困の原因ならば、同じようにアメリカの経済進出を体験している極東アジアの経済発展の説明がつかない。

高い出生率に伴わない低い生産力が災いして若者の失業率はイスラム諸国では深刻な問題になっている。職にあぶれてすることのない欲求不満の若者が溢れる社会は非常に危険である。しかもイスラム諸国の若者は自由に女性とデートできないので、逆立った心を慰めてくれる人もいない。国連や世界銀行の調査ではアラブ諸国は、新しい職種、教育、技術、そして生産力などすべての面で西洋社会から遅れているだけでなく、西洋式近代化を受け入れた韓国や台湾、シンガポールといった極東アジア諸国からも遅れを取っている。

こうした比較調査におけるイスラム諸国の数値は悲劇的だ。一番高い順位を持つトルコでさえも6400万の人口で23位。人口がそれぞれ5百万のオーストラリアとデンマークの間である。次が人口2120万人のインドネシアが28位。人口450万のノルウェーの次だ。イスラム諸国の中での購買力はインドネシアが一番で15位。その次がトルコの19位である。アラブ諸国ではサウジアラビアが最上位で29位でエジプトが次ぎに続く。生活水準ではQatarが23位、United Arab Emiratesが25位、クエートが28位。

教養面でもイスラム諸国は非常に遅れている。世界の書籍の販売率で上位27位のうち、アメリカの最高位とベトナム27位の中にイスラム諸国は一国も含まれていない。国連の調査によるとアラブ諸国は毎年約330冊の外書を翻訳するが、これはギリシャの約五分の一だという。アラブ諸国が翻訳した書籍の数は9世紀から現代までなんとたったの10万冊。これはスペインが一年で翻訳する書籍数と同じである。

国民生産率GDPになってくるともうアラブ諸国は目も当てられない状態だ。1999年のアラブ諸国合計のGDPは5312億ドルだったが、この数はヨーロッパのどの一国のGDPよりも少ない。学問の上でも専門書の引用さえるような科学者はアラブ諸国からほとんど出ていない。

以前にエジプトの学生の書いていたブログで読んだことがあるのだが、毎年発表される世界中の大学の位置付けのなかで、アラブ諸国の大学がひとつも含まれていないことについて、アラブのメディアが良く文句を言っているが、アラブ諸国の大学からは優秀な学者が一人も出ていないのだから当然だというような内容だった。つまり、アラブ諸国に人々が自分達が西洋や極東からも遥かに遅れをとってしまったことを痛感しているのである。以前ならばこのようなことは知らずに済んだかもしれないが、今の情報社会、このような調査はすぐに世界中に広まる。多少なりとも学識のある人なら自分達がどれほど世界から遅れをとっているか感じないはずはない。

政治の近代化も同じく惨めな状態だ。いや、場合によってはもっとひどいかもしれないとルイス教授は語る。アラブ諸国はそれぞれ、それなりに民主主義のような政策を多かれ少なかれ取り入れてきた。イランやトルコのように内部の改革者によって試されたものもあれば、撤退した帝国によって押し付けられたものもある。しかしどれもこれもその結果は芳しくない。アラブ諸国でただ一つ一応機能した政策はナチスドイツやソ連をモデルにした一党独裁制のみである。フセインイラクやシリアのバース党がその名残といえる。

これではアラブ諸国の人々が近代化に希望を失うのは仕方ない。しかし問題なのは彼らが近代化をどのように間違って行ったのか、どうすれば正しい近代化を進めることが出来るのか、といった質問がされないことだ。彼らの答えは常に「近代化そのものが間違っているのだ。イスラム教の原点を忘れたことがいけなかったのだ。」となるのである。古いイスラム教のしきたりが近代化の妨げになっていないだろうか、などということは死んでも考えない。アラブ諸国の人々は自分達と外の世界の人々の間の溝がどんどん深まってきていることを意識している。そして自分達のみじめな生活環境への怒りは自然と自分達の指導者へと向けられる。そしてその怒りはそのリーダー達の地位を保ち続けている西洋社会へと向けられるのである。リーダー達が親米であればあるほど、市民の米国への反感は強まるのだ。

911の犯人達が、比較的親米な政権を持つサウジアラビアやエジプトの出身であるのも決して偶然ではない。無論正常な外交関係のある国からなら訪米ビサが取りやすいという理由もあるが。

November 5, 2007, 現時間 7:29 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 4, 2007

イスラム教の危機:アメリカにまつわる歴史的誤解

アメリカにまつわる歴史的誤解

さてここで、アメリカとイスラム諸国との歴史で、一般的に誤解されているいくつかの点を上げてみたい。実は私自身も知らなかったことや不思議思っていたことが結構あったので、これは非常に興味深い部分だと思う。

先ず現在のイラン大統領、マフムッド・アクマディネジャドを含むイラン人学生がテヘランにあったアメリカ大使館を占拠し、警備員や職員を数名殺した後、残りの50余名を444日も拘束したあの事件だが、これはイランの宗教革命後アメリカと新イラン政府との間が険悪になっていたことの現れであるとされているが、実はそれはまったく逆であるとルイス教授は語る。

この話の発端は、1953年当時のモサデック政権にさかのぼる。当時国民から厚く支持のあったモサデック政権は石油利権を国営化しようと試みていた。無論そうなれば外資系の投資会社はすべて締め出されることになる。しかもソ連がモサデック政権に強く肩入れしてきていることもあって、英米が共謀してシャー国王の承認を得てモサデック政権を倒すべくクーデーターを企てたとされている。しかしクーデターは失敗に終わり、シャー国王は国外へ逃亡した。しかしその後何故か世論はモサデック政権よりもシャーを支持するように変化、特に軍隊がシャーを支持したため、モサデック政権はザヘディ政権に取って代わられ、シャーは英雄として帰還した。

しかしイスラム過激派はシャーをアメリカの傀儡と考え、シャーの世俗的な政治は西洋の腐敗した文化でイランを汚染しているとし、亡命中のアヤトラ・ホメイニを中心としてイランで宗教革命を起こした。ルイス教授は指摘していないが、このとき民主党のカーター大統領はイランのシャー政権がどれほどアメリカにとって大事であるかをきちんと把握していなかった。リベラルな生半可な正義感を持ったカーター大統領は、先代のイラン内政干渉に批判的でイランに潜入していたアメリカの諜報部員らをすべて引き上げさせた。そのおかげでCIAもカーター政権も1979年にホメイニの宗教革命がイランでくすぶり始めていることを察知できず、起きたときは寝耳に水という無様な結果となったのである。

カーター政権はアメリカが後押しをしたシャー国王を見捨て、シャーをアメリカへ亡命させることさせ許さなかった。アメリカは利用できるときだけ利用して、価値がなくなると簡単に見捨てるという評判が立ったのもこのことが大きな原因となっている。これは敵側に怒りと軽蔑を沸き立たせる「危険なコンビネーション」だとルイス教授は語る。

さて話を元に戻すが、ルイス教授が1979年の11月にイスラム教過激派の学生達がアメリカ大使館を占拠した理由はアメリカとイランの関係が険悪していたからではなく、良くなっていたからなのだとする理由は、当時の人質の話しや選挙した学生の供述などから次のことが明らかになったからである。実は1979年の秋、比較的穏健なイランのMehdi Bazargan首相がアルジェリア政府を仲介にしてアメリカのセキュリティアドバイザーと会見した。その時二人が握手しているところが写真に撮られているという話だ。もしこれが事実だとすれば、過激派にとっては危険な状態である。せっかくアメリカの傀儡政府であったシャーの王権を倒したにもかかわらず原理にもどるはずの宗教革命後の政権が再び偉大なる悪魔と手を結ぶなどと言うことは許されてはならない。というわけで学生達はアメリカ大使館を占拠することによって、アメリカをイランから追い出し、今後のイランとアメリカの外交を不可能にしようとしたのである。そしてこの作戦は成功した。アメリカはイランから引き上げ、28年たった今だに正式な外交は行われていない。

ところで、アメリカ大使たちを長期にわたって拘束した学生達は、当初、拘束はほんの数日の予定だったのだという。その計画が変わったのは、カーター大統領によるイランへの直接的な報復はありえないということが、弱腰なカーターの嘆願声明によって明らかになったからだと言う。ここでもカーターのリベラル政策によってアメリカは敵に侮られたと言うわけだ。あの時もしもカーター大統領が人質を即座に返さなければ軍事攻撃もありえるとひとつ脅しでもかけていれば、人質はすぐにでも帰ってきたのかと思うと、まったく忌々しいったらない。カーター大統領が共和党のレーガン大統領に大敗した後人質が返された理由は、レーガン大統領になったらアメリカの政策が変わるかもしれないとイラン側が恐れたからだと言う。

相手にいい顔を見せれば解ってもらえるなどと言う甘い考えがイスラム過激派にどれだけ通用しないかをアメリカ人はここで学ぶべきだった。しかし911以後のアメリカでもまだ「話せば解る」などといってる甘い人間がいるのだからあきれる。

敵に甘いという話なら、湾岸戦争の頃から私が常に疑問に思っていたこととして、パパブッシュ(第41代アメリカ大統領)がフセイン政権を倒さなかったことがある。あの時フセインをあそこまで追い詰めておきながら、何故バグダッドまで侵攻してフセイン政権を倒さなかったのか。なぜフセイン政権に反発していたクルド族やシーア派の反乱分子をけしかけておきながら、土壇場になって彼ら見捨て、我々の目の前で彼らが無残にもフセインに虐殺されていくのを見殺しにしたのか、私にはまったく理解できなかった。

(アメリカの)この行動、というよりむしろ無行動、の背後にあるものを見るのはそれほど難しくない。勝利を得た湾岸戦争同盟軍がイラク政府の変革を望んでいたことは間違いない。しかし彼らが望んでいたのはクーデターであり、本格的な革命ではなかった。本物の人民蜂起は危険だ。それは予測できない無政府状態を起こす可能性がある。それが民主的な国家となるという我々のアラブ「同盟国」にとっては危険な状態になりかねない。クーデターなら結果は予測がつくし都合がいい。フセインに代わってもっと扱いやすい独裁者が、連合国のひとつとして位置してもらうことが出来るからだ。

イラク戦争後の復興でイラクが混乱状態になったことを考えると、当時の政治家達の懸念は決して被害妄想ではなかったことが解る。だがどんな独裁者であろうと自分らの都合の良い政権を支持するという方針はこれまでにもことごとく失敗してきた。湾岸戦争で大敗し弱体したはずのフセインは、政権を倒されなかったことを自慢して偉大なる悪魔にひとりで立ち向かって勝利を得たと近隣諸国に吹聴してまわった。フセインをハナであしらえると思ったアメリカは完全に馬鹿をみた。だいたい傀儡政権ほどあてにならない政権は無い。傀儡政府が独裁者なら耐え切れなくなった市民によって倒される危険があるし、また政権自体が常に我々の敵と裏工作をして寝返る企みをし、我々の隙を狙っては攻撃する用意を整えているからだ。表向きは都合のいいことをいいながら、裏でテロリストと手を組んでアメリカ打倒を企だてていたフセインはその典型だ。傀儡政権ではないが、独裁政権ということで、私はサウジアラビアもパキスタンも信用していない。

パパブッシュの息子ジョージ・W・ブッシュが、イラクの政権交代を強行しイラクに民主主義の国家を設立すると宣言したのも過去の過ちから学んだからである。イラク戦争においても、フセインを別の独裁者と挿げ替えて、傀儡政権を通してイラクを統治してしまえばいいという考えが保守派の間ではあった。また、イラク戦争はイラクの石油乗っ取りが目的だったという反戦派もいた。だが、ブッシュ大統領は、これまでアメリカに好意的だというだけで我々が悪徳な独裁者に目を瞑ってきたことがどれだけ間違いであったか、今後平和な世界を作り出そうと思ったら世界中に本当の意味での民主主義を広めなければならない、と語ったことは本心だった。だからこそイラクで主な戦闘が終わった時点ですでに存在していたイラク軍や警察やバース党をそのままにして頭だけ挿げ替えるという簡単な方針を取らずに、民主主義国家設立のために大変で面倒くさいことを一からやり始めたのである。今は確かに苦労するが、長い目でみたらこれが一番確実なやり方だからだ。

我々がイラクを攻めなければならなかったもうひとつの理由は、長年にわたるカーター(民主)、レーガン(共和)、クリントン(民主)の中東政策により、イスラム諸国では「アメリカは戦わない」という強い印象を打ち砕くためである。湾岸戦争を率いたパパブッシュ大統領(共和)でさえ、圧倒的戦力を有しながら根性がなかったおかげでフセイン政権を倒すことが出来なかったと歴史は書き換えられてしまったのだ。イスラム過激派に慈悲など通用しない。こちらの戦争へのためらいは単なる弱さと解釈されるだけだ。ビンラデンが911攻撃を計画した理由として、カーターの大使館占拠に対する無報復、レーガンのレバノン海兵隊宿舎爆破事件後のレバノン撤退、クリントンのブラックホークダウン後のサマリア撤退、を挙げて、「アメリカに戦う意志はない」と判断したことを挙げている。下記は1998年にビンラデンがABCニュースのインタビューでその本心を明かしたものである。

我々は過去10年間に渡りアメリカ政府が衰退し、アメリカ兵士が弱体化するのを見てきた。冷戦に対応する準備は出来ていても長い戦いへの用意は出来ていない。また彼らがたった24時間で遁走できることも証明された。これはサマリアでも繰り返された。我らの若者はたった数発の打撃で負かされて逃げ帰った(アメリカ兵)に呆れた。アメリカは世界のリーダーたるもの、新しい世界のリーダーであることを忘れてしまっている。彼らは彼らの遺体を引きずりながら恥かしくも退散したのである。

次回へ続く。

November 4, 2007, 現時間 7:19 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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イスラムの危機:アメリカが「偉大なる悪魔」といわれる理由

引き続き、バーナード・ルイス著の「イスラムの危機」について話をしよう。

アメリカが「偉大なる悪魔」といわれる理由

よくイランの大統領をはじめ、イスラム過激派の連中はアメリカのことを「偉大なる悪魔」と言って忌み嫌う。歴史的にみて、別にアメリカはイスラム教諸国の伝統的な敵というわけではない。アルカエダが好んで我々を呼ぶ「十字軍」も正しくはヨーロッパのキリスト教徒であり、アメリカが生まれるずっと以前の歴史であるし、スペインからムーアが追い出されたことにしても、オトマン帝国の衰退にしても、トルコをはじめ中東を牛耳っていたのはイギリスやフランスであり、アメリカは無関係だ。イスラエル建国の経過にしたところで、アメリカ政府はまったく関知していなかったばかりでなく、建国後のイスラエルとの外交にも非常に消極的だった。イスラエルがアラブ諸国から攻められたときはイスラエルへの武器輸出を禁止したりしていたくらいである。

アメリカはイスラム教にとって敵であるどころか、サウジアラビアやクエートを世俗主義のサダム・フセインの手から救ったこともあるし、キリスト教のサルビアからイスラム教のアルベニアを守ったこともあるではないか?何故そのような善行はまったく感謝されるどころか認識すらされず、他の西洋諸国の過去の行いの責任を何故まだ建国もされていなかったアメリカにおしつけられるのであろうか?

ルイス教授は実はこの反米意識ははじめはドイツ、そして後にソ連によって広められた意図的な意識であったことを指摘する。先ず1930年代のRainer Maria Rilke, Oswarld Spengler, Ernst Junger, Martin Heideggerといったドイツのインテリ作家たちによる歪んだアメリカ像が当時のアラブのインテリを感化した。無論ナチスの思想はシリアのバース党といったファシスト達の間で人気を呼んだ。ドイツはイラクに親ナチスの政権を作ろうと努力していた時期もあったほどだ。イラクやシリアのバース党の基盤はこの頃に始まる。当時ドイツの思想家たちが広めた「アメリカには独自の文化がない何もかも人工的だ」という思想はいまだにバース党の間ではよく口にされる。

ナチスドイツが滅びた後、反米思想を取って代わったのはソ連である。ソ連は決してアラブの友人ではない。だが何故かソ連が親共産主義の政権を作ろうと広めた反米プロパガンダだけはソ連が滅んだ後も根強くアラブ諸国に残ったのである。

無論アメリカにまったくなんの責めもないのかといえばそうとは言えない。1970年代から冷戦が終わった1990年初期に至るまで、アメリカの方針はソ連牽制優先だった。だからソ連に敵対している国であれば、その国がどのような独裁者によって支配されていようともアメリカは協力関係にあった。そのいい例が革命戦争以前のシャー国王であり、イラク・イラン戦争当時のサダム・フセイン大統領である。小さいところではフィリピンのマルコスやパナマのノリエガなどがある。今となれば、この方針は大失敗だった。

イスラム教徒が近代化を拒む理由のひとつに、イスラム教諸国を支配した世俗主義の独裁政権がある。これらの独裁政権は近代化と世俗主義をうたい文句に国民を弾圧した。アメリカ及び西側諸国は彼らが共産主義ではないというだけで援助したため、イスラム諸国の人々にしてみれば、アメリカこそが極悪な独裁政権の大本なのであり、近代化こそが自分らの不幸の原因なのだと考えたとしても理解できないことはない。このことについてはまた後ほど詳しく話したい。

しかしなんといってもイスラム教過激派がアメリカを嫌う一番の理由はアメリカ人が生活の根本として持っている西洋文化そのものであり、それのもたらすイスラム教への脅威なのだ。よく、ミスター苺はアメリカの文化はボーグ文化だという。ボーグとはスタートレックというアメリカの人気テレビSF番組の中に出てくる宇宙人だが、彼らはどのような星も征服し、その星の星人を身も心もすべてその共同体に取り入れて融合してしまう力を持つ。彼らの口癖は「抵抗は無駄だ。融合せよ」。アメリカの文化とはいい意味で多文化を融合して、より強くなっていく文化である。アメリカが熔解の鍋と言われる所以だ。この文化に感化されると、元の文化はもとの姿を保つことが出来ず、必ずアメリカ化してしまう。それほど誘惑的な力を持つのである。まさに「抵抗は無駄」なのである。

イスラム教過激派達はそのアメリカ文化の脅威を正確に理解しているのだ。一旦アメリカ文化に染まれば、彼らの求める回教の支配する世界など望めない。だからこそ彼らはアメリカを憎むのである。アメリカがアメリカであること、それが彼らにとって最大の脅威なのである。

次回に続く。

November 3, 2007, 現時間 7:08 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →November 2, 2007

イスラム教の危機:西洋は神の敵という概念

また一週間ほどネットアクセス不能になるので、今回は中東文化研究では第一人者として知られるバーナード・ルイス教授著のThe Crisis of Islam 「イスラムの危機」を特集したいと思う。

ルイス教授は以前にもWhat Went Wrong?「なにがいけなかったのか」という著書のなかで、一時期は飛ぶ鳥を落とすような勢いで文明の最先端を行き、他宗教にも比較的寛容で、軍事力も圧倒的勢力を誇っていたイスラム文化が、なぜ欧州に追い抜かれ衰退の憂き目を見たのかをつづっていた。今回の「イスラムの危機」はその続編ともいうべきもので、イスラム社会が押し寄せる近代化の波に巻き込まれ、近代化への失敗に失敗を重ねた末、その葛藤の苦しみに耐え切れず近代化を拒絶し、近代化をもたらした西洋諸国(特にアメリカ)を敵視するようになった経過が説明されている。

西洋は神の敵という概念

911が起きたとき、私は無論アメリカによるアフガニスタン攻撃を支持した。なぜならば、911直後のアルカエダの親玉であるオサマ・ビンラデンのスピーチを聞き、彼らは私たちが私たちであること自体が許せないのだということを知ったからだ。そのような敵とは交渉の余地はない。そのような敵とは滅ぼすか滅ぼされるかの二つに一つしかないからである。ルイス教授もイスラム社会の西洋に対する敵意は単に特定の国が特定の行為をしたというようなことに限らないという。

この憎しみは特定の興味や行為や政策や国々への敵意を越えたものであり、西洋文化への拒絶につながる。この拒絶は西洋文化がしたことへの拒絶と言うよりもそのような言動をもたらす西洋文化の価値観そのものへの拒絶なのである。このような価値観はまさに生来の悪とみなされそれを促進するものたちは「神の敵」であると考えられるのだ。

この神に敵がいて、信者が神の手助けをしてその敵を排除しなければならないという考え方は、イスラム教徒以外の現代人には、それが仏教徒であろうとキリスト教徒であろうと世俗主義者であろうと、不思議な概念である。しかしオサマ・ビンラデンのみならずイスラム教過激派はイランの大統領をはじめ常に「西洋社会は神の敵」というテーマを繰り返している。

もともとイスラム教創設者のモハメッドは宣教師であるだけでなく、統治者であり戦士であった。イスラム教は戦争によって他宗教を打ち倒すことによって創設された宗教といってもいい。だからモハメッドの軍隊は神の軍隊なのであり、モハメッドの敵は神の敵というわけだ。

となってくると西洋社会に自然と沸く疑問は「イスラム教は西側の敵なのか?」ということになる。以前に私はロバート・スペンサーの著書を紹介したときに何度も西側諸国はイスラム教を敵に回してはならないと主張した。だがもしイスラム教徒自体が西側の文化そのものを「神の敵」とみなしているとしたら、我々は彼らを敵に回さないわけにはいかないのではないだろうか?一部のイスラム教徒を味方にしてテロリストとだけ戦うということは可能なのだろうか?

ルイス教授はイスラム教は西洋の敵ではないと言い切る。ソ連亡き後、世界を脅かす危険な勢力としてイスラム教が台頭したという考えも、西側諸国のこれまでの悪行に耐え切れずに善良なイスラム教徒らは止む終えず西洋の敵に回ったのだという考えも、その要素に多少の真実があるとはいえ危険なほど間違った考えだと教授は言う。

November 2, 2007, 現時間 7:06 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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イランの隠し兵器、テロリスト

アルカエダはアメリカ軍の激しい攻撃のおかげで(NATO及びイラク軍の活躍も忘れてはならないが)その勢力は衰退しつつある。しかし現社会にはびこるテロリストはアルカエダだけではない。レバノンで反対政党の政治家をどんどん暗殺しているシリア攻撃犬ヒズボラは去年のイスラエルの攻撃にもかかわらずその勢力は増すばかりである。もしもアメリカがイランと本気でやりあうつもりなら、ヒズボラの脅威を充分に念頭に入れておく必要があると、ベルモントクラブのレチャードは警告する。

イランが面と向かってアメリカと戦争をやるとなったら勝ち目はないが、イランがヒズボラのような手先を使って世界中のアメリカ関係の施設を攻撃するというやり方にはかなり効果があるだろう。イランにはヒズボラのほかにも諜報と警備担当の省Ministry of Intelligence and Security (MOIS) 、イスラミック革命団Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC)、クォッズを含む特別部隊などがある。

無論アメリカの民主党はイランとの戦争は絶対にやってはいけないと言い張る。しかし最初から武力行使はありえないと宣言することほど愚かなことはない。イランの学生が1979年にアメリカ大使館を占拠し人質を444日間も拘束したというのも、アメリカから何の報復もなかったからだと後で誘拐犯の学生達が白状しているくらいだ。

イランはアメリカと対等に外交などする気は毛頭ない。アメリカが武力で脅かしてこそイランは交渉の座に付くのだ。アメリカが外交優先で武力行使をほのめかさなければ、経済制裁の復讐としてイランおかかえのテロリストたちが欧米で暴れまくるのは火を見るより明らかである。

November 2, 2007, 現時間 2:04 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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