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November 13, 2009
自称保守ブロガーの偽り
この間からカカシが拘っている自称保守派のmaximam357なる男(通称マキシム)、私のコメントに長々と返答をくれたのだが、相変わらず自分は保守派だと言い張って引かない様子。しかし、カカシに言わせれば、犬の尻尾を足と呼んでも尻尾は尻尾。いくら保守派と言い張っても、その議論の仕方はリベラルそのもの。そこでどうしてカカシがマキシムがアメリカでいうところのConservative(コンサーバティブ、保守)ではないと思うのか、列記させてもらおうと思う。
私は以前に左翼やリベラルと右翼や保守派の違いとしてこのようなことを書いた事がある。
これは読者の皆様もすでにお気付きのことだろうと思うが、保守派や右翼の人たちは自分達の政治思想を隠したりしない。それどころか「私は極右翼です!」などと誇り高く宣言するくらいで、こうした人たちを間違って「あなたは左翼でしょう」などといった日には何時間にも渡ってどういう理由で自分が右翼であり左翼ではないのか延々とお説教を受けること間違いなしである。
保守派の人にはリベラルと違って信念がある。そして保守派の人々はその信念に誇りを持っているので、それを隠すどころか、機会があれば長々と他人にお説教するというやっかいな癖もある。ところが、マキシムはカカシが何度となくマキシムをリベラルだと「レッテル張り」して「侮辱」しているにもかかわらず、保守派の信念を列記して自分がそれにどのように当てはまるのかという説明をしていない。マキシムによる自分が保守である証拠とは、、
レッテル貼りと言えば、小生をいきなりリベラル呼ぱわりもレッテル貼りといえばそうですよ?そこらの似非ホシュなんかよりずっと保守派のつもりなんですから(苦笑)
ちなみに、米国版ポリティカルコンパスをやってみたら『y軸上でど真ん中からひとコマだけ保守寄り』と言う結果が出ました(笑)どうも小生は米国においては「きわめてニュートラルなノンポリ」になるらしいですね。
が、大抵の日本人はあれをやると左派リベラルになるらしい(笑)いわゆる保守的発言をする人間ですら大抵は。と言う事は小生がいかに「日本においては保守的価値観の持ち主か」と言う事がわかろうと言う物です(笑)
マキシムの言う事が本当なら、マキシムはアメリカでいうところのモデラート(中庸)だということになり、コンサーバティブとは言えないという私の判断は間違っていないことになる。だが、本人は、
確かに小生は右翼でしょう。そして残念ながら、まごうかなたきコンサバティスト、ですよ。
と言っている。アメリカの保守からみれば、日本の保守はリベラルに見えるとしても、それならば日本の保守はアメリカのコンサーバティブとはどう違うのか、日本の保守派とはどういう信念の持ち主なのかという話をするべきである。くだらないポリティカルコンパスなど持ち出して来ても意味がない。(ちなみに私は日本のポリティカルコンパスでは中庸と出た。かなりいい加減!)
このように、ベストエビデンス、つまりもっと適切な証拠があるのに、二次的な証拠を持ってくるやり方は相手をはぐらかしているようにしか見えない。ここで、また以前にカカシが左翼の二枚舌として紹介した左翼の議論の仕方(C)限りなき漠然とした複雑な言い方を思い出していただきたい。
左翼連中は絶対に自分の考えていることをはっきりと他人が理解できるように表現しない。何故ならば、彼等の目的は自分の考えていることを正しく相手に伝えることではなく、相手を限りなく混乱させることにあるからだ。
左翼連中は非常に簡単な質問の答えでも長々と複雑な文章で答える。しかしよくよく読んでいるとのらりくらりと答えを避けただけで何の答えにもなっていない。
私はマキシムに私の書いた事のどこが人種差別なのか具体例を出して提示してほしいと書いた。無論私はマキシムがきちんとそんなことをするとは期待していなかった。どうせ『お前の書いてる文章の全体から人種差別が湧き出ている』とかなんとか言ってごまかすに違いないと踏んでいたのだが、案の定、、、
あきれ果てて物も言えないってのが本音なんですよ(苦笑)
自分が全力でダブルスタンダードでありレイシストである事を表現なさっている方が、自分では其れに全く気づかず、過去に他人に其れを指摘されても全く聞く耳を持たず相手に対する誹謗や因縁で突っ走って来られたとしたら、苦笑する以外にどんな反応をしろと仰るのでしょう(くっくっく…苦笑)
貴女に理性的な議論を期待するほど小生もナイーブでは無いんですよ。
むしろ、これこそ小生にとっての「貴女への至誠」(苦笑)
ヤフーの掲示板の政治トピでこういう輩には何百人と出会ったので、彼がこういう返事をすることは充分に予測していた。相手と真面目な議論をしようとせず、『お前のような馬鹿と議論をしても無駄だ。』といって絶対に事の本随を議論せず、とにかく相手の性格を侮辱するやりかた。リベラルの典型例!
むき出しのアラブの人々への憎悪、劣等民族・犯罪者予備軍と言う決め付け一つとってみても到底「レイシストじゃない」なんて射えませんよねえ。こういえば貴女は、多分更なるアラブ民族への罵詈雑言と「あんな奴等は皆殺しにすべき列島民族、悪党だ!事実なのだ!其れも判らないのか!』と言う憎悪の主観論をぶたれるでしょう。いつものように。そして、アラブ人の「悪行」を並べ立てて、其れを理由に断定なさるのでしょう(嘲)
私はテロリストへの憎悪はむき出しにしているが、一度でも『アラブ民族を皆殺しにすべきだ』などと書いたことはない。他人が言ってないことを言ったといって侮辱するのもリベラルの常套手段。テロリストとアラブ人を混同している自分の方こそ人種差別者なのでは?
さて、前後してしまったが、この話はもともと人種差別という話題から始まったので、ここでも左翼の議論の仕方(B)を復習してみよう。
(B) 既存する言葉の定義の書き換える(Law of tendentious redifinition)
左翼連中はすでに存在している言葉の意味を自分勝手に都合のいいように書き換えるのが得意だ。これにはもともと衝撃的な意味のある言葉の定義を拡大し、元の意味で解釈した一般人に間違った印象を与えるやり方と、言葉の提言を縮小し元の意味で話をしている論敵の説がその言葉にはあてはまらないというやり方や、ごく普通に使われてきた言葉を突然差別用語だと勝手に指定したりするやり方がある。
マキシムは私が特定のグループに所属する過激派の悪行を列記する行為を人種差別と呼んでいる。何度も言うが、ある悪行が特定のグループに所属する人の仕業であると指摘することは人種差別でもなんでもない。列記している悪行が事実である以上、それは事実の紹介でしかない。それに、、
そんな「レッテル貼り」はあらゆる民族があらゆる民族に対して、あらゆる時代に行ってきた愚行に過ぎない(苦笑)悪行を並べ立てて、其れを理由に民族や人種全体を「悪・劣等」と言うレッテル貼りをすることは実に簡単であり、故にその行為、考え方自体が「レイシズム」としていましめられて居るんですよ(苦笑)
私は一度も一部の人間の悪行をもって、その民族や人種全体を「悪、劣等」というレッテルを張った覚えはない。もちろん私がそうしたという証拠があるなら提示しろなんていってみても時間の無駄だからしない。
さて、ここまでは、私はマキシムの議論のスタイルがリベラル的であると語っているだけで、マキシムの思想のどういう面がリベラルなのかという話をしてこなかった。これだけでは、単にマキシムが卑怯な議論をする保守派なだけかもしれないという疑問が残る。だが、思想の面でもマキシムは自分がリベラルであること、いや少なくとも保守派ではないことを証明することを書いている。
人権擁護法とやらについて言及するのを忘れてましたね(笑)
あんなものは所詮「毒にも薬にもならない」ハリボテでしょうに(苦笑)何の意味も無いが故に「恐れるほどの実害も無い」。サヨクの様に「人権」と言う単語を盲目的に有難がるのも馬鹿げているとは思いますが、欧米でネオナチ紛いの連中が一々排斥の一環として「危機」を演出しているのを真に受けて「日本も危ない!」と本気で信じ込むほど御目出度くもありません(苦笑)
妙なアメリカ流リベラルが下品な新自由主義者とつるんで幅を利かせた90年代ならば、
「ラディカルフェミニストや少年刑法犯擁護論者ばかりを利する物になるのではあるまいな?」と言う警戒感も在ったかもしれませんが、幸い、日本人は其処までアホじゃなかった様ですので(苦笑)妥当な所でバランスを取れるものとおもってますよ(苦笑)大体…反対論者の論を見れば見るほど馬鹿馬鹿しく感じる様では、ある種の特殊な嗜好(重度の人種憎悪や小児性愛等)を持つが故に危機感を感じる人々以外、誰も関心などもちゃあしなくなりますよ(苦笑)
昔のサヨクが連発した「軍靴の足音」並に「全くといって良いほどリアリティの感じられない机上の空論」ではねえ…
人権擁護法で被害を得ているのが「欧米のネオナチ紛いの連中」だけであり、日本のリベラルは欧米のリベラルのように質が悪くないから日本は大丈夫、なんてことを本当に信じている保守派なら、馬鹿がつくほどお人好しだと言うしかない。
イギリスやカナダではすでにこの悪法によって、極一般の市民が外国人の暴力沙汰を指摘したというだけで人権迫害の疑いで裁かれたりしているというのに。日本だけは大丈夫だなんてよくそんな暢気なことを言っていられるものだ。日本には権力を悪用する左翼は存在しないというのか? 仮に現在の日本にはそんな悪どいリベラル役人が存在しないとしても、一旦役人に多大なる権力を与えてしまえば、後にあくどい奴が出て来てこの法律を悪用しないと誰が言えるのだ? これは机上の空論などではない。すでに外国で起きている出来事なのである。
だが、私はマキシムがそこまでナイーブな人間だとは思えない。とすればマキシムは、人権擁護法が役人に多大なる権力を与えることを承知の上で、それは良い事だ思っていると解釈できる。政府の力が強力になることを望む人間は日本でも保守派とは言い難いのではないか?
ましてやアメリカでいうコンサーバティブでは断じてない!
カカシが最初に指摘したように、犬の尻尾を足を呼ぼうが尻尾はしょせん尻尾なのである。
November 13, 2009, 現時間 1:09 AM
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November 6, 2009
苺畑カカシは人種差別者、という汚名を拭うために
昨日私は日本の保守派の間に存在する人種差別について書いたばっかりだった。それが偶然なことに、「苺畑より」のリファーラルを辿っていたら、リンクもつけずにカカシを「真性なレイシスト(人種差別者)」と批判しているブログを見つけてしまった。
Gaspard de la nuitというブログの著者maximam357(略してマキシムと呼ばせてもらう)は、カカシを無関係なところで、しかもカカシが書いてもいない内容を鍵括弧に入れて、あたかもカカシが生粋の人種差別者であるかのように書いている。ミスター苺は、リベラルの連中は保守派を人種差別者扱いするくらいしか能がないんだから放っておけというが、ちょっときになることがあるので書いておこう。
マキシムのエントリーでカカシが引き合いに出されたのは、オーストラリアでフィリピン人が日本人と間違われて白人のオーストラリア人に殴り殺されたという事件について、それに怒る日本の保守派は彼ら自身が人種差別者なのだから批判する権利などないだろうという主旨のもの。
そこで、マキシムはユアーストゥルーリー苺畑カカシが人種差別者でアンチ移民の保守派の典型的な例ということで引き合いに出している。
確かに酷いしあらゆる意味で「オージー馬鹿じゃないの?」と言う話に違いは無いが、此処で、我が国のネット雀連中が「それを言う資格」があったか・・・と言うと実は微妙な気もするんだよね。
...そのオージーの低脳な人種差別っぷりの代名詞とも言えるクロナラ暴動(ヨルダン系移民の人々を極右白人集団が襲撃して回った)はネットで紹介されて有名だけど、古森のオッサン御推奨ブロガーの苺畑カカシ姉さんなんかは、このクロナラ暴動全面支持で、「アラブ移民をブチ殺して清浄な白人のオーストラリアを取り戻そうとする愛国者」と言うトーンでオージーを礼賛してた訳なんだけどね(苦笑) そして、移民・ガイコクジン参政権反対の絡みで、その苺畑女史のヒステリックな「反移民」論をさんざん援用してたのもネット雀の皆さんじゃあなかったのかいな?(苦笑) そりゃまあ、確かに日本に「大量移民」とか「ガイコクジン参政権」が良いかっていやあ、「少なくとも現状の日本では時期尚早」と言う意見は解るし、内容に関しては納得する事も多い。 けど、苺畑さんみたいな真性レイシストを援用してどーするのよ、そこで(苦笑)
他人をレイシスト呼ばわりする割には、マキシムのオーストラリア人に対する人種差別偏見が満ち満ちているこの文章は読んでてかなり気色悪い。
クロナラビーチでの暴動は「ヨルダン系移民の人々を極右白人集団が襲撃して回った」という説明は正しくない。当ブログでも何度となく紹介しているように、イスラム系移民(特にレバノンやヨルダン経由のパレスチナ人)による暴挙は他のヨーロッパ諸国でも深刻な問題になっている。オーストラリアでもイスラム系移民による犯罪は手の付けられない状態となっている。イスラム系移民に集団暴行を受けた女性に対し、悪名高いオーストラリアのイスラム師教がバーカを着ていない女は、布巾のかかっていない肉のようなもので強姦されても自業自得だなどと平気で言うような背景がすでにあった。
特にクロナラビーチではこの暴動が起きる以前にも何度も地元の人々がイスラム暴徒によって暴行を受けていた。浜辺には「ここは俺たちのビーチだ、オーストラリア人は来るな」というような看板まで張られていた。ついに度重なる暴挙に耐えきれなくなった地元白人達の怒りが爆発した形であのような暴動が起きたのだ。単に平和に浜辺で甲羅干しをしていた移民が白人崇拝主義の白人達に一方的に暴行を受けたというような単純な事件ではない。
カカシがクロナラビーチの暴動について書いたのは、2006年の12月、オーストラリアのクロナラビーチで行われるはずだったビキニマーチが、イスラム教過激派の脅迫にあって中止されてしまったという話をする際、その背景にあった一年前の暴動について説明する必要があったからである。
このビキニマーチの執行日はもともと12月9日に予定されていたが、これはシドニーのCronulla海岸でおきた暴動からちょうど一年目にあたる週末だったのである。一般にCronulla riot と呼ばれる暴動のきっかけとなったのは去年12月に浜辺を歩いていたカップルがイスラム系の十数人に襲われたことから始まる。その数日後、同じ砂浜でサッカーをしていたイスラム系青年数人に注意をした救命隊員がやはり十数人のイスラム系若者に襲われるという事件があった。それまでにも何度かイスラム系の若者によって海岸を訪れる人々が嫌がらせを受けていたようだが、この二つの事件で地元白人の堪忍袋の緒が切れたのかもしれない。
トークラジオのDJやブロガーなどが浜辺を取り戻そうと呼びかけたことから、12月11日、Cronulla海岸には5000人の白人の若者が集まった。 最初のうちは単にお祭り騒ぎをしていただけだった若者たちは、一人のアラブ系男性が数人の白人男性に追いかけられて近くのホテルに逃げこんだのを皮切りに浜辺にいたアラブ系と見られる人々を次々に襲った。若者たちは駆け付けた警察官や救急隊員などにもビールの空き缶を投げ付けるなどの暴行を行い、数人が逮捕された。
その晩から数日後の15日にいたるまで、今度はイスラム系の若者が復讐のため町にくり出し、商店を破損させたり行き交う人々に襲いかかったりした。キリスト教の小学校に銃弾が打ち込まれ、最後にはキリスト協会が4つも焼かれてしまった。
私は暴動という行為自体を正当化するつもりはない。そういうことを意識してこの話を書いたわけでもない。ただ、このような暴動が起きるまでにはそれなりの理由があった。オーストラリア政府がイスラム移民の犯罪をきちんと取り締まり、地元市民の安全を保証していれば、このような暴動は防げただろう。フランスで何週間も続いたイスラム系移民たちによる大暴動を考えると、クロナラビーチの地元民の不満が爆発した理由も理解できる。そういう面では私がこの暴動を正当化したといわれれば、それはそうかもしれない。
だが、犯罪を起こす移民の行為を批判し、政府がそれらの人々を厳しく取り締まるべきだという主張と、移民は全面的に排斥すべきだと言う主張は全く別だ。当ブログを長年ご愛読くださっている読者諸君ならご存知のことだが、カカシは移民に反対などころか、日本にしろアメリカにしろ移民は多いに受け入れるべきだと主張してきた。但し、移民の受け入れ態勢をしっかり整えた上でのことで、という条件付きで。国籍法改正についてのこのエントリーなどがそのいい例。
実を言うと移民問題はカカシにとっては他人ごとではない。何故ならば、カカシ自身が1980年代にアメリカに移住し、その10年後にアメリカ国籍を取得した移民だからである。カカシのアメリカにおける移民法に関する意見は以前移民問題を装う人種差別や移民法改正案阻止が共和党の崩壊へとつながる可能性でも述べているが、カカシは移民に対して非常に同情的な立場にあるということを読者の皆様にご理解願いたい。(中略)しかし私は、国籍法などという末端のことを議論する前に、日本社会は今後移民の受け入れをどのように行って行くつもりなのか、その方針をはっきりさせことの方が大切だと考える。
本人達が意識していなくても移民の受け入れを拒絶する保守派の間には、アメリカでも日本でも他人種迫害の差別意識が少なからず働いている。彼らが明らかな人種差別者であると言っているのではない。だがよそ者には近所に住んでほしくないという気持ちがあることは否定出来ない。
かといって、外国人が無制限に入ってくる事実は治安上も文化上も決して好ましい状態ではない。現に外国人による犯罪は日本でもアメリカでも地元民の犯す犯罪よりも凶悪で頻度は高い。また地元の文化を尊重せず外国の野蛮な文化を身勝手に持ち込む外国人移民による文化の粗悪化も決して無視できない事実である。
しかし、少子化の進む日本において、外国人労働者は必要不可欠。日本人だけでは日本社会はもう成り立たない状態である以上、外国人をやたらに閉め出すやり方では違法移民を増やすだけで何の解決にもならない。
大切なのは、日本の文化を保ちつつ外国人を受け入れる均衡の取れた移民法を作り出すことだ。それには、移住してくる外国人がなるべく早く日本社会に融合してもらえるような体制を日本は整える必要がある。
外人は嫌いだという阻害的な姿勢で、移民を一定地域に隔離して、一般市民とは異なった扱いをしたりすると、今、ヨーロッパ諸国で起きているモスレム移民問題のようなことが起きてしまう。ホストカントリーが自分たちの面倒を見てくれないから、自分たちで仲間を守るという気持ちから、かえって過激な思想が生まれてしまう。
マキシムの口ぶりから言って、彼は私のブログを一度も読んだことはなく、他の人たちが私の書いたエントリーの一部を引用して意見を述べているものを、私の主張と勘違いしたものと思われる。私は人権擁護法には反対だし、外国人参政権にも反対だ。だからそういう意見の保守派の人が私のブログから引用したとしても不思議でもなんでもない。ただ、私の文章を引用した人の意見は必ずしも私の意見と全面的に一致するとは限らないので、その辺を間違えないでもらいたい。
マキシムの読者は多分リベラルだろうから、保守派の私が何を言おうと興味はないだろうが、ま、一応間違いはただしておきたかった。
アップデート:マキシムから返答があったので張っておく。
イラッシャイマセ(笑)御高名はかねがね(苦笑)自覚なきことは恐ろしい、と言う教訓を改めて頂きました。
貴女ほど優れた反面教師を小生は他にそうは存じ上げません(平伏)本当、勉強させて頂いてますよ(笑)コモリ氏と言い、貴女と言い…
レッテル貼りと言えば、小生をいきなりリベラル呼ぱわりもレッテル貼りといえばそうですよ?そこらの似非ホシュなんかよりずっと保守派のつもりなんですから(苦笑)
まあ、おきばりやす。ぶぶ漬けでもいかがどすか?(笑)
ま、「人種差別主義者が反移民とは限らず」「移民反対論者が人種差別主義者とも限らない」って事でしょう(苦笑)
カカシ女史は前者、と言う事でよろしいんじゃあないでしょうかしら(苦笑)
日本における『移民反対論』にレイシズム的面が存在することは確かですが、しかし「移民に反対する事」自体は別に人種差別でもなんでもないですよ。制度的・文化的にお互い敬意を払いたいけど国の実情にあわないからお互い「親しき仲にも礼儀あり」で「ホモじゃないんだし男(女)同士で同衾するのはやめましょうよ?」と言ってるだけ、って事もありますしね(苦笑)
小生も「今の日本に移民は時期尚早」と言う立場ですしね。
逆に、一方的にヨルダン移民の人々・モスリム移民に対するネガティブな印象操作に狂奔なさる人こそ、「移民賛成であろうが人種差別・イスラムフォビア」と言われてもシャー無いんじゃないっすかぁ?(苦笑)
大抵の人種差別主義者は「あいつらの方が悪いんだ!俺達は悪くない」って言いますしね。と言うより「汚名」だと言う認識がおありとは驚きですよ(嘲)それだけコテコテの民族憎悪にとりつかれてらっしゃるヒトがぁ(笑)
世界の驚異ですね(笑)
あ、小生は「移民反対論者でメールショーでレイシスト」ですよ?多分ね(笑)
そこ等のひ弱な根性の自称ホシュよりずっと日本保守!を自認してますし(苦笑)
November 6, 2009, 現時間 10:04 AM
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October 9, 2009
悩むオバマ王、何故オバマ王は決断できないのか?
アフガニスタンに増兵すべきという現場の軍人、マッククリスタル将軍の推薦があってからすでに数週間が経つにも関わらず、オバマ王は未だにその案を吟味中だという。その間に米軍はアフガニスタンにおいてゲリラからの攻撃に圧倒されて8人の戦死者を出すという悲劇を生んでいる。オバマの決断が長引けば長引くほど、アメリカ兵の犠牲は高まるばかりであろう。
こんなことを書くと、ブッシュ政権時代にはたかが数千人の戦死者でつべこべ言うな、とか言っていたくせに、オバマ王の代になったら急に8人でも戦死者の数が多過ぎると言うのは偽善ではないかと言われそうだが、戦死者の数が多過ぎるか少な過ぎるかというのは、その犠牲を払う事に寄る見返りがどれだけのものなかに関わってくる。千円という値段が高いか安いか、それは、その千円で何を買うかによって違ってくる。タバコ一箱が千円なら高いが、それがハンドバッグなら安いということになるのと同じだ。
ブッシュ時代に始まったアフガニスタン戦争もイラク戦争もテロ退治をしアメリカの国土を守るという目的があった。私がこのくらいの戦死者は少ない方だと主張していたのは、アメリカの国土保証、ひいては世界の平和を守るためならば、多少の犠牲は止む負えない、仕方ないという立場からの発言であった。
しかし、オバマ王がアフガニスタン対策をどうするかと優柔不断な態度を取ってる間に出る戦死者の数は一人でも多過ぎる。何故ならこれらの犠牲によってアメリカが得るものは何もないからである。
何故オバマ王は自分が特別に任命したアフガニスタン戦争総司令官のマッククリスタル将軍の意見を素直に受け入れることができないのであろうか? イラク戦争には反対でもアフガニスタン戦争はやる価値があると考えている人は少なくない。911同時多発テロに直接関与したテロリストはアフガニスタンのタリバンが擁護していたアルカエダのメンバーであり、そのタリバン退治の戦争は当然の成り行きだ。それを途中で見捨てるのは、多くのアメリカ人が承知しないだろう。
ブッシュ時代にはアフガニスタン情勢は安定しているようにみえた。時々小競り合いがあったりはしたが、特にこれといった悪いニュースは聞こえてこなかった。それがオバマ政権になった途端に戦況は悪化の一途をたどっている。これはオバマにとっても都合が悪いはず。それが勝利へと戦況を好転させる方法があるというのに何を迷う必要があるのだ? 国内ではまだまだ不況はひどくなるばかりだし、オバマが始めたはずの健康保険改正案も完全に民主党議会に乗っ取られてしまい国民を怒らせるばかりだし、オリンピックの件ではわざわざコペンハーゲンまでいって赤恥をかいたし、このへんで何か成果を上げなければノーベル平和賞なんてもらっても、単に世界の笑い者になるのがオチだ。
だが、オバマには簡単にアフガニスタン勝利を選べない理由がある。それは、オバマが大統領になるために支持を仰いだ反米極左翼支持者たちとの約束である。
オバマ王が選挙運動をしていた時は、まだイラク戦争の好転は明らかではなかった。それでオバマは自分が大統領になったらイラクから即撤退しアメリカ軍によるイラク戦争大敗を保証すると約束して、反アメリカ軍主義の極左翼たちの支持を仰いだ。ところが、選挙運動中にイラク状況は急激に好転し、ずっと反戦だった主流メディアですらブッシュの新政策の成果を報道しないわけにはいかなくなった。今の状況では米軍の即刻撤退など意味がない。第一やたらなことをして、うまく行ってる戦争を台無しにするような行為は、いくらオバマ王でもまずいと考えたに違いない。
イラク戦争に負けることが出来ないとなると、反米軍主義極左翼へのご機嫌取りに何か別の戦争に負けなければならない。となればブッシュが始めたアフガニスタン戦争に負けること以外オバマには道がない。
もっともアフガニスタン戦争がオバマの新作戦によって好転すれば、それによって得られる国民からの支持は、一部の極左翼からの支持よりも大きいのではないかとも考えられる。この際極左翼など裏切って国のためになることをした方がオバマ王の大統領としての権威を高めることになるのではないか?
問題なのはオバマにはそんな悠長なことを言っている時間がないのだ。オバマが今すぐマッククリスタル将軍の推薦通り、増兵と新作戦を始めたとして、必要な人員や軍事用品などの準備には数ヶ月かかる。そして作戦を実行しその成果が出始めるのは少なく見積もっても一年半後くらいになるだろう。一年半もかかっていたら2010年の中間選挙に間に合わないのだ。
今オバマがアフガニスタン増兵を実行すれば、極左翼は次の選挙でオバマを見捨てるだろう。そうなれば、オバマは民主党議員の議席を大幅に失い、共和党に与党の座を奪われる可能性がある。そんなことになったら一年後にアフガニスタン戦争に勝ってみてもオバマとしては意味がないのだ。
となればオバマの決断は簡単だ。反戦派の極左翼に迎合してクリスタル将軍の推薦は却下するしかない。だが、あまりにもおおっぴらに却下すれば、一般のアメリカ市民からの支持を大幅に失う可能性がある。そうならないためには、オバマ王は表向きは将軍の推薦を受け入れたと発表し、実際には増兵に必要な対策について長々と討論をして時間稼ぎをし、人々の関心が薄れた頃を見計らって、徐々にアフガニスタンから撤退することになるだろう。
反米極左翼の連中には「心配するな、表向きは増兵、実際は撤退、お前達を裏切りはしない」と得意のジェスチャーで応えればいいのだ。
October 9, 2009, 現時間 10:20 PM
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June 9, 2009
グォンタナモ収容所を閉めてはいけない理由
小山のエミちゃんが私の反論に反論しているのだが、あまりにもこじつけのような反論だし、時差ぼけでやたらにやり合う元気は今ない。グォンタナモ収容所閉鎖について、保守思想のマイク・ロスさんが、エミちゃんのコメント欄で貴重な情報を提供してくれているので、そちらのほうを紹介しておきたいと思う。
でもその前に、彼女の前置きについてひとこと。
わざわざクレタ島(クリートは英語読みで現地語ではクリティに近いらしいのだが、日本語ではクレタで定着しているのでそう表記する。現地語読みするのも日本語として定着した読みをするのも良いと思うけど、第三国の発音でカタカナ表記するのは変だと思う)でバケーション中にわたしの相手なんてしなくていいのになぁ。クレタ島で過ごせる貴重な時間がもったいないでしょ?
昨日、日本に居る父に「クリート島ってとこに行ってたんだよ。」と言ったら「そんな島は知らんなあ、、クレタ島のことかな? だったら第二次世界大戦で海上大合戦のあった島だが、、」と言われて、はじめてクリート島のカタカナ表記はクレタ島だということを知ったカカシであった。(言っとくが、私はクレタ島に遊びに行ったのではないからね。)クレタ島をクリート島と表記したのは、英語ではそう表記されてるからだし、現地の人の発音もそれに近かった。外国住まいのカカシが日本語のカタカナ表記を知らなかったからってどうってことないでしょう。こういうくだらないことを重箱の隅をつつくみたいにほじくるからリベラルは嫌いよ。では本題。
先ず、水攻めにあった三人の収容者がどのような人物であったのかという件について、マイクさんはウィキペディアを引用してこのように説明している。
Wikiによると、水攻め(Waterboard)されたのはカリー・シェイク・モハメッド(Khalid Sheikh Mohamed)とアブー・ザバヤハー(Abu Zubayahah)。この二人がテロリストではなく、テロ支援者の疑いで捕まっただけでしょうか?
紹介されたウィキによれば、カリー・シェイクは911攻撃陰謀を企てた首謀者であり、1993年の貿易センター爆破事件を初めバリのナイトクラブ爆破事件、未遂で終わった2002年のロサンゼルスバンクタワー攻撃計画、アメリカン航空爆破計画、ダニエル・パール記者斬首虐殺事件などにも加担していた事実を認めている。この事実は911調査報告書に記載されているという。ちなみにオバマ政権が公表したCIAの取り調べ法に関するリポートには、取り調べによってどれだけ貴重な情報が得られ、危険がテロ計画が未遂で阻止された事実は一切隠されていた。
もし、テロリスト=自爆で死んだ人の定義であれば、確かにテロリストではありませんが、テロリスト=テロの計画にかかわった、もしくはテロをプロデュースした人の定義でいけば、彼は立派なテロリストです。
また、彼は”戦場”で捕まった。そして、私服で戦闘にかかわったとなると、第二次世界大戦のルールで行けば、その場で射殺されても国際法上問題が無かった人物です。
小山エミやリベラルが解っていない、もしくはわざと解らない振りをしている大切な事実は、グォンタナモの収容者は単なる犯罪容疑者ではなく、不正規敵側戦闘員として捕虜となったテロリスト達なのだということだ。
もし、アメリカが敵国と戦争して敵側の正規軍の兵士を捕虜にした場合、個々の兵士の罪が裁判にかけられるということは先ずない。しかし正規軍の兵士は捕虜としてジュネーブ協定によりその人権も保証されている。
だが、不正規戦闘員の場合はそうした権利は全く保証されていない。彼らは単なる犯罪容疑者でもなければ、正規軍の捕虜でもない。だから普通に民間の裁判で裁かれるべき人間ではないし、だからといって証拠不十分などという理由で解放するわけにもいかない。母国が引き取ってくれなければアメリカ政府が半永久的に拘束する以外にない危険人物ばかりなのである。
ジュネーブ協定に関するエミちゃんの誤解について、マイクさんとエミちゃんのやり取りを読んでみよう。
エミ:兵士はジュネーヴ条約に基づいて捕虜として扱われるべきで、グアンタナモのような扱いは許されません。第二に、理由があって連れて来られたのかどうかは裁判で明かされるべきで、その裁判を受ける権利を否定するのは認められません。マイク:ジュネーブ条約を読んでください。Guantanamoで収容されている捕虜は対象外です。また、このような人たちは犯罪者として取り扱われるのではなく、処刑される位置づけの人たちです。すなわち、生きている事自体が”恩赦”である存在です。アメリカは現地に引き渡すと殺される存在に対して慈悲をあたえ、リスクをとってまでしても一部を自由にし、リスクをとりたくない、もしくは受け入れ先が無いのが現在残っているわけです。選挙で政治家として発言したオバマ氏でさえ、ブッシュと同じ判断に至っています。
エミ:あの、だからさ、わたしはかれらは犯罪者もしくは捕虜として扱われるべきだ、と主張しているの。犯罪者なら公正な裁判を受ける権利があるし、捕虜ならジュネーヴ条約の保護を受けます。そのどちらでもないと決めつけたのはブッシュ政権であって、わたしじゃないですよ。
マイク:権利のない人を権利のある人同様に”犯罪者”として扱う事は危険です。その為にジュネーブ条約が有ります。あなたはジュネーブ条約を盾にした意見を述べていますが、同時にジュネーブ条約を無意味にしています。その矛盾を理解していただけないのなら話は前進しません。どちらでも無いと決めつけているのはブッシュ政権ではなく、ジュネーブ条約です。一度ジュネーブ条約を読んでみてください。
ジュネーブ協定を強調していながら協定の内容を理解していないエミちゃん。自分で下調べをせずにリベラルトークショーホストの受け売りで物をいうからこういうことになる。
また、こういう人間たちをアメリカ国内の刑務所に収容することの危険性についてもマイクさんはこう説明する。
すでに釈放されている人口のうち、7人中1人は釈放された国でテロを行っています。これまで、テロ容疑でアメリカ国内で逮捕された人は獄内でリクルート行為を行い、その結果、未遂に終わっているが、国内でのテロ事件はこの人たちによって計画され、実行に移されている。
罪が無い人がテロのレッテルをはられる事は問題かもしれないが、Guantanamoにいる囚人はテロに関与していると断言しても良いほどテロに関わってきた人たちだ。その人たちをアメリカの犯罪者と一緒の環境においても良いと言う考え方に問題があるとおもいますが、いかがでしょう? それとも、囚人の家族には説明しなくても良いと?
エミちゃんはテロリストが国内の刑務所に収容された場合の脱走の危険しか考えていない。だが、危険なのは脱走だけではない。
これらテロリストがアメリカ市民の犯罪者をテロ集団に勧誘する可能性も考えなければならない。刑務所で知り合った釈放間近の収容者をスパイに使う可能性もある。また国内に収容すれば、国外では与えられなかったアメリカ国内の法律がテロリストにも当てはまるという議論が生じる。そうなれば、テロリスト仲間の弁護士などを通じて国内でのテロ作戦が実行に移される可能性は大きい。
また、テロリストでも重要人物が何処の刑務所に収容されているかが公になれば、テロリスト仲間による刑務所攻撃テロも充分に考えられる。地元の人が反対する理由はこの危険性を恐れてのことである。
グォンタナモは閉鎖すべきだ、テロリストは国内の刑務所に移すべきだ、と言うのは簡単だが、そうした場合に起きる国土保証に危険を及ぼす大きな弊害についてエミちゃんをはじめ、リベラル連中は全く考えていない。人権がどうの自由がどうのと大騒ぎする割には、アメリカの自由もアメリカ人の人権も踏みにじろうとするテロリストによる攻撃には全く無頓着なリベラルたち。
エミちゃんは以前に、ブッシュ政権時代の取り調べ法は憲法違反だと書いていたが、これには全く根拠がないばかりか、完全な誤りである。エミちゃん風に言えば「嘘」である。それにういてマイクさんの説明はこうだ。
”水攻め=拷問”とするにはまず、拷問を定義しなければなりません。人の命を助ける目的で水攻めなどの行為を行う事は”拷問”ではないと判断されています。すなわち拷問の”Intent”がなければ拷問ではない。これがアメリカ法務省が下した結論です。この結論に基づいて政府の役人が業務を遂行した。それを後からリベラルの方々は”犯罪”扱いにしている。何を根拠に? 人の命を守るため、法の範囲内の行動を行った人を裁判に引きずり出し、人生を破壊し、どのようなメリットをMacskaさんは得られるのですか?
すべてのやり取りを読んだわけではないのだが、きちんと事実調査をしているマイクさんに比べ、いかにエミちゃんが印象だけで事実に基づかない議論をしているかが解る。
June 9, 2009, 現時間 2:55 AM
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ムーブオンはサイト管理に責任がないって?
小山のエミちゃんが私の反論に反論しているのだが、反論があまりにもナイーブなんでまた反論なんてだるくてやる気しないんだけど、この件だけはちょっと書いておこう。
カカシ:ファシストをファシストと呼んで何が悪い? だいたいブッシュをヒットラーとなぞらえるような選挙運動やってた党が、いまさらこんなことをいう資格はないだろう。
エミ:うわー、いまだにそんなデマ言う人いるんだ? これはもうずっと前に保守メディアで騒がれた話で、どういう経緯かというと、MoveOn.orgという団体が優秀作は実際にテレビで放映するという形で「ブッシュ政権に反対する30秒コマーシャルコンテスト」を実施したところ、数千件もあった応募作のうち二つだけブッシュをヒトラーとなぞらえるような内容のものがあったのね。このコンテストでは、YouTubeと同じようにユーザがビデオを自由にアップロードできるようになっていて、その中からMoveOn.orgメンバーの投票で優秀作が選ばれることになっていたのだけれど、主催者による検閲がなかったために不適切な内容のビデオもいくつか掲載されてしまったというのが事実。もちろん、「ブッシュをヒトラーとなぞらえるのは不適切だ」という指摘がすぐにあり、それらのビデオは主催者によって速やかに削除されたけれど、それを保存していた人がいて、保守メディアで繰り返し放送された。
不適切なビデオが投稿されることは当然予想されたことで、内容を確認してから掲載すべきだった、という批判は妥当かもしれない。けれどもこれは、何千件もの応募作のうちの二つでしかなく、内容に気付いた主催者がすぐに削除したのだから、MoveOn.orgが意図的にブッシュをヒトラーとなぞらえるために掲載したわけではない。また、MoveOn.orgは政治資金法上、民主党の選挙対策委員会と戦略を協議することは認められていないから、仮にMoveOn.orgにこの応募作について何らかの責任があったとしても、民主党には何の関係もない話だ。
うわ〜、未だに天下のムーブオンが自分たちのサイトに掲載するビデオの管理が出来てなかったなんて人を馬鹿にした言い訳を信じてるナイーブな人が居るんだ!信じられない!
ブッシュとヒットラーをなぞらえるやり方は左翼の常套手段だったんだけどね、今更なにをとぼけてんだってとこだ。これなんかがいい例。ま、一部の過激派がやったことで民主党が公式にやったことじゃないって言いたいならそれでもいいが、はっきり言ってlameな言い訳。
June 9, 2009, 現時間 12:17 AM
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January 7, 2008
ジェンダーフェミニストの見分け方
アップデートあり、下記参照。
先日から続いているフェミニズムに関する討論で、macskaさん(ペンネームは小山エミ)はかなりお疲れのようなので彼女の最新の反論を取り上げながら、ジェンダー及びエクイティフェミニズムについて最終的にまとめてみたいと思う。その後でmacskaさんが犯した間違いについて指摘してただしておきたい。
まず、macskaさんは、だいたいジェンダーフェミニズムとかエクイティフェミニズムなどという言葉使いは一般的ではなく、フェミニズムをジェンダーとエクイティに分けるなどという概念自体が存在しないとおっしゃる。
macskaさんがそうお考えになるのは当然だ。それというのも、1994年に哲学者のクリスティナ・ホフ・ソマーズ女史がこれらの言葉とその概念を彼女の著書"Who Stole Feminism"で紹介してからというもの、アメリカのフェミニストたちはソマーズ女史をフェミニズムの敵とみなし、彼女の言葉使いから概念まで完全拒否してきた。ソマーズ女史はフェミニスト大会などへの参加をことごとく阻止され、もし女史が会場に現れようものなら警備員に暴力で追い出されるなどということがずっと続いているのである。フェミニストたちはジェンダーとエクイティーという言葉を否定することによってその概念そのものの存在を否定しようとしたのだ。左翼が大半を占めるフェミニストたちがホフ・ソマーズ女史を「極右といってもいいくらいの保守派」などと呼ぶのも、ホフ・ソマーズ女史が実際に保守派だからというより、極左翼のフェミニストたちからすれば宿敵ホフ・ソマーズは右翼に違いないという理屈になるだけなのだ。macskaさんがホフ・ソマーズ女史を保守派と呼びながら、女史が従来のフェミニストたちを批判したということ以外に保守派思想とする根拠を出せないのがいい例である。
しかしながら、カカシは最初からジェンダー・エクイティという定義が一般的にフェミニストたちに受け入れられているなどとは主張していない。はっきりいってフェミニストがこれらの定義を受け入れる入れないは重要ではないのである。ジェンダー・エクイティの概念は単に現在のアメリカのフェミニズムを説明するにあたりホフ・ソマーズが作り出した定義にすぎず、私はそれに従ってアメリカのフェミニストたちを分析しているだけだからだ。
ジェンダーフェミニズムとエクイティフェミニズムの決定的な違いは全体主義と個人主義の違いである。ジェンダーフェミニストは女性を女性というグループの一員として考え、その目的は女性の地位向上にある。だから女性というグループ全体が冷遇されれば怒るが優遇される場合は大歓迎する。それに反してエクイティフェミニストは女性を一個人として考え、女性も男性と同じ機会を与えられ同じ基準で試されるべきだと考える。であるから不公平な待遇はそれが冷遇であろうが優遇であろうが受け入れない。
私が最初にmacskaさんから「左翼(多分共産主義)のレズビアンフェミニスト」という印象を受けたのも、彼女の言葉の節々からジェンダーフェミニズム特有の全体主義を感じ取ったからだ。これまでの彼女のやりとりや特に前回の私の出した質問への返事でmacskaさんに対するカカシのの第一印象が正しかったと確信した。では私の出した三つの質問を振り返ってみよう。
- 質問1:大学などの理数学部で女子生徒や女性教授の数が男性に比べて極端に少ないことは、応募者数に関係なく男女差別なので女性の数を増やすべきであると思うか?
- 質問2:歴史的に迫害されてきた少数民族や女子に公平な機会を与る目的でつくられた、これらの人々への特別考慮をするアファーマティブアクションを支持するか?
- 質問3:タイトル9によって、学校内で男女同じように運動部が設けられその活躍や規模に関係なく同じ予算をあてがわれなければならないという法律を支持するか?
これらの質問に共通している点は女性を女性という団体の一メンバーとしてみるか、それとも女性を一個人として見るかということだ。質問1で、もしも女性の数が圧倒的に少ないのが男女差別が原因だとは限らないと思うなら答えはノー。質問2は明らかに女性優遇をするシステムを支持するかしないかという質問なのだからジェンダーならイエス、エクイティならノー。質問3のタイトル9は女性優遇男子抑圧の典型的な法律だから、女子優遇を支持するジェンダーならイエス。不公平な優遇を支持しないならノー。
こんな単純なイエスかノーかの質問をmacskaさんはこのように誤魔化して答えようとしない。
イエスかノーかと迫る時点で、既におかしいのよ。例えばある学部で女性が少ないだけで差別があるとは言えないけれども、かといって人数の違いは生まれつきの特性の差であって差別は存在しないと決めつけるのもおかしいでしょ。具体的に調査を行なうなり当事者の生の声を聞くなどして、差別の問題があれば対処していくべきじゃん。
あるいはアファーマティブアクションだって、必要な場合もあれば不必要な場合もあるだろうし、必要だとしてもさまざまなやり方があるわけ。例えばブッシュ大統領はいわゆるクォータ制やポイント制には反対だけれど、テキサス州知事時代には「どの公立高校であってもトップ10%に入る生徒には州立大学への入学を認める」という措置を実施していて、実質的にこれは貧困などの理由で全体的に成績が低い地域の学校に通う、その中では比較的優秀な生徒を救済しているわけ
数が少ないだけで差別があるとはいえないというなら、それ以上の説明は必要ないはず。それでもどうしても説明をつけたいなら、男女の学力審査が均一である限り答えはノーとすればいい。アファーマティブアクションは男女間においては完全に女性優遇のシステム。この場ではそれ以上の説明は必要ない。
macskaさんが単に男女平等を求めるエクイティフェミニストであれば答えは非常に明白なはず。それをごちゃごちゃ言い訳をして答えようとしないのは彼女自身、自分がホフ・ソマーズのいうジェンダーフェミニストだということを十分に承知しているからだ。しかしすべての質問にイエスと答えてしまえば読者が彼女をどう解釈するか分かっているから答えをはぐらかして自分が本当は何を信じているのか隠しているだけだ。macskaさんはこの手の議論は何度もしているとみえてやり方に抜け目がない。
読者の皆様はもうお気付きだろうが、macskaさんは私が彼女のことを左翼だの共産主義者だのレズビアンだのと呼んだことに関して「自分はそうではない!」と何度もヒステリックに怒鳴ってはいるが、ではいったい自分は何を信じているのかという説明を一度もしたことがない。つまり、左翼とはこういうひとたちのことをいうが、私の信じるのはこういうことで左翼とは全く違うとか、マルクス主義フェミニストはこういう方針だが、ここが私と彼女たちとの決定的な違いだとかいう説明がない。自分はポリティカルレズビアンは嫌いだとは言ってるが、どうして嫌いなのかという説明はしていない。
macskaさんが明かにしないのは自分のフェミニストとしての姿勢だけではない。私は最初に彼女がバックラッシュという本の宣伝ブログの経営者のひとりであることを知った時、彼女も著者のひとりなのだろうと思ったのだが、アマゾンに載っていた宣伝には著者の名前が四人しかなく、彼女らしいひとはいなかったので思い違いだったのかと思っていた。バックラッシュの話題がのぼった時もmacskaさんはバックラッシュについて自分が関わった本とは書いていたが自分が共著者であるという事実をあきらかにしなかった。
自分の書いた著書を自分で宣伝することが悪いことだとは思わない。いやむしろ資本主義と自由市場を信じるカカシはそういうことは大いにやるべきだと思う。だが自分で書いた著書をあたかも他人が書いたかのように言ってほめたたえるやり方は感心しない。
では最後にmacskaさんが先のエントリーでおかした間違いとおかしな点をいくつか指摘しておこう。以前にmacskaさんは私の間違いを丁寧に指摘してくださったので恩返しである。
間違い1:リベラルの政策は減税と小さい政府。
今のアメリカの政治界でこんな非常識なことをいう人はいない。リベラルの英雄であるルーズベルト大統領の時代からリベラルの政策は政府が国民の面倒を見るためにその権限は拡大されなければならないというもの。国民年金を最初にはじめたのもルーズベルト大統領だし、現在国民健康保険などをすすめているのもリベラルの政治家たちである。年金を民営化しようなどという話をするのはいつも保守派で、税金をあげないと約束して上げたパパブッシュが大統領選挙の二期目にクリントン候補にまけたのは有名な話。クリントン大統領の時代に税金は大幅にあがった。減税と年金民営化をとなえてリベラルのゴアに勝ったのは今のブッシュ大統領。こうしたことを考えればリベラルが減税と小さな政府を政策としてるなどという考えがどれだけ非常識かがわかるはず。
間違い2:デイビッド・ブロックはゲイだとばれて保守派に見放された。
こんなとんでもないデマを流しているのは左翼ブログくらいしかない。それを信じてるmacskaさんが左翼なのもこれで明白。ブロックの男色趣味は彼が"Real Anita Hill"を書いていた頃から保守派の間でそれを知らないひとなどなかった。macskaさんは保守派は男尊女卑で人種差別者で同性愛恐怖症だと思い込んでいるからこのようなでたらめを信じてしまうのだ。ブロックが保守派に見放されたのは第2作の"The Seduction of Hillary Rodham"(ヒラリー・ロダムの誘惑)を書いている取材の途中でブロック自身がヒラリーに魅力に誘惑されてしまい、ヒラリーを攻撃するための本がヒラリーをたたえる本になってしまったため、保守派の評論家から叩かれて一気に人気を失ったことをすねて保守派評論家に八つ当たりしたのが原因だ。
間違い3:NOWがタリバン批判をやめたのはタリバン政権崩壊後のことである。
NOWがタリバン批判をやめたのはアフガニスタン戦争が始まった時であり、タリバン崩壊後のことではない。それにNOWはあれほどタリバン政権に関してブッシュが何もしていないと批判していたのに、いざブッシュ政権がタリバンと戦うことになった時ブッシュ政権を応援しなかったのはなぜだ?あれほどひどい女性迫害政権がブッシュ政権によって崩壊されたのにブッシュ政権やアメリカ軍隊にお礼の一言もないのはなぜだ?
アフガニスタン戦争を声高に支持しているフェミニストといえば元NOWのメンバーで今はNOWの批評家となったタミー・ブルースくらいだろう。
それに現在でもタリバン政権は崩壊したがタリバンは滅んでいない。macskaさんは今でもタリバンが北アメリカ同盟の軍隊に執拗にテロ行為をして攻撃を仕掛けている事実をしらないらしい。アフガニスタンを追い出されたタリバンは今度はパキスタンに潜入してパキスタン市民の身を脅かしている。パキスタンで起きる女性弾圧や女性迫害行為はタリバンの影響を大きく受けているのだ。タリバンへを糾弾する理由はまだまだある。
間違い4:フェミニストがイスラム教を批判する理由はない。
あのー、だからなんでフェミニストはイスラム教を批判しなくちゃいけないんですか? キリスト教についてだって、キリスト教の教義を口実に女性の権利を侵害するような個別の行為については批判したとしても、キリスト教自体が問題であるとか言い出したらおかしいでしょ。同様に、イスラム教だって女性の権利を侵害するような個別の行為を批判することはあっても、イスラム教自体を批判する必要なんてどこにもないのでは。
macskaさんは以前に『NOW がタリバンやイスラム教原理主義による女性迫害を取り上げていないという点も、まったくのデタラメ。』といっていたのに、それがでたらめでないことをカカシが証明したら、とたんに『どうしてNOWがイスラム教批判をしなくちゃならないんですか』と開き直ってしまった。
女性弾圧がイスラム教の名のもとでされていればイスラム教もしくはイスラム教徒を批判するのは自然だ。特に政権がイスラム教徒でありその国の法律がイスラム教をもとにしたものであればなおさらではないか?例えばサウジでは強姦された女性がむち打ちの刑に処せられ、彼女の女性弁護士までも弁護士資格をとりあげられるなどの弾圧を受けている。イランでは兄弟に強姦されて妊娠した12歳の少女がイスラム教の名の下に石打ちの刑に処せられている。キリスト教国家でこのような国がひとつでもあるというなら教えて欲しい。女性の人権を守るはずのフェミニストがこれらの女性への暴力に沈黙を保つのは何故だ?NOWにはいくらでもイスラム教やイスラム教政権を批判する理由がある。
アップデート:2008年1月8日現在
NOWが対テロ戦争が始まって以来ほとんどイスラム圏の政権を批判していないという話を昨日したばかりだったが、今日NOWのホームページにいってみたら今月4日付けで上記のサウジの件について批判が載っていた。(対テロ戦争が始まってからのイスラム批判は数えるほどしかない。しかもこの記事の前のイスラムに関する記事は2005年にさかのぼらないとみつからないし、それすらも批判的とはいいがたい。)ほ〜ら、NOWはちゃんとイスラム批判をしているではないかと喜ぶのは気が早い。この事件が起きたのは去年の11月半ばのことで、その時にNOWがこのことを批判しなかったとして周り中から叩かれており、私もそのことを米フェミニストの偽善を暴いたモハメッドという熊のぬいぐるみで12月4日にタミー・ブルースの記事を基本に書いている。つまりNOWは周りからたたかれてはじめて批判の記事を書いたというわけだ。しかも、サウジ政府はブッシュ政権の同盟国だというブッシュへのジャブを忘れないところがさすがである。(裁判では、06年3月に集団暴行を受けた女性(19)が、親族でない男性と会っていたとして、禁固6カ月とむち打ち200回の刑を言い渡された。この判決が欧米メディアで報道され、国際社会から非難が集中。アブドラ国王は07年12月、女性の恩赦を決定した。CNNより)
アップデート2:ひょんなことからバックラッシュの批評を書いているブロガーさんを発見した。彼の批評を読んでいて私の解釈が完全にあっていたことが証明されたので非常にうれしい。私は以前に下記のように書いた。
アメリカのフェミニズムでもそうなのだが、女性運動のはずなのに、性(セックス)に関する話題がやたらに出てくるのはなぜなのだろう。だいたいフェミニズムにトランスジェンダー(性転換手術を受けた人)だのmacska教授専門のインターセックス(男女両方の性器を保持する人)だのレズビアンの話が出てくること自体不思議である。しかしこれがジェンダーフリーの「フリー」が性別を無視するとか超越するという意味だと解釈すれば多いに納得がいく。
つまり、人間には持って生まれた女性らしさとか男性らしさというものがあるのではなく、性器によって社会がその役割を押し付けることから違いが生まれるという考え方が根本にあるため、自分の性に混乱のある人たちの意見が注目されるのではないだろうか。
下記は人権・男女共同参画・性etc.の管理人のBruckner05さんによるマルクス主義フェミニストの上野教授への批評である。(ちなみにBruckner05さんはジェンダーフリーへの批判も分かりやすくまとめているので、ご参照のこと。)
■破綻したジョン・マネーの「双子の症例」にしがみつく上野教授, 2007/8/14
今やすっかりその破綻が暴露されたジョン・マネーの狂気の人体実験「双子の症例」を鵜呑みにして、「ジェンダーはセックスから独立」説を展開したのが「差異の政治学」論文だ。「双子の症例」の失敗が明らかでなかった時期に書かれたという言い訳は成り立たない。本書は2002年の刊行である。その時期すでに同症例の失敗は暴露されていた。
同じジェンダーフリー派の伏見憲明氏が1997年刊行の『<性>のミステリー』(講談社)で、同症例の失敗を詳しく紹介して、「性自認や性役割には、ジェンダーよりもセックスが強く作用しているということなのか? 話は再び振り出しに戻った」と、率直に揺れる思いを吐露したのと対照的である。少なくとも本書における上野氏の態度は学問的とはいえない。
なお、一部に、上野氏は「双子の症例」に一切触れていないと上野氏を擁護する向きもあるが、誤りである。上野氏自身が『バックラッシュ!』(双風舎)所収インタビューで、「双子の症例」が反証されたと知っていた、という趣旨の発言をしているからだ。
ジェンダーはセックスから独立などしていない。「社会的に作られたから社会的に変更できる」(上野教授)は大間違いである。ジェンダー独立説に依拠して構築された「男女共同参画」の概念も施策も誤りであり、害悪でしかない。
やっばりそうだったのか。
アップデート3:macskaさんこと小山エミは、私がジェンダーフリーのフリーを「抜き」という意味と解釈したことについて、かなり馬鹿げた解釈だという書き方をしていたが、彼女の過去ログからこんなエントリーを発見した。まずは上記のBruckner05さんのジェンダーレスとジェンダーフリーは同義語であることの根拠から。
ジェンダーフリーはジェンダーレスと違うと言うが、ジェンダーフリーの提唱者で、男女共同参画社会基本法の理念作りに中心的役割を果たした大沢真理・東大教授は、「ジェンダーからの解放=ジェンダーそのものの解消」とはっきり書いている。
これに対して小山エミの反論はこちら。太字はカカシによる強調。
これは、大沢さんがどういう意味で「ジェンダーそのものの解消」と言ったのか、Bruckner05 さんが理解できていないだけ。ジェンダーというのは辞書的には文化的・社会的な性役割や「男らしさ/女らしさ」といったものを指す価値中立的な言葉だけれども、現実にそれは一種の規範として強制力というか圧力を持つわけ。ジェンダーフリーの立場は「性役割の強制はよくない」「男らしさ・女らしさの強制はよくない」というものだけれど、強制力を伴わない「ジェンダー」というのは実質的に考えられない。というか、辞書的な定義はともあれ、現実には強制力を伴う規範的なものが「ジェンダー」として認識されるわけ。大沢さんが「解消」するべきだという「ジェンダー」は、このような規範のことであり、また性別という差異にことさら大きな意味が与えられ違った扱いの理由とされる社会的構造のことでしょ。
「ジェンダーフリーはジェンダーレスとは違う」というのは、「ジェンダーフリーは(保守派が言うような意味での)ジェンダーレスとは違う」と言っているの。保守派が言う「ジェンダーレス」とは、男と女がみな同じことをしなければいけない社会、あらゆることが50%と50%で分けられなければいけない社会でしょ。大沢さんが求めている社会は、そんなのではないはず。大沢さんの言う「ジェンダーの解消」とは、性別を元とした規範がなく、性別にことさら大きな意味が与えられていないような社会を作ることでしょ。
小山エミの議論の仕方を読んでいて分かったことは、彼女は保守派からの批判をよくよく心得ているため、保守派が好んで使う言葉使いを批判し、あたかも保守派の主張する概念そのものが間違っているかのように読者をはぐらかすということだ。フェミニストたちはジェンダーフリーの「フリー」は性を無視するという意味ではなく性別による偏向や差別から解放されるという意味だと主張する。しかし小山自身が『強制力を伴わない「ジェンダー」というのは実質的に考えられない』と言っている。ということは性別によっておきる男女の差を指摘すること、つまり、男らしさや女らしさを個人に求めること自体が性差別であり偏向・バイアスであり強制だという主張だ。となればBruckner05さんは大沢さんの文章を理解していないどころかその本随をついていることになる。ジェンダーフリーのフリーはまさしく抜き・レスなのであり、ジェンダーフリー=ジェンダーレス=性別無視という意味なのである。
関連エントリー:
エクイティーフェミニストからジェンダーフェミニストへ...
ジェンダーフリー、左翼が幅を効かす女性運動
ジェンダーフリーという神話
January 7, 2008, 現時間 9:48 AM
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April 3, 2007
女性ブロガーは狙われる! (ほかの女性からだけど、、)
左翼の女性ブロガーが自分のブログや他のブログで自分に向けられた脅迫を恐れて予定されていた講演をキャンセルするという事件が起きた。このことでワシントンポストなどの主流メディアが注目しネット上での脅迫を批判している。脅迫を受けたのはキャシー・シエラという10代の女性ブロガー。
私は決してネット上の脅迫を擁護する気はないが、この事件で大騒ぎしている主流メディアは右翼女性ブロガーが脅迫され続けてきたこの数年間どこにいたのだ? とカカシは聞きたい。アメリカメディアの左翼偏向は今にはじまったことではないから特に驚きはしないが、右翼女性ブロガーのミッシェル・モルキンや、右翼コメンテーターのアン・コルターがさんざんひどいことをいわれていた時はだんまりを決め込んでいたくせに、ちょっと左翼女性が嫌がらせをされると大騒ぎ。
私自身にも明らかに精神異常をきたしている左翼アラシのストーカーがついている。このアラシは私の実名を某掲示板で暴露し、私の写真やミスター苺の写真を貼付けて、ミスター苺の体型についてここでは再掲できないようなわいせつな内容で何か月にも渡っていやがらせを続けている。しかも性的に嫌らしいことばかり書いているこのアラシはなんと女性なのだから呆れてしまう。
しかし女性ブロガーに性的な嫌がらせコメントを残すのは案外女性である場合が多いようだ。特に左翼女性による右翼女性への攻撃はえげつないものが多い。ドクターヘレンという保守派のブロガーが受けたという嫌がらせの内容をよんでいて、カカシは口をあんぐりとあけてしまった。なぜなら彼女が受けた嫌がらせは私が受けているものとそっくりだったからである。
ブログ社会には男女差別が満載されていることに男性はあまり気が付かない。...私も気が付いたことだが、女性蔑視の嫌らしいコメントを私のブログに残す人の多くが男性ではなく女性である。割合からいって政治ブログの読者は75%が男性であることから考えて、男性からのコメントのほうが多いはずだ...多くの男性は女性のサイトを支持している。そうでなければわざわざ女性ブロガーと言葉を交わしたりしないだろう。正直言って、私がもらったひどく悪質なコメントを残すような人は、決まって私の夫の体型についてひどいことをいったりする卑怯者である。
ドクターヘレンは左翼のフェミニストブログから、彼女のご主人が大学教授であることから、ミセス教授などと言われたという。女性を配偶者の職業を使って呼びかけるやり方は女性蔑視ではないのかとドクターヘレンは問いかける。そういえば、ミッシェル・マルキンも彼女のコメンタリーは白人の旦那さんが代わりに書いてやってるのではないかなどとコメントをする人がいた。また、私に対しても私の意見は主人の意見の受け売りだと書いた左翼サイトがあった。
私は最近女性の政治ブログを調査している人から、ネット上で女性だからと差別を受けたことがあるかと質問を受けた。私は「はい。よく他の女性から受けます」と答えた。そして女性からの攻撃は大抵が控えめなものではなく、容姿に関係するものであることが多い。私はある「フェミニスト」ブログで私の書いたことに異論のあったそのブロガーが「彼女のあの髪なんとかならないの?おえ〜」と書いているのを読んで「なんて意地悪なコメントだろう」と感じた。特にこのブロガーは自分のことをフェミニストと誇っているようだったからだ。
もっとも左翼フェミニストは右翼女性は本当の女性ではないと考えている節がある。
リベラルフェミニストによると保守派女性は本当の女性ではない。グローリア・スタイナムがテキサス共和党ケイ・ベイリー・ハッチンソン女性議員について「女装した男」と言ったことを覚えているだろうか? それからNOWのリーダー、パトリシア・アイルランドが民主党支持者に「本物の」女性候補にだけ投票するように呼びかけたことは? またアル・ゴアのファッションコンサルタント、ナオミ・ウルフが外交分析専門家のジーン・カークパトリック女史にたいして「女性の体で感じる体験から全く影響を受けていない」と批判したことは?
そういえばある掲示板でミスター苺が「うちのカミさんがこういうことを言っていた」と何気なく書いたら、「本当の女がそんなことを言うはずがない。」「お前が結婚してるなど嘘だろう。カミさんは架空の女だ」という投稿が女性から続出したという。(笑)
左翼の考える本当の女性とは左翼の考えを持っているひとたちに限られ、右翼の偽女性はどんな嫌がらせをされても右翼の考えなど持っている以上自業自得とでもいうのかな?
April 3, 2007, 現時間 5:54 PM
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March 24, 2007
人種差別男尊女卑まるだしの、とある左翼ブログへの返答
ちょっと船に乗ってネットアクセス不能な状態が一週間続いているうちに、我が「苺畑より」がどっかのブログにリンクされたらしく、やたらとヒット数が多い日があった。
紹介リンクをたぐっていったら、サイトに南米の共産主義極悪大量殺人革命家チェ・ゲバラの写真が載ってるバリバリの共産主義サイト。なんでこんなサイトが極右翼の我がブログをリンクしてるんだろうと不思議だったのだが、どうやらユダヤ人バッシングが目的だったらしい。この共産主義ブログのリンクしたわがブログのエントリーは「北米キャンパスを乗っ取る聖戦主義のユダヤ弾圧」。それについてこの人間の感想を読めばこの著者がどういう種類の人間がよく分かるというものだ。
カナダの大学でイスラム教徒たちが団結して生徒会を乗っ取り、ユダヤ系サークルをいじめた、という事件だ...アメリカ在住の姉さんがブログしてます。それにしてもこの人、バリバリのネオコンだね。さすが高校出たばかりでアメリカまで逝っちゃうお姉さんは違いますな。こういうの、バナナと呼ぶわけだ。表面は黄色く見えても脳味噌は白人。むしろアジア系の容貌に物凄くコンプレックス持っているんで、過剰適応でバリバリのネオコンになる...
オンナってヤツは頭が空っぽなので、相手によってどうにでも思想が変わるわけだ。この馬鹿も、アラブ人の亭主とくっついたら明日から「パレスチナ万歳! ユダヤ人を殺せ!」とか言いはじめるんだろう。ちなみにこちらで顔を晒しています。キチガイって顔を出すのが好きだったりするよね。誰が、とは言いませんが。
まぁ、ユダヤ系の宗教サークルがいじめられるのなんざ身から出た錆なんでどうでもいいが...
この著者の文章から彼の反ユダヤ主義思想や男尊女卑の偏見がありありと伺われる。だがその話をする前に先ずは間違いから正しておこう。
私のエントリーを読んでもらえば解るが、ヒラルというユダヤ系宗教サークルは生徒会からいじめられたなどという生易しい扱いをされたのではない。彼等は生徒会から学校の正式なサークルとして閉め出され予算を完全に断ち切られただけでなく、ヒラル主催の講演会では観客が暴行を受けるなどのひどい目に合い、暴力的な手段で言論が弾圧されるというすさまじい迫害を受けたのである。
またカカシはネオコンではない。ネオコンというのはもともとリベラルから保守派系になった新しい保守派のことで、中絶問題や同性愛結婚などにはリベラルだが経済的に保守派という人が多い。私は社会的にも経済的にも保守派の旧保守ペリオコンである。もっともブログをやり出して気が付いたのは私は結構中庸派保守で移民問題などでは特にバリバリの右翼ではないらしいということだが。(苦笑)
ではこの左翼ブロガーの人種差別と男尊女卑に話をもどそう。
人種主義の恐ろしさ
まずこの人間がユダヤ系サークルの生徒たちがカナダの大学で「いじめ」の対象にあったのは自業自得だという考えに問題がある。もしコンコーディア大学のヒラルが大学の生徒会を閉め出されるような特定の悪事を働いたというであれば無論これは自業自得といえる。だがこの馬鹿サヨブログの著者がいう「自業自得」とはそういう意味ではない。彼はこのサークルの人間たちと同じ民族の他の人々がカナダではなく他の場所で他民族と紛争を起こしているということの責任がカナダにすむユダヤ人たちにも連帯責任があると言っていうのである。
イスラエルとパレスチナが紛争状態にあり、イスラエルがパレスチナを弾圧しているということが例え事実だったとしても(事実ではないが)、同じ民族の人間だからという理由でカナダにいるユダヤ系カナダ人がパレスチナ系カナダ人からどのような弾圧や暴力を受けても自業自得だという考え。これが人種主義でなくしてなんだろう? この馬鹿サヨブログの全体主義な考えと個人の宗教云々おかまいなしに血族だけを重視して弾圧し虐殺したナチスドイツの民族主義といったいどんな違いがあるというのだ? 個人責任ではなく団体責任を問うというのは、さすが全体主義を主張する共産主義者ならではである。
私はもし同じ大学でイスラム系サークルが大学の規則をやぶっていないのに、イスラム系だというだけで閉め出されたら、それに対しても抗議する。言論の自由とは自分が気に入らない人間のスピーチを尊重してこそ意義があるからだ。
左翼特有の偽善、男尊女卑
だいたい女の容貌でしか女を評価できないような腰抜け男なんぞ最低である。(しかもこんな美人をつかまえて劣等感があるとは失礼な! 笑)しかしそんなことより私が何よりもカチンときたことは、この馬鹿サヨ著者の『オンナってヤツは頭が空っぽなので、相手によってどうにでも思想が変わるわけだ。』という女性蔑視である。
男女平等をモットーとする共産主義者が、所詮女には自分独自の考えを持つなど不可能だと考えるというのも、左翼ならではの偽善だ。
この人間は私がアメリカに来て白人男性と結婚したので、白人文化にかぶれて日本人であることに劣等感まで持ち、夫のイスラエル支持に感化されて自分もイスラエル支持になったのだと思い込んでいる。女の私に自我がないと考えればそう思うのも自然だが、真実はその逆なのである。
私はアメリカに住んでアメリカ人と結婚したからバナナ(外身は日本人だが中身はアメリカ人という意味)になったのではない。カカシはもともとバナナだったからアメリカに移住したのであり、保守派でイスラエル支持だったからミスター苺とうまがあって結婚したのである。
アラブ人とつきあったら反ユダヤになる?
私が自分の周りにいる男性の影響で感化される人間ならイスラエル支持になるような要素は何もなかった。10代の頃まで私のイスラエルに関する知識はすべて父から聞いた一般的な話からくるもので、それは2000年前にエルサレムを去ったユダヤ民族が第二次世界大戦後舞い戻ってきて、その後その土地に住み着いたアラブ人をさしおいてイスラエル国を建国したのが紛争の原因だという内容だった。「アラブの真ん中にユダヤ人の国などつくるから紛争が絶えないのだよ。」というのが父の見解だった。
しかし私がはじめてイスラエルという国を意識しはじめたのは1976年のミュンヘンオリンピックにさかのぼる。この事件は去年あたりに公開されたオリバー・ストーンの「ミュンヘン」という映画を御覧になって知った方も多いと思う。これはパレスチナのテロリストがヤサ・アラファトの直接命令を受けドイツのミュンヘンでオリンピックに参加していたイスラエル選手の宿舎を襲撃、数人を虐殺し数人を人質にとり、ドイツ警察との撃ち合いで人質もろともテロリスト全員死亡した事件である。
この時オリンピック協会はオリンピックを一日も休止せず、テロリストの犠牲になったイスラエル選手らに対して黙祷を捧げることすらしなかった。当時中学生だった私は、オリンピック協会のイスラエル選手へのこの扱いには非常な憤りを覚えた。たかがユダヤ人如きが数人殺されたからなんだというのだ、という反ユダヤ差別意識がありありと見えたからである。
たとえ政権同士が争っていたとしても、だからといって罪のないオリンピック選手をテロ行為で虐殺していいという理屈は成り立たないはずだ。そう思った私は中東の歴史に興味を覚えた。そしてあのあたりの状況を注意をしてみればみるほど、イスラエルやユダヤ民族がアラブ諸国のみならず欧米などを含む世界中から不当に蔑視され差別されているという実感が湧いてきたのである。
カカシがアメリカに来たのはその3年後の1979年。この年はイラン宗教革命の年であり、イランがテヘランにあったアメリカ大使館を襲撃してアメリカ人大使および職員50余名を拉致した年である。(人質はその後444日間にわたって拘束された)また、アメリカはひどいオイルショックを迎えており、車のナンバーが奇数か偶数かでガソリンが買える日と買えない日があった。
この話は思い出してもおかしいのだが、カカシがアメリカで最初にちょっとつきあった男性はなんとイラク人!ラマダンの時に遊びにいってお昼にお茶も出なかったのを覚えている。(もっとも夜は彼のお兄さんのところで鳥の丸焼きを囲んで家族そろってお酒も飲んでないのにどんちゃん騒ぎをやったのも鮮明な思い出だが。)また彼の友達のイラク人はものすごいハンサムで当時キャメルというたばこの宣伝をしていたアラブ系モデルそっくりの男前で私はすっかり岡惚れしていた。
その次に知り合いになった男の子はイラン人。いまでも二人で肩を並べて撮った写真が残っている。私は先のイラク人男性にはあまり興味がなかったので年も近いイラン人の男の子とつきあいはじめたら先のイラク人とイラン人の間でかなり険悪なムードが生じた。その時私は初めてイラクとイランは違う国であり、ごっちゃにしたらどちらからも睨まれると知ったのである。
その後つきあったアメリカ人男性の妹はドイツのイスラム教徒街でベリーダンスを踊ってアルバイトしていたこともあるストロベリーブロンド、彼女からイランの音楽を色々聴かせてもらい、イラン系のクラブで彼女の踊りもみせてもらって、私はすっかりペルシャ音楽とペルシャ料理に惚れ込んでしまった。
当時私はあるユダヤ系の家族の家でホームステイをしていた。この一家は敬虔なユダヤ教徒であり、パスオーバーの儀式など本格的にやっていた。しかしこの家の夫人は非常に意地悪な人で、私を女中としてこき使い、気に入らない時には手をあげたし、挙げ句の果てに盗みを働いたとぬれぎぬを着せて、真夜中にスーツケースと私の持ち物を道に放り投げて私を追い出した。
私の出会った最初のイスラム教徒は親切だったし魅力的で愛嬌のあるひとたちだった。私の出会った最初のユダヤ人は意地悪で冷酷なひとたちだった。私の頭が空っぽで相手次第でどうにでも思想が変わるというのであれば、もうこのあたりでカカシはイスラム教に改宗し、反ユダヤ主義になっていてもよかったはずである。だがそうはならなかった。
私はその時すでにイスラム原理教には大きな問題点があると感じていた。私はホメイニのイスラム教宗教革命によってイランが発展した文明国から7世紀に逆戻りしていくのを目の当たりに見たし、イスラム教の厳格な教えがどれほど男尊女卑で人権を無視したものかを学んだ、その後も中東で西洋人がイスラム教テロリストらに拉致され拷問の末虐殺される事件がいくらも起きた。私にはどうしてもこのような行為をあからさまに支持しているパレスチナ人たちを応援し、イスラエルを嫌う気にはなれなかったのである。
また私が最初に出会ったユダヤ人家族の奥さんは冷酷で意地悪だったが、それをいうなら、彼女の例だけで「アメリカ人てなんて意地悪なんだ」と判断することもできたわけだ。だが私はほかに多くの親切なアメリカ人に出会いそれが本当ではないことを知っていた。だからたった一家族の例だけでユダヤ人全体を判断するなど愚の骨頂であると感じたのである。現に次にお世話になった家族もユダヤ系だったがとても親切な家族だった。
個人主義と団体主義
私は子供の頃から団体と個人とをごっちゃにするのが嫌いだった。だから「連帯責任」という概念が非常に嫌だった。中学の修学旅行の時、翌日の行動を自由行動にするか団体行動にするかという時に、先生方が「今晩全員がお行儀よくしていたら明日は自由行動にする」とおっしゃった。しかし一部の男子生徒が部屋のなかでどんちゃん騒ぎをやらかして、結局我々は自由行動をとれなかった。私個人に全く無関係な他の個人の行動に対して何故私が罰せられなければならないのか全く納得がいかなかった。
また私は全体の調和を保つために個人の好き嫌いは多少犠牲になるべきだという考えにもかなりの疑問をもっていた。なぜならどういうわけか犠牲になって我慢を強いられるのは常に私であり、私と合わせるためにほかのだれかが犠牲になってくれることなど先ずなかったからである。だいたい常に不幸な個人が集まって調和をとった団体にいったいどんな価値があるというか私にはどうしても理解できなかった。
今でこそ男女同権は当たり前のようになった日本だが、私が育った頃の日本はそうではなかった。女は結婚したら仕事をやめ専業主婦をやるのが当然という考えが普通だった。当時の日本の感覚では「独身女性とクリスマスケーキをかけてなんと解く?」その答えは「25を過ぎたらもらい手がない。」などという冗談が平気で言われる世の中だったのだ。つまり、性別や世代によって個人がどのような行動をとるべきかという社会的な規制が非常に厳しい世の中だったのである。男性はお医者さんになったり弁護士になったりエンジニアーになったりする選択の自由があるが、女性は女性だというだけで専業主婦の道しかないのか? なぜ女性には選択の自由がないのだ? 私は常にこの質問を自分に投げかけていた。
高卒とほぼ同時にアメリカに来たカカシは、個人の能力を優先するアメリカ社会でキャリアウーマンがバリバリ仕事をするのをみて「あ〜、これこそが本当の自由だ」と実感した。無論、アメリカも常にこういう社会だったわけではない。アメリカ自身も人種差別や男尊女卑を経て1960年代の市民運動などによって大きく変化した国だった。しかし当時の日本とアメリカとでは女性の活躍の面では雲泥の差があった。
女性でもキャリアを目指せる社会では女性だからという甘えは通用しない。これはある意味でかなり大変な責任だ。自由にはかならず責任がついてくる。自由はただではない。能力次第で成功することが可能な社会では失敗すれば能力がないと判断される。この国でキャリアを目指すなら女だろうと男だろうと実力なくしては勤まらない。つきあう男次第でどうにでも思想の変わる空っぽ頭では生きていけない厳しさがあるのだ。カカシが常に自分の仕事が肉体労働の面で女のやる仕事ではないと感じているのもこうした厳しさがある故だ。
ちなみにカカシとミスター苺が結婚したのは私のこうした人間形成がすでに出来た後のことで、二人が出会ってから丁度20年目の1999年のことである。それまで私たちは親友として政治的な討論をいくらでもしたが、我々の意見はあうことより異なることのほうが多かった。また私たちはそれまでお互いに別々な人たちとつきあいながら、失恋する度に「どうして世の中にはいい人がいないのかねえ」と相談しあったりもしていた。灯台下暗しとはまさにこのことをいうのだろう(笑)。
March 24, 2007, 現時間 7:12 PM
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December 9, 2006
どこまで本当? ねつ造を暴露されてひらきなおるAP
昔からアメリカにしろ日本にしろメディアの報道には偏向があることは情報通のひとなら誰でも感じていたことだろう。だが事実に関する情報に記者の個人的な解釈が加わったとしても、あからさまなやらせやねつ造にお目にかかることは先ずなかった。たまに記者による盗作や事実誤認の記事を読むことはあってもこれは例外中の例外という意識があった。
ところがここ数年、主流メディアの報道には非常に怪しげなものが多くなってきたように感じる。いや、というよりも我々が嘘記事を見抜く手段を得たというだけなのかもしれない。我々が知らなかっただけで、もう何十年もメディアは至る所で読者や視聴者をだましてきたのかもしれない。それで主流メディアはブロガーたちの出現により、これまでの嘘八百がそのまま通らなくなってきていることに対応できないでただうろたえているだけだ。
架空の警察官を証人として過去2年にわたり60以上もの記事をねつ造してきたAPは、この期に及んでもまだ自分らの過ちをみとめないどころか、嘘を暴露したブロガー達に八つ当たりをしている。(Hat tip Hot Air)
AP国際記事の編集員、ジョン・ダニスゼウスキー( John Daniszewski)は火曜日、軍による記事の情報元に関する質問は「ハッキリ言って馬鹿げており、事件の真相をある意味で必死で反論したり隠ぺいしようとしているかに見える」と語った。
ダニスゼウスキー氏はさらに記事を再報道をしたと語り、バグダッドのハリヤー地区に送り返した記者により、さらなる承認を発見。証人は事件を証明できるだけでなく当日のつきつめた詳細を語りその内容が火曜日の午後の記事となったという。元の記事は11月24日の金曜日の掲載された...
その残虐な詳細にも関わらず、イラク内政省の報道官、アブドゥール・カリーム・カーラフ准将は、木曜日この事件はただの噂にすぎないと主張し続けている。
「わが軍を噂の現地に派遣させましたが、(市民が)焼きころされた事件があったという場所で何も発見することができませんでした。
というわけだから、ブロガーたちの疑問は深まるばかり。これにたいしてAP編集長キャサリーン・キャロル女史は、金曜日の夜の会議でAPは不確かな情報に関する質問について、何度も報道しなおすことで答えているとし、これ以上の報道は単に何を言っても納得しないブロガーたちをいきり立たせるだけだと語った。
またHot Airhによれば、キャロル女史は内政省にはシーア派民兵がかなり潜入しており、つい最近までその事実さえ隠していた組織であるから、ジャマール・フセイン警察署長の存在について疑問をなげかけているのも情報操作の一部であると言いたげだ。
しかし、嘘をついているのがイラク内政省であるというなら、APは証人であるジャマール・フセインを紹介すればいいではないか。実在する人物で過去に60以上にもわたるAP記事の情報源となったひとだ、喜んで顔写真の撮影に応じてくれるだろうし、どの警察署のどの事務所で働いているか、彼の同僚や部下の証言も掲載すればいいだけの話。いまのままでは、いったいフセイン警察署長がどの警察署の署長なのかさえ不明なのである。
私が思うに、このじゃミール・フセインなる男はストリンガーと呼ばれるイラク人現地記者の創造だ。欧米のメディアは自社の特派員を危険な戦場へ送り込まずグリーンゾーン付近のホテルに留まらせ、危険な場所からの情報はすべてストリンガーによって集めさせている。
だが、このストリンガーからの情報は確認のできないようないい加減な噂が多く、およそイラクの真の姿を映し出しているとはいえないのである。APは過去にもビラル・フセインという現地カメラマンをやとってテロリストキャンプの内部からの特ダネ写真を何枚も掲載したことがある。しかし、この男、テロリストと強いつながりがあるとして後にアメリカ軍に逮捕されている。この男は殺されたイタリア人記者の遺体の横でポーズをとってるテロリストの写真などをとったりしていた。詳細はミッシェル・モルキンが9月に特集している。(Associated Press and the Bilal Hussein case; by Michelle Malkin)

テロリストと一緒に逮捕されたAPカメラマン、ビラル・フセイン(左)フセイン撮影イタリア人記者の遺体の前でポーズを取るテロリストたち(右)
The Jawa Reportによると、APニュースは一連の架空証人やテロリストカメラマンの起用といった所行を反省するどころか、ロイターが以前にとりあげて全く信用性がないことがあれだけ暴露されている緑ヘルメットの男の写真を復活させているという。(注:この緑ヘルメット男のブログはパロディ) 当ブログでも緑ヘルメットの男のことはかなり書いたので覚えておられる方も多いだろう。(ここへいくAP作成のスライドショーをみることができる。)
それではここで、中東発生の主流メディアによるねつ造記事を振り返ってみよう。
眉唾なイラク米兵による悪事報道: イラクはハディーサでおきたとされる米軍兵による強姦殺害事件。あれだけ騒がれたのに捜査の結果何の証拠も得られず誰も逮捕されなかった。今となっては事件が本当にあったのかどうかも不明。ヒズボラの情報操作作戦! ロイターのやらせ写真を斬る: イスラエルによる爆撃後の損害写真の一連だが、同じ男が別人として何度も登場したり、違う橋が同じ名前で登場したりしている。
ニューヨークタイムスやらせ写真がばれて、苦しい言い逃れ: レバノン、タイヤー市にて遺体として写真をとられた人間は別の写真でぴんぴんしていたことが判明。ニューヨークタイムスはころんでけがをした男性と説明書きをつけるべきだったと苦し紛れの訂正。
イスラエル、ロイターの車を空爆の嘘: イスラエルのミサイルに撃たれたはずのロイターの車。しかしミサイルで開いたはずの穴には古いさび後が、、、
仏テレビやらせ映像を指摘され訴訟起こす: パレスチナによる連続テロ事件をあおるきっかけとなったアブデゥーラ親子の殺害事件。あとでやらせがばれて報道したフランステレビ局と暴露した批評家との間で裁判沙汰にまでなっている。
緑ヘルメット男の正体: 今や有名な緑ヘルメットの男。レバノンで被害があるとどこからともなく現れて子供のなきがらをだきながらポーズをとりまくる変態男の正体。
ほかにもいろいろあるので興味のある読者のかたがたは当ブログの「狂ったメディア」カテゴリーをご参照いただきたい。
こうしてみてみると、我々が得ている情報はいったいどこからどこまでが本当なのか全く分からなくなってくる。最近では主流メディアからの報道では飽き足らないと自ら腰をあげてイラクやアフガニスタンに赴くブロガーたちも出てきた。こうしたフリーランスの記者による報道は主流メディアよりはましかもしれないが、彼等には彼等なりのアジェンダがあるわけで、これとてそのまま鵜呑みにすることはできない。
ではいったい我々一介の市民はどうすればいいのだろうか?
情報過多の現代社会では雪崩のように流れ込む情報の濁流を泳ぎながら、真実を見極める力を養うことが未来に生き残るただひとつの道なのかもしれない。
December 9, 2006, 現時間 11:18 AM
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October 17, 2006
YouTube聖戦に挑む保守派ブロガー達
続いてオンラインビデオの話をしよう。 YouTubeのアップロードされた映像に旗が立てられる仕組みはこの間YouTube、グーグルになって情報操作強化!で説明したとおりだが、要するに自分が気に入らないビデオがあったら、友達と共謀して苦情ボタンをクリックしまくればそのビデオには苦情殺到の旗が立ち、検閲官がその苦情に同意すればビデオはブロックされてしまうわけだ。
特にイスラム教を批判したビデオは世界中の教徒がネットで呼びかけを受けて一斉攻撃をするから、あっという間にブロックされてしまう。それに引き換えイスラム教過激派のテロリストプロパガンダはレーダーの下をくぐってアップされたままになる。全く不公平なシステムだ。
このような苦情攻撃の標的となったあるブロガーThe Jawa ReportはこのYouTube聖戦に真っ向から立ち向かうべく宣戦布告をした。 彼の作戦は非常に簡単だ。
1. 反聖戦(ジハーディスト)ビデオを大量にアップロードする。
2. ジハーディストのビデオに苦情攻撃を加え旗を立てる。
向こうが数で来るならこっちも数で反撃してやるというわけである。
Jawa Reportのビデオは下記。 私はビデオリンクはうまく付けられないのでURLをコピーしてみていただきたい。
最初のはこれまで捏造、やらせとわかったジハーディストによる映像を早いカットでリズミカルな音楽にあわせて編集してある楽しいビデオ。
All Your Fakes Are Belong to Us
http://www.flurl.com/item/All_Your_Fakes_Are_Belong_to_Us_u_190855_original
次のはミサイルに当たると車はどういう損害を得るか、実際にミサイルの当たった車とヒズボラがミサイルに撃たれたと騒いでいた赤十字の車などを比べて面白おかしく写しているビデオ。私は大笑いした。
Rocket Ride (Hezbollywood Remix)
http://www.flurl.com/item/Rocket_Ride__Hezbollywood_Remix__u_190782
はっきりいって、YouTubeは苦情が殺到しても規約に反しないビデオをブロックすべきではない。だが民間の企業である以上YouTubeには自分達が不適当であると判断する映像を差し止める権利はある。自由社会ではYouTubeの放映拒否の権利も尊重されなければならない。
であるから、この問題を解決するためにはYouTubeに抗議をするよりも、保守派や言論の自由を愛する人々が集まってYouTube に対抗するビデオアップロードサービスを始めるしかない。それぞれのサービスが自分達の嗜好にあった規約をつくり、外部からの苦情だけでは放映をブロックできない仕組みにしておけばいいのである。
ネット技術は目覚しい発展を遂げている。YouTubeが放映を規制しすぎれば、ライバル企業が現れるのは時間の問題だ。自由社会の問題は市場が解決してくれるものなのである。
October 17, 2006, 現時間 1:58 PM
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ネットビデオ、EUの言論弾圧陰謀
この間私はYouTubeの検閲が最近とみに厳しくなり、特に保守派のビデオが次々にブロックされている話をしたばかりだが、今度はヨーロッパ連合がネット上の活動写真(古い言い方だけどこれが最適な表現)はすべて、公共放送と同じような規約に従わなければならないという法律を作ろうとしている。現在これに反対しているメンバーはイギリスだけ。
テレビ、ラジオ、映画など、は放送規約というものがあり言葉使いやその他の内容まで厳しく取り締まられている。だが、このような規約をアマチュアビデオにまで拡大するとなれば、必ずこれは言論弾圧へとつながる。特にPC(政治的に正しい=左よりの意見)に気を使うEUが取り締まるとなれば、「北朝鮮を攻撃せよ」などというビデオは一発でお陀仏である。また私がここで繰り返しているような、ヨーロッパの過激派イスラム教批判などは、「憎しみを増発する言葉使い」(Hate Speech)として許可されないに決まっている。(その代わりイスラム教徒がユダヤ人はすべて海に追い込むべし、などとやるのは素通りすること間違いなし。)
個人個人が自分の意見を勝手にビデオにしてアップロードし友達の間だけで見ているものまでEUが取り締まることになったら、それぞれの国で保障されている言論の自由など投げキッスをしておさらばしなければならなくなる。冗談ではない!
EUのやることなので、アメリカや日本は口出しできないが、イギリスにはぜひともがんばってこのような言論弾圧提案はつぶして欲しいものである。
参考: EU wants to stifle videobloggers, By Michelle Malkin
October 17, 2006, 現時間 1:05 PM
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October 15, 2006
YouTube、グーグルになって情報操作強化!
私の好きなラジオDJ、ローラ・イングラムが、リンクしていたパロディのビデオがYouTubeからブロックされて観られないと聴取者から苦情が殺到したとラジオではなしていた。ちょうどその前日にも保守派のブロガー、ミッシェル・モルカンも自分がアップしたビデオや保守派仲間の口座が差し止めになったとブログに書いていたのを読んだばかりだった。
なんで突然私のすきな人たちがアップしたビデオが次から次へとブロックされているのか、と思っていたら、YouTubeがグーグルに買収されたというニュース。その翌日から、保守派政治家のアップした選挙運動ビデオがどんどんブロックされるようになったという噂が流れはじめた。しかもリベラルのビデオはそのままだという!
なんか陰謀を感じるぞ〜!
そこでちょっと検索してみたらこのような記事を見つけた。(YouTube blocked video mocking Clinton administration)
YouTubeがブロックしたビデオのひとつ、金正日とクリントン時代のSecretary of Statesであったオルブライト長官がシャンペンを飲んでいるビデオ。裸の女性も出てこないし、暴力も使われておらず、放送禁止用語も使われていない。YouTubeの規約に反するような内容では全くない。
このビデオを御覧になりたい方はHotAirから間接的に観ることができる。
YouTubeはこれまでにも政治的に正しくない(別な言い方をすれば保守的な)ビデオをブロックしてきたことはあったが、グーグルになってからそれが非常にあからさまになっている。
例えば先に述べたビデオはクリントン前大統領を批判したものだが、YouTubeはブッシュ大統領が暗殺される映画の広告ビデオはブロックしていない。YouTubeの反保守派情報操作はそれだけではない。これまでにもイスラム教に批判的なビデオを次々にブロックしておきながら、反キリスト教ビデオはそのままになっていたりする。
YouTubeは誰でもどんなビデオでもアップすることができる。テレビ番組を一本そのままアップしたりすることもできるので、ポルノ並のものがあったり非常に暴力的な映像なども平気でアップされる。ただ視聴者から苦情があまりにも殺到した場合には旗がたち、YouTubeの調査官が見直してブロックするかどうかを決めるらしい。ということは政治的に気に食わないビデオなら仲間と凶暴してYouTubeに苦情のクリックを殺到させれば、どんなビデオにでも旗をたてられることになる。
YouTubeの調査官がリベラルで保守派のビデオが嫌いなら、ここで完全に保守派ビデオを抹殺することができるわけだ。
グーグルは元々リベラル偏向があるといわれているサーチエンジン。そのグーグルがYouTubeを買収したとなると、今後この情報操作はもっとひどくなることが予想される。
October 15, 2006, 現時間 2:43 AM
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