日付け → →October 30, 2007

キャンパス左翼とイスラム過激派に対抗する方法

アメリカの大学では左翼思想が横行し、保守派思想が弾圧されているという話はこの間もしたが、今回もそれを象徴するような出来事があった。

デイビッド・ホロウィッツという極右翼の作家がいる。彼は1960年代にはバリバリの左翼運動員で、かなりあくどい政治活動をしていた人なのだが、それが友人が自分が信用していた極左翼の市民団体に殺されたことがきっかけで、左翼の悪に気づき心を入れ替えて右翼に転向した人だ。このホロウィッツがエモリー大学の共和党クラブに招かれて「イスラモファシストを知る週間」の一貫として大学構内で演説をおこなうことになった。ところがそれをききつけた左翼団体やイスラム系の学生たちが、ホロウィッツの講演を邪魔しようと大学の公会堂に団体で入り込み講演がはじまるや否や大声で怒鳴り散らし、ホロウィッツの演説が全く観客に聞こえないような騒ぎを起こした。警備員が特に騒いでいる若者を追い出そうとすると若者は「全員を追い出せはしない。みんな立ち上がれ!」と関係者を立ち上がらせて大騒ぎ。ついに警察が呼ばれて講演は中止。ホロウィッツは警察官に護衛されて立ち去るという結果になった。

このときの詳細やビデオはフロントページマガジンで見ることが出来る。

この間デンマークでヨーロッパのイスラム化に抗議するデモ行進の主催者が待ち伏せをくって暴行をうけた事件や、カナダの大学でイスラエルの著名人を招いた講演会が、イスラム系暴徒によって集まった観客が暴行を受けるなどして講演が阻止された事件などもそうなのだが、いま、世界中で過激派イスラム系と左翼連中が共謀して保守派思想を弾圧する事件があちこちで起きている。

こういう事件を見るたびに私はおもうのだが、左翼及びイスラム過激派に敵対する講演会やイベントを主催する側は、自分らの行為がどれほど危険を伴うものなのか充分に覚悟して、それに対する事前の処置をとってもらいたいということだ。イスラム系テロリストにしろ左翼市民団体にしろ、言論の自由になど興味はない。彼らは自分らこそが正しいと信じ異論はどのような手をつかっても(テロを含む)封じ込めようという堅い意志のある恐ろしい敵なのだということを自覚してもらいたい。

大学のキャンパスは保守派には非常に危険な場所である。やたらに自分の意見を表したりしたら、教授からは落第点をもらうし、学校側からは言いがかりをつけられて退学になったり、他の生徒から訴えられたりする。場合によっては暴力を振るわれ殺されかねない。自由の国アメリカでこのようなことが横行するなど信じられないことだが、講演を中断されたホロウィッツが「ナチスのブラウンシャツもこうやって反対意見を封じ込めた」と語っているように、イスラミストや左翼は悪度さでは全くナチスと同じなのだ。

しかしだからといって保守派生徒たちは身を守るために沈黙を守らなければならないのだろうか?言論の自由や思想の自由が保障されているはずの自由国家の大学で、自分の意見を述べることが命にかかわるという状況をそのままにしておかなかればならないのだろうか?いや、それは違うだろう。「悪が栄えるには善人が何もしないでいればいい」という言い回しがあるように、保守派学生や教授たちは黙っていては、アメリカ大学の状況は悪化する一方である。

では具体的にどうすればいいのか?大学の共和党生徒たちが保守派の政治家や作家を招くのは大いに結構なことだし、どんどんやってもらいたいと思う。ただし、そのような行為には危険が伴うことを覚悟して、警備体制をしっかり敷いておく必要がある。そこでカカシは大学内の左翼にどう対処すればいいのかをが考えた対処策は次のとおり。

大学内の警備員をあてにしてはならない。

大学事態が右翼や保守派をきらっているのに、その大学が提供する警備員など最初からやる気があるはずがない。暴徒が暴れても見てみぬふりをするのがおちだし、暴れた生徒も処分をうけないと鷹をくくっている。事前に募金運動などをして民間の警備会社を雇うか、地元警察に相談して警察官を派遣してもらえるかどうか折り合う必要がある。

あからさまな妨害者を締め出せ。

プラカードや横幕をもって現れた人々は、最初から騒ぎを起こす目的で入場しようとしていることは明白。入場する際にプラカードや横幕を持った人々は入場させないとあちこちにサインを張り、もってきた人たちがこうしたものを捨てられるようなゴミ箱を会場からかなり離れた場所に設置しておくこと。入場口でまだ持っている人間はプラカードをその場で捨てようがどうしようが入場させない。またハンドバッグやバックパックに大きな音のでる笛やラッパを隠し持っている人間も入場させないこと。講演を静かに聴く意志があれば、こんなものは必要ないはずだ。

会場内で騒いだ人物は即座に強制的に取り除くこと。

こういう団体には必ず先導者がいる。騒ぐつもりで入場しても、誰かが始めないと自分からは何も言えない臆病者が大半なので、一番最初に騒いだ奴をかなり乱暴に強制撤去するすれば、後の奴らは怖気づいて何も出来なくなる。とにかく最初が肝心。

我々は自由社会に住んでいるので、思想や言論の自由は当たり前だと考える節がある。だが、世界中の多くの国で言論の自由は独裁者によって弾圧されてきた。我々がアメリカの大学や欧州でみていることは、そのほんの一例に過ぎない。我々自由主義の人民がこの神に与えられた権利を守ろうというのであれば、それは命がけで守らなければならない大切なものだということを充分に自覚すべきである。戦いの危険を顧みずに戦場へ挑むのは勇敢かもしれないが愚かでもある。戦いは勝たなければ意味がない。左翼やイスラム過激派と対抗しようというのであれば、それなりの自衛を考えるべきだ。自由のために勇敢に、そして賢く戦おう。

October 30, 2007, 現時間 10:55 PM | コメント (2) | トラックバック (1)

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日付け → →October 28, 2007

米国いよいよイラン攻撃に備える?

この間からブッシュ大統領はイランの核兵器開発を批判する演説を続けているが、先日アメリカはいよいよイランを攻める準備にはいったのではないかというニュースがはいった。(10月25日23時3分配信 毎日新聞より。)

<米国>イランに経済制裁 革命防衛隊との商取引禁止など

 【ワシントン笠原敏彦】米政府は25日、イラン革命防衛隊を大量破壊兵器の拡散に関わる組織に指定し、米企業・個人との取引を禁止する経済制裁を発動する、と発表した。また、防衛隊傘下の精鋭部隊、クッズ部隊を主権国家の軍として初めてテロ支援組織に指定。一連の制裁は1979年の米大使館人質占拠事件以来、最も強硬な措置とされ、イランとの緊張が一層高まるのは必至だ。

 ライス国務長官とポールソン財務長官が発表した制裁内容は、主に金融面での締め付けに焦点が当てられている。軍組織の他にイランの国営主要3銀行(メリ、メラト、サデラト)が国際金融システムを悪用してミサイル拡散やテロ支援に関わっているとし、同じく制裁対象に指定した。

 経済活動でも重要な位置を占める革命防衛隊は、ミサイル拡散のほか核開発への関与が指摘されている組織で、関連の20以上の企業・個人が制裁対象となる。また、クッズ部隊は、米国がイラクやアフガンなどで武器を供与していると見る組織。制裁対象となった組織・銀行は、米国内の資産凍結や米企業・個人との取引禁止が科される。の反対でメドが立たない中、米国は今回の措置が国際的な波及効果を生むことを期待している。

さて、このような措置に対してイラン側はどういう反応をみせているのかといえば、経済制裁などなんの効力もないと見ているようである。(翻訳:喜多龍之介さん)

アメリカがテロや核拡散への国家的関与を狙った新たな制裁を科した一日後、イラン当局は反抗姿勢を表明した。

強硬派のイラン革命防衛隊司令官モハマド・アリ・ジャファリ将軍は、イランはアメリカによるいかなる猛攻撃にも耐えられると宣言した。「イスラム共和国は人々の侵攻の強さと力を持っている」。
「この力には防衛における経験、知識、技術が加わる。我々は更に決定的な攻撃で、如何なる攻撃にも応じるだろう」。

より厳しい制裁もイランに核開発を諦めさせることはない、と同国の新しい核交渉責任者であるサイード・ジャリリは言った。「その前のものと同じく、新しい制裁はイランの方針に一切の影響を与えないだろう」。

コンドリーザ・ライス国務長官は、イラン政府内に亀裂を作ることでマハムード・アハマディネジャド大統領を孤立させることを目的とした措置だ、と言った。「イランと指導部にはアハマディネジャド大統領よりも沢山人がいる」。

ライス国務長官が表向きにはイランと交戦の意志はないといくら主張してみても、ブッシュ大統領の本音はイランへの経済制裁は極一部的な効果しか得られないことは承知の上だろう。私がアメリカがイラン攻撃の準備を進めているのではないかと懸念する理由はフォックスニュースで報道された下記のようなニュースが原因だ。

バグダッド南東にあるアメリカ軍基地に打ち込まれたロケット弾はイランで製造されたものであると米軍当局は土曜日発表した。これはイランがイラクの反乱分子に継続的に援助をしている証拠である。

10月23日に戦闘武器庫で行われた攻撃ではけが人はひとりも出なかったが、米軍の乗り物が一台破損されたと米当局は語っている。

米軍当局によれば、107mm のロケットは今年の三月ごろイランで製造されたもである。ロケット発射位置を捜査中の隊は標的を定めは発射するための六つの発射台を未発のロケットとタイミング機がついたままの状態で発見した。

押収されたロケットは過去4ヶ月に渡って兵士らが押収したイラン製造ロケットの40台目のロケットであると軍は発表した。

イラン製造のロケット弾がアメリカ兵宛てに打ち込まれているという事実はなにも今に始まったことではない。イラクで戦闘に携わっていた人なら誰でも反乱分子が使っている武器の多くがイランから供給されていることは二年前くらいから知っていた。しかし軍当局もブッシュ政権もイランのイラク関与については公式な認識はしてこなかった。その理由は色々取りざたされるが、一番単純な理由はブッシュ政権がイランとの時期尚早の戦闘は避けたいと考えていたからだろう。それが軍当局がイランからの武器がイラクで発見され押収されたという事件を大々的に発表したり、ブッシュ大統領がイランへの経済制裁をいまの時期に強行するということは、ブッシュ政権はいよいよイランを攻める準備態勢にはいったのだと考えるのが自然だ。

さて、ここでイランを攻めるとしたどういう方法があるのか、今年の初めにカカシが今こそイランを攻めるチャンス!で紹介した歴史家のアーサー・ハーマン氏のイラン攻撃作戦を振り返ってみよう。

ホルムズ海峡は確かにイランからの石油輸送にとって非常に大事な場所である。だが、それをいうならイランにとってもこの海峡は非常に重要な航路だ。イランはホルムズ海峡を手に取って世界をコントロールしようとしているが、アメリカはこれを逆手にとってイランをコントロールできるとハーマン氏は語る。それをどういうふうにするのか、下記がハーマン氏の提案だ。
  1. まずホルムズ海峡を通る石油輸送を阻止する国はどこであろうと容赦しないと発表する。
  2. その脅しを証明するために対潜水艦船、戦闘機、じ来除去装置、イージスBMDシステムなどを含む空母艦バトルグループをペルシャ湾に派遣する。むろんこちらの潜水艦も含む。
  3. アメリカ一国によるイランの石油タンカー通行を封鎖。イランから出る石油、イランへ入るガソリンなどを完全阻止する。ほかの国の船は自由に通過させる。
  4. イランの空軍基地を徹底的に攻撃し、イランの空の防衛を完全に破壊する。
  5. イランの核兵器開発地及び関係基地、インフラなどを攻撃する。
  6. そしてこれが一番大切なことなのだが、イランのガソリン精製施設の徹底破壊である。

  7. アメリカの特別部隊がイラン国外にあるイランの油田を占拠する。

イランは今非常に厳しい状況にある。ハーマン氏は我々はそれを最大限に利用すべきだという。

イランは非常に大きな石油輸出国であるにもかかわらず、なんとガソリンの40%を湾岸諸国を含む外国からの輸入に頼っている国なのである。精製施設がなくなり保存施設も破壊されれば、イランの自動車、トラック、バス、飛行機、戦車および軍事機器がすべて乾いてしまう。これだけでイランはイラン軍による反撃など不可能となってしまうのである。(イランの海軍は年老いて破損が激しい。一番の財産であるロシア製キロ級潜水艦は港を出る前に破壊してしまうべきである。)

この攻撃と同時にアメリカはイラン国民に「イラン政府を倒しアメリカに協力してガソリンを取り戻すか、イラン政権のムラーたちと餓死の運命を共にするか、君たちが選びたまえ」と呼びかける。もともとイラン市民はイラン政府に満足しているというわけではない。イラン国民は意外と世俗主義で西洋的な文化を持っており、宗教家ムラーたちの政権では圧迫を受けている。若者の失業率は75%というひどい状態で、最近では若い男女がイスラム教徒としてふさわしくない格好をしているという口実で無差別に服装警察に拘束され拷問されるという事件があいついでいる。イラン市民は今こそ自分らの将来をどうするのか、選択の時である。

ところで、イラン関係の記事を探していたら、先月の9月にブッシュ大統領のイラン批判演説について、毎日新聞のイラン:米大統領演説に反発必至 イラク情勢さらに混迷か(2007年9月15日)という記事を見つけた。

この「イラク情勢さらに混迷か」という部分が私は非常に気になったので読んでみると、記事はこんな具合に始まる。

【テヘラン春日孝之】イラク情勢を巡り、ブッシュ米大統領が13日の演説で「イラン脅威論」を展開、米軍のイラク駐留継続の必要性を強調したことに対し、イランが反発を強めるのは必至だ。イランでは国際協調を志向する穏健派が巻き返しつつあるが、米国のイラン敵視の先鋭化はイランの強硬派を勢いづかせ、イラク安定化を一層困難にする可能性がある。

毎日新聞はこれまでにすでにイランがイラクにクォッズという特別部隊を送り込んで、イラクのスンニ、シーアにかかわらず戦闘訓練をしたり武器供給をしたり、時にはイラン兵事態がイラクでアメリカ兵を殺しているという事実を全くしらないかのようだ。アメリカをサタン(悪魔)と呼び、アメリカやイスラエルの撲滅を公言している国がこれ以上アメリカを嫌うなどということが可能なのか?しかも毎日新聞は今年の2月ごろから始まったアメリカ軍のCOINと呼ばれる対反乱分子作戦が非常な効果を上げている事実を完全に無視している。あたかも今が2005年か2006年の秋ごろのような言い方だ。日本でも指折りの新聞である毎日がここまでイラク情勢に無知というのは信じがたい。

イランでは昨年末の地方選挙や最高指導者の任免権を持つ専門家会議の選挙で強硬派が惨敗。米国との和解を検討しているとされるラフサンジャニ元大統領を中心とする穏健派が巻き返しを図っている。こうした流れの中で今年5月、イラク安定に向け80年のイラン・米国の断交以来初めての公式協議が始まった。

だが、最近は米国内でイラン空爆論が再燃し、イラン革命防衛隊を「テロ組織」に指定する動きが浮上するなどイラン敵視が激しくなっており、両国協議は7月に2回目を開催して以降、めどは立っていない。

米国の対イラン強硬論は「米国との対話は無駄」「米国とは徹底的に対決すべきだ」というイラン強硬派の主張に正当性を与え、穏健派の動きを封じ込めかねない。米国がイラクのイスラム教シーア派武装勢力を支援していると主張するイラン革命防衛隊は強硬派の牙城でもあり、対抗措置を本格化させれば、イラク情勢の一層の悪化は避けられない。

もし毎日新聞がラフサンジャニが「穏健派」でアメリカと交渉の意志があるなどと考えているならナイーブとしか言いようがない。イランでいう「比較的穏健派」などという言葉はほとんど意味がないのだ。ラフサンジャニはアクマディネジャドほどあからさまにアメリカへの敵意を表していないというだけであって、彼らが核兵器を使って中東をコントロールしたいという野心に変わりはない。ラフサンジャニは確かにアメリカと交渉するかのようなそぶりはするかもしれないが、交渉しながら影で武器開発を進める分、正直にアメリカへの敵意を表明するアクマディネジャドより始末が悪い。

イラク情勢がこのまま良化の一途をたどり、比較的自由な国として復興することができれば、イラン国民も自分らの独裁政権を倒してアメリカという勝ち馬についたほうが懸命だと思うかもしれない。アメリカがイランを攻めるとしたら、なるべく非戦闘員を巻き込まないように充分気をつけてやってもらいたい。なにしろ将来イラン市民とは本当の意味での友人関係を結びたいのだから。

October 28, 2007, 現時間 1:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 27, 2007

人権保護という名の言論弾圧

イギリスでは人権保護という名目で自由がいたるところで束縛されるようになったと、コラムニストのメラニー・フィリップスは書いている。

ゴードン・ブラウン首相は現在人権保護のための新しい法案を製作中だという。しかしこの法案は人権保護どころか言論の自由を弾圧するものだとメラニーは警告する。

これは非常に恐ろしいことだ。政府が自由という言葉を口にするたびに、私は歯ブラシをスーツケースに入れる。これはゴードン・ブラウンという自由社会の根本を破壊しようとし、ヨーロッパ連盟の憲法条約を議会で押し通し、わずかながら残された自治の権利を失うかどうかについては国民の意見を取り入れるという公約をやぶり、英国の自治を脅かしている同じ首相である。

英国には人権法というのがあるが、これが悪用されて人々の自由をどんどん束縛するようになっているのだそうだ。これはもともと少数民族が差別を受けないようにと設けられた法律だが、アメリカのアファーマティブアクションと同じで時がすぎるにつて、少数派が裁判所を使って一般民衆の道徳観を攻撃する道具となってしまったようだ。たとえばテロリストの容疑者が人種差別をしたと訴えて警察の捜査が邪魔されたり、違法移民が人種差別を言い訳に国外追放を免れたりと、国の安全にかかわることですら人権法が人々の前に立ちふさがっているのだ。

メラニーが気に入らないのは、ブラウン首相がヨーロッパ連盟(EU)の法律を英国人の意志を無視して押し付けようとしていることにある。メラニーが例としてあげている差別禁止法が与える影響として、スコットランドのNHSという政府の部署で発行された52ページにわたる"Good LGBT [Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender]Practice in the NHS" という同性愛者、バイセクシャル、性転換者への正しい気遣いの仕方が従業員に配布された。これはLGBTの人々への差別をなくすという主旨でつくられた規則なのだが、そのなかに差別用語の禁止という項目がある。それでいったいどのようなひどい差別用語が禁止されているのかというと、、、

「夫」「妻」「結婚」といった言葉は異性同士の関係を前提としたものであるため自動的にLGBの人々を疎外することになるります。伴侶に対しては「パートナー」または「あの人たち」と呼ぶことにして問題を防ぎましょう。 これには結婚しているいないに関わらずすべての異性同士のカップルが含まれます。....子供と話すときは「両親」「世話人」「保護者」といった言葉を使い、「お母さん」「お父さん」という言い方は控えましょう。

要するに、人権保護とか差別禁止とかいう名の下に、ヨーロッパでは伝統的な家族構成の思想を破壊していこうというのである。

イギリスも例外ではないが、昨日お話したデンマークや、オランダや、フランスで、イスラム系移民にいよる暴虐が横行しているのも、ヨーロッパ社会が自分達の伝統を人権保護という名目でどんどん破壊していっているからだ。宗教心の強いイスラム教徒からすれば、ヨーロッパの崩壊は世俗化によるものだと判断されても当然であり、これは必ずしも間違った見解とは思えない。ヨーロッパは冷戦で共産主義のソ連に勝ったのにもかかわらず、内側から自由主義の背骨を砕いていこうというのである。なんという嘆かわしいことだろう。

さて、この傾向は少なからずアメリカにもあるので、決して他人事ではない。アメリカ社会でも人権保護とか多様性とかいう名目で思想の自由がどんどん奪われつつある。その最たるものがアメリカの大学キャンパスだ。

イヴァン・コイン・マロニー(Evan Coyne Maloney)という若い映画監督がアメリカの大学キャンパスをあちこち巡ってつくったIndoctrinate Uというドキュメンタリーでは、いかにアメリカの大学が思想の自由を弾圧しているかを描いている。(私はまだ見ていないが、パワーラインで予告編を見ることができる。)

アメリカの大学では「ヘイトスピーチコード」という規則を取り入れているところが多いが、要するに相手が嫌がる言葉使いをしてはいけないというものなのだ。しかしあらかじめ使ってはいけない言葉がきちんと列記されているわけではなく、少数派だと自分で考えている人が差別されたと感じれば、その言葉を使ったひとはヘイトスピーチを使ったとして罰せられるという恐ろしい規則だ。相手がどんな言葉で傷つくかなど人それぞれではないか、何が違反かもわからない状態ではやたらなことはいえない。

多様性を重んじるなどと表向きは言う大学も、この多様とは人種とかLGBTのような人々のことであり、決して思想の多様性ではない。特に左翼主義が横行し、保守派や右翼主義の生徒はやたらに政治の話などキャンパス内でした日には、教授から落第点をもらうだけでなく、差別者として大学を退学になったりひどい時には裁判沙汰になって賠償金を支払わされたりすることがあるという。

アメリカは熔解の鍋と言われるほど多様の人種や国籍が集まり、それがアメリカ人として融合するというのがその強さの基盤となっていた。ところが最近のアメリカの大学では、「女性の会」「黒人生徒サークル」「同性愛サークル」といったようにそれぞれのグループを区分けするやり方がごく普通になっている。私は大学生の頃、どこかのサークルの集まりでピザの箱が山済みになって学生達がピザを食べていたので、自分は関係なかったのだが、中国人のクラスメートと一緒にサークルのメンバーのふりをしてピザを盗んじゃおうかという悪いことを企んだことがある。ところが、集まっている生徒の顔をみていたらみんな黒人。我々東洋人がメンバーのふりをしようにもこれは不可能。仕方なく諦めたという笑い話になったことがある。

しかし、少数派が少数派で固まり、外部者を受け付けないやり方は差別をなくすどころか、かえって差別をひどくする。口を利くたびに差別用語を使ったとして処罰されるのでは、普通の白人男性は怖くて有色人種や女性と口が利けなくなるではないか?無論それが大学側の狙いなのだ。彼らは学生達が左翼の教授らと全く同じ思想をもつように洗脳するのが目的なのだから。

デューク大学でパレスチナのテロリストの看板組織ISMが大学のサークルを利用してメンバーを募っていたなんて話は有名だが、もしデュークでISMサークルはテロリスト組織だと学生達が疑ったとしても、それを口にするのは非常に危険だ。差別者として退学になるだけでなく名誉毀損で訴えられかねない。その挙句にパレスチナ系テロリストに暗殺される危険すらある。

人権保護法は法を尊重する善良な市民を守らず、テロリストや犯罪者を守り、政府に多大なる力を与える非常に危険な法律である。イギリスも他のヨーロッパ諸国も、そして無論アメリカも、この恐ろしい法律をもう一度見直して欲しいものだ。

October 27, 2007, 現時間 11:38 PM | コメント (0) | トラックバック (3)

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アルジェジーラにまで見放されたイラクアルカエダ

この間アルジェジーラで放送されたビンラデンの声明テープの件で、イラクのアルカエダの連中が怒って抗議の声をあげているという。

アルカエダシンパたちはアルジェジーラテレビ局に対してオサマ・ビンラデンの最近の音声テープの抜粋を歪曲して紹介したとして怒りの声を爆発させている。 このテープではビンラデンはイラク反乱分子の間違いを批判している。

イスラム過激派のネット掲示板では、ビンラデンの反乱分子への日は何に焦点をあてたこの全アラブネットワークに対して何千という侮辱のメッセージが投稿された。

評論家によれば、これは民兵たちがビンラデンの言葉に驚ろいたことを象徴しており、ビンラデンが取り持とうとしているアルカエダとイラク武装集団との間の大きな溝への失望感の表れだという。

「問題はアルジェジーラじゃありません。これはビンラデンから受けた衝撃です。とエジプトのイスラム武装集団専門学者のDiaa Rashwanさん。「精神的な指導をするはずのビンラデンが初めてアルカエダを批判し間違いを認めたのですから。これは普通じゃありません。」

アルジェジーラですら、ビンラデンの声明は悲観的だと気がついたというわけだ。ビンラデンの声明はテロリストを元気付けるどころか、かえって失望感を高めてしまったらしい。これではビンラデンはスピリチュアルリーダーとしては全く失格だな。(笑)

October 27, 2007, 現時間 12:43 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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デンマーク、反イスラム過激派運動員、イスラム暴徒に襲われる

デンマークに、Stop Islamisation of Europe(ヨーロッパのイスラム化を止める会)という市民団体があるが、彼らが先日コペンハーゲンでデモ行進を行う直前、運転中の二台の車が襲われ、運動員四人がイスラム系暴徒に鉄パイプで殴られ重傷を負という事件があった。下記は彼らのサイトからで、けが人の写真が何枚か掲載されている。彼らは主流メディアはこの事件を完全に無視しているか、歪曲した報道をしていると書いている。ことのいきさつは下記のとおり。

10月21日、SIOEはコペンハーゲンでデモを行うと発表した。デモが始まる前に主催者のアンダース・グラヴァースさん(Anders Gravers)はもうひとつの車の後をついてミニバンを指定された場所に駐車すべく運転していた。バンには74歳の婦人ともうひとりのメンバーが乗っていた。

アンダースさんが車を止めて車から出ようとしたとき、突然フロントガラスが何者かによって割られた。二人のイスラム系暴徒が「車からひきだせ!」と大声をあげてアンダースと隣に乗っていた乗客を助手席側の窓を割って鉄パイプで殴りだした。老婦人はソーダの入っているビンで頭を殴られた。

アンダースさんは暴徒の顔を足で蹴り、車から消火器をとりだしもうひとりの暴徒の肩を激しく打った。後になってわかったことだが、どうやら暴徒はアンダースさんを刺し殺そうとしたようで、アンダースさんのシャツにはいくつも切った後があった。しかしアンダースさんはシャツのしたに防弾チョッキをきていたためナイフによる怪我は免れた。

突然暴徒はいなくなったが、もうひとりの男性のメンバーは4~5人の暴徒に鉄パイプでなぐられ道端に倒れていた。彼も何度か刺されたがチョッキのおかげで命は取り留めた。アンダースの前の車に乗っていた婦人は混乱して暴徒の指図どおりに車からおりてしまったため、逃げようとしたところをやはり鉄パイプで殴られた。

おどろいたことにアンダースさんは怪我にもかかわらず、デモ行進に参加したという。この程度のことでは黙りはしないという信念からだ。

デンマークでのイスラム教移民による暴虐はここ数年かなりひどくなっているようだが、左翼の政府がこうした犯罪者を取り締まるどころか、過激派に怯えて彼らに迎合するような態度ばかりをとるため、過激派はどんどん図にのって一般市民を苦しめている。

SIOEのようなグループの活動は、今回の事件でもわかるように、すでに命がけのものとなっている。もし彼らがいまのうちにこの戦いに勝たなければ、デンマークに言論の自由など存在しなくなってしまう。それにしても、このようなグループがデモ行進をするのに警察の警備はなかったのだろうか?アンダースさんは携帯電話のシグナルが届かず、警察を呼べなかったと言っているが、アメリカの場合、どんなグループでもあらかじめデモ行進は許可が必要で、そのイベント次第で規模は異なるが、必ず警察がたちあうことになっている。特にSIOEのように過激な敵の多い団体がデモをする場合には群衆規制をする機動隊が出るのは普通だ。

もし、デンマーク政府が反イスラム過激派のデモ行進に対して消極的だというのであれば、主催者側は参加者の警備に対してもっと積極的な態度をとるべきではないだろうか?アンダースさんや他のメンバーが防弾チョッキを着用していたことからして、彼らはそれなりの危険を感じていたはずである。だとしたらもう一歩進んで、ボディガードを付けるとか、自分なりに武装するとか何かしら考えるべきである。

彼らは今回のことで、相手が待ち伏せや暗殺を使ってまで、反イスラム過激派を黙らせようとしていることを充分に学んだはず。今後はブラックウォーターの警備員でも雇って身を守ることを考えて欲しい。

いったいデンマーク政府は誰の味方なのだとききたい!

October 27, 2007, 現時間 3:32 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 26, 2007

心を入れ替えた一等兵。米兵侮辱記事著者スコット・ビーチャムの選択


今年の7月、ニューリパブリック(TNR)という週刊誌にバグダッドに駐留している米陸軍兵の捏造日記が掲載された事件を覚えておられるだろうか。ことの詳細は下記のエントリーを参照いただきたい。

まず著者のスコット・ビーチャムの書いた内容はこちら。
「冬の兵士」再び、米二等兵の軍隊バッシング
それが嘘だったことがばれたいきさつがこちら。
暴かれたイラク版冬の兵士の嘘

ビーチャムは陸軍の取調べで、自分がTNRで書いたことはすべて捏造であったことを認めた。最後に聞いた話では謹慎処分を受けたという話だったのだが、その後どうなっていたのか私は良く知らなかった。ところが数日前、ここでも何度も紹介しているフリーランスの従軍記者マイケル・ヨンが偶然にもばったりとビーチャムの所属する隊にバグダッドで出くわしたと言う。その時の模様をマイケルが書いているのでこちらでちょっと引用したい。

俺はスンニとシーアの和平会議に出席するべく10月24日、バグダッドの西ラシド地区にいた。その時全くの偶然だったのだが、ビーチャムの旅団と一緒になった。 事実その時は全然しらなかったのだが、俺はビーチャムの元隊長と一日一緒に過ごしていたのだ。

和平会議の席でビーチャムの旅団の現司令官、ジョージ・グレーズ中佐は丁寧に俺に自己紹介をした後、俺がどこの新聞社の記者なのかと聞いた。俺は別にどこということもないしがないブログを書いてるという答えると、中佐はビーチャムの名前を口にした。俺は彼の話は聞いたことがあると答えた。グレーズ中佐は、この若い兵士が彼の同胞の兵士らを散々侮辱したというのに、彼を守ろうとしているかのようだった。事実中佐によると、ビーチャムは除隊するかそのまま在留するか選択を与えられたが、教訓を生かして在留することを選んだと言う。

ここは本当にたいへんなところだ。ビーチャムの小隊の兵士らは戦闘を何度も経験している。長い間睡眠不足で疲労困憊のまま継続してゲリラ戦に挑むなんてことはしょっちゅうだ。これほどストレスのたまる仕事は世界ひろしといえそれほどはないだろう。特にイラクを侵略する決断が下された頃自分はただのティーンエージャーだったというのに、何百万て人間が三年かそれ以上前の失敗を責め立てるんだから。さらに悪いことに何百万という人々が、兵士らの任務は絶望的だと諦めてるとしたらなおさらだ。それに加えて自分の同胞が目の前で殺されてんだ。(現にビーチャムの旅団では70人が戦死している。)俺はこれらの若い男女がどんな目にあってるか見てきた。そして信じられないほどのプロ意識を見るとき俺は毎日のように感嘆している。

誤った判断を下すことがあっても不思議じゃない。責任追及をするのは当然だが、いちいち兵士が間違いをおかすたびに吊るし上げることもないだろう。

ビーチャムは若い。これだけのプレッシャーにかかれば間違いもおかす。奴は実際模範兵だったとは言いがたい。だが、彼が偉いのはこの若い兵士は在留を選んだことだ。そして今夜も危険なバグダッドのどこかで任務をはたしているのだ。奴は重症を負ったり殺されたりするかもしれないのを覚悟の上なのだ。奴は辞めることも出来た。でも辞めなかった。奴は同胞に面と向かった。同胞からどんなに冷たく扱われたか想像がつく。別の隊へ移動することも出来たのにグレーズ中佐はビーチャムは今の隊に残りたいと自分から言ったという。奴は自分の罪がどのような償いになろうとも償っているのだ。

...グレーズ中佐はビーチャムをそっとしておいて欲しいという。ビーチャムを戦争に戻らせる時だと。 若い兵士はよく勉強になっただろう。二度のやり直しの機会を与えられたのだ。三度目はないことは十分承知だろう。

ビーチャムは近くにいるはずだが、おれは探してまで話をしたいとは思わない。今朝もロケット弾が米軍基地近くに落下した音で目をさました。誰がビーチャムをつるし上げてる暇なんてあるだろう。俺達はビーチャムに仕事に熱中してもらわなきゃならない。

自分の過ちに気がついて、命がけで償いをしているビーチャムの潔さに比べ、見苦しいのは当の記事を掲載したニューリパブリックの編集部だ。これだけ記事が捏造だったことがはっきりした今となっても、まだ捏造記事掲載の責任をとるどころか、なんだかんだ言い訳をして時間稼ぎをしている。

数日前に、陸軍のビーチャムに関する調査書類がドラッジリポートというオンライン新聞ですっぱ抜かれた。ミルブロガーで、最初にビーチャムの嘘を暴露したボブ・オーウェンの話だと、これは軍幹部からの漏洩らしい。誰が漏らしたのかはいま捜査中だということだ。これに関してTNRはドラッジを脅迫したらしく記事はすぐに取り下げられたが、それはインターネットの恐ろしさ。ほんの5分でもアップしてあれば、誰かがダウンロードしている。無論この場合もその例外ではない。

漏洩された書類のなかに、ビーチャムとTNRの編集長や他の数人による電話会議のトランスクリプトが含まれているという。オーウェンは軍関係の人間なのでそのつてから書類が本物であることを確認したという。これまでにもオーウェンは信頼のできる記事を書いて来ているので彼がそういうなら信用できると思う。

さてこの電話会議の内容なのだが、It's the coverup that kills you, part 5">パワーラインによれば、TNRの編集長がビーチャムにすべて本当だったと保証して欲しいと頼んだり、捏造だったと公表したりすればTNRの従業員であるビーチャムの妻の立場や、ビーチャムの将来作家としてのキャリアも危ぶまれるだろうという脅迫まで入っているという。

ビーチャムが捏造記事を書いたことは無論悪いことだ。だが、でたらめの記事など誰でも書けるわけで、それを裏も取らずにそのまま掲載したTNRのほうがプロのジャーナリストとして完全に失格ではないか。掲載して読者から真偽を問いただされるまで真偽のチェックをしなかったというのはどういうことなのだ?いくら自分らの米軍に対する偏見と内容が一致しているからといって、こういう出来すぎた話には必ず裏があると判断するのがプロたるものの仕事のはず。特にTNRは捏造記事を何年にも渡って書いていた若い記者に信用度を散々落とされた過去のある雑誌なのである、注意に注意を重ねることが本当のはず。それを怠っておいて、不心得もののアホ兵士のでたらめを鵜呑みにして、ビーチャムに本当のことを言ったら将来は保障できないなどと脅迫までするとは、もう見苦しいなんて言葉では表しきれない。

さてビーチャムの作家としての将来だが、彼が除隊後、自分の過ちを悔い改めて、どのようにプロの戦士として生まれ変わったかという日記でも書いてくれたら、多分私は読むだろうな。

October 26, 2007, 現時間 9:30 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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「暗闇は漆黒の闇と化した」ビンラデンの愚痴

先日もお話したオサマ・ビンラデンの声明について、ビル・ロジオが分析しているので紹介したい。

最近、イラクでは地元スンニ派市民がアルカエダに背を向けたことや、アメリカ軍及びイラク軍の激しい取締りにより、イラクのアルカエダが苦境を迎えているという話はここでも何度も紹介してきたとおりである。そのことを一番ひしひしと肌で感じているのは、国際アルカエダ組織の親玉であるオサマ・ビンラデン(もしくは現リーダー)だろう。

ビンラデンが彼らの言う「聖戦」がイラクにおいてどのような状況になっていると考えているのかは、この間ビンラデンが発表した声明テープのトランスクリプトを読むとより明白となるとビル・ロジオは語る。

ビンラデンはイラクのアルカエダリーダーがスンニ反乱グループをまとめることが出来なかったという間違いを認めたのみならず、ビンラデンはアルカエダの歩兵たちが路肩改良爆弾をきちんと設置することを「怠っている」と責め、イラク人が自分らの兄弟がいる警察や軍隊を攻撃したがらないことを嘆いている。そしてビンラデンは声明を「イラクの暗闇は漆黒の闇と化した」としめくくっている。,

ビンラデンはアルカエダの部下達が路肩爆弾をきちんと設置していないのは、彼らが自分らの任務を怠っているからだと解釈し、またアルカエダにイラクやアメリカのスパイがテロ軍団に潜入していることの危険性をに注意せよと忠告している。

しかし面白いのは、ビンラデンがイラクのテロリストたちに攻撃に関する非常に細かい指図をしていることにある。たとえば攻撃準備、標的の偵察、訓練、適した武器の状態、弾薬、爆弾の質や設置のやり方などが怠られていると指摘し、このような怠慢さから来る失敗ほど敵である無宗教者を喜ばせることはないなどと注意を施している。ビンラデンがイラクのアルカエダ戦闘員たちの質の低下を嘆いていることが明らかだ。

ビンラデンが嘆くのももっともで、アメリカ・イラク連合軍はIEDと呼ばれる路肩改良爆弾を集中的に取り締まっている。時には改良爆弾の製造者グループの一味が全員逮捕されたり、路肩爆弾を設置しているテロリストが一回につき5人とか15人の割りで殺されたりしている事実を彼はよくわきまえているとみえる。

ビル・ロジオは、オサマ・ビンラデンは宗教的な教祖ではあるが、戦略の指導者ではないとする人もいるが、このような声明を聞くと、やはりエンジニアとしての彼は日ごとの戦闘作戦に非常に興味のあることがわかるという。もしこの声明を出したのが本当にビンラデンならばそれは確かにその通りだろう。

ビンラデンは、テロリスト達がイラクのスンニ派ともっと友好な関係を結ぶことを推薦してはいるものの、イラク警察やイラク軍への攻撃は奨励している。ビンラデンはイラク人の間にある国粋主義を全く考慮にいれていないようだ。警察でも軍隊でもイラク人への攻撃には変わらない。自国民を殺す行為はイラク市民は好まないのだ。2007年の春にアンバー地区を攻撃したアルカエダは、イラク軍や警察及びその家族や警察に協力したスンニ部族のリーダーなどを殺害した。これについてスンニ反乱分子経営のテレビ局アル・ザウラーは、イラク軍や警察を標的にしたアルカエダを強く批判した。

ビンラデンはイラク状況は「漆黒の闇と化した」と嘆きながらも、決して希望を捨ててはいない。アルカエダの戦士たちは援軍が現れるまで持ちこたえられると信じているよだ。彼は中東のイスラム教徒に立ち上がれと呼びかける。なぜなら今こそ彼らの助けが必要とされているからだと。

自分や子供たちに宗教を望む人々は何処にいるのじゃ?Tawheedの人々は、無宗教者や多神教者を倒した人々はどこへ行ったじゃ?拷問を快く思い打撃を恐れない人々は何処にいるのじゃ?地獄はずっと熱いことを知る故、困難を安易よりも、苦さを甘さよりも、好むものは何処にいる?Tabukの時代にローマ人と戦った人々はどこへ行った?Yarmuk時代に死ぬまで戦うと誓った戦士はどこへいった?....

と、まだまだ「何処にいるのじゃ?」が続くのだが、要するにビンラデンはイラクのアルカエダテロリストは不能でアメリカ・イラク軍に押されぎみなのに、中東諸国からのテロ志願者が減っていることを嘆いているというわけだ。アフガニスタン戦争が始まる前に、ビンラデンを一人殺しても、それをうらむ人々のなかから2000人のビンラデンが生まれるだろうという説を良く聞いたものだ。先日紹介したアナベルさんなんかがその言い例で、こっちがテロリストと戦えば戦うほど恨みを買ってテロリストはさらに強化されるという説だ。

しかし現実派その逆。「聖戦」に参加して諸外国からイラクへ行った人々の多くは、栄光ある勝ち戦に参加したという実績をつけたかったからだが、それもアルカエダがイラクで勝っていればこそである。一般に全く勝ち目のない負け戦に参加したいほどの過激派はそうはいないのである。テロ軍団がメンバーを増やすためには派手な勝ち戦が必要なのであり、負け戦の続くイラクに助っ人など来るはずがない。

だからね、ビンラデンのおっさん、「助っ人はどこにいるのじゃ?」などといつまで待っていても時間の無駄なのだよ。

October 26, 2007, 現時間 12:57 AM | コメント (1) | トラックバック (0)

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日付け → →October 25, 2007

ハリケーンカトリーナの復讐、ルイジアナ州に新知事誕生

みなさんは2005年の9月にルイジアナ、アラバマ、ミシシッピを襲ったハリケーンカトリーナを覚えておられるだろうか?私は当時も今と同じようにハワイに長期出張で来ていたが、当時のメディアの報道のお粗末さにはあきれ返ってものが言えなかった。アメリカメディアが自国の連邦憲法を理解せずに、ルイジアナの被害が何もかも連邦政府、つまりブッシュ大統領の責任だと書き立てていたからだ。しかも現地に何人も特派員をおくっておきながら、おきてもいない殺人事件や暴動や略奪の噂をあたかも真実であるかのように報道し、数週間後にはそれがすべてデマであったことがばれても主流メディアからは何の謝罪もなかった。

下記は私が当時日本の友人たちに書いた手紙である。

こんにちは。ここ連日みなさんもルイジアナ、ミシシッピ、アラバマを襲ったハリケーンの被害と救済が「遅れている」という話を聞いていると思いますが、もしアメリカの報道がそのまま日本で報道されているとしたら、多分かなりの誤解があると思うので私から説明しておきたいことがあります。

先ず、多分みなさんはブッシュ大統領の対応が遅くて州兵の出動に4日もかかったという話を聞いていると思います。でも実際はブッシュ大統領の対応は遅いどころか非常に迅速だったのです。ハリケーンがくることは先週の金曜日の時点ですでに分かっており、ハリケーンのくる2日前にブッシュ大統領は被災地となりうる三州を非常地帯と命名しました。この時点ですでに連邦の救済組織FEMAは州
知事の要請があり次第出動できる待機状態にあったのです。さらにブッシュ大統領は各州の知事に被災予測地域の全面的避難命令を出すように要請しました。多くの市民がハリケーンがくる前に避難できたのはこの命令のせいです。

さて、ここでみなさんにご理解頂きたいことは、アメリカは連邦制であり日本のような中央集権ではないため、州兵の出動や避難救援の手配は大統領の管轄ではなく州知事の管轄なのだということです。地元知事の要請があれば出動できる状態を用意しておくのが大統領の役割なのであり、細い手配は地元の州知事が仕切らなければならないのです。

みなさんはハリケーン被害にあったのが三州あるにも関わらず、ルイジアナだけで問題が起きていることに気が付かれましたか? この理由はアラバマとミシシッピの知事がいち早く略奪などの問題を州兵を動員することで阻止したためです。特に一番問題になっているニューオーリンズの市長の役立たずぶりには腹がたつばかりです。

私たちは、テレビのニュースで、被災時にニューオーリンズでは略奪、人殺し、強姦、といった犯罪が激増し、洪水で逃げ遅れて亡くなった市民は一万を超すというふうにききましたよね。特に避難場所の球技場やコンベンションセンターでは殺人の犠牲になった遺体が何百もころがっていたという話がまことしやかに報道されました。

ところがなんと、球技場で警備と救援にあたっていた州兵たちの話によると、そのようなことは全くなかったというのです。球技場には2万人以上の避難民があつまりましたが、ほとんどのひとが非常に行儀よく協力して助け合っていたというのです。球技場で出た死者は200人どころかたったの6人。しかもそのうち一人は自殺、もう一人は麻薬中毒、あとの4人は病死です。またコンベンションセンターに多くの遺体が捨て去られていたというのもただの噂で、コンベンションセンターで見つかった遺体は4体。そのうちで殺人の犠牲者ではないかと思われる遺体は一体だけ。

ハリケーン直後にニューオーリンズでおきた殺人事件は4件。もともと治安の悪い都市で、年平均の殺人事件が何百というところですから、これならいつもより少ないくらいです。また洪水による死者の数もせいぜい1000人ということで、確かに大被害であったことにかわりはありませんが、何万という単位ではありませんでした。天災でもないのに、たかが30度くらいの暑さがつづいたくらいで15000人の死者を出したフランスなどに比べれば、これだけのひどい天災にしては非常に少ない数だと思います。

アメリカのマスコミが非常に無責任な報道をしたため、世界中にアメリカが野蛮な国であるかのような印象をあたえてしまったことが非常に腹立たしく思われます。ニューオーリンズの被災者を二重に被害者にしてしまったともいえます。私は地方紙でニューオーリンズのひとたちが職業用の漁船をつかって町中のひとを救援に回った話とか、高台にあって被害のなかった協会のひとたちが、被災者たちを迎え入れた話とかを読みました。しかしアメリカの主流メディアはテレビにしろ新聞にしろ悪い話ばかりをとりあげ、地元の人たちが助け合った話や、前代未聞の早さで救援にかけつけた州兵軍や赤十字の話は全く無視しています。どうして自分の国の恥だけを世間にさらして良いことを報道しないのか、なんでアメ
リカの報道陣はこうも反米なのか、私には理解に苦しみます。

アメリカ人のほとんどのひとは心優しく寛大です。今回も被災者への基金が一般市民から何億ドルと集まっています。謝った報道のために、日本や世界中のみなさんにアメリカの姿を誤解されてしまったことが残念でなりません。

主流メディアがどう歪曲報道をしようが、地元以外の人々がどれだけブッシュ政権を責め立てようが、地元ルイジアナ州民はカトリーナの被害が誰の責任だったか充分に心得ていたものと見える。ニューヨークタイムスの記事によればこの間の日曜日に行われた知事選挙にブロンコ現知事が現職として再選に立候補しなかったのも、カトリーナ災害やその後の復興の遅れの責任がブロンコ知事にあると考える州民が多く、ブロンコ知事への支持率があまりにも低かったからだとある。

ハリケーン中やその直後には、州の被災者はブロンコ知事が何もかも連邦政府が悪いと言ってたことを信じたかもしれない。だが、時がたつにつれて、同じように被災したアラバマやミシシッピの復興がどんどんはかどっているのに対し、ルイジアナでは復興が大幅に遅れていることに加え、連邦政府からの支援金で私腹を肥やす知事の腐敗が明るみににでたりして、州民はだんだんとカトリーナ当時の責任もブロンコ知事にあると考えるようになったようだ。

普通ルイジアナ州の知事選では共和民主あわせて何人もの候補者が立候補するが、票が割れて誰一人として過半数の票を得ることができなければ、上位二人が決勝戦をおこなうことになっている。今回も候補者は8人だったため、いつものパターンになると思いきや、なんと53%というルイジアナ州では一回めの選挙では前代未聞の投票率を得て共和党の若手ホープ、ボビー・ジンダル氏が当選した。

実はジンダル氏が知事選に出たのはこれが初めてではない。4年前にも現知事のキャサリーン・ブロンコ(民主党)のライバルとして共和党から立候補している。当時、支持率が高く当選が予測されていたジンダル氏は土壇場で負けた。それについて、ブロンコによる大型選挙違反があったからだという疑惑があがったのだが、ジンダル氏は抗議もせず潔く負けを認め、その足で下院議員として立候補し当選していた。下院の任期が切れたジンダル氏に、上院議員に立候補してはどうかという推薦があちこちから上がったが、ジンダル氏はもう一度知事選に賭ける意志を崩さなかった。

今回ジンダルが圧倒的勝利を得て当選したのも、州民の多くが過去4年のブロンコ知事の行動から、先の選挙ではブロンコ候補による違反があったのだと確信したことにも原因があるという。

リンカーン大統領が言った有名なことばに、「少数の人を常にだますことはできる。多数の人を時々騙すこともできる。だがすべての人を常にだますことは出来ない」。ジンダル氏にルイジアナの腐敗した政治を掃除してもらいたいものだ。

October 25, 2007, 現時間 11:54 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 24, 2007

どうして日本がアメリカに協力すべきなのか

久しぶりにブログ村の政治カテゴリーを見ていたら、「アメリカの敵は日本の敵なのか」というエントリーを見つけたので読んでみたのだが、これは掲示板などでも同じような話を何度も聞いているので、常に日本とアメリカの関係を考えているカカシとしてはちょっとお答えせざるおえない。(注:段落だけ推敲させてもらった。)

まずは著者のアナベルさん(なぜか男性)のご意見から抜粋。

そもそも、日本は「テロとの戦い」というアメリカ発のスローガンを大義名分として自衛隊中東に派遣しましたが、本来アメリカが捉えている「テロ」というのは、アメリカの石油利権を邪魔立てする一部のイスラム原理主義過激派勢力のことを指していました。

石破防衛大臣をはじめ、政権与党の閣僚連中は、「世界平和のために、テロを封じ込めなければならない」と口を揃えていますが、ここで言われている「世界」とは、つまり‘アメリカ一国’のことを言っているに他なりません。

アメリカが‘悪’だと同定したから、テロリストたちは撲滅すべき対象と看做されているのです。しかし、一体「テロリスト」というのはどういう存在なのでしょうか?辞書には、「テロリズムとは、一般に恐怖心をひき起こすことにより、 特定の政治的目的を達成しようとする組織的暴力行為、またはその手段を指す」
とあります。

意義だけ捉えると、「テロリスト」というのは、ある‘行為’のことを指す言葉に過ぎません。すでにこの世界のうちに、「テロリスト」という存在が到来していたわけではないのです。「テロを撲滅する」という大義名分自体、「アメリカ一国の、 アメリカ一国主義による、 アメリカ一国利益のためのプロパガンダ」
だと肝に銘じておくべきでしょう。

世界をアメリカにとって「敵」か「味方」かで二分するそのような活動に日本がコミットすることが、どれだけの害悪をこの国に齎すことになるのかを想像しないわけにはいきません。

私はアメリカを攻撃したテロリストが日本にとっては敵ではないと考えるひとがいるということ自体に驚くが、アナベルさんはイスラム過激派テロリストによって過去から現在にかけて日本人が多く殺されてきたことをご存じないようだ。(エジプトやバリ島などがそのいい例) 

アメリカがアメリカの国益を最優先にして戦争をしたという見解には全く異論はないが、それに日本が無関係だという考えには全く賛成できない。イスラム系過激派によって石油利権が独占されて困るのは自国の未発掘の油田がいくらでもあるアメリカより石油資源をすべて輸入に頼っている日本のほうである。私はよく「石油のための流血反対!」などと唱えるひとに「石油のために戦争をやって何が悪い?」と反対に問いかけている。現代社会において石油は水や空気のようなものではないか?石油なくして一日でも生き残れる先進国が存在するのか?もしも川の上流にいる地主が自分たちのところで水をせき止めて下流の住宅街に水を流さなくなったら、争いが起きないかどうか考えてみて欲しい。

フセインイラクがクエートに侵略し、アメリカが率先した連合軍が阻止しなければサウジアラビアまでも侵略しようとしていた理由も、後にイランに攻め入った理由も、原因はただひとつ。中東の石油を独占することだった。フセインイラクが中東の石油を独占したらどうなっていたか?今年の夏、日本は稀に見る猛暑だったというのに、冷房を控えめにして省エネに励んでいたが、フセインイラクが石油を独占していたらこんなものではすまなかったはず。フセイン亡き後、イランが核兵器開発に必死になっているのも、本当はイスラエルなんかよりも中東の石油利権独占がめあてなのは明白。

今イスラム系テロリストの最大のスポンサーはイランだ。アメリカの軍事活動はこうした国々が石油利権を独占するのを防ぐためのものなのである。ところがアナベルさんは「原油の安定供給を乱す最大の要因がアメリカの軍事活動」にあると語る。こんな逆さまな議論があるだろうか?ま、彼のいう「罪のないアラブ人が何十万も殺された」なんて話はばかばかしすぎて答える価値もないので無視するとしても、

我々が確かな事実として知っておかなければならないのは、イラクのバグラム基地やアブグレイブ基地、そして、キューバのグアンタナモ基地の収容所に拘束されている8万3000人ものテロ容疑者たちの99%は、実はアメリカが「テロ」と同定している反米行動とは何の関係もない無実の一般人だという事実です。

これらの収容所では日常的にジュネーブ条約で禁止されている非人道的な拷問・虐待が行われていて、分かっているだけでも、すでに40人を超える無実のアラブ人が、施設の米取締官による拷問が原因で命を落としました。

でその証拠はどこにあるのかな?アナベルさんはアメリカを責める極端なことを言う割りにはその証拠を全く提示していない。それにアナベルさんは自分の知らないことをあまりにも知ったように言い過ぎる。ジュネーブ条約は正規軍で捕虜になった人間にだけあてはまるのであり、テロリストのような不正規戦闘員には全く適用されないのだということを全くご存じないらしい。だいたいそれをいうなら民間人を人質にして首をはねる行為はジュネーブ条約ではなんといっているのか是非アナベルさんにお聞きしたい。

世界を「親米」か「反米」かで二分するアメリカの世界戦略に日本がコミットするということは、「反米」主義者からすれば、日本もアメリカが推進している世界植民地化計画の加担者だと看做されることを意味します。日本にとって敵ではなかった人々が、アメリカに統制されながら「日本の敵」となっていくのです。

これは全く理屈が逆さまだ。イスラム系テロリスト達が911でアメリカを攻めたのはアメリカを憎んでいたからというよりも、アメリカは弱いと踏んだからである。ビンラデンが1998年のインタビューでアメリカは弱い、アメリカは戦わないとして、アメリカへの宣戦布告をしていた。私も含みアメリカ人は皆、アフガニスタンの山奥に潜む老人に何が出来るものかと鷹をくくっていた。その油断が911の悲劇を生んだのだ。

私はイスラム社会の文化について多々の書籍を読んだが、どれもこれも書かれていることに共通しているのは、イスラム社会は勝ち馬を応援するということである。アメリカが世界最強の国で、やたらに戦ったらひどい目にあうと思ったら戦争など仕掛けてこない。だから日本がテロリストから狙われたくないのであれば勝ち馬に賭けるほうが利巧というのものだ。

我々日本国民は、「アメリカの対テロ戦争に加担すればするほど、日本自身もアメリカによって虐待されている人々から敵と看做されるようになる」と胸に刻んでおくべきでしょう。イスラムの「テロリスト」たちは世界の敵ではありません。

こういう考えはナイーブとしか言いようがない。イスラムテロリストは先進国はすべて敵とみなしている。西洋風の価値観を受け入れた国はアメリカであろうと日本であろうと区別などつけていないのだ。イラク戦争に大反対をして一切協力しなかったフランスやカナダでもイスラム系テロリストによるテロ行為未遂事件がいくつも起きていることをアナベルさんはご存じないのだろうか?日本人だって肌が黄色いというだけ見逃してもらえるとおもったら大間違いである。すでに韓国軍の撤退は決まっていたのに、罪のない無関係な韓国の宣教師たちがタリバンのテロリストに拉致された事件は記憶に新しい。

それでもこれが、「テロリストという発想自体が、アメリカによって捏造された恣意的なフィクションに過ぎない」とアナベルさんは本気で言うのだろうか?アナベルさんの最後の一言は完全に意味不明なのでノーコメント。

日本人でありながら「親米保守」を語る連中は、論理的理的にいって、その存在そのものがアンビヴァレンスなプロットなのです。恥を知りなさい。

親米がどうのこうのという前に、日本の防衛に目を瞑れというアナベルさんこそ恥をしりなさい、とカカシはいいたいね。

October 24, 2007, 現時間 10:23 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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日付け → →October 23, 2007

イラク:商売上がったりを嘆く死体安置所送迎タクシー運転手

ベルモントクラブが、最近、死体安置所へ行く客が減って商売上がったりだと嘆いているタクシー運転手の話を紹介している。

タクシー運転手のアクメッド・バキアーさん(Ahmed Khalil Baqir) さんは、以前までバグダッド最大の死体安置所の前で待機していた。悲しみにふけ遺体を引き取りにくる遺族や親族の送り迎えをするためだ。「いやあ完全に生活かかってたんですよ。」と4人の子持ちのバキアーさん44歳は語る。「道で客を拾うなんて考えたことなかったっす。なにせ一日に5回から8回は遺族の送り迎えしてたんで。でも最近は待ってても時間の無駄っす。朝三時間くらい待って、後は道で客をひろってます。」

まあなんてという苦難でしょう。ご同情申し上げますわ。

October 23, 2007, 現時間 8:54 PM | コメント (4) | トラックバック (0)

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ビンラデンも感じる、イラクアルカエダの衰退

昨日のAPのニュースで、ビンラデンと名乗る人物が、音声による声明でイラクのアルカエダ連中に仲間割れせずに協力してアメリカ軍と戦えと呼びかけた。国際テロリストの親玉であるビンラデンでさえも、イラクのアルカエダは過激派だと感じるらしい。しかし人殺し集団を育てておきながら、彼らが自分勝手に暴走したからといって今更あわてても無駄だ。テロリストとはしょせん人殺しの口実が欲しかっただけの大量殺人鬼にすぎない。そんな奴らに独立した権限を与えておいて、いつまでも自分の統率下においておけると考えるほうが甘い。

だが、ビンラデン(もしくはアルカエダの指揮者)がこのような声明を発表せざる終えないとしたら、少なくとも現アルカエダのリーダー格はイラク内での自分達のコントロールが、スンニ部族たちが次々にアメリカへと寝返っているや、アメリカ軍による激しい攻撃によって大幅に失われていくことにかなりの圧力を感じていると判断できる。

アルジェジーラで放映された短いテープでは、テロリストのリーダーは戦闘員たちに「分裂に気をつけろ、イスラム世界は君たちがひとつの旗の下にまとまるのを待っている。」と訴えた。

彼(ビンラデン)は「熱狂派」という意味の「タアスーブ」という言葉を使って部族や過激派団体への協力関係をアメリカ軍と戦うという大きな目的よりも優先させている反乱分子を批判した。

ビンラデンが「過激派」だの「熱狂派」だの相手を批判するというのは、なんともお笑いだ。例によってテープがビンラデンの本当の声かどうかという確認はできないそうだ。私はビンラデンはトラボラの山奥でとっくの昔にくたばっていると考えているが、アフガニスタンとパキスタンの国境沿いにアルカエダの現リーダーたちがいることは間違いないだろう。

アルカエダ幹部が憂いているのは、アルカエダのあまりにも無謀なやり方がイラク市民の顰蹙を買って、いまやアルカエダはイラクで内乱を起こさせることができないばかりか、スンニからも見放されて、イラクを拠点に世界でテロ活動をするなどということは望めなくなっているということだ。アルカエダがイラクのフセインに取り入ったのも、フセイン亡き後必死でアメリカ軍と戦ってきたのも、イラクをテロリストの温床とすることが目的だった。ところが温床どころか、いまやイラクは過激派連中のお陰でアルカエダが非常に活動しにくい場所となってしまった。

アメリカ軍はスンニ部族との協力関係成功を祝って「統一行進」をラマディでおこなうことを呼びかけた。この行進には少なくともスンニの部族代表の200人あまりのシークと地元の勢力者が集まる予定だそうだ。

さて、アルカエダがスンニから愛想をつかされたのと同様、シーア派の民兵たちもシーア市民から見放されつつあるという話はこれまでにも何度かしてきたが、アメリカ軍は軍に協力してくれそうなシーア部族を選んで、積極的な歩み寄りを試みている。結果はまちまちだが、シーア派部族のほうも、少しづつアメリカ軍に協力する気配が見え始めている。

このクリスチャンモニター
の記事は小さいながらもその努力が実を結びつつある事実が記されている。

バビ地区にある聖廟の階段には星条旗が描かれており、参詣にくる人々が星条旗を足蹴にしなければ会場内に入れないようになっていた。星条旗のこのような扱いはアメリカでイラク人のために大量の血を流したアメリカ軍への侮辱であるとして、アメリカ陸軍Beau Balcavage中佐はこの星条旗を即刻聖廟の階段から取り除くようにと地元部族リーダー達との会合で要請した。

しかし、星条旗を取り除くということは、サドル派の民兵らと協力関係のある部族のリーダーたちに、アメリカ軍に協力する意思を公にしろと要請しているようなものである。これは単なる星条旗の問題ではないのだ。

しかしBalcavage中佐はこのような絵がいつまでも聖廟に描かれていることのほうが、かえって反米意識を高まらせるものであり、双方の歩み寄りには害になると判断。シーア民兵に働きかけるという大きな目的のひとつとして、中佐はこれは小さなことのようで大事な一歩と考えた。

イラクの政治リーダーたち、聖教師などと先月行った会議で、Balcavage中佐は旗を取り除くよう要請した。これはイラクを助けるために死んだアメリカ人への冒涜であると中佐は語った。旗を取り除く交換条件の一部として、地元ムサイーブ市(バグダッド南部にあるスンニとシーアが在住。最近治安は良くなっている。)の復興資金を提供することを約束した。

しかし、シーア民兵と深い関係があると疑われている地元の政治家は消極的だった。それというのもあまりあっさりとアメリカ軍のいいなりになっては地元市民から腰抜けと思われるのを心配したからだ。「もう少し時間をください。」と彼はいった。ところが、会議が終わるとすぐ、他の地元政治家たちは夜遅く、だれにもみられないうちに星条旗に硫酸をかけて旗を消しにかかった。

アメリカ軍は少しづつではあるが、他の地域でもシーア民兵との交渉を進めている。サドルシティでもアメリカ軍と民兵たちと三度にわたって会合を行った。サドルシティでアメリカ軍と民兵が会合するなどこれまででは考えられないことだった。

無論、アメリカ軍を殺してきた民兵らを、すぐさま味方に引き入れるなどということは出来ない。大体彼らが口先だけ協力するようなことをいって、アメリカ軍攻撃の機会を狙っている可能性もあるし、実際、あまりにもひどい罪を犯してきた民兵らを処罰しないで、仲間にするわけにはいかなからだ。協力関係をつくるといっても、ある程度の常識は必要だ。

October 23, 2007, 現時間 5:28 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

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日付け → →October 21, 2007

また出たヒラリーのチャイニーズコネクション

前々からヒラリー・クリントンの選挙献金は、出所の怪しいものが多く、特に中国系アメリカ人からの献金がおかしいという話は何度もしている。

今回はニューヨークの中華街に勤める低所得者から大量の献金がされていたことがあきらかになった。しかもそのうちの一人は知人に頼まれて自分の名前で小切手を切りはしたが、お金は返してもらったと語っている。これまでにも何度か説明しているが、個人からの特定の候補者への献金はひとり2000ドルまでと決まっている。これは大金持ちが候補者を買収しないための制度だ。だから一人が他人名義で献金することは完全に選挙法違反になる。

昨日のロサンジェルスタイムスによれば、クイーンズ、ブルックリン、ブロンクスといったニューヨークでも特に貧しいみっつの中国人居住区から、皿洗い、給仕、コックといった低所得者が何人もそれぞれ1000ドル、2000ドルという政治献金をヒラリークリントンにしているというのである。4月にこのあたりでは名の知れた献金収集者がなんと38万ドルの献金を集めたという。

しかも献金者の三分の一までもが、献金の書類に記入された住所や電話番号をつかっても見つからないという。しかも多くの献金者が選挙人登録すらしていないというのだ。つまり彼らは選挙で投票などしたことがないのである。彼らのほとんどが英語もろくに話せない中国はフジアン地区出身の最近の移民ばかりだ。

今日になってニューヨークポストがその献金収集者は、デイヴィッド・グオ(David Guo)という男だと暴いている。この男は中華街のフジアン・アメリカ・料理協会(Fujian American Cuisine Council)の会長だという。中華街でコックをしているシャオ・イェン・ワングさんは、グオに頼まれて4月13日に献金をしたが、後でそのお金はグオから返してもらったと語っている。なるほど、それでフジアン出身の飲食店関係の人間からの献金が多かったわけだ。

クリントンは集まった38万ドルのなかから7千ドルは返還したといっているが、返せばいいってもんじゃないでしょうが。これが最初じゃなんだから。

それにしてもこのグオって男、何の目的でクリントンの献金運動などしているのだろうか?またまた中共の魔の手を感じる。

October 21, 2007, 現時間 1:39 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 20, 2007

少しづつ盛り返しつつあるアメリカ市民のイラク戦争支持

歴史的にみて、戦争を国民が支持するかしないかは、戦争に大義名分が成り立っているとか、自国の犠牲者が多いとかということで決まるのではない。国民が戦争を支持するかしないかは、自国が戦争に勝っているという印象を国民が持っているかどうかに左右される。

イラク戦争には、中東からアメリカに脅威をもたらすサダムフセイン独裁政権を倒し、イラクに民主主義をもたらすという大義名分があるにはあるが、当初80%からのアメリカ市民がこの戦争を支持した理由は、アメリカの圧倒的な武力をもってすればイラク政府など簡単に倒すことが出来る。湾岸戦争のときのようにすばやく害の少ない圧倒的勝利を得てアメリカ軍は名誉の帰還をするこが出来ると信じたからである。

確かにフセイン政権打倒は計算以上にうまくいった。フセインのイラク軍など張子の虎で、アメリカ軍にかかってはみるもひとたまりもなかった。だから2003年5月当時のブッシュ大統領の支持率は90%近かったのではないだろうか?

しかし、イラク復興がおもったよりはかばらないことや、当初の戦闘での戦死者はわずか500人程度だったのに、その後あっちでひとり、こっちでひとり、と路肩爆弾や自動車爆弾による犠牲者が増え始めるとアメリカ国民の戦争への支持は激減した。大義名分も変わっていないし、犠牲者の数もそれほど増えているわけではない。問題はアメリカ国民がアメリカは負けているという印象をもちはじめたことにある。

先日もアメリカの主流メディアは悪いニュースばかりに注目していいニュースを軽視する傾向があると書いた。地味なアメリカ兵及び諸外国の連合軍によるイラク復興活動などはほぼ完全無視され、自爆テロや路肩爆弾攻撃ばかりが報道された。これではアメリカ市民が気分がいいはずがない。

無論私は2003年後半から始まった反乱分子によるアメリカ軍及び連合軍への攻撃によって我々が打撃を得たことや、イラク内の治安が荒れたことを否定しているわけではない。イラク情勢は我々が当初考えていたほど安易なものではなかったことは事実である。だからアメリカ国民の支持が下がった理由を主流メディアのせいばかりにはしていられない。いくら主流メディアが悲観的だといっても、大本営放送がメディアを独占しているわけではないから、他からも情報は入ってくる。それが同じように良くないニュースなら、本当に戦況は思わしくないと判断せざる終えない。

だが逆に、戦況が本当によくなっていれば、いくら主流メディアが良いニュースを無視しようと過小評価しようと、戦争から帰還した兵士らや、現地にいる兵士や民間人や従軍記者らからの情報で、実際に戦況はよくなりつつあるという情報はすこしづつでも巷に広がるものなのである。そうなってくれば、主流メディアもいつまでも良いニュースを無視しつづけることはできなくなるのだ。

さて、前置きが長くなってしまったが、今日のこのAPのニュースも戦況が良くなっていることの証拠だと思う。内容を読まなくてもこの見出しUS, Iraqi Forces Detain Militia Fighters(米・イラク連合軍、民兵戦闘員を拘束)だけで主流メディアのイラクに対する姿勢が変わってきたことがわかる。

BAGHDAD (AP) - アメリカ・イラク軍は土曜日、ポーランド陸軍のヘリコプターに援助され、シーア民兵が勢力のあるバグダッド南部を襲撃、何十人という民兵を逮捕した。二人の民兵は殺された。イラク首相は地元の知事と会見をしたが、知事はこの攻撃を「犯罪者」を根絶やしにするものだと語った。

イラク警察によると夜明け前の手入れでイランの飼イ豚モクタダ・アルサドルのマフディ軍民兵30人が逮捕されたそうだ。このあたりはイギリス軍撤退後、ライバルのシーア民兵たちが石油の利権をめぐって縄張り争いを始めており、地元市民をずいぶんと苦しめているようだ。今回の手入れがうまくいったのも、そんな無法者と戦う決心をした地元シーア市民の協力があったからである。

住民はアンバー地域ではじまった、スンニ部族がアルカエダに立ち向かってアメリカ軍と一緒に地道にアルカエダを追い詰め始めた傾向をみならっている。

以前ならばアメリカ軍とテロリストの戦闘の末、テロリストが50人から殺され、アメリカ人に2人の戦死者が出るなどという場合でも、「アメリカ兵二人戦死!バグダッドで激戦」というような見出しで、あたかもアメリカ軍が激戦の末大敗したとでもいいたげな始まり方をしていたものだ。それが、イラク各地で地元市民がアルカエダにしろシーア民兵にしろ反乱分子にアメリカ軍と協力して立ち向かっているという話が報道されるようになったというのはすばらしい変化と言える。

このメディアの姿勢の変化が国民の世論を変えるまでにはまだまだ時間はかかる。だが、その兆候はもう少しながら見え始めている。ハリスポールという世論調査ではイラク戦争支持率はわずかではあるが増えているとある。以下ワシントンタイムス参照

イラク戦況はアメリカ軍にとって良くなっていると答えた人の数は3月の13%から8月の20%そして現在の25%と確実に上昇している。

アメリカ軍にとって悪くなっていると答えたひとも数も一月の55%から三月の51%そして現在の32%とかなり減少した。

この傾向が続けば、来年の選挙の時までにはアメリカ市民の意見は再びイラク戦争支持になっているかもしれない。そしてイラク戦争を成功させたとしてブッシュ大統領及び共和党への支持率も上がるかもしれない。なんにしてもアメリカ市民が真実を見極められるようになってきたというのは良いことである。


October 20, 2007, 現時間 2:32 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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愛国者たちの勢いに反戦デモもたじたじ

20年くらい前までは高校や大学のキャンパスで軍隊が志願者を募集するのは普通に行われていた。キャンパス内に軍隊斡旋事務所が設置されているところも少なくなかった。しかし教育界の左翼化が進むにつれて、学校側が軍隊に志願者募集活動をするのを拒否したり、斡旋事務所を閉鎖したりするところが増えてきた。私立の学校であればこれは学校の自由なのだが、学校法人として国から多少なりとも資金援助を得ている学校は、自分らの一存で軍の活動を拒否する権限はない。

であるから、政府側が強気に出て、軍隊の活動を邪魔するのであれば、今後一切学校への国費援助はしないと言ってしまうこともできる。しかしクリントン時代にはクリントン自信が軍隊を毛嫌いしていたこともあり、学校側のこの違法な行為は全くお咎めなしの状態となっていた。ブッシュ政権になってからは、学校内における募集活動はいやいやながらも認める学校が増えてきた。とはいえ、左翼の学生が募集活動に来た軍人に暴力を振るっても見てみぬふりをしたり、学生が起こした暴力沙汰から軍人を守るという理由で軍人を追い出したりする事件がいくつも起きている。

バークレー大学のあるバークレー市には、大学の目の前に海兵隊斡旋事務所がある。この斡旋事務所は今まで特に誰からも注目されずひっそりと海兵隊員募集をおこなっていたのだが、最近になって左翼のバークレー市議会はバークレーからこの斡旋事務所を追い出しにかかった。その理由は軍事施設はバークレーの文化にそぐわないからというものだ。バークレーというのはカリフォルニアでもかなりリベラルな市ではあるが、だからといって市民全体が軍隊を敵視しているというわけではない。

そのことが原因で、今週の水曜日、軍隊を支持するグループとコードピンクという過激派左翼市民団体が斡旋事務所の前でぶつかった。(SFGate参照

特にけが人が出たわけでも逮捕者が出たわけでもないが、一時はお互い怒鳴りが講じて押し合いへしあいになり、警察がコードピンクを通りの向こう側に追い返すという光景も見られた。上記のリンクでその模様の写真が何枚も見られるので参照されたし。

ところで、この記事のなかで元海軍兵というパブロ・バレデスという人のインタビューが載っている。この人はコードピンク側の人で、軍隊支持側から「お前はそれでも兵隊か、軍隊はそんな格好じゃ入れてくれないだろうな」と怒鳴られたという。その後パレデスさんは自分は海軍で5年も勤めたとし、軍隊では有色人種がより危険な目にあっていると語る。

「僕は僕が前線に行くのが皮膚の色で決められるべきではないと思います。」パレデスはそう語り、彼はイラク戦争に反対して命令に逆らったため、海軍を辞めたと付け加えた。

パレデスという名前からして中南米系の人種だろうが、軍隊は一般社会よりも有色人種が圧倒的に多いというわけではないし、有色人種だから前線に送られるなどということは絶対にない。私はイラク最前線からの映像をいくらもみたことがあるが、白人の軍人はいくらでも勤務している。

現役海軍兵Neptunas Lex
が、この元海軍兵についてこんなことを書いている。

だめだぜパブロ、自分で志願しといて、ここで人種カードをひけらかそうったってそうはいかねえよ。道徳上優位にたったようないいかたも通じないね。平和時に日本で勤務して、わざと船に乗り遅れて義務を怠り、危険などほとんどないアラビア海への出航をさけたお前にそんな資格はねえよ。船仲間に自分の勤務をおしつけ、自分が列からはずれて他人にその穴埋めをさせといて、最前線に行ったような口を利くな。お前にはその使い古された嘘を使うことはできねんだよ。お前は英雄なんかじゃねえ。お前は英雄になる機会を自分から放棄したんだからな。

それから、お前は海軍を辞めたんじゃねえ。俺達がてめえの太ったケツを追い出したんだよ。

臆病者!誓約破りの裏切り者!

どうしてレックスがこんなに怒っているのかというと、パブロ・パレデスなる男はウィキペディアによると、2004年、湾岸へ出航予定になっていた自分の船に乗らずに、その翌日記者会見を開いて自分はイラク戦争に抗議して出動命令を拒否すると発表した。命令を拒んだことと脱走の罪で彼は軍法会議にかけられ数ヶ月の強制労働の罰を受けたあと位をE-4から最低のE-1に落とされた上で、2005年の9月に不名誉の除隊となっている。

パレデスは出動命令を拒否する前から、戦場へ行かなくて済みそうな部署への配置換えを何度も試みていたがすべて失敗した。名誉の除隊も申し出たがそれも拒絶されていた。

海軍については私は多少知識があるのだが、イラクには海軍はないので、まず海戦の危険はゼロだ。湾岸で警備にあたっていても、フセイン政権が崩壊した今となってはスカッドミサイルを米艦に撃ってこられる危険もない。シールのような特別部隊でもない限り、一般の水兵が戦場へ足を運びこむということは先ず考えられない。

ベトナム戦争時代に空母間に乗っていたミスター苺の友人は、一応ベトナムへは出動したことはしたが、戦場とは遠く離れた沖合いで座っていただけだと語っている。1991年の湾岸戦争のときにゴルフ湾で護衛艦に乗っていた別の友人も、一度か二度イラク軍に撃たれたが、弾はあたらなかったと語っていた。レックスが「危険のほとんどないアラビア海への出航」といってるのはこのことなのだ。

平和時には給料や特別手当などを目当てに志願しておいて、戦争が始まったら出動を拒否するような人間が、有色人種だから前線に送られるなどと文句をいったり、自分は元海軍兵だったなどといばるような資格はない。こんな奴に水兵顔されたら海軍の名が廃る。だからレックスは腹を立てているのだろう。

それにしても、リベラルなはずのバークレーでこんなに軍隊支持の愛国者が集まったというのは非常に喜ばしいことだ。いままで反戦派の声の方が大きかったので、アメリカ市民は反戦ムードが高まっているような錯覚を覚えるが、実はそうではないということだ。それに現在のアメリカではイラク戦争を反対するのは勝手だが、アメリカ軍をコケにしたら承知しないぞという空気が圧倒的にある。だから反戦派たちは本音はともかく、ことあるごとに「我々は軍人を応援する」と口を揃えて言うのである。(本心は全く別のところにあるのは間違いない。)だが、軍人を応援してるはずの人間が軍隊の斡旋事務所を閉鎖させようとデモをやってるんじゃ、全く説得力がない。

October 20, 2007, 現時間 2:39 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 18, 2007

トルコ政府、イラクへの越境攻撃を承認

先日からアメリカの下院議会で話題になっているオトマン帝国時代のアルメニア人大量殺害について、現在のトルコ共和国に責任を負わせようという話が、だんだんとトルコ政府の姿勢を厳しいものにさせている。

まず、トルコ政府はアメリカ駐留のトルコ大使を一時帰国させた。

【ワシントン=山本秀也】アルメニア人虐殺(1915年)をめぐる米下院のトルコ非難決議案問題で、トルコ政府は11日、「対応協議」を理由に米国駐在のセンソイ大使を一時本国に召還した。決議案に対する実質的な不快感の表明とみられる。米国家安全保障会議(NSC)のジョンドロー報道官は、「強固な関係維持のため早期の任務復帰を望む」として、トルコ政府の反発に困惑の色をにじませた。

AP通信などによると、大使の召還期間は当面、1週間から10日程度と説明されている。トルコ非難決議案が下院外交委員会(ラントス委員長)を通過したことで、トルコ政府は11日、「長年築かれた戦略的友好関係を困難に陥れる無責任な対応」とする声明を発表していた。

決議案に対して、ジョンドロー報道官は「米国の安保権益を激しく損なう結果を招く」と批判。決議案をめぐるトルコの対米姿勢硬化が、隣接するイラクをにらむ米国の安保権益に打撃を与える懸念をもとに、下院本会議での決議案採択の回避を求めるブッシュ政権の姿勢を重ねて表明した。11日の米メディアは、トルコ国内での反米デモの模様を繰り返し報じるなど、安保権益を軸とした米国とトルコの関係後退に強い関心を示している。

昨日もお話したように、下院議員の間では、この決議案は思ったより弊害が大きいと考える議員が増えてきたようだ。それというのも、日本政府の愚痴っぽいいいわけじみた抗議とは違って、トルコ政府の抗議には断固たる中身があるからで、トルコ政府の行動次第ではアメリカはやっと希望が見えてきたイラク戦争に多いに悪影響を与えるからである。このトルコ軍によるイラク越境攻撃などがそのいい例だ。(下記2007年10月18日産経新聞より

【ワシントン=山本秀也】トルコ軍のイラク北部クルド人居住地域への越境攻撃が同国議会の承認を得たことについて、ブッシュ米大統領は17日、ホワイトハウスで記者会見し、「イラク領内への部隊派遣がトルコの権益だとは考えていない」と懸念を表明、イラク政府を加えてトルコ政府と対話を継続する方針を示した。また、イラク情勢の混乱に備え、大統領は同日、イラク駐留多国籍軍のペトレイアス司令官らと対応を協議した。

トルコ軍の動静について、大統領は「すでに部隊がイラク領内にいる」と述べ、偵察や先遣部隊に続く「大兵力の部隊越境」を支持しない立場を示した。イラク領内を拠点とする非合法武装組織、クルド労働者党(PKK)のテロ活動については「イラク政府もトルコ側の懸念をよく理解している」として、対話による事態打開に期待を示した。

 米側がトルコとの対話を求めるなかで、改めて大きな障害となるのが、米下院外交委員会を通過したアルメニア人虐殺をめぐるオスマン帝国非難決議案だ。決議案へのトルコ国内の反発が、同国議会の越境攻撃承認を後押ししたかたちだけに、ブッシュ大統領は、下院本会議での決議採択を「やってはならない」と強く牽制(けんせい)した。

 決議案には、与党共和党のほか、マーサ下院議員ら民主党の有力議員からも、本会議採決に反対する声が高まっていた。

アメリカもパキスタンへ逃げ込むアルカエダを追いかけてパキスタンへの越境攻撃を行っている以上、もしもイラクのテロリストがトルコへ越境攻撃しているのであれば、それをトルコが応戦するのを止める権利はない。自分はいいが他人はだめというのはあまりにもダブルスタンダードすぎる。だが、トルコがイラクを攻めてきたりすれば、またまたイラクの状態が複雑になってしまう。トルコにそれをさせないためにはアメリカ側がトルコの安全を保障しなければならない。イラク軍とアメリカ軍が協力してイラク在住のテロリストがトルコへ攻め入らないよう徹底的な取り締まりをする必要がある。

しかしそのためにトルコの理解を得るにしても、今回のような議案が採決されてしまえば、交渉は先ず無理だろう。今後トルコとは正常な国交を結ぶことは不可能となる。実はこの議案の発案者は民主党のアダム・シフといい、カカシも地元なのでよく知っている議員だ。なにせこのあたりはアルメニア人が多いため、トルコという言葉は禁句。なんとトルココーヒーですら「アルメニアンコーヒー」と言われているほど。中身は全然変わらないのだが、、、

とにかく、地元の投票者のご機嫌伺いをしたい気持ちはわかるが、ここはアメリカ、アルメニアではない。アルメニアの議会がトルコに責任追及をするというなら話はまだわかる。(それでも筋違いだとは思うが)だがアメリカのカリフォルニアとトルコとどういう関係があるというのだ?

地元主義で外交を全く考えない議員はこれだから困る。

October 18, 2007, 現時間 9:23 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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イラクからのいいニュース、アップデート

きょうのパワーラインより、イラクからいいニュース。バグダッド北西部にあたる93平方キロメーター、人口百万人以上の地域を含む報告。

    5月から比べてなんと暴力沙汰は85%減少。95地区の58までが安全地帯と考えられ、残る33地域も掃蕩中。
    殺人事件はピーク時の一週間161人という去年の数から比べ、今や週に5人という激減振り。
    路肩改良爆弾や小型銃による攻撃も週50件のピーク時から8月末現在で、週に5件以下という数に減っている。
    自動車爆弾の数も85%の減少。
警備にあたっているアメリカ軍はイラク軍戦闘旅団10隊と、イラク国立警察旅団2隊と組んで行動している。

無論このようないいニュースは主流メディアに言わせると報道の価値はないそうだ。

October 18, 2007, 現時間 8:59 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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日付け → →October 17, 2007

日本と対照的、トルコの米下院民族浄化責任追及決議案への強い態度

まったくアメリカの民主党はブッシュ大統領に恥をかかせること以外には考えが浮かばないのだろうか? もっともイラク戦争を止めさせるとがんばってみても、拘束力のない議決案でさえ通せないというだらしなさ。なにか議決を通したと思えば、アメリカ人には何の関係もない旧日本軍の慰安婦問題などという日本政府を侮辱するだけで害あって益なしという議決案くらいだ。今回も日本に関する議決と同じように90年以上もたっているオトマン帝国によるアルメニア人虐殺について、いまのトルコ政府に責任を取らせようというくだらない議決案を民主党は提案している

決議案は1915年から数年間に起きたアルメニア人大量虐殺を公式に「ジェノサイド」(事前に計画された集団的虐殺)と呼び、その悲劇への理解などを米国の外交政策に反映させるという内容だが、虐殺をオスマン・トルコ帝国の全責任とし、犠牲者150万として「ジェノサイド」と断じる点などに対しトルコ政府が激しく反対している。

しかしニューヨークタイムスによると:民主党はこんなどうでもいい議案さえ通せそうもない。

トルコ政府を怒らせることを恐れ、下院の両党のメンバーたちは民主党リーダーたちによって提案された一世紀前のアルメニア人民族浄化を糾弾する議案への援助から手をひこうという動きが出ている

この24時間のあいだにほぼ12人の議員たちがこの議決案に反対する意見に変わったことで、突然の脱退に拍車がかかったことで、すでに成功が疑問視されていた議案にさらに暗い影が落とされた。下院議員たちの間ではこのような議案は挑発的であるというホワイトハウス並びにトルコ政府からの警告に従っているとはっきりさせた人たちもいる。トルコ政府はこの議案が通ったならば即、合衆国との関係はイラク戦争への地理的な援助も含めて考え直す意図を明確にしている。

今日まで、議案は下院議長のナンシー・ペロシ氏の強い支持を受けて下院を通りそうな勢いだった。この議案は先週下院外交委員会で認可されたばかりである。しかし今夜、数人の民主党ベテラン下院議員の間からこの議案への投票を取りさえげることを要請する明らかにされた。

以前に旧日本軍の慰安婦問題についても語ったが、米議会がこのような議決案を提案するのは別に日本やトルコにアメリカが敵意を抱いているからではない。それどころかこれらの国々とアメリカは比較的良い関係にある。米民主党にとってはそれが気に入らないのである。

民主党は反戦決議案を拘束力のあるものからないものまで、あの手この手で通そうとしたが、どれもこれも大失敗に終わっている。そこで、民主党はイラク戦争に協力的な姿勢をみせている同盟国を攻撃し始めたのだ。彼らを侮辱することによってこれらの国々からの戦争援助を止めさせようというのが本当の目的なのである。

慰安婦問題では中共や韓国が関与したことと、日本にはアメリカとの関係を完全に断ち切るというような切り札は出せないということもあったし、安倍前首相の発言が言い訳がましく聞こえただけで、全く説得力がなかった。それでアメリカ市民の反感を買ってしまい決議案は通ってしまった。しかしトルコの態度はもっと強気だ。それというのもトルコはトルコからアメリカ軍がイラクへ出動したり武器導入したりするのを拒絶するだけでよいのである。(以下上記の産経新聞より)

トルコ政府は「いわゆるアルメニア虐殺の実態は不明確な部分も多く、ジェノサイドとは呼べず、決議採択はトルコ国民を激怒させて、トルコ・米国関係に重大な打撃を与える」として反対し、エルドアン首相が5日、ブッシュ大統領に電話して議会に抑制を求めることを要請した。同大統領も10日朝の会見で「決議案採択はNATO(北大西洋条約機構)、そして対テロ国際闘争での枢要同盟国との関係を傷つける」として改めて反対を述べたばかりだった。

 米国はイラクでの軍事活動に必要な機材や物資の7割以上をトルコ領内のインジルリク基地などを経由して運んでいる。トルコ側では同決議案への反発が激しく、外相や議員団をワシントンに送って、採択された場合は同基地を使用禁止にする意図までを示唆してきた。こうしたトルコの官民の激烈な反応は慰安婦決議案への日本側の対応とは対照を描いてきた。

無論民主党は最初からそれが狙いだったのだと私は考えるが、イラクの強気の姿勢とブッシュ政権からの圧力でこうも簡単に考えを変えるということは、民主党の投票者の間でもイラク反戦派はそれほど多くはないのかもしれない。少なくとも、一般の民主党市民はイラク戦争には反対でも、アメリカはやるだけのことはやるべきだと考えているのかもしれない。それをアメリカ軍の行動を明らかに妨害するような行為はいくらなんでもアメリカ人としてあるまじき態度と考えられているのだろう。

だいたい今のトルコに90年も前の事件の責任を取れというのは、日本の慰安婦問題以上に筋違いである。

トルコはかつてオトマン帝国と呼ばれており、1300年ごろ始まり17世紀にその全盛期を迎え、地中海はトルコの湖だといわれていたこともあるくらいだ。しかし1918年にオトマン帝国が第一次世界大戦に参加したことで、帝国はイギリスと他のアラブ人たちによって完全に破壊されてしまったのである。



Ottoman Empire to 1683

全盛期のオトマン帝国

トルコはその後も何年か生き延びはしたが、イギリス、フランス、イタリア、ギリシャ、アルメニアによって分割されてしまった。そして1922年、国粋主義者の、Mustafa Kemal Pasha、俗にアタトゥークと呼ばれるリーダーが外国勢力をトルコから追い出しまったく新しいトルコ共和国を設立した。つまり現在のトルコ共和国は第一次世界大戦でアルメニア人を大量虐殺したオトマン帝国とは何の関係もない全く別の国なのである。これは以前に旧日本軍の慰安婦問題のときにも話たように戦時中の日本政府と現在の日本政府はまったくべつの政権であることや、いまのドイツ政権がナチスドイツとは完全に無関係であるのと全く同じ理屈だ。

だから先の政権が崩れた後に設立された現在のトルコ共和国がアルメニア人虐殺事件の責任をとるいわれはまったくないのである。

民主党はこのようなくだらない決議案を後から後から提案あする下院議長のペロシ議長にいい加減、嫌気がさしているのではいだろうか?

October 17, 2007, 現時間 11:45 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 16, 2007

イラク米兵犠牲者数激減は報道の価値なし?

イラクでの新作戦が始まって、半年近くたつが、今年9月のイラク米兵の戦死者数がここ最近で最小の数となったという話は以前にもした通りである。しかしこのニュースはアメリカの主流メディアはほとんど報道していない。

ニュースバスターが紹介しているCNNのハワード・カーツ司会のトークショーにおいても、このことが取り上げられた。

ハワード・カーツ司会: イラクからのニュースはここ数年死と破壊の連続で気の滅入るものばかりでした。しかし政権が今週イラク犠牲者の数について向上的な数字を発表するとメディアはほとんど注意を払いませんでした。。CBSの「 イブニングニュース」でもNBCの「ナイトリーニュース」 でもほんの数行、ニューヨークタイムスは10面に、ワシントンポストは14面、USA トゥデイでは16面、ロサンゼルスタイムスではほんの2-3行が第4面の下のほうに載っただけでした。

例外はABCのワールドニュースで、これでは司会者のチャールズ・ギブソンがトップニュースとして報道した。

これについてカーツは、ワシントンポストのロビン・ライト記者と、CNNのバーバラ・スター記者をスタジオに招いて、メディアがイラクからのいいニュースを報道しない傾向について質問した。

カーツ: ロビン・ライトさん、イラクでの犠牲者数減少についてもっとメディアは注目すべきなのではないですか?

ライト:いえ、そうともいえません。これはまだ傾向の始まりですし、いや、まだ傾向といえるかどうかも怪しいのです。それにどうやって数えたかということについてもかなり意見が割れています。イラクには色々な死があるのです。戦闘による死、宗派間争いによる死、犯罪による死などです。アメリカ側が数に入れていないものがかなりあるのです。たとえばイラク南部ではシーア対シーアの暴力が起きてますがこれは宗派間争いの数には入っていません。それにアメリカは南部ではあまり勢力がないのです。ですから数そのものはやっかいなのです。長い目でみて、オディアーノ将軍が今週ワシントンで言っていたのですが、逆行しない勢いを探しているということです。それはまだこの二ヶ月くらいではそこまで達していないのです。

米軍隊志願兵の数など、一年中目標を満たしていても、一ヶ月でも目標に満たない月があると、「米軍志願兵、目標に見たず!志願兵不足に四苦八苦する米軍」などと大々的な見出しで第一面で報道するくせに、イラクで犠牲者が二ヶ月続いて激減しているという数は「やっかいだ」「あやしい」と言って報道しないというわけか。こんなの理屈にあってるだろうか?ニュースバスターのノエル・シェパードも、株市場などでは傾向の最初から今後どうなると予測をたてるジャーナリストはいくらでもいるという。ところがことイラクとなるとジャーナリストは慎重になるというのはどうも納得がいかない。これについてもうひとりのゲスト、バーバラ・スターはこう説明する。

バーバラ・スター:それが問題なんですよ。私たちはイラクでアメリカ兵が殺されている数が減少の傾向にあるのかどうかわからない。これは継続した進歩とは言えません。確実な進歩への可能性としては非常に良い第一歩ですが。

「非常に良い第一歩」ならそう注釈をつけて報道すればいいではないか。良い傾向かどうかわからないから報道を控えるというのは、ジャーナリストが一般市民の判断能力を信用していない証拠だ。これが良い傾向かどうか市民の判断に任せればいいではないか。さすがにカーツもこの答えには偽善があると察知したらしく、もしニュースが逆にイラク市民の犠牲者が増えたとかいうものだったら、新聞の第一面を飾るのではないかという質問に対して、スターは、、

スター:もちろんそうでしょう。それならどう考えてもニュースですから。いいですか、ペンタゴンの記者ほど死者の数を報道をしたり、悲しむ家族や手足を失った兵士にインタビューするのを止めたいものはいないのです。でもこれは本当に長続きする進歩なのでしょうか?

ペンタゴンはこれまで5年間も進歩はあった、進歩派あったといい続けてきました。疑い深くて申し訳ないですが、私としてはたかが一ヶ月ちょっとの結果をみても手放しで喜べないのです。

死者が増えているという話はニュースになるが、減っているという話はニュースではない、ときたか。もうジャーナリストとして偏向のない報道をしようなどという気持ちはさらさらないと白状したようなものだ。

October 16, 2007, 現時間 11:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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優柔不断な弁護士たち、拉致された米兵を見殺しにする

先日私は陸軍や海兵隊員が戦場で戦闘するにつけ、いちいち兵士らの行為が戦争犯罪の規約に触れないかどうか煩く調査がされているという話をしたばかりだが、今度は今年の五月にアルカエダに拉致された米兵士の捜索に軍が裁判所から容疑者の盗聴許可が下りるまで何と10時間も捜索が立ち往生し、貴重な手がかりをみすみす見逃す結果になっていた事実が明らかになった。(ミッシェル・モルキン紹介のニューヨークポストの記事参照)

これは2007年5月17日、ニューヨークはクイーンズ出身のアレックス・ジメネズ兵がパトロール用の出張基地に侵入したアルカエダによって拉致された事件で、この攻撃によって4人の兵士が殺され、3人が拉致された。捜索活動はすぐに実施されたが、容疑者への盗聴の合法性を巡って弁護士達が9時間38分にわたって会議をするあいだ、捜索は完全に中断されてしまった。誘拐を捜査する専門家なら誰でもいうことだが、犯人のめどをつけるためには誘拐直後が非常に大事なときであり、時間がたてばたつほど、犯人が人質を移動させたり、犯人が人質を別の組織に手渡すなどして、手がかりが途絶えてしまうのが常である。そんな大事なときに10時間近くも「この非常時をどう扱うか」という会議をしていたというのである。非常時だと解っているならくだらない会議など後回しにしろ!人の命に関わることなのだということが、こいつらにはわからなかったのだろうか?

読者の皆様もブッシュ大統領が令状のない盗聴を秘密裏に行っていたというニュースはおききになったことがあるだろう。ブッシュ大統領はことテロリストに関しては、複数の携帯電話であっという間に連絡を取り合うこの情報時代に、ひとつひとつの電話機への盗聴など裁判所からいちいち令状を待っていられない状況がいくらも発生すると判断していた。それはまさしく今回のような事件を防ぐことが目的だったのである。こうした令状を出す権限のあるFISA裁判所はイラク人同士の携帯電話による会話でも、そのサテライト提携がアメリカのものである以上、アメリカ国内の法律が適用されると判断したというのだからあきれてしまう。

数週間後拉致された1人の遺体がユーファラテス川のほとりで発見された。アルカエダはジメネズ兵と他の一人を処刑したと発表した。

「こんなひどいことってありません。もしすぐに捜索活動にでていれば、手がかりを発見し、息子を見つけられたかもしれないのに」とジメネズ兵の母親のマリアさん。「私は神に問い続けています。いったい私の息子の身に何がおきたのかと。」マリアさんは特に不満を隠せない。「私は彼らが出来る限りのことをしてくれていると思っていたのに。」「すべて法律に従えというのがこの国のやり方ですよ。彼らは法律を破りたくなかった。それは解ります。でもそれなら法律を変えるべきです。あの間にどれだけの情報が集められたか神のみぞ知るです。」

信じられないような事件ではあるが、こういう話はなにもこれが最初ではない。数年前にフィリピンでも民間人のグループがアルカエダ系の武装集団に拉致されるという事件があった。そのグループには元陸軍特別部隊の民間人が護衛についていた。地元にいたアメリカ陸軍特別部隊のメンバーは事件直後すぐに出動する用意ができていたにもかかわらず、ラムスフェルド防衛長官並びにブッシュ大統領は、単なるアドバイザーとして駐留していることになっているアメリカ軍がフィリピン軍を差し置いて軍事活動をすることはいかがなものであるかという気遣いから、捜査活動が開始されたのはなんと丸一日後だったという。捜索に出たアメリカ軍はガードマンの遺体を発見。彼は逃げようと思えば逃げられただろうに最後までひとりで戦ったと思われる。人質は何ヶ月も拘束された後に開放されたが、一部の人質は殺されていた。

どうして人の命がかかわり、一刻の猶予も許されないときに、令状がどうの、面子がどうのという話になるのだ?とにかく救出をしてから後でなんとでも言い訳をすればいいではないか。正しいことをしていても裁判沙汰になるきょうび、軍隊が神経質になる気持ちはわかる。だが、アメリカの法律がアメリカ軍が任務を遂行するのを阻止しているというなら、マリアさんのいうようにこのような法律は変えられなければならない。

ところで、令状なしの盗聴はすべきではないといって大声を上げて騒いでいるのは無論米民主党と左翼メディアであるということを一応記しておこう。

October 16, 2007, 現時間 6:42 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 15, 2007

シーア市民が目覚めるとき

読者の皆さん、二週間にわたりリアルタイムのネットアクセスが不能だったため、しばらくカカシとミスター苺のアラスカンクルーズの旅行記にお付き合いをいただきました。また写真のアップロードが済み次第、アラスカの美しい景色をご披露したいと思います。

さて、ではアクセス復帰第一弾はイラクの話。

以前にもスンニ市民がアルカエダの暴虐に耐え切れず、アルカエダを見放してアメリカ軍及びイラク軍に協力を求め始めたという話はここでも何度もしてきたが、今回は同じようなことがシーア派市民の間でも起きているという話をミスター苺がしているので、今日はそれを紹介しよう。

驚くことにこの「シーアの目覚め」はなんと反米メディアのニューヨークタイムスが報道している。

バグダッド各地のシーア居住区で市民はマフディ軍を見放し始めている。マフディ軍といえば一時はスンニ武装集団から唯一市民を護ってくれる組織と考えられていたが、最近では信念もなく町を荒らしまくる、単なるならず者の集団と化している。

このバグダッドのシーア市民の気持ちの変化は長くマフディ軍相手に苦戦してきたアメリカ軍にとって良い機会である。最近アメリカ軍は戦闘作戦において、地元のリーダーたちを頼りにするようになってきているからだ。

あの悪名高きニューヨークタイムスとは思えないほどこの記事は非常に均衡のとれた公平な報道となっている。

バグダッドの西と東の四つの地区から10人のシーア人をあつめて行ったインタビューでは、シーア民兵は新しく収入を得るためにシーア市民を敵に回したやり方が説明されている。

今日町をのさばるシーア民兵は2004年、モクタダ・アル・サドル師をしたってシーア独立を目指してアメリカ軍と衝突したマフディ軍の面影はない。 当時は近所の人々が料理用ガスや他の必需品を供給したことにより、戦士の数は倍増していた。

三年たった今、メンバーの多くは暴力的な過去を後にして地元政府の職についたりする傍ら、一部の者達は犯罪に走り、車を盗んだり死亡したり避難した両派の人々の家々を乗っ取ったりしている。

メンバーの年齢層も変わり、今では家族にも見放された10代の若者がほとんどであり、これがアメリカ軍の成功につながっている。去年の秋、アメリカ軍はシーア民兵への取り締まりを厳しくし、リーダーを何人も逮捕し、(マフディ軍は)目的をもたない下級のメンバーを残すのみとなった。

「いまは若いもんだけで、宗教も自制もありません。」というのはアバスさん40歳。シーア派市民でバグダッド南部のアミーンにおいて車の部品の卸業をしている。アバスさんの22歳の従兄弟のラティブさんはこの春、マフディ民兵を侮辱してメンバーから口を撃たれた。

「みんなやつらを嫌ってます」とアバスさん。「人々は奴らがみんなの前から消えて欲しいと望んでいます。」

イランの飼い豚サドルは、イラクでシーア派に暴力行為をしている人間は、その行為そのものがマフディ軍のメンバーとしての資格はないと言い訳をしている。 市民に暴力を振るえばマフディではないなどという都合のいい言い訳をして、責任逃れをしようとしても、イラク市民には通用しないだろう。なんにしても、サドルがイランからイラクへ戻ってくるときが来たとしても、サドルが戻るマフディ軍のメンバーがサドルを指導者として受け入れるという保障はまったくないばかりか、多分サドルがもどってくるような組織はイラクには残っていないことだろう。

ここでミスター苺は大予言をする!「イラク反乱分子は誰が考えるよりも早く崩壊するだろう。」と。イラクのアルカエダはもう虫の息だし、シーアのマフディやバーダーの民兵も駄目となれば、いったい誰が残っているのか?

無論イラク国内の内乱を望む、イランや外国人テロリストによる援助は無視できない。しかしイラクは宗派主義の国ではなく、部族主義の国である。だから、シーアだというだけでイラクのシーア派はイランに単純に同調はしない。 イラクでシーアにとって非常に大事なアルアスキリ聖廟がアルカエダに爆破されたときですら、お互いに殺しあいを続けはしたが、影の政府を設立するとか、軍隊が真っ二つに割れるといったような本当の意味での内乱は起きなかった。

イラク市民は内乱を起こすどころか、スンニとシーアの両方の過激派反乱分子を拒絶した。自称「救世主」を頼りにせずにイラク人は自分たちの手でイラクを立て直そうとしている。そのような場所ではどちらの反乱分子も長期にわたって敗戦を戦い続けることは出来ない。

ミスター苺は来年の11月の選挙の時までには、スンニにしろシーアにしろ反乱分子はほぼ鎮圧されているだろうと予測する。2006年の中間選挙ではイラクが負けていると思われたため、共和党も大敗すると予測されていたが、共和党の損害は民主党が望んだほど大きくはなかった。多くの市民が「とにかくまだ様子を見よう」という姿勢をとっていたからだ。

ここ最近の状況を観察してみると、アメリカ軍はどうやらイラク戦争に勝ちそうである。無論だからといって、アメリカ市民が共和党に投票するという保障はない。だが、この戦争は共和党の失態だと民主党は投票者に言い続けてきたので、この戦争が成功したら、ある程度共和党への認識は高まる可能性はある。

ここでニューヨークタイムスの記事を引用して締めくくらせてもらおう。

ビジネスマンのアリさんは、マフディ軍は将来ずっと小規模なものになるだろうと語った。人々は(マフディの)リーダーたちを信用していないという。「彼らの中に信念というものがまったくなくなってしまったからです。」

米民主党にも耳の痛い言葉なのではないだろうか?

October 15, 2007, 現時間 11:35 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 14, 2007

いざアラスカ、豪華客船の旅 その5

シャンペンとキャビアー

船内では夜遅く、翌日のイベントの予定表が配られる。毎日歌や踊りのショーや、手品師やコメディアンのショーなどが劇場で行われるほか、数あるバーのうちひとつではスペインコーヒーが出されるとか、ピアノバーではコールポーターの歌が特集されるとか、いったことも紹介されている。

その中で私が目を留めたのはオーシャンバーでシャンペンとキャビアが無料で出されるという記事である。その夜はロシアの夜と称して、フィリピン人のウエイターが皆ロシアの民族衣装を着て様々なロシア風マティーニ(有料)を用意するとあった。私はすし屋で食べられるいくらとびこまさごといったキャビアならいくらでも食べたことはあるが、ここでいうキャビアとは一オンスで何百ドルというブルーガキャビアのことである。こんな高級品は今までに食べたことがないので、是非是非この無料サービスは見逃すまいと早々にバーに乗り込んだ。

ところが、確かにウエイターはロシア服を着てマティーニの注文を受けてはいたが、どこを見回しても無料シャンペンは出ていないし、オードブルのお盆を片手に回っているウエイターの姿は見当たらない。最初から「無料シャンペンはどうした、キャビアはどうした」と聞くのも下品かなと思い、一応変わったマティーニを二杯オーダーして、カクテルカードに穴を二つ開けてもらった。

しかし待てど暮らせどシャンペンも出てこなければキャビアーも出てこない。痺れを切らした我々二人は、ついにプライドを捨てて「キャビアはどこじゃ!」とウエイターを問い詰めると、ウエイターはそんな話は聞いていないという。それでその日の日程表を見せると、ウエイターは奥へ引っ込み誰かと話をしている模様。やっと出てきたヘッドウエイターらしき人物が「連絡不行き届きでオードブルの用意ができていなかった」と釈明。「すぐに用意させますので」。

しかし20分くらいして出てきたオードブルはキャビアではなくて春巻きと揚げワンタン。「申し訳ありません。キャビアが品切れでして、、、」ここでミスター苺は皮肉たっぷりに「出してもいないのにどうすれば品切れになるんだね?」と質問。 困った顔のウエイターが突き出したワンタンを一口食べた私は、その味の不思議さに首をひねった。「これ豚肉じゃないよ。なんか牛肉のソーセージみたい。」と言うと、ミスター苺も味見をしてみた。「これはソーセージじゃない!ホットドッグだよ!」

無料のシャンペンが有料のマティーニに化けたくらいはしょうがないとしても、キャビアがソーセージ入りの揚げワンタンではいくらなんでもこれはひどい。それで我々はフロントに苦情を言いに行った。船内のアンケート調査でもミスター苺は延々とキャビアーがホットドックに化けたことを書き連ねていた。

その二日後、明日はシアトルに帰港するという夜遅く、甲板で散歩を済ませたカカシが部屋に戻ってくると、ミスター苺がニコニコ顔で「ちょうど良かった。もう何処へも行くな。今いいものが届くよ」と言う。何かと思えば、先日のロシアの夜の不都合へのお詫びとしてシャンペンとキャビアがルームサービスで届けられるというのである。しばらしくして届いたトレーを見てびっくり仰天。大型のお盆の上にきれいに飾ったいくつものキーシや一口大のタルトの上にキャビアがどっさり乗せられていたからである。これはどうみても4~5人で食べるオードブルだ。これに冷え切ったシャンペンが一本ついてきたのだから凄い。私は無料のシャンペンを一杯ぐらい飲みながら、キャビアの乗ったクラッカーをニ~三枚食べられればそれでいいと思っていたのに、こんなのとても二人では食べきれない。

それで私はタルトの上に乗っていたキャビアだけを、猫のようにぺろぺろと舐めて食べてしまった。そうかこれがキャビアというものなのか、ちょっとぱさぱさだな、塩辛いかな、などとうなずきながら。ミスター苺はお盆の上に何オンスのキャビアが盛られているのか、これは市場でいくらぐらいするかとか下世話なことを計算し始めた。これだから貧乏性はしょうがない。せっかくの豪華客船の旅なのだ、せせこましいことは忘れて楽しもう。

しかし文句は言ってみるものだな。

October 14, 2007, 現時間 5:19 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 13, 2007

いざアラスカへ、豪華客船の旅 その4

水曜日 ジュノー

今日はクルーズ初めての寄港、ジュノーの港に停泊した。船が港に着き、桟橋がおろされると乗客はずらっと出口の前で並び始めたが、乗客が下船するのをサーモンやら熊やらのぬいぐるみを着た人が待ち構えていて、一列に並んだ乗客を一組づつ抱き寄せてはそれをカメラマンが写真を撮っていた。

この写真なのだが、船の中ではプロのカメラマンが大きなカメラをかついで歩き回っており、一番最初に乗船したときも、最初のフォーマルディナーでもレストランへ入る前と、レストランでの食事中とで写真を撮られた。また、避難訓練が行われた時も救命具をつけた姿をカメラマンはバチバチ写真にとっていた。

こうして撮られた写真は、次の日通路に飾られ、もし気に入れば一枚、2000円程度で購入することができる。我々二人の写真はいつも非常にまずく撮られており、被写体が美男美女なのに何故だろうと不思議だった。(笑)

ということもあって、ミスター苺は熊のぬいぐるみに見つからないように、下船の際にも他の人が写真を撮られている隙を狙ってこっそり下船した。しかし私はちょっとのろのろしていたせいか、ぬいぐるみのお兄さんにみつかってしまい肩を強引に引き寄せられ引きつった顔で写真に撮られてしまった。

アラスカといえばアイディタロドと呼ばれる毎年恒例の犬ぞりのレースが有名。そこで我々のジュノーでのツアーはレース用の犬を訓練しているところへいって犬ぞりに乗せてもらおうというもの。もっとも夏なのでアラスカといっても訓練所に雪はない。そこで犬達はゴルフカートをひっぱって訓練をするという。我々が乗せてもらったのはこのゴルフカート。

港からバスで20分くらい山奥の道を走り、ついたところは小さな木の小屋が二つ三つ建っているだけの場所。トイレも野外で水洗ではない旧式。(なぜかアメリカではトイレのマークは新月)まだ9月上旬だが、山奥はすでに秋。落ち葉の焚き火から煙が上がっていた。

最初に生まれたばかりの仔犬をみせてもらい、どういった種類の犬がレースに適しているかというような話を聞いたのだが、私には空気のなかに犬の毛が漂っているのが気になった。犬は夏から冬にかけて新しい毛皮に衣替えするのだそうで、今は脱毛の時期だという。どうやらあちこち犬の毛だらけなわけだ。こんな犬をペットにしたら掃除がたいへんだなあなどとくらだらないことを考えてしまった。

レースの犬というと私はアラスカンハスキーのような大きな犬を想像していたのだが、実はそうではなくて、割と小柄のタフな雑種を使うそうだ。アイディタロドでは毛皮の厚い冬のレースに適した雑種が一応規則で決まっているらしい。それというのも一度プードル犬でレースに参加した人がいたからで、いくらプードルがタフでもアラスカの厳しい寒さに耐え切れずに凍え死んでしまったことから、寒地に適さない犬は許可されないのだそうだ。

ゴルフカートにつながれた犬達はマッシャーと呼ばれる騎手が近づいてくると二の足で立ち上がって興奮し始めた。本当に走るのが好きらしく走る時間が近づくとものすごく興奮するらしい。それでもリードの犬が走り始めなければ犬達は走らない。一台に乗った客の数は6~7人。騎手が一番後ろに立って合図をすると犬達はすごいスピードで走り始めた。山の狭い泥道を走っているのでかなり早いスピードに感じたが、実際には時速15マイル程度なのだそうだ。それ以上早く走ると長距離もたないからだ。しかし泥道のカーブなど恐ろしいほど早く曲がり、犬の上げるハネで我々の顔は泥だらけになった。 なるほど汚れてもいい格好で来いというのはこのことだったのか。

カカシ注:旅行中にとった写真はいま整理中です。整理が終わり次第犬ぞりの写真をお届けしますので今しばらくお待ちください。

October 13, 2007, 現時間 12:44 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 12, 2007

マーサ米下院議員よ、海兵隊員侮辱を釈明せよ!

米下院議員のジョン・マーサ氏は法廷において、ハディーサ事件で議員がまだ調査も行われていなかった時点で米海兵隊員たちがイラク市民を虐殺したとメディアに発表したことについて、釈明しなければならない可能性が高まっている。

それというのも、ハディーサ事件の容疑者として逮捕され、最近になって証拠不十分で起訴取り消しになった海兵隊曹長Marine Sgt. Frank Wuterich氏がマーサ議員を名誉毀損で訴えたからである。

マーサ議員が当時どのような発言をしていたか、2006年の6月にカカシが書いたハディーサ事件:それぞれの思惑
を振り返ってみよう。

****米軍の捜査経過の詳細を研究したとして民主党の下院で反ブッシュのマーサ議員があちこちのテレビ局で海兵隊員が一般市民を虐殺した証拠があると発表した。下記はABCがおこなったマーサ議員のインタビューの記事を訳したもの。(翻訳:妹之山商店街さん)

マーサ議員:IEDが爆発したんです...毎日外に出る度にIEDが爆発するんです...ですから毎回プレッシャーが高まっていく訳です。この場合はIEDが爆発し、海兵隊員一人が死亡。そこにタクシーがやって来て、中には四、五人が乗っていました。武装していなかったのですが、この人達を射殺しました。その後、民家を襲撃して人々が殺害したんです。女性の一人は、海兵隊の人から話を聞いた所、子供をかばって命を助けてくれと懇願したにも関わらず射殺したということです。更に気になるのはイラクの人達はこのことを知っていたということなんです。家族に補償金を支払ったからです。それに加え、隠蔽工作が行われたんです。間違いありません。最初この人達はIEDで死亡したと言ったんです。翌日調査の為に要員が派遣されました。ところがそれについて何の報告も行われず、三月になってタイム誌がこれを伝える時誰も何が起こったのかを知らなかったのです...

質問:写真や画像証拠があるとのことですが、本当ですか

マーサ議員:その通りです。捜査を担当した人とイラク側の証拠を入手しました。何が起こったかについては、疑いようがないんです。問題は、誰が、何故、隠蔽工作をしたかということなんです。何故明らかになるのに半年も掛かったんでしょうか翌日調査を行い、ニ、三日後にはこの人達が殺害されたことが分かっていたんです。

まだ米軍による調査がすんでもいないのに、何が起きたかは間違いないとか、隠ぺいが行われたとか適当なことを良く言えたものだと思う。問題なのはマーサ議員があらゆるニュース番組にはしご出演してこのような発言をしていた時、マーサ議員はまだ軍当局から捜査結果の報告を受けていなかったということだ。マーサ議員はタイムスの記事を書いたイラク記者の報道をそのまま鵜呑みにして事実確認もせずに米海兵隊を有罪と決めつけ軍当局が隠ぺいしたと言い切っているのである。******

無論、その語の捜査で、ハディーサ事件は海兵隊員が戦闘規約に従って正しく行動していたことが明らかになり、ウーテリック曹長ならびに他の容疑者の審査過程で、ハディーサにおいて犯罪は起きていなかった。この事件の容疑は最初から最後まで捏造だったという結論が出ているのである。

しかしマーサ議員は下院のなかでも有力な政治家であり、現職の議員は裁判で証言する義務を免除されるという法律があるため、それを使って証言を避けるのではないかという見方もある。だが、もしもマーサ議員がその特権を使って証言を避ければ、かえって証言をした場合よりもマーサ議員のみならず、民主党にも悪い結果になるのではないかという意見もある。

民主党はブッシュ大統領を忌み嫌うばかりに、ブッシュに都合の悪いことならアメリカにとって悪い結果になるような行為でも積極的にやってきた。特にアメリカ軍隊への攻撃にはひどいものがある。アメリカ市民は戦争に反対している人たちでも反軍隊とは限らない。南部の民主党支持者は戦争自体には反対でも家族に軍人がいたり、今現在イラクやアフガニスタンに出動している人も少なくない。そうしたアメリカ社会でことあるごとにアメリカ軍隊を侮辱する民主党のやり方は一般のアメリカ市民からかなり反感を買っているのである。

そんな中で、自分も元海兵隊員という肩書きをことアルごとにひけらかしているジャック・マーサ議員は証拠もないのに無実の海兵隊員の名誉を汚し、その発言を法廷で釈明せよとの法廷命令を議員の特権を使って拒否するとなったなら、国民は民主党のことをどう考えるだろうか?

ジョン・ケリーは「勉強しないとイラクへ行く羽目になる」といってアメリカ軍人を馬鹿にする失言をしたばっかりに大統領立候補から降りなければならないという失態を起こした。一般のアメリカ人はアメリカ軍を馬鹿にする政治家を許さない。このことに関して他の民主党員がどう反応を示すかによっては、アメリカ市民はついに民主党の本性を見ることになるかもしれない。

少なくとも共和党の大統領候補諸君には今後の選挙運動で、どんどんこの件を話題にして、民主党はアメリカ軍の敵だと投票者に印象付けさせて欲しいものだ。


October 12, 2007, 現時間 6:02 AM | コメント (0) | トラックバック (3)

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日付け → →October 11, 2007

いざアラスカへ、豪華客船の旅 その3

水曜日、グレイシャーベイ

アラスカといえばなんといってもグレイシャーである。グレイシャーというのは要するに氷の川。大昔に山に降った雪が凍って、それが引力でどんどん海に向かって流れてくるのだが、液体の川のような速い流れではなく、一日30センチくらいのゆっくりな速度で流れている。この氷の川が海岸に辿り着くと氷の絶壁を作り出すのだが、スローモーションとはいえ氷は動いているので、常にめきめきという音を立て、10分か20分に一度の割で大きな氷の破片が海に落ちる。今日はそのグレイシャー湾自然公園を通過することになっている。運が良ければ大きな氷の破片が海に落ちる瞬間を見ることができるかもしれない。

第9デッキの食堂で朝食を食べていると窓の外は真っ白な霧。グレイシャー湾につくまではまだ数時間あるので、霧がそれまでに晴れてくれることを祈った。

11時頃になってそろそろグレイシャー湾に入るという放送がはいったので、我々はカメラを持って第10デッキの外側に行き船の前方に陣取ってグレイシャーの訪れを待ち構えた。外部から戻ってくる人々が厚手の上着に帽子や手袋をしている姿をみて、どれほど寒いのかと思って外へ出てみると、朝の霧はどこへやらお日さまがさんさんと照っていてセーターを着ていると暑いくらいだった。我々の船は山に囲まれた湾内に入り込み、遠くに見える山の上から川が見えた。しかしよくよくみていると、これは普通の川ではなくてグレイシャー。個体なのでまだ海にたどり着かない白い川が山を下っている姿が非常に不思議だ。


 Glacier Bay

霧のただようグレイシャー湾

グレイシャーの氷の崖が近付いてくると、海の上になにやら白いものがぷかぷかと浮いている。よくよく見てみるとそれがすべて氷。もしかしてこれは氷山? どうやらグレイシャーから落ちてきた氷が海の上を浮かんでいるらしいのだ。崖に近付けば近付くほど氷の数は多くなった。



Glacier Bay Icefield

氷が浮かぶグレイシャー湾の海面

船内放送でお天気がことのほかよいので、これまでのクルーズ船では不可能だったほど崖の近くまで船を近付けることが出来るとのこと。我々は皆カメラを構えてシャッターチャンスを待った。



Glacier Bay Icebergs

グレイシャー湾の氷山

そして遂に目の前に氷の絶壁が現れた。この膨大さは写真では分かりにくいが、絶壁のてっぺんから海面までの高さは76メートルという高さ。しかも、水面下の深さも同じく76メートル!



Lamplugh Glacier

山から流れる氷の川

この絶壁の前で船はしばらく停泊していたが、気が付くのは聞こえてくるメキメキっという氷のひしめく音。写真ではその瞬間をとらえることはできなかったのだが、時々氷の破片が割れてメラメラ、メキメキ、バシャーンと轟音をたてて海水へ落下した姿はすごい迫力があった。



Johns Hopkins Glacier

ジョン・ホプキンスグレーシャー

我々はこの自然の美しさにすっかり見入ってしまい、何時間もデッキに立って写真のシャッターを押し続けていた。もうこれだけでもアラスカに来た価値があった。

October 11, 2007, 現時間 12:31 AM | コメント (1) | トラックバック (0)

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日付け → →October 9, 2007

いざアラスカへ、豪華客船の旅 その2

月曜日, ファインダイニング

グレイシャーベイにつくまで、今日は一日海の上。特にやることもないので私は朝早く起きてエアロビのクラスに挑戦。熟年カップルが多い割には朝のエアロビに参加した女性の数は結構いたし、固定自転車やウエイトトレーニングをやってる男性などでジムは満員だった。最近の熟年はみんな若くて元気だなあと感心してしまった。

エアロビの講師はイギリス人のスタイル抜群の若い女性。「運動だけでは体重は減りませんよ!ダイエットもがんばりましょう!」と午後に彼女が教えているダイエット教室の宣伝に余念がない。

エアロビが終わって部屋にもどると、ミスター苺はやっと目をこすりながら、「あさごはんたべた〜?」ともう食べることを考えている。朝食は第9デッキでブフェスタイル(バイキング形式)とはいうものの、カウンターの向こう側に給仕の男性がいてお皿に食品を盛ってくれるし、オムレツも好みのスタイルで焼いてくれる。お盆が満杯になったらウエイターがやってきてさっさとお盆をもって開いてるテーブルに案内してくれる。座るとすぐ飲み物の注文をうけてくれるし、こんなブフェなんてみたことない。訳の分からない食べ物をプラスチックの皿の上にベチャっとのせてくれる海軍の食事を考えると月とすっぽん。ま、比べるほうが悪いけど。

船旅には慣れている私だが、仕事で乗る船では外にでることはほとんどない。地下のコンピュータールームに入り浸って何日も外の空気を吸わない日もあるカカシには、好きな時に外にでてデッキチェアに座っているのは最高な気分だ。気温はそれほど低くはなかったが、それでも野外プールで泳ぐほど暖かいとは言えなかった。風もあるから外で座っている時はみの虫みたいに毛布にくるまっていた。でも近付いてきたパーサーにあったかいアイリッシュコーヒー(ウィスキー入りのコーヒー)を持ってきてもらって満足なカカシ。ああ、このままずっとこうしていたい、、、とついうとうとするカカシ。

「親分、てえへんだ、てえへんだ、」と銭形平次のハチ公みたいにミスター苺が騒ぐ声で目が覚めた。実は今夜は船長さんが挨拶に回るフォーマルディナーがある。この時とばかりにあつらえたばかりの新品の背広と白と赤の派手な革靴まで用意してこのディナーを楽しみにしていたミスター苺なのに、突然大変なことに気が付いたという。「どうしたの?」とおもむろにデッキチェアから体を起こすカカシに「ネクタイ忘れた」というミスター苺。実はミスター苺はスーツはたくさんもっていないがネクタイだけは色々もっており、しかも度派手なものが好きな彼は旅行前もベッドに何本もネクタイを並べて「これにしよ〜かな〜、あれにしよ〜かな〜」と迷いに迷っていたのである。そのネクタイをどうやって忘れてきたというのだろう?
「皺にならないように別にしといてすっかり全部わすれてきちゃった。」んだそうだ。

仕方ないので船のギフトショップにネクタイを買いに行ったら、なぜか高級ネクタイは全くうっておらず一本10ドルという安物ばっかり。なんで豪華客船で売ってるネクタイが安物ばっかりなのかさっぱり分からないのだが、背に腹は代えられない。仕方なく10ドルネクタイを買ったはいいが、せっかくの食事中、ミスター苺は合うひと事に「ネクタイを忘れまして、、いつもはいいのをきてるんですが、、いやお恥かしい、、がはははは」と説明しまくるので、こっちのほうがよっぽど恥かしかった。

フォーマルディナーはかなり格式張ったフランス料理風。我々の目的は何と言っても蟹とサーモン。なにせアラスカといえば蟹とサーモン以外にはないでしょう。そこで我々は前菜に蟹サラダを注文、メインメニューはサーモンが二種類、肉類が二種類とあったので、二人ともそれぞれ別々のサーモン料理を選んだ。

子供の時に両親と一緒にアラスカンクルーズを体験しているミスター苺からは、とにかく船では食べきれないほどたくさん料理が出てくるので、がつがつとすべて食べないようにと何度も注意をうけていた。ところが、出てきた前菜の蟹サラダは直径5センチ、厚さ一センチ程度の平べったいケーキみたいで、器は大きいが中身は小さいというまるで懐石料理風の盛り付け。その後のメインコースも同じように盛り付けは芸術的できれいではあったが、量が極端に少ない。ミスター苺はサーモンをたった三口で食べ終わってしまい、まるで満足してない表情。「足りないならもうひとつ注文すれば?ひとつでもふたつでも値段は一緒なんだし、、」というと「そんな下品な真似ができるか」と立腹顔。船長の乾杯の挨拶もどこへやら、苺夫婦はかなり不満足でレストランを出た。

夕飯の後もミスター苺はおなかがすいたままだった。夜零時近くになって私は私が仕事で乗る船では夜遅く夜勤のひとたちのためにミッドレップと呼ばれる食事が出るよ、という話をしていたらミスター苺が、もしかしてこの船でも夜食がでるかもしれない、第9デッキのブッフェに行ってみようと行ってみると案の定ピザとパスタがあった。しかもパスタはその場で麺をゆでソースをあたためてくれるようになっていた。ミスター苺は大喜びでピザを三切れも食べた後、大盛りミートソースを平らげてしまった。「ああ満足」とおなかをかかえるミスター苺。

どうしてフォーマルディナーの夜がピザとミートソースで幕を降ろすのか、やっぱうちら夫婦は庶人的だ。

October 9, 2007, 現時間 5:40 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 7, 2007

いざアラスカへ、豪華客船の旅 その1

下記は2007年の9月上旬、カカシとミスター苺が行ったアラスカ旅行の旅行記です。

我々夫婦が選んだツアーはホーランドアメリカというオランダ本社のクルーズツアーで、船名はノールダム。

日曜日にシアトルを出発してグレイシャーベイ・ジュノー・シトカ・ケチカン・ビクトリア(カナダ)を巡って次に日曜日のシアトルに帰ってくるという日程。

日曜日、シアトル出港

シアトル空港からタクシーで船着き場まで行くと、港には大きな客船が二隻停泊していた。タクシーをおりると赤帽さんがそそくさと我々の荷物に荷札をつけはじめた。自分で重たい荷物を担ぎながらの乗船に慣れているカカシはちょっと戸惑ってしまった。同じ船の旅とはいえ、軍艦と客船ではなにもかも月とスッポン。船のサイズからお酒や食べ物から客船は本当にすばらしいが、なんといっても感激するのがこのきめ細かいサービスだ。

乗船手続きをする以前からいくつか並ぶテーブルでワイン券、カクテル券、ソーダ券などが販売されており、あらかじめ前払いしておけば船の中でいちいちお金を払わなくて済むようになっている。もっとも飲みきれないほど券を買ってしまうと最後に朝からワインを飲んだりして問題なのだが、ま、その話はまた後でしょう。また、持ってくるのを忘れた乗客のために、望遠鏡や日焼け帽子などが売られていた。カカシはミスター苺に「乗る前からお金をどんどん使えるようになっているね」とささやいたほど。

さて乗船手続きをすませていざ乗船していみると、第一デックのロビーは高級ホテルそのもの。吹き抜けのロビーは三階まで続いており、真ん中にねじ曲がった不思議な形のシャンデリアがぶら下がっていた。通された船室は団体部屋の三段ベッドで寝返りもできないほど狭いベッドになれているカカシには信じられないほどゆったりとしていた。部屋のなかには冷えたシャンパンがおかれており、チョコレートにくるまった苺が備え付けてあった。

身の回りの世話をしてくれるスチュワードは皆フィリピン人で、あんまり色々やってくれるので私はなんだか悪くなってしまい、「掃除は一日一回でいいよ」と言ったのが、「仕事ですから」とすんなり断られてしまった。どうも庶民のカカシには上流社会のしきたりはあわないようだ。

最初の目的地であるアラスカのグレーシャーベイに着く火曜日までは、特に何もすることはないので、ミスター苺と私は船の中を色々歩き回って探索することにした。船は水の上に出ている部分だけで10階(デッキ)もあり、第一から第三までのデッキには図書館、ギフトショップ、ヘルススパ、メインダイニングルームなどがあり、どこの階だか忘れたがカジノまであった。水泳プールも野外と室内の両方あり、ジャクジーと呼ばれる露天風呂もプールにふたつかみっつづつ着いていた。

カクテルバーが船の至る所にあり、どこに座っていても必ずパーサーが飲み物の注文をとりにくる。食事は時間帯によって出るものが違うが、その気になれば一日中食べていることができる。部屋にいてもルームサービスもすべて最初の値段に含まれている。だから調子に乗って飲んだり食べたりしていると大変なことになる。しかし、このクルーズの乗客は平均年齢が60歳くらいで、40代のなんてのはまだまだ若い部類なので、多くの乗客はゆっくり座ったまま景色を楽しむという時間の過ごし方をしていた。

苺夫婦は最初の晩は展望の出来る最上階のバーでゆっくり過ごすことにした。いってみると広いダンスフロアのあるナイトクラブには従業員はわんさかいるのにお客が一人も来ていなかった。考えてみれば乗客のほとんどはシアトルまでそれぞれ遠いところから旅をしてきたひとたちばかりだ。我々は南カリフォルニアなのでシアトルまでの旅行時間はたったの二時間程度。しかし上記のリンクでも分かるように、日本からシアトルまで来て、そこから船に乗ってくる乗客もいるくらいで、最初の晩は皆疲労困憊だろう。乗客の年齢を考えるとナイトクラブでどんちゃん騒ぎをする体力はちょっとないのかもしれない。

ナイトクラブにつとめるフィリピン人のウエイトレスはこの晩私たちの名前を覚えて以来、一週間全く私たちの名前を忘れなかった。繰り返すが船上でのサービスは並大抵のものではない。しかし感謝の気持ちを表そうにもスチュワードやウエイトレスにチップを渡そうとしても断られてしまった。いったいチップの規則はどうなっているのだろう?

ま、いいか。まだ旅は始まったばかり。後でゆっくりフロントにでも聞くことにしよう。ミスター苺は誰もいないクラブで踊るきはしないというし、今夜は二人でゆっくりバーで飲もう。でも明日の晩は踊ろうねミスター苺。覚悟しといてね。

October 7, 2007, 現時間 5:00 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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弁護士つきで戦争やるの?戦闘をいちいち戦犯扱いする米軍将軍たち

私がこのブログを書き始めたころにハディーサでおきた海兵隊による民間人殺害が戦犯だったかどうかという事件について、すでに容疑者の何人もが続けて不起訴になったことはここでも何度か書いてきたとおりである。審査官の話ではハディーサでの海兵隊の行為は正当な軍事行為であり、犯罪は起きていないという結論が出ているくらいだ。

しかし裁判沙汰になって不起訴だの無罪だのという結果が出てみても、容疑者となっていた兵士らは一年半近くも犯罪容疑者として正規の軍人としての任務もはたせず、弁護にかかる費用のみならず、本人や家族らの心労はどのようなものか計り知れない。この無実の罪を着せられた兵士らだけでなく、このような裁判はアメリカ軍全体の行動に非常な悪影響を与えるものだ。

生きるか死ぬかのとっさの判断が必要なときに、自分の戦闘行為がいちいち刑事犯罪として罪に問われるかもしれないなどと考えて、どうやって軍人が任務を全うできるというのだ?これは捕虜を拷問したとか、罪のない婦女子を暴行したとかいう誰が見ても明らかに犯罪だとわかるような行為ではないのである。弾が飛んでくるほうへ反撃したとか、死んだふりをしているテロリストが動いたので撃ち殺したとか、戦場ではごく普通におきる状況なのである。

フォックスニュースでハント大佐(退役)がこのことについてかんかんに怒っているので今日はそれを紹介しよう。

我が将軍たちは兵士を裏切っている、まただぜ!

おっと失礼、しかし読者諸君の注意を引く必要があったのだ。アフガニスタンにしろイラクにしろ、米陸軍は(リベラルメディアやビルクリントンや議会ではない)そうアメリカ合衆国の軍隊がだ、任務を遂行している兵士たちを起訴しているのだ。我輩は叫んだり、汚い言葉でののしってみたり、ユーモアをつかってみたりして抗議してきたが梨の礫だ。読者諸君は私を信じないか、気に留めてないかのどちらかなのだろう。

...特別部隊の有能な陸軍兵が彼らのチームと共にアフガニスタンでも10の指にはいるお尋ねものの居所をつきとめた。特別部隊の兵士たちは悪いやつらを捕らえて殺せという忌み嫌われている戦闘規則に従って爆弾つくりの専門家テロリストとそのリーダーを追い詰めていた。隊員たちは殺し屋たちを隠れ家まで付けていき、さまざまなトリックを使って悪者たちを穴から外へおびき出し、頭に銃弾を打ち込んでやった。

完璧な任務遂行だった。「ようやらはりましたな」とハイファイブして「休暇でももろうて、次の任務に備えておくれやす」とねぎらいの言葉もあらばこそ、陸軍がどうやって特別部隊の兵士らに感謝の意を表したかといえば、なんと彼らを戦犯の容疑で取調べをはじめ、弁護費に何千ドルという金を使わせたのである。

テロリストたちが最初に殺されたとき、陸軍は勇者中の勇者である彼らを二度も捜査した。しかしどちらの捜査も必要なかった。捜査の結果彼らは何も悪いことはしていない無実であることが判明したのだ。今やわれわれは何をするにもおっかなびっくり、政治的に正しくあることに神経質になりすぎて戦闘をまるで警察の射撃のように扱っている。この偉大なる国のほとんどの都市では警察官は銃を撃つたびに、かならず上から取り調べを受けることになっている。警察官は上司を信頼することができずに 常におびえながら仕事をする状況にいい加減嫌気がさしている。しかし少なくとも彼らがいるのは一応平和な都市だ、戦場ではない。

我々の将軍たちは陸軍にしろ海兵隊にしろ、部下たちのことより自分らのキャリアと名声だけが先行している。海兵隊など隊員たちがテロリストを殺したこといってはやたらに起訴のしすぎだ。陸軍にいたっては、まったく陸軍では(味方による誤射によって死亡した)パット・ティルマンやアル・グレーブの醜態といった責任問題による軍法会議の件がある。

イラクでも同じようなものだ。陸軍は「ナム」でされた「おとり」を再発見した。これは弾薬だの爆発物の材料の一部だのを放置しておいて、それを盗みにきた敵を撃ち殺すという方法だ。我々は爆発性の銃弾をアルカエダ連中用に置いておいた。これを使えば銃のなかで爆発するしかけになっているのだ。ベトナム当時にも効果的だったように現在でも効果的なやりかただ。しかしなんと陸軍は任務を遂行しているだけの狙撃兵を裁判にかけているのである。 戦闘規則はきちんと従われたにもかかわらず、わが将軍どもはここでも我らが兵士らよりも自分らのキャリアを先行させようとしているのだからあきれる。このような不信感は軍隊の根本を揺るがすものだ。このような行為は兵士らやその部下たちをためらわせる。こんな戦い方をしていて勝利は望めない。

我々はこういう将軍連中こそ、まずラミーの尻馬に乗ったということ、そして同じように重大なことだが、自分らの兵士らを信用していないという罪で、裁判にかけるべきだ。少なくとも既述の事件のように兵士を起訴して彼らの無実がはっきりした場合には起訴した将軍どもが豚箱送りになるべきだ。残念なことに、こうした裁判のあと、兵士らのキャリアのみならず人生は破壊されてしまう。弁護費にかかった莫大な借金の返済で首がまわらなくなる兵士らをよそに、起訴した将軍どもは昇格される。

彼らが指揮をとるはずの兵士たちはこんな将軍の面汚したちにはもったいない。我々は国として第二次世界大戦当初に何百人という高位将校らを職務不行き届きで首にしたマーシャルみたいなやつが必要だ。とっくにやめさえられるべき高位将軍が多くいる今こそ、マーシャルが必要なのだ。

ハディーサ事件当時、海兵隊のひとりから、「今後は弁護士つきで戦闘に赴かなければならないな。」と冗談交じりに言われたことがある。まったく本当だ。アメリカ人から訓練を受けているイラク兵たちは、よくアメリカ兵がパトロール中に怪しげな一般市民を取り調べるときに非常に神経質に気を使っているのをみてあきれているという話を何度もきいたことがある。特に女性の容疑者への取調べはわざわざ女性兵士を呼び出すという気の使いようで、女性蔑視の傾向があるイラクでは考えられないようだ。

米軍は地元市民の気分を害さないようにとか、人権を大切にしたいとかいう気持ちが先走って、実際にそれが戦地で適切な行為であるのかという現実的な解決策を考えていない。

アメリカ軍隊をよく知らない人々は、アメリカ軍は政治的に正しい行為などということに気を使うとは思っていない。それどころか、軍人はぶっきらぼうで無作法で人権など無視しまくってイラクでも無差別殺人をしているという印象を持っている人が多いことだろう。だが実際には軍隊ほど人権問題だの差別意識だの女性蔑視だので攻撃されることに被害妄想なほど神経質になっている組織も少ない。

たとえば、私は民間人の女性として軍人と接することが多いのだが、男性兵士が私を軍事施設のどこかへ案内した場合、もしもその部屋に他に女性がいなかったらドアは必ず開けっ放しにされる。一度あまりにも風がひどく開け放されたドアがばたばたとうるさいので、「ドアを閉めてくれ」と頼んだが、若い男性の兵士は自分でドアを抑えながら、絶対に閉めようとはしなかった。これは軍人でない女性と密室で二人きりになって何か悪さをしたという疑いをかけられないための用心なのである。また基地内で自分の机の上にビキニ姿の女性の写真がついた卓上カレンダーを置いていた民間人従業員は上司からしかられたという話を聞いたことがる。これは小さなカレンダーで、その机のまん前で注意深く覗き込まなければ気がつかないほどのものだったのにもかかわらず、回りの女性に不快感を与えるといって取り除くようにといわれたというのだ。だが彼の周りい女性の従業員などいなかった。

またフィリピンの密林で勤務するむさくるしい野郎ばかりの隊の連中が、ハードコアのポルノビデオをみていたら、上司からポルノは今後一切禁止と言い渡されたという話もきいたことがある。隊員たちは地元娼婦との交渉も厳禁されており、そのうえにポルノ映画をみてもいけないというのだから、いったい上部の人間は兵士らを何だと思っているのだと聞きたくなる。命がけの仕事をしている隊員たちがせめて気分転換にポルノ映画をみたからといって何だというのだ。この隊に女性がいるわけじゃなし。

政治的に正しくあろうという態度が講じて、軍隊が戦争をしにくい場所になっているとしたらこれは非常に問題だ。ポルノがみられるどうのこうのの問題ではない。生きるか死ぬかの問題なのである。これは兵士らだけの問題ではない。兵士らが裁判を恐れて必要な戦闘を避ければ、兵士らの命のみならず、いずれはアメリカ国民全体の命にかかわることになるのである。

October 7, 2007, 現時間 12:28 AM | コメント (3) | トラックバック (4)

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日付け → →October 5, 2007

ピグミーとイグアナ、空港セキュリティーを無事通過!

私はここ数週間の間で飛行機での旅は何回しただろう。ロスとシアトル間を往復。ロスから成田、羽田から長崎、長崎から名古屋、名古屋から成田、成田からサンフランシスコ、サンフランシスコからハワイ、ハワイからロサンゼルス、、、なんだか何処にいるのか今何時なのかさっぱりわからなくなってきた。

このように空の旅が続くと、なんといってもセキュリティーを通り抜けるのもカカシはすでにプロ。歯磨きのチューブも、コンタクトの液体も、すべて規定の大きさでビニール袋に入れてあるし。ライターは持ち込まないしカッターナイフは郵送しておいた。パソコンも鞄からだして靴も上着も脱いでポケットには乗車券以外はなにもはいっていない。だから通過は非常に簡単。

私のような善良なビジネスウーマンがこのような努力をしているというのに、実はこれは先月おきたことなのだが、生きたピグミー猿を隠し持って空港のセキュリティーを二回も無事通過した人がいるという話を今日読んでびっくり。これはCBSテレビの報道より

火曜日の午後ペルーからニューヨークのラグアディア空港に到着したスピリット航空の便の乗客がアメリカに猿を隠し持って搭乗し、機内で放していたことを(CBS) NEW YORK CBS 2 HDは学んだ。

当局の話では猿はピグミーマーモセットで、ペルーのリマ出身の男性の持ち物であったという。男性はリマの街頭で猿を買ったと話ている。

猿は背丈30センチもない小さいが、男性はこの猿を隠し持ったまま、ペルーからフロリダのフォートローダーデール(Fort Lauderdale)、そしてフロリダからニューヨークの便と二つもセキュリティーを通過していたにも拘わらず、警備員はどちらでも発見できなかったというのだから驚いてしまう。

それが何故みつかったのかというと、乗客が男性のポニーテールにしがみついている猿を目撃し、乗務員にしらせたのがきっかけで解ったと言うのだからしょうがない。ラグアディア空港で待っていた警察に男性は取り押さえられ猿は保護されたが、男性は動物を持って帰るのが違法だとは知らなかったと述べたと言うが、どうも疑わしいな。

もちろんここで問題になるのは、どうやってこの男性が二つのセキュリティーチェックをまったく察知されずに通過したのかということと、もうひとつは猿が持っているかもしれない伝染病に周りの人たちが感染したかどうかということだ。

交通警備当局の話では猿があまりにもちいさかったため、警備員は気がつかなかったと言っているが、この間規定よりちょっと大きめの歯磨き粉を持っていて没収されたミスター苺にいわせると、なんで生きた動物に気がつかないで歯磨き粉なんかには気がつくんだ!ってなとこだろう。

ところで、生きた動物を密輸入しようとする人間は結構いるらしい。これはほんの数日前に裁判が行われた出来事だが、カリフォルニアの男性が擬足にイグアナを隠して密輸しようとしたのが見つかっている。

フィジィ島の自然公園から三匹のイグアナを盗んだ男が、自分の擬足にイグアナを隠して密輸入しようとしてつかまった。 男の名はジェレーム・ジェームス33歳でロングビーチ在住。これは連邦法に触れるらしく、有罪になれば最高5年間の禁固刑の処せられる深刻な犯罪。

イグアナは絶滅の危機にさらされてるとかで、輸出入は禁じられているが、ジェームスは闇で三匹のイグアナを3万2千ドルで売ったという。

この間もセーターの中にイグアナを隠して空港のセキュリティーを通過しようとした女性が、セーターの中からイグアナが首を出して御用となったという話をきいたのだが、ちょっと記事が見つからない。このほかにもワニの赤ちゃんとか蛇とか珍動物がこういう形で密輸入されるケースが結構あると私はきいたことがある。

まったく世の中には不思議な商売が横行するものだ。

October 5, 2007, 現時間 12:02 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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日付け → →October 3, 2007

イラク戦争、戦死者の数はここ14か月で最低に減る!

イラクにおけるアメリカ軍兵の戦死者が減っているとAFPが報道している。

2007年9月のアメリカ軍戦死者の数は70名と、去年の7月の月平均で最低の数となったとペンタゴンは発表している。この数値はここ4か月に渡る連続減少であり、今年で一番高かった5月の121人、6月の93人、7月の82人、8月の79人、と減る傾向が見えている。

「明らかにこの傾向は正しい方向へ向かってます。」とアメリカ軍報道官のマーク・フォックス少将はバグダッドの記者会見で語った。

「増派は文句抜きでより多くの場所に同時に多くの勢力が行動できることが可能となり、アルカエダや過激派から温床や聖域を拒絶することができるようになりました。」

これまでで戦死者の数が一番多かったのは2004年の11月の137人で、米軍の率いる連合軍がファルージャを攻撃した月であるが、死者137人のうち何と126人までもが戦闘で戦死した。次に多かったのはイラク戦争が激化し始めた2004年の4月の135人だった。

一般に増派と呼ばれているが、実際にはCOINと呼ばれるべき現在のアメリカ軍の対反乱軍作戦は、その成功の尺度は民間人と味方軍の犠牲者の数がどのように減少するかにかかっている。COINの成功を一般の正規軍同士の戦争のようには解釈出来ない理由は、テロリストやゲリラは正規軍のような戦い方をしないからだ。特にイスラム教反乱分子は影の政府を設立するでもなく、地元市民に取り入っていわゆるハートアンドマインド(心と魂)を勝ち取ろうという努力すらしない。彼らがすることといったらやたらめったらに市街地へ攻め入り、不特定多数の市民を殺しまくるだけだ。

テロリストは主に市民を攻撃するが、時々味方軍を攻撃する時でもパトロール中を待ち伏せするやり方を好む。面と向かっての突撃では勝ち目は無いからである。これはアフガニスタンのタリバンがNATO軍に正面からの攻撃をしては大惨敗をとげていることがよく物語っている。であるからテロリストが生き残るためには小さくてもいいから連続的な「勝利」を必要とする。なぜなら勝たなければ地元市民からの援助も新しいメンバーの勧誘も今のメンバーの士気を保つこともうまくいかなくなるからである。だからテロリストが勢力を保つためにはなんとしても目立った大量殺人を続けなければならないのである。

テロリストと戦っている側がテロリストによる勝利を阻止すればするほど市民やCOIN軍の犠牲は減る。これが続くと次の二つのことが起きると、最近専門書を読んだミスター苺は説明する。

  • 一部の市民は反乱分子への支持を考え直し始め、次第に積極的な援助をしなくなる。そして対反乱分子軍のほうに協力し始める。
  • 反乱分子そのものもだんだんと恐怖と飽きもあって、地元市民に紛れ込んだりそれが不可能な場合には外国へ逃げたりする。(イランに逃げ帰った白豚サドルがいい例である。)

というわけだから、イラクで市民や味方軍の犠牲者の数が減っているのは、COIN作戦が成功している証拠なのだ。なぜならこの作戦がうまくいっていれば当初の激しい戦争で味方軍の戦死者が一旦増えた後は、どんどん減るというのが予測されていたからである。

iCasualtiesによるとイラク市民の死者数 は9月で746人、2006年2月から最低の数。なんと今年の2月から比べてイラク市民の死者数は75%も減っているのだ!

ミスター苺がこの傾向をグラフにしてくれているので、下記を参照いただきたい。このグラフには8月14日のヤズィーズ爆破は含まれていない。それはあの爆破はCOIN作戦の行われていない僻地での出来事だったからである。緑が連合軍、赤が全体。



Iraq insurgency killings 2007

このグラフを見れば犠牲者減少の傾向は明らかである。まさにCOIN作戦は計画通りの大成功を遂げているのだ! つまり、今後なにか特別な変化でもない限り、イラク戦争はアメリカ軍にとってもイラク民主主義にとっても文句無く勝利は約束されたのである。無論まだまだ戦闘は続くし、今後の後片付けにも連合軍にもイラク市民にも犠牲は出るだろう。だが、もう結果は決まったのだ。我々の勝利は間違いない。

October 3, 2007, 現時間 5:05 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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