カテゴリー → →移民問題

July 17, 2008

カネオヘ湾でカヤックと格闘した苺畑夫婦

旅行記 , 日常の出来事 , 移民問題

ミスター苺はいつもカカシに冒険的なことをやらせたがる。私としてはワイキキビーチでマイタイをすすりながら寝そべっているだけで充分なのだが、ミスター苺は何か危ないことをやってないと気に入らないひとだ。しょうがないので今日はカネオヘ(Kaneohe Bay)湾にてカヤック乗りに挑戦することとなった。こちらにゴージャスな写真が載っているので参照のこと)

我々は「ゴーバナナ(Go Banana)」というカパフル通り(Kapahulu Avenue)にあるカヤックのレンタル店でカヤックを借りた。店の店員が車の上にカヤックを結びつけるやり方を簡単に教えてくれた。借り物だ、失くしてしまったら元も子もない。海水と日差しですっかりこんがらがっている長い金髪の日焼けしすぎの若い店員は、我々に救命チョッキと、ドライバッグという防水の袋を渡した。それが済むと我々はずらずらと注意事項が並んでいる書類に何枚も署名させられた。しかも万が一の時にお店には全く責任がないという内容のものばかり。 待てよ、救命チョッキは常備着用とか、なにがあってもお店を訴えるナとか、もしかしてカヤキングてそんなに危険な活動なの?「もし転覆したどうなるの?」とミスター苺が店員に聞くと、お兄ちゃんは今日の海はとっても静かだから全く問題ないよと答えた。「第一、ずっと浅瀬だもの、歩いたって大丈夫なくらいだよ。」救命チョッキも着ていることだし、もし転覆してもちょっと濡れるだけの話、どうってことないさ。

なんだか心もとない保証だなあ。私は100%安心したわけではないのだが、すでにカヤックは車の屋根にくっついてしまっているし、今更行きたくないなどというわけにもいかない。ま、しょうがないか。

カノエヘ湾を見つけるのは全く問題なかった。しかしカヤックを駐車場から桟橋まで運ぶのは一苦労だった。店員はカヤックはたったの70ポンドだとミスター苺に言ったという。カカシは自慢ではないが、長年にわたってかなりの筋トレをしていきたのでミスター苺と半分づつの35ポンドくらいの重量を運ぶのはなんということはない。だが、二人がかりでこれだけ苦労して運んだこのボートがたかが70ポンドだなんてことは絶対にありえないと断言できる!

えっちらおっちらとふたりでふらふらと長~い道のりを苦労しながらカヤックを運んだのに、何と着いたところはボートの出発点でカヤックを始めるところではなかった!カヤックの出発点はカヌービーチというところ。そんなこと誰も教えてくれなかったじゃないかあ~、などと言ってみても遅い。「せっかくここまで来たんだから、ボートランチでもええやん、ここから始めよう」とカカシ。なにせカヌーランチまでは今来た道を引き返したうえに、別の桟橋まで運ばなければならなかったからだ。しかしモーターボートや中型の船が出港するボートランチからのカヤック出航はたいへん。なにせこれらの大型船に轢かれない様に必至で漕がなければならなかったからだ。

我々の目的地はカパパ島、浜辺から2.25マイル沖合いの島だった。

言い忘れたが我々は二人乗りのカヌーに乗っていたので、最初はお互いのパドルがぶつかりあったりして進み方はかなりゆっくりだった。しかし、だんだんとリズムがわかってきて結構スムーズに進むようになった。ミスター苺によると、途中に沈没した島があるという。私にはそれがどういう意味なのか解らなかったのだが、とつぜん海の色が深い青から薄い緑色に変化した。しかも海底がすぐそばに見えてきたのである。カヌーのすぐ下にさんご礁が見えた。まるで丘の上を浮かんでいるようだった。

ここでミスター苺は、この沈没した島の上を歩いてみようと言う気になった。それはそれでいいのだが、彼は私にそれを言わずに突然カヤックから飛び降りた。私が何事かとおもって振り向いたのがいけなかった。バランスを崩してカヤックは半回転して、あっという間にカヤックの中にはいっていたお弁当もペットボトルもカカシともども海の中。

エメラルドの海面から見たときは、海はかなり浅く見えたが、実際には4フィートくらいの深さだった。私の背が5.2フィート(158センチ)だから4フィートなんてどうってことないと思うかもしれないが、救命チョッキを着ているうえに、波が結構あったので、我々は自分達の体を思うようにコントロールできない。まるでコルクのように海に浮かんで波が来るたびに上がったり下がったりしてしまうからである。我々のパーカやペットボトルやTシャツやお弁当が、どんどん波に乗って遠ざかっていくのを泳いで追いかけるのは一苦労だった。

なんとかパーカとシャツとお弁当は取り戻したが、水の入ったペットボトルの一本は逃してしまった。今日一日二人で一本のペットボトルで過ごさなければならない。しかも我々はまだカヤックの上ではなく海の中である。

カヤックに乗るのはおもったより容易なことではなかった。まず最初に私はカヤックの片方につかまって足をかけて乗りあがろうとしたのだが、足をカヤックにかける度にカヤックが回ってしまう。それでミスター苺がカヤックの一方を押さえている間に私が乗りあがる方法を試みた。

何回かこれを繰り返すうちに、私はなんとかカヤックに乗ることができた。今度はミスター苺の番である。ミスター苺は右側から乗るので私に左側に重心を置けと言った。しかし彼が左に傾けと言ったとき、私は傾きすぎてしまい、あっという間に再び海のなか。 なんてこった、また元の木阿弥だ。

そこで今度は、ミスター苺が最初に乗って、私を引っ張り上げるのがいいのではないかと考えた。しかしこれもミスター苺が乗ったと思ったとたん、カヤックは転覆。三たび我々は海の中である。

ここまで来ると私は多少不安になってきた。我々は浜辺からは1マイル以上離れた場所に居る。もしこのままカヤックに乗れなかったらどうなるのだろうか? 三度めの正直でまた私が先にカヤックに乗った。ミスター苺が乗るときも私はあまり重心を変えないように努力した。なんとか彼が乗り上げて、「やったー!」と万歳をした途端にバランスが崩れてまたもやカヤックは転覆。もう、ちょっといい加減にしてよ!

ミスター苺がぜーぜー言いながら私に怒りを押さえつけながらゆっくり言った。「よし、カカシ、お前が最初に乗れ。俺が乗るときは何があっても身動きするな!じっとしてろ、いいな!」カカシはこの時点で半分パニックに陥っていた。しかし今度はなんとか二人とも無事にカヤックに乗りあがることが出来た。ここではじめて気が付いたのだが、なぜかこの間私のサングラスはずっと顔についたままはずれなかった!結局失くしたのは飲料水のペットボトル一本だけ。

もうこの時点でカカシは島へいくことになど完全に興味を失っていた。第一浜辺からこれ以上遠ざかってまた転覆したどうするのだ?私はすぐにでも引き返したい気分だった。 しかしミスター苺は断然やる気。引き返すなんてとんでもない。「せっかくあんなに苦労したのに、引き返すだって?冗談じゃないよ。第一、、」すでに我々は半分以上島に近づいている。このまま島へいったほうが引き返すよりも近い。「ここまで来て引き返したら絶対後悔するぜ。」まあ、そういわれてみればそうだが、、結局ミスター苺の説得に負けて我々は島へ向かった。

信じ固いことだが、浜辺から島へむかう途中の海はほんの3フィートから4フィート程度の浅瀬だった。しかしながら目的のカパパ島に近づいてくると波のクロスファイアーに出会った。これは沖からの波が島にあたって島の両側から波が島を囲むようにして向かってくることを言う。わたしたちのカヤックはちょうど両側の波がぶつかり合うところに入っていったのである。

ガイドブックではこのことを警告していたが、本で読むのと実際にその場にいるのとでは大違い。両側からの波が押し寄せるため舵がとれない。しかしこの当たりで海は非常な浅瀬になり、船が転覆するのも不可能なほどになっていた。パドルが海底にあたるほど浅くなったので、私たちはカヤックから降りて島までカヤックをひっぱることにした。

ところが遠くからは柔らかな砂浜に見えた浜辺は、実は砕かれた珊瑚礁につつまれていた。カヤックを引き上げるには最低の場所だったが、今更しょうがない。浜辺にあがってカヤックをヒッパタ時、勢いがつきすぎて珊瑚礁のなかに尻餅をつき、腕や足が珊瑚礁でひっかかれて切り傷だらけになった。でもとにかく丘の上だ!

カヤックを上げるのに苦労しているのを見かねたのか、島にいた若い男性が手を貸してくれた。男性にはイギリスなまりがあるように思えたが、ミスター苺は南アフリカ訛りじゃないかと言っていた。この男性と友達の過ヤッキングクラブの仲間はこの島にキャンプしているのだという。私たちは少しゆっくり島で休んでから帰るつもりだと言うと、今は静かだが天候は急に変わるので、今日中に帰るつもりならあまり島に長居をしないほうがいいと忠告してくれた。そこで私たちは急いでお弁当のサンドイッチを食べ、数枚写真を撮り(カメラは何度もの転覆を無事生き延びていた)イギリス人の男性に二人の写真を撮ってもらい小島を後にした。

帰りは行きよりもずっと楽だっった。それというのも波は岸に向かってなびいていたからで、何もしなくても風が私たちを押し流してくれたからだ。時々波が後ろから忍び寄ってきて思いも寄らぬサーフィンをするはめになったが、転覆するほどのひどさではなく助かった。

ただ困ったのは、ところどころ海底が非常に浅くなったため、カヤックが底についてまったく身動きしなくなってしまったことだ。所によってはその浅さほんの1フィート(30センチくらい)!観光客がボートから降りて我々のカヤックの周りを歩き回っていた。海のまんなかで歩けるほど浅いところがあるなんて、不思議なところだ、まったく。

行きはこんなことには気がつかなかったところをみると、どうやら潮が引いたとみえる。

途中ちょっとカパパ島で休憩したとはいえ、あとは4時間ほとんど漕ぎっぱなしだったが、やっと私たちは桟橋まで帰ってきた。しかしここからまたカヤックを車まで運ぶのは一苦労だった。私があまりにも手こづっていたので、通りがかりの男性達が手伝ってくれ、やっとの思いでカヤックを再び車の屋根にしっかりと動かないように結びつけた。レンタル店のお兄さんから教わった結び方はちゃんと覚えていなかったのだが、大丈夫だろう。しかし、いったん高速H1に乗って走り出すと、ミスター苺がカヤックが左に動いているような気がすると言った。「おい、ちょっと止まって見た方がいいぞ。」と彼が言った途端、私たちはカヤックが滑り落ちる大きな音を聞いた。私たちはカヤックの片方を縛るのを忘れていたのである!あれだけ苦労したのに高速でカヤックを失くしたら、少なくとも500ドルは賠償金を払わなければならなくなる!

急いで車を路肩にとめ、カヤックをもう一度締め直し、再び車に乗り込んだ。ミスター苺も私もこのことはレンタル店のお兄ちゃんには黙ってよね〜と合意した。「でもブログになら書いてもいいよ。」とミスター苺。言われなくても書いちゃうもんね。

ゴーバナナに戻ったのは午後5時半。カヤックをかりてから7時間半後だった。カヤックに破損箇所がないかどうか確かめた店の店員は、ラダーが壊れている難癖をつけ、250ドルの損害賠償がどうのこうのと言い出した。ミスター苺が「そんなにひどく壊れてるようには見えないけどね、ちょっと曲がってるだけじゃん。すぐ治せるよ。」と店員とちょっと言い合いをすると、店員は店長を呼んできた。ラダーをよくよく検査した店長は、一旦奥に入ってレンチを持って戻ってきた。レンチでとんちんかんとラダーを叩いた後、「よっしゃ、無料だ」と大きな笑みを浮かべた。ほ〜!

さて、最後に我々は興味があったので、店長さんに一旦カヤックから落っこちた場合、どうやってまたよじ上ればいいのかを聞いてみた。どうやら我々のやり方は完全に間違っていたようだ。店長さんは「そんなやり方でよく乗り上がれたね。」と驚いていた。

ホテルに戻ってみると私たちの体は切り傷と青あざで覆われていた。乗ってる最中は興奮していて全く気がつかなかった。私は筋肉痛で夕飯に外へ出るのも苦痛だったほどだ。

でもまさしくこれは冒険だった!やってる時はもう嫌だと思ったが、終わってみるとこれもいい経験だったと思う。

July 17, 2008, 現時間 6:42 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ

March 22, 2008

人権擁護法絶対反対! 市民の判断よりお上の判断を信じる推進者たち

フェミニズム , 人権擁護法 , 宗教と文化 , 移民問題

社会でおきる差別行為は差別をする法律さえ取り除いてしまえば、後は自由市場が解決してくれる、また人権を迫害するような言動も個人から構成される社会の道徳的な判断によって制裁される、というのがカカシの主題だ。だが、自由市場に任せておいては完璧な解決は望めない、もしくは能率的で早急な解決は無理だと主張する人々が後を絶たない。

人権擁護法推進者や男女共同参画やジェンダーフリーを唱える人々がその部類だが、彼等に共通しているのは、自由市場や個々の市民の判断で解決できない問題が、なぜか法律を通すことによって解決出来ると考えている点だ。例の左翼変態フェミニストや当ブログに宛てられたあるコメンターの意見などはその典型的な例である。私の他人を侮辱するような行為や人道的に正しくない行為は法律で罰するのではなく、社会が制裁すべきだという意見に対してこのコメンターはこう述べた。

カカシさん、あなたは道徳に反する行為に対して社会的制裁を加えることを肯定しています。個々の判断で制裁を加えることは、私刑(リンチ)につながりかねません。

だが人権擁護法によって市民が罰せられる可能性についてはこのように述べている。

悪意で人を傷つける言動が言論の自由で守られると思って、平気で侮辱をするような恐ろしい人のいない、住みよい国なるでしょうね。

なぜ個人の判断は信用できないが政治家や裁判官の判断は信用できるのかという問いに対しては、

立法は議員により、その議員は我々の代表です。選挙で選べるし、意見を述べ、法を改廃することも可能です。民主主義の基本です。

民主主義の基本は「民」である。個々の民の判断力を全く信用しないで、お役人の判断だけを信用するなどという考えが民主主義などであるものか。こういうのを社会主義というのだ。

私に理解できないのは、こういう主張をする人々は、どうして政府が人々の行動に介入することのほうが、個々の市民が個人的な判断を下す行為よりも、より人道的で能率的な結果を生むと確信できるのかということなのだ。

このコメンターは悪意で他人の気持ちを傷つけた人間が国によって罰せられた例として、初対面の女性を「デブ」と侮辱して訴えられ禁固刑になった男性の話をあげている。他人をデブといって相手の気持ちを傷つける行為が違法なら、会う度にカカシをデブといって侮辱する我が母など終身刑の罰を受けることになってしまう。

本来見ず知らずの女性に「デブ」などといって侮辱するようなけしからん男は、周りの人々から白い目で見られ軽蔑され、他の女性たちからも全く相手にされないというような社会的制裁を受ければ十分なはず。この礼儀知らずは社会の道徳観が裁けばよいのであって、法律で罰する必要などない。

だが、人権擁護法が成立すれば、このような事件は日常茶飯事に起きることだろう。なぜなら推進者たちは人々の気持ちは政府が守ってあげる義務がある、、いや政府だけが守る権限があると考えているからだ。不道徳な行為や失礼な行為を細いことまで違法として政府が罰するような世の中は、他人を『平気で侮辱をするような恐ろしい人のいない、住みよい国』になるどころか、盗みや凶暴な犯罪が頻発する心の荒んだ粗雑な世の中と化すのである。

何度も言うように合法であるということと道徳的に正しい行為であるということとは別だ。他人を傷つけるような失礼なことを言わない、というのは親からしつけられた礼儀作法というものだろう。だがそれを法律で取り締まってしまうと個人はそのような行為は道徳的に失礼だと判断する能力を失ってしまう。「違法だからしない行為」はいずれ、「つかまりさえしなければやってもいい行為」という解釈になる。法律が誰にでも均等に適用されるというならまだしも、人々の言動に関してこのような多大なる権限を与えられた役人がその権限を悪用しはじめ、相手次第で適用が不公平になってくればなおさらである。

いくら選挙で選ばれたとはいえ、立法に関わる政治家とはどういう種類の人間たちなのだ? 政治家など自分の政治的権力を常に増幅させたいと望んでいる野心家の集まりではないか。そういう人々が差別をされている少数民族やか弱い女性の救済を道徳心だけで行うとは信じがたい。これらの政治家が表向きや建前はともかく、どれほどきれいごとを言ってみても、彼等が押し進める政策は彼等にとって個人的な利益となることに違いないのだ。となれば、この政治家の野心を利用していくらでもあくどい団体や企業が政治家に取り入って自分の都合のいいような政策をつくってもらうことが可能となる。

このことはお隣の中国を見ていれば歴然としているではないか。政府が人々から信仰をとりあげ、人々による個々の道徳的判断を取り上げた結果、中国人は釘で打ち付けてないものはなんでも盗むと悪評が高い。衛生管理だの安全管理をする役人は腐敗しきっているから、工業廃水は垂れながし、品質管理はずさん、あげくの果てに猛毒殺虫剤を含んだ冷凍餃子や汚染された増血剤や偽グリセリンのまざった歯磨きなどが外国に輸出され、何百人という外国人を殺すはめになる。

日本でも腐敗した政治家の贈賄事件だの、市役所の役人が国民の税金や年金を長年に渡って横領していた事件などいくらでもあるではないか。そのような人間に我々の崇高な人権擁護を全面的に任せて彼等がその権力を悪用しないと推進者たちは本気で考えているのだろうか?

いや、私は前述のコメンターにしろ左翼変態フェミニストにしろ、彼等がそれほどナイーブで愚かだとは思わない。それどころか彼等は政府にそのような絶対的な権限を与えることが、個々の市民の権利を極端に迫害し自由社会を破壊する結果を生むことを十分に承知しているのである。あえていわせてもらうならば、人権擁護法推進者の本当の目的は人権擁護でも弱者救済でもなく政府による市民の完全統制、つまり、共産主義やファシズムのような社会主義の確立なのである。少数民族はその道具として使われているに過ぎない。

我々市民は人権擁護などという上辺だけのきれいごとに騙されてはならない。断じて政府にそのような権限を与えてはならない。個人の行いは個人が責任を持つ社会、それこそが文明社会の基盤である。

March 22, 2008, 現時間 10:27 AM | コメント (5) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ

February 23, 2008

人権擁護法など必要ない。差別は自由市場が解決する。

人権擁護法 , 移民問題

私は何度も差別をなくす法律など存在しないと主張してきた。差別をなくすためには差別主義の法律を取り除くことによって、後は市場に任せ、なるべく政府が介入しないことが一番いいことなのだと私は信じている。私は自由市場が差別をなくすことにつながるという話は下記のように何度もしてきた。

日本とアメリカ、共通する差別問題と落とし穴
なんで左翼は自分を左翼と認めないのか?

以前に私は人種差別にしろ男女差別にしろ政府が差別する(女性は何々の仕事についてはいけないとか、黒人はどこそこの公立学校に入学できないといったような)法律さえ取り除きさえすれば、あとは市場が解決してくれると書いた。これは女性や黒人の賃金が白人男性よりも安ければ人種や性別にこだわりのない雇用主が人件費節約のために優秀な黒人や女性を雇うようになるからで、他の企業が人件費が高すぎて経費がかさんで最初の企業と競争できないとなれば、こちらの企業も黒人や女性を雇うようになる。多くの企業が同じことをはじめれば黒人や女性の需要は高まり自然と給料も上がり、そのうち才能のある黒人や女性は白人男性と同等の給料をもらえるようになるというわけだ。

ただ、市場の解決には時間がかかる。市場が人種や男女の差別をほぼ取り除くまでには10年や20年は平気でかかるだろう。だからそういう状況を見ていると差別廃止の速度を早めるために誰かが手助けする必要があるという考えが生まれるのは十分に理解できる。これについて、例の自他共に認める左翼系リベラル、レズビアンフェミニスト(でも絶対マルクス共産主義者ではないと主張する)小山のエミちゃんはこのように語る

...こういう説明が経済学的に間違いであることは、過去エントリ...で解説している。簡単にまとめると、差別にはここでカカシさんが想定しているような「経済合理性の観点から言って非合理な差別」(経済学用語でいうと「選好による差別 taste-based discrimination」だけでなく、経済合理性にかなった「合理的(ここでは、それが正当であるという意味ではなく、行為主体の利益を最大化するという意味)な差別」(「統計型差別 statistical discrimination」)が存在しており、前者についてはカカシさんの言う通り市場による解決が理論上可能だが、後者についてはそれでは解決できない。

要するにだ、自分が嫌いな人間とはつきあいたくないという嗜好による差別は不経済なので、いずれは自由市場が解決してくれるが、ある種の人間は統計的に見て劣っているという偏見は市場では解決できないという意味。小山エミは女性の労働者を例にあげて次のように説明している。

統計型差別というのは、集団についての統計的情報をもとに個人を判断することだ。たとえば「女性は早期退職する可能性が高い」という情報が事実なら、女性より男性を優先的に採用したり、男性に優先的に将来的な出世に繋がるような経験を積ませたりすることは経営上理にかなっている。...そうした差別については放置しておいて構わないというならそれも一つの見解ーーわたしに言わせれば、公正性に欠ける見解ーーだが、市場に任せておけば解決するという論理は経済学的に言って間違いだ。

自分が賛同できない議論は「間違いだ」と決めつけてしまうのがエミちゃんの悪い癖なのだが、ま、この際そういう下らないことは無視して現実を考えてみよう。

先ずここで考えなければならないのは、エミちゃんのいう「統計的な差別」の元になっている統計が事実であった場合、雇用主が対象の集団を差別する権利は認められるべきだということだ。もしも女性が早期退職するという傾向が事実だった場合、すぐやめる人を訓練するのは不経済だから雇いたくないと考える雇用主の意志は尊重されるべきだとカカシは考える。

もちろん、女性だからといって誰もが早期退職をするわけではない。女性でも長期就職を望んでいるひとはいくらでもいる。それが単に傾向だけで判断されるのは不公正だというエミちゃんのいい分は理解できる。しかしながら、私はこういう統計的な差別もいずれは自由市場が解決すると考える。何故ならば、どの経営者も全く同じ動機で従業員を雇うとは限らないからだ。

新しい零細企業で企業自体がどれだけ長持ちするか分からないようなところなら、短期でもいいから有能な人を安く雇いたいと思うかもしれない。そういう雇用主なら若い女性を雇うことは多いにありうる。または子育てを終わらせて長期にわたってできる仕事をさがしている中高年の女性なら結婚妊娠による退職の恐れがないため雇われる可能性は高くなる。年齢差別でスーパーのパートのおばさんくらいでしか雇ってもらえない中高年の女性は多少給料が安くてもこうした企業での就職を歓迎するだろう。

私のこのような考えは現実を無視した卓上の空論であり全く間違っているという人は、自分こそ現実を見ていないとカカシは言いたい。

最近の旅客機や銀行で働く女性の容姿や年齢層をみてみれば、20年や30年前とはかなり違うことに気付かれた人は多いはずだ。昔は容姿端麗で妙齢の女性だけしか雇わなかった航空会社や銀行だが、最近のスチュワーデス(最近は機内乗務員と呼ぶのかな?)にはかなり昔は美人だったかもしれないといった風の人が結構多い。これは無論ある程度歳のいった従業員が解雇された時に年齢差別を理由に訴訟を起こしたりしたことが直接の原因だったといえばそうかもしれないが、安い航空運賃を競い合って航空会社同士の競争が激しくなるにつれ、若くて美人の女性ばかりを雇う余裕が経営者にはなくなってきたということのほうが現実だ。

カカシが20代の頃はスチュワーデスといえば女性の職業としては花形だった。(カカシは美貌や才能では決して劣らなかった(?)のだが、いかんせん背が低かったため、涙を飲んであきらめた。笑)しかし2008年の現在、若くて美しい女性が出来る仕事はほかにいくらでもある。それに乗客も昔のように金持ちのエリートばかりではなく、カカシのようにA地点からB地点までなるべく苦労せずに無事につければいいと思ってる働き蜂が大半だ。そんな人間にはスチュワーデスが若いとかきれいだとかなんてことはどうでもいいことだ。

銀行の窓口にしてもそうだ。昔は高卒でかわいい女の子たちが雇われたものだが、最近は子育ての終わった中高年の女性がパートで雇われることは結構ある。カカシの高校生の同級生なども大手銀行で窓口をやっているくらいだ。

これは若い女性は短期で退職するという統計的事実から来る女性の雇用問題を長期就職が期待できる中高年の女性が補うという形で市場が解決したいい例である。

また、1980年代のバブルの時期に、日本企業は世界にずいぶん広く事業を進めた。当時日本国内では女性蔑視がひどすぎてまともな仕事につけなかった日本女性たちは海外へ脱出した。日本相手に商売をしたい海外企業は日本語がはなせる教養高い日本女性を競って雇った。おかげで日本女性は外資会社の従業員として日本企業の男性ビジネスマンと同等に交渉する立場にたった。

海外へ進出した日本企業が雇った地元の職員のなかにも日本を出て海外で暮らしている日本人女性が多かった。もともと日本人だから日本企業のやり方には慣れてるが、日本並みの給料を払わず地元の給料で足りるということで、海外在住の日本人女性は日本企業にとっても重宝な存在だった。つまりだ、女性は短期で退職するから雇わないという統計的な理由での差別は、このように別な形で市場が解決してくれたということである。このように海外で日本人女性や外国人女性と同等に働いた経験のある日本人男性たちによって、女性への偏見はかなり減ったのではないだろうか?それが日本国内において女性の地位が向上することに結びついているといえないだろうか?

これは決して短期で起きたことでも完璧な形で起きたことでもない。まだまだ日本において男女は同等とはいい難い。しかしながらこれに政府が介入することによって早期にもっと良い結果が生まれるはずだという考えには、政府の介入が市場よりも良い結果を生むという根本的に誤った考えがあるのである。

なぜ差別問題に政府が介入することが害あって益なしなのか、話が長くなるので続きはまたこの次。


February 23, 2008, 現時間 4:20 AM | コメント (1) | トラックバック (1)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ

January 26, 2008

マケインの選挙役員に元メキシコ政権閣僚が! 大統領候補の怪しげな国境警備政策

アメリカ内政 , 移民問題

昨日ラジオを聴いていたら、ミッシェル・モルキンが共和党の大統領候補ジョン・マケインのヒスパニックアウトリーチディレクターというラテン系投票者の票を集める役員ともいうべき人物が、元メキシコのビセンテ大統領の閣僚であったことが判明したと語っていた。

この人物はワン・ハーナンダズ博士といい、メキシコと二重国籍を持つ。博士はアメリカとメキシコの間の国境は完全にオープンであるべきだと主張している運動家でもある。

なぜこの事実が問題なのかというと、今保守派共和党の間では移民問題および国境警備対策が非常に重大な問題と考えられているからである。マケイン議員は以前から国境に建てる壁に反対したり、民主党議員と共同で違法移民を合法にする法案を提案したことなどもあり、移民問題ではリベラルすぎるという批判があった。大統領候補に出馬した際、マケインはそれまでの姿勢を変えて「自分は間違っていた。法案の失敗を教訓にした」と討論会などでも心変わりを説明し、国境警備に力を入れると強調していた。

そのマケイン議員の選挙役員のなかにオープン国境を唱える運動家がいるということは、マケイン議員が国境警備対策について心変わりをしたというのは単に選挙に勝つための手段であり、もともとそんな気は毛頭ないのではないかという疑問が生まれてしまうのだ。

先日古森さんが、イラクの増派作戦の成功で一時はどん底だったマケイン議員の人気が復活したとおっしゃっていたが、防衛については強いマケイン議員もその他の面では非常にリベラルで、共和党の保守派からはあまり人気がない。特に移民問題や保守派裁判官の任命に関しては保守派はマケインをかなり恨んでいる。そういう背景がある以上マケイン議員では共和党をまとめるのは非常に難かしいだろう。もちろんマケイン対民主党候補なら私はためらいなくマケインに投票する。イラク対策だけでもマケインを支持する価値は大いにあるからだ。しかし正直な話そういう選択は好ましくない。

ところで三日後(1/29)に迫っているフロリダの予備選ではマケインとロムニーの接戦である。リアルクリアポリテイィクスによればなんとその差はたったの0.1%!この時期にハーナンダズ博士のことが話題になればマケインの人気に影響が出ることは確実だ。ただ昨日マケイン支持を表明したニューヨークタイムスなどのリベラル主流メディアはこの問題を大きく取り上げることはしないだろう。となるとこの話が選挙に影響するかどうかはミッシェル・モルキンやタウンホールドットコムのような保守派ブロガーや保守派ラジオのトークショーホストら次第ということになる。

そんな保守派トークショーホストのひとりヒュー・ヒューイットのラジオ番組のなかでベルトウェイボーイズと呼ばれる政治評論家の二人が、これはたいした問題ではないと語っていたが、私にはそうは思えない。まだフロリダ予備選までは三日もあるのでこの話が人々の耳にはいるには十分な時間がある。もしフロリダの選挙で影響がなかったとしても次のスーパーチューズデーまでにはかなり時間があるので、それまでにこの話の影響は明らかになるだろう。

January 26, 2008, 現時間 12:34 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ

January 17, 2008

人種差別者の汚名を着ないために、、

人権擁護法 , 宗教と文化 , 移民問題

人権擁護法反対の勢いが日本の右翼ブログの増してきているが、それらのブログ及びコメント欄を読んでいてちょっと心配になることがある。人権擁護法は確かに悪法であり、差別意識の「サ」の字もないような善良な市民がこの法律によって迫害される可能性は多大にある。しかしながら、この法律を反対する人たちのなかにこのような法律を正当化してしまうようなあからさまな差別意識を持っている人々がいることも否めない。

我々人権擁護法反対派が本気でこの法律の阻止を望むのであれば、断固として人種(および性別年齢並びに国籍)差別者を拒絶すべきである。例えば中国及び東南アジア諸国からの違法移民や外国人暴力団員などへの批判は当然だが、何世代にも渡って日本に住み着いている在日合法外国人をこれらの違法移民や犯罪者と同等に扱うべきではない。また合法に就労許可を持っている外国人への差別も決して容認されてはならない。

我々が容認できないとする外国人は、日本国内に違法に滞在し日本の法律を犯している外国人のみにしぼられるべきである。そしてその批判の理由は彼等が犯罪者であるからであり、彼等が異人種であるとか外国人であるからという理由からではないことを明確にしなければならない。

であるから、日本にいる「支那人や半島人は国外追放せよ」とか、「ユダ公の陰謀に騙されるな」とかいう発言は「苺畑より」においては完全に拒絶することを明確にしておく。

このような発言は人権擁護法を悪用しようとする左翼連中の「右翼や保守派は人種差別者のあつまりである」というステレオタイプにきっちりはまってしまう。

人権擁護法を阻止したいのであれば、法支持者の立場を正当化するような差別意識は断固拒絶しなければならない。相手側に法律の必要性の大義を与えるような行動を反対派は絶対にとってはいけない。差別意識が存在しなければ擁護法など必要ないのだ。そのことを人権擁護法反対派の我々は肝に銘じておく必要がある。

January 17, 2008, 現時間 11:12 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ

November 20, 2007

ずさんな身元調査、女テロリストスパイに潜入されていた米諜報組織

対テロ戦争 , 移民問題

ヒズボラの女スパイがアメリカの諜報組織、FBIとCIA双方に潜り込んでスパイ行為をして起訴されていた事件で、11月15日、被告のナディア・ナディウム・プロウティ(Nadia Nadim Prouty)は罪を認めた。プロウティは旧姓Al Aouarといい、ヒズボラ関連の逃亡者を義兄に持つ。

問題なのは、どうしてこのような人物がFBIとCIAの双方で雇用されていたのかということなのだが、取り調べが深まるにつれて、アメリカの移民局および諜報局のずさんな身元調査が浮かび上がってくる。

アメリカは移民の国なので、あらゆる職種に外国生まれの移民がついているが、公務員といえども例外ではない。ただ一般の民間企業と違って公務員の場合はアメリカ市民でなければ応募できないことになっている。とはいえ、一旦合法で永住権をとってしまえば、時間はかかるが、特に犯罪などをおかしていなければ市民権は手続きさえ踏めば自動的に取得できる。ただし、秘密情報を手掛ける国防総省や国務省などへの勤務をする場合は、厳しい身元調査を通らなければならないことになっている。

「なっている」とはいうものの、いったいどのように調査しているのか、かなり怪しいということが今回のことでかなり明らかになった。スティーブン・エマーソンによると、ナディアは1990年に移民ビザではない一時滞在ビザで入国し、滞在期間が切れた後も違法滞在したままミシガン州のアメリカ市民と偽造結婚をして後にアメリカ市民権を得たという。

1999年、ナディアは取得したばかりの市民権を使ってFBIに就職。身元調査にも見事に合格して秘密情報を扱えるセキュリティクリアランスを得た。ナディアはその特権を利用してFBIの秘密データベースを使って自分や姉そしてミシガンでレストラン経営をしている姉の夫に関してFBIがどういう情報を持っているかを調べたりしていた。ナディアは2003年にFBIを辞めた後、今度はCIAに就職した。彼女に有罪判決が言い渡されれば、15年の禁固刑および60万ドルの罰金が課せられることになっている。

ところでこのナディアの姉と姉婿のChahineだが、彼等は2006年に脱税で起訴されているが、それ以前に2002年にレバノンのイラン系テロリストグループであるヒズボラで自爆テロリストをした子供の家族に資金援助をする募金運動に積極的に参加しており、ほかにもミシガンを基盤にしているヒズボラ系の市民団体と深いつながりがあるという恐ろしい夫婦である。

ナディアの潜入ぶりはFBIとCIAだけではない。ニューヨークポストによると、なんとナディアはパキスタンのアメリカ大使館で働いていたことのある国務省の役人と結婚していたことが今月18日に明らかになったという。

私は常々、アメリカの国防省や国務省にやたら移民が多いと感じていた。特に中近東や中国系の従業員をみると、このひとたちの身元調査はどのくらいきちんとされているのだろうかと疑問に思えたのである。また民間企業でも秘密情報を扱うところは厳重な身元調査をすることになっているが、この間も防衛関係の民間企業につとめる中国系科学者が中国共産党のスパイをしている兄に秘密情報を流していて捕まったという事件が起きたばかりだ。

移民の多いアメリカで移民を雇うなというのは理不尽な理屈だ。またアメリカはイスラム系テロリストと戦争関係にあるからとか、中国共産党はアメリカには危険な存在であるからとかいうだけで、これらの国出身の移民を雇わないなどということになったら、これは完全に人種差別ということになってしまう。アメリカでは第二次世界大戦中に日系移民を永住権や市民権のある人間まで収容所に強制移動させたという忌わしい過去がある。私自身が日系移民であり大人になってから市民権を得た身であるから、そのような差別は真っ先に反対だ。

しかし、これは国家警備の問題である。差別はいけないが、だからといってそれを気にして十分な身元調査もおこなわずに怪しげな外国人を雇用するとはどんなものだろう? だいたい身元調査というのは本人のみならず、家族や親戚にどういう人間がいるのかを調べるのではないのだろうか?

秘密情報を扱う国家施設では建物のなかは警備が厳重だが、それ以上に内部で働く人間が大丈夫なのかどうか、そちらの警備にもう少し気を使ってほしいという思う事件である。

November 20, 2007, 現時間 9:26 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ

July 1, 2007

米共和党が馬鹿党といわれる理由: 移民法改正案阻止が共和党の崩壊へとつながる可能性

アメリカ内政 , 移民問題

先日ブッシュ大統領と民主党のジョージ・ケネディ上院議員が協力して発案した移民法改正案が上院議会で否決された。現在崩壊状態にある移民法を改正しようとしていた大統領の希望は共和党の反対によって阻止されてしまった。

実はここ数週間アメリカではこの話題で持ち切りだった。特に保守派の間ではこの改正案は「違法移民に対する恩赦である!」として大の不人気。政治ブログでも朝の右翼系ラジオ番組のトークショーでも「反対、反対、とにかく反対!」の繰り返しで、私はいい加減うんざりした。

ここで日本のみなさんは、どうして共和党の大統領であるブッシュと民主党のケネディ議員が共同で法律を提案するのか、そしてどうしてそれをブッシュ大統領と同じ政党の共和党が反対するのか不思議に思われることだろう。

アメリカはもともと移民の国なので移民が多いのは当たり前なのだが、最近の移民はおとなりのメキシコをつたって南米からの移民が圧倒的多数を占めている。しかし現在の移民法は非常に複雑でその手続きにはお金も時間もかかり、貧乏で教養もないラテン系外国人には手におえない。多くの移民が合法にアメリカ国内での労働ビサを得ることができないため違法に移住してくる。しかしアメリカ国境警備は人手不足で大量に侵入してくる違法外国人を取り締まることができない、完全なお手上げ状態になっている。

アリゾナやカリフォルニア、テキサスといった国境ぞいの州では、警備の甘いところを選んで密入国者が民間人の私有地に入り込んでくるため、地域の民間人がミニットマンと呼ばれる民兵軍を組織して自ら国境警備にあたるという状況がもう数年に渡っておきている。

アメリカ保守派の間では国境ぞいに塀を建設して違法移民を閉め出し、現在アメリカ国内に在住する違法移民を片っ端から国外追放すべきであるという感情が高まっている。

しかし少子化の進むアメリカでは正直な話、違法移民の労働力なくしては経済が成り立たない状態だ。ここでも私は何度も書いているように、私の住んでいるカリフォルニアの地方では果物や野菜の農業が主な産業である。毎朝カカシが通る苺畑で日が昇らないうちから腰をまげて苺を積んでる農家の労働者は皆メキシコ系違法移民である。このあたりでは人手不足がひどく、マクドナルドのアルバイトでさえ一般のアメリカ人を雇うことができない。建設現場や大手マーケットなどで下働きをする労働力のほとんどが移民で補われていることは無視できない現実なのである。

このようにアメリカの経済の大きな一部を支えている違法移民を突然すべて国外追放になどしたら、国境沿いの州は経済破たんし、アメリカ全土でも食料不足で多大なインフレが起きること間違いなしである。アメリカ国民はハンバーガー一個千円などという物価にどれだけ我慢できるだろうか?

ブッシュ大統領はこうした問題を解決すべく、民主党も共和党もお互い妥協しあっていこうという趣旨の法案を提案したのだが、過激派右翼のトークラジオやブロガーが中心となり保守派コラムニストなども一緒になってものすごい反対運動へと広がってしまった。

議論がエスカレートすればするほど、移民法改正法案に反対している人々のいい分は、違法移民だけでなく合法移民まで受け入れるべきではないというような印象を受けた。特にラテン系の移民は白人ではないため、「変な色の外人は入国させるな!」とでも言いたげな人種差別すれすれの発言があちこちで聞かれるようになり、白人でない合法移民の一人として私は非常に不愉快な思いをした。これが私がこれまで同胞と考えていたアメリカ保守派の正体なのか? これが共和党の本質なのか?

ばりばり保守派の私ですらそのような疑心を持つようになったとしたら、もともと共和党に不信感をもっていたラテン系アメリカ人が今回のことでどれだけ共和党に不信感を持つようになったから想像に難くない。もともと共和党は少数民族には同情的でないとリベラル派は常にアメリカ市民に印象づけてきた。今回の右翼連中の大騒ぎを見ていると保守派の私としても返す言葉がなくなってしまうほどだ。

右翼過激派連中はこの法案が否決されたことで自分達が大勝利を得たと思っているかもしれないが、このことで共和党の得た打撃は計りしれない。まず第一にブッシュ大統領はラテン系投票者の40%の票を得て当選した。ブッシュ大統領はスペイン語が堪能でテキサス知事の時代からラテン系市民から人気があった。しかし現在の共和党はラテン系の11%程度の支持しか受けていない。もしもこのままラテン系にそっぽを向かれ続けたなら2008年の選挙で共和党が議席を増やすことなど先ず不可能だし、共和党大統領が選ばれることなど夢のまた夢だ。

そうなれば2009年からヒラリー大統領と民主党議会がアメリカを牛耳り、対テロ戦争などおさらばだ。テロ対策の愛国法もさようなら。911などとは比べ物にならないようなテロがアメリカ各地で頻発し、その度ごとにリベラルは「ジョージ・Wがイラク戦争などしたからこういうことになったのだ!」と大騒ぎをするだろう。

うれしいかアメリカの馬鹿ウヨ達よ!誇りに思うのか過激派右翼!

貴様らの過激なレトリックと運動で共和党が中庸な意見を持つアメリカ市民に見放され過激派左翼に政権を握られる結果になることがそんなにうれしいのか! この愚か者たち!

民主党は悪、共和党は馬鹿、といわれるゆえんが明確になるここ数週間だった。

こうなったらイラク戦争で圧倒的な勝利を得ることによって市民が今回の騒ぎを選挙までに忘れてくれることを祈るのみである。イラク戦争には勝ったのに、過激派右翼の移民法貝瀬案阻止が原因で民主党に政権と議会を握られるなどという結果になったらそれこそ目も当てられない。

July 1, 2007, 現時間 7:53 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ

June 4, 2007

愛憎が混乱するアメリカとメキシコの不思議な関係

移民問題

先日メキシコシティで行われたミスユニバース大会で四位になったアメリカ代表のレイチェル・スミス嬢(22歳)が舞台に上がって審査員から質疑応答を受けた際、メキシコ人の観客から一斉に野次が飛んだ。スミス嬢は野次にも怯まず笑顔を忘れずはきはきと質問に答え、最後には丁寧に「ブエノスノチェスメキシコ」とスペイン語の挨拶までして退場した。

アメリカのお隣であるメキシコ市民がいったいどういう訳でここまで反米意識をあからさまにするのだろうか? 

今アメリカでは先日ブッシュ大統領と民主党のジョージ・ケネディが提案した新しい移民法の話題で保守派の間ではかなり血走った討論がされている。ブッシュ大統領はすでにアメリカに在住している違法移民(主にメキシコ人)に対して何らかの合法手段を取り入れる必要があると呈しているのだが、これがバリバリの保守派の間では「違法移民への恩赦だ!」と非常な反感を買っているわけだ。

そこへもってきて、肝心のメキシコはその膨大な数の違法移民でアメリカの経済や治安を脅かしているにもかかわらず、反米意識丸出し。「そんなにアメリカが嫌いなら来ないでちょうだい!」とアメリカ保守派がいいたくなるものよくわかる。

メキシコ人がアメリカに大量に移住したがる理由は経済的な理由がほとんどだ。メキシコは日本とは打って変わって資源や気候にも恵まれており、たまに起きる地震以外にはほとんどこれといった天災もない。にもかかわらず市民の生活が貧しい理由は一重に腐敗した政治体制にある。

メキシコでは政府が市民にアメリカへの移住方法を教えたり、アメリカが移民法を厳しくするとメキシコ国内で批判のデモが起きたりと、自分達の国の責任というものを全く考えていないかのような行動が多すぎる。

私は個人的にはアメリカにとって移民は大切な資源だと考える。メキシコ人は働き者だしアメリカ人がやりたがらない仕事をやてくれるので、アメリカ経済には欠かせない労働力である。であるから今回の移民法改正で出稼ぎのメキシコ人をもっと能率よく受け入れ、犯罪者を締め出すことが出来ればそれは非常に好ましいことだと思う。

だが、メキシコ人がミスユニバースのような場を使って、アメリカ人をコケにするような行動を取り続けるのは、メキシコにとって良い結果を生まないだろう。なにしろメキシコがアメリカを必要にしているほどアメリカはメキシコを必要としていないのだから。無論、メキシコ人たちはそんなことは百も承知だ。自分らの情けない政府のためにアメリカに頼って生きていかなければならないことの不満がこんなところで現れているだけなのかもしれない。

だとしたら哀れな国だ、メキシコは。

June 4, 2007, 現時間 10:13 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ