日付け → →March 19, 2017

ネタニヤフ首相の警告を無視した仏蘭西の悲しい現状

アメリカ人フリーランスリポーターのティム・プールはスエーデンでの取材が大成功に終わったことに気をよくして、今度はフランスへ向かった。フランスの状況はスエーデンよりも深刻である。パリではカレイ市を追われた違法移民たちが街の真ん中でテントを張って居座っている。もう何週間にも渡って毎日のように暴動が置き、機動隊は出動しっぱなし。

プールがインタビューした在仏アメリカ人の女性(ビデオ)では、今やライフルを持った重装備の隊がパリの街を警護するのが普通になったと話している。毎日のようにテロ事件が起きているパリでは、もうこの状況が当たり前のようになっているのだ。プールはアメリカでも犯罪率最高のシカゴ市ですら、パリに居るより安心感があるという。それというのもシカゴでは犯罪が起きそうな場所は決まっていて、そういう治安の悪い場所に行きさえしなければ大抵の場合は大丈夫だからだ。しかしパリの場合はどこに居ても安心感がない。空港にしろバスティーユにしろエッフェル塔にしろテロは何時でも起きうる。

このビデオを見ていて思い出したのが2014年、仏蘭西のテレビ局のインタビューでイスラエルのネタニヤフ首相が仏蘭西がイスラエルの対パレスチナテロ戦争に協力しなければ、フランスにテロ病が蔓延するだろうと予言したビデオだ。

ネ首相:(対テロ戦争は)イスラエルだけの戦いではない。あなたがた(仏蘭西)の戦闘でもあるのだ。なぜならパレスチナがテロリストではなくイスラエルを責めることに成功したならば、今ここで我々が一緒になって戦わなければ、このテロ戦争は仏蘭西にも蔓延するだろう。これは時間の問題だ。これは貴国にやってくる。仏蘭西にやってくる。

司会者:フランスにやってくると?

ネ首相:すでにその動きは起きている。すでに貴国へ向かっている。もし民主主義社会を標的とし、攻撃された側が責められるという作戦が成功しているかのように見えれば、民主主義国家の団結とイスラエルが主張している正義が破壊されれば、テロリストたちは海を越えて一歩づつ進撃する。もうすでに彼らは北アフリカまで来ているのだ。

ネタニヤフ首相は、イスラエルがパレスチナからのテロ攻撃に対して行なう断固たる反撃を、仏蘭西をはじめヨーロッパ諸国がパレスチナと一緒になってイスラエルを責め立てることに警鐘を鳴らしていたのだ。悪いのはテロリストの方で攻撃を受けているイスラエルの方ではない。国連の親パレスチナ反イスラエル傾向は、テロリストたちを奮い立たせヨーロッパを危険にさらすことになる、と首相は言っていたのだ。はっきり言ってそんなこと言われなくても解りそうなものだが。

そして2015年、テロリストたちは海を渡ってギリシャを通り諸外国を通過してフランスにやってきた。その結果が今のテロ蔓延状態。

対テロ戦争に関してお仏蘭西は常に、自分らの崇高な文化が国を諸外国の敵から守ってくれるような態度を取ってきた。しかし前出のビデオでアメリカ人女性は仏蘭西は表向きは自由な国であるかのように振舞っているが、実はそうではない。特に個人主義が進みすぎて横のつながりがないという。

彼女はパリにおけるセクハラについて話していたのだが、アメリカでは道を歩いていて男性からひやかしの声をかけられることはあっても、実際に自分の腕をつかんだり胸を触ってくるような男はいなかったという。また、誰かがそんなことをしようとしたら、回りの男たちが(見知らぬ人でも)守ってくれたと話している。ところが、パリでは電車の中で居眠りをしていたとき横に座った男が彼女の胸をまさぐっているのを、回りの乗客は見てみぬ振りをしていた。道端で腕をつかんでくるような男がいても、通りすがりの人は無視して行ってしまう。そしてそういう行為をするのは例外なくアラブ系かアフリカ系の男たち。彼女がいうに、彼らは必ずしも移民ではなく仏蘭西生まれの二世代目も含まれており、これは文化の差なんだろうと語っている。

お仏蘭西はネタニヤフ首相の警告を思い出しているだろうか?過去の過ちを反省して今度こそ本気で対テロ戦争に取り組もうとしているだろうか?今の状況を見る限り、まだまだ先は長い。

March 19, 2017, 現時間 1:38 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →March 12, 2017

ティム・プールのようなパラシュートジャーナリストは民主主義の敵だ? スエーデンメディアの狂った反応

「使者を殺す」という言う言い回しがあるように、実際に何か悪いことが起きていると事実を無視して悪い知らせを持ってきた使者を責めるのが昨今の西欧ジャーナリズムのあり方のようだ。ティム・プールというアメリカのフリーランス記者がスエーデンで二週間に渡る取材をしていたことは何度か書いてきたが(以前に一週間と書いたが二週間だったようなので訂正)、プールは帰国直前に収録したビデオのなかで、スエーデンメディアによるプールへの感想について語っていた。その英語版の記事を見つけたので読んでみる。著者はアン・トーンビスト(Ann Tornkvist)というスエーデン公営ラジオ局の女性元リポーター。

先ずオプエド紹介の部分からして、かなり偏向のある記事であることが伺われる。強調はカカシ。

アメリカ人ジャーナリストのティム・プールの取材旅行はスエーデン郊外からの報道として世界中の人々から注目を浴びた。彼は三月一日のビデオで俗に「『ノーゴーゾーン』(立ち入り不能地域)と呼ばれるストックホルム近所のリンケビーの町に踏み込み、警察に付き添われて市から追い出されたと報告。警察当局はプールの証言を否定している。警察は現場の状況が驚異的になっていたというプールの主張を否定し、人々が顔を隠したのは、単にカメラに写るのを嫌がってのことだと語っている。

この事件についてスエーデン最大の新聞であるDagens Nyheter紙の社説論者Erik Helmerson氏は、この事件はスエーデンにおける「深刻に間違った」そして「腐った」状況を示すものだと書いた。,しかしスエーデン公営ラジオの元リポーター、アン・トーンビストは、ジャーナリストが危険を感じずに働けるべきだとしながらも、ティム・プールのような「パラシュートジャーナリズム」と言って、現場の状況について何の知識もなくただ訪れるだけのジャーナリズムこそカメラの前で顔を隠している人々よりも、ずっと民主主義を脅かすものだと語る。

トーンビストはティム・プールのような偏狭で近視眼的なジャーナリズムこそスエーデンの民主主義を脅かすものだという。彼女の言い分は、プールだけではないが、外国からのリポーターは往々にして、スーエデンに来る前からスーエデンは非常に悪い状態になっているという偏見を持っており、取材に来る前からどういう記事を書くのか、すでに頭のなかで描いている。だから取材に来ても自分の偏見を確認するためだけの取材しかしないのだという。

こういう取材の仕方は「パラシュートジャーナリズム」と言って、特派員は短期間の取材のために送られてきて、取材が終わるとさっさと帰ってしまう。現地の状況についてほとんど何も知らずに訪れ、去るときも前以上の知識をほとんど得ずに去っていく。

トーンビストは外国の取材班からスエーデンでの連絡先について援助を頼まれることが少なくないという。それでそういうコネを紹介する際には紹介費を請求するが、外国の大手メディアはわざわざ特派員を派遣する金はあっても地元の紹介者にお金を払うことはためらうという。

彼女の言い分もわからないではない。スペインの新聞社の特派員がたった二日の取材で何がわかる?イギリスの新聞社はスエーデンの犯罪についてÖrebro市のピーター・スプリンガーみたいな職務に不満な警察官と一時間程度話したくらいで何が学べるというのだ?と彼女は問いかける。

彼女が働いていたスエーデン公営ラジオ局には地方ニュース支部がスエーデン各地にあるという。つまり、地元のラジオ局の方が地元の状況はきちんと把握していると言いたいらしい。しかし、把握していても正しく報道していなければ意味がないではないか?地元のメディアがきちんと現状を報道しないから外国の特派員が興味を持ってやってくるのだろう。

トーンビストは、ティム・プールは典型的なパラシュートジャーナリストだという。プールはスエーデンが安全か危険かという二つにひとつの答えを探すためだけにやってきた。だからインタビューに応じた人々が猜疑心を持っていたとしても当たり前だと。民主主義が機能するためには誰もが自由に発言できるべきだ。しかしインタビューの内容はリポーターに都合のいいように編集されたり歪曲されたりする可能性があるため、短期間の取材では本音を聞くことはむずかしい。きちん地元の状況を正しく把握するためには、リポーターが長期に渡って地元に根を下ろし、地元の人々の信頼を得てこそ真の取材が出来るのだ、と彼女は言う。

だからといってプールが危険にさらされてもいいというわけではない。だが、移民政策についての討論の手段として利用されるために、パラシュートジャーナリストなんぞに撮影されたクなかったリンカビーや他の郊外の地域の人々には心から同情するとトーンビストは言う。

そして最後に彼女はプールのようなパラシュートジャーナリズムこそカメラの前で顔を隠す人々よりもずっと民主主義を脅かすものだと締めくくる。

確かに現地へ2~3日飛んでいって、現地メディアの紹介で会った人々を2~3人インタビューしたくらいでは現場の状況を正しく把握することは不可能だろう。しかし、短期間でも何でも、とにかく現場に行ってみないことには外国に居て新聞社のデスクに座ったまま現地のリポーターと電話で話す程度の取材では、それこそ現場の状況などわからない。

もともとプールは、イギリスの右翼ヴロガーによる「スエーデンが安全だと思うなら、スエーデンのノーゴーゾーンで一晩でも寝泊りしてみろ」という挑戦を受けてスエーデンに行ったわけで、どちらかというとスエーデンは安全だという偏見を持っていた。その彼がスエーデン政府が存在しないと主張しているノーゴーゾーンのリンカビーで顔を覆った人々に付け回され、警察に付き添われて出て行かなければならなかたっというのは貴重な体験だ。リンカビーで取材を行なっていたスエーデンのカメラマンやイギリスの取材班やアメリカ人リポーターが殴られたという事件も発生している。だからこそ警察はプールがそんな目に会う前にエスコートして出て行ってもらったのだろう。

だいたい一年で53件からの手榴弾攻撃がある街を「安全だ」と報道するスエーデンメディアにどんな信頼性があるというのだ?火災があっても消防隊が警察の護衛付きでなければ入れない街、郵便配達もバスもいかれない街、リポーターが身の危険を感じずに安心して取材できない街があるのに、スエーデンにはノーゴーゾーンなど存在しないと言い張れるスエーデンメディアのどこを信用しろというのだ?

例えば、日本の地方の村にアメリカの取材班が行ったとしよう。彼らが街の様子を撮影している姿を見て、地元民が覆面をして寄ってきて、ことあらば暴力を奮おうなどというそぶりを見せるだろうか?

先に紹介したイギリスの女性リポーターが、リンカビーでは町を歩いている女性の姿がまるで見られなかったと報告していたことからもわかるが、そういうことは行って見なければ解らない。

確かに自分の偏見を確認するためだけにやってくるリポーターも居るだろう。だがそれはパラシュートジャーナリズムというスタイルそのものが悪いのではなく、リポーター自身に問題があるといえる。地元のリポーターが移民による犯罪を見てみぬ振りをして、ノーゴーゾーンで覆面姿でリポーターを脅かす不良外国人を、撮影されたくなかっただけの気の毒な地元民、と言ってしまえるトーンビストのような地元ジャーナリストばかりでは、今後もプールのようなパラシュートジャーナリストは後を絶たないだろう。

そしてそれは地元民が声に出せない声を世界に知らしめるためには、スエーデンに本当に守るべき民主主義というものが存在するのだとしたら、彼らの存在はそれこそ価値あるものだと考えなければならない。

March 12, 2017, 現時間 9:13 AM | コメント (2) | トラックバック (0)

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日付け → →March 11, 2017

ステレオタイプなんて笑って吹き飛ばそう!、

もうず~っと昔、20年以上前だったか、ミスター苺とカカシは観光でアイルランドのベルファスト市を訪れた。長時間の列車の旅で疲れていた我々は、駅付近にあったアイリッシュパブ(居酒屋)で休憩した。次の宿までのバス停の位置を確認すべくミスター苺が席を立つと、かなり酔っ払ったアイルランド人(酔っ払いとアイルランド人は同義語だけど)の男性が私に近寄ってきた。彼は片手に大きなビールジョッキを掲げ、もう片方の腕を私の肩に回してきた。これはフレンドリーな感じでまるで嫌らしさを感じさせなかった。男性は私の顔をじっとみると、「俺は君を知っているよ。君はちゃいに~ずだあ。」と言い、「ミスターチャンを知っている?俺の友達だよ。」と続けた。ミスターチャンとは彼が知っている唯一の東洋人で、多分中華料理屋の店員か誰かで、カカシは彼が人生で二度目に会った東洋人だったんだろう。あのへんで東洋人といえば中華料理屋の店員くらいしか居なかったから。

カカシがアメリカに来たばかりの頃は、中国人と間違われるのは普通だった。私が長年住んでいたマンションの居住者はほとんどが白人の高齢者だった。私のすぐ下の階に住んでいた当時80歳を超えていたおばあちゃんは、私の名前がどうしても覚えられずに、常に「ザットチャイニーズガール(あの中国人の女の子)」と呼んでいた。それで近所の白人居住者たちも皆私のことを「ザットチャイニーズガール」と呼んでいた。

だいたいその頃のアメリカメディアが映画にしろテレビ番組にしろ「日本」を表現しようとしたとき、正しく日本が現されることは稀だった。女性はおおっきなおだんご頭に箸を刺して、顔を小麦粉でもまぶしたように真っ白けに塗って、きものを右前にしてバスローブみたいに着てゴムぞうりを履いていたりした。背景は日本なんだか中国なんだかわからないセットを使い、中国鐘のごわ~んという音響効果。もういい加減にしてくれよ~、と思ったものだ。

最初の頃は私も「中国人じゃありません、日本人です!」とか、「日本の音楽はそんなんじゃありません」とか、ことあるごとに主張していたのだが、こういうことが何度も続くといちいち正すのも面倒臭くなった。そのうち、どうでもいいや、と思うようになった。別に相手は悪気でやってるわけではないのだし。

というわけで、もう何年も前に悟りを開いてしまったカカシにとって最近BBCが掲載して「食べ物ブロガーは人種ステレオタイプを促進するか」みたいな記事を読むとかえって苛立つ。

ま、これは主に欧米における料理メディアのことなのだが、欧米のフードメディアは主に白人による白人のためのメディアなので欧米に馴染みのない異邦の料理に対する扱いがおかしくなるという内容。

たとえば、東洋の料理の場合、ベトナム料理だったらお皿が竹で出来たマットの上に置かれているとか、バナナの皮があしらえてあるとか、日本色の白いご飯の上にお箸が突き刺さってる写真とか、お箸を使わないフィリピン料理に箸を添えたりとか、、

ボンアパティートと呼ばれる料理マガジンで「フォは新しいラーメンだ」というキャッチフレーズを使ったところ、フォとラーメンでは国が違う!と苦情が殺到。雑誌はついていたビデオを取り下げ平謝りに謝罪。

別にいいではないか、そんなこと。だいたいラーメンからして日本による中国汁麺の文化盗用だ。日本の中華料理と実際の中国料理は似て非なるものだが、中国人も結構日本風ラーメンを好む。いいじゃないかお互いにいいところを取り合って別なものを作り上げたのだから。

フォだって元々はベトナム料理だが、白人のシェフがそれなりに作り変えてアメリカ人の口に合うように作ったというだけの話。フォをメキシコのトティーヤにくるんでブリートにしてるシェフだっているのだし、一昔前のラーメンがそうだったようにフォもアメリカで流行る可能性があるよ、という意味で「フォが新しいラーメンだ」というなら別にフォがベトナム料理でラーメンが日本料理だなんてことに拘る必要は全くないはず。(個人的に私はラーメンの方が断然好きだけどね。)

後退派左翼は常にマイクロアグレッションと言って要するに「些細な苛立ち」に注目しすぎるのだ。人種的なステレオタイプを押し付けられたら、冗談を言って応戦するくらいの根性が必要。いちいち「マイクロアグレッションだ!」「人種差別だ!」とか下らないことを言わないで、ましな応戦を考えるべき。カカシが昔よく使った手段は、

職場でポットラックと言って家庭料理を持ち寄るパーティーがあった。同僚は皆私の料理はシュウマイでも餃子でも魚だと思い込んでいて「それってふぃっしゅ~?」と聞くので、「そうよ、でも大丈夫、まだ生きてるから新鮮よ。」などと真剣な顔で言う。

「生魚を食べるなんて野蛮だ」といわれたら、スタートレックに出てくる異星人「クリンゴン星人の料理と同じだよ。時々動くし、、」とおいしそうに言う。

中国人と間違われたら、「あ~ご先祖様に顔向けできない。切腹しなければ~!」と大げさに騒ぐ。

日常でおきる些細な苛立ちをいちいちマイクロアグレッショなどと言って気にしていたら身が持たない。後退派左翼が常に怒っているように見えるのも、これが原因なのだろう。道理で彼らは常に不幸せなわけだ。

March 11, 2017, 現時間 10:23 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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スエーデン元警官の証言、スエーデンには移民融合計画がない

イギリス人右翼保守のジョセフ・ポール・ワトソンの挑戦を受けてスエーデンに取材に向かったアメリカ人フリーランス記者のティム・プールが一週間にわたるスエーデン取材旅行から帰国した。彼のスエーデン感は、スエーデンはドナルド・トランプ大統領が言うほどひどいことにはなっていないとはいうものの、スエーデン政府の公式発表のような全く何の問題もない平和な国とは程遠い。スエーデンのロック音楽祭で何十人ものスエーデン女性が強姦も含め悪質な痴漢の被害者になったことは事実だし、マルモ市では去年だけで52件からの手榴弾爆破攻撃があったことも事実。ティム曰く真実はトランプとスエーデン政府との真ん中へんのどこかにあるという。

我々のように数年に渡ってスエーデンの状況を見てきた人間にとっては、事実はトランプの印象にずっと近いはずだと感じる。実際、何を今更という感もある。わざわざスエーデンに行かなければそんなことも解らなかったのかと。しかし取材記者なら、やはり人伝(ひとづて)の情報に頼ってばかりも居られないのは当然。自分の足で歩いてみて肌で感じなければ真実の報道は無理だろう。

プールが行なった幾つかのインタビューの中でも、元警察官というアフガニスタン出身の男性とのインタビュー(ビデオ)は興味深い。この元警察官は自分がアフガンだということからアフガニスタンからの移民青年たちを相手にスエーデン社会への融合を促進している。警官という立場では若者たちとのふれあいは不可能だったため、二ヶ月前に辞任した。

彼がいうに、大多数の移民はスエーデンで犯罪を犯そうと思っているわけではないが、多くの犯罪が移民によって犯されているという事実には真正面から向き合って話す必要がある。移民の犯罪を隠せば真実がわからないだけ、かえって人々による移民への恐怖が高まる。また、イスラム教を侮辱すべきではないという、モスレム移民を甘やかす行為は、他の宗教に比べてイスラムは幼稚で平等には扱えない、モスレムに色々期待しても無理、というスエーデン人によるモスレム蔑視の表れだ。

移民にはきちんとスエーデン社会の憲法や価値感をきちんと理解してもらう必要がある。

「アフガニスタンは世界でも一番女性にとって危険な国だ。そういう国から若者をスエーデンに連れてきさえすれば自然に文明人になれるという考えは甘い。」

とこの元警察官。これはアフガン男が取り立てて野蛮だという意味ではなく、彼らには民主主義社会の言論の自由や男女平等や宗教の自由といった観念がきちんと理解できていない。元警官は西ヨーロッパ諸国で2015年から始まった大量な移民受け入れは全く無計画に行なわれたと批判する。スエーデンは移民に職や住宅を与えさえすれば移民たちは自然にスエーデン社会に融合すると思い込んでいる。だが実際はそうではない。文化や価値感が全く違う移民を何の計画もなく無差別に受け入れれば混乱が生じるのは当然だ。しかもその混乱を政府とメディアが一緒になってひた隠しにするから現状は悪化する一方だ。

この元警察官は、移民たちは、特に若者たちは、まだまだ色々吸収する可能性を秘めており、きちんとした援助があれば立派な文明人になりうると言う。だが、イスラム教批判を遠慮し、モスレム暴力や犯罪を隠すことは、スエーデン人にとってためにならないだけでなく、モスレム移民にとってもためにならないと言う。

真実に向き合うこと、それが一番大切なことなのだ。だが言論の自由など形ばかりのスエーデンで、それは先ず無理だろう。

March 11, 2017, 現時間 9:17 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →March 5, 2017

言論の自由がないヨーロッパ、ドイツ人ヴロガーの訴え

ポール・ジョセフ・ワトソンというイギリス人ヴロガー(ヴィデオブロガーの略)の挑戦を受けてティム・プールというアメリカ人のフリーランス記者がスエーデンに取材旅行の行った話は昨日もした。それについてドイツ人ヴロガーが感想を述べているビデオを発見した。ビデオの題名は「ティム・プールビデオへの感想」とあったが、実際はドイツがいかにメルケル独裁政権に侵されているかを垣間見る内容になっていた。

ドイツにはそしてEU参加ヨーロッパのすべての国々には今や言論の自由は存在しないのだ。

この男性は、プールがスエーデンで色々な人にインタビューをしているが、ひとつの事件について、たとえばゴミ箱に手榴弾が見つかったという事件をとってみても、三人の人に聞くと三人とも全く違う意見を述べているのな何故なのだろうというプールの質問に答えている。

1) え?手榴弾攻撃?そんなの聞いたことない、そんな事件は全く起きてない。
2) ま、時々手榴弾攻撃などあることはあるが、特に問題にはなっていない。街は充分平穏だ。
3) 手榴弾攻撃がしょっちゅう起きるという恐ろしい現状だ。我々は怖くて外にも出られない

何故こんなことになるのかといえば、ヨーロッパにはアメリカのような言論の自由がないからだと彼は言う。ドイツには日本のNHKのような公営放送局があり、毎月1700円くらいの受信料を強制的に取り立てている。メディアは完全に大本営放送と成り下がっており、アメリカにあるフォックスニュースとかブレイトバートのような主流以外の独立メディアが存在しない。犯罪者の人種や出身地が隠されるのは日常茶飯事。外国人が受刑者の何割を占めるのかも発表されていない。(多分5割以上だろうという推定)だからドイツに住んでいても実際に自分たちが直接的な被害を受けていなければ、同国人がどういう被害を受けているかを把握することは難しいのだ。

アメリカ在住の我々からすれば、何故ドイツや他のヨーロッパ諸国で一般人が民兵軍を組織して近所の警備に当たれないのかと疑問に思うが、彼はそれについてこう説明している。これは平和主義の日本にも多いに当てはまることなので注意して聞いてほしい。

ドイツでは正当防衛が難しい

先ず第一にドイツではアメリカでは比較的簡単に手に入るペパースプレーが違法だ。道端で誰かに襲われて相手にペパースプレーを浴びせたりしたら、違法にスプレーを持っていたこと、違法にスプレーを使ったことで罪に問われる。

銃所持許可証を持っていたとしても、強盗が自宅に押し入っても家主に強盗を撃つ権利は持たない。もし強盗に発砲し相手が死んだりしたら自分が何年もの禁固刑を受ける。

移民政策批判は罪に問われる可能性もある

ヨーロッパ各地で犯罪の根源がモスレム移民にあるなどと口にすれば、罰金をかけられたり禁固刑になったりする。どういうことを言ってもいいのか悪いのか、それは裁判に携わった裁判官によって違うので、移民政策批判はどこまでが許されるのか一般市民にはわからない。

このヴロガーは友達と二人でリバタリアン系のビデオを始めたが、途中で友達は将来のことを考えてビデオはもうやりたくない、過去のビデオもすべて消して欲しいと言ってきた。彼自身もビデオを始めてすぐに恋人が去って行った。

「僕は勇敢な人間には見えないかもしれませんが、ドイツで勇敢というのはこういう顔なんです。」

と黒髪に黒い瞳の素敵な彼は苦笑する。

ユーチューブやフェイスブックのコメント欄も危険

右系の政治ブログとかフェイスブックとかをやっている人は、他の人が自分のサイトに書いたコメントのなかにドイツでは違法なナチスのプロパガンダが混じっていた場合、たとえ自分が書いたものでなくても、15分以内に削除しないと罪に問われる可能性がある。だから左翼のアラシがわざとそういうことを自分のコメント欄につけたりして攻撃することも多いので非常に危険。

左翼テロリスト、アンティファの脅威

自称「反ファシスト」のアンティファと呼ばれる左翼テロリストは、最近アメリカでも勢いを増しているが、ドイツでの活躍はここ数年非常に活発だ。彼らは反体制派、ドイツでは反メルケル首相の人々に対して暴力的な攻撃を加える。車を焼いたり暴動を起すのは彼らの常套手段だ。はっきり言って完全にファシスト独裁政権の手先となって反対派を攻撃している暴力団が自分らを「アンティファシスト」と呼ぶのも皮肉な話だ。

また、暴力には至らなくてもアンティファ支持者は結構いるので、やたらなことを言って極右と決め付けられたら、社会的制裁は非常に大きい。たとえばこのヴロガーが実名を使わないのも、直接的な攻撃の対象となるだけでなく、将来就職する際にも響くことは確実だからである。

彼自身、ドイツにおいて自分の将来はないだろうと思っている。いずれは外国へ逃亡するしかないだろうとさえ。まさしくドイツ難民となってしまうのかも。

ヨーロッパの現状は私が思っていた以上に凄まじいものになっている。情報を仕切るものが国民を仕切るのだ。

アメリカがヨーロッパよりまだ救いがあるのは、先ずアメリカ人が社会主義独裁者のヒラリー・クリントンを拒絶したこと。移民規制政策を打ち出したトランプを支持したこと。そしてアメリカには憲法補整案第二条が保証する国民による銃法所持権利があること。

私は前々から口を酸っぱくして言ってきた。補整案第一条の言論の自由は第二条があってこその賜物だ。それはこのドイツ自分ヴロガーの話を聞いていれば一目瞭然だろう。

March 5, 2017, 現時間 9:41 AM | コメント (2) | トラックバック (0)

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日付け → →March 4, 2017

マイロ・イヤナポリスを弁護する意外な人々

ちょっと最近私はマイロ・イヤナポリスに執着しているように思われるかもしれないが、彼に起きたことをきちんと理解するのは言論の自由こそが人類にとって一番大切な人権だと思うカカシとしては、言論の自由のチャンピオンを買って出たマイロを決して沈黙させてはならないと考える。

マイロについては左翼も右翼も色々なことを書いたり話したりしているが、どれもこれも表面的な批判だけ。もっと理解力があると思っていた人々が彼を完全に誤解していて、マイロに同情的な人々でさえも、彼の本質をしっかり理解できていないということを知って非常に残念に思っている。

私はとっても悲しい。これまで私自身が右翼保守だと思っていたのに、とっても失望している。

何で事の真相がはっきりしないうちからマイロが幼児虐待者だと決め付けるのだ?彼の釈明に少しは耳を傾けてやれよ。昔のビデオや音声なんてどんなふうにも編集できるではないか、全体を聴いて本当に彼が幼児性虐待を奨励しているという証拠があるなら別。でも単にテープの一部だけ切り取って継ぎ接ぎに編集した音声だけで、これまでのマイロのジャーナリストとしての功績を一切無視してしまうのか?

それが右翼保守のやることなのか?

というのが私の事件直後の感想だが、最近になってマイロを弁護している二人のブロガーをマイロが自分のフェイスブックで紹介していたので読んでみた。特にこのレイチェル・フルトン・ブラウン教授(シカゴ大学歴史学教授)の洞察力はすごいなと感心した。、

マイロ同様、ブラウン女史もカトリック教徒で、去年の9月頃からマイロのファンになった。彼女曰く、マイロは道化師なのだ。この道化師というのはシェークスピアのリア王に出てくるようなピエロのこと。誰もが自分の社会的立場を失うのを恐れて思っていても言えないことを、王様のお墨付き道化師は遠慮もなく口にして笑い飛ばす。道化師だけが王の怒りを恐れずに真実を述べられるのだ。

多くの宗教保守はずっと左翼リベラルの笑いの種にされてきたが、クリスチャンだから反撃できないでいた。それをマイロは遠慮なくSJW(社会正義戦士と名乗る左翼連中)をおちょくって笑い飛ばした。フェミニストも、ゲイも、トランスジェンダーも、同じようにおちょくって、人々にSJWを笑ってもいいんだよと許可を与えてくれたのだ。

同時にマイロは犠牲者精神を完全に拒絶する。彼は本当の弱者は守るが、犠牲者気取りで、弱さを武器に他人をコントロールしようとする人間を嫌うのだ。しかしクリスチャンだからそうした犠牲者への攻撃は武力ではなく笑いで反撃する。だからこそ彼は自分の性虐待という被害に対してすらも、笑い飛ばして冗談にして反撃したのだ。そのことを道徳的に自分は崇高だと思い込んでるステファン・マリノーなどは理解できないのだ

マイロは道化師だから左翼とともに右翼や保守派もおちょくる。彼のどうみてもオネエな身振りや、敬虔なクリスチャンならとても口に出来ないような汚い性的な言葉使いは、とうてい右翼保守が浮け入れられるものではない。こんな下品な奴に保守派の代表みたいな顔をされたくないと忌々しく思っていた右翼保守は多かったはずだ。

右翼保守のナショナルレビューの社説より。

保守派の間では右系のハエが飛び回る度に声援を送るのが流行っているが、「アラシ」は保守派ではない。単に大学の民主党を怒らせることに価値はない。保守派のなかには常に左翼扇動者と戦っている立派な人格を持ち、落ち着いて気の効いたことを元気よく言える人たちがいくらでもいる。

つまり、右翼保守体制派はマイロの演説の内容より、その話方が気に入らないというのである。もっとお行儀よく威厳のある演説をやれというのだ。は!自分たちと違うスタイルの人間は受け入れないというのであれば、左翼連中のやっていることとどう違うというのだ?

こういうふうだから今回マイロに起きたことが右翼保守による計画的な政治的暗殺だったというのも納得がいく。

ブラウン女史はマイロは政治家ではなく、文化人なのだという。マイロにとって大切なのは西洋文明を守ること、本当の意味での正義を守ること、そして常に真実を述べることにある。だから、今回のことで彼がジャーナリストとしてのキャリアを引退し、今後はエンターテイナーとして生きていくと決めたことは良い結果になったと彼女は言う。

マイロを才能あるエンターテイナーとして認めているのがこの二つ目のブログ。自称アルト・ライト白人国粋主義のスペンサー・グイン。

マイロは素晴らしいドラマを作り出す。彼はともかく見ていて面白い。これは蔑みではない。 人々を楽しませることができるというのは授かり物であり、とても必要なものだ。マイロを愛いすも嫌うも、マイロはニュースを楽しくするだけでなく、興奮させてくれる。何百万という人たちが彼が次に何をするのか楽しみにしている。メディアに生きるものにとって、とてもよい商売だ。それに彼の格好は決まっている。あのおどけた金髪の髪型、奇抜な洋服、まるでデイビッド・ボウイかマドンナかといった感じだ。実際彼は劇画のヒーローか何かで物語りの展開を見ているようだ。先ず第一幕は毒舌で衝撃的な人物として颯爽と登場。第二幕は文化戦士として毎日のように活躍。第三幕は右から見放され左から毛嫌いされる。今我々は第四幕の彼の崩壊を見ている。次の幕は上がるのだろうか?マイロはこの危機を乗り越えられるのだろうか?

グインもブラウン女史同様、左翼がマイロを嫌悪するのはともかくとして、右翼保守がマイロを受け入れられないことや、リバタリアンのアルト・ライトのなかでもマイロを見放す人々が居る現象について語っている。グインもまた、一時はマイロの味方だったはずのステファン・マリノーのビデオについて、

42分間に渡るマリノーのマイロに関する話を観ていて、リバタリアン派のアルト・ライトもマイロの弁護には消極的だということははっきりした。これは残念なことだ。マイロにとっては痛手だ。

カカシもマリノーのビデオは半分くらい観たが、要するにマリノーはマイロが幼児性虐待に関して軽々しく物を言いすぎるということが気に入らないらしい。だが、自分には聞くに堪えない発言を守ってこそ言論の自由は守れるのだと、マリノーは普段から言っていたのではないのか?だからこそ一般人が口ごもるようなことを平気で言うマイロを支持していたのでは?

グインはアルト・ライトがマイロを躍起になって責めてはいないものの、積極的に弁護もしていない理由はわかるとしながら、それでもマイロはアルト・ライトにとって強い味方になりうると語る。

先ず第一に、グインはマイロがアルト・ライトに損害を与えるとは思えないと語る。彼自身自分はアルト・ライトだとは言ってないし、自分らも彼を同胞として受け入れる気はない。アルト・ライトの回りで活躍しているマイロが自分の性嗜好について何を言おうとアルト・ライトには関係がない。だったら左翼との戦いに有効なマイロを味方につけることに何の損があるというのか?

グインに言わせるとアルト・ライトではないが、左翼と戦っている他の人々のことを考えてみても、マイロほど効果のある人物はない。カカシも時々紹介しているロバート・スペンサー、パメラ・ゲラー、ミッセル・モルキンといった保守派もがんばって入るが、マイロほどのスターではない。

それにマイロとアルト・ライトを一緒くたにしてアルト・ライトを責めるような人間は、もともとアルト・ライトのことなど支持していない連中だ。マイロが居なくても別のことでアルト・ライトを責めていただろう。

右翼にとってマイロが味方についていた方が心強い。もしマイロが右翼からの攻撃に嫌気が差して敵に回ったらどうする?それこそマイロは手ごわい敵になってしまうだろう。マリノーは左翼のリナ・ダナムが自分の妹が子供の頃に性的虐待をしたことを平気で自分の自叙伝に書いていたことと比べて、確かにマイロはダナムに比べたら雲泥の差があるが、だからと言ってマイロの言動が許されるわけではないと語る。

だが、グインはそれに同意できないという。我々は戦争中なのだ。左翼との戦いに勝つためには、味方の些細な落ち度をいちいち重箱の隅をつっつくように攻め立てている余裕はない。マイロは自分の体験を軽々しく語ったかもしれないが、彼が実際に子供を虐待したという証拠があるわけでもなく、幼時と大人の性行為を奨励するNAMBLAなどという団体を支持しているわけでもない。

公開された音声についてグインとカカシの解釈は全く同一だ。つまり、マイロのキャラは人々が衝撃を受けるようなことを言うことにあるので、次から次へとショッキングな供述をしているうちに危険な境界に入ってしまったのだ。マイロが自分が13歳の時に自分を性的に虐待した神父のことを「オーラルセックスがうまくなったのも、マイケル神父のおかげだ」などと口走ったりしたのも、実際にマイロがそう思っていたからではなく、聞いている人々に衝撃を与えることが目的だった。それは文字通りに真に受けるべきではないのだ。

ブラウン女史もグインもマイロのそういう危険すれすれのユーモアを理解している。

カカシが残念に思っているのは、私が今まで頭がいいと思っていた右翼保守の人々の多くが、マイロの危険すれすれユーモアを全く理解できなかったということにある。ステファン・マリノーなどはその口だ。もっとも多くの人々が最初から忌々しい目の上のたんこぶだったマイロを破壊する絶好の機会とばかりに積極的に誤解することを選んだのも事実だが。

グインは最後にマイロは根本的に善良な人だと思うという。グインは以前にマイロがどこかの大学で演説した時、保守派の男子学生が大学構内の左翼とどのように戦ったらいいのかと質問した際、マイロはためらわず即座に、最大の復讐は、ちゃんと勉強してよい仕事につき、お金を儲けて美人の奥さんをもらい、たくさん子供を作って幸せになることだと語ったという。グインはそれを聴いて涙が出るほど感激した。

確かにマイロ自身は右翼や保守派の鏡ではないかもしれない。だがこれはマイロ個人の問題ではない。これは文明社会をどうするかという問題なのだ。そしてマイロは文明社会を守る強い味方なのだ。

ブラウン女史もグインもそういう意味でマイロを応援している。

そしてカカシも。

早くマイロには立ち直ってもらって、また前のように元気に活躍してもらいたいと思う。マイロは本当の意味での文明社会正義の味方なのだから。

March 4, 2017, 現時間 3:47 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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ストックホルム症候群、フェミニストの国スエーデンの街角から女性が消えた

この間、トランプ大統領がスエーデンはナンミンのせいでひどいことになっているという話しをして、アメリカメディアやスエーデン政治家がトランプをおちょくったという話をしたが、インフォワーというオンラインニュースで記事を書き、ユーチューブでヴロガー(ヴィデオブロガーの略)でもあるポール・ジョセフ・ワトソンがツイッターで、『トランプ大統領をあざ笑ってるリベラル連中の一人でもスエーデンのノーゴーゾーンに滞在する勇気のある奴が居たら、旅費を払ってやってもいいぜ』と書いたところ、ティム・プールというアメリカ人の独立リポーターが自分がスエーデンのノーゴーゾーンに行って取材してきてやる、とワトソンの挑戦を受け入れた。

プールは最初、マルモのモスレム人街でアラビア男とスエーデン女性のカップルを訪問。二人ともマルモは安全で午前三時でも奥さんは一人で外を歩けると話しているビのデオをアップ。ほ~れみろ、スエーデンが危険だなんて右翼のでっちあげだとほくそえんだのもつかの間 (もっとも旦那の方は移民の90%がイスラム国を支持していると気軽に言ってのけたのだが)、別のノーゴーゾーンRinkebyという町を訪れたところ、彼の周りに人相の悪い男たちが集まり始めたため、警察に付きわれて街を立ち去ることとなった。警察官はプールをその場で逮捕したら回りに50人からの暴徒が集まって石を投げられるだのひどいことになっていただろうと語ったという。

後退派左翼のプールにもこれでちょっとは現実が見えただろうか。

さて、スエーデンが安全だなどと最初から思っていなかったイギリスのケイティ・ホプキンズという女性記者のリポートを読んでみよう。

彼女は去年からスエーデンの知り合いたちから、是非スエーデンに来てスエーデンのひどい現状を取材して欲しいと嘆願されていた。本当は去年の12月に行くはずだったのだが、航空会社のストライキで今まで延期になっていた。やっとこさスエーデンを訪れたホプキンズを待っていたのは思った以上にひどいスエーデンの現実だった。

私がスエーデンに着陸して12時間もしないうちにナンミン収容所は放火と思われる火事で崩壊、警察を狙ったのか聖廟を狙ったのか手榴弾が聖廟近くのゴミ箱で発見され、マルモ市では別の手榴弾が爆発してけが人が出た。

こうしたことが問題かどうかは議論の余地があるかもしれないが、はっきり言ってこれは気違い沙汰だ。21世紀のスエーデンで、超革新派として理想の国とされていたその国で、こんなことが起きているなど信じ難い。

スエーデンのNHKとも言える国営放送局のカメラマンはなぜスエーデンの現状がこうも政治的な扱いを受けるのかとホプキンズに質問したという。彼女はいったどっちが気が狂っているのかという目で彼を見返した。

スエーデンといえば、一昔前まではフェミニストの国として知られていた。男女同権の先端を行く国で、世界で一番平和で安全な国として福祉国家の鏡とさえ言われて崇め奉られていた国なのである。20年前に大量の移民を受け入れ始めるまでスエーデンの女性たちは世界で一番美しく自由奔放という評判だった。それが今やどうなってしまったのか。

  • 宗教や人種に関わらず女性は皆外に出るのが恐ろしくて家のなかに閉じこもったまま。
  • 外でたむろしているのは若い外国人ばかりで、出会う男たちは白人女性のホプキンズを面と向かって売女呼ばわりし性的ジェスチャーをしてみせる。
  • 実情についてインタビューに応じた女性は他のフェミニストから人種差別者と責められるのを恐れて仮名を使い顔を出すのを拒んだ。
  • テレビ局の報道者はごみ箱に設置された手榴弾をあたかも通常のことであるかのように報道する。

バス停でひとりバスを待っていたホプキンズはこんなにひとりぼっちだと感じたことはないという。それというのも外に居るのは若い男たちばかりで、女性は老いも若きも一人も歩いていないからだ。街をたむろしているナンミン男たちは当てもなくぼんやりしてる。誰も仕事などしておらず、スエーデンの気前のいい生活保護で一日やることもなく過ごしているのだ。

確かスエーデンでナンミンの就職率は30%にも及ばないという話だ。

女性たちが怖くて外に出られない国、これがフェミニスト先進国の成れの果てなのか?

アメリカでフェミストを気取る女たちが「女性行進」でリーダーとして持ち上げてる女はなんとモスレムテロリスト。デモでアラーアクバルの音頭を取り、イスラム教こそフェミニストの強い味方などと信じられないことを言っているのを、アメリカの馬鹿フェミどもが鵜呑みにしているのだからわからない。あの女たちは本当にそこまで馬鹿なのか?

アメリカでトランプの移民規制に反対して女性器を表すピンクの帽子など被って「女性行進」などというデモをやっているフェミニストたちに、このスエーデンの現実を是非知ってもらいたいものだ。そういう意味でトランプがスエーデンを持ち出し、メディアがトランプをおちょくったことで、スエーデンの移民問題が注目されたのはよいことだったといえるだろう。

March 4, 2017, 現時間 8:37 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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