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March 4, 2017

ストックホルム症候群、フェミニストの国スエーデンの街角から女性が消えた

フェミニズム , ヨーロッパ , 狂ったメディア

この間、トランプ大統領がスエーデンはナンミンのせいでひどいことになっているという話しをして、アメリカメディアやスエーデン政治家がトランプをおちょくったという話をしたが、インフォワーというオンラインニュースで記事を書き、ユーチューブでヴロガー(ヴィデオブロガーの略)でもあるポール・ジョセフ・ワトソンがツイッターで、『トランプ大統領をあざ笑ってるリベラル連中の一人でもスエーデンのノーゴーゾーンに滞在する勇気のある奴が居たら、旅費を払ってやってもいいぜ』と書いたところ、ティム・プールというアメリカ人の独立リポーターが自分がスエーデンのノーゴーゾーンに行って取材してきてやる、とワトソンの挑戦を受け入れた。

プールは最初、マルモのモスレム人街でアラビア男とスエーデン女性のカップルを訪問。二人ともマルモは安全で午前三時でも奥さんは一人で外を歩けると話しているビのデオをアップ。ほ~れみろ、スエーデンが危険だなんて右翼のでっちあげだとほくそえんだのもつかの間 (もっとも旦那の方は移民の90%がイスラム国を支持していると気軽に言ってのけたのだが)、別のノーゴーゾーンRinkebyという町を訪れたところ、彼の周りに人相の悪い男たちが集まり始めたため、警察に付きわれて街を立ち去ることとなった。警察官はプールをその場で逮捕したら回りに50人からの暴徒が集まって石を投げられるだのひどいことになっていただろうと語ったという。

後退派左翼のプールにもこれでちょっとは現実が見えただろうか。

さて、スエーデンが安全だなどと最初から思っていなかったイギリスのケイティ・ホプキンズという女性記者のリポートを読んでみよう。

彼女は去年からスエーデンの知り合いたちから、是非スエーデンに来てスエーデンのひどい現状を取材して欲しいと嘆願されていた。本当は去年の12月に行くはずだったのだが、航空会社のストライキで今まで延期になっていた。やっとこさスエーデンを訪れたホプキンズを待っていたのは思った以上にひどいスエーデンの現実だった。

私がスエーデンに着陸して12時間もしないうちにナンミン収容所は放火と思われる火事で崩壊、警察を狙ったのか聖廟を狙ったのか手榴弾が聖廟近くのゴミ箱で発見され、マルモ市では別の手榴弾が爆発してけが人が出た。

こうしたことが問題かどうかは議論の余地があるかもしれないが、はっきり言ってこれは気違い沙汰だ。21世紀のスエーデンで、超革新派として理想の国とされていたその国で、こんなことが起きているなど信じ難い。

スエーデンのNHKとも言える国営放送局のカメラマンはなぜスエーデンの現状がこうも政治的な扱いを受けるのかとホプキンズに質問したという。彼女はいったどっちが気が狂っているのかという目で彼を見返した。

スエーデンといえば、一昔前まではフェミニストの国として知られていた。男女同権の先端を行く国で、世界で一番平和で安全な国として福祉国家の鏡とさえ言われて崇め奉られていた国なのである。20年前に大量の移民を受け入れ始めるまでスエーデンの女性たちは世界で一番美しく自由奔放という評判だった。それが今やどうなってしまったのか。

  • 宗教や人種に関わらず女性は皆外に出るのが恐ろしくて家のなかに閉じこもったまま。
  • 外でたむろしているのは若い外国人ばかりで、出会う男たちは白人女性のホプキンズを面と向かって売女呼ばわりし性的ジェスチャーをしてみせる。
  • 実情についてインタビューに応じた女性は他のフェミニストから人種差別者と責められるのを恐れて仮名を使い顔を出すのを拒んだ。
  • テレビ局の報道者はごみ箱に設置された手榴弾をあたかも通常のことであるかのように報道する。

バス停でひとりバスを待っていたホプキンズはこんなにひとりぼっちだと感じたことはないという。それというのも外に居るのは若い男たちばかりで、女性は老いも若きも一人も歩いていないからだ。街をたむろしているナンミン男たちは当てもなくぼんやりしてる。誰も仕事などしておらず、スエーデンの気前のいい生活保護で一日やることもなく過ごしているのだ。

確かスエーデンでナンミンの就職率は30%にも及ばないという話だ。

女性たちが怖くて外に出られない国、これがフェミニスト先進国の成れの果てなのか?

アメリカでフェミストを気取る女たちが「女性行進」でリーダーとして持ち上げてる女はなんとモスレムテロリスト。デモでアラーアクバルの音頭を取り、イスラム教こそフェミニストの強い味方などと信じられないことを言っているのを、アメリカの馬鹿フェミどもが鵜呑みにしているのだからわからない。あの女たちは本当にそこまで馬鹿なのか?

アメリカでトランプの移民規制に反対して女性器を表すピンクの帽子など被って「女性行進」などというデモをやっているフェミニストたちに、このスエーデンの現実を是非知ってもらいたいものだ。そういう意味でトランプがスエーデンを持ち出し、メディアがトランプをおちょくったことで、スエーデンの移民問題が注目されたのはよいことだったといえるだろう。

March 4, 2017, 現時間 8:37 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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February 19, 2017

スエーデン、移民による犯罪実情を告発した警察官、ヘイトクライムで捜査対象に

フェミニズム , ヨーロッパ , 狂ったメディア

この話は一週間くらい前のことなのだが、スエーデンの警察官が二人立て続けにスエーデンにおける移民たちによる凶悪犯罪の実態について勇気ある告発をした。読者諸氏はもうご存知のことであるが、スエーデン政府は自国でおきる移民による犯罪をことごとく隠し続けてきた。ここ1~2年で急増した移民による問題が生じるずっと以前から、スエーデンでは移民によるひどい犯罪が問題になっていた。そのあまりの問題に、スエーデン政府は犯人の出生地を統計に取らないという処置を取って移民による犯罪の実態を隠しとおしてきたのである。

政府とメディアが強力して極悪犯罪の犯人像を隠すのはスエーデンに限ったことではない。そのやり方についてはナスタチウムさんも紹介してくれている。

先日(2月7日)ピーター・スプリンガー(Peter Springare)というこの道47年というベテラン警察官が、自分のフェイスブックにスエーデンにおける大半の犯罪が移民によって犯されていると現場の現状を赤裸々に掲載したところ、当局から「人種嫌悪を煽る行為」をしたとして捜査の対象になった。

スプリンガーさんはもう自分は47年も勤めたのだから、真実を述べて罰せられようとどうでもいいとして、貯まっていた鬱憤をフェイスブックでぶちまけたのだ。

今週私が月曜日から金曜日まで携わった事件は、強姦、強姦、強盗、傷害、強姦傷害、そしてまた強姦。恐喝にゆすり、警察官への暴力、警察官への脅迫、麻薬、麻薬、殺人未遂、また強姦、、、、、(まだまだ続くが省略)

容疑者はアリ・モハメッド、まふもっど、モハメッド、モハメッドアリ、モハメッドが二人続いて、クリストファー(本名ならね)。麻薬取引でスエーデン名がひとつ混ざっていた。そしてまたモハメッド、モハメッドアリ、とモハメッドが何度も続く。

容疑者の出身国はイラク、イラク、トルコ、シリア、アフガニスタン、ソマリア、ソマリア、シリア、またソマリア、不明、不明、スエーデン。半分以上の容疑者の出身国が不明なのはちゃんとした書類をもっていないから。ということはつまり自分の身元や出身国や国籍について嘘をついているという証拠。

私が言っているのは örebro 区域だけの話。これらの犯罪がUtredningsförmåga市の100%を占める。こういう状態がもう10年から15年続いている。

スエーデン検察はすでにスプリンガー氏の取り調べを開始した。スエーデンでは移民に関する犯罪を告発することがヘイトクライムになるからである。しかし、スプリンガーさんのフェイスブックポストは一般市民や警察官から多大なる支持を得ており、すでに7日の段階で92000の「いいね」クリックがあった。

スプリンガーさんを支持するグレーターゴッセンバーグの警察官Tomas Åsenlövさんは、コード291という移民の犯罪を隠す規則の施行を強制されていると語る。「スエーデン市民は今こそ真実を知らされなければならない。」とÅsenlövさん。このコード291は移民が関係した犯罪のすべてを隠す規則で、容疑者の顔写真公開を禁じるなども含まれている。

若い警察官は上司を批判したりおおっぴらにピーターを支持することが出来ないのは解る。それをやったら未来はない。別の仕事に応募しようにも雇用主から不忠義な奴だと決めつけられてしまう。(略)

だが、いまや匙は投げられた。このことで指導者たちも目をあけて現実逃避を止められるかもしれない。

さあ、どうだかね。スプリンガーさんやÅsenlövさんはもう引退直前なので首にされようがどうしようがどうでもいいと思ってこういうことを書いているが、若い人が内部告発できなくては事態は変らない。一人二人の警察官が何を言ってみてもスエーデン政府がその方針を変えるとは思えない。

私はスエーデン政府はもう終わってると思う。政府自身が移民問題について正面から向き合うつもりなど全くない以上、スエーデン警察官にしろ一般市民にしろ自分らの手でスエーデン国家をスエーデン人のために取り戻す必要がある。

それには政府のやり方に不満な警察官や軍人が職務を辞任して有志ある一般市民と共に民兵軍を設立し革命を起すしかない。もし現役の政治家たちを選挙で追い出せないなら、もう武力で立ち向かうしかないだろう。スエーデンは完全に占領下にあるのだ。

最後に同日警察に向けられた暴力事件についてご紹介して締めくくることとする。


警官の自家用車が爆発、警察標的の暴力急増 スウェーデン


2017年02月07日 19:19 発信地:ストックホルム/スウェーデン

警官の自家用車が爆発、警察標的の暴力急増 スウェーデン スウェーデン南部マルメで鉄道の警備に当たる警察官ら(2015年11月11日撮影、資料写真)。(c)AFP/TT NEWS AGENCY/STIG-AKE JONSSON

【2月7日 AFP】スウェーデンの首都ストックホルム(Stockholm)郊外で6日未明、警察官の自宅前に止めてあった自家用車が爆発する事件が発生した。スウェーデン当局は国内で警察官を標的にした暴力が急増していることを懸念している。

 事件は午前0時過ぎ、ストックホルム郊外の緑豊かな街タビー(Taby)で発生した。爆発による負傷者はいない。これまでに逮捕された人物はいない。また警察は犯罪組織による犯行とはしていない。

 スウェーデン警察庁のダン・エリアソン(Dan Eliasson)長官は声明で「司法もしくは警察の関係者が脅迫や攻撃にさらされており、その数が多すぎる」と述べた。

 欧州の他国に比べてスウェーデンの犯罪率は低いが、政府の統計によると、2016年に報告された警察官に対する身体的暴力事件は86件で、前年比で65%増加している。

 警察労働組合の幹部はスウェーデン通信(TT)に対し「警察を黙らせ制圧しようとする脅迫や暴力行為はかつてなく増えている」と述べた。

 被害に遭った警察官の身元は公表されていないが、氏名はインターネット上に流出している。事件現場の住所は同国4番目の都市である東部ウプサラ(Uppsala)で麻薬密売捜査を担当している警察官の自宅住所と同一だという。(c)AFP

February 19, 2017, 現時間 12:13 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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February 17, 2017

トランス『女』は生物学的にも男じゃないって言える神経

フェミニズム , 科学

アップデートあり:後記参照。

ユーチューブでちょっと有名なライリー・J.デニスという男が居る。彼の存在を知ったのは若いアルトライト連中が彼のビデオをしょっちゅうおちょくっているからなのだが、今回はエブリデイフェミニズムという後退派左翼馬鹿フェミサイト、いつもトンデモビデオをこさえているデニスとしても特に突拍子もなく馬鹿げた見出しがついていたのでつい読んでしまった。(さすがにビデオを見る気にはなれなかったが)。題していや、トランス女は生物学的にも男子ではない!No, Trans Women Are NOT ‘Biologically MaleFebruary 10, 2017 by Riley J. Dennis というもの。

先ずデニスを知らない読者のために説明すると、彼は自称「トランス女」なのだが、日本のテレビ番組で人気のあるオネエさんたちと違って女性に見せようという努力を全くしてない男だ。彼は髪の毛を伸ばしてマスカラをつけている以外は女性の振りさえしていない。興味のある人はリンク先からビデオでも見ていただければわかるが、声も男のまんまだし話し方も全く男そのもの。ホルモン治療も整形手術もする気はないと常に言っているし生まれつきな女性以外には魅力を感じないとも認めている。

最初にデニスはトランスジェンダーなんぞ存在しないと思っている人は最初からこのビデオを見ないでくれと言っている。このビデオはトランスジェンダーの存在は認めているが、生物学的な性を変えることは出来ないと考えている人のためのものだという。それで性別(ジェンダー)は社会的構造であるが、性(セックス)は生物学的であると考えるのは間違いで、真実は性も生物学的なものではなく社会的構造なのだ、とデニスは主張するのだ。

だいたい性と性別が別物だという考えからしておかしい。カカシちゃんは生物学的には女子だが性別は男子だ、なんて何の理屈にもなっていない。セックスとジェンダーは同義語であり切り離すことは出来ないのである。だから、性は生物学的なものだと信じている人は、それがセックスでもジェンダーでも同じことなので、デニスの屁理屈がどういうものなのか紹介したいと思う。

カカシがトランスの人がよく使う言い回しで特に嫌いなのが「生まれたときに指定された性別」という言い方だ。人間は生まれた時点で誰かに「はい、あなたを男子/女子と指定します」などと言われるわけじゃない。あえて誰かが指定したとしたら、それは神様だろうが、デニスは無宗教者だというからそれも無理。

性/性別は単に生物学的な識別である。一般には新生児の性器でその識別は行なわれる。確かに性器がはっきりしていない新生児も居るが、その場合は染色体を調べればはっきりするし、それで中性だった場合にはインターセックスという例外として識別される。 インターセックスはあくまでも例外である。

性の識別は科学的にはっきりしている。いつか人間の染色体まで変えることが出来る日が来るかもしれないが、今の段階では性は男女の二つしかない。そしてそれは受精したときから一生変ることはないのである。

デニスの屁理屈は、『一般人は染色体だのホルモンの検査だのを受けるわけではなく、性器の形で男子か女子かを決められている、しかし最近は整形やホルモン治療で見かけなどいくらでも変えることが出来るようになったのだから、生物学的にも異性への転換が可能になった。』というものだ。

デニスがこういうことが言えるのは、彼が生物学を全く理解していないからだ。一般に男子と女子の違いは見かけで区別がつく。しかし男女の差は見かけの違いだけではなくもっと複雑なものだ。先ず第一に生殖機能の違い。女性には妊娠して出産するという機能がある。どれだけ男子が女子に見えたとしても彼が子供を宿して生むことは不可能である。同時に男子には女子を妊娠させることが出来るが、どれだけ男性ホルモンを受けていようと彼女に女子を孕ませることは出来ない。

もちろん女子でも不妊症の人も居れば男子でも女子に妊娠させることが出来ない人もいる。閉経した女子が女子でなくなるのかといえばそうではない。生殖機能は男女を区別する上で非常に大事な要素ではあるが全ての要素ではない。

筋肉や骨の密度、骨格の違い、内臓の違い、そして近年明らかになった脳の違いなど、男女の差は数え上げたらキリがない。確かに我々は双方ともヒトではあるが男と女ではまるで別な動物であるかのごとく違うのである。

生物学的な違いは我々の自我に非常に大きな影響を与える。個人が自分が何たるかを感じるとき、この遺伝子とは切っても切れないつながりがあるのだ。どれだけホルモン剤を摂取しようと性器を整形しようと人の中身を変えることは出来ない。

それでもまだ、ホルモン治療やいた~い去勢や乳房除去手術などをやって、より異性にみせようと努力しているひとならともかく、デニスのようにそんな努力を全くせずに、どうみても単なる女装男が女性だと感じただけで生物学的にも女性になれると言い切れるその神経って、いったいどうなってんだと私は聞きたい!

毎月の生理の痛みや不快さを感じたこともない男に女の何がわかるっつうの!初潮の苦しさ、長年に渡る生理の不快さ、予期せぬ生理に衣服を汚してしまった恥かしさ、妊娠や出産の喜びと苦しみ、または女性に生まれながら不妊に悩む苦しみ、10年にも渡る更年期のつらさ、そんなもの何にもわからないくせに、想像もつかないくせに、

そういういう男が女面(おんなづら)するな!

アップデート:実は~、デニスはあたかも自分がトランスジェンダー女の代表みたいな顔をしているが、トランス女でもデニスを嫌っている人はかなり居て、そのなかでもデニスは本当のトランス女ではないと言い張るトランス女たちが結構居るということを知った。

彼ら(彼女ら?)によると、普通トランス女は自分の男性的な体格には嫌悪感を持っているのだという。考えてみれば体は男なのに心は女だと信じている人々にとって、常に男性を思い出させる男性器や骨格やのど仏などは自分が男性であることの確証として忌み嫌われるのというのも理解できる。

ところがデニスは別のビデオのなかで、自分の体のなかで特に嫌いな部分はないと言っている。繰り返すがデニスは髪を多少長めに伸ばしていることと、マスカラを塗っている以外はとりたてて女性らしい格好をしていない。彼が好んで来ているタンクトップの外にはみ出している幅広い肩幅や筋肉質な腕や人一倍大きな喉仏にしても、まるで男性そのもの。そういったものをデニスは特に隠そうとしていないし声も完全に男のままで話し方も全然女らしくない。

生まれた性に一致した身体に全く抵抗がなく(よってホルモン治療も整形手術も受ける気がない)生物学的な異性に性的魅力を感じる人間って、単に普通の男じゃん!彼のどこがトランスジェンダーなんだよ?!という疑問が生じるのは当然。

で、とあるトランスジェンダーブロガーによると、デニスは本当は生物学的にも精神的にも完全な男だが、トランスジェンダーを装って、馬鹿げたビデオを作り続けることによって本当のトランスジェンダーをおちょくって、その信用度を落とそうとしているのではないかというのである。

もし、デニスがトランスジェンダーのパロディキャラを演じているとしたら、彼のばかばかしいビデオは大成功を収めているといえる。なにせアルトライトからもフェミニストやレズビアンやトランスといった左翼連中からもデニスはバンバン叩かれて、彼のビデオのヒット数はうなぎのぼり。ユーチューブはヒット数が多ければ多いほどお金になるのだから、デニスの狙いはそこにあるのかもしれない。

February 17, 2017, 現時間 7:29 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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February 12, 2017

男と女の脳みそは違うのだ!

フェミニズム

女性と男性の頭脳は違うという話は以前にもポリコレによって脅かされる女性の健康でしたが、今回は久しぶりにまともな記事を掲載したロサンゼルスタイムスでの論文を紹介しよう。著者はデボラ・W.ソーというカナダはトロント市のヨーク大学脳科学者。「中性教育の徒労」という男女の頭脳には明白な違いがあるという記事。

ソー博士の研究はすでに常識人なら誰もが実感している男女間の脳の違いを証明するものだ。どれだけフェミニストやらジェンダーフリーだのジェンダー流動体だのトランスジェンダーだのと言った人々が、性別は社会的構造であると主張し、子供は男女を問わず白紙の状態で生まれてくるのであり、乳児の頃から全く男女の区別をせずに育てれば、子供たちは誰もが同じように中性に育つと主張してみても科学とは争えないのである。

男女はまだ物心つかない乳児の頃から男児と女児では全く違う性質を示すことが多々の研究で明らかになっている。(研究などしなくても男女の子供を育てたことのある親ならすでに既知の事実だが。)

たとえばおもちゃの好み一つ取ってみても、男女では明確な違いがある。一般に女の子はお人形のような社交術の発達に役立つものに魅かれるのに対し、男の子は自動車とかトラックのような空間認識を育てる機械的なものを好む。

最近発表された研究によれば、9ヶ月の乳児でも男女の差は現れ始め、18ヶ月にもなれば子供たちは自分の性に対する意識など全くないにも関わらずその差ははっきりするという。また、女児が胎児のときに多くの男性ホルモンを吸収すると生まれてから男っぽい性質を見せるようになる。つまり、男女の性質の差はホルモン摂取の量に深く関わりがあるということらしい。

興味深いのは人間だけでなく類人猿でも同じような傾向があり、ベルベット猿を使っての研究では、若いメスザルはお人形にオスザルは車輪のついたおもちゃに惹かれた。これらの猿は飼育係から特別なオスメス区別は受けていないにも関わらずだ。

こうした科学的なデータがあるにも関わらず、中性運動はどんどん勢力を増し、昨年ナショナルアカデミーオブサイエンスで発表された研究では男女の脳は全く同じだと結論付けている。男女差は生物学的なものではなく人工的に創造された社会構造だと主張したのだ。

しかしながら、多大なる神経画像調査により、男と女の脳には明らかな違いがあることがわかっている。126の別々の調査により、男性の脳みそ容積は女性のそれよりも大きいことが発見された。また男性の脳にはより多くの白い接続体が前方から後方につながっているのに対し、女性の脳の接続体は右と左との間につながっているという。

先に男女の脳は同一だとした調査のデータを他の科学者が再度吟味した結果、このデータを使って73%の割りで男女の脳を見分けることができたという。しかしこの発見はメディアから注目を浴びなかった。

男女中性教育の元となったのは、幼児を男女で区別して育てることによって個々の才能の可能性をくじくことにつながるのではないかという考えだ。女の子でも技術系の職について欲しいし、男の子でも社交的技術を身につけて欲しいという、親心から出たものである。

しかし男女の子供たちの性別的な傾向というのは環境というより胎児のときの男性ホルモン量の影響を強くうけている。だから、子供たちの性別によって好きな行動を規制されるということさえなければ、子供たちが性別に合った行動を好むことには全く問題はないのだ。

ソー博士は同じくLAタイムス掲載の別の記事でも、男女の脳の働きを政治に結びつけるフェミニストやトランスジェンダーを批判している。

フェミニストは男女同権が講じて男女の頭脳までも同じだと言い張る。トランスジェンダーは男女は違うのだから異性の性質を強く見せる個人は異性であるべきと主張し思春期前の幼児に異性ホルモン投与を奨励したりする。ソー博士はこのどちらも間違いだと語る。

このことは統計学でいうところのベルカーブというわれる正規分布を理解できればわかりやすい。私は統計学は専門ではないのだが、素人の理解力で説明すると、ある種の統計を取ってその結果を線グラブにした場合、一番数の多い傾向が線グラフで鐘形の頂点になり、両極端になるにつれ数が減って鐘形の両淵になる。

正規分布は N ( μ , σ 2 ) と表記します.これはカッコ内の2つの値, 平均 μ と 分散 σ 2 が決まれば正規分布が一意に定まることを意味しており,この平均 μ と 分散 σ 2 を母数(parameters)といいます.

 正規分布は平均 μ を中心として左右対称になった西洋の釣鐘と似た形状の曲線(ベルカーブ)の分布形を描きます.

つまり、男女の性質というのは傾向を示すものであり、男子なら/女子なら、平均的にこういう性質を持った人が多く居る、という意味に過ぎない。そしてこの性質は脳の構造や男性ホルモンに非常な影響を受けているというもの。だから個人によっては極端に異性っぽい人もいれば極端に性一致している人もいるというだけのことなのだ。

男女の脳に差があるからといって、それは決して男女間に優劣があるという意味ではない。以前にも書いたように種目の違う運動選手を比べて陸上競技選手とレスリング選手のどちらが優れた運動家かなどと聞くのと同じである。男女には違いがある。だがその違いはそれぞれ別々の形で現れるものであり、その適正を理解することは男女差別でもなんでもない。

公平な社会であれば、極端に異性っぽい人が異性の多い仕事に着くことを可能とし、自分の性にあった行動が好きな人は、好きな行動をすることが出来る。そうやって社会が個人個人の行動選択を尊重しさえすれば、男女の差があることを認めたとして何の問題もないはずだ。

男女は同じだとか、男女の区別は社会構造にあるとか、性別は流動性があるとか、そういうおかしなことを言う人たちこそ、男女差別意識から抜けられない人々なのだとカカシは思うね。

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February 12, 2017, 現時間 2:12 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 27, 2017

どうしてリベラル集会にはえげつない連中が集まるのか?

ウォール街を占拠せよ , フェミニズム

本日は先週行なわれた自称「女性行進」とは対照的に本当の女性行進であるマーチフォーライフ(命のための行進)という妊娠人工中絶反対デモが同じくワシントンDCで行なわれている。このマーチは毎年もう何十年にも渡って行なわれてきているのだが、主流メディアは完全に無視し続けてきた。今回は副大統領のマーク・ペンスが出席し、集まった人々に激励の弁を述べた。よい始まりである。

実はカカシは若い頃(20代前半)は妊娠人口中絶がそれほど悪いことだとは思っていなかった。ま、年代から言って欲しない妊娠をする可能性があった頃は、もしもの時の解決策が必要だと感じていたからだ。しかしその後色々な事情があって、今では中絶そのものに反対になった。特に妊娠三ヶ月以降の中絶は母体に危険を及ぼすとか、胎児に重度の障害があるとか言う場合は除き、すべきではないという結論に及んだ。しかし中絶を法律で禁じるべきかどうかということに関しては中期以降の堕胎のみという考えに落ち着いている。

それはともかく、この間の自称「女性行進」ではプロライフと言われる中絶反対の女性たちの参加は拒否された。人工中絶を反対する女性と賛成する女性はアメリカの女性の間で46:47%で、ほぼ半分半分の状況にある。ということはこの間の女性行進は「女性のため」と言いながら、女性の半分を疎外したことになる。な~にが女性行進なんだ!

ところで、以前にリベラルたちが集まったウォール街占拠のときもそうだったが、どうもリベラル連中が集まるところでは得体の知れないえげつない連中が集まる。保守派のティーパーティの集会ではリベラルがなんと言おうと白人至上主義の連中やナチスやファシスト連中など全く来なかった。もしも間違ってそういう奴らが混じった場合には、参加者が即座に退場を強制し、主催者も参加者もこぞってそういう奴らを糾弾した。

ところがリベラル集会に集まってくるえげつない連中に関しては参加者からも主催者からも全く批判の声が聞かれない。いや、それどころかこういう奴らを歓迎し賞賛している。何故なんだろう?

シャイア・ラバフ(Shia LeBeouf) - 売れない男優でくだらない街頭パフォーマンスなんかもやってるラバフは昨日軽傷害やハラスメントの罪で逮捕された。ラバフは「彼(トランプ)は我々を分裂しない」と芸術と称して壁などにスプレーで落書きをしたりしている姿がテレビでも放映されていたが、反対意見のトランプ支持者男性と言い争いになり、ラバフが男性のスカーフをもぎとったり男性にひっかくなどの暴力をふるったため警察が呼ばれた。ラバフは駆けつけた警察と口論になり、その場で逮捕された。自分が勝ってに暴力を使って反対意見を押しつぶそうとしているくせに、な~にがトランプに分裂させないだ、馬鹿。

リンダ・サーサワー(Linda Sarsour) - パレスチナ人女性でハマスやイスラム国の親派。シャリア法を促進している。イスラム教徒の女性人権を命がけで守ろうと運動しているアヤーン・ヒルシ・アリ女史の女性性器を取り上げろなどとツイッターに書いたりしている、およそ女性人権派とはいえない女。

ダーナ・ヒルトン(Donna Hylton)-女性行進で演説をぶった元売春婦の黒人女性。実は1985年に仲間(女二人と男三人)と一緒に不動産会社の男性を誘拐し20数日間監禁し散々拷問にかけて殺した罪で25年の懲役を受けていた殺人犯だった。この拷問のしかたが残酷なのだが、とくにひどいのは男性の肛門に鉄棒を突っ込んだり、スパナで男性の睾丸をひねくり回したりしたとある。何故そんなひどいことをしたのかという問いにヒルトンは「どうせ奴はホモだったんだから、、」と答えたそうだ。恐ろしい~!

セシル・リチャーズ(Cecile Richards) - 妊娠人工中絶専門医療機関プランドペアレントフッドの女会長。PPは堕胎した胎児の臓器を違法に販売していたことが発覚して大スキャンダルになった。連邦政府からの運営費を支給されているが、堕胎以外にも妊婦の診察や乳がんの検査や避妊相談も受けているといっていたことが嘘だったことが最近明らかになっている。

マドンナ - 落ちぶれ中年歌手。一時期は一斉を風靡した人気歌手だったが、いまや落ちぶれた50過ぎのおばさん。下品な言葉だらけの演説でホワイトハウスをぶっとばしてやりたいと本気で考えたなどと言ったため、FBIから捜査対象になった。芸能人ならなにをいってもいいと思ってる馬鹿。

演説をぶった人間のほかにも参加者の男性がインタビューをしていた女性記者を殴って逮捕されたり、トランプ支持者の女性の髪の毛に火をつけたり、戦死者の両親に唾を吐きかけたり、飛行機のなかで親トランプ乗客に怒鳴り散らして飛行機から降ろされたり、とにかくひどい奴らが多くあつまった。しかも女性行進後の町はごみだらけ。以前にティーパーティ集会のあとは前よりきれいになっていたという例があったのとは全く逆。

なぜリベラル集会ってのはこういうことになるのか。非常に不思議だ。

アップデート:ザブレーズに載ったコラム。に興味深いことが書かれていた。先週の女性行進がプランドペアレントフッドを中心とし、プロライフ女性たちを拒絶したことにより、主催者側の思惑とは裏腹に、自称「女性行進」はリベラル女性の集会だったと印象付けてしまった。特に人工中絶を中心にしたことにより、今まで無視され続けてきたマーチフォーライフ集会が保守派の女性行進としてメディアから大きく取り上げる結果を招いたというのだ。また、カカシが指摘したように、リベラル女性行進における参加者たちの行儀の悪さも大きく取り上げられたため、多くの国民が、あの集会はリベラル過激派集会だったのだという印象を持つに至った。これは完全に計算違いだったのではないかという記事だ。

January 27, 2017, 現時間 2:23 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 26, 2017

何故フェミニストにはブスが多いのか

フェミニズム

今日は風邪を引いて寝込んでいるので、ちょっと軽い話をしよう。

以前に誰かが「フェミニズムはブスがボーイフレンドを作る手段だ。」と言ったことがある。同じくキャリアウーマンにはブスが多いという説もある。当たり前だがこれは私の説ではない。一応カカシはキャリアウーマンなのでそういう全体的な言い方には賛成できない。ま、自分で言うのもなんだが、カカシはきれいなほうだと勝手に一人で納得している(ミスター苺には強制的に賛成させている。)

なぜこんな話を持ち出したのかというと、この間の「女性行進」についてステファン・モリノー(Stephan Molyneux)というビデオブロガーが何故フェミニストにはブスが多いのかという話をしていたのを観たからだ。

1)モリノー曰く、普通、美しい女性は経済的に成功している男性と結婚できる。それで福祉などに頼る必要はないし、旦那の収入から多くの税金が取られるのも嫌なので小さい政府を望む保守派になる。また、旦那の経済力に頼れる場合、専業主婦及び母親業にも専念できるから家族の大事さを強調するようになる。

2)ブスでも頭のいい女性は男性に頼らず自分でキャリアを求めるようになる。こういう強い女性はフェミニズムに惹かれる。

3)一番性質(たち)が悪いのはブスで頭の悪い女性。ブスなので玉の輿には乗れないが、頭が悪いからキャリアウーマンにもなれない。それで政府の福祉にたよるべく、弱者の人権とか言う言葉を振りかざしてフェミニストになる。

2)と3)の女性たちは男にもてないことを悲観して自分たちの不幸せはすべて男のせいだと責め立てる。フェミニズムが女性のための運動というより反男性運動になってしまうのはこのせいだというのだ。

とまあ、こういう理屈だ。あんまり単純すぎると思うが、確かに既婚女性に共和党支持が多いというのは普通。独身女性はキャリアウーマンでもやはり政府に頼り勝ちになる。結局女性は誰かを頼りにしたいという本能があるからなのだろう。

しっかし美しいキャリアウーマンも居るしね、ハリウッドのバリバリフェミニスト女優たちは美人だし、こういう単純な理屈にはちょっと賛成できない。ただ、ブスで頭の悪い女がフェミニズムに走るというのは一理ありかもしれない。この間の反トランプ「女性行進」でも、「私の性器を摑ませない」とか書かれたシャツを着ているオバサンが居たが、「あんたなら心配ないよ。」といいたくなるようなブスだった。

ファットアクセプタンス(肥満体許容)とか言って醜い超肥満体を自慢気にさらけ出してる女たちとか、髪の毛を紫に染めて黒い口紅つけて鼻穴や唇にいくつもピアスをつけて、体中醜い刺青をいれてるような女は普通の男性からは敬遠されるだろう。私はああいう格好をする女たちは、自分の外見に自信がないから、わざと奇抜な格好をして「私は異性になど興味がない」という口実にしているのだと思っている。あの変な格好は自分の醜さを隠すための楯なのだ。

自分を磨けばいくらでも美しくなれる女性は多いのに、そういう努力はしないで自分を好きになってくれない男性たちを責めてフェミニズムに走る、、なんかみじめだね。どうりで彼女たちはいつも怒っているわけだ。

確かに保守派のビデオブロガー女性たちには美人が多く、フェミニストブロガー女性たちにはブスが多い。これはカカシの単なる観察で科学的な統計ではないのであしからず。

January 26, 2017, 現時間 1:18 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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ゲイ白人男性による有色及びトランス差別

フェミニズム , 同性婚

この間の「ウイマンズマーチ(女性行進)」と名づけられたリベラル女性たちによるわけのわからないデモ行進では、ピンクの猫型毛糸帽子が目立ったが、猫の属名プシーは女性性器を意味することから、あの帽子もプシーキャップと呼ばれた。それだけならまあいいとしても、その他に女性性器をかたどったピンクの着ぐるみを着て参加した女性があちこちに居た。これはトランプが10年以上も前に「女性を性器で摑んでやる」という下品なことを言ったことから、トランプへの抗議として使われたらしい。しかし女性の人権運動をするのに女性を性器で表すというのは女性に対して侮辱ではないのか?フェミニストたちは常に女性を性の対象としてだけ扱うなと言っているのに、自分らの抗議運動を女性性器で象徴するのは矛盾しているだろうに。

ところで、この性器強調に対してトランスジェンダーたちからクレームが付いた。「女性性器のある人間だけが女性ではない」というものである。(マジで、、)女性性器があるから女性というのは定義だからね、そうでない人が女性を名乗るのはおかしいはずだが、今の世の中不思議である。

さて、別の話だが、ペンシルベニア州にあるフィラデルフィア市では、ゲイバーフッドと呼ばれる同性愛男性が集まる繁華街において、有色人種に対する人種差別が横行しているとして市長が飲食店やナイトクラブの経営者に「公平な営業」訓練を受けるようにと命令している。

同市の人間関係協会はゲイバーフッドの経営者たちはほとんどが「白人シスジェンダー男性」(シスというのは生物学的な性別を受け入れている普通の人のことを示す造語)に占められているとし、人種差別やトランス差別が横行しているというもの。

普通LGBTQ社会は保護の対象となる少数派としてこういう問題で責められることはないが、保護対象にも段階があり、いくらゲイといえども白人シス男性はその中でも下の下の存在。つまり、まともであればあるほどリベラル差別の対象となるわけ。

アイデンティティーポリティクスを進めれば進めるほど、誰が一番保護を必要とする少数派かということで勢力争いがおきるのは当然。

この間の「女性行進」でもパレスチナ人のテロ親派女性が主催者の一人として参加していたが、モスレムとフェミニズムや同性愛者人権が共存できるはずはない。特に暴力的なモスレムにこれらの運動が乗っ取られてしまう日は近いだろう。そうなってからフェミニストやゲイたちはどうするつもりなのか。興味深いことである。

January 26, 2017, 現時間 10:08 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 21, 2017

トランプ就任直後のフェミニスト行進、彼らは本当の女性虐待と戦う勇気があるだろうか?

フェミニズム

昨日の金曜日(1月20日2017年)はトランプ大統領の就任式だった。反トランプ派のデモというより暴力沙汰が起き、何故か親ヒラリーだったバンクオブアメリカやスターバックスの建物が破損され、一人が逮捕された。本日の土曜日、反トランプ派の自称フェミニストたちが率先して女性行進とやらを行なっている。しかし、このウィメンズマーチの目的は一体何なのか、一般女性にはちょっとよくわからない。

この行進では女性の権利が主題となっているが、トランプが大統領になったからといって女性の権利が迫害されるという危険はまるでない。トランプは女性から参政権を奪うとも言ってないし、女性労働者の賃金引下げなどうたっていないし、フェミニストたちが大事にする妊娠人工中絶を違法にするとも言ってない。

この集会は20万人からの女性が大統領就任式と同じ道筋を通って行なわれる予定。また、DCまでこれない人のために、全国各地の都市で同じような集会が予定されている。

しかし同じ女性でも特にこういう運動に興味のない女性も多くいることであるし、あたかも女性全体を代表するかのような名称は辞めてもらいたいというのが私も含め一般女性たちの希望だ。どうせなら正直にトランプ政権に抵抗する女性の会とか、過激派フェミニストマーチとか名づければ、その目的がはっきりするのに。

主催者側は、この行進は決して反トランプとか抗議とかいったことが目的なのではなく、トランプ政権が脅かすと思われる様々な女性問題やリベラル問題について語ることにあるという。 イベントでは人種によるプロファイリング、地球温暖化、妊娠人工中絶や、LGBTQなどの諸問題を取り上げる予定だという。行進の公式ウェッブサイトによると、関連団体は堕胎児臓器違法販売で悪名高いプランドペアレントフッド、人権キャンペーン、左翼黒人市民団のNAACPそしてラテン系左翼団体ヴォトラティノなど177の連帯団体の名が示されている。そのなかに胎児の命を守ろうという「命のための行進」女性団体の名前はない。それどころか、プロライフ(人工中絶反対派)の女性たちは集会参加を拒絶されたそうだ。これだけでも、いかにこの「女性行進」がほんの一部の女性たちだけの集まりであるかがわかるはず。

ところで今回、比較的女性にとって安全なアメリカと言う国で、あたかも勇敢であるかのように行進している女性たちは、野蛮人侵略者たちに日ごと夜ごと強姦の憂き目にさらされている欧州の女性たちを救うためにパリやマルモやドレスデンで同じような行進をする勇気があるだろうか?女性の権利を高々に歌い上げるフェミニストたちは、シリアやイラクなどで、非モスレムの女性たちがモスレム過激派によって性奴隷にされている事実についてこのイベントで一言でも話す勇気があるだろうか?

ありもしない米国大学キャンパス内での四人に一人が強姦されるなどという架空の犯罪を抗議しておいて、実際に四人に一人の女性が強姦されているスエーデンのことにはまるで興味がないフェミニストたち。ブルカを着ていない女たちは強姦を望んでいるなどと言って憚らないモスレム聖教者がいくらでもいるのに、身元も確かでないモスレム移民を大量に受け入れたオバマ政権への批判はまるでなく、危険人物は入国させない、犯罪を犯した移民は国外追放といって、国民の特に女性の身を守ろうとしているトランプに抗議する。

いったい、彼女たちの本当の目的は何なのだろう?

January 21, 2017, 現時間 10:13 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 15, 2017

4人に1人の女性が強姦される国とは?アメリカ大学構内ではない!

フェミニズム , ヨーロッパ , 移民問題

先日物凄く気分が悪くなる記事を読んだ。本当はこんな話したくない。しかし難民受け入れを深刻に考えている国々は今のスエーデンの実情をしっかり受け止める必要がある。ヨーロッパにおけるモスレム移民の悪行を報道しているパメラゲラーのサイトで、スエーデン女性が性奴隷としてフーカカフェの地下に幽閉されていたという記事が紹介されていた。

シリア「難民」の二人の男がスエーデン政府援助費でフーカカフェを開店したが、どうもカフェ内で怪しげな人物が多く出入りしているとの連絡をうけ、スエーデン警察ががさ入れしたところ、なんとカフェの地下室に鎖でつながれたスエーデン女性を発見。女性はこの地下室でカフェ経営者の性奴隷として何度も強姦され拷問を受け続けていた。

被害者の女性はマルモで四人の「難民」に銃を突きつけられて誘拐された後、このカフェにつれてこられた。女性は即座に待ち受けていた三人の男たち合わせて七人から数度にわたってあらゆる残酷なやり方で輪姦されたという。この記事では彼女がどれだけ長い間この地下室に閉じ込められていたのか書かれていないが、何日にも渡って拷問を受けたことは確かである。

腹が立つのは、凶悪犯のカフェ経営者二人が逮捕されたとはいうものの、二人は強姦罪に問われ四年の禁固刑を言い渡され3万ドルの罰金を要求されただけ。誘拐罪や強姦罪には問われていない。何とか国外追放を言い渡されたものの、この罰あまりにも軽すぎる。第一彼女を誘拐した四人の男たちや、カフェ経営者二人に加わって強姦や拷問に参加した男たちはどうなったのだ?

さらに腹が立つのは、犯人のひとりは2010年にスエーデンに違法に入国し、難民申請で拒絶されていたにも関わらず、書類のない移民として滞在が許可されていた。もう一人は2014年に入国し月々800ドルの生活保護をうけ、就職斡旋所から無料教育まで受けていたという。

実はこの事件が発覚した数日前にも難民を装う野蛮人たちによる強姦が日常茶飯事になっているスエーデンでも最悪の集団強姦事件が起きていた。被害者の女性は難民センターにおいて残虐な強姦に会い、彼女の衣服からはなんと48人もの精液が摘出されたという。

特にひどいのは犯人グループの首謀者と思われる25歳のラフィ・バハドゥーリ。アフガニスタンからの移民で以前に数人の女性を強姦した罪で起訴されていたにもかかわらず、スエーデン移民省から雇われ通訳として難民キャンプで働いていたのだ。

スエーデン裁判所は強姦に加わった5人の「未成年」の国外追放を拒否。なぜなら国外追放をすればこれらの人間がシャリア法のもとで危険にさらされるからだという。ちょっと待ってよ、これらの自称未成年によてひどい危険にさらされたスエーデン女性の被害者はどうでもいいっつうの?モスレム移民たちはスエーデンの未成年に寛容な法律を利用して30過ぎのおっさんでも未成年と偽って入国するため、スエーデン法廷は常に極悪犯人たちに軽い刑罰を加える結果となる。この被害者を襲った犯人たちはほとんどが未成年として扱われた。そして彼らに与えられた刑罰はというと、強姦者たち4人には強姦罪、そしてその模様を撮影した者一人は児童ポルノ罪に問われ、四人の強姦者に15ヶ月、もうひとりに13ヶ月という信じられないほどの軽い禁固刑が課せられた。

なんで児童ポルノ罪と強姦罪の刑罰の差がたったの二ヶ月なわけ?

それにだ、48人の精液を摘出したなら、なぜ難民キャンプに居る男ども全員のDNAサンプルを取り、誰が強姦に参加したかを調べ共犯と確定された「難民」を全員国外追放にしないのだ?有罪となった犯人たちですらたった15ヶ月の禁固刑、しかも国外追放なしである。こんなやつらにスエーデンの刑務所なんかリゾートホテルのようなものだ。そんなの何の罰にもなっていないではないか。出てきたら同じことを繰り返すだけ。しかも一人は前にも数人の女性を強姦している前科者なのだ、この軽い刑罰はどういうことなのだ?

いったいスエーデンは自滅を図りたいのか?

いまやスエーデンでは四人に一人の女性が強姦される危険にさらされている。これは年齢は関係ない。確かに若い女性が狙われるのは当然としても、90歳の女性でも4歳の女児でも、それをいうなら男児でも、野蛮人たちの強姦からは免れないのだ。

このような状況にスエーデンのフェミニストたちは何をしているのだ?それをいうならアメリカの大学キャンパスでレイプカルチャーだなんだと騒いでいるフェミニストたちは何もいうことはないのか?同じ女としてフェミニストとして欧州の女たちの苦しみを救ってやろうという気持ちにはならないのか?

関連記事としてナンミンウォッチさんがドイツでも増える強姦に女性たちがおびえているという記事を紹介している。

January 15, 2017, 現時間 2:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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December 12, 2016

現実離れした現代フェミニズム、フェミニズムを再び偉大にするにはどうしたらいいのか

フェミニズム

私が尊敬する旧フェミニストの大御所クリスティーナ・ホフ・ソマーズ女史の最近のコラム「フェミニズムを再び偉大にする方法(How to make feminism great again)」という話をちょっと読んでみたい。

ヒラリー・クリントンが大統領選で大敗してからというもの、過激派フェミニストたちの振り乱しようは見苦しいばかりである。人気テレビ番組「ガールス」スターのリナ・ダナムは蕁麻疹が出て療養中だとか、人気歌手のケイティー・ペリーなどツイッターで「革命来る!」と叫び、現代フェミニストのリーダーロビン・モーガンなどは「病める父系社会は女と死闘中だ。」とまで書いている。

しかし多少良識あるフェミニストたちの間では、最近のフェミニズムはエリート過ぎるのではないかという反省もみられる。しかしソマーズ女史はそのもっと上を行き、現代フェミニズムはアメリカ社会から離れてしまったというより、現実社会から完全に離れたものになっていると語る。この現実離れしたフェミニズムを再び地球に連れ戻すためには一体なにをしたらいいのか、ソマーズ女史には提案がある。

第一に、合衆国を父系社会と呼ぶのはやめること!

父系社会というのは男性だけが権力を持ち女性には何の権限もない社会をさすが、女性が国務長官になったり連邦裁判官になったり主流政党の大統領候補にまでなれる社会を父系社会と呼ぶのは正しくない。にも関わらず、なぜフェミニストたちは女性は未だに虐げられた存在だという嘘を触れ回るのか。

アメリカの女性の給料は男性の2/3だとか、四人に一人の女子大生が強姦の犠牲になっているとか、女性はネット上で激しいセクハラや暴力にあっているとか、虚偽の女性虐待説がまかり通っている。こうした虚偽の訴えは本当の問題解決から資源を取り上げることになり、害あって益なしである。

今日の女性運動は男性も女性と同じように葛藤していることを認めるべき

現代社会で生きている以上、苦労をしているのは女性だけではない。男性もそれなりに苦労しながら生きている。確かひ大会社の社長とか科学者とか国会議員とかはは、まだまだ女性の数は少ないかもしれない。しかし労働者全体を見た場合、男性の方が圧倒的に重労働で危険な仕事についている。職場で怪我をしたり死んだりするのは男性(特に労働階級)が女性より圧倒的に多いのだ。

また教養の面でもラテン系や原住民の女性は白人男性よりも高い率で大学に進学している。無教養な男性が増え社会の経済を支えられなくなって困るのは男性だけでなく女性も同じである。

過去の女性運動は女性の平等な権限を勝ち取ることにあり、その功績はすばらしいものがある。しかし現代のフェミニズムは一部の人々の権力争いにと成り果てている。「どうも彼女達は金星と火星の間ではゼロサムゲームしかないと考えているようだ。」とソマーズ女史。これは昔恋愛学のジョン・グレイ著の「男は火星、女は金星からからやって来た」という本の題名から来るもの。ゼロサムゲームというのは戦いでどちらかが勝てはどちらかが負けるという意味。

しかしほとんどの女性は男女の間で戦争が起きているなどとは考えていない。普通の女性にとって男子は敵ではない。彼らは兄弟であり息子であり夫であり友達なのだ。普通の女性はフェミニストが考えるような理想の女性像を求めていない。2013年に行なわれたピューリサーチ調査によれば、アメリカのお母さんたちに、どのような役割分担が理想かというアンケート調査を行なったところ、61%のお母さんたちがパートか専業主婦が理想だと応えたという。ロンドン経済学校の社会学者キャサリーン・ハーキム女史も西欧州においても同じような結果が出ていると語る。

フェミストらは自分らが理想に描く女性像を支持しない女性たちを自らを嫌う男尊女卑主義者として軽蔑するが、いまは2016年、1960年代とは違うのだ、女性の自由な意思を尊重すべきなのでは、とソマーズ女史は問いかける。

フェミニストたちが男女には全く何の違いもないと主張することによって女性全般を傷つけている。医学的な男女の差は議論の余地がない。だが、だからといってそれを理由に女性蔑視をすべきだなどとは誰も言っていない。

本当の男女平等社会というのは、女性だから男性だからといってその役割を限定するのではなく、個人の自由な選択と個々の才能によって判断されるべきなのである。女性の大半が専業主婦を求めるならその選択は尊重されるべきだ。しかし女性でも科学者や兵士や工学士を求める人が居るなら、男子と平等に機会を与えられるべきで、同じように保育士や看護士になりたい男性にも同じように雇用の機会が与えられるべきなのだ。

そうやって個人の自由な選択を可能にさえしておけば、たとえ結果的にある職種に男子が多かろうと女子が多かろうと、それは差別ではないのである。フェミニズムの一番の問題は女性をひとつの集団として判断し個人としての才能を無視していることにある。そうやって一番傷つくのは、やはり女性なのに。

December 12, 2016, 現時間 8:10 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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December 11, 2016

ポリコレによって脅かされる女性の健康

フェミニズム , 科学

ちょっと前に読んだ記事なのだが、男女の脳の違いを研究している科学者たちは、女性蔑視の汚名を着ることを恐れて自分らの研究発表が容易にできないという内容だった。それで、女性特有の脳の病気など、治せる可能性のある病気の治療がままならないという。

ここ何十年、フェミニストたちは男性の脳も女性の脳も同じだと主張してきた。その非科学的な政治的に正しい説は、性別に適した薬品の開発をきわめて難しくしているという。この記事によると神経学者らによれば、男性と女性の脳はあきらかに違う。

男と女では筋肉や骨格や運動神経など大差がある。病気にしたところで心臓病は女性より男性の方が多いことや、男性に子宮がんはあり得ないとか、男女差があることは誰もが認めることだ。それなのに脳みそだけが男女全く作りが同じと考える方がおかしい。

フェミニストたちが間違える点は、違う=優劣がある、と思い込んでいること。 たとえばオリンピックの選手でマラソン選手と体操選手のどちらが優れたアスレートか考えたとき、どちらも優れた運動選手であることに変りはないが、それぞれ違った意味で優れている、比べようがない。それと同じで男女の脳はつくりは違うかもしれないが、それぞれ違った面で優れていると考えれば特に問題はないはず。

男性と女性とで脳のつくりが違うので、薬に対する脳の反応にもかなりの違いがあるという。しかし科学者たちはフェミニストたちからのセクシストという批判を恐れて救命の可能性がある薬品開発に消極的なのだという。.

UCLA大学のラリー・カヒル脳神経生物学者は主流神経学会の間で嫌われ者になることは承知のうえで、女性の脳卒中患者に効果的な薬品開発について神経学調査医学ジャーナルにその結果発表をした。そのなかで博士は女性にとって効果のやる薬品が男性にも効果があるとは限らないと記す。

たとえばアルツハイマーは男性と女性とでは脳のどの部分が影響を受けるかが違うのだという、つまり、男性と女性とでは脳の細胞の死に方が違うのだ。その差がわからなければ双方に見合った適切な治療は困難になる。

カヒル博士は男女の脳の差についての研究はしないようにと警告されたが、脳移植が麻痺した手を動かす可能性のある研究をあえて進めている。また同博士はLazaroidsという薬品の研究についてのべった。この薬品は男女合同のテストではその効果が明らかではなかったが、それは単に男子には効果があったが女子にはなかったというだけのことかもしれないという。だが、研究者たちは女子と男子の違いを認めようとしない。よってこの薬品の本当の効果力を正しく調べることが出来ないで居るのだ。

さて、ここで私は興味深いことに気が付いた。脳神経学の専門家たちが男女の脳の違いについてまともな研究発表をすることすら憚られる時代に、実際に男女の脳の違いを証明する検査を普通に行なっている医師がいるのだろうかということだ。

聡明な読者諸氏はもうカカシの疑問をお察しだろう。そう、トランスジェンダーの人々が自分らは精神病患者なのではなく、生物学的な性とは違う異性の脳みそを所持しているだけだと言い張っていることに注目していただきたい。脳神経学者でないトランスたちにどうしてそんなことがわかるのか?彼らは脳神経科のお医者様にペットスキャンでもやってもらって自分が異性の脳みその持ち主であることを証明してもらったのか?

いや、それはあり得ないだろう。なぜならカヒル博士がいうように、そのような研究はノンポリコレとして学会では認められていないからである。

最近トランスジェンダーのポリコレのほうがフェミニストのポリコレよりも優勢だ。男女の脳に違いはないと主張するフェミニストたちはしょっちゅうトランスポリコレの連中から講演を阻止されている。ターフという侮蔑語まで作られて罵られ虐げられている。となると、トランスジェンダーたちは遂に脳神経学者の男女脳研究を可能にしてくれるのだろうか?

私はそうは思わない。かえってトランスジェンダーたちはその研究を阻止するだろう。万が一男女の脳を簡単に見分ける方法が開発されたとしても、トランスジェンダーたちはそんな検査は拒否するだろうし、もしもトランスジェンダーの識別を脳検査によって行なうなどという法律を誰かが提案しようものなら、トランスコミュニティーから大バッシングを受けること間違いない。

なぜか? それは自分はトランスジェンダーだと言い張っている人々は心の底ではそうではないと知っているからだ。いや、確信はしていなくても、自分はトランスではなく単に精神異常なだけかもしれない、と認めることが怖いのだ。自分がトランス女だと言い張っていた男性が検査によって男性の脳を持っていることが判明したら、もうすでにしてしまったホルモン治療や去勢手術などどうすればいいのだということになる。

科学が政治によって左右されることは本当に恐ろしい。だが、地球温暖化似非説がここまでまかり通ったのも政治と金がらみである。だから誰もが本当だと思っていることが通らず、科学的に間違ったことが横行してしまうのだ。

そしていつもどおり、フェミニストたちの間違った考えの犠牲になるのは他ならぬ女たちである。本当のフェミニストなら今すぐ男女の脳は同一だなどという非科学的な考えは捨てて、科学者たちの研究の邪魔を止めて欲しい。

December 11, 2016, 現時間 9:59 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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December 3, 2016

ビクトリアシークレットはレイシストだ!多様文化主義さえ人種差別になってしまう昨今の文化盗用思想

フェミニズム , 左右思想

先日コスモポリタン女性雑誌のファッションコラムを書いてる中国系記者のへリーン・ジャング(Helin Jung)という女性が先日発表されたビクトリアシークレットの東洋テーマのデザインが文化盗用だとして批判的なコラムを書いて話題になっている。元記事のリンクは何故か切れているので本文を読むことは出来ないのだが、それを取り上げた記事がいくつかあったので抜粋だが読んでみた。

ジャングのコラムは「なぜビクトリアシークレットは人種差別的下着デザインを止められないのか」という題名。 "Why Can't Victoria's Secret Stop Designing Racist Lingerie?" なんで下着が人種差別主義だということになるのかというと、ジャングによれば、最近発表されたデザインで、白人や黒人のモデルたちが東洋文化に感化されたデザインの下着やネパール女性がデザインしたというアクセサリーなどをつけていたとして、これは人種差別だ!というもの。なにそれ?

『ビクトリアシークレットがウインクで明らかな文化盗用を異文化を祝福するものだなん言い換えるのに騙されちゃ駄目よ。(略)同社と製作幹部は恥知らずにも気に入ったイメージだけあっちこっちからつまんで継ぎ接ぎに縫い合わせただけ。それで世界的だとかいうのよ。冗談じゃないわ。こんなの滅多切りデザインよ。』

ま、こんな感じ。きちんとしたA hack jobの訳語が見つからないのだが、要するにまとまりのつかない滅多切りといった感じだ。引用した記事によるとジャングはさらに中国製の布を使っているのは中国人を「馬鹿にしている」という。

『東洋的な表現は理解度もなければ会話をしようともしていない。(略)溝を埋めてもいない。モデルに竜を巻きつけることで中国の消費者と結びつけると思うなんて馬鹿にしてるわ!』

『ビクトリアシークレットは、グローバリズムとか多様文化主義とかいう好意的な言葉で私の反応に先制攻撃をかけたみたいで、『私たちは皆人類という人種のメンバーだから世界の全てが全ての人たちのものだといいたいらしい。『でも世界がより接続するにつれて人種差別や父系組織や主に白人企業が自分らの収益を得ようとするのよ。私は騙されないわ。』

同記事の記者はジャングによると「多様文化主義までレイシストになってしまうらしい」と締めくくっている。

この記事のコメント欄に「文化盗用というなら中国がアメリカから盗みまくってる軍事機密はどうしてくれるんだよ」というコメントがあって笑ってしまった。

文化盗用というなら中国は文化盗用の王様だろう。しかもジャングがいうような外国文化の影響を受けたという合法的なものではなく、世界中の商標や特許を無断で使って偽者をどんどん製作している。アメリカのディズニーや日本のアニメキャラなど中国ではあふれかえっているし、アップルの携帯電話そっくりの偽者とか衣類とか鞄とか、中国製の偽者が世界中にあふれているではないか。ビクトリアシークレットは他人のデザインを盗作したわけでもなく、他文化の影響を受けた自分なりのデザインをしただけ。他社の商品を無断で盗作している中国が文句を言えた立場じゃないだろう。

もっともジャングが中国系だからといって中国代表面するのもなんだけどね。

1980年代にラスベガスのショーで日本をテーマにしたディナーショーを観たことがある。ただ、ベガスのショーだからショーガールたちの脚も乳房も露(あらわ)に見せなければならないこともあって、振袖や襟の部分は着物風だったがあとはなんだかわからないハチャメチャな衣装だった。もちろん髪の毛はお団子をいくつもくっつけた大きなアップにお箸を何本も差し込んだような不思議な髪型だった。

これを日本人観光客で満席の会場で観たので、日本人たちは大笑い(男性陣は大喜び)で大歓声が上がった。あの時は誰も日本人が「馬鹿にされている」なんて考えも及ばなかった。

余談だが、同時期、同じベガスでカカシはコンピュータ会社のコンパニオンガールとしてコンベンションに参加したことがある。昼間はミニスカでがんばったのだが、夜のパーティでは着物を着ることになった。当時髪の毛が長かったカカシは髪をセットするためにベガスの大ホテルにある美容室に行ったのだが、ここで着物を着ると白人美容師に言ってしまったのが大間違い。「あ、日本髪結ってあげる」とばかりに美容師さんが張り切ったのはいいのだが、出来上がった髪は火山のよう高くそびえており、それにド派手ななスパークリングの蝶々がドテっとくっついていた。

カカシはパーティ会場に行き着くまでに日本人に会いませんようにとずっと祈っていたのだが、なにせばブル全盛期だからホテルは日本人観光客が一杯。アメリカ人や他の外国人からは賛美の目で見られたが、日本人からは軽蔑と呆れみの目で見られた(様な気がする)。

とにかく恥かしかった!

December 3, 2016, 現時間 7:40 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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October 23, 2016

少数民族が得をする国、アメリカの白人がマイノリティーを装うわけ

フェミニズム , 人権擁護法 , 同性婚

アメリカは人種のるつぼである。よってアメリカにおいては人種に関する話題が後を絶たない。しかもBLMのようなアメリカの左翼リベラルがことあるごとに国内の『人種問題』を誇張して報道しまくるので、諸外国においてアメリカ国内における『人種問題』に関して完全なる誤解を招いてしまう。

この間、私のトランスジェンダーに関する記事にトラックバックを送ってくれた東大出の凡人というイギリス在住(?)の日本人ブロガーさんのエントリーを読んでいて、他国よりは理解度がありそうなイギリス在住人にすら、ここまでアメリカを誤解されてしまうのかと改めて驚いた。

東大出の凡人さんのトランスジェンダーに関する意見にはおおむね同意するのだが、人種に関する記述についてはかなり気になったことがある。

黒人になりたい白人は極めて少ないと思うのだけれど、白人になりたい黒人は多いと思う。例えば、白人と黒人のハーフ。

オバマ大統領もその一人で、3歳の時に両親が離婚したので、彼は白人のお母さんによって、そして10歳からは祖父母(母の両親=白人)によって育てられた。だとすると、「白人のお母さん/おじいちゃん/おばあちゃんなのに自分はなんで黒人なの?」とオバマ少年が思ったとしても不思議ではないし、現実に彼はそのような違和感を抱いた旨の発言をしている。

悲しいかな、白人の母親から生まれても黒人が父親だと世間は白人と認めてくれない。だから、心の中では「白人のお母さんから生まれた自分は白人のはず」と思うのだけれど、世間が「黒人」としか見てくれないので仕方なく「黒人」たる自分を受忍しているハーフは数多い、と私は確信する。そういう人たちが「自分は白人!」とカミングアウトしたら、社会は彼らを「白人」として遇するだろうか?

答えは当然「ノー!」になりますが、マイケル・ジャクソンみたいに自己改造できたら認めてやってもいいのでは・・・と個人的には思う。

東大さんはかなり誤解しているのだが、どうみても黒人に見える人が自分が実は白人と黒人のハーフなのだとかカミングアウトしたからといって別にアメリカ「社会」は何とも思わない。そんな人はいくらでも居る。それを言うならば、アメリカの黒人はほぼ誰もが白人との混血なので、たとえ両親が黒人に見えても子供は白人に見えるという例は珍しくない。(ビヨンセなんてほぼ白人だ)それで、どうみても白人に見える人が実は両親は黒人だったということがわかったとしても、今のアメリカでは別に問題にならない。いや、かえってその方が得をする可能性の方が高い。

東大さんが言うような黒人差別が存在していたのは黒人が組織的に法律で差別されていた1960年代までであって、ジムクロー法のような、黒人は学校を含めホテルやレストランや公衆トイレや水飲み場に至るまで白人とは一緒の公共施設を使うことが出来ないという法律があった時代に限られる。

オバマ大統領は白人と黒人のハーフであるが、彼は昔から自分の黒人性を強調してきた。大学時代から自分はケニア生まれだと嘘をついて黒人市民運動に参加したり、自叙伝でも自分を育ててくれた白人の母よりも乳児の自分を捨てた黒人の父への憧ればかりをつづっていた。オバマは黒人だという理由で差別を受けたこともない。いやそれどころか、彼は黒人であることの特権を散々利用してきた。オバマが黒人でなかったら彼のような政治的に未経験な男が大統領の座を得るなど絶対に考えられないことだった。

東大出の凡人さんは、この記述の前に黒人に化けていた白人女性運動家について述べているが、実はアメリカでは少数民族を装う偽有色人種白人が結構いるのである。

  • エリザベス・ワレン:民主党政治家のエリザベス・ワレンは、自分はチェロキーインディアンの血筋だと偽って大学教授の座を得た。後になってチェロキーのチの字も血筋に入っていないことがばれたが心はインディアンとか言って開き直っている。
  • レイチェル・ドレザル:東大出の凡人さんがテレビで見たのはこの人だと思う。以前にカカシが紹介した金髪白人女性。色黒の化粧をして髪をアフロにして黒人だと偽って黒人市民運動の幹部を務めていた。
  • ショーン・キング:黒人だと偽ってこともあろうにブラックライブスマターを組織。過激な対警察暴力を煽っているけしからん奴。だが実際には両親ともに白人。本人は今でも自分は白人と黒人のハーフだと言い張っている。

アメリカの左翼リベラルは「白人特権」とかいう言葉を使っていかに白人が生まれながらにして優遇されているかを強調するが、実は今のアメリカ社会、少数派の有色人種であったほうが得をすることの方が多いのだ。(ただし、少数派でもユダヤ人、中国人、日本人、韓国人は除く。)何故少数派である方が得なのか、それについては以前ここで説明した。

アメリカにはアファーマティブアクションという制度がある。もともとは有色人種が大学入試時や就職の際に白人より差別されないようにするという目的で作られたもので、元来大学などへ入学する文化のない有色人種の若者が大学に行きやすくするように政府が手助けするというのが名目だった。

しかし、それがいつの間にか有色人種を白人より優遇するという制度に変わってしまった。 特に問題なのはコータとよばれる人種別枠組み制度。州の人種構成の割合をほぼそのまま大学の生徒にあてはめ、黒人は何%ラテン系は何%と決める訳だ。すると州で非常な少数派である東洋人の枠組みは他の人種より極端に減ってしまう。

ところが、生徒の学力は人種によって非常な違いがあり、特に東洋人は優秀な生徒が多く大学受験をする生徒が他の人種よりも圧倒的に多いため、東洋人の一流大学への倍率は他の人種の何十倍にもなってしまうという非常に不公平な現象が生じた。

たとえば、ある中国系生徒がバークレー大学を受験した際、学校の成績はオールAで、SATと呼ばれる全国学力テストもほとんど満点だったのに受験に落ちてしまった。ところが同じ大学に受験したラテン系の受験生はこの中国系生徒の6割程度の成績だったのに入学したなんてケースは日常茶飯事だった。

それで1990年代後半のカリフォルニアではユダヤ系や白人や東洋系の生徒らによる大学を相手取った訴訟が続発していた。

聡明なる読者諸氏にはこれで白人が少数民族を偽る謎が解けたのではないかと思う。大学入試の際に、自分は白人だと名乗ればより高い学力を示さなければ入れないが、黒人だと名乗れば今の学力でも充分に入れる。また、黒人だといえば白人には支給されない奨学金が得られる場合などもある。また、大学教授でも少数民族の教授が少なすぎる大学なら、自分はインディアンの血筋だと言い張れば白人であるより就職の可能性が高まる。

以前に色黒のインド人が医学大学の入試をしたとき、インド人はたとえ黒人でも少数民族の枠組みには入らなかったため、髪の毛を三部狩りの坊主頭にして長いまつげを切ってアフリカ系黒人を装って医学大学に入ったという男性の告白記を読んだことがある。結局彼は勉強についていけずに脱落したそうだが。

今のアメリカの風潮では「犠牲者」を気取る人がちやほやされる。だから多数派の白人でいるより、なんらかの少数派を装い、それが少数民族であれ同性愛者であれトランスジェンダーであれ、自分は差別をされている犠牲者だと言い張れば、それで箔が付くというわけ。

。。。。。。。。。

さて、話はちょっとずれるのだが、イスラム移民について結構いい記事を書いている「無敵の太陽」というブログがある。紹介しようかとも思ったが、いかんせんこの著者はものすごい人種差別者。特にユダヤ人が大嫌いで未だにユダヤ金融陰謀説なんぞを本気で信じてるひどい男。その彼がアメリカの白人夫婦が異人種の子供を進んで養子にもらうことに関して書いている。そのなかで彼の人種差別度が赤裸々になる部分があったので張っておく。

偽善主義で人種差別的なアメリカの左翼リベラル白人でもここまでは言わない、というより思わないだろう。彼はいかにアメリカの白人が人種差別主義であるかをあらわそうとして自分の人種差別意識を表してしまった。それに気がついていないだけ重度だね。

読者諸氏には私が何故そう思ったのか、下記を読んでいただければお分かりいただけると思う。もし解らなかったら、それこそご自分の人種に関する考えをもう一度見直してみる必要があるだろう。強調はカカシ。

異人種を敬遠する我々から観ると、このような里親をちょっと疑いたくなってしまう。「本当に愛情を持って育てられるのか? 」と訊きたくなる。でも、そんな心配をするのは日本人の余計な癖で、個人主義が徹底しているアメリカ人には馬耳東風。子供の面倒は20歳まで。それ以降は勝手に暮らせ、親と子供は別の人生を歩むもの、というのがアメリカ人の考え方だ。厳しい言い方をすると、貰われた子供は養子縁組という幸運に感謝すればいいだけで、里親が「子育て」という趣味を“楽しむ”ことができれば問題なし。そんなことよりも、実子を持てなかった夫婦は悲しみを慰めるための何かが必要で、その役目を犬、猫、養子のいずれかが果たせばよいのである。アメリカ人にはご先祖の偉業を受け継ぐ子孫とか、絶やしてはいけない高貴な血筋、なんて考えは無いから、自分が生きている間に「充実した時間」を持てれば満足なのだ。ということで、家門の存続など気にしないから、白人の赤ん坊をゲットできなかった夫婦は、貧しい第三世界で適当な子供を入手して、人間に近い「ペット」として可愛がっている。

October 23, 2016, 現時間 11:30 AM | コメント (1) | トラックバック (0)

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October 15, 2016

トランスジェンダーは現実社会を破壊する

フェミニズム , 同性婚 , 教育と政治

最近欧米の大学を中心に「社会正義戦士」(Social Justice Worrier - SJW ソーシャルジャスティスウォリアー)と名乗る若者たちが、我々一般人が普通に信じている常識になにかといちゃもんをつけるようになった。そろそろ近づいているハロウィーンなどでも、これまでは普通に着ていたインディアンやベリーダンサーの衣装などが文化盗用だとか人種差別だとか言われて攻撃されるようになった。ごく普通に男性を彼と呼ぶことや女性のみが女子トイレを使うべきだという考えすらトランスジェンダーを名乗る人々から差別だと攻撃される。こうしたちょっとしたことで傷つくトランスジェンダーに代表されるSJWたちのことを、取るに足らないとか可憐は雪片などといって馬鹿にしていてはいけないと警告する人がいる。トランスジェンダーたちは実は我々文明社会の常識を破壊しようとする戦士たちなのだと。

本日紹介したいのはPronouns, Ordinary People, and the War over Reality by Anthony Esolen(代名詞、普通の人々、そして対現実戦争)というエッセー。著者のアンソニーエソレン教授はアメリカはロードアイランド州プロビデンス大学の英語学教授。

トランスジェンダーらに代表されるSJWたちは今や我々人間の根本にある性別を破壊しようとしている。だが、人間にとって性別の認識は現実を把握するために非常に大切なものなのだとエソレン教授は言う。

さて、他人の性別は我々が最初に気が付き最後まで印象に残るものである。何故そうなのかは容易に理解できる。いかなる生物においてメスとオスを混乱することが有益であるはずはない。性別は犬や猫や馬や多くの鳥の種別の身体よりも人間の身体により強く標されている。男の顔は女の顔とは違う。女の声は男の声のようではない、たとえ女がグリアー・ガーソンであろうと男がフランキー・バリだろうとである。男の肩は女の肩のようではないし、女の腰は男のそれとは違う。男と女は髪の毛の先まで違うのだ。誰もが女のすべすべした顎や男のはげ頭に気が付くように。

だから時々男か女かわからない人に出会うと一般の人々は非常に不安になる。性別のはっきりしない人は完全に人間とは思えないのだ。よって我々誰もが即座に把握する現実をあたかも誤りであるかのように振舞うのは人間の本能や言葉や共通体験や現実を把握する能力に対する暴力であると教授は言う。

もし「道を歩いている男がいる」と言えないのであれば、人間の存在に関するほかのどんなことに関して信頼できる判断ができるのか。

性別ほどはっきりしているものはない。アイゼンハワー大統領が良い指導者だったかどうか、良い夫で父親だったっかどうか、といったことには人それぞれ違う意見があるだろう。だが、アイゼンハワーが男だったという事実に誰もが同意できなかったとしたら、言葉そのものが意味を失う。

最近SJWたちはしきりに彼とか彼女とかいう従来の代名詞ではなく彼女達がでっちあげ架空の代名詞の使用を要求している。これは色々な性癖の人間に安心感を与えるためだと主張するが、本当の目的は他人を不安にさせ居心地を悪くさせることにあるのだと教授は言う。SJWたちは普通の見解を破壊し普通の人々が言葉の地雷に当たらないようびくびくして歩くのをほくそ笑んで楽しんでいるのだ。いや、実を言えば一般人が失敗して地雷にあたって爆発することを望んでいる。そうなればさらなる「教育の機会」が訪れ、さらに厳しい現実弾圧を目指すことが出来るからである。

エソレン教授は彼・彼女以外にSJWが作り上げた数知れない代名詞には非常に醜く恐ろしい謀略が隠されていると語る。これらの代名詞は言葉を豊かにするどころか、かえって我々の誰もが所持している男女識別能力という現実を破壊しようとするものだという。

だが、何故SJWたちはこのようなことをするのだろう?何故一般人が何世紀にも渡って培ってきた男と女という現実を破壊しようとするのだろうか?

教授は「誰が得をするのか?」と問いかける。

第一に得をする人たちは、自分自身が混乱している人たちである。自分の妄想に他人を巻き込むことによって自分は正常だと思い込みたいのだ。女の振りをしている男を女と認めろということは、エルウッド・P・ダウドが身長180センチのハービーウサギを空想の友達として持っているだけでなく他人にハービーと握手をすることを要求するようなものだ。そしてもしキリスト教のケーキ屋さんが「ハービーなんて居ない。居る振りをする気もない」などと言おうものなら自分の妄想を否定したケーキ屋に凄まじい報復を加えるのだ。

第二に得をするのは思想上の仲買人。大学教授や人事課の課長や人権弁護士や役人や一様性を目指す「多様化」運動家たち。やつらは自分たちで地雷を埋め込んでおいて地雷地図を売りつける。井戸に毒を落としておいて自分らの井戸の水を高い金で売りつける。一般人が勝手に汚染されていない水を発見して飲んだりすれば高い罰金を課す。彼らは混乱と衝突を求める。なぜならそれらが彼らに富と力をもたらすからである。

第三に得をするのは家族という文明社会の基盤を心から嫌う人々だ。性革命は常に普通の家族や一般の男女及び子供たちの日常生活を脅かす。 性に関する道徳は家族を内外からの脅威から守るものだ。一緒に暮らしている男女でも単に性欲だけで結ばれていたり、浮気や衝動的な性行為を許容すれば、夫婦という絆は弱り家族という構成が成り立たなくなる。男が一国城の主となり得るのも家族としての伝統や法律がその城を守っているからである。それがなくなって得をするのはいったい誰なのか?それは自身が家族を構成できない、家族としての生活を楽しむことが出来ない人々だ。自分らが幸せな家庭を築くことが出来ないので他人の幸せな家庭を破壊することに喜びを見出すのである。

一番怖いのはもちろん第三の人々だ。我々一般人は自分が獲得できない美しいものを破壊しようなどとは思わない。だが、SJWたちは、まさに自分が得られない現実の完全破壊を望んでいる。SJWの人間はその名の通り戦士である。彼らはベン・シャーピーロが言うような可憐な雪片などではないのである。彼らの目的は我々が常識としてはぐくんできた現実を破壊することにあるのだ。

SJWが好き好んで使う「ミクロアグレッション」という言葉がある。それはミクロ単位の小さな攻撃だが繰り返されるうちに巨大な攻撃へとつながるという意味。だが実際にこのマイクロアグレッション戦略を施行しているのはSJWそのものだ。最初は差別につながるとか平等を目指してなどときれいごとを言って小さなことから要求してくる。彼・彼女をやめて本人が求める代名詞を使えとか、MTFに女子トイレや施設を使わせろとか。だが、こうしたひとつひとつの行為を認めてしまうと、それは我々が大事にしている現実を少しづつ少しづつ削っていくことになり、いずれ全てが破壊されてしまう。

SJWたちがイスラム教徒と同調しているのはこういう共通点があるからなのだろう。

だから私は誓う。SJWの要求にはひとつたりとも応えない。鬘をかぶってスカートを履いてる男を「彼女」などとは死んでも言わない。勢力に屈服して自分が見ている現実を否定せざる負えないようなファシズム社会に生きる気は毛頭ない。

October 15, 2016, 現時間 4:31 PM | コメント (1) | トラックバック (1)

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October 11, 2016

今更トランプの古い女性蔑視発言にびびってる場合じゃない!

アメリカ内政 , フェミニズム

先日共和党大統領候補のドナルド・トランプが10年前にテレビ番組の収録中にホットマイクで吐いた女性蔑視の発言が出回り、嫌々トランプを支持していた共和党体制派の下院議会ポール・ライアン議長が激怒。トランプと一緒にするはずだった選挙運動会合からトランプを締め出すこととなった。

トランプの女性蔑視傾向は何も今更はじまったことじゃない。我々ネバートランプ派が予選の時点からずっと指摘してたことだ。トランプの今の奥さんは三人目だが、三人とも元トップモデル。前妻たちとの離婚も既婚中にトランプが若いモデルと浮気して小さい子供たちがいるのに文字通り新しいモデルと取り替えてきたのだ。また妻でない他の女性たちと浮気した話や既婚女性に無理やり迫って不倫させたことなど、トランプは過去のインタビューで自慢げに語っていた。だから10年前のえげつない発言が今更表ざたになったからといって何なんだと私はいいたい。そんなことが問題になるなら、何故最初から予選で勝ったりするのだ?彼に投票した人々はしらなかったでは済まされないだろう。

選挙運動も大詰めに迫ってきた今日、今後もトランプのセクハラ疑惑や訴訟などの話がどんどん表ざたになるに違いない。ここに民主党の偽善がある。ヒラリーの夫のビル・クリントン元大統領がセクハラ及び強姦常習者だったことは周知の事実。ホワイトハウスでインターンと性交したことが原因で弾劾までされたクリントンを被害者の女性たちを攻撃することで守り続けてきたヒラリー・クリントン。

セクハラだの強姦だのを持ち出して一番困るのはヒラリーの方ではないのか?民主党政治家ならどれだけ女性を虐待してもいいが、共和党政治家がちょっとでもえげつない発言をしたら絶対に許さないというのは偽善もはなはだしい。

私はトランプは大嫌いだ。最初からこんな奴に共和党の代表などやって欲しくなかった。しかしトランプはきちんとした予選を通じて人々が選んだ共和党候補である。私腹を肥やし自分の権力固持のために平気で自国民を犠牲にするようなヒラリーよりはずっとましである。

ヒラリーに国を任せてイランや中国やロシアに大きい顔をされたら、トランプの女性蔑視などとは比べ物にならないほど女性が虐待されるのだ。トランプの昔の女性蔑視発言などにびびっている場合ではない!

October 11, 2016, 現時間 10:18 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 22, 2016

左翼リベラルによってモスレム野蛮人の生贄にされた西洋の女たち

フェミニズム , ヨーロッパ , 移民問題

この記事はブレイトバートロンドン版に去年載ったものなのだが、先日ドナルド・トランプの息子がツイッターで紹介すると、ガーディアン紙のアメリカ版ブログにおいてこの話は嘘八百のでっちあげだという批評が載った。

もし私がことの背景を全く知らずにこの記事だけを読んだのだとしたら、著者がでっちあげたという話もそうなのかもしれないと思ったかもしれない。だが、ここ数年すでに多々の情報源から同じような話を聞いてきた私としては、彼女の体験談は非常に真実味がある。

ブレイトバートの紹介によると著者のアンマリー・ウォータース女史はレズビアンで元左翼市民運動の活動家。彼女の体験記は20年前にさかのぼる。

当時オランダのアムステルダムで安価な下宿先を探していたアンマリーはなんとか自分の予算にあった下宿先を探しだした。しかしそこに住み始めて間もなく真夜中に荷物をまとめて逃げ出す羽目になった。それというのもモスレムの大屋が彼女に性交渉を迫り、彼女の拒絶を理解しようとも受け入れようともしなかったからである。

その8ヵ月後、アンマリーは女友達と同居していたアパートに、夜遅く大屋の男が勝手に入り込むとすぐさまズボンを脱ぎ、あたかも当然という顔でにたにた笑い股間の一物を掴みながら女たちに近づいてきた。二人はその場でリュックに手荷物を詰め込んで逃げ出した。二年の間に二回も女は誰でもセックスの義務があるかのように振舞う「汚らしい小男たち」 によって住居を失う羽目となった。

どちらの場合も大屋はモロッコからの移民だった。また別の時だが友達と二人で道を歩いていたとき、タクシーの運転手が汚物を窓から彼女たちめがけて投げつけたという。当たらなかったが。

そして極最近、アンマリーがデンマークのコペンハーゲンからマルモに電車で行った際、電車がスエーデン領域に入るや否や、今やスエーデンでは普通となった光景を目にした。金髪の若い女性がジョギングの途中、「中近東人らしき男たち」の前を通ったところ、男たちは女性のいくてをさえぎり罵声を浴びせかけ股間の一物を握って女性を脅かしたのである。マルモの駅に着くと「親パレスチナ」デモに遭遇。今ではスエーデンでは普通になった反ユダヤのデモだった。

スエーデンが今やヨーロッパのレイプ首都となっていることは読者諸氏もよくご存知のことと思う。だがスエーデン政府は未だにその事実を認めようとしていない。近隣のノルウェーでは首都のオスロで起きた強姦事件のすべて西洋人ではない移民によるものだという統計が出ている。同じような話はデンマークでも聞かれ、強姦犯罪の犯人はほぼ間違いなくイスラム教徒である。

イギリスでは中東出身のモスレム野蛮人たちに1000人を超す未成年の少女たちが性奴隷として十数年に暴行されてきた事実がある。そしてドイツだ。近年のメルケル首相の国境開放政策によりドイツ女性たちはモスレム強姦魔たちの餌食となっている。ドイツの難民キャンプでは男性同伴でない難民女性たちが常に強姦の被害にあっていることは周知の事実である。

にもかかわらずドイツ政府はこのひどい状況に対して何もしようとしない。いや、そういう事実があることすら認めようとしない。

アンマリーは訴える。ヨーロッパの女性たちは今何が起きているのかしっかり見極める必要があると。モスレム移民たちにとって女はすべて奴隷なのであり、彼らは女は男たちの要求に何時でも何処でも受け入れなければならないと本気で信じているのだ。移民のなかで強姦を働くのは極端な一握りの少数などではない。これらのモスレム移民にとって強姦は普通なのである。

「女性が虐待されるのは何処の世界でもあることだ。しかしほとんどの国でそれは違法だ。だがイスラム諸国ではそれが法律なのである。」

アンマリーのこの発言にはちょっと誤りがある。彼らの出身国でも強姦が合法である国はない。問題なのは強姦は違法でも強姦の犠牲になった女性も姦淫の罪で罰せられるという男尊女卑の法律があるため、強姦被害者は被害を訴えることが出来ないのである。また、たとえ法律で罰せられなくても強姦被害にあった女性は夫をはじめ家族から見放され、ひどい時には名誉殺人などで家族から殺される可能性もある。被害者が泣き寝入りをせざる終えない社会構成がなされているため、強姦は事実上合法ということになってしまうわけだ。

アンマリーいわく、今ヨーロッパにいるパキスタン、アフガニスタン、ソマリア、といった国々からの移民は目につく女はすべて性交渉の対象だと思い込んでおり、強姦するのが当たり前という姿勢だ。こんな野蛮人を大量に受け入れれば地元女性が被害にあうのは目にみえて明らかだったはず。それなのにヨーロッパは何故このような被害を見てみぬ振りを続けるのだ?ヨーロッパの指導者たちはいったいどれだけの女たちが被害にあえば目がさめるのだ?

スエーデンのストックホルムで瀕死の女性を強姦したソマリア人のスエーデン弁護士はこのような危険な男をソマリアに強制送還するのはソマリアの女性たちに危害をもたらすことになるので許可すべきではないと言い張った。スエーデンの女性たちにもたらす危険はどうでもいいということらしい。今やスエーデンではスエーデンの高齢者が歯の治療に12000ドルの治療費を要求されるのに対し、住民権もないモスレム移民の歯はたったの6ドルで治療してもらえるという。ドイツではドイツ市民が住居から強制立ち退きを要求され、ドイツ女性の危険にさらすモスレム強姦魔たちの住居に当てられている。

この強姦危機に対してヨーロッパ諸国の首脳たちの反応はといえば、モスレム移民の規制ではなく、ヨーロッパ女性たちの自由を規制するに至った。

ドイツでは女性たちに一人で電車に乗らないようにとか、若い少女たちに短パンを着て出歩かないようになどアドバイス。どれもこれも「誤解」を招かないようにという注意つき。アンマリーいわく、最近のドイツ語ニュースピークでは「強姦」のことを「誤解」というらしい。

強姦魔たちが好き勝手に町をたむろするのに対し、強姦されない責任は女たちにあるという。これは危ないから夜道の一人歩きは止めましょう程度の注意ではない。そのうちに女の子たちがスポーツに参したり普通の生活をすることすら「誤解」を招くのでしないようと言われるようになるだろう。これだけ女性の自由を迫害されて、フェミニストを自負していたヨーロッパは恥かしくないのか?

モスレム人口が増えるにつけ、言論の自由が迫害されていることは言うまでもない。ヨーロッパでおきる強姦も乱射事件も大量刺傷害事件についても報道が自由に出来ない。モスレム移民やメルケルの移民方針に否定的な記事もかけない。フェイスブックやツイッターでもモスレムや移民政策に否定的なことを書いたりすればすぐに削除され、そのうえに罰金や禁固刑に処される危険がある。

しかしここで疑問に思うのは、どうしてヨーロッパの首脳たちは自国の民をここまで苦しめるのであろうか?何故西洋の首脳陣は自分らの歴史と伝統である西洋文化を破壊しようとするのであろうか。アンマリーに言わせると、欧州の首脳陣は欧州の植民地政策に関して極端な罪悪感を持っている気がするという。欧州の元植民地だった国々が欧州に慰謝料を要求したりすると、それに応じなければならないという態度をとる。植民地政策や奴隷制度があった(アラブ諸国などは未だにある)国々は何も欧州だけではない。なのに欧州だけがその罪の償いを永遠にし続けなければならないかのようである。

ヨーロッパのことだけを語っているが、中国や南北朝鮮から度重なる謝罪要求に対応し続ける日本の状況と非常に似ている。それを言うならアメリカも全く同じだ。オバマ大統領ほどアメリカ嫌いな大統領は歴史始まって依頼初めてだ。オバマ王が大統領になった当初、保守派トークショーホストのラッシュ・リンボーはオバマ政策が失敗することを祈ると語ってリベラルはおろか保守派からも散々批判された。しかしリンボーはオバマの目的はアメリカ社会を破壊することにあるのであり、そのような政策には断じて賛同できないという姿勢だったのだ。オバマは最初からアメリカ社会を根底から変革すると公言していた。オバマが現在のアメリカ社会は悪だと思っていたとしたら変革というのは完全なる破壊と考えるのが理にかなった解釈である。そう考えれば、オバマが従来の同盟国を足蹴にし敵にひれ伏す理由がおのずと理解できるというものだ。

ドイツをはじめスエーデンにしろオランダにしろノルウェーにしろイギリスにしろフランスにしろだ、欧州の首脳陣の最終的目的が欧州破壊にあるとしたら欧州を忌み嫌う野蛮人らに門戸を開放することの意味がはっきりする。彼らは自国の利を優先するどころか自国の破壊を望んでいるのだ。

欧州首脳陣の歪んだ罪悪感のためにモスレム野蛮人の第一の生贄になるのは西洋の女たちなのである。

September 22, 2016, 現時間 7:14 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 10, 2016

女装男子生徒にセクハラされた女子生徒及びその父母、学校を訴える

フェミニズム , 独裁者オバマ王の陰謀

トランス生徒が自由に施設を選べるトランスジェンダー許容規則を施行したミネソタ州のバージニア市の中学校で、トランスジェンダーを扮する女装男子生徒が女子生徒の更衣室やシャワー室で女子の前で卑猥な踊りをしたり股間を露出するなどの行為をとったことに対し、数人の女子生徒らとその親たちが学校が女子生徒のプライバシーを守るための充分な措置をとらなかったとして学校及び連邦政府司法局を相手に訴訟を起した

訴訟を起したのは生徒とその父母の11家族で、原告らはバージニア市の公立学校において生徒らが好き勝手に異性の施設を使用できる規則を撤回するよう求めている。

「学校の方針は生徒らの安全と人権を守るためにあるべきであるにも関わらず、バージニア市公立学校はそれをしていない。教育委員会や司法局がそれをしていないのは明らかである。」と原告側の弁護士ゲリー・マカレブ氏は言う。「どのような子供も更衣室のような親密な場所を異性と共有することを強制されるべきではない。」と同氏。

被告とされているのは連邦政府司法局長のロレッタ・リンチ女史及びバージニア市教育委員会とその局長ジョン・キングJR氏。

オバマ王の司法省は学校区への連邦政府普及金を人質にとって、全国の教育委員会にトランスジェンダーの生徒らのために生徒が好む性の施設使用を強く促しているのに応え、バージニア市の教育委員会はトランスジェンダー許容規則を取り入れた。

訴訟内容は政府は大事な教育費を違法な方針を取り入れるために人質にすべきではない、学校区も生徒らの安全とプライバシーを金銭と引き換えにすべきではないと主張している。

訴訟によると、トランスジェンダーを名乗る男子生徒Xは女子更衣室やお手洗いの使用や女子運動チーム参加も許可された。しかし生徒Xは女子更衣室でみだらな行為をし、女子生徒が泣いて部屋を逃げ出す結果を招いた。この男子生徒Xがしたとされる行為は、

更衣室で女子生徒の体型についてひやかしたり、原告女子生徒Fのブラのサイズについて語り、自分の身体の一部と取り替えてあげるなどと言った。

男子生徒Xは性的にみだらな歌詞の曲を大きな音でかけ、それにあわせて腰を振ったり、ポールを使ってストリッパーのように性行為を示すような動きをしたり自分のスカートをめくってパンティーをみせびらかすなどした。

学校側は不愉快な思いをしている女生徒たちに別の更衣室の使用を許可したところ、原告女子生徒Bを含む上位運動クラブの女子生徒らのほとんどが予備の更衣室を使うようになった。学期の真ん中ごろから原告女子生徒Aは使用されていない男子バスケチームの更衣室使用を許可された。

しかししばらくすると男子生徒Xはそれらの更衣室にも現れるようになり、女子生徒Aが下着姿でいるところで同じく着替えをしている他の女子生徒の前で自分のパンツをぬいだ。この事件は生徒Aにとってどこへいっても自分のプライバシーを守ることが出来ないと、心に深い傷を負わせた。

原告側の弁護士によると、学校側は女子生徒らやその親たちによる度重なる苦情を完全に無視したという。「学校側は非常に非同情的でした。これこそまさに我々が警告してきたことなのです。生徒たちのプライバシーを取り除けば、悪い結果を生むのは当然です。」

この弁護士の言うとおり、トランスジェンダー許容法を取り入れれば必ず女装変質男子による女子へのセクハラが起きると反対派はずっと訴えてきた。しかしその度にそういう規則を取り入れた施設では何の問題も生じていないというのが許容派の言い分だった。実際に起きている問題を無視して問題が起きていないと言い張るのは非常に不誠実な言い分である。女子生徒らのプライバシー侵害しておいて、傷ついた女子生徒たちの気持ちを完全無視して『何の問題も生じていない』といえるそのふてぶてしさ。これこそ左翼リベラルによる女性への攻撃だ。

関連したニュースで、五つの州において宗教系病院の医師らが、医師らの意見に逆らって大人及び小児に対して、オバマ政権の連邦政府が強制しているトランスジェンダー治療を施ことに反対してオバマ政権に対して訴訟を起した。

オバマ王は最近、アフォーダブルケアと呼ばれる連邦政府医療保険において、性同一傷害を特別保護対象とし連邦政府提供の医療保険による治療を拒否されない対象とした。これはどういう意味かというと、連邦政府の医療保険制度に参加している病院においては、トランスジェンダー治療を拒否することが出来なくなるというものだ。

たとえば、この法律によれば、婦人科の医者がトランスジェンダー「男」のために健康な女性には医療上不必要な子宮摘出や乳房摘出手術を施すことを強制される。場合によっては思春期前の子供に異性ホルモンの投与を行なうなど医師の立場として患者には危険と思われる治療まで強制されるというもの。

この危険な法律を撤回させようという訴訟はテキサス、ウィスコンシン、ネブラスカ、ケンタッキーそしてカンサスの共和党知事らが筆頭になって起された。

なぜオバマ王はこうも執拗にトランスジェンダーアジェンダを人々に押し付けようとするのだろうか。トランスジェンダーはアメリカ人口のわずか0.03%の人々がわずらう精神病である。精神病ならば、患者に見合った治療をすべきなのであり、その判断は政府ではなく個々の医師が状況に応じて下すべきである。それを何故連邦政府が性同一障害の治療は性転換だけだと決め付けて、反対する医師等の判断を無視して性転換手術ばかりを強制したがるのか。もし、患者に必要なのが手術やホルモン投与ではない精神カウンセリングだったら取り返しがつかないではないか。

実を言えば、この二つの例はトランスジェンダーが問題なのではない。オバマ王がトランスジェンダーの人権になど全く興味がないのは一目瞭然。オバマ王の陰謀はトランスジェンダーを口実にアメリカ国民の自由を剥奪することにある。

女性のプライバシーを奪い、医師等の個人的判断を違法にする。子供たちの健康な発育の責任を親から奪い取り政府が肩代わりしようとする。国民がなにもかも政府の言いなりになる国。オバマが目指すのはそういう国なのである。

独裁政権で最初の犠牲になるのは常に弱い立場に置かれる女子供であるのは言うまでも無い。

September 10, 2016, 現時間 2:45 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 2, 2016

なんで普通の男がトランス女を演じてはいけないのか?

フェミニズム , 同性婚

今日、ハリウッドリポーターというオンラインニュースを読んでいてなんだこりゃと思う記事があった。その内容は「男優にドレスを着せて鬘をかぶせ化粧をさせただけではトランス女を正しく演じることは出来ない」というもの。記事の著者はニック・アダムスで、GLAADという同性愛市民団体のメンバー。

当然ながら(ハリウッド映画界による)また男にドレスを着せてトランスジェンダー女を演じさせる決断はトランスジェンダー市民の神経に触る。なぜならこれは多くの人々にとってトランスジェンダー女は実は男だと見られているという厳しい現実を思い出させるからである。このメッセージは毒気に満ちており危険である。

アダムスはこのような思想がトランス女による女子トイレ使用禁止といった法律につながるのであり、トランス女を女性と間違えて軟派した男が「あいつは野郎だぜ」と仲間にからかわれて21歳のトランス女を殺害するに至るという原因となったのだという。アダムスは50人を超すトランス女がそういうふうに殺害されたと主張する。カカシはこの数値はかなり眉唾ものだと思う。だがそれがたとえ真実だとしても、ハリウッドが男性俳優をトランス女の役に起用することが寄与するものだという考えは飛躍しすぎだ。

先ず俳優というのは定義上役柄に扮するのが仕事である。自分ではない他人を装うのが仕事だ。であるから普通の男優がトランス「女」に扮するのは、彼にとってはもうひとつの役柄に過ぎない。歌舞伎や宝塚で役者が異性の役柄に扮するのが普通の日本出身のカカシにとって、役柄と俳優の性別が一致しないことなど別にとりたてて騒ぎ立てるようなことではない。ましてやトランス女は元々男である。男が演じて何が悪い?

いったいGLAADの連中は何にそんなに神経を尖らせているのだ?

トランスジェンダーは人口の0.03%にも満たないという。その非常に小さい少数派のなかから役柄にぴったり当てはまり、しかも映画やテレビの主演級俳優として成り立つ人材を探すのは容易なことではない。それはまるで宇宙飛行士の役は宇宙飛行士しか演じてはいけないと言っているようなもので、実際の宇宙飛行士で年齢や性別や人種がぴったり合う人を見つけるだけでも大変なのに、しかも演技が出来るひとを探すなど不可能に近いだろう。いや、それをいうなら役柄が人間でなく吸血鬼やゾンビだったらどうするのだ?本物の吸血鬼やゾンビを探せとでも言うのか? 頼むよ~!

もう何十年も前のことになるが、ロンドンのミュージカルでミス・サイゴンのベトナム人とアメリカ人の混血児の主役を白人男優が演じることが問題になったことがある。しかし反対に100%東洋人男優(たとえそれベトナム人でなくても)を起用した場合には問題にならなかったといういきさつがあった。

このダブルスタンダードはアダムスも例外ではない。アダムスはハリウッドが流行の先端を行きたいのなら、トランス俳優をトランスではない役柄につけるべきだという。なぜなら(社会の傾向は)その方向に向かっているからだと。そしてトランス俳優がどんな役柄も演じることが出来ると一般視聴者に解ってもらうことにも役立つという。

ここにアダムスの理屈に矛盾が生じる。普通の男優がトランス女を演じるのは許されないが、トランス俳優が自分とは医学的に異性の性の役柄を演じるのは歓迎されるべきというのである。

アダムスは自分の言っていることがどれほど皮肉な現実を表しているかに気がついていない。だいたいトランスジェンダーこそが究極のコスプレだ。アダムスはトランス女でない普通の俳優にトランス女の現実は理解できないという。だがそれを言うなら、生物学的な男が鬘をつけドレスをつけ化粧をしただけで本物の女のなんたるやを理解するなど不可能だ!たとえどれだけの女性ホルモンを摂取し去勢手術や豊胸手術を受けようと男の遺伝子を女に変えることなど出来ないのである!

そういう男に生まれた人間が女装しただけで女と言い張ることを許せと要求する人間が、男に生まれた俳優が男に生まれた女装男の振りをすることを許さないという理屈はどこからくるのだ。男が男を演じて何が悪いのだ?

鬘をつけドレスを着て化粧しただけの男を女と認めろというGLAADなんかより、ハリウッドの配役の方がよっぽどもまともだと思うね。

September 2, 2016, 現時間 6:23 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 29, 2016

肥満受け入れ派によるフィットネス派への猛烈な攻撃

フェミニズム , 優しい痩身法

アメリカでは最近肥満体を受け入れようという動きが活発だ。それについて書こうと思っていたのだが、「苺畑より」ではかなりのトピずれ(懐かしい言葉)かなと思ってダイエットブログ専門のルナおばさんのところで掲載してもらった。しかしルナおばさんのブログは零細すぎて読者がほぼゼロというだけでなく、何故かダイエットの話に政治がからんできたことでもあるので、せっかくだからこちらに転載させてもらう。

以下ルナおばさんのサイトより。

**********

最近肥満大国のアメリカでは「太っていてもいいじゃないか」という肥満体型を受け入れようという運動が流行っています。もうここ2~3年そういう運動がおきていて、プラスサイズのモデルとかネットでも人気者がいるし、ファッション雑誌やスポーツ雑誌ですらプラスサイズのモデルがフィーチャーされています。モデ痩せだけが美ではないという風潮が受け入れ始めたのはよいことだとは思いますが、どんなサイズでも健康でいられると言って、それが健康美を目指すことへの妨げとなってしまうとこれはかなり問題があると思います。

アメリカでいう肥満というのは日本でちょっとぐらい太っているといった程度ではないのです。特に肥満受け入れ運動に積極的な人というのは100%以上の超肥満、つまり標準体型の二倍の体重といった人が圧倒的に多いのです。日本人の女性で身長160センチの標準が60キロとしたら超肥満は120キロですよ!こんな体型で健康体を保てるはずがありません。

それでもアメリカは自由な国なので個人が自分の体重が多いことに満足しているというなら、それはそれで本人の勝手で済みます。でも実際はそうではないのです。「肥満受け入れ運動」は自分が太っていることを容認するという意味ではなく、自分が太っていることを社会に無理やり認めさせるという運動なのです。これが問題になる理由はおのずと明確になります。

もっとプラスサイズの洋品店を増やせとか就職の際に太っているからといって差別するなとかいう程度ならまだしもですが、もっと現実的に理不尽な要求につながります。たとえば

健康保険及び生命保険の掛け金

就職先で入れる団体保険ではなく個人的に入る健康保険の場合は、本人の健康度によって掛け金が変ります。病気になりやすいと判断される人の掛け金は割り高になるのは当然。タバコを吸う人や危険な仕事をしている人や肥満な人は掛け金が高めになります。同じ理屈で早死にする可能性の高い人の生命保険の掛け金も割高になります。肥満受け入れ運動家たちは肥満者の保険料が高いのは肥満差別だから止めるべきだと訴えるのです。

飛行機の座席料

飛行機のエコノミークラスで一つの座席に納まらないほど太っている人は二席分の座席を購入することが勧められています。空席が多い機なら別ですが、満席の機に乗りたいなら二席分購入は義務です。しかしこれは肥満者への差別であるとてして、航空会社はもっと大きな座席を作り、料金は普通のエコノミーと同じにしろという要求です。

洋品店などがプラスサイズ専門のコーナーを設けるのは商業的に有益な作戦かもしれません。ファッション雑誌やスポーツ雑誌がプラスサイズモデルを起用するのも雑誌の売り上げ増加につながるかもしれません。でも保険会社や航空会社のような一般企業に利益の見合わない要求をするのは理不尽というものです。割高料金を払いたくないなら本人が痩せればいいだけの話なので、その自己責任を棚に上げて企業や社会にその責任を負わせるというのはどんなものでしょうか?

肥満受け入れ運動家たちの要求はこうした社会機構だけでなく人々の言動にまで広がっており、それが非常な言論弾圧にもつながっています。 次ページに続く。

続きですが、最近肥満受容認運動家たちによるフィットネス派への攻撃が猛烈になってきています。以前にも「何故肥満を自慢するの?」と問いかけて大批判を受けたマリー・カングさんの話をしましたが、パーソナルトレーナーとか栄養士とかお医者さんたちは健康体を促進するのが仕事です。それが最近は「健康な生活習慣を身につけ健康な身体を作ろう」というメッセージを「ファットシェイミング(肥満を恥かしめる行為)」といって批判する人が増えています。

そういう肥満容認傾向に腹を立てたのが元陸軍新入兵の教官で今は民間人フィットネスインストラクターのジョン・バークという人。一年ほど前バークさんのユーチューブビデオがちょっとした話題になりました。彼はビデオのなかで、『太っていることはオーケーじゃない!太っている人の姿を見るのは不快だ気持ちが悪い。肥満体は自己規制のきかない象徴だ!病気などで太ってしまう人もいるが大抵の肥満者は怠慢なだけだ。肥満を受け入れるのは単に怠慢でいたいだけのいい訳だ!』というようなことを五分間に渡って教官の口調で怒鳴り散らし肥満人を罵ったのです。

彼が言いたかったのは言い訳ばかりしていないでフィットネスへの努力をしろということで、そのメッセージはもっともなことなのですが、その言い方がかなり厳しいということでこれをみた多くの人々が彼に反感を覚えネット上で炎上してしまったというわけ。軍隊では兵士のフィットネス度が生死の境になるわけですから、その鍛え方は一般人を鍛えるのとは違います。言葉使いも口調も厳しいものになるのは当然のことです。でもそのやり方が一般人に通用するかといえばこれは議論の余地ありでしょう。

しかし私が脅威を覚えたのはバークさんのビデオよりもバークさんへの異常なまでもの批判と糾弾です。2~3年前にマリー・カングさんが「あなたの言い訳は何?」というポスターで批判を受けた時もひどかったけど、バークさんへの批判も相当なものでした。どうしてこんなにもフィットネス派のモチベーションスピーチに批判が集まるのでしょうか?

人にはそれぞれモチベーションの受けかたが異なります。三児の母なのに美しいガングさんの体を見て「あ、三児のママでもあんなふうになれるんだ。私も頑張ろう」と思う人もいれば、「あんな体には絶対になれない。気が滅入った。やけ食いしよう」となる人もいるでしょう。また陸軍教官に怒鳴られて「畜生!あんなこと言われて悔しい。がんばるぞ!」とやる気の起きる人もいれば、「怒鳴られて腹たった。やけ食いしよう」となる人もいるでしょう。

なんですぐやけ食いになっちゃうのかという不思議さもありますが、相手にやる気を起させようとするやり方には色々あるはずで、ひとつのやり方だけが正しいとはいえません。でも他人のやり方が気に入らないからといって、それが正しくないとは決め付けられないはずです。現にこのやり方は軍隊では断然効果があるわけですから。

一般的に肥満体の人に恥をかかせるような言動は失礼であり、すべきではないと思います。聞かれてもいないのにダイエットのアドバイスとか余計なお世話もしてほしくありません。しかし自分の商売が肥満体の人に痩せるようやり気を起させることが目的となれば話しは別です。相手を奮起させるやり方は千差万別であり恥をかかせるのも一つのやり方として受け入れるべきだと思います。そういうインストラクターが好みでないなら別なインストラクターに行けばいいだけの話です。バークさんのようなやり方が人気がなければバークさんはフィットネスインストラクターとして成功しないでしょう。彼のことをいろいろ批判せずとも自然に彼の商売は成り立たなくなります。市場に任せればいいのです。

私が一番嫌なのは自分が肥満であることを批判されたくないからといって肥満は不健康だという意見や健康体をつくるために努力すべきだという意見を弾圧しようという動きです。自分が太っていることで満足しているならそれはそれでいい。でもその生活習慣を正当化しないでほしい。フィットネスを目指している人々の努力を妨害しないでほしい。フィットネスを促進する人々の言論を弾圧しないでほしい。

それだけです。

August 29, 2016, 現時間 8:57 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 23, 2016

裁判官、オバマ王のトランスジェンダートイレ使用命令を阻止

フェミニズム , 独裁者オバマ王の陰謀

オバマ王が全国の学校区においてトランスジェンダー自称の生物学的な男子に女子施設の使用を許可せねばならないとした命令について、連邦法のタイトル9に触れる違憲であるとしてテキサス州並びに他の州が訴えていた訴訟で、先日月曜日(8・22・2016)連邦裁判所はオバマ命令を一時的に差し止める判決を下した

連邦地方裁判所のリード・オコーナー裁判官はタイトル9と呼ばれる連邦教育法の性別定義はあいまいではなく、生物学的及び体質的に男子と女子の性区別を生まれた時点におけるものと明確にしているとと判決を下した。

タイトル9というのはアメリカの教育界における男女差別を禁止する法律である。トランスジェンダー運動家はよくタイトル9を口実にしてトランスジェンダー差別をするなと称えるが、この裁判官の判決によればタイトル9において男女の区別は生まれつきの性別ときちんと定義付けられているというのものだ。

この判決は全国の学校区に当てはまるものであり、トランスジェンダー生徒の権利や方針とは無関係で、連邦政府は学校区にトランスジェンダートイレ法を強制する権限がないことを意味する。

女子生徒のプライバシーを守ろうという運動にとって、この判決は最近二度目の勝利である。今月最初、バージニア州の学校で自称男子のトランスジェンダー生徒による男子施設使用について学校側が禁止する権限があるという判決が連邦地方裁判所で出たばかり。

オコーナー裁判官は共和党の州政権の、オバマ政権が5月に出した命令について学校側の意見を尊重すべきだという主張にも同意した。

この判決が新学期の始まる9月前に出すことは非常に重要だった。なぜならば、オバマ政権はオバマ命令に従わない学校区から連邦資金の配布を差し止めると脅迫していたからである。テキサス州の政治家らはオバマ王は法律を自分勝手に書き換えようとしていると怒っていたが、一応今のところ裁判官はそれに同意した形になる。

しかしこの法律は個別の学校がトランスジェンダー生徒の異性施設使用を禁止するものではない。ただ、連邦政府にはその命令権がないというだけ。しかも一時的な差し止めというだけなので、この先どういうことになるかは解らない。だが、トランスジェンダートイレ法という狂気的で邪悪な法律を完全に永久的に廃止する第一歩として歓迎したい。

ところで関連するニュースで、今年の4月に自称トランスジェンダーが好き勝手にトイレや試着室を選べる方針を実施した大型小売店チェーンのターゲットで異変が起きている。同チェーンは最近2千万ドルをかけて全店に男女共用個室トイレを設置すると発表した。あきらかに異性と一緒にトイレなど使いたくないというバックラッシュへの対応である。ターゲットの4月の発表から、不買運動には1400万人を超える署名が集まったが、実際に不買を決め込んだ客の数ははるかに多いと見え、売り上げ自体ががた落ちという大打撃を受けているのだ。

それでもターゲット側はトランスジェンダー方針を変える気はないと強気。ただ、この方針に賛成な人も反対な人もいることは確かであり、双方の意見に耳を傾けているとターゲットのスポークスマンはいう。個室トイレはすでに1800あるうちの1400の店に存在するとのことで、2017年までにそれをすべての店に設置する計画だという。

ターゲットの三ヶ月ごとの売り上げは7.2%減、顧客の数も最近二年間で始めての減少という悪影響が出ている。

トランスジェンダー方針を実施しているのはターゲットだけではない。4~5年前からトランス方針を実施しているメイシーズ百貨店では女子トイレを使用している女装男性を追い出した警備員や、女子試着室を使おうとした男性を拒否した店員が解雇されるという事件が起きたりしていた。メイシーズは最近経営不振で多数の店を閉める発表をしたばかり。トランス方針とは無関係かもしれないが方針が店のイメージを上げなかったのも事実。

August 23, 2016, 現時間 2:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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July 30, 2016

人種に関する色盲は人種差別という不可思議な議論

フェミニズム

最近人種に関するエントリーを書くことが増えて気づいたのだが、私のブログのカテゴリーには「人種」というものがない。なぜかというと、それだけ私自身、「人種」というものに気を取られることがないからである。だが最近になってユーチューブなどで本当の意味での人種差別など全く体験したことがないような若い世代が、人種人種と騒ぐようになり、そのなかでも目だって聞こえるようになったのは「人種に関する『色盲』は人種差別だ」という議論である。英語でいうカラーブラインドというのは、要するに相手の肌の色にこだわらず相手の人格で相手を判断するという意味で使われる。黒人運動の父と呼ばれるマーティン・ルーサー・キングが「私には夢がある」で語った、人々が肌の色ではなく中身で判断される世界を夢に見ると語ったことでも有名である。

なのに何故最近人々を人種ではなく人格で判断することが「人種差別」ということになるという摩訶不思議な議論が騒がれるようになったのか。

ひとつの議論としては、相手の人種に盲目であるということは、相手の人種に全く気がつかない、もしくは気がついても気にしないという意味だが、それは人種がもたらす相手の人格をも無視することになるというものだ。また、相手の人種に気がつかない人間などいるはずはないので、自分は人種に対して色盲だという人間は人種に気がつかないふりをして潜在する人種差別を隠そうとする偽善者だという意見もある。

一般に人は他人も自分と同じように物を考えると思っている。だから自分が人種に執着している人間は、実際に人種に全く関心を持たない人の気持ちが全く理解できないし、そんな人間がいるはずがないと思うのだ。しかし実際にはカカシのように普段他人の人種に全く気がつかない人間も存在する。

それは変でしょう、カカシさん、話している相手の肌の色が黒いか白いか気がつかないってこたあないでしょう、と言われるかもしれないが、それは私にとって相手の髪の毛が金髪か茶髪か程度の差でしかない。

その例をちょっと紹介しよう。

ちょうど10年前の7月、インディペンデンスデイ(独立記念日)という映画が大人気になった。その時、新聞の記事で今夏ナンバー1の映画の主演は少数民族だという文章があり、私は正直言って「へ?誰が少数民族なの?」と本当に理解できなかった。主役男優はウィル・スミスだけど、、彼のどこが少数、、、あ~あ、そっか~、彼は黒人だね。と自分の中で結論が出るまで2~3分かかった。私はウィル・スミスをアメリカの俳優としては見ていたが、特に黒人だという意識では見ていなかった。

ある時友達同士でミックスカップル(異人種夫婦)の話をしていて、私は「私の知り合いにミックスカップルなんていないなあ」と本気で言ったことがある。一緒に居たミスター苺が「いるじゃないか、ケンとゲイルが」というので、「へ?ゲイルってラテン系かなんか?」ミスター苺「ばか、ゲイルは白人、ケンは黒人だよ。」といわれて「あ、そうか」などと言っていたら、他の友達から「お前ら何言ってんだよ。自分らの顔みてみろ!」と言われてしまった。え~なんで?あ、そうかミスター苺はユダヤ系でカカシは仏教系?違うってば、、いや、これは決してミスター苺も私も冗談でとぼけて言ったのではなく、本当に自分らの人種の違いを普段意識していないことから起きた会話なのである。

こういう本当の意味での色盲人は案外多いはずだ。人種差別というのは相手の人種が自分と違うことが何か問題になるという前提でおきることなので、相手の人種に本当に気がつかない人が相手を人種によって差別するなどということはあり得ない。それなのにわざわざ相手の人種に拘って、相手の人間形成に人種が影響を及ぼしたことを把握すべきだという考え人種差別撲滅に貢献するというのは話が逆である。

私が観たこのユーチューブなんかその典型。彼女の見解は組織的にも個人的にも人種差別は存在しているのに、自分はカラーブラインドだ人種には気がつかないと言い張るのは存在する人種差別を無視するだけで問題解決にはつながらない、というものだ。

だが彼女のいう「組織的な人種差別」というのは、人種差別者が生み出した架空の差別を原点にして語られている。たとえば黒人が拘束されている率は白人よりも多いという例をとってみても、拘束されている人間の人種だけを見て黒人が多いからそこに差別があると考えることこそ人種差別だ。

こういう統計を見て最初に聞かなければならないことは、同じ罪を犯した黒人と白人では拘束される率に差があるのかということである。拘束されている黒人が有罪なら、拘束されている黒人の数がおおかろうが少なかろうが人種差別とは無関係である。

また、家政婦や掃除婦といった手作業の大半をラテン系の女性がしているということも、これがアメリカ社会がラテン系に対して人種差別を行なっているからだと結論づけることこそ人種差別である。家政婦や掃除婦といった仕事は言葉のハンデがあっても出来る仕事だから新移民には好まれるというだけのことではないか?ラテン系女性でも言葉を学び教養があれば普通の会社にも勤められるし医者や弁護士や政治家にもなれる。ラテン系だからというだけで才能があるのにこういう仕事に就けないというのであればそれは差別といえるが、そうでないならラテン系への組織的な差別があるという理屈は成り立たない。

リベラルの悪い癖は結果における人種の配分が人口分布と一致しない場合は、その原因が人種差別にあると決め付けることだ。人には向き不向きや好みというものがある。また、人種ではなく民族による文化の違いというものもある。アメリカのように移民で成り立ってきた国ならそれぞれの人々の伝統的文化の影響というものもある。そういう違いを無視して何もかもが人種差別のせいだと言い張ることこそ人種差別である。

私が思うに、このユーチューブを作った若い女性に代表されるリベラルの若者たちはその交際範囲がリベラルの友達や親や大学教授らに限られるため、そうした人々の偽善が全てだと思い込んでいるのである。つまりリベラル偽善者たちが「私はカラーブラインドだ」というとき、彼らはそう振舞っているだけで本当はものすごい人種差別者であることを人々は察している。なぜなら自分らもそうだからだ。それでリベラルでないほかの思想の持ち主たちも自分たちと同じような偽善者なのだと勝手に思い込むのである。

よってカカシのような右翼保守派が人種なんて考えたことが無いというのを本気で信じることが出来ないのだ。人種に拘らず人々をその人格で判断する行為、本当の意味でのカラーブラインドこそが人種差別廃絶のもっとも効果的な手段であることを彼らは理解することができないのである。

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July 30, 2016, 現時間 10:20 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 26, 2016

女子トイレ立ち入りなんていってる場合じゃない、トランスジェンダーは銃武装して身を守るべき!

アメリカの銃規制/銃砲取り締まり法 , フェミニズム , 同性婚

フェイスブックの友達から男から女のトランスジェンダーが銃武装による護身について書いている記事を紹介していた。

著者のニッキー・スターラードは、LGBT社会の間で反銃派が非暴力抵抗を称えていることを批判。LGBT人間こそ自己防衛に備えるべきだと訴える。なぜならばLGBTが暴力の被害者になる可能性は一般人よりずっと多いからだというのである。今こそLGBTは非暴力の思想を改め、自分らを守ってくれない政治家に投票するのはやめるべきだと言う。

LGBTが特に暴力の対象になるとは思わないが、それでもこの間のオーランド乱射事件では明らかにゲイが狙われたのであるから彼、スターラードのいうことも納得がいく。

スターラードはゲイの銃愛好家で知られるピンク・ピストルというグループのメンバーで、このグループはここ数日でその会員数が1500人足らずから四倍以上になったという話だ。LGBT社会にとってトランスジェンダーが女子トイレを使えるかどうかなんてことより、どうやって本当のホモフォブであるイスラムテロリストから身を守るかということのほうが先決だろう。

さてスターラードのような親銃トランスジェンダーについて次期カリフォルニア知事とされる親LGBTと自負するギャブン・ニューサム副知事は、親銃トランスはNRA陰謀にの手先でディスかスティング(吐き気を催すほど気持ちが悪いといった意味)と述べ、LGBT社会からかえって顰蹙を買っている。

ニューサムはトランスに限らずLGBTで銃規制に反対する人間はNRAの手先だとして下記ように書いている。

NRAのグループはカリフォルニアにおいてトランス社会を使って常識的な銃安全法と戦っている。彼らの嘘に満ちた戦いにトランス社会を悪用するのはこれまでにおいても最も気持ちの悪いやりかただ。

ニューサムのこの発言は、NRAへの批判というよりトランス及びLGBT全体への批判と取られたようでサンディエゴゲイレズビアンニュース(SDGLN)の投書欄に下記のような意見が載った。

「ギャブンはザ・ピンクピストルスを聞いたことがないのか?彼らはNRA団体ではない。彼らはLGBTQ社会が自衛できるように尽くしているグループだ。LGBT社会を攻める前にもっと勉強しろ。」

「悪用だ?トランス社会をそういうふうに見てるのか、お人よしですぐ他人に利用されるとでも?それとも何か、お前の見解と一致する意見しかもっちゃいけないってのか?

「ニッキーは(憲法補整案)第二条の長年の支持者だ。(略)NRAのせいだとかニッキーの努力がお前が提案している合法市民の権利の規制に対する最近の反応だと決め付けるのはやめろ。お前はLGBTQ社会がNRAの犠牲者にされているようにいうが、お前こそが彼らを犠牲者にしようとしているのだ。

ギャブン・ニューサムが次期カリフォルニア知事になることは先ず間違いない。そうなったらカリフォルニアはもっと反銃になるだろう。これは非常に心配なことだ。

June 26, 2016, 現時間 9:07 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 20, 2016

ゲイの間で高まる銃購入

アメリカの銃規制/銃砲取り締まり法 , フェミニズム , 同性婚

なぜかカカシのフェイスブックの友達は親銃派が多いのだが、その一人が同性愛者の間で銃購入をする人が増えているという話を教えてくれた。

コロラド州の銃販売店ではオーランドの乱射事件直後銃販売率が高まったとしている。こういうことは乱射事件が起きる度に起きる出来事なので期待通りではあったが、今回はその客層にゲイやレズビアンといった同性愛者が非常に多く含まれているという。

ピンクピストルズという同性愛者銃愛好クラブは、事件後突然その会員希望者が増えた。このクラブはかなり零細なクラブで、事件前の日曜日の会員数は全国でも1500人足らず。それが事件後一週間の今日はなんと3500人にも増えたそうだ。

また、ゲイ男性が非常に多い西ハリウッドのあちこちで面白いビラが貼られている。このポスターはゲイを象徴する虹色の背景に海兵隊のマスコットであるガラガラ蛇の旗をかたどって「撃ち返せ」と書かれている。

もちろんLGBTの公式な姿勢は銃法規制にあるのだが、個人的には自分を守りたいと思っている人のほうが多いはずである。今やゲイポルノ映画では最大と言われる映画会社ルーカスエンターテイメントの創設者で会長のマイケル・ルーカス会長は「イスラム教はゲイに嘔吐している」と指摘する。

ブレイトバートニュース所属アーロン・クレインのラジオ番組で、ルーカスは民主党はゲイを洗脳しようとしていると語る。「イスラム教は女を嫌う。女たちに嘔吐する。ゲイに嘔吐する。」「過激派イスラム教はゲイを殺す、奴らは(ゲイに)嘔吐するのだ。」

ルーカスは、オバマを始め民主党は、オーランドの虐殺事件をイスラム教徒による反同性愛者テロ事件という焦点から、犯人の個人的な同性愛者としての葛藤へと話を変えようとしているという。歴史的にいって同性愛者は圧倒的に民主党支持なので、その支持層を失わないために民主党はやっきになっているというのである。

ルーカスはリベラルメディアはゲイが民主党の主旨から離れないように一生懸命運動していることに憤りを感じている。民主党の姿勢はイスラム教のホモフォビアはキリスト教やユダヤ教のそれと全く変わらいというもので、ゲイ社会がその思想からはずれないようにしているという。

いいですか、私はこのダブルスタンダードには非常な不満を覚えます。もしこれがキリスト教徒やユダヤ教徒による行為だったら、即座に(テロの動機は)過激派キリスト教とか過激派ユダヤのせいだと言ってるはずです。

それがイスラム教となるとそうは呼べない。モスレムがイスラム教の名のもとにしたものだとそうはならない。これは一人の男が同性愛者であることの内面的な葛藤だということになる。それが(テロ行為の)動機だということになる。

もしくは犯人は一匹狼で精神的な問題があったから、それが理由で妻を殴っていたとか、銃法規制が緩いせいで奴が銃を買うことが出来たとか言うことが(原因)だという。そういうこともあったかもしれない。でも根源にあるのは激派イスラム教です。

またルーカスはオバマがイスラム教による同性愛者への虐待について言及しなかったことにも不満を抱いている。ルーカスはオバマはリベラルなのでイスラム教のホモフォビアをきちんと理解していないのではないかという。

リベラルは何かとイスラム教徒は虐待された少数民族だという偏見を持っているので、大量殺人鬼がモスレムだと解っていてもそれを認めたがらないのだとルーカスは言う。問題なのはオバマがそれを認めたがらないだけでなく、他の人々にもそれを悟られたくないと考えている。それが問題なのだと。

ルーカスは半分正しい。オバマは国民にイスラム教が悪の根源なのだと思わせたくない。なぜなら、イスラム教テロリストがアメリカ国内を危険にさらしていると認めたら、ではオバマは危険な敵を前になにをやっていたんだということになり、その責任を問われるからである。

今日も今日とて私はアメリカのアイダホ州で多くのシリアからの野蛮人を難民と称して受け入れた市で、8歳の幼女が思春期前のモスレム少年三人に輪姦されたという記事を読んだ。犯人の少年たちは射精もできずに幼女に放尿したという。そして野蛮人の親はその行為を褒め称えたというのだ。しかも同市の市議会はその事件をもみ消して市民に知らせまいとしていたのである。

リベラル政治家たちがモスレム野蛮人の残虐行為を隠せば隠すほど国民の政府への信用は落ちる。私はアメリカがヨーロッパのようになってしまわないうちにアメリカ市民が立ち上がってくれることを望む。そのためにはアメリカ市民は断じて銃を諦めてはならない!

June 20, 2016, 現時間 7:38 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 12, 2016

トランス許容方針に疑問を抱いた途端にヘイターにされた左翼リベラル活動家

フェミニズム , 左右思想 , 教育と政治 , 独裁者オバマ王の陰謀

以前にも書いたが左翼リベラルは異見を許さない。常に寛容とか許容とか反差別とか多様性とか言ってる割には、多少なりとも主流意見から踏み外した人間には容赦なく攻撃を加える。いままで肩を並べて革新派運動を行なってきた同胞でも、リベラル体制方針に対して「それはちょっと違うんじゃないの?」といったら最後、所属していた左翼団体を追い出すだけでなく、その後も執拗に徹底的に叩きその人物の名誉を完全破壊しようとする。

先日もちょっと触れたが、ACLUという極左翼市民団体のジョージア支部長に就任したばかりのマヤ・ディラード・スミスという黒人女性が同団体のトランスジェンダー支援方針に疑問を抱いたことが原因で辞任を余儀なくされた。左翼リベラルからの彼女への攻撃は迅速かつ猛烈である。シンクプログレス(革新思想とでも訳すべきか)というサイトに掲載されたこの記事などはその典型である。

抗議の辞任をしたのはマヤ・ディラード・スミスという黒人女性。最年少で最近ACLUジョージア州支部長に抜擢された女性弁護士として非常な期待をされていた。その彼女が何故このような大事な立場を自ら辞任などということになったのか。彼女は自分がACLUのトランス方針に疑問を抱いたきっかけをこう説明する。

私が小学生の娘たちを女子トイレに連れて行った際、いずれも(身長)180センチを超え、野太い声をした、明らかに男性の、三人のトランスジェンダーの若者たちが入ってきました。子供たちは身の危険を感じて明らかに怖がっていました。私も非常に不安になりました。私は子供たちの数ある質問に対して、多くの親がそうであるように、私もまた全く答えに詰まってしまいました。

それで、私はACLUに就任してから色々質問をしてきました、たとえば『トランスジェンダーの人権を推進するにあたり、それが女性や女児に与える影響とは何か、子を持つ親たちの人権に与える影響とは何か』といった単純な疑問を投げかけてきました。

記事の著者ザック・フォードの記事だけ読んでいると、スミスとACLUの亀裂はスミスの反トランスジェンダー偏見だけのような印象を受けるが、スミスが添付したビデオインタビューを聞いていると、スミスが疑問を抱いたのはACLUがどんな問題に対しても片一方だけの狭い考えに凝り固まっており、競い合う人権があった場合、ひとつの団体の人権を守るために他の団体の人権が損なわれることについて、きちんとした討論がされていないという点だ。たとえば同性愛者の人権を守るために宗教家の人権が損なわれるといったように。トランスジェンダーを守るためにおきる女性や子供への影響がきちんと吟味されていないことにスミスは疑問を抱いたのである。

フォードはスミスがトランスジェンダーについて単に無知だったというなら仕方ないが、彼女自身がトランス男たちの存在に不快感を持ったと述べていることを批判し、スミスが子供たちから受けた質問を武器にして反トランス運動家に豹変したと指摘する。

スミスは中庸を目指してトランスと一般人がお互い納得できる解決策を探そうという主旨でユーチューブビデオを作製。彼女や子供たちの質問を幾つか投げかけているが、その中でも最も大事な質問を要約すると、

質問することさえ許されずに、トランスジェンダーについてどのように学べというのか。

この問題について双方が安心して討論できる場所はあるのか?

単にトランスジェンダーとは何かといった質問をするだけなら問題はないが、スミスがトランスジェンダー女子を「ボーイズ」と表現し、「『彼』が男の子のお手洗いで不快な思いをするのは可愛そうだけど、、」という「間違った」代名詞を使っているところにスミスの偏見が丸見えだと批判する。だが、それはフォード自体のトランス女は女だと決め付ける偏った判断にある。

フォードはちょっとネットで検索すればトランスジェンダーとは何ぞやという質問の答えはいくらも得ることが出来るというが、それは全く正しい供述ではない。私のようにトランスジェンダー問題に興味を持った人間が色々調べてみて解ったことは、トランスジェンダーという正しい定義は存在しないということだ

だから本物のトランスジェンダーとトランスを装った変態との区別はどうつければいいのか、という反対派の質問に推進派はきちんと答えることが出来ないのである。トランスジェンダーというのが医学的にきちんと証明できるというのであれば、トランスの人々は常にトランス証明書でも所持しておく必要がある。だが、現在トランス許容法を施行している施設において、そのよな証明書を求めるところはない。フォードの質問を許さない態度はこの文章を読めば明らかだ。

中庸を求める必要性そのものが崩れるのは、トランスジェンダーの人々がトランス立ち入りを許可を悪用して、トイレなどの施設で人を襲った事件は一つも起きていないことにある。何年も前からこのような方針を取っている州や市がいくらでもあるというのにである。保守派がトランスでない男たちがトイレなどへのアクセスを悪用したとする例にしても、彼らはきちんと逮捕されていることからして、トランス許容法が犯罪を誘発することにはならないという証拠だ。

自称トランス女が女性施設で犯罪を犯した例は一つもないというのは嘘である。トロントの女子シェルターでトランス女と称する男が数人の女性を強姦した例や、トランス女と称して女子刑務所に移転を許可された連続強姦魔が女子受刑者を数人強姦した例など、数え上げたらきりがないのだ。フォードやトランス法支持者らのいいぶんは、性犯罪を犯す人間は本物のトランスではないという屁理屈だ。トランスジェンダーは性犯罪を犯した途端にトランスジェンダーではなく単なる変態男に変わるのだ。だから、トランスジェンダーがトランス許容施設で性犯罪を犯した例は一つもないという理屈になるわけ。これも、トランスジェンダーとはなんぞや、というきちんとした定義がないから起きる現象なのだ。

また、性犯罪はもともと犯罪であるからトランス許容法があろうとなかろうと関係がないというのが推進派の論理である。しかし、トランス許容法は性犯罪の定義をも変えてしまうのでこの論理はまるで意味がない。他の多くの人々が指摘しているように、男子が女子施設に立ち入るという「違法行為」を合法にしてしまえば、性犯罪の大半を占める「覗き」を合法にすることになる。実際に写真を撮ったり、女子の身体に触れたりしなければ犯罪ということにならないというなら、大の男が股間の一物を怖がる女子に披露する行為はどうなるのか?女性の身体をじろじろ見てにたにたする行為はどうなるのか?推進派はそういう質問に全く答えずに、トランスの存在に不快感を持った女性が悪いのだと責め立てるのみ。

フォードはスミスが子供たちと一緒に体験したトランス「女」たちとの遭遇において、スミスの対応は最悪だったと責める。フォードは一般女性よりトランス「女」のほうがよっぽども公衆トイレでハラスメントや暴力に合っているというのだ。しかしトランス「女」の75%以上が体験したという「ハラスメントや暴力」とはどういうものなのかをよくよく読んでみると、

女子トイレに入ろうとして立ち入りを拒否された。

女子トイレで女性たちから出て行けと言われた。

女子トイレから腕力で追い出された。

私はトランス「女」たちが冷遇された体験というのは、てっきり男子トイレでおきたものだと思っていたのだが、彼らの体験はすべて女子トイレで起きている。つまりそれだけ一般女性は男子の女子施設立ち入りに拒絶反応を示すということだ。それだけではない。このアンケート調査で明らかなのは、75%に及ぶトランス「女」たちは、明らかに女性には見えない男性だということである。つまり、彼らを追い出した女性たちにとって彼らは単なるドレスを着た男にしか見えなかったということなのだ。

ザック・フォードは名前からして男だが、スミスのような一般女性や女児たちの母親としての心配はすべてトランスフォビアとして片付ける。女たちは鬘を付けて醜い脛毛まるだしでミニスカートをはき大型ハイヒールを履いている男たちがずかずかと自分らの空間に入ってくるのを大手を広げて歓迎しろというのである。

まさしく男尊女卑のなにものでもない!

June 12, 2016, 現時間 11:40 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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また起きたイスラム圏での欧州女性強姦事件、被害者のオランダ女性は姦淫の罪で逮捕される

フェミニズム , 宗教と文化

まったくこういう事件がいくつ起きれば欧州の女性たちは学ぶのだろうか、外国人女性はイスラム圏の国に遊び半分で出かけていってはいけないのだ。

今度はカタール(Qatar)においてオランダ人女性が薬を盛られて集団(?)強姦の被害にあい、それを警察に届けた被害者の女性が反対に姦淫の罪で逮捕されるという事件が起きた。

女性はオランダから休暇で来ていた22歳の旅行客。お酒を飲むことが許可されているダハホテルで飲んでいた自分の飲み物に何者かに薬をもられ気を失った。気がつくと見知らぬアパートに一人で置き去りにされていた。気を失っている間に強姦されたと悟った女性はすぐ警察に通報。警察はすぐさま被害者の女性を逮捕。姦淫や違法飲酒などの理由で拘束した。

イスラム圏には原油で金儲けした裕福な国々がいくつかある。西洋諸国とも交流があり、都心はまるで西洋の都市と見分けがつかないほど西洋化している。一流ホテルは豪華でバーやレストランではお酒も出す。だから諸外国の旅行客やビジネスマンは自分らの国と似ているからその習慣や法律も同じなんだと勘違いするケースが多い。それについては同ブログでも何度も書いてきた

これらの国々では法律上は無許可の飲酒は禁じられているが、バーやレストランではいちいちお客に飲酒の許可証などを調べたりはしない。むこうも商売なのでお客がお酒を飲みたければ構わずに出すのだろう。大抵の場合これは問題にならないらしいが、一旦犯罪の被害者になった場合、警察は加害者を捕まえてくれるどころか、かえって被害者が無許可飲酒をしていたとして逮捕されるなどという例が珍しくないのだ。これに強姦が絡むと被害者の女性は一年半とかの禁固刑に処せられる可能性があるので、イスラム圏で犯罪の被害者になった外国人は警察になど届けないでさっさと帰国することをお薦めする。命があったことだけでも幸いとして諦めたほうがいい。

ところでカタールの治安はどんなものかという質問がヤフーの知恵袋にあった。この回答はかなり無責任だと思うね。

質問:カタールは中東だけど、危険な場所に行かなければ、治安は悪くないという認識で宜しいでしょうか?

ベストアンサーに選ばれた回答

カタールやUAEなど中東の湾岸諸国は、どこもみな極めて治安がよく、日本よりも遥かに安全で快適です。治安の点についてはまったく何の問題もありません。
これらの国は基本的に安全で豊かですから、旅行者にとっても極めて快適です。
”平和富裕ボケ”といえるほどまったく安全です。

中東で絶対に行ってはいけない危険なところは、ご存知のとおり、イラク北部、シリア、イエメンです。

カタールは小さな国ですし、観光客が遊びに行くようなところは、ひとつある大きなショッピングモールくらいでしょう。街中は一般的に他の湾岸諸国の都市と似たような感じです。


June 12, 2016, 現時間 12:35 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 11, 2016

男を女と呼ばせる政府、トランスを巡るトラブル全米各地で頻発

フェミニズム , 独裁者オバマ王の陰謀

「男子を女子トイレに入れよ」法を推進している側の言い分は常に、トランス許容法を起用している地域や施設において全く問題は起きていないというもの。だが、この問題を注意深く観察し始めたカカシの耳には、トランス許容法によるトラブルの話が毎日のように入ってくる。許容法推進側は稀におきる個々の体験談は問題が起きている証拠にはならないと言う。統計からすると性犯罪は増えていないと言い張る。だが、覗きという性犯罪を合法にしたうえに、実際に人々から出ている苦情を完全無視して、いったいこの悪法が世の中に与える悪影響をどうやって正確に把握することが出来るのか?

まず、最初の話はこちら。テキサスにある大型トラック運転手らが休息を取るトラックストップのバーベーキューレストランで男子女子トイレに入るべからずという張り紙が張られた

実はこのレストランにはここ1~2年、女装した一人の大男が現れるようになったのだという。この男は暴れ馬や牛を乗り回すロデオで働く男で、乗り手が馬や牛から落ちたときに動物の注意を自分にひきつけて乗り手を守る役目をするクラウンの仕事をしているらしいという。ロデオで働くような男だから男中の男。どうみても女には見えない筋骨たくましい男なんだそうだ。

それが何故か、長髪のかつらを付けてミニスカート履いてハイヒールでお店にバーベキューを食べに来るという。実際にこの男がトランスジェンダーなのか、単にロデオのキャラとして女装をしているだけのピエロなのかは解らないが、店の女子従業員や常連の女性客からの要請で店主はこの男が女子トイレに入らないように張り紙を張ったのだという。これは最近のトランス許容法とは無関係な決断だったと店主は言っているが、許容法への抗議だと取られるなら、それはいっこうに構わないそうだ。

テキサス州のヒューストン市で去年この法律が取りざたされた時、(ヒューストン市では市民投票でトランス許容法は圧倒的多数で否決された。)トランス許容法反対派が「鬘(かつら)を付けてスカートをはいただけの大の男が女子トイレに入ることができるようになる。」として反対したのに対し、推進派の反論は単に反対派は『ヘイターだ!、被害妄想だ!トランスフォビア(恐怖症)だ!』というだけで、許容法を悪用する痴漢への対処について全く説明しなかった。

さて、女装男が女子トイレや更衣室やシャワー室に入ってくるということもさりながら、オバマが全国の学校区に圧力をかけているトランス方針にはもっと重大な問題がある。

アラスカ州の高校で 男子生徒が女子陸上競技に参加を許され 全アラスカ州大会で三位に入賞。四位以下になった女子選手やその父母から苦情が殺到するという事件が起きた。

特に四位になった女子生徒の母親は三位の選手が男子だったことを競技の後になって知り、学校側にも抗議し、ツイッターで胸のうちを打ち明けたが、それに対して当の男子生徒が『あなたの娘がもっと真剣に練習すれば勝てたのに』というようなことをツイートしたため、この母親の怒り爆発。五位になった選手の母親なども加わってツイッター上で大騒ぎになった。

しかし一位と二位になった女子生徒はこの男子が三位だったことから、男子だからといって特に不公平に優位ということはないと語っている。だが、それは違う。それは単にトップクラスの女子はかろうじて平均男性より優れていたというだけの話で、トップレベルではないが、そのすぐ下のレベルの男子がトランス女と称して女子競技に参加すれば女子に勝ち目はない。

オバマ王はタイトルIX(ナイン)という連邦法を建前にトランス女の女子競技参加拒否は性差別を禁止するタイトルIXに違反すると言い張る。だが、タイトルIXはもともと中高大学において女子選手が男子選手と同じように運動する機会を与えられるよう保証する法律である。男子競技のほうが人気があるため、なにかと女子競技はおざなりにされやすい。それを是正するための法律だったのだ。その女子生徒のスポーツ参加を保証する法律を使って女子競技を破壊しようとするオバマのずうずうしさ。

個人競技において女装男が優位なのもさることながら、これがチーム競技や格闘技になったら男が優位なだけでなく女子の身の危険を招く。FMAでトランスと戦って散々な目にあった女子選手が、自分はトップレベルの女子と何度も戦ったが、あんなに力強いパンチを受けたのは初めて、と語っていた。当たり前だ。相手は男なのだから。彼女がかたわにされたり死んだりしなくて幸いだった。

何故オバマはこんな気違いじみた方針を全国の学校区に強制しようとするのか。その本当の目的は無論トランスジェンダーの人権を守るなどというものではない。トランスジェンダーを正常な人間として扱い、男を女と呼ばせることは、政府が国民に絶対服従を求める前奏である。女子トイレの男子を招きいれ半数を占める国民を恐怖に陥れる、男子を女子競技に参加させ女子競技を破壊する、社会が女性を大事にしなくなれば文明は衰退する。国民が常に政府に善悪の判断を任せる国は独裁者の思う壺である。これによってオバマが独裁者として君臨するファシズム国家が実現するのだ。

パワーラインのアモガールが書いているように、政府が国民に男を女と呼ばせることが出来るなら、国民は何でも政府の言いなりになるだろう。

ところで、この間人権擁護市民団体のACLUジョージア州支部の役員がトランス許容法を巡って辞任した。彼女は同団体の役員としては最年少のやり手だったが、カリフォルニア州で幼い娘二人を連れてトイレに入った際に、背も高く骨格もいい声の太い女装男に遭遇。娘たちが怖がってお手洗いにいけないという状態が発生した。

ACLUはトランス許容法を熱意的に支持しているが、彼女がその方針に疑問を投げかけたところ、非常な反発を受け団体との亀裂が生じたため辞任を余儀なくされたというもの。

普通の女なら自分が一番プライバシーを守りたい空間を見ず知らずの男と共有したいなどとは思わない。普通は家族だって嫌だろう。本当の女ならその気持ちは本能的にわかるはずだ。男女共同トイレなんて別にどうってことないじゃん、というのはほとんどが男だ。このトランス許容法を推進しているのもすべて男だ。女性がこんな法律を支持するとしたら、はっきり言ってあんたはバカだといいたい。ヨーロッパで難民大歓迎とか言って救済運動をしていた白人女性が集団強姦されてびっくりしているのと同じ。強姦魔を大手を広げて受け入れるなんぞ愚の骨頂である。

トランス女たちが女子施設への立ち入りをこうも執拗に要求するという事実が、彼らが本当の女でないことを証明している。本当の女なら男が女の空間に入り込むことにどれだけの不快感を覚えるか本能的に理解できるはずだからである。

それが出来ないお前らは女じゃない!

June 11, 2016, 現時間 10:06 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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May 23, 2016

男子を女子トイレに入れるな!トランスジェンダートイレ法に一歩も譲れない理由

アメリカ内政 , フェミニズム , 独裁者オバマ王の陰謀

信じられないことだが、世界最強の自由国(であるはず)のアメリカ大統領が、なんと全国の小中高学校区において男女の区別なく生徒の好むトイレ及び更衣室そしてシャワー室に至るまでその使用を許可するよう命令した。そのことで全国各州から猛烈な反対の声が上がっている。断っておくが、大統領命令といっても、大統領には立法権限がないため、連邦政府に施行権限はない。ただ、オバマ王はオバマ王の命令に従わない学校区への連邦政府からの補助金を差し止めると脅迫している。しかし多くの学校区がたとえ補助金を失っても大統領の命令に背くものと思われる。なぜならこれは女子生徒を必然的に危険にさらす悪方針だからである。

以前にも書いたが、左翼リベラルが最終的に求める社会はすべての市民が常に恐怖におののいて不安で居る社会だ。個人の力を弱めることによって市民が大きな政府に頼らなければならない社会が左翼リベラルの理想なのである。だから彼らは常に社会の常識を破壊しようとする。男女を区別することは社会の基盤だ。それは男女を不公平に差別するという意味ではない。男女の違いをわきまえた上で差別をしない社会と言う意味だ。

しかし一般の人々は左翼リベラルの求める極端な社会像を想像することが出来ない。だから保守派が左翼リベラルが男女平等を唱えるとき、彼らの最終目的は男女の差を完全無視し、このままいけば男女が同じトイレやシャワー室を使う社会を求めるようになる、と警告したとき「そんなばかな、右翼保守の被害妄想だ」と一笑に付してきたのである。

それがどうだ?やっぱりそうなったではないか?

それでも多くの人々が、別にトイレくらいいいじゃないかという。特に女子トイレは全て個室だから、別に隣にトランスジェンダーのオネエさんが入っていても解るわけではない。そんなに大げさに騒ぎ立てることではないのでは、と言う。

だがそうじゃないのだ、トイレぐらい別にいいじゃないか、という考えは非常に危ない。なぜなら、一旦生物学的男子の女子トイレ立ち入りを許可すれば、次は更衣室になり、その次はシャワー室になり、日本なら銭湯の女湯や温泉の女湯にまで男子の女子施設立ち入りを許可しなければならなくなるからである。トイレがいいなら女湯は何故だめなのだということになるからだ。すでにオバマ王の命令のなかには更衣室もシャワー室も含まれている。これらの規則は右翼保守の被害妄想ではないのである。

男女共用施設法を押しているトランスジェンダー活動家たちは常に、こうした規則を施行した施設において特に犯罪率が上がったという事実はないと主張する。だが、男子が女子施設に入るという違法行為を合法にした以上、覗きの犯罪は減って当然。第一、彼らは明らかに覗きの理由で女子施設に立ち入った男子らによって、恐怖におののいている女子や女児やこどもたちの両親による抗議などは「問題」として全く取り上げていない。

だがすでに、男女共同施設方針を施行すると公表したアメリカ大手小売店ターゲットでは、各地の支店で明らかに男に見える人物が女子施設への使用を要求するという事件が起きている。ターゲットだけではない。同じような方針を施行したロス洋品店でも女子試着室に男性が入ってきたことで苦情を述べた女性客が店員から同店は差別行為をしない方針を取っていると言われただけで無視されるという事件が起きたばかり。

この方針を取り入れる企業や公共施設が増えれば増えるほどこういう事件が増えるだろう。そうと解っているのにオバマ王が義務教育の場でこの方針を強制しようとする本当の理由は何なのか。明らかに0.3%にも及ばないと思われるトランスジェンダー生徒の安全とは無関係である。だとすれば人口の50%を占める市民の安全を脅かすような方針を無理やり市民に押し付けようという行為は女性弾圧以外に他ならない。

大学キャンパスで女性の安全地帯を訴えるフェミニストたちは何をしているのだ!

オバマ政権の本当の目的はトランスジェンダーを守ることではない。彼らの本当の目的はアメリカ社会を根底から覆すことにある。そのためにはアメリカの基盤となっている常識や道徳観念を破壊することが一番手っ取り早いのである。私は常に一夫一婦制の結婚こそがアメリカ文明社会の基盤だと述べてきた。その結婚制度を崩した今、次の課題は男女の差という常識を崩すことだ。矛盾していると思うかもしれないが、男女を全く同じように扱うことで一番被害を蒙るのは女性なのである。

何故西洋では騎士道というものが生まれたのか。西洋社会では大昔から女性を大事にするという基本がある。これは女性は弱いものだから守らなければならないという気持ちからくるものだ。男が戦うのは女子供を守るためといっても過言ではない。だから女を守れない社会は文明が進まないのだ。モスレム社会や男尊女卑の極端な一部の東洋諸国を見てみればこれは明らかなはずである。

だが、もしも、女も男も全く何の変わりはないということになれば、男が女を守る必要性もなくなる。モスレム男たちに冒涜される自国の婦女子を守ろうともしない腰抜け欧州男たちを見ていれば、男が女を守らなければならないという観念を攻撃してきたフェミニズムがどれだけ欧州を落ちぶらせたかがわかるというものだ。

無論私は男性に比べて女性が劣ると言っているのではない。女性の優れた点は男性のそれとは違う面で現れるのであって、筋力の面で男女を同じ土俵に置くことの愚かさは常識のある人間なら誰にでもわかるはずだ。

オバマ王及び左翼リベラルの最終目的は、アメリカがアメリカたることを崩壊することである。アメリカの自由主義、資本主義、本当の意味での男女平等主義といったアメリカの文明社会を破壊することである。トイレ法はその小手調べにすぎないのだ。こういうことは最初が肝心。同性婚では負けたが、我々保守派は断じてトイレ法で譲ってはいけない。

アメリカ社会がアメリカがアメリカたることを守りたいのであれば、このような変態方針は断じて認めてはならないのだ!

May 23, 2016, 現時間 3:13 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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May 19, 2016

トランプを巡って分裂する保守派

アメリカ内政 , フェミニズム

読者諸氏お久しぶりです。実は一週間半ほどまたまたハワイ出張していた。行く前はハワイならいいかってな気持ちで出かけたが、行って見るとやっぱり仕事で行くところではないなあと思う。ま、真冬の東海岸に飛ばされることを思えば幸運を感謝すべきなのだろうが。ゴールデンウィークに重なったので日本人観光客で混みあっているかと覚悟して行ったのだが一月に行ったときよりずっと空いていた。

ハワイ出張中に聴いていたトークラジオは、朝の通勤時間は超トランプ親派のマイク・ギャラガー、帰りは反トランプだが共和党のために嫌々ながら支持するというデニス・プレーガー、ホテルに帰ってからはポッドキャストでトランプ絶対反対のネバートランプ派のベン・シャピーロ。どのトークショーホストも私は結構好きで時間帯が合えばよく聴いていた保守派たちなのだが、ことトランプを巡ってはそれぞれ意見が完全分裂。自分は絶対正しい、相手は完全に間違っているという姿勢が誰からも感じられてちょっと悲しい。面白いのは、親トランプ派も反トランプ派も相手を「本当の保守派ではない、リベラルだ、体制派だ」と攻撃していることだ。マイク・ギャラガーなどは「ネバートランパー達によるトランプ攻撃は左翼リベラルによるそれよりひどい。対ヒラリーとして団結しなければならないときに、何故共和党内部でこれほどまでに反トランプ攻撃が起きるのか全く理解できない。」と言っていた。

そうかな、私には完全に理解できるけどね。考え方が全く違う完全な敵よりも、考え方が99%同意できる仲間同士で最後の1%の相違が「背信者!死ね!」となるのはどの世界でも同じだ。過激派イスラム教徒が最も嫌うのが元々キリスト教だったりユダヤ教だったりしている多民族ではなく、イスラム教を捨てて異教に改宗する人々であるように。最初からの敵より裏切り者への憎しみの方が強いのだ。

格言うカカシがネバートランプ派なのは読者諸君もご承知の通り。とは言うものの、私は多少デニス・プレーガー風のヒラリーよりはまし派に変わりつつある。特に先日トランプが最高裁判官任命候補としてあげた人々のリストを考えると、もしトランプが本当にこれらの人々の誰かを議会に承認させることが出来るのであれば、それだけでもトランプを支持する価値はあると考えている。

ミスター苺いわく、トランプはエゴティストで自分が人気者となり大統領の座を利用して私腹を肥やすことしか考えていない。実際に政治などには興味がないので内政にしろ外交にしろ真剣に取り組む気持ちなど全くない。であるから専門家を回りに固めて自分は王様のように王座に座ったまま何もせずにふんぞりかえるだけで後は回りに任せるのではないかという。であるから自分の人気を高めるために人々が望む方針を取るだろうから、下院も上院も議会を共和党で固めれば共和党議会のいいなりになるのではないかというのである。だとしたら共和党は断じて両議会を共和党有利に保持しなければならない。

だが、ヒラリーの場合は違う。ヒラリーはどれだけ不人気であろうと左翼リベラル方針を押し通す。ヒラリーは自分の敵に対して永遠に敵意を持ち続ける。ヒラリーによるアメリカ憲法嫌悪は相当なものであり、言論の自由にしろ銃法所持の権利にしろヒラリーは何もかも破壊しようとするに違いない。ヒラリーが保守派や中庸の裁判官を任命するなどあり得ない。となれば、ヒラリーによって任命される超左翼の最高裁判官がこの先何十年にも渡って最高裁判所に君臨することになるのである。バイバイアメリカ憲法だ。

そう考えるならば、いつまでもネバートランプとも言ってられないのかもしれない。

だが、ネバートランプ側が対ヒラリーを考えてもトランプを支持できないという理由は、トランプとヒラリーを比べた場合、トランプのほうがまだましだという考えに同意できないからだ。ヒラリーもひどいがトランプもひどい。どちらが大統領になってもアメリカの将来はひどいことになる。今トランプを支持して自分の保守派としての信念を曲げるよりも、トランプ絶対反対派の信念を貫き通して将来の保守派運動に専念することのほうが長い目でみてアメリカのためになるという考えなのだ。それだけではない。トランプを共和党代表として認めることは、共和党が保守派であるという評判を完全に破壊させることであり、共和党というブランドを永久的に傷つけることになると考えている。

ネバートランプ派の中でも感情的になっていない理屈のわかる人々は、もしトランプが本気で保守派裁判官を任命し議会に承認させることが出来ると確信したら気が変わるのではないかと思う。それでも絶対にトランプは嫌だと言い張るとしたら、反トランプ感情が講じて憲法最優先の根本を忘れてしまっているとしか言いようがない。トランプが生粋の保守派層の支持を仰ぎたいなら、自分がいかに憲法優先主義であるかを保守派に訴える必要がある。

トランプが自分は分裂者ではない統一者だといいたいなら、トランプ支持者によるネバートランプへの攻撃を扇動するのではなく、反トランプの共和党有権者に協力を促す努力をすべきである。親トランプ派が反トランプ派を攻撃すればするほど、反トランプ派の姿勢は強硬になる。トランプが本当のリーダーなら、その点をしっかり考えるべきだろう。

May 19, 2016, 現時間 9:45 AM | コメント (2) | トラックバック (0)

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May 1, 2016

トランスから元の性に戻った女性が語る、トランス社会女性弾圧の実態

フェミニズム

トランス女がフェミニズムを乗っ取ってしまったという話は以前から聞いているし、拙ブログでも何回か紹介したことがあるが。が、先日トランスジェンダーに関する記事を集めている4thWaveNowというブログに載った女から男(FTM)へのトランスジェンダーとして二年間生きて、一年前から生まれた性の女性に戻る努力を始めたマックスという女性の体験談を読んで、トランス社会における女性迫害及び弾圧の事実を知って改めて驚いている。

マックスは子供の頃から男勝りで男の子とまじってサッカーをしたりしていた。16歳ごろからFTMに関する書物を読みまくり、ネットでFTMのブログを読んだりFTMと呼ばれるほかの10代の女の子たちと友達になって色々話をするにあたり、自分もFTMなんだと思い込むようになった。心の片隅では自分が自分にトランスだと思い込ませようとしているという気持ちもあったが無視した。

自分の心の痛みは、単に間違った身体に生まれてきたからだと思い込むほうが簡単だった。間違っているならただせばいい。そう思ったマックスは17歳にして両乳房の摘出手術をおこない、男性ホルモン治療を始めた。

しかし本格的なトランスの道を歩み始めても心の痛みは消えなかった。完全なFTMになることで幸せになれると思っていたのにそうではないとなると、そういう気持ちを打ち明ける相手が居なかった。トランス専門セラピストはやはりFTMの元女性。マックスは自分のトランス願望は単なる自分のなかにある女性蔑視だったのではないだろうか、という質問をFTMのセラピストは一笑に付したという。

マックスの問題点は男性になりたかったというより、女性であることが嫌だったといったほうが正しい。しかも彼女の女性観は何故か女性であることが社会的に非常に不利であるという長年に渡る左翼リベラルフェミニズムの神話を信じきっていたことにある。これがサウジアラビアとかUAEとかエジプトとかの社会ならわかるが、アメリカ社会で1995年に生まれた女性がいったい社会からどれだけ虐待されているというのか、今のアメリカ社会で女性弾圧など全く馬鹿げている。若いとこうも左翼の嘘に感化されてしまうものなんだな。

ではマックスが何故男として生きることを止めたのかというと、これは男から女(MTF)へ変わろうとしているトランス女による女性虐待が大きな原因となっている。トランス社会ではMTFの権力が圧倒的に強く、トランス女たちは元々女性であるFTMに非常な敵意を抱いている。MTFは自分たちが女性として生まれてこなかったことで誰よりも迫害を受けていると主張し、女性として生まれたFTMはMTFより恵まれているのだと言い張る。元々女性に性欲を覚える男性で特にこれといった治療も手術も受けておらず、自分を「彼」から「彼女」と呼ぶように他人に強要する以外はどうみても男に見える人間が、自分はトランス女として虐待されていると主張する。

しかもこういう人間に限って自分はレズビアンだと言い張り、レズビアンの女性やMTFといった医学的な女性とつきあいたがる。自分は女だから安全だと言って女性を安心させておいて、いったん彼女の部屋にはいると強姦魔に豹変する男もいる。こうしたMTFの男たちによる暴力に苦しむレズビアンやMTFは少なくないのだそうだ。いくら女装してみても男は男だ。どれだけホルモン治療を受けていようが女は女だ。男の暴力に勝てるはずはない。だが、彼女たちがMTFによる暴力を訴える場所がない。トランス社会でMTFの女性虐待を訴えれば裏切り者として非常な制裁を受けるのだ。

また、LGBT社会においてレズビアンやMTFに対してFTMとの交際を迫られる例が多く、元々の女性としか付き合いたくない女性たちも、トランス女を拒絶することが政治的に正しくない行為として責められるのを恐れて無理やり元男のMTFと付き合っている人も少なくないという。

マックスは個人的に20人余りの暴力MTFを知っているという。犠牲者になった女性たちは内々に情報を交換してこういう悪い奴らの餌食にならないよう警戒しているというが、誰が味方で誰が敵かわからないので情報交換は非常に難しい。下手をすると「トランスフォビア」とか「ヘイター」とか汚名を着せられてひどい目にあわされるからだ。

マックスが自分はやはり女だったと気が付き女として生きると宣言したことで失った友達は数知れない。彼女は女だけの空間の大切さを知らなかったという。トランス社会では自分は女だと言い張る男たちにによって女性の空間が侵されている。だから彼女はトランス女たちとトイレやシャワー室や更衣室を共用したくないという。彼女はトランス女たちの性犯罪嗜好を十分わきまえているからだろう。トランス女が性犯罪を犯さないなど、それこそ神話だ。

マックスはトランス社会にどっぷり使っていたときは、トランス女は本当の女ではないというフェミニストの書物を読むのは厳禁されていた。彼女自身これらの書物はトランスフォビアだと思い込んで読まなかった。いまにして思えば、もっと早くにそういう本を読んでおくべきだったという。

だが、マックスはまだ20歳。まだまだ人生は長い。トランスジェンダーのヒステリアに感化されて乳房を切除してしまったり男性ホルモンを乱用してしまったりして自分の身体に取り返しのつかない害を与えてしまったことは非常な悲劇である。

私はこれまでトランスジェンダーにしろLGBTにしろ、彼らに対してほとんど何の意見も感情も持っていなかった。彼らは単に異性の格好や振りをしたいだけの変態であり、一般社会に悪影響を及ぼさない限り勝手にクイアーな生き方をすればいいと思っていた。昔は女装男を外でみかけても変な人だなと思っただけだったが、最近そういう男を見かけると吐き気がするようになった。唾を吐きかけたくなった。

LGBT活動家たちは彼らの生き方を我々一般人に押し付け、我々が何千年にも渡って伝統的に培ってきた社会的道徳観を根本から覆そうとしている。男女共同トイレ法がその言い例である。だが、こんなのはまだまだ序の口。LGBTの陰謀はもっともっと深く大きい。今我々が彼らの攻撃を食い止めなければ、今後もどんどん極端なほうへと進むであろう。

今こそ我々一般常識人は立ち上がってLGBTの横暴に抵抗すべきときである。彼らの横暴を許せば、我々文明社会に未来はない。

May 1, 2016, 現時間 9:50 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 25, 2016

左翼リベラルによる女性への戦闘攻撃

フェミニズム , 左右思想

米民主党は何年にも渡って「共和党による女性への戦闘」というスローガンを掲げてきた。しかし多々の問題を深く追求すると、実際に女性に戦闘行為を繰り返しているのは誰あろう民主党、否、いまや民主党を牛耳る極左翼リベラルたちである。

無制限移民受け入れ政策:

オバマ政権は米墨国境警備を完全に怠り、故意に無制限に違法移民の流入を許容している。これによって何度も米国で犯罪を犯して強制送還された犯罪者たちが幾度も舞い戻ってきている。こうして舞い戻ってきた犯罪者たちの犠牲になる大半は女性である。サンフランシスコで違法移民に殺された女性の例などをとってもわかるようにオバマの無制限違法移民受け入れによって、連続強姦魔が自由にアメリカを徘徊し女性を狙っている。メキシコ暴力団は中南米から逃れたい女性たちを騙して性奴隷として連れてくることも非常に多い。

モスレム優先の難民受け入れ政策

オバマ政権は難民と称してシリアなどアラビア諸国から危険なイスラム教徒を大量に受け入れている。同ブログをご愛読の諸氏には明白だろうが、モスレム難民を大量に受け入れて一番被害を受けるのは女性である。イスラム教の男尊女卑で野蛮な教えによる女児の性器切除にはじまって、ヒジャブをつけない女子への硫酸攻撃、姦淫の汚名を着せられた女性への名誉殺人、そして誰彼かまわず非モスレム女と見れば集団強姦しまくるモスレムレイプギャングたち。ヨーロッパで頻発している輪姦事件を見ればモスレム移民の大量受け入れが女性にとってどれほど危険なことであるかがわかるはず。しかもこうしたモスレム移民の悪行を指摘すればイスラモフォビアの人種差別者として沈黙を余儀なくされ、黙らなければ命を狙われる。

妊娠人口中絶無規制政策

ユダヤ・キリスト教を基盤とするアメリカにおいて、妊娠人口中絶は非常に深刻な問題である。女性が簡単に中絶手術を受けられることは女性解放であるかのように勘違いする人が多いが、実は妊娠した女性が容易に中絶手術を受けることによって一番被害を受けるのは胎児なのは言うまでもないが、妊娠中絶は女性にとっても非常なトラウマとなる

中絶が容易だと、性交という行為に女性と結婚して夫として父として生きるという責任がなくなる。となれば無責任な男どもが恋愛感情などまるでなしに女性を利用してポイ捨て出来る。セックスにさんざん利用された挙句に捨てられるのは女性のほうだ。妊娠したって中絶すればいいじゃないかと言われてしまい、結婚して子供を生み育てたいという女性たちの夢が壊される。

中絶は下手をすると後々の妊娠にも響くし、身体的には大丈夫でも精神的な打撃は計り知れない。フェミニストたちが教えない汚い事実がそこにあるのだ。

男女共同施設使用政策

表向きはトランスジェンダーの人権擁護ということになっているが、この政策で一番得をするのは女性施設への無制限な立ち入りを許された変態男たちであり、これによって一番被害を受けるのは女性たちだ。 男子トイレに女子が混ざったとしても男性は不快かもしれないが特に脅威は感じないだろう。だが、大の男が(男たちが)女子トイレに入ってくることによる女性が感じる脅威は計りしれない。トイレ程度ならまだ個室があるからいいとはいうものの、これが浴場の脱衣場や浴室だったらどうなるのか?普通の女性なら男性の存在に脅威を覚えないなどということはあり得ない。特に幼い子連れの母親だったらどう思うだろうか?

トランス女の女性競技参加許可政策

どんなに外見が女でも、医学的な男は普通の女より骨格も大きく筋力も強い。同じ訓練を受け、同じ才能のある男に対して女は立ち向き出来ない。男子を女子競技に参加させれば女子の身体を危険に及ぼす。男子ではまずまずの競技者でも女子の間ではダントツに有利だ。男子を女子競技に参加させることによって被害を受けるのは女子競技者たちである。

大学キャンパスのノープラットーフォーム政策

アメリカやイギリスやカナダの大学で横行している講演者拒否運動。どんな人々が講演を拒否されるのかといえば、イスラム教の女性弾圧を訴える元イスラム教の女性、トランスジェンダー女を医学的な女性より優先する方針を批判するフェミニスト、架空の強姦文化や男女賃金不均衡という嘘を暴くフェミニストなどである。ノープラットフォームは架空の危機を促進することによって女性たちが直面する真実の危険から目を背けさせ、女性を無知なまま危険な状況に追い込む女性弾圧行為である。真実の危険に無知であることによって一番被害を受けるのは女性だ。

銃法規制政策

銃は偉大なる均衡手段である。つまり、か弱い女性でも銃をきちんと使えば体重が二倍以上の筋肉粒々男からも身を守ることが出来るということ。強姦魔でなくても強盗が筋力では圧倒的に弱い女性を狙うのは当たり前の話し。銃法所持を規制するよって一番の被害を受けるのは女性だ。


このほかにも、左翼リベラルが押す反女性政策は色々あるが、彼らがいう表向きの理由ではなく、これらの政策が誰にとって一番得なのか、そして誰が一番損をするのか、それをよくよく考えれば、左翼リベラル政策の多くが対女性戦闘攻撃であるということがわかるはずだ。

本当に女性に戦闘攻撃をし続けているのは左翼リベラルなのである。

April 25, 2016, 現時間 10:50 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 24, 2016

米大型スーパー、ターゲットが男女共同施設を宣言して苦情殺到

ビジネス , フェミニズム

先日、アメリカの大型スーパー、ターゲットがこれより『自分が同一視できる性別の施設を自由に使ってもよい』という規則を施行すると宣言した。そのことで消費者から苦情が殺到。保守派グループがボイコットを呼びかけ24日の段階ですでに340,000人の署名がオンラインで集まったという。カカシもターゲットのフェイスブックに苦情を書き込んだが、ほんの数分で何百という反新方針のコメントが殺到していた。

先ず最初にみたのがこのコメントなのだが、それに対するターゲットの答えに笑ってしまった。

アイリーン:ターゲット、明確にしてください。ターゲットはすべての性別が男女どちらでもトイレや試着室を使うとが出来ると言っていますが、そうなのですか? ターゲットはトイレを監視していないと聞いています。そんな余裕はないと。ということは男性が男の格好をして、トランスジェンダーではなくて、単に女性のトイレをつかいたいだけの人が、小さい子供なども使っている女子トイレを使うことが出来るということですか?これはトランスジェンダーの問題ではありません。彼らには誰も気がつかないでしょう。でも明確にしてください。簡単な質問です。トランスジェンダーではない普通の男性が男性の格好をしたまま女子施設を使うことが出来るのですか?

ターゲット:ハイ、アイリーン。もっと詳しい説明が必要とのご指摘ありがとうございます。私どもはすべてのお客様に見合った性別のトイレや試着室のご使用を歓迎いたします。

アイリーン:そんなの答えになってない!

この質問に関する他の消費者からのコメントが一時間以内で800くらいついていたがターゲットの規則に抗議するものが圧倒的に多い。

ケイト:私も同じ疑問があります。ターゲットからの不明確な回答から察するにターゲットはお客への関心を失ったものと考えます。ということはお母さんたちの買い物客は必要ないということですね。結構です。もう行きません。

ライアン:ターゲットはPCリベラルに媚びへつらっているだけだ。トランスなんて、たった0.3%の人口にも満たないのに、なんで99.7%の人口が嫌な思いをしなきゃならないんだ?勝手にしろ。

もちろんターゲットの新規則に賛成する意見も少ないがいくつかあった。

ジェシカ: ターゲットには家族用のトイレがあります。そんなにあり得ないような事態が心配なら、そちらを使ったらいいじゃないですか。新規則が出来る前から男性が女性施設を使うことは出来ました。何もかわっていません。性犯罪はいまでも違法です。トランスジェンダーを責める前に性犯罪自体が許されない行為とすることに努力すべきです。

ティナ: アイリーンはヒステリーを起してるわ。

ブライアン: 男にしろ女にしろトイレで人を襲うのは違法だ。それは今も以前も変わっていない。トランス男も女もいままで普通に施設を使っていた。これからもそうするだろう。偽りの怒りは止めろよ。

800以上のコメントにざっと目を通してみたが、抗議派はトランスジェンダーではなく、ごく普通の男がこの規則を悪用して女子施設を使用することを恐れているのに対し賛成派は、トランスジェンダーを変質者扱いするな、という頓珍漢な答えか、抗議者をトランス恐怖症だとか偏狭者だと侮辱するものだけで、何故このような規則が必要なのかという説明をする人は居ない。それどころか、ブライアンのように、トランスジェンダーはこれまでも誰にも気が付かれずに自分の好きな施設を使っていたとするコメントもいくつかあった。そうであるならば、何故今更大々的に新方針として宣伝しなければならないのか。

ライアンが指摘しているように、トランスの人口はアメリカ人口の0.3%にも及ばないという。だったらそういう人たちこそ個室トイレを使えばいいのであって、50%以上の買い物客に対して親規則が嫌なら個室トイレを使えというのは理不尽だ。

カカシが何度か指摘してきたように、トランスジェンダーという概念は何も今に始まったことではない。昔はトランスベスタイド(女装男)とか、日本ではニューハーフとか呼ばれていた。外見からどう見ても異性に見えるひとなら、その外見に合わせた施設を使えばいい。コメンターのブライアンも指摘しているように、大抵の人は彼・彼女達がトランスだとは気がつかないだろうから。

問題なのはターゲットが誰でも自分が同一視できる性別の施設を使っていいと大々的に宣言したことによって、変態男たちが女子施設に入り込んで覗き行為をすることを合法化してしまったということだ。ブライアンのように人を襲う行為は今でも違法だという人もあるが、直接他人に触れたり写真を撮ったりしなくても、多くの州では現在の法律では単なる覗き行為も違法だ。だが、このような規則がまかり通るなら、男子が女子施設に入り込んで裸の女性をじろじろ眺めて喜んでいても、同室している婦女子には文句が言えないということになる。これまでなら、変な男が女子施設に居ると訴えるだけで警察を呼ぶことが可能だったのに、男子が女子施設に居るということが違法ではないということになれば、婦女子がどれだけ不快な思いをしても何もできないという危険な状態が発するのだ。

現に男女共用法を通したワシントン州のシアトル市でそういう事件が起きている。

共用法を促進する人々は、トランスジェンダーの許容を訴えるが、何故それがそんなに大事なのかという理由をはっきりさせていない。男女施設を区別することはトランス差別ではない。女装男が男子トイレに入るのがいやなら個室を使えばいいし、いやな思いをしたくないなら女装するな、と言いたい。自分から他人に衝撃を与えるような格好をしておいて、差別するなと命令するのは全く理不尽だ。それにしたってトランスはたった0.3%の人口であり、普通の市にそんな人間が全く居ない可能性のほうがずっと高い。架空のトランスのために50%に及ぶ婦女子が犠牲にされるというのはどういう理屈なのか?

もっともボイコットというのはそう簡単にはいかない。ソーシャルメディアで「もう二度と行かないからな!」なんていってても、何かが必要でターゲットが一番便利で安いからとなれば、絶対行かないというわけにはいかないだろう。カカシの場合はターゲットは近所にあるが特にしょっちゅう行く用はないのでボイコットは簡単だ。ただ、出張などして回りにターゲットしかなかったら問題。

本当のボイコットは政治知識のある保守派団体やその支持者によるものではなく、ターゲットの新規則など全く無知なごくごく普通の家族連れの主婦などがトイレや試着室で変態男に出くわしたときにはじまるのだ。

シアトル市の市営プールで女子更衣室に居た男性が施設の職員の要請を拒否して退室しなかったように、ターゲットで大の男が居座っているのを家族連れのお母さんが店の職員に文句を言って、「店の方針で男子の女子施設使用は許可されています。私どもには何も出来ません。嫌なら個室をつかってください」と言われた時こそ、このお母さんは言うだろう。「こんな店、二度と来ない!」そして彼女は家に帰って家族や隣近所や友達にその恐ろしい体験談をし、誰も彼もが「そんなことになっていたとは知らなかった。二度と行かない」となれば自然とボイコットは成功する。

それにしてもターゲットは、もしこの新方針を悪用して変態男による犯罪が生じた場合の訴訟などについて全く考えなかったのだろうか?そんなことは絶対におきないという左翼リベラルの口車に乗せられてしまったのだろうか?

ターゲットの新方針がターゲットの売り上げに響くかどうかは、現在ターゲットに寄せられた苦情だけでははっきりしない。今後数ヶ月の間に人々がどのような形で不買行為をするかにかかっている。私は組織的な不買運動というのは好きではない。ただ、より多くの消費者にターゲットの新方針をはっきり伝えることは大切だ。それによって消費者がターゲットでの買い物をするかどうかは、個人の判断に任せるしかない。

この問題はいずれ資本主義の市場が解決してくれるだろう。

つけたし:日本語でこの件について書いてるリンクを張っておこう。おんなじことに関しても、ずいぶん意見の違いがあるものだ。

『ニックネームとかもう恥ずかしい年頃の30代半ば女』のブログ「ボイコット」

オレは女だ。 女湯に入れないのは差別だ!! LGBT

April 24, 2016, 現時間 10:23 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 22, 2016

男女共同トイレも支持、左翼リベラルの本性を現したトランプ

フェミニズム , 同性婚

アップデートあり、後記参照のこと

常に自分は政治的に正しくない人間と言い張っているドナルド・トランプだが、先日トランプは戸籍上男子の女子施設使用禁止法律を通したノースカロライナ州について意見を聞かれたとき、NC州の法律は極端で、法律など通さずににそのままにしておくべきだったと語り、ケイトリン・ジェナーのようなトランスジェンダーが女子トイレを使用することにも全く抵抗はないと語った。

はっきり言って「そのままにしておく」ことを拒否して男女共同施設の施行を始めたのはシャーロッテ市であり、ノースカロライナ州はその非常識な規則を覆すべく新法の発足を余儀なくされたのである。

ま、それはそうとしてだ、共和党保守派なら絶対に同意できない男女共用法をトランプが簡単に支持してしまうということに自称保守派のトランプ支持者たちは目を向けるべきである。トランプは常に自分は政治的に正しくないことでも平気で言うという姿勢をとってきた。トランプファンがトランプが好きな大きな理由はトランプが政治的に正しくないことを誰に遠慮するでもなく堂々と発言してしまうことにあったはず。トランスジェンダー許容のトイレ法はその政治的に正しいPCそのものだ。何が反PCなのか?

それでもトランプ支持者たちがトランプに愛想をつかす気配は全くない。ということは、トランプの支持者たちは元々保守派などではなかったということだ。

トランプだけではないが、NC州の法律が通ったおかげで、有名人や大企業がNC州で商売をする気はないというボイコットをはじめた。これは一時的にはNC州に経済的な痛手を負わせ、また同じような法律を通そうとしているほかの州にも牽制をかけることになるという狙いもあるのだろう。だが、思うに、このような強硬手段はかえって逆効果なのではないかと思う。

私はこの問題が大々的に全国的に取り上げられることは非常によいことだと思う。なぜならば、これまで左翼リベラル連中はこれらの男女共同施設規則を水面下で潜伏的におこなってきた。一般市民たちは全くそんなことに気がつかないでいたので、カリフォルニアなど学校区が勝手に通した規則を覆す運動がなかなかはかどらなかった。しかし、こうやってメディアが大々的に取り上げることによって、左翼リベラルの押してきた法律は単にトランスジェンダーを差別しない法律ではなく、女子施設に無差別に男子を入れる法律であることが多くの人々に理解されるようになったからだ。

どれだけ政治的に正しくいたいと思っている人々でも、普通の女子がみしらぬ男子とお手洗いや更衣室や浴場を共用したいなどと思うはずがない。この間もトランスジェンダーのリアリティー番組を制作している女性スタッフが男女共同お手洗いについて苦情を述べているという記事を読んだが、口でなんと言おうと実際にこういう規則が施行されて迷惑を蒙るのは女性である。

私が思った通りかどうかはわからないが、4月12日から19日の一週間で男女共同施設を支持する率が46%から38%に下がったそうだ。支持率が46%もあったというのは驚きだが、思うに支持すると答えた人々の多くはトランスジェンダーを差別しないような施設を設置すべきといった考えで支持したのではないだろうか。実際に左翼リベラルの法律が女子施設に女性に否応言わせずに無差別に男子の使用を許可するという内容であることを十分に理解して支持した人々が46%もいたというのは信じがたい。

ここ一週間で8%もの支持率が減ったということは、やはり問題が大きく取り上げられて、その内容の実態への理解度が深まったからなのではないか。

とすればこれからもこの問題はもっともっと大きく取り上げられ、賛否両論どんどん議論を交わしてもらいたいものだ。

アップデート:4・23・2016、ドナルド・トランプはこの翌日、フォックスニュースのショーン・ハナティー司会の番組で、トランスジェンダー男女共同トイレ法に関する見解を撤回した。トランプがNC州の法律を批判した際、保守派の間ではトランプが意見を撤回せざる終えなくなるだろうと予想していたが、やっぱりそうなった。何故トランプがしょっちゅう自分の見解を撤回したり釈明したりしなければならないのかといえば、トランプは保守派の振りをしているだけで本当の保守派ではないので、保守派が多々の問題についてどのような見解を持っているか無知だからである。共和党の候補として出馬したからには共和党のプラットフォームくらい勉強してもよさそうなものなのだが、そういう努力を全くしないのがトランプだ。もっともトランプファンはそんなことには全く興味がないようであるが、、

April 22, 2016, 現時間 8:15 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 10, 2016

あなたの脳は男性的?それとも女性的?

どうでもいいニュース , フェミニズム

この間フェイスブックであなたの脳は男性的?それとも女性的?というクイズがあったのでやってみたら、50-50という結果が出た。(笑い)私の脳はかなり中性的ってことらしい。ちなみにミスター苺にもやらせてみたら75-25で圧倒的に男性頭脳であることが判明。よかったね、下手したらトランスジェンダーと言われるところだったもんね。

ま、こんな10足らずの質問で誰かの脳が男性的か女性的かなんてわかるはずはないが、例え異性的な脳だという結果がでたとしても、女っぽい男や男っぽい女がいるのは当たり前でそういう個人差があるから世の中は面白いのである。誰もが性別のステレオタイプにキッチリとはまる必要はない。

以前にマツコ・デラックスが出演していた番組で、女性と男性の考え方の違いについて特集しているものがあった。その時トランスベスタイドのマツコさんは「あたしってこういう女性と男性の違いについての番組にいくつか出てますけど、その度に自分は男なんだなあとつくづく感じるわ」と言っていた。マツコさんの場合は女性の振りをしているというより、女装男というキャラクターを演じているだけで、自分が女だという意識は全くないようだ。

リンクしたサイトは日本語なので、皆さんも暇があったらやってみてはいかがかな?

April 10, 2016, 現時間 9:43 AM | コメント (1) | トラックバック (0)

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April 7, 2016

意外に多いトランス女による女性攻撃

フェミニズム

アップデートあり:

前回も話したトランス男女の公衆施設共用法について、カカシがあまり焦点をあててこなかったトランス自体の性犯罪について語りたいと思う。カカシも含めて共用法に反対な区別派の議論は、トランス女が女子に危害を与えることを恐れているのではなく、トランス女を装った変態男が女子に危害を与える可能性をおそれているのだというものである。共用派のほうもトランス女が女子を襲った例はゼロだと主張する。だが実際には、トランス女が犯した性犯罪の例は意外と多いということを知って私は驚いた

このサイトに記載されている50件以上のトランス女の犯罪をみてみると、我々があまり意識していない変態の実情が明らかになる。いってみれば我々はトランスジェンダーとは何なのかということをきちんと理解できていないということだ。

色々読んでみて私なりに考えてみたところ、大きく分けてトランスジェンダーには二通りあると思う。

1) 子供の頃から女の子っぽく、恋愛対象や性交渉の対象は生物学的な男性のみ。物心ついたときから自分は女性だと感じていて、男っぽいことは何一つしたことがない人。見かけもなよっとしていて女性と言っても十分通用する。

2) 男でありながら自分が女性であると考えることで性的快感を覚える人。自分は女だと想像しながら女性と性交することを好む。トランスジェンダーだとカムアウトする以前は極普通の男性として結婚もし子供を持ったり、軍隊の特別部隊とか、戦闘パイロットとか、フットボールの選手とかいった男っぽい仕事をしていた。(手術後もそういう仕事を続ける人も多い。)

問題になるのは第二のカテゴリーにはまる男たちだ。これらの人々は自分は女だと精神科医に訴えたり自分に言い聞かせたりしてはいるが、およそ女らしい行動をしていない。女装趣味があるという以外は完全に男であり、男に見える人が多い。

性犯罪を犯すトランスジェンダーはこの第二カテゴリーにはまる人がほとんどである。同サイトに掲載されている自称トランスジェンダーの犯罪者の例をちょっと挙げてみると、、

テキサス州のダラス市、ポール・ウィザースプーンという男は幼児性虐待の前科者。保釈中にトランスジェンダーを主張して女子トイレに入り罰金を課されるが、自分は女であり女子トイレに入る権利があると主張。

カリフォルニア州、リチャード・マスブラッチは自分のアパートの女性管理人を縛り上げて電気ショックで拷問した後に強姦。終身刑を言い渡されたが、受刑中に自分はトランスジェンダーだと主張して女性収容所への移行を求め認められた!

オーストラリア、ノエル・コンプトン・ホールはヒッチハイカーを殺害し22年の受刑中、トランスジェンダーを主張して女性刑務所に移された。女子刑務所移行後三ヶ月もたたないうちに女子受刑者を何人も強姦し、一人には妊娠までさせてしまった。

カナダ、カルガリー市、マシュー・ハークス。5歳から8歳の幼女を60人以上も性的に虐待した変質者。たった7年という受刑後、自分はトランスジェンダーだと言い張り、今は女の振りをして生きている。カナダではすでに共用法が施行されているところが多いので、ハークスは合法に女子施設を使用できる。

私は女性用の施設に覗きや写真撮影を目的に入り込む女装男の事件について、犯人の男たちが女装をしているのは単に女性施設への入室を可能にするための変装だと思っていた。だが実は、女性に扮するということに快感を覚える変態も多くおり、自分が女だという妄想を持って女性に乱暴を働くことに喜びを見出す人間も多いようである。

自分が女だと思っている以上、性犯罪者でもトランスジェンダーであることに変わりはない。となれば、こういう人間が女性施設に入ることは共用法が通れば可能となる。既存の法律では、女装男が女性施設に入ること自体が犯罪とされるので、こういう犯罪者が女性施設に容易に入り込むことは出来ない。だが、共用法が通れば、このような性犯罪者が堂々と大手を振って女子専門施設に入ることができるようになるのだ。

共用派はこれらの犯罪者は本物のトランス女ではなく、トランス女を装った変質者だというかもしれないが、先に上げた受刑者の二人の例でもわかるように、本物のトランス女か女装趣味の変質者なのか、精神科の医者でも区別がつかないのに、我々一般人に区別がつくわけがない。

共用派たちは共用法が通った市や学校などでは特に問題は生じていないと主張する。だが、これらの市の警察や学校区の教育委員会などは共用派からの圧力を受けているから、問題が生じていてももみ消している可能性は大である。

たとえば、先日も上げた市営プールの更衣室に男性が居た件など、プールの職員は警察を呼ばなかった。共用法律上、男子が女子更衣室に居ることは違法ではないからだが、プールを使用していた女性客からは苦情が出ていても警察が呼ばれていない以上、警察の記録には残らない。

トランス共用法を悪用して性犯罪を犯した例は一件しかないというこの記事では、体験談は証拠とは言えない。犯罪率の統計こそが真実なのだと主張する。だが、犯罪が警察に届けられなければ犯罪としての記録は残らないわけだから、警察の記録だけでは統計として不十分である。だいたい共用法を悪用して性犯罪を犯した例がカナダで起きた一件だけというのは嘘である。最初に紹介したサイトでは、自称トランスジェンダーによる性犯罪事件を何十件も紹介している。

これは銃法取締法についての議論で、銃が自衛には役に立たないと主張する人々の議論と共通する面がある。反銃派は自衛で犯罪者が被害者に殺された事件だけを数えて、犯罪者に銃で殺される被害者の数のほうが銃で犯人が殺される数よりもずっと多いことから、銃による自衛は効果がないと言い張る。銃が一度も発砲されず、単に銃を見せて犯罪者をおっぱらったというような犯罪を未然に防いだ場合には警察の記録にも残らないので、銃が自衛に使われた例の統計には含まれないのだ。

こうした統計を正しく取るためには、一般市民へのインタビューで、「銃を使って身を守ったことがあるか?」というアンケート調査をする必要がある。それと同じで、共用法が通ったことで問題が起きているかいないかは、警察や学校への問い合わせだけでなく、これらの地区に住む人々へのアンケート調査が必要だ。

アンケートでは、共用法を施行している学校などの更衣室を使って何か不自由なことはあったか、と言う質問を生徒や父母に聞いてみる。共用法を施行しているスポーツクラブや市営プールなどでも、使用者や施設の管理人に問題があったかどうか聞いてみる必要がある。

それに、共用法が施行されている公衆トイレで、いかにも男性という人が入ってきても、一般女性が脅威を覚えたり不快感を持ったりすることは「問題」とされない。いかに女子使用者たちが施設の管理人や職員に苦情を述べても、合法である以上誰にも何も出来ない。ということは、どれだけ女性たちが嫌な思いをしたとしても、これは問題が起きている数には含まれないのである。

男子が女子施設を使用している場合、特に犯罪とわかる行為に及ばない場合には、これまでであれば痴漢行為と思われる行為も必ずしも犯罪として取り扱われなくなる。つまり、これまでなら女子更衣室やシャワー室の壁に穴をあけて覗き見していた男が、トランスジェンダーを装って女子施設に入り、回りに気づかれないように女性の裸を見て楽しんでいたとしても、回りの女性たちには何も言うことができない。

大学キャンパス内での架空の強姦の文化をでっちあげ安全地帯だなんだとがなりたてているフェミニストたちは、ことトランス女たちがかもし出す女性への脅威については沈黙である。いやそれだけでなく、男性に邪魔されない女性だけのプライバシーを守ることを主張する人々を「トランスフォビアだ!ヘイターだ!」とトランス女たちと一緒になって侮辱する。

女性を自称トランス女の変態男から守る安全地帯は必要ないのだろうか?

アップデート:

トランスジェンダー男女共用法を施行している施設で何の問題も起きていないという共用派の主張は信じられなかったので色々検索していたら、こんな記事を見つけた。

これは、先日シアトルの市営プールでの事件が起きたのと同じワシントン州のピアース郡とキッツアプ郡のYMCAにおいて、トランスジェンダー男女共用法を施行したところ、子供たちの安否を気使う親たちから1000以上も苦情が殺到したという事件。

去年の4月、二つの郡にあるYMCA施設においてトランスジェンダーが自分の好む更衣室を使用することを許可する規則を施行したが、それについてYMCAは施設を使用する青少年やその親たち、及び従業員やボランティアたちにも、規則の施行について公式な発表を怠ったことから、心配した親たちから苦情が殺到したのである。

同YMCAでボランティアをしているジル・ハーマンさんという女性は、新しい規則では誰でもどちらの更衣室に勝手に入ってこれるようになっており、子供たちを危険にさらすものだとラジオのインタビューで答えている。

「だれかが(どちらの更衣室にでも)入ろうとするのを(従業員)は止めることができないのです。駄目だということが出来ないのです。つまりどんな男でも『私はトランスジェンダーだ』といえば(女子更衣室に)入れるのです。」

「従業員も知りませんでした。一般の人も知りませんでした。YMCAは会員にも入会希望者にも知らせないつもりだったのです。」

ハーマンさんはYMCAの地方幹部に問い合わせたところ、YMCAはトランスジェンダー許容について色々な対策をとって、公民館で公聴会もひらき50人の一般人が参加したといいわけをしたそうだ。父母の間からは更衣室のドアに新しい規則についての説明書を張るべきではないのかという質問があったというが、YMCA側の回答は単にトランスジェンダーの人権云々のみで、会員の身の安全についての説明は一切なかったという。

ハーマンさんは、異性が同じシャワーを浴びるなど考えられないとし、裸の男が女子更衣室にいたら、それはセクハラだとも語った。しかしハーマンさんはYMCAから「新しい規則が不快な人は個室をつかえばいい」と言われたそうだ。

なんで1%にも及ばないトランスジェンダーのために50%の女子が個室を使わなければならんのだ?トランスジェンダーのほうこそ個室を使うべきではないか。

さて、ハーマンさんのラジオインタビューの話が地元新聞で取り上げられると、YMCA会員や会員を子供に持つ両親などから1000通以上の苦情がYMCAに殺到した。なにしろYMCAは会員にもその両親にも新規則について全く公表していなかったのだから親たちが怒るのは当たり前だ。

あまりの苦情に驚いたYMCAは急遽規則を変更。トランスジェンダーは家族用の個室を使い、一般の更衣室への入室は許可しないことにしたという。

YMCAが当初、新しい規則について公式な発表をしなかったのは、トランスジェンダーの会員は比較的少ないため、特に影響はないと思われたからだという。

共用法を通した州や市や学校区で、同じような問題がいくつも起きているはずだ。いったいどのくらいの問題をメディアはもみ消しているのだろうか?

地元LGBTの代表者はやたらに恐怖を煽るような言動が未だにあるのは嘆かわしいみたいなことを言っている。

April 7, 2016, 現時間 2:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 3, 2016

女子シャワー室に男が!俺は女だ、悪いか!

フェミニズム

今年の2月、ワシントン州のシアトル市営プールの女子更衣室に男性が居るという苦情が出て、プールの職員が男性に立ち退くよう命令した際に、自分にはそこに居る権利があると男性が居直るという事件がおきた。問題なのはこれが単なる痴漢さわぎではなく、男性は何故か女子更衣室に入る権利があると言い張ったことだ。

シアトル市はトランスジェンダーが自分らが同一視する性別の公共施設使用を許可している市で、今年の2月にその規則を覆そうとする州法が負けたばかり。

プールの職員は警察を呼ばなかった。それというのも、こうした公衆施設において、トランスジェンダーによる更衣室使用をどう扱うかという指導が全くされていなかったことから、職員らは自分には女子更衣室に居る権利があると主張する男性をどう扱っていいのかわからなかったからだという。

職員の話によると、男性は別に自分はトランスジェンダーだと名乗ったわけでもなく、職員たちは更衣室の中にいた女性たちからの苦情を聞くまで男性が女子更衣室に居ることを知らなかったという。

トランスジェンダーを巡る公共施設使用の法律が全国各地で取りざたされている。法律の名前は各地で違うので、混乱を防ぐため同ブログではトランスによる異性トイレ使用をみとめよとする法律を男女共用法、生まれた性の施設のみ使用せよとする法を男女区別法と呼ばせてもらう。

区別派は共用をゆるせばトランスを装った痴漢が出るという主張をしているのに対し、共用派は共用法が通された学校区や市において何の問題も起きていないとしている。特に共用派は共用法を通せば公衆トイレでの痴漢行為が増えるという区別派の説はすでに完全に破壊された神話であると主張する。

同ブログでは以前にも左翼リベラルが好んで使うdebunking myths(ディバンキングミス=破壊された神話)という言葉使いについて書いたが、普通相手の説をディバンクしたと言った場合、それは相手の説が間違っていると証明したという意味で、神話というのは全く事実無根のおとぎ話であるという意味である。しかし左翼リベラルがこの言い回しをするときは、全くそういう意味では使われていない。彼らが「あなたのいいぶんはすでに破壊された神話である」と言った場合、それは「嘘だ嘘だ嘘だア~」という意味。つまり、まるで根拠もなく相手はうそつきだと言い張る行為である。

私はネットで「破壊されたトイレ法の神話」で色々検索してみたが、どれを読んでもだいたい、共用法を通したどこの市や地区でも区別派がいうような犯罪は起きていない、と書かれているだけで、どうやってそういう犯罪が起きていないと証明したのかという調査結果が示されていないのだ。

また、あるLGBT系のサイトによれば、共用法が通った後にトランスジェンダーが性犯罪を犯した例はない、とあった。誰もトランス女を女子トイレに入れたらトランス女が女性を襲うなどとは言っていない。トランスに扮した変態男が女性を襲う可能性について述べているのである。こういうのを藁人形論理というのだ。

共用法が通っても特に問題は起きなかったということを証明するためには、共用法の通る前の公衆トイレや脱衣場などにおける犯罪率と通った後の犯罪率とを比べ、女装した男やトランスに扮した男による犯罪はまるで増えていないという調査結果を出してこそ、相手の説は間違っているということが証明されたということになる。だが、神話は破壊されたとするどの記事を読んでみてもそうしたしっかりした調査結果を提示しているところはない。法律が通った市の警察や職員へのインタビューではそのような結果は出ていないとする記事でも、どういう質問をしたのかという詳しい調査書が提示されていないので簡単に信用することは出来ない。

さて、シアトルの事件に話をもどすと、時期的にシアトルの共用法を覆す州法の是非が問われている時期だったこともあり、シアトルのこの男性は、もしかしたら区別派で、わざと女子更衣室に入ることによって共用派の問題点を象徴しようとしたのではないかという意見もある。だが、男性の意図は別として、現実にこういう男性が現れた場合、市の職員はどう対応すべきなのか全く指導されていなかったというのは事実である。

以前にも紹介したが、一足先に男女共用シャワー室を設立したカナダのトロントの大学では去年10月、男女共用シャワー室で女子学生の裸姿をスマホで撮影した男子生徒が逮捕された事件があった。こういう事件に関しても、共用派は、覗きや痴漢行為はすでに犯罪なので共用法が通ったからと言って犯罪が増えるという理屈はおかしいという。だが、問題なのは、犯罪は起きてしまってからでは遅いので、最善の方法は犯罪防止である。女子施設に明らかに男性に見える人間の入室を許可した場合、女子トイレや更衣室に男性がいると苦情を受けても、施設の経営者や職員たちにはその男性を退去させる正当性がなくなるのだ。この間ノースカロライナで共用法を覆す区別法が通ったが、その時、スポーツジムを経営する男性が、共用法がまかり通れば、ビジネスオーナーとして女子更衣室を使おうとする明らかな男性を追い出す権威を失うと訴えた。

女装したりトランスを装った男による覗きや痴漢行為は決してめずらしくない。(こちらのフェミニストのサイトでそういう例をたくさん集めている。)
先日ロサンゼルスで、女装した痴漢男が女子トイレでトイレを使用している女性の姿を何時間にも渡って撮影していてつかまったという事件がおきた。

日本でも、去年の11月に白浜の温泉で女装した男が女湯の脱衣場にはいってスマホ撮影をして逮捕されたという事件がおきている。

カナダでは、トランス女を装った痴漢男が女性用シェルターに入り込み、センター住人の女性を数人強姦するという事件もおきている。

共用法が当てはまるのはトイレや脱衣場だけではない。刑務所の場合も問題がある。刑務所は明らかに男子と女子が区別されているが、腕力や暴力がものをいう刑務所で、元男性のトランス女が女子刑務所に収容された場合、このトランス女の男性特有の暴力性や腕力によって普通の女子収容者が危険にさらされるのは目に見えている。

またここではっきりしないのは、いったいトランスジェンダーとは何なのかという定義だ。トランスといっても色々ある。身体的には完全に男(女)なのに精神的には女(男)だと思い込んでいるだけからはじまって、ホルモン摂取や整形もしているが性器はそのままの中途の人や、性転換手術もしっかり行なって戸籍まで異性に変えてしまったひとなど色々である。

どうみても異性に見えるまで変わってしまった人は別として、どっちつかずの人やどう見ても異性には見えない人たちが「私はトランスだ!」と言い張った場合、ビジネスや公共施設の職員たちはどう対応したらいいのだろうか?

こういう過激な法律を通すときは、事前に法律を施行する際の実践的な手続きについてもっと考慮すべきではないのか?単に反対派の意見は神話だと言って切り捨てるのではなく、こうした心配について、もっときちんとした答えを用意すべきである。そうでないと先のシアトルでの事件のように、職員たちはどうしていいかわからず戸惑うという結果になるのだ。

共用法を通した人々はこのような混乱について全く考慮していないのか、いや、ミスター苺いわく、その混乱こそが彼らの本当の目的なのかもしれない。

女装した男が女子施設に侵入した事件色々、上げたらキリがないんだよね。

女マネキンに化けてショッピングモールの女子トイレに侵入した男。

女装して大学の女子更衣室に侵入して女子学生の裸を撮影していた男。

女装して女子脱衣場に入った覗き常習犯男、再度逮捕される。

April 3, 2016, 現時間 10:17 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 2, 2016

ドナルド・トランプ、度重なる女性への侮辱に女性票は減る一方

アメリカ内政 , フェミニズム

三月中旬のCNN世論調査で73%の女性有権者がトランプに良い感情を持っていないと答えていることがわかった。最近持ち上がった多々ある女性攻撃もその原因ではあるが、元々トランプは女性にいい感情を与えない傾向がある。

女性有権者の「良い感情をもてない」率は去年の12月の59%から14%も上がっている。共和党内ですら12月の29%から39%へと10%も増えている。ちなみに男性有権者で「良い感情をもてない」率は54%で、去年から特に変化はない。

ドナルド・トランプが女たらしなのは自他ともに認める事実である。トランプは最初の奥さんと浮気が原因で離婚したが、浮気相手だった二度目の奥さんとも、三人目の奥さんとの浮気が原因で離婚している。三人とも元モデルで似たようなタイプの美女。数年ごとに新しいモデルの車、、じゃない嫁に、取り替えているというわけ。その間にも人妻だの権力者の女性と浮気した話など、トランプは長年に渡って恥じも外聞もなく自慢してきた。トランプには女性に対する敬意というものが感じられない。トランプにとって女性は単なる欲望の対象及び飾りに過ぎない。典型的なミソジニスト(男尊女卑思想者)である。

リアリティーショーのテレビスターで居る間はそれでもよかったかもしれないが、大統領候補となっても全く変わらない女性蔑視な態度が女性有権者の間から非常な嫌悪感をかもし出している。

日本でも浜村淳さんのラジオで紹介されたくらいだからすでに話題になったのだろうが、反トランプでクルーズとは無関係な政治団体がトランプの妻のヌード写真を政治広告に使ったことに怒ったトランプは、自分の奥さんの裸の写真とクルーズの奥さんが変な表情をしている写真を両方に比べて『俺の嫁はお前の嫁より美人だ』とツイートして非常な顰蹙を買った。

次に起きたのがトランプの選挙運動事務長がミッシェル・フィールドという女性記者の腕をつかんで青あざをつくった事件。フィールドがトランプ事務局に自分の勤めていた新聞社を通じて苦情を述べると、トランプはフィールドを「妄想をみている」とか「注目を浴びたがっている売女だ」などと公の場で侮辱し、フィールド記者が数年間前にウォール街占拠の取材中に逮捕されたことなどを持ち出して記者の住所まで公開したため、フィールドは警察に被害届を出すに至った。

どちらの出来事も、トランプ次第でどうにでもなる些細な出来事であった。それを我々が何日にも渡ってテレビやラジオやネットで聞かされ続けている理由は、ひとえにトランプの反応にあるのである。

トランプ夫人のヌード写真が政治広告に使われたことに関して、トランプが「うちの嫁は美人じゃろう、、、」と笑って済ませばそれで済んだものを、わざわざ容姿が売り物のヌードモデルの嫁の写真と写真写りのよくない他人の奥さんの写真を比べて相手の奥さんを侮辱するなど、やり方がゲスで幼稚である。クルーズの「トランプの奥さんは愛らしい人だが、(夫人の)ハイジは私の愛だ。」という大人な反応とは対象的だ。

そういうやり方は卑怯なのではないかとのCNNのアンダーソン・クーパーからの質問に対し、「最初にやったのはクルーズのほうだ」などと答え、質問したクーパーに「五歳児のようないいわけ」だと批判された。

フィールドの件にしてもそうだ。最初に苦情を訴えられたときに「事務局長はやりすぎた。怪我をさせるつもりではなかった。申し訳ない。」と謝ってしまえば済んでいたものを、被害届けが出されてもトランプは謝るどころか、かえって記者への攻撃を激化させた。最初は、誰もフィールドの腕を掴んでいないといっていたのに、フィールドが腕を掴まれたビデオが公開されると、フィールドこそがトランプの腕を最初に掴んだので事務局長は記者をトランプから引き離そうとしたのだなどと嘯いた。

リベラルでMSNBCのクリス・マシューズですら、「偶然誰かにぶつかった時ですら、謝るのが礼儀というものではないですか。謝ってしまえば済んだことではないんですか。」とまともな質問をしたが、トランプは謝ったところで同じことになったと全く反省の色を見せない。

ことトランプの報道となると、トランプ支持のブレイトバートやフォックスニュースより左翼リベラルメディアのほうがまともに見えてしまうという恐ろしさ。まったくどうなっているのだろう?

さて、この二つの事件に続いてとトランプはまたもや女性の神経を逆撫でするようなことを言った。同じくクリス・マシューズから、妊娠人工中絶を反対する宗教家の間では中絶を受けた女性も罰せられるべきだという考えがあるが、どう思うかと問われると、女性に対してもなんらかの罰が処されるべきだと答えたのである。

中庸及びリベラル系の女性は人工中絶を違法化すること自体賛成できないのに、法律を変えて女性を罰するなどという考えは断固受け入れられない。だが、人工中絶は違法化すべきと考える保守派の女性でも、中絶を受ける女性もまた降ろされた胎児と共に「被害者」であるという考えが強く、女性を罰するなどとんでもないという姿勢なのである。長年民主党員だったトランプはそんな基本的な共和党の姿勢にすら無知なのである。

無知といえばトランプは政治家として必要最低限の知識もない。オバマより劣るのではないかと思われるほどひどい。それについてはまた回を改めてしよう。

April 2, 2016, 現時間 8:55 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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March 27, 2016

女子トイレに男を入れるな、でもトランス男はどうなる?

フェミニズム , 同性婚

この間ノースカロライナ州でバスルームプライバシー法という公共の場における異性のトイレやシャワーの使用を禁止する法律が通った。左翼リベラルはこれは反トランスジェンダー法だと言い張るが、州としては主に公衆トイレやシャワーなどで女性のプライバシーを守るためという理由から出来た法律である。

なぜそんな当たり前の法律を今更通す必要があったのかというと、ノースカロライナ州のシャーロッテ市の市議会がトランスジェンダー保護を名目に、ビジネスや公共施設において自分に適したと感じる性別の施設使用を保証させるという規則を通そうとしたからである。ノースカロライナ州のパット・マクローリー知事はシャーロッテがそのような規則を通した場合には、自動的にそのような規則を禁じる州法律を通すと警告していた。シャーロッテ市議会が知事の警告を無視して規則をつくってしまったため、今回の法律が通ることとなったのである。

しかしながら、トランス社会の間から、同州は女装した変態男のことばかりに注目して、トランス男(女から男へ転換した人々)のことは全く眼中になかったのではないかという意見が出ている。

大抵の場合、我々はトランスジェンダーというとMTFと呼ばれる女装男性のことを想像する。テレビ番組などで女性より色っぽいきれいなオネエさんたちをよく見るせいなのか、FTMの存在は忘れがちになる。

しかし実際には、女から男へのFTMのほうが実際の性別は非常にわかりにくい。男性は骨格が女性と違うので女性ホルモンで多少まろやかな線が出ても、全体的にはやはり男だとわかる人が多い。だが、女性が男性ホルモンを得て筋トレなどして筋肉隆々になったりすると、意外と男性として通ってしまう人が多い。

で、今回のノースカロライナ州の法律では出生届けの性にあった施設を使うとあるそうで、だとすると髭もじゃの筋肉隆々のどうみても男性にみえるFTMも女性私設を使用しなければならなくなるという理屈だ。

だが、はっきり言ってこういうのは重箱の隅をつっつくような理屈だ。どちらでも自分の外見にあった私設を使えばいいではないか。

今はどちらのトイレを使っているのだ?

トランスジェンダーリズムは別に今にはじまったことではない。もう30年以上も前からホルモン治療とか性転換手術は行なわれていた。これらの人々は特にトランスを守る法律などなくても普通に暮らしていた。ノースカロライナの法律はトランス女を装った痴漢に女性が襲われたりするのを防ぐことが目的なのであり、トランス男が男子トイレに入るのを禁止したり、女子トイレ使用を強制したりすることが目的ではない。誰もトイレの前で出生届をチェックしたりするわけではないのだから回りに迷惑のかからないように好きなほうに入ればいいだろう。

ミスター苺は、トランスジェンダーがどちらのトイレを使うかということは、実はトランス保護トイレ法を推し進めている左翼リベラルにとってどうでもいいことなのだという。本当の目的は常に一般の人々を不安定な状況におくことにある。トランスジェンダーは今のところその道具とされているだけだ。

March 27, 2016, 現時間 3:52 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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March 26, 2016

幼児のトランス治療は幼児虐待という声明文に物申す!

フェミニズム , 同性婚

先日紹介したアメリカ小児科医学大学(ACP)の幼児期におけるトランス治療は幼児虐待だという声明文に早くも反論が載ったので紹介しよう。

まずこの反論はACPが小児科医の団体を装った反LGBTのヘイトグループだと断定している。どうして左翼リベラルが議論するときは相手側を単に「意見の違う人々」とせず「憎しみを持つ人々」というふうに表現するのだろうか?幼児の身の安全を守るという立場は同じでも、単にそのやり方が違うだけだという考えはまるで受け入れられないらしい。常に自分らのやり方が最善なのであり、それ以外のやり方はあってはならないものという左翼リベラル特有の奢りである。

反論の著者はザック・フォード。記事の載ったシンクプログレスというのは極左翼サイト。フォードによると私がアメリカ小児科医大学と訳したThe American College of Pediatricians (ACP)という団体はまともな小児科医の団体ではなく極右翼の政治団体で、その会員数せいぜい300人なんだそうだ。ACPを会員数6万人の正規の小児科医師会ザアメリカンアカデミーオブペディアトリックス(the American Academy of Pediatrics)と混乱すべきではないとしている。

たしかにフォードのいうとおりACPは医師会というより小児科医300余名で成り立つ保守派市民団体だといったほうがいいだろう。だがそうだとして、彼らの言っていることが間違っているかどうかはまた別である。フォードに言わせるとACPの声明内容はすでにその間違いが証明されているものばかりだと主張する。

まずフォードはACPはすべてのトランスジェンダーが精神病患者だと決め付けているが、ACPが引用しているDSMでは全くその正反対のことが書かれているという。まず下記は先日私が書いたACP声明の意訳だが、

一個人が自分が別のものであるように感じるというのは混乱した思想である。医学的に健康な男児が女児であると信じたり、医学的に健康な女児が男児であると信じたりするのは、客観的にみてこれらの子供たちの心の根底に精神的な問題が存在するものであり、そのように治療されるべきである。これらのこどもたちは性別齟齬(GD)もしくは(GID)と言われる精神病でアメリカ精神医療鑑定と統計教本(Diagnostic and Statistical Manual of the American Psychiatric Association (DSM-V))にも記されている。

まず、ACPは性別を混乱している子供たちがすべて精神病患者だとは言っていない。それはフォードの勝手な歪曲である。ACPは単に、性別を混乱して悩んでいる子供たちは心を病んでいるのであって身体の病気があるかのような外的な治療をすべきではないといっているのだ。

DSMには、生まれた性に適応しないということ自体は必ずしも精神病とは言えないとされ、自分が異性だとはっきり主張し、それを悩んでいる場合のみ治療されるべきだと書かれている。

もともとACP声明は思春期を遅らせるホルモン投与治療を受けるような子供たちについて書かれているわけで、病気でないなら治療など必要ないはずだ。治療を受ける必要がある以上こういう子供たちは必然的にGender Dysphoria= GD(性別齟齬)という診断がされてしかるべきだ。

トランスジェンダーが病気ではないなら何の治療も必要ない。だとすれば子供たちが単に異性っぽい嗜好があるからといって親が悩む必要はない。危険なことや違法行為に至らない限り好きなようにさせておけばいい。どうせ思春期がくればGDと診断された84%の子供たちが自分の性を受け入れるようになるのだから。

フォードは『84%以上の子供たちが、、、』という「神話」はすでに「間違っていると証明されている」調査結果を基にしたもので、この数字は全く正しくないと言い張る。

フォードがいうに、この調査の対象となった子供たちはGDと診断された子供たちだけでなく、単に自分の性に違和感を持っているというだけの子供たちも対象にされていることと、対象となったサンプルの数が少なすぎる点などをあげ、この調査結果は無効であると断言している。

フォードは「間違っていると証明されている調査」というのを直接リンクせず、その調査の誤りを完全に暴露したとされる記事にリンクしていたので、カカシはそこからまたリンクをたどって元々の調査のリンクにたどり着いたのだが、そのサイトに載っているのはアブストラクト(摘要)だけだった。しかし、そのアブストラクトを読む限り、幼年期にGDと診断された10代の子供25人を対象に調査を行なったとあるので、フォードがいうGD以外の子供も対象にされているというのは嘘である。また対象数が少なすぎるというのも、GDそのものが非常に珍しい病気であるから一つのクリニックでGDと診断された子供のうちアンケートに答えてくれた人だけという非常に限られたサンプルしかないのは仕方のない話だ。

それにしてもひとつのクリニックでGDと診断された25人のうち21人もの青年たちが思春期を過ぎたら症状がなくなってしまったと証言しているということは決して無視できない。フォードが言うような調査のやり方に問題があるとは思えない。よしんば調査のやり方に問題があったとしても、調査結果が間違っていると断言することは出来ない。であるからすでに「間違っていると証明されている」というフォードのほうこそ間違っている。

次に、フォードはACPがいう「異性ホルモンを摂取したり性適合手術を受けた大人の自殺率は一般人の20倍にも登る。」と書いていることも「神話」だと言い張る。これはスエーデンでの調査からくるものだが、フォードはこの調査では異性ホルモン摂取や性適合手術が自殺に結びついているとは書かれていないと主張する。たしかにそうである。だが、ACPもこうした治療が直接自殺に結びつくとは書いてない。他人が言っていないことを、こんなバカなことを言ってる、といって反論することを藁人形議論というのだ。

さて、でそのスエーデンの調査というのはどういうものだったのかというと、カカシ自身がすでに紹介しているのでそこから抜粋する。

2011年にスエーデンのカロリンスカ研究所が発表した調査によると、性転換手術をした324人の患者を30年間に渡って追った結果、手術後10年ぐらい経つと精神的な問題がどんどんひどくなることがわかった。しかも恐ろしいことにこうした人々の自殺率は普通の人の20倍にも及ぶという。なぜ手術を受けた人々の間でこんなにも自殺率が多いのかはわかっていないが、年を取るにつけ自分が社会から受け入れられずに孤立していくのが原因ではないかと思われる。

このとき、カカシも、

これだけみても性同一障害の治療をすぐに性転換手術に結びつけることの危険性が解るというもの。性転換手術が自殺の原因になったとはいえないが、手術が患者の心の病気の治療に効果的であるとはいえない。

と書いた。フォードは自殺の原因は家族や友達からの孤立や社会からの差別にあるという調査結果を紹介している。トランスの自殺率が高いということは誰もが認める事実であるが、その原因はひとつではないだろう。だが、以前にも書いたようにGDが病気ならば、ホルモン摂取や適合手術という治療を受けた人々病状が良化するどころか返って悪化しひいては自殺にまで及ぶとすれば、そして自殺率が健康なひとたちのそれと比べて20倍も多いということは、これらの治療はGDの治療として効果的ではないと結論づけるべきである。少なくとも最適な治療とは言いがたい。

またフォードはジョンホプキンス大学のポール・マックヒュー教授のことをアメリカで顕著な医師のなかでただひとりトランスジェンダー平等扱いを拒絶する医師だというが、カナダで幼年期のGD治療はこのましくないと発表して仕事を首になった小児科医もいる。このように考えている医師らは他にいくらでもいるだろう。だがその見解を発表すればすぐにLGBT社会から差別だヘイトスピーチだと批判され、仕事まで失いかねないので、大抵の医師たちは口ごもっているに過ぎない。

ま、左翼リベラルの反論なんてのはこんなもんだ。フォードや左翼リベラルが好き好んで使う「神話」とか「ディバンク(間違っていると証明される)」という言葉があるが、彼らのいう「神話」とは自分らが賛同できない学説のことであり、「ディバンク」とは単に自分らが嘘だ嘘だあ~!と声高に叫ぶことでしかない。

はっきり言ってフォードの反論は全く反論になっていないというのが私の感想。

March 26, 2016, 現時間 5:35 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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March 22, 2016

全国小児科医学大学トランスジェンダー思想は幼児虐待声明発表!

フェミニズム , 健康管理 , 同性婚

昨日(2016年3月21日)アメリカ小児科医学大学(American College of Pediatricians)がジェンダー思想は子供を傷つけるという声明文を発表した。この声明は常識ではあるが、最近非常識がまかりとおるようになったこの世の中で、この声明発表は画期的なものである。カカシは何度も子供の性適合治療は幼児虐待だと説いてきた。しかしここにいたって著名な小児科医たちの公式な声明が出されたことは非常に喜ばしいことだ。

アメリカ小児科医学大学は教育者及び立法者らに訴える。こどもたちに薬品や手術による異性模写が普通の生活であると受け入れさせる方針のすべてを拒絶せよ。思想ではなく事実が現実を断定するのである。

同声明文は性やジェンダーについて幾つかの項目を挙げて詳しく述べているので簡単に紹介しよう。

  1. 人間の性は生物学上XYとXXという健康な遺伝子による二種類に分けられる。正常な人間は男子か女子のどちらかとして生まれるように出来ている。人間の性は二種類であるのは種の存続という目的のために出来た自然な形である。時として性器発達に異常のある人間が生まれることはあるが、これは医学的な奇形として認められており、第三の性ではない。
  2. 誰もジェンダー(性別意識)を持って生まれてこない。誰もが生物学的な性を持って生まれてくる。自分が男か女かという意識は社会的及び精神的な概念であり客観的で医学的な概念ではない。誰も自分が男か女かという意識を持って生まれてこない。この意識は発育の段階で叙々に培われるものである。この発育の段階で、どのような工程でもおきうるように、道を外れることはしばしばある。これは子供の主観的な見解や人間関係や子供時代の不幸な体験などに左右される。自分が「異性であるように感じる」とか「(男と女の)間に居るような感じ」という人々は第三の性を持つのではない。これらの人々が生物学的に男子であり女子であることに変わりはない。
  3. 一個人が自分が別のものであるように感じるというのは混乱した思想である。医学的に健康な男児が女児であると信じたり、医学的に健康な女児が男児であると信じたりするのは、客観的にみてこれらの子供たちの心の根底に精神的な問題が存在するものであり、そのように治療されるべきである。これらのこどもたちは性別異常症(GD)もしくは(GID)と言われる精神病でアメリカ精神医療鑑定と統計教本(Diagnostic and Statistical Manual of the American Psychiatric Association (DSM-V))にも記されている。
  4. 思春期は病気ではない。思春期を遅らせるホルモン投与は危険である。元に戻すことが可能であろうとなかろうと、このホルモンは思春期を迎えないことにより再生能力の未発達や他の病気を健康な子供にもたらす弊害がある。
  5. DSM-Vの調査によれば、性適合障害に病む男児の98%女児の88%が思春期を迎えると共に自分の性を受け入れるようになるという統計がある。
  6. 思春期阻止ホルモンによって異性模写をする子供たちは青年期を迎えてから異性ホルモンの摂取が必要とされる。異性ホルモン(テストステロンやエストロゲン)は健康体に高血圧や脳卒中や癌といった非常な危険を及ぼす薬である。
  7. 異性ホルモンを摂取したり性適合手術を受けた大人の自殺率は一般人の20倍にも登る。98%の男児や88%の女児が思春期以後自然に治る精神状態に対してこのような危険な治療を施す必要がどこにあるだろうか?
  8. 一生薬品や手術による異性模写が普通であると子供に信じ込ませることは幼児虐待に他ならない。(強調はカカシ)。性不適合が普通だと教育界や法制度をほどこすことは子供やその保護者たちを混乱させるだけであり、より多くの子供たちが「性適合治療医院」へ足を運び危険な思春期阻止治療を受ける結果を招く。このような治療は子供たちを生涯において癌誘性及び他の毒素を持つ異性ホルモンの摂取や大人になって不必要な整形手術を受ける結果をもたらすのである。

性適合障害は精神病だと主張したフェミニストが講壇の場を失くしたり、トランスジェンダーだといって男子金メダル受賞者がスターとしてもてはやされる狂った時代だが、人間は男子と女子の二つの性で成り立っているという科学的事実は変えることはできない。幼子を持つ親たちが早急にそれに気がついてくれることを祈るものである。

March 22, 2016, 現時間 9:12 PM | コメント (3) | トラックバック (1)

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March 20, 2016

イギリスの著名人たち、全国学生連盟(NUS)の言論弾圧に抗議デモ

フェミニズム , ヨーロッパ , 人権擁護法

昨日紹介したイギリス(及びカナダやアメリカの)ノープラットフォーム(講壇拒否)という言論弾圧政策について、ついに我慢しきれなくなったイギリスの学者や著名人たちが17日、全国学生連盟事務所(NUS)の前で抗議デモを行なった。

デモの音頭をとったのは昨日ヨーク大学での講演を拒否されそうになったゲイ活動家のピーター・タッチェル。参加者は哲学者のACグレイリング、科学者のリチャード・ダウキンス、そして作家のサルマン・ラシディーなど際最たる面々。著名な学者や作家とともに60人あまりの学生たちも参加して、狭いロンドンの街角でタッチェルはメガホンを使って言論の自由の大切さを説いた。

はっきり言って保守派の言論がイギリスの大学で弾圧されて久しい。今回のようなデモはもっと早く起きるべきだったのだが、遂にノープラットフォームが左翼リベラルの言論弾圧につながったことから人々の目が覚めたようだ。

もともとノープラットフォームは「ファシストや人種差別者に講壇の場を与えない」という建前だった。しかし、昨日も書いたように、ファシズムだの人種差別だのといった定義は決断者の独断でどんどん変化していく。たとえばモスレム野蛮人による欧州女性たちへの共謀な性犯罪について言及すると「イスラモフォビア」の汚名を着せられる。その人物が何十年にも渡って反モスレム移民差別運動をしてきた功績など完全に無視されるといったように。ファシストとかレイシストと言った言葉は、もうその言葉の本来の定義とは関係なく単に相手を沈黙させるための侮蔑語へと変化してしまった。であるからノープラットフォーム政策は単なる勢力争いの道具と成り果てたのである。

ノープラットフォームこそがファシズムそのものの方針なのである。

さて、著名人たちが立ち上がった背景にはモスレムの台頭がある。欧州のモスレム移民たちは周到に欧州の左翼リベラル思想をうまく起用して自分らの権力強化に悪用する。

タッチェルはNUSが最近イラン人で共産主義フェミニストのマリアム・ナマズィーが無宗教学生ソサエティー主催の講演を拒否されたことについて、

「イスラム過激派たちが自由に演説することは各大学で許されているにも関わらず、我々革新派が反対意見を述べることはことごとく拒否されるか規制されるかしている。

「我々は『イスラモフォビア』であるとか『憎悪を扇動している』などと歪曲した批判を浴びている。だが実際には我々こそイスラム過激派の持つ背信者や女性やLGBTやユダヤ人や穏健派イスラム教徒への憎悪に挑戦しているのだ。

「我々は偏狭心に反対し言論の自由を守る。我々はNUSや他の学生連盟もそうすることを訴える。言論の自由は人権の根本的な権利であり、守る価値があるのである。」

また、タッチェルはアメリカ創設の父トーマス・ジェファーソンが言った「悪い言論に立ち向かえるのは良い言論だ。」とも語った。

こうした大学では「安全」という言葉を歪曲して使い、大学は生徒たちにとって「安全地帯」であるべきなので、生徒たちは危険思想から守られるべきという建前を主張する。だが、たとえばチャールズ・へブドを支持するといったTシャツを着て構内を歩き回ればモスレム学生が危険を感じるという理由で禁止されても、イスラム教徒特有の服装がユダヤ人学生にとって危険を感じるから禁止すべきなどということには絶対にならない。こうした規制は常に誰が権力を持っているかで決まるのであり、公平な施行などあり得ないのである。

NUSのメーガン・ダン会長は新聞やテレビでの報道は歪曲されてNUSの目標は言論弾圧にあるかのように報道されているが、実はそれは真実からかけ離れたものだと語る。

「日ごとの現実はメディアの注目をどう集めるか長けている人たちの言っていることとは違います。彼らは学生連盟がどのように機能しどのように決断を下すのかについて語り合おうとしません。構内では毎年何千という講演が行なわれています。公開討論は学生連盟の真髄です。

「一般の学生や教授たちはピーター・タッチェルなどの著名人のような(幅広い)講壇はありません。私たちは皆私たちの意見を聞いてもらう権利があります。非常に広い講壇のある人たちが私たちを弾圧するというのは非常に皮肉です。」

自分らの独断で人々の演説の場を奪っておいて、その決断について拒絶された人々が「語り合おうとしない」といえるところがずうずうしい。また、人々に講壇を場を与えよと訴えることが「弾圧する」ということになるといえるところがさすが本当のファシストだけある。

March 20, 2016, 現時間 2:40 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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March 19, 2016

ノープラットフォームやヘイトスピーチは言論弾圧の合言葉

フェミニズム , 人権擁護法 , 教育と政治

日本に「ヘイトスピーチ」という嫌らしい英語がアメリカから輸入されて久しい。だが今度はイギリスで始まった「ノープラットフォーム」という新しい言論弾圧の言葉を紹介しよう。この忌まわしい言葉は最近カナダやアメリカでも広がっている。

先ずプラットフォームというのはこの場合「講壇」という意味を持つ。その前にノーをつけることによって「講壇を与えない」という意味になる。このノープラットフォームには「アンセーフ(安全ではない)」という言葉がつき物で「安全ではない人間に講壇を与えない」というふうに使われる。きちんとした日本語に訳すと「危険思想を持つ人間に講演の場を与えない」という意味である。

しかしこの「アンセーフ/危険思想」というのが曲者で、要するに極左翼の思想に合わない思想ではあるが、左翼でもどこまで左翼でなければならないのかという枠がどんどん広がるため、10年前なら左翼の神様みたいだった人でも現在の左翼思想に追いつけないと、ある日突然「危険人物」のレッテルを貼られて講壇を取り上げられてしまう。こうして誰かの講壇を取り上げる行為を「ノープラットフォーミング」というが、この言論弾圧行為は左翼リベラルな大学構内で非常に奨励されている。

左翼連中がデイビッド・ホロウィッツやパメラ・ゲラーやベン・シャピーロといった保守派の言論弾圧をするのは理解できるとしても、実は最近のノープラットフォーミングは左翼同士の間の内部争いに使われることが多くなった。これまで左翼リベラルの大御所だったフェミニストやゲイ活動家までもが危険人物としてノープラットフォームの対象になっている。

たとえば、イギリスのヨーク大学で、ゲイ人権活動家のピーター・タッチェルがトランス批判をしたフェミニストの大御所ジェメイン・グりアーを支持したことで「トランス恐怖症」で「人種差別者」だと責められて全国学生連合(NUS)代表者から競演を拒まれるという例などがその典型だ。タッチェルが何十年にも渡ってゲイやトランスの人権運動に力を注いでいたことなど完全無視。トランス批判は断じて許すべからずという態度で本来ならLGBTの恩人みたいな人でもノープラットフォームである。また、長年に渡って人種差別排斥運動をつづけてきたニック・ロウレスがイスラム教徒によるイギリス少女性奴隷について批判したことを理由に「イスラモフォビア」の「人種差別者」としてNUSはノープラットフォーミングした。ロウレスが長年に渡って反モスレム差別運動をしてきたことは完全無視である。

しかしノープラットフォームは言論弾圧ではないという意見もある。

添付したサイトのエッセーを読んでみると、名声ある組織や個人が社会的に受け入れられない思想を持つ人間に講壇の場を与えたり講壇を共にしたりすれば、その人間を正当化する恐れがある。だから組織には彼らの壇上の場を奪う権利があるというのである。

確かに講壇の場となる組織が私設のものであればその通りだ。キリスト教の教会がイスラムのイマームに講壇を与える義理はない。また、黒人教会がKKKのメンバーに演説の場を与える必要もない。だが、実際にノープラットフォームの場になるのは公立の大学であったり市の公民館であったり公園だったりする。こうした公共の場における特定の思想を持つ人々による講演を禁じることは政府による言論弾圧に他ならない。

サイトの著者は誰でもどんな思想を持つのは自由だが自分が好む場所で常に演説できるとか誰かに無理やり自分の演説を聞かせる権利はないという。それは確かにそうだ。だが、もし演説者の意見が実際に聞く価値のないほどひどいものであるならば、放っておいても観客は集まらないだろう。主催者側も人気のない演説者の講演などキャンセルせざるおえなくなる。それが続けば自然とその演説者の講演は行なわれなくなる。演説者の意見が聞く価値がないほどひどいかどうかは観客となる人々の判断に任せればいいではないか?

だいたい聞く耳持てないほどひどい意見という基準は誰がつくるのか?その例をあげてみよう。

あるフェミニストが男性による女性への暴力を批判するにあたり、加害者がモスレムだったことを指摘するとイスラモフォビアとなってノープラットフォーミング!

ある講演者が女性を強姦から救うべしと演説した際に、だが大学構内における強姦の数は誇張されていると批判すると強姦奨励者ということになりノープラットフォーミング!

男子学生の自殺防止について演説しようとしたリポーターが男女差別と言われてノープラットフォーミング!

つまりだ、聞く耳持てないほどひどい意見というのはその場において権力ある人間の独断で決まる。権力者の気に入らない言論が沈黙させられるなら、それこそ言論弾圧の定義そのものである。ノープラットーフォーミングはまさしく言論弾圧以外の何者でもない。

March 19, 2016, 現時間 4:31 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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March 13, 2016

トランスジェンダーポスターボーイ(ガール?)が共和党支持で口から泡のリベラルたち

フェミニズム , 同性婚

オリンピック金メダル受賞者で一年前にMTFトランスジェンダーとしてカムアウトしたケイト(ブルース)・ジェナーが共和党支持であることは周知の事実だったはずだが、最近ジェナーが共和党大統領候補の一人テッド・クルーズを支持しているとか、民主党候補の一人ヒラリー・クリントンを厳しく批判したことなどから、トランスコミュニティーやリベラルの間からジェナー叩きが始まった。トランス活動家のゾーイなんたらいうMTFが{誰かジェナーはトランスジェンダーだと思い出させるべき」などと批判した。トランスジェンダーだったら自動的にリベラルでなければならないという考え。ここにアメリカ左翼リベラルのアイデンティテイーポリティクスの真髄がある。

ジェナーはカムアウトした途端に一躍トランスコミュニティーのポスターボーイもといガールになった。単に胸に偽乳房を入れて顔整形してドレス着ただけで、50年以上も男性陸上競技金メダリストとして生きていた男が突然女性として多々の(女性の)賞を受賞するに至った。勇気ある行為と左翼リベラルはジェナーをちやほや褒め称えた。

ところがジェナーはトランスジェンダーとしてのステレオタイプにはまらない。そりゃそうだ、共和党支持の政治的に保守な男が豊胸手術うけてドレス着たら左翼リベラルに変わると考えるほうがおかしい。しかもジェナーは去勢手術は受けていないし受ける気もないと語っている。

私が最近注目しているイギリス人のゲイ保守派タレントのミロ・イアノポウラス(Milo Yiannopoulos)が以前に、イギリスではゲイだとカムアウトするよりゲイで保守党支持とカムアウトするほうがよっぽども危険と言っていたが、アメリカでもそれは同じ。左翼リベラルが支配する芸能界などでは特にそうで、仕事から干されたくなかったら保守派タレントは自分の政治的な意見についてはだんまりを決め込むのが懸命。

ゲイだったら、トランスだったら、女だったら、有色人種だったら、左翼リベラル思想を持つべき、そうでない人間は裏切り者の背信者として排斥もしくは暴力的な攻撃を受けるべしというのが左翼リベラルの思想だ。どうりでモスレム野蛮人たちと気が合うわけだなリベラルは。

しかしジェナーの場合、人々の注目を浴びたくてトランスジェンダーになったのだろうに、共和党支持だなどとおおっぴらに発言してしまうと彼主演のリアリティーテレビの視聴率に支障を来たすのではないだろうか?芸能界のパーティにも招待されなくなるのでは? 

それとも人気がなくなったらまた普通の男に戻るつもりなのかな?

March 13, 2016, 現時間 10:42 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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February 21, 2016

セックスとレイプの違い、言葉の定義は大切

フェミニズム

年末にドイツのケルンで起きたモスレム野蛮人による大量性犯罪事件について、イギリスの労働党のジェシー・フィリップス(女性)議員が、ケルンで起きた事件などバーミンガム(イギリス)の下町で毎週末おきることと変わりないと発言したことで、バーミンガム警察はバーミンガムはそんな野蛮な都市ではないとかんかんに怒るといういきさつがあった。問題なのはフィリップス議員はバーミンガムでケルンで起きたような重大犯罪が起きているという意味で言ったのではなく、ケルンで起きた事件などバーミンガムで若い女性が週末に道端で「からかわれたりひやかされたり"baited and heckled"」するのと大差ないことで、大騒ぎするようなことではないという意味での発言だった。

この発言はフリップス議員がイギリスが移民を多く受け入れる際に、ケルンで起きたような事件がイギリスでも起きるのではないかという質問に答えた際のもので、ケルン事件はそれほどたいしたものではなかったと移民問題を過小評価する目的での発言だったのだ。

強姦や悪質な痴漢行為を単なるからかいやひやかしと比べるというふうに、比較にならないことを同じような意味で取り扱うことは非常に危険だ。左翼リベラル連中はやたらにこうやって言葉の定義を書き換え、自分らの都合のいいように使おうとするから十分なる注意が必要である。

その関連で、この間ひょんなことからMTFの小山のエミちゃんのツイッターで、彼が「セックスとレイプの違いはなにか」という質問をされているのにぶちあたった。断っておくがカカシはエミちゃんのツイッターを追っているわけではない。慰安婦問題などで別の人のツイッターを追っていたらエミちゃんのツイッターに出くわしたのである。で、その質問に対するエミちゃんの答えはと言うと「セックスとレイプの区別もつかないバカとは話をしたくないから話しかけないでくれ」というものだった。相手が質問の答えを催促すると、エミちゃんは彼のことを「ストーカー」とか「レイピスト脳のバカ」とか言って逃げてしまった。

どういう過程でこういう会話になったのか解らないが、多分質問者はセックスとレイプの違いがわからないのではなく、エミちゃんの考える違いについて、その定義を示して欲しいと言っているのだろうと思う。何故そんな質問が出てくるのかといえば、慰安婦が単なる売春婦だったのか、それとも人身取引の犠牲者だったのかどうか、という関連で、自発的に売春をしていたならセックスといえるが、人身取引の犠牲となり性奴隷として無理やり働かされていたならすべての性行為がレイプと考えられるから、そのへんの違いをはっきりさせてもらえないだろうかという流れだったのだと思うからである。

ここで慰安婦問題の議論をするつもりはさらさらないが、最近アメリカの大学内でフェミニストたちがやたらとレイプとかレイプカルチャーとかいう言葉を振り回すのをみるにつけ、レイプとセックスを混同することの危険性を感じる。エミちゃんが質問者のことを簡単に「レイピスト(強姦者)」呼ばわりしたことなどがいい例である。

アメリカ大学生フェミニストたちのいうレイプというのは、単に若い男女がコンパなどで酔っ払って意気投合してセックスをした後、女性のほうが自分の浅はかな行動を後悔して男性を責めるという例がほとんどである。レイプしたと責められた男子学生のほとんどが合意の上でのセックスだった。強制はしていないと証言している。(酔っ払っていたのでよく覚えていないという例も多い。)

問題なのは、こういう後悔セックスをレイプと呼ぶことによって、本当の意味でのレイプ被害が過小評価されてしまうということだ。道を歩いていて見ず知らずの数人の男性から手足を引きちぎられるかのような暴力的な攻撃を受けたケルンの女性たちの被害と、酔っ払って別に好きでもない男性と寝てしまった後悔セックスとを混同すれば、文頭で述べたイギリス議員のような馬鹿げた発言につながってしまうのだ。

だから、そういう意味でエミちゃんへの質問者がその違いについて明確な定義を求めたのであれば、正当な質問であり相手をレイピスト脳などといって侮辱するのは、かなり不当だと思うね。

もっとも二人の会話をきちんと追ったわけではないから、双方がどういういきさつでこのような会話を交わしたのかはわからないので、これはこの会話に関する私の解釈が正しいとすれば、という注意書きを加えておく。

February 21, 2016, 現時間 12:00 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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February 14, 2016

フェミニズムに破壊されたバイキングの戦士たち

フェミニズム , ヨーロッパ

北欧で頻発しているモスレム野蛮人らによる婦女暴行にバイキングで知られる北欧の勇ましい男たちは何をしているのだ、自分たちの女たちが冒涜されているのを黙ってみているのか?という疑問を持ったのはカカシやミスター苺のみではあるまい。それについて、バイキングの歴史を持つ北欧男たちを骨抜きにしたのは誰あろう西洋社会のフェミニズムなのだというコラムを見つけた。元記事はブルッセルジャーナルの英語版で2006年に書かれたものだが、これを最近翻訳しているのがこちらのサイト。

北欧でのムスリムによる女性たちへの暴力に関して、バイキングに何が起きたのかと僕はよく質問された。ヴァルハラの天地で酩酊しているのかと。確かにバイキングは野蛮人だったが、それでも神秘的な幻想感がある。しかし、娘がムスリムに迫害されているのをスルーする今日の北欧男児は、物語の中のバイキングより野蛮だ。

(略)諸悪の根源は北欧を蹂躙したフェミニズムだ。フェミ娘たちは北欧の屈強なる男児の防衛本能を衰滅させることに何十年も力を尽くしてきた。その結果、北欧は愚か西欧文明全体が大いに衰退したのだ。

ノルウェーでムスリム移民の紅世なる狂気に正面から対峙しているのは右翼の進歩党だけだが、支持者の3分の2が男性だ。一方、移民推進役たる社会主義左翼党の支援者は3分の2が女性だ。

(略)男の資質は当世の共喰い社会では不可欠だ。女は純粋すぎて、自己の政策が齎しうる長期的に不都合な現実と向き合おうとしていない。

女性が舵を取れば子供を犠牲にするような政策は取らないと主張していたフェミストたちが、自分らの子供たちの未来を破壊するモスレム移民に「平然と笑顔を浮かべて」受け入れる理由はなんなのかといえば、モスレムは自分らと同じように弾圧された犠牲者の立場から自分らフェミニストが忌み嫌う既存の西洋文化に立ち向かう同志という気持ちがあるからだと著者は語る。
 
ノルウェーのフェミニズムは単に平等主義から反差別という思想に劣化し、企業における就業率の獲得といういわゆるクォーター制を設立したり、教科書内における「偏向的」とされる記述を書き換えるなどの運動に熱をあげた。著者はそのフェミニストらの「主張作法」をモスレム野蛮人は見事に流用し、ノルウェーにおけるモスレムの立場を向上させたという。

スウェーデン左翼のグドルン・シューマン議員は2002年、男性による女性への暴力に罰金刑を課し、スウェーデン男児をすべてタリバンのようと評した。アフトンブラデット紙はこれに対し、「その通りだ。男は皆タリバンだ」と応酬した。(略)

シューマンらは「核家族に死を!」と叫び、核家族内の男子優先的秩序の強化を糾弾する。2000年、フェミ娘ホアンナ・リテルの集団はミス・瑞典娘の生放送会場に乱入した。リテルは4年後、「白人とは出産しない」という記事を執筆し、「傲慢で搾取的で虚栄的な性狂」白人を糾弾して、「非白人の皆さん、私はただ彼らに唾吐いただけです、有難う」と記した。


 
このように西洋男性の男性的な傾向を悪者扱いすれば、男性は本能的に女性を守ろうとする欲望を失ってしまう。それが何十年も続けば、今更西洋女性が危機に陥っているからといって簡単に女性を守ろうという意欲がわかないのは当然だ。
 
著者は現代フェミニストがモスレム男の横暴に寛大などころか異常な憧れを抱くのは、自分らが破壊し骨抜きにした西洋おとこたちより、女性の絶対服従を強制するモスレム男たちに魅力を感じるという歪んだ気持ちを持つからだという。

元クリケット選手のデンマーク人ラルス・ヘデガードは「服従への夢」という随筆で、女がムスリム移民を推進するのは、ただの思想的純粋さではなく、本能的性向なのだと説いている。ヘデガードはこう書いた。「女がシャリーアへの道を整える理由は、ただ女がその服従精神に本能から魅せられて、シャリーアを求めているからだろう」。英人フェイ・ウェルドンも「女性は服従にこそ性的に魅光される」と述べる。ならば、許可なしの外出を許さない砂漠の首長たちの方が、フェミ化した男児よりも魅力的にみえるのはやむを得ないかも知れない。「服従」(帰依)を真名とするイスラムに改宗する西洋人は男より女の方が多い。女はそんなに絶対支配に弱いものなのか?改宗した女性の手記を読むと、イスラムの家族観には確かに女性をより惹きつけられるものがあるようだ。「女は家事、男は野良仕事」がイスラムでは守られている。キリスト教では人生の目的意識を満たすことができないのだろうか?

そうだろうか。思うに西洋社会は、特に欧州はキリスト教を拒絶し世俗化したことが、イスラム教に隙をつかれる原因になったのだ。もしも欧州人が今も敬虔なキリスト教徒だったら、イスラム教の歪んだ教えに誘惑されることなどなかったはずである。フェミニストに代表される左翼リベラルは既存の伝統や文化を根底から破壊しようとはするが、それに取って代わるものを提供しない。宗教への信心をなくした人々は何も信じなくなるのではなく何でも無差別に信じるようになると誰かが言っていた。フェミニストたちがイスラム教に惹かれるとしたらそれが原因だろう。

実は西洋の男たちは元々女性を大事にする傾向があった。うる覚えだが、バーナード・ルイスの著書のなかで、19世紀のイギリスに留学していたアラブ人がイギリスの男性が女性に常に敬意を示すことを興味深く記述した例をあげている。たとえば乗馬中の男性が同じく乗馬中の女性に行き当たった場合、男性は必ず女性に道を開け帽子をちょっと手で掲げて挨拶をする。女性は男性に会釈をして通り越していくといったように。いまでも欧米社会では男性が女性の荷物を持ってあげたりドアを開けたりという女性優先といった礼儀は残っている。著者はタイタニックの例を挙げる。

タイタニックと共に沈んだ男を顕彰するワシントンの記念碑を例に挙げよう。この事故では73%の女が助かり、8割の男が藻屑となった。何故か?「児女優先」の規律が守られたからである。これに感謝して「全米女性協会」が1931年記念碑を建てた。記念碑には「タイタニックと命運を共にし男の勇者たちよ…貴方達は児女を救命するために命を捧げた」とある。

その理由は私には解らないのだが、男性が女性を大事にする文化は何故か男尊女卑の文化よりも発展する。女性を単なる性交や出産のためだけの奴隷のように扱う文化は何時まで経っても中世以前の野蛮文化から抜け出すことができない。文明社会において女性の精神的貢献は必要不可欠なものなのだ。

しかし、女性を大事にし外敵から女性を守るためにはその社会に強い男の存在が必要だ。強い男たちは女性の社会進出を弾圧するものではない。いや、強い男が居てこそ肉体的に軟弱な女性の頭脳が生かされるのである。

著者は欧州の少子化はフェミニズムの活動によって「男女が育児を第一の目的とする中今の意識」が破壊されたからだという。「人間は社会的動物だ。結婚は『女性抑圧のための陰謀』ではない。無神論的なダーウィン主義でも、人生の目的は生殖だったではないか」と著者はいう。だが、やはり宗教による子孫の存続という概念が薄れれば子供を生み育てることの意義が失せてくるというのも納得がいく。

カカシが何度も書いているように、少子化の原因は結婚制度の破綻が大きい。特に欧米ではフェミニストのおかげで結婚せずとも容易に性交渉ができるようになったことや、女性の立場が強くなると結婚して慰謝料だけとられてすぐ離婚されてしまうことを恐れる男性が増えたことなどがあるからだろう。

北欧は「性平等天国」とよくいわれるが、外国人は北欧ほど男女が離縁状態にある国はないと論評する。その通りだ。急進フェミ娘たちが男女間の協力でなく反目を煽ったので、北欧人は外国文化の中に理想の相手を発見する。驚くほど多くの男女が性文化により保守的な東アジアや南米などの国から伴侶を連れてくるようになった。世界の反対側まで行って伴侶を見つけるとは、なんという「性の平等」だろう。文化マルクス主義と連携してPC主義の検閲に協力する西欧フェミニズムこそ、西洋文明を軟弱化させ、ムスリムの侵略に手を貸した諸悪の根源である。

(略)コペンハーゲン大学の調査によると、離婚の悪影響は男の方により大きく、40~50歳の死亡率の高さとなって顕現する。「崩壊家族で育つ子供の数と離婚の相関性は高い」ことを考えると、離婚防止戦略は必要だろう。

フェミニストたちは北欧男性の女性を大事にする文化を女性弾圧だと言い張り破壊してきた。女や子供を守る結婚制度を破壊してきた。そうやってかつての勇敢なバイキング戦士たちを骨抜き男にすることに成功した北欧女性たちは北欧男たちが考えもしなかった完全なる女性弾圧侵略者の性奴隷と成り下がる危機にさらされている。

いや、そうなる前に、北欧の腑抜け男たちがご先祖様の男気を思い出して目覚めるのを求める。そのためには欧米は(日本も含めてだが)文明社会の破壊を謀るフェミニズムを撲滅すべきだろう。

バイキングの戦士たちよ、目覚めよ!欧州を守れ、女たちを守れ、文明社会を取り戻すのだ!

February 14, 2016, 現時間 10:58 AM | コメント (3) | トラックバック (0)

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February 9, 2016

幼児の性同一性障害治療を巡って首になった小児精神科医にみる政治と科学

フェミニズム , 同性婚 , 科学

私は以前から性同一性障害の治療は性転換手術にあるという考え方に非常な疑問を持ってきたが、それが幼児に対する治療である場合は特に、親が幼児を性同一性障害患者として異性となることを奨励するのは幼児虐待だと主張してきた。思春期を迎える前の子供の性同一性障害専門医で子供が生まれた性を受け入れる方が好ましいという思想で治療を進めていた医師が性同一性障害医療クリニックから解雇されたという記事を読んで、この問題は医療や科学とは全く別のトランス活動家の政治活動に悪用されていると痛切した。

左翼市民運動の活動はどんな運動でも元になる問題とは別に、自分らの左翼権力促進が根本であることがほとんどである。だから女性解放運動にしろ、黒人運動にしろ、同性愛人権運動にしろ、本当の目的は社会から差別されたり弾圧されたりしている少数派の人権を守ることではなく、運動の主導権を握っている人間らの権力を強化することにある。

幼児の性同一性障害を専門に治療してきた精神科医ドクター・ケニス・ザッカー医師はこの道では有名な研究家である。現在65歳のザッカー医師はカナダのトロント市の病院で何十年も幼児期の性同一性障害の治療と研究にあたっており、何冊も研究書を発表している。そのザッカー医師が突然にして彼が勤める(幼児及び少年と家族の性同一性クリニック) the Child Youth and Family Gender Identity Clinic (GIC), を解雇された。その理由というのも、医師の幼児の性同一性障害は子供の成長に任せてなるべく異性変更への道を強制しないという姿勢がトランス運動家らの怒りを買ったからである。

ザッカー医師は決して性同一性障害が存在しないと主張しているわけでも、思春期を越した青少年が性転換に進むことを拒絶しているわけでもない。同医師の治療法は、思春期前の幼児の性同一性に関する混乱は幼児期だけに起きる一時的なものであったり、周りの環境に左右されたりするもので、本当の意味での性同一性障害とは判断できない場合が多いため、あえて早急に異性への変更に取り組むべきではないという常識的な考えに基づいている。

それをトランス運動家たちは、ザッカー医師がトランスの子供たちを無理やり普通の子供に戻そうと野蛮な治療を行なっているかのように訴え、その政治力で医師をの解雇を実現させてしまった。これは本当に性同一性障害やその他の精神病に悩む幼児に対して非常な悪影響を及ぼすものだ。

私は性同一性障害という精神病が存在しないとは思っていない。いやむしろ持って生まれた自分の性を受け入れられないのは精神病だと考えるのは当然のことだと思っている。だが性同一性障害が病気であるならば、その治療法はきちんと科学的に研究されるべきであり、政治が介入すべきことではない。

もしもホルモン投与や整形手術によって障害者の病気が本当によくなるというのであれば、それはそれとして認められるべきことだ。しかし性適合手術を受けた人々の自殺率は受けなかった人々と比べて同率かもしくはかえって高いという調査がある。治療が治療前の症状を悪化させているとしたら、これは有意義な治療方法とは言いがたい。

それでも分別のわかる大人がすることであれば、危険覚悟の治療も許可されるべきかもしれないが、それが幼児となるとそう簡単にはいかない。

子供というのは周りの環境に左右されやすい。男勝りの女の子が回りから「あんたは男の子に生まれてきたらよかったのにね。」と常に言われたら、自分は単に男の子の遊びがしたいだけの女の子が自分は男であるべきなのだと思い込んでしまう危険は多いにある。また、自分が異性だったらいいのに、と願うことと自分は異性であると思うこととは別である。そういう子供をいっしょくたにして異性への転向を回りが奨励するのは危険である。一旦異性への転向の道を歩み始めてしまうと、子供が途中で気が変わっても元の性に戻るのは回りの環境を考えると非常に難しい。単に男っぽいもしくは女っぽい女児や男児でいれば、気が変わってもどうということはないが、一旦自分は異性だと言い張りまわりにもそのように対応するよう要求してきた子供が、気が変わったと言ってまた回りの対応を変えてもらうというのはかなり勇気のいることである。

何度も書いているが、性同一性障害を精神病として扱わずに差別されている小数派民族であるかのように扱うことに問題がある。だいたいトランスジェンダーという考え方自体、いわゆるアイデンティティーポリティクスというステレオタイプを使った差別である。

男女という性別に関しては、それぞれそれなりの傾向がある。男と女が違うのは当然の話だが、どのグループにもそのグループの特質からは離れる例外者は存在する。たとえば男性のほうが格闘技は得意であるというのは一般的な傾向ではあるが、女性でも力強く格闘技に優れている人もいる。そういう人を無視して女性は戦闘員には向かないから受け入れないという考えは女性差別である。また、男性でもスポーツ観戦よりファッションショーのほうが好きという人もいるだろう。だから彼は女々しい男だと言い張るのは男性差別だ。

ところがトランス活動家はそういう差別的なステレオタイプを強調し、女性がズィーナやワンダーウーマンのように強かったら彼女は男であるべきだと主張し、男性が裁縫や料理が好きだったら女であるべきだと主張するのだ。そして彼らはこのステレオタイプを幼児にまで押し付けようというのである。

皮肉なことだが、数十年前左翼リベラルたちは幼児の性別は持って生まれた性よりも周りの環境によって決まると決め付けていた。だから男児でも女児でも性別を無視した教育をすればどちらの性にもなり得るという実験をしたが、それは徹底的な失敗に終わった。現在の左翼リベラルたちは、幼児が幼児特有の幻想を使って異性の違いを学ぶ自由を奪い取り、幼児に自分らの持つ性のステレオタイプを押し付けようとしている。何故男勝りの女の子ではいけない?何故おままごとの好きな男の子ではいけないのだ?

子供たちはそうやって自分らのアイデンティティーを確立していく。大人たちはそっと彼・彼女たちをみまもってやればいいではないか。

ザッカー医師のそんな親心は左翼リベラルには全く通用しなかったようだ。

February 9, 2016, 現時間 11:06 AM | コメント (4) | トラックバック (1)

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January 12, 2016

自国女性の安全などどうでもいいヨーロッパの指導者たち、頻発するモスレム移民の極悪性犯罪を隠すわけ

フェミニズム , ヨーロッパ , 移民問題

大晦日にドイツの数都市で起きたモスレム大集団によるドイツ人女性大量襲撃事件は、そのあまりの規模と悪質さによって遂に欧州以外の国々にも知り渡ることとなったが、実は去年の夏、スエーデンで行なわれた野外コンサートでも同様の性犯罪事件が起きていたことが今になって明らかになった。

APのニュースによると、去る月曜日、スエーデンの警察が去年の夏にミュージックフェスティバルに参加していた10代の少女たちが大量にモスレム教徒に性的暴行を受けていたことを隠蔽していた事実が明るみに出た。 警察はスエーデンの新聞Dagens Nyheterが報道するまで去年の8月に起きた事件を隠していた。ストックホルム警察はフェスティバル会場で多くの少女たちが被害を受け、200人以上のモスレム男たちが一時拘留され会場から追放されていたことを認めた。だが逮捕者が出たかどうかは不明。報道官は悪質な犯罪を考えると、その時に報告するべきだったと語った。

あったりまえだろうが! 被害を受けた少女たちの数はどのくらい居たのか、犯罪者の数がどのくらいだったのか、その犯罪の内容がどのようなものだったのか、事件が起きた当日に報道されていれば、その後もそういう場所へ出かけていく若い女の子たちも用心のしようがあるというもの。また、野外コンサート主催者側の警備の参考にもなったはずだ。それなのに何故このような悪質な事件を警察が隠していたのかといえば、それは警察だけの判断ではなく、政府からの圧力があったからに他ならない。

Dagens Nyheter紙によると、警察の高官は警察が移民に関する犯罪を公にすることに遠慮がちになるのは、 移民の脅威を強調する極右翼のスエーデン民主党の手のうちにはまってしまうからだと語ったそうだ。すでにスエーデン民主党の支持率は急激に上がり、今や20%以上の支持率を得るに至っている。

ドイツにしてもスエーデンにしてもそうなのだが、寛大な移民政策を取っている欧州諸国にとって、移民による犯罪は非常に都合が悪い。移民に反対するライバル政党に権力を奪われる可能性があるからである。つまりこれらの国々の指導者たちは自国の婦女子の身の安全などより、自分らの権力維持にしか興味がないのだ。

ドイツの事件が起きた当初、ケルンの市長は犯人グループが難民だと決め付けるべきではないなどと言っていたが、つかまった男たちのほとんどが最近シリア難民と称してやってきた移民であることがわかっている。

パワーラインブログの著者も書いているが、ヨーロッパの左翼リベラルは自国の婦女子がどんなに冒涜されても自分らの権力維持さえ出来ればかまわないようだ。

スエーデンが今やヨーロッパのレイプ王国になってしまったことは拙ブログでも何度も書いてきた。そしてスエーデン政府がその事実を隠蔽してきたことについても書いてきた。大晦日のケルン事件によってヨーロッパ全土に広がったモスレム土人たちによる悪質な性犯罪がやっと世界にも知られるときが来た。

アメリカの女性ブロガーは、何百人というドイツ人女性が襲われていたとき、「ドイツ男たちはどこに居たのだ?」と問いかけている。女性に同伴していた男性数人がモスレム男たちによって暴行を受けたという話は聞いたが、襲われている女性を救おうとしてモスレム男たちに立ち向かったというドイツ人男性の話は聞いていない。

ヨーロッパ中の女性たちがモスレム男たちに冒涜されているのをヨーロッパの男たちは見てみぬ振りをするつもりなのか?

どうするのだ、ヨーロッパは!?

January 12, 2016, 現時間 6:04 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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January 11, 2016

遂に隠し切れなくなったヨーロッパのモスレム暴挙、ドイツメディアがマルケル首相の移民痴漢行為隠蔽を批判

フェミニズム , ヨーロッパ , 狂ったメディア , 移民問題

ドイツをはじめヨーロッパ中で起きているイスラム移民による地元女性攻撃をこれまで必死に隠し通してきたヨーロッパメディアだが、去年(2015年)大晦日にドイツのケルンで起きた集団痴漢事件は、その規模の大きさと悪質さに地元警察による必死な隠蔽努力にも関わらず地元新聞が遂に事件を報道。それを世界儒の主流メディアが取り上げたため、コメンターのアンデルセンさんがリンクを付けてくれたように日本でも報道された。

女性襲撃、90人被害届=アラブ系集団犯行の情報-独

2016年1月6日(水)7時14分配信 時事通信


 【ベルリン時事】ドイツのメディアによると、西部ケルンの警察は5日、同市の中央駅近くで年越しの際に多くの女性が男の集団に囲まれ、体を触られたり、財布や携帯電話を奪われたりしたと明らかにした。これまでに約90人から被害届が出ているという。
 犯行に関与した人数は千人に上るともみられ、計画性が指摘されている。警察は被害者らの証言を基に、容疑者は主にアラブ系や北アフリカ系の若者とみられると語った。
 難民受け入れに反対する政党は「難民流入時の管理不行き届きが原因」と訴えた。一方、マース法相は「問うべきは容疑者の出身ではなく、犯行そのものだ」と述べ、難民問題と結び付けることを戒めた。 

実はこの事件については、私が愛読している反イスラム運動家のパメラ・ゲラーのサイトで一月の三日にすでに報道されていた。彼女はヨーロッパ各地の知り合いからヨーロッパで起きているイスラム教徒による暴挙を知らされているが、ドイツではツイッターやフェイスブックやインスタグラムなどのソーシャルメディアが言論規制を施行しており、大晦日の事件について目撃者や被害者によるエントリーが次々に消されてしまうという状態だった。事件当初ケルンの警察は大晦日はおおむね平穏だったという報告をし、警察が事件について隠蔽しようとしたことがあとになって暴露された。事件に対するあまりにもお粗末な対応(1000人を超える暴徒の警備にあたった警察官はたったの150人)と隠蔽によってケルン警察署長は辞任に追い込まれた。

事件の実態は当初の報道よりもずっとひどく規模も大きく、女性襲撃はケルンだけでなくドイツの多々の大都市で起きていた。警察に被害届を出した犠牲者の数はすでに600人を超えている。

襲撃の内容も単に身体を触られて携帯を取られるといったやわなものではなく、もっと暴力的で悪質なものだったことが被害者らの証言で明らかになってきた。先ずモスレム暴徒たちはロケット花火を大晦日のお祭りで込み合う群集に投げ込んだ。人々が驚いて逃げ惑っている隙に、数十人の男たちが若い女性を囲みこみ、一緒に居たボーイフレンドやエスコートの男性には殴る蹴るの暴行を与え、女性に対しては胸や股間をまさぐるだけでなく、洋服を引きちぎったり逃げようとした女性を殴ったり、ナイフで切りかかるなどの危害を加えた。一人の女性は上着のフッドに花火を投げ込まれ上着が焼けて肩や背中に重度のやけどを負った。襲われた女性の中には強姦された人もいた。、

このようなひどい事件が報道されるまで三日もかかった理由は、ドイツには情報規制があるからで、大本営報道局に成り下がっているドイツ主流メディアは政府に批判的な報道はしない。特に今問題とされている移民問題に関しては政策の妨げになるような移民による犯罪事件には沈黙を守るのが常となっていた。一般市民でもドイツでは政府の移民政策を批判すると罰金を課されたり禁固刑になる。「イスラム教移民は強制送還すべきだ!」などとフェイスブックに書いたりすると「ヘイトスピーチだ!」といって罰せられる可能性があるのだ。

その主流メディアが三日もかかったとはいうものの、遂に事件の真相を報道し、事件を隠蔽しようとした警察や政府までもを批判するようになったということは特筆の価値ありである。

広場付近のホテルで働く目撃者のインタビューのビデオを見ていて興味深いと思ったのは、目撃者の男性は自分の目でモスレム移民による暴挙を目撃するまでは、モスレム男たちのよる強姦や暴動の話は、ペギダなどの反移民運動団体がでっち上げたプロパガンダだと思っていたと話していたことだ。テレビや新聞では全く報道されていなかったのだから、考えてみればそう思うのも仕方ないのかもしれない。だが、実際にモスレム暴徒による暴虐が無視できない規模となった今、主流メディアですら政府の言いなりにならずに報道し始めたわけだ。

となるとドイツ市民の世論が突如として反イスラム移民に変わる日は近いかもしれない。

January 11, 2016, 現時間 5:51 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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November 11, 2015

LGBTからTを外そう!

フェミニズム , 同性婚

今、小さいながらも、同性愛及びフェミニストたちの間でトランスジェンダーをLGBT運動から削除しようという運動が始まっている。非常に零細な運動だから何処まで行くのかは解らないが、それでも同性愛者の中からトランスジェンダーの強硬なやり方に少なからぬ反感を持っている人が居ることは外部から見ていても面白い。

トランスを批判するのは、今のアメリカでは政治的に正しくない行為なのだが、そんなことは全く気にしないフェミニストやゲイ・レズビアンは何人かいる。

フェミニスト作家のカミリア・パグリアもそのひとり。彼女は西洋社会におけるトランスジェンダーの台頭は文化の廃頽と崩壊の症状だと語る

社会が不穏になってくるとエログロナンセンスが流行るというが、イスラムに侵される西洋社会は、本当の脅威ではないトランスフォビアなどという架空の脅威に執着することで、本当の脅威から目を背けようとしているのかもしれない。

パギラ女史の意見は、カカシが拙ブログで書いてきたこととほぼ同じだ。女史はトランスたちが言う色々な性があるという主張は大げさだとし、性適合手術を受けたところで、細胞ひとつひとつに組み込まれた性別を変えることは出来ない、と性適合手術が性同一性障害の唯一の治療という考えにも疑問を抱いている。

しかし彼女が一番心配しているのは、親が思春期も迎えていない幼児をトランスだと決め付けてホルモン治療を施したりする行為である。私も以前からこういう行為は幼児虐待だといってきたが、パギラ女史も同意見。

「親たちはいまや子供を治療の対象にしていますが、これは幼児虐待の一種だと思いますね。ホルモンで育成を遅らせるとか、手術するとか、間違っていると思います。同意できる大人になってからそういうことはすべきです。」

子供の気持ちは発育の上で色々変化する。大人になって気持ちがしっかりしてからでも遅くはないはず。

かく言うカカシも、子供の頃は男の子に生まれてくればよかったと何度も思った。自分が男の子だという意識があったわけではない。私は発育が早かったからもう10歳くらいで男子を性的に意識していた。ティーンアイドルの男の子とか見ていると、男の子は格好いいなあ、私もああいうふうだったらいいのにと思った。でも私の「男の子だったらいいのに」は裏を返せば健全な女子として異性にあこがれたというだけの話しである。だがそういう子供にトランスに熱中している親が下手な入知恵をして「カカシちゃんは男勝りだから男になるべきよ」などといってホルモン治療なんぞされた日には、取り返しのつかないことになっていただろう。

ブレイトバートニュースで最近コラムを書いてるイギリス人でバリバリのゲイであるミロ・イアノポウロス(Milo Yiannopoulos)も常々トランスジェンダーには批判的だ。ミロはゲイの立場から、トランスのやり方はゲイ社会とは真っ向から対立するものがあるという。

ゲイ文化というのは社会の枠に対してどれだけ挑戦できるかという自己表現の文化であり、母なる自然が作り上げた偉大なる実験体だと主張する。だから英雄や偉大な発明家にはゲイが多いのだとしたうえで、自分もそうした特殊な才能を持つゲイのひとりだと自慢。

それに比べてトランス活動家のやってることは、他人の行動を制御することばかり。トランスたちはヒューモアのかけらもない、差別屋で嫌悪的で退屈な奴らだという。トランスは法律を作って他人の行動をコントロールすることしか興味がない。

「正気言って、もうトランスはたくさんだよ。」

ミロは、そう思ってるゲイやレズビアンはけっこう居るはずだという。ただ、そういうことを口に出すとトランスが権力を握っているLGBTコミュニティーのある運動家から締め出しを食うのでやたらなことはいえないのだ。以前にも紹介したが、トランス女は女性ではないといったフェミニストの大御所大学教授の面々が多々の講演かキャンセルされるている。

以前にも紹介した考えだが、トランスはその根本からして反同性愛者だという議論がある。ゲイやレズビアンは男ならこうあるべき女ならこうあるべきというステレオタイプの常識を破って生きている人々だ。だがトランスは社会のステレオタイプにわざと自分を当てはめてしまおうとする考え方だ。

男性が女性っぽいしぐさをしたり、女装趣味があったり、男性に恋をしたりするのは、男性としてのステレオタイプに当てはまらないので、トランスの理屈でいくと、すぐさま女性となって暮らすべきとなってしまう。あげくのはてに極端なホルモン治療や性適合手術を押し付けてくる。男性でも女性でも単に一風変わったクイアーな人々で暮らすことを許容しないのだ。

ミロも指摘しているが、性同一性障害が精神病であるならば、その治療法は異性ホルモン投与や性転換手術にだけ限りるのは建設的なやりかたではない。精神病なら先ずは精神カウンセリングからはじめるべきではないのか。自分を異性と思い込む妄想の治療は他にも色々あるはずで、なぜいつも整形手術にまで及ばなければならないのだろうか。

トランスの台頭で、一番迷惑を蒙るのは女性や子供たちであるが、ゲイやレズビアンたちも被害を受けるのだ。LGBTからトランスを取り除こうといい始めたグループは、トランスが推し進めるトイレ法は女子や子供が安心してトイレやシャワーの使用ができなくなる女性迫害の悪法だと訴える。

本来なら同性愛者の味方であるはずのいわゆるゲイマガジンや左翼フェミニスト系のマガジンなどでも、トランスが幅を利かせて圧倒的なトランス支持。これらの雑誌はラディフェミは極右翼のプロパガンダを信用してトイレ法が女性や子供を虐待するという「神話」信じていると批判する。トランス支持派はトイレ法によって女子がトランス女から暴力を受けた例はひとつもないという。だが、トイレ法反対派は最初からトランス女が女性を暴行するとは言っていない。トランス女のふりをした痴漢男が覗きや痴漢を行なう危険性について述べたのである。それをわざとすりかえて「そんな例は一件もない」といってのけるずうずうしさ。

トイレ法の怖さは、単に男子生徒が女子生徒の更衣室に入ってこれるというだけでなく、女性だと言い張る男子の女子運動チーム参加も許容する。もともとスポーツ競技で男女を分けるのは、男子と女子では肉体的強さに極端な差があるからだ。こういうスポーツに女装男(かならずしも手術は必要ない)を取り入れて女子チームとして競技するなら、女装男のいないチームは圧倒的に不利である。これが女子競技といえるのか?

その言葉とはうらはらに、左翼リベラルのやることは常に女子供を犠牲にする。同性愛社会もトランスによって被害はうけても何の恩恵もうけてはいない。LGBTからTをはずすのは当然の道理だと思うけどね。

トランス支持派が「神話」だといいはるトランスを装った強姦魔の例:

トランス女を装って女性シェルターで連続強姦に及んだ変態男つかまる。

トロント市ではこの間ヒューストン市の住民投票で棄却されたトイレ法を2012年に通してしまった。その同市において、クリストファー・ハムブロック(37歳)なる男は、トランス女を装えば女性専門シェルターに入れると考え、トランスを装って同施設に入会し、2012年にシェルターに住む数人の女性を強姦した罪で2014年有罪となった。


November 11, 2015, 現時間 4:00 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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November 6, 2015

男を女子トイレに入れるな! ヒューストン市民投票バスルームビル(トイレ法)を断固拒否

フェミニズム , 同性婚 , 宗教と文化

アップデートあり:コメンターのアンデルセンさんが紹介してくれた記事で、日本でも同じようなことが起きる可能性があると感じた。後部参照。

先日ヒューストン市で行なわれた選挙において、性適合障害男性の女子用施設の使用を許可する法案が、市民投票によって惨敗した。この法律はヒューストン市議会が二年前に強引に通し施行して三ヵ月めに市内の牧師や神父らの訴えで一時差し止めになっていたもの。法律反対派が十分な署名を集めたことから今回の選挙で市民投票にかけられ決着をつけることとなったのである。

ヒューストンの法律は、正式にはヒューストン平等人権法(HERO)提案1という名前で、その名目上の目的は性同一性障害や性嗜好によって就職や公共施設の使用や住宅選択などで差別されないためというもの。企業、個人営業、住宅など、違反者は最高5千ドルの罰金を課されるというもの。ただし宗教団体は対象にならない。

トランスやゲイやレズビアンを差別しないことの何がいけないのか、という疑問が生まれるのは当然だが、「差別しない」とは具体的にどういうことを指すのか。ここに問題があるのだ。

この法律では、自分が女性だと感じている男が女子トイレや更衣室やシャワー室を使用することが可能になる。実際に性適合手術を受けていようといまいとに関わらずである。ということは、実際にトランスジェンダーではない覗きや痴漢男が女子施設に入室しても一般人は文句を言えないことになる。女性が脅威を感じても警備員を呼ぶことも警察を呼ぶことも出来なくなるのである。極少数の変態人間の性嗜好のために人口の五割を占める女性たちが犠牲になるという悪法なのである。

無論法律提案者の言い分は、人権を平等に守る差別を禁止する法律のことをトイレ法などという言葉を使って市民を怖がらせるのは卑怯なやり方だというもの。この法律の目的はトランスジェンダーやゲイやレズへの差別をなくすことにあり、女子トイレやシャワー室に変態男が入るのを許可するものではない。反対派の言ってることは嘘だ、嘘だ、嘘だらけだア~!というものだ。

しかしここで私は反対派の言い分は嘘だと言う支持派に聞きたい。

この法律において、全く女性に見えない普通の男が自分は女性だと言い張って女子施設を使用することは可能となるのか?

もしその答えが「イエス」であるならば、もうそれ以上の議論は必要ない。他にどんな差別廃止だの人権だの平等だのという言葉で飾り立ててみても、変態痴漢男による女性や女児への危害を誘発するような法律は断じて通すべきではない。これ、常識である。

『反対派の主張は一般人に恐怖を煽るだけの嘘八百だ』という支持派の意見を二つほど読んでみたが、上記のシンクプログレスにしてもこの記事にしても、反対派はアンタイゲイだとかヘイトスピーチだとか言うだけで、それがどういうふうに嘘なのかという説明がまったくされていない。

支持派の言い分は、HEROはトイレ法ではない、この法律は差別をなくすためのもので、女子トイレとは関係ないの繰り返しである。

もし10歩譲ってこの法律の意図が女性や女児を痴漢の危険にさらすものではないとしても、この法律がその危険を誘発するのであれば同じことである。この法律によって女性や女児が危険にさらされる可能性がないというのであれば、この法律がどのように痴漢が女子用施設を使用することを防ぐことが出来るのか説明すべきである。

法律支持派は極右翼が恐怖を煽ることによる憎しみに満ちた運動によって法案が崩れたと主張するが、事実は一般市民の常識がものを言った結論だったのである。

カリフォルニアでも全く同じ法律が今訴訟によって差し止め状態にある。市民の署名が集まればヒューストンと同じように住民投票に持っていけるのだが、カリフォルニアはテキサスよりはずっと左翼リベラルである。まだまだその道は険しい。

だがいずれはカリフォルニア州民も常識で投票してくれるもと私は期待している。

白浜、女装して女湯入った疑い

2015年11月8日(日)19時42分配信 共同通信

 和歌山県警白浜署は8日、男性なのに女装して公衆浴場の女湯に入ったとして、建造物侵入の疑いで中国人の自称会社員、夏良容疑者(36)を現行犯逮捕した。

 同署によると、着物姿にロングヘアーのかつらを着用し女湯の脱衣場に侵入。バスタオルを巻いて風呂に入り自撮り棒を使ってスマートフォンで撮影を始めたため、不審に思った女性客が浴場の係員に通報、110番した。

 スマホには入浴中の女性は写っていなかった。夏容疑者は容疑を認め「女湯からの景色がきれいと聞いていた」と話しているという。

 逮捕容疑は8日午前10時半ごろ、白浜町の露天風呂「崎の湯」の女湯に、侵入した疑い。

November 6, 2015, 現時間 9:22 AM | コメント (4) | トラックバック (0)

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October 31, 2015

チェコの反モスレム女性マネキンに見た韓国慰安婦像のつまらなさ

フェミニズム , ヨーロッパ , 東洋危機 , 移民問題

最近のヨーロッパの移民問題に注目していて気がついたのは、モスレム移民を大手を広げて歓迎しているのは主に西ヨーロッパの国々で、東ヨーロッパ諸国は移民の通過さえ快く引き受けていない。特にオーストリアと国境を接しているチェコではアメリカも含め、西側諸国のメディアが報道しないモスレム移民の脅威についてきちんと報道しているように思える。

さて、そのチェコのプラハで、去る8月、白いシーツにくるまれて血まみれになって座っている女性のマネキンがあちこちに置かれた。これはモスレム移民によって急増している強姦に抗議した反モスレム運動の一部だった。マネキンの横には「強姦の末妊娠」とか「姦淫の罪」とかいう罪名が書かれた看板が置かれており、あきらかに投石処刑になったモスレム女性の姿を描写したものだった。ビデオのリンクはこちら

私は以前から思っていたのだが、韓国の慰安婦問題で女性の人権云々の唱える自称フェミニストたちや、アメリカの大学で大学構内のレイプカルチャーなどとが成り立てる女学生たちは、何故本当の女性虐待の最たるものであるイスラム教を批判しないのだろうか。

第二次世界大戦中の慰安婦のことを「性奴隷」だったと批判している暇があったら、実際イスラム国やボコハランなどのモスレムによって略奪され奴隷とされたイラクのヤジーズ族やシリアのキリスト教徒やアフリカの女子中学生などについての批判をすべきではないのか。何十年も昔の話を掘り返して「二度と繰り返してはならない」などとくだらない像など建てて人権擁護の運動家みたいな自己満足だけして、今現在起きている女性虐待、人権迫害の事実に全く無関心な奴ら。

ま、韓国政府がそういうことをやるのは政治的な理由だから理解できるとしても、一般の韓国人やアメリカ人や日本人までもが、いつまでも慰安婦問題を取りざたする動機がまったく理解できない。

慰安婦像建設や日本政府による謝罪や保証を反対する人々の気持ちは無論理解できるが、私が反対運動すらもあまり興味が持てないのは、世界中で今現在起きている恐ろしい悲劇について、世界中の人々が目を瞑っているように思えるからなのだ。

シリア難民の件は日本には関係ないと思う人も多いのかもしれない。だが、これはシリア難民問題だけでは収まらない問題なのである。シリア難民は単なる症状なのであり、これはモスレム世界侵略の兆候なのである。それを理解しないと日本もいずれひどいことになる。ヨーロッパ諸国がモスレム国になったら世界中が第三諸国へと変化するのだ。

フェミストたちが現在の状況を男尊女卑だなどと贅沢に苦情を言ってるうちに、女性たちは全身をブルカで覆うことを強制され、イスラム教を信じない男女が奴隷として売買され、同性愛者は投石処刑される、などということが日常茶飯事になるのである。

イラク・アフガン戦争の頃は突撃派記者として米軍に従軍したりして活躍したマイケル・ヨンなど、本来ならヨーロッパの移民問題やシリア戦争などについての取材をしているべきなのに、東南アジアで細々と慰安婦問題の記事を書いているというのも、何か情けない気がする。

フェミニストと自負して全くモスレムの女性虐待に無言な人間など、フェミニストの風上にも置けない。

プラハに建てられたちゃちなマネキン人形のほうが立派な彫刻家による銅像なんぞより、よっぽども迫力がある。

October 31, 2015, 現時間 11:45 AM | コメント (4) | トラックバック (0)

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October 10, 2015

トロントの大学、男女共同シャワー室で男子生徒が女子生徒の裸を撮影

フェミニズム , 同性婚

ここでも何度か紹介したが、アメリカの各地でいわゆるバスルームビル(トイレ法)という悪法が提案されて問題になっている。この法律はトランスジェンダーの人々が自分が正しいと感じる性別のトイレやシャワー室や更衣室の使用を許可するというもの。テキサスやカリフォルニアでは反対派の強い抵抗に合い、11月に行なわれる選挙で市民の直接投票でその是非が決められる予定である。さて、PC派が優勢なカナダではいち早くこの悪法が施行されていたようだが、昨日トロントの大学で男女共同シャワー室で男子生徒が携帯電話のカメラを使って入浴中の女子生徒を隠し撮りするという事件が起きた。大学側はこの事件を真剣に取り扱い、男女共同シャワー室制度は一時的に停止すると発表した。

アホか!

性欲旺盛な大学生の男女を裸で同じ部屋に置いておいて何も起きないと思うほうがおかしい。だが、左翼リベラル典型メディアのタイムスの記事が象徴するように、トイレ法支持者はそんな心配は保守派の被害妄想だと主張している。

注意:タイムスは読者を混乱させるためにか「バスルームビル(トイレ法)」は保守派がトイレやシャワー室の男女共同使用制度を阻止するために提案したものだとしているが、一般にバスルームビルとは男女共同使用促進案のことを指す。混乱のないようにここでは保守派の提案は「反トイレ法」とさせてもらう。

保守派は(反トイレ法)は人々のプライバシーや公共安全のために必要だという。保守派の一部ではトランスジェンダーは妄想を持っていると主張する。「女だと思い込んでいる男が女子トイレに入ってくるなんてとんでもない」とメリーランド州の女性は2014年に行なわれたLGBTの非差別法の公聴会で供述した。しかしもっと一般的な議論は、トランスジェンダー女性に門戸を開けるということは、女性の空間に性犯罪者や十代の男子らの覗きを招き入れる危険があるというものだ。(略)

しかしそんな心配を正当化する根拠は全くない。(強調は本文より、カカシではない) すでにいくつかの州や学校区や企業が、トランスジェンダーの人々が自分らの性アイデンティティーと一致する施設の使用を保証する制度を施行しているが全く問題はおきていないという。革新派(カカシ注:左翼リベラル)のメディア注犬のメディアマタースが、この方針を施行している17つの学校区に、セクハラやわいせつ行為があったかどうか聞いたところ、そのような行為があったという話はまったくなく、(メディアマタースは)こうした心配は保守派や政治家たちが人々の恐怖を煽って自分らのLGBT恐怖症を隠そうとしているにすぎないと主張している。

保守派の被害妄想ね、トランス恐怖性人間が恐怖を煽っているだけね、

ハッ!

私がこういう公聴会で質問を許されたなら、ひとつ聞きたいことがある。

「この制度において、トランスではない普通の男性が自分はトランスだと言い張ったばあい、彼の女子施設への入室は許可されるのか?」

ということだ。いまや小型カメラは誰もが持っている時代。普通に歩いていても女子のスカートの下からパンツの撮影をするようなけしからん変態男がいくらもいるというのに、女子シャワー室に男子の入室を許可しておいて、女子生徒の裸の隠し撮りがおきないと思うほうがおかしい。この事件は起こるべくしておきたことと言える。

メディアマタースが調査したという学校区の関係者たちの証言も当てにならない。彼らはこの法律を完全支持している人々であり、実際に問題が起きているなどということを公表するはずがない。実際に警察沙汰にでもならない限り、問題が起きても学校側や教育委員会がもみ消す可能性が大である。すでに被害を受けている女子生徒や父母たちが脅迫されて沈黙を強いられているとも考えられる。

このトロントの大学での事件は、トイレ法反対派には非常に良い例として、今後の反対運動に多いに使ってもらいたい。

October 10, 2015, 現時間 11:41 AM | コメント (5) | トラックバック (0)

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October 4, 2015

政治トークショーでトランスジェンダー(女装男)に挑戦して脅迫された保守派評論家の反撃

フェミニズム

以前にもピアース・モーガンの反銃所持姿勢に真っ向から挑戦して圧勝した保守派政治評論家のベン・シャピーロが、三ヶ月ほど前にテレビのトークショーで番組の途中で別のゲストであるトランスジェンダー(女装男)から首をつかまれ脅迫されるという事件があった。これだけならさほど話題にはならなかっただろうが、番組の翌日シャピーロはこの女装男を傷害罪で警察に訴えたことで大きな話題となった。

ことの起こりは今年の7月、CNNのドクタードリューという政治討論会番組で、左翼リベラル6人対保守派のベン・シャピーロ一人と言う公平なゲスト構成での討論で、元オリンピック陸上金メダル選手のブルース改めケイトリン・ジェナーがアーサーアーシュ賞に輝いたことについての話しが出た。シャピーロ以外のリベラルたちはジェナーのことを褒めちぎっていたが、それに対してシャピーロは、「なぜ妄想を祝福するのだ」と疑問を投げかけた。

シャピーロは、ジェナーの遺伝子はどの細胞をとってみてもXYという男子であり、ジェナーは男性器も取り除いていないレッキとした男性であり、精神病患者の妄想を奨励するのはおかしいと話しはじめると、シャピーロの隣に座っていた元男性リポーターで今はトランスジェンダーでゾーイ・ターと名乗る女装男が「あなたは何を言っているか解っていない、遺伝子で性別が決められないことは誰もが知っている。あなたは遺伝子の知識などない、、」と責め始めた。それに答えてシャピーロは、「あなたの遺伝子は何ですか、サー?」と問いかけた。「サー」というのは男性に向けられる敬称で、尊敬をこめた丁寧な言葉遣いである。シャピーロは決して皮肉で言ったのではなく、意見の違う相手に敬意を評しての言葉使いをしたのであるが、ターは男の敬称で呼ばれたことに激怒し、シャピーロの首筋をつかんでシャピーロを自分のほうに引き寄せ、「それは止めろ、さもないと救急車で送り返すぞ」と脅した。

このおよそ文明人と思えない行為にシャピーロはびっくりして、「それは政治討論会にふさわしくない発言ではありませんか?」と上品な態度を崩さずに質問した。

シャピーロは後に、このビデオをみた母親が「レディとは思えない態度ね。」と感想を述べたことに対し、自分はターの失礼な態度に驚いたため、即座にそういうことは思いつかなかったと語っている。それは当然だ。シャピーロは男なのでターの下品ではあるが男としては珍しくない態度を不思議に思わなかっただけだ。実はこのビデオを見た女性であるカカシの反応もシャピーロのお母さんと同じだった。

後にターをインタビューしたリポーターはターが「普通の女性なら当然な反応をしめしただけよ。」と答えたといっているが、これこそいかにターが女性を理解していないかを顕著に表している。

普通の女性は意見の違う相手に対して暴力的な脅迫はしない。特に相手が男性ならなおさらである。それは物理的に身体も大きく筋力も強い男性に女性は腕力では対抗できないからである。たとえ相手が同じくらいのサイズの人間でも男と女の筋力は比べ物にならない。だから女性は男性と立ち向かうとき、暴力ではなく別なやり方で応戦するのだ。

ターは女装しているとはいえシャピーロよりもずっと図体がでかく腕力もありそうにみえる。理論上で戦えない野蛮な男なら小柄なシャピーロを暴力で威嚇するのはオスとして自然な行為である。だがターが本当の女性であれば、たとえシャピーロが小柄でも男性に対して暴力で脅迫するなどということは普通ありえない。そんなことをしても男性には真剣にあつかってもらえないし、第一女性には男性にないもっと強力な武器があるからだ。

同じ討論会に参加していた本物の女性は、シャピーロのようなトランスに対する憎悪がトランスジェンダーたちの自殺につながるのだ、と感情に訴えた。シャピーロの単なる意見を「憎悪」にすりかえ、トランスたちの自殺をシャピーロのような意見が原因だと罪悪感を押し付ける、卑怯ではあるが、非常に女性的な攻撃である。普通の女性ならこういうふうに感情に訴えた応戦をする。ターのやり方はいじめっ子男子の典型であり、およそ普通の女性の対応ではない。

シャピーロは常に左翼リベラルによる反対意見弾圧を「ブリー」という言葉で表している。「ブリー」とはいじめっ子という意味だが、「いじめる」という動詞にも使われる。シャピーロは左翼リベラルのブリーには断固戦う必要があると述べているが、今回もターの脅迫を警察に訴えるというやり方でシャピーロは左翼リベラルのブリーに応戦した。

無論左翼リベラルの間ではシャピーロが腰抜けだとか、警察い訴えるなど女々しいとか批判しているが、もしもこれが反対にシャピーロが女装男の首をつかんで「黙らないなら救急車で送り返すぞ」などとやった日には、いったい何秒番組で持っただろうか、とシャピーロは後に番組の司会者であるドクタードリューに質問している。

保守派の正当な意見をハラスメントだ人種差別だと大騒ぎする左翼リベラルも、自分らの行為を批判されると相手の反応が大げさだと言う。ひとりのリベラルリポーターなどシャピーロこそが「ブリー」だと言い張る。6対1の討論会で袋叩きにされながら整然と反対意見を述べたシャピーロにゲストの一人が暴力で脅迫したのに、シャピーロこそがいじめっ子だという。

さすがリベラルならではの屁理屈だ。

October 4, 2015, 現時間 5:18 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 27, 2015

本当の女性虐待よりネット上の言葉の暴力を規制すべきと言う現代フェミニストの偽善

フェミニズム

ブレイトバートニュースでMilo Yiannopoulosが、国連フェミニスト団体がネット上での女性に対する暴力を規制すべきという訴えをしている記事を報告している。

この「女性や少女に対するネット上の暴力」云々というキャンペーンは、彼女達の求める言論規制にに従わないサーチエンジンは政府によってアクセスを禁じるべきという訴え。で、どのような女性にたいする暴力的な言論や画像や動画が規制されるべきだというのかといえば、

UNはどのような内容を規制すべきだというのだろうか?ISISの勧誘ビデオ、たとえば女性を強姦と奴隷の生活におびき出すような?シリアからの処刑ライブストリーム?復讐ポルノやスナッフビデオ?ウェッブは危険でトラウマを起す内容には事欠かない。不均衡に女性に悪影響を及ぼす内容が満載されている。

とミロは書く。全くその通りだが、フェミニストがそんなことに興味があるはずがない。国連フェミニストたちが規制したいのはフェミニストの発言に対する批評である。国連で発言したフェミニストのアニータ・サーキーシアンによると、ネット上の「ハラスメント」は違法とか合法に関わらず、毎日のように「嘘つき」「お前は駄目な奴だ」といった暴力的で嫌悪に満ちた発言やそうした発言を含むビデオに問題があるという。

ユーチューブでフェミニスト関連のビデオを見ていると、確かに馬鹿げたフェミニストの考えを批判するビデオがいくらでもある。しかしどのビデオでもフェミニストたちを暴力で脅迫するような内容は見当たらない。実際フェミニストたちの主張は馬鹿げたものが多いから、暴力的な脅迫などしなくても、いくらでもいわゆる「つっこみ」を入れる隙がある。彼女達の言ってることをそのまま繰り返すだけで、いかに彼女達が馬鹿げているかが顕著になるので批評すら必要ない気もする。

ま、とにかく、であるのでフェミニストたちはそういう真実の暴力や脅迫の犠牲にはなっていないので、彼女達はハラスメントとか脅迫の定義を変えようとしているのだ。つまり、アニータ・サーキーシアンによれば「お前は駄目な奴だ」という単なる批判が「ハラスメント」ということになり規制の対象になるというのである。

ゾーイ・クィンというフェミニストはパトレオンというサイトで月々3000ドルも集めて、世界中を飛び回っていかに自分が「ハラスメント」の犠牲になっているかという講演を行なっている。だが、実際に彼女が誰によってどのような犠牲になっているかその実態はつかめていない。

つまるところ、フェミニストたちは実際に世界で起きている恐るべき女性虐待には全く目を向けず、自分たちのフェミニストアジェンダへの批判の声を押しつぶそうとしているのである。ひ弱な女性たちが自分らの弱さを認められずに「いじめないで~」と悲鳴を上げているだけなのだ。

彼女達は口だけは威勢がいいが、実際に女性虐待の悪と戦う勇気などまるで持ち合わせていない。本当の悪には立ち向かう勇気がないから存在しない架空の悪と戦おうとする。そしてその戦い方は反対意見との議論ではなく、反対意見弾圧である。自分らの勝手な妄想をただただ独り言のようにつぶやき、いやが鳴るたて、聞きたくない我々に無理やり押し付ける。自分だけで正義ぶってる偽善者なのである。

September 27, 2015, 現時間 4:07 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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September 25, 2015

中絶した胎児の臓器販売がばれたプランドペアレントフッド、政府からの補助金は停止されるべきとフィオリナ候補

アメリカ内政 , フェミニズム

共和党から大統領に立候補しているカーリー・フィオリナ女史は、前回のフォックスニュース主催の討論会で中絶した胎児の臓器を販売していたことがばれたプランド・ペアレントフッドへの政府からの補助金は差し止めるべきだと主張した。これに対してプランド、、の方はフィオリナが表現した隠しビデオの内容は事実ではないと反撃している。

プランドペアレントフッドというのは妊娠人工中絶施設で一応非営利団体として政府から多額の補助金をもらって経営されているが、最近になって中絶した胎児の臓器を病院や医療研究所に販売していたということが、保守派の団体が臓器の顧客を装って隠し撮りしたビデオによって暴露された。これについて詳しく日本語で書いているサイトがあるのでご参照のこと。

2014年7月、PPが堕胎する女性に赤ちゃんの臓器や細胞の販売を持ち掛けているのではないかとの噂に動き出したのは、医療専門家とジャーナリストで構成され、医学の倫理と進歩について監視活動を続けている「The Center for Medical Progress」という団体であった。2名がバイオ医薬品企業の社員のふりをし、ロサンゼルスのレストランでPPのシニアディレクターであるデボラ・ニューカトラさんとビジネスランチ。それを隠しカメラが撮影し続けたのであった。

グラスのワインをかたむけながら説明するデボラさん。「堕胎した赤ちゃんから摘出された臓器や細胞を欲しがっている人が世の中には大勢おり、時には下肢や筋肉まで求められている。中絶を行うウチの施設では、潰さないよう気を付けながらそれらを摘出している。特に心臓、肺、肝臓に関しては評判がよい」などと語っている。

アメリカの連邦政府は人工中絶を合法として認めているが、多くのアメリカ人が宗教的な理由から中絶には反対している。単に中絶を合法とするだけならまだしもだが、PPのような中絶施設を税金で補助するというのは中絶反対の有権者にとっては非常な憤りを感じる。しかも、そのPPは非営利団体と名乗りながら、堕胎した胎児の臓器を販売して大儲けしていたというのだから許せない、と思うのは当然。フィオリナはそういう保守派の人々にPP政府補助金の差し止めを訴えているのである。

共和党議会もPPへの補助差し止めの法案をすでに提出しているが、上院のミッチ・マカーノ議員は腰抜けなので、上院でこの案が通ることは先ずないだろう。よしんば通ったとしても、オバマ大統領は大統領否決権を使って否決すると宣言している。

8月に行なわれた世論調査では63%の有権者がPPへの補助金差し止めに反対と答えているが、主流メディアが臓器販売の隠しビデオについてほとんど報道していないので、どれだけの有権者が臓器販売スキャンダルを知っているのかかなり怪しい。共和党議会がオバマや民主党に屈せずに法案を推し進めれば、メディアもスキャンダルについて語らざる終えなくなる。そうなれば国民のPPへの支持も減るのではないだろうか。

共和党の体制派ははなからこの法案を通す戦いには尻込みしている。だが、保守派共和党員の間からは、これは戦う価値のある法案だという声が高まっている。それでもマカーノ議員が提案を進めるのを拒否すれば、共和党上院リーダーの座を失う可能性がある。私はいい加減マカーノにはやめてもらいたいと思っているので、これはいい機会かもしれない。

September 25, 2015, 現時間 12:49 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 21, 2015

女性の自己防衛は強姦防止効果があるのに抵抗が強いのは何故か

フェミニズム , 教育と政治

最近フェミニストの間では大学構内で強姦が蔓延しているという神話がまことしやかにささやかれている。囁くというより喚かれているといった方が正しい。女子学生は大学在学中の四年間で強姦にあう可能性が20%以上もあるという似非調査が幅を利かせているのだ。実はこの調査は嘘八百というかものすごくひどい調査なのだが、ま、それはそれとして置いといて、女子生徒を強姦魔から守ろうと自衛教室を設けその効果について調査した大学がある。その結果、自衛は非常に役立つという結果が出た。ところが何故かフェミニストたちからは自衛を奨励するどころか批判する声の方が多く聞かれる。

ニューイングランドジャーナルオブメディスンに発表された調査によると、女子大生に性犯罪の兆しに気がつく訓練及び性的攻撃に抵抗する術に関する徹底した訓練を施したところ、次の年、この訓練を受けた女性は受けなかった女生徒に比べ46%近くも強姦にあう可能性が減ったというもの。

この訓練の中で一番効果があったのは、女生徒たちに性犯罪が起きる状況を避ける術を教えたこと。つまり、どういう状況が危険であり、どのように状況がエスカレートするのを防ぐかという知識を与えたことにある。

女性の人権向上を建前にしているフェミニストたちが何故この訓練に関して批判的なのかといえば、性犯罪防犯の責任をすべて女性に託しているということにある。襲われた時にどのように自分を守るかということを教えるのは、強姦は起きるものなので女性はそれに備えるべきという前提があり、男性に強姦をしないように教育するということが欠けているというものだ。これは病気に例えるなら、病原を取り除かずに病状だけを治療するようなものだというのだ。

こういうことを言う人に聞きたいのだが、じゃあ、あなた方は出かけるときに家の鍵をかけないのかと。

はっきり言ってだ、野蛮なイスラム社会じゃあるまいし、アメリカの大学に通っている男子学生が強姦が悪いことだと知らない訳はない。大学生にまでなって学校で「強姦は犯罪です。やってはいけません」なんて教えられなきゃ態度を改められないような人間は文明人の資格はない。そういう状況であえて強姦に及ぶような不道徳な人間にはそんな教育は意味がないだろう。

しかし、女性が自分の態度を改めて強姦を防ぐということは、強姦魔に「私ではなく、別の子を強姦してよ」という言うようなものであり、強姦を減らすことには役立たないという意見もある。だが、女子大生たちが自衛に非常な神経を払い自衛訓練なども受けていれば、大学構内における強姦の数を減らすことは出来るはずだ。「別の子」が居ないような学校になることに勤めればよいではないか、何故それがいけないのか?

フェミニストの言うことは洋の東西を問わず個性がない。これはずっと以前にカカシが出会った自衛は害あって益なしと唱えていた日本のフェミニストたちの言ってたことと全く同じである。

無論我々はフェミニストたちの建前を信じてはいけない。彼女達の本当の目的が女性を守ることにあるなどと間違った考えを持つと彼らの行動の意味が理解できくなる。だいたい現代フェミニストたちはフェミニズムより社会主義のファシストだ。彼女達の本当の目的は人々をコントロールすることにあるのだ。

社会主義は全体主義であり、個人主義の敵である。だから個人の力が強くなることを恐れるのだ。左翼リベラルにとって個々の人々が弱者のままに留まり、自分たちに全面的に頼り切ってくれる状況こそが理想なのだ。市民にやたらに自己防衛などされて、彼らが政府を頼りにしない自立心をもったりしては、市民を左翼リベラルの思い通りに支配することが出来なくなる。

アメリカでリベラル政治家たちが国民保険を押し進めるのも、アメリカ市民から、個人が民間の保険を選ぶなどという選択力を奪いたいからだ。彼らが小銃携帯による自己防衛を忌み嫌うのも全く同じ理由からだ。

左翼フェミニストたちは本気で自衛は効果がないなどとは信じていない。いや、むしろ自衛には多大なる防衛効果があると思っている。だからこそ、そんな効果的な方法で個々の女性らが自分の身を守って強くなるなどということは許せないのだ。そんなことになったら、か弱き女性たちに自分たちだけが頼りにされるという保証がなくなってしまう。

学校側がどれだけ自己防衛教室などを設置しようと、フェミニストたちの学校批判は収まらない。彼女たちの目的は架空の強姦文化を推し進めることによるフェミニストのコントロールする学校体制をつくることにあるのだ。

June 21, 2015, 現時間 2:03 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 14, 2015

人種は生まれつきだが、性別は社会的建造だと言える左翼リベラルの倒錯した理屈

フェミニズム , 狂ったメディア , 科学

昨日も紹介したが、レイチェル・ドレンザルという地方黒人人権団体の幹部を務め、大学で黒人学の教授までやっている、いわゆる黒人の人権活動家である女性が実は白人だったという話が今ものすごい話題になっている。特に元オリンピック男子陸上金メダリストのブルース・ジェナーが性転換中を発表した直後のことだったこともあり、男が髪型を変えて化粧してドレスを着れば女だということになるのなら(ジェナーは性別適合手術をまだ受けていない)白人が髪型を変えて黒っぽい化粧をすれば黒人ということになるのではないか、という問いかけがあちこちでされている。だがこれについて、黒人運動家の間からは、ドレンザルとジェナーを比べるのは筋違い。人種は生まれつきだが性別は社会的創造だ、と平気で言い張る輩がいて全く笑っちゃうのであった。

白人のレイチェル・ドレンザルが10年近くも黒人として生きてきたことに関して、ドレンザルは気がふれていると主張する意見が多く聞かれる。ツイッターでは“dolezal crazy” (クレイジー)とか“dolezal nuts” (気違い)といったハッシュタグには多くの意見が寄せられている。

それについてフェデラリストのショーン・デイビスは、

ドレンザルがしてきたことと、ジェナーが現在していることと、いったいどういう違いがあるというのだ?レイチェル・ドレンザルは黒人ではない。ケイトリン(ブルースの女性名)ジェナーは女ではない。(略)レイチェル・ドレンザルが洋服を変えメーキャップを変え髪形を変えても黒人にはなれない。明らかな理由から皆それにはほぼ同意している。赤をいくら青を呼ぼうとも赤は魔法のように青には変われない。

にもかかわらず、左翼やメディアはブルース・ジェナーが名前を変えて洋服を変えてメーキャップをかえて髪型をかえただけで、女に変われると言い張る。どうもってくればでジェナーは英雄だがドランザルは精神病患者だという理屈が成り立つのだ?

『ドレンザルが白人として黒人運動に参加していたなら問題はないが、黒人の振りをしていたことに問題がある』と書いているツイッターに対し、デイビスはジェナーがガールスカウトの指導員になるのは問題ないのかとたずねたところ、返事は「ケイトリン・ジェナーは女性の振りをしているわけではない」という返事が返ってきた。

ちょ、ちょっとまったあ、多少でも事実を把握できる人なら、何の手術を受けてない(手術をしたからといって染色体を変えられるというわけではない。染色体のみが性別を確定できる。)ジェナーが女性の振りをしているわけではないって? いったいどうすればジェナーがやっていることとドレンザルがしてきたことが酷似している事実に気がつかないでいられるのだ?ほぼ一夜にして人種は社会的建造であり性別は生物学的建造であるという観念が逆転してしまったようである。

デイビスが言うように、単なる女装男が自分は女だと主張しただけで社会が彼を女だと認めなければいけないというのであれば、自分は黒人だという白人の主張も認めるしかない。それがいけないというならその理由をはっきりさせるべきだ。

もっとも左翼リベラルがきちんとした理屈で反論など出来るわけはない。彼らの反応はジェナーとドランザルを比較すること自体がトランスフォビアでありレイシズムなのだ、やめろ~!である。議論できないと相手を差別者扱いして黙らせるのが左翼リベラルの常套手段。

それよりは、まだましな議論をしている場合でも、これなんか読んでいて私は笑ってしまった。要約すると、「トランスレイシャル」という観念は、黒人としての差別とか弾圧とかいった体験を肌で感じたことがない人間が、黒人の特権だけを利用する行為だ。こういう行為は人種のステレオタイプを促進することに他ならず、黒人の振りをしさえすれば黒人であることを「感じる」ことが出来るという誤った観念を広めることになるというもの。

あれ~?この議論、どっかで聞いたことないかあ?「トランスレイシャル」を「トランスジェンダー」に置き換え、「黒人」を「女性」に置き換えれば、これはラディフェムがトランス女について言ってることとそっくりそのままではないか?

はっきり言って、白人が黒人の振りをしたからといってそれほど害があるとは思えない。こんなことは、政府や大学や企業が少数民族に対する特別扱いを止めれば済むことだ。白人であろうと黒人であろうと東洋人であろうと、大学入試の合格点数が黒人のほうが白人や東洋人よりずっと低いとか、就職の際に黒人が優先されるといたことさえなければ、誰がどんな肌の色で暮らそうと社会的な影響は全くない。

だが、男性が女性として女性社会に侵入してくることの弊害は膨大である。時を同じくして女子MMAのトランス女選手ファロン・フォックスが相手のタミカ・ブレンツに対して圧倒的な勝利を遂げた際、ブレンツ選手に大怪我を負わせるという事件が起きた。ブレンツ選手はこれまで色々な女子選手と戦ってきたが、このように圧倒的で強烈なパンチを受けたのは初めてだと、男子と女子の肉体的な莫大な違いについて語った。

もうすでにトランス女による女子スポート侵略は始まっている。どれだけ女装しようと男は男だ。女子が男子とまともに立ち向かって勝てるはずはない。単に試合に負けるだけならまだしも、これは女子の安全に関わることである。トランス女を女子スポーツに参加させることは女性虐待である。女性差別である。

ま、そのことについてはまた後日話すとして、トランスジェンダーが認められるならトランスレイシャルも認めるべき。この二つは切っても切り離せない関係にあるのだ。単に相手をトランスフォビアとかレイシストと呼ぶだけでは解決できない問題である。

June 14, 2015, 現時間 10:00 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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June 13, 2015

黒人を装って地方黒人団体幹部になっていた金髪の白人女性

フェミニズム , 人権擁護法

事実は小説よりも奇なりとはよくいったもので、地方黒人団体の幹部として活躍していた黒人女性が、実は全く黒人の血が混じっていない生粋のヨーロッパ系白人であることが、彼女の両親によって明かされるという事件が起きた。

NAACPという黒人市民団体のワシントン州スポケーン支部の支部長で、地元大学の教授でもあり、地元警察の市民代表までやっているレイチェル・ドレザルという女性が、実は白人だったことが先日両親の告発によってあきらかになった。両親によるとドレザルはチェコ、スエーデン、ドイツ、の血統で、多少アメリカインディアンの血が混ざっているが、アフリカ系の血は全く混ざっていないということだった。レイチェルの両親は黒人の子供を四人養子にしたが、その頃からレイチェルは黒人を装うようになったという。レイチェルはもう何年も黒人として生きてきたのだ。

ドレザルは黒人であることで色々差別を受けたとか言って、地元警察に人種差別の被害届などをいくつも出したりしていた。それが原因で彼女の背景が明らかになってしまったというわけ。

だがここで、金髪の白人女性が、髪の毛を染めてアフロにし肌の色を黒くしてまで、何を好んで黒人を装う必要があるのかという疑問が生まれる。アメリカという国の住人でない日本の読者諸氏の間には、アメリカ左翼メディアが垂れ流す『アメリカではいまだに黒人差別がひどい』というプロパガンダを信じている人もあるだろう。だが現実はその反対。以前にも何度かお話したように、アメリカでは過去の人種差別を是正するという目的でアファーマティブアクションなる法律がある。大学入学や就職や昇進に関しても、白人であるより黒人や女性やその他の少数民族であったほうが有利な場合が多くある。(例外は東南アジア系以外の東洋人、中国人、日本人、韓国人は少数民族としての特別扱いは受けない、というよりかえって差別される。)

特に大学教授のように競争率の激しい職種になると、白人であるよりなんらかの少数民族であったほうが仕事を得やすい。以前にエリザベス・ワレンという大学教授が自分はアメリカインディアン系の血筋だと嘘をついて教授の座を得たというスキャンダルもあった。

実は左翼リベラルで特に人権運動に携わる白人の中では、何かしらの少数民族を装う人は結構居るという話だ。だいたい何かの血筋が1/16なんて人なら、見た目では何人種なのかわからない。私のソーシャルメディアの友達の女性は、自分もかなり色白の黒人だが、彼女の旦那さんもやはり色白のラテン系。それで二人の間に生まれた子供二人は金髪で見た目は完全に白人。黒人とラテン系の混血には全く見えない。

はっきり言ってアメリカ人なんて多かれ少なかれこういう人が多い。だから人種なんて全く意味がないと私は思うね。それなのに人種によって特別扱いしたり差別したりということが起きるのは、本当に馬鹿馬鹿しい限り。だが、一番そういう人種差別を行なっているのが何と言っても左翼リベラル及び黒人やラテン系の人権団体なのだ。

さて、この話がブルース・ジェナーの性転換の話の直後だったこともあり、男が自分は間違った性の身体に生まれたと宣言さえすれば女だということになるのなら、自分は間違った人種に生まれたと宣言した人が別の人種として生きて何が悪いんだということになる。という議論があちこちで聞かれる。

人種は性別と違って本当にどうでもいいことだから、かえってこっちのほうが説得力あるように思うね。

June 13, 2015, 現時間 2:09 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

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June 11, 2015

トランス社会の台頭にたじたじの情けない現代フェミニズム

フェミニズム

ここ数回の選挙運動で民主党は共和党が女性に戦いを挑んでいるというプロパガンダを流し続けている。大学などでは在りもしない強姦文化/レイプカルチャーが話題になり、無実の罪を着せられた男子学生が大被害を受けたり、女子学生の繊細な神経を逆撫でするような講義はあらかじめ引き金警告(トリガーワーニング)をするようにとか言われて、大学教授たちはびくびくでまともな授業が出来ない有様。だが、実際にフェミニズム及びは女性全体に戦いを挑んでいるのは共和党や保守派や男子大学生などではなく、超過激派左翼のトランスジェンダー活動家たちなのである。

この間ニューヨークタイムスのオプエドに載ったエリノア・バーケット女史のコラムがそれを如実に現しているので、ちょっと読んでみたい。バーケット自身フェミニストのジャーナリストで、元女性研究学の教授。ドキュメンタリー映画製作でアカデミー賞を受賞したこともある。

彼女のコラムの題名は「何が女性を作るのか?」という直訳になるが、要するに「女性とは何ぞや」という意味だ。

まず、最近性転換中であると発表した元男子陸上10種目の金メダリストブルース・ジェナーが、自分は女性の脳を持っていると発言したことに対し、女性と男性では脳が違うのか、とバーケットは問いかける。

一昔前、ハーバード大学のローレンス・H・ソマーズ教授が男女の頭脳は違うという学説を発表して大批判を受けたことがある。教授はすぐさま男女差別者だといわれ同僚からは総すかんを食い、卒業生徒会からの献金が取り下げられるというひどい罰を受けたりした。

それがブルース・ジェナーが自分は女性の頭脳を持っているというと、いまや左翼リベラルたちはジェナーを聖人かなにかのように崇め奉っている。

カカシ自身は女性と男性では頭脳の働きが違うという説は納得がいく。女性と男性では同じ問題を解いているときでも脳の別の部分を使っているという研究を読んだことがある。また、男性は距離感覚に長けているので、縦列駐車とか女性よりもはるかにうまい。だが女性は言語面に長けているので、外国語を覚えるのは女性のほうが早い。これは別にどちらの性の頭脳が優れているとか劣っているとか言う意味ではない。生物学的に男性の頭脳と女性の頭脳を区別することはペットスキャンを撮ればわかるらしい。だが、ジェナーがそういう身体検査を受けたという話は聞いていない。

バーケット女史が腹を立てているのは、彼女自身がフェミニストとして身体の面では男女の違いは明らかであるが、頭脳の面では男女差はない、男女は平等だと何十年にも渡って主張しつづけ戦ってきたことをトランスたちが破壊しつつあることである。また、ジェナーが女装してバニティーフェアという女性雑誌に胸を押し上げたコルセットを着て女性のステレオタイプな姿で現れたことに関しても、女性の価値は外見だけではないと主張しつづけてきたバーケットの怒りをさらにかきたてる。

私の68年間の人生のほとんどの間私は女性たちの、我々の頭脳、我々の心、我々の身体、そして我々のムードすらもひとつの小さな箱におしこめ作り上げられたステレオタイプと戦ってきた。それが突然私が味方と思っていたひとたちが、自分たちを革新家だと誇るひとたちが自己の信念を熱烈に支持するという人たちが、女性と男性の頭脳における些細な違いによって人々の人生は最初から決められているという考えを受け入れてしまっている。

このようなナンセンスが何世紀にも渡って女性を弾圧してきたのだ。(略)ジェナーやソマーズによって我々は定義されない。それは男性が非常に長い間してきたことだ。

バーケットはトランス女が男性を捨てたいというならそれは勝手だが、自分らのの威厳を獲得するために女性たちの威厳を踏み潰すようなことはやめてもらいたいと語る。

カカシ自身、バーケットの意見には賛成だ。トランス女たちが自分たちのことを昔から女性と感じていたと語る時、彼らにとって実際に女性であることの意味などわかるはずがない。バーケットはビジネス会議の時に男性が自分の胸を見つめていたり、セックスの後でバースコントロールピルを飲んだかどうか忘れた恐怖や、混みあった電車の中で突然生理が来たときの困惑や、同僚男性の給料が自分よりはるかに多かったり、体力の差から強姦魔を恐れる気持ちなど、トランス女たちにそんな女性体験は一度もないという。

女性として生きるということは、一生を通してこういう体験をしてきたということにある。トランスジェンダーの人々がやたらに誇張する女性らしさとは程遠いものである。

だいたいからして、ブルース・ジェナーは男性としての特権をフルに生かして生きてきた典型である。ジェナーは若い頃から運動神経が発達していて、大学でも陸上の奨学金で推薦入学。女性で運動競技の奨学金をもらって大学入学するのは非常に難しい。女子スポーツは男子スポーツより虐げられているのは現実。特にジェナーが大学に行った1970年代なら今よりずっとひどかったはず。オリンピック選手としてのトレーニング中も、ジェナーは女子運動選手のようにウエイトレスのアルバイトなどする必要はなかった。背も高く立派な体格のジェナーは夜道を歩いていても何も恐れることなどなかったはず。ジェナーは1976年当時世界一のアスレートだったのだ、男の中の男だったのだ、そんな人間に女性の何がわかるというのだ?

女性の頭脳というのは色々な女性体験を元に序々に形成されたものだとバーケットは言う。

「私は間違った身体で生まれてしまった」というのも非常に侮辱的だとバーケットは言う。あたかも女性は乳房と膣によって定義されるかのような言い方だ。

バーケットはラディフェムなので彼女自身も左翼リベラル。であるから少数派の権利をやたらに主張するという面ではトランスジェンダーたちに同情する面もあると語る。だが、トランス活動が主流化するにあたり、どうしても問題になるのは、トランス女たちが自分たちの権利を「女性の権利」として主張することにある。トランスジェンダーの運動は、一般社会からの差別をなくすというよりも女性たちに対して、女性という定義を改定せよと求めるものだ。

最近では女性や女性専門用語を使うことがトランスフォビアだと責めたてられる例がいくつもある。たとえば、2014年1月、人工中絶権利の運動家マーサ・プリムトンが「1000の膣の夜」という催しを主催したとき、「膣」という女性性器の言葉を使うことで膣を持たないトランス女を阻害することになると大批判を受けた。その批判にも負けず「膣」という言葉を遣い続けると主張したプリムトンはターフ(トランス疎外者)というトランスが作り上げた侮蔑的な形容詞を投げかけられた。膣がなければ妊娠できない、そんな女に人工中絶は必要ないだろうが、そういう常識が通用しないのがトランス社会。

この「膣」という言葉が問題になった例として、1990年代にフェミニストの間で大人気になった「ザ・バジャイナモノローグス」(膣の独白)という芝居がある。これは女性独特の性体験について数人の女性たちがそれぞれ語るお芝居。それが、2015年の1月、マウント・ホーリーダイク女子大学では、このお芝居が「女性であることに関して非常に狭い見解を持つもの」という理由で上演をキャンセルした。

トランス女たちは「膣」という言葉を使わず「正面の穴」とか「体内性器」とかいう単語を使えと主張しはじめた。女性性器を穴扱いするな!と私は言いたいね!こういういことを言うことこそ女性を尊敬していない証拠。

最近では「女性」という言葉すら差別用語だと批判する輩が出てきた。拙ブログでも以前に紹介したが、中絶専門の医療センターで「女性」という言葉使いをしないようにと働きかける運動がある。その理屈は中絶は女性だけの問題ではないからというもの。もしこれが中絶の決心は父親にも関係があるというなら解るが、そういう意味ではない。ここで言う女性以外の人というのは、生物学的に女性として生まれながら生殖器だけは残して男性として暮らしていながら妊娠したトランス男たちのことを指している。

以前にも言ったが、女性として究極の役割である妊娠出産をあきらめることが出来ずに、自分は男だと主張する人間の精神状態は明らかに異常である。しかしこれらの異常者からの圧力で女性専門医療センターが「女性」という言葉使いが出来なくなっている。

また、女子大学ではトランス男たちの扱いで複雑な状態が起きている。私から言わせれば自分は男だと言い張る人間が何故女子大にいるんだと思うが、彼女たちは自分は男だといいながら女子大の生徒会などで活躍しているというのだからよくわからない。自分は女だと言い張るトランス女たちを受け入れている女子大はあるのだろうか?

女子大でもエリート中のエリートウエルスリー大学では生徒たちの間から「姉妹愛」や「彼女」という代名詞を使わないようにという要求が多く出てきているそうだ。

今や女性という概念を正しく定義つける権限はトランス人間だけに与えられた特権となったのか、トランス人間以外に本当の女性は存在しないのか、とバーケットは問いかける。

もしトランス社会の目的が男女という二つに一つのステレオタイプを壊すことにあるのであれば歓迎するが、もしそれが女性であることのアデンティーを弾圧しこれまでの女性運動の葛藤や苦労を消し去ろうというのであればそれは絶対に受け入れることは出来ないとバーケットは言う。

現実は、まさにバーケットが恐れるとおり。トランス運動家たちの目的は女性という定義の破壊だ。女性の権限弾圧だ。フェミニストたちが男女には全く差がないと主張した時からこの運命は決まっていた。男女は明らかに違うが、それを認めたうえで差別しないという方針を取っていればこういう道にはつながらかっただろう。

今、若かりし頃のブルース・ジェナーのような男子陸上選手が自分は女だと言って女性競技への参加を主張したらどうなる?今後女性競技は全てトランス女によって占拠されてしまう。女性競技は破壊される。

トランス女を女性として認め受け入れることは女性運動を完全に破壊するのみならず、女性の立場を極端に弱める方向へとつながる。女性人権の弾圧につながる。トランス女ほど男尊女卑のグループも存在しない。彼らは普通の男性よりよっぽど差別意識が強く偏狭で汚らしい運動家たちである。そういう意味で普段はラディフェムとは相対する意見を持っているカカシだが、ことこの件に関しては私はラディフェムを全体的に応援したい。

June 11, 2015, 現時間 1:22 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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June 7, 2015

ブルース・ジェナーの性転換は単なる売名行為

フェミニズム , 同性婚 , 科学

元オリンピック陸上競技金メダリストのブルース・ジェナーが今流行りのトランスジェンダーだと告白してメディアは大騒ぎ。整形手術後(まだ未完成らしい)の写真をファッション雑誌で公開した姿が美しいと評判。

は!どこも整形していない普通の男性だって女装して厚化粧してプロの写真家に撮ってもらえば信じられないほどきれいになるし、それにくわえて多々のエアブラッシやフォトショップでいくらも欠点は補える。こんな写真だけ見ても本人が実際に女に見えるかどうかはかなり怪しい。

トランス女を本物の女性として扱うかどうかという点については賛否両論がある。無論私は性転換手術なんか受けようという人は精神病を患っているのであり、その精神病に迎合するような態度を社会はとるべきではないと考えている。実はそれについて色々書こうと思っていたところ。

しかしながら、ジェナーに対する応援にしろ批判にしろ、ジェナーの本当の目的は人々の話題の種になることにあった。

ミスター苺は、ジェナーが金メダルを獲った当時、ジェナーは国民的英雄として人気の的だった。スポーツ選手を宣伝に使う朝食シリアルの箱に顔写真が載ったり、今風に言えばイケメンが幸いしてコマーシャルやバラエティーショーやトークショーなどひっぱりだこだった。しかしそれはもう40年以上も前の話し。それ以後は俳優に転向するでもなく、スポーツキャスターになるでもなく、今の若い人で陸上選手としてのジェナーを知っている人は少ないと思う。

最近のジェナーはキム・カダーシアンというリアリティーショーの美女ヒロインの継父ということでテレビに出演してはいるものの、あくまでも脇役。これといった名声があるわけではない。

ところが、自分はトランス女だと発表した途端、左翼リベラルメディアや芸能人やひいてはオバマ王までジェナーは英雄だとか勇敢だとか訳のわからない賞賛を浴びせ、今やジェナーは一躍トップスターの座に押し上った。ジェナーの演説講演費はトランス発表前の4倍の額になったというし、ジェナー主役の性転換の過程を追ったリアリティテレビ番組の公開も真近いという。

単なる売名行為だけのためにここまでやるか、という疑問もあるかもしれないが、大昔中国では宦官(かんがん)といって、自ら去勢して宮廷勤めをする人間が多く居た。宦官になることよって出世し莫大な権力を得る可能性があったからだ。タイでは今でもトランスは職業みたいなもの。同性愛者でも性同一性障害でもない男性が金儲け目的でトランス手術を受けることが後を絶たない。

そう考えれば名声や金儲けのためにトランス女になることをジェナーが決意したとしても、今の時代変態的な行為ではあるといえ、全く理解できないこともない。

まったく不思議な世の中になったものである。

June 7, 2015, 現時間 4:34 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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May 17, 2015

去勢男たちに乗っ取られた現代フェミニズム

フェミニズム

先日から、小山エミが韓国人慰安婦の問題で話題の人になったらしいという話をしているが、実はそれとは全く無関係な調査をしている最中に、またまた小山エミの名前にぶち当たり、何故私は彼から逃れられないのだろうと苦笑してしまった。実は前々からフェミニズムが男から女(MTF)に転換した去勢男たち(トランス女と呼ばせてもらう)に乗っ取られつつあるという話を聞いていたが、そのことについて色々検索していたら小山エミが2001年に書いたトランスフェミニズムマニフェストなるものを発見した。それを読んでいて、小山について長年そうではないかと思っていた疑惑がやはりそうだったのかという確信に変わった。結論からいえば、小山自身が男から女へと転換を図ったトランス女だったということだ。

カカシが小山のことを当初かなり誤解した理由は、私自身が非常にナイーブで、LGBTやトランスによるフェミニズム乗っ取りについて全く無知だったということにある。カカシが小山のことをレズビアンと呼んだり、レズビアンフェミニストの話をしたりしたときに、小山が『カカシさんに説明してもわからないと思う』と書いたり、ラディフェミに対して少なからぬ敵意を抱いているという印象を持ったのも、今思えばそういうことだったのだなと納得がいく。ま、小山の写真をみれば、あれが普通の女性でないことは一目瞭然なのだが、女性だという先入観を持ってみていたので、唖然としてしまった覚えがある。(ミスター苺は常に「あれは男だ」と言っていたが。)

2014年8月発行のニューヨーカーに載ったミッシェル・ゴールドバーグの記事が解りやすくラディフェム(極フェミニスト)対トランス女(について語っているのでそちらの記事を読みながら現在のフェミニズムについてちょっと考えてみたい。

最近、トランス女を女として認めているリベラルフェミニストたちと、トランス女はあくまで男であり、女子トイレとか女子更衣室や、女性のみを対象としたイベントにトランス女たちを入れるべきではないという姿勢をもったラディフェムたちとの間で大きな亀裂が生じている。だが情勢はラディフェムたちにかなり不利。ラディフェムはトランス女たち率いるリベラルフェムたちに圧倒されており、今やフェミニズムはトランス女と呼ばれる去勢男たちに乗っ取られてしまっているのだ。

最近になってトランス女たちの権力が顕著となってきたが、実は、トランス女たちによるフェミニズム乗っ取りはもう40年以上も前からその兆しをみせていた。

最初にフェミニストたちの間でトランス女の存在が問題となったのは、1973年にロサンゼルスで開かれた西海岸レズビアン大会で当時はまだ珍しかったトランス女でフォークシンガーのべス・エリオットの演奏を許可するかどうかでもめたことにあった。大会の主賓演説をしたロビン・モーガン(女性)はトランス女について、

私は男を「彼女」とは呼ばない。32年間男中心社会で苦しみ生き延びてきて「女性」という肩書きを獲得した。それを女装して数分間町を歩いてひやかされた(多分それも楽しんで)くらいの男が、よくも、よくも、私たちの苦痛がわかるなどというな。 いや、我等が母の名において、我らの名において、我々は断じて彼を妹などと認めてはならない!

と語った。ゴールドバークはこういう意見は最近では少数派になったがラディフェムと呼ばれる人々の間では強く信じられた信念だという。カカシとしてはラディフェムのほうに肩を持つね。トランス女たちは自分らは男の身体で生まれたが頭脳は女性だと主張するが、ラディフェムは男らしいとか女らしい考え方とか行動というのは、男中心の社会が決め付けたものであって「中和された服従」なのだと主張している。

ゴールドバークは、ラディフェムの考える性別はアイデンティティーというよりも社会の地位と受け取れるという。つまり、男として生まれた人間はたとえ後に女になることを選んでも、男としての有利な立場は一生保持されるというもの。女になるという選択権があるということ事態、男に女の立場など理解できるはずがないというわけだ。であるからトランス女を女性として認めよと要求するのも男としての権限を振りかざしているに他ならないというのだ。

トランス女たちや、その支持者たちはトランス女が受けるひどい差別や嫌がらせなどからトランス女の間での自殺率が高いことなどをあげてラディフェムの考えがいかに偏見に満ちたものであるかを主張する。だが最近トランス女たちの権力は目にあまるものがあり、ラディフェムたちのほうがずっと虐待されている。

去年の5月にオレゴン州のポートランドで行なわれたラディフェムの演説会も最初はクエーカー図書館の会議室で行なわれるはずだったのが、土壇場になってトランス活動家による抗議によりイベントがキャンセルされてしまい別の場所に移動せざるおえなかった。こういうことは何もこれがはじめてではない。2012年にロンドンで行なわれたラディフェム大会は、当初コンウェイホールで行なわれることになっていたが、大会はトランス女の参加を拒否していたことと、反トランスとして有名なシーラ・ジェフェリー女史が演説をするということで、トランスジェンダーの活動家らによる圧力に屈してコーンウェイホールは大会の開催を拒否。結局ラディフェム大会は別の秘密の場所で開催された。カナダのトロントで開かれた2013年のラディフェム大会もまたトランス活動家により土壇場で場所を変えざる終えないという状況に追い込まれた。

ラディフェムたちはトランスによる時として暴力的な妨害に対して「ジェンダー批判の鎮圧」だとして抗議したが時すでに遅し。トランス側はラディフェムは差別的なヘイト団体だというレッテルを張り、新しくラディフェムを侮辱する言葉としてTERF/ターフ(trans-exclusionary radical feminist. トランス阻害過激派フェミニスト)という単語を作り出し、ラディフェムたちの弾圧により力を入れている。

トランスによるラディフェムへの攻撃は尋常なものではない。ツイッターでのラディフェム攻撃は脅迫まがいのものが多く、ある若いブロガーはナイフをかざしたセルフィーを撮って「ターフをつれて来い!」というサインをかざしたりしている。こういう命を狙うような脅迫状が多くなったため、ラディフェムのウェッブサイトではそういうコメントを記録するまでになった。ラディフェムでディープグリーンレジスタンス(DGR)というエコ(環境)フェミニストグループを作ったリーラ(?)・キース(Lierre Keith、女性)はトランスたちはラディフェムが彼らを女性と認めないことにひどく腹を立てていると語る。

キースのグループ自体、かなり過激なエコテロリストグループらしいが、その暴力的な姿勢よりもトランスに対する姿勢の方が問題視されている。彼女たちの考えでは男としての特権を持って生まれた人間がどんな手術をしようと女になどなれない。それは白人が日焼けして黒人だと主張しても認められないのと同じだ。このディープ、、が始めて会合を開いた2011年、男から女への転換中の男性の女性専門寝室への入室を拒否した。「男性が支持者として会合に参加するのは結構ですが、女性が寝る部屋や女子トイレへの使用は許可できません」と言うのが理由。あったりまえだろうと思うが、これが問題なのか?

キースのこの態度がトランス派にはかなり気に障ったと見え、去年の2月キースがオレゴン大学で環境保全法についての演説をするはずだったのが、トランス支持派の生徒会の猛反対を受け、命の危険すらあるということでキースは6人の警察官に護衛されて壇上に立ったという。

最近は、一旦は自分はトランスだと思い込んで転換への道を歩み始めた人々が、やっぱり自分はトランスではないと気がついて元の性に戻ろうとする人が少なからず増えている。カカシは女から男へ転換しようと決心して男性ホルモンを一年以上も打っていた人が、やっぱり止めることにしたと涙の宣言をしているユーチューブビデオを何本か発見した。彼女たちは自分のなかで「男っぽい女」でいることが本当の自分なんだとやっと納得できた人たちである。

しかし、性転換が難しいとしたら、逆戻りはもっと大変だ。それは身体にかかる負担もそうだが、トランスを拒絶したとしてこれまで仲間としてつきあっていた人たちから背信者として攻撃を受けるからである。そんななかの一人、ヒース・アトム・ラッセル(女性)は大学在学中にトランス治療を始め大学のトランス人権団体から祝福されていた。しかし四年生のときにシーラ・ジェフェリー著の「アンパッキングクイアーポリティクス(同性愛政治解体)」という本を読み、FTMは男性優位社会に迎合する行為だという主張に感動し性転換をやめたという。カカシが発見したビデオでの告白では、彼女にはレズビアンとしての良きロールモデルがおらず、女が好きだから自分は男であるべきだという間違った考えに感化されてしまったのだという。

彼女の体験はシーラ・ジェフェリーの新作「ジェンダーハーツ」にも登場するんだそうだ。カカシはジェンダーハーツは作品紹介の部分しか読んだことがないが、やっぱりちゃんと読むべきだな。

シーラ・ジェフェリーはオーストラリア出身で今はロンドンの大学教授で、フェミニズムに関する本を9書も書いている権威あるフェミニスト。普段なら新作発表はロンドンの大学書店で行なわれるのだが、今回大学側から厳重な警備が必要だと警告され、新作発表は招待客のみで行なわれることとなった。またジェフェリー女史は、ロンドンの大学にある自分の事務所のドアから名札を外したという。トランス女は女ではないと主張しただけで命まで狙われるとは何と言う恐ろしさだろう。

フェミニストがトランスジェンダーに批判的な本を書いた例はなんと1979年にまでさかのぼる。元尼さんのレズビアンフェミニストジャニス・レイモンドが書いた「ザ・トランスジェンダー帝国、シーメール(彼女・男性)の作成」彼女は尼から医者に転向した人で、医者の立場から性転換手術による身体的精神的な弊害について書いた。レイモンド女史は女性から男性への転換手術について、「すべての転換は女性の身体を強姦するものだ。「トランスセクシュアルによるレズビアンフェミニズムは女性の性と精神を冒涜するものである」としている。このような考えは40年前は主流メディアからも斬新な考えとして好評を受けた。それに比べてジェフェリー女史の「ジェンダーハーツ」はメディアからはほぼ完全無視の状態。時代は変わったものである。

レイモンド自身、彼女に対する風当たりが近年ひどくなってきたことを感じている。彼女は今、トランスに関する問題よりも人身売買についての研究に専念しているが、去年の8月ノルウェー政府からの招待で売春婦登録に関する法律について語るはずだったのが、行ってみると招待が引き下げられていた。それというのも彼女はトランスフォビアだという投稿が主流新聞に載ったからだという。

トランスというか、ジェンダーに関する考えが劇的に変わったのは何と言っても大学だ。特に文科系の大学では生徒はどんな性別の代名詞を使いたいか聞かれるのは普通だという。日本語ではあまり彼とか彼女という代名詞は使わないが、英語だと他人の話をするときはhe/sheの区別が必要。ところが最近は “ze,” “ou,” “hir,” “they,” なかには“it” なんてのもあるんだそうだ。カカシも最近フェイスブックでは20いくつの代名詞があると聞いてぶっとんだくらいだから。面倒くさいから中性の「あの人」みたいな言葉をつくったらいいんじゃないのかと思うね。

最近では大学の保険が性転換手術の費用負担をしたりするところも増えているんだとか。ハーバードやエールやドューク、カリフォルニアのUCシステムもそうなんだとか。医療といえば、先にあげたラッセルが大学で女性は妊娠によって弾圧されているという話をしたとき、他の生徒からまじで「でも女性でも男の場合はどうなの?」と聞かれたという。なんだそりゃ?

もっと複雑で笑っちゃうが冗談じゃない話がある。フェミニストといえば人口妊娠中絶の権利を主張するのが定番だが、ニューヨークの人工中絶基金( the New York Abortion Access Fund)という中絶費用が出せない若い妊婦たちへの費用提供のための基金では、去年の5月、妊婦を「女性」と呼ばないことに決めたという。女性というと女から男へのトランス男たちを排除することになるからだという。何でトランス男が妊娠するんだよと聞くのは野暮なのだろうか?NARALとか中絶専門施設のプランドペアレントフッドなどにも「女性」という言葉使いをしないようにという圧力がかかっているそうだ。

こういう言葉使いの変化について批判するのはシスジェンダー(cisgender)の特権にしがみつく行為だというのが若いフェミニストたちの言い分。シスジェンダーというのは要するにトランスではない人たち、つまり正常な人間のことをさす。左翼リベラルってのはやたらとくだらない言葉を作り出して、周りにその言葉使いの使用を強制する。単に正常人と呼べ、と言いたいね。

古いタイプのフェミニストたちはこういう新しい考えについていけない人が多い。サラ・セイント・マーティン・リン(41歳女性)は昨年ベイアリアガールスロックキャンプの委員会から辞任を要求された。それというのも彼女がミシガン女性音楽祭the Michigan Womyn’s Music Festivalに関連しているというのが理由。女性という意味のwomanをわざわざWomynとつづるほどの過激派フェミニストたちの音楽祭は、女性に生まれた女性のみの参加しか許可していない。

この音楽祭でトランス女が追い出されるという事件がもう20年以上も前にあったという話は小山エミのエッセイを読んで知ったのだが、その後手術後のトランス女はいいのではないかという話が持ち上がり、その際手術前のトランス女たちが抗議してはちゃめちゃなことになったらしい。まったく事実は小説よりも奇なりというが本当である。

さて俗にミシフェストと呼ばれるこの音楽祭は毎年8月に開かれている。創設者はリサ・ボーゲルで始まったのは1976年、彼女がまだミシガン大学の学生だったころに始め、いまでもボーゲルが主催している。音楽祭とはいうものの、音楽もさることながら、大事なのは毎年何千という女性が集まり、キャンプを設置し女性だけの女系コミュニティーを作ることに意義があるのだとボーゲルは言う。人によっては豪華なコスチュームで現れる女性もいれば、素っ裸で歩き回る女性もいる。もしも世の中が女性だけだったらどういうふうな社会になるだろうというファンタジーの世界を作り出すのが目的だという。

彼女にとって夜一人歩きをしても安全を感じられる場所は大事なのだという。ここは女性が無防備でも安心できる場所であり、こんなところは他にないと。「明日、誰でも大歓迎ということになったら、それはそれでクールな場所かもしれないけど、我々が我々であることの深い意味での自由な意識は変わると思います。」

トランス活動家たちからすれば、トランス女は女性にとって危険な存在だといわんばかりのボーゲルの考えは非常に侮辱的に取れる。

トランス女で生物学者のジュリア・セラノ(MTF)はトランス女が居ると普通の女性が不快になるというのは、ゲイやレズビアンが更衣室にいると不快だというのと同じ理屈だという。セラノについてはジェフェリーの新著のなかで「フェミニズムを自分の変態的性欲に合わせるべく変えようとしている」としてかなり手厳しく批判されている。セラノは今や現代フェミニズムの新星として大人気者、大学の講演などでひっぱりだこだ。抗議がキャンセルされたり警備が必要なラディフェムたちとは大違い。

2003年、セラノは約百人のトランスたちとキャンプトランスなるキャンプを設置しミシフェストに抗議した。この抗議キャンプは最初にトランスたちがミシフェストから追い出された1994年から時々開催されていた。それまではミシフェスト参加者との遭遇は比較的平和的だったというが、その年はトランスキャンプがあらされケーブルが盗まれたり水源が止められたりという嫌がらせがあったという。

それ以後、トランスたちの作戦は、ミシフェスト参加ボイコットを使った嫌がらせへと変更された。おととし、ミシフェストで長年レギュラー出演していたザ・インディゴガールズは突然、トランス参加を認めるまではミシフェストでの演奏はしないと宣言。去年のヘッドライナーのハンター・バレンティーノも同じ理由で参加を辞退。逆にミシフェストで演奏したパフォーマーたちは別の場所でボイコットを受けたりしている。ファンクシンガーのシェリー・にコールは彼女のバンドがミシフェストに出演するとわかったとたん、ブルックリンのショーから下ろされてしまったという。.

ベイアリアガールスロックキャンプの幹部から辞任を余儀なくされたセントマーティンリンは、首になるまで自分がラディフェムだという意識はなかったという。だが、ミシフェスト攻撃運動やラディフェムへの攻撃が過激化していくのをみるにつけ、女性として生まれた女性のみの大会は存続されなければならないと強く思うようになったという。

トランス活動家のサンディー・ストーン(MTF)は、ラディフェムたちはトランス女たちの邪魔をしないで欲しい、ラディフェムを避けるのはトランス女の責任ではないという。

カカシが思うに、ラディフェムはトランス女たちの邪魔をしているのではなく、トランス女たちがラディフェムの区域に侵入しようとしてくるのを防ごうとしているだけだ。ラディフェム主催のミシフェストをボイコットするのはいいとしても、何故ミシフェストに無理やり参加を要求しなければならないのだ?

トランス女という去勢男たちにフェミニズムが乗っ取られてしまったというのも皮肉な話ではあるが、トランス女たちの横暴はフェミニズム乗っ取りだけでは済まされない。今や過激派トランス活動家によるトランス女を女子トイレや更衣室に入れろという運動は全国各地で起きており、カリフォルニア議会は市民の許可も得ず勝手にトランス女の女子専門施設入室を許可する、バスルームビル(いわゆるトイレ法)を通してしまった。これについてはミスター苺やカカシもその抗議署名運動に加わり、次の選挙でトイレ法廃止案を投票項目に加えるべく運動に参加している。(前回は署名数不足といういいがかりをつけられて項目に載らなかった。)カリフォルニアのトイレ法はいまのところ施行差し止め中。にもかかわらず多くの学校で不法な施行がすでに始まっている。

左翼リベラルのやることは常に保守的な組織を破壊することにある。だが、トランス女を女性専門施設に入れろというのは、一時期男性のみだった商工会やビジネスクラブに女性の入会を許可しろというのとはまるで違う。またゲイやレズビアンを軍隊に入れろというのとも違う。なぜかと言えば、ゲイやレズビアンが傍にいて不快になる人が居たとしても、それ自体軍隊の仕事に支障はきたさない。また、更衣室などで同じ性の同性愛者が居たとしても、それ自体危険な状況ではない。

だが、女子トイレや更衣室に男性が居ることは、単に女性が不快になるだけでなく、女性の安全を脅かすことになる。それはトランス女が危険だというより、トランス女を装う変態男たちの使用をも許可することとなるからである。

以前にも書いたがカリフォルニアのトイレ法は、自分が女性だと思っているだけで女装もしていないどう見ても男にしか見えない男が女子トイレや更衣室に入室するのを許可するという信じられない法律なのだ。ある個人が頭のなかでどんな妄想を描いているかなど他人に解るはずがない。これは幼児わいせつ癖のある変態男でも、自分は女だと主張しさえすれば女子トイレに入れるとなれば、女性の安全など絶対に保てない。

今なら、女子トイレに入ろうとする男がいたら警備員が注意をすることも可能だが、トイレ法が通れば普通の男がずかずか女子トイレや更衣室に入っても誰も文句は言えないのである。この間のプラネットフィットネスで起きた事件など、文句をいった女性会員が会員権を剥奪されるなど、まるで常識が通らない世の中になりつつある。

ラディフェムたちがトランス女たちに圧倒されていることは、これまでのラディフェムのやり方からして「いい気味だ」とかいってやりたい気もしなくはないが、トランス横暴の被害者はラディフェムだけに収まらない。そこが重大な問題なのである。

May 17, 2015, 現時間 11:29 AM | コメント (0) | トラックバック (1)

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May 10, 2015

カカシの勝手な翻訳が引用されて話題になったって話し

どうでもいいニュース , フェミニズム

本当にどうでもいい話なので、本日は口語体で話させてもらおう。実は私が小山エミについて書いた2008年のエントリーがやたらにヒット数が多くなってるので、何でだろうと思ったら、私が勝手に使った「レズ坊」という単語が変なところで引用されて話題になったらしい。

先ずことの起こりは秦郁彦という日本の官僚で歴史家という人が、正論という雑誌だかなんだかに小山エミについて

『フェミニスト、レズ坊、おカマ、売春婦、両性体質、など多彩な社会活動を扱う活動家」と自称するが』

と書いたことに対して

秦郁彦せんせーが、『正論』でわたしに名指しで言及している。しかし戸塚せんせーと組んでツアーするとか嘘だし、レズ坊とか両性体質とか聞いたことがない言葉がいくつもw そんなの自称したことないよ!

と反応しそれに関する多々の意見がツイッターで交わされた模様。ツイッターをまとめたのがこのページ

で、いったいこのハチャメチャな発言はどこから来たんだろうということになって誰かが、その出所はここじゃないの、といってリンクを張ったのがなんと拙ブログの小山エミに関するエントリーだったというわけ。

実は私の書いた原文はこれ。

エミ・コヤマは自分のことを尻軽女であると書いている。そしてフェミニスト、東洋人、生き残り、レズ坊、おカマ、売春婦、両性体質、ジェンダークィアー(?)そしてクリップポリティクス(?)といった多様の社会問題を取り上げている活動家なんだと説明している。

しかし、これは私の勝手な概訳であり鍵括弧にも入れてないので、小山の直接の発言ではないことは文脈からはっきりしているはず。事実、この文章の前にきちんと英語の原文も添えておいた。下記がそれ。

Emi Koyama is a multi-issue social justice slut synthesizing feminist, Asian, survivor, dyke, queer, sex worker, intersex, genderqueer, and crip politics, as these factors, while not a complete descriptor of who she is, all impacted her life. Emi is currently the director of Intersex Initiative. Emi lives in Portland, Oregon and is putting the emi back in feminism since 1975.

私が「レズ坊」とか「おカマ」とか「両性体質」とかいう言葉使いをしたのは、dyke, queer, intersexという英語はそのままでは意味が伝わらないだろうと思ったからで、わかりやすい日本語に私なりに書き換えたに過ぎない。

エミちゃんは気に入らないみたいだが、はっきり言って「レズ坊」ってレズビアンで男性っぽい人のことを示し、多少侮蔑的な要素も持つdyke(ダイク)の訳としてはぴったりだと思うんだけどね。私は昔、男っぽい格好をしていることが多く、宝塚の女役みたいな可愛い女の子と一緒にいたら、男性から「レズ坊」と呼ばれたことがあるのだ。決して存在しない言葉ではないよ。

それから「おカマ」という言葉も、日本語で男性の同性愛者で特に女性っぽい人のことを示すことばで、主に男性で女性っぽい同性愛者を侮蔑的に示す言葉であるqueer(クイアー)の訳としては適訳だと思う。

はっきり言ってカカシの訳は全然問題ないと今でも思う。

ここで問題があるとしたら、秦郁彦氏が私の概訳をそのまま引用してしまったということ。多分私のページからではなくて、誰かが引用に引用を重ねたどっかからのページからの引用なんだろうと思う。小山が自分のことをどういうふうに書いているかということは、実際に小山のウェッブページに行けば読めることなので、それをしないで誰かの引用をそのまま小山が書いたことであるかのように書いてしまったというのはプロの執筆家として怠慢だね。

これじゃ突っ込まれても文句はいえないだろう。

でももし私の訳した「レズ坊」が流行り言葉になったら、何か賞でももらえるのだろうか?

May 10, 2015, 現時間 4:14 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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May 2, 2015

反フェミニストに論弁の場を与えるな!反対論はややこしくなるだけ

フェミニズム , 狂ったメディア

この間からクリスティーナ・ホフサマーズ女史のツイートを追っているのだが、左翼リベラルというのはよくよく反対意見を聞き入れる寛容性のかけらもないとみえる。ホフサマーズ女史が演説をしたワシントンDCのエリート大学ジョージタウン大学では、演説の終わったこの後においてさらにアンチ、ホフサマーズ姿勢を崩さない。

まずはジョージタウン大学の大学新聞の社説から。

性犯罪の統計は誇張だとし由緒ある調査を「統計歪曲」などと主張する人間に発言の場を与えるということは、会話妨害の引き金を引くことにしかならず、大学が約束した生存者への資源を増加させる発展を妨げるに他ならない。
解決法や生存者への資源から目をそらせるこのような手口にはどんな場もない、特にジョージタウンにそんな場所はない。(略)生存者の生の体験の姿勢を否定することは、(ジョージタウンの)価値観と真っ向から対立するものだ。

どのようにして問題を解決するかではなく、「誇張されている」かどうかを議論するのは、ジョージタウンの生存者への侮辱であり、無行動の原因となる。

「議論の時間は終わった、行動、行動、行動!」という訳だな。だが、行動の元となる証拠が間違っていたらどうするのだ?間違った証拠を元に行動に移ったら、社説のいうところの大事な資源の無駄遣いであるだけでなく、もしかしたら逆効果となる可能性もある。実際の問題をきちんと把握せずに有効な解決策は望めない。

ところで、この社説のコメント欄のなかで指摘があったが、当日のホフサマーズ女史の演説は大学構内の強姦の文化についてではなく、女性と男性の均衡性に関する神話についてだったとか。ジャーナリストなら演説の内容くらいきちんと把握してから批判を書いて欲しいものだね。

さて、同じジョージタウン大学の生徒サービス委員会は、女史の講演を主催した共和党生徒会に対し、女史の講演に抗議に来た生徒たちの映像は、本人たちの同意の下に撮影されたものではないので、これらの生徒たちの写っている部分は記録映像から取り除くようにと命令した。もし共和党生徒会がこの指導に従わないときは、委員会そのものが行動に出るという脅しまで含まれていた。

大学で行なわれるイベントではビデオ撮影は記録として残されるのは普通だ。女史の演説のあった会場でもビデオカメラがあちこちに設置されていた。同会場に入場した以上、それが普通に参加する目的であったにせよ抗議であったにせよ、観客として撮影されることは誰にでも明らかであり、会場に入場した時点で撮影されることに同意したことになる。

無論大学側はそのようなことは十分承知である。彼らの目的はホフサマーズ女史の演説ビデオ没収にあるのだ。

こうまでして反対意見を黙らせたいというのは、よっぽど自分らの主張に自信がないのということだな。ま、ラディカルフェミニストたちの常套手段なので今更驚かないけどね。で、最近反トランスのラディフェミたちが、フェミニスト会合から締め出されて、言論の場を失いつつあるという話を聞いて、自業自得だろうと思ったのも、彼女たちが常にこういうことをしてきたんだから因果は回るだなと思ったからだ。反トランスに関してはラディフェミの言い分には同感だが、彼女たちが親トランスフェミたちに虐げられても同情の感はまるで沸かないね。

May 2, 2015, 現時間 3:33 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 26, 2015

『引き金警告』『安全地帯』という言葉で女性を馬鹿にするフェミニスト

フェミニズム

この間、私が尊敬する元フェミニストのクリスティーナ・ホフ・サマーズ女史がオハイオ州のオバーリン大学で演説を行なった。確かオバーリン大学といえば、醜い裸体をテレビで毎週披露しているレナ・ダナムの出身校。彼女自身が「在学中に大学共和党員にレイプされた」という嘘で騒いだ、あの大学である。

ホフ・サマーズ女史は現代フェミニストの宿敵なので大学での講演など開けないのが普通だが、オバーリン大学の共和党生徒会の招きによって講演が可能となった。女史は、「大学キャンパスにおけるレイプ文化など存在しない」とか「賃金の男女格差は嘘だ」などと遠慮なしにビデオブログやツイッターなどで主張しているので、ばりばり女子大学生フェミニストたちが彼女の講演に敵対心を持って会場前に出された講演紹介の看板に落書きや張り紙を張ってみたり、観客席から野次を飛ばしたりしたのを見ても、まあ、左翼リベラル大学生なら普通の行動なので驚きはしない。

しかし、ホフ・サマーズ女史が楽屋で打ち合わせをしていたとき、会場に二人のどうみてもレズカップルと思われる醜い女子生徒が観客の前に立ち、「引き金警告(トリガーワーニング)」と「安全地帯(セーフルーム)」のご案内をした。これはどういう案内かというと、ホフ・サマーズの演説には強姦に関する話題が含まれているため、それを聞いた女性たちが恐怖感を覚えて気分が悪くなる可能性があるので、女史の演説で気分が悪くなった人は近くに「安全地帯」となる休憩室があるのでそちらをご利用ください。というものだった。

実は、この「引き金警告」とか「安全地帯」というのは最近フェミニストたちの間で使われるようになった新しい言論弾圧のやりかたで、特に大学内での講義や演説で生徒の気持ちを傷つける可能性のある内容が含まれている場合は、それをあらかじめ生徒たちに警告しなければならないという概念。そしてそうした授業などで傷つけられた女子生徒たちが安心して気持ちを落ち着けるために休憩できる場所を「安全地帯」として設置すべしというもの。で、この安全地帯として設けられた部屋にはぬいぐるみとか毛布とか女の子が安心できるようなものが置いてあるんだそうだ。

馬鹿にしないでよ!女をなんだと思ってるの?ビクトリア時代のイギリスじゃあるまいし、女性をやたらにか弱い性として差別しないでくれる?

元来のフェミニストであればそのように怒るところなのだが、フェミニスト自身が考え出したというところが皮肉である。まったく最近の若いフェミニストたちは根性がないな、情けない。せっかく先代のフェミニスト諸姉が築き上げてきた男女同権やたくましい女性像をこんな形で崩してしまうとは。

だが実は、この引き金警告というのが曲者なのである。大学内ではすでにこのシステムを起用するところが増えているが、大学教授が自分の講義のなかで誰かの気持ちを傷つけるかもしれない内容がある場合、あらかじめ生徒に警告しなければならない。で、もし警告した内容に生徒が異議を唱えた場合、教授はそのまま授業を続けられるのだろうか?特定の授業でより多くの生徒を傷つけるような内容の科目はそのまま大学で残るのだろうか? 

たとえばである、地理の授業で「日本海」と書かれた地図をみて韓国人留学生が「傷ついた!」といって騒ぎ立てたら、どうなるのだろう?

どんな授業でもどんな内容でも気分を害さない人間がひとりも出ないということはありえない。私なんか分けわかんない授業についていけなくて傷ついた記憶がいくらもあるからね(笑)。

人々の言論の自由を奪うやり方は、大抵が誰かの「人権を擁護するため」という口実で始まる。私は左翼リベラルが常に使う弱さを武器にしたやり方が大嫌いである。「強姦文化」にしてみても、「共和党の女性に射掛けた戦い」とかにしてみても、自分らを犠牲者扱いし「か弱い女性をいじめるあなた方はなんて非道な人間なの」という立場から相手を弾圧するための道具である。「引き金警告」だの「安全地帯」だの、一見笑ってしまうような馬鹿馬鹿しい観念だが、本当の目的は左翼リベラル以外の言論弾圧にある。そのことを忘れてはならない。

オバーリン大学のフェミニスト活動家たちは、ホフ・サマーズ女史を学校に招待した共和党支持生徒の名前を「強姦文化を促進する者たち」と書かれたポスターに大々的に表示して大学の廊下内のあちこちに貼り付けた。彼女たちにとって「大学内で強姦が蔓延している」という自分らの説に少しでも異論を唱えることは「強姦文化を促進する」ということになるのだ。そして反対意見を述べる人々は断固糾弾し脅迫し弾圧し沈黙させる。

左翼リベラルの常套手段である。

April 26, 2015, 現時間 9:08 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 25, 2015

5歳の幼女をトランスとして育てるのは幼児虐待だ!

フェミニズム , 同性婚

先日カリフォルニアはサンディエゴに住む若い両親が自分の5歳の娘はトランスジェンダーだとして男の子として育てる決意をしたという記事を読んで、そりゃ幼児虐待だと即座に思った。

ジェフ・ウィティングトンとその妻のヒラリーは5歳の娘レイランドを男の子として育てることにしたと、サンフランシスコ初の同性愛市長で暗殺されたハービー・ミルクの名前を取った第六回ハービーミルク多様性朝食会でその「勇気ある決断」を評されインスパレーション賞を受賞した。夫妻は5歳の「息子」のトランスへの「長旅」を始めたと誇らしげに語り、男の子姿で現れたレイランドも1000人の観客の前でお辞儀をして自分はトランス子供だと自慢げに挨拶した。

ウィティングトン夫妻は、自分の娘が2歳の頃に自分は男の子だと宣言したことからはじまって、レイランドは常に女の子の服装を嫌がり、男の子の活動を好んだことから、我が娘はトランスに違いないと思い込み、娘が5歳になったのを境に娘の髪の毛も短くして名前も変えて学校も変えて男の子として育て始めたという。

この親アホじゃないの?

と思うのが普通の人間の反応であるはず。娘が自分は男の子だと言ったら「あなたは女の子よ」と言ってあげるのが親だろう。2歳の幼児に男の子も女の子もないのだ。親に正してもらわなければ男女の違いなど理解できない。

だが今や極左翼リベラルLGBTに文化を占領されてしまったアメリカではそんな常識的な批判をすることさえ許されない。ウィティングトン夫妻の記事は主流メディアでは賞賛するものばかり。『夫婦の勇気ある決断』とか『トランスへのジャーニー』とか劇的な言葉使いで夫妻を英雄扱いしている。

まるで裸の王様である。アメリカメディアにはこの夫妻のしていることが幼児虐待だと指摘するものは居ないのか?そう思って色々さがしていたら、ようやく一人私と同じことを書いてるマット・ウォルシという男性のブログを発見した。

マット曰く、この年頃の子供は親の言うことはほとんど本当だと信じ込む。だから親に言われれば、太っちょの白ひげの赤い服を着た爺さんが暖炉の煙突から毎年一回贈り物を届けにくるなんて話しも簡単に信じる。

私も子供の頃よく言われたが、女の子のくせに男の子のものが好きな娘に向かって「お前は本当に男みたいだね、男にうまれてくればよかったのにね」などといったら、感性の強い子供なら親を喜ばせようとして「僕は男の子!」と言い張るかもしれない。子供にはまだ自我の確立が出来ていない。常識も理屈も通用しない。はっきり言って思春期を迎えるまで、自分が何たるかなどということをしっかり把握している子は先ずいないだろう。だから子供には想像の友達がいたり、ぬいぐるみの動物を本物のように扱ったり、自分は女の子なのに男の子の振りをしたりしてみる。そんな子供に自分をトランスジェンダーだと思い込ませるのは簡単である。

親であれば、子供なら誰でも通り過ぎる成長の過程を、なるべく子供の想像力を損なわないようにある程度の妄想は黙認しながらも、危ないときは手を貸してあげるげきだろう。子供が「僕はスーパーマン」といって風呂敷を首に巻いて走り回っているのは放っておいてもいいが、空を飛ぶといって窓から飛び降りようとしたら、親は即座に止めなければならない。

それを大の大人が子供の妄想を助長させてそれを何か勇気ある行為であるかのようにメディアで大々的に発表するというのはどういう神経なのだ?マットも指摘しているが、ウィティントン夫妻は単に娘を利用して自分らが左翼リベラルの間でちやほやともてはやされたいだけなのではないかという。これは娘のトランスというより、娘を洗脳して自分らの名声獲得に利用しているだけなのではないかと。だとすればまさしく幼児虐待である。

この間から私も書いてきたが、だいたいトランスという概念自体が、これまでジェンダーフリーを主張してきたフェミニズムの概念に反する。左翼リベラルは常々、「男とか女というステレオタイプに拘るべきではない」と主張してきた。女の子はおままごとをし、男の子だったらバレエ教室より野球をやらせるべき、といった男女のステレオタイプを子供に押し付けるべきではないといい続けてきた。

だとしたら、女の子であるレイランドがドレスを嫌がり、ズボンが好きで野球帽かぶって外で運動するのが好きだからといって、「この子は男の子なんだ」と決め付けることは、女の子を女の子としてのステレオタイプに押し付けようとする行為ではないのか?

だいたい男女の考え方や素質の傾向にはものすごい個人差がある。たとえば日本人成人女性の平均身長を線グラフで表した場合、左端の120センチくらいの人は少なく、だんだんとなだらかな線が右上がりになり160センチくらいのところが一番高くなり、その後170になってくると右下がりになり、180センチくらいではほぼひらべったくなるだろう。しかし両極端の120センチや180センチの女性も存在する。女性の平均身長が160センチだからといって、120センチや180センチの人は女性ではないなどと言う人はいないはずだ。

それと同じで、女性的とか男性的という性別的な傾向の度合いはひとそれぞれであり、ステレオタイプは単に平均的な性質を述べているに過ぎず、その平均に当てはまらない人々は男女ともに少数派ではあるが存在するのだ。

普通の女の子がおままごとを好むからといって野球やサッカーが好きな子は女らしくないというなら、オリンピックの女子選手はすべて女らしくないということになってしまう。女性は普通エンジニアなどの職種には付かないが、そういう仕事をしている人は女らしくないのか?女性が軍隊に入ったり消防士になったり警官になったりしたら女性らしくないのか?

5歳の子供がドレスが嫌いでも、おままごとが嫌いでも、だから何なんだ、と私は聞きたい。男の子がスカートをはくのとは違って、女の子がズボンを履いて学校に行ったからといってどうということはないだろう。髪の毛もショートカットが好きならそうさせてやればいい。だが、あくまで娘は女の子なのだということを親はきちんと教育すべきだ。いくら思春期前は男の子を装っていても、いずれは女性の身体になるのだから、そうなってから子供が混乱しないように常に自分は女性であるということを親はきちんと納得させるべきだ。

だいたいトランスという概念ほど自己を拒絶する不寛容な概念もない。女性の身体で生まれたからと言って社会が決めた女性の役割を果たさなければならないという義務はない。特に自由社会のアメリカではそれが可能だ。何故ステレオタイプのジェンダーに自分を無理やり当てはめようとするのか?

OK,あなたは男と感じている。だったら女に生まれながら男と感じるという人間として生きていくことのどこがいけないのだ?何故世間が認める心身ともに男にならなければならないのだ?一生男装の麗人を生き抜けばいいではないか?

自分で自分を拒絶しておきながら、社会に寛容を強制させるトランス活動家に私が怒りを覚えるのはこの点だ。しかもそれを5歳児にまで押し付けるとは、、

こんな親は親失格である。

April 25, 2015, 現時間 9:49 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 13, 2015

トランスが傷つけるフェミニズムのあり方、ジェンダーハーツ

フェミニズム

前々から紹介しようと思っていた本がある。これは自他共に認める過激派フェミニストのシーラ・ジェフェリー著「ジェンダーハーツ」。あえて訳せば『性別は傷つける』かな?この内容は、トランスジェンダーの政治権力をフェミニストの立場から批判するもの。

私はどんな過激な思想を持っているひとでも、信念を持っている人には一応の敬意を持つ。なので左よりリベラルよりも、徹底的な左翼の人とか、フェミニストでも過激派で完全な女性優位主義者のほうが口だけ寛容とか多様性とか言って自分らの信念をご都合主義で歪曲する人たちよりずっと尊敬できる。

で、私は前々から本当のフェミニストならトランスという概念を受け入れられないはずだと思っていた。これは女性から男性へ、男性から女性へと、転換しようとしているどちらの人々に関しても同じだ。もっともその理由は異なるが。

女から男へ(FTM)は、女性を拒絶している。はっきり言ってフェミニストからしてみればこれほどの裏切りはない。要するに女であることを誇りに思い女性の立場を推進するどころか、女を拒絶して男になろうなんていうのは男子優位社会を自ら促進するようなものだ。

男から女へ(MTF)はフェミニストの敵だ。彼らは女じゃない。彼らに女みたいな面をされたくない。そう思うのは当然。歴史上弾圧されてきた女性の葛藤を元々男のMTFに理解できるわけないだろう。男としての有利な立場をずっと保ってきた人間が整形してホルモン剤摂取したくらいで女面するな、ってなもんである。

というのは私の見解だが、ジェフェリー女史の立場はちょっと違う。彼女にしてみれば、やたらに「ジェンダー」と言って性別を区別すること自体に問題がある。女性はハイヒールを履いてスカートを着て無償の家事を喜んで行ない、男性は着心地の良い服を着て仕事に専念できるべき、といったようなステレオタイプを強調することを拒絶してきた彼女達にとって、トランスジェンダーはそのステレオタイプを推進する最たるものである。トランスの横暴は「性別」という観念がフェミニズムに損害を与えるまたひとつの例である。

MTFが率先するトランス活動は、元々男なので筋力も本当の女性たちより強いし、性格も積極的で攻撃的な人が多い。男性同性愛者のゲイたちの支援を受け、MTFの政治的権力がフェミニストのそれより強まっているのも、権力を求めそれに対して活動する行動力は男性のほうが女性よりも勝るからである。そういう偽女を女性の運動に導入すれば、彼らが活動を乗っ取るのは時間の問題だ。いや、もうすでにトランスの権力は極フェミニストたちを無力な少数派へと追い込みつつある。

ジェフェリー女史はそのトランス(特にMTF)により、トランス否定派の極フェミニストたちが、どれほど言論を弾圧されているかを訴えている。トランス活動に批判的な会合や活動はトランス活動家によって妨害され、会場からイベントをキャンセルされることが多くなってきたことや、彼女自身がフェミニスト会合で演説することすら許されない状態が起きているという。(現代フェミニズムを批判して立ち入り禁止になった元フェミニストのクリスティーナ・ホフ・サマーズを思い出す。)

女として生まれるということに選択の余地はない。生物学的に女であることで受けた差別や迫害は個人の選択によるものではない。このような女としての体験を単に「女でありたい」人間が理解できるはずはない。ジェンダーという概念は選べても性は選べないのだ。トランス女に本当の女性の体験は理解できない。

ジェフリー女史は、女とはどうあるべきかという形付けは男性優位社会が女性に押し付けてきたものだと主張する。そしてMTFトランスの意味づける女性像は、まさに男による女性像の押し付けであるとする。

元々フェミニズムは権力者である男性が女性を下級階級の従僕として都合よくつくりあげた女性像からの逸脱を目指すものであった。女性は強姦、強制的な妊娠や出産によって男性から虐げられてきた。フェミニズムはどの男性による女性弾圧への革命から始まったのだ。にもかかわらずMTFトランスを女性として受け入れるということは、男性による女性像を受け入れることに他ならない。

ジェフェリー女史は最近はフェミニスト会合などで、MTFが主賓として招かれ「女性の体験談」などを語ることが増えてきていることをひどく嘆いている。女史はまた、MTFの多くが伝統的に男性が持っていたラフな職業(パイロット、軍隊の特別部隊出身など)を持ち、妻子持ちの人も多くいることを指摘。こういう男たちに女としての何がわかるというのか?

女史は同著のなかで、あえてMTFやFTMといった言葉使いはせず、トランスジェンダー男、女という呼び方をしている。どんな手術を受けようとホルモン剤を摂取しようと生物学的な性を変えることは出来ないからである。

同著ではトランスとして性同一適合手術(SRS)まで受けておきながら、後になってその決断を後悔し、現在は元の生物学的性に戻っている人たちの勇気ある活動にも触れている。この「勇気」というのは本当で、今やSRSが性不適合障害の唯一つの治療として受け入れられている現在、それを批判することはトランスの政治権力に相反することになり、そのバックラッシュは生半かなものではないのだ。

トランス政治が我々一般人の生活にも危害を与えつつある現在、ジェフェリー女史の著書は非常にタイムリーだと思う。一読の価値ありとみた。

April 13, 2015, 現時間 12:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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April 12, 2015

アメリカの大学、無実の罪を着せられた男子生徒からの訴訟激増

フェミニズム

アメリカの大学において性犯罪の冤罪を着せられ大学から停学や退学などの処分を受けた男子学生が人権侵害されたとして大学を訴える事件が急増している。特に2010年以前は指で数えるほどしかなかった訴訟が、2010年ごろから急激に増え、2014年から2015年になるとなんと40件ちかく発生している。いったい大学では何がおきているのか。

ウォールストリートジャーナルによると、連邦政府教育委員会は1972年に通った男女平等法律タイトル9に乗っ取って、大学構内における性犯罪をもっと厳しく取り締まるようにと全国の大学に勧告状を送った。

特に大きな変化として、 “preponderance of evidence” 「だいたい正しいと思われる証拠」があれば処置してよいというもの。これは具体的にどういうことかというと、問われた罪がだいたい50%くらい信頼性のある証拠があれば、有罪として処分に移ってもよいという意味。これはこれまでの75%以上の信憑性が必要とされていた“clear and convincing evidence"「明らかで納得のいく証拠」と大きな違いがある。

この基準でいくと、被害者を名乗る方が加害者とされた方よりも圧倒的に有利であり、普通の法廷なら検察側が被告が疑いの余地なく有罪であることを証明しなければならないのに対し、この基準だと被告が自分の無罪を証明しなければならなくなる。多くの大学は被告の男子生徒に弁護士をつけることも許さず、、きちんとした法的アドバイスもせず一方的に男子生徒を罰している。

ルイス・マクリードさん24歳もその一人。マクリードさんは卒業を二週間に控える去年の春、強姦の罪でデユーク大学を退学になった。彼は同大学の女子学生とバーで出会い、自分の部屋でセックスをした。マクリードさんは同意の上だと主張しているが、女性は翌日、自分は酔っ払っていて性交渉には同意していないと警察に訴えた。地元警察は取り調べの結果マクリードさんを起訴しなかった。警察は強姦があったことすら認めていないのに、学校側は女性側の言い分を全面的に認めてすぐさまマクリードさんを退学処分にした。マクリードさんはこの大学側の処分は不当であるとして大学を相手に訴訟を起した。

マクリードさんのようなケースは2014年から2015年にかけて全国各地で40件ちかくも起きており、その多くが学校側との示談で終わっている。つまり、学校側の処分が不当であったと認めざる終えない件が大半だということだ。マクリードさんの件も、法廷はマクリードさんが無罪である可能性が非常に高いため、大学側に「退学処分」という記録を正すようにと命令した。マクリードさんはすでに就職が内定しており、卒業証書がもらえればそれでいいと語っている。

ここでも何度も書いてきたが、オバマ政権及びフェミスト団体は何故かアメリカの大学内での性犯罪が深刻な問題になっているという説を強め、5人に1人の女子学生が大学在学中にレイプされていると主張。この数は全くのでっちあげなのだが、オバマ政権の教育委員会はそれを理由に大学内での性犯罪取り締まりを厳しくするようにと勧告しているのだ。それによって被告として冤罪を着せられる男子生徒が激増。公平な法的裁判を受けなかったとして学校を訴える男子学生も激増しているというわけだ。

ハーバード大学の法律教授は教育委員会の新基準は気違い沙汰だと非難している。

同大学は、最近連邦政府からタイトル9に即して大学の方針を変更するようにと勧告されそれに同意した、それに対して同大学の人権及び家族法の専門エリザベス・バーソレット教授(Elizabeth Bartholet)は、連邦政府が勧告する新規則は「気違い沙汰」であり歴史がこの法律が如何に誤ったものであるかを証明するだろうと語る。

同教授は法律ブログに下記のようなメールを送った。:

連邦政府がハーバード大学がタイトル9に違反したとする決断は政府によるタイトル9の誤った解釈にほかならない。教育委員会の人権委員会による決断は最終的に法律として認められるものではない。法廷こそが法の解釈に責任があるのだ。そして法廷はいずれ政府による解釈を拒絶すると信じる。現在の法廷の裁断は最高裁判所も含め、セクシャルハラスメントに関し、わいせつ行為による被害を受けた側の人権を守るとともに、誤って罪を着せられた側の人権及び個人の恋愛関係に関しても、もっと均衡の取れた姿勢をとっている。

同教授はハーバード大学は連邦政府の勧告に挑戦すべきであって安易に折れるべきではなかったと強く批判している。

はっきり言って私が男子大学生だったら女性とのデートは怖くて出来ない。お互い同意の上でセックスしたと思ったのに、後になって女性がその行為を後悔したり、痴話げんかのすえ、腹いせにレイプをでっちあげる女子生徒によって、自分の将来は台無しにされる可能性が大きいからである。

もともと引っ込み思案でおとなしい男子生徒だったら、大学在学中は女子大生とは付き合わないと決める男性も多くでるかもしれない。女子大生にとって男女交際に消極的な男子学生が増えることは良いことなのだろうか?

ミスター苺はよく、フェミニストとは醜くてモテナイ女の集まりだ、とひどいことを言っているが、自分たちはどうせ男女交際など出来ないので、他の女の子たちが男の子たちと付き合いにくい環境をつくることこそ、彼女たちの本当の目的なのかもしれない。

April 12, 2015, 現時間 10:21 AM | コメント (1) | トラックバック (0)

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April 6, 2015

バージニア女子大生狂言輪姦事件で明るみに出たメディアの大学は強姦魔の巣窟という奇妙な思い込み

フェミニズム , 狂ったメディア

去年にバージニア州立大学の構内のパーティで、暴力的な輪姦の被害にあったという女子大生の事実無根の話を掲載したローリングストーン誌が、今回改めて何故このような嘘がまことしやかに同誌に掲載されてしまったのかという自己調査を行い、その調査結果を発表した。

ことの内容を詳しく知りたい方は拙ブログの女は強姦されたという嘘は付かないって本当?どんどん異様な事実が明らかになるバージニア女子大生の狂言輪姦事件をご参照願いたい。

この調査結果を断片的に読んでみたが、要するに、記事を書いた女性記者がアメリカの「大学構内において強姦が蔓延している」という偏見をジャッキー(仮名)という女子大生の証言が完全に裏づけする形となったため、それ以上の取材をせずに彼女の言い分をそのまま鵜呑みにしてしまったというのが原因である。以前にも書いたとおり、アメリカの大学構内で起きる強姦事件数は構外で起きる事件よりもずっと少ない。にもかかわらず何故かメディアやフェミニストたちは、男子大学生による女子大生への性犯罪が非常な問題になっているという迷信をなんとしてでも広めたいようだ。

こういう事態になってもまだ元記事を書いたサブリナ・アーデリー記者は、男子大生による女子大生への犯罪は深刻な問題だという自説を変えようとしない。彼女の謝罪文を読んでみるとそれは明らかである。

ローリングストーンの読者の皆様はじめ、編集者及び同僚の皆さん、バージニア大学の関係者の方々、そして私の記事によって実際に性犯罪の被害者でありながら名乗りでるのをおそれるようになってしまった人々に対して深くお詫びを申し上げます。

この謝罪では彼女が一番迷惑をかけた人々への謝罪が抜けている。ジャッキー及びアーデリーの記事で無実の罪を着せられたフラタニティーの男子生徒たちである。彼らは意味もなく学校を停学になり、フラタニティーを閉鎖され、他の生徒や世間から白い目でみられて、今後の就職活動やその他の社会的活動に多いに支障をきたした。にも関わらず、アーデリーは彼らに対する侘び心は微塵も持ち合わせていないのだ。それは、彼女のなかに、彼らが今回の事件では無罪でも、他に同じようなことをやっているに違いないという偏見があるからである。

最近各地の大学で、男女交際に関する厳しい規則が次々に設立されている。しかしそのどれもこれもが、男女間の性交渉において何か問題が生じた場合、全ての責任が男子生徒にあるという立場から書かれている。

たとえばとある男女が合コンでお互い飲みすぎてそういう関係になってしまったとしよう。もしも彼女が酔っていたので適切な判断が出来ず性交渉に同意してしまい後になって後悔した場合、彼女はそれを「レイプ!」と言って彼を責め立てることが出来る。女子生徒には「酔っていたから」といって許される行為が男子生徒には絶対に許されない。

この前にも紹介したレナ・ダナムの件でも、彼女は男子生徒を自分の部屋に招きいれ、お互い裸になってベッド