カテゴリー → →イラク関係
July 20, 2009
イラク政府、米軍との合同パトロールを拒否
ミスター苺によると、イラクのマリキ首相は去る7月2日、一方的な米軍の撤退条件を発表した。その内容を見るに付け、いかにジョージ・W・ブッシュのいないアメリカ政府がイラク政府から馬鹿にされているかが顕著に現れているという。
この一方的な条約はアメリカ軍には寝耳に水だったのだが、その内容で特にひどいのは、今後一切アメリカ軍とイラク軍の合同パトロールは行わないという項目だ。
市外中央区以外からの米軍撤退バグダッド司令部が祝った翌日の7月2日、イラクのトップ司令官たちはアメリカの司令官たちにバグダッドにおける米・イラク「合同パトロールは停止する」と宣言した。このガイドラインには米軍の補給隊の行動は夜間のみと制限されており、アメリカ軍による「違反があった場合には即刻報告すること」と明記されている。
この新しいガイドラインにはイラク政府とアメリカ政府との緊迫した対立が反映しており、イラク政府はこれを機会にイラク市民に、イラク政府によるアメリカ依存は減っているということを示そうとするものだ。
イラク政府はあれだけアメリカ軍にお世話になっていながら、この恩を仇で返すような仕打ちはないだろうとカカシは腹が立つ。アメリカはイラクの独裁者サダム・フセインとそのどら息子二人を取り除き、イラクをアルカイダの魔の手から救い、今の自由民主義国を作るためにアメリカ人の血を多く流してきたというのに、この裏切りはひどいのではないか?
ミスター苺は、これがもしブッシュが今でも大統領だったならば、絶対に起きて得ないことだったという。マリキ首相は誰よりもジョージ・W・ブッシュの強さと頑固さを知っている。ブッシュ大統領は誰がなんと言おうと、こと防衛については妥協しない男だ。
だが、バラク・フセイン・オバマは違う。マリキ首相は、それが北朝鮮にしろロシアにしろ中国にしろ、同盟国であるはずのヨーロッパ諸国や中南米との関係についても、こと外交に関してはオバマ政権の弱体ぶりを十分に理解している。
特にマリキからすれば、イラク・アメリカ連合軍に多大なる損害を及ぼした危険なイランの特別部隊クォッズ隊の幹部を解放するなどといった、オバマによるイランのマフムード・アフマディーネジャード首相への媚び諂らいを見るに付け、オバマ大統領は弱すぎる頼りにならないと思うのは当たり前だ。
最近イラクでは一時衰えていた暴力沙汰が増加している。それというのも、イランがスポンサーとなっているテロリストの活動がまたぞろ活発になってきたからである。現在イラクでまだ活躍しているシーア過激派には Asaib al-Haq、 Khataib Hezbollah、そしてthe Promised Day Brigadesの三つのグループがある。これらは2006年にイラクを恐怖に陥れたモクタダ・アル・サドル率いるthe Jaish al-Mahdi (JAM) 民兵軍から派生したもので、このどのグループもすべてイランから資金援助並びにトレーニングを受けている。
だが、オバマがイランによるイラクへのこうした攻撃を取り締まる可能性などまったくない。マリキの目にもそれははっきり見えるはずだ。ということは、いつ何時オバマはイランに迎合するためにイラクの国土安全保障を売り渡すかわからないとマリキが踏んだとしてもカカシはマリキを一方的に責めることはできない。カカシがイラクの首相でも、オバマを総司令官とするアメリカ軍に依存しきっているのはイラクにとって危険だと考えるだろうから。
となれば、オバマはブッシュ大統領とアメリカ軍が血と涙で固めたイラク戦争の勝利を、テロリスト相手に「話せば解る」式のナイーブな外交によって完全に台無しにしてしまおうというのだ。そうやってイラクがイランの手に渡ってしまった場合、オバマは自分の不能の責任を取るだろうか?
その答えはもちろん「否」である。オバマは「そ~れみろ、イラク戦争など勝てるはずがなかったのだ。み~んなブッシュがわるいんだよ~」と知らんふりを決め込むのが落ちだ。
まったくこんな奴に大統領をやらせるなんて、アメリカ有権者はなにを考えたんだ?
July 20, 2009, 現時間 9:05 PM
| コメント (1)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
July 15, 2009
オバマ王、アメリカ兵を大量殺害したイランテロリスト幹部5人を釈放
この間も、イギリスの人質を救うためにオバマ王がイランのテロリストを釈放したという話をこの間もしたばかりだが、オバマ王は、なんと、今度はイラクにおいてアメリカ兵を千人近く殺害した武器開発及び戦略訓練をイラク抵抗派に供給したイランのテロリスト幹部5人を解放した。
ナショナルレビューの記事によると、どうやらこれは、イラン側が5月にイランで逮捕されたイラン系アメリカ人記者の解放条件の一部としてオバマ政権に要求していたことらしい。
釈放されたのは“Irbil Five”(アービルファイブとでも発音するのかな?)といって、イランの特別部隊クォッズ隊のメンバーである。イラクで戦死した1/10がアービルファイブの開発したEFP (Explosively Formed Penetrator)という武器で殺されたとされている。またこの5人の幹部はイラク内におけるゲリラ作戦をイラク抵抗派に支持指導した幹部であり、この幹部の指図で殺されたアメリカ兵の数はEFPで殺された数の何倍にもなると思われている。
ブッシュ政権がアービルファイブの釈放を断じて拒んでいた理由は、イランがイラクにおいてアメリカ兵に攻撃を継続させていたこと、またアフガニスタンのタリバンにも武器及び軍事訓練の供給をしていたことがあきらかだったからである。そしてオバマ政権になった今もその状況はなんら変化はないのだ。
にも関わらず、オバマ王は、たったひとりのイラン系アメリカ記者の開放を獲得するために、今後もイラクやアフガニスタンで数知れないアメリカ兵を殺害することになる非常に危険なテロリスト幹部を釈放してしまったというのである。いったいオバマ王は何を考えているのだ?
しかもアービルファイブの釈放は人質交換条件の一部であり、他にも有力なテロリストを何人も解放することが条件に入っているという。ということはオバマはそいつらも釈放するつもりなのだろうか?
カカシに理解できないのは、オバマ王がこの釈放によっていったい何を得ようとしているのかということだ。アメリカは人質の釈放のためにテロリストと交渉は一切しないという方針をずっと取ってきた。非公式な裏での取引は無論そういう場合でも行われてはいたが、表立った交渉はしないことになっていた。それをオバマ王が覆す理由は何なのだろうか?
下々の者のことなどなんとも思っていないオバマ王が、たかがジャーナリスト一人救うために、こんな危険な行為に出るのはいったい何のためなのだろう?
July 15, 2009, 現時間 1:19 AM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
July 2, 2009
オバマ王テロリストと交渉か?解放されたテロリストは英人質と交換
アメリカは1970年代のカーター大統領の時代からテロリストとは交渉しないという政策を取って来た。1980年代にレーガン大統領がレバノンでヒズボラの人質となったアメリカ人をとりもどすべく、ヒズボラの後ろ盾であるイラン政府の穏健派に接近、人質返還交渉の仲買をしてもらうべく武器供給をしたとして大騒ぎになった。
このいわゆるイランコントラ事件は、大統領みずからがアメリカの方針に背いてテロとの交渉をしていたとして、共和党のレーガン大統領に対し、民主党議会からは非難囂々、テレビや新聞は毎日のように何週間にも渡ってレーガンの『犯罪』を報道しまくった。
早送りして25年後、オバマ政権は先月こっそりと、アメリカ兵を誘拐殺害したテロリストを釈放していた。この男の名はレイス・アル・カーザリ(Laith al-Khazali)といいシーア過激派グループ、アサイブ・アル・ハク(Asaib al-Haq)のメンバー。この男はどっかの変態フェミニストが言うようなテロリストかどうか解らないというようなあやふやな奴ではなく、アメリカ兵5人を誘拐して殺害したことがはっきりしているイラン系のテロリストなのである。本来ならば裁判にかけて処刑するべき人間だ。それを何故オバマ王はイランに返したのだ?
共和党上院議員のジェフ・セッションズ(Jeff Sessions)議員とジョン・ カイル議員の二人はオバマ政権に対し、このテロリストの釈放はイラクで2007年に拉致され人質になっている5人のうちの3人の釈放を確保するための交換条件だったのではないかと真相を質す手紙をオバマ政権に提出した。6月21日、アサイブ・アル・ハクは英国兵2人の遺体を英国大使館に返還している。この交渉はあとの3人を生きて返してもらうためのものなのではないかと議員達は質問しているわけだ。
「25年間、我々には両党においてテロリストとは交渉しない、特に人質との交換としてテロリストを釈放しないという方針を取って来ました。」とセッション氏はワシントンタイムスに語った。「これは懸命な方針であると考えます。そして我が国の長期的な安全保障には重要な方針です。」
ドイツ人やイタリア人といった他の外国人に比べてアメリカ人があまり拉致されないのも、アメリカ政府は人質返還の交渉をしないことで有名だからである。イラクでの誘拐はイラク人にしろ外国人にしろ身代金目当てのちんぴら犯罪者によるものが多く、誘拐犯はテロリストとしてアメリカ軍やイラク軍から狙われることを望んでは居ない。であるから最近のアメリカ兵拉致は単にアメリカ兵をいたぶって殺してやりたいという報復的なものか、もっと政治がらみの組織によるものであることが多い。
しかるに、オバマ王が本当に人質との交換を条件に、いまでもアメリカ兵を殺しているイラン系テロリストを釈放したとなれば、これは由々しき問題である。メディアはレーガン大統領の時のように、この問題を掘り下げて報道すべきである。だがメディアの反応はというと、、、
。。。。。。。。。
完全な沈黙。
オバマべったりの大本営放送は大統領の裏切りさえ報道しない。オバマ王が民主主義を訴える市民を武力で弾圧するイラン政府に不思議なほど遠慮勝ちなのもこれが原因なのかもしれない。
July 2, 2009, 現時間 11:19 AM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
May 1, 2009
イラク米兵過去7ヶ月で最高戦死者数を出す
オバマ政権になって100日が経ったが、最近イラクでの暴力沙汰が増えている。APの記事によると、4月はここ7ヶ月で米兵犠牲者数が最高を記録したという。
つい先日もモスールちかくにあるイラク最大の貯水湖付近のレストランで自爆テロがあり、5人が殺害され、10人が負傷した。暴力事件の急増はイラクのテロリスト達が米軍の撤退を期に、その勢力を挽回しようとたくらんでいることの現れだろう。
情勢が悪化しているのはイラクだけではない。アフガニスタンでも特にパキスタンでのアルカイダの活躍はかなり活発になってきている。皇太子時代にはイラクよりもアフガニスタンに力を入れるべきだとか、パキスタンに攻め入るべきだとか、威勢のいいことを言っていたオバマ王だが、いざ王となり政権を握った途端に対テロ戦争から全く興味を失ってしまった。米軍総司令官として完全に欠席状態。
あきらかにテロリストどもはオバマ王を試しているのだ。だからあちこちで紛争が急増しているのだ。これは多分共和党の候補者だったマケインが大統領になっていても同じことが起きていただろう。だが、その対応には雲泥の差があったはずだ。
また上記の記事によると、イラク政府はアルカイダの上層部の人間を逮捕したらしいが、米軍にそのテロリストの尋問を許可していない。これまでなら重要人物は米軍によって拘束されるのが例だったが、いまはテロリスト拘束はイラク政府の管轄となり米軍のアクセスを拒絶するまでになっているというのも興味深い。
オバマ王が米軍によるテロリストへの『拷問メモ』を公開してしまったことにより、イラク政府は表向きは「アメリカ軍は容疑者を拷問するから引き渡せない」というかもしれないが、内心では「アメリカ軍は生温いから俺たちで尋問しよう。」と思っているのかもしれない。
ま、何にしろだ、敵も味方もアメリカのオバマ政権を甘くみていることだけは確かだ。オバマ王もリベラルもアメリカが強気で傲慢だから世界から嫌われてアメリカへの攻撃が増えたと言い張っていた。だからオバマ王は世界に謝罪ツアーに出かけたのだろう? だとしたら、平穏化していたイラクやアフガニスタンや、ムシャラフ時代は安定していたパキスタンなどが、打って変わっての動乱ぶりを見せている状態を、オバマはどうやって説明するつもりなのだ?
これも皆ブッシュ前大統領のせいにするつもりなのか?
不幸なことに、主流メディアはオバマ王の言いなりになって、すべてブッシュが悪いという路線で押し通すのだろう。その嘘にいったいどれだけのアメリカ市民が騙されるのであろうか?
May 1, 2009, 現時間 8:38 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
March 18, 2009
とんだ茶番劇、オバマ王と民主党議会のAIG幹部ボーナス批判は偽善の固まり!
ここ連日、オバマ王はじめ議会の連中は倒産を目前に政府から救済された保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)幹部が、庶民の税金で多額のボーナスをもらっていたことで、重役たちに日本を見習って切腹しろなどと迫るほど大騒ぎをしている。
以下は朝日新聞の記事より。
高額のボーナス支給が明らかになった米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)に対して米議会は17日、ボーナスのほぼ全額を課税で回収する法案の採決を検討し始めた。巨額の公的資金投入で救済された同社のボーナス支払いに批判が噴き出しており、同社首脳陣は命をかけて引責すべきだとの声も一部議員から出ている。
ボーナスは08年分の一部で、13日に幹部ら400人に1億6500万ドル(約160億円)が支払われた。この問題を調べているニューヨーク州のクオモ司法長官は17日、結果を公表。計73人が各100万ドル(約9800万円)超を支給され、うち11人はすでに退社。200万ドル(約1億9600万円)超が22人おり、最高額は640万ドル(約6億2700万円)という。
議会では同社のボーナスのほぼ全額を課税する複数の法案が既に提出されている。オバマ政権も議会と連携して課税強化を検討。課税率が100%の法案もあり、AIGが支給を見直さない限り、議会指導部は法案を一本化して採決に踏み切る姿勢だ。金融危機対策を決める幹部議員は、支給を無効にする訴訟の可能性も示唆している。
AIG幹部へのボーナス自体は腹が立つが、議会のこの「怒り」は単なる茶番劇だ。オバマ王も民主党議会も政府の救済案が出た今年の1月の時点でAIG幹部へのボーナスは契約上避けられないという事実を充分に承知していた。幹部らのボーナスの金額だけを見ていると、彼らが多額のボーナスを不当に受け取ったかのように見えるが、オバマ王並びに民主党議会のポーク(贅肉)だらけの税金無駄遣い国家予算案にくらべたら1パーセントにも満たない額なのだ。民主党議員たちが匿名で組み込んだイヤーマークと言われる地方選挙区の企画をひとつでも削れば充分に補える額なのである。
それを今更議会があたかも驚き怒り狂っているかのような演技をしているのは、自分らの税金無駄使いから国民の目をそらそうとする目的もそうだが、それ以上にオバマ王の社会主義政策を押し進めるために企業に対する国民の感情を煽ることが第一の目的なのだとカカシは考える。
最近カントリーウエスタンのヒットチャートを急速に登っている流行歌があるが、このShutting Down Detroit「デトロイトの閉鎖」という歌ではジョン・リッチという人気歌手がデトロイトの自動車産業が倒産していくなか、ワシントンの政治家達がAIGのような金融企業を救済していることを批判している。しかし、デトロイトの低迷の直接の原因はアメリ金融企業の倒産ではなく労働組合が幅を効かせ過ぎる自動車業界の実態にある。ただ、一般庶民はまだまだ労働組合が労働者の味方であり、自分らの敵は企業の重役達なのだという偏見を持ち続けている。
オバマ王並びに民主党議会はこの一般庶民の金持ちへの妬み意識を増長することで、階級意識を一層高め、自由企業への政府による介入を強めようという魂胆なのである。つまり、自由市場を社会主義化しようという目的なのだ。
一般市民が日々の暮らしにも困り、給料引き下げや残業手当の廃止などで犠牲を強いられている時に、国民の血税で救済された金融企業の重役達が何百万ドルものボーナスをもらったという話を聞けば、一般市民が腹を立てるのは当然だ。しかし、その感情を利用して、今後このようなことが起きないように政府が大手企業の経営に介入するというような政策がまかり通ったならば、アメリカの自由市場はおしまいである。自由企業が腐敗しているとはいえ、お役人が経営する企業ほど腐敗するものではないからだ。これは共産主義国家の旧ソ連や中共や北朝鮮やベネズエラやキューバを見れば明らかである。
アメリカ市民は、オバマ王や民主党議会の猿芝居に騙されてはいけない。議会が本当に税金の無駄遣いを慮っているのであれば、議会が通した無駄遣いづくめの予算案を撤回せよ!オバマ王の経済非救済案を撤回せよ!イヤーマークをすべて削除せよ!
それまでは、他人のボーナスがどうのこうのと批判する権利はお前らにはない!
March 18, 2009, 現時間 6:48 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
March 15, 2009
何がチェンジだ!オバマ王、ブッシュ対テロ政策を継続
14日付けのニューヨークタイムスで、オバマ政権は今後テロ容疑者を『敵性戦闘員』とは呼ばないことにしたと報道している。ニューヨークタイムスはこの『敵性戦闘員』という言葉はブッシュ政権が勝手に使いだした造語であるかのような報道をしているが、この言葉自体は別に新しいものでもなんでもない。
ブッシュ前大統領がテロリストを『敵性戦闘員』としたのは、2001年の9月11日以降、テロとの闘いは単なる国家警備政策ではなく戦争であるという認識から生まれたものだ。戦争をしている以上、敵側で戦っている人員は単なる犯罪者ではなく戦闘員であるという解釈である。
オバマ王は、アメリカがテロリストと戦争状態にあるという認識から遠ざかりたいようだ。それで以前から『テロとの闘い』という言葉も使わないようになっていた。以下は朝日新聞の記事より。
オバマ大統領は、就任直後の1月22日に出した大統領令でグアンタナモ収容所の1年以内の閉鎖を命じた。オバマ政権は発足以降「テロとの戦い」という用語も基本的に使わなくなった。前政権が多用した「敵性戦闘員」という概念も捨てることで、オバマ流への移行を象徴的にアピールしたかたちだ。
今回の新政策の背景には、連邦最高裁が昨年6月、グアンタナモ収容者にも拘束の不当性を裁判所に訴える権利が保障されているとの判断を示したことを受け、人身保護令状審査の訴訟の一括審理が、ワシントン連邦地裁で始まったことがある。
この裁判の判事が、被告である米政府にどういう人物が「敵性戦闘員」にあたるのかの定義を13日までに文書で提出するよう命じていた。これに対し、司法省は「敵性戦闘員」というレッテルを張ること自体を今後は廃止するとの回答を出した。
確かにオバマ王は、対テロ戦争にはずっと反対派で、ブッシュ政権の対テロ政策にはずっと手厳しい批判を述べて来た。だから今回の方針変更もオバマ皇太子が選挙中にした公約の行使であると解釈することも出来る。だが、言葉使いはともかく、オバマ王の政策はブッシュのそれと何処がどう違うのであろうか?
朝日新聞の記事では冒頭で、
オバマ米政権は13日、「敵性戦闘員」はキューバ・グアンタナモ米軍基地内の対テロ戦収容所で無期限に拘束できるとしてきたブッシュ前政権の政策を撤回する方針を発表した。
と書いているが、記事の終わりのほうで、
ブッシュ前政権は、軍最高司令官である大統領には拘束を命じる広範な権限があると主張したが、オバマ政権はこれを修正。国際テロ組織アルカイダやアフガニスタンの旧政権タリバーンに「支援活動をした」というあいまいな嫌疑だけで拘束できるという前政権の解釈に対しては、「実質的な支援」をしたとみられる場合だけ拘束が可能、との見解を示した。
ただ、その「実質的な支援」をどう定義するかについてはまだ明確にしていない。また、議会による9・11テロ後の戦争権限付与決議や戦時国際法を根拠に、大統領は「公訴手続きなしでの拘束を命令できる権限」を引き続き有しているとしている。
これってオバマ王得意の単なる言葉あそびではないのか?テロリストを「敵性戦闘員」と呼ばないとか、無制限な拘束はしない、とか言っておいて、だが大統領には定義もはっきりしない「実質的な支援」をしたかどうかも判定せずに独断で「控訴手続きなしでの拘束を命令できる」というのであれば、単に言葉使いを変えただけでブッシュ政権の政策と何ら変わりはないではないか?
どうしてこれが「ブッシュ前政権の政策を撤回する方針」ということになるのだ?
就任早々グアンタナモの収容所は閉鎖すると大々的に大統領命令を出したオバマ王だが、実際にどうやって閉鎖するつもりなのか、収容者をどうするのかという詳しい話は一向に進んでいない。一年後に閉鎖とか言っていたが、それも今後の調査の結果次第とかいう曖昧な発表で、本当に閉鎖になるのかどうかさせ全く見通しがついていない状態だ。
つまり、ことグアンタナモ収容所に関してはオバマ王の政策はブッシュ前大統領の政策をそのまま引き継いでいるかたちとなっているのである。
オバマ王が口先だけで「チェンジ、チェンジ」と言ってる割には、やってることはブッシュ政権と大した変わりはない。いやそれどころか、自分が選挙運動中に散々批判していたブッシュ政権や議会によるイヤーマーク(匿名で予算案に含まれる議員たちの代表地区企画)や国家負債など、ブッシュ政権の時の何倍という数や額で通った議案をオバマ王はそのまま抗議もせずに調印してしまっている。
何がチェンジなんだ!
March 15, 2009, 現時間 12:20 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
February 28, 2009
オバマ王のイラク撤退計画、ブッシュのそれと何処が違うの?
ちょっと驚いたのだが、今朝のAPニュースフィードによると、オバマ王のイラク撤退計画は、オバマ王子が選挙運動中に公約として立てた計画とはかなり違っているだけでなく、ほぼジョージ・W・ブッシュ前大統領がお膳立てした通りの計画に沿ったものだと書かれている。リンク先の記事では今回の計画がオバマの公約とどのように違うのかが箇条書きで羅列されているのでひとつづつ追ってみよう。
- 戦闘部隊の撤退はオバマの公約より三ヶ月長くかかる。完了するのは2010年の8月の終わりで、オバマ就任後19ヶ月後ということになる。もっともオバマは選挙運動中戦争を早急に終了させることの決意を強調していたが、オバマの演説では常に融通性が小さい印刷文字で強調されている。
- 撤退は月に戦闘旅団一隊づつという一定の速度ではなく、オバマが何度となく繰り返したように下膨れになっている。部隊の配置は今年一杯から2010年の最初の数ヶ月はほぼブッシュ時代と同じである。オバマの計画では大量の兵士が引き上げるのは来年の春か夏頃からになる予定だ。 大統領は撤退の速度は現場の司令官の決断に任せる意志である。
- 撤退後も多くて5万の兵が残る。これは完全撤退を望んでいた反戦民主党支持者の胸を傷めた。
つまりオバマの公約は常に注釈付きというもの。小さい文字で書かれた注意書きをちゃんと呼んでおかないとオバマの本意は見逃すということだ。APがそれを指摘するというのも興味深い。
撤退完了は19ヶ月後とはいっても、ほとんどの兵士は来年の春か夏頃まで駐留し、実際に撤退が始まるのはその後だというのだ。しかも実際の撤退ペースは現場に任せるというのなら、これはオバマの新しい撤退計画というより、ブッシュ大統領の計画そのものではないか?
マケイン上院議員は選挙運動中にイラクにはアメリカ駐留軍を半永久的に残すべきだと語った時に、オバマはマケインはイラクをアメリカの植民地にしたいのだなどと批判していたが、いざ自分が大統領になったら少数とはいえアメリカ軍を残すことにするという事実をどうやって説明するのかねえ。
以前にもカカシはこと対テロ政策においては、オバマもいずれブッシュ政策が正しかったことに気がつくはずだと書いた。パキスタンしかり、アフガニスタンしかり、そして無論イラクしかりである。
ところで私が冒頭で「驚いた」と書いたのはオバマの計画がほぼブッシュ計画にそのまま従っているということについてではない。私が驚いたのはAPがその事実を報道したということだ。もっともAPはこのリストの後に、オバマがどうして計画を変更させたのかという言い訳をだらだら書いている。ま、理由はどうあれオバマが現場の将軍たちの意見を取り入れて、アメリカ軍やイラク国家に危険が及ばないような政策を取ってくれるというのならそれに越した事はない。はっきり言って、オバマが選挙公約したことをいちいち実現させたりしてもらってはこちらとしては迷惑だからね。
しかし、そういうことになるんだったら、何の経験もない素人のオバマではなくて、増派計画を最初から推進していたマケイン議員に大統領をやってもらったほうがよかったんじゃないの?え?投票拒否した保守派の皆さん?
February 28, 2009, 現時間 10:00 AM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
February 27, 2009
オバマ王のイラク撤退公約実現はブッシュ前大統領のおかげ
本日、オバマ王はノースカロライナ州にあるキャンプ・レジューン基地で海兵隊員を前にしてイラク撤退計画の演説をおこなった
オバマ米大統領は27日、ノースカロライナ州ジャクソンビル近郊のキャンプ・レジューン海兵隊基地で演説し、来年8月末までにイラク駐留米軍の全戦闘部隊を撤収させると表明した。ブッシュ前政権下の2003年3月に開戦し、4200人以上の米兵が犠牲となったイラク戦争は、これで幕引きに向けて本格的に動き始めた。
大統領は、「イラクの状況は改善した」と強調した。演説や国防総省の発表によると、現在イラクに展開中の駐留米軍約14万2000人のうち、戦闘部隊9万2000~10万7000人が10年8月までに撤退する。残る3万5000~5万人はとどまるが、イラク治安部隊の教育訓練や、米外交官や米国が実施中の復興支援事業などの護衛に当たるほか、イラク治安部隊が実施する対テロ作戦の支援を主任務とする。
大統領はまた、今年1月に発効した米国とイラクの地位協定で取り決められた「11年末までの米軍の全面撤退」を順守すると述べた。(読売新聞)
このことに関してニューヨークタイムスなどはオバマこの撤退計画があたかもオバマ独自の計画であり、ブッシュ時代との方針とは全く違うものであるかのように書いているが、オバマの計画はブッシュの計画をそのまま引き継いでいるに過ぎない。
この「引き継ぎ部隊」は2011年に撤退するが、これはジョージ・W・ブッシュ大統領が去る前に交渉し合意をとげた計画に従うものである。...
同時にオバマ氏の計画は一部、2007年1月に行われたブッシュ氏の戦略変更からの流れであるという見方が強い。この変更に反対していた新大統領は演説のなかではこの件に触れなかった。早期に撤退する緊急性は犠牲者数が減ったことから緩和された。またこの二年間にわたる成功のおかげで、滞在する必要性も減った。....
ブッシュ氏の前スタッフたちは、この計画はブッシュ氏の2011年までに撤退するという合意の自然な次の段階であると語った。ブッシュ氏の最後の国土安全保障報道官だったゴードン・D・ジョンドロー氏は「タイミングはほんの少し違いますが、イラクが独自に自国の国土安全保証が出来るようになるまで援助するという目的と一致しています。」とし、「これは増派が成功したからこそ可能となったのです。」と語った。(ニューヨークタイムス)
つまるところだ、オバマがイラクからアメリカ軍を撤退出来るのは、ひとえにブッシュ大統領の戦略変更とアメリカ軍の多大なる功績によるものなのだ。オバマの選挙公約などとは無関係なのである。もっともオバマ王はイラクの状態が良かろうが悪かろうが軍を撤退させていただろうから、そう思うとブッシュ大統領のイラク戦争成功は本当に危険なほどぎりぎりセーフだったと言える。
ブッシュ大統領には今更ながらお礼を言いたい。
February 27, 2009, 現時間 7:27 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
February 5, 2009
オバマ大統領就任たった二週間で犯した失態の数々
カカシもこのブログで何度か取り上げた歴史学者のビクター・デイビス・ハンソン教授が、オバマの大統領就任二週間をふりかえって痛烈な批判をしている。
オバマの経済や外交対策の失態をみるにつけ「だから言ったじゃないの」と言いたくなるのはやまやまなのだがアメリカの国土安全を考えたら、そんなことをいってるばやいじゃないのである。オバマのせいでアメリカが危機にさらされて困るのはアメリカに済む我々なのだから!
では今回はこの二週間でオバマの経験不足が災いして、彼がどんなに悲劇的な失態を犯してしまったかを説明しよう。そして次回はこの危機を乗り切るためにオバマ新政権がなにをしなければならないのか、ハンソン教授の提案を紹介したいと思う。
第一:自分は道徳的に崇高であると宣言したこと。
もちろんオバマのグルーピーとなり下がったアメリカメディアもこの宣言にひれ伏してしまっているが、オバマのどこが道徳的に崇高なのだとハンソン教授は問いただす。オバマ最初の政治界への挑戦である下院議会への出馬は失敗に終わった。その後の当選は二度に渡ってライバル候補の離婚スキャンダルが選挙直前に何者かによって暴露され、二度ともライバル候補が辞退してしまったため、挑戦者なしでオバマが当選。人種差別牧師のジェラマイヤー・ライトや、左翼テロリストのビル・エヤーズなどとの付き合いを考えると、オバマは道徳なんて言葉を真顔で口に出来るような人間ではないはず。ハンソン教授は書いていないが、選挙違反で悪名高い左翼過激派団体のエーコン(民主党の経済救済法案のなかにエーコンへの援助金が含まれている)や上院議員の席を競りに出したイリノイ知事との深い関係なども考慮にいれると、オバマの道徳観念など、とても自慢できるものではない。
選挙前の公約で、ワシントンDCにはびこるロビーイスト(企業や団体に雇われて、特定の政策を政治家たちに陳誠する人たち)を一掃するとか言っておきながら、ロビーイストの代表みたいなトム・ダッシェル脱税家を始め、次々に10人以上もロビーイストたちを自分のスタッフに加えているオバマ王室。それに加えて各省の長官候補は脱税や汚職疑惑で次々に辞退。辞退していない候補でも疑惑の陰が深く陰っている。そんな奴が前代のブッシュ政権の道徳観念を批判し、自分は前代よりも善良だなどと言ってみても説得力皆無である。
第二:アメリカ歴代政権の悪口を言い、諸外国の反米偏見を確証してしまったこと。
無知というのは恐ろしいもので、経験もないくせに自分は聡明だと思い込んでいるオバマは、歴代政権の政策を外国でこき下ろすことで自分の株があがると思い込んでいる。外国にとってはオバマ政権もブッシュ政権もアメリカに変わりはない。アメリカの悪いイメージは大統領がブッシュでもオバマでも全くかわりはないのである。前政権の悪口はアメリカへの悪口と理解されるだけなのだ。しかも自国の歴史に疎いオバマ王はこれまでアメリカがトルコやレバノンやサウジといったイスラム諸国に数々の資金援助をし、コソボやボスニアそしてクエートを始めイラクやアフガニスタンの例でも解るように、時には戦争して自国兵の命を犠牲にしてまでイスラム庶民の命を救ってきたことを恩に着せるどころか、イスラム圏でアメリカが不人気なのは一方的にアメリカに責任があるとほとんど謝罪口調なのだ。イスラム諸国との交流を強調していたカーター時代にイランがアメリカ人をどう扱ったか、オバマにはもう一度歴史の勉強をやり直してほしいもんだ。
イスラム諸国では歴史を無視した「アメリカは悪」という先入観がすでに存在している。オバマが彼らの偏見を真実だと認めてしまった以上、いくら自分は歴代の大統領とは違うなどと言ってみても、すでに反米意識で凝り固まったイスラム諸国の人々はアメリカに好意を持つどころか、は「アメリカは悪」という自分らの主張が正しかったことが確認されたとし、それを糧にさらに反米攻撃に奮起することは間違いない。
第三:ブッシュの対テロ政策は憲法違反だったと宣言したこと。
ブッシュ大統領が911同時多発テロの後に新しく設立したFISAやグアンタナモテロリスト収容所や愛国法やイラク戦争や外国人テロリストのアメリカへの強制移動など、アメリカ本土を守るためにやってきた政策をすべて憲法違反だと宣言し、ブッシュが911以後アメリカ本土はもとより外国でもアメリカを標的にした攻撃を阻止し、アメリカの安全を守って来たことを完全に無視していることだ。オバマは他の公約を次から次に破っていることでもあり、これらアメリカを守って来たブッシュ政策はの変更は、単に選挙に勝つために憲法違反だと宣言しただけで実際に変更する気など全くないことを祈りたい。
第四:オバマの発案した経済活性法案は単に民主党の社会主義活性法案となり替わり、税金の無駄使い政策にすぎないこと。
オバマ及び民主党が発案した経済活性救済法案は、経済を活性するどころか、経済とは何の関係もない教育だの芸術だのエーコーンのような民主党の応援団のような政治団体への資金援助だの、民主党が長年夢精してきた社会主義政策に満ち満ちている。こんな予算案を承認したら、将来アメリカは取り戻せない巨額の負債を負うことになる。なんで経済低迷中に経済活性になんの役にもたたない政策の予算を増やすのだ?
オバマのエマヌエル参謀総長は「危機を無駄にしてはいけない。」と語ったという。これはどういう意味かといえば、国が危機に瀕している時こそ、「緊急事態だから、、」という言い訳で政府の力の増長に利用することを怠ってはいけないという意味である。第二次世界大戦中に国の危機を口実に時のルーズベルト大統領が極端に政府の権力を増幅したことをエマヌエル総長は念頭においているのだ。
第五:全く無能なロバート・ギブスを報道官として起用したこと。
ハンソン教授はオバマの報道官はどうしようもなく無能だと手厳しい。そのひどさんはクリントン大統領のマクレラン報道官よりもひどいかもしれないと語っている。カカシはマクレランはそれほどひどかったという記憶はないのだが、ハンソン教授に言わせるとギブスは裏表があり、あいまいで、オバマ政権の党を超えた方針とやらを全く反映していないという。オバマに友好的な記者団だからまだ救われているが、彼が共和党大統領の報道官だったら、もうとうの昔に八つ裂きにされていたことだろうという。
第六:副大統領のジョー・バイドンにやたらと演説をさせてしまったこと。
だいたいジョー・バイドンのように思いつきで訳の馬鹿げたことを語るので悪名たかい人間を副大統領になどしたことに問題があるわけだが、バイドン副大統領は予測どおり、副大統領になってもオバマに恥をかかせるような発言ばかり連続で放っている。すでに最高裁判官の宣誓式での間違いをおちょくり、前副大統領の悪口を声高く唱え、自分は国務庁長官の候補にも上がっていたのだなどとヒラリーを侮辱するような発言までしている。外交の面でも何の経験も実力もないバイドンが、ヒラリーの悪口をいえた義理か、あほ!などと今さら言っても無駄だろう。
オバマ連続失態のもたらしたもの
私は以前からオバマはアメリカの敵国から試されるだろうと指摘してきたが、すでに北朝鮮は長距離弾道ミサイルの発射を予定しているし、イランは人工衛星を打ち上げるし、ロシアはヨーロッパの弾道ミサイル防衛は終わったと宣言し、近隣のキルギスタン(Kyrgyzstan)国に多額の支援金を約束し、アメリカ空軍基地をキルギスタンから追い出そうという魂胆だし、自然ガスのヨーロッパへの販売についてもかなり強気の保護主義をみせている。アフガニスタンのカルザイ大統領もオバマ政権のことは全く信頼していないらしく、オバマが時期大統領となった去年の11月から宿敵ロシアと交渉をはじめたと言われている。
つまり、諸外国はオバマ政権の実力を全く信頼していないのだ。私は何度も強調してきたが、アメリカは諸外国に好かれる必要はないのである。それよりも強いアメリカとして諸外国に恐れられていたほうが、アメリカの安全を保つためには好ましいことなのだ。
オバマのおかげてアメリカは危険な敵国を含め諸外国から見下されてしまった。今後アメリカがこれ以上恥じをさらさないためにも、オバマは早急に政策を変更する必要がある。どのように変えるべきなのか、それは次回改めてお話しよう。
February 5, 2009, 現時間 10:48 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
November 15, 2008
アメリカはイラク戦争に勝った、、従軍記者マイケル・ヨンの報告
フリーランスの突撃従軍記者のマイケル・ヨンが「戦争は終わった、我々は勝った」と報告している。
Instapunditよると、バグダッドに駐留中のマイケル・ヨンが電話で、イラクの状況は彼が期待していたよりずっと良くなっていると語ったという。
「まったくなにも起きてない。私(マイケル)は第十山岳師団と一緒にいるが、彼らの約半数が今回の勤務で、ここへ来てから8ヶ月間に一度も武器を撃っていない。しかも我々のいるのは、かつてイラクでも最悪といわれていた南バグダッドなんだ。それが今はなにも起きてない。 私は足が棒になるまで歩き回っているが、全くなにも目撃していない。イラク人に「また暴力がはじまると思うか」と聞いて回っているが、いつも悲観的なイラクのジャーナリストたちですら楽観的な見解を示している。」
もちろんまだ多少のいざこざはあちこちで起きている。だが、全体の治安を脅かすほどではない。しかもイラク軍のみならず、以前はかなり評判の悪かったイラク警察ですら国民から信用を得るようになったという。アメリカ軍によって受けた訓練がやっと見返りをみたらしい。
「アフガニスタンの状況は悪いが、イラクにおいてはこんなに良くなるとは信じられないよ。」
とマイケルは語っている。皮肉なことではあるが、次期大統領のオバマは希望通りアメリカ軍をイラクから撤退させることが出来るだろう。実際にイラク戦争に勝ったのはペトラエウス将軍のCOIN(対抵抗軍作戦)を起用したブッシュ大統領なのだが、オバマ支持者たちはオバマこそがイラク戦争を終わらせたと歴史を書き換えるに違いない。
だが、カカシ個人としては、オバマが大統領になる前にブッシュ大統領が始めたイラク戦争にブッシュ大統領がケリをつけてくれたことに感謝している。もしもイラク戦争が途中のままオバマが大統領になっていれば、イラクがどんな悲劇的なことになってしまったか、そのためにアメリカがどれだけの危険にさらされたか、考えただけでも恐ろしいからだ。
イラク戦争は終わった。アメリカはイラク戦争に勝ったのだ。
カカシがイラク戦争が始まった当時から言い続けて来たことがある。それは、
『テロリストは殺せ! 正義は勝つ!』
少なくともイラクでは正義が勝った。
アップデート:マイク・ロスのブログで増派前と増派後のバグダッド60番街の映像を観ることができる。増派前はひとっこひとり歩いておらず、米軍の戦車だけが走っていた60番街。増派後は乗用車が何台も走り、レストランやウエディングドレスの店やビリヤード店などがあいてにぎわっている。
November 15, 2008, 現時間 10:25 AM
| コメント (3)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
July 27, 2008
戦争負傷兵の慰問を日程から外したオバマ
Hot Air でリポートしているキャプテン・エドによると、民主党大統領候補のバラク・オバマ議員は、ドイツを訪れた際、アメリカの陸軍病院への慰問を日程の都合がつかないことを理由に削除していたにも関わらず、実際はその間観光していたことが明らかになった。
キャプテンエドによると、これは何を優先するかの問題だったのだと言う。つまり、限られたヨーロッパ訪問の日程のなかで重要な価値のあるイベントを優先し、そうでないものが後回しになるのは当然のことだ。 だから軍隊嫌いのオバマがアメリカ負傷兵の慰問を削ったのは当然の成り行きというものだろう。
ドイツの新聞のSPIEGELによると、金曜日、オバマはドイツのアメリカ軍基地にある陸軍病院The Landstuhl Regional Medical Center (LRMC)への慰問をキャンセルしたが、このThe Landstuhl Regional Medical Center (LRMC)病院は海外で負傷した兵士や海外駐在者の家族も治療する病院で、陸軍と防衛庁によって運営されている。現在はアフガニスタンやイラクで負傷した兵士が主に入院しており、かなり重傷の人が多い。
キャンセルの理由として日程の都合がつかないと言い訳していたオバマだが、実は慰問をキャンセルしたのは日程ではなく政治的な計算だったらしい。
実はオバマは最初、病院で負傷兵の慰問を大々的に行ってそこで演説でもぶり、その映像を選挙コマーシャルに使おうと考えていたらしい。しかし軍では現役の兵士は政治活動に参加できないことになっており、兵士を政治コマーシャルなどに使ってはいけないという規則がある。だから病院へは選挙アドバイザーなどは同行出来ないし、映像も撮れないことになっているのだそうだ。それで、オバマは選挙運動に使えないなら意味がないと判断して慰問をキャンセルし、その時間を使ってベルリンの観光をしたのである。
しかしこのことで、オバマはかなりの批判を浴びたので、オバマの選挙事務所はダメージコントロールに必死である。事務所は次のような声明文を発表した。
「議会の視察旅行の一部としてアフガニスタンとイラクを訪れた際、オバマ議員はグリーンゾーンの戦闘援助病院をはじめ他にも数々の場所を訪れ兵士らを慰問しました。旅行の第二部でオバマ議員はLandstuhl Regional Medical Center病院にいる男女を慰問し彼らの勤めと犠牲に感謝の意を評したいと考えていました。しかしオバマ議員は選挙運動の予算を使って軍の施設を訪問するのは不適切であると考え、軍人たちへの尊敬の意から訪問を中止しました。」
しかしCBSテレビで報道されたドイツでの演説でオバマは、、、
「今夜、私は大統領候補としてではなく、一市民として、合衆国の誇りある市民として、そして世界の同胞の一市民として、お話します。」
と語ってドイツ訪問は選挙運動の一部ではないと強調した。この視察旅行は選挙運動だったの?それともそうではなかったの?どっちなのよ、はっきりしてよオバマさん!
July 27, 2008, 現時間 2:26 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
イラク新作戦「私は正しかった」とマケイン力強い演説
ヨーロッパで選挙運動を繰り広げるオバマを傍目に、マケインは国内で次々と力強い演説を繰り返しているが、デンバーで行った演説では、これまでになく強い口調でオバマへの攻撃が含まれていた。下記はパワーラインで紹介された演説の翻訳。
オバマ議員も私も将来の総司令官として試される決断に直面しました。アメリカはこの試験に合格しました。私の判断もこの試験に受かったと信じます。しかしオバマ議員は失格しました。私たちは二人とも政治的に無難な選択はなにかしらの撤退だと知っていました。すべての世論が『増派』は不人気だと示していました。多くの批評家や専門家や立法家たちが(増派に)反対し、軍隊を撤退させその結果を受け入れよと唱えていました。私は兵数を増やすことで援助される新しい対抵抗軍作戦を支持することを選択しました。これは私が2003年に始めてイラク訪問をした時以来唱えていた作戦です。多くの視察者が私の方針は大統領になる希望を閉ざしてしまうと言いました。私はアメリカが戦争に負けるくらいなら、選挙で負けたほうがましだと考えました。私の選択は政治的には懸命なやり方ではありませんでした。有権者の間では人気がありませんでした。これはすべての世論を無視するものでした。でもそんなことはどうでもよかったのです。私の愛するこの国がイラクで成功する最後のチャンスだったのです。新作戦がまさにそれだったのです。だから私は支持しました。今日、その新作戦の結果は明白です。増派は成功しました。そして私たちはやっとこの戦争に勝ちつつあるのです。
オバマ議員は別の選択をしました。議員は新作戦に反対したばかりでなく、新作戦の施行を阻止しようとしました。議員は敗北を唱えたばかりでなく、それを強制しようとしたのです。その企みが失敗すると今度は我が軍の失敗を予言し続けました。我が国の陸軍兵や海兵隊員がバグダッド市街地やアンバリの村々に侵攻していくなか、オバマ議員は我が軍の努力によって宗派間争いは良くなるどころか悪化すると予言したのです。
そして我が軍が敵との戦かっている中、オバマ議員は戦費を断ち切ろうとしたのです。彼は2007年5月、イラクとアフガニスタンにいる我が軍への緊急資金調達に反対した14人の上院議員の一人でした。.....
オバマ議員が戦地の兵士らへの資金を拒絶する票を入れた三週間後、レイ・オディエーノ将軍は増派最初の戦闘作戦を開始しました。オバマ議員はその一ヶ月後敗戦を宣言しました。『私の見解では増派はうまくいっておらず、8週間後も違った報告があるとは思えない。』彼の見解は当時人気がありました。でもこれほど間違った見解はありませんでした。
2007年の11月になると、増派の成功はすでに明白でした。同盟軍への攻撃は増派前に比べ60%も減っていたのです。アメリカ兵の犠牲者数も半分に減り、イラク市民の死者数も三分の二以上減りました。しかしオバマ議員はこの新しいニュースと元気づけられる事実を「実際は悪くなっている、悪い状況が起きる可能性がある」と言い無視しました。
もしオバマ議員の意見が通っていたなら、アメリカ軍は戦火のなか撤退を余儀なくされていたのです。イラク軍は崩壊していたでしょう。市民の犠牲者は劇的に急上昇していたでしょう。アルカエダは我々に協力し始めていたスンニ派のシークたちを殺し、「スンニの目覚め」は誕生と共に息の根を止められていたでしょう。アルカエダ戦士らは温床を獲得しイラク人や外国人戦士らを訓練しイラクを基盤としてイラク外のアメリカ人を攻撃してきたでしょう。内乱や人口浄化などが広まっていたことでしょう。
これらの結果、アメリカは屈辱を味わい弱められていたでしょう。我が軍は長年に渡る犠牲によって士気の落ちる敗北に苦しめられたでしょう。そして我が敵は世界中でより強くなっていたでしょう...
オバマ議員はアメリカの人々が聞きたいと思っていることを述べました。私は真実を語りました。
幸運なことにオバマ議員は失敗しました。私たちは生意気な失望を拒絶しました。(カカシ注:The audacity of hope 「生意気な希望」というオバマの著書をおちょくっている)私たちは正しかったのです。イラクでの暴力はこの長い間で最低のレベルに落ちました。これまで起きるはずがないと信じていた成功の兆しを見たオバマ議員は、自分は常に成功すると信じていたと嘘をつきました。
イラクでは私たちはすでに敗北の戸口に立っているのではなく、勝利への道を進んでいるのです。
オバマ議員は今週、今日こうなることが解っていたとしても増派には反対していたと述べました。後になって考えてみると失敗と成功の選択の機会を与えられた時、彼は失敗を選びました。そのようなことをする総司令官など、私には考えられません。
こうしてブッシュ政権の新作戦が実施されなかった時のことを羅列されると、いかにオバマという人間がアメリカ大統領になることが恐ろしい結果を生むかが理解できる。マケインは今後もこの線でどんどんオバマを攻撃してほしいものだ。
July 27, 2008, 現時間 12:05 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
July 25, 2008
オバマのイラクでの記者会見はやらせだった!
主流メディアはオバマべったりだと前回も書いたが、それでもオバマを批判するジャーナリストが全く居ないという訳ではない。NBCのアンドレア・ミッチェルはオバマのイラクでの記者会見の模様はやらせで、本物ではないと語っている。
自らもイラクに滞在中のアンドレア・ミッチェルはNBCテレビの外交情報部門の部長だが、バラク・オバマのイラク及び中東訪問の際、オバマが記者団からの質問を避けているだけでなく、公開されている質疑応答はやらせだとさえ語っている。
ハードボールというテレビ番組で、司会のクリス・マシューとロジャー・サイモンがオバマのイラク訪問は良く受け止められており、オバマの選挙運動には有利になるだろうと語ったのを、ミッチェルは遮って驚くべき発言をした。
「情報操作という点について一言、言わせていただきます。オバマ議員はリポーター達と一緒ではありませんでした。同議員は記者団を設けていませんでしたし、アフガニスタンやイラクの現場で記者会見も開きませんでした。 我々が観ているものはアメリカから付き添った記者達ではありません。あなたがたが観ているのは軍によって質問され、撮影され、選択された映像で、なかにはやらせと言ってもいいインタビューも含まれています。なぜならこれらは記者からのインタビューではないからです。ですからここには報道に関する重大な問題が存在します。政治的には賢いやり方でしょう。でも私の記憶では大統領候補がこんなことをするのをこれまでに見たことがありません。」
ミッチェルによれば、軍からオバマにされた質問はフォローアップの突っ込みのない簡単なもので、あいまいな返事で済んでしまうようなものだったと批判している。カカシにいわせたら主流メディアのやり方と大した差はないと思うが、バリバリのリベラルリポーターのミッチェルでさえ腹を立てているということは、これはかなり問題な行為だったと言えるだろう。
カカシが思うに、ミッチェルが腹を立てている理由は質問が優しかったということより、プロの記者達がオバマに無視されたことにあるのだ。アメリカのジャーナリストたちはかなり左向きのリベラルだが、それ以上に自尊心が高いナルシストが多い。だから自分たちが無視されたり馬鹿にされたりするとものすごく怒る。ジャーナリストをおこらせると今までどれだけ支持を受けていようと手の平を返したように扱われるのだから、オバマも気をつけた方がいいかもしれない。
イラクから送られてきた映像のなかにはオバマ支持の黒人の兵隊たちの映っているものが多くあるが、これはアメリカ軍の全体的なムードを代表するものかどうかというマシューの質問に対してミッチェルは次のように答えた。
「なんとも言えません。なにしろその場に立ち会っていなかった記者としては何が編集されて削除されたのか、その、背後関係とかが解らないからです。それが問題なんです。我々は何を観ているのか解らないのです。」
何を観ているか解らない。それがオバマ選挙運動の実態なのかも。だが主流メディアがオバマのこうした不可思議な行動を批判して本当の報道をしてくれれば、有権者はオバマの正体を知ることが出来るはずである。そのためにはミッチェルのようにオバマの行動に疑問の声を上げ、もっと奥深く掘り下げる報道をしてくれるジャーナリストが必要だ。
July 25, 2008, 現時間 5:15 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
オバマ、イラク状況好転の言い訳に四苦八苦
共和党の大統領候補のジョン・マケインから民主党候補のバラク・オバマはイラク戦争撤退を唱えている割には、状況が最悪だった2006年に一回訪問したきり状況が好転したイラクに訪れもせずに批判しているとさんざん批判されたことに応えてか、オバマ候補は先週二年ぶりに二度目のイラク及び中東の視察旅行を行った。
しかしオバマは行く先々で頓珍漢な発言や振る舞いをし、オバマべったりの主流メディアでさえ、ちょっと首をかしげている。パワーラインが紹介しているこのABCテレビでのインタビューから。
イラク状況の好転は主流メディアですらも無視できないほど劇的なもので、このニュースでもイラクでの暴力は80%も減っており、アメリカ軍の犠牲者に至っては去年の7月に比べて死傷者の数は78人から5人に減っていると語っている。驚くべきことに、ABCのインタビュアーの「こうなることが解っていたら、増派を支持していましたか?」という質問に対してオバマは「ノー」と応えたのである。
「いいえ、支持してませんよ。いいですか、これは非常に難しい問題です、、、後になっての視力は2.0です。私が完全に納得しているのは、当時政治的な討論を変えなければならなかったということです。何故ならブッシュ政権の見解に私は反対だったからです。」
つまり、アメリカが戦争に勝つかどうかということより、ブッシュ政権の政策の反対することのほうが大事だったというわけだ。国の安全を保つことより、大統領候補として現政権の行使する戦争に反対することで自分の支持者を集められるという政治的な攻略が優先したとオバマは認めているのである。
ここでインタビューが本来あるべき形のジャーナリストであれば、次のようなフォローアップをすべきであった。
『オバマ議員、ちょっと解らないんですが、あなたが増派を反対したのは、増派が成功しないと思ったからですか?(だとしたらマケイン議員は正しくてあなたは間違っていたことになります。)それとも、増派は成功すると思ったがブッシュ政権の方針だったので反対したのですか?(だとしたらあなたは不誠実だったことになりますが、、、』
どっちにしろ軍隊の総司令官になりたいと言ってる人間の発言としてはかなり問題のある発言だと思うが、そこはそこ、オバマべったりのメディアが突っ込んだりする訳は無いから、またもフリーパス。
NBCでのインタビューで、ブッシュ政権の増派作戦はうまくいっていると思うかという質問に大しても、オバマは、「(増派が)議論されていた当時から、二万も兵数を増派すればそれなりの効果を上げることは誰にでも解りきったことだった」と述べた。しかし議論当時のオバマはそんなことは一言もいっていない。
「二万程度の増派などしてみても暴力が減るとは思えません。それどころか逆の状態をもたらすでしょう。かえってすべての観察者が必要だと同意しているイラク政府による政治的な解決への圧力を弱めしまうでしょう。ですから私は断じてブッシュ大統領の提案に反対します。ブッシュ大統領がこの作戦が成功すると本気で信じていることは疑いませんが、私は大統領は間違っていると思います。」
だが「増派」は成功した。大統領は正しかった。そして大統領に対抵抗軍作戦(COIN)を強く勧めたマケイン議員も正しかった。アメリカメディアが公平ならオバマのこの過去の発言を持ち出してきて、
『でもオバマ議員、当時のあなたは「増派」は逆効果だといってたじゃありませんか?大統領は間違っているといってたじゃありませんか?今の状況をみてあなたの方が間違っていたことを認めますか?』
と問いつめるべきである。だがオバマべったりのメディアが突っ込んだりする訳は無いから、これもフリーパス。
しかし、主流メディアでも多少なりともジャーナリストの威厳を保とうとする人たちはいる。実はオバマのイラクでの記者会見はやらせだったと語る記者がいる。
次回へ続く。
July 25, 2008, 現時間 9:42 AM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
July 7, 2008
一般選挙に向けて中道を装うオバマ陣営、イラク撤退はどうなったのか?
民主党の候補指名がほぼ獲得できたオバマは、一般選挙に向けてこれまでのリベラルなイメージを振り払い、中道派を気取る作戦を取り始めた。そのために先ず第一に取り組まなければならないのはイラク戦争。
これまでは、自分が大統領になった暁には何が何でも16ヶ月以内のアメリカ軍を全軍撤退させると息巻いていたオバマだが、最近になって彼の姿勢はもう少し柔軟なものになってきた。
オバマは先週の木曜日ノースダコタ州のファーゴにて記者会見を行った際、近々行われるオバマのイラク訪問のことが話題に上った。
「私は(イラク)滞在中に完全な分析をしたいと思っています。」「もっと詳しい情報を得ることが出来ることと、私の政策を洗練させることが出来ると確信しています。」
政策を洗練させることが出来るとはどういう意味なのか、共和党側はオバマが選挙に勝つためならどんな不本意なことでも公約すると攻め立てた。
「手のひらを返したようなもんですよ。」と共和党政治評論家のアンジェラ・マックグローワン女史はフォックスニュースに語った。「彼は全国にアピールするために声音を変えているのです。他のことでもいくつか気が変わるでしょう。」
オバマが民主党の候補指名確実となったのも、オバマが民主党の極左翼に迎合してイラク戦争絶対反対の姿勢を取ってきたからだ。ヒラリー・クリントンはイラク戦争当初、イラク戦争の予算割当を支持する投票をしていたことから、オバマはそれを利用してヒラリーは純粋な反戦派ではないとして主張してきたきたのである。
民主党の予選では、オバマは何度もイラク戦争は2009年をもって終わりを告げると宣言してきた。それなのに、今更現場の将軍らの意見を聞いて政策を考え直すなどと言い始めたら、いままでの公約はなんだったのだということになってしまう。
マケイン陣営にそれを指摘されたオバマは、慌てて木曜日の午後に別の記者会見を開き、自分の早朝の発言の意味を説明した。
彼が自分の政策が「洗練された」ものになるといったのは、イラク撤退を考え直すという意味ではなかったと強調。単に現場の将軍からの情報を参考にしたいという意味だったと説明した。
「私の今朝の発言は明確ではなかったようです。」とオバマ。彼はマケイン陣営がことを混乱させたとし、「我々が政策を変えていないのにあたかも変えたかのように」マケイン陣営が「記者団を煽った」と責め立てた。
「私はキャンペーンを通じて、ずっとこの戦争ははじめから間違っていた、戦略的な過ちだらけだった、終わらせなければならないと主張してきました。」とオバマ。「私はまた撤退するに関して充分に気をつけなければならないとも言ってきました。私の立場は変わっていません。私は抜け道を探そうなどとは考えてもいません。」
といいながらオバマは、もしも現場からもっとゆっくりしたペースで撤退したほうが懸命だという意見が出た場合にはそれも考慮しなければならないなどと、また調子のいいことを言っている。
「現場での事実を考慮にいれなければ総司令官としての資格はありません。」
そう思うなら、何だっていままで現場の意見がどうあれ、なにがなんでも16ヶ月で撤退すると息巻いていたわけ?どうして最初から現場の様子をふまえた上で序所に撤退を考えたいと言わなかったの?現場の事情を見極めての撤退というなら、共和党候補のマケインと全く変わりはないではないか。
民主党候補が常に面する問題は、民主党の基盤があまりにも左翼よりになっているため、候補指名を得るまではかなり左翼でリベラルな発言をしなければならないこと。ところが指名を受けて一般選挙で国民全体に支持を仰ぐ場合には、極端な左翼の意見を言い続けているわけにはいかない。
しかしオバマのように突然政策を変えれば、票を得るために口先だけで信念がないと共和党ライバルから責め立てられる。もっとも民主党に有利なのは、このようなあきらなか180度の方向転換をしてみても、リベラルなメディアが味方になってくれるからその事実を指摘しないでくれるということだ。共和党が民主党の矛盾を一般有権者に解ってもらうためには、選挙運動で徹底的に民主党候補の矛盾を叩くしかない。何しろメディアは共和党の味方など絶対にしてくれないのだから。
もっともオバマの場合、まだ頭痛の種はある。それはヒラリー支持者がオバマに入れるくらいなら、マケインに入れるとか、投票などしないとだだをこねていることである。
今年11月に実施する米大統領選の本選で、民主党候補指名争いで敗れたヒラリー・クリントン上院議員の支持者が指名を確定させたオバマ上院議員に投票するとした比率が減少していることが最新世論調査結果で4日分かった。調査はCNNとオピニオン・リサーチ社が共同実施した。クリントン議員が選挙戦からの撤退を宣言した6月7日以前の世論調査では、同議員支持者の60%がオバマ氏に一票を入れると回答。しかし、最新調査ではこの割合が54%に減っていた。
また、本選投票を棄権するとした比率は6月初旬の22%から約三分の一まで上昇した。
さらに民主党支持の登録済み有権者では、43%が依然、クリントン氏の指名を望んでいることも分かった。6月調査の35%より増え、逆にオバマ氏の指名を求める比率は59%から54%に下がった。
民主党候補指名争いで両議員は異例の接戦を展開。この激戦が党内にしこりを残し、本選で勝利するためには組織の結束を早急に固めるのが肝要との見方が民主党内では強まっていた。クリントン議員は敗北を認めた後、オバマ氏支援を打ち出したが、今回の世論調査結果はクリントン氏支持者の後遺症がまだ癒えていないことを見せ付けた格好だ。
また、今回の調査結果は、オバマ氏がクリントン氏を副大統領候補に指名することを待つ同氏支持者の心理を反映したとの分析もある。ただ、オバマ氏は今回の選挙戦で、従来のワシントン政治との決別を宣言しているだけに、前大統領夫人でもあったクリントン氏を副大統領候補に選ぶ可能性は少ないともみられている。
やれやれ一般選挙に向けての選挙運動は予選よりも苦労しそうだ。
July 7, 2008, 現時間 1:32 AM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
June 30, 2008
イラク、シーア派民兵マフディ軍の最期
ビル・ロジオによると、イランの飼い豚モクタダ・アル・サドル率いるシーア派武装集団マフディ軍はいま、壊滅状態にあるという。今年に入ってマフディ軍は上層部だけで2000人も失ったという。約1300人が命からがらイランへ逃げ出した。無論かれらのリーダーであるサドルはいまだにイランの特別部隊クォッド軍に守られてイランのクォムで幽閉状態にある。
イラク軍が指揮をとった先の三月から五月までのサドルシティでの戦いでは、サドル市内だけでなんと1000人以上のマフディ兵が戦死した。これはマフディ軍の発表だから実際にはもっと多いと思われる。これがバスラでは415人、ナジャフ、カーバラ、といった地域でも400人以上が殺されている。
そこでサドルは苦肉の策として、マフディ軍を150人から200人程度の小さなグループに区分けして、ゲリラ作戦に取り組むことにしたと発表した。
しかしイラク側のリポートによると、これは単なる言い訳で、多くのマフディ兵たちは殺されるのを恐れて一般市民の間に紛れ込んでしまったようだ。彼らが本気でアルカイダのようなテロ行為をこのまま続けて行くとは思えない。確かに少数の過激派たちは今後も路肩爆弾などを使ってテロ行為をするだろう。だが、ほとんどの下っ端は、地元でおとなしくしているはずである。彼らはアルカイダと違って宗教的な信念があるわけではなく、単に暴れたかった愚連隊にすぎないからだ。
一時期は10万という従者を集めてデモ行進をする勢いだったサドルだが、いまやイランの守られて外部から意味のない命令を下すだけと成り下がった。私はナジャフでの蜂起があった時点で、サドルは殺されるべきだったと考えていたが、結果的にはアメリカ軍に殺されるより、イラク人に見捨てられて外国で恥をさらして生き延びるほうがサドルにはお似合いの最期なのかもしれない。
June 30, 2008, 現時間 2:03 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
June 29, 2008
イスラエルの自殺願望、兵士の遺体と凶悪テロリストの交換に合意する愚かさ
今年の3月にイラクはモスールで爆弾を積んだトラックをイラク軍駐屯所に乗り込み爆破させ、13人のイラク兵を殺し十数人に怪我を負わせた事件の犯人は、実は今年の初めキューバにあるアメリカ軍の捕虜収容所から釈放されたクエート人のアルカエダテロリストであることが解った。この男を英雄として描いたアルカイダのプロパガンダビデオが先日公開された。
戦争中の捕虜は普通の犯罪者ではない。個人的に彼らがどのような罪を犯したかということは大して問題ではない。彼らが味方に危険を及ぼした、もしくは及ぼす可能性がある以上、こちらは戦争が続く限り半永久的に彼らの身柄を拘留しておく必要がある。それを怠ると、上記のような悲劇が起きるのだ。
本日、イスラエルのYoni the Bloggerが紹介している記事によると、イスラエルは二年前にヒズボラのテロリストに誘拐された二人の兵士の身柄とパレスチナテロリスト5人の身柄を交換することに同意したという。しかしこの二人の兵士は誘拐された時点ですでに殺されたと思われており、今回の交渉中にそのことが確認されている。となれば、イスラエルは二つの遺体を取り戻すために5人の危険なテロリストを釈放するということになる。
オルメルト首相を筆頭とするイスラエル政府は自殺願望でもあるのか?
5人のヒズボラ捕虜のうちサミヤー・クンター(Samir Kuntar)は、イスラエル市民、ハラン家のメンバー三人を殺し警察官の一人を死に追いやっただけでなく、イスラエル軍のパイロットであるロン・アラッド兵の消息の鍵を握る最後の希望でもある。アラッドは1986年にレバノン上空で彼の乗る飛行機が墜落して以来、数種のテロリストグループに拘束されてきた。彼は最後にはイランに連れて行かれたものと思われてるが、その行方はもう何年も不明である。
そのような危険でしかも重要な情報を握るテロリストをたった二体の遺体と交換するというのはいったいどういう神経なのだ?こう言っちゃなんだが、家族には気の毒だがイスラエルにとって死体が帰ってきたって何のとくにもならないではないか。
私は特にヒズボラやアルカイダの奴らの暴力ぶりを今更責める気などない。人間の皮をかぶった動物など批難してみても意味がないからだ。しかしイスラエル政府はいったいなにを考えているのだ?なぜいままで一度も条約を守ったことも無くイスラエルが滅亡するまで戦い続けると豪語する敵と交渉などするのだ?いったいいつになったら魂のない動物と交渉などできないということがわかるのだ?
イスラエルはテロリストによって滅ぼされる前に、オルメルトという愚かで臆病な首相によって内側から腐ってしまうだろう。イスラエルの政治体制では少数党が多数党の首相に辞任を求めることも内閣を解散させることも出来ない。オルメルトは9月には辞任すると言っているが、リクード党が政権を握っている以上、他の誰が首相になってみても同じことだ。内閣を解散して総選挙でもしない限り、イスラエルの愚かな政策は変わらない。
イスラエルの未来のために今は神に祈るしかないのか?
June 29, 2008, 現時間 5:16 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
June 18, 2008
ハディーサ裁判、7人目の罪も棄却
2005年11月、イラクのハディーサで24人の一般市民を海兵隊が虐殺したとして8人が殺人や証拠隠蔽の罪に問われている所謂(いわゆる)ハディーサ裁判だが、この間の無罪判決に続いて今回罪に問われていた隊員としては一番位の高いジェフェリー・チェサーニ大佐の罪状も棄却された。これで罪に問われていた8人中7人の罪が棄却されるか無罪になるかしたことになる。
残るは過失致死に問われているフランク・ウーテリック隊長の裁判を残すのみとなった。
私はこのことについてはもう何度も書いてきたし、これ以上言うことはないのだが、ウーテリック隊長も無罪になってくれることを望む限りだ。ではここで去年掲載した『弁護士つきで戦争やるの?戦闘をいちいち戦犯扱いする米軍将軍たち』から退役軍人のハント大佐のエッセイから抜粋させてもらう。私が何を言うより今のアメリカ軍の実態が理解できるというものだ。
我が将軍たちは兵士を裏切っている、まただぜ!おっと失礼、しかし読者諸君の注意を引く必要があったのだ。アフガニスタンにしろイラクにしろ、米陸軍は(リベラルメディアやビルクリントンや議会ではない)そうアメリカ合衆国の軍隊がだ、任務を遂行している兵士たちを起訴しているのだ。我輩は叫んだり、汚い言葉でののしってみたり、ユーモアをつかってみたりして抗議してきたが梨の礫だ。読者諸君は私を信じないか、気に留めてないかのどちらかなのだろう。
...特別部隊の有能な陸軍兵が彼らのチームと共にアフガニスタンでも10の指にはいるお尋ねものの居所をつきとめた。特別部隊の兵士たちは悪いやつらを捕らえて殺せという忌み嫌われている戦闘規則に従って爆弾つくりの専門家テロリストとそのリーダーを追い詰めていた。隊員たちは殺し屋たちを隠れ家まで付けていき、さまざまなトリックを使って悪者たちを穴から外へおびき出し、頭に銃弾を打ち込んでやった。
完璧な任務遂行だった。「ようやらはりましたな」とハイファイブして「休暇でももろうて、次の任務に備えておくれやす」とねぎらいの言葉もあらばこそ、陸軍がどうやって特別部隊の兵士らに感謝の意を表したかといえば、なんと彼らを戦犯の容疑で取調べをはじめ、弁護費に何千ドルという金を使わせたのである。
テロリストたちが最初に殺されたとき、陸軍は勇者中の勇者である彼らを二度も捜査した。しかしどちらの捜査も必要なかった。捜査の結果彼らは何も悪いことはしていない無実であることが判明したのだ。今やわれわれは何をするにもおっかなびっくり、政治的に正しくあることに神経質になりすぎて戦闘をまるで警察の射撃のように扱っている。この偉大なる国のほとんどの都市では警察官は銃を撃つたびに、かならず上から取り調べを受けることになっている。警察官は上司を信頼することができずに常におびえながら仕事をする状況にいい加減嫌気がさしている。しかし少なくとも彼らがいるのは一応平和な都市だ、戦場ではない。
我々の将軍たちは陸軍にしろ海兵隊にしろ、部下たちのことより自分らのキャリアと名声だけが先行している。海兵隊など隊員たちがテロリストを殺したこといってはやたらに起訴のしすぎだ。陸軍にいたっては、まったく陸軍では(味方による誤射によって死亡した)パット・ティルマンやアル・グレーブの醜態といった責任問題による軍法会議の件がある。
イラクでも同じようなものだ。陸軍は「ナム」でされた「おとり」を再発見した。これは弾薬だの爆発物の材料の一部だのを放置しておいて、それを盗みにきた敵を撃ち殺すという方法だ。我々は爆発性の銃弾をアルカエダ連中用に置いておいた。これを使えば銃のなかで爆発するしかけになっているのだ。ベトナム当時にも効果的だったように現在でも効果的なやりかただ。しかしなんと陸軍は任務を遂行しているだけの狙撃兵を裁判にかけているのである。戦闘規則はきちんと従われたにもかかわらず、わが将軍どもはここでも我らが兵士らよりも自分らのキャリアを先行させようとしているのだからあきれる。このような不信感は軍隊の根本を揺るがすものだ。このような行為は兵士らやその部下たちをためらわせる。こんな戦い方をしていて勝利は望めない。
我々はこういう将軍連中こそ、まずラミーの尻馬に乗ったということ、そして同じように重大なことだが、自分らの兵士らを信用していないという罪で、裁判にかけるべきだ。少なくとも既述の事件のように兵士を起訴して彼らの無実がはっきりした場合には起訴した将軍どもが豚箱送りになるべきだ。残念なことに、こうした裁判のあと、兵士らのキャリアのみならず人生は破壊されてしまう。弁護費にかかった莫大な借金の返済で首がまわらなくなる兵士らをよそに、起訴した将軍どもは昇格される。
彼らが指揮をとるはずの兵士たちはこんな将軍の面汚したちにはもったいない。我々は国として第二次世界大戦当初に何百人という高位将校らを職務不行き届きで首にしたマーシャルみたいなやつが必要だ。とっくにやめさえられるべき高位将軍が多くいる今こそ、マーシャルが必要なのだ。
アーメン!
ハディーサ事件:それぞれの思惑
疑わしきは罰するメディア その1
疑わしきは罰するメディア その2
ハディーサ疑惑: 怪しげな証言続く
眉唾なイラク米兵による悪事報道
ハディーサ事件次々に崩れる検察側の主張
ハディーサで殺人事件はなかった! 米兵容疑者二人目も起訴却下決定!
弁護士つきで戦争やるの?戦闘をいちいち戦犯扱いする米軍将軍たち
マーサ米下院議員よ、海兵隊員侮辱を釈明せよ!
最初の無罪! ハディーサ虐殺事件隠蔽はなかった!
June 18, 2008, 現時間 8:03 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
June 8, 2008
最初の無罪! ハディーサ虐殺事件隠蔽はなかった!
2005年のイラクはハディーサで、米海兵隊員が24人のイラク市民を虐殺したとされた事件で、その証拠を隠蔽した罪に問われていた海兵隊中尉が、今回この事件では初めての軍法会議ですべての件で無罪となった。
無罪になったのはアンドリュー・グレイソン中尉、27歳。グレイソン中尉は事件について虚偽の報告書を提出した罪、また捜査を妨害した罪などに問われていたが、そのすべての罪が無罪であるという判決が火曜日に出た。
この事件に関連して8人の米兵が殺人罪や隠蔽罪に問われていたが、すでに5人の罪が棄却されている。残っているのはフランク・ウートリック隊長と彼の上官のジェフェリー・チェサニ大佐の二人だ。
しかし、以前に裁判に起訴が却下されている別の兵士らの審査で、すでにこの殺人事件があったのかどうかかなり怪しいという意見が出されている以上、この二人の裁判もやはり完全無罪で終わる可能性は高い。事件そのものが起きていないのに、それに係わった人々が有罪というのもおかしな話だからだ。
私は最初からこの事件は眉唾だと主張してきた。だいたい目撃者という人たちがアメリカ軍に敵意を持つテロリストの仲間なのだから、そんな証言信用できるはずがない。問題なのはアメリカ軍の対応だ。敵の証言を信用して自分たちの有能な軍人らの証言を信用せず、勇敢に戦った海兵隊員たちをまるで罪人のように扱った米軍の罪は重い。戦争そのものがリベラルからの批判でかなり叩かれていたせいで、米軍は米兵の行動に神経質になっていたのはわかる。だが、イラクのようなところで信じられない逆境で戦争をしているわが国の勇者にたいして、もうすこし敬意ある姿勢を示して欲しかった。
事件が明らかになっていない時期から海兵隊員が大量殺人犯であるかのようにテレビのトークショーで語り、しかも隠避があったと大騒ぎしていたジョン・マーサ下院議員には即座に海兵隊員たちに土下座して謝ってもらいたい。
ハディーサ事件:それぞれの思惑
疑わしきは罰するメディア その1
疑わしきは罰するメディア その2
ハディーサ疑惑: 怪しげな証言続く
眉唾なイラク米兵による悪事報道
ハディーサ事件次々に崩れる検察側の主張
ハディーサで殺人事件はなかった! 米兵容疑者二人目も起訴却下決定!
弁護士つきで戦争やるの?戦闘をいちいち戦犯扱いする米軍将軍たち
マーサ米下院議員よ、海兵隊員侮辱を釈明せよ!
June 8, 2008, 現時間 7:01 AM
| コメント (0)
| トラックバック (1)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
June 1, 2008
マケインの挑戦や過激な協会そして諦めないヒラリーと、頭痛の種がつきないオバマ
ジョン・マケインのイラク訪問挑戦
先週はオバマにとっては全く頭の痛い一週間だった。先ずは共和党大統領候補のジョン・マケインがオバマがイラク戦争は失敗したと言い続ける理由は現場の状況を全く把握していないからだとオバマの勉強不足を批判。過去2年間に8回もイラク訪問をしているマケインに比べて、オバマがイラク訪問をしたのはたったの2回。しかも最後は2年近く前だったと指摘。マケインは自分と一緒にイラク訪問をして現地の様子を視察しようと挑戦した。
マケインは最近オバマの経験不足や不勉強を指摘する作戦を取っているが、今回の挑戦は非常に賢いやり方だ。オバマは今回の選挙運動で、当初戦争を支持していたヒラリー・クリントンと自分の立場を対照的に見せるため自分がいかに最初からイラク戦争には反対だったかを強調してきた。そして現在のイラク情勢についても、イラクは完全に失敗したので即刻撤退すべきであると提唱してきた。だが自分がそれだけ興味がある問題であるにも関わらず最後のイラク訪問が2006年というのでは格好がつかない。
しかし、ここでマケインの挑戦を受けて、のこのことイラクへ出かけて行ってはマケインの言いなりになったと思われる。それにやたらに訪問して実際にイラク情勢が良くなっていることを目の当たりにしたら、そのことを認めないわけにはいかない。そうなったらイラク即刻撤退を主張することが困難になる。
かといって訪問しなければ、総司令官になろうという人間が自国の戦場を何年も訪問せずに正確な軍事政策が立てられるのかと、いつまでもマケインから叩かれる。オバマは非常に困った立場に置かれている。
過激な黒人協会との関係
ジェラマイアー・ライト牧師の人種差別的な過激なスピーチが注目を浴びて、長年の付き合いを切断しライト牧師を公に批判しなければならなくなったオバマだが、その危機がやっと去りかけたと思ったとたん、またまたオバマの所属するトリニティーユナイテッド協会で来賓のカトリック神父がヒラリーに対する侮辱的な発言をし、多くの白人有権者がオバマの優勢を嘆いて泣いているなどと非常に過激な説教を行い右翼のトークラジオなどで取りざたされた。
こうした問題が次から次へと出てくるため、オバマはついに20年来所属していた協会から脱会する旨を昨日発表した。今さら遅すぎる感もあるが、なぜオバマはこんな問題の多い協会にいままでしつこく在籍してきたのだろうか?20年間も在籍し、結婚式まで挙げてもらい、恩師として仰いできた神父のいる協会の方針を全く知らなかったとは言い訳にならない。大統領に立候補すると決めた時点で、この協会に所属していることが、いずれは問題になるとオバマが気がつかなかったというのも信じがたい。ではなぜもっと早く協会を脱会しなかったのか?
実はオバマには協会をやめられない理由があった。オバマはシカゴの政治家だ。オバマが代表する地区は2/3が黒人である。黒人として地元の有権者の支持を得るためには、自分が地元民の気持ちを理解できる地元の代表だと主張する必要がある。それには地元有力者の集まっている協会の支持を得ることは必要不可欠な条件なのだ。現にオバマは2000年に下院議員として立候補したとき、黒人の人権運動を長年してきた過激派のライバルに対抗して、黒人協会の支持を積極的に仰がず二対一で大敗した苦い経験がある。当時のライバルのボビィー・ラッシュは自分も牧師で過激な市民団体ブラックパンサーのメンバーだった。ラッシュの選挙運動はオバマのエリートぶりを強調し、「オバマは俺たちの仲間じゃない」というスローガンで押し通した。
こういう過去があるので、あまり早期から地元の過激派協会から距離を置けば、再び黒人票から見放され、民主党予選選挙で負ける可能性が多いにあった。だから今までオバマは協会を脱会できなかったのである。
しかし民主党候補指名がだいたい確保できた今となっては、一般選挙に向けて過激派とのつながりは絶たなければならない。それで今回の脱会宣言となったわけだ。かなり日和見主義だと思うが主流メディアがそれを指摘しないので、一般有権者がこのような態度をどう受け止めるか注目の価値ありだ。
諦めないヒラリー
民主党委員会は昨日ヒラリーがずっと主張していたフロリダとミシガンの代議員民主党大会参加を認める決断を下した。しかし、予備選挙の日にちを早めた罰として、正規の半数しか数えないことで結論が出た。
この結果、ヒラリーは代議員数を24票増加させたことになるが、それでもオバマより176票も劣り代議員数だけでは候補指名を得ることは出来ない。この際だから民主党のためにも早くヒラリーは敗北宣言をして撤退すべきだと考えるのが常識だ。
ではなぜヒラリーはいつまでも諦めないのか?
それはヒラリーは民主党のことより自分の政治生命のことしか考えていないからだ。
ヒラリーが民主党候補に指名される可能性は非常に少ないが全くないこともない。オバマの知名度が高くなるにつれて、今まで焦点の当てられなかったオバマの弱点がいくつも浮かび上がってきた。無論これがヒラリーの選挙マシーンの仕業であることは言うまでもない。8月の党大会までにオバマに関するスキャンダルがいくつも公になれば、代議員が足りなくても大会においてヒラリーはオバマでは一般選挙に勝てないから自分に入れてくれと主張することが出来る。それがうまくいくかどうかはわからないが、可能性がアル以上ヒラリーが諦めるわけはない。
しかし、実際にオバマが候補指名を受けた場合に備えて、ヒラリーはどうしてもオバマがマケインに負けるように仕掛けなければならない。何故ならオバマが勝った場合にはヒラリーが次に立候補できるのは8年後になってしまうからだ。オバマが負けてくれれば、「私を選んでいればマケインに勝てたのに、、」と言って4年後に立候補することが出来る。
だからヒラリーがここで諦める理由は全くないというわけだ。
頭の痛いオバマ
まったく一般選挙も始まってないというのに、こんなところでここまで苦戦するとはオバマも計算していなかっただろう。ま、手強いヒラリーが相手では仕方ない。
カカシとしては民主党の党大会、かなり楽しみだけどね。
June 1, 2008, 現時間 12:25 PM
| コメント (2)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
May 29, 2008
ホワイトハウス元報道官の裏切り暴露本にみる主流メディアの二重基準
先日私は元国防次官のダグラス・ファイス氏著のイラク戦争前夜において、ブッシュ政権は戦争をするにあたり緻密な事前計画を立てていたという回顧録が主流メディアからそっぽを向かれているという話をした。メディアが氏の著書を取り上げない口実は特にニュース性がないからだ、ということになっているが、その際に、もしもこれがブッシュが無計画に戦争に突き進んだというような批判の回顧録なら主流メディアは競争で話題に取り上げるだろうとも書いたが、まさにその通りだった。
昨日ブッシュ米大統領の元報道官のスコット・マクレラン氏がブッシュ批判の暴露本を出版したが、もうすでにそのことが日本のメディアも含め、あちこちで取り上げている。
【ワシントン28日AFP=時事】当地の報道によると、ブッシュ米大統領の元報道官のスコット・マクレラン氏が、同大統領をコースを大きくそれて必要のないイラク戦争に突進していったなどと厳しく批判する書物を著した。
27日発売の政治誌「ポリティカ」に掲載された新著の抜粋によると、かつてブッシュ大統領の側近だった同氏は、2005年のハリケーン、カトリーナの襲来の際のホワイトハウスの無様な対応も非難し、最初の1週間のほとんどを「ステート・オブ・ディナイアル」(都合の悪いことに目をつむる)状態で過ごしたと述べている。
マクレラン氏はまた、「我が国の歴史上で最悪の災厄の一つが、ブッシュ政権の最大の災厄の一つとなった」と書き、ブッシュ大統領はイラクに対して率直で偏見のない気持ちを持たず、計画や事後の準備が不十分なままに戦争に向かって突き進んだと批判している。(強調はカカシ)
こんな話は当時からアメリカメディアが嫌というほど報道したもので、今更騒ぐほどの『ニュース性』があるとは思えない。それをアメリカの左巻き主流メディアがこぞって取り上げるのは、この著書の内容が自分たちの偏見を確認する内容であるからに他ならない。ニュース性や事実などとは完全に無関係なのだ。主流メディアの恥知らずなダブルスタンダード(二重基準)が丸見えである。
マクレラン氏の著書には特に新しい証拠があるわけではなく、イラク戦争にしても、ハリケーンカトリーナにしても、そしてCIA職員の身元漏洩とカール・ローブの件にしても、すべて左巻きメディアやブロガー達が書き綴った嘘八百を何の根拠もなく繰り返しているに過ぎないのだ。
マクレランは非常に無能な報道官であったため、短期ですぐに首になった。そのことを未だに逆恨みしているのか、でなければオバマが大統領になった暁にはオバマの報道官として雇ってもらおうと自己ピーアールをしているのか、なんにしても氏の動機はうさんくさい。
May 29, 2008, 現時間 7:35 AM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
May 25, 2008
存在していたイラク戦後処理作戦
2001年から2005年にかけて、ブッシュ政権の副防衛長官を勤めていたダグラス・フェイス氏が最近イラク戦争についての回顧録War and Decision(戦争と決断)を発表し、意外な事実を紹介している。
それは2003年の5月にブッシュ大統領が「主な戦闘は終わった。」と宣言した後のイラクの戦後処理作戦は詳細に渡って準備されていたというものだ。我々は戦後のテロリストの台頭やスンニ派による抵抗運動でアメリカ軍が長年苦戦したことから、ブッシュ大統領は戦後処理を全く考えずに何の計画もないまま浅はかに戦争に突入したような印象を持たされてきたが、実はそうではなかったというのである。
事実この回顧録についてインタビューをした記者たちも、皆フェイス氏の話に驚いたと語ったという。例えば、ブッシュ大統領は何が何でも戦争をやると最初から決めていて反戦の意見を聞こうとしなかったなどということは全くなかったという。事実はその反対で戦争をすることによる悪影響を深く追求した分析報告をしたのは誰あろうラムスフェルド防衛長官だったというのである。一般に穏健派で用心深いと言われていたコーリン・パウエル国務長官ではなかったというのだ。
私はまだ読んでいないのだが、著者自らがパワーラインで著書を紹介しているので本日はそれを紹介したいと思う。
ところで、余談だが、この本はイラク戦争に開戦までブッシュ政権がどのような決断をしたのかという過程が詳細によって綴られているというのに、アメリカの主流メディアはこぞって評論記事を載せることを拒絶している。彼らの言い訳は特に評論に値するようなニュース性がないからだ、というものだが、もしもこの著書の内容がブッシュ大統領があらゆる専門家アドバイスを無視して考えもなしにカウボーイ精神で安易に戦争を始めていた、などという内容だったら、どのメディアも競争で取り上げたに違いない。
イラクからの悪いニュースは毎日毎日第一面で報道しておきながら、イラク情勢が良くなってくると、イラクからのニュースはハタっと止まってしまった。サドルシティでのイラク軍の大成功すら過小評価して嫌々報道している。
11月の総選挙でも戦争が大事な要素になると大騒ぎをしていたメディアだが、今や戦争が起きてることすら信じられないほど、新聞の紙面はガソリンの値上がりや不動産のサブプライムローンの話ばかりで埋め尽くされている。戦争がうまくいっていないことがニュースだったなら、うまくいってきたらそれもニュースではないのか?
それはともかく、著者による著書紹介に話を戻そう。
防衛庁の民間職員たちがサダム政権崩壊後のイラク復興計画を全く建てていなかったという批判は正しくないと著者は語る。著者は国務庁の計画を防衛庁が拒否して破棄したという説がいかにまちがっているか、ラムスフェルドやアドバイザーたちが亡命中のアクメッド・チャラビに惑わされてチャラビをイラクの指導者として任命したなどという考えも完全に間違いだったことを著書のなかで説明している。
著書ではこれまで秘密にされていた、ラムスフェルド、パウエル、ライス、テネット、マイヤー将軍、チェイニー副大統領、そして大統領らが交換した書類から広域にわたって引用が掲載されている。著書のなかで数々の会議の様子が再現されているが、これは事後のインタビューなどで、当事者が都合良く覚えていた話をしてもらったものではなく、情勢進行中に会議に出席していた著者自らが記録にとっていたものをもとにしている。
著書において取り上げられている主なトピックとして著者は、911直後に対テロ戦争作戦がどのように立てられたかその経過を述べている。これは単に911の犯人を罰するのもならず、今後このようなテロを未然に防ぐためにどうすべきかが考慮された。
政権がサダム政権崩壊後に犯した多くの間違いや計算違いにも関わらず、911事件以後6年半のうちあのようなテロ攻撃が一度も起きていないということは、上記の作戦に多いに関係があるものと考える。
また、なぜイラク戦争をしたのかについて、著者は大統領を始め幹部の役人達がどのように理由付けをしたのか、なぜイラクが問題だったのか、我々はフセインが911に直接責任があったとは考えていなかったことなどを述べる。
またフェイス氏は著書のなかで、戦前の諜報についての問題点について、防衛庁とCIAとの対立は、実際にイラクとアルカエダが関係があったかどうかとか、CIAの情報が正確かどうかということではなく、防衛庁によるCIAの行き過ぎた政治活動への批判だったことなどを説明する。
そしてもちろん、この著書の一番重要な部分は、実際にサダム亡き後のイラク復興政策がどのようなものであったか、実際にきちんとした計画が立てられていた事実について詳細に渡って説明しているという点だ。
フェイス氏はイラク復興の計画は防衛庁がきちんと建てていたのに、それを遅らせたり変更させたりしたのは、国務庁のパウエル長官やアーミテージ副長官のほうだったのだと主張する。アメリカによる統治機関を短縮するためイラク政権になるべく早期に主権を移譲することなど、きちんと立てられていた計画を台無しにしたのは国務長のポール・ブレマーだったと言う。考えてみればイラク軍を解散してしまったのもブレマー氏の考えだった。
カカシはフェイス氏のラジオインタビューを聴いたが、非常に聞き苦しいのは、イラク戦争というアメリカにとっての大事な局面を迎えながら、アメリカ政権の内部では、防衛庁、国務省、中央諜報機関(CIA)による勢力争いが繰り広げられていたという点だ。お互いが自分らのメンツを最優先させて、どういう方法がイラク戦争と戦後の復興に一番良い方法であるのかという大事な点が二の次にされてしまったことは非常に残念だ。
無論フェイス氏は防衛庁の人間であるから、防衛庁はきちんとやろうとしていたのに、国務庁やCIAから邪魔されたと言いたいのは当たり前だろう。だからフェイス氏の言っていることを100%鵜呑みには出来ない。だが、大量破壊兵器発見の事実にしてもCIAはどれだけWMDであると確認できるものが発見されても、それをWMDであると認めたがらなかった事実や、戦争前はあれだけイラクとアルカエダの関係を主張しておきながら、いざブッシュ政権が戦争に踏み込むと、突然関係は無かったと言い出したり、国家機密を漏洩したりしてブッシュ政権に何かと逆らった事実を考慮に入れると、フェイス氏の言っていることはまんざら嘘ではないと思えるのである。
パウエル国務長官とラムスフェルド防衛長官が意見が合わなかったのはよく知られていることではあるが、ラムスフェルドの方がパウエルよりも用心深かったという事実は読者の皆様には意外なのではないだろうか。私は当時からの様子をかなり詳しく追ってきているので、ラムスフェルドの用心深さについては多少の知識があったからつもりだが、この事実は非常に興味深い。
ブッシュ大統領の一番の欠点は主流メディアが意図的に流した間違った情報を但ちに正そうとしなかったこと。CIAや国務省がなにかとブッシュ政権の政策を阻止しようとしたことにういて徹底的に抗議し制裁しなかったことだ。イラクでいくらも発見されたWMDについて、CIAの判断は間違っていると主張せずに、ブッシュ大統領は正しいと信じていたイラク戦争支持者を落胆さえたことだ。いくらブッシュ政権の政策が正しいと信じていた支持者でもブッシュ自身が弁護できない立場をいつまでも我々だけで弁護していくのは難しい。どこかでブッシュが後押しをしてくれなければ我々はどうすればいいのだ?
フェイス氏の著書が主流メディアのどこでも評論として取り上げないことでもわかるように、アメリカ左巻きメディアは徹底的に共和党政権を敵にまわしている。マケインはブッシュのこの間違いから学んで、徹底的に主流メディアの情報操作と立ち向かってほしいものだ。
May 25, 2008, 現時間 3:32 AM
| コメント (0)
| トラックバック (1)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
May 16, 2008
またまたオバマの失言、アフガニスタンでアラビア語の通訳が足りないって?
私は何度もヒラリーが賢く見えるオバマの失言の話はここやここなどで書いてきたが、今回もまたまたバラク・オバマがおかしなことを言った。
ミズーリ州で選挙運動中のオバマはアフガニスタンの戦況がうまくいっていないことの理由として、アフガニスタンに充分なアラビア語通訳がいないことがあると語ったのである。下記はレッドステートから引用。
「特定の数の(通訳)しかいないのに、それが全員イラクにいってるので、アフガニスタンの我が軍は困っています。」とオバマは語った。もちろん事実はアフガニスタンではアラビア語ははなされておらず、通訳はほぼ100%地元市民が使われている...ことを考えると間違いを通りこしてお笑い草である。
オバマは続けて、「我々にはアフガニスタンに農業の専門家が必要です」と語った。「ヘロイン用の芥子ではなく、他の作物を生産できるように援助する人員が必要なのです。なぜならアフガニスタンの麻薬取引がテロリストネットワークの資金源となっているからです。ですから農業専門家が必要なのです。」
「でも専門家をすべてバグダッドへ送っていてはアフガニスタンに行く人がいません。」
イラクとアフガニスタンでは自然環境が違いすぎる。イラクの専門家をアフガニスタンに連れて行っても意味ないだろう。レッドステートはオバマの文化や産業の無知に加えて、アメリカ軍がひとつところに出動したら別の場所へは出動できないと思い込んでいる軍事的な無知さ加減にも呆れている。現状はアフガニスタン出動軍の規模はイラク戦争以前も以後も全く変化がないのである。次期大統領を目指そうという人がこんなことも知らないなんて信じられない。しかもアフガニスタンの状況は決して悪化していない。
以前から私はタリバンがアフガニスタンで春の総攻撃を予告しておきながら、冬の間にNATO軍にこてんぱんにやられて来た話はしているが、オバマはそうした事実すら知らないらしい。
でもカカシさん、アフガニスタンの状況はあまり話題にならないし、オバマが知らなくてもそれほどおかしくないんじゃありませんか、ブッシュ大統領だって以前にパキスタンのムシャラフ大統領の名前を思い出せなかったこともあることだし、、とおっしゃる読者もいるかもしれない。
だが、ブッシュがムシャラフの名前を知らなかったのは、パキスタンではクーデターが起きた直後で、しかもアメリカにとってパキスタンが大事な国になるという前触れが一切なかった時のことである。しかもそれまで当時のブッシュ大統領候補はパキスタンのパの字も語ったことが無かったのである。
それに引き換えオバマ上院議員は何度となくイラク撤退の理由としてアフガニスタンの状況をやたらに引き合いに出してきている。しかもオバマは上院議会でNATO監督の管轄権があるヨーロッパ委員会の会長なのである。これについては同じ民主党候補ライバルのヒラリー・クリントンが2月の討論会でこんな指摘をしているのである。
オハイオ州のクリーブランド市での討論会でヒラリー・クリントンは民主党候補ライバルのオバマに対して「NATOはアフガニスタンの任務に対して不可欠である」しかるにオバマ氏はアフガニスタンにおけるNATOの存在をどう強化するかについて一度も審議会を開いたことがないと批判した。
これに関してオバマは自分が委員会の会長に任命されたのは大統領選挙運動がはじまった2007年の初めだったと言い訳をした。つまりオバマは図らずも自分は選挙運動に忙しくて肝心の上院議員としての仕事を怠っていたと白状してしまったのである。
オバマのこの無知蒙昧な発言を聞いていると、NATO管理の立場に居ながら、オバマはアフガニスタンの治安維持はアメリカではなくNATO軍の管轄なのだということすら知らないのではないだろうかと疑いたくなる。
ところで現在イスラエル訪問中のブッシュ大統領の演説でおもしろいものがあった。それに対するオバマの反応が傑作なので是非それを次回紹介しよう。
May 16, 2008, 現時間 11:36 AM
| コメント (8)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
May 12, 2008
マフディ軍、ほぼ全面的に降伏だが、、NYTの不思議な報道
昨日ニュースでイラクで政府軍にこてんぱんにやられているイランの飼い豚モクタダ・アル・サドル率いるマフディ軍がやっと政府が要求していた停戦条件を受け入れたという記事を読んだのだが、マフディ側の報道官がノーリ・アル・マリキ首相が主張していた武装解除には応じないと言っていたことや、イラク政府側はいつでもサドル・シティへ攻め入れられると書かれていたことなどから、いったいどういう条件がまとまっての停戦なのかさっぱり理解できなかった。
今日になってニューヨークタイムスの記事を読んでみると、余計にわけが分からなくなった。アメリカの主流メディアを読む場合はかなり行間を読む技能を身につけておく必要がある。
この取り決めによって大事な地方選挙を数ヶ月に控え不人気な混乱状態から双方が後退できることとなった。どちらが勝ったのか明らかではなく、停戦までどれだけかかるのか、停戦をどれだけ保持できるのか定かではない。 しかし少なくともいまのところシーア間での戦闘は終わりを告げた。
この間までイラク政府がマフディ軍に押され気味だと言っていたニューヨークタイムスが「どちらが勝ったのか明らかではない」と言っているところをみるとイラク政府が勝ったと読むことができる。後の方の文章を読んでみよう。
合意条件の元でノーリ・アル・マリキ首相の政権は現在無法状態となっているサドル市の統括権利を獲得し、そのかわりサドル氏の民兵軍で直接戦いに参加していないメンバーを逮捕しないことが保証された。
停戦交渉を行う決断は双方がお互いに地盤を失っていると気がついたことから始まった。サドル市の市民は自分たちの被害について双方を責めている。
戦いが始まる前は、サドルシティはマフディ軍の連中が思うままに牛耳っていたのに、停戦後は政府軍が市を統括する権利があるというなら、どっちが勝ったのか明白ではないか。
だいたい戦闘をやっている双方が地盤を失うというのはどういう意味だ?お互い競り合って引き分けならお互いに土地を失うはずはない。どちらかが土地を失ったならどちらかがその分を獲得しているはず。この文章全く意味をなさない。
またサドルシティの住民はほぼみなマフディ軍の仲間かサドルの支持者のはずで、その住民が自分らの苦労の原因がマフディ軍にもあると責め始めたということは、住民によるマフディ軍への支持が減っているということになる。
この後もNYTはサドル派が政治的な支持を失い孤立してしまっていること、マリキ政権には他党からの支持があることを記載している。そしてマフディ軍がどれだけ痛手を負ったかということについても認めざる終えない。
シーア民兵たちも損失は上がる一方だ。彼らはより多くの犠牲者を出しており、戦闘に真っ先に巻き添えになる市民の死亡についても責任を問われている。木曜日からすでに30人以上が殺されている。(カカシ注:おなじみのビル・ロジオによるとマフディ軍は3月25日の戦いが始まって以来すでに合計562人を殺されている。)
NYTの複雑な書き方で混乱しないようにここで整理してみよう。
- サドル市はマリキ政権の統治下となった。
- 政府は戦闘に参加したマフディメンバーの逮捕は続行する。
- マフディ軍は政府軍側より多くの犠牲者を出している。
- マフディ軍はサドル市民からの支持を失いつつある。
- サドル派は政治的に孤立し、マフディ取り締まりについて他党がマリキ政権を支持している。
これでもどっちが勝ったか明らかではないのは反米の主流メディアくらいだろう。
ここでさらにわかりやすくするために、ビル・ロジオに実際の停戦条件がどういうものだったのか説明してもらうことにしよう。
- イラク政府とマフディ軍は4日休戦する。
- 休戦後、イラク軍はサドル市に入り令状があるか、もしくはマフディ軍が中武器及び重武器(ロケット弾、ロケット、モーターなど)を所持している場合の逮捕を続行する。
- マフディ軍とサドル派はイラク政府が警備統括をすることを認識し法の施行のため警備軍を運用させる権限を認める。
- マフディ軍は国際ゾーンへのモーターやロケット攻撃などの一切の攻撃を止める。
- マフディ軍はサドルシティ市内の路肩爆弾をすべて取り除く。
- マフディ軍は「違法法廷」を閉鎖する。
- イラク政府はサドルシティへの入り口を解放する。
- イラク政府はサドルシティ住民への人道的救済を行う。
マフディ軍は武装解除には応じないと息巻いているが、イラクは危ない国なので一般人でも自動小銃やライフルの所持は合法とされている。だから中もしくは重武器の没収を認めるということは、事実上武装解除を認めるということになる。またこうした武器を持っている人間をイラク軍は令状無くして逮捕出来るのであれば、結果的にイラク軍はマフディ戦士の逮捕は自由に出来るということだ。イラク政府がサドルシティ住民への救済を行うという点は非常に重大だ。すでにサドルシティ市民はマフディ軍に今回の戦災を責めているなか、イラク政府が現れて市民への救済を始めたら市民はいったいどう感じるだろうか?一般市民にとって自分たちの生活を守ってくれる方こそ自分らの味方のはずである。マフディ軍がイラク政府にその役割を受け渡したということは自分他たちにその能力がないことを認めたことになる。
これでもどちらが勝ったか明らかではないかな、NYTさん?
さて、この先がNYTとビル・ロジオの間で食い違う点なのだが、ロジオによるとイラク政府はサドル派に停戦に応じるように圧力をかけたわけではなく、内部からの圧力によって停戦に合意する動きがあったのだという。ダワ党のアリ・アル・アディーブ氏は、「サドルシティ市内の市民からの圧力が彼らにもっと責任もった行動をさせたのです。」と語っている。
しかしNYTの記事ではイランからイラク政府に働きかけがあったと書かれている。
停戦条約の三人の関係者によると、イラク議会のシーア派メンバーが今月の初めイランを訪れた後、イランが引き分け状態にその影響力を及ぼしたとのことである。
カカシが思うに、イランにはイラク内政に影響を及ぼすような力はない。だいたいイランがイラクに影響を及ぼしたいならイランからイラクへ使者が送られてくるはずで、イラクからイランへシーアメンバーが訪問するというのは話が逆だ。
NYTはイラクのシーアメンバーがイランに対してサドル派に政府への抵抗を止めるよう説得して欲しいと嘆願に行ったと言いたいのだろうが、もしサドル派が勝っているならイランが何故イラク議会メンバーのそんな嘆願を聞く必要があるのだろうか?イランにとって民主主義のイラクなど目の上のたんこぶである。イラクがイランに同調するシーア派連中によって牛耳られればそれに超したことは無い。もしサドル派がイラクで勝利をおさめつつあるならば、イランがサドル派援助の手を緩める必要がないどころか、ここぞとばかりにサドル派援助を強化させるはずである。
ではイラクシーア派の使者たちはイラン政府に何を告げたのであろうか?
イラン政府は馬鹿ではない。もし正式にイラク政府と戦争をするとなれば背後にいるアメリカにイラン攻撃の正式な口実を与えることになるのは充分に了解している。イランは秘密裏にイラク内部の抵抗組織を援助してイラク政府の安定を崩しアメリカ軍に痛手を負わせたいだけなのだ。面と向かってイラク・アメリカ同盟軍と戦う意志もなければ能力もない。
となればイラクの使者がイラン政府に告げた内容は自ずと明白になる。もしカカシが壁の蠅ならこんな話を聞いただろう。
イラク使者「イランさん、あんさんがたイラン政府がサドル派をそそのかしてイラク政府に盾をつかせてるっつうのは周知の事実でござんす。表立っておやりじゃねえんで今のところアメリカさんは無視してやんすけどね。しかしこれ以上サドル派が抵抗を続けるなら、こちとらとしてもあんさんがたのやり方をおおっぴらにしねえわけにはいかねえんでござんす。そうなりゃアメリカさんも黙っていねえでしょう。あんさんらもアメリカさんと正面切っての戦はやべえはず。どうです、このへんで手を打ってサドル派を撤退させてはいかでやんすか?」
てな具合での説得というか脅迫が行われたと考える方が自然だろう。
こうやって読んでみると、今回の停戦条約の実態がかなり明らかになったと言える。それにしてもアメリカ主流メディアの新聞記事解読に要する技能は半端じゃないな。
May 12, 2008, 現時間 10:08 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
May 10, 2008
いつからレバノン政府にアメリカの後押しが付いたわけ?
レバノンにおいて反政府側のシーア派と政府側のスンニ派との宗派間争いが続いている話は先日もした通りだが、それに関するアソシエートプレス(AP)の記事を読んでいて不思議な表現に気がついた。
イランに支持されたヒズボラとその仲間がベイルート政府のイスラム居住区を占拠し、その武力の強さを見せ、合衆国に支持された政府側と戦った。レバノンの1975-1990に起きた内乱以来最悪の事態となった。
ヒズボラはイランの工作員であり、イランから資金、人員、訓練を受けたイランの先鋭部隊である。しかしレバノン政府は民主的な選挙によって選ばれた正規の政府であり、アメリカとは無関係だ。レバノンの選挙にアメリカはなんら関与していない。
アメリカがレバノン政府を支持するとしたら、それは単にレバノン政府が正規な政府であると認めるということに過ぎず、それならフランスやイギリスも同じように現政府を独立国の正規政府として認めているのとなんら変わりはない。それなのに何故APは、あたかもレバノンがアメリカの統治下にあるかのような書き方をするのか。
その理由はレバノンのおける紛争はイラン対アメリカの代替え戦争だという印象を読者にもたせたいからだろう。イラクではイランの手先のモクタダ・アル・サドル率いるマフディ軍がイラク・アメリカ連合軍によってこてんぱんにされているので、無関係なレバノン紛争を持ち出してきて、イラクが収まってもレバノンではアメリカが押され気味だと言いたいのだろう。
そこまでしてアメリカの通信社がアメリカをこき下ろしたいというのも不思議でしょうがない。
May 10, 2008, 現時間 12:11 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
May 8, 2008
レバノンでも、シーア対スンニの宗派間争い
シーア対スンニの宗派間争いといえば、イラクかと思うとそうではない。シリア系のシーア派ヒズボラがレバノンで地元スンニ派と熾烈な戦いを繰り広げている。
木曜日ベイルート市街地でシーアヒズボラはスンニ派レバノン政府軍によるシーア派武装解除に抵抗してロケット弾やマシンガンを使って応戦した。この戦いで4人が死亡、8人が負傷した。
スンニのリーダーであるサアード・ハリリはヒズボラの頭であるハサーン・ナスララに戦闘員を撤退させ「レバノンを地獄から救うよう」に呼びかけている。
今回の暴動のきっかけは、政府がヒズボラの取り締まりを強化すると発表し、その第一段階としてヒズボラ同士の交信ネットワークを違法と断定、ヒズボラとつながりがあるとされたベイルート空港の警備部長を交替させたことにある。
ナスララは全国放映のテレビ演説でヒズボラの交信ネットワークが2006年夏のイスラエルとの戦争の際に多いに役立ったとし、「対イスラエル・アメリカ抵抗運動への挑戦」だとして次のように宣言した。
「我々を逮捕しようとするものは我々が逮捕する。」「我々を撃つものは我々が撃つ、我々に上げられた腕は我々が切り落とす」
まったくいつもながらイスラム教過激派の言うことは勇ましい。やることはいつもお決まりの野蛮なテロ行為だが。
パレスチナでもイラクでもそうだが、中東で暴力沙汰が起きるたびに、常にイスラエルやアメリカが原因であるかのようにイスラム過激派は責任転嫁をするが、結局彼らのシーア対スンニという宗派争いに外部からの手助けなど必要ないのだ。彼らのぶつかるところ常に戦ありである。平和な宗教が聴いて呆れる。
とはいうものの、レバノンにおける宗派間争いにはシーア対スンニの勢力争いであることに違いはないが、その背後にはイランとサウジアラビアがいることも無視できない。
ヒズボラはシリア系のテロリストだが、その裏にイランがいることは周知の事実。イラクでサドルを使って宗派間争いを激化させようと色々工作をしているイランはレバノンでも同じようなことをやっているわけだ。
スンニ派のリーダーは近隣のスンニ派諸国に援助を訴えかけているが、サウジやエジプトは口は達者だが政府が直接介入することは先ずあり得ないだろう。ただしレバノンがシーア派国になるのはサウジやエジプトにとっても好ましいことではないので、対スンニテロ行為の資金援助くらいはしてくれるかもしれないが。
ヒズボラはいまのところベイルート空港を占拠しているが、レバノン政府軍は本格的な攻撃は始めていない。
May 8, 2008, 現時間 2:15 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
May 2, 2008
イラク軍シーア派民兵との戦い、壊滅状態のマフディ軍
The English version of this entry can be read at Biglizards.net/blog
3月25日、イラクのノーリ・アルマリキ首相はバスラのサドル派民兵に向かって驚くべき抜き打ち攻撃をおこなった。そのあまりの抜き打ちさにマリキ首相は攻撃が始まって二日後になるまでアメリカ軍にシーア派退治を始めたことを知らせるのを忘れていたほどだ。
アメリカ軍はあわててイラク軍に追いつくべく近距離空援助や必要な後方援助を送り込んだ。当初はバスラの戦いはかなり危なっかしい状態に見えた。ケツの青いイラク軍の一隊など敵に圧倒されて退散するという一幕もあったが、マリキ首相は即座に援軍をおくりこんで開いた穴を塞いだ。バグダッドのスラム街であるサドル市で別の前線が展開されたが、そこではアメリカ軍が先導してマフディ民兵らに立ち向かい大勝利を得た。
熾烈な戦いが繰り広げられたが、イラク軍の指揮のもと、最終的にはアメリカ民主党がイラクが独立国として成立するに必要不可欠として挙げていた条件が満たされる結果となった。モクタダ・アル・サドル率いるシーア民兵に断固立ち向かうことによってシーア多数派はシーアだけでなくイラク全土を統治する資格があることを証明したのである。民兵軍をサドルが率いるとはいっても、サドルがイランに逃げ隠れしてからすでに一年近くなる。実際にサドルがどれだけマフディ軍に影響力をもっているのかかなり疑問だ。
一ヶ月以上になる戦いだが、マリキが賭けに勝ったことはかなり明らかになってきた。
- サドル派はバスラをはじめ他の市や地区で完全に撤退状態で、サドル市では壊滅状態にある。
- サドル派への攻撃によってマリキ首相をついに信用することにしたスンニ派のタリーク・アルハシーミ副大統領がスンニ派政党に政権に戻るように呼びかけた。
- サドル自身は完全にその不能さをみせ、イラク政府に対して全面戦争の脅しをかけておきながら、マリキの騎士の突撃作戦の勢いが全く弱まらないのに腰を抜かして数日後には再び停戦を嘆願するという弱さをみせている。
- マリキ首相は引き続き攻撃をすすめており、今や後片付けの段階にはいっている。イラク軍は兵站(へいたん)と近距離空軍の援助さえあれば独自に軍事作戦が行えるということを証明した。そして全党参加の政権統一も含め、アメリカの民主党がイラク政府に要求していたすべの条件が整いつつある。
その詳細を吟味してみよう。
ハシーミ副大統領の帰還は非常に重要だ。スンニはイラク生誕に必要な半分の要素だからだ。
イラクの首相は日曜日、スンニの副大統領と会合しスンニ派政党をシーアが独占している政権に復帰させるべく話あった。一方バグダッドでは衝突と自爆攻撃で5人が死亡したと警察は発表した。(ミスター苺注:この二つのニュースにどういう関係があるってんだ? 「バラク・オバマとヒラリー・クリントンが弁論会をおこなった。一方アメリカ全土で47件の殺人事件がおきた。」なんて記事想像できるか?)
ノーリ・アル・マリキ首相とタリーク・アル・ハシミ氏との会合はスンニのリーダーであるハシミ氏が政治的ボイコットをおこなっていた(スンニ派政党)National Accordance Frontに政権に戻るように呼びかけた翌日におこなわれた。
アル・ハシミ氏はアル・マリキ氏のもっとも厳しい批評家で(首相は)シーア派贔屓をしていると非難していた。一方でマリキ首相は副大統領は重要な立法を妨害していると苦情を述べていた。しかしアル・ハシミ氏をはじめスンニのリーダーたちはアル・マリキ氏によるシーア民兵取り締まりにほだされた模様である。
これに対してサドルの衰退ぶりは見ていておかしい。まず4月19日現在の 強気のサドル。
反米のシーア聖教師モクタダ・アル・サドル師はアメリカ・イラク軍による彼の従者への取り締まりが止まない限り、新しく挙兵すると脅した。
師はこれがイラク政府に対する最期の警告だとし、米国軍と協力するのを直ちにやめなければ「解放のため会戦する」と宣言した。
土曜日の声明はアル・サドルのウェッブサイトに掲載された。
7ヶ月にわたる停戦を解除するという警告はアルサドルのマフディ民兵軍とアメリカ・イラク軍がバグダッドのサドル市と南部のバスラで戦いを繰り広げる最中にされたものだ。
ノーリ・アルマリキ首相もまた、マフディ軍が解散しない限りサドル派は政治的に孤立するであろうと語った。
ところが数日後の4月26日になるとサドルは完全に尻尾を巻いて逃げ腰だ。
過激派聖教師のモクタダ・アル・サドル師は金曜日、流血を終わらせるよう呼びかけた。師は「会戦」の警告はアメリカ軍が指揮する外国軍のみにしたものであると説明し、従者への取り締まりを巡るイラク政府との正面きっての挑戦を取り下げた。
一方でノーリ・アル・マリキ首相はアル・サドルのマフディ民兵軍及び違法武装集団への厳しい取り締まりを強化し、武装解除を含む軍事行使中止の条件を整えた。
アル・サドルの新しい声明文は説教の中で述べられ、師のウェッブサイトに掲載された。これによって最近向上した警備体制を脅かす反米聖教師による8ヶ月近い停戦の解除は免れた。
「我が輩は警察や軍隊やマフディ軍の兄弟たちに呼びかける。流血を止めよ!」とアルサドルは声明の中で語った。「我々は正裁と安全を達成させる傍ら、あらゆるかたちの抵抗を支持すべきである。」
全体的にみてイラクの4月は民主主義にとって非常に良い月だったといえる。そして混乱と人命生け贄派のテロリストたちにとっては 悲劇的な月となった。このようなすばらしいニュースを主流メディアはどのように報道しているであろうか? 主流メディアがバスラやバグダッドでの戦いや南部でのマフディ軍の壊滅ぶりについてなんと説明しているかといえばこの通りだ。
イラクの米軍戦死者ここ7ヶ月で最高に
バグダッドで別々に起きた攻撃によりアメリカ兵5人が戦死、これで4月のアメリカ兵戦死者数は49人となり去年の9月以降で最高の死亡率となった。一人の兵士は乗っていた戦車が路肩爆弾に乗り上げ命を失った。二人目は小銃でうたれた傷が元で死亡したと水曜日、軍は発表している。どちらの事件も火曜日バグダッドの北西で起きた。
三人目は水曜日の早朝、首都北部の地区で徒歩パトロール中に爆弾にあたって死亡した。またバグダッド南部では路肩爆弾によって二人の米兵が死亡したと米軍は別々の声明で発表した。
米軍戦死者はサドル市やその他の地区ですでに一ヶ月以上おこなわれているシーア民兵と米・イラク軍との戦いが激化するにつれ増えている。
アソシエートプレス(AP)の合計によるとイラク戦争が2003年3月に始まって以来少なくとも4061人の米軍兵が戦死している。
「我々は、この戦いは厳しく、過激派と対抗する時期があり、これらの犯罪集団やアルカイダテロリストたちは復活しようするであろうことは、当初から言い続けてきました。」 と米軍報道官のケビン・バーガー少将はバグダッドで記者団に語った。
「ですから我が軍の犠牲や、イラク軍やイラク市民の犠牲はこの試練を反映するものであります。」バーガー少将はアメリカ兵の戦死者増加の背景に関する質問に対してこのように答えた。
アルカイダの数倍のイラク市民を殺害してきたイラクで最も暴虐的な犯罪グループであり、イラクの安全に一番障害を及ぼすシーア派民兵らとの戦いが、APにかかると単なる米軍戦死者数増加という記事になってしまうのだからひどい!
それだけではない。もっと質が悪いのは、APは報道官の声明文を文脈を無視してところどころ自分らに都合のいいところだけ引用することによって、あたかもシーア派民兵軍との戦いは敵側からもちかけられたような印象をあたえていることだ。まるでサドル派が「復活しようと」抵抗力のないアメリカ軍兵を殺し始めたかのような書き方なのだ。APの記者たちは自分らが戦闘テンポに無知なあまり現実とは正反対のことを報道していることに気がついているのだろうか?記者たちは民主主義の軍隊がテロリストに戦いを挑めばこちらの犠牲者が増えるという事実など考えも及ばないようだ。
ところで戦死者数といえば、これまで発表された数によれば4月中に戦死した英米味方側の戦死者数は45人だが、敵側マフディ軍はなんと400人から1000人を失っている。戦死率は15:1の割合で敵側が圧倒的な打撃を受けていることになる。ペンタゴンは戦死者数を発表したがらないが、これは味方側の圧勝ではないか!
もっとも2008年4月の戦死者数にこだわってるAPは、2007年9月の戦死者数を明らかにしていない。多分それは去年9月の数を発表してしまうといわゆる「増派」が成功したことを証明してしまうからだろう。
では9月の同盟軍戦死者数はどうだったのかというと、Iraq Coalition Casuality Countによると69人だった。(一日平均2.3人)つまり今年4月の戦死者数は去年の9月に比べて2/3に減っているのだ。そして去年の9月といえばすでに対抵抗軍作戦が中盤にはいり味方側の戦死者数が大幅に減少の傾向にあった時期である。2007年5月のピーク時では131人の戦死者が出た(一日平均4.23人)それに比べたら今年4月の戦死者はこちら側からの攻撃を行っているにも関わらず1/3に減っているのである。
iCasualitiesによれば4月のイラク市民の犠牲者数は565人とある。2007年9月の数は752人だったが、2007年の2月は2864人だった。これに比べたら2008年4月の死者数はたったの去年2月の22%にしか満たない。普通、市民の死亡率が78%も減ったら味方側による市民の安全保障作戦はうまくいっていると判断するのが妥当だ。しかしアメリカの主流メディアは市民の犠牲者数が78%も減ったというすばらしい事実は報道せず、味方軍の戦死者数が多少増えたことを強調するしか脳がないんだからしょうがない。
こんな戦争ジャーナリストなんて必要あるのかね。
May 2, 2008, 現時間 5:27 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
April 12, 2008
バスラのイラク軍作戦、マリキ首相の成功を認めない主流メディア
本日は昨日のイラク情勢好転に主流メディアの情報操作は続くに引き続いて、バスラで行われているイラク軍によるシーア取り締まり攻撃について、マリキ首相のこれまでの功績をみてみよう。
下記は例によってビル・ロジオから:
停戦後、イラク軍はバスラに援軍を出動させると発表し、翌日にはKhour al ZubairとUmm Qasrpushedの港に軍を送り込んだ。以来、バスラ内部ではイラク特別部隊と特別警察隊によるいくつかの手入れが行われている。その間イラク軍の一旅団は4月2日までマフディ軍の本拠地だった真髄に進行した。そしてサドルが停戦を呼びかけた二日後にはイラク政府はサドル市及びバグダッド内のシーア居住区に戒厳令を引くことに成功した。
マリキの共同政府はこの作戦に反抗は見せなかった。イラク政府の反対派がバスラ作戦に抗議して緊急議会を開いたところ、275人の議員のうち参加者はたったの54人だったと AFPは報道している。出席したのはモクタダ・アルサドルの党派とシーアファディラ党、世俗主義イラクナショナルリスト、the Sunni National Dialogue Councilといった零細党だけで、イラクの最大政党であるシーアイラク連盟(Shiite United Iraqi Alliance)とクルド連盟(Kurdish Alliance)の姿はみられなかった。イラク議会の主力な党派が緊急議会を無視したことはマリキ政権が危機に瀕していないということであり、政治的に大きな意味を持つ。
10日間の攻撃停止期間は民兵軍に武器解除をし降参する猶予を与える目的でされたものだ。しかしイランから訓練を受け、イランから直接命令を得ているマフディ軍JAMの一部は未だに戦闘をあきらめていないため、イラク軍による「騎士の突撃作戦」は続けられている。
ところで主流メディアがサドルが勝った証拠としてあげていたことのひとつに、サドルの従者たちはサドルの命令にちゃんと従っているということがあった。しかし現状を見ていると、サドルがいかにその影響力を失っているかが顕著となっている。実際にイラク軍に対抗して戦っているJAMのメンバーはサドルから命令を受けているというより、イランのクォド特別部隊から直接命令を受けていると言っていい。
新しいイラク軍がバスラに到着しはじめアメリカとイギリス軍がイラク軍の援軍として準備をはじめるなか、イランのクォド隊から命令を受けたサドルはマフディ軍に市街地から撤退するよう命令をくだした。サドルは攻撃停止を含む9条に渡る交換条件を要求したが、マリキはそれを拒絶。イラク・アメリカ連合軍はバスラ侵攻を続行しシーア民兵軍に対し、焦点をしぼったピンポイント攻撃を続けている。バスラでの6日間の戦いだけでも、すでに200人以上のマフディ軍戦闘員が殺され、700人が負傷、300人が捕獲されている。
サドルの撤退しろ抵抗するなという命令とやらはあんまり効果がないらしく、マフディ軍の一部は一向に戦いをあきらめる様子を見せていない。しかし戦えば戦うほど奴らは追いつめられていく。どこにも居何処のなくなった奴らはイランに帰るしか道はなくなるだろう。
主流メディアはこれまでマリキが政治的な進歩を遂げていないといって批判してきた。しかし、マリキが政治的な見解の違いを乗り越えてクルドとスンニに手をのばし、その協力を得られた今となっては、主流メディアはマリキの功績をほめたたえるかといえば、無論その答えは否である。マリキの努力の成果を評価するどころか、マリキには近視眼的な汚い動機があると批判する。イラクは10月1日に全国選挙を予定しているが、マリキの所属するダワ党は石油資源の豊かなバスラや宗教的中心であるナジャフやカルバラで苦戦が期待されている。
バスラ攻撃の成功はマリキのダワ党と彼の味方であるイスラム最高評議会(the Supreme Islamic Iraqi Council, SIIC)が選挙で成功する確率を引き上げるはずだった。SIICのバーダー旅団(Badr Brigade)はマフディ軍の宿敵である。
ノーリ・アル・マリキはもともとモクタダ・アルサドルの後押しによって首相となった人である。ダワ党といえば歴史的にサドルのマフディ軍である JAMの味方でありバーダー旅団とはライバル関係にあった。(バーダー旅団は民兵軍というイメージを脱ぎ払うために、最近はバーダー組織と改名した。)
そのマリキが従来のライバルであったSIIC従属のバーダーのライバルであり自分の所属するダワ党の元スポンサーであるマフディ軍を攻めることが、いったいどうやってダワ党への票集めにつながるというのだ? ま、降参降参といって逃げまどっているサドルが大勝利をとげたと平気で言えるAPだから、こういう不思議な理屈も成り立つのかもしれないが。こんな理屈にだまされるのはリベラルくらいだろう。
マリキ首相並びにイラク政府はさらに マフディ軍を孤立させるべく、10月の選挙にはサドル派を参加させない意向だ。 マリキ首相はサドルがマフディ軍を解散しない限り、サドル派の政治参加は許可しないと発表した。これに対してサドルの報道官はナジャフのシスタニ大教祖に相談すると語っていたが、シスタニ自体はサドルから相談を受けた覚えはないとしながら、マフディ軍は解散すべきだという意志を表明している。
となってくるとサドル派はかなり苦しい立場に追い込まれたことになる。マフディ軍を解散してしまえば、サドル派は単なる弱小政党に成り果てる。しかし解散しなければ政治力のないただの民兵軍に成り下がってしまう。そうなればマリキの力はさらに増幅しマフディ軍はマリキによって完全に抹消されてしまうだろう。マフディ軍はいってみればイラン版のイラクのアルカイダとなってしまうのだ。
しかしこの後に及んでも主流メディアはまだバスラの戦いではモクタダ・アルサドルが大勝利を納め、マリキ首相は政治的に滅ぼされたと言い張っている。
どうしてもイラク情勢の好転を認めたくない主流メディアは日に日にそのうろたえぶりがひどくなるようだ。
April 12, 2008, 現時間 1:56 AM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
April 9, 2008
イラク情勢好転に主流メディアの情報操作は続く
English version of this entry can be read at Biglizards.net/blog.
イラク情勢に関しては主流メディアに真実を頼ることは完全に無理だ。アメリカの主流メディアも、そしてそれを誠実にコピペしまくる日本メディアも含めて、まるでかつてのバグダッドボブのように、アメリカは負けているイラク政府は混乱状態というニュース以外は流したがらない。しかし中国の大本営放送のように情報操作に余念のない主流メディアでも時々間違って真実を報道してしまうことがある。
この間からお話しているように、バスラのイラク軍によるシーア民兵退治作戦「騎士の突撃作戦」ではノーリ・アル・マリキ首相が大成功を収めているが、それに付け加えてマリキ首相はこれまで対立していたクルド派やスンニ派の支持も得ることができた。APが嫌々ながら報道しているこの記事 によると、、、
ノーリ・アルマリキ首相の弱まるシーア派民兵への取り締まりは、スンニアラブとクルド党から支持を勝ち取った。両党とも強力な民兵ともろいイラク政府の失敗による悪影響を恐れてのことであった。
双方の共通目的がイラクの政治的溝を埋める橋渡しになりそうだ。
クルド自治区の首領であるマスード・バールザニ(Massoud Barzani)は反米聖教師のモクタダアルサドルのマフディ軍との戦いにクルド軍を派遣すると提案した。
もっと意味があるのはスンニアラブのタリーク・アルハシミ副大統領がクルド人のジャラル・タラバニ大統領の声明文を承認しクルドおよびシーアの副大統領アディル・アブドール・マフディとともに石油資源の豊かなバスラにおける民兵退治を支持する意志を表明した。
この間も紹介したが主流メディアはマリキがマフディ民兵軍(またの名をJaish al Mahdi、または JAM)退治に他党との協力を得られていないと批判していた。確かにハシミ副大統領とマリキ首相は馬が合わないライバルではある。そんなそのハシミ氏が主流メディアがいうように「失敗が鮮明」になった作戦を応援したりするだろうか? はっきりいってアラブ人はダークホースを応援するような民族ではない。明かにマリキを勝ち馬と見たから応援する気になったのだ。
もちろんAPニュースはとにかくバスラはイラク軍の大敗だという主張を続けている。
バスラの「無法者」や「犯罪者集団」を対象に行われた取り締まりは激しい抵抗と政府軍の不満分子などに面して行き詰まりをみせている。先週の日曜日、アルサドルが戦いをやめるように民兵たちに呼びかけて以来、主な戦闘はおさまっている。
しかしアルマリキはバグダッドにあるマフディ軍の本拠地への取り締まりも続けると強気の口調を弱めていない。しかしアルサドルが復習をほのめかすと、マリキ首相は若い聖教師の従者を対象とした取り締まりや手入れを中止した。
なんで敵が降参を唱えている戦いが行き詰まっているなんてことになるのだ?お決まりの「泥沼」といわないだけましかもしれないが。確かにマリキは民兵軍攻撃を一時停止すると発表したが、それはサドルの復讐を恐れたからなどではない。そんなことが恐かったら最初から民兵の取り締まりなど始めるわけがないし、一旦JAMが予想以上に強いと分かった時点で戦いをやめているはずだ。しかしマリキは戦いをやめるどころか攻撃を激化させ、援軍まで呼んで戦い続行している。マリキは民兵軍が武装解除をして降参する時間を与えるために一時攻撃は停止すると発表したに過ぎないのだ。バスラをパトロールしているのはいまやマフディ軍ではなくイラク軍なのだということを忘れてはならない。
マリキの成功はまだまだあるのだが、今日は時間がないので詳細は次回に続く。
April 9, 2008, 現時間 10:42 PM
| コメント (0)
| トラックバック (1)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
April 4, 2008
イラク情勢:サドル対マリキ、バスラの戦いに勝ったのはどちら?
English version of this entry can be read at Biglizards.net/blog.
先日もお話したように、イラクのバスラとバグダッドにおいて、イランの飼い豚モクタダ・アルサドル率いるシーア武装集団マフディ軍を撲滅すべくイラク軍による激しい攻撃作戦「騎士の突撃作戦」が行われている。マフディ軍がこれ以上は抵抗はしないと停戦交渉を求めてきたことから、一応この作戦は峠を超えたといえる。
しかし、本来ならばマリキ首相の大手柄としてイラク軍の大勝利が讃えられてもいいような結末であるにも拘らず、アメリカの主流メディアはなんとかしてこれをサドル派の勝利だと印象づけたいらしく日夜情報操作に余念がない。だが、反戦派の左翼メディアがサドルの勝利を唱えるのは分かるとしても、右翼側のメディアですらマリキ首相の勝利を認めたがらないのだから不思議である。
保守系人気ブログのパワーラインやカウンターテロリズムブログ(Counterterrorism Blog) はこれだけ勝利がはっきりしている戦いなのに未だに「で、どちらが勝ったのか」と問いかけている。何もかもすぐに信じないのは良い性格かもしれないが疑い深いのもここまでくるとちょっと考えものである。
軍事知識豊富なブロガーオースティン・ベイ大佐(Col. Austin Bay)やビル・ロジオ(Bill Roggio)を読んでいれば、どちらが勝ったのか明白であるのに、、、
勝者は停戦を提案したりしない
まず最初に普通軍事戦闘において、最初に停戦提案を声高にした方が負けてる方だというのは常識。勝ってる方が勝利を目前にして停戦なんかする必要はない。相手を押しまくって完全勝利を得るまで戦うのが筋である。
現在の「騎士の突撃作戦」(Operation Knights' Charge)においてサドルが勝ったといってる方も、マリキが勝ったといってるほうも、停戦提案を最初から何度もしているのはサドルの方だという事実では同意している。サドル勝利説側はサドルの勝利を証明するものとしてサドルが停戦条件として出した数々の提案をあげている。例えば捕虜となったマフディ戦士でまだ裁判で有罪になっていない者を釈放することなどその一つだ。しかし停戦条件が成立するためには相手側がそれに応じなければならない。ところが主流メディアにしてもブロガーたちにしても誰一人としてマリキがそんな条件を飲んだと主張するものはないのである。それなのにマフディ軍はバスラから撤退してしまったのだ。
昨日のタイムマガジンの記事など、サドルの停戦条件を羅列しておきながらマリキの反応については全く無言である。(下記は要約のみ)
シーア派政治家の代表使者と会見して停戦について話し合った際、サドルの主な要求の一つはサドルの戦闘員たちを恩赦法によって釈放することであった。 これはサドルの従者たちのなかで叔父や兄弟たちが拘束され、スンニ派抵抗軍が親切な地元市民から補助金をもらっているのにもかかわらず、自分達は増派によって不公平な扱いを受けていると感じて不満をもっているものへのご機嫌取りといえる。腕のいい政治家ならだれでもするように、サドルは従者に自分も施し物をすることが出来ると証明しなければならない。そのために戦争をしなければならなくても。
しかし記事はここで終わってしまう!マリキがこの要求を飲んだという証拠を少しでも握っていたらに著者のチャールズ・クレイン記者がそれを無視するはずがない。それどころか最初に大々的に太文字で「マリキ、サドルの要求を全面受諾!」とかなんとか書きまくるに違いない。特に「モクタダ・アルサドルはいかにしてバスラの勝利をものにしたのか」なんて見出しのついている記事ならなおさらである。
勝者が領土を制覇する
どちらが勝っているかを見極める方法として、戦闘が終わった時点で戦闘前と比べて双方がどの地点にいるかということが上げられる。バスラの戦闘が始まった時、イギリス軍のやわなやり方のおかげでマフディ軍がバスラを統括していたということは誰もが認めている。 マフディ民兵は町をパトロールし、市民を恐喝して脅かし、気に入らない市民を好き勝手に誘拐し、大っぴらに武器をふりかざして歩き回り、大集会を開いたりしていた。空港や港や油田を制覇していたのもマフディである。
今日、バスラをパトロールしているのはイラク軍である。 これも誰もが認めることであるが、マフディ軍は戦闘員を市街地から引き上げさせ、今やバスラ市をコントロールすることが出来なくなった。インターナショナルヘラルドトリビューンによれば(International Herald Tribune):
バスラ中央のハヤニヤ地区に十何台で乗り入れたイラク兵たちは、これといった抵抗に会わなかった。ここはつい先週までアル・サドルのマフディ戦士たちと激しい戦いが繰り広げられた場所である。
兵士らは関門を設置し数軒の家を捜索し2〜3時間後には立ち去ったと目撃者たちは語った。
ビル・ロジオによるとこうである。
サドルが全面的停戦宣言をしてからはバスラにおいても南部においてもマフディ軍への攻撃はその激しさは衰えたが、イラク警備隊による作戦はそのまま継続されている。今日イラク軍はマフディ軍が生息するバスラ中央部のハヤニヤ地区を行進した。4月1日に、ヒラー特別武器兵法部隊はバスラにおいて20人の「武器運搬人」を逮捕した。3月31日、イラク特別部隊はマフディ軍が選挙していたバスラの学校での手入れ捜査中に14人の「犯罪者」を殺害した。
イラク軍当局によると、イラク警備隊はバスラ掃蕩を続けている。日曜日の記者会見においてアブドゥール・アジーズ少将はバスラ、ナジュビャ、アルマーキル(Basra, Najubya, Al Ma’qil, Al Ashshar Wazuber and Garmat Ali)その他の数地区は掃蕩されたとし、この作戦は今後も継続されると発表した。「我が軍は特定の地区内及び他の地区の掃蕩に成功している」と少将。「本日よりそのほかの場所において手配中の人物や犯罪者や未だに武器を所持しているものたちの取り締まりをはじめる...」
イラク軍はまた4月1日にバスラ地区の港、Khour al Zubair と Umm Qasrに隊を出動させた。イラク軍はこれまで頻繁な犯罪行為をしているとされていた施設の警備員たちから警備の役割をとって代わることとなった。
明らかに戦闘後の状態はイラク軍にとってずっと良い状況になっている。それに対してマフディ軍の立場は悲惨なものである。この状況だけをとってみてもどちらが勝ったかは明白なはずだ。
勝者が戦後処理の音頭をとる
どちらが勝ったかを見極めるもう一つの方法として、戦闘後の作戦の音頭をどちらがとっているのかということがあげられる。これにおいても議論の余地はない。マフディ軍が市街地に拡散し隠れている間、イラク軍は掃蕩作戦を継続している。イラク軍はマフディ戦闘員の隠れ家を次々に家宅捜査し、民兵たちを逮捕し、地域平定し、地域制覇のための援軍も呼び込んでいる。
勝者の死傷者は敗者より少ない
死傷者の数だけではどちらが勝ったかの決め手にはならないが、他のことと合わせれば、これは非常に大きな手がかりとなる。何百人というマフディ戦闘員が殺され何百というメンバーが捕虜にとられた。サドル勝利説側の誰もイラク軍がそのよう多大な損害を受けたと主張していない。
ビル・ロジオによれば、戦闘のはじまった3月25日からアメリカとイラクのメディアで非公式に集められた数は、571人のマフディ戦闘員が戦死、881人が負傷、490人が捕虜、他に30人以上が降参したとある。
公式発表を使っているオースティン・ベイ大佐は、イラク内務省の報道官によればサドルの民兵軍は215人の戦死者を出し155人が逮捕され600人が負傷したとある。公式発表は常に保守的な見方をするのでメディアの集計より少ないのは当然だろう。
ベイ大佐は、公式発表が正しいとすれば、少なくとも二千人というサドルの民兵たちが散り散りになってしまったことになるという。
ベイ大佐の2000人の戦闘員という数が正しいとすると、サドルは今回の戦闘ですくなくとも18.5%の戦闘員を失ったことになる。非公式のロジオの数を計算にいれると多く見積もってなんと53%の損失だ!南部の18%を入れた合計48%の損失とは軍隊としては致命的な損害である。これでは今後新しいメンバーを募集するのも難かしいだろう。
エリートメディアによる勝利を敗北と結論付ける方法
これだけ明白なマリキのイラク軍勝利をサドル勝利説側はどうやって説明するのであろうか?その答えは簡単だ。現場の現実を完全無視し、マリキは政治的に多大なる打撃を受けた、なぜならイラク軍はサドルを殺すことができなかった、イラク軍は数時間でマフディ軍を撲滅できなかった、イラク軍は、、、、と繰り返せばいいのだ。
タイムマガジンによれば、サドルがいまだに息を吸っていて、奴の命令を聞く従者が多少残っているというだけで、マリキは大敗北したという十分な根拠となるらしい。
アメリカ軍の多くの兵士や将校たちからはマフディ軍はばらばらな戦闘員と犯罪者のより集めのように見られている。しかしバスラ戦闘の終結が見せたものはサドルが命令すれば民兵たちはそれに従うということである。
サドルの指導力はマリキ首相のそれとは対照的である。マリキ首相は警備の役人たちと南のバスラへ出向き作戦を自ら監視した。数日におよぶ激しい戦闘の末、マリキ首相は先に発表した民兵たちの降参、および武器の買い取りの期限を延期した。しかし停戦の条件として民兵たちは武器所持の権利を明確に主張した。停戦が交渉なしで行われるというマリキの発表そのものがサドルではなく、軍事的政治的同盟を維持できないマリキの弱さを暴露する結果となった。
そうかああ〜?イラク国内のスンニ、クルド、サドルシンパのシーアなどからの抗議にもかかわらず、マリキは戦いを継続している。イラク軍は今日もサドルへの攻撃を止めていない。それなのにタイムマガジンのクレーン記者はサドルが停戦を呼びかけたらマフディ軍がサドルのいうことをきいてバスラを投げ出してすたこらさっさと逃げてしまったから、負けたのはサドルではなくマリキだと言い張るのである。
タイムマガジンとは政治的に正反対な意見をもっているカウンターテロリズムのコチランに至ってはマリキがサドルおよびマフディ軍、それをいうなら武器を持ってアメリカにたてついたシーアおよびそのペットの犬も含めて、最後のひとりまで皆殺しにしなかったからマリキは惨敗したといいたいらしい。(サドルを殺すといっても、サドルはイラクにはいない。私の知る限り、サドルはいまだにイランの庇護のもとにイランに隠れているはずである。)
今朝のニュースも含め、これまでの情報から私は短期的なアメリカ軍の勝利はアメリカ軍がイラク中に散漫するシーア派地域に多大なる軍隊を出動しない限り、長期的にみてモクタダ・アルサドルおよびシーア社会そしてイランによる兵法的な勝利となると確信する。
コチランはイランの手先であるサドルの鶴ならぬ白豚の一声にイラクの民兵たちが従ったというだけで、イラクは放っておけばイランにいいように踊らされてしまうという自分の主張は正しかったのだと言い張る。コチランは米軍が市街地をパトロールする中(本当はイラク軍だが)イギリス軍がさらに撤退を決めているのもイラク情勢の安定にイギリス軍が自信がないからだという。イギリス政府が腰抜けだという可能性は無視するようだ。そしてアメリカ軍のケビン・バーグナー少将がイラク政府が犯罪者の摘発に力を入れていることは歓迎するとしながらも、イラク警備隊のなかにはまだまだ力が足りない隊があると「認めた」ことを指摘してイラクの将来は真っ暗だと結論付けている。ハッキリ言ってアメリカ保守派の悲観主義にはカカシはかなり嫌気がさしている。
で、いったい何%のイラク警備隊が力が足りないとされているのだ?第一この警備隊は警察のことなのか、それとも軍隊のことなのか? 南部のイラク警察のなかには少数だがシーア民兵の管轄内にある隊があることは誰でも知っていることでいまさら取り立てて騒ぐほどのことではない。これをもってしていってイラク軍全体が意味のないものと判断するのは行き過ぎだ。
圧倒的に勝つことによる勝利
コチランの経歴を読む限り、彼は弁護士と計理士の資格を持つ役人経験のある人間で、対テロ政策もビジネスの側から入った人物で軍事体験は全くないしおよそ専門家とはいえない。
それにひきかえビル・ロジオやオースティン・ベイ大佐の軍事知識は申し分ない。こと軍事状況に関してはコチランのような役人肌よりロジオやベイ大差の方がずっと信頼できる。
さて「で、どちらが勝ったのか」という質問だが、すべての証拠や状況を考慮にいれたうえでいわせてもらうならば、間違いなくノーリ・アルマリキ、イラク首相の大勝利である。下記にもう一度まとめてみよう。
- 停戦を最初に提案したのはサドルであり、降参条件を提案しておきながらその条件が満たされないうちに降参してしまったのもサドルである。
- 戦闘前にはマフディ民兵軍の管轄下だった領地を現在コントロールしているのはイラク軍である。
- マフディ軍が逃げまどい、指揮者が恐れて顔も見せられないなか、作戦の音頭をとっているのはイラク軍である。
- マフディ軍は南部勢力の18%の戦力を失い、さらに30%の負傷者を出した。
- サドルが「勝った」と主張する側が言えることはサドルが殺されず、壊滅状態になっマフディ軍がサドルを指揮者として見捨てていない、ということだけである。
これでもまだサドルが勝ったと言い張るのであれば、ま、しょうがないだろう。マリキ首相がこのままがんばってくれれば、イラクでも違う意見を述べる自由は保証されるのだから。
April 4, 2008, 現時間 11:48 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
March 31, 2008
対シーア民兵にイラク軍大勝利! 降伏するサドルに狼狽えるメディア
現在イラクではバスラを本拠地とするモクタダ・アルサドル率いるシーア派民兵軍に対して、イラク軍による猛攻撃が行われているが、イラク軍の圧倒的な勝利にサドルは悲鳴をあげ、なんとか生き残ろうと必死になっている。
以下ビル・ロジオより。
イラク政府がバスラのマフディ軍及びイランに援助されたシーア恐怖団体に対して挑んだ、騎士の突撃作戦(Operation Knights’ Charge)が始まって六日後、マフディ軍の指揮者モクタダ・アルサドルは戦士らに武器を捨てイラク警備群に協力するようにと呼びかけた。サドルによるマフディ軍への戦いを終わらせよという呼びかけは作戦が始まって以来マフディ軍に多大なる損害が出たことからきている。
「サドルは彼の忠誠者たちにすべての武力行使をやめるよう訴える伝言を送った。」とアル・イラキヤテレビ局は報道した。サドルはまた「政府や政党のオフィスや事務所...などを攻撃する者は勘当する。」と語った。
サドルの従者への戦いをやめるようにという呼びかけは、6日に渡ってマフディ軍が多くの死傷者を出したことが原因である。火曜日に戦いが始まって以来、358人のマフディ戦士が殺され、531人が負傷、343人が捕虜にとられ、30人が降伏した。米・イラク連合軍はバグダッドだけでも125人のマフディ戦士を殺している。イラク軍はバスラで140人のマフディ兵を殺した。
3月25日から29日の間でマフディ軍は平均毎日71人の割で殺されている。69人がすでに捕虜となり、ほかに160人が戦闘中に負傷したと報告されている。米・イラク連合軍は2007年の夏に行われたアルカイダとの戦いで、このような多大なる打撃を敵に与えたことはなかった。
ところがこの大勝利がニューヨークタイムスにかかると' こうなっちゃうんだからおそろしい:
シーア聖教者モクタダ・アルサドル師は日曜日、バスラとバグダッドで彼の味方である民兵軍とイラク・米軍の間で行われている六日間に渡る激しい戦闘を終わらせるべく第一歩を踏み出した。師は従者への提言でイラク軍が自分達の要求を飲む条件で銃を置くようにと呼びかけた。
.....米軍の戦闘機に援助されたイラク軍はサドル師関係のシーア民兵軍とバスラにおいて過去六日間に渡って引き分け状態を続けている。この作戦はノーリ・アル・マリキ首相への厳しい批判呼び起こしている。
南部を民兵の統括から取り戻そうとするマリキ首相の作戦は当初の予測よりもずっと激しい抵抗にあっていると先週イラクの防衛大臣アブドゥール・アル・オベイディ氏は認めた。
......
サドル師の今回の行動は2004年にナジャフで死ぬまで戦えと命令した態度とは対照的であり、サドル師の軍事指導者としての技能が過去数年で成長したことを意味する。
死ぬまで戦えと強気だった人間が、抵抗するな、抵抗する人間は勘当するぞ、などといきりたってることが指導者として成長した証拠だ?バカも休み休み言え!勝ってる人間がなんで降参の条件を提案したりするのだ?勝ってるなら戦いを止めろなどといわず、このまま相手が怯むまで突き進め!攻撃はやめるな、というのが筋ではないか。なんで勝ってる人間が相手に協力しろなんていうのだ?
そしてこれが日本の産経新聞になるともっとひどい!
【カイロ=村上大介】イラクのマリキ政権が南部バスラで開始したイスラム教シーア派民兵に対する掃討作戦は29日、5日目に入り、イラク政府軍の威信をかけた「単独作戦」の失敗が鮮明となりつつある。米軍は29日も前日に続き、空爆、昨年12月にバスラの治安権限をイラク側に移譲した英軍も作戦・情報面で政府軍への支援を開始した。しかし、民兵側は依然、バスラ中心部を支配下に置き、戦闘は中南部シーア派地域に広がっている。治安能力の限界を露呈したマリキ政権が自力で争乱を収拾できる可能性は少ないとみられる。
政府軍は25日、イラク第2の都市、バスラのかなりの部分を支配下に置くシーア派の反米強硬派指導者、ムクタダ・サドル師派の民兵組織マフディー軍の影響力排除を目的に掃討作戦に着手。だが、マフディー軍側は予想以上に強固な抵抗を見せ、マリキ首相は28日、「同日深夜まで」とした民兵側への武装解除の最後通告期限を4月8日まで延期せざるを得なかった。
バスラ攻略戦への関与を控えていた米軍は28日、戦闘機による限定的な空爆で直接介入に踏み切り、民兵に押され気味の政府軍の支援を始めた。イラクのジャーシム国防相は28日の記者会見で、「抵抗の強さに驚いている」と認めた。
マリキ首相は27日、バスラの部族長を集め、「無法者とは最後まで戦う。話し合いも交渉もしない」と言明。これに対しサドル師側は「平和的解決を望む」としているが、徹底抗戦を続ける構えで、武装解除に応じる気配は全くない。
はっきり言って産經新聞の記者や編集部には現代の軍事作戦がどういうものか分かってる人間がいるのかと聞きたい。現代の戦闘では先ず地上部隊が戦いに挑み、敵に陣地をしっかり把握した時点で空軍の援助を呼ぶのは普通に行われている。地上部隊と空軍の協力行動は今や当たり前の作戦となっている。だが、イラク軍には空軍はない。また諜報部もない。だからイラク軍に足りない部分をアメリカ軍が補うのは当たり前だ。
これまではアメリカ軍が地上の先鋭部隊を送り込み、イラク軍は後部からの援助に参加する程度だったのが、いまではイラク軍が率先して先鋭部隊として地上で行動し、空軍援助を要請する立場となったのである。これはイラク軍が単独で行動できないことを証明したのではなく、イラク軍がどれだけ現代戦闘のやり方に慣れてきたかその成長ぶりを証明する状況が起きているのだ。それを産經新聞の馬鹿記者は全然わかっとらんのだ!よくもこんな無知蒙昧な人間がエリートメディアでジャーナリストですなんて顔をしてられるものだ、頭くるなあ!
従軍経験豊富なビル・ロジオはこういうことに関しては専門で、カカシは彼のサイトをもう5年くらい読んでいるが、彼がとんちんかんな分析をしたことは一度もない。そのビル・ロジオがサドルが必死に降伏交渉に入っていると言っているのに、ニューヨークタイムスや産経新聞(産経の記事はハッキリ言ってロサンゼルスタイムスの焼き直し)は引き分けだのイラク政府の不能を示しているだの滅茶苦茶なことを書いてる。
ニューヨークタイムスはしょうがないとしても、せめて産経新聞くらいは独自の取材をして真実を書いて欲しいものだな。かなり失望した。
March 31, 2008, 現時間 5:12 PM
| コメント (0)
| トラックバック (1)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
March 16, 2008
米共和党大統領候補、ジョン・マケインのバグダッド訪問
共和党の大統領候補ジョン・マケイン上院議員は現在バグダッドを訪問中。マケイン議員は早期からイラクでの戦法はCOINといわれる対テロ戦略を起用しなければならないと、いわゆる現在進行中の増派を押してきた数少ない一人である。マケイン議員はベトナム時代に海軍の戦闘パイロットとして活躍しベトナムで捕虜になっていた経験もある英雄であり、イラク戦争批評家がブッシュ大統領などをチキンホーク(自分は戦闘体験がないのに戦争を推進する臆病者という意味)などといっていた批判もマケイン議員には通じない。詳細を日本語のニュースで探したのだが、下記ような短い記事しか見つからない。どうも日本メディアは共和党候補のマケイン議員にはあまり興味がないようだ。
【バグダッド16日AFP=時事】在イラク米大使館当局者によると、米大統領選の共和党候補指名を確実にしているマケイン上院議員が16日、イラクを訪問した。マケイン氏は欧州・中東を歴訪している。
同当局者は「マケイン議員はバグダッドにいる」と語った。マケイン氏は滞在中、クロッカー駐イラク米大使と会談するという。〔AFP=時事〕
16日付けのAPニュースによると、マケイン議員は日曜日、バグダッドにおいてアメリカの外交官、米軍上層部、およびイラク高官らと会見の予定だという。マケインがイラク訪問をするという話は数日前から報じられていたが、警備上の理由で詳細はあきらかにされていなかった。マケインはイラクに24時間ほど滞在するという話だ。マケインのイラク訪問は今回で8回目だ。
5年に渡るイラク戦争の成功に自分の政治生命を賭けてきたマケインの訪問はイラク北部で起きた化学兵器攻撃のちょうど20周年記念にあたる。アメリカ大使館の発表では、マケインはイラク副首相のBarham Saleh氏と会見しイラクのアメリカ軍総司令官デイビッド・ペトラエウス将軍とも会見の予定である。 ...
出発前にマケインは今回の中東とヨーロッパ訪問は事情聴取が目的であり選挙運動の写真をとるためのフォトアップではないと語っていた。しかし、マケインはイラクのテロリストが11月のアメリカ選挙に影響を与える可能性については懸念していると語った。
「はい、心配しています。」ペンシルベニアの選挙運動中にされた質問にマケインはそう答えた。「彼等が注目していることは知っています。彼等同士の連絡を盗聴しているからです。」
上院議会軍委員会のメンバーとして、マケイン議員の訪問には同僚のジョー・リーバーマン議員(独立)とリンズィ・グラハム議員(共和)が同伴した。二人ともマケインの大統領候補の強力な支持者である。
マケインの今回の諸外国訪問は一週間の予定だが、目的地にはイスラエル、英国、フランスが含まれ、イギリスのゴードン・ブラウン首相やフランスのニコラス・サルコージ首相との会見が予定されている。
まだ大統領に選ばれたわけでもないのに、すでに大統領並の視察旅行に出かけ、各国の首相らと会見をするとはかなりの余裕だ。
マケインが去年の4月にバグダッドを訪問した時は、イラク情勢が良くなっていないという記者団の質問にかなりいらだちを覚えた様子で答えていたマケインだが、今年はバグダッド情勢は非常な良化をみせており、マケインの押した増派が非常な成功をおさめている。イラクでの攻撃は去年に比べてすでに6割型減少しているのである。
二人あわせても政治的な実績からいってマケインの足下にもおよばない民主党のヒラリーとオバマの内部争いが続く中、マケインはすでに国の代表よろしく外国訪問。
やっぱり大統領にはマケイン議員になってもらわなきゃいかんなこれは。
March 16, 2008, 現時間 2:18 PM
| コメント (1)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
January 28, 2008
「イラク戦争の大義は嘘で固められていた」という嘘
English version of this entry can be read here.
このAPの記事 には唖然とした。これを日本語で説明しているこちらから引用すると、、
米国の調査報道を専門とする独立系報道機関「公共の完全性に関するセンター」(The Center for Public Integrity)は22日、「イラク戦争・戦争カード―偽装に彩られた戦争への道」(Iraq-The war card orchestrated deception on the path to war)と題するチャールズ・ルイス(Charles Lewis)、マーク・リーディングスミス(Mark Reading-Smith)両氏共同署名による調査報道記事を掲載。
その内容についてAPの説明はこちら。
ふたつの無収益報道組織による調査で、ブッシュ大統領と政権の幹部たちは2001年のテロ攻撃以降二年に渡ってイラクが及ぼす国家安全保障への脅威に関して何百という虚偽の供述を発表していたことが明らかになった。この調査は「世論を効果的に刺激する目的で仕掛けられた操作があり、その過程において国は誤った前提のもとで戦争に導かれた」と結論付けている。
この調査の著者たちは何とブッシュ大統領とその政権が意図的に国民を騙して戦争をはじめたと糾弾しているのである。少なくとも読者にそういう印象を与える目的でこの『調査』が発表されたことは間違いない。
ではいったい彼等の言うブッシュ政権の「嘘」とは何をさしているのだろうか?
その中で、両氏は、ブッシュ大統領をはじめ同政権の高官7人―チェイニー副大統領、ライス大統領補佐官(国家安全保障担当、当時)、ラムズフェルド国防長官(当時)を含む―が、2001年9月11日の米同時多発テロ以降2年間にわたって、イラクのフセイン大統領(当時)による国家安全保障上の脅威に関する少なくとも935回の嘘の声明を出していたことを明らかにした。
またそれによると、演説、背景説明、インタビュー、公聴会やその他の別々の少なくとも532件の局面で、ブッシュ大統領とブッシュ政権の3人の高官が、パウエル国務長官(当時)、ウルフォウィッツ国防副長官(当時)、ホワイトハウスのスピーチライター、アリ・フレイシャー、スコット・マクラーレン両氏とともに、イラクは大量破壊兵器を既に保持している(さもなければ製造もしくは獲得しようとしている)と明言。またイラクが国際テロ組織アルカイダと関係がある、さらにはイラクは大量破壊兵器とアルカイダ双方と関係していると明白に語り、これら一致した発言が、ブッシュ政権のイラク戦争開戦の大儀につながっていったという。
ブッシュ大統領1人に限ってみると、同大統領は、259件の嘘の声明を出した。そのうちの、231件はイラクの大量破壊兵器問題で、残りの28件は、イラクとアルカイダの関係についてだった。パウエル国務長官は、イラクの大量破壊兵器問題で244件の嘘の声明を出し、イラクとアルカイダの関係については10件の嘘の声明を出した。
「よもやイラクが大量破壊兵器を保持していなかったことやアルカエダと意味のある関係がなかったことは議論の余地はない。」と著者のチャールズ・ルイスとマーク・リーディング・スミスは語っている。二人はブッシュ政権が巧妙に作成し操作した誤った情報の基にアメリカは2003年3月のイラク戦争開戦に導かれたのだと断言する。
著者たちはブッシュ政権の嘘に含めているが、イラクがWMDを所持しようとしていたことは事実であり、調査結果もそれ自体は否定していない。また彼等はブッシュ政権のいうイラクとアルカエダに関係があったこと事態を否定しているわけでもない。単にその関係が「意味のある」ものだったかどうかに異論を唱えているだけなのだ。
下記は調査書からの引用だが、意図的に混乱する書き方になっているため、私の力で正しく翻訳できるかどうか分からないが一応やってみよう。
2002年7月、イラクとアルカエダテロリストとは関係があるのかという問いに対してラムスフェルドは一言「もちろん」と答えた。だが事実は同月に防衛庁諜報機関(DIA)が発表した査定(数週間後にCIAのテネット局長も確認した)では「イラクとアルカエダの間には直接な協力関係があるという確実な証拠」は見つけられなかったとある。さらにDIAはそれ以前の査定で「アルカエダとフセイン政権の関係は明かではない」としている。
この回りくどい文章を分かりやすく分析するのはちょっとしたチャレンジだ。
調査書の文章: 「2002年7月、イラクとアルカエダテロリストとは関係があるのかという問いに対してラムスフェルドは一言「もちろん」と答えた。
意味: ラムスフェルドはイラクとアルカエダの関係が存在すると断言した。
調査書の文章: 査定..では「イラクとアルカエダの間には直接な協力関係があるという確実な証拠」は見つけられなかったとある。
意味: 後の査定では関係があったことが判明しているが、軍事同盟といえるほどの密着な関係ではなかった。
調査書の文章: DIAはそれ以前の査定で「アルカエダとフセイン政権の関係は明かではない」としている。
意味: アルカエダとイラクの関係について解るまで、我々はその関係の性質を知らなかった。
著者たちは1のラムスフェルドの返答が、2と3によって嘘だと証明されるといいたいらしいのだが、どういう理屈を使えばそういうことになるのかカカシにはさっぱり分からない。
彼等がいうもうひとつの「虚偽声明」( "false statement" )の例を出してみよう。いうまでもないが彼等のいう「虚偽声明」とは「明らかな嘘」という意味である。
2003年1月28日。毎年恒例の一般教書演説のなかで「イギリス政府はサダム・フセインは最近かなりの量のウラニウムをアフリカから購入しようとした わが国の諜報部からも核兵器製造に必要な高度の強制アルミニウム管をフセインが購入 しようとしたと報告を受けている。」と語った。しかしこの二週間前に国務庁の諜報調査部のアナリストが同僚に、なぜ自分がウラニウム購入の契約書は「多分偽造書」だと思うのかその理由を諜報関係者に説明する準備をしているとメールを送っていた。
この話は今さらここで持ち出すようなものではない。当時さんざんその真偽が分析されているのだ。ご存じない方のために説明すると、契約書そのものが偽造だったことは後になってわかったのだが、フセインがナイジャーからウラニウムを購入しようとしたのは事実である。ただナイジャー政府が国連からの批判を恐れてイラクへの販売を拒否したためフセインはウランを買うことができなかっただけだ。これはナイジャーへCIAから派遣されて調査に行った元外交官のジョー・ウィルソンがナイジャー政府の高官から聞いた話だとして報告しているのである。(後にウィルソンは自分で書いた報告書とは全く反対の声明文を発表してブッシュ政権を批判。それがもとで妻のバレリー・プレームのCIAでの地位があきらかになったとかなんとかいって訴訟になったが、ま、それはまた別の話だからここでは避ける)
この調査書が数え上げ、APがせっせと報告している何百にも渡る「虚偽声明」とは結局こういった類いのものばかりだ。これらの声明についてブッシュ政権からの説明を得ようという努力もされていないだけでなく、実際に政権の声明や発表が自分らの調査結果とどのように矛盾しているのかという分析など全くされていない。
しかしそれ以前にこの調査書を読んでいて一番疑問に思うことは、彼等のいう「虚偽声明」のうちどのくらいのものを、当時ほとんどの人たちが本当だと信じていたかということだ。共和にしろ民主にしろブッシュ政権と同じ諜報を持っていた議会の役員たちも政権と同じことを言っていたのではないのか?もし後になってブッシュ政権の発表した声明が誤りだったことがわかったとしても、当時誰もが真実だと信じていた事実をブッシュ政権が発表したのだとしたら、それは間違いかもしれないが嘘とはいえないはずだ。いったい彼等の調査書のなかにそんなたぐいのものがどれだけ含まれているのだろうか?調査書はその点を全く明らかにせず、こんなふうにまとめている。
ブッシュは間違いや誤った判断について認めようとしない。それどころかブッシュ政権はイラクの脅威に関する戦前の公式発表と現実の「現場の真実」との明らかな相違について何度も国内諜報部の乏しい諜報のせいにしている。
またブッシュ政権の内部や政府の高官のなかからもブッシュが事実をわい曲したという批判が増えていると書かれているが、増えている批評家が誰なのかということは書かれていない。
ところでこの調査書を発表した二つの組織に関しては興味深い点が二つある。
無収益の報道機関ふたつによる調査とあるが、、
この二つの機関とは、The Fund for Independence in Journalismとthe Center for Public Integrityというのだが、11人いるFundのほうの8人までもがCenterの役員をやっている。つまりこの二つの機関は独立した別々の組織ではなく腰でつながったシャム双生児なのである。.
独立報道機関とは名ばかりで、、、
独立どころかCenterの投資者は左翼億万長者でブッシュ憎悪症候群を重く煩っているジョージ・ソロス。 創設者はビル・モイヤーというやっぱり左翼のジャーナリストで、その他にも左翼歌手のバーバラ・ストライサンド、フォードファウンデーション、昔は保守派だったが今や左翼と化したピューチャリタブルトラストなどがある。つまるところ、この二つの機関はバリバリの左翼組織なのである。
この調査書に書かれていることは何もいまさら蒸し返さなければならないほど目新しいニュースでもなんでもない。彼等のいう「虚偽の声明」とは単にリベラルや左翼が反対している意見や解釈の違い、もしくは当時は真実だと誰もが信じていたが後に間違っていることが分かったというものくらいで、おおよそ嘘だの虚偽だのという表現からはほど遠いものだ。
しかもこの調査書を発表したのは独立系でもなければジャーナリストでもない、ただのブッシュ大嫌い左翼プロパガンダ組織なのである。彼等がこんなろくでもない調査書を今の時期に発表したのが大統領選挙予備選真っ最中であることと無関係だと考えるほど我々読者はばかではない。
こんな『偽装に彩られた』プロパガンダをあたかもニュースででもあるかのように報道するAPもジャーナリストとして失格だ。もっとも架空のバグダッド警察署長からのインタビューを何年も載せていたり、テロリストを記者に雇っていたりするAPだ、このくらいはお手の物かもしれない。
January 28, 2008, 現時間 11:38 AM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
January 19, 2008
イラク、激減したアルカエダ勢力、主流メディアが無視して語らないイラク新作戦の成果!
便りがないのは良い知らせ、とはいうものの、アメリカ軍によるイラク新作戦の大成功をここまで無視するというのも、アメリカ及び日本のメディアは本当にひどいものだ。イラク戦争がうまくいっていない時は、アメリカ兵が何人死んだとかイラクでどれだけ自爆テロが起きているかとかいうニュースが新聞の第一面を埋めていたというのに、いざ新作戦が大成功し、アメリカ兵並びにイラク市民の犠牲者の数が9割方も減ったとなると完全にだんまりを決め込むメディア。あまりにもあからさまな偏向に返す言葉が思い浮かばない。
17日にバグダッドで行われたアメリカ軍による公式発表によると、去年のはじめに始まったイラクの新作戦は大成功を収めているということだ。対テロ戦争を追っているビル・ロジオのサイトからこのニュースをまとめてみよう。
俗にいう『増派』が始まって一年近くがたったが、この一年でイラクのアルカエダの活動範囲は信じられないほど狭まった。まず2006年12月当時の地図をみてもらいたい。濃い赤で示された場所がアルカエダの活動範囲、薄い赤は彼等の交通路である。
2006年12月現在のアルカエダ活動区域、赤で示してあるところがアルカエダの活動が活発な場所
そしてこれが『増派』作戦始まって一年後の2007年12月現在の地図。アルカエダの活動範囲が目に見えて狭まったことが確認できる。
2007年12月現在のアルカエダ活動区域。2006年よりずっと狭まったことが明白。
バグダッドで行われた記者会見において、イラク多国籍連合軍の総司令官であるレイ・オディアーノ中将(Lieutenant General Ray Odierno)は連合軍の新作戦がどれだけ効果をあげているか、激減したアルカエダの威力や行動範囲などについて報告した。
2006年後半から2007年にかけて「イラクはアルカエダの暗雲の下で流血の連鎖に捕われていた」とオディアーノ。2007年6月の増派作戦、ファンタムサンダー作戦が始まるまでアルカエダは「イラク各地の数々の都市に入り込んでいた」。
まだまだその脅威は残っているが、イラクのアルカエダネットワークは大幅にその威力を失った。アルカエダの威力はミクダディーヤ、モスール、ハウィジャー、サマラー、そしてバグダッドの南東にあるアラブジャボアー地域でまだ保持されている。「グループはいまだに危険な脅威ですが、その威力は激減した。」とオディアーノ。「アルカエダはバグダッド、ラマディ、ファルージャ、バクバーといった都市の中心部から追い出された。彼等の上位指導者たちの多くが取り除かれ、それにとってかわる実力者を探すことが日に日に困難になってきている。」多国籍軍はまたアルカエダの行動を可能にする資金源ネットワークやリーダーたちの組織を大規模に破壊したことにより、アルカエダの資金調達能力もかなり衰えたものと推測している。
宗派間争いによるイラク市民の死者の数、増派作戦によって90%の減少を見ることができる。
アメリカ軍及び連合軍の戦死者の数も極端な減り方をみせている。
犠牲者の数が多いことが戦争がうまくいっていないということの証拠だったのであれば、犠牲者が激減しているということは、戦争がうまくいっているということの証拠のはずだ。だとしたら数が多いといって泥沼だなんだのと書いていたメディアは良くなっている状況についても第一面で報道すべきではないのか?
さて、現在行われているファンタム・フィーニックス作戦(Operation Phantom Phoenix)だが、1月8日に始まったこの作戦ですでにアメリカ軍は121人のアルカエダ戦闘員を殺し、1023人を捉えた。アルカエダの幹部の損害は大きく92人もの重要人物が殺されるか捕まるかしている。
イラク・米連合軍は351もの武器庫を発見。また4つの地下トンネルも発見した。連合軍はまた自動車爆弾や改良爆弾の製造所を三か所発見。また改良爆弾410個、自動車爆弾18台、爆弾を仕掛けた家屋25軒を発見。また数々の拷問部屋、医療施設、すでに閉鎖されている学校や外国人部隊の訓練キャンプなども同時に発見された。
またイラク軍のみの単独任務も遂行されている。ディヤラ地方ではイラク軍一旅団が起用されいま、イラク軍対アルカエダの激しい戦闘が繰り広げられている。
January 19, 2008, 現時間 5:31 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
January 11, 2008
選挙は関係なし! 遠慮せず強気の外交に専念できるブッシュ
よくアメリカではすでに任期終了を待つだけになって政策上の実権がなくなっている政治家のことをレイムダックと呼ぶ。二期目の任期もあと一年足らずとなり、従来この時期の政権からは特にこれといった新政策は期待できない。
この時期はある意味でアメリカにとって非常に危険な時期でもある。まずイラクだが、大統領選挙に影響を与えようと選挙をめざしてテロ行為が激化することは間違いない。また先日のイランのように任期を一年未満に控えた大統領が新しく戦争などはじめるはずがないと踏んで挑発をしてくる敵もあるだろう。
しかし今回は従来とはちょっと違う状況がある。従来なら現在の政権の方針を引き継いで大統領に立候補する副大統領が、健康上の理由から立候補していない。大統領の外交政策は議会の承認を必要としない。ということはブッシュ大統領は来期の選挙運動を控えた支持率の束縛や議会のうるさい小言など気にせずに強気な外交に専念できるというわけだ。ブッシュはレイムダックだからと甘く見てやたらにアメリカを攻撃してくると敵は思わぬ猛反撃を受ける可能性がある。
2008年のブッシュ外交政策はこれまでよりも強気なものになるのではないかという意見がStratforに載っている。(メンバー登録必要(Hat tip seaberry)
イラク戦争はジハーディスト戦争の延長だ。2001年のアフガニスタン侵略の後、合衆国はアルカエダを可能にしたサウジアラビア、シリア、イランそしてパキスタンという四つの勢力と同時に戦うだけの軍事力に欠けていることに気が付いた。そこでブッシュ大統領の最初の手段はアフガニスタンに対抗する碇(いかり)を確保するためにパキスタンに無理矢理アメリカと同盟を結ばせた。第二段階は他の三つの国を威嚇しアルカエダとの戦いへの協力を強制するため、これらの国と国境を接するイラクを占領した。そして最終段階ではアルカエダが崩壊するまでこの戦争を押し進めるというものだった。
多くの思いがけない犠牲を払ったとはいえ、2008年の夜明けを迎えた今、この作戦がアルカエダが機能不能になるまで潰すことに成功したことが明らかになってきた。 はっきり言ってジハーディスト戦争はもうほぼ終わりを遂げているのである。合衆国は勝っているだけでなく、最初にアルカエダを可能にしたスンニ勢力全体を味方につけてしまった。
これでこの地域においてただ一つ非スンニ派勢力のイランは合衆国との同意を求めなければならないという非常に居心地の悪い立場にたたされることになった。
イラク情勢:
現在イラクではファンタム・フィニックスという大掃蕩作戦が行われており、すでに何十人というテロリストが殺されている。特にファンタム..の一部であるハーベストアイアンではアンバー地域から逃げたアルカエダの連中の温床となっていたディヤラ地区が焦点とされている。
現場の司令官によるとアメリカ・イラク同盟軍は期待したほどの抵抗にはあっていないということだ。これは我々の攻撃が事前に敵側に洩れたため、アルカエダの連中がかなり多く逃げてしまったのが原因らしい。
しかしこれまでの作戦と違ってペトラエウス将軍のCOIN作戦では、一旦制覇した土地は去らずにあくまで守り通すので、テロリストから戦って奪い取ろうが逃げ去ったテロリストの留守中に制覇しようが結果は同じだ。テロリストは奪われた土地を奪い返すことはできないからだ。
イラク戦争がうまくいくいつれて、アメリカ国内でも日本でもイラク戦争の話をあまりきかなくなったが、アメリカ市民が大統領選挙で気を奪われている間にもイラクではアメリカ軍がテロリスト退治を着々と進めているのである。大統領選挙に影響を与えようとテロリストが躍起になって自爆テロ作戦を練っていることは確かだが、味方軍の攻撃から逃れながら住処を次から次へと奪われている最中にメディアをあっといわせる大規模なテロ作戦を練るというのはそう簡単にできるものではない。
イラン:
この間のイランによる挑発行為で、アメリカ海軍は何もしないで見ていたという見解は間違っている。アメリカ側は確かに応戦はしなかったが、イランがこちらの反応を観察したのと同じようにこちらもイランのやり方を注意深く観察していたのである。それにアメリカ側がわざと反応を遅らせて意図的に誤った情報を与えた可能性も考える必要がある。
もしまたイランがあのような挑発行為をとることがあったら、アメリカ側からの反応はかなり恐いものがある。ブッシュ大統領はイランへの武力行使をオプションのひとつとして考えているのは確かだが、それをやる前にイランに対して強気の対処をすることは可能だ。例えばホルムス海峡を通るイランへ出入りする船をすべて差しとめてしまうということなら意外と簡単にできる。これに経済制裁を加えれば、イランの経済は突如として立ち止まってしまうのだ。
それではここで再びイランをどう攻めるか、軍事歴史学者のアーサー・ハーマン博士の提案を振り返ってみよう。
- まずホルムズ海峡を通る石油輸送を阻止する国はどこであろうと容赦しないと発表する。
- その脅しを証明するために対潜水艦船、戦闘機、じ来除去装置、イージスBMDシステムなどを含む空母艦バトルグループをペルシャ湾に派遣する。むろんこちらの潜水艦も含む。
- アメリカ一国によるイランの石油タンカー通行を封鎖。イランから出る石油、イランへ入るガソリンなどを完全阻止する。ほかの国の船は自由に通過させる。
- イランの空軍基地を徹底的に攻撃し、イランの空の防衛を完全に破壊する。
- イランの核兵器開発地及び関係基地、インフラなどを攻撃する。
- そしてこれが一番大切なことなのだが、イランのガソリン精製施設の徹底破壊である。
- アメリカの特別部隊がイラン国外にあるイランの油田を占拠する。
読者の皆様もお気付きと思うが、アメリカはすでに1と2を実行に移してしまっている。ブッシュ政権は今年中にイランになんらかの強攻策をとるはずである。
イスラエル・パレスチナ問題:
今ブッシュ大統領はイスラエルを初訪問中。ブッシュ政権はこれまでのどの政権よりも親イスラエルとはいうものの、イスラエルに妥協を迫ってパレスチナに歩み寄るように圧力をかけるという点では従来の政権とあまり変化はない。カカシは他の点ではブッシュ大統領の政策を支持しているが、ことイスラエル・パレスチナ問題に関してはあまり期待していない。オルメルト首相との会話も中東和平よりもイランの脅威に終始した模様で、パレスチナ和平についてはあたりさわりのない会話しかなったようだ。
【エルサレム笠原敏彦】...パレスチナ和平をめぐってはオルメルト首相が7年ぶりに再開した和平交渉への「完全な関与」を改めて表明したものの、交渉進展へ向けた具体策は示せなかった。初のイスラエル訪問となるブッシュ大統領の首相との会談は、予定を約40分も超過。2国家共存に向けてパレスチナ国家の輪郭(国境画定、難民の帰還問題など)を決める交渉の年内妥結やイランへの対応で、突っ込んだ論議を行った模様だ。
イスラエルは和平問題よりイランへの対応を重視。ブッシュ大統領は会見で「イランは03年秋に核兵器開発を停止した」とする米機密報告書の公表が波紋を広げている事態に言及、「イランは脅威であり続ける」との認識を改めて示し、イスラエルの米政策への懸念軽減に努めた。...
一方、焦点のパレスチナ和平では、オルメルト首相が改めてパレスチナ側の暴力停止が和平推進の前提だとの立場を強調。ブッシュ大統領は強い圧力を行使する姿勢は見せず、「指導者らがロケット攻撃や入植地の問題に固執し、歴史的な合意の潜在性を見失うことが懸念の一つだ」と述べるにとどまった。
両首脳とも和平問題では「決意表明」にとどまり、昨年11月の米アナポリス中東和平国際会議での「約束」を「履行」に移す突破口は開けていない。
ブッシュのイスラエル訪問は卒業写真程度の意味しかないという批判もあるが、アメリカ大統領がイスラエルを訪問するのは非常に危険を伴う行為であるから、少なくともその危険をおかしてまで訪問したということに多少の意義はあるかもしれない。私はアメリカのイスラエルへの方針は「放っておけ」というもの。どうしても口出ししたいなら、イスラエルからのイランなどへの諜報と交換に武器供給をするのが得策と思う。
January 11, 2008, 現時間 7:11 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
December 30, 2007
イラク戦争新作戦が花を見た2007年を振り返る。裏目に出たサドル派の潜伏作戦
2006年の暮れにアメリカ軍の新作戦が発表されて以来、シーア派抵抗軍のリーダーであるモクタダ・アル・サドルはシーア民兵らにアメリカ軍に抵抗せずにしばらくおとなしくしているようにと命令した。サドルはアメリカ軍の新作戦はうまくいかないと踏んでいた。いや、例え多少の成果があったとしても、不人気なイラク戦争をアメリカ軍が継続することは不可能であるから、しばらく大人しくしておいて、ほとぼりが冷めたらまたぞろ活躍すればいいと考えたのである。カカシは1月26日のエントリー、サドルの計算違いで彼の作戦には三つの問題点があると指摘した。
- 意図的にしろ無理矢理にしろ一旦敵に占拠された領土を取り戻すとなると、もともとの領土を守るようなわけにはいかない。...アメリカ軍は一旦占拠した土地に学校をたてたり病院をたてたりするだろうし、地元のリーダーたちと協力して自治が可能な体制をつくるだろう。LATimesによれば、サドル派が占拠していた界隈でも民兵らの横暴な態度に市民からの不満が高まっていたという。サドル派民兵が留守の間に地元民による平和な自治が設立しイラク軍による警備が行われるようになっていたら、ただの愚連隊の民兵どもがそう易々とは戻って来れまい。
- いくらこれがサドル派の生き延びる作戦とはいえ、それを教養のないシーア派民兵連中に理解することができるだろうか?...サドルはおれたちを犠牲にして自分だけ助かろうとしているのではないだろうか、などという疑いがサドル派の民兵連中の間で生まれる可能性は大きい。民兵たちは正規軍ではない、ただのギャングである。何か月もサドルのいうことをきいて大人しくしているとは思えない。...自分勝手に暴れた民兵たちが大量にアメリカ軍やイラク軍に殺されるのは目に見えている。
- シーア派民兵が抵抗しなければバグダッドの治安はあっという間に安定する。つまり、サドルの思惑はどうでも傍目にはブッシュの新作戦が大成功をしたように見えるのである。...勝ってる戦争なら予算を削ったりなど出来なくなる。そんなことをすればそれこそアメリカ市民の怒りを買うからだ。結果アメリカ軍は早期撤退どころか、イラクが完全に自治ができるまで長々と居座ることになるだろう。
自分では部下達に迫る米軍の圧力に抵抗せずにおとなしくしていろと命令しておいて、2月13日になるとサドルは直属の部下と家族をつれてイランへ遁走してしまった。これによってそれまでカカシがサドルはイランの飼い豚犬だという度に、そんな証拠はどこにあるのだといっていた人たちをだまらせることになった。
サドルの遁走がイラクに残された部下たちをかなり不安にさせたのは言うまでもないが、2月後半になるとサドルはシーア派民兵の神経を逆なでするような行為をいくつも企んだ。
私はシーア派への連続爆弾攻撃はサドルの仕業? まさかねでサドルが、自分の支持するダワ党のライバル党であるイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)の有力者アデル・アブドゥール・マフディ副大統領を暗殺しようとしたのではないかと書いたが、サドルが抹殺しようとしているのはライバル党の政治家だけでなく、自分に忠実でないと思われるマフディ内部の幹部もその対象になっているようだ。
ご存じのようにサドルはイランあたりに隠れて影からイラクのマフディ軍に命令を下しているが、サドルは密かに信用できる幹部はイランなどの避難させ、気に入らない部下を連合軍に売り渡しているらしい。このやり方でサドルはすでに40人以上のマフディ幹部を中和してしまったという。
3月半ばになると私がした予測した通り、サドルシティのようなサドルシーア民兵の本拠地ですらも、シーア派市民がマフディ軍よりもアメリカ軍を信用し始め、市内警備に関する交渉を初めたりしていた。それに反感をもったマフディ軍の一部の過激派がアメリカ軍と交渉していたマフディ軍幹部の人間を暗殺するという事件が起きた。これも、マフディはギャングで正規軍ではないから簡単にコントロールなど出来ないだろうといっていた私の予測どおりの結果だった。
4月8日ナジャフにおいてこれまで米軍への潜伏作戦を呼びかけていたサドルは態度を一変させて反米デモ行進を呼びかけた。それというのも4月になるとサドルの無抵抗潜伏作戦が完全に裏目に出たことがサドルにもわかってきたからだ。
サドルの狙いに反してマリキ政権はシーア派取り締まりに真剣に取り組んだ。マフディ軍はバグダッド中心部から即座に追い出され南部へと追い込まれている。しかもバグダッドを退散した民兵たちはイラン国境近くのディワニヤ地域でアメリカ軍空軍による激しい攻撃を受けている。
また、...マフディ軍のなかにもイラク政府に本気で協力しようという勢力と断固協力できないという勢力との間で亀裂が生じてきている。ビル・ロジオのリポートによればイラク政府に協力する勢力はどんどん増えているという。
となってくるとサドルの潜伏作戦ではアメリカの新作戦が時間切れになる前にマフディ軍の勢力が大幅に弱体化し、アメリカ軍が去った後に戻ってくる場所がなくなってしまう危険性が大きくなったのだ。そこでサドルは今必死になって作戦変更。イラク軍にたいしてもマフディと戦わないでくれと嘆願書まで送り出す始末。
しかし数カ月前の2006年8月のデモ行進では少なくとも20万人を集めたサドルも、4月の行進に集まったのはたった5〜7千人程度だった。しかもサドルは何を恐れたのか自分が主催したデモ行進に顔もださず、集まった支持者たちをがっかりさせた。
自分がイラクにいないことで支持がどんどん下がっていくのを感じたサドルは5月に一時帰国している。しかしその結果がどうなったかカカシの7月11日付けのサドル、イランへ逃げ帰るを読んでみよう。
マリキ首相はサドルの期待に反して嫌々ながらも米軍とイラク軍のシーア派征伐に協力した。その結果バグダッド市内における宗派間争いによる大量殺人は40%以上も減り、マフディ軍はイランの援助を受けているにも関わらず、どんどん勢力を失いつつある。
あせったサドルは作戦を変えて米軍に対抗しろとイランから命令をだしたり、デモ行進を催したり、サドル派の政治家を政府から撤退させイラク政府に大打撃を与えようとしてたが、すべてが裏目にでた。
こうなったら自分から出ていってなんとか急激に衰える自分の人気を取り戻さねばとサドルはこの5月久しぶりにイラクに帰国した。帰国してからサドルは穏健派の国粋主義の指導者としての立場を確保しようとしたがこれもうまくいかず、切羽詰まったサドルはアンバー地区のスンニ派政党とまで手を結ぼうとしたがこれもだめ。マリキ政権からはすでに撤退してしまったことでもあり、サドルのイラクにおける勢力はほぼゼロとなった。
三度目の正直で7月5日にシーアの聖地アスカリア聖廟までデモ行進を行おうと支持者に呼びかけたが、参加者不足で立ち上がりすらできない。サドルはマリキ政府が十分な警備を保証してくれないという口実を使って行進を中止した。
すっかりイラクでの勢力を失ってしまったモクタダ・アル・サドルは最近なにをやっているのかというと、聖教者としては最高の資格であるアヤトラの資格をえるため受験勉強に励んでいるという話だ。以前にもイラク人のブロガーがサドルの話かたは非常に教養がなく、父親が有名なアヤトラでなければ誰も息子サドルのことなど相手にしなかっただろうと書いていた。サドル自身、今後シーア派のイラク人から尊敬をえるためにはやはりアヤトラの資格をとってハクをつける必要があると悟ったのだろう。
サドルの現在の肩書きは比較的低い位のhojat al-Islamだそうで、これだと部下たちは宗教的アドバイスをもっと位の高い聖教者からあおがなければならないのだという。だがもしサドルがアヤトラになれば、ファトワなどの命令を出すこともできるようになり、宗教的リーダーとしても権力を強めることになる、、というのがサドルの狙いである。
サドルのこの新しい作戦がうまくいくかどうかは分からないが、これまでにもサドルは何度もカムバックをしているので、ばかばかしいと一笑に付すわけにはいかない。だが、2007年において、アメリカ軍の新作戦に対抗しようとしたサドル派の潜伏作戦は完全に失敗した。サドルの行動はなにもかも裏目にでたのである。
December 30, 2007, 現時間 10:22 PM
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エントリーが気に入ったらクリックしてください。![]()
イラク戦争新作戦が花を見た2007年を振り返る。裏目に出た米民主党の反戦政策
イラク戦争は今年にはいって新しい局面を迎えた。それはこれまでのようなラムスフェルド防衛長官とケーシーやアビゼイド将軍が取り入れていた、『アメリカ軍の足跡をなるべく少なくする』作戦から、新しいゲーツ防衛長官のもとペトラエウス将軍のアメリカ軍の存在を全面に押し出して戦う、対反乱分子作戦(Counter Insurgency)いわゆるCOIN(コイン)作戦が取り入れられた。
これに関して私は今年のはじめに「こうなるのではないか」という予測をかなりたてたが、それがどのくらい現実となったかここでちょっと一年を振り返ってみたい。
しかしその前に、一般的に『増派』と呼ばれたこの新作戦がそれまでの作戦とどのように違うのか、もう一度おさらいしてみよう。下記は1月11日のエントリー、ここが知りたい! ブッシュ大統領のイラク新作戦質疑応答で私が説明したものだ。
- 兵士らの再出動 -- 18 のイラク旅団 (6万兵以上)そしてアメリカ軍5旅団( 17,500 陸軍兵と海兵隊員)イラク国内において攻撃制覇するためバグダッドに関門を設置。さらに4000の米兵とイラク兵(未定数)をアンバー地区に導入。アルカエダを含むスンニテロリストの家々を最近アルカエダに反旗を翻した地元の族長らと協力して攻撃する。
- 占拠した領土をこれまでより長期に渡って制覇する。少なくとも18か月は保持し敵が舞い戻ってくるのを防ぐ。これによって大事な中央部を敵から奪い取り長期にわたって敵の動きを阻止できる。安定したら地元のイラク軍に治安をまかせる。
- イラクのマリキ首相にバーダー旅団やマフディ民兵軍などのシーアの民兵も含みどの武装集団も例外なく, 攻撃すると一筆書かせて約束させた。
- 攻撃規制(ROE)を大幅に緩和し、米軍及びイラク軍が武装集団と戦闘しやすいようにする。
さて、これに対する米民主党の反応はといえば、『ナンシー・ペロシ下院議長にしろ、ヒラリー・クリントンにしろ、皆声をあわせて「何のかわりもない」「これまでどおりの愚作」といった言葉を繰り返し、全く効果もなく希望もない作戦に兵だけ増やしてアメリカ軍の尊い命を危険にさらそうとしている、といった非常に不誠実な批判をあびせている。』というものだったので、私は1月15日のイラク政策、民主党の新作戦で、ブッシュの新作戦が失敗するに決まっていると決めつけるのは民主党にとってよくないことなのではないかと書いた。
米民主党に関するカカシの予測:『民主党の反イラク戦争政策は新作戦の成功によって裏目にでる』
ブッシュが議会の協力を必要とするのは現在イラクにいる軍隊の引き継ぎの軍隊を動員する際に必要経費の予算案を議会に提出する時である。それまでにはまだ数カ月ある。もしこの間にブッシュの新作戦が全く効果をあげず、今と同じ状態なら議会が予算増強を拒否しても国民による民主党への批判は少ないだろう。だがもしも、ブッシュの新作戦が少しでも成功し6か月後にはイラクが良い方向へ向かっている場合には民主党が軍事予算をごねるのは難かしくなる。しかもこの予算案の通過がごたごたして時間がかかり過ぎると2008年の選挙運動に突入してしまい、共和党議員から民主党は自分達の政治的野心のためにアメリカ軍の任務を妨害して勝てる戦争に負けようしていると批判されかねない。
思った通りイラク新作戦は4月頃になると、まだ基盤作りの段階で増派も完全に行われていなかったにもかかわらずかなりの効果をあげはじめた。そこで困った民主党のハリー・リード党首は、なんとか新作戦の邪魔をしようと我々は「イラク戦争に負けた」という敗北宣言をし、さらに10月から米軍を大幅に撤退すべきだという議案まで提案した。
このリード議員の降伏運動はこの発言にとどまらない。同議員は数日中に民主党が多数派を占める議会において米軍のイラク撤退を10月1日から6ヶ月かけておこなう議決案を通すと宣言した。
無論このような議案は上院でも下院でも通るはずはない。だが大事なのは議案が通るかどうかではなく、アメリカ国内及び国外へアメリカ議会はイラク撤退を考えていると提唱することに意義があるとリード議員は考えているわけだ。(イラク及び中東を混乱に陥れようというならこれはいい考えと言える。)
この議案が通らなかったのは言うまでもないが、民主党はこの後も拘束力のないイラク戦争批判議案をとおしたりしていた。5月26日になると肝心のイラク戦争予算案はブッシュ大統領の提案に民主党は完全に折れてしまった。民主党はごちゃごちゃ文句をいっている割には、結局どれだけブッシュ大統領に権力があるのかを証明してしまったようなものだった。
さて新作戦が本格的に開始され反戦ムード一色だったアメリカの主流メディアでさえイラクからのいいニュースを報道しはじめると、民主党はさらに苦しい立場に追い込まれた。それに加えて、イラクを視察訪問した民主党の議員たちが帰国後、次々にイラクは良くなっていると報告したことからそのうろたえぶりは見苦しいものがあった。8月5日にはサウスカロライナ代表民主党下院幹事のジェームス・クライバーン議員がイラク戦争の成功は民主党にとっては問題だなどとうっかり本音を漏らす事件すらあった。私はこの民主党のうろたえぶりを8月23日付けのイラク新作戦の成功にうろたえる民主党反戦派でこのように書いた。
民主党としてはイラクでのペトラエウス将軍の新作戦がうまくいきすぎて反戦派でも否定できないほどの成果をあげてきた今となっては、いくら民主党にとっては都合が悪くても、いつまでもイラク戦争は大失敗だったなどと繰り返していては国民からの信用を失う。なんとか国民の信用を保持して勝っているイラク戦争に負ける方法を考えなければならない。
そこで下院幹部会長のラーム・エマヌエル議員は昨日、イラク視察から帰ったばかりで、イラクからのいいニュースを報告した民主党の新人議員を対象に電話をかけまくり、民主党の新しいメッセージを指導した。この新しいメッセージとは、「イラクでの新しい軍事作戦は今のところ多少成果をあげている、、しかしイラクの中央政府はまだまだまとまりがない、中央政府のまとまりなくしてイラクでの成功はあり得ない」というものだ。
なにしろ民主党はイラク戦争を批判しながらもアメリカ庶民から人気のあるアメリカ軍を批判することは出来ない。その上に今度はイラク新作戦の成功まで考慮にいれて、それでも戦争反対を正当化する演説をしなければならないのだから、これは大統領に立候補している候補者たちとってはかなり難かしい綱渡りになっている。
9月11日にイラク戦争の総司令官であるデイビッド・ペトラエウス将軍による議会での質疑応答があったが、ヒラリー・クリントンをはじめ民主党議員たちは、イラク情勢は向上しているという将軍の証言に猜疑的な意見を述べたばかりでなく、特に大統領に立候補しているヒラリー・クリントンなどはペトラエウス将軍の報告は「意図的に不信感を棚上げにしなければ信じられない」などと遠回しに将軍及びアメリカ軍は嘘つきであると軍全体を侮辱した。
11月も後半になってくると、新作戦の成功は誰にも否定できなくなった。それで反戦いってんばりでやってきた民主党や民主党の大統領候補たちもこの状況の変化にあわせた選挙運動をするべく作戦変更にやっきになった。カカシの11月25日のエントリーでは、主流メディアのニューヨークタイムスによる