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September 4, 2014

イスラムテロリスト軍団にあらたな息吹を吹き込んだオバマ王

イラク関係 , 独裁者オバマ王の陰謀 , 防衛

最近私はイスラム過激派の暴行について何も書いてこなかった。突然のようにシリアで現れ、イラクを旋風のように襲っている恐ろしいテロ軍団ISISについてもずっと書いてこなかった。それは何故かというと、事態があまりにもひどいため、字にするのもおぞましく、考えをまとめて書くとなると色々な記事を読まなければならないし、8年もがんばってやっと成果を上げてきた勝ち戦をオバマが台無しにしてしまったことを書くのは気がめいるだけだったからである。

なんでこんなひどいことになってしまったのか。答えは簡単。オバマが対テロ戦争を完全無視したからである。オバマには大統領という自覚がない。オバマは大統領という仕事にっ興味がない。奴は単に大統領という名前のついた地位のみに興味があり、それによってついてくる特典を楽しんでいるだけだ。

ISISによってアメリカ人記者が二人も斬首されたビデオを世界中にばらまかれているのに、オバマはテロリストは断固許さん、最後の一人まで追い詰めて皆殺しにしてやる、くらいのことも言えない。それどころか、最初の記者が殺されたとき、「まことに遺憾であります、、」てなことを言った直後にまた何百回目かのゴルフに出かけた。 これには国内外から非難ごうごうだった。フランスの首相からは「人が死んでる時は休暇はとりやめてかえってくるべき」と批判されたほど。

オバマがイラクやアフガニスタンンでの勝ち戦を、きちんと地元軍隊がテロ制圧を出来るようになるまで見届けずにさっさと撤退してしまったことが、イスラム教テロリストたちの奮起をたたき起こした。

オバマは、ゴンタナモに収容されていたテロリストを解放したり、アメリカの脱走兵と交換にISISのリーダーを含むテロリスト数人を釈放したり、レーガン大統領時代からアメリカがモットーとしてきたテロリストとは交渉しないという方針を完全に崩してしまった。奴のやることはめちゃくちゃだ。

そしてリビア領事館の襲撃で見せたオバマのへっぴり腰。リビアではトリポリ空港を占拠したテロリストたちによって何十機という旅客機が行方不明になったいるという話だ。911記念日をマジかにひかえ、これは由々しき事態である。

にもかかわらず、オバマは先日の記者会見でISISに対する対策は何もないと発表。なんでそんなことをわざわざ発表するのだ?

これでイスラム教過激派がやる気にならなかったら、それこそおかしい。今こそ偉大なる悪魔を倒すとき、とばかりに中東で大暴れ。人々の首を切りまくっているのだ。

アメリカ国内にすでには、アメリカで生まれ育ったアメリカ国籍のテロリストが、わかっているだけでも百人を超えるという。オバマが開けっ放しにしている国境からもメキシコ経由でいくらもイスラムテロリストが入ってきている。また、移民局の話だと学生ビサで入国して、そのまま行方不明になる外国人が毎年5000人近くもいるという。

こんなことは言いたくないが、アメリカ国内でテロが頻発する日は近いといえる。先にも書いたとおり、9月11日の同時多発テロ記念日には、きっと何かがおきるだろう。リビアの領事館襲撃が9月11日だったのは、けっして偶然ではないのだ。

オバマ政権はそのことを少しでも考えているのだろうか?それともオバマは次のゴルフのことしか念頭にないのであろうか?

September 4, 2014, 現時間 9:41 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 15, 2014

若い平和主義者のナイーブな見解に思う

イラク関係 , 狂ったメディア , 独裁者オバマ王の陰謀 , 防衛

アップデート(4/15/2014):このエントリーを書いた直後にNさんから非常に失礼な返答があった。私はこれまで彼は私がこれまで議論らしきものを交わした左翼リベラルよりはましな人物だと思っていたのだが、私が彼の意見にどうしても同意しないと解った途端、カカシのことを『だから、在米日本人女子は悪い情報源だと言っているんですよ。」と人種差別と女性差別の言葉で罵った。自分と意見を違える女性に対して、こんな下品で低俗な言葉使いをする人物とは今後一切会話をすることはあり得ないし、コメント欄からもメールからも追放する。Nさんの下品で低俗なコメントはコメント欄に全文掲載したのでご参照のこと。これじゃ日本女性からも白人女性からも相手にされないのは当然。

では本文。

ーーーーーーーー

人間を何十年もやっていると若いひとより有利なことがいくつかある。そのひとつに歴史を実際に肌で体験することが出来るというものがある。若い頃に、こうではないか、ああではないか、と疑問に思った事や模索したことが実際に起き、人々がああすればこうなると言っていたことが実証されたりその反対が証明されたりするのを目のあたりにすることが出来るからだ。最近長文のメールを幾通か送ってくれたコメンターのNさんのメールを読んでいて、若いとこんなにナイーブなことを平気で言えるんだなと感心してしまった。ま、Nさんが若いんだろうというのはカカシの勝手な憶測であるが、Nさんが自分と戦争体験者との会話を自慢気に情報源として語っていることからして、戦争体験者の親からなにかあるごとに戦争中の話を聞かされて育だったカカシのような中高年世代とのギャップを感じざる負えない。(私の実父の実家は米軍の空襲で焼けてしまった。)

それはともかく、Nさんの見解はいみじくもアメリカの大統領と名乗るオバマ王と酷似しているところがあるので、これは取り上げる価値のあるものだと思う。

Nさんは日本やアメリカの軍事強化に反対で、特に日本の憲法9条改正とか核武装といったことには大反対の見解を示している。私は以前から日本は富国強兵に励むべきという見解である。もっともこれは日本が軍事独裁政権になるべきだという意味ではなく、中国・北朝鮮・韓国・ロシアといった国々が日本を攻めて来ないように守りを固めるべきだという意味で言っている。下記はカカシからNさんへのメール。

誰が言ったのか知りませんが、「*平和を守りたいなら戦争する覚悟をしろ」という格言があります。外交の成功は強い武力という後ろ盾があるからこそ成り立つのであり、何があっても絶対に戦争などしない、いや、出来ないと侮られたら、こちらがいくら戦争を望まなくても攻められる可能性は大です。ロシアに侵略されつつあるウクライナがいい例です。

アメリカもNATOもだらしないから、ロシアに舐められてるのです。

何故戦後のアメリカが日本に米軍基地を置き、いざとなったら日本を守るために闘うつもりでいたのか、それは決してアメリカが日本を良い友達だと思っているからでも、アメリカが日本を贔屓にしているからでもありません。日本はアメリカにとって東洋における最後の砦なのです。ロシアにしろ中国にしろ、アメリカに戦争を仕掛けるまえに先ず日本に攻め入るでしょう。だからアメリカが日本を守るのはアメリカを守るために必要なのです。

しかし、ご指摘にようにオバマは米軍の総司令官という自覚がまるでない。ヘーグル防衛庁長官など個人的に下級レベルの兵士だったことはあっても司令官などやったことのない無資格な人間なんです。彼らには戦争のやり方なんかわからない、戦争を避けるための外交知識もありません。全くの度素人なんですからね。ヘーグルの口車になど乗っては行けません。言葉ではなく態度を見るべきです。オバマ政権がどれだけ日本国家を足蹴にしてきたかに注目すべきです。オバマ政権は自国の外交官の命を守るために指一つあげなかった政権ですよ。日本など守るものですか!

だから日本はそんなアメリカに頼っていてはいけないのです。日本は日本が守らなければいけない。

竹島も尖閣諸島も日本にとっては大した領土ではないから放っておいていいということじゃない。小さく取る足らないようなものであっても、自分のものは自分の物だと守り通さなければいずれはすべてを取られてしまいます。

日本は断じて第9条を撤回し武装国家となるべきです。

富国強兵イコール軍事独裁政権である必要はありません。

*英語では"If You Want Peace, Prepare for War" もとのラテン語では "Igitur qui desiderat pacem, praeparet bellum."という。

それにするNさんの反応はというと、

現時点、私は核武装、及び戦備を日本が整える事には反対です。これは、カカシさんの言及された、弱腰とは全く異なります。短期戦の戦い方、戦術においては、戦備を放棄するというのは弱腰を意味する事が多いです。しかし、戦略つまり長期戦の場合には、戦備をあえて整えない事も、戦略の一部なのです

何故か?

戦備を整えなければ、イザという時に戦えません。しかし、実は逆の手法で、これが戦備が無い事があえて敵に弱さを見せる罠と見せる事が可能となります。敵も、弱さが罠なのか、それとも事実なのか、判断に困ります。もし、罠ならば、飛んで火に入る夏の虫同様に大怪我してしまいます。その心理戦を最後までやるのが、情報戦と言えます。

実はこれは完全にオバマ王の(無)外交政策に他ならない。ブッシュ大統領が敵の脅威が切羽詰まったものになってからでは遅いという考えから先制攻撃を実行したのとは反対に、オバマ王は自国が軍備強化しないことによって相手にこちらの平和的な誠意を解らせ相手の戦意をなくさせる「賢い外交」を唱えて大統領になった。

ところが、オバマ王になってからアメリカが戦争する気がない(する勇気がない)という印象が世界に広がり、世界中の独裁者たちが勝手気ままなことをやるようになってしまった。

イランや北朝鮮の核兵器開発の再開、シリアの反乱分子弾圧、そして今回のロシアによるウクライナ侵攻などがそのいい例である。

また、ブッシュ政権中は米国内で一切起きなかったイスラム過激派によるテロ事件がオバマ王の代になって続発している。ボストンマラソンで起きた爆破テロは本日がその一周忌。

こうなることはオバマが大統領になった時から解り切っていた結果だが、思っていたよりもひどいことになっている。Nさんのような一市民が信じる分には無害だが、一国のしかも世界最強のアメリカの大統領がこのようなナイーブな政策を取っているということは非常に嘆かわしい。

どんなきれいごとを言おうとも弱腰作戦は戦争を避けられるどころかかえって戦争を誘発するのみである。

これまで日本が中国や韓国に対してやってきた弱腰政策が、日本にどれだけの有益を与えたというのだ?竹島は誰が占拠しているのだ?尖閣諸島をあたかもわが領土にように振る舞っているのはどこの国だ?

日本の平和主義の有益は何だと言うのだ?

Nさんをはじめ、平和主義の人々は、カカシのような鷹派があやまった情報に騙されていると決めつける前に、自分の信じている政策がいかに大失敗しているかという歴史的な事実を見つめるべきである。

April 15, 2014, 現時間 8:06 PM | コメント (10) | トラックバック (0)

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January 5, 2014

イラク、あのファルージャ再びアルカイダに奪回された、オバマはハワイでバケーション

イラク関係 , 独裁者オバマ王の陰謀

2004年に数多くのアメリカ兵及びイラク兵が犠牲となって、壮絶な闘いの末残虐なアルカイダの手から奪い取ったあのイラクのファルージャが、アメリカ軍の時期尚早な撤退が原因となり、再びテロリスト軍団アルカイダの手に渡ってしまった。オバマ王による悪政のなかでもイラク政策は特にひどい。この敗北は一重にオバマに責任がある。

【1月5日 AFP】イラク治安当局者は4日、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)系の武装組織「イラク・レバント(地中海東岸地域)のイスラム国(Islamic State of Iraq and the Levant、ISIL)」がイラク西部アンバル(Anbar)州のファルージャ(Fallujah)を掌握したと明らかにした。

 治安当局によると、4日のアンバル州での戦いで、兵士8人、政府と同盟関係にある部族民2人、ISILの戦闘員55人の計65人が死亡した。

 首都バグダッド(Baghdad)の西に位置するアンバル州では、州都ラマディ(Ramadi)とファルージャの一部が数日前から武装勢力に掌握されており、2003年に米軍主導の多国籍軍が進攻した後の、両市が武装勢力の拠点になっていた数年間をほうふつとさせる状況になっている。

 アンバル州の治安当局高官はAFPの取材に対し、「ファルージャはISILの支配下にある」と述べたが、同市郊外は地元警察が掌握しているという。

 ファルージャにいるAFP記者も、通りには治安部隊やイスラム教スンニ(Sunni)派の部族による反アルカイダの治安組織「覚醒評議会(Awakening、サフワ、Sahwa)」の姿は見えないとして、ISILが同市を掌握したようだと話している。

 イラク地上部隊のアリ・ガイダン・マジード(Ali Ghaidan Majeed)司令官によると、戦闘に加わっているのは、治安部隊とその同盟関係にある部族、ISIL、反政府勢力「部族軍事評議会(Military Council of the Tribes)」の3集団だという。

 イラクのヌーリ・マリキ(Nuri al-Maliki)首相は4日、アンバル州から武装集団を排除する決意を示した。(c)AFP

こういうことが起きている時にオバマ王は何をしていたのかといえば、クリスマスから二週間に渡るハワイアンバケーションを取っていた。ブッシュ大統領が第二のホワイトハウスだったテキサスのクロフォードランチに帰る度に、仕事をさぼって休暇ばかり取っていると批判していたメディアは、ハワイでゴルフだシノーケルだサーフィンと政(まつりごと)のマの字にも拘っていなかったオバマ大統領への批判はゼロ。

こと外交に関してはオバマ王の関心はまるで自由国家の大統領とは正反対の政策をとってきた。イランで起きた反イスラム原理教運動は無視、シリアの反政権運動も民主主義を唱える市民を無視してアルカイダ系テロリストを支持、エジプトでもイスラム原理教テロリストのモスラム同胞団のモスィーを支持して同胞団に抵抗してクーデターを起こしたエジプト軍を糾弾。イラクでもせっかくブッシュ大統領が勝ち取った戦争を、次期尚早の全面撤退空爆援助なし政策でみすみすアルカイダの手に渡してしまった。

オバマ大統領は何でどこでもイスラム過激派のテロリストの味方ばかりするのだ? そんなに世界をイスラム教占領下に起きたいのか?アメリカを滅ぼしたいのか?

ファルージャの悲劇には心が痛むばかりである。

January 5, 2014, 現時間 9:09 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 24, 2012

ハディーサ最後の被告示談成立、殺人罪は棄却され職務怠慢のみ有罪

イラク関係

アップデートあり!

2005年11月、イラクのハディーサで24人の一般市民を海兵隊が虐殺したとして8人が殺人や証拠隠蔽の罪に問われていた所謂(いわゆる)ハディーサ裁判。実際に犯罪が起きたという事自体が疑惑とされ、すでに8人の被告中7人までが無罪もしくは起訴棄却で全く罪に問われずに終わっている。最後に残った8人目の被告、フランク・ウーテリック一等兵曹(Staff Sgt.Frank Wuterich)がこの度「職務怠慢」の罪を認めることによりアメリカ軍人に対する最長の裁判の終幕となった。

ウーテッリック一等兵曹はこれにより、最悪の場合、最高三ヶ月の禁固刑、及び年収の2/3に減俸、さらに一等兵(private)への降格の罰を受ける可能性がある。刑の判決は明日になる予定。

ウーテッリック兵曹は2005年、ハディーサにおいて道路脇爆弾で海兵隊一人が殺され二人が負傷するという事件を取調中にテロリストに襲われて撃ち合いになった団を率いていた団長だった。

ウーテッリックが職務怠慢の罪を認めたとはいえ、元々の罪は24人からの殺人罪だったのだから、完全無罪ではないにしろ弁護側の勝利といえる。

イラクのテロリストたちが一般市民を人間の盾に使ってアメリカ兵を襲撃するのはすでによくしられた事実。ハディーサの事件でも、先ず海兵隊員を道路脇爆弾で殺して他の海兵隊員をおびき出し、民家から銃砲を浴びせかけるという、それまでにも繰り返し行われたパターンにウーテリック率いる団が応戦したに過ぎない。

確かに無関係の民間人が巻き添えを食って犠牲になった可能性はあるが、だからといって応戦した海兵隊員たちが一方的に悪いといって罪に問うたのは理不尽このうえない。6年にも渡ってウーテッリック兵曹の名誉が汚されたことは、アメリカ軍隊の歴史としても汚点である。

この話が出る度に、カカシは何度も繰り返して来たが、もう一度繰り返す。ハディーサ事件は米軍による殺人犯罪は起きていない。海兵隊の行為は正当な戦闘行為だった。関わった海兵隊員らは最初から罪になど問われるべきではなかったのである!

ウーテリック兵曹が今後海兵隊に残る可能性は薄いが、ウーテリック兵曹はじめ、ハディーサ事件で犠牲になった海兵隊員たちすべてに感謝の意を表したい。アメリカ軍は彼らに非常な侮辱を与えた。軍の彼らの扱いはひどいものだった。命がけで外地へ行って闘っている勇敢な軍人に対して決してあってはならない扱いをした。

6年間もひどい仕打ちに絶えて、圧力に負けて殺人罪を認めたりしないでくれたウーテリック兵曹。完全無罪という形で終わることが出来ずに残念ではあるが、これでハディーサで殺人事件は起きなかったということが完全に証明されたことになる。

ウーテリック兵曹、ご苦労様でした。お国のために闘ってくれてありがとうございました!

追記 1:余談だが、このAPのニュースMarine accepts plea deal in Iraqi civilian deaths (海兵隊員、イラク市民の死に関する有罪示談を受け入れる)という見出しは非常に誤解を招く書き方だ。

アップデート: 本日一月24日、ウーテッリック兵曹の刑が言い渡されたが、90日の禁固刑、及び減俸、そして降格。ただし、すでに取調中に拘束されていた日にちを考慮に入れさらなる禁固刑はなし。減俸も次の三ヶ月間これまでの2/3の給料となるだけ、ただsじょ降格は最低の一等兵にまで落とされる。ウーテッリック兵曹が三ヶ月後に名誉の除隊をすれば、除隊時点での位が一等兵でも、給料は今までのままなので、年金は減らない。降格されたままの除隊が嫌なら、がんばって昇格を待ってからの除隊もあり得るので、結果的には案外軽い罰だったと言える。殺人罪で起訴されて単なる職務怠慢の罪だけで終わったと言う事は、結局検察側には何の証拠もなかったということだ。

ハディーサ関連記事

2006年6月
ハディーサ事件:それぞれの思惑
疑わしきは罰するメディア その1
疑わしきは罰するメディア その2
ハディーサ疑惑: 怪しげな証言続く
眉唾なイラク米兵による悪事報道

2007年7月
ハディーサ事件次々に崩れる検察側の主張
ハディーサで殺人事件はなかった! 米兵容疑者二人目も起訴却下決定!
弁護士つきで戦争やるの?戦闘をいちいち戦犯扱いする米軍将軍たち
マーサ米下院議員よ、海兵隊員侮辱を釈明せよ!

2008年6月
最初の無罪! ハディーサ虐殺事件隠蔽はなかった!
ハディーサ裁判、7人目の罪も棄却

January 24, 2012, 現時間 9:01 PM | コメント (0) | トラックバック (2)

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October 26, 2011

イラクからの米軍全面撤退は大間違い、イランのイラク侵略を招く恐れも

イラク関係 , イランが危ない

オバマ王は今年一杯でイラク駐留のアメリカ軍を全面的に撤退させると宣言したが、それに対して退役現役の軍人達は、米軍全面撤退は大悲劇だと口を揃えて言う

イラク戦争の後半における対テロ作戦の成功に多いに貢献した退役軍人ジャック・キーネ大将は、イラク撤退は全くの大悲劇であると語っている。大将はブッシュ前政権はイラクを安定させ、安全な環境を提供するに至った。イラク政府とアメリカ政府の間では、アメリカの選挙後、イラク政府はアメリカの新しい政権と交渉してアメリカ軍の半永久的な駐留を話合うという暗黙の了解があった。

キーネ大将はアメリカがイラクの治安を守るのではなく、アメリカによる影響力が大事なのだと語る。イラクの民主主義を増強させ、イラクの治安維持隊を育てることは、今後も続けるべきだと。

また、アメリカ軍が撤退することによるイランの影響も無視出来ない。キーネ大将は過去にもアメリカ軍がずっと駐留した国では平和が保たれているが、我々が撤退した国では混乱を招いたとし、ドイツ、日本、韓国などが民主主義を保っているのに比べ、ベトナム、サマリア、ヘイチなどの民主主義が崩壊した失敗例を上げた。

イラク撤退はイラク政府が望んでいることだという反論に対して、キーネ大将は、それはオバマ政権がイラクに長期駐留する意志がないことをあからさまに示しているため、イラク政府としてはアメリカ軍撤退後のイラクについて真剣に考える必要があるからだとしている。アメリカの影響を期待できないのであれば、イランからの侵略を避けるために外交上色々な手を考えなければならない。それが反米的な態度に現れるのは仕方ない事だというわけ。

今後もアメリカの影響が期待できるのであれば、イラクも近隣諸国にさほどの遠慮は必要ないが、そうでないならそれなりの考慮をしなければならない。せっかくアメリカ軍が大量の犠牲をはらって中東でも珍しい親米で比較的民主的な国家を作り上げたと言うのに、オバマに任せておいたらイラクはすぐさまイランの手中に嵌ってしまうだろう。我々アメリカはイラクをイランにくれてやるために7年も戦争をやったのか?

オバマ王ほどアメリカの勝利に耐えられない大統領は1970年代のジミー・カーターくらいだろう。

October 26, 2011, 現時間 8:23 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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May 2, 2011

え〜、ビンラデンが死んだって? もうどうでもいいんだけどね、、

イラク関係 , 対テロ戦争

オサマ・ビンラデンがCIAの襲撃で頭を打ち抜かれて殺されたとオバマ王が発表した。遺体は米側が収容したとのことなので、ま、間違いはないんだろう。

はっきり言って今更ビンラデンが死んだからってどうってことはない。アルカイダはイラク戦争でアメリカ軍にこてんぱんにやられてしまって今や見る影もない。ビンラデンなんてただの象徴で特に指導権があったというわけでもない。

それでもオサマ・ビンラデンが死んだというのは祝福すべきことであり、ブッシュ前大統領が色々頑張ってくれたおかげである、ありがとうジョージ・W・ブッシュ!

さてと、色々書きたい事はあるのだが、かなり疲れてるので、簡単な感想のみ。きちんとした分析は週末にでもまとめて書く事にする。

まず、オバマ王のビンラデン襲撃に関する反応だが、ビンラデンを襲撃したという日曜日の真夜中に特別記者会見を開いて一言演説をぶったのはいいのだが、その演説ではまるで中学一年の英語みたいに"I, my, me"という一人称がふんだんに使われており、あれだけ聞いてたら、オバマ自らがコマンドを指揮してビンラデンの隠れ家に乗り込んでビンラデンの頭をぶち抜いたとでもいわんばかりである。

私は大統領就任早々CIAのレオン・パネタ局長に命じて、、、「去年の8月、、、私は諜報部からビンラデンの手がかりに関する報告を得た。「私はなんども国土安全保障局チームと会見し、、、そしてついに先週、私は行動に移すに充分な情報を得たと判断し、オサマ・ビンラデン襲撃作戦を認可した、、」

「本日、私の指揮のもと、合衆国はパキスタンのアボタバドにある邸宅への襲撃を開始した、、、

ああ、そうですか。ブッシュ大統領の代からの作戦がやっと花を咲かせたなんて認識をまったくせず、自分だけがんばってビンラデンをついに殺したなんて言い方は止めてほしいね。まったく何もかも自分の手柄にしたがるオバマ王のやりかたは気色悪い。

しかし、それでもまだビンラデンの遺体を米軍が収容してアメリカに持って帰り、遺伝子検定など色々調査を行ったうえで、遺体を焼かれると天国に行けないと信じているイスラム教徒過激派のビンラデンの遺体を火葬するくらいのことをやってくれれば犠牲者の皆さんたちの気モ収まるだろうと思っていたら、24時間もたたないうちに海に遺体を放ったという。しかもイスラム教のお祈り付きで。

なんでアメリカがビンラデンみたいな大量殺人鬼テロリストの宗教に敬意を表する必要があるのだ?奴は地獄で灼熱の炎に永遠に燃やされるべきなのだ、天国にいって72粒のレーズンに迎えられる権利などない!

なんか、オバマ王ってのは思いつきでいきあたりばったりことばかりやってるような気がする。そうしておいて、まぐれで何かがうまくいくと「ワシが立派だからじゃ。恐れ入ったか、このうつけども、カッカッカ、、、」てなもんだ。

ところで、ビンラデンが「隠れていた」場所というのは、パキスタンでも高級住宅街だと言う話。しかも回りはパキスタンのエリート軍大学や基地に囲まれているとか。いったいそんな場所でどうやってビンラデンは何年も「隠れて」いられたのか、オバマ王はパキスタンをどうするつもりなのか、はっきりさせる必要がある。

付けたし:クリントン時代にオサマ・ビンラデンを捉えるチャンスをあと一歩で逃した事があるが、その時の様子や911同時多発テロがおきるまでの過程を綴ったドキュドラマ、911への道をここで改めて観てみるのも悪くないだろう。

May 2, 2011, 現時間 10:09 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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July 20, 2009

イラク政府、米軍との合同パトロールを拒否

イラク関係 , 独裁者オバマ王の陰謀

ミスター苺によると、イラクのマリキ首相は去る7月2日、一方的な米軍の撤退条件を発表した。その内容を見るに付け、いかにジョージ・W・ブッシュのいないアメリカ政府がイラク政府から馬鹿にされているかが顕著に現れているという。

この一方的な条約はアメリカ軍には寝耳に水だったのだが、その内容で特にひどいのは、今後一切アメリカ軍とイラク軍の合同パトロールは行わないという項目だ。

市外中央区以外からの米軍撤退バグダッド司令部が祝った翌日の7月2日、イラクのトップ司令官たちはアメリカの司令官たちにバグダッドにおける米・イラク「合同パトロールは停止する」と宣言した。このガイドラインには米軍の補給隊の行動は夜間のみと制限されており、アメリカ軍による「違反があった場合には即刻報告すること」と明記されている。

この新しいガイドラインにはイラク政府とアメリカ政府との緊迫した対立が反映しており、イラク政府はこれを機会にイラク市民に、イラク政府によるアメリカ依存は減っているということを示そうとするものだ。

イラク政府はあれだけアメリカ軍にお世話になっていながら、この恩を仇で返すような仕打ちはないだろうとカカシは腹が立つ。アメリカはイラクの独裁者サダム・フセインとそのどら息子二人を取り除き、イラクをアルカイダの魔の手から救い、今の自由民主義国を作るためにアメリカ人の血を多く流してきたというのに、この裏切りはひどいのではないか?

ミスター苺は、これがもしブッシュが今でも大統領だったならば、絶対に起きて得ないことだったという。マリキ首相は誰よりもジョージ・W・ブッシュの強さと頑固さを知っている。ブッシュ大統領は誰がなんと言おうと、こと防衛については妥協しない男だ。

だが、バラク・フセイン・オバマは違う。マリキ首相は、それが北朝鮮にしろロシアにしろ中国にしろ、同盟国であるはずのヨーロッパ諸国や中南米との関係についても、こと外交に関してはオバマ政権の弱体ぶりを十分に理解している。

特にマリキからすれば、イラク・アメリカ連合軍に多大なる損害を及ぼした危険なイランの特別部隊クォッズ隊の幹部を解放するなどといった、オバマによるイランのマフムード・アフマディーネジャード首相への媚び諂らいを見るに付け、オバマ大統領は弱すぎる頼りにならないと思うのは当たり前だ。

最近イラクでは一時衰えていた暴力沙汰が増加している。それというのも、イランがスポンサーとなっているテロリストの活動がまたぞろ活発になってきたからである。現在イラクでまだ活躍しているシーア過激派には Asaib al-Haq、 Khataib Hezbollah、そしてthe Promised Day Brigadesの三つのグループがある。これらは2006年にイラクを恐怖に陥れたモクタダ・アル・サドル率いるthe Jaish al-Mahdi (JAM) 民兵軍から派生したもので、このどのグループもすべてイランから資金援助並びにトレーニングを受けている。

だが、オバマがイランによるイラクへのこうした攻撃を取り締まる可能性などまったくない。マリキの目にもそれははっきり見えるはずだ。ということは、いつ何時オバマはイランに迎合するためにイラクの国土安全保障を売り渡すかわからないとマリキが踏んだとしてもカカシはマリキを一方的に責めることはできない。カカシがイラクの首相でも、オバマを総司令官とするアメリカ軍に依存しきっているのはイラクにとって危険だと考えるだろうから。

となれば、オバマはブッシュ大統領とアメリカ軍が血と涙で固めたイラク戦争の勝利を、テロリスト相手に「話せば解る」式のナイーブな外交によって完全に台無しにしてしまおうというのだ。そうやってイラクがイランの手に渡ってしまった場合、オバマは自分の不能の責任を取るだろうか?

その答えはもちろん「否」である。オバマは「そ~れみろ、イラク戦争など勝てるはずがなかったのだ。み~んなブッシュがわるいんだよ~」と知らんふりを決め込むのが落ちだ。

まったくこんな奴に大統領をやらせるなんて、アメリカ有権者はなにを考えたんだ?

July 20, 2009, 現時間 9:05 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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July 15, 2009

オバマ王、アメリカ兵を大量殺害したイランテロリスト幹部5人を釈放

イラク関係 , イランが危ない , 対テロ戦争 , 狂ったメディア , 独裁者オバマ王の陰謀

この間も、イギリスの人質を救うためにオバマ王がイランのテロリストを釈放したという話をこの間もしたばかりだが、オバマ王は、なんと、今度はイラクにおいてアメリカ兵を千人近く殺害した武器開発及び戦略訓練をイラク抵抗派に供給したイランのテロリスト幹部5人を解放した。

ナショナルレビューの記事によると、どうやらこれは、イラン側が5月にイランで逮捕されたイラン系アメリカ人記者の解放条件の一部としてオバマ政権に要求していたことらしい。

釈放されたのは“Irbil Five”(アービルファイブとでも発音するのかな?)といって、イランの特別部隊クォッズ隊のメンバーである。イラクで戦死した1/10がアービルファイブの開発したEFP (Explosively Formed Penetrator)という武器で殺されたとされている。またこの5人の幹部はイラク内におけるゲリラ作戦をイラク抵抗派に支持指導した幹部であり、この幹部の指図で殺されたアメリカ兵の数はEFPで殺された数の何倍にもなると思われている。

ブッシュ政権がアービルファイブの釈放を断じて拒んでいた理由は、イランがイラクにおいてアメリカ兵に攻撃を継続させていたこと、またアフガニスタンのタリバンにも武器及び軍事訓練の供給をしていたことがあきらかだったからである。そしてオバマ政権になった今もその状況はなんら変化はないのだ。

にも関わらず、オバマ王は、たったひとりのイラン系アメリカ記者の開放を獲得するために、今後もイラクやアフガニスタンで数知れないアメリカ兵を殺害することになる非常に危険なテロリスト幹部を釈放してしまったというのである。いったいオバマ王は何を考えているのだ?

しかもアービルファイブの釈放は人質交換条件の一部であり、他にも有力なテロリストを何人も解放することが条件に入っているという。ということはオバマはそいつらも釈放するつもりなのだろうか?

カカシに理解できないのは、オバマ王がこの釈放によっていったい何を得ようとしているのかということだ。アメリカは人質の釈放のためにテロリストと交渉は一切しないという方針をずっと取ってきた。非公式な裏での取引は無論そういう場合でも行われてはいたが、表立った交渉はしないことになっていた。それをオバマ王が覆す理由は何なのだろうか?

下々の者のことなどなんとも思っていないオバマ王が、たかがジャーナリスト一人救うために、こんな危険な行為に出るのはいったい何のためなのだろう?

July 15, 2009, 現時間 1:19 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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July 2, 2009

オバマ王テロリストと交渉か?解放されたテロリストは英人質と交換

イラク関係 , イランが危ない , 対テロ戦争 , 独裁者オバマ王の陰謀

アメリカは1970年代のカーター大統領の時代からテロリストとは交渉しないという政策を取って来た。1980年代にレーガン大統領がレバノンでヒズボラの人質となったアメリカ人をとりもどすべく、ヒズボラの後ろ盾であるイラン政府の穏健派に接近、人質返還交渉の仲買をしてもらうべく武器供給をしたとして大騒ぎになった。

このいわゆるイランコントラ事件は、大統領みずからがアメリカの方針に背いてテロとの交渉をしていたとして、共和党のレーガン大統領に対し、民主党議会からは非難囂々、テレビや新聞は毎日のように何週間にも渡ってレーガンの『犯罪』を報道しまくった。

早送りして25年後、オバマ政権は先月こっそりと、アメリカ兵を誘拐殺害したテロリストを釈放していた。この男の名はレイス・アル・カーザリ(Laith al-Khazali)といいシーア過激派グループ、アサイブ・アル・ハク(Asaib al-Haq)のメンバー。この男はどっかの変態フェミニストが言うようなテロリストかどうか解らないというようなあやふやな奴ではなく、アメリカ兵5人を誘拐して殺害したことがはっきりしているイラン系のテロリストなのである。本来ならば裁判にかけて処刑するべき人間だ。それを何故オバマ王はイランに返したのだ?

共和党上院議員のジェフ・セッションズ(Jeff Sessions)議員とジョン・ カイル議員の二人はオバマ政権に対し、このテロリストの釈放はイラクで2007年に拉致され人質になっている5人のうちの3人の釈放を確保するための交換条件だったのではないかと真相を質す手紙をオバマ政権に提出した。6月21日、アサイブ・アル・ハクは英国兵2人の遺体を英国大使館に返還している。この交渉はあとの3人を生きて返してもらうためのものなのではないかと議員達は質問しているわけだ。

「25年間、我々には両党においてテロリストとは交渉しない、特に人質との交換としてテロリストを釈放しないという方針を取って来ました。」とセッション氏はワシントンタイムスに語った。「これは懸命な方針であると考えます。そして我が国の長期的な安全保障には重要な方針です。」

ドイツ人やイタリア人といった他の外国人に比べてアメリカ人があまり拉致されないのも、アメリカ政府は人質返還の交渉をしないことで有名だからである。イラクでの誘拐はイラク人にしろ外国人にしろ身代金目当てのちんぴら犯罪者によるものが多く、誘拐犯はテロリストとしてアメリカ軍やイラク軍から狙われることを望んでは居ない。であるから最近のアメリカ兵拉致は単にアメリカ兵をいたぶって殺してやりたいという報復的なものか、もっと政治がらみの組織によるものであることが多い。

しかるに、オバマ王が本当に人質との交換を条件に、いまでもアメリカ兵を殺しているイラン系テロリストを釈放したとなれば、これは由々しき問題である。メディアはレーガン大統領の時のように、この問題を掘り下げて報道すべきである。だがメディアの反応はというと、、、

。。。。。。。。。

完全な沈黙。

オバマべったりの大本営放送は大統領の裏切りさえ報道しない。オバマ王が民主主義を訴える市民を武力で弾圧するイラン政府に不思議なほど遠慮勝ちなのもこれが原因なのかもしれない。

July 2, 2009, 現時間 11:19 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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May 1, 2009

イラク米兵過去7ヶ月で最高戦死者数を出す

イラク関係 , 対テロ戦争

オバマ政権になって100日が経ったが、最近イラクでの暴力沙汰が増えている。APの記事によると、4月はここ7ヶ月で米兵犠牲者数が最高を記録したという。

つい先日もモスールちかくにあるイラク最大の貯水湖付近のレストランで自爆テロがあり、5人が殺害され、10人が負傷した。暴力事件の急増はイラクのテロリスト達が米軍の撤退を期に、その勢力を挽回しようとたくらんでいることの現れだろう。

情勢が悪化しているのはイラクだけではない。アフガニスタンでも特にパキスタンでのアルカイダの活躍はかなり活発になってきている。皇太子時代にはイラクよりもアフガニスタンに力を入れるべきだとか、パキスタンに攻め入るべきだとか、威勢のいいことを言っていたオバマ王だが、いざ王となり政権を握った途端に対テロ戦争から全く興味を失ってしまった。米軍総司令官として完全に欠席状態。

あきらかにテロリストどもはオバマ王を試しているのだ。だからあちこちで紛争が急増しているのだ。これは多分共和党の候補者だったマケインが大統領になっていても同じことが起きていただろう。だが、その対応には雲泥の差があったはずだ。

また上記の記事によると、イラク政府はアルカイダの上層部の人間を逮捕したらしいが、米軍にそのテロリストの尋問を許可していない。これまでなら重要人物は米軍によって拘束されるのが例だったが、いまはテロリスト拘束はイラク政府の管轄となり米軍のアクセスを拒絶するまでになっているというのも興味深い。

オバマ王が米軍によるテロリストへの『拷問メモ』を公開してしまったことにより、イラク政府は表向きは「アメリカ軍は容疑者を拷問するから引き渡せない」というかもしれないが、内心では「アメリカ軍は生温いから俺たちで尋問しよう。」と思っているのかもしれない。

ま、何にしろだ、敵も味方もアメリカのオバマ政権を甘くみていることだけは確かだ。オバマ王もリベラルもアメリカが強気で傲慢だから世界から嫌われてアメリカへの攻撃が増えたと言い張っていた。だからオバマ王は世界に謝罪ツアーに出かけたのだろう? だとしたら、平穏化していたイラクやアフガニスタンや、ムシャラフ時代は安定していたパキスタンなどが、打って変わっての動乱ぶりを見せている状態を、オバマはどうやって説明するつもりなのだ?

これも皆ブッシュ前大統領のせいにするつもりなのか?

不幸なことに、主流メディアはオバマ王の言いなりになって、すべてブッシュが悪いという路線で押し通すのだろう。その嘘にいったいどれだけのアメリカ市民が騙されるのであろうか?

May 1, 2009, 現時間 8:38 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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March 18, 2009

とんだ茶番劇、オバマ王と民主党議会のAIG幹部ボーナス批判は偽善の固まり!

アメリカ内政 , イラク関係 , 対テロ戦争 , 防衛

ここ連日、オバマ王はじめ議会の連中は倒産を目前に政府から救済された保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)幹部が、庶民の税金で多額のボーナスをもらっていたことで、重役たちに日本を見習って切腹しろなどと迫るほど大騒ぎをしている。

以下は朝日新聞の記事より

高額のボーナス支給が明らかになった米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)に対して米議会は17日、ボーナスのほぼ全額を課税で回収する法案の採決を検討し始めた。巨額の公的資金投入で救済された同社のボーナス支払いに批判が噴き出しており、同社首脳陣は命をかけて引責すべきだとの声も一部議員から出ている。

 ボーナスは08年分の一部で、13日に幹部ら400人に1億6500万ドル(約160億円)が支払われた。この問題を調べているニューヨーク州のクオモ司法長官は17日、結果を公表。計73人が各100万ドル(約9800万円)超を支給され、うち11人はすでに退社。200万ドル(約1億9600万円)超が22人おり、最高額は640万ドル(約6億2700万円)という。

 議会では同社のボーナスのほぼ全額を課税する複数の法案が既に提出されている。オバマ政権も議会と連携して課税強化を検討。課税率が100%の法案もあり、AIGが支給を見直さない限り、議会指導部は法案を一本化して採決に踏み切る姿勢だ。金融危機対策を決める幹部議員は、支給を無効にする訴訟の可能性も示唆している。

AIG幹部へのボーナス自体は腹が立つが、議会のこの「怒り」は単なる茶番劇だ。オバマ王も民主党議会も政府の救済案が出た今年の1月の時点でAIG幹部へのボーナスは契約上避けられないという事実を充分に承知していた。幹部らのボーナスの金額だけを見ていると、彼らが多額のボーナスを不当に受け取ったかのように見えるが、オバマ王並びに民主党議会のポーク(贅肉)だらけの税金無駄遣い国家予算案にくらべたら1パーセントにも満たない額なのだ。民主党議員たちが匿名で組み込んだイヤーマークと言われる地方選挙区の企画をひとつでも削れば充分に補える額なのである。

それを今更議会があたかも驚き怒り狂っているかのような演技をしているのは、自分らの税金無駄使いから国民の目をそらそうとする目的もそうだが、それ以上にオバマ王の社会主義政策を押し進めるために企業に対する国民の感情を煽ることが第一の目的なのだとカカシは考える。

最近カントリーウエスタンのヒットチャートを急速に登っている流行歌があるが、このShutting Down Detroit「デトロイトの閉鎖」という歌ではジョン・リッチという人気歌手がデトロイトの自動車産業が倒産していくなか、ワシントンの政治家達がAIGのような金融企業を救済していることを批判している。しかし、デトロイトの低迷の直接の原因はアメリ金融企業の倒産ではなく労働組合が幅を効かせ過ぎる自動車業界の実態にある。ただ、一般庶民はまだまだ労働組合が労働者の味方であり、自分らの敵は企業の重役達なのだという偏見を持ち続けている。

オバマ王並びに民主党議会はこの一般庶民の金持ちへの妬み意識を増長することで、階級意識を一層高め、自由企業への政府による介入を強めようという魂胆なのである。つまり、自由市場を社会主義化しようという目的なのだ。

一般市民が日々の暮らしにも困り、給料引き下げや残業手当の廃止などで犠牲を強いられている時に、国民の血税で救済された金融企業の重役達が何百万ドルものボーナスをもらったという話を聞けば、一般市民が腹を立てるのは当然だ。しかし、その感情を利用して、今後このようなことが起きないように政府が大手企業の経営に介入するというような政策がまかり通ったならば、アメリカの自由市場はおしまいである。自由企業が腐敗しているとはいえ、お役人が経営する企業ほど腐敗するものではないからだ。これは共産主義国家の旧ソ連や中共や北朝鮮やベネズエラやキューバを見れば明らかである。

アメリカ市民は、オバマ王や民主党議会の猿芝居に騙されてはいけない。議会が本当に税金の無駄遣いを慮っているのであれば、議会が通した無駄遣いづくめの予算案を撤回せよ!オバマ王の経済非救済案を撤回せよ!イヤーマークをすべて削除せよ!

それまでは、他人のボーナスがどうのこうのと批判する権利はお前らにはない!

March 18, 2009, 現時間 6:48 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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March 15, 2009

何がチェンジだ!オバマ王、ブッシュ対テロ政策を継続

アメリカ内政 , イラク関係 , 対テロ戦争

14日付けのニューヨークタイムスで、オバマ政権は今後テロ容疑者を『敵性戦闘員』とは呼ばないことにしたと報道している。ニューヨークタイムスはこの『敵性戦闘員』という言葉はブッシュ政権が勝手に使いだした造語であるかのような報道をしているが、この言葉自体は別に新しいものでもなんでもない。

ブッシュ前大統領がテロリストを『敵性戦闘員』としたのは、2001年の9月11日以降、テロとの闘いは単なる国家警備政策ではなく戦争であるという認識から生まれたものだ。戦争をしている以上、敵側で戦っている人員は単なる犯罪者ではなく戦闘員であるという解釈である。

オバマ王は、アメリカがテロリストと戦争状態にあるという認識から遠ざかりたいようだ。それで以前から『テロとの闘い』という言葉も使わないようになっていた。以下は朝日新聞の記事より

オバマ大統領は、就任直後の1月22日に出した大統領令でグアンタナモ収容所の1年以内の閉鎖を命じた。オバマ政権は発足以降「テロとの戦い」という用語も基本的に使わなくなった。前政権が多用した「敵性戦闘員」という概念も捨てることで、オバマ流への移行を象徴的にアピールしたかたちだ。

今回の新政策の背景には、連邦最高裁が昨年6月、グアンタナモ収容者にも拘束の不当性を裁判所に訴える権利が保障されているとの判断を示したことを受け、人身保護令状審査の訴訟の一括審理が、ワシントン連邦地裁で始まったことがある。

この裁判の判事が、被告である米政府にどういう人物が「敵性戦闘員」にあたるのかの定義を13日までに文書で提出するよう命じていた。これに対し、司法省は「敵性戦闘員」というレッテルを張ること自体を今後は廃止するとの回答を出した。

確かにオバマ王は、対テロ戦争にはずっと反対派で、ブッシュ政権の対テロ政策にはずっと手厳しい批判を述べて来た。だから今回の方針変更もオバマ皇太子が選挙中にした公約の行使であると解釈することも出来る。だが、言葉使いはともかく、オバマ王の政策はブッシュのそれと何処がどう違うのであろうか?

朝日新聞の記事では冒頭で、

オバマ米政権は13日、「敵性戦闘員」はキューバ・グアンタナモ米軍基地内の対テロ戦収容所で無期限に拘束できるとしてきたブッシュ前政権の政策を撤回する方針を発表した。

と書いているが、記事の終わりのほうで、

ブッシュ前政権は、軍最高司令官である大統領には拘束を命じる広範な権限があると主張したが、オバマ政権はこれを修正。国際テロ組織アルカイダやアフガニスタンの旧政権タリバーンに「支援活動をした」というあいまいな嫌疑だけで拘束できるという前政権の解釈に対しては、「実質的な支援」をしたとみられる場合だけ拘束が可能、との見解を示した。

ただ、その「実質的な支援」をどう定義するかについてはまだ明確にしていない。また、議会による9・11テロ後の戦争権限付与決議や戦時国際法を根拠に、大統領は「公訴手続きなしでの拘束を命令できる権限」を引き続き有しているとしている。

これってオバマ王得意の単なる言葉あそびではないのか?テロリストを「敵性戦闘員」と呼ばないとか、無制限な拘束はしない、とか言っておいて、だが大統領には定義もはっきりしない「実質的な支援」をしたかどうかも判定せずに独断で「控訴手続きなしでの拘束を命令できる」というのであれば、単に言葉使いを変えただけでブッシュ政権の政策と何ら変わりはないではないか?

どうしてこれが「ブッシュ前政権の政策を撤回する方針」ということになるのだ?

就任早々グアンタナモの収容所は閉鎖すると大々的に大統領命令を出したオバマ王だが、実際にどうやって閉鎖するつもりなのか、収容者をどうするのかという詳しい話は一向に進んでいない。一年後に閉鎖とか言っていたが、それも今後の調査の結果次第とかいう曖昧な発表で、本当に閉鎖になるのかどうかさせ全く見通しがついていない状態だ。

つまり、ことグアンタナモ収容所に関してはオバマ王の政策はブッシュ前大統領の政策をそのまま引き継いでいるかたちとなっているのである。

オバマ王が口先だけで「チェンジ、チェンジ」と言ってる割には、やってることはブッシュ政権と大した変わりはない。いやそれどころか、自分が選挙運動中に散々批判していたブッシュ政権や議会によるイヤーマーク(匿名で予算案に含まれる議員たちの代表地区企画)や国家負債など、ブッシュ政権の時の何倍という数や額で通った議案をオバマ王はそのまま抗議もせずに調印してしまっている。

何がチェンジなんだ!

March 15, 2009, 現時間 12:20 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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February 28, 2009

オバマ王のイラク撤退計画、ブッシュのそれと何処が違うの?

アメリカ内政 , イラク関係 , 対テロ戦争

ちょっと驚いたのだが、今朝のAPニュースフィードによると、オバマ王のイラク撤退計画は、オバマ王子が選挙運動中に公約として立てた計画とはかなり違っているだけでなく、ほぼジョージ・W・ブッシュ前大統領がお膳立てした通りの計画に沿ったものだと書かれている。リンク先の記事では今回の計画がオバマの公約とどのように違うのかが箇条書きで羅列されているのでひとつづつ追ってみよう。

  1. 戦闘部隊の撤退はオバマの公約より三ヶ月長くかかる。完了するのは2010年の8月の終わりで、オバマ就任後19ヶ月後ということになる。もっともオバマは選挙運動中戦争を早急に終了させることの決意を強調していたが、オバマの演説では常に融通性が小さい印刷文字で強調されている。
  2. つまりオバマの公約は常に注釈付きというもの。小さい文字で書かれた注意書きをちゃんと呼んでおかないとオバマの本意は見逃すということだ。APがそれを指摘するというのも興味深い。

  3. 撤退は月に戦闘旅団一隊づつという一定の速度ではなく、オバマが何度となく繰り返したように下膨れになっている。部隊の配置は今年一杯から2010年の最初の数ヶ月はほぼブッシュ時代と同じである。オバマの計画では大量の兵士が引き上げるのは来年の春か夏頃からになる予定だ。 大統領は撤退の速度は現場の司令官の決断に任せる意志である。
  4. 撤退完了は19ヶ月後とはいっても、ほとんどの兵士は来年の春か夏頃まで駐留し、実際に撤退が始まるのはその後だというのだ。しかも実際の撤退ペースは現場に任せるというのなら、これはオバマの新しい撤退計画というより、ブッシュ大統領の計画そのものではないか?

  5. 撤退後も多くて5万の兵が残る。これは完全撤退を望んでいた反戦民主党支持者の胸を傷めた。
  6. マケイン上院議員は選挙運動中にイラクにはアメリカ駐留軍を半永久的に残すべきだと語った時に、オバマはマケインはイラクをアメリカの植民地にしたいのだなどと批判していたが、いざ自分が大統領になったら少数とはいえアメリカ軍を残すことにするという事実をどうやって説明するのかねえ。

以前にもカカシはこと対テロ政策においては、オバマもいずれブッシュ政策が正しかったことに気がつくはずだと書いた。パキスタンしかり、アフガニスタンしかり、そして無論イラクしかりである。

ところで私が冒頭で「驚いた」と書いたのはオバマの計画がほぼブッシュ計画にそのまま従っているということについてではない。私が驚いたのはAPがその事実を報道したということだ。もっともAPはこのリストの後に、オバマがどうして計画を変更させたのかという言い訳をだらだら書いている。ま、理由はどうあれオバマが現場の将軍たちの意見を取り入れて、アメリカ軍やイラク国家に危険が及ばないような政策を取ってくれるというのならそれに越した事はない。はっきり言って、オバマが選挙公約したことをいちいち実現させたりしてもらってはこちらとしては迷惑だからね。

しかし、そういうことになるんだったら、何の経験もない素人のオバマではなくて、増派計画を最初から推進していたマケイン議員に大統領をやってもらったほうがよかったんじゃないの?え?投票拒否した保守派の皆さん?

February 28, 2009, 現時間 10:00 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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February 27, 2009

オバマ王のイラク撤退公約実現はブッシュ前大統領のおかげ

イラク関係

本日、オバマ王はノースカロライナ州にあるキャンプ・レジューン基地で海兵隊員を前にしてイラク撤退計画の演説をおこなった

オバマ米大統領は27日、ノースカロライナ州ジャクソンビル近郊のキャンプ・レジューン海兵隊基地で演説し、来年8月末までにイラク駐留米軍の全戦闘部隊を撤収させると表明した。ブッシュ前政権下の2003年3月に開戦し、4200人以上の米兵が犠牲となったイラク戦争は、これで幕引きに向けて本格的に動き始めた。

大統領は、「イラクの状況は改善した」と強調した。演説や国防総省の発表によると、現在イラクに展開中の駐留米軍約14万2000人のうち、戦闘部隊9万2000~10万7000人が10年8月までに撤退する。残る3万5000~5万人はとどまるが、イラク治安部隊の教育訓練や、米外交官や米国が実施中の復興支援事業などの護衛に当たるほか、イラク治安部隊が実施する対テロ作戦の支援を主任務とする。

大統領はまた、今年1月に発効した米国とイラクの地位協定で取り決められた「11年末までの米軍の全面撤退」を順守すると述べた。(読売新聞)

このことに関してニューヨークタイムスなどはオバマこの撤退計画があたかもオバマ独自の計画であり、ブッシュ時代との方針とは全く違うものであるかのように書いているが、オバマの計画はブッシュの計画をそのまま引き継いでいるに過ぎない。

この「引き継ぎ部隊」は2011年に撤退するが、これはジョージ・W・ブッシュ大統領が去る前に交渉し合意をとげた計画に従うものである。...

同時にオバマ氏の計画は一部、2007年1月に行われたブッシュ氏の戦略変更からの流れであるという見方が強い。この変更に反対していた新大統領は演説のなかではこの件に触れなかった。早期に撤退する緊急性は犠牲者数が減ったことから緩和された。またこの二年間にわたる成功のおかげで、滞在する必要性も減った。....

ブッシュ氏の前スタッフたちは、この計画はブッシュ氏の2011年までに撤退するという合意の自然な次の段階であると語った。ブッシュ氏の最後の国土安全保障報道官だったゴードン・D・ジョンドロー氏は「タイミングはほんの少し違いますが、イラクが独自に自国の国土安全保証が出来るようになるまで援助するという目的と一致しています。」とし、「これは増派が成功したからこそ可能となったのです。」と語った。(ニューヨークタイムス)

つまるところだ、オバマがイラクからアメリカ軍を撤退出来るのは、ひとえにブッシュ大統領の戦略変更とアメリカ軍の多大なる功績によるものなのだ。オバマの選挙公約などとは無関係なのである。もっともオバマ王はイラクの状態が良かろうが悪かろうが軍を撤退させていただろうから、そう思うとブッシュ大統領のイラク戦争成功は本当に危険なほどぎりぎりセーフだったと言える。

ブッシュ大統領には今更ながらお礼を言いたい。

February 27, 2009, 現時間 7:27 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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February 5, 2009

オバマ大統領就任たった二週間で犯した失態の数々

アメリカ内政 , イラク関係 , イランが危ない , 対テロ戦争

カカシもこのブログで何度か取り上げた歴史学者のビクター・デイビス・ハンソン教授が、オバマの大統領就任二週間をふりかえって痛烈な批判をしている。

オバマの経済や外交対策の失態をみるにつけ「だから言ったじゃないの」と言いたくなるのはやまやまなのだがアメリカの国土安全を考えたら、そんなことをいってるばやいじゃないのである。オバマのせいでアメリカが危機にさらされて困るのはアメリカに済む我々なのだから!

では今回はこの二週間でオバマの経験不足が災いして、彼がどんなに悲劇的な失態を犯してしまったかを説明しよう。そして次回はこの危機を乗り切るためにオバマ新政権がなにをしなければならないのか、ハンソン教授の提案を紹介したいと思う。

第一:自分は道徳的に崇高であると宣言したこと。

もちろんオバマのグルーピーとなり下がったアメリカメディアもこの宣言にひれ伏してしまっているが、オバマのどこが道徳的に崇高なのだとハンソン教授は問いただす。オバマ最初の政治界への挑戦である下院議会への出馬は失敗に終わった。その後の当選は二度に渡ってライバル候補の離婚スキャンダルが選挙直前に何者かによって暴露され、二度ともライバル候補が辞退してしまったため、挑戦者なしでオバマが当選。人種差別牧師のジェラマイヤー・ライトや、左翼テロリストのビル・エヤーズなどとの付き合いを考えると、オバマは道徳なんて言葉を真顔で口に出来るような人間ではないはず。ハンソン教授は書いていないが、選挙違反で悪名高い左翼過激派団体のエーコン(民主党の経済救済法案のなかにエーコンへの援助金が含まれている)や上院議員の席を競りに出したイリノイ知事との深い関係なども考慮にいれると、オバマの道徳観念など、とても自慢できるものではない。

選挙前の公約で、ワシントンDCにはびこるロビーイスト(企業や団体に雇われて、特定の政策を政治家たちに陳誠する人たち)を一掃するとか言っておきながら、ロビーイストの代表みたいなトム・ダッシェル脱税家を始め、次々に10人以上もロビーイストたちを自分のスタッフに加えているオバマ王室。それに加えて各省の長官候補は脱税や汚職疑惑で次々に辞退。辞退していない候補でも疑惑の陰が深く陰っている。そんな奴が前代のブッシュ政権の道徳観念を批判し、自分は前代よりも善良だなどと言ってみても説得力皆無である。


第二:アメリカ歴代政権の悪口を言い、諸外国の反米偏見を確証してしまったこと。

無知というのは恐ろしいもので、経験もないくせに自分は聡明だと思い込んでいるオバマは、歴代政権の政策を外国でこき下ろすことで自分の株があがると思い込んでいる。外国にとってはオバマ政権もブッシュ政権もアメリカに変わりはない。アメリカの悪いイメージは大統領がブッシュでもオバマでも全くかわりはないのである。前政権の悪口はアメリカへの悪口と理解されるだけなのだ。しかも自国の歴史に疎いオバマ王はこれまでアメリカがトルコやレバノンやサウジといったイスラム諸国に数々の資金援助をし、コソボやボスニアそしてクエートを始めイラクやアフガニスタンの例でも解るように、時には戦争して自国兵の命を犠牲にしてまでイスラム庶民の命を救ってきたことを恩に着せるどころか、イスラム圏でアメリカが不人気なのは一方的にアメリカに責任があるとほとんど謝罪口調なのだ。イスラム諸国との交流を強調していたカーター時代にイランがアメリカ人をどう扱ったか、オバマにはもう一度歴史の勉強をやり直してほしいもんだ。

イスラム諸国では歴史を無視した「アメリカは悪」という先入観がすでに存在している。オバマが彼らの偏見を真実だと認めてしまった以上、いくら自分は歴代の大統領とは違うなどと言ってみても、すでに反米意識で凝り固まったイスラム諸国の人々はアメリカに好意を持つどころか、は「アメリカは悪」という自分らの主張が正しかったことが確認されたとし、それを糧にさらに反米攻撃に奮起することは間違いない。

第三:ブッシュの対テロ政策は憲法違反だったと宣言したこと。

ブッシュ大統領が911同時多発テロの後に新しく設立したFISAやグアンタナモテロリスト収容所や愛国法やイラク戦争や外国人テロリストのアメリカへの強制移動など、アメリカ本土を守るためにやってきた政策をすべて憲法違反だと宣言し、ブッシュが911以後アメリカ本土はもとより外国でもアメリカを標的にした攻撃を阻止し、アメリカの安全を守って来たことを完全に無視していることだ。オバマは他の公約を次から次に破っていることでもあり、これらアメリカを守って来たブッシュ政策はの変更は、単に選挙に勝つために憲法違反だと宣言しただけで実際に変更する気など全くないことを祈りたい。

第四:オバマの発案した経済活性法案は単に民主党の社会主義活性法案となり替わり、税金の無駄使い政策にすぎないこと。

オバマ及び民主党が発案した経済活性救済法案は、経済を活性するどころか、経済とは何の関係もない教育だの芸術だのエーコーンのような民主党の応援団のような政治団体への資金援助だの、民主党が長年夢精してきた社会主義政策に満ち満ちている。こんな予算案を承認したら、将来アメリカは取り戻せない巨額の負債を負うことになる。なんで経済低迷中に経済活性になんの役にもたたない政策の予算を増やすのだ?

オバマのエマヌエル参謀総長は「危機を無駄にしてはいけない。」と語ったという。これはどういう意味かといえば、国が危機に瀕している時こそ、「緊急事態だから、、」という言い訳で政府の力の増長に利用することを怠ってはいけないという意味である。第二次世界大戦中に国の危機を口実に時のルーズベルト大統領が極端に政府の権力を増幅したことをエマヌエル総長は念頭においているのだ。

第五:全く無能なロバート・ギブスを報道官として起用したこと。
ハンソン教授はオバマの報道官はどうしようもなく無能だと手厳しい。そのひどさんはクリントン大統領のマクレラン報道官よりもひどいかもしれないと語っている。カカシはマクレランはそれほどひどかったという記憶はないのだが、ハンソン教授に言わせるとギブスは裏表があり、あいまいで、オバマ政権の党を超えた方針とやらを全く反映していないという。オバマに友好的な記者団だからまだ救われているが、彼が共和党大統領の報道官だったら、もうとうの昔に八つ裂きにされていたことだろうという。

第六:副大統領のジョー・バイドンにやたらと演説をさせてしまったこと。

だいたいジョー・バイドンのように思いつきで訳の馬鹿げたことを語るので悪名たかい人間を副大統領になどしたことに問題があるわけだが、バイドン副大統領は予測どおり、副大統領になってもオバマに恥をかかせるような発言ばかり連続で放っている。すでに最高裁判官の宣誓式での間違いをおちょくり、前副大統領の悪口を声高く唱え、自分は国務庁長官の候補にも上がっていたのだなどとヒラリーを侮辱するような発言までしている。外交の面でも何の経験も実力もないバイドンが、ヒラリーの悪口をいえた義理か、あほ!などと今さら言っても無駄だろう。

オバマ連続失態のもたらしたもの

私は以前からオバマはアメリカの敵国から試されるだろうと指摘してきたが、すでに北朝鮮は長距離弾道ミサイルの発射を予定しているし、イランは人工衛星を打ち上げるし、ロシアはヨーロッパの弾道ミサイル防衛は終わったと宣言し、近隣のキルギスタン(Kyrgyzstan)国に多額の支援金を約束し、アメリカ空軍基地をキルギスタンから追い出そうという魂胆だし、自然ガスのヨーロッパへの販売についてもかなり強気の保護主義をみせている。アフガニスタンのカルザイ大統領もオバマ政権のことは全く信頼していないらしく、オバマが時期大統領となった去年の11月から宿敵ロシアと交渉をはじめたと言われている。

つまり、諸外国はオバマ政権の実力を全く信頼していないのだ。私は何度も強調してきたが、アメリカは諸外国に好かれる必要はないのである。それよりも強いアメリカとして諸外国に恐れられていたほうが、アメリカの安全を保つためには好ましいことなのだ。

オバマのおかげてアメリカは危険な敵国を含め諸外国から見下されてしまった。今後アメリカがこれ以上恥じをさらさないためにも、オバマは早急に政策を変更する必要がある。どのように変えるべきなのか、それは次回改めてお話しよう。

February 5, 2009, 現時間 10:48 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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November 15, 2008

アメリカはイラク戦争に勝った、、従軍記者マイケル・ヨンの報告

イラク関係

フリーランスの突撃従軍記者のマイケル・ヨンが「戦争は終わった、我々は勝った」と報告している。

Instapunditよると、バグダッドに駐留中のマイケル・ヨンが電話で、イラクの状況は彼が期待していたよりずっと良くなっていると語ったという。

「まったくなにも起きてない。私(マイケル)は第十山岳師団と一緒にいるが、彼らの約半数が今回の勤務で、ここへ来てから8ヶ月間に一度も武器を撃っていない。しかも我々のいるのは、かつてイラクでも最悪といわれていた南バグダッドなんだ。それが今はなにも起きてない。 私は足が棒になるまで歩き回っているが、全くなにも目撃していない。イラク人に「また暴力がはじまると思うか」と聞いて回っているが、いつも悲観的なイラクのジャーナリストたちですら楽観的な見解を示している。」

もちろんまだ多少のいざこざはあちこちで起きている。だが、全体の治安を脅かすほどではない。しかもイラク軍のみならず、以前はかなり評判の悪かったイラク警察ですら国民から信用を得るようになったという。アメリカ軍によって受けた訓練がやっと見返りをみたらしい。

「アフガニスタンの状況は悪いが、イラクにおいてはこんなに良くなるとは信じられないよ。」

とマイケルは語っている。皮肉なことではあるが、次期大統領のオバマは希望通りアメリカ軍をイラクから撤退させることが出来るだろう。実際にイラク戦争に勝ったのはペトラエウス将軍のCOIN(対抵抗軍作戦)を起用したブッシュ大統領なのだが、オバマ支持者たちはオバマこそがイラク戦争を終わらせたと歴史を書き換えるに違いない。

だが、カカシ個人としては、オバマが大統領になる前にブッシュ大統領が始めたイラク戦争にブッシュ大統領がケリをつけてくれたことに感謝している。もしもイラク戦争が途中のままオバマが大統領になっていれば、イラクがどんな悲劇的なことになってしまったか、そのためにアメリカがどれだけの危険にさらされたか、考えただけでも恐ろしいからだ。

イラク戦争は終わった。アメリカはイラク戦争に勝ったのだ。

カカシがイラク戦争が始まった当時から言い続けて来たことがある。それは、

『テロリストは殺せ! 正義は勝つ!』

少なくともイラクでは正義が勝った。

アップデート:マイク・ロスのブログで増派前と増派後のバグダッド60番街の映像を観ることができる。増派前はひとっこひとり歩いておらず、米軍の戦車だけが走っていた60番街。増派後は乗用車が何台も走り、レストランやウエディングドレスの店やビリヤード店などがあいてにぎわっている。

November 15, 2008, 現時間 10:25 AM | コメント (3) | トラックバック (0)

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July 27, 2008

戦争負傷兵の慰問を日程から外したオバマ

アメリカ内政 , イラク関係 , ヨーロッパ

Hot Air でリポートしているキャプテン・エドによると、民主党大統領候補のバラク・オバマ議員は、ドイツを訪れた際、アメリカの陸軍病院への慰問を日程の都合がつかないことを理由に削除していたにも関わらず、実際はその間観光していたことが明らかになった。

キャプテンエドによると、これは何を優先するかの問題だったのだと言う。つまり、限られたヨーロッパ訪問の日程のなかで重要な価値のあるイベントを優先し、そうでないものが後回しになるのは当然のことだ。 だから軍隊嫌いのオバマがアメリカ負傷兵の慰問を削ったのは当然の成り行きというものだろう。

ドイツの新聞のSPIEGELによると、金曜日、オバマはドイツのアメリカ軍基地にある陸軍病院The Landstuhl Regional Medical Center (LRMC)への慰問をキャンセルしたが、このThe Landstuhl Regional Medical Center (LRMC)病院は海外で負傷した兵士や海外駐在者の家族も治療する病院で、陸軍と防衛庁によって運営されている。現在はアフガニスタンやイラクで負傷した兵士が主に入院しており、かなり重傷の人が多い。

キャンセルの理由として日程の都合がつかないと言い訳していたオバマだが、実は慰問をキャンセルしたのは日程ではなく政治的な計算だったらしい。

実はオバマは最初、病院で負傷兵の慰問を大々的に行ってそこで演説でもぶり、その映像を選挙コマーシャルに使おうと考えていたらしい。しかし軍では現役の兵士は政治活動に参加できないことになっており、兵士を政治コマーシャルなどに使ってはいけないという規則がある。だから病院へは選挙アドバイザーなどは同行出来ないし、映像も撮れないことになっているのだそうだ。それで、オバマは選挙運動に使えないなら意味がないと判断して慰問をキャンセルし、その時間を使ってベルリンの観光をしたのである。

しかしこのことで、オバマはかなりの批判を浴びたので、オバマの選挙事務所はダメージコントロールに必死である。事務所は次のような声明文を発表した。

「議会の視察旅行の一部としてアフガニスタンとイラクを訪れた際、オバマ議員はグリーンゾーンの戦闘援助病院をはじめ他にも数々の場所を訪れ兵士らを慰問しました。旅行の第二部でオバマ議員はLandstuhl Regional Medical Center病院にいる男女を慰問し彼らの勤めと犠牲に感謝の意を評したいと考えていました。しかしオバマ議員は選挙運動の予算を使って軍の施設を訪問するのは不適切であると考え、軍人たちへの尊敬の意から訪問を中止しました。」

しかしCBSテレビで報道されたドイツでの演説でオバマは、、、

「今夜、私は大統領候補としてではなく、一市民として、合衆国の誇りある市民として、そして世界の同胞の一市民として、お話します。」

と語ってドイツ訪問は選挙運動の一部ではないと強調した。この視察旅行は選挙運動だったの?それともそうではなかったの?どっちなのよ、はっきりしてよオバマさん!

July 27, 2008, 現時間 2:26 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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イラク新作戦「私は正しかった」とマケイン力強い演説

アメリカ内政 , イラク関係

ヨーロッパで選挙運動を繰り広げるオバマを傍目に、マケインは国内で次々と力強い演説を繰り返しているが、デンバーで行った演説では、これまでになく強い口調でオバマへの攻撃が含まれていた。下記はパワーラインで紹介された演説の翻訳。

オバマ議員も私も将来の総司令官として試される決断に直面しました。アメリカはこの試験に合格しました。私の判断もこの試験に受かったと信じます。しかしオバマ議員は失格しました。

私たちは二人とも政治的に無難な選択はなにかしらの撤退だと知っていました。すべての世論が『増派』は不人気だと示していました。多くの批評家や専門家や立法家たちが(増派に)反対し、軍隊を撤退させその結果を受け入れよと唱えていました。私は兵数を増やすことで援助される新しい対抵抗軍作戦を支持することを選択しました。これは私が2003年に始めてイラク訪問をした時以来唱えていた作戦です。多くの視察者が私の方針は大統領になる希望を閉ざしてしまうと言いました。私はアメリカが戦争に負けるくらいなら、選挙で負けたほうがましだと考えました。私の選択は政治的には懸命なやり方ではありませんでした。有権者の間では人気がありませんでした。これはすべての世論を無視するものでした。でもそんなことはどうでもよかったのです。私の愛するこの国がイラクで成功する最後のチャンスだったのです。新作戦がまさにそれだったのです。だから私は支持しました。今日、その新作戦の結果は明白です。増派は成功しました。そして私たちはやっとこの戦争に勝ちつつあるのです。

オバマ議員は別の選択をしました。議員は新作戦に反対したばかりでなく、新作戦の施行を阻止しようとしました。議員は敗北を唱えたばかりでなく、それを強制しようとしたのです。その企みが失敗すると今度は我が軍の失敗を予言し続けました。我が国の陸軍兵や海兵隊員がバグダッド市街地やアンバリの村々に侵攻していくなか、オバマ議員は我が軍の努力によって宗派間争いは良くなるどころか悪化すると予言したのです。

そして我が軍が敵との戦かっている中、オバマ議員は戦費を断ち切ろうとしたのです。彼は2007年5月、イラクとアフガニスタンにいる我が軍への緊急資金調達に反対した14人の上院議員の一人でした。.....

オバマ議員が戦地の兵士らへの資金を拒絶する票を入れた三週間後、レイ・オディエーノ将軍は増派最初の戦闘作戦を開始しました。オバマ議員はその一ヶ月後敗戦を宣言しました。『私の見解では増派はうまくいっておらず、8週間後も違った報告があるとは思えない。』彼の見解は当時人気がありました。でもこれほど間違った見解はありませんでした。

2007年の11月になると、増派の成功はすでに明白でした。同盟軍への攻撃は増派前に比べ60%も減っていたのです。アメリカ兵の犠牲者数も半分に減り、イラク市民の死者数も三分の二以上減りました。しかしオバマ議員はこの新しいニュースと元気づけられる事実を「実際は悪くなっている、悪い状況が起きる可能性がある」と言い無視しました。

もしオバマ議員の意見が通っていたなら、アメリカ軍は戦火のなか撤退を余儀なくされていたのです。イラク軍は崩壊していたでしょう。市民の犠牲者は劇的に急上昇していたでしょう。アルカエダは我々に協力し始めていたスンニ派のシークたちを殺し、「スンニの目覚め」は誕生と共に息の根を止められていたでしょう。アルカエダ戦士らは温床を獲得しイラク人や外国人戦士らを訓練しイラクを基盤としてイラク外のアメリカ人を攻撃してきたでしょう。内乱や人口浄化などが広まっていたことでしょう。

これらの結果、アメリカは屈辱を味わい弱められていたでしょう。我が軍は長年に渡る犠牲によって士気の落ちる敗北に苦しめられたでしょう。そして我が敵は世界中でより強くなっていたでしょう...

オバマ議員はアメリカの人々が聞きたいと思っていることを述べました。私は真実を語りました。

幸運なことにオバマ議員は失敗しました。私たちは生意気な失望を拒絶しました。(カカシ注:The audacity of hope 「生意気な希望」というオバマの著書をおちょくっている)私たちは正しかったのです。イラクでの暴力はこの長い間で最低のレベルに落ちました。これまで起きるはずがないと信じていた成功の兆しを見たオバマ議員は、自分は常に成功すると信じていたと嘘をつきました。

イラクでは私たちはすでに敗北の戸口に立っているのではなく、勝利への道を進んでいるのです。

オバマ議員は今週、今日こうなることが解っていたとしても増派には反対していたと述べました。後になって考えてみると失敗と成功の選択の機会を与えられた時、彼は失敗を選びました。そのようなことをする総司令官など、私には考えられません。

こうしてブッシュ政権の新作戦が実施されなかった時のことを羅列されると、いかにオバマという人間がアメリカ大統領になることが恐ろしい結果を生むかが理解できる。マケインは今後もこの線でどんどんオバマを攻撃してほしいものだ。

July 27, 2008, 現時間 12:05 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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July 25, 2008

オバマのイラクでの記者会見はやらせだった!

アメリカ内政 , イラク関係 , 狂ったメディア

主流メディアはオバマべったりだと前回も書いたが、それでもオバマを批判するジャーナリストが全く居ないという訳ではない。NBCのアンドレア・ミッチェルはオバマのイラクでの記者会見の模様はやらせで、本物ではないと語っている。

自らもイラクに滞在中のアンドレア・ミッチェルはNBCテレビの外交情報部門の部長だが、バラク・オバマのイラク及び中東訪問の際、オバマが記者団からの質問を避けているだけでなく、公開されている質疑応答はやらせだとさえ語っている。

ハードボールというテレビ番組で、司会のクリス・マシューとロジャー・サイモンがオバマのイラク訪問は良く受け止められており、オバマの選挙運動には有利になるだろうと語ったのを、ミッチェルは遮って驚くべき発言をした。

「情報操作という点について一言、言わせていただきます。オバマ議員はリポーター達と一緒ではありませんでした。同議員は記者団を設けていませんでしたし、アフガニスタンやイラクの現場で記者会見も開きませんでした。 我々が観ているものはアメリカから付き添った記者達ではありません。あなたがたが観ているのは軍によって質問され、撮影され、選択された映像で、なかにはやらせと言ってもいいインタビューも含まれています。なぜならこれらは記者からのインタビューではないからです。ですからここには報道に関する重大な問題が存在します。政治的には賢いやり方でしょう。でも私の記憶では大統領候補がこんなことをするのをこれまでに見たことがありません。」

ミッチェルによれば、軍からオバマにされた質問はフォローアップの突っ込みのない簡単なもので、あいまいな返事で済んでしまうようなものだったと批判している。カカシにいわせたら主流メディアのやり方と大した差はないと思うが、バリバリのリベラルリポーターのミッチェルでさえ腹を立てているということは、これはかなり問題な行為だったと言えるだろう。

カカシが思うに、ミッチェルが腹を立てている理由は質問が優しかったということより、プロの記者達がオバマに無視されたことにあるのだ。アメリカのジャーナリストたちはかなり左向きのリベラルだが、それ以上に自尊心が高いナルシストが多い。だから自分たちが無視されたり馬鹿にされたりするとものすごく怒る。ジャーナリストをおこらせると今までどれだけ支持を受けていようと手の平を返したように扱われるのだから、オバマも気をつけた方がいいかもしれない。

イラクから送られてきた映像のなかにはオバマ支持の黒人の兵隊たちの映っているものが多くあるが、これはアメリカ軍の全体的なムードを代表するものかどうかというマシューの質問に対してミッチェルは次のように答えた。

「なんとも言えません。なにしろその場に立ち会っていなかった記者としては何が編集されて削除されたのか、その、背後関係とかが解らないからです。それが問題なんです。我々は何を観ているのか解らないのです。」

何を観ているか解らない。それがオバマ選挙運動の実態なのかも。だが主流メディアがオバマのこうした不可思議な行動を批判して本当の報道をしてくれれば、有権者はオバマの正体を知ることが出来るはずである。そのためにはミッチェルのようにオバマの行動に疑問の声を上げ、もっと奥深く掘り下げる報道をしてくれるジャーナリストが必要だ。

July 25, 2008, 現時間 5:15 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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オバマ、イラク状況好転の言い訳に四苦八苦

アメリカ内政 , イラク関係 , 狂ったメディア

共和党の大統領候補のジョン・マケインから民主党候補のバラク・オバマはイラク戦争撤退を唱えている割には、状況が最悪だった2006年に一回訪問したきり状況が好転したイラクに訪れもせずに批判しているとさんざん批判されたことに応えてか、オバマ候補は先週二年ぶりに二度目のイラク及び中東の視察旅行を行った。

しかしオバマは行く先々で頓珍漢な発言や振る舞いをし、オバマべったりの主流メディアでさえ、ちょっと首をかしげている。パワーラインが紹介しているこのABCテレビでのインタビューから。

イラク状況の好転は主流メディアですらも無視できないほど劇的なもので、このニュースでもイラクでの暴力は80%も減っており、アメリカ軍の犠牲者に至っては去年の7月に比べて死傷者の数は78人から5人に減っていると語っている。驚くべきことに、ABCのインタビュアーの「こうなることが解っていたら、増派を支持していましたか?」という質問に対してオバマは「ノー」と応えたのである。

「いいえ、支持してませんよ。いいですか、これは非常に難しい問題です、、、後になっての視力は2.0です。私が完全に納得しているのは、当時政治的な討論を変えなければならなかったということです。何故ならブッシュ政権の見解に私は反対だったからです。」

つまり、アメリカが戦争に勝つかどうかということより、ブッシュ政権の政策の反対することのほうが大事だったというわけだ。国の安全を保つことより、大統領候補として現政権の行使する戦争に反対することで自分の支持者を集められるという政治的な攻略が優先したとオバマは認めているのである。

ここでインタビューが本来あるべき形のジャーナリストであれば、次のようなフォローアップをすべきであった。

『オバマ議員、ちょっと解らないんですが、あなたが増派を反対したのは、増派が成功しないと思ったからですか?(だとしたらマケイン議員は正しくてあなたは間違っていたことになります。)それとも、増派は成功すると思ったがブッシュ政権の方針だったので反対したのですか?(だとしたらあなたは不誠実だったことになりますが、、、』

どっちにしろ軍隊の総司令官になりたいと言ってる人間の発言としてはかなり問題のある発言だと思うが、そこはそこ、オバマべったりのメディアが突っ込んだりする訳は無いから、またもフリーパス。

NBCでのインタビューで、ブッシュ政権の増派作戦はうまくいっていると思うかという質問に大しても、オバマは、「(増派が)議論されていた当時から、二万も兵数を増派すればそれなりの効果を上げることは誰にでも解りきったことだった」と述べた。しかし議論当時のオバマはそんなことは一言もいっていない。

「二万程度の増派などしてみても暴力が減るとは思えません。それどころか逆の状態をもたらすでしょう。かえってすべての観察者が必要だと同意しているイラク政府による政治的な解決への圧力を弱めしまうでしょう。ですから私は断じてブッシュ大統領の提案に反対します。ブッシュ大統領がこの作戦が成功すると本気で信じていることは疑いませんが、私は大統領は間違っていると思います。」

だが「増派」は成功した。大統領は正しかった。そして大統領に対抵抗軍作戦(COIN)を強く勧めたマケイン議員も正しかった。アメリカメディアが公平ならオバマのこの過去の発言を持ち出してきて、

『でもオバマ議員、当時のあなたは「増派」は逆効果だといってたじゃありませんか?大統領は間違っているといってたじゃありませんか?今の状況をみてあなたの方が間違っていたことを認めますか?』

と問いつめるべきである。だがオバマべったりのメディアが突っ込んだりする訳は無いから、これもフリーパス。

しかし、主流メディアでも多少なりともジャーナリストの威厳を保とうとする人たちはいる。実はオバマのイラクでの記者会見はやらせだったと語る記者がいる。

次回へ続く。

July 25, 2008, 現時間 9:42 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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July 7, 2008

一般選挙に向けて中道を装うオバマ陣営、イラク撤退はどうなったのか?

アメリカ内政 , イラク関係

民主党の候補指名がほぼ獲得できたオバマは、一般選挙に向けてこれまでのリベラルなイメージを振り払い、中道派を気取る作戦を取り始めた。そのために先ず第一に取り組まなければならないのはイラク戦争。

これまでは、自分が大統領になった暁には何が何でも16ヶ月以内のアメリカ軍を全軍撤退させると息巻いていたオバマだが、最近になって彼の姿勢はもう少し柔軟なものになってきた。

オバマは先週の木曜日ノースダコタ州のファーゴにて記者会見を行った際、近々行われるオバマのイラク訪問のことが話題に上った。

「私は(イラク)滞在中に完全な分析をしたいと思っています。」「もっと詳しい情報を得ることが出来ることと、私の政策を洗練させることが出来ると確信しています。」

政策を洗練させることが出来るとはどういう意味なのか、共和党側はオバマが選挙に勝つためならどんな不本意なことでも公約すると攻め立てた

「手のひらを返したようなもんですよ。」と共和党政治評論家のアンジェラ・マックグローワン女史はフォックスニュースに語った。「彼は全国にアピールするために声音を変えているのです。他のことでもいくつか気が変わるでしょう。」

オバマが民主党の候補指名確実となったのも、オバマが民主党の極左翼に迎合してイラク戦争絶対反対の姿勢を取ってきたからだ。ヒラリー・クリントンはイラク戦争当初、イラク戦争の予算割当を支持する投票をしていたことから、オバマはそれを利用してヒラリーは純粋な反戦派ではないとして主張してきたきたのである。

民主党の予選では、オバマは何度もイラク戦争は2009年をもって終わりを告げると宣言してきた。それなのに、今更現場の将軍らの意見を聞いて政策を考え直すなどと言い始めたら、いままでの公約はなんだったのだということになってしまう。

マケイン陣営にそれを指摘されたオバマは、慌てて木曜日の午後に別の記者会見を開き、自分の早朝の発言の意味を説明した。

彼が自分の政策が「洗練された」ものになるといったのは、イラク撤退を考え直すという意味ではなかったと強調。単に現場の将軍からの情報を参考にしたいという意味だったと説明した。

「私の今朝の発言は明確ではなかったようです。」とオバマ。彼はマケイン陣営がことを混乱させたとし、「我々が政策を変えていないのにあたかも変えたかのように」マケイン陣営が「記者団を煽った」と責め立てた。

「私はキャンペーンを通じて、ずっとこの戦争ははじめから間違っていた、戦略的な過ちだらけだった、終わらせなければならないと主張してきました。」とオバマ。「私はまた撤退するに関して充分に気をつけなければならないとも言ってきました。私の立場は変わっていません。私は抜け道を探そうなどとは考えてもいません。」

といいながらオバマは、もしも現場からもっとゆっくりしたペースで撤退したほうが懸命だという意見が出た場合にはそれも考慮しなければならないなどと、また調子のいいことを言っている。

「現場での事実を考慮にいれなければ総司令官としての資格はありません。」

そう思うなら、何だっていままで現場の意見がどうあれ、なにがなんでも16ヶ月で撤退すると息巻いていたわけ?どうして最初から現場の様子をふまえた上で序所に撤退を考えたいと言わなかったの?現場の事情を見極めての撤退というなら、共和党候補のマケインと全く変わりはないではないか。

民主党候補が常に面する問題は、民主党の基盤があまりにも左翼よりになっているため、候補指名を得るまではかなり左翼でリベラルな発言をしなければならないこと。ところが指名を受けて一般選挙で国民全体に支持を仰ぐ場合には、極端な左翼の意見を言い続けているわけにはいかない。

しかしオバマのように突然政策を変えれば、票を得るために口先だけで信念がないと共和党ライバルから責め立てられる。もっとも民主党に有利なのは、このようなあきらなか180度の方向転換をしてみても、リベラルなメディアが味方になってくれるからその事実を指摘しないでくれるということだ。共和党が民主党の矛盾を一般有権者に解ってもらうためには、選挙運動で徹底的に民主党候補の矛盾を叩くしかない。何しろメディアは共和党の味方など絶対にしてくれないのだから。

もっともオバマの場合、まだ頭痛の種はある。それはヒラリー支持者がオバマに入れるくらいなら、マケインに入れるとか、投票などしないとだだをこねていることである。

今年11月に実施する米大統領選の本選で、民主党候補指名争いで敗れたヒラリー・クリントン上院議員の支持者が指名を確定させたオバマ上院議員に投票するとした比率が減少していることが最新世論調査結果で4日分かった。

調査はCNNとオピニオン・リサーチ社が共同実施した。クリントン議員が選挙戦からの撤退を宣言した6月7日以前の世論調査では、同議員支持者の60%がオバマ氏に一票を入れると回答。しかし、最新調査ではこの割合が54%に減っていた。

また、本選投票を棄権するとした比率は6月初旬の22%から約三分の一まで上昇した。

さらに民主党支持の登録済み有権者では、43%が依然、クリントン氏の指名を望んでいることも分かった。6月調査の35%より増え、逆にオバマ氏の指名を求める比率は59%から54%に下がった。

民主党候補指名争いで両議員は異例の接戦を展開。この激戦が党内にしこりを残し、本選で勝利するためには組織の結束を早急に固めるのが肝要との見方が民主党内では強まっていた。クリントン議員は敗北を認めた後、オバマ氏支援を打ち出したが、今回の世論調査結果はクリントン氏支持者の後遺症がまだ癒えていないことを見せ付けた格好だ。

また、今回の調査結果は、オバマ氏がクリントン氏を副大統領候補に指名することを待つ同氏支持者の心理を反映したとの分析もある。ただ、オバマ氏は今回の選挙戦で、従来のワシントン政治との決別を宣言しているだけに、前大統領夫人でもあったクリントン氏を副大統領候補に選ぶ可能性は少ないともみられている。

やれやれ一般選挙に向けての選挙運動は予選よりも苦労しそうだ。

July 7, 2008, 現時間 1:32 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 30, 2008

イラク、シーア派民兵マフディ軍の最期

イラク関係

ビル・ロジオによると、イランの飼い豚モクタダ・アル・サドル率いるシーア派武装集団マフディ軍はいま、壊滅状態にあるという。今年に入ってマフディ軍は上層部だけで2000人も失ったという。約1300人が命からがらイランへ逃げ出した。無論かれらのリーダーであるサドルはいまだにイランの特別部隊クォッド軍に守られてイランのクォムで幽閉状態にある。

イラク軍が指揮をとった先の三月から五月までのサドルシティでの戦いでは、サドル市内だけでなんと1000人以上のマフディ兵が戦死した。これはマフディ軍の発表だから実際にはもっと多いと思われる。これがバスラでは415人、ナジャフ、カーバラ、といった地域でも400人以上が殺されている。

そこでサドルは苦肉の策として、マフディ軍を150人から200人程度の小さなグループに区分けして、ゲリラ作戦に取り組むことにしたと発表した。

しかしイラク側のリポートによると、これは単なる言い訳で、多くのマフディ兵たちは殺されるのを恐れて一般市民の間に紛れ込んでしまったようだ。彼らが本気でアルカイダのようなテロ行為をこのまま続けて行くとは思えない。確かに少数の過激派たちは今後も路肩爆弾などを使ってテロ行為をするだろう。だが、ほとんどの下っ端は、地元でおとなしくしているはずである。彼らはアルカイダと違って宗教的な信念があるわけではなく、単に暴れたかった愚連隊にすぎないからだ。

一時期は10万という従者を集めてデモ行進をする勢いだったサドルだが、いまやイランの守られて外部から意味のない命令を下すだけと成り下がった。私はナジャフでの蜂起があった時点で、サドルは殺されるべきだったと考えていたが、結果的にはアメリカ軍に殺されるより、イラク人に見捨てられて外国で恥をさらして生き延びるほうがサドルにはお似合いの最期なのかもしれない。

June 30, 2008, 現時間 2:03 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 29, 2008

イスラエルの自殺願望、兵士の遺体と凶悪テロリストの交換に合意する愚かさ

イラク関係 , 中東問題

今年の3月にイラクはモスールで爆弾を積んだトラックをイラク軍駐屯所に乗り込み爆破させ、13人のイラク兵を殺し十数人に怪我を負わせた事件の犯人は、実は今年の初めキューバにあるアメリカ軍の捕虜収容所から釈放されたクエート人のアルカエダテロリストであることが解った。この男を英雄として描いたアルカイダのプロパガンダビデオが先日公開された。

戦争中の捕虜は普通の犯罪者ではない。個人的に彼らがどのような罪を犯したかということは大して問題ではない。彼らが味方に危険を及ぼした、もしくは及ぼす可能性がある以上、こちらは戦争が続く限り半永久的に彼らの身柄を拘留しておく必要がある。それを怠ると、上記のような悲劇が起きるのだ。

本日、イスラエルのYoni the Bloggerが紹介している記事によると、イスラエルは二年前にヒズボラのテロリストに誘拐された二人の兵士の身柄とパレスチナテロリスト5人の身柄を交換することに同意したという。しかしこの二人の兵士は誘拐された時点ですでに殺されたと思われており、今回の交渉中にそのことが確認されている。となれば、イスラエルは二つの遺体を取り戻すために5人の危険なテロリストを釈放するということになる。

オルメルト首相を筆頭とするイスラエル政府は自殺願望でもあるのか?

5人のヒズボラ捕虜のうちサミヤー・クンター(Samir Kuntar)は、イスラエル市民、ハラン家のメンバー三人を殺し警察官の一人を死に追いやっただけでなく、イスラエル軍のパイロットであるロン・アラッド兵の消息の鍵を握る最後の希望でもある。アラッドは1986年にレバノン上空で彼の乗る飛行機が墜落して以来、数種のテロリストグループに拘束されてきた。彼は最後にはイランに連れて行かれたものと思われてるが、その行方はもう何年も不明である。

そのような危険でしかも重要な情報を握るテロリストをたった二体の遺体と交換するというのはいったいどういう神経なのだ?こう言っちゃなんだが、家族には気の毒だがイスラエルにとって死体が帰ってきたって何のとくにもならないではないか。

私は特にヒズボラやアルカイダの奴らの暴力ぶりを今更責める気などない。人間の皮をかぶった動物など批難してみても意味がないからだ。しかしイスラエル政府はいったいなにを考えているのだ?なぜいままで一度も条約を守ったことも無くイスラエルが滅亡するまで戦い続けると豪語する敵と交渉などするのだ?いったいいつになったら魂のない動物と交渉などできないということがわかるのだ?

イスラエルはテロリストによって滅ぼされる前に、オルメルトという愚かで臆病な首相によって内側から腐ってしまうだろう。イスラエルの政治体制では少数党が多数党の首相に辞任を求めることも内閣を解散させることも出来ない。オルメルトは9月には辞任すると言っているが、リクード党が政権を握っている以上、他の誰が首相になってみても同じことだ。内閣を解散して総選挙でもしない限り、イスラエルの愚かな政策は変わらない。

イスラエルの未来のために今は神に祈るしかないのか?

June 29, 2008, 現時間 5:16 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 18, 2008

ハディーサ裁判、7人目の罪も棄却

イラク関係

2005年11月、イラクのハディーサで24人の一般市民を海兵隊が虐殺したとして8人が殺人や証拠隠蔽の罪に問われている所謂(いわゆる)ハディーサ裁判だが、この間の無罪判決に続いて今回罪に問われていた隊員としては一番位の高いジェフェリー・チェサーニ大佐の罪状も棄却された。これで罪に問われていた8人中7人の罪が棄却されるか無罪になるかしたことになる。

残るは過失致死に問われているフランク・ウーテリック隊長の裁判を残すのみとなった。(アップデート:2012年、最後に残った8人目の被告、フランク・ウーテリック一等兵曹(Staff Sgt.Frank Wuterich)がこの度「職務怠慢」の罪を認めることによりアメリカ軍人に対する最長の裁判の終幕となった。)

私はこのことについてはもう何度も書いてきたし、これ以上言うことはないのだが、ウーテリック隊長も無罪になってくれることを望む限りだ。ではここで去年掲載した『弁護士つきで戦争やるの?戦闘をいちいち戦犯扱いする米軍将軍たち』から退役軍人のハント大佐のエッセイから抜粋させてもらう。私が何を言うより今のアメリカ軍の実態が理解できるというものだ。

我が将軍たちは兵士を裏切っている、まただぜ!

おっと失礼、しかし読者諸君の注意を引く必要があったのだ。アフガニスタンにしろイラクにしろ、米陸軍は(リベラルメディアやビルクリントンや議会ではない)そうアメリカ合衆国の軍隊がだ、任務を遂行している兵士たちを起訴しているのだ。我輩は叫んだり、汚い言葉でののしってみたり、ユーモアをつかってみたりして抗議してきたが梨の礫だ。読者諸君は私を信じないか、気に留めてないかのどちらかなのだろう。

...特別部隊の有能な陸軍兵が彼らのチームと共にアフガニスタンでも10の指にはいるお尋ねものの居所をつきとめた。特別部隊の兵士たちは悪いやつらを捕らえて殺せという忌み嫌われている戦闘規則に従って爆弾つくりの専門家テロリストとそのリーダーを追い詰めていた。隊員たちは殺し屋たちを隠れ家まで付けていき、さまざまなトリックを使って悪者たちを穴から外へおびき出し、頭に銃弾を打ち込んでやった。

完璧な任務遂行だった。「ようやらはりましたな」とハイファイブして「休暇でももろうて、次の任務に備えておくれやす」とねぎらいの言葉もあらばこそ、陸軍がどうやって特別部隊の兵士らに感謝の意を表したかといえば、なんと彼らを戦犯の容疑で取調べをはじめ、弁護費に何千ドルという金を使わせたのである。

テロリストたちが最初に殺されたとき、陸軍は勇者中の勇者である彼らを二度も捜査した。しかしどちらの捜査も必要なかった。捜査の結果彼らは何も悪いことはしていない無実であることが判明したのだ。今やわれわれは何をするにもおっかなびっくり、政治的に正しくあることに神経質になりすぎて戦闘をまるで警察の射撃のように扱っている。この偉大なる国のほとんどの都市では警察官は銃を撃つたびに、かならず上から取り調べを受けることになっている。警察官は上司を信頼することができずに常におびえながら仕事をする状況にいい加減嫌気がさしている。しかし少なくとも彼らがいるのは一応平和な都市だ、戦場ではない。

我々の将軍たちは陸軍にしろ海兵隊にしろ、部下たちのことより自分らのキャリアと名声だけが先行している。海兵隊など隊員たちがテロリストを殺したこといってはやたらに起訴のしすぎだ。陸軍にいたっては、まったく陸軍では(味方による誤射によって死亡した)パット・ティルマンやアル・グレーブの醜態といった責任問題による軍法会議の件がある。

イラクでも同じようなものだ。陸軍は「ナム」でされた「おとり」を再発見した。これは弾薬だの爆発物の材料の一部だのを放置しておいて、それを盗みにきた敵を撃ち殺すという方法だ。我々は爆発性の銃弾をアルカエダ連中用に置いておいた。これを使えば銃のなかで爆発するしかけになっているのだ。ベトナム当時にも効果的だったように現在でも効果的なやりかただ。しかしなんと陸軍は任務を遂行しているだけの狙撃兵を裁判にかけているのである。戦闘規則はきちんと従われたにもかかわらず、わが将軍どもはここでも我らが兵士らよりも自分らのキャリアを先行させようとしているのだからあきれる。このような不信感は軍隊の根本を揺るがすものだ。このような行為は兵士らやその部下たちをためらわせる。こんな戦い方をしていて勝利は望めない。

我々はこういう将軍連中こそ、まずラミーの尻馬に乗ったということ、そして同じように重大なことだが、自分らの兵士らを信用していないという罪で、裁判にかけるべきだ。少なくとも既述の事件のように兵士を起訴して彼らの無実がはっきりした場合には起訴した将軍どもが豚箱送りになるべきだ。残念なことに、こうした裁判のあと、兵士らのキャリアのみならず人生は破壊されてしまう。弁護費にかかった莫大な借金の返済で首がまわらなくなる兵士らをよそに、起訴した将軍どもは昇格される。

彼らが指揮をとるはずの兵士たちはこんな将軍の面汚したちにはもったいない。我々は国として第二次世界大戦当初に何百人という高位将校らを職務不行き届きで首にしたマーシャルみたいなやつが必要だ。とっくにやめさえられるべき高位将軍が多くいる今こそ、マーシャルが必要なのだ。

アーメン!

ハディーサ事件:それぞれの思惑
疑わしきは罰するメディア その1
疑わしきは罰するメディア その2
ハディーサ疑惑: 怪しげな証言続く
眉唾なイラク米兵による悪事報道
ハディーサ事件次々に崩れる検察側の主張
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弁護士つきで戦争やるの?戦闘をいちいち戦犯扱いする米軍将軍たち
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最初の無罪! ハディーサ虐殺事件隠蔽はなかった!
ハディーサ最後の被告示談成立、殺人罪は棄却され職務怠慢のみ有罪

June 18, 2008, 現時間 8:03 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

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June 8, 2008

最初の無罪! ハディーサ虐殺事件隠蔽はなかった!

イラク関係 , 狂ったメディア

2005年のイラクはハディーサで、米海兵隊員が24人のイラク市民を虐殺したとされた事件で、その証拠を隠蔽した罪に問われていた海兵隊中尉が、今回この事件では初めての軍法会議ですべての件で無罪となった。

無罪になったのはアンドリュー・グレイソン中尉、27歳。グレイソン中尉は事件について虚偽の報告書を提出した罪、また捜査を妨害した罪などに問われていたが、そのすべての罪が無罪であるという判決が火曜日に出た。

この事件に関連して8人の米兵が殺人罪や隠蔽罪に問われていたが、すでに5人の罪が棄却されている。残っているのはフランク・ウートリック隊長と彼の上官のジェフェリー・チェサニ大佐の二人だ。

しかし、以前に裁判に起訴が却下されている別の兵士らの審査で、すでにこの殺人事件があったのかどうかかなり怪しいという意見が出されている以上、この二人の裁判もやはり完全無罪で終わる可能性は高い。事件そのものが起きていないのに、それに係わった人々が有罪というのもおかしな話だからだ。

私は最初からこの事件は眉唾だと主張してきた。だいたい目撃者という人たちがアメリカ軍に敵意を持つテロリストの仲間なのだから、そんな証言信用できるはずがない。問題なのはアメリカ軍の対応だ。敵の証言を信用して自分たちの有能な軍人らの証言を信用せず、勇敢に戦った海兵隊員たちをまるで罪人のように扱った米軍の罪は重い。戦争そのものがリベラルからの批判でかなり叩かれていたせいで、米軍は米兵の行動に神経質になっていたのはわかる。だが、イラクのようなところで信じられない逆境で戦争をしているわが国の勇者にたいして、もうすこし敬意ある姿勢を示して欲しかった。

事件が明らかになっていない時期から海兵隊員が大量殺人犯であるかのようにテレビのトークショーで語り、しかも隠避があったと大騒ぎしていたジョン・マーサ下院議員には即座に海兵隊員たちに土下座して謝ってもらいたい。

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June 8, 2008, 現時間 7:01 AM | コメント (0) | トラックバック (2)

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June 1, 2008

マケインの挑戦や過激な協会そして諦めないヒラリーと、頭痛の種がつきないオバマ

アメリカ内政 , イラク関係

ジョン・マケインのイラク訪問挑戦

先週はオバマにとっては全く頭の痛い一週間だった。先ずは共和党大統領候補のジョン・マケインがオバマがイラク戦争は失敗したと言い続ける理由は現場の状況を全く把握していないからだとオバマの勉強不足を批判。過去2年間に8回もイラク訪問をしているマケインに比べて、オバマがイラク訪問をしたのはたったの2回。しかも最後は2年近く前だったと指摘。マケインは自分と一緒にイラク訪問をして現地の様子を視察しようと挑戦した

マケインは最近オバマの経験不足や不勉強を指摘する作戦を取っているが、今回の挑戦は非常に賢いやり方だ。オバマは今回の選挙運動で、当初戦争を支持していたヒラリー・クリントンと自分の立場を対照的に見せるため自分がいかに最初からイラク戦争には反対だったかを強調してきた。そして現在のイラク情勢についても、イラクは完全に失敗したので即刻撤退すべきであると提唱してきた。だが自分がそれだけ興味がある問題であるにも関わらず最後のイラク訪問が2006年というのでは格好がつかない。

しかし、ここでマケインの挑戦を受けて、のこのことイラクへ出かけて行ってはマケインの言いなりになったと思われる。それにやたらに訪問して実際にイラク情勢が良くなっていることを目の当たりにしたら、そのことを認めないわけにはいかない。そうなったらイラク即刻撤退を主張することが困難になる。

かといって訪問しなければ、総司令官になろうという人間が自国の戦場を何年も訪問せずに正確な軍事政策が立てられるのかと、いつまでもマケインから叩かれる。オバマは非常に困った立場に置かれている。

過激な黒人協会との関係

ジェラマイアー・ライト牧師の人種差別的な過激なスピーチが注目を浴びて、長年の付き合いを切断しライト牧師を公に批判しなければならなくなったオバマだが、その危機がやっと去りかけたと思ったとたん、またまたオバマの所属するトリニティーユナイテッド協会で来賓のカトリック神父がヒラリーに対する侮辱的な発言をし、多くの白人有権者がオバマの優勢を嘆いて泣いているなどと非常に過激な説教を行い右翼のトークラジオなどで取りざたされた。

こうした問題が次から次へと出てくるため、オバマはついに20年来所属していた協会から脱会する旨を昨日発表した。今さら遅すぎる感もあるが、なぜオバマはこんな問題の多い協会にいままでしつこく在籍してきたのだろうか?20年間も在籍し、結婚式まで挙げてもらい、恩師として仰いできた神父のいる協会の方針を全く知らなかったとは言い訳にならない。大統領に立候補すると決めた時点で、この協会に所属していることが、いずれは問題になるとオバマが気がつかなかったというのも信じがたい。ではなぜもっと早く協会を脱会しなかったのか?

実はオバマには協会をやめられない理由があった。オバマはシカゴの政治家だ。オバマが代表する地区は2/3が黒人である。黒人として地元の有権者の支持を得るためには、自分が地元民の気持ちを理解できる地元の代表だと主張する必要がある。それには地元有力者の集まっている協会の支持を得ることは必要不可欠な条件なのだ。現にオバマは2000年に下院議員として立候補したとき、黒人の人権運動を長年してきた過激派のライバルに対抗して、黒人協会の支持を積極的に仰がず二対一で大敗した苦い経験がある。当時のライバルのボビィー・ラッシュは自分も牧師で過激な市民団体ブラックパンサーのメンバーだった。ラッシュの選挙運動はオバマのエリートぶりを強調し、「オバマは俺たちの仲間じゃない」というスローガンで押し通した。

こういう過去があるので、あまり早期から地元の過激派協会から距離を置けば、再び黒人票から見放され、民主党予選選挙で負ける可能性が多いにあった。だから今までオバマは協会を脱会できなかったのである。

しかし民主党候補指名がだいたい確保できた今となっては、一般選挙に向けて過激派とのつながりは絶たなければならない。それで今回の脱会宣言となったわけだ。かなり日和見主義だと思うが主流メディアがそれを指摘しないので、一般有権者がこのような態度をどう受け止めるか注目の価値ありだ。

諦めないヒラリー

民主党委員会は昨日ヒラリーがずっと主張していたフロリダとミシガンの代議員民主党大会参加を認める決断を下した。しかし、予備選挙の日にちを早めた罰として、正規の半数しか数えないことで結論が出た。

この結果、ヒラリーは代議員数を24票増加させたことになるが、それでもオバマより176票も劣り代議員数だけでは候補指名を得ることは出来ない。この際だから民主党のためにも早くヒラリーは敗北宣言をして撤退すべきだと考えるのが常識だ。

ではなぜヒラリーはいつまでも諦めないのか?

それはヒラリーは民主党のことより自分の政治生命のことしか考えていないからだ。

ヒラリーが民主党候補に指名される可能性は非常に少ないが全くないこともない。オバマの知名度が高くなるにつれて、今まで焦点の当てられなかったオバマの弱点がいくつも浮かび上がってきた。無論これがヒラリーの選挙マシーンの仕業であることは言うまでもない。8月の党大会までにオバマに関するスキャンダルがいくつも公になれば、代議員が足りなくても大会においてヒラリーはオバマでは一般選挙に勝てないから自分に入れてくれと主張することが出来る。それがうまくいくかどうかはわからないが、可能性がアル以上ヒラリーが諦めるわけはない。

しかし、実際にオバマが候補指名を受けた場合に備えて、ヒラリーはどうしてもオバマがマケインに負けるように仕掛けなければならない。何故ならオバマが勝った場合にはヒラリーが次に立候補できるのは8年後になってしまうからだ。オバマが負けてくれれば、「私を選んでいればマケインに勝てたのに、、」と言って4年後に立候補することが出来る。

だからヒラリーがここで諦める理由は全くないというわけだ。

頭の痛いオバマ

まったく一般選挙も始まってないというのに、こんなところでここまで苦戦するとはオバマも計算していなかっただろう。ま、手強いヒラリーが相手では仕方ない。

カカシとしては民主党の党大会、かなり楽しみだけどね。

June 1, 2008, 現時間 12:25 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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May 29, 2008

ホワイトハウス元報道官の裏切り暴露本にみる主流メディアの二重基準

アメリカ内政 , イラク関係

先日私は元国防次官のダグラス・ファイス氏著のイラク戦争前夜において、ブッシュ政権は戦争をするにあたり緻密な事前計画を立てていたという回顧録が主流メディアからそっぽを向かれているという話をした。メディアが氏の著書を取り上げない口実は特にニュース性がないからだ、ということになっているが、その際に、もしもこれがブッシュが無計画に戦争に突き進んだというような批判の回顧録なら主流メディアは競争で話題に取り上げるだろうとも書いたが、まさにその通りだった。

昨日ブッシュ米大統領の元報道官のスコット・マクレラン氏がブッシュ批判の暴露本を出版したが、もうすでにそのことが日本のメディアも含め、あちこちで取り上げている。

【ワシントン28日AFP=時事】当地の報道によると、ブッシュ米大統領の元報道官のスコット・マクレラン氏が、同大統領をコースを大きくそれて必要のないイラク戦争に突進していったなどと厳しく批判する書物を著した。

 27日発売の政治誌「ポリティカ」に掲載された新著の抜粋によると、かつてブッシュ大統領の側近だった同氏は、2005年のハリケーン、カトリーナの襲来の際のホワイトハウスの無様な対応も非難し、最初の1週間のほとんどを「ステート・オブ・ディナイアル」(都合の悪いことに目をつむる)状態で過ごしたと述べている。

 マクレラン氏はまた、「我が国の歴史上で最悪の災厄の一つが、ブッシュ政権の最大の災厄の一つとなった」と書き、ブッシュ大統領はイラクに対して率直で偏見のない気持ちを持たず、計画や事後の準備が不十分なままに戦争に向かって突き進んだと批判している。(強調はカカシ)

こんな話は当時からアメリカメディアが嫌というほど報道したもので、今更騒ぐほどの『ニュース性』があるとは思えない。それをアメリカの左巻き主流メディアがこぞって取り上げるのは、この著書の内容が自分たちの偏見を確認する内容であるからに他ならない。ニュース性や事実などとは完全に無関係なのだ。主流メディアの恥知らずなダブルスタンダード(二重基準)が丸見えである。

マクレラン氏の著書には特に新しい証拠があるわけではなく、イラク戦争にしても、ハリケーンカトリーナにしても、そしてCIA職員の身元漏洩とカール・ローブの件にしても、すべて左巻きメディアやブロガー達が書き綴った嘘八百を何の根拠もなく繰り返しているに過ぎないのだ。

マクレランは非常に無能な報道官であったため、短期ですぐに首になった。そのことを未だに逆恨みしているのか、でなければオバマが大統領になった暁にはオバマの報道官として雇ってもらおうと自己ピーアールをしているのか、なんにしても氏の動機はうさんくさい。

May 29, 2008, 現時間 7:35 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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May 25, 2008

存在していたイラク戦後処理作戦

イラク関係 , 対テロ戦争 , 狂ったメディア

2001年から2005年にかけて、ブッシュ政権の副防衛長官を勤めていたダグラス・フェイス氏が最近イラク戦争についての回顧録War and Decision(戦争と決断)を発表し、意外な事実を紹介している。

それは2003年の5月にブッシュ大統領が「主な戦闘は終わった。」と宣言した後のイラクの戦後処理作戦は詳細に渡って準備されていたというものだ。我々は戦後のテロリストの台頭やスンニ派による抵抗運動でアメリカ軍が長年苦戦したことから、ブッシュ大統領は戦後処理を全く考えずに何の計画もないまま浅はかに戦争に突入したような印象を持たされてきたが、実はそうではなかったというのである。

事実この回顧録についてインタビューをした記者たちも、皆フェイス氏の話に驚いたと語ったという。例えば、ブッシュ大統領は何が何でも戦争をやると最初から決めていて反戦の意見を聞こうとしなかったなどということは全くなかったという。事実はその反対で戦争をすることによる悪影響を深く追求した分析報告をしたのは誰あろうラムスフェルド防衛長官だったというのである。一般に穏健派で用心深いと言われていたコーリン・パウエル国務長官ではなかったというのだ。

私はまだ読んでいないのだが、著者自らがパワーラインで著書を紹介しているので本日はそれを紹介したいと思う。

ところで、余談だが、この本はイラク戦争に開戦までブッシュ政権がどのような決断をしたのかという過程が詳細によって綴られているというのに、アメリカの主流メディアはこぞって評論記事を載せることを拒絶している。彼らの言い訳は特に評論に値するようなニュース性がないからだ、というものだが、もしもこの著書の内容がブッシュ大統領があらゆる専門家アドバイスを無視して考えもなしにカウボーイ精神で安易に戦争を始めていた、などという内容だったら、どのメディアも競争で取り上げたに違いない。

イラクからの悪いニュースは毎日毎日第一面で報道しておきながら、イラク情勢が良くなってくると、イラクからのニュースはハタっと止まってしまった。サドルシティでのイラク軍の大成功すら過小評価して嫌々報道している。

11月の総選挙でも戦争が大事な要素になると大騒ぎをしていたメディアだが、今や戦争が起きてることすら信じられないほど、新聞の紙面はガソリンの値上がりや不動産のサブプライムローンの話ばかりで埋め尽くされている。戦争がうまくいっていないことがニュースだったなら、うまくいってきたらそれもニュースではないのか?

それはともかく、著者による著書紹介に話を戻そう。

防衛庁の民間職員たちがサダム政権崩壊後のイラク復興計画を全く建てていなかったという批判は正しくないと著者は語る。著者は国務庁の計画を防衛庁が拒否して破棄したという説がいかにまちがっているか、ラムスフェルドやアドバイザーたちが亡命中のアクメッド・チャラビに惑わされてチャラビをイラクの指導者として任命したなどという考えも完全に間違いだったことを著書のなかで説明している。

著書ではこれまで秘密にされていた、ラムスフェルド、パウエル、ライス、テネット、マイヤー将軍、チェイニー副大統領、そして大統領らが交換した書類から広域にわたって引用が掲載されている。著書のなかで数々の会議の様子が再現されているが、これは事後のインタビューなどで、当事者が都合良く覚えていた話をしてもらったものではなく、情勢進行中に会議に出席していた著者自らが記録にとっていたものをもとにしている。

著書において取り上げられている主なトピックとして著者は、911直後に対テロ戦争作戦がどのように立てられたかその経過を述べている。これは単に911の犯人を罰するのもならず、今後このようなテロを未然に防ぐためにどうすべきかが考慮された。

政権がサダム政権崩壊後に犯した多くの間違いや計算違いにも関わらず、911事件以後6年半のうちあのようなテロ攻撃が一度も起きていないということは、上記の作戦に多いに関係があるものと考える。

また、なぜイラク戦争をしたのかについて、著者は大統領を始め幹部の役人達がどのように理由付けをしたのか、なぜイラクが問題だったのか、我々はフセインが911に直接責任があったとは考えていなかったことなどを述べる。

またフェイス氏は著書のなかで、戦前の諜報についての問題点について、防衛庁とCIAとの対立は、実際にイラクとアルカエダが関係があったかどうかとか、CIAの情報が正確かどうかということではなく、防衛庁によるCIAの行き過ぎた政治活動への批判だったことなどを説明する。

そしてもちろん、この著書の一番重要な部分は、実際にサダム亡き後のイラク復興政策がどのようなものであったか、実際にきちんとした計画が立てられていた事実について詳細に渡って説明しているという点だ。

フェイス氏はイラク復興の計画は防衛庁がきちんと建てていたのに、それを遅らせたり変更させたりしたのは、国務庁のパウエル長官やアーミテージ副長官のほうだったのだと主張する。アメリカによる統治機関を短縮するためイラク政権になるべく早期に主権を移譲することなど、きちんと立てられていた計画を台無しにしたのは国務長のポール・ブレマーだったと言う。考えてみればイラク軍を解散してしまったのもブレマー氏の考えだった。

カカシはフェイス氏のラジオインタビューを聴いたが、非常に聞き苦しいのは、イラク戦争というアメリカにとっての大事な局面を迎えながら、アメリカ政権の内部では、防衛庁、国務省、中央諜報機関(CIA)による勢力争いが繰り広げられていたという点だ。お互いが自分らのメンツを最優先させて、どういう方法がイラク戦争と戦後の復興に一番良い方法であるのかという大事な点が二の次にされてしまったことは非常に残念だ。

無論フェイス氏は防衛庁の人間であるから、防衛庁はきちんとやろうとしていたのに、国務庁やCIAから邪魔されたと言いたいのは当たり前だろう。だからフェイス氏の言っていることを100%鵜呑みには出来ない。だが、大量破壊兵器発見の事実にしてもCIAはどれだけWMDであると確認できるものが発見されても、それをWMDであると認めたがらなかった事実や、戦争前はあれだけイラクとアルカエダの関係を主張しておきながら、いざブッシュ政権が戦争に踏み込むと、突然関係は無かったと言い出したり、国家機密を漏洩したりしてブッシュ政権に何かと逆らった事実を考慮に入れると、フェイス氏の言っていることはまんざら嘘ではないと思えるのである。

パウエル国務長官とラムスフェルド防衛長官が意見が合わなかったのはよく知られていることではあるが、ラムスフェルドの方がパウエルよりも用心深かったという事実は読者の皆様には意外なのではないだろうか。私は当時からの様子をかなり詳しく追ってきているので、ラムスフェルドの用心深さについては多少の知識があったからつもりだが、この事実は非常に興味深い。

ブッシュ大統領の一番の欠点は主流メディアが意図的に流した間違った情報を但ちに正そうとしなかったこと。CIAや国務省がなにかとブッシュ政権の政策を阻止しようとしたことにういて徹底的に抗議し制裁しなかったことだ。イラクでいくらも発見されたWMDについて、CIAの判断は間違っていると主張せずに、ブッシュ大統領は正しいと信じていたイラク戦争支持者を落胆さえたことだ。いくらブッシュ政権の政策が正しいと信じていた支持者でもブッシュ自身が弁護できない立場をいつまでも我々だけで弁護していくのは難しい。どこかでブッシュが後押しをしてくれなければ我々はどうすればいいのだ?

フェイス氏の著書が主流メディアのどこでも評論として取り上げないことでもわかるように、アメリカ左巻きメディアは徹底的に共和党政権を敵にまわしている。マケインはブッシュのこの間違いから学んで、徹底的に主流メディアの情報操作と立ち向かってほしいものだ。

May 25, 2008, 現時間 3:32 AM | コメント (0) | トラックバック (1)

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May 16, 2008

またまたオバマの失言、アフガニスタンでアラビア語の通訳が足りないって?

アメリカ内政 , イラク関係 , 対テロ戦争

私は何度もヒラリーが賢く見えるオバマの失言の話はここここなどで書いてきたが、今回もまたまたバラク・オバマがおかしなことを言った

ミズーリ州で選挙運動中のオバマはアフガニスタンの戦況がうまくいっていないことの理由として、アフガニスタンに充分なアラビア語通訳がいないことがあると語ったのである。下記はレッドステートから引用。

「特定の数の(通訳)しかいないのに、それが全員イラクにいってるので、アフガニスタンの我が軍は困っています。」とオバマは語った。もちろん事実はアフガニスタンではアラビア語ははなされておらず、通訳はほぼ100%地元市民が使われている...ことを考えると間違いを通りこしてお笑い草である。

オバマは続けて、「我々にはアフガニスタンに農業の専門家が必要です」と語った。「ヘロイン用の芥子ではなく、他の作物を生産できるように援助する人員が必要なのです。なぜならアフガニスタンの麻薬取引がテロリストネットワークの資金源となっているからです。ですから農業専門家が必要なのです。」

「でも専門家をすべてバグダッドへ送っていてはアフガニスタンに行く人がいません。」

イラクとアフガニスタンでは自然環境が違いすぎる。イラクの専門家をアフガニスタンに連れて行っても意味ないだろう。レッドステートはオバマの文化や産業の無知に加えて、アメリカ軍がひとつところに出動したら別の場所へは出動できないと思い込んでいる軍事的な無知さ加減にも呆れている。現状はアフガニスタン出動軍の規模はイラク戦争以前も以後も全く変化がないのである。次期大統領を目指そうという人がこんなことも知らないなんて信じられない。しかもアフガニスタンの状況は決して悪化していない。

以前から私はタリバンがアフガニスタンで春の総攻撃を予告しておきながら、冬の間にNATO軍にこてんぱんにやられて来た話はしているが、オバマはそうした事実すら知らないらしい。

でもカカシさん、アフガニスタンの状況はあまり話題にならないし、オバマが知らなくてもそれほどおかしくないんじゃありませんか、ブッシュ大統領だって以前にパキスタンのムシャラフ大統領の名前を思い出せなかったこともあることだし、、とおっしゃる読者もいるかもしれない。

だが、ブッシュがムシャラフの名前を知らなかったのは、パキスタンではクーデターが起きた直後で、しかもアメリカにとってパキスタンが大事な国になるという前触れが一切なかった時のことである。しかもそれまで当時のブッシュ大統領候補はパキスタンのパの字も語ったことが無かったのである。

それに引き換えオバマ上院議員は何度となくイラク撤退の理由としてアフガニスタンの状況をやたらに引き合いに出してきている。しかもオバマは上院議会でNATO監督の管轄権があるヨーロッパ委員会の会長なのである。これについては同じ民主党候補ライバルのヒラリー・クリントンが2月の討論会でこんな指摘をしているのである。

オハイオ州のクリーブランド市での討論会でヒラリー・クリントンは民主党候補ライバルのオバマに対して「NATOはアフガニスタンの任務に対して不可欠である」しかるにオバマ氏はアフガニスタンにおけるNATOの存在をどう強化するかについて一度も審議会を開いたことがないと批判した。

これに関してオバマは自分が委員会の会長に任命されたのは大統領選挙運動がはじまった2007年の初めだったと言い訳をした。つまりオバマは図らずも自分は選挙運動に忙しくて肝心の上院議員としての仕事を怠っていたと白状してしまったのである。

オバマのこの無知蒙昧な発言を聞いていると、NATO管理の立場に居ながら、オバマはアフガニスタンの治安維持はアメリカではなくNATO軍の管轄なのだということすら知らないのではないだろうかと疑いたくなる。

ところで現在イスラエル訪問中のブッシュ大統領の演説でおもしろいものがあった。それに対するオバマの反応が傑作なので是非それを次回紹介しよう。

May 16, 2008, 現時間 11:36 AM | コメント (8) | トラックバック (0)

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May 12, 2008

マフディ軍、ほぼ全面的に降伏だが、、NYTの不思議な報道

イラク関係 , 狂ったメディア

昨日ニュースでイラクで政府軍にこてんぱんにやられているイランの飼い豚モクタダ・アル・サドル率いるマフディ軍がやっと政府が要求していた停戦条件を受け入れたという記事を読んだのだが、マフディ側の報道官がノーリ・アル・マリキ首相が主張していた武装解除には応じないと言っていたことや、イラク政府側はいつでもサドル・シティへ攻め入れられると書かれていたことなどから、いったいどういう条件がまとまっての停戦なのかさっぱり理解できなかった。

今日になってニューヨークタイムスの記事を読んでみると、余計にわけが分からなくなった。アメリカの主流メディアを読む場合はかなり行間を読む技能を身につけておく必要がある。

この取り決めによって大事な地方選挙を数ヶ月に控え不人気な混乱状態から双方が後退できることとなった。どちらが勝ったのか明らかではなく、停戦までどれだけかかるのか、停戦をどれだけ保持できるのか定かではない。 しかし少なくともいまのところシーア間での戦闘は終わりを告げた。

この間までイラク政府がマフディ軍に押され気味だと言っていたニューヨークタイムスが「どちらが勝ったのか明らかではない」と言っているところをみるとイラク政府が勝ったと読むことができる。後の方の文章を読んでみよう。

合意条件の元でノーリ・アル・マリキ首相の政権は現在無法状態となっているサドル市の統括権利を獲得し、そのかわりサドル氏の民兵軍で直接戦いに参加していないメンバーを逮捕しないことが保証された。

停戦交渉を行う決断は双方がお互いに地盤を失っていると気がついたことから始まった。サドル市の市民は自分たちの被害について双方を責めている。

戦いが始まる前は、サドルシティはマフディ軍の連中が思うままに牛耳っていたのに、停戦後は政府軍が市を統括する権利があるというなら、どっちが勝ったのか明白ではないか。

だいたい戦闘をやっている双方が地盤を失うというのはどういう意味だ?お互い競り合って引き分けならお互いに土地を失うはずはない。どちらかが土地を失ったならどちらかがその分を獲得しているはず。この文章全く意味をなさない。

またサドルシティの住民はほぼみなマフディ軍の仲間かサドルの支持者のはずで、その住民が自分らの苦労の原因がマフディ軍にもあると責め始めたということは、住民によるマフディ軍への支持が減っているということになる。

この後もNYTはサドル派が政治的な支持を失い孤立してしまっていること、マリキ政権には他党からの支持があることを記載している。そしてマフディ軍がどれだけ痛手を負ったかということについても認めざる終えない。

シーア民兵たちも損失は上がる一方だ。彼らはより多くの犠牲者を出しており、戦闘に真っ先に巻き添えになる市民の死亡についても責任を問われている。木曜日からすでに30人以上が殺されている。(カカシ注:おなじみのビル・ロジオによるとマフディ軍は3月25日の戦いが始まって以来すでに合計562人を殺されている。)

NYTの複雑な書き方で混乱しないようにここで整理してみよう。

  • サドル市はマリキ政権の統治下となった。
  • 政府は戦闘に参加したマフディメンバーの逮捕は続行する。
  • マフディ軍は政府軍側より多くの犠牲者を出している。
  • マフディ軍はサドル市民からの支持を失いつつある。
  • サドル派は政治的に孤立し、マフディ取り締まりについて他党がマリキ政権を支持している。

これでもどっちが勝ったか明らかではないのは反米の主流メディアくらいだろう。

ここでさらにわかりやすくするために、ビル・ロジオに実際の停戦条件がどういうものだったのか説明してもらうことにしよう。

  • イラク政府とマフディ軍は4日休戦する。
  • 休戦後、イラク軍はサドル市に入り令状があるか、もしくはマフディ軍が中武器及び重武器(ロケット弾、ロケット、モーターなど)を所持している場合の逮捕を続行する。
  • マフディ軍とサドル派はイラク政府が警備統括をすることを認識し法の施行のため警備軍を運用させる権限を認める。
  • マフディ軍は国際ゾーンへのモーターやロケット攻撃などの一切の攻撃を止める。
  • マフディ軍はサドルシティ市内の路肩爆弾をすべて取り除く。
  • マフディ軍は「違法法廷」を閉鎖する。
  • イラク政府はサドルシティへの入り口を解放する。
  • イラク政府はサドルシティ住民への人道的救済を行う。

マフディ軍は武装解除には応じないと息巻いているが、イラクは危ない国なので一般人でも自動小銃やライフルの所持は合法とされている。だから中もしくは重武器の没収を認めるということは、事実上武装解除を認めるということになる。またこうした武器を持っている人間をイラク軍は令状無くして逮捕出来るのであれば、結果的にイラク軍はマフディ戦士の逮捕は自由に出来るということだ。イラク政府がサドルシティ住民への救済を行うという点は非常に重大だ。すでにサドルシティ市民はマフディ軍に今回の戦災を責めているなか、イラク政府が現れて市民への救済を始めたら市民はいったいどう感じるだろうか?一般市民にとって自分たちの生活を守ってくれる方こそ自分らの味方のはずである。マフディ軍がイラク政府にその役割を受け渡したということは自分他たちにその能力がないことを認めたことになる。

これでもどちらが勝ったか明らかではないかな、NYTさん?

さて、この先がNYTとビル・ロジオの間で食い違う点なのだが、ロジオによるとイラク政府はサドル派に停戦に応じるように圧力をかけたわけではなく、内部からの圧力によって停戦に合意する動きがあったのだという。ダワ党のアリ・アル・アディーブ氏は、「サドルシティ市内の市民からの圧力が彼らにもっと責任もった行動をさせたのです。」と語っている。

しかしNYTの記事ではイランからイラク政府に働きかけがあったと書かれている。

停戦条約の三人の関係者によると、イラク議会のシーア派メンバーが今月の初めイランを訪れた後、イランが引き分け状態にその影響力を及ぼしたとのことである。

カカシが思うに、イランにはイラク内政に影響を及ぼすような力はない。だいたいイランがイラクに影響を及ぼしたいならイランからイラクへ使者が送られてくるはずで、イラクからイランへシーアメンバーが訪問するというのは話が逆だ。

NYTはイラクのシーアメンバーがイランに対してサドル派に政府への抵抗を止めるよう説得して欲しいと嘆願に行ったと言いたいのだろうが、もしサドル派が勝っているならイランが何故イラク議会メンバーのそんな嘆願を聞く必要があるのだろうか?イランにとって民主主義のイラクなど目の上のたんこぶである。イラクがイランに同調するシーア派連中によって牛耳られればそれに超したことは無い。もしサドル派がイラクで勝利をおさめつつあるならば、イランがサドル派援助の手を緩める必要がないどころか、ここぞとばかりにサドル派援助を強化させるはずである。

ではイラクシーア派の使者たちはイラン政府に何を告げたのであろうか?

イラン政府は馬鹿ではない。もし正式にイラク政府と戦争をするとなれば背後にいるアメリカにイラン攻撃の正式な口実を与えることになるのは充分に了解している。イランは秘密裏にイラク内部の抵抗組織を援助してイラク政府の安定を崩しアメリカ軍に痛手を負わせたいだけなのだ。面と向かってイラク・アメリカ同盟軍と戦う意志もなければ能力もない。

となればイラクの使者がイラン政府に告げた内容は自ずと明白になる。もしカカシが壁の蠅ならこんな話を聞いただろう。

イラク使者「イランさん、あんさんがたイラン政府がサドル派をそそのかしてイラク政府に盾をつかせてるっつうのは周知の事実でござんす。表立っておやりじゃねえんで今のところアメリカさんは無視してやんすけどね。しかしこれ以上サドル派が抵抗を続けるなら、こちとらとしてもあんさんがたのやり方をおおっぴらにしねえわけにはいかねえんでござんす。そうなりゃアメリカさんも黙っていねえでしょう。あんさんらもアメリカさんと正面切っての戦はやべえはず。どうです、このへんで手を打ってサドル派を撤退させてはいかでやんすか?」

てな具合での説得というか脅迫が行われたと考える方が自然だろう。

こうやって読んでみると、今回の停戦条約の実態がかなり明らかになったと言える。それにしてもアメリカ主流メディアの新聞記事解読に要する技能は半端じゃないな。

May 12, 2008, 現時間 10:08 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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May 10, 2008

いつからレバノン政府にアメリカの後押しが付いたわけ?

イラク関係 , 中東問題 , 狂ったメディア

レバノンにおいて反政府側のシーア派と政府側のスンニ派との宗派間争いが続いている話は先日もした通りだが、それに関するアソシエートプレス(AP)の記事を読んでいて不思議な表現に気がついた。

イランに支持されたヒズボラとその仲間がベイルート政府のイスラム居住区を占拠し、その武力の強さを見せ、合衆国に支持された政府側と戦った。レバノンの1975-1990に起きた内乱以来最悪の事態となった。

ヒズボラはイランの工作員であり、イランから資金、人員、訓練を受けたイランの先鋭部隊である。しかしレバノン政府は民主的な選挙によって選ばれた正規の政府であり、アメリカとは無関係だ。レバノンの選挙にアメリカはなんら関与していない。

アメリカがレバノン政府を支持するとしたら、それは単にレバノン政府が正規な政府であると認めるということに過ぎず、それならフランスやイギリスも同じように現政府を独立国の正規政府として認めているのとなんら変わりはない。それなのに何故APは、あたかもレバノンがアメリカの統治下にあるかのような書き方をするのか。

その理由はレバノンのおける紛争はイラン対アメリカの代替え戦争だという印象を読者にもたせたいからだろう。イラクではイランの手先のモクタダ・アル・サドル率いるマフディ軍がイラク・アメリカ連合軍によってこてんぱんにされているので、無関係なレバノン紛争を持ち出してきて、イラクが収まってもレバノンではアメリカが押され気味だと言いたいのだろう。

そこまでしてアメリカの通信社がアメリカをこき下ろしたいというのも不思議でしょうがない。

May 10, 2008, 現時間 12:11 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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May 8, 2008

レバノンでも、シーア対スンニの宗派間争い

イラク関係 , 中東問題 , 対テロ戦争

シーア対スンニの宗派間争いといえば、イラクかと思うとそうではない。シリア系のシーア派ヒズボラがレバノンで地元スンニ派と熾烈な戦いを繰り広げている。

木曜日ベイルート市街地でシーアヒズボラはスンニ派レバノン政府軍によるシーア派武装解除に抵抗してロケット弾やマシンガンを使って応戦した。この戦いで4人が死亡、8人が負傷した。

スンニのリーダーであるサアード・ハリリはヒズボラの頭であるハサーン・ナスララに戦闘員を撤退させ「レバノンを地獄から救うよう」に呼びかけている。

今回の暴動のきっかけは、政府がヒズボラの取り締まりを強化すると発表し、その第一段階としてヒズボラ同士の交信ネットワークを違法と断定、ヒズボラとつながりがあるとされたベイルート空港の警備部長を交替させたことにある。

ナスララは全国放映のテレビ演説でヒズボラの交信ネットワークが2006年夏のイスラエルとの戦争の際に多いに役立ったとし、「対イスラエル・アメリカ抵抗運動への挑戦」だとして次のように宣言した。

「我々を逮捕しようとするものは我々が逮捕する。」「我々を撃つものは我々が撃つ、我々に上げられた腕は我々が切り落とす」

まったくいつもながらイスラム教過激派の言うことは勇ましい。やることはいつもお決まりの野蛮なテロ行為だが。

パレスチナでもイラクでもそうだが、中東で暴力沙汰が起きるたびに、常にイスラエルやアメリカが原因であるかのようにイスラム過激派は責任転嫁をするが、結局彼らのシーア対スンニという宗派争いに外部からの手助けなど必要ないのだ。彼らのぶつかるところ常に戦ありである。平和な宗教が聴いて呆れる。

とはいうものの、レバノンにおける宗派間争いにはシーア対スンニの勢力争いであることに違いはないが、その背後にはイランとサウジアラビアがいることも無視できない。

ヒズボラはシリア系のテロリストだが、その裏にイランがいることは周知の事実。イラクでサドルを使って宗派間争いを激化させようと色々工作をしているイランはレバノンでも同じようなことをやっているわけだ。

スンニ派のリーダーは近隣のスンニ派諸国に援助を訴えかけているが、サウジやエジプトは口は達者だが政府が直接介入することは先ずあり得ないだろう。ただしレバノンがシーア派国になるのはサウジやエジプトにとっても好ましいことではないので、対スンニテロ行為の資金援助くらいはしてくれるかもしれないが。

ヒズボラはいまのところベイルート空港を占拠しているが、レバノン政府軍は本格的な攻撃は始めていない。

May 8, 2008, 現時間 2:15 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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May 2, 2008

イラク軍シーア派民兵との戦い、壊滅状態のマフディ軍

イラク関係 , 狂ったメディア

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3月25日、イラクのノーリ・アルマリキ首相はバスラのサドル派民兵に向かって驚くべき抜き打ち攻撃をおこなった。そのあまりの抜き打ちさにマリキ首相は攻撃が始まって二日後になるまでアメリカ軍にシーア派退治を始めたことを知らせるのを忘れていたほどだ。

アメリカ軍はあわててイラク軍に追いつくべく近距離空援助や必要な後方援助を送り込んだ。当初はバスラの戦いはかなり危なっかしい状態に見えた。ケツの青いイラク軍の一隊など敵に圧倒されて退散するという一幕もあったが、マリキ首相は即座に援軍をおくりこんで開いた穴を塞いだ。バグダッドのスラム街であるサドル市で別の前線が展開されたが、そこではアメリカ軍が先導してマフディ民兵らに立ち向かい大勝利を得た。

熾烈な戦いが繰り広げられたが、イラク軍の指揮のもと、最終的にはアメリカ民主党がイラクが独立国として成立するに必要不可欠として挙げていた条件が満たされる結果となった。モクタダ・アル・サドル率いるシーア民兵に断固立ち向かうことによってシーア多数派はシーアだけでなくイラク全土を統治する資格があることを証明したのである。民兵軍をサドルが率いるとはいっても、サドルがイランに逃げ隠れしてからすでに一年近くなる。実際にサドルがどれだけマフディ軍に影響力をもっているのかかなり疑問だ。

一ヶ月以上になる戦いだが、マリキが賭けに勝ったことはかなり明らかになってきた。

  • サドル派はバスラをはじめ他の市や地区で完全に撤退状態で、サドル市では壊滅状態にある。
  • サドル派への攻撃によってマリキ首相をついに信用することにしたスンニ派のタリーク・アルハシーミ副大統領がスンニ派政党に政権に戻るように呼びかけた。
  • サドル自身は完全にその不能さをみせ、イラク政府に対して全面戦争の脅しをかけておきながら、マリキの騎士の突撃作戦の勢いが全く弱まらないのに腰を抜かして数日後には再び停戦を嘆願するという弱さをみせている。
  • マリキ首相は引き続き攻撃をすすめており、今や後片付けの段階にはいっている。イラク軍は兵站(へいたん)と近距離空軍の援助さえあれば独自に軍事作戦が行えるということを証明した。そして全党参加の政権統一も含め、アメリカの民主党がイラク政府に要求していたすべの条件が整いつつある。

その詳細を吟味してみよう。

ハシーミ副大統領の帰還非常に重要だ。スンニはイラク生誕に必要な半分の要素だからだ。

イラクの首相は日曜日、スンニの副大統領と会合しスンニ派政党をシーアが独占している政権に復帰させるべく話あった。一方バグダッドでは衝突と自爆攻撃で5人が死亡したと警察は発表した。(ミスター苺注:この二つのニュースにどういう関係があるってんだ? 「バラク・オバマとヒラリー・クリントンが弁論会をおこなった。一方アメリカ全土で47件の殺人事件がおきた。」なんて記事想像できるか?)

ノーリ・アル・マリキ首相とタリーク・アル・ハシミ氏との会合はスンニのリーダーであるハシミ氏が政治的ボイコットをおこなっていた(スンニ派政党)National Accordance Frontに政権に戻るように呼びかけた翌日におこなわれた。

アル・ハシミ氏はアル・マリキ氏のもっとも厳しい批評家で(首相は)シーア派贔屓をしていると非難していた。一方でマリキ首相は副大統領は重要な立法を妨害していると苦情を述べていた。しかしアル・ハシミ氏をはじめスンニのリーダーたちはアル・マリキ氏によるシーア民兵取り締まりにほだされた模様である。

これに対してサドルの衰退ぶりは見ていておかしい。まず4月19日現在の 強気のサドル

反米のシーア聖教師モクタダ・アル・サドル師はアメリカ・イラク軍による彼の従者への取り締まりが止まない限り、新しく挙兵すると脅した。

師はこれがイラク政府に対する最期の警告だとし、米国軍と協力するのを直ちにやめなければ「解放のため会戦する」と宣言した。

土曜日の声明はアル・サドルのウェッブサイトに掲載された。

7ヶ月にわたる停戦を解除するという警告はアルサドルのマフディ民兵軍とアメリカ・イラク軍がバグダッドのサドル市と南部のバスラで戦いを繰り広げる最中にされたものだ。

ノーリ・アルマリキ首相もまた、マフディ軍が解散しない限りサドル派は政治的に孤立するであろうと語った。

ところが数日後の4月26日になるとサドルは完全に尻尾を巻いて逃げ腰だ。

過激派聖教師のモクタダ・アル・サドル師は金曜日、流血を終わらせるよう呼びかけた。師は「会戦」の警告はアメリカ軍が指揮する外国軍のみにしたものであると説明し、従者への取り締まりを巡るイラク政府との正面きっての挑戦を取り下げた。

一方でノーリ・アル・マリキ首相はアル・サドルのマフディ民兵軍及び違法武装集団への厳しい取り締まりを強化し、武装解除を含む軍事行使中止の条件を整えた。

アル・サドルの新しい声明文は説教の中で述べられ、師のウェッブサイトに掲載された。これによって最近向上した警備体制を脅かす反米聖教師による8ヶ月近い停戦の解除は免れた。

「我が輩は警察や軍隊やマフディ軍の兄弟たちに呼びかける。流血を止めよ!」とアルサドルは声明の中で語った。「我々は正裁と安全を達成させる傍ら、あらゆるかたちの抵抗を支持すべきである。」

全体的にみてイラクの4月は民主主義にとって非常に良い月だったといえる。そして混乱と人命生け贄派のテロリストたちにとっては 悲劇的な月となった。このようなすばらしいニュースを主流メディアはどのように報道しているであろうか? 主流メディアがバスラやバグダッドでの戦いや南部でのマフディ軍の壊滅ぶりについてなんと説明しているかといえばこの通りだ。

イラクの米軍戦死者ここ7ヶ月で最高に

バグダッドで別々に起きた攻撃によりアメリカ兵5人が戦死、これで4月のアメリカ兵戦死者数は49人となり去年の9月以降で最高の死亡率となった。一人の兵士は乗っていた戦車が路肩爆弾に乗り上げ命を失った。二人目は小銃でうたれた傷が元で死亡したと水曜日、軍は発表している。どちらの事件も火曜日バグダッドの北西で起きた。

三人目は水曜日の早朝、首都北部の地区で徒歩パトロール中に爆弾にあたって死亡した。またバグダッド南部では路肩爆弾によって二人の米兵が死亡したと米軍は別々の声明で発表した。

米軍戦死者はサドル市やその他の地区ですでに一ヶ月以上おこなわれているシーア民兵と米・イラク軍との戦いが激化するにつれ増えている。

アソシエートプレス(AP)の合計によるとイラク戦争が2003年3月に始まって以来少なくとも4061人の米軍兵が戦死している。

「我々は、この戦いは厳しく、過激派と対抗する時期があり、これらの犯罪集団やアルカイダテロリストたちは復活しようするであろうことは、当初から言い続けてきました。」 と米軍報道官のケビン・バーガー少将はバグダッドで記者団に語った。

「ですから我が軍の犠牲や、イラク軍やイラク市民の犠牲はこの試練を反映するものであります。」バーガー少将はアメリカ兵の戦死者増加の背景に関する質問に対してこのように答えた。

アルカイダの数倍のイラク市民を殺害してきたイラクで最も暴虐的な犯罪グループであり、イラクの安全に一番障害を及ぼすシーア派民兵らとの戦いが、APにかかると単なる米軍戦死者数増加という記事になってしまうのだからひどい!

それだけではない。もっと質が悪いのは、APは報道官の声明文を文脈を無視してところどころ自分らに都合のいいところだけ引用することによって、あたかもシーア派民兵軍との戦いは敵側からもちかけられたような印象をあたえていることだ。まるでサドル派が「復活しようと」抵抗力のないアメリカ軍兵を殺し始めたかのような書き方なのだ。APの記者たちは自分らが戦闘テンポに無知なあまり現実とは正反対のことを報道していることに気がついているのだろうか?記者たちは民主主義の軍隊がテロリストに戦いを挑めばこちらの犠牲者が増えるという事実など考えも及ばないようだ。

ところで戦死者数といえば、これまで発表された数によれば4月中に戦死した英米味方側の戦死者数は45人だが、敵側マフディ軍はなんと400人から1000人を失っている。戦死率は15:1の割合で敵側が圧倒的な打撃を受けていることになる。ペンタゴンは戦死者数を発表したがらないが、これは味方側の圧勝ではないか!

もっとも2008年4月の戦死者数にこだわってるAPは、2007年9月の戦死者数を明らかにしていない。多分それは去年9月の数を発表してしまうといわゆる「増派」が成功したことを証明してしまうからだろう。

では9月の同盟軍戦死者数はどうだったのかというと、Iraq Coalition Casuality Countによると69人だった。(一日平均2.3人)つまり今年4月の戦死者数は去年の9月に比べて2/3に減っているのだ。そして去年の9月といえばすでに対抵抗軍作戦が中盤にはいり味方側の戦死者数が大幅に減少の傾向にあった時期である。2007年5月のピーク時では131人の戦死者が出た(一日平均4.23人)それに比べたら今年4月の戦死者はこちら側からの攻撃を行っているにも関わらず1/3に減っているのである。

iCasualitiesによれば4月のイラク市民の犠牲者数は565人とある。2007年9月の数は752人だったが、2007年の2月は2864人だった。これに比べたら2008年4月の死者数はたったの去年2月の22%にしか満たない。普通、市民の死亡率が78%も減ったら味方側による市民の安全保障作戦はうまくいっていると判断するのが妥当だ。しかしアメリカの主流メディアは市民の犠牲者数が78%も減ったというすばらしい事実は報道せず、味方軍の戦死者数が多少増えたことを強調するしか脳がないんだからしょうがない。

こんな戦争ジャーナリストなんて必要あるのかね。

May 2, 2008, 現時間 5:27 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 12, 2008

バスラのイラク軍作戦、マリキ首相の成功を認めない主流メディア

イラク関係 , 狂ったメディア

本日は昨日のイラク情勢好転に主流メディアの情報操作は続くに引き続いて、バスラで行われているイラク軍によるシーア取り締まり攻撃について、マリキ首相のこれまでの功績をみてみよう。

下記は例によってビル・ロジオから:

停戦後、イラク軍はバスラに援軍を出動させると発表し、翌日にはKhour al ZubairとUmm Qasrpushedの港に軍を送り込んだ。以来、バスラ内部ではイラク特別部隊と特別警察隊によるいくつかの手入れが行われている。その間イラク軍の一旅団は4月2日までマフディ軍の本拠地だった真髄に進行した。そしてサドルが停戦を呼びかけた二日後にはイラク政府はサドル市及びバグダッド内のシーア居住区に戒厳令を引くことに成功した。

マリキの共同政府はこの作戦に反抗は見せなかった。イラク政府の反対派がバスラ作戦に抗議して緊急議会を開いたところ、275人の議員のうち参加者はたったの54人だったと AFPは報道している。出席したのはモクタダ・アルサドルの党派とシーアファディラ党、世俗主義イラクナショナルリスト、the Sunni National Dialogue Councilといった零細党だけで、イラクの最大政党であるシーアイラク連盟(Shiite United Iraqi Alliance)とクルド連盟(Kurdish Alliance)の姿はみられなかった。イラク議会の主力な党派が緊急議会を無視したことはマリキ政権が危機に瀕していないということであり、政治的に大きな意味を持つ。

10日間の攻撃停止期間は民兵軍に武器解除をし降参する猶予を与える目的でされたものだ。しかしイランから訓練を受け、イランから直接命令を得ているマフディ軍JAMの一部は未だに戦闘をあきらめていないため、イラク軍による「騎士の突撃作戦」は続けられている。

ところで主流メディアがサドルが勝った証拠としてあげていたことのひとつに、サドルの従者たちはサドルの命令にちゃんと従っているということがあった。しかし現状を見ていると、サドルがいかにその影響力を失っているかが顕著となっている。実際にイラク軍に対抗して戦っているJAMのメンバーはサドルから命令を受けているというより、イランのクォド特別部隊から直接命令を受けていると言っていい。

新しいイラク軍がバスラに到着しはじめアメリカとイギリス軍がイラク軍の援軍として準備をはじめるなか、イランのクォド隊から命令を受けたサドルはマフディ軍に市街地から撤退するよう命令をくだした。サドルは攻撃停止を含む9条に渡る交換条件を要求したが、マリキはそれを拒絶。イラク・アメリカ連合軍はバスラ侵攻を続行しシーア民兵軍に対し、焦点をしぼったピンポイント攻撃を続けている。バスラでの6日間の戦いだけでも、すでに200人以上のマフディ軍戦闘員が殺され、700人が負傷、300人が捕獲されている。

サドルの撤退しろ抵抗するなという命令とやらはあんまり効果がないらしく、マフディ軍の一部は一向に戦いをあきらめる様子を見せていない。しかし戦えば戦うほど奴らは追いつめられていく。どこにも居何処のなくなった奴らはイランに帰るしか道はなくなるだろう。

主流メディアはこれまでマリキが政治的な進歩を遂げていないといって批判してきた。しかし、マリキが政治的な見解の違いを乗り越えてクルドとスンニに手をのばし、その協力を得られた今となっては、主流メディアはマリキの功績をほめたたえるかといえば、無論その答えは否である。マリキの努力の成果を評価するどころか、マリキには近視眼的な汚い動機があると批判する。イラクは10月1日に全国選挙を予定しているが、マリキの所属するダワ党は石油資源の豊かなバスラや宗教的中心であるナジャフやカルバラで苦戦が期待されている。

バスラ攻撃の成功はマリキのダワ党と彼の味方であるイスラム最高評議会(the Supreme Islamic Iraqi Council, SIIC)が選挙で成功する確率を引き上げるはずだった。SIICのバーダー旅団(Badr Brigade)はマフディ軍の宿敵である。

ノーリ・アル・マリキはもともとモクタダ・アルサドルの後押しによって首相となった人である。ダワ党といえば歴史的にサドルのマフディ軍である JAMの味方でありバーダー旅団とはライバル関係にあった。(バーダー旅団は民兵軍というイメージを脱ぎ払うために、最近はバーダー組織と改名した。)

そのマリキが従来のライバルであったSIIC従属のバーダーのライバルであり自分の所属するダワ党の元スポンサーであるマフディ軍を攻めることが、いったいどうやってダワ党への票集めにつながるというのだ? ま、降参降参といって逃げまどっているサドルが大勝利をとげたと平気で言えるAPだから、こういう不思議な理屈も成り立つのかもしれないが。こんな理屈にだまされるのはリベラルくらいだろう。

マリキ首相並びにイラク政府はさらに マフディ軍を孤立させるべく、10月の選挙にはサドル派を参加させない意向だ。 マリキ首相はサドルがマフディ軍を解散しない限り、サドル派の政治参加は許可しないと発表した。これに対してサドルの報道官はナジャフのシスタニ大教祖に相談すると語っていたが、シスタニ自体はサドルから相談を受けた覚えはないとしながら、マフディ軍は解散すべきだという意志を表明している。

となってくるとサドル派はかなり苦しい立場に追い込まれたことになる。マフディ軍を解散してしまえば、サドル派は単なる弱小政党に成り果てる。しかし解散しなければ政治力のないただの民兵軍に成り下がってしまう。そうなればマリキの力はさらに増幅しマフディ軍はマリキによって完全に抹消されてしまうだろう。マフディ軍はいってみればイラン版のイラクのアルカイダとなってしまうのだ。

しかしこの後に及んでも主流メディアはまだバスラの戦いではモクタダ・アルサドルが大勝利を納め、マリキ首相は政治的に滅ぼされたと言い張っている。

どうしてもイラク情勢の好転を認めたくない主流メディアは日に日にそのうろたえぶりがひどくなるようだ。

April 12, 2008, 現時間 1:56 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 9, 2008

イラク情勢好転に主流メディアの情報操作は続く

イラク関係 , 狂ったメディア

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イラク情勢に関しては主流メディアに真実を頼ることは完全に無理だ。アメリカの主流メディアも、そしてそれを誠実にコピペしまくる日本メディアも含めて、まるでかつてのバグダッドボブのように、アメリカは負けているイラク政府は混乱状態というニュース以外は流したがらない。しかし中国の大本営放送のように情報操作に余念のない主流メディアでも時々間違って真実を報道してしまうことがある。

この間からお話しているように、バスラのイラク軍によるシーア民兵退治作戦「騎士の突撃作戦」ではノーリ・アル・マリキ首相が大成功を収めているが、それに付け加えてマリキ首相はこれまで対立していたクルド派やスンニ派の支持も得ることができた。APが嫌々ながら報道しているこの記事 によると、、、

ノーリ・アルマリキ首相の弱まるシーア派民兵への取り締まりは、スンニアラブとクルド党から支持を勝ち取った。両党とも強力な民兵ともろいイラク政府の失敗による悪影響を恐れてのことであった。

双方の共通目的がイラクの政治的溝を埋める橋渡しになりそうだ。

クルド自治区の首領であるマスード・バールザニ(Massoud Barzani)は反米聖教師のモクタダアルサドルのマフディ軍との戦いにクルド軍を派遣すると提案した。

もっと意味があるのはスンニアラブのタリーク・アルハシミ副大統領がクルド人のジャラル・タラバニ大統領の声明文を承認しクルドおよびシーアの副大統領アディル・アブドール・マフディとともに石油資源の豊かなバスラにおける民兵退治を支持する意志を表明した。

この間も紹介したが主流メディアはマリキがマフディ民兵軍(またの名をJaish al Mahdi、または JAM)退治に他党との協力を得られていないと批判していた。確かにハシミ副大統領とマリキ首相は馬が合わないライバルではある。そんなそのハシミ氏が主流メディアがいうように「失敗が鮮明」になった作戦を応援したりするだろうか? はっきりいってアラブ人はダークホースを応援するような民族ではない。明かにマリキを勝ち馬と見たから応援する気になったのだ。

もちろんAPニュースはとにかくバスラはイラク軍の大敗だという主張を続けている。

バスラの「無法者」や「犯罪者集団」を対象に行われた取り締まりは激しい抵抗と政府軍の不満分子などに面して行き詰まりをみせている。先週の日曜日、アルサドルが戦いをやめるように民兵たちに呼びかけて以来、主な戦闘はおさまっている。

しかしアルマリキはバグダッドにあるマフディ軍の本拠地への取り締まりも続けると強気の口調を弱めていない。しかしアルサドルが復習をほのめかすと、マリキ首相は若い聖教師の従者を対象とした取り締まりや手入れを中止した。

なんで敵が降参を唱えている戦いが行き詰まっているなんてことになるのだ?お決まりの「泥沼」といわないだけましかもしれないが。確かにマリキは民兵軍攻撃を一時停止すると発表したが、それはサドルの復讐を恐れたからなどではない。そんなことが恐かったら最初から民兵の取り締まりなど始めるわけがないし、一旦JAMが予想以上に強いと分かった時点で戦いをやめているはずだ。しかしマリキは戦いをやめるどころか攻撃を激化させ、援軍まで呼んで戦い続行している。マリキは民兵軍が武装解除をして降参する時間を与えるために一時攻撃は停止すると発表したに過ぎないのだ。バスラをパトロールしているのはいまやマフディ軍ではなくイラク軍なのだということを忘れてはならない。

マリキの成功はまだまだあるのだが、今日は時間がないので詳細は次回に続く。

April 9, 2008, 現時間 10:42 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

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April 4, 2008

イラク情勢:サドル対マリキ、バスラの戦いに勝ったのはどちら?

イラク関係 , 狂ったメディア

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先日もお話したように、イラクのバスラとバグダッドにおいて、イランの飼い豚モクタダ・アルサドル率いるシーア武装集団マフディ軍を撲滅すべくイラク軍による激しい攻撃作戦「騎士の突撃作戦」が行われている。マフディ軍がこれ以上は抵抗はしないと停戦交渉を求めてきたことから、一応この作戦は峠を超えたといえる。

しかし、本来ならばマリキ首相の大手柄としてイラク軍の大勝利が讃えられてもいいような結末であるにも拘らず、アメリカの主流メディアはなんとかしてこれをサドル派の勝利だと印象づけたいらしく日夜情報操作に余念がない。だが、反戦派の左翼メディアがサドルの勝利を唱えるのは分かるとしても、右翼側のメディアですらマリキ首相の勝利を認めたがらないのだから不思議である。

保守系人気ブログのパワーラインカウンターテロリズムブログ(Counterterrorism Blog) はこれだけ勝利がはっきりしている戦いなのに未だに「で、どちらが勝ったのか」と問いかけている。何もかもすぐに信じないのは良い性格かもしれないが疑い深いのもここまでくるとちょっと考えものである。

軍事知識豊富なブロガーオースティン・ベイ大佐(Col. Austin Bay)ビル・ロジオ(Bill Roggio)を読んでいれば、どちらが勝ったのか明白であるのに、、、

勝者は停戦を提案したりしない

まず最初に普通軍事戦闘において、最初に停戦提案を声高にした方が負けてる方だというのは常識。勝ってる方が勝利を目前にして停戦なんかする必要はない。相手を押しまくって完全勝利を得るまで戦うのが筋である。

現在の「騎士の突撃作戦」(Operation Knights' Charge)においてサドルが勝ったといってる方も、マリキが勝ったといってるほうも、停戦提案を最初から何度もしているのはサドルの方だという事実では同意している。サドル勝利説側はサドルの勝利を証明するものとしてサドルが停戦条件として出した数々の提案をあげている。例えば捕虜となったマフディ戦士でまだ裁判で有罪になっていない者を釈放することなどその一つだ。しかし停戦条件が成立するためには相手側がそれに応じなければならない。ところが主流メディアにしてもブロガーたちにしても誰一人としてマリキがそんな条件を飲んだと主張するものはないのである。それなのにマフディ軍はバスラから撤退してしまったのだ

昨日のタイムマガジンの記事など、サドルの停戦条件を羅列しておきながらマリキの反応については全く無言である。(下記は要約のみ)

シーア派政治家の代表使者と会見して停戦について話し合った際、サドルの主な要求の一つはサドルの戦闘員たちを恩赦法によって釈放することであった。 これはサドルの従者たちのなかで叔父や兄弟たちが拘束され、スンニ派抵抗軍が親切な地元市民から補助金をもらっているのにもかかわらず、自分達は増派によって不公平な扱いを受けていると感じて不満をもっているものへのご機嫌取りといえる。腕のいい政治家ならだれでもするように、サドルは従者に自分も施し物をすることが出来ると証明しなければならない。そのために戦争をしなければならなくても。

しかし記事はここで終わってしまう!マリキがこの要求を飲んだという証拠を少しでも握っていたらに著者のチャールズ・クレイン記者がそれを無視するはずがない。それどころか最初に大々的に太文字で「マリキ、サドルの要求を全面受諾!」とかなんとか書きまくるに違いない。特に「モクタダ・アルサドルはいかにしてバスラの勝利をものにしたのか」なんて見出しのついている記事ならなおさらである。

勝者が領土を制覇する

どちらが勝っているかを見極める方法として、戦闘が終わった時点で戦闘前と比べて双方がどの地点にいるかということが上げられる。バスラの戦闘が始まった時、イギリス軍のやわなやり方のおかげでマフディ軍がバスラを統括していたということは誰もが認めている。 マフディ民兵は町をパトロールし、市民を恐喝して脅かし、気に入らない市民を好き勝手に誘拐し、大っぴらに武器をふりかざして歩き回り、大集会を開いたりしていた。空港や港や油田を制覇していたのもマフディである。

今日、バスラをパトロールしているのはイラク軍である。 これも誰もが認めることであるが、マフディ軍は戦闘員を市街地から引き上げさせ、今やバスラ市をコントロールすることが出来なくなった。インターナショナルヘラルドトリビューンによれば(International Herald Tribune):

バスラ中央のハヤニヤ地区に十何台で乗り入れたイラク兵たちは、これといった抵抗に会わなかった。ここはつい先週までアル・サドルのマフディ戦士たちと激しい戦いが繰り広げられた場所である。

兵士らは関門を設置し数軒の家を捜索し2〜3時間後には立ち去ったと目撃者たちは語った。

ビル・ロジオによるとこうである。

サドルが全面的停戦宣言をしてからはバスラにおいても南部においてもマフディ軍への攻撃はその激しさは衰えたが、イラク警備隊による作戦はそのまま継続されている。今日イラク軍はマフディ軍が生息するバスラ中央部のハヤニヤ地区を行進した。4月1日に、ヒラー特別武器兵法部隊はバスラにおいて20人の「武器運搬人」を逮捕した。3月31日、イラク特別部隊はマフディ軍が選挙していたバスラの学校での手入れ捜査中に14人の「犯罪者」を殺害した。

イラク軍当局によると、イラク警備隊はバスラ掃蕩を続けている。日曜日の記者会見においてアブドゥール・アジーズ少将はバスラ、ナジュビャ、アルマーキル(Basra, Najubya, Al Ma’qil, Al Ashshar Wazuber and Garmat Ali)その他の数地区は掃蕩されたとし、この作戦は今後も継続されると発表した。「我が軍は特定の地区内及び他の地区の掃蕩に成功している」と少将。「本日よりそのほかの場所において手配中の人物や犯罪者や未だに武器を所持しているものたちの取り締まりをはじめる...」

イラク軍はまた4月1日にバスラ地区の港、Khour al Zubair と Umm Qasrに隊を出動させた。イラク軍はこれまで頻繁な犯罪行為をしているとされていた施設の警備員たちから警備の役割をとって代わることとなった。

明らかに戦闘後の状態はイラク軍にとってずっと良い状況になっている。それに対してマフディ軍の立場は悲惨なものである。この状況だけをとってみてもどちらが勝ったかは明白なはずだ。

勝者が戦後処理の音頭をとる

どちらが勝ったかを見極めるもう一つの方法として、戦闘後の作戦の音頭をどちらがとっているのかということがあげられる。これにおいても議論の余地はない。マフディ軍が市街地に拡散し隠れている間、イラク軍は掃蕩作戦を継続している。イラク軍はマフディ戦闘員の隠れ家を次々に家宅捜査し、民兵たちを逮捕し、地域平定し、地域制覇のための援軍も呼び込んでいる。

勝者の死傷者は敗者より少ない

死傷者の数だけではどちらが勝ったかの決め手にはならないが、他のことと合わせれば、これは非常に大きな手がかりとなる。何百人というマフディ戦闘員が殺され何百というメンバーが捕虜にとられた。サドル勝利説側の誰もイラク軍がそのよう多大な損害を受けたと主張していない。

ビル・ロジオによれば、戦闘のはじまった3月25日からアメリカとイラクのメディアで非公式に集められた数は、571人のマフディ戦闘員が戦死、881人が負傷、490人が捕虜、他に30人以上が降参したとある。

公式発表を使っているオースティン・ベイ大佐は、イラク内務省の報道官によればサドルの民兵軍は215人の戦死者を出し155人が逮捕され600人が負傷したとある。公式発表は常に保守的な見方をするのでメディアの集計より少ないのは当然だろう。

ベイ大佐は、公式発表が正しいとすれば、少なくとも二千人というサドルの民兵たちが散り散りになってしまったことになるという。

ベイ大佐の2000人の戦闘員という数が正しいとすると、サドルは今回の戦闘ですくなくとも18.5%の戦闘員を失ったことになる。非公式のロジオの数を計算にいれると多く見積もってなんと53%の損失だ!南部の18%を入れた合計48%の損失とは軍隊としては致命的な損害である。これでは今後新しいメンバーを募集するのも難かしいだろう。

エリートメディアによる勝利を敗北と結論付ける方法

これだけ明白なマリキのイラク軍勝利をサドル勝利説側はどうやって説明するのであろうか?その答えは簡単だ。現場の現実を完全無視し、マリキは政治的に多大なる打撃を受けた、なぜならイラク軍はサドルを殺すことができなかった、イラク軍は数時間でマフディ軍を撲滅できなかった、イラク軍は、、、、と繰り返せばいいのだ。

タイムマガジンによれば、サドルがいまだに息を吸っていて、奴の命令を聞く従者が多少残っているというだけで、マリキは大敗北したという十分な根拠となるらしい。

アメリカ軍の多くの兵士や将校たちからはマフディ軍はばらばらな戦闘員と犯罪者のより集めのように見られている。しかしバスラ戦闘の終結が見せたものはサドルが命令すれば民兵たちはそれに従うということである。

サドルの指導力はマリキ首相のそれとは対照的である。マリキ首相は警備の役人たちと南のバスラへ出向き作戦を自ら監視した。数日におよぶ激しい戦闘の末、マリキ首相は先に発表した民兵たちの降参、および武器の買い取りの期限を延期した。しかし停戦の条件として民兵たちは武器所持の権利を明確に主張した。停戦が交渉なしで行われるというマリキの発表そのものがサドルではなく、軍事的政治的同盟を維持できないマリキの弱さを暴露する結果となった。

そうかああ〜?イラク国内のスンニ、クルド、サドルシンパのシーアなどからの抗議にもかかわらず、マリキは戦いを継続している。イラク軍は今日もサドルへの攻撃を止めていない。それなのにタイムマガジンのクレーン記者はサドルが停戦を呼びかけたらマフディ軍がサドルのいうことをきいてバスラを投げ出してすたこらさっさと逃げてしまったから、負けたのはサドルではなくマリキだと言い張るのである。

タイムマガジンとは政治的に正反対な意見をもっているカウンターテロリズムのコチランに至ってはマリキがサドルおよびマフディ軍、それをいうなら武器を持ってアメリカにたてついたシーアおよびそのペットの犬も含めて、最後のひとりまで皆殺しにしなかったからマリキは惨敗したといいたいらしい。(サドルを殺すといっても、サドルはイラクにはいない。私の知る限り、サドルはいまだにイランの庇護のもとにイランに隠れているはずである。)

今朝のニュースも含め、これまでの情報から私は短期的なアメリカ軍の勝利はアメリカ軍がイラク中に散漫するシーア派地域に多大なる軍隊を出動しない限り、長期的にみてモクタダ・アルサドルおよびシーア社会そしてイランによる兵法的な勝利となると確信する。

コチランはイランの手先であるサドルの鶴ならぬ白豚の一声にイラクの民兵たちが従ったというだけで、イラクは放っておけばイランにいいように踊らされてしまうという自分の主張は正しかったのだと言い張る。コチランは米軍が市街地をパトロールする中(本当はイラク軍だが)イギリス軍がさらに撤退を決めているのもイラク情勢の安定にイギリス軍が自信がないからだという。イギリス政府が腰抜けだという可能性は無視するようだ。そしてアメリカ軍のケビン・バーグナー少将がイラク政府が犯罪者の摘発に力を入れていることは歓迎するとしながらも、イラク警備隊のなかにはまだまだ力が足りない隊があると「認めた」ことを指摘してイラクの将来は真っ暗だと結論付けている。ハッキリ言ってアメリカ保守派の悲観主義にはカカシはかなり嫌気がさしている。

で、いったい何%のイラク警備隊が力が足りないとされているのだ?第一この警備隊は警察のことなのか、それとも軍隊のことなのか? 南部のイラク警察のなかには少数だがシーア民兵の管轄内にある隊があることは誰でも知っていることでいまさら取り立てて騒ぐほどのことではない。これをもってしていってイラク軍全体が意味のないものと判断するのは行き過ぎだ。

圧倒的に勝つことによる勝利

コチランの経歴を読む限り、彼は弁護士と計理士の資格を持つ役人経験のある人間で、対テロ政策もビジネスの側から入った人物で軍事体験は全くないしおよそ専門家とはいえない。

それにひきかえビル・ロジオやオースティン・ベイ大佐の軍事知識は申し分ない。こと軍事状況に関してはコチランのような役人肌よりロジオやベイ大差の方がずっと信頼できる。

さて「で、どちらが勝ったのか」という質問だが、すべての証拠や状況を考慮にいれたうえでいわせてもらうならば、間違いなくノーリ・アルマリキ、イラク首相の大勝利である。下記にもう一度まとめてみよう。


  • 停戦を最初に提案したのはサドルであり、降参条件を提案しておきながらその条件が満たされないうちに降参してしまったのもサドルである。
  • 戦闘前にはマフディ民兵軍の管轄下だった領地を現在コントロールしているのはイラク軍である。
  • マフディ軍が逃げまどい、指揮者が恐れて顔も見せられないなか、作戦の音頭をとっているのはイラク軍である。
  • マフディ軍は南部勢力の18%の戦力を失い、さらに30%の負傷者を出した。
  • サドルが「勝った」と主張する側が言えることはサドルが殺されず、壊滅状態になっマフディ軍がサドルを指揮者として見捨てていない、ということだけである。

これでもまだサドルが勝ったと言い張るのであれば、ま、しょうがないだろう。マリキ首相がこのままがんばってくれれば、イラクでも違う意見を述べる自由は保証されるのだから。

April 4, 2008, 現時間 11:48 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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March 31, 2008

対シーア民兵にイラク軍大勝利! 降伏するサドルに狼狽えるメディア

イラク関係 , 狂ったメディア

現在イラクではバスラを本拠地とするモクタダ・アルサドル率いるシーア派民兵軍に対して、イラク軍による猛攻撃が行われているが、イラク軍の圧倒的な勝利にサドルは悲鳴をあげ、なんとか生き残ろうと必死になっている。

以下ビル・ロジオより。

イラク政府がバスラのマフディ軍及びイランに援助されたシーア恐怖団体に対して挑んだ、騎士の突撃作戦(Operation Knights’ Charge)が始まって六日後、マフディ軍の指揮者モクタダ・アルサドルは戦士らに武器を捨てイラク警備群に協力するようにと呼びかけた。サドルによるマフディ軍への戦いを終わらせよという呼びかけは作戦が始まって以来マフディ軍に多大なる損害が出たことからきている。

「サドルは彼の忠誠者たちにすべての武力行使をやめるよう訴える伝言を送った。」とアル・イラキヤテレビ局は報道した。サドルはまた「政府や政党のオフィスや事務所...などを攻撃する者は勘当する。」と語った。

サドルの従者への戦いをやめるようにという呼びかけは、6日に渡ってマフディ軍が多くの死傷者を出したことが原因である。火曜日に戦いが始まって以来、358人のマフディ戦士が殺され、531人が負傷、343人が捕虜にとられ、30人が降伏した。米・イラク連合軍はバグダッドだけでも125人のマフディ戦士を殺している。イラク軍はバスラで140人のマフディ兵を殺した。

3月25日から29日の間でマフディ軍は平均毎日71人の割で殺されている。69人がすでに捕虜となり、ほかに160人が戦闘中に負傷したと報告されている。米・イラク連合軍は2007年の夏に行われたアルカイダとの戦いで、このような多大なる打撃を敵に与えたことはなかった。

ところがこの大勝利がニューヨークタイムスにかかると' こうなっちゃうんだからおそろしい:

シーア聖教者モクタダ・アルサドル師は日曜日、バスラとバグダッドで彼の味方である民兵軍とイラク・米軍の間で行われている六日間に渡る激しい戦闘を終わらせるべく第一歩を踏み出した。師は従者への提言でイラク軍が自分達の要求を飲む条件で銃を置くようにと呼びかけた。

 .....

米軍の戦闘機に援助されたイラク軍はサドル師関係のシーア民兵軍とバスラにおいて過去六日間に渡って引き分け状態を続けている。この作戦はノーリ・アル・マリキ首相への厳しい批判呼び起こしている。

南部を民兵の統括から取り戻そうとするマリキ首相の作戦は当初の予測よりもずっと激しい抵抗にあっていると先週イラクの防衛大臣アブドゥール・アル・オベイディ氏は認めた。

......

サドル師の今回の行動は2004年にナジャフで死ぬまで戦えと命令した態度とは対照的であり、サドル師の軍事指導者としての技能が過去数年で成長したことを意味する。

死ぬまで戦えと強気だった人間が、抵抗するな、抵抗する人間は勘当するぞ、などといきりたってることが指導者として成長した証拠だ?バカも休み休み言え!勝ってる人間がなんで降参の条件を提案したりするのだ?勝ってるなら戦いを止めろなどといわず、このまま相手が怯むまで突き進め!攻撃はやめるな、というのが筋ではないか。なんで勝ってる人間が相手に協力しろなんていうのだ?

そしてこれが日本の産経新聞になるともっとひどい!

【カイロ=村上大介】イラクのマリキ政権が南部バスラで開始したイスラム教シーア派民兵に対する掃討作戦は29日、5日目に入り、イラク政府軍の威信をかけた「単独作戦」の失敗が鮮明となりつつある。米軍は29日も前日に続き、空爆、昨年12月にバスラの治安権限をイラク側に移譲した英軍も作戦・情報面で政府軍への支援を開始した。しかし、民兵側は依然、バスラ中心部を支配下に置き、戦闘は中南部シーア派地域に広がっている。治安能力の限界を露呈したマリキ政権が自力で争乱を収拾できる可能性は少ないとみられる。

 政府軍は25日、イラク第2の都市、バスラのかなりの部分を支配下に置くシーア派の反米強硬派指導者、ムクタダ・サドル師派の民兵組織マフディー軍の影響力排除を目的に掃討作戦に着手。だが、マフディー軍側は予想以上に強固な抵抗を見せ、マリキ首相は28日、「同日深夜まで」とした民兵側への武装解除の最後通告期限を4月8日まで延期せざるを得なかった。

 バスラ攻略戦への関与を控えていた米軍は28日、戦闘機による限定的な空爆で直接介入に踏み切り、民兵に押され気味の政府軍の支援を始めた。イラクのジャーシム国防相は28日の記者会見で、「抵抗の強さに驚いている」と認めた。

 マリキ首相は27日、バスラの部族長を集め、「無法者とは最後まで戦う。話し合いも交渉もしない」と言明。これに対しサドル師側は「平和的解決を望む」としているが、徹底抗戦を続ける構えで、武装解除に応じる気配は全くない。

はっきり言って産經新聞の記者や編集部には現代の軍事作戦がどういうものか分かってる人間がいるのかと聞きたい。現代の戦闘では先ず地上部隊が戦いに挑み、敵に陣地をしっかり把握した時点で空軍の援助を呼ぶのは普通に行われている。地上部隊と空軍の協力行動は今や当たり前の作戦となっている。だが、イラク軍には空軍はない。また諜報部もない。だからイラク軍に足りない部分をアメリカ軍が補うのは当たり前だ。

これまではアメリカ軍が地上の先鋭部隊を送り込み、イラク軍は後部からの援助に参加する程度だったのが、いまではイラク軍が率先して先鋭部隊として地上で行動し、空軍援助を要請する立場となったのである。これはイラク軍が単独で行動できないことを証明したのではなく、イラク軍がどれだけ現代戦闘のやり方に慣れてきたかその成長ぶりを証明する状況が起きているのだ。それを産經新聞の馬鹿記者は全然わかっとらんのだ!よくもこんな無知蒙昧な人間がエリートメディアでジャーナリストですなんて顔をしてられるものだ、頭くるなあ!

従軍経験豊富なビル・ロジオはこういうことに関しては専門で、カカシは彼のサイトをもう5年くらい読んでいるが、彼がとんちんかんな分析をしたことは一度もない。そのビル・ロジオがサドルが必死に降伏交渉に入っていると言っているのに、ニューヨークタイムスや産経新聞(産経の記事はハッキリ言ってロサンゼルスタイムスの焼き直し)は引き分けだのイラク政府の不能を示しているだの滅茶苦茶なことを書いてる。

ニューヨークタイムスはしょうがないとしても、せめて産経新聞くらいは独自の取材をして真実を書いて欲しいものだな。かなり失望した。

March 31, 2008, 現時間 5:12 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

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March 16, 2008

米共和党大統領候補、ジョン・マケインのバグダッド訪問

アメリカ内政 , イラク関係

共和党の大統領候補ジョン・マケイン上院議員は現在バグダッドを訪問中。マケイン議員は早期からイラクでの戦法はCOINといわれる対テロ戦略を起用しなければならないと、いわゆる現在進行中の増派を押してきた数少ない一人である。マケイン議員はベトナム時代に海軍の戦闘パイロットとして活躍しベトナムで捕虜になっていた経験もある英雄であり、イラク戦争批評家がブッシュ大統領などをチキンホーク(自分は戦闘体験がないのに戦争を推進する臆病者という意味)などといっていた批判もマケイン議員には通じない。詳細を日本語のニュースで探したのだが、下記ような短い記事しか見つからない。どうも日本メディアは共和党候補のマケイン議員にはあまり興味がないようだ。

【バグダッド16日AFP=時事】在イラク米大使館当局者によると、米大統領選の共和党候補指名を確実にしているマケイン上院議員が16日、イラクを訪問した。マケイン氏は欧州・中東を歴訪している。

同当局者は「マケイン議員はバグダッドにいる」と語った。マケイン氏は滞在中、クロッカー駐イラク米大使と会談するという。〔AFP=時事〕

16日付けのAPニュースによると、マケイン議員は日曜日、バグダッドにおいてアメリカの外交官、米軍上層部、およびイラク高官らと会見の予定だという。マケインがイラク訪問をするという話は数日前から報じられていたが、警備上の理由で詳細はあきらかにされていなかった。マケインはイラクに24時間ほど滞在するという話だ。マケインのイラク訪問は今回で8回目だ。

5年に渡るイラク戦争の成功に自分の政治生命を賭けてきたマケインの訪問はイラク北部で起きた化学兵器攻撃のちょうど20周年記念にあたる。

アメリカ大使館の発表では、マケインはイラク副首相のBarham Saleh氏と会見しイラクのアメリカ軍総司令官デイビッド・ペトラエウス将軍とも会見の予定である。 ...

出発前にマケインは今回の中東とヨーロッパ訪問は事情聴取が目的であり選挙運動の写真をとるためのフォトアップではないと語っていた。しかし、マケインはイラクのテロリストが11月のアメリカ選挙に影響を与える可能性については懸念していると語った。

「はい、心配しています。」ペンシルベニアの選挙運動中にされた質問にマケインはそう答えた。「彼等が注目していることは知っています。彼等同士の連絡を盗聴しているからです。」

上院議会軍委員会のメンバーとして、マケイン議員の訪問には同僚のジョー・リーバーマン議員(独立)とリンズィ・グラハム議員(共和)が同伴した。二人ともマケインの大統領候補の強力な支持者である。

マケインの今回の諸外国訪問は一週間の予定だが、目的地にはイスラエル、英国、フランスが含まれ、イギリスのゴードン・ブラウン首相やフランスのニコラス・サルコージ首相との会見が予定されている。

まだ大統領に選ばれたわけでもないのに、すでに大統領並の視察旅行に出かけ、各国の首相らと会見をするとはかなりの余裕だ。

マケインが去年の4月にバグダッドを訪問した時は、イラク情勢が良くなっていないという記者団の質問にかなりいらだちを覚えた様子で答えていたマケインだが、今年はバグダッド情勢は非常な良化をみせており、マケインの押した増派が非常な成功をおさめている。イラクでの攻撃は去年に比べてすでに6割型減少しているのである。

二人あわせても政治的な実績からいってマケインの足下にもおよばない民主党のヒラリーとオバマの内部争いが続く中、マケインはすでに国の代表よろしく外国訪問。

やっぱり大統領にはマケイン議員になってもらわなきゃいかんなこれは。

March 16, 2008, 現時間 2:18 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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January 28, 2008

「イラク戦争の大義は嘘で固められていた」という嘘

アメリカ内政 , イラク関係 , 狂ったメディア

English version of this entry can be read here.

このAPの記事 には唖然とした。これを日本語で説明しているこちらから引用すると、、

米国の調査報道を専門とする独立系報道機関「公共の完全性に関するセンター」(The Center for Public Integrity)は22日、「イラク戦争・戦争カード―偽装に彩られた戦争への道」(Iraq-The war card orchestrated deception on the path to war)と題するチャールズ・ルイス(Charles Lewis)、マーク・リーディングスミス(Mark Reading-Smith)両氏共同署名による調査報道記事を掲載。

その内容についてAPの説明はこちら。

ふたつの無収益報道組織による調査で、ブッシュ大統領と政権の幹部たちは2001年のテロ攻撃以降二年に渡ってイラクが及ぼす国家安全保障への脅威に関して何百という虚偽の供述を発表していたことが明らかになった。

この調査は「世論を効果的に刺激する目的で仕掛けられた操作があり、その過程において国は誤った前提のもとで戦争に導かれた」と結論付けている。

この調査の著者たちは何とブッシュ大統領とその政権が意図的に国民を騙して戦争をはじめたと糾弾しているのである。少なくとも読者にそういう印象を与える目的でこの『調査』が発表されたことは間違いない。

ではいったい彼等の言うブッシュ政権の「嘘」とは何をさしているのだろうか?

 その中で、両氏は、ブッシュ大統領をはじめ同政権の高官7人―チェイニー副大統領、ライス大統領補佐官(国家安全保障担当、当時)、ラムズフェルド国防長官(当時)を含む―が、2001年9月11日の米同時多発テロ以降2年間にわたって、イラクのフセイン大統領(当時)による国家安全保障上の脅威に関する少なくとも935回の嘘の声明を出していたことを明らかにした。

 またそれによると、演説、背景説明、インタビュー、公聴会やその他の別々の少なくとも532件の局面で、ブッシュ大統領とブッシュ政権の3人の高官が、パウエル国務長官(当時)、ウルフォウィッツ国防副長官(当時)、ホワイトハウスのスピーチライター、アリ・フレイシャー、スコット・マクラーレン両氏とともに、イラクは大量破壊兵器を既に保持している(さもなければ製造もしくは獲得しようとしている)と明言。またイラクが国際テロ組織アルカイダと関係がある、さらにはイラクは大量破壊兵器とアルカイダ双方と関係していると明白に語り、これら一致した発言が、ブッシュ政権のイラク戦争開戦の大儀につながっていったという。

 ブッシュ大統領1人に限ってみると、同大統領は、259件の嘘の声明を出した。そのうちの、231件はイラクの大量破壊兵器問題で、残りの28件は、イラクとアルカイダの関係についてだった。パウエル国務長官は、イラクの大量破壊兵器問題で244件の嘘の声明を出し、イラクとアルカイダの関係については10件の嘘の声明を出した。

「よもやイラクが大量破壊兵器を保持していなかったことやアルカエダと意味のある関係がなかったことは議論の余地はない。」と著者のチャールズ・ルイスとマーク・リーディング・スミスは語っている。二人はブッシュ政権が巧妙に作成し操作した誤った情報の基にアメリカは2003年3月のイラク戦争開戦に導かれたのだと断言する。

著者たちはブッシュ政権の嘘に含めているが、イラクがWMDを所持しようとしていたことは事実であり、調査結果もそれ自体は否定していない。また彼等はブッシュ政権のいうイラクとアルカエダに関係があったこと事態を否定しているわけでもない。単にその関係が「意味のある」ものだったかどうかに異論を唱えているだけなのだ。

下記は調査書からの引用だが、意図的に混乱する書き方になっているため、私の力で正しく翻訳できるかどうか分からないが一応やってみよう。

2002年7月、イラクとアルカエダテロリストとは関係があるのかという問いに対してラムスフェルドは一言「もちろん」と答えた。だが事実は同月に防衛庁諜報機関(DIA)が発表した査定(数週間後にCIAのテネット局長も確認した)では「イラクとアルカエダの間には直接な協力関係があるという確実な証拠」は見つけられなかったとある。さらにDIAはそれ以前の査定で「アルカエダとフセイン政権の関係は明かではない」としている。

この回りくどい文章を分かりやすく分析するのはちょっとしたチャレンジだ。

  1. 調査書の文章: 「2002年7月、イラクとアルカエダテロリストとは関係があるのかという問いに対してラムスフェルドは一言「もちろん」と答えた。

    意味: ラムスフェルドはイラクとアルカエダの関係が存在すると断言した。

  2. 調査書の文章: 査定..では「イラクとアルカエダの間には直接な協力関係があるという確実な証拠」は見つけられなかったとある。

    意味: 後の査定では関係があったことが判明しているが、軍事同盟といえるほどの密着な関係ではなかった。

  3. 調査書の文章: DIAはそれ以前の査定で「アルカエダとフセイン政権の関係は明かではない」としている。

    意味: アルカエダとイラクの関係について解るまで、我々はその関係の性質を知らなかった。

著者たちは1のラムスフェルドの返答が、2と3によって嘘だと証明されるといいたいらしいのだが、どういう理屈を使えばそういうことになるのかカカシにはさっぱり分からない。

彼等がいうもうひとつの「虚偽声明」( "false statement" )の例を出してみよう。いうまでもないが彼等のいう「虚偽声明」とは「明らかな嘘」という意味である。

2003年1月28日。毎年恒例の一般教書演説のなかで「イギリス政府はサダム・フセインは最近かなりの量のウラニウムをアフリカから購入しようとした わが国の諜報部からも核兵器製造に必要な高度の強制アルミニウム管をフセインが購入 しようとしたと報告を受けている。」と語った。しかしこの二週間前に国務庁の諜報調査部のアナリストが同僚に、なぜ自分がウラニウム購入の契約書は「多分偽造書」だと思うのかその理由を諜報関係者に説明する準備をしているとメールを送っていた。

この話は今さらここで持ち出すようなものではない。当時さんざんその真偽が分析されているのだ。ご存じない方のために説明すると、契約書そのものが偽造だったことは後になってわかったのだが、フセインがナイジャーからウラニウムを購入しようとしたのは事実である。ただナイジャー政府が国連からの批判を恐れてイラクへの販売を拒否したためフセインはウランを買うことができなかっただけだ。これはナイジャーへCIAから派遣されて調査に行った元外交官のジョー・ウィルソンがナイジャー政府の高官から聞いた話だとして報告しているのである。(後にウィルソンは自分で書いた報告書とは全く反対の声明文を発表してブッシュ政権を批判。それがもとで妻のバレリー・プレームのCIAでの地位があきらかになったとかなんとかいって訴訟になったが、ま、それはまた別の話だからここでは避ける)

この調査書が数え上げ、APがせっせと報告している何百にも渡る「虚偽声明」とは結局こういった類いのものばかりだ。これらの声明についてブッシュ政権からの説明を得ようという努力もされていないだけでなく、実際に政権の声明や発表が自分らの調査結果とどのように矛盾しているのかという分析など全くされていない。

しかしそれ以前にこの調査書を読んでいて一番疑問に思うことは、彼等のいう「虚偽声明」のうちどのくらいのものを、当時ほとんどの人たちが本当だと信じていたかということだ。共和にしろ民主にしろブッシュ政権と同じ諜報を持っていた議会の役員たちも政権と同じことを言っていたのではないのか?もし後になってブッシュ政権の発表した声明が誤りだったことがわかったとしても、当時誰もが真実だと信じていた事実をブッシュ政権が発表したのだとしたら、それは間違いかもしれないがとはいえないはずだ。いったい彼等の調査書のなかにそんなたぐいのものがどれだけ含まれているのだろうか?調査書はその点を全く明らかにせず、こんなふうにまとめている。

ブッシュは間違いや誤った判断について認めようとしない。それどころかブッシュ政権はイラクの脅威に関する戦前の公式発表と現実の「現場の真実」との明らかな相違について何度も国内諜報部の乏しい諜報のせいにしている。

またブッシュ政権の内部や政府の高官のなかからもブッシュが事実をわい曲したという批判が増えていると書かれているが、増えている批評家が誰なのかということは書かれていない。

ところでこの調査書を発表した二つの組織に関しては興味深い点が二つある。

  • 無収益の報道機関ふたつによる調査とあるが、、

    この二つの機関とは、The Fund for Independence in Journalismとthe Center for Public Integrityというのだが、11人いるFundのほうの8人までもがCenterの役員をやっている。つまりこの二つの機関は独立した別々の組織ではなく腰でつながったシャム双生児なのである。.

  • 独立報道機関とは名ばかりで、、、

    独立どころかCenterの投資者は左翼億万長者でブッシュ憎悪症候群を重く煩っているジョージ・ソロス。 創設者はビル・モイヤーというやっぱり左翼のジャーナリストで、その他にも左翼歌手のバーバラ・ストライサンド、フォードファウンデーション、昔は保守派だったが今や左翼と化したピューチャリタブルトラストなどがある。つまるところ、この二つの機関はバリバリの左翼組織なのである。

この調査書に書かれていることは何もいまさら蒸し返さなければならないほど目新しいニュースでもなんでもない。彼等のいう「虚偽の声明」とは単にリベラルや左翼が反対している意見や解釈の違い、もしくは当時は真実だと誰もが信じていたが後に間違っていることが分かったというものくらいで、おおよそ嘘だの虚偽だのという表現からはほど遠いものだ。

しかもこの調査書を発表したのは独立系でもなければジャーナリストでもない、ただのブッシュ大嫌い左翼プロパガンダ組織なのである。彼等がこんなろくでもない調査書を今の時期に発表したのが大統領選挙予備選真っ最中であることと無関係だと考えるほど我々読者はばかではない。

こんな『偽装に彩られた』プロパガンダをあたかもニュースででもあるかのように報道するAPもジャーナリストとして失格だ。もっとも架空のバグダッド警察署長からのインタビューを何年も載せていたり、テロリストを記者に雇っていたりするAPだ、このくらいはお手の物かもしれない。

January 28, 2008, 現時間 11:38 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 19, 2008

イラク、激減したアルカエダ勢力、主流メディアが無視して語らないイラク新作戦の成果!

イラク関係 , 狂ったメディア

便りがないのは良い知らせ、とはいうものの、アメリカ軍によるイラク新作戦の大成功をここまで無視するというのも、アメリカ及び日本のメディアは本当にひどいものだ。イラク戦争がうまくいっていない時は、アメリカ兵が何人死んだとかイラクでどれだけ自爆テロが起きているかとかいうニュースが新聞の第一面を埋めていたというのに、いざ新作戦が大成功し、アメリカ兵並びにイラク市民の犠牲者の数が9割方も減ったとなると完全にだんまりを決め込むメディア。あまりにもあからさまな偏向に返す言葉が思い浮かばない。

17日にバグダッドで行われたアメリカ軍による公式発表によると、去年のはじめに始まったイラクの新作戦は大成功を収めているということだ。対テロ戦争を追っているビル・ロジオのサイトからこのニュースをまとめてみよう。

俗にいう『増派』が始まって一年近くがたったが、この一年でイラクのアルカエダの活動範囲は信じられないほど狭まった。まず2006年12月当時の地図をみてもらいたい。濃い赤で示された場所がアルカエダの活動範囲、薄い赤は彼等の交通路である。



AlQaedaDec06-thumb

2006年12月現在のアルカエダ活動区域、赤で示してあるところがアルカエダの活動が活発な場所

そしてこれが『増派』作戦始まって一年後の2007年12月現在の地図。アルカエダの活動範囲が目に見えて狭まったことが確認できる。



AlQaedaDec07

2007年12月現在のアルカエダ活動区域。2006年よりずっと狭まったことが明白。

バグダッドで行われた記者会見において、イラク多国籍連合軍の総司令官であるレイ・オディアーノ中将(Lieutenant General Ray Odierno)は連合軍の新作戦がどれだけ効果をあげているか、激減したアルカエダの威力や行動範囲などについて報告した。

2006年後半から2007年にかけて「イラクはアルカエダの暗雲の下で流血の連鎖に捕われていた」とオディアーノ。2007年6月の増派作戦、ファンタムサンダー作戦が始まるまでアルカエダは「イラク各地の数々の都市に入り込んでいた」。

まだまだその脅威は残っているが、イラクのアルカエダネットワークは大幅にその威力を失った。アルカエダの威力はミクダディーヤ、モスール、ハウィジャー、サマラー、そしてバグダッドの南東にあるアラブジャボアー地域でまだ保持されている。「グループはいまだに危険な脅威ですが、その威力は激減した。」とオディアーノ。「アルカエダはバグダッド、ラマディ、ファルージャ、バクバーといった都市の中心部から追い出された。彼等の上位指導者たちの多くが取り除かれ、それにとってかわる実力者を探すことが日に日に困難になってきている。」多国籍軍はまたアルカエダの行動を可能にする資金源ネットワークやリーダーたちの組織を大規模に破壊したことにより、アルカエダの資金調達能力もかなり衰えたものと推測している。



CivilianDeaths9

宗派間争いによるイラク市民の死者の数、増派作戦によって90%の減少を見ることができる。



CoalitionKIA4

アメリカ軍及び連合軍の戦死者の数も極端な減り方をみせている。

犠牲者の数が多いことが戦争がうまくいっていないということの証拠だったのであれば、犠牲者が激減しているということは、戦争がうまくいっているということの証拠のはずだ。だとしたら数が多いといって泥沼だなんだのと書いていたメディアは良くなっている状況についても第一面で報道すべきではないのか?

さて、現在行われているファンタム・フィーニックス作戦(Operation Phantom Phoenix)だが、1月8日に始まったこの作戦ですでにアメリカ軍は121人のアルカエダ戦闘員を殺し、1023人を捉えた。アルカエダの幹部の損害は大きく92人もの重要人物が殺されるか捕まるかしている。

イラク・米連合軍は351もの武器庫を発見。また4つの地下トンネルも発見した。連合軍はまた自動車爆弾や改良爆弾の製造所を三か所発見。また改良爆弾410個、自動車爆弾18台、爆弾を仕掛けた家屋25軒を発見。また数々の拷問部屋、医療施設、すでに閉鎖されている学校や外国人部隊の訓練キャンプなども同時に発見された。

またイラク軍のみの単独任務も遂行されている。ディヤラ地方ではイラク軍一旅団が起用されいま、イラク軍対アルカエダの激しい戦闘が繰り広げられている。

January 19, 2008, 現時間 5:31 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 11, 2008

選挙は関係なし! 遠慮せず強気の外交に専念できるブッシュ

アメリカ内政 , イラク関係 , イランが危ない , 中東問題 , 対テロ戦争

よくアメリカではすでに任期終了を待つだけになって政策上の実権がなくなっている政治家のことをレイムダックと呼ぶ。二期目の任期もあと一年足らずとなり、従来この時期の政権からは特にこれといった新政策は期待できない。

この時期はある意味でアメリカにとって非常に危険な時期でもある。まずイラクだが、大統領選挙に影響を与えようと選挙をめざしてテロ行為が激化することは間違いない。また先日のイランのように任期を一年未満に控えた大統領が新しく戦争などはじめるはずがないと踏んで挑発をしてくる敵もあるだろう。

しかし今回は従来とはちょっと違う状況がある。従来なら現在の政権の方針を引き継いで大統領に立候補する副大統領が、健康上の理由から立候補していない。大統領の外交政策は議会の承認を必要としない。ということはブッシュ大統領は来期の選挙運動を控えた支持率の束縛や議会のうるさい小言など気にせずに強気な外交に専念できるというわけだ。ブッシュはレイムダックだからと甘く見てやたらにアメリカを攻撃してくると敵は思わぬ猛反撃を受ける可能性がある。

2008年のブッシュ外交政策はこれまでよりも強気なものになるのではないかという意見がStratforに載っている。(メンバー登録必要(Hat tip seaberry

イラク戦争はジハーディスト戦争の延長だ。2001年のアフガニスタン侵略の後、合衆国はアルカエダを可能にしたサウジアラビア、シリア、イランそしてパキスタンという四つの勢力と同時に戦うだけの軍事力に欠けていることに気が付いた。そこでブッシュ大統領の最初の手段はアフガニスタンに対抗する碇(いかり)を確保するためにパキスタンに無理矢理アメリカと同盟を結ばせた。第二段階は他の三つの国を威嚇しアルカエダとの戦いへの協力を強制するため、これらの国と国境を接するイラクを占領した。そして最終段階ではアルカエダが崩壊するまでこの戦争を押し進めるというものだった。

多くの思いがけない犠牲を払ったとはいえ、2008年の夜明けを迎えた今、この作戦がアルカエダが機能不能になるまで潰すことに成功したことが明らかになってきた。 はっきり言ってジハーディスト戦争はもうほぼ終わりを遂げているのである。合衆国は勝っているだけでなく、最初にアルカエダを可能にしたスンニ勢力全体を味方につけてしまった。

これでこの地域においてただ一つ非スンニ派勢力のイランは合衆国との同意を求めなければならないという非常に居心地の悪い立場にたたされることになった。

イラク情勢:

現在イラクではファンタム・フィニックスという大掃蕩作戦が行われており、すでに何十人というテロリストが殺されている。特にファンタム..の一部であるハーベストアイアンではアンバー地域から逃げたアルカエダの連中の温床となっていたディヤラ地区が焦点とされている。

現場の司令官によるとアメリカ・イラク同盟軍は期待したほどの抵抗にはあっていないということだ。これは我々の攻撃が事前に敵側に洩れたため、アルカエダの連中がかなり多く逃げてしまったのが原因らしい。

しかしこれまでの作戦と違ってペトラエウス将軍のCOIN作戦では、一旦制覇した土地は去らずにあくまで守り通すので、テロリストから戦って奪い取ろうが逃げ去ったテロリストの留守中に制覇しようが結果は同じだ。テロリストは奪われた土地を奪い返すことはできないからだ。

イラク戦争がうまくいくいつれて、アメリカ国内でも日本でもイラク戦争の話をあまりきかなくなったが、アメリカ市民が大統領選挙で気を奪われている間にもイラクではアメリカ軍がテロリスト退治を着々と進めているのである。大統領選挙に影響を与えようとテロリストが躍起になって自爆テロ作戦を練っていることは確かだが、味方軍の攻撃から逃れながら住処を次から次へと奪われている最中にメディアをあっといわせる大規模なテロ作戦を練るというのはそう簡単にできるものではない。

イラン:

この間のイランによる挑発行為で、アメリカ海軍は何もしないで見ていたという見解は間違っている。アメリカ側は確かに応戦はしなかったが、イランがこちらの反応を観察したのと同じようにこちらもイランのやり方を注意深く観察していたのである。それにアメリカ側がわざと反応を遅らせて意図的に誤った情報を与えた可能性も考える必要がある。

もしまたイランがあのような挑発行為をとることがあったら、アメリカ側からの反応はかなり恐いものがある。ブッシュ大統領はイランへの武力行使をオプションのひとつとして考えているのは確かだが、それをやる前にイランに対して強気の対処をすることは可能だ。例えばホルムス海峡を通るイランへ出入りする船をすべて差しとめてしまうということなら意外と簡単にできる。これに経済制裁を加えれば、イランの経済は突如として立ち止まってしまうのだ。

それではここで再びイランをどう攻めるか、軍事歴史学者のアーサー・ハーマン博士の提案を振り返ってみよう。

  1. まずホルムズ海峡を通る石油輸送を阻止する国はどこであろうと容赦しないと発表する。
  2. その脅しを証明するために対潜水艦船、戦闘機、じ来除去装置、イージスBMDシステムなどを含む空母艦バトルグループをペルシャ湾に派遣する。むろんこちらの潜水艦も含む。
  3. アメリカ一国によるイランの石油タンカー通行を封鎖。イランから出る石油、イランへ入るガソリンなどを完全阻止する。ほかの国の船は自由に通過させる。
  4. イランの空軍基地を徹底的に攻撃し、イランの空の防衛を完全に破壊する。
  5. イランの核兵器開発地及び関係基地、インフラなどを攻撃する。
  6. そしてこれが一番大切なことなのだが、イランのガソリン精製施設の徹底破壊である。

  7. アメリカの特別部隊がイラン国外にあるイランの油田を占拠する。

読者の皆様もお気付きと思うが、アメリカはすでに1と2を実行に移してしまっている。ブッシュ政権は今年中にイランになんらかの強攻策をとるはずである。

イスラエル・パレスチナ問題:

今ブッシュ大統領はイスラエルを初訪問中。ブッシュ政権はこれまでのどの政権よりも親イスラエルとはいうものの、イスラエルに妥協を迫ってパレスチナに歩み寄るように圧力をかけるという点では従来の政権とあまり変化はない。カカシは他の点ではブッシュ大統領の政策を支持しているが、ことイスラエル・パレスチナ問題に関してはあまり期待していない。オルメルト首相との会話も中東和平よりもイランの脅威に終始した模様で、パレスチナ和平についてはあたりさわりのない会話しかなったようだ。

 【エルサレム笠原敏彦】...パレスチナ和平をめぐってはオルメルト首相が7年ぶりに再開した和平交渉への「完全な関与」を改めて表明したものの、交渉進展へ向けた具体策は示せなかった。

 初のイスラエル訪問となるブッシュ大統領の首相との会談は、予定を約40分も超過。2国家共存に向けてパレスチナ国家の輪郭(国境画定、難民の帰還問題など)を決める交渉の年内妥結やイランへの対応で、突っ込んだ論議を行った模様だ。

 イスラエルは和平問題よりイランへの対応を重視。ブッシュ大統領は会見で「イランは03年秋に核兵器開発を停止した」とする米機密報告書の公表が波紋を広げている事態に言及、「イランは脅威であり続ける」との認識を改めて示し、イスラエルの米政策への懸念軽減に努めた。...

 一方、焦点のパレスチナ和平では、オルメルト首相が改めてパレスチナ側の暴力停止が和平推進の前提だとの立場を強調。ブッシュ大統領は強い圧力を行使する姿勢は見せず、「指導者らがロケット攻撃や入植地の問題に固執し、歴史的な合意の潜在性を見失うことが懸念の一つだ」と述べるにとどまった。

 両首脳とも和平問題では「決意表明」にとどまり、昨年11月の米アナポリス中東和平国際会議での「約束」を「履行」に移す突破口は開けていない。

ブッシュのイスラエル訪問は卒業写真程度の意味しかないという批判もあるが、アメリカ大統領がイスラエルを訪問するのは非常に危険を伴う行為であるから、少なくともその危険をおかしてまで訪問したということに多少の意義はあるかもしれない。私はアメリカのイスラエルへの方針は「放っておけ」というもの。どうしても口出ししたいなら、イスラエルからのイランなどへの諜報と交換に武器供給をするのが得策と思う。


January 11, 2008, 現時間 7:11 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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December 30, 2007

イラク戦争新作戦が花を見た2007年を振り返る。裏目に出たサドル派の潜伏作戦

イラク関係

2006年の暮れにアメリカ軍の新作戦が発表されて以来、シーア派抵抗軍のリーダーであるモクタダ・アル・サドルはシーア民兵らにアメリカ軍に抵抗せずにしばらくおとなしくしているようにと命令した。サドルはアメリカ軍の新作戦はうまくいかないと踏んでいた。いや、例え多少の成果があったとしても、不人気なイラク戦争をアメリカ軍が継続することは不可能であるから、しばらく大人しくしておいて、ほとぼりが冷めたらまたぞろ活躍すればいいと考えたのである。カカシは1月26日のエントリー、サドルの計算違いで彼の作戦には三つの問題点があると指摘した。

  1. 意図的にしろ無理矢理にしろ一旦敵に占拠された領土を取り戻すとなると、もともとの領土を守るようなわけにはいかない。...アメリカ軍は一旦占拠した土地に学校をたてたり病院をたてたりするだろうし、地元のリーダーたちと協力して自治が可能な体制をつくるだろう。LATimesによれば、サドル派が占拠していた界隈でも民兵らの横暴な態度に市民からの不満が高まっていたという。サドル派民兵が留守の間に地元民による平和な自治が設立しイラク軍による警備が行われるようになっていたら、ただの愚連隊の民兵どもがそう易々とは戻って来れまい。
  2. いくらこれがサドル派の生き延びる作戦とはいえ、それを教養のないシーア派民兵連中に理解することができるだろうか?...サドルはおれたちを犠牲にして自分だけ助かろうとしているのではないだろうか、などという疑いがサドル派の民兵連中の間で生まれる可能性は大きい。民兵たちは正規軍ではない、ただのギャングである。何か月もサドルのいうことをきいて大人しくしているとは思えない。...自分勝手に暴れた民兵たちが大量にアメリカ軍やイラク軍に殺されるのは目に見えている。
  3. シーア派民兵が抵抗しなければバグダッドの治安はあっという間に安定する。つまり、サドルの思惑はどうでも傍目にはブッシュの新作戦が大成功をしたように見えるのである。...勝ってる戦争なら予算を削ったりなど出来なくなる。そんなことをすればそれこそアメリカ市民の怒りを買うからだ。結果アメリカ軍は早期撤退どころか、イラクが完全に自治ができるまで長々と居座ることになるだろう。

自分では部下達に迫る米軍の圧力に抵抗せずにおとなしくしていろと命令しておいて、2月13日になるとサドルは直属の部下と家族をつれてイランへ遁走してしまった。これによってそれまでカカシがサドルはイランの飼い犬だという度に、そんな証拠はどこにあるのだといっていた人たちをだまらせることになった。

サドルの遁走がイラクに残された部下たちをかなり不安にさせたのは言うまでもないが、2月後半になるとサドルはシーア派民兵の神経を逆なでするような行為をいくつも企んだ。

私はシーア派への連続爆弾攻撃はサドルの仕業? まさかねでサドルが、自分の支持するダワ党のライバル党であるイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)の有力者アデル・アブドゥール・マフディ副大統領を暗殺しようとしたのではないかと書いたが、サドルが抹殺しようとしているのはライバル党の政治家だけでなく、自分に忠実でないと思われるマフディ内部の幹部もその対象になっているようだ。

ご存じのようにサドルはイランあたりに隠れて影からイラクのマフディ軍に命令を下しているが、サドルは密かに信用できる幹部はイランなどの避難させ、気に入らない部下を連合軍に売り渡しているらしい。このやり方でサドルはすでに40人以上のマフディ幹部を中和してしまったという。

3月半ばになると私がした予測した通り、サドルシティのようなサドルシーア民兵の本拠地ですらも、シーア派市民がマフディ軍よりもアメリカ軍を信用し始め、市内警備に関する交渉を初めたりしていた。それに反感をもったマフディ軍の一部の過激派がアメリカ軍と交渉していたマフディ軍幹部の人間を暗殺するという事件が起きた。これも、マフディはギャングで正規軍ではないから簡単にコントロールなど出来ないだろうといっていた私の予測どおりの結果だった。

4月8日ナジャフにおいてこれまで米軍への潜伏作戦を呼びかけていたサドルは態度を一変させて反米デモ行進を呼びかけた。それというのも4月になるとサドルの無抵抗潜伏作戦が完全に裏目に出たことがサドルにもわかってきたからだ。

サドルの狙いに反してマリキ政権はシーア派取り締まりに真剣に取り組んだ。マフディ軍はバグダッド中心部から即座に追い出され南部へと追い込まれている。しかもバグダッドを退散した民兵たちはイラン国境近くのディワニヤ地域でアメリカ軍空軍による激しい攻撃を受けている。

また、...マフディ軍のなかにもイラク政府に本気で協力しようという勢力と断固協力できないという勢力との間で亀裂が生じてきている。ビル・ロジオのリポートによればイラク政府に協力する勢力はどんどん増えているという。

となってくるとサドルの潜伏作戦ではアメリカの新作戦が時間切れになる前にマフディ軍の勢力が大幅に弱体化し、アメリカ軍が去った後に戻ってくる場所がなくなってしまう危険性が大きくなったのだ。そこでサドルは今必死になって作戦変更。イラク軍にたいしてもマフディと戦わないでくれと嘆願書まで送り出す始末。

しかし数カ月前の2006年8月のデモ行進では少なくとも20万人を集めたサドルも、4月の行進に集まったのはたった5〜7千人程度だった。しかもサドルは何を恐れたのか自分が主催したデモ行進に顔もださず、集まった支持者たちをがっかりさせた。

自分がイラクにいないことで支持がどんどん下がっていくのを感じたサドルは5月に一時帰国している。しかしその結果がどうなったかカカシの7月11日付けのサドル、イランへ逃げ帰るを読んでみよう。

マリキ首相はサドルの期待に反して嫌々ながらも米軍とイラク軍のシーア派征伐に協力した。その結果バグダッド市内における宗派間争いによる大量殺人は40%以上も減り、マフディ軍はイランの援助を受けているにも関わらず、どんどん勢力を失いつつある。

あせったサドルは作戦を変えて米軍に対抗しろとイランから命令をだしたり、デモ行進を催したり、サドル派の政治家を政府から撤退させイラク政府に大打撃を与えようとしてたが、すべてが裏目にでた。

こうなったら自分から出ていってなんとか急激に衰える自分の人気を取り戻さねばとサドルはこの5月久しぶりにイラクに帰国した。帰国してからサドルは穏健派の国粋主義の指導者としての立場を確保しようとしたがこれもうまくいかず、切羽詰まったサドルはアンバー地区のスンニ派政党とまで手を結ぼうとしたがこれもだめ。マリキ政権からはすでに撤退してしまったことでもあり、サドルのイラクにおける勢力はほぼゼロとなった。

三度目の正直で7月5日にシーアの聖地アスカリア聖廟までデモ行進を行おうと支持者に呼びかけたが、参加者不足で立ち上がりすらできない。サドルはマリキ政府が十分な警備を保証してくれないという口実を使って行進を中止した。

すっかりイラクでの勢力を失ってしまったモクタダ・アル・サドルは最近なにをやっているのかというと、聖教者としては最高の資格であるアヤトラの資格をえるため受験勉強に励んでいるという話だ。以前にもイラク人のブロガーがサドルの話かたは非常に教養がなく、父親が有名なアヤトラでなければ誰も息子サドルのことなど相手にしなかっただろうと書いていた。サドル自身、今後シーア派のイラク人から尊敬をえるためにはやはりアヤトラの資格をとってハクをつける必要があると悟ったのだろう。

サドルの現在の肩書きは比較的低い位のhojat al-Islamだそうで、これだと部下たちは宗教的アドバイスをもっと位の高い聖教者からあおがなければならないのだという。だがもしサドルがアヤトラになれば、ファトワなどの命令を出すこともできるようになり、宗教的リーダーとしても権力を強めることになる、、というのがサドルの狙いである。

サドルのこの新しい作戦がうまくいくかどうかは分からないが、これまでにもサドルは何度もカムバックをしているので、ばかばかしいと一笑に付すわけにはいかない。だが、2007年において、アメリカ軍の新作戦に対抗しようとしたサドル派の潜伏作戦は完全に失敗した。サドルの行動はなにもかも裏目にでたのである。

December 30, 2007, 現時間 10:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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イラク戦争新作戦が花を見た2007年を振り返る。裏目に出た米民主党の反戦政策

イラク関係

イラク戦争は今年にはいって新しい局面を迎えた。それはこれまでのようなラムスフェルド防衛長官とケーシーやアビゼイド将軍が取り入れていた、『アメリカ軍の足跡をなるべく少なくする』作戦から、新しいゲーツ防衛長官のもとペトラエウス将軍のアメリカ軍の存在を全面に押し出して戦う、対反乱分子作戦(Counter Insurgency)いわゆるCOIN(コイン)作戦が取り入れられた。

これに関して私は今年のはじめに「こうなるのではないか」という予測をかなりたてたが、それがどのくらい現実となったかここでちょっと一年を振り返ってみたい。

しかしその前に、一般的に『増派』と呼ばれたこの新作戦がそれまでの作戦とどのように違うのか、もう一度おさらいしてみよう。下記は1月11日のエントリー、ここが知りたい! ブッシュ大統領のイラク新作戦質疑応答で私が説明したものだ。

  • 兵士らの再出動 -- 18 のイラク旅団 (6万兵以上)そしてアメリカ軍5旅団( 17,500 陸軍兵と海兵隊員)イラク国内において攻撃制覇するためバグダッドに関門を設置。さらに4000の米兵とイラク兵(未定数)をアンバー地区に導入。アルカエダを含むスンニテロリストの家々を最近アルカエダに反旗を翻した地元の族長らと協力して攻撃する。
  • 占拠した領土をこれまでより長期に渡って制覇する。少なくとも18か月は保持し敵が舞い戻ってくるのを防ぐ。これによって大事な中央部を敵から奪い取り長期にわたって敵の動きを阻止できる。安定したら地元のイラク軍に治安をまかせる。
  • イラクのマリキ首相にバーダー旅団やマフディ民兵軍などのシーアの民兵も含みどの武装集団も例外なく, 攻撃すると一筆書かせて約束させた。
  • 攻撃規制(ROE)を大幅に緩和し、米軍及びイラク軍が武装集団と戦闘しやすいようにする。

さて、これに対する米民主党の反応はといえば、『ナンシー・ペロシ下院議長にしろ、ヒラリー・クリントンにしろ、皆声をあわせて「何のかわりもない」「これまでどおりの愚作」といった言葉を繰り返し、全く効果もなく希望もない作戦に兵だけ増やしてアメリカ軍の尊い命を危険にさらそうとしている、といった非常に不誠実な批判をあびせている。』というものだったので、私は1月15日のイラク政策、民主党の新作戦で、ブッシュの新作戦が失敗するに決まっていると決めつけるのは民主党にとってよくないことなのではないかと書いた。

米民主党に関するカカシの予測:『民主党の反イラク戦争政策は新作戦の成功によって裏目にでる』

ブッシュが議会の協力を必要とするのは現在イラクにいる軍隊の引き継ぎの軍隊を動員する際に必要経費の予算案を議会に提出する時である。それまでにはまだ数カ月ある。もしこの間にブッシュの新作戦が全く効果をあげず、今と同じ状態なら議会が予算増強を拒否しても国民による民主党への批判は少ないだろう。だがもしも、ブッシュの新作戦が少しでも成功し6か月後にはイラクが良い方向へ向かっている場合には民主党が軍事予算をごねるのは難かしくなる。しかもこの予算案の通過がごたごたして時間がかかり過ぎると2008年の選挙運動に突入してしまい、共和党議員から民主党は自分達の政治的野心のためにアメリカ軍の任務を妨害して勝てる戦争に負けようしていると批判されかねない

思った通りイラク新作戦は4月頃になると、まだ基盤作りの段階で増派も完全に行われていなかったにもかかわらずかなりの効果をあげはじめた。そこで困った民主党のハリー・リード党首は、なんとか新作戦の邪魔をしようと我々は「イラク戦争に負けた」という敗北宣言をし、さらに10月から米軍を大幅に撤退すべきだという議案まで提案した。

このリード議員の降伏運動はこの発言にとどまらない。同議員は数日中に民主党が多数派を占める議会において米軍のイラク撤退を10月1日から6ヶ月かけておこなう議決案を通すと宣言した。

無論このような議案は上院でも下院でも通るはずはない。だが大事なのは議案が通るかどうかではなく、アメリカ国内及び国外へアメリカ議会はイラク撤退を考えていると提唱することに意義があるとリード議員は考えているわけだ。(イラク及び中東を混乱に陥れようというならこれはいい考えと言える。)

この議案が通らなかったのは言うまでもないが、民主党はこの後も拘束力のないイラク戦争批判議案をとおしたりしていた。5月26日になると肝心のイラク戦争予算案はブッシュ大統領の提案に民主党は完全に折れてしまった。民主党はごちゃごちゃ文句をいっている割には、結局どれだけブッシュ大統領に権力があるのかを証明してしまったようなものだった。

さて新作戦が本格的に開始され反戦ムード一色だったアメリカの主流メディアでさえイラクからのいいニュースを報道しはじめると、民主党はさらに苦しい立場に追い込まれた。それに加えて、イラクを視察訪問した民主党の議員たちが帰国後、次々にイラクは良くなっていると報告したことからそのうろたえぶりは見苦しいものがあった。8月5日にはサウスカロライナ代表民主党下院幹事のジェームス・クライバーン議員がイラク戦争の成功は民主党にとっては問題だなどとうっかり本音を漏らす事件すらあった。私はこの民主党のうろたえぶりを8月23日付けのイラク新作戦の成功にうろたえる民主党反戦派でこのように書いた。

民主党としてはイラクでのペトラエウス将軍の新作戦がうまくいきすぎて反戦派でも否定できないほどの成果をあげてきた今となっては、いくら民主党にとっては都合が悪くても、いつまでもイラク戦争は大失敗だったなどと繰り返していては国民からの信用を失う。なんとか国民の信用を保持して勝っているイラク戦争に負ける方法を考えなければならない。

そこで下院幹部会長のラーム・エマヌエル議員は昨日、イラク視察から帰ったばかりで、イラクからのいいニュースを報告した民主党の新人議員を対象に電話をかけまくり、民主党の新しいメッセージを指導した。この新しいメッセージとは、「イラクでの新しい軍事作戦は今のところ多少成果をあげている、、しかしイラクの中央政府はまだまだまとまりがない、中央政府のまとまりなくしてイラクでの成功はあり得ない」というものだ。

なにしろ民主党はイラク戦争を批判しながらもアメリカ庶民から人気のあるアメリカ軍を批判することは出来ない。その上に今度はイラク新作戦の成功まで考慮にいれて、それでも戦争反対を正当化する演説をしなければならないのだから、これは大統領に立候補している候補者たちとってはかなり難かしい綱渡りになっている。

9月11日にイラク戦争の総司令官であるデイビッド・ペトラエウス将軍による議会での質疑応答があったが、ヒラリー・クリントンをはじめ民主党議員たちは、イラク情勢は向上しているという将軍の証言に猜疑的な意見を述べたばかりでなく、特に大統領に立候補しているヒラリー・クリントンなどはペトラエウス将軍の報告は「意図的に不信感を棚上げにしなければ信じられない」などと遠回しに将軍及びアメリカ軍は嘘つきであると軍全体を侮辱した。

11月も後半になってくると、新作戦の成功は誰にも否定できなくなった。それで反戦いってんばりでやってきた民主党や民主党の大統領候補たちもこの状況の変化にあわせた選挙運動をするべく作戦変更にやっきになった。カカシの11月25日のエントリーでは、主流メディアのニューヨークタイムスによる民主党大統領候補たちへのアドバイスを紹介した。

ヒラリー・ロダム・クリントン上院議員とバラク・オバマ上院議員の選挙アドバイザーたちは、増派後のイラクにおいて警備状況が良くなっているという事実を見てきた以上その成果を認めないのは間違いだと結論づけている。しかし同時にアメリカ軍の死傷者はまだ多すぎること、早急な撤退こそがこの戦争を終わらせる唯一の方法であり、いわゆる増派はイラクの政治過程には成果をあげていないことを強調している。

つまり、アメリカ軍の努力は認めながらも、まだまだ十分ではないという主題で貫こうという作戦のようだ。なにしろイラク戦争の失敗を振り上げてブッシュ政権並びに共和党を攻撃してきた民主党だけに、戦争に勝てそうだなどという現状は非常に都合が悪いわけだ。

しかしニューヨークタイムスは、民主党候補たちは気をつけないと共和党候補者らに、勝てる戦争を時期尚早な撤退によって負けようとしている、民主党は敗北主義だ、と攻撃されかねないと指摘する。

攻撃されかねないもなにも、実際敗北主義なのだから仕方ないではないか。選挙に勝つためになんとかアメリカにはこの戦争に負けてもらわなければならない連中なのだから。

「イラクの希望的な状況が続く限り、一般選挙におけるイラク関係の政治は劇的な変化を遂げるでしょう。」とブルッキングス・インスティトゥーションのマイケル・E・オーハンロン氏。氏はクリントン女史の支持者であり、軍隊増派賛成派でもある。「もしイラクが少しでも救いようがあるなら、候補者としてどのように救うのかを説明することが大事です。どうやって戦争に負けずに軍隊を撤退させるのか、民主党は何と言うか自分らを追い込まないように非常な注意を払う必要があります。」

結局民主党は私が今年初めに予測したように、イラク戦争を阻止するための予算削除をすることも、イラクから米軍を撤退させることもできないうちに今年の議会は終了してしまい、問題は何の解決もみないまま来年の一般選挙へと持ち越されてしまったのである。

民主党は先の中間選挙で多数議席を獲得した理由が国民の反戦意識を反映するものだったと勘違いしたが、私は当初から、これはアメリカ国民がイラク戦争で勝っていないことの不満の現れなのであり、戦況がかわれば国民意識も変化すると書いていた。

この国民意識なのだが、実は11月27日にビューリサーチセンターの世論調査が発表されていた。そのことについて書くつもりだったのだが、忙しくて今まで取り上げることができないでいた。この調査によるとかなり久しぶりに約半分のアメリカ市民がイラク戦争について楽観的な見解をもつようになったという結果が出ている。アメリカ軍による作戦がイラクで功をなしていると答えたひとが増え、さらにそれ以上の人が、アメリカ軍によってイラク人の犠牲が減り、敵が打ち負かされ、イラクの内乱が阻止されたと答えたという。

というわけで、私が今年の一月当初に予測した、『民主党の反イラク戦争政策は新作戦の成功によって裏目にでる』という私の予測はあたったようである。

December 30, 2007, 現時間 3:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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November 25, 2007

イラク治安向上で作戦に悩む民主党大統領候補たち

アメリカ内政 , イラク関係

今日のニューヨークタイムスにイラク情勢が良くなっていることから、ペトラエウス将軍の新作戦に真っ向から反対していた民主党の候補者たちは新作戦が大成功を遂げている事実を前にどのように自分らの選挙運動を繰り広げていくか難かしい立場にたたされているとある。

面白いのはこのNYTの記事はいかにして民主党候補がこの状況を乗り切るかという選挙運動作戦への助言のように書かれていることである。さすがニューヨークタイムス、民主党支持の偏向を隠す気もないらしい。

ヒラリー・ロダム・クリントン上院議員とバラク・オバマ上院議員の選挙アドバイザーたちは、増派後のイラクにおいて警備状況が良くなっているという事実を見てきた以上その成果を認めないのは間違いだと結論づけている。しかし同時にアメリカ軍の死傷者はまだ多すぎること、早急な撤退こそがこの戦争を終わらせる唯一の方法であり、いわゆる増派はイラクの政治過程には成果をあげていないことを強調している。

つまり、アメリカ軍の努力は認めながらも、まだまだ十分ではないという主題で貫こうという作戦のようだ。なにしろイラク戦争の失敗を振り上げてブッシュ政権並びに共和党を攻撃してきた民主党だけに、戦争に勝てそうだなどという現状は非常に都合が悪いわけだ。

しかしニューヨークタイムスは、民主党候補たちは気をつけないと共和党候補者らに、勝てる戦争を時期尚早な撤退によって負けようとしている、民主党は敗北主義だ、と攻撃されかねないと指摘する。

攻撃されかねないもなにも、実際敗北主義なのだから仕方ないではないか。選挙に勝つためになんとかアメリカにはこの戦争に負けてもらわなければならない連中なのだから。

「イラクの希望的な状況が続く限り、一般選挙におけるイラク関係の政治は劇的な変化を遂げるでしょう。」とブルッキングス・インスティトゥーションのマイケル・E・オーハンロン氏。氏はクリントン女史の支持者であり、軍隊増派賛成派でもある。「もしイラクが少しでも救いようがあるなら、候補者としてどのように救うのかを説明することが大事です。どうやって戦争に負けずに軍隊を撤退させるのか、民主党は何と言うか自分らを追い込まないように非常な注意を払う必要があります。」

本当は戦争に負けたいが、それを言っては一般国民の支持は得られない。軍隊バッシングはジョン・ケリー候補者の失言でも分かるように大統領候補としては致命的。しかし撤退をうりものにしてきた候補者たちが突然撤退しないと主張すれば民主党の反戦派市民からの反感を買うので、そうするわけにはいかない。とはいえ勝てる可能性の出てきた戦争から兵を撤退させることがアメリカにとって良いことなのだと国民を説得するのは至難の業である。

最近の民主党候補者たちの口からは、イラクの治安問題に関する批判の声は減り、今度はイラク政府の政治的進展が遅すぎるという批判が多くなった。しかし政治家たちが協力せずに仲間割ればかりしているというのであれば、アメリカ政府だって同じことだ。なにもイラクだけに問題があるわけではない。候補者たちがアメリカ軍の増派によってイラク内政への効果があがっていないと主張すればするほど、現場の治安問題はほぼ解決されたという印象が強まってしまう。

ニューヨータイムスはこのような増派が軍事的効果をあげているというメッセージは民主党支持者の間では快く受け入れられないだろうとし、(民主党)候補者がこの話をする時は、かなりの注意が必要だと忠告する。

ここで民主党強力候補者の三人の言い訳を聞いてみよう。まずはヒラリー。

「我が軍は世界最強です。その数を増やせば効果があがるのは当然です。」... 「基本的な点は、増派の目的は政治的解決をする余裕を作り出すことだったのに、それが起きておらず、おこるような兆しすらなく、イラク人が政治的な目標に達することができないということです。」...「我々は内戦の仲介などやめてさっさと出ていくべきなのです。」

ブラコ・オバマは話題を変えるのに必死。

「11月にガソリンが3ドル代なんて前代未聞です。」...「人々はより多く働き少ない見返りを得ています。クレジットカードの限界まで使いきり、なんとか生活をしているのです。人々は苦労しているのです。それをワシントンは気にかけているようには見えません。」

ガソリンが高いのは通勤の長いカカシとしても非常に迷惑な話だが、この好景気に人々が苦労しているというメッセージがどのくらい効果があるのかちょっと不明。しかしオバマもイラク情勢を無視することはできない。

オバマの報道官、ビル・バートンはイラクの暴力減少について「歓迎すべきニュースである」としながらも、今年の戦死者の数は記録的な高さであり、イラク国内の政治見解の相違が歩み寄られていないと語った。

「イラクの政治リーダーたちにちゃんと仕事をさせるために一番いいやり方は即軍隊を撤退しはじめることです」とバートン氏は語った。

アメリカ兵の戦死者の数は去年に比べて激減しているというのに、いったいバートンのいう「記録的な高さ」とはどういう意味だ? 第一アメリカ軍が撤退することとイラクの政治家たちが歩み寄ることとどういう関係があるというのだろう?

そして最後に「撤退、撤退、なんでも撤退」としかいわないジョン・エドワーズは今の時点ではまだ自分のイラク見解を再検討するに値する政治的な効果はあがっていないとしている。

「基本となる疑問は全く変わっていません。その疑問とは政治面において真剣な努力がされ、真剣な動きがあったかどうかということです。」...「スンニとシーアの間で政治的な解決がされない限り安定などあり得ません。暴力は終わらないのです。ですからこういう面ではほとんど進展がみられないと私は思います。」

エドワーズはイラクの話はよく取り上げるが、増派そのものよりもライバル候補者のイラク戦争に対する姿勢を批判することの方が多い。特にヒラリーが当初イラク戦争に賛成票を投票した事実や最近のイラン革命軍をテロリストと指定する議案に賛成した事実をあげ、ヒラリーをブッシュと一緒くたにして批判している。

民主党候補者の本音はイラクへの米軍増派があまりにも効果をあげているので、早急に撤退してもらって再びイラクを混乱に陥れたいというものだ。しかし民主党が主権を握っているにもかかわらず議会はブッシュ大統領の意向に背いて米軍撤退を実現させることができない。だからイラク内政に進展がないということくらいしか批判のしようがないのだ。しかしこの方法も民主党にとってはかなり危険な賭けである。なぜならば、イラク内政に焦点を当て過ぎるとイラク治安がそうであったように、来年の11月までにイラク内政に大幅な進歩が見られた場合にどのように言い訳をするのかという疑問が残るからだ。

イラクは軍事的にも政治的にもブッシュ政権による大失敗だったという結論をつけたい米民主党が、どちらもうまくいっているという現実に直面した場合、いったいこれをどうやって乗り切るのか、そしてそれが選挙にどのような影響を与えるのか、かなり面白いことになってきた。

追記:イラク情勢良化について古森義久さんがアメリカのメディアの反響についてまとめているので参照されたし。それにしても、イラクからの良いニュースについて日本メディアが完全無視しているというのは不思議だ。

November 25, 2007, 現時間 12:37 PM | コメント (0) | トラックバック (2)

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November 22, 2007

イギリス軍撤退後のバスラ状況は悪化しているという嘘

イラク関係

<お詫び> 下記は10月6日付けのエントリーだったのですが、記入に間違いがあり途中で切れて読めなくなっていました。コメンターのソルティカフェさんとエマニュエルさんからご指摘があったのですが、ネットアクセス不能が何日も続いたため今まで気が付きませんでした。管理不行届きをお詫び申し上げます。では間違いを正しましたので、あらためて掲載いたします。

***************

アンバル地区の状況が良くなっているという報告が多くあるなか、イギリス軍撤退前後のバスラの状況は悪化するばかりという記事をよく読むようになった。この8月7日つけのワシントンポストの記事などはその典型である。

イギリス軍がイラク南部のバスラから撤退するにつけ、地元の政治的勢力争いや原油資源の所有権ををめぐってシーア派民兵同士の暴力がエスカレートしている。バグダッドのアメリカ高官たちはシーアが多数派を閉めるイラク政府は米軍が兵削減を始める際仲間割れをするのではないかと心配している。

地元の三つのシーア派グループは、民兵や犯罪ギャングなどの手によって血みどろの戦いを続けている。かれらは地元の政府機関から市民の住宅街まで幅広くコントロールしている。町は「組織的な地元政府機関の不法利用や、暗殺、部族間の恨みあい、市民による不法な裁きや社会道徳の強制などで蝕まれ、それと共に犯罪マフィアの台頭がおこり、それが地元政治と深く絡み合っている。」とインターナショナルクライシスグループの報告書は告げている。 ...

「要するにイギリス軍は南で敗北したのです」と最近バグダッドにてアメリカ諜報部の高官は語った。この高官はまたイギリス軍はバスラ宮廷の本拠地を捨てたという。ここは最近訪れたロンドンからの高官が「カウボーイやインディアンのように囲まれていた」と表現した場所である。空港は待ちの外側にあり、そこにアメリカ大使事務所やイギリス軍の残りの5500兵がビルのように高々と詰まれたサンドバッグでのバリケードの後ろ隠れている。ここはすでに過去4ヶ月の間に600回もモーター攻撃を受けている。

このことについてヒュー・ヒューイットが彼のラジオ番組で多国籍軍副司令官シモンズ少将にインタビューした際、シモンズ少将はこのように答えた。

それは正しくありません。捏造といってもいいくらいです。宮廷とPJCCのイラク軍への任務譲渡は計画的なものであり、受け継ぎは生気のイラク政府軍にされています。彼らは基準を満たし、きちんと訓練をうけた装備もととのったイラク警備軍です。平和的な祝いのようなデモンストレーションがおこなわれましたが、一時でも同盟軍が攻撃をうけたなどということはありません。モーハン将軍のもと、地元イラク高官はバスラの状況はきちんと把握しています。

さてバスラにはここでも何度も紹介している体当たりフリーランス記者のマイケル・ヨンが向かっている。クエートで待機中のマイケルにヒューがインタビューをした。

マイケル:私は今クエートにいます。イラクには10時間くらいでつけると思います。そしてかなりの長丁場になりそうです。最初はイギリス軍と一緒にバスラへ行き、一ヶ月ほど彼らと滞在します。その後はアメリカ空軍に従軍し、次に歩兵隊と一緒に帰ってくることになっています。ちょうど24時ほど前ですが、モスールで四ヶ月ほど前に撃たれたジェームス・ピピン曹長がイラクへ戻るのに出会いました。彼は頚骨を撃たれたんですよ。四ヶ月前に頚骨を粉々にされたというのにもうモスールへもどるっていうんです。すごいですね。

ヒュー: それはすごい。彼はどの軍に所属ですか?

マイケル: 陸軍です。モスール歩兵隊の上級曹長です。飛行機にのるんで、いやその手続きをするんで、列にならんでいたらその列にいたんですよ。私は自分の目が信じられませんでした。この間撃たれたばっかりなのに、もう戻るっていうんですから。

ヒュー: それは本当にすごいな。ところで君がバスラに行くっていうのは好都合だ。なぜかというとバスラについてはずいぶん色々は話をきいてるけど、イギリス軍の前線撤退後に地獄状態になって手がつけられないとか、君はこれについてどんなことを聞いてる?

マイケル:その報道は正確とはおもえません。私はついこの間までロンドンにいましたけど、今年の初めにバスラに駐留していたイギリス人ともすごしましたけど、実際には兵を削減していく潮時だろうと思うんです。彼らのやり方は賢明だと思いますよ。イギリス軍はアフガニスタンで大任がありますし、彼らの軍隊はわれわれのものよりずっと小規模ですからね。それにバスラの問題は他の地区の問題とは違います。卵の殻にひびが入ってるような状態じゃないですし。あんまり先のことを予測するのもなんですが、私はイラクの暴力は地元のより多くの地元民が協力してくれるようになるにつけ、この先数ヶ月でじょじょにへっていくと思います。ディヤラなんかでは25ある部族のうち20が同盟軍およびイラク軍と協力するという条約に調印したほどです。これってすごいことですよ。

マイケルは他にもイラク各地で地元の人々が目覚めアルカエダと対抗しようという気になっていることや、当初はアメリカ軍もずいぶん躓いたが、いまではイラク市民とうまくやっていくコツをつかんだことなどを語っている。

マイケルは一年以上まえ、イラクは宗派間で内乱になっている言っていたくらいだから、この変貌ぶりは非常に評価できる。今後もマイケルのバスラからの報道に期待したものだ。

November 22, 2007, 現時間 2:08 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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November 20, 2007

米軍、APのストリンガーを正式にテロリストとして起訴

イラク関係 , 狂ったメディア

APのカメラマンとして賞までとったことのあるイラク人、ビラル・フセインという男がテロリストとしてアメリカ軍に取り押さえられた話は、去年の暮れ頃ここでも紹介した

彼はアメリカの記者の代わりに現地で取材をする所謂(いわゆる)ストリンガーだが、彼が撮ったテロリストの写真は、どう考えてもテロリストの協力を得て撮ったものが多々あった。フセインは去年アメリカ軍に逮捕されテロリストとしてイラクで拘束されている。そのフセインにアメリカ側から正式にテロリストとして罪が課されることになったと、当のAPが報道している。(Hat tip Powerline)

NEW YORK (AP) - 米軍はビューリツァー受賞者のアソシエイトプレス(AP)のカメラマンに対して、イラクの裁判所で犯罪訴訟を起こす考えをあきらかにした。しかしどのような罪で起訴するのか、どのような証拠があるのかはいっさい明らかにしていない。

APの弁護側はこの決断に断固とした抗議をしており、米軍の計画は「いかさま裁判だ」と語っている。このジャーナリスト、ビラル・フセインはすでに19か月も起訴されないまま拘束されている。

ワシントンではペンタゴンの報道官ジェフ・モレル氏が起訴内容について「フセインに関する新しい証拠が明らかになった」と説明している。...

モレル氏は軍が「ビラル・フセインのイラク反乱分子の活動につながりがあり、イラクの治安維持に脅威を与える人物であると確信できる確かな証拠がある」とし、フセインを「APに潜入したテロ工作員」と呼んだ。

APは自社の記者に関するニュースだけに、いまだにこのストリンガーがテロリストではないと言い張っている。弁護側にいわせると軍はフセインの罪について詳細をあきらかにしていないため、どのように弁護していいかわからないということだ。APはフセインがテロリストとは無関係だという根拠として、彼の撮ったほとんどの写真がテロ活動とは無関係なもであり、テロ活動が写っている写真でもストリンガーがテロリストと前もって打ち合わせをしていた事実はないと断言している。しかしパワーラインも指摘しているが、「ほとんど」がそうでなくても、テロ活動を一枚でも写真に撮ることができるとしたら、フセインにはそれなりのコネがあると考えるのが常識だ。フセインの撮った写真で有名なのは私が上記で掲載したイタリア人記者殺害後のテロリストがポーズをとってる写真。(2005年におきたイラクはハイファ通りでの真っ昼間の暗殺事件を撮ったのもフセインだという話があるが、これはAPは否定している。)



Bilal Hussein and his picture    Italian

テロリストと一緒に逮捕されたAPカメラマン、ビラル・フセイン(左)フセイン撮影イタリア人記者の遺体の前でポーズを取るテロリストたち(右)

ビラル・フセインがピューリツァー賞をとった写真はこれだが、テロリストがイタリア人記者を殺しているところにたまたまAPの記者が居合わせるのが不可能なのと同じように、テロリストがアメリカ軍に向かって撃っているところを真横にたって撮影するなんてことがテロリストの仲間でもないカメラマンに出来るはずがない。これらの写真はどう考えても、まえもって打ち合わせをしてのみ撮れるものである。はっきり言ってフセインの撮った写真そのものが、ビラル・フセインの正体を証明しているようなものだ。

November 20, 2007, 現時間 3:05 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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November 8, 2007

戦争は兵隊に任せろ! アメリカ兵に手かせ足かせの戦闘規制

イラク関係 , 対テロ戦争 , 狂ったメディア

今朝、ハワイの地方新聞Honolulu Advertiserを読んでいたら、ハワイ出身の陸軍兵が犯したとされるイラク市民殺人事件について、この兵士が意図的にイラク人を殺したと言う証拠はないとして、裁判をしない推薦がされたという記事が載っていた。この事件は逮捕して武装解除されたイラク市民を上官の命令で部下が銃殺したという容疑だったが、部下は殺すのが嫌でわざとはずして撃ったと証言していた。すでに捕らえて直接危険でない人間を殺すのは戦闘規制に反する行為ではあるが、果たしてこれが犯罪といえるのかどうかその時の状況によって判断は非常に難しい。正直いって、アフガニスタンやイラクの戦争では、少しでも怪しい状況があるとすぐに兵士を逮捕して取り調べると言う事件があまりにも多すぎる。兵士らは当たり前の戦闘行為をしているのに、いちいち自分らの行動が犯罪としてみなされるかどうか心配しながら戦争をしなければならないのだからたまらない。

たとえばこの状況を読者の皆さんはどう判断されるだろう。アフガニスタンの山奥にテロリストのアジトがあるので偵察に行って来いと命令を受けた海軍特別部隊シール4人が、偵察中に羊飼いの村人三人に出くわした。戦闘規制では非武装の非戦闘員を攻撃してはいけないということになっているが、彼らの顔つきから明らかにアメリカ人を憎んでいる様子。シールの4人はこの三人を殺すべきか開放すべきか悩んだ。開放すれば、中間達に自分らの任務を知られ待ち伏せされる可能性が多いにある。かといって、キリスト教徒としてまだあどけない顔の少年を含む一般市民を殺すのは気が引ける。第一タリバンかどうかもわからない市民をやたらに殺したりすれば、殺人犯として帰国してから裁判にかけられる可能性は大きい。シールたちはどうすればよかったのだろうか?

結論から言わせてもらうと、シールたちは殺すという意見が一人で、もう一人はどっちでもいい、他の二人が殺さずに開放するという意見で羊飼いたちは開放された。そしてその二時間後、シール4人は200人からのタリバン戦闘員たちに待ち伏せされたにもかかわらず敵側を100人近くも殺した。しかしいくら何でもたった4人で200人の敵にはかなわない。大激戦の末、味方側の三人が戦死、一人が瀕死の重傷を負って逃げた。この生き残った一人は、羊飼い達を解放すると決めたひとりだったが、あとになって「どんな戦略でも、偵察員が発見された場合には目撃者を殺すのが当たり前だ。それを戦闘規制(ROE)を恐れて三人を開放したことは私の生涯で一番の失態だった」と語っている。無論そのおかげで彼は自分の同胞三人を殺されてしまったのだから、その悔しさは計り知れない。

上記は2005年アフガニスタンで同胞3人をタリバンとの激戦で失い、救援に駆けつけたチームメンバーたちの乗ったヘリコプターをタリバンのロケット弾に撃ち落され全員死亡。ひとり生き残ったシール、マーカス・ラテレルの身に起きた実話だ。彼の体験談はLoan Survivorという本につづられている。

私は理不尽なROEがどれだけアフガニスタンにいる特別部隊やイラクの戦士たちの任務の妨げになっているか以前から書いてきたが、それが実際に十何人というアメリカ軍でもエリート中のエリートを殺す結果になったと知り、改めて怒りで血が煮えたぎる思いである。

実は先日、私はCBSテレビの60ミニッツという番組で、アフガニスタンにおけるNATO軍の空爆についての特集を観た。詳細はカカシの英語版のブログbiglizards.net/blogで数日前に書いたのだが、関連があるのでここでも紹介しておこう。

この番組では司会者のスコット・ペリーはアフガスタンではタリバンによって殺された一般市民の数と同じかそれ以上の数の市民がNATO軍の空爆の巻き添えになって殺されていると語った。いや、ペリーはさらにNATO軍(特にアメリカ軍)は敵側戦闘員が居る居ないの確認もせずにやたらに市民を攻撃しているとさえ言っているのである。

ペリーが現地取材をしたとするアフガニスタンからの映像では、明らかに爆撃をうけて破壊された村の一部を歩きながら、ペリーは女子供や老人を含む親子四代に渡る家族がアメリカ軍の空爆で殺され、ムジーブという男の子だけが生き残ったと、お涙頂戴風の臭い演技をしながら語った。確かにアメリカ軍が意味もなく一般市民の家を破壊して四世代の非戦闘員を殺したとしたらこれは問題だ。だがこういう話にはよくあることだが、本当はもっと複雑な背景がある。

実際破壊された家の家主で、生き残った少年の父親は地元タリバンのリーダーで、アメリカ軍がずっと捜し求めているお尋ねものである。空爆時には家にはいなかったが、家主がタリバンのリーダーということは部族社会のアフガニスタンでは家族も必然的にタリバンである。そんな家が建っている村は必然的にタリバンの村なのであり、村人はすべてタリバンだと解釈するのが妥当だ。しかも、アメリカ軍がこの村を空爆した理由はその直前に丘の上にあるアメリカ軍基地にロケット弾が数発打ち込まれ、激しい打ち合いの末、ライフル銃をもったタリバンがこの村へ逃げ込むのが目撃されたからなのである。ペリーはこの状況をこう語る。

時間は夜でした。アメリカ軍は地上で敵との接触はなかったにもかかわらず、モーター攻撃の後に空爆援助を呼ぶ決断をしました。アメリカ空軍の飛行機はこの近所にひとつ2000ポンドの重量のある二つの爆弾を落としました。(瓦礫の中を歩きながら)これが一トンの高性能爆発物が当たった泥つくりの家の跡です。爆弾は標的に当たりました。しかし煙が去った後、ライフルをもった男達の姿はありませんでした。いたのはムジーブの家族だけです。

敵と地上での接触がないもなにも、この村の付近からアメリカ基地はロケット弾を撃たれているのである。しかもライフル銃をもった男達がタリバンのリーダーが住んでいる村へ逃げ込んだのだ。アメリカ軍はこの状況をどう判断すべきだったとペリーは言うのだ?第一、破壊さえた家でライフルをもった男達が発見されなかったという情報をペリーは誰から受け取ったのだ?もしかしたら自分らはタリバンではないと言い張っている村でインタビューをしたタリバンの男達からか?

だいたいアフガニスタンの村でライフルを持っていない家など存在しない。だからといって彼らが皆テロリストだとは言わない。強盗や盗賊に襲われても警察など呼べない山奥の部族たちは自分らの手で自分らをまもらなければならない。ソ連軍が残していったカラシニコフ(AKライフル)がいくらでも有り余ってるアフガニスタンだ、一般人がライフルをもっていても不思議でもなんでもない。もしタリバンのリーダーの家でライフルが一丁も発見されなかったとしたら、それこそおかしいと思うべきだ。

このアフガニスタン人たちは、他の市民と同じようにアメリカが支援している政府を支持するかどうか迷っています。私たちは怒りは予想していましたが、これには驚きました。

ペリー:(村人の一人に)あなたはまさかソビエトの方がアメリカよりも親切だなどというのではないでしょうね?

村人:私たちは以前はロシア人をアメリカ人よりも嫌っていました。でもこういうことを多くみせつけられると、ロシア人のほうがアメリカ人よりよっぽど行儀がよかったと言えます。

タリバンがロシア人よりアメリカ人を嫌うのは当たり前だ。すくなくともタリバンはロシア人を追い出したが、アメリカ人はタリバンを追い詰めているのだから。

マーカスの本にも書かれているが、タリバンやアルカエダの奴らは西側のボケナスメディアをどう利用すればいいかちゃんと心得ている。イラクでアメリカ軍に取り押さえられたテロリストたちは、アメリカ兵に拷問されただのなんだのと騒ぎたて、アルジェジーラがそれを報道すれば、西側メディアはそれに飛びついてアメリカ軍やブッシュ大統領を攻め立てる。テロリストたちは自分らの苦情を聞き入れたアメリカ軍がアメリカ兵を処罰するのを腹を抱えて笑ってみていることだろう。「なんてこっけいな奴らなんだ、敵を殺してる味方の戦士を罰するなんて、間抜けすぎてみてらんねえや。」ってなもんである。

だからこのタリバンの奴らも取材に来たアメリカの記者団を丁重に扱い、何の罪もない善良な村人に扮してCBSの馬鹿記者の聞きたがる作り話をしているにすぎない。それも知らずにペリーのアホは村人が自分らはタリバンではない、ただの平和を愛する羊飼いだと言っているのを鵜呑みにし、村人がソビエトよりアメリカが嫌いだという証言に衝撃を受けたなどと、とぼけたことをいっているのだ。

私はこういうアメリカのボケナス記者どもに一度でいいからアメリカの部隊に従軍でもして実際に敵と面と向かってみろと言いたいね。殺さなければ殺されるかもしれない状況でとっさに自分らの目の前に居る人間が敵か味方か判断できるかどうか、自分で体験してみろ!それができないんなら黙ってろ!お前らのいい加減で無責任な報道がどれだけのアメリカ兵を殺す結果になるとおもってるんだ!

マーカスの体験談を読むに付け、私はこういう無知蒙昧なリポーターをぶん殴ってやりたい思いでいっぱいになった。

November 8, 2007, 現時間 10:27 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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November 7, 2007

イラクの民主化にアメリカが出来ることとは?

イラク関係

皆さん、六日ぶりにワイキキビーチへ戻り、ホテルも先のネットアクセスの悪いホテルからちょっと割高ですが、通りをひとつ隔てた海側のホテルに越してきました。 ネットは無料ですが駐車料金がいちにち18ドル。痛いなあこれは。

さて、留守中に読者のhatchさんから興味深いご意見をいただいたので、これはひとつエントリーの主題として考えてみたいと思う。以下はhatchさんのコメントより抜粋。

さて、苺さんが力説しているようにこちらの意のままになる独裁政権がうまくいかないのは確かです。長い目で見ればです。しかし、だからといって他国が力によって、他国を民主化できるのですかねえ。

ブッシュJ大統領は、第二次大戦時の日本とドイツを例に挙げるのがお好きですが、日本とドイツは第二次大戦によって初めて民主化したわけではありません。ドイツのことは他国ですから言えませんが、日本の民主化は、明治維新から始まります。そして、その明治維新でさえ、その前の江戸時代270年間の太平時代に培わられた国力の下地がありました。

...力で押さえつけた奴隷は、誇りがありません。誇りがない人々が自らを主人公とする民主主義を作り上げられますか?

苺さん、あなたは矛盾しています。

強権的な独裁政権にはアメリカは何度も失敗してきたとあなたは言われます。その通りです。私は異存がありません。しかし、アメリカがその軍事力によって他国に民主主義を樹立することはできません。力によって押さえつけた民衆はその力に対して媚びるだけで自立できないからです。ではアメリカはどうしたらよいかですか。悪人を演じるしかないでしょうね。もし、どうしてもアメリカの力で他国に民主主義を根付かせたいのならです。アメリカが敵役となり、握っていなければ砂になるアラブ人を結束させて、自分たちの力で国を作ったとアラブの人々に思わせなければなりません。自らが正義とは決していえない戦争を何年も何十年も、何千人何万人もの犠牲を払ってアメリカが続ける覚悟がおありですか、苺さん?

私は以前から日本には民主主義の下地があったと主張してきた。第二次世界大戦時の日本が民主主義だったとは言わないが、明治維新直後から、それまで自分は薩摩藩の人間だとか土佐藩の人間だとかいっていた人たちが、自分は日本人だという自覚を驚くべき速さで持ち始めたことは事実である。私は日本海軍の歴史について最近読んでつくづく感じたのだが、日本の文明開化の迅速さは世界ひろしといえども稀に見る速さであり、日本海軍の発達は奇跡に近い。つまり日本は特別例だということをブッシュ大統領並びに西洋諸国は理解すべきだろう。アメリカが日本を占領したとき、日本はすでに20世紀の社会だった。それに比べてイラクはまだまだ7世紀の部族社会なのである。そんなイラクを日本と比べて日本で出来たのだからイラクでも出来るなどという考えは甘すぎる。

イラクのような部族主義の文明的に遅れに遅れをとった国を突然21世紀並の民主国家にするなどという大それた野心を持ったのは過去の歴史を振り返ってもジョージ・W・ブッシュ大統領が始めてである。つまりこの大仕事は誰もやったことがないのだ。こんな前例のないことをやろうというのだから試行錯誤なのは当たり前。

とはいうものの、以前にここでもよくコメントを下さったアセアンさんもおっしゃっていたが、アメリカのいきあたりばったりの政策に付き合わされるイラク人は迷惑至極だという考えもまったくその通りだろう。

だが、これはアメリカの試練であると同時にイラク人にとっても試練なのだ。なぜならばイラクがこのまま7世紀の部族社会として独立国として生存することは不可能だからである。それはアメリカが許さないだけでなく、イランをはじめ近隣諸国やアルカエダのようなテロリスト達が許さないだろう。つまり、これはアメリカが武力で強制的にイラクを民主化するとかどうかという問題ではなく、イラクには民主化する以外に生き延びる道はないということなのだ。

hatchさんは、アメリカが悪役となることでイラク人の心がひとつにまとまるとお思いのようだが、2003年から繰り広げられているイラクでの混乱を考えれば、イラク人の心はアメリカへの憎しみをもってしてもひとつにはまとまらないのだということがお分かりいただけると思う。アルカエダの悪玉であるオサマ・ビンラデンですら、どうしてイラク人は仲たがいをやめてアメリカ打倒のため一致団結して戦おうとしないのかと嘆くほどなのだから。

しかしいみじくもhatchさんがおっしゃっているように、「力で押さえつけた奴隷は、誇りがありません。」と同様に押し付けている側への忠誠心もない。イラクの部族たちがこぞってアルカエダに反旗を翻したのも、アフガニスタンで同民族のパシュトン族が次々にタリバンを見捨てているのも、すべてこれらの勢力が暴力で地元民をコントロールしようとしてるからに他ならない。とすれば明らかにアメリカが悪者となってイラク人を弾圧するのは最悪のやり方である。

アメリカがイラク人に民主主義しかイラクには未来がないと理解してもらうためには、先ずイラク人が平和な暮らしが出来るようになることを保証することが大切だ。アメリカがイラク人の守護神となってイラク人を内外からの敵から守るという保証をすることだ。無論イラクが自立できるように今アメリカ軍がイラク軍を教育しているように、イラクの治安維持の役割を地元軍や地方政治にどんどん代わってやってもらうようにすることも大事である。タリバンやアルカエダのように地元民に恩を着せておいて、部族の義理人情やしがらみを悪用して地元民に無理難題を押し付けてくるのと違って、アメリカ軍やイラク軍はイラク人のために命がけの戦いをするにもかかわらずに、イラク人に求めることといったら法にもとづいた公平な態度だけだということを地元市民に理解してもらうことが大切だ。

私はイラクが日本のような中央政府を設立してイラクの憲法にのっとった民主主義を設立することが簡単に出来るとは考えていない。だが、地元レベルで隣近所が部族の違いを乗り越えてなんとか共存することができるようになれば、それがだんだんと上部の政治にも反映していくのではないかと考える。イラク人はそれがクルドであろうとシーアであろうとスンニであろうと、みんながみんな同じ法律の下で裁かれる公平な社会だとイラク人自身が納得できるような社会ができてくれればそれでいいのだ。

アメリカはイラクに武力で民主主義を押し付けようとしているのではない。武力を使って民主主義を妨げるイラク市民の敵を退治しイラクの文明開化の手助けをしているのである。イラクは大急ぎで7世紀の幼児時代から21世紀の大人へと成長しなければならないからだ。

November 7, 2007, 現時間 7:14 PM | コメント (6) | トラックバック (0)

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October 27, 2007

アルジェジーラにまで見放されたイラクアルカエダ

イラク関係

この間アルジェジーラで放送されたビンラデンの声明テープの件で、イラクのアルカエダの連中が怒って抗議の声をあげているという。

アルカエダシンパたちはアルジェジーラテレビ局に対してオサマ・ビンラデンの最近の音声テープの抜粋を歪曲して紹介したとして怒りの声を爆発させている。 このテープではビンラデンはイラク反乱分子の間違いを批判している。

イスラム過激派のネット掲示板では、ビンラデンの反乱分子への日は何に焦点をあてたこの全アラブネットワークに対して何千という侮辱のメッセージが投稿された。

評論家によれば、これは民兵たちがビンラデンの言葉に驚ろいたことを象徴しており、ビンラデンが取り持とうとしているアルカエダとイラク武装集団との間の大きな溝への失望感の表れだという。

「問題はアルジェジーラじゃありません。これはビンラデンから受けた衝撃です。とエジプトのイスラム武装集団専門学者のDiaa Rashwanさん。「精神的な指導をするはずのビンラデンが初めてアルカエダを批判し間違いを認めたのですから。これは普通じゃありません。」

アルジェジーラですら、ビンラデンの声明は悲観的だと気がついたというわけだ。ビンラデンの声明はテロリストを元気付けるどころか、かえって失望感を高めてしまったらしい。これではビンラデンはスピリチュアルリーダーとしては全く失格だな。(笑)

October 27, 2007, 現時間 12:43 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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October 26, 2007

心を入れ替えた一等兵。米兵侮辱記事著者スコット・ビーチャムの選択

イラク関係


今年の7月、ニューリパブリック(TNR)という週刊誌にバグダッドに駐留している米陸軍兵の捏造日記が掲載された事件を覚えておられるだろうか。ことの詳細は下記のエントリーを参照いただきたい。

まず著者のスコット・ビーチャムの書いた内容はこちら。
「冬の兵士」再び、米二等兵の軍隊バッシング
それが嘘だったことがばれたいきさつがこちら。
暴かれたイラク版冬の兵士の嘘

ビーチャムは陸軍の取調べで、自分がTNRで書いたことはすべて捏造であったことを認めた。最後に聞いた話では謹慎処分を受けたという話だったのだが、その後どうなっていたのか私は良く知らなかった。ところが数日前、ここでも何度も紹介しているフリーランスの従軍記者マイケル・ヨンが偶然にもばったりとビーチャムの所属する隊にバグダッドで出くわしたと言う。その時の模様をマイケルが書いているのでこちらでちょっと引用したい。

俺はスンニとシーアの和平会議に出席するべく10月24日、バグダッドの西ラシド地区にいた。その時全くの偶然だったのだが、ビーチャムの旅団と一緒になった。 事実その時は全然しらなかったのだが、俺はビーチャムの元隊長と一日一緒に過ごしていたのだ。

和平会議の席でビーチャムの旅団の現司令官、ジョージ・グレーズ中佐は丁寧に俺に自己紹介をした後、俺がどこの新聞社の記者なのかと聞いた。俺は別にどこということもないしがないブログを書いてるという答えると、中佐はビーチャムの名前を口にした。俺は彼の話は聞いたことがあると答えた。グレーズ中佐は、この若い兵士が彼の同胞の兵士らを散々侮辱したというのに、彼を守ろうとしているかのようだった。事実中佐によると、ビーチャムは除隊するかそのまま在留するか選択を与えられたが、教訓を生かして在留することを選んだと言う。

ここは本当にたいへんなところだ。ビーチャムの小隊の兵士らは戦闘を何度も経験している。長い間睡眠不足で疲労困憊のまま継続してゲリラ戦に挑むなんてことはしょっちゅうだ。これほどストレスのたまる仕事は世界ひろしといえそれほどはないだろう。特にイラクを侵略する決断が下された頃自分はただのティーンエージャーだったというのに、何百万て人間が三年かそれ以上前の失敗を責め立てるんだから。さらに悪いことに何百万という人々が、兵士らの任務は絶望的だと諦めてるとしたらなおさらだ。それに加えて自分の同胞が目の前で殺されてんだ。(現にビーチャムの旅団では70人が戦死している。)俺はこれらの若い男女がどんな目にあってるか見てきた。そして信じられないほどのプロ意識を見るとき俺は毎日のように感嘆している。

誤った判断を下すことがあっても不思議じゃない。責任追及をするのは当然だが、いちいち兵士が間違いをおかすたびに吊るし上げることもないだろう。

ビーチャムは若い。これだけのプレッシャーにかかれば間違いもおかす。奴は実際模範兵だったとは言いがたい。だが、彼が偉いのはこの若い兵士は在留を選んだことだ。そして今夜も危険なバグダッドのどこかで任務をはたしているのだ。奴は重症を負ったり殺されたりするかもしれないのを覚悟の上なのだ。奴は辞めることも出来た。でも辞めなかった。奴は同胞に面と向かった。同胞からどんなに冷たく扱われたか想像がつく。別の隊へ移動することも出来たのにグレーズ中佐はビーチャムは今の隊に残りたいと自分から言ったという。奴は自分の罪がどのような償いになろうとも償っているのだ。

...グレーズ中佐はビーチャムをそっとしておいて欲しいという。ビーチャムを戦争に戻らせる時だと。 若い兵士はよく勉強になっただろう。二度のやり直しの機会を与えられたのだ。三度目はないことは十分承知だろう。

ビーチャムは近くにいるはずだが、おれは探してまで話をしたいとは思わない。今朝もロケット弾が米軍基地近くに落下した音で目をさました。誰がビーチャムをつるし上げてる暇なんてあるだろう。俺達はビーチャムに仕事に熱中してもらわなきゃならない。

自分の過ちに気がついて、命がけで償いをしているビーチャムの潔さに比べ、見苦しいのは当の記事を掲載したニューリパブリックの編集部だ。これだけ記事が捏造だったことがはっきりした今となっても、まだ捏造記事掲載の責任をとるどころか、なんだかんだ言い訳をして時間稼ぎをしている。

数日前に、陸軍のビーチャムに関する調査書類がドラッジリポートというオンライン新聞ですっぱ抜かれた。ミルブロガーで、最初にビーチャムの嘘を暴露したボブ・オーウェンの話だと、これは軍幹部からの漏洩らしい。誰が漏らしたのかはいま捜査中だということだ。これに関してTNRはドラッジを脅迫したらしく記事はすぐに取り下げられたが、それはインターネットの恐ろしさ。ほんの5分でもアップしてあれば、誰かがダウンロードしている。無論この場合もその例外ではない。

漏洩された書類のなかに、ビーチャムとTNRの編集長や他の数人による電話会議のトランスクリプトが含まれているという。オーウェンは軍関係の人間なのでそのつてから書類が本物であることを確認したという。これまでにもオーウェンは信頼のできる記事を書いて来ているので彼がそういうなら信用できると思う。

さてこの電話会議の内容なのだが、It's the coverup that kills you, part 5">パワーラインによれば、TNRの編集長がビーチャムにすべて本当だったと保証して欲しいと頼んだり、捏造だったと公表したりすればTNRの従業員であるビーチャムの妻の立場や、ビーチャムの将来作家としてのキャリアも危ぶまれるだろうという脅迫まで入っているという。

ビーチャムが捏造記事を書いたことは無論悪いことだ。だが、でたらめの記事など誰でも書けるわけで、それを裏も取らずにそのまま掲載したTNRのほうがプロのジャーナリストとして完全に失格ではないか。掲載して読者から真偽を問いただされるまで真偽のチェックをしなかったというのはどういうことなのだ?いくら自分らの米軍に対する偏見と内容が一致しているからといって、こういう出来すぎた話には必ず裏があると判断するのがプロたるものの仕事のはず。特にTNRは捏造記事を何年にも渡って書いていた若い記者に信用度を散々落とされた過去のある雑誌なのである、注意に注意を重ねることが本当のはず。それを怠っておいて、不心得もののアホ兵士のでたらめを鵜呑みにして、ビーチャムに本当のことを言ったら将来は保障できないなどと脅迫までするとは、もう見苦しいなんて言葉では表しきれない。

さてビーチャムの作家としての将来だが、彼が除隊後、自分の過ちを悔い改めて、どのようにプロの戦士として生まれ変わったかという日記でも書いてくれたら、多分私は読むだろうな。

October 26, 2007, 現時間 9:30 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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「暗闇は漆黒の闇と化した」ビンラデンの愚痴

イラク関係

先日もお話したオサマ・ビンラデンの声明について、ビル・ロジオが分析しているので紹介したい。

最近、イラクでは地元スンニ派市民がアルカエダに背を向けたことや、アメリカ軍及びイラク軍の激しい取締りにより、イラクのアルカエダが苦境を迎えているという話はここでも何度も紹介してきたとおりである。そのことを一番ひしひしと肌で感じているのは、国際アルカエダ組織の親玉であるオサマ・ビンラデン(もしくは現リーダー)だろう。

ビンラデンが彼らの言う「聖戦」がイラクにおいてどのような状況になっていると考えているのかは、この間ビンラデンが発表した声明テープのトランスクリプトを読むとより明白となるとビル・ロジオは語る。

ビンラデンはイラクのアルカエダリーダーがスンニ反乱グループをまとめることが出来なかったという間違いを認めたのみならず、ビンラデンはアルカエダの歩兵たちが路肩改良爆弾をきちんと設置することを「怠っている」と責め、イラク人が自分らの兄弟がいる警察や軍隊を攻撃したがらないことを嘆いている。そしてビンラデンは声明を「イラクの暗闇は漆黒の闇と化した」としめくくっている。,

ビンラデンはアルカエダの部下達が路肩爆弾をきちんと設置していないのは、彼らが自分らの任務を怠っているからだと解釈し、またアルカエダにイラクやアメリカのスパイがテロ軍団に潜入していることの危険性をに注意せよと忠告している。

しかし面白いのは、ビンラデンがイラクのテロリストたちに攻撃に関する非常に細かい指図をしていることにある。たとえば攻撃準備、標的の偵察、訓練、適した武器の状態、弾薬、爆弾の質や設置のやり方などが怠られていると指摘し、このような怠慢さから来る失敗ほど敵である無宗教者を喜ばせることはないなどと注意を施している。ビンラデンがイラクのアルカエダ戦闘員たちの質の低下を嘆いていることが明らかだ。

ビンラデンが嘆くのももっともで、アメリカ・イラク連合軍はIEDと呼ばれる路肩改良爆弾を集中的に取り締まっている。時には改良爆弾の製造者グループの一味が全員逮捕されたり、路肩爆弾を設置しているテロリストが一回につき5人とか15人の割りで殺されたりしている事実を彼はよくわきまえているとみえる。

ビル・ロジオは、オサマ・ビンラデンは宗教的な教祖ではあるが、戦略の指導者ではないとする人もいるが、このような声明を聞くと、やはりエンジニアとしての彼は日ごとの戦闘作戦に非常に興味のあることがわかるという。もしこの声明を出したのが本当にビンラデンならばそれは確かにその通りだろう。

ビンラデンは、テロリスト達がイラクのスンニ派ともっと友好な関係を結ぶことを推薦してはいるものの、イラク警察やイラク軍への攻撃は奨励している。ビンラデンはイラク人の間にある国粋主義を全く考慮にいれていないようだ。警察でも軍隊でもイラク人への攻撃には変わらない。自国民を殺す行為はイラク市民は好まないのだ。2007年の春にアンバー地区を攻撃したアルカエダは、イラク軍や警察及びその家族や警察に協力したスンニ部族のリーダーなどを殺害した。これについてスンニ反乱分子経営のテレビ局アル・ザウラーは、イラク軍や警察を標的にしたアルカエダを強く批判した。

ビンラデンはイラク状況は「漆黒の闇と化した」と嘆きながらも、決して希望を捨ててはいない。アルカエダの戦士たちは援軍が現れるまで持ちこたえられると信じているよだ。彼は中東のイスラム教徒に立ち上がれと呼びかける。なぜなら今こそ彼らの助けが必要とされているからだと。

自分や子供たちに宗教を望む人々は何処にいるのじゃ?Tawheedの人々は、無宗教者や多神教者を倒した人々はどこへ行ったじゃ?拷問を快く思い打撃を恐れない人々は何処にいるのじゃ?地獄はずっと熱いことを知る故、困難を安易よりも、苦さを甘さよりも、好むものは何処にいる?Tabukの時代にローマ人と戦った人々はどこへ行った?Yarmuk時代に死ぬまで戦うと誓った戦士はどこへいった?....

と、まだまだ「何処にいるのじゃ?」が続くのだが、要するにビンラデンはイラクのアルカエダテロリストは不能でアメリカ・イラク軍に押されぎみなのに、中東諸国からのテロ志願者が減っていることを嘆いているというわけだ。アフガニスタン戦争が始まる前に、ビンラデンを一人殺しても、それをうらむ人々のなかから2000人のビンラデンが生まれるだろうという説を良く聞いたものだ。先日紹介したアナベルさんなんかがその言い例で、こっちがテロリストと戦えば戦うほど恨みを買ってテロリストはさらに強化されるという説だ。

しかし現実派その逆。「聖戦」に参加して諸外国からイラクへ行った人々の多くは、栄光ある勝ち戦に参加したという実績をつけたかったからだが、それもアルカエダがイラクで勝っていればこそである。一般に全く勝ち目のない負け戦に参加したいほどの過激派はそうはいないのである。テロ軍団がメンバーを増やすためには派手な勝ち戦が必要なのであり、負け戦の続くイラクに助っ人など来るはずがない。

だからね、ビンラデンのおっさん、「助っ人はどこにいるのじゃ?」などといつまで待っていても時間の無駄なのだよ。

October 26, 2007, 現時間 12:57 AM | コメント (1) | トラックバック (0)

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October 23, 2007

イラク:商売上がったりを嘆く死体安置所送迎タクシー運転手

イラク関係

ベルモントクラブが、最近、死体安置所へ行く客が減って商売上がったりだと嘆いているタクシー運転手の話を紹介している。

タクシー運転手のアクメッド・バキアーさん(Ahmed Khalil Baqir) さんは、以前までバグダッド最大の死体安置所の前で待機していた。悲しみにふけ遺体を引き取りにくる遺族や親族の送り迎えをするためだ。「いやあ完全に生活かかってたんですよ。」と4人の子持ちのバキアーさん44歳は語る。「道で客を拾うなんて考えたことなかったっす。なにせ一日に5回から8回は遺族の送り迎えしてたんで。でも最近は待ってても時間の無駄っす。朝三時間くらい待って、後は道で客をひろってます。」

まあなんてという苦難でしょう。ご同情申し上げますわ。

October 23, 2007, 現時間 8:54 PM | コメント (4) | トラックバック (0)

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ビンラデンも感じる、イラクアルカエダの衰退

イラク関係

昨日のAPのニュースで、ビンラデンと名乗る人物が、音声による声明でイラクのアルカエダ連中に仲間割れせずに協力してアメリカ軍と戦えと呼びかけた。国際テロリストの親玉であるビンラデンでさえも、イラクのアルカエダは過激派だと感じるらしい。しかし人殺し集団を育てておきながら、彼らが自分勝手に暴走したからといって今更あわてても無駄だ。テロリストとはしょせん人殺しの口実が欲しかっただけの大量殺人鬼にすぎない。そんな奴らに独立した権限を与えておいて、いつまでも自分の統率下においておけると考えるほうが甘い。

だが、ビンラデン(もしくはアルカエダの指揮者)がこのような声明を発表せざる終えないとしたら、少なくとも現アルカエダのリーダー格はイラク内での自分達のコントロールが、スンニ部族たちが次々にアメリカへと寝返っているや、アメリカ軍による激しい攻撃によって大幅に失われていくことにかなりの圧力を感じていると判断できる。

アルジェジーラで放映された短いテープでは、テロリストのリーダーは戦闘員たちに「分裂に気をつけろ、イスラム世界は君たちがひとつの旗の下にまとまるのを待っている。」と訴えた。

彼(ビンラデン)は「熱狂派」という意味の「タアスーブ」という言葉を使って部族や過激派団体への協力関係をアメリカ軍と戦うという大きな目的よりも優先させている反乱分子を批判した。

ビンラデンが「過激派」だの「熱狂派」だの相手を批判するというのは、なんともお笑いだ。例によってテープがビンラデンの本当の声かどうかという確認はできないそうだ。私はビンラデンはトラボラの山奥でとっくの昔にくたばっていると考えているが、アフガニスタンとパキスタンの国境沿いにアルカエダの現リーダーたちがいることは間違いないだろう。

アルカエダ幹部が憂いているのは、アルカエダのあまりにも無謀なやり方がイラク市民の顰蹙を買って、いまやアルカエダはイラクで内乱を起こさせることができないばかりか、スンニからも見放されて、イラクを拠点に世界でテロ活動をするなどということは望めなくなっているということだ。アルカエダがイラクのフセインに取り入ったのも、フセイン亡き後必死でアメリカ軍と戦ってきたのも、イラクをテロリストの温床とすることが目的だった。ところが温床どころか、いまやイラクは過激派連中のお陰でアルカエダが非常に活動しにくい場所となってしまった。

アメリカ軍はスンニ部族との協力関係成功を祝って「統一行進」をラマディでおこなうことを呼びかけた。この行進には少なくともスンニの部族代表の200人あまりのシークと地元の勢力者が集まる予定だそうだ。

さて、アルカエダがスンニから愛想をつかされたのと同様、シーア派の民兵たちもシーア市民から見放されつつあるという話はこれまでにも何度かしてきたが、アメリカ軍は軍に協力してくれそうなシーア部族を選んで、積極的な歩み寄りを試みている。結果はまちまちだが、シーア派部族のほうも、少しづつアメリカ軍に協力する気配が見え始めている。

このクリスチャンモニター
の記事は小さいながらもその努力が実を結びつつある事実が記されている。

バビ地区にある聖廟の階段には星条旗が描かれており、参詣にくる人々が星条旗を足蹴にしなければ会場内に入れないようになっていた。星条旗のこのような扱いはアメリカでイラク人のために大量の血を流したアメリカ軍への侮辱であるとして、アメリカ陸軍Beau Balcavage中佐はこの星条旗を即刻聖廟の階段から取り除くようにと地元部族リーダー達との会合で要請した。

しかし、星条旗を取り除くということは、サドル派の民兵らと協力関係のある部族のリーダーたちに、アメリカ軍に協力する意思を公にしろと要請しているようなものである。これは単なる星条旗の問題ではないのだ。

しかしBalcavage中佐はこのような絵がいつまでも聖廟に描かれていることのほうが、かえって反米意識を高まらせるものであり、双方の歩み寄りには害になると判断。シーア民兵に働きかけるという大きな目的のひとつとして、中佐はこれは小さなことのようで大事な一歩と考えた。

イラクの政治リーダーたち、聖教師などと先月行った会議で、Balcavage中佐は旗を取り除くよう要請した。これはイラクを助けるために死んだアメリカ人への冒涜であると中佐は語った。旗を取り除く交換条件の一部として、地元ムサイーブ市(バグダッド南部にあるスンニとシーアが在住。最近治安は良くなっている。)の復興資金を提供することを約束した。

しかし、シーア民兵と深い関係があると疑われている地元の政治家は消極的だった。それというのもあまりあっさりとアメリカ軍のいいなりになっては地元市民から腰抜けと思われるのを心配したからだ。「もう少し時間をください。」と彼はいった。ところが、会議が終わるとすぐ、他の地元政治家たちは夜遅く、だれにもみられないうちに星条旗に硫酸をかけて旗を消しにかかった。

アメリカ軍は少しづつではあるが、他の地域でもシーア民兵との交渉を進めている。サドルシティでもアメリカ軍と民兵たちと三度にわたって会合を行った。サドルシティでアメリカ軍と民兵が会合するなどこれまででは考えられないことだった。

無論、アメリカ軍を殺してきた民兵らを、すぐさま味方に引き入れるなどということは出来ない。大体彼らが口先だけ協力するようなことをいって、アメリカ軍攻撃の機会を狙っている可能性もあるし、実際、あまりにもひどい罪を犯してきた民兵らを処罰しないで、仲間にするわけにはいかなからだ。協力関係をつくるといっても、ある程度の常識は必要だ。

October 23, 2007, 現時間 5:28 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

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October 20, 2007

少しづつ盛り返しつつあるアメリカ市民のイラク戦争支持

アメリカ内政 , イラク関係 , 狂ったメディア

歴史的にみて、戦争を国民が支持するかしないかは、戦争に大義名分が成り立っているとか、自国の犠牲者が多いとかということで決まるのではない。国民が戦争を支持するかしないかは、自国が戦争に勝っているという印象を国民が持っているかどうかに左右される。

イラク戦争には、中東からアメリカに脅威をもたらすサダムフセイン独裁政権を倒し、イラクに民主主義をもたらすという大義名分があるにはあるが、当初80%からのアメリカ市民がこの戦争を支持した理由は、アメリカの圧倒的な武力をもってすればイラク政府など簡単に倒すことが出来る。湾岸戦争のときのようにすばやく害の少ない圧倒的勝利を得てアメリカ軍は名誉の帰還をするこが出来ると信じたからである。

確かにフセイン政権打倒は計算以上にうまくいった。フセインのイラク軍など張子の虎で、アメリカ軍にかかってはみるもひとたまりもなかった。だから2003年5月当時のブッシュ大統領の支持率は90%近かったのではないだろうか?

しかし、イラク復興がおもったよりはかばらないことや、当初の戦闘での戦死者はわずか500人程度だったのに、その後あっちでひとり、こっちでひとり、と路肩爆弾や自動車爆弾による犠牲者が増え始めるとアメリカ国民の戦争への支持は激減した。大義名分も変わっていないし、犠牲者の数もそれほど増えているわけではない。問題はアメリカ国民がアメリカは負けているという印象をもちはじめたことにある。

先日もアメリカの主流メディアは悪いニュースばかりに注目していいニュースを軽視する傾向があると書いた。地味なアメリカ兵及び諸外国の連合軍によるイラク復興活動などはほぼ完全無視され、自爆テロや路肩爆弾攻撃ばかりが報道された。これではアメリカ市民が気分がいいはずがない。

無論私は2003年後半から始まった反乱分子によるアメリカ軍及び連合軍への攻撃によって我々が打撃を得たことや、イラク内の治安が荒れたことを否定しているわけではない。イラク情勢は我々が当初考えていたほど安易なものではなかったことは事実である。だからアメリカ国民の支持が下がった理由を主流メディアのせいばかりにはしていられない。いくら主流メディアが悲観的だといっても、大本営放送がメディアを独占しているわけではないから、他からも情報は入ってくる。それが同じように良くないニュースなら、本当に戦況は思わしくないと判断せざる終えない。

だが逆に、戦況が本当によくなっていれば、いくら主流メディアが良いニュースを無視しようと過小評価しようと、戦争から帰還した兵士らや、現地にいる兵士や民間人や従軍記者らからの情報で、実際に戦況はよくなりつつあるという情報はすこしづつでも巷に広がるものなのである。そうなってくれば、主流メディアもいつまでも良いニュースを無視しつづけることはできなくなるのだ。

さて、前置きが長くなってしまったが、今日のこのAPのニュースも戦況が良くなっていることの証拠だと思う。内容を読まなくてもこの見出しUS, Iraqi Forces Detain Militia Fighters(米・イラク連合軍、民兵戦闘員を拘束)だけで主流メディアのイラクに対する姿勢が変わってきたことがわかる。

BAGHDAD (AP) - アメリカ・イラク軍は土曜日、ポーランド陸軍のヘリコプターに援助され、シーア民兵が勢力のあるバグダッド南部を襲撃、何十人という民兵を逮捕した。二人の民兵は殺された。イラク首相は地元の知事と会見をしたが、知事はこの攻撃を「犯罪者」を根絶やしにするものだと語った。

イラク警察によると夜明け前の手入れでイランの飼イ豚モクタダ・アルサドルのマフディ軍民兵30人が逮捕されたそうだ。このあたりはイギリス軍撤退後、ライバルのシーア民兵たちが石油の利権をめぐって縄張り争いを始めており、地元市民をずいぶんと苦しめているようだ。今回の手入れがうまくいったのも、そんな無法者と戦う決心をした地元シーア市民の協力があったからである。

住民はアンバー地域ではじまった、スンニ部族がアルカエダに立ち向かってアメリカ軍と一緒に地道にアルカエダを追い詰め始めた傾向をみならっている。

以前ならばアメリカ軍とテロリストの戦闘の末、テロリストが50人から殺され、アメリカ人に2人の戦死者が出るなどという場合でも、「アメリカ兵二人戦死!バグダッドで激戦」というような見出しで、あたかもアメリカ軍が激戦の末大敗したとでもいいたげな始まり方をしていたものだ。それが、イラク各地で地元市民がアルカエダにしろシーア民兵にしろ反乱分子にアメリカ軍と協力して立ち向かっているという話が報道されるようになったというのはすばらしい変化と言える。

このメディアの姿勢の変化が国民の世論を変えるまでにはまだまだ時間はかかる。だが、その兆候はもう少しながら見え始めている。ハリスポールという世論調査ではイラク戦争支持率はわずかではあるが増えているとある。以下ワシントンタイムス参照

イラク戦況はアメリカ軍にとって良くなっていると答えた人の数は3月の13%から8月の20%そして現在の25%と確実に上昇している。

アメリカ軍にとって悪くなっていると答えたひとも数も一月の55%から三月の51%そして現在の32%とかなり減少した。

この傾向が続けば、来年の選挙の時までにはアメリカ市民の意見は再びイラク戦争支持になっているかもしれない。そしてイラク戦争を成功させたとしてブッシュ大統領及び共和党への支持率も上がるかもしれない。なんにしてもアメリカ市民が真実を見極められるようになってきたというのは良いことである。


October 20, 2007, 現時間 2:32 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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October 18, 2007

トルコ政府、イラクへの越境攻撃を承認

イラク関係 , 中東問題 , 対テロ戦争

先日からアメリカの下院議会で話題になっているオトマン帝国時代のアルメニア人大量殺害について、現在のトルコ共和国に責任を負わせようという話が、だんだんとトルコ政府の姿勢を厳しいものにさせている。

まず、トルコ政府はアメリカ駐留のトルコ大使を一時帰国させた。

【ワシントン=山本秀也】アルメニア人虐殺(1915年)をめぐる米下院のトルコ非難決議案問題で、トルコ政府は11日、「対応協議」を理由に米国駐在のセンソイ大使を一時本国に召還した。決議案に対する実質的な不快感の表明とみられる。米国家安全保障会議(NSC)のジョンドロー報道官は、「強固な関係維持のため早期の任務復帰を望む」として、トルコ政府の反発に困惑の色をにじませた。

AP通信などによると、大使の召還期間は当面、1週間から10日程度と説明されている。トルコ非難決議案が下院外交委員会(ラントス委員長)を通過したことで、トルコ政府は11日、「長年築かれた戦略的友好関係を困難に陥れる無責任な対応」とする声明を発表していた。

決議案に対して、ジョンドロー報道官は「米国の安保権益を激しく損なう結果を招く」と批判。決議案をめぐるトルコの対米姿勢硬化が、隣接するイラクをにらむ米国の安保権益に打撃を与える懸念をもとに、下院本会議での決議案採択の回避を求めるブッシュ政権の姿勢を重ねて表明した。11日の米メディアは、トルコ国内での反米デモの模様を繰り返し報じるなど、安保権益を軸とした米国とトルコの関係後退に強い関心を示している。

昨日もお話したように、下院議員の間では、この決議案は思ったより弊害が大きいと考える議員が増えてきたようだ。それというのも、日本政府の愚痴っぽいいいわけじみた抗議とは違って、トルコ政府の抗議には断固たる中身があるからで、トルコ政府の行動次第ではアメリカはやっと希望が見えてきたイラク戦争に多いに悪影響を与えるからである。このトルコ軍によるイラク越境攻撃などがそのいい例だ。(下記2007年10月18日産経新聞より

【ワシントン=山本秀也】トルコ軍のイラク北部クルド人居住地域への越境攻撃が同国議会の承認を得たことについて、ブッシュ米大統領は17日、ホワイトハウスで記者会見し、「イラク領内への部隊派遣がトルコの権益だとは考えていない」と懸念を表明、イラク政府を加えてトルコ政府と対話を継続する方針を示した。また、イラク情勢の混乱に備え、大統領は同日、イラク駐留多国籍軍のペトレイアス司令官らと対応を協議した。

トルコ軍の動静について、大統領は「すでに部隊がイラク領内にいる」と述べ、偵察や先遣部隊に続く「大兵力の部隊越境」を支持しない立場を示した。イラク領内を拠点とする非合法武装組織、クルド労働者党(PKK)のテロ活動については「イラク政府もトルコ側の懸念をよく理解している」として、対話による事態打開に期待を示した。

 米側がトルコとの対話を求めるなかで、改めて大きな障害となるのが、米下院外交委員会を通過したアルメニア人虐殺をめぐるオスマン帝国非難決議案だ。決議案へのトルコ国内の反発が、同国議会の越境攻撃承認を後押ししたかたちだけに、ブッシュ大統領は、下院本会議での決議採択を「やってはならない」と強く牽制(けんせい)した。

 決議案には、与党共和党のほか、マーサ下院議員ら民主党の有力議員からも、本会議採決に反対する声が高まっていた。

アメリカもパキスタンへ逃げ込むアルカエダを追いかけてパキスタンへの越境攻撃を行っている以上、もしもイラクのテロリストがトルコへ越境攻撃しているのであれば、それをトルコが応戦するのを止める権利はない。自分はいいが他人はだめというのはあまりにもダブルスタンダードすぎる。だが、トルコがイラクを攻めてきたりすれば、またまたイラクの状態が複雑になってしまう。トルコにそれをさせないためにはアメリカ側がトルコの安全を保障しなければならない。イラク軍とアメリカ軍が協力してイラク在住のテロリストがトルコへ攻め入らないよう徹底的な取り締まりをする必要がある。

しかしそのためにトルコの理解を得るにしても、今回のような議案が採決されてしまえば、交渉は先ず無理だろう。今後トルコとは正常な国交を結ぶことは不可能となる。実はこの議案の発案者は民主党のアダム・シフといい、カカシも地元なのでよく知っている議員だ。なにせこのあたりはアルメニア人が多いため、トルコという言葉は禁句。なんとトルココーヒーですら「アルメニアンコーヒー」と言われているほど。中身は全然変わらないのだが、、、

とにかく、地元の投票者のご機嫌伺いをしたい気持ちはわかるが、ここはアメリカ、アルメニアではない。アルメニアの議会がトルコに責任追及をするというなら話はまだわかる。(それでも筋違いだとは思うが)だがアメリカのカリフォルニアとトルコとどういう関係があるというのだ?

地元主義で外交を全く考えない議員はこれだから困る。

October 18, 2007, 現時間 9:23 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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イラクからのいいニュース、アップデート

イラク関係

きょうのパワーラインより、イラクからいいニュース。バグダッド北西部にあたる93平方キロメーター、人口百万人以上の地域を含む報告。

    5月から比べてなんと暴力沙汰は85%減少。95地区の58までが安全地帯と考えられ、残る33地域も掃蕩中。
    殺人事件はピーク時の一週間161人という去年の数から比べ、今や週に5人という激減振り。
    路肩改良爆弾や小型銃による攻撃も週50件のピーク時から8月末現在で、週に5件以下という数に減っている。
    自動車爆弾の数も85%の減少。
警備にあたっているアメリカ軍はイラク軍戦闘旅団10隊と、イラク国立警察旅団2隊と組んで行動している。

無論このようないいニュースは主流メディアに言わせると報道の価値はないそうだ。

October 18, 2007, 現時間 8:59 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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October 16, 2007

優柔不断な弁護士たち、拉致された米兵を見殺しにする

アメリカ内政 , イラク関係

先日私は陸軍や海兵隊員が戦場で戦闘するにつけ、いちいち兵士らの行為が戦争犯罪の規約に触れないかどうか煩く調査がされているという話をしたばかりだが、今度は今年の五月にアルカエダに拉致された米兵士の捜索に軍が裁判所から容疑者の盗聴許可が下りるまで何と10時間も捜索が立ち往生し、貴重な手がかりをみすみす見逃す結果になっていた事実が明らかになった。(ミッシェル・モルキン紹介のニューヨークポストの記事参照)

これは2007年5月17日、ニューヨークはクイーンズ出身のアレックス・ジメネズ兵がパトロール用の出張基地に侵入したアルカエダによって拉致された事件で、この攻撃によって4人の兵士が殺され、3人が拉致された。捜索活動はすぐに実施されたが、容疑者への盗聴の合法性を巡って弁護士達が9時間38分にわたって会議をするあいだ、捜索は完全に中断されてしまった。誘拐を捜査する専門家なら誰でもいうことだが、犯人のめどをつけるためには誘拐直後が非常に大事なときであり、時間がたてばたつほど、犯人が人質を移動させたり、犯人が人質を別の組織に手渡すなどして、手がかりが途絶えてしまうのが常である。そんな大事なときに10時間近くも「この非常時をどう扱うか」という会議をしていたというのである。非常時だと解っているならくだらない会議など後回しにしろ!人の命に関わることなのだということが、こいつらにはわからなかったのだろうか?

読者の皆様もブッシュ大統領が令状のない盗聴を秘密裏に行っていたというニュースはおききになったことがあるだろう。ブッシュ大統領はことテロリストに関しては、複数の携帯電話であっという間に連絡を取り合うこの情報時代に、ひとつひとつの電話機への盗聴など裁判所からいちいち令状を待っていられない状況がいくらも発生すると判断していた。それはまさしく今回のような事件を防ぐことが目的だったのである。こうした令状を出す権限のあるFISA裁判所はイラク人同士の携帯電話による会話でも、そのサテライト提携がアメリカのものである以上、アメリカ国内の法律が適用されると判断したというのだからあきれてしまう。

数週間後拉致された1人の遺体がユーファラテス川のほとりで発見された。アルカエダはジメネズ兵と他の一人を処刑したと発表した。

「こんなひどいことってありません。もしすぐに捜索活動にでていれば、手がかりを発見し、息子を見つけられたかもしれないのに」とジメネズ兵の母親のマリアさん。「私は神に問い続けています。いったい私の息子の身に何がおきたのかと。」マリアさんは特に不満を隠せない。「私は彼らが出来る限りのことをしてくれていると思っていたのに。」「すべて法律に従えというのがこの国のやり方ですよ。彼らは法律を破りたくなかった。それは解ります。でもそれなら法律を変えるべきです。あの間にどれだけの情報が集められたか神のみぞ知るです。」

信じられないような事件ではあるが、こういう話はなにもこれが最初ではない。数年前にフィリピンでも民間人のグループがアルカエダ系の武装集団に拉致されるという事件があった。そのグループには元陸軍特別部隊の民間人が護衛についていた。地元にいたアメリカ陸軍特別部隊のメンバーは事件直後すぐに出動する用意ができていたにもかかわらず、ラムスフェルド防衛長官並びにブッシュ大統領は、単なるアドバイザーとして駐留していることになっているアメリカ軍がフィリピン軍を差し置いて軍事活動をすることはいかがなものであるかという気遣いから、捜査活動が開始されたのはなんと丸一日後だったという。捜索に出たアメリカ軍はガードマンの遺体を発見。彼は逃げようと思えば逃げられただろうに最後までひとりで戦ったと思われる。人質は何ヶ月も拘束された後に開放されたが、一部の人質は殺されていた。

どうして人の命がかかわり、一刻の猶予も許されないときに、令状がどうの、面子がどうのという話になるのだ?とにかく救出をしてから後でなんとでも言い訳をすればいいではないか。正しいことをしていても裁判沙汰になるきょうび、軍隊が神経質になる気持ちはわかる。だが、アメリカの法律がアメリカ軍が任務を遂行するのを阻止しているというなら、マリアさんのいうようにこのような法律は変えられなければならない。

ところで、令状なしの盗聴はすべきではないといって大声を上げて騒いでいるのは無論米民主党と左翼メディアであるということを一応記しておこう。

October 16, 2007, 現時間 6:42 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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October 15, 2007

シーア市民が目覚めるとき

イラク関係

読者の皆さん、二週間にわたりリアルタイムのネットアクセスが不能だったため、しばらくカカシとミスター苺のアラスカンクルーズの旅行記にお付き合いをいただきました。また写真のアップロードが済み次第、アラスカの美しい景色をご披露したいと思います。

さて、ではアクセス復帰第一弾はイラクの話。

以前にもスンニ市民がアルカエダの暴虐に耐え切れず、アルカエダを見放してアメリカ軍及びイラク軍に協力を求め始めたという話はここでも何度もしてきたが、今回は同じようなことがシーア派市民の間でも起きているという話をミスター苺がしているので、今日はそれを紹介しよう。

驚くことにこの「シーアの目覚め」はなんと反米メディアのニューヨークタイムスが報道している。

バグダッド各地のシーア居住区で市民はマフディ軍を見放し始めている。マフディ軍といえば一時はスンニ武装集団から唯一市民を護ってくれる組織と考えられていたが、最近では信念もなく町を荒らしまくる、単なるならず者の集団と化している。

このバグダッドのシーア市民の気持ちの変化は長くマフディ軍相手に苦戦してきたアメリカ軍にとって良い機会である。最近アメリカ軍は戦闘作戦において、地元のリーダーたちを頼りにするようになってきているからだ。

あの悪名高きニューヨークタイムスとは思えないほどこの記事は非常に均衡のとれた公平な報道となっている。

バグダッドの西と東の四つの地区から10人のシーア人をあつめて行ったインタビューでは、シーア民兵は新しく収入を得るためにシーア市民を敵に回したやり方が説明されている。

今日町をのさばるシーア民兵は2004年、モクタダ・アル・サドル師をしたってシーア独立を目指してアメリカ軍と衝突したマフディ軍の面影はない。 当時は近所の人々が料理用ガスや他の必需品を供給したことにより、戦士の数は倍増していた。

三年たった今、メンバーの多くは暴力的な過去を後にして地元政府の職についたりする傍ら、一部の者達は犯罪に走り、車を盗んだり死亡したり避難した両派の人々の家々を乗っ取ったりしている。

メンバーの年齢層も変わり、今では家族にも見放された10代の若者がほとんどであり、これがアメリカ軍の成功につながっている。去年の秋、アメリカ軍はシーア民兵への取り締まりを厳しくし、リーダーを何人も逮捕し、(マフディ軍は)目的をもたない下級のメンバーを残すのみとなった。

「いまは若いもんだけで、宗教も自制もありません。」というのはアバスさん40歳。シーア派市民でバグダッド南部のアミーンにおいて車の部品の卸業をしている。アバスさんの22歳の従兄弟のラティブさんはこの春、マフディ民兵を侮辱してメンバーから口を撃たれた。

「みんなやつらを嫌ってます」とアバスさん。「人々は奴らがみんなの前から消えて欲しいと望んでいます。」

イランの飼い豚サドルは、イラクでシーア派に暴力行為をしている人間は、その行為そのものがマフディ軍のメンバーとしての資格はないと言い訳をしている。 市民に暴力を振るえばマフディではないなどという都合のいい言い訳をして、責任逃れをしようとしても、イラク市民には通用しないだろう。なんにしても、サドルがイランからイラクへ戻ってくるときが来たとしても、サドルが戻るマフディ軍のメンバーがサドルを指導者として受け入れるという保障はまったくないばかりか、多分サドルがもどってくるような組織はイラクには残っていないことだろう。

ここでミスター苺は大予言をする!「イラク反乱分子は誰が考えるよりも早く崩壊するだろう。」と。イラクのアルカエダはもう虫の息だし、シーアのマフディやバーダーの民兵も駄目となれば、いったい誰が残っているのか?

無論イラク国内の内乱を望む、イランや外国人テロリストによる援助は無視できない。しかしイラクは宗派主義の国ではなく、部族主義の国である。だから、シーアだというだけでイラクのシーア派はイランに単純に同調はしない。 イラクでシーアにとって非常に大事なアルアスキリ聖廟がアルカエダに爆破されたときですら、お互いに殺しあいを続けはしたが、影の政府を設立するとか、軍隊が真っ二つに割れるといったような本当の意味での内乱は起きなかった。

イラク市民は内乱を起こすどころか、スンニとシーアの両方の過激派反乱分子を拒絶した。自称「救世主」を頼りにせずにイラク人は自分たちの手でイラクを立て直そうとしている。そのような場所ではどちらの反乱分子も長期にわたって敗戦を戦い続けることは出来ない。

ミスター苺は来年の11月の選挙の時までには、スンニにしろシーアにしろ反乱分子はほぼ鎮圧されているだろうと予測する。2006年の中間選挙ではイラクが負けていると思われたため、共和党も大敗すると予測されていたが、共和党の損害は民主党が望んだほど大きくはなかった。多くの市民が「とにかくまだ様子を見よう」という姿勢をとっていたからだ。

ここ最近の状況を観察してみると、アメリカ軍はどうやらイラク戦争に勝ちそうである。無論だからといって、アメリカ市民が共和党に投票するという保障はない。だが、この戦争は共和党の失態だと民主党は投票者に言い続けてきたので、この戦争が成功したら、ある程度共和党への認識は高まる可能性はある。

ここでニューヨークタイムスの記事を引用して締めくくらせてもらおう。

ビジネスマンのアリさんは、マフディ軍は将来ずっと小規模なものになるだろうと語った。人々は(マフディの)リーダーたちを信用していないという。「彼らの中に信念というものがまったくなくなってしまったからです。」

米民主党にも耳の痛い言葉なのではないだろうか?

October 15, 2007, 現時間 11:35 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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October 12, 2007

マーサ米下院議員よ、海兵隊員侮辱を釈明せよ!

アメリカ内政 , イラク関係 , 対テロ戦争 , 狂ったメディア , 防衛

米下院議員のジョン・マーサ氏は法廷において、ハディーサ事件で議員がまだ調査も行われていなかった時点で米海兵隊員たちがイラク市民を虐殺したとメディアに発表したことについて、釈明しなければならない可能性が高まっている。

それというのも、ハディーサ事件の容疑者として逮捕され、最近になって証拠不十分で起訴取り消しになった海兵隊曹長Marine Sgt. Frank Wuterich氏がマーサ議員を名誉毀損で訴えたからである。

マーサ議員が当時どのような発言をしていたか、2006年の6月にカカシが書いたハディーサ事件:それぞれの思惑
を振り返ってみよう。

****米軍の捜査経過の詳細を研究したとして民主党の下院で反ブッシュのマーサ議員があちこちのテレビ局で海兵隊員が一般市民を虐殺した証拠があると発表した。下記はABCがおこなったマーサ議員のインタビューの記事を訳したもの。(翻訳:妹之山商店街さん)

マーサ議員:IEDが爆発したんです...毎日外に出る度にIEDが爆発するんです...ですから毎回プレッシャーが高まっていく訳です。この場合はIEDが爆発し、海兵隊員一人が死亡。そこにタクシーがやって来て、中には四、五人が乗っていました。武装していなかったのですが、この人達を射殺しました。その後、民家を襲撃して人々が殺害したんです。女性の一人は、海兵隊の人から話を聞いた所、子供をかばって命を助けてくれと懇願したにも関わらず射殺したということです。更に気になるのはイラクの人達はこのことを知っていたということなんです。家族に補償金を支払ったからです。それに加え、隠蔽工作が行われたんです。間違いありません。最初この人達はIEDで死亡したと言ったんです。翌日調査の為に要員が派遣されました。ところがそれについて何の報告も行われず、三月になってタイム誌がこれを伝える時誰も何が起こったのかを知らなかったのです...

質問:写真や画像証拠があるとのことですが、本当ですか

マーサ議員:その通りです。捜査を担当した人とイラク側の証拠を入手しました。何が起こったかについては、疑いようがないんです。問題は、誰が、何故、隠蔽工作をしたかということなんです。何故明らかになるのに半年も掛かったんでしょうか翌日調査を行い、ニ、三日後にはこの人達が殺害されたことが分かっていたんです。

まだ米軍による調査がすんでもいないのに、何が起きたかは間違いないとか、隠ぺいが行われたとか適当なことを良く言えたものだと思う。問題なのはマーサ議員があらゆるニュース番組にはしご出演してこのような発言をしていた時、マーサ議員はまだ軍当局から捜査結果の報告を受けていなかったということだ。マーサ議員はタイムスの記事を書いたイラク記者の報道をそのまま鵜呑みにして事実確認もせずに米海兵隊を有罪と決めつけ軍当局が隠ぺいしたと言い切っているのである。******

無論、その語の捜査で、ハディーサ事件は海兵隊員が戦闘規約に従って正しく行動していたことが明らかになり、ウーテリック曹長ならびに他の容疑者の審査過程で、ハディーサにおいて犯罪は起きていなかった。この事件の容疑は最初から最後まで捏造だったという結論が出ているのである。

しかしマーサ議員は下院のなかでも有力な政治家であり、現職の議員は裁判で証言する義務を免除されるという法律があるため、それを使って証言を避けるのではないかという見方もある。だが、もしもマーサ議員がその特権を使って証言を避ければ、かえって証言をした場合よりもマーサ議員のみならず、民主党にも悪い結果になるのではないかという意見もある。

民主党はブッシュ大統領を忌み嫌うばかりに、ブッシュに都合の悪いことならアメリカにとって悪い結果になるような行為でも積極的にやってきた。特にアメリカ軍隊への攻撃にはひどいものがある。アメリカ市民は戦争に反対している人たちでも反軍隊とは限らない。南部の民主党支持者は戦争自体には反対でも家族に軍人がいたり、今現在イラクやアフガニスタンに出動している人も少なくない。そうしたアメリカ社会でことあるごとにアメリカ軍隊を侮辱する民主党のやり方は一般のアメリカ市民からかなり反感を買っているのである。

そんな中で、自分も元海兵隊員という肩書きをことアルごとにひけらかしているジャック・マーサ議員は証拠もないのに無実の海兵隊員の名誉を汚し、その発言を法廷で釈明せよとの法廷命令を議員の特権を使って拒否するとなったなら、国民は民主党のことをどう考えるだろうか?

ジョン・ケリーは「勉強しないとイラクへ行く羽目になる」といってアメリカ軍人を馬鹿にする失言をしたばっかりに大統領立候補から降りなければならないという失態を起こした。一般のアメリカ人はアメリカ軍を馬鹿にする政治家を許さない。このことに関して他の民主党員がどう反応を示すかによっては、アメリカ市民はついに民主党の本性を見ることになるかもしれない。

少なくとも共和党の大統領候補諸君には今後の選挙運動で、どんどんこの件を話題にして、民主党はアメリカ軍の敵だと投票者に印象付けさせて欲しいものだ。


October 12, 2007, 現時間 6:02 AM | コメント (0) | トラックバック (3)

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October 3, 2007

イラク戦争、戦死者の数はここ14か月で最低に減る!

イラク関係

イラクにおけるアメリカ軍兵の戦死者が減っているとAFPが報道している。

2007年9月のアメリカ軍戦死者の数は70名と、去年の7月の月平均で最低の数となったとペンタゴンは発表している。この数値はここ4か月に渡る連続減少であり、今年で一番高かった5月の121人、6月の93人、7月の82人、8月の79人、と減る傾向が見えている。

「明らかにこの傾向は正しい方向へ向かってます。」とアメリカ軍報道官のマーク・フォックス少将はバグダッドの記者会見で語った。

「増派は文句抜きでより多くの場所に同時に多くの勢力が行動できることが可能となり、アルカエダや過激派から温床や聖域を拒絶することができるようになりました。」

これまでで戦死者の数が一番多かったのは2004年の11月の137人で、米軍の率いる連合軍がファルージャを攻撃した月であるが、死者137人のうち何と126人までもが戦闘で戦死した。次に多かったのはイラク戦争が激化し始めた2004年の4月の135人だった。

一般に増派と呼ばれているが、実際にはCOINと呼ばれるべき現在のアメリカ軍の対反乱軍作戦は、その成功の尺度は民間人と味方軍の犠牲者の数がどのように減少するかにかかっている。COINの成功を一般の正規軍同士の戦争のようには解釈出来ない理由は、テロリストやゲリラは正規軍のような戦い方をしないからだ。特にイスラム教反乱分子は影の政府を設立するでもなく、地元市民に取り入っていわゆるハートアンドマインド(心と魂)を勝ち取ろうという努力すらしない。彼らがすることといったらやたらめったらに市街地へ攻め入り、不特定多数の市民を殺しまくるだけだ。

テロリストは主に市民を攻撃するが、時々味方軍を攻撃する時でもパトロール中を待ち伏せするやり方を好む。面と向かっての突撃では勝ち目は無いからである。これはアフガニスタンのタリバンがNATO軍に正面からの攻撃をしては大惨敗をとげていることがよく物語っている。であるからテロリストが生き残るためには小さくてもいいから連続的な「勝利」を必要とする。なぜなら勝たなければ地元市民からの援助も新しいメンバーの勧誘も今のメンバーの士気を保つこともうまくいかなくなるからである。だからテロリストが勢力を保つためにはなんとしても目立った大量殺人を続けなければならないのである。

テロリストと戦っている側がテロリストによる勝利を阻止すればするほど市民やCOIN軍の犠牲は減る。これが続くと次の二つのことが起きると、最近専門書を読んだミスター苺は説明する。

  • 一部の市民は反乱分子への支持を考え直し始め、次第に積極的な援助をしなくなる。そして対反乱分子軍のほうに協力し始める。
  • 反乱分子そのものもだんだんと恐怖と飽きもあって、地元市民に紛れ込んだりそれが不可能な場合には外国へ逃げたりする。(イランに逃げ帰った白豚サドルがいい例である。)

というわけだから、イラクで市民や味方軍の犠牲者の数が減っているのは、COIN作戦が成功している証拠なのだ。なぜならこの作戦がうまくいっていれば当初の激しい戦争で味方軍の戦死者が一旦増えた後は、どんどん減るというのが予測されていたからである。

iCasualtiesによるとイラク市民の死者数 は9月で746人、2006年2月から最低の数。なんと今年の2月から比べてイラク市民の死者数は75%も減っているのだ!

ミスター苺がこの傾向をグラフにしてくれているので、下記を参照いただきたい。このグラフには8月14日のヤズィーズ爆破は含まれていない。それはあの爆破はCOIN作戦の行われていない僻地での出来事だったからである。緑が連合軍、赤が全体。



Iraq insurgency killings 2007

このグラフを見れば犠牲者減少の傾向は明らかである。まさにCOIN作戦は計画通りの大成功を遂げているのだ! つまり、今後なにか特別な変化でもない限り、イラク戦争はアメリカ軍にとってもイラク民主主義にとっても文句無く勝利は約束されたのである。無論まだまだ戦闘は続くし、今後の後片付けにも連合軍にもイラク市民にも犠牲は出るだろう。だが、もう結果は決まったのだ。我々の勝利は間違いない。

October 3, 2007, 現時間 5:05 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 28, 2007

イラク世論調査:大多数が増派はうまくいってないと返答

イラク関係 , 狂ったメディア

私がよく行く掲示板でイラクからの悪いニュースを専門に書いてるひとが、またまたこんな記事を紹介してくれた。これはイラクの世論調査でイラク人の大半が米軍の増派作戦は失敗していると感じているという内容である。

約70%のイラク人が増派が始まって以来治安は悪化したと答えた、として始まるこの記事は最近イラク人2000人を対象に、イギリスのBBC, アメリカのABCNews, そして日本のNHKが共同でスポンサーとなって行ったものだが、さらにこの調査では60%のイラク人がアメリカ軍への攻撃は正当だと答えたとしている。これはスンニ派では93%、シーア派でも50%がそう答えたと言う。

それでこの記事を紹介した人は、もしアメリカ軍や従軍記者が言うように、スンニ派の部族がアルカエダに嫌気がさして米軍と協力して戦っているなどということが真実だとしたら、このような世論調査の答えはおかしいではないかと問いかける。無論彼は反イラク戦争派なので、従軍記者たちは米軍からの検閲にあって、自由に記事が書けないと結論付けているのだが。

しかし反米君の疑問にも一理ある。もし90%ものイラクスンニ派が米軍への攻撃を正当だと感じているなら、何故米軍に協力などするのか?反対に、もし米軍や従軍記者が言うように多くのスンニ派部族が積極的に米軍に協力しているというのが本当なら、どうして90%ものスンニ派が米軍への攻撃を正当だなどと答えたりするのだろうか?

一口に世論調査などといっても中東で行われる調査は日本やアメリカのような先進国で行われる調査のようなものだと考えるのは大きな間違いである。独裁政権の下で長年生き延びてきた市民は政府や体制に対する不信感が強い。誰かに意見を聞かれても、その質問に答えることで自分の生活がどのように影響を受けるのかを先ず考えねばならない。このような社会では世論調査の質問に正直に答えなければならないという感覚はまったくない。

冷戦時代にソ連で一般市民にマイクを向けてアメリカの取材班が取材をおこなっていたところ、取材の記者とたあいない世間話に応じただけの商人が記者が立ち去った後にKGBらしき男から詰問されていた映像をみたことがある。

また、先日CNNヨーロッパの放送を見ていてアフガニスタンで取材をした女性がこんなことを言っていた。彼女はタリバン時代から何度もアフガニスタンに足を運びアフガニスタンの女性の生活についてリポートを続けているが、最近の訪問で一般市民にインタビューをしようとしたら、ある女性から「あんたの質問に答えて私に何の得になるというの?」と聞かれて言葉を失ったと言う。

他にも市民が質問者が自分らの生活を悪化させるなり向上させるなりの力のある人だと感じれば、質問者が聞きたいことを答えるということも大いにありうる。一度私は中華の惣菜店で「この料理には卵は使われているか?」と聞いたことがある。これは私が卵を避けていたからなのだが、最初中国人の店員は「卵、欲しい?入ってるいるよ」と調子よく答えた。ところが「それなら私はいらない」言うと「おー、入ってないあるよ。大丈夫。」と答えを変えたのである。この店員にしてみれば、料理に卵が入っているかどうかという事実よりもどう言えば客が品物を買ってくれるかという考えが先行していたのだ。

欧米のメディアがイラクで世論調査をするといっても、彼らが直接イラクへ行って人々に質問をするわけではない。アラブ語の話せるエージェンシーに調査を依頼するのだ。もしもこのエージェンシーが雇った質問者がスンニ派でテロリストと強いつながりがあると地元市民が知っているか、疑っているかした場合には、市民は何と答えるだろうか?シーア派にしたところで、地元の反米権力者と関係があるらしい人が質問をしたら、親米な答えなど正直に言うだろうか?

これについて、ミスター苺はこんなことをいっている。

イラクでの世論調査はあてにならない。イラク人や他のアラブ人たちが世論調査をどう理解しているのか我々にはわからないからだ。彼らは増派が失敗したと言えば地域にもっと多くの軍隊を送ってもらえると考えたかもしれない。もし増派は成功したと答えたらアメリカ軍はすぐに撤退してしまうのではないかと恐れたのかもしれない。

また我々には実際の質問がどういうものだったのか知らされていない。COINのような新作戦がうまくいっているかどうかは、客観的に確認できる事実で判断されるべきであり、人々の意見で一喜一憂すべきではない。

我々は自由社会に住み好き勝手なことを好きなときに言えるので、つい他の社会の人々も同じだと思い勝ちである。だが、実際は中東社会は他の社会とはまったく違うのである。それを我々の物差しで計ろうとするのは非常に危険である。

September 28, 2007, 現時間 6:10 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 23, 2007

イラク戦争:2005年に現在の増派作戦を起用出来なかった訳

イラク関係 , 対テロ戦争

イラク戦争総司令官のペトラエウス将軍による対反乱分子作戦、いわゆるCOIN、は成功を収めつつある。こうなってくると自然と「どうして最初からこの作戦をとりいれなかったのか」という疑問が生まれる。アメリカの政治評論家は口をそろえて「2005年の段階でこの作戦を起用すべきだった」という。しかし私は今の時期よりも早い時期にこの作戦を起用しても成功しなかっただろうと思うようになった。つまり、ペトラエウス将軍の前任であるケーシー将軍やアビゼイド将軍のやり方は間違っていなかったと思うようになったのだ。

4~5日前の午後、帰宅途中のラジオでヒュー・ヒューイットがラマディで駐在していたマイケル・トットンのリポート(Michael Totton) を読んでいるのを聴いた。このリポートの内容は非常に楽観的だった。それはラマディのスンニ市民たちはここ数年間にわたるアルカエダによる虐待によってひどい生活を強いられていた。彼らの状況は切羽詰っており、もう忍耐も限界に来ていた。それで今年の初めにアメリカ軍がアメリカ軍及びイラク軍と共にアルカエダと戦おうと提案をもちかけたときには、彼らはすでに心の用意ができていた。いやそれどころか積極的に連合軍への協力に熱意を示した。

地元スンニ部族の協力のおかげで、アメリカ・イラク連合軍はアルカエダをラマディから追い出し、戦闘で破壊され地獄のようになっていた町を生まれ変わらせたのである。無論エデンの園とまではいかないが、それでも地元民もパトロールするアメリカ兵や記者などが防弾チョッキを着るのを忘れてしまうほど平和な町へと変わったのだ。実は私はファルージャからも全く同じ話をきいたし、悪名高いバグダッドのハイファ通りからも似たような話をきいた。こうしたいいニュースはここでもいくつか紹介してきたとおりである。

この三つの別々の記事はペトラエウス将軍のCOINアドバイザーであるデイブ・キルカレン中佐(Lt.Col. Dave Kilcullen)が小さな戦争日記 という題で書いている日記の「アンバーの目覚め」("Anbar awakening")の内容と一致している。キルカレン中佐は部族のリーダーたちはもう限界まで追い詰められついに耐え切れずに元味方に反旗をひるがえしたと書いている。

つまり、それがスンニ派にしろシーア派にしろ共通している点は、反政府武装集団による暴虐に嫌気がさして、もうこれ以上耐えられないというぎりぎりのところまで追い詰められているということだ。しかしここで注目しなければならないのは、このぎりぎりの限界は過激派の暴虐を誰かから話を聞いて納得したとかいうものではなく、自分たちで散々体験したことからくるものだということだ。

COIN作戦のなかでも特に大切な要素は地元市民の協力である。これなくして対反乱分子作戦は絶対に成功しない。アンバルにしろ、ディヤラにしろ、バグダッド地域のスンニ派にしろ、地元市民は味方連合軍の目となり耳となって働かなくてはならない。地元民の大半が反乱勢力に同情しているうちはこれは絶対に無理だ。

2005年当時、スンニもシーアもアメリカ人を全く信用していなかった。彼らはアメリカはスンニかシーアのどちらかについて、傀儡政権を通じてイラクを支配するつもりに違いないと考えていた。そうでなければ、途中で飽きて形だけの勝利宣言をして撤退してしまうものと信じていた。彼らにとって我々は占領軍なのであり支配者であり、彼らは我々が彼らの石油と女を盗みにきたものと本気で信じていたのである。

これはまだアルカエダがタリバン式の厳格で理不尽な法律を市民に強制する前のことであり、アルカエダのリーダーたちが娘たちを犯し、息子たちを八つ裂きにする以前の出来事だった。つまり、一般のイラク人たちはまだテロリストとの共存は可能であると信じていた時期だったのだ。

そんななかで、いったい我々はどうやって地元市民の信用を得て共に反乱分子と戦うことができたのだろうか?

我々が単にテロリストは悪であるといってみたところで、イラク市民が信じたとは思えない。 イラク市民がアルカエダの悪に気がつくには自分たちで彼らの悪を体験しなければならなかったのだと私は考える。 そのような体験をしてテロリストは自分らの友ではない、いやテロリストこそが自分たちの敵なのであり、侵略者なのでありアメリカではないのだと自分たちで納得する必要があったのだ。

イラク市民はまたアメリカ人は逆境に強いということを知る必要があった。彼らがアメリカ人は信頼できる、長くかかっても最後まで頑張る信頼できる人間だと知る必要があった。イラク市民は反米の偏見を乗り越えてアメリカを信頼する必要があったのである。そのためにこの6年間は必要だったのだと私は思う。

私は当初ラムスフェルド国防長官の「小さな足跡」作戦を支持していた。 多くの人々が今となってはこれは失敗だったと考えている。私もしばらくはそう考えていた。しかし今は、私はこの作戦は間違いでも失敗でもなかったと考える。イラク市民はアルカエダやシーア民兵がどれだけ独裁主義の悪であるかを自ら学ぶ必要があったのである。

もしも多くの政治評論家たちが言うようにCOINを2005年や2006年に実施していたとしたら、これは完全に失敗していただろう。軍事論説者のエドワード・ルットワクによると、地域が戦争をやりたがっているうちは平和を押し付けることは出来ないという。双方が散々戦って、戦いに疲れてはじめて平和交渉が始められるのだ。これと同じ理論で、反乱分子に協力していた市民の大半がシャリア党の独裁政権下で生きることの恐ろしさを体験してみなければ人々にはこれがどれほど恐ろしいことかわからなかっただろう。

であるから意図的にしろ偶発的にしろ我々は直接な危害が加えられない限りシャリアが拡大するのを黙認してきた。シャリアの影響が大きくなればなるほど人々の不満も積もってくるということは誰でも安易に予測できそうなものだが、我々の多くがそれを予測できなかった。

このような個人的な体験がなければ、「アンバルの目覚め」など不可能だっただろう。であるから「どうして最初からこの作戦をとりいれなかったのか」という質問の答えは、それは完全に失敗しただろうからだ。2005年当時にこの作戦を実施していれば、イラク人とアメリカ人の間でお互い不信感を強めただけでおわっていただろう。

今になって多くのひとが自分は最初から支持していたと主張するこの作戦を本当に実施していたならば、大失敗に終わり、今頃はCOINは全く効果がないと判断されていたに違いない。だから私は一見遠回りをしたように見えるが、実は今の時期にやったからこそCOIN作戦は成果を挙げているのだと確信する。

COIN関連記事
ペトラエウス将軍議会公聴会の反響

September 23, 2007, 現時間 1:31 AM | コメント (1) | トラックバック (0)

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September 21, 2007

日本へ出張

イラク関係 , 日常の出来事

今日はちょっとお知らせ。

明日から日本へ二週間ほど出張する。その間のネットアクセスは宿泊するホテルによるのでどうなることやら。なにしろ合計4つのホテルを点々をすることになっているからよくわからない。

うちの会社は私が行く予定の地域で会社の予算にあうホテルが全く見つからないといって予約の手続きなど全くしてくれない。それでカカシは自分で検索したら、結構予算以内のホテルは存在することが分かった。ただし、英語検索で見つかるホテルは交通の便は空港の近くとか主流な駅の近くとかが多いがその分割高のところが多く、ローカル線をちょっと乗ればいけるところにある「なんたら旅館」などは絶対に見つからない。これでは会社の旅行課が探せなかったのも無理はないのかもしれない。

それにしても、外国への出張だというのに地元の役員が迎えにきてくれるわけでもなく、支店への道順も教えてくれないこの不親切者。空港からバスで一時間以上もある支店なのにどのバスに乗れとも教えてくれないのだからひどいものだ。日本語が分かる私でも不安なのに、一足先に行った日本語の分からない同僚は、なんとか一人でたどり着いたというのだから感心する。世の中には結構度胸のある人がいるものだ。 支店への道順を教えてくれと支店にメールを打ったら、この彼女がむかえにきてくれるという。まったく支店の日本人は何をやっとんのじゃ?

それではもう遅いので今夜はこのへんで。明日以降のエントリーは不規則になると思うが、なるべく書くようにするのでご了承いただきたい。

September 21, 2007, 現時間 2:21 AM | コメント (4) | トラックバック (0)

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September 16, 2007

ペトラエウス将軍議会公聴会の反響、 シアトルより

アメリカ内政 , イラク関係 , 日常の出来事 , 東洋危機

ここ数日間、ネットアクセスが無かったためあらかじめ予定しておいた時事とまったく関係のないエントリーばかりだったので読者の皆様もちょっと失望されたのではないかと思う。特に今日のエントリーはまったく場違いになってしまった。(笑) その間に待望のペトラエウス将軍の議会での報告があったり、イスラエルによるシリア空爆があったり、安倍首相の電撃辞任宣言があったりと、きょうび10日以上もネットアクセスがないとこうもニュースサイクルに遅れをとってしまうものなのだろうかと、改めて感じている。

実はカカシはシアトルからアラスカ及びカナダの船旅を終えて、今朝シアトルの港に戻ってきたところ。
船の中で見られるテレビ局はCNNのヨーロッパ版だけで、しかも新聞はニューヨークタイムスのみ!これではいったい何が起きているのかさっぱりわからない。

ペトラエウス将軍の議会報告

9月11日に待望のペトラエウス将軍の米議会報告質疑応答があった。ペトラエウス将軍の報告の内容についてはまた改めて分析したいと思うが、イラク情勢は向上しつつある、暴力は減っている、来年の夏ごろには兵を一部撤退することもできる、といった報告に対して、反戦派の民主党議員の間からは「この嘘つき!」「裏切り者!」とでもいわんばかりの反応が出ている。特に大統領に立候補しているヒラリー・クリントンなどはペトラエウス将軍の報告は「意図的に不信感を棚上げにしなければ信じられない」などと遠回しに将軍及びアメリカ軍は嘘つきであると軍全体を侮辱した。

2002年にイラク戦争が国民から強く支持を得ていた時はイラク戦争はアメリカの安全のために必要だと演説をぶったヒラリーだが、民主党支持者の間で戦争が不人気になってくると自分の戦争支持の立場を弁護しきれなくなり、最近は左翼の圧力に負けてアメリカ軍は即撤退すべきだと言い始めた。ブッシュ大統領のイラク方針を変えるという目的で新しくペトラエウス将軍がイラク戦争の指揮官に任命された時は積極的に支持しておきながら、ペトラエウス将軍の名前をもじって「ベトレイアス(我々を裏切るという意味)」と呼んでいる極左翼の市民団体ムーブオンを批判するどころか一緒になって将軍を嘘つき呼ばわりするヒラリー。無論リベラル偏向丸出しの主流メディアはそんなヒラリーを批判などしない。

だが誰もヒラリーを批判していないかというとそうではない。数日前にニューヨークタイムスは極左翼市民団体ムーブオンによるペトラエウス将軍の中傷誹謗の一ページ広告を掲載したが、この時の広告料が普段より三分の一という格安値段だったことが判明して問題になった。そこで共和党から大統領に立候補しているジュリアーニ元ニューヨーク市長は、自分にもムーブオンと同じ値段で戦争賛成広告を掲載させよと要求。そうしなければニューヨークタイムスを言論弾圧で訴えるとまで脅迫して見事ジュリアーニ候補は、極左翼のムーブオンやヒラリー及び民主党議員たちは共謀してペトラエウス将軍の栄誉ある名前を汚していると批判する広告を出した。そのうえジュリアーニ氏は特にヒラリーに向けて謝罪を要求するビデオまで発表した。これまでメディアからも選挙の競争相手からも厳しい質問を一切されないで女王様のように特別扱いを受けてきたヒラリーだが、大統領選挙はそう甘くない。

さて、ペトラエウス将軍の議会公聴会とあわせて、9月15日ワシントンではアンサーという共産主義看板団体が反戦デモ行進を主催した。無論それに対抗して戦争支持者たちも多く集まった。保守派政治評論家のミッシェル・モルキンが現地からその様子を報告している。

反戦派の様子は主流メディアは報道するが、対抗している戦争支持者の様子は取り上げられない。ま、今更驚きはしないが。途中双方で小競り合いがあり反戦派189人が逮捕された。

ところで反戦デモは2003年当初から三万人程度の参加者しか集められないで要るが、回を重ねるごとにその数は減っており、戦争支持者の数は反比例して増えている。支持者側の数は反対派よりは劣るが、それでも今年の3月の時といい、今回といい、完全無視はできない数になっている。現場にいたミッシェルによれば、反対派の参加者はせいぜい一万人程度。ABCのリポートでも「何千人」という書き方なので、この数はだいたい正確だろうと思われる。

さて将軍の報告に関してアメリカ市民の反応はどうかといえば、ラスムソンの世論調査によれば、ペトラエウス将軍の作戦を支持するという市民の方が支持しないを43:38で上回っている。

September 16, 2007, 現時間 10:03 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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September 11, 2007

なぜ戦を学ぶのか? その3

イラク関係 , 防衛

さて今日はビクター・デイビス・ハンソン教授の、なぜ戦を学ぶのか、の最終回。今日の話題は軍事技術と戦法の発展について、、

軍事技術は進歩しても人のおつむは変わらない

軍事技術の進歩はすさまじい今日、新兵器や世界中にあっという間に伝達される情報などを考えると、戦争の仕方は昔と全く違うものになったと思い勝ちである。しかし軍事歴史はたとえ3万フィートの上空からGPS爆弾を使って一人の人間を殺すことが出来たとしても、ネットでジハーディストが世界中に一度にプロパガンダを流すことができたとしても、それが必ずしも戦争における勝者と敗者を決める決め手となるとは限らないとハンソン教授はいう。

改良路肩爆弾対装甲ハンビーは、射出機(大石を敵陣に打ち込んだ古代の武器)対石の壁や火縄銃対鎧をきた騎士の現代版に過ぎないのだ。長い戦争の歴史では防衛にしろ攻撃にしろ武器が一定の技術でとまっているということはない。かわらないのは単に一時的にどちらかが有利になるといったことだけなのだ。

ということは、どれだけ新しい武器が発明されようとも、人間のおつむが変化しない限り、戦争の性質そのもはかわることはない。1991年の湾岸戦争では最新型のコンピューター起動の武器が使われた。しかしどれだけの最新兵器も戦争にたいする政治目的がはっきりしていなかったことから戦争は決定的な集結を得ることができなかった。 時として戦争の終わりに、なぜかアメリカは軍人も政治家もフセインを敗者として扱わなかった。アメリカはフセインが石油でもうけた金で平和を乱すようなことがないような対策を全くとらなかった。だから敗者であるはずのフセインがアメリカおよび連合軍の見てる前でクルド人を虐殺し、航空禁止区間で再び戦い、そして三度目の正直でフセイン政権を倒さねばならなくなったのである。

軍事歴史は異常事態や矛盾に満ちている。スパルタがペロポネシア戦争でアティカを侵略した最初の春、スパルタ軍はアテネ人は数カ月で降参すると考えていた。しかしアテネ人は降参しなかった。ところが疫病が流行り、スパルタ侵略よりも多くのアテネ人が死亡してしまった。 27年後、強靭は海軍で知られていたアテネはおざなりな海軍しか持っていなかったスパルタに海戦で負けてしまった。 2003年、何万という犠牲が出るだろうと予想されたフセイン政権崩壊にはほとんど犠牲者を出さないままあっけなく終わってしまった。ところがその後比較的スムーズにいくだろうと思われていたイラク復興は思いの他手間どっている。

軍隊の大きさも戦場での成功は保証できない。サラミス、イソス、メキシコシティ、そしてレパントの勝者たちは皆、数の勝る敵を相手にして勝った。また戦争における一番残虐な殺しあいは得てして戦争終焉を目の前にして起きる。同盟軍の1918年の一斉攻撃、1945年春のロシアによるベルリンへの攻勢、バルジの戦い、広島、などすべて終戦直前に起きている。そして民主主義社会の指導者たちは戦争中に国民の不信任を得て辞任を余儀なくされる場合が多々ある。ウィンストン・チャーチル、ハリー・トルーマン、リチャード・ニクソンなどがそのいい例だ。

勝ち戦には父親が何人もいるが、負け戦は孤児だ

アフガニスタン戦争で、イギリスもソ連も勝てなかったアフガニスタンの遊牧民軍団であるタリバンをアメリカ軍が比較的少数の軍隊で数週間で崩壊させた時は、アメリカ市民は皆一丸となってブッシュ大統領を支持した。2003年初期、イラク戦争が始まる直前には多くのアメリカ市民が戦争を今か今かと待ち遠しく待ったものだ。エリートといわれたのフセインの衛兵軍によって何万というアメリカ兵が殺されると思っていた戦闘は、たった数週間でわずか500名の戦死者を出しただけでフセイン政権はあっというまに倒れてしまった。この時のブッシュ大統領の支持率は90%近かった。

ところが、2003年の後半から2004年にかけて戦況が厳しくなると、こちらの犠牲者の数はそれほど多くなっているわけでもないのに、戦争への支持は急激に減り、戦場から次から次へと悪いニュースばかりが入ってくる2006年になるとブッシュ大統領の支持率は40%以下となってしまった。

しかしハンソン教授にいわせると、これは戦争ではごく普通に起きる現象だという。軍事歴史では市民は勝ち戦は支持するが、戦争に負けてきたという印象をもったら即座に支持を撤回してしまうなどということは非常に多く見られるという。戦争の道徳的な動機や、勇敢な軍隊や、誇り高い犠牲などは市民の戦争への支持を保つことはできない。「市民の支持がすべてだ、、、それがあれば何も失敗しない。だがそれがなければ何も成功しない」と言ったのは偉大なるエブラハム・リンカーン。ゲティスバーグで大勝利を得た北側は支持の落ちかけていたリンカーンの人気をあげたが、その年の後の方で数回に渡って味方軍を大量に失った。コールドハーバーの戦闘ではなんと20分で7000人の北側兵士が戦死した。こうなってくるとリンカーンの政策には全く変化がなかったにも関わらず市民はリンカーンを憎んだ。

ジョージ・S・パットン将軍はかつて「アメリカは勝者は愛するが、敗者は許さない」と語ったが、今も全くそれは変わっていない。

戦争の歴史から何を学ぶべきか?

戦争の歴史が我々に教えてくれるものは、過去の英雄たちが道徳的な目的をもって現在の我々の自由と安全のために払ってくれた犠牲の尊さだ。もし我々がシャイロ、ベルーウッド、タラワ、そしてチョースンのことを何も知らなかったら、軍事墓地に並ぶこれらの十字架は鮮やかな緑の芝生を飾る美しい石でしかない。

現代のアメリカ人が自由にiPodsを聴けるのも、デパートで安心して買い物ができるのも、すべて過去の何千という過去の犠牲と苦労があってのことだ、とハンソン教授は強調する。だがそれと同時に過去の英雄たちは現代の市民にも将来の子孫のために必要とあらば同じように犠牲を払うことを期待していた。アメリカ合衆国は戦争によって生まれた国であり、戦争によって統一された国であり、戦争によって破壊から救われた。未来の市民がどれほど豊かで優雅な生活をしようとも、この恐ろしい歴史の記憶を失ってはならない。

さて、それではどうすれば、現代人は過去の軍事歴史をきちんと学ぶようになるのだろうか?ハンソン教授はこれは教育界だけの問題ではなく、問題はもっと深いところにあるという。現代人は軍事歴史の価値を過小評価することで戦争そのもの価値を見落としているのだと。

ハンソン教授はどれだけ国が豊かになろうとも教養が高まろうとも善良な市民が増えようとも、それだけで人間の根本的な性質が変わって紛争の起きる社会が過去のものになるというわけではないという。過去の戦を学ぶことによって我々は神のように何の落ち度も無い存在になどなれないことを知るのであり、世の中には常に平和よりも戦争を好む人間がいるということを知るのだ。しかしそれと同時に過去にもそして現在にも道徳的な理由によってそうした悪いやつを阻止しようとする英雄が存在するのもまた変えられない事実なのだ。

September 11, 2007, 現時間 10:04 AM | コメント (8) | トラックバック (0)

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September 9, 2007

なぜ戦を学ぶのか?  その1

イラク関係 , 対テロ戦争 , 教育と政治 , 防衛

今月からネットアクセス不能になる日が度々あるので、例によって興味深い話題をいくつか特集してみたいと思う。

今回は歴史学者のビクター・デイビス・ハンソン(Victor Davis Hanson)教授の「なぜ戦を学ぶのか?」(Why Study War?)という論文を数回に分けて紹介しながら私の意見なども混ぜて皆様と一緒に考えてみたい。

戦争の歴史に興味がない歴史学者たち

ハンソン教授はアメリカの大学生にテット攻勢(注1)はアメリカ軍の大勝利だったなどという話をすると、激しい反論にあうのではなく、皆ポカーンとした顔をしていると言う。「テット攻勢?何それ?」てなもんである。またつい最近に公開された「300」という映画の元となったテルモピュライの戦いになってくると、この300人の話など聞いたことがないだけでなく、ペルシャ戦争そのものに関してすら全く知識がない人がいかに多いかを知ってがっかりしたと書いている。

ま、テット攻勢は当たり前だが、カカシはスパルタの軍隊やペルシャ戦争については多少の知識はあったとはいうものの、正直な話テルモピュライの戦いについてはスティーブン・プレスフィールドの炎の門を読むまではほとんど何も知らなかった。

しかしハンソン教授はアメリカの教育システムを考えれば、一般のアメリカ市民が軍事的な知識に欠ているのも無理のない話だという。

私が大学院に通っていた30年前ですらも、どうして一方が勝ち他方が負けるのか、長官や愚かな指揮官、技術の停滞や発展、そして教育や勇気や国民の意志や文化といったものが戦争の勝ち負けにどういう影響をもたらすのかといったことを調べる学問であると一般的に理解されている軍事歴史というものはすでに大学では時代遅れとみなされていた。今日の大学ではこの主題はもっと人気がない。

この状態は非常に嘆かわしいことである。民主主義社会の市民は戦争知識を持つことが必要だ。特にこの大量破壊兵器の時代ではなおさらである。

教授はもともと軍事歴史の専門家ではなく、スタンフォード大学で博士号を取る主題に古代ギリシャにおいてペロポネシア戦争中にスパルタ軍が行ったアテネ攻撃のもたらした農業への悪影響を選んだのがきっかけだったという。

しかし農業と戦争が古代ギリシャの特徴であるにも関わらず、大学側の態度は冷たかった。古代ギリシャの哲学者や作家や政治家に興味のある歴史家はもうほとんどいなかった。19世紀に書かれたスパルタ兵の構成やギリシャ兵法などの古代戦争に関する数々の歴史書など誰も読んでいない。『まるでアメリカの大学は歴史そのものの始まりが古代ギリシャの歴史家であるHerodotus と Thucydidesが書いた戦記だったということを忘れてしまったかのようだった。』と教授は語る。

どうしてアメリカのアカデミックは戦争に対する興味を失ってしまったのであろうか?この背景には何があるのだろうか? まず明かな理由はベトナム戦争だ。カーター大統領の時代のアメリカではベトナム戦争は最初からやるべきではない戦争でアメリカの大敗に終わった二度と繰り返してはならない悲劇だったという考えが一般的だ。 本来ならば、どうしてこのような戦争が始まったのか、どうして負けたのかということを研究すべきなのだが、教育界の姿勢はそういう不愉快な歴史は最初から勉強すべきではないというものだったのだ。

二つの世界大戦後に発明された核兵器も軍事歴史への興味を失わせた原因のひとつだ。ボタン一つで世界が滅びるような時代に過去の軍事歴史など学んでもあまり役に立ちそうもないという議論が平気でされた。

また1960年代に生まれた理想的で非現実的な世界観の影響も忘れてはならない。これは戦争が起きるのはお互いの誤解から生じるものであり、片方の恐怖やプライド物欲によって始まるとか、ましてや単に世の中には意味もなく戦争をはじめる悪いやつがいて、善人が何もしないことで戦争は激化するなどといった考えは人間性を理解していない証拠だという世界観である。

現在の教育界における軍事歴史への無関心はもっとひどい。今や軍事歴史を専門に研究したり教えたりしている教授の数は数えるほどしかいない。2004年に退役軍人から教授となったウィスコンシン大学のエドワード・コフマン教授によれば、同大学で歴史を教えている1000人の教授のうち軍事歴史を専門にしていたのはたった21人だったという。さらに戦争を専門にしている学者は同僚から疑いの目でみられているという。

歴史を教える立場の大学がこれでは学生がきちんとした歴史を学べるはずがない。日本の若い人たちの第二次世界大戦に関する知識を考えると、日本の大学も多分同じようなものなのだろう。戦前の日本が民主主義だったなどと平気で言う人が多いのも明治維新から始まった日本の軍国主義の歴史を全く知らないことからくるものだ。日本はヨーロッパ諸国の帝国主義が弱まってきた頃、自分達も帝国主義に遅蒔きながら参加しようと富国強兵に励んだ。日本の近代歴史は軍国主義の台頭を無視しては語れないはずなのである。

にも関わらず、民主主義で平和に暮らしていた日本にアメリカが突然攻めてきたとでもいうようなことを言い出す日本の若者をみると、日本もアメリカも軍事歴史を正しく教える必要性を切に感じる。

注1:テット攻勢とは (1968年、1月30日 - 1969年6月8日)ベトナム戦争中におきた連続攻撃作戦のことで、南ベトナム解放戦線(ベトコン)の強力な数部隊と北ベトナム軍(PAVN)の部隊が南ベトナム軍とアメリカ軍に対して計画的一斉に行った攻撃だった。(略)攻勢は旧正月の祝いのなかで輝かしくはじまり、1969年の6月まであちこちで分散的に続いた。

September 9, 2007, 現時間 9:30 AM | コメント (0) | トラックバック (1)

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September 7, 2007

報道されるほど悲観的でないイラク報告書の中身

イラク関係 , 狂ったメディア

本日一斉に各新聞の紙面を飾っているこのニュース。記事だけ読んでいるとイラク軍の能力はまだまだ一人前にはほど遠いという印象を受ける。下記は朝日新聞の記事より抜粋。

イラクの軍や警察を中心とする「治安部隊」(ISF)の練度や能力を調べていた米国の独立評価委員会(委員長・ジョーンズ元海兵隊総司令官)の報告書の概要が5日、明らかになった。CNNが6日の公表を前に報じたもので、ISFは今後1年から1年半たっても、米軍など外国の軍隊の助けを借りずに国防や治安維持などの任務を全うすることはできないとしている。警察を管轄する内務省は「機能不全と宗派間対立に陥っている」として、国家警察はいったん解散してゼロから出直した方が良いと提言をしている。

しかし実際の報告書は報道されているほど悲観的な内容なのだろうか。そうではないと主張するのはウィークリースタンダードで書いているフレッド・ケーガン(Fred Kagan)である。

報告書はリポーターが願うような内容でないことがよくある。 国家情報評価(the National Intelligence Estimate)にしろ政府監査基準(Government Accountability Office)の報告書にしろ、最初に漏えいされた報道は実際よりもずっと暗く描かれていた。特にNIEの報告書は実際の内容よりもずっと暗く報道された。今回のジョーンズ元海兵隊総司令官によるイラク治安部隊に関する報告書ではこの傾向はもっと強い。

むろん朝日新聞は単にアメリカのニューヨークタイムスやワシントンポストの記事を焼き直しして掲載しているに過ぎないので、自然とその報道の仕方は悲観的な内容となるわけだ。ではいったい実際にこの報告書の内容とはどんなんものなのだろうか。ケーガンの分析を元に重要な点を箇条書きにしてみよう。

  • 軍隊と警察からなるイラク治安部隊の上達はまちまちである。しかしイラク国内の警備を提供する能力と準備性の上達はさらに向上するものと期待される。
  • 戦闘援助や後方支援能力の欠如は深刻であるが、新イラク軍、特に陸軍は国内防衛の成功につながる基礎的なインフラを開発している明かな証拠をみることが出来る。
  • 一般的にイラク陸軍と特別部隊は対反乱分子および対テロリスト作戦に熟練しつつあり、その数も強度もましている。イラク軍独自で常により大きな責任を負うようになってきている。イラク特別部隊はイラク軍隊のなかでも最も優れた部署であり、個人としてもチームとしても技術を熟練している
  • イラク軍は十分なやる気と人材をもっており確実に基礎訓練能力を上達させている。また対反乱分子作戦に適切な装備もされている。イラク兵士が一部の種族意識をのぞけばイラク人として外敵と戦う意志が育ちつつある。陸軍は宗派間の影響が各位に及ばないよう努力しおり、これは多少の効果を見せている。陸軍の任務の効果力は増しているが、指揮統制、武器、空爆援助、兵站、諜報、運搬などの点でまだ米軍の援助に頼っている点が多い。非常な上達を遂げたとはいえ、イラク警備群が独り立ちできるまでにはまだ12か月から18か月はかかるであろう。しかしながら、委員会の判断ではその間に価値のある進歩を遂げられるものと信じる。
  • イラク警備軍による「掃蕩、保持、建設」作戦の起用は順調だが、まだ独自でこのような作戦を遂行させることはできていない。
  • イラク軍は2007年初期にはじまった対反乱分子作戦において、同盟軍の援軍として効果的な役割を果たした。イラク軍の信頼度は増しており、隊によっては同盟軍にとってなくてはならない存在となっている。全体的な上達度はばらついており、隊によってより優れているものもあれば、劣っているものもある。しかしながらイラク軍全体で自信度は高まっている。この先12か月から18か月の間にはじょじょにもっと重要な指揮がとれる役割を果たせるようになるだろう。

ジョーンズ将軍はイラク特別部隊の技能を非常に高く買っているようだ。特にアメリカ軍特有の下士官の位にあたる将校らの活躍は目立つとある。全体的にイラク軍に欠けているものは諜報や空爆援助、偵察といったものだが、これはイラク軍に空軍がない以上仕方ないといえる。

全体的にみて、イラク軍は2005年から2006年の合同作戦の頃に比べてものすごい上達を見せているということだ。

さて、陸軍の評価はかなり高いジョーンズ将軍だが、警察になってくるとこれはどうも問題らしい。連合軍暫定当局責任者のポール・ブレマー氏が、2003年当初イラク軍を解散した時は非常な批判を浴びたが、解散して一からはじめたイラク軍はいまや委員会も高く評価するほど質の高い効果的な警備組織となっているが、フセイン時代の人員をそのまま引き継いだ警察はシーア派民兵などがコネをつかって多く入り込み、いまだに問題の多い組織である。

  • 地元民を警察官にリクルートする方針は比較的うまくいっているようだ。対反乱分子作戦には地元とのつながりが非常に大切である。イラク警察の訓練は良くなっている。特にイラク人指導員と外国人の民間警察アドバイザーが協力している場合は良い。
  • 暴力はイラクでは日常的になっているが、スンニ居住区では暴力が減っているのに反してディヤラ、バラード、アマーラ地域の暴力は増えている。新作戦が始まって以来バグダッドにおける宗派間攻撃は減っており、日々の殺人も減っている。シーア民兵がしばらく身を潜めているせいもあるが、バグダッド内における警備の向上も見られる。
  • イラク警備軍の一番の弱点は個々のイラク軍や警備隊が独自に地元の治安を保てないことにある。イラク軍はかなりの上達を見せたとはいえ、まだまだ同盟軍の援助なくしては作戦を遂行できない。しかし同時にジョーンズ将軍の報告ではアメリカ軍の新作戦は確かな効果を見せているとある。このおかげでイラクの政治家たちにはちょっとした息を付く余裕ができた。
  • このまま連合軍が大事な援助や訓練を数年にわたってほどこせば、イラクの警備隊は十分にイラクを内外から守れる勢力になるだろう。しかし反対にその援助をしないままアメリカ軍が撤退すればイラク政府は必要な政治的な解決方法を見いだせなくなるだろう。

こうして見てみると、イラク軍の技術は非常な上達を見せており、警察は問題とはいえ地元レベルの勧誘や訓練は以前よりはずっと良くなっているという結論だ。ただ国レベルの中央警察はかなりひどいらしい。ジョーンズ将軍が解散して最初からやり直すべきだろうといっているのはこっちのほうだ。

つまりこの報告書の結論は、イラク軍隊が凄まじい上達を見せており、中でも特別部隊の活躍はすばらしい。地元警察も勧誘や訓練ではこれまでよりも良くなっている。ただ重要な空爆援助、諜報、兵站などの面で、まだまだ連合軍に頼らなければならない面が多く、あと一年から一年半はその援助を必要とするだろう、というものだ。

朝日新聞の最初の報道のような悲観的な内容では決してない報告書であった。

September 7, 2007, 現時間 2:15 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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September 6, 2007

人気テレビキャスターも同意。イラク新作戦の成功に焦る左翼

イラク関係 , 狂ったメディア

ニューヨーク代表、民主党のチャック・シューマー上院議員は本日、「イラクで暴力行為が減っているのは増派のおかげではなく、増派にも関わらず減っているのだ。」と金切り声をあげ、地元の部族がアルカエダなどのテロリストに立ち向かっているのは米軍が不能で役立たずだからだと断言した。

しかし、イラクを訪問もせずワシントンで自分勝手なことを繰り返しているシューマー議員の意見とは裏腹に、イラクを訪問中の人気女性ニュースキャスターであるCBSのケイティ・クーリックが「イラクは良くなっている」と報道したものだから、反戦派の左翼たちは大慌てである。

CBSといえば、かなり左よりのテレビネットワークで、先のニュースキャスターのダン・ラザーなどはブッシュを陥れたいがためにブッシュの兵役記録に関する偽書類を発表して大恥をかいた過去があるほど反ブッシュのテレビ局である。ラザーの後を継いで大手ネットワークのニュースキャスターとしては初女性キャスターとして抜てきされたケイティ・クーリックも、およそ保守派とはいえない。それで彼女のイラク訪問予定が発表された時も、保守派の間からは視聴率をあげるためのただのパフォーマンスに過ぎないとか、安全なところで兵士と記念撮影した後でイラクは全く良くなっていないと報道するに違いないなどと、行く前からさんざん叩かれていた。それだけに、彼女の「イラクは良くなっている」というリポートの衝撃は大きい。

本当に驚きました。東バグダッドへいった後、私はハイファ近くのアラウィ市場(いちば)へ連れていかれました。ここは今年の一月に血みどろの銃撃戦があった場所です。それなのにこの市場は大にぎわいなのです。たくさんの人出なのです。家族経営のお店や野菜の屋台などがたくさん出ているのです。

ですから私は普通の生活の徴候をみたのです。もちろん私が見たのは米軍がみせたいと思ったところだけなのだということは念頭に入れておく必要があります。しかしそれでもこの地域が良くなっていることは確かだと私は思います。

もともと戦争に賛成している議員や、元兵士の従軍記者などがどれほどイラクの状況は良くなっていると報告してみても、主流メディアが毎日のようにイラクでのテロ事件や泥沼状態やアメリカ兵の悪行などをデカデカと報道しているうちは一般アメリカ市民のイラク観を変えることは難かしい。であるから一般市民がイラク戦争を支持するためには、戦場において主流メディアですらも無視できないほどの成功が必要なのだと以前から言われていた。

そしてその時が遂に来たのだとカカシは確信する。

イラクを訪問した反戦派の民主党議員や調査団体や主流メディアのジャーナリストたちが、口を揃えてイラクは良くなっていると報告していることを、アメリカ軍は見せたいところだけを見せているだけで、これらの人々は米軍のやらせ劇にだまされているのだと左翼ブログのThink Progressは書いている。

確かに米軍が招待して米軍が案内をしている戦場であるから、危険な場所へなど視察団をつれていくはずはない。だが、以前に危険だった悪名高いハイファ通りが視察団を連れて行かれるほど安全になったという事実はいくらThink Progressでも否定できないはずだ。

さて、これに対して、イラクはそれほど良くなっていないという報告書を最近提出したのは議会期間のGAOである。それによるとイラク情勢は18項目のうちたったの3項目した達成していないとある。

ワシントン(CNN) 米議会の調査機関、会計検査院(GAO)は4日、イラク戦費法に盛り込まれた同国の目標達成基準について、独自の評価をまとめた報告書を発表した。18項目の基準のうち、「達成した」と評価されたのは3項目で、「部分的に達成」が4項目だった。

報告書によると、達成された項目は(1)少数派政党の権利保護(2)首都バグダッド近郊に合同治安拠点を設置(3)バグダッド治安計画を支援する委員会を設置——の3件。一方で、地方自治法の施行、復興資金への100億ドル割り当てといった項目は部分的に達成されたものの、宗派間抗争の沈静化、憲法制定、石油収入の分配、選挙実施などへ向けた主要課題では、目標が達成されていないとの厳しい評価が下された。

GAOのウォーカー院長は、上院外交委員会での証言で、「イラクでは全体として、主要な法案は成立せず、激しい暴力も続いている」と指摘。米軍の増派戦略の成果についても、「宗派間抗争の沈静化という目標が果たされているかどうかは不明。敵対勢力からの攻撃回数という観点では、減少の兆しがない」と述べた。ただ、ウォーカー氏は一方で、「多国籍軍による努力や、西部アンバル州などでの治安改善」を指摘し、今後の進展に希望を残している。

はっきりいってGAOには調査委員は存在しない。GAOの代表がイランを視察に出かけたという話は聞いたことがないし、いったい何を根拠にイラク情勢を判断しているのかその調査方法も明らかにされていない。このような報告は書かれている紙切れほどの価値もないと私は考える。

それにGAOが掲げている項目は非現実的な理想であり、GAOも認めている三項目がほかの項目に比べて非常に大切なものであるという認識が全くされていない。イラクでの勝利条件とは、イラクの治安が一応安定して、イラク軍が自分達で外国勢力のテロリストや宗派間争いから一般市民を守ることができる状態だったはず。イラクがテロリストの温床とならず、比較的安定した独立国家となれば、後の細い政府の問題はイラク人が解決していくことだ。アメリカがいちいちどうのこうの口出しすることではない。

アメリカ国内ですら民主対共和で政策はまっぷたつに割れているではないか、それをイラク政府の内部で全員一致の政策がとられるまでイラク状況は成功したことにならないなどという条件をつけたら、イラクは永久に「成功」したことにならない。このように考えれば、GAOの報告がどれほど馬鹿げているかが理解できるだろう。

だが、裏を返せば、そのような重箱の隅をつつくようなことをしなければ、イラクは失敗だといえなくなっている現状があるということだ。

September 6, 2007, 現時間 4:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 3, 2007

ブッシュ大統領イラクはアンバル地区に電撃訪問

イラク関係

まずはCNNのニュースから。

バグダッド——ブッシュ米大統領は3日、予告なしにイラクを訪問した。米ホワイトハウスによると、大統領は現地で、駐留米軍司令官や米大使、イラクのマリキ首相、部族指導者らと会談する予定だ。

シドニーでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席するブッシュ大統領は、3日の出発予定を繰り上げ、2日夜にハドリー補佐官らとともに専用機に搭乗。空路、バグダッド西方アンバル州の基地に到着した。訪問の計画は、警護上の理由から極秘にされていたとみられる。...

ブッシュ大統領がバグダッドではなくアンバル地区を訪問したのには理由がある。ここは対反乱分子作戦が一番激しく行われた場所で、その効果も一番あがっているとされる場所である。それを強調するという意味で、ブッシュ大統領自らが訪問するというのは非常に意義のあることだ。また、ここはスンニ派の居住区であるから、マリキ首相は嫌が応でもスンニ地区を通ってブッシュに会いにこなければならない。これもまたマリキ首相を文字どおりスンニに歩み寄らせるというシンボルとなる。

September 3, 2007, 現時間 12:42 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 1, 2007

サドル、シーア民兵を統制できず停戦を宣言

イラク関係 , イランが危ない

先日シーアの巡礼の列でシーア派のマフディと警察が衝突して52人の死者を出し300人以上が負傷する事件が起きたばかりだが、その翌日マフディの指導者サドルが停戦を宣言した。(下記は2007年08月30日付け朝日新聞の記事より)

 イラクのイスラム教シーア派指導者ムクタダ・サドル師は29日、自派の民兵組織マフディ軍の活動を6カ月停止すると発表した。サドル師が同軍を統制できなくなっていることが理由とみられる。サドル師の側近は、あらゆる武装闘争を停止するとし、米軍への攻撃も禁じたという。

 マフディ軍はイラク戦争後に反米強硬派のサドル師を中心に創設された。軍の全容は明らかになっていないが、兵力は数千人に及ぶとされる。米国は、イラク政府高官の誘拐や殺害事件、爆弾テロなどを首謀しているとし、「和平達成のための最大の障害」と指摘してきた。

 サドル師は活動停止の理由を「組織再編のため」としているが、過激化する同軍をサドル師自身も抑えられなくなったことに危機感を抱き、組織の立て直しをはかることが目的のようだ。

 マフディ軍の幹部の一人は、朝日新聞の取材に対し、同軍の複数の幹部がサドル師の指揮系統をはずれ、独自にイランの情報機関と接触し、援助を受けていることを明らかにした。また、イラク政府が同軍の排除に本腰を入れ始めたことなどから「しばらく、おとなしくしていた方がいい」という判断が働いた結果と話す。

はっきり言ってサドルにはすでにイラク国内での勢力などそれほど残っていない。サドルは依然としてイランに潜伏したきりだ。ビル・ロジオによると、サドル派と呼ばれるグループにも数種類あるようだ。

マフディ忠誠者:これらはモクタダ・アルサドル個人に忠誠を誓っている従者たち。イランから援助を受けている。

イラン直属マフディ軍:これらが多国籍軍の言う「ならずもの」マフディ軍。サドルが統制力を失ったのをいいことにイランのクォズ(Qods)が直接コントロールするようになった。武器、訓練、作戦の指導などすべてイランから受け取っており、時としてイランのクォズに率いられてイラク国内の攻撃をすることがある。いってみればイラク版ヒズボラといったところである。

犯罪者分子: 彼等はただの犯罪者でマフディ軍の隠れ蓑を着て犯罪をおかす。サドルには彼等を統制する力はないが、仲間の数の足しになるので黙認している。

マフディ国粋主義者: 彼等は国粋主義者で反イラン勢力である。マフディ軍に忠実なのはサドルの父親への尊敬心からくるものだ。国粋主義者の一部「誉れ高いマフディ軍」と呼ばれるグループはイラク政府と連合軍に協力することに合意している。

シーア同盟:彼等はアルカエダやスンニ反乱分子の暴力を恐れてマフディに味方してきたグループ。やくざに所場代をはらってほかのやくざから守ってもらっているといった程度の仲間。

サドルの命令を聞いてアメリカ軍やイラク軍に攻撃をしなくなるのは、まずマフディ忠誠者の連中くらいだろう。残りの連中はこれまで通り好き勝手なことをするに違いない。犯罪者はまとまりがないし組織力もないからこれまで通りの取り締まりでいいだろうし、国粋主義者やシーア同盟は彼等の身の安全を保証してやれば、イラク政府やアメリカ軍に協力してくれるようになるだろう。

問題なのはイラン直属の「ならずものマフディ軍」である。彼等はただのチンピラではない。組織力もあり精巧な武器を所持し高度な訓練も受けている。イラン特別部隊の隊員が司令官として作戦に加わることもあるのでこれは正規軍の特別部隊と戦うくらいの危険性がある。

ただ、サドルが停戦を呼びかけている以上、イラク軍やアメリカ軍に攻撃を仕掛けてくるのは正規のシーア民兵ではないという扱いをすることができるため、一般のシーア市民からの協力が期待できるかもしれない。イラク政府はこの連中がイランの手先であるという事実をイラク国民に訴え、イランに国を乗っ取られたくなかったらイラク軍とアメリカ軍に協力して戦おうと呼びかけるべきだろう。

サドルが停戦を呼びかけたということは、すでにマフディの人気がイラク国内でもかなり落ちている証拠だろう。

September 1, 2007, 現時間 10:14 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 30, 2007

反戦派のパニック! 増える民主党のイラク米軍駐留支持

アメリカ内政 , イラク関係 , 狂ったメディア

この間から始まったイラク戦争支持者による大型広告運動だが、パワーラインによるとどうやら全国ネットのNBC局とそのケーブルの子会社MSNBCは戦争支持広告を報道しない方針を明らかにしたようだ。反戦広告はいくらでも報道しているくせに、いつものことながらダブルスタンダードはひどいものだ。それにしても最近の主流メディアは自分らが中立だという振りすらしなくなってきた。

さて、これとは反対に米民主党と深いつながりのある過激派左翼市民団体ムーブオンは民主党のブライアン・ベアード下院議員に対する攻撃広告を開始した。ベアード議員は最初からイラク戦争には反対しており、最近のイラク戦争の増派作戦にも反対していた議員である。そういう人をどうしてムーブオンが攻撃するのかというと、その理由は先日イラク状況の視察旅行からかえってきた時にベアード議員が発表した声明にある。

先日紹介したミネソタの民主党上院議員のキース・エリソン氏もそうだが、ベアード議員もイラク新作戦はうまくいっており駐留はこのまま継続すべきであるという意見を発表したのである。実は、最近イラク視察旅行から帰ってきた政治家たちは党の共和/民主を問わず、皆口を揃えてイラクからの即撤退は好ましくないと語っている。もともと戦争に賛成な共和党議員にとってはこれは全く問題ない姿勢だが、ずっと戦争反対をいい続けてきた党にとってはこれらの民主党議員の『裏切り』は許せない行為である。

先日ベアード議員は地元の選挙区で市民相手の説明会を行ったが、ベアード議員は説明をするどころか二時間以上にわたって反戦派の市民から吊るしあげを食った。さらに過激派左翼の間からはベアード議員は辞職すべきだなどという意見さえあがっている。説明会に参加した一人の市民は「彼の信念なんかどうでもいい。議員は我々の意見を代表すべきだ」と断言した。ベアード議員自身は、いまでもイラク戦争は歴史的にまれに見る外交の失敗だと考えているが、アメリカ軍がイラクに実際にいるという事実と、新作戦が効果をあげているという事実を考えて、成功する可能性がある戦争を途中で放り出すべきではないとしている。党の方針だけに盲目的に従わず事実をもとにした自分の判断をはっきり発表したベアード議員は立派だと思う。

会場に集まった市民のなかでも目立ったのはイラク帰還兵で今は反戦活動家のジョン・ソルツ。彼は元陸軍大尉で2003年のイラクフリーダム作戦に参加している。彼はベアード議員はブッシュ政権がお膳立てしたやらせ劇にだまされていると主張。そのせいでベアード議員はブッシュ政権の隠れ蓑を提供していると批判。実はこのソルツなる人物は先に紹介した極左翼サイトのデイリーコス主催年次会で戦争支持の軍曹に大尉という位を持ち出して(軍曹よりも位が高い)ことを持ち出して意見を言わせなかった司会者その人である。

しかし、イラク戦争が良い方向に向かえば向かうほど、エリソンやベアードのような民主党議員が増えてくるだろう。そうなれば民主党の反戦の姿勢はまとまりがつかなくなる。イラクからは撤退すべきだと言っているヒラリー・クリントンですら今や軍事的勝利は可能だと認めざる終えなくなっている。戦争はうまくいっているが今すぐ撤退すべきだという理屈は全く説得力がない。

9月のペトラエウスの報告に備えて平和団体を装った共産主義看板団体のアンサーが反戦デモ行進を予定している。それに対抗しようと退役や現役の軍人たちが「鷹の集まり」という名前で対抗デモ行進を呼びかけている。3月に行われた反戦デモでは非常な寒さにも関わらず、戦争支持の鷹達が反対側の人数と対等できるほど多く参加した。今回は前回を上回る参加者を主催者は期待している。

ペトラエウスの報告まで二週間足らず。どういうことになるのだろうか、、、

August 30, 2007, 現時間 3:23 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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アメリカ撤退後のイラクを狙うイラン、アフマネナジャド大統領が発言

イラク関係 , イランが危ない

The English version of this post can be read here.

先日ブッシュ大統領はアメリカ軍のイラク中途撤退は危険だとしたが、イランのアフマネナジャド大統領がそのブッシュの議論を裏付けるような発言をした。(以下APの記事より

「占領軍の政治力は急速に弱まっている」とアフマネナジャドは記者会見でイラクのアメリカ軍について語った。「すぐにあの地域には真空状態がみられるようになるでしょう。無論その時は付近のサウジやイラク国の協力をうけ、我々がその空間を埋める用意ができています。」

ブッシュ大統領はイラクが中途撤退すればイランがイラクに侵入してイラク政権を乗っ取ってしまうだろうと何度も強調してきた。イランには精巧な武器もあり、巨大な原油資源もある。このような敵にイラクの統治権を奪われたら、これは大変なことになる。だが民主党はそんなことはあり得ないことだとその主張を拒絶してきた。そんな民主党の主張とは裏腹に、今、アフマネナジャドはイランには、うるさいアメリカ軍が去った後のイラクを乗っ取る計画が確かにあることを認めてしまったのである。民主党はこのアフマネナジャドの裏切りに首をかしげていることだろう。

アフマネナジャドのこのばか正直な告白は米民主党のバランスをくずしている。民主党は対反乱分子作戦(COIN)を「増派」と呼び、あたかも新作戦と古い作戦の違いは単に兵士を多少増やしただけであるかのようにばかにしてきたが、この作戦が効果をあげはじめると作戦の成功とその作戦を実行している軍隊の功績を認めないわけにはいかなくなった。すると今度はあたかもアメリカ軍の軍事的勝利は最初からわかっていたことかのように振る舞いはじめ、そのかわりイラク戦争の真の目的は全国レベルでイラク政治の進展があることだとさらにハードルをあげはじめた。

議会が夏休みをとっている8月とはいえ、民主党の指導者たちはうかうかと休んでなどいられない。二度も共和党の反対を押し切ってイラク政策を変えることに失敗した民主党はかなり支持率を失っている。下院民主党指導者たちは急きょ早朝会議をひらき、「アメリカ軍の新作戦がイラク治安を向上させたのは当たり前だ、問題は政治的な発展にある、それがなければアメリカ軍の血も汗も無意味となる」という新しい主張に焦点があてられた。

イラクの政治的変化は起きているが、それは民主党が要求するような国家レベルではなく、各地域の地元レベルでおきている。イラクの政治改革は上からだんだんに下の方に広がるトップダウンではなく、下からじょじょに上にあがっていくボトムアップの形で進んでいくものと思われる。

ブッシュとアメリカイラク大使はバグダッドの政治停滞について正直な見解として、ブッシュはイラク政権を交代させる必要があるかどうかはイラク人が決めることだと語った。

しかしヒラリー・ロダム・クリントンを含む民主党幹部の政治家たちは、シーアが多数はを握る政権が国家をまとめることができないことから、アルマリキは交替されるべきだと主張している。

シーア派のベテラン活動家であるアルマリキを追い出すためにはイラク議会の275票を必要とする。クルド派とマリキ支持者が団結しているかぎり、反対派は票がたりない。

これも運命のいたずらだろうか、民主党はなんとイラク市民の意図を無視してマリキ首相をやめさせよと主張するはめとなった。

しかも裏切り者アフマネナジャドは「彼等は無礼にもイラクの首相と憲法を変えよと言っている」とイランの強い味方である米民主党を責めている。「そのような変化を要求するとは、いったい何様だと思っているのだ」とアフマネナジャド。アフマネナジャドは馬鹿だ。イランにはイラクを侵略する計画などない、これはすべてブッシュ大統領の妄想だ、といってしまえば反戦派の民主党がアメリカ市民を説得してアメリカ軍中途撤退もありえるのに、イラクに攻め入る計画をこうあからさまに公言してしまっては、民主党としては立つ瀬がない。

さて、民主党はイラク新作戦成功を認めデイビッド・ペトラエウス将軍の功績をたたえながら、どうやって時間制限をしてイラク即撤退をすべきであると主張するのか、是非ともそのお手並み拝見といこう。

August 30, 2007, 現時間 1:25 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 27, 2007

AP:イラク死傷者の数は倍増という不誠実報道

イラク関係

今日APのイラク死者数倍増Iraq Body Count Running at Double Pace)という記事をみて、どうも変だなと思った。主流メディアの記事は見出しが非常に不誠実な場合が多いので記事は注意深く読む必要がある。

APの記録はイラク市民、政府高官、警察、警備隊のうち戦闘やスンニによる自爆テロなどの攻撃で死亡した人数を含む。またシーア派の死の団体による処刑スタイルの殺人も含まれる。

調査の結果には下記が含まれる:

  • イラクは去年にくらべて国全体で2006年の一日あたり33人から今年は62人と戦争関係での死者数は倍になっている。
  • 今年の最初の8か月で2006年全体で暴力的に殺されたイラク人の数を1000人近く上回っている。今年はすでに14,800人が戦争関係の攻撃や宗派間争いで殺されている。...
  • 民間や警察の死者の76%がバグダッドで出ていた今年の一月から、7月には52%となりほぼ去年の割合と同じになった。
  • イラク赤三日月によると避難したイラク人は今年一月447,337人から7がつ31日の100万から114万人と倍増した。

しかしペンタゴンのリチャード・シャーロック准将は2006年から比べてイラクでの攻撃数は減っていると語っているとAPにはある。これはいったいどういうことなのだろうか?

先ずイラクでの死亡者数を記録しているicasualties.orgの民間人死者の数をみてみると確かにAPの記事にある通り今年の方が去年よりは多い。だが、イラクで何が起きているのかという事変を考慮に入れずに単に暦で年度末に線をひっぱってみても、それが何を意味するのか全くわからない。ましてや現在の新作戦がうまくいっているかどうかという判断には全くつながらないのである。下記の表をみていただきたい。

イラク民間人死者数 2006〜2007年8月
2006年 死者数
1月 590
2月 688
3月 901
4月 808
5月 969
6月 738
7月 1063
8月 2733
9月 3389
10月 1315
11月 1741
12月 1629
2007年 死者数
1月 1711
2月 2864
3月 2762
4月 1521
5月 1782
6月 1148
7月 1458
8月 1313

去年の民間人の死亡者数は1月から7月にかけて1月の600人程度から1000人を超える7月までじょじょに増えていった。去年の2月にシーア派のアルアレキサー聖廟の爆破事件以来宗派間争いが激しくなっていたから、死者が増え続けたのは当然だろう。8月になると突然2733人と増えるが、8月はシーア派の巡礼の月で、9月はラマダンの月である。イスラムテロリストが祭日を狙って攻撃を増加させるのは周知のことであるからこの数字もおかしくない。ラマダンが終わった10月から今年の1月まではその数は千数百人とあまり変化はない。だが、アメリカ軍の増派があると発表のあった2月と3月にはそれぞれ2864人と2762人と急増している。これはアメリカ軍の増派に備えてアルカエダが攻撃を増加させたのが原因だ。

しかし新作戦が本格的に始まり出した4月になるとその数は1521人に減り、その後もその低レベルが続いており、今月はシリア国境の250人という犠牲者を出すテロを含めても7月の数よりも減りそうである。

またAPは、今年7月のテロ攻撃の35%が北部で起きており、去年の22%よりも増加しており、8月ではこの割合はもっと増えるだろうと指摘している。これは明らかにアメリカ・イラク軍がバグダッドで激しい掃蕩を行っていることから、テロリストが手薄な北部を狙っているのが理由だ。

イラク市民の犠牲者数から現在行われている新作戦の効果を測ろうというのであれば、新作戦が本格的に始まった今年の4月から一年間さかのぼった数字とその後の数字を比べるべきである。背景の状況を無視して去年と今年という暦上のでの比較などしてみても何の意味もなさない。

August 27, 2007, 現時間 3:15 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 26, 2007

ブッシュ大統領が戦前日本とアルカエダを同一視したという誤解

イラク関係 , 狂ったメディア

この間のブッシュ大統領のミズーリ州における退役軍人相手の演説について、私はちょうど日本の戦後の発展についてブッシュ大統領が語っている部分を帰宅途中のラジオで聴いていたという話は先日した通り。今日になって坂さんのところでブッシュ大統領は戦前日本をアルカエダと同一視していると朝日新聞が報道したというエントリーを読んでたまげてしまった。生放送で聞いていた私はブッシュ大統領がそんなことをいったようには全く聞こえなかったからだ。

今回の演説の主題は歴史的に過去の戦争や戦後の復興をふりかえって、どれだけ専門家といわれた人々の意見が間違っていたかというものだ。それを太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争を振り返ってブッシュ大統領は証明しようとしているのだ。そして私はそれは成功したと思う。

しかし朝日新聞の批判には反論の余地はあると思うので、ブッシュ大統領が実際なんといったのか原文を読みながら考えてみたいと思う。

先ずは朝日新聞の記事から。

ブッシュ米大統領が22日に中西部ミズーリ州カンザスシティーで行った演説は、自らのイラク政策を正当化するため、日本の戦後民主主義の成功体験を絶賛、フル活用する内容だったが、半面で戦前の日本を国際テロ組織アルカイダになぞらえ、粗雑な歴史観を露呈した。米軍撤退論が勢いを増す中でブッシュ氏の苦境を示すものでもある。

冒頭は9.11テロかと思わせて、実は日本の真珠湾攻撃の話をする、という仕掛けだ。戦前の日本をアルカイダと同列に置き、米国の勝利があって初めて日本が民主化した、という構成をとっている。大正デモクラシーを経て普通選挙が実施されていた史実は完全に無視され、戦前の日本は民主主義ではなかった、という前提。「日本人自身も民主化するとは思っていなかった」とまで語った。...

テロとの戦いにかけるブッシュ氏だが、今回の演説は日本を含めた諸外国の歴史や文化への無理解をさらした。都合の悪い事実を捨象し、米国の「理想」と「善意」を内向きにアピールするものとなっている。

確かにブッシュ大統領は戦前の日本の行為とアルカエダの行為との共通点を指摘してはいるが、戦前日本がアルカエダのようなテロリスト団体であったなどとは一言もいっていない。朝日新聞がそのようにこの演説を受け取ったのであれば、これは完全なる誤解であり、ジャーナリストとしてその英語力と理解力の不足が批判されるべきである。また大正デモクラシーにしろ、日本の議会制度にしろ、当時の日本がどう考えていたにせよ、アメリカ人が考えるような民主主義ではなかったことは確かなのであり、その見解の相違をもってして『粗雑な歴史観を露呈した』などというのは馬鹿げた解釈である。この記事について坂さんはこのように感想を述べておられる。

戦前の日本を批判することが多い朝日だが、さすがにアルカイダと同列視されることには我慢がならなかったということだろう。が、逆に言えば、ブッシュ氏のわが国の歴史に対する認識が、それだけ粗雑で無知であるということだ。

坂さんは朝日新聞の記事をもとに感想を述べておられるのでこのような解釈になっても仕方ないのだが、朝日新聞が『さすがにアルカイダと同列師されることには我慢ならなかった』というのは朝日新聞を買いかぶりすぎだと思う。朝日新聞はブッシュ大統領が歴史について無知であるということを強調したいがために、いつもは批判している日本の軍事主義を擁護するという不思議な立場に立たされただけだ。そして朝日新聞はブッシュ批判が先行してこの演説における肝心な点を見逃しているのだ。

それではここで、原文から問題の部分を抜粋してみよう。問題点を指摘する理由で段落が前後することをご了承いただきたい。

我々を攻撃した敵は自由を忌み嫌っていた。そしてアメリカや西洋諸国が自国民に害を与えていたと信じ恨みを抱いていた。敵は自らの基準を地域全体に設立するために戦った。そして時間と共に自殺攻撃に及び多大なる殺りくによって、アメリカ人が疲れて戦いをあきらめるのをねらった。

もしこの話が聞き覚えのあるものだとしたら、確かにそうです。ただひとつ。私が今説明した敵はアルカエダでもなければ911攻撃でもなく、過激派回教朝を夢見るオサマビンラデンの帝国でもありません。私が説明したのは1940年代の日本帝国の戦争マシンであり、真珠湾での奇襲攻撃であり、その帝国主義を東アジアに広めようとした行為です。

(中略)

我々が戦った極東との戦いと今日我々が戦っているテロとの戦いには多くの違いがあります。しかしひとつ重要な類似点があります。それは核心にあるイデオロジーの葛藤です。日本の軍国主義や朝鮮やベトナムの共産主義は人類のあり方への無慈悲な考えに動かされていました。彼等はそのイデオロジーを他者に強要しようとし、それを防ごうとしたアメリカ人を殺しました。今日名前や場所は変わっても、根本的な葛藤の性質は変わりません。過去の敵がそうであったように、イラクやアフガニスタンや他の場所で戦争を仕掛けているテロリストたちは、自由と寛容と反対意見を破壊する厳しい目的をもって自分らの思想を広めようとしているのです。

...この敵は危険です、この敵は決然としています、しかしこの敵もまた打ち負かされるのです。(拍手)

ブッシュ大統領が比較しているのは日本帝国とアルカエダという組織の比較ではなく、アルカエダの行為と日本軍隊の行為の類似点である。そしてまた戦前に日本が手強い敵であったのと同じようにアルカエダも手強い敵なのだと強調しているのだ。

戦闘体験のある軍人に対して輝かしい勝利を得た戦争を例にとって、アメリカは当時も手強い敵と戦って勝利をえることが出来たのだから今回の戦争にも勝てるのだとするやり方にはそれなりに効果がある。ブッシュ大統領は目の前にいる退役軍人に敬意を示しすことで、アメリカ軍全体に対する尊敬の心を表現しているのである。日本人としては負け戦だった太平洋戦争を引き合いに出されるのは気に入らないかもしれないが、ブッシュ大統領が現在の戦争への比喩として過去の勝ち戦を持ち出したからといってブッシュ大統領が戦前日本とアルカエダを同一視しているという見方は乱暴すぎる。現にブッシュ大統領は極東の戦争と今の対テロ戦争には多くの違いがあることを指摘している。

ブッシュ大統領が強調したいことは戦前の日本がどれほどひどい国だったかということではない。それよりも戦前日本がアメリカにとってどれだけ手強い相手だったか、そしてそれだけ手強い敵を相手にしながらアメリカがどのように勝利を得ることができたのかということにある。つまり、『この敵は危険である。この敵は決然としている。しかしこの敵もまた打ち負かされるのである』という点が大切なのである。

最終的にアメリカ合衆国は第二次世界大戦に勝ちました。そしてアジアではもう二つの戦争で戦いました。この会場においでの多くの退役軍人のみなさんがそれらの作戦の帰還兵です。しかしみなさんのなかで最も楽観的な人たちですら、日本がアメリカにとって最も強く最も誠実な同盟国として生まれ変わるとは思いも寄らなかったことでしょう。また韓国が敵の侵略から立ち上がって世界でも指折りの経済国となることやアジアが貧困と失望から抜け出し自由市場を抱擁するようになるとは予測していなかったでしょう。

アジア発展の教訓は自由への願望は否定できないということです。いちど人々が少しでも自由を味わったなら、(人々は完全に)自由になるまであきらめないということです。 今日のダイナミックで希望に満ちたアジアは...アメリカの存在と辛抱強さなくしては不可能でした。本日この会場にお集りの帰還兵のみなさんなくしてはあり得なかったのです。みなさんのご奉仕に感謝もうしあげます。(拍手)

ブッシュの演説で大事なのはこの先だ。ブッシュ大統領は戦後日本の民主化と復興について、日本の天皇制や、神道や、女性に対する考え方の違いなどを理由にどれだけ多くの人々が日本人をばかにして、その才能や実行力を過小評価していたかを羅列した後、それぞれの考えがどれほど間違っていたかを指摘している。

日本の降伏後、多くの人が日本事態を民主主義に生まれ変わらせようなどという考えは甘いと考えました。今と同じように自由とは相容れない民族がいるのだと批評家は主張しました。

日本は文化的に民主主義とは共存できないと言いました。ハリー・トルーマンの下で勤めた前アメリカ日本大使のジョセフ・グルーは大統領に「日本で民主主義は絶対にうまくいかない」と断言しました。...

また、あるひとたちはアメリカは自分たちの考えを日本に押し付けていると批判しました。例えば日本女性に選挙権を与えることは「日本の政治的発展を遅らせるものだ」と言い切りました。

ここでブッシュ大統領は女性の選挙権を薦めるマッカーサー元帥が、日本女性は伝統的で男性に従順すぎるため夫と独立した政治的な考えなど持つことはないと、多くの専門家から批判された事実をその回顧録から紹介した。

今日、日本の防衛省大臣は女性です。しかも先月行われた参