日付け → →September 29, 2006

公開された米機密報告書、本当の内容はいかに?

この間漏えいされたイラクに関する情報をまとめた機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部が昨日公開された。漏えい記事を書いたニューヨークタイムスは、この報告書がいかにもイラク戦争が世界をより危険にさせたと結論付けたように書いていたが、実際の結論はもっと微妙なニュアンスがある結論になっている。だが書類が公表された今でも反戦派はこの当初の報道の結論を引き合いにだし、まだ執拗にイラク戦争のせいで危険が増加したとの姿勢を崩さない。

ではいったいNIEの本当の内容とはどういうものだったのだろうか。CNNの記事を読みながら分析してみよう。

NIEは今年4月、イラク・アルカイダ機構のザルカウィ容疑者が米軍の攻撃で死亡する数週間前に発行された。国家情報長官のサイトに掲載されたNIEの要点によると、「聖戦活動」が拡散し、反米組織が各地に設立されるなか、イスラム過激派は国際テロ対策に順応しつつある。聖戦活動は世界戦略を欠いているものの、新たなテロ組織が出現する可能性が高いため、聖戦組織を捜索し弱体化させるのは一層困難となっている。

この間アフガニスタンのアルカエダ本部からザルカーウィ宛の手紙が公開された。それによると、本部はザルカーウィのやり方にかなり不満を持っており、ザルカーウィの乱暴なやり方ががスンニ派やバース残党などを遠ざけていると批判しているものだった。つまり、アルカエダはイラクというアフガニスタンからは比較的近くにある組織ですらも思うようにコントロールすることができなかったのである。ザルカーウィは自分をアルカエダからの直接な指揮下にあると考えていなかった証拠だ。ということは指揮者もはっきりしない、小さな組織が世界中に拡散するということはその勢力も拡散し効果も半減するということだ。

米国主導のイラク戦争は、聖戦に関与している勢力にとって「関心の的」であり、米国のイスラム社会への介入に対する深い怨恨とともに「世界的な聖戦運動の支持者を育成する」結果を生んでいる。イラクの聖戦活動家らが成功を収めたと認識された場合、過激思想はエスカレートする恐れがあるが、失敗したとみなされた場合、聖戦活動を継続する活動家は減少する見通し。

さてここが非常に大事な点だ。これはこの間ブッシュ大統領がいっていた通り、イラクでの勝敗が今後のテロリストの士気に多いに影響があるということである。たとえイラク戦争がアメリカへの怨恨により聖戦運動家を増やしたとしても、イラクでテロリストが負ければアルカエダへの勧誘はうまくいかなくなり、戦争に関わった人々も国へかえって恥さらしなテロ活動はしないだろうということなのだ。ということは今すぐイラクから撤退するということは対テロ戦争において完全な命取りになるということだ。

NIEは、米国主導のテロ対策がアルカイダの指導者らや活動に「重大な打撃」を与えたとする一方、アルカイダが米国にとって依然最大の脅威であると位置づけている。また、聖戦への関与を自称するイスラム教徒の増加傾向が続いた場合、米国内外の権益に対する危険が多様化し、世界各地で攻撃が増加するとの見通しを示している。

え? なんだって、『米国主導のテロ対策がアルカイダの指導者らや活動に「重大な打撃」を与えた』?こんな大事な部分がニューヨークタイムスの記事には載っていなかったとは、これはいかに。先日新しくイラクのアルカエダのリーダーとなったAbu Hamza al-Muhajir 別名Abu Ayyub al-Masri, がイラクでは4000人の聖戦者が殉教したと発表した。(The Belmont Clubより)アメリカ軍は正確な数を発表していないが、実際の数はその倍に近いだろうということである。

イラク戦争によって聖戦活動家、ジハーディストが増えたというなら、我々が殺している中から次から次へと生まれたということになるが、経験ある戦士が次々と死んだり捕まったりしているのに、入れ替わった新しい戦士らがより強力な勢力になるとは考えにくい。

聖戦活動の拡散を容易にする原因として挙げられているのは、▽汚職や不正、西側諸国による支配への恐怖といった根強い不満▽イラク国内の聖戦▽イスラム各国における経済・社会・政治改革の滞り▽イスラム教徒の間にまん延する反米感情──の4つ。事態解決にはアルカイダ指導者の拘束や殺害以上の方策が求められているが、アルカイダがオサマ・ビンラディン容疑者やザワヒリ容疑者といった大物を失った場合、小さなグループに分裂する恐れがある。

イスラム過激派によるテロの激化を食い止める方法としては、聖戦活動家らが掲げる過激なイデオロギーの公表や、尊敬を集めているイスラム聖職者を通じたテロ非難などがある。聖戦活動家らによる大量破壊兵器の入手や、インターネットを通じた通信やプロパガンダ活動、人員募集、訓練、各種支援の取得を阻止する必要もあるという。

アメリカの各情報部が集まって作った報告書にしてはずいぶんありふれた分析だ。イスラム過激派との戦いは戦場だけでなく、諜報と情報操作にも大いに力を入れなければならない。だからこそアルカエダのザワヒリが今日も今日とてビデオでせっせと勧誘運動を行っているのである。

ブッシュ米大統領はアルカイダの拡散を指摘したNIEに同意する一方、イラク戦争によって米国が安全でなくなったとする解釈を拒否する姿勢を示した。大統領はまた、海外のテロリストを打倒することが米国を守る最善の方法だと強調した。

まさしくその通りだ。この報告書で一番大切な結論は、今すぐイラク撤退などという愚かなことをしてはいけない、イラク戦争には断じて勝たねばならない、ということだ。実際の報告書の内容は最初に漏えいされた内容とはかなりくい違うものであったことが読者の皆様にもよくお分かり頂けたと思う。

やはり中間選挙に向けて民主党がより優勢になるよう計算づくの漏えいだったのだろう。だが、ブッシュ大統領が中身を素早く公開してしまったため、「切り捨て遁走」を唱えている民主党にとって、かえってこれは逆効果になってしまったのではないだろうか。

関連ブログ記事:

「イラク戦争の勝利が決め手」ブッシュの反撃記者会見!

イラク戦争はテロを悪化させたのか?

September 29, 2006, 現時間 10:40 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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イスラム過激派におびえるヨーロッパ

English readers: scroll down for an English-language translation of this post...

昨日ドイツのオペラ座がイスラム過激派の脅迫に屈して、モーツァルトのオペラ上演を中止した話をしたが、ここ数年、欧州におけるイスラム教過激派による横暴は目に余るようになってきている。

先ずはおふらんすの話題から:

この間法王の何気ない演説で逆切れしたイスラム教徒が世界中で暴動を起こしてカトリック尼僧とボディーガードを殺した事件があったばかりだが、それについてイスラム教の暴力の元凶はコーランの教えにあるのではないだろうかという記事を書いたフランスの大学教授が命を狙われ身を潜めなければならなくなった。

この教授の名前はロバート·レデカー(Robert Redeker)。彼の書いた記事の英語訳はle eXtreme-centreで読むことが出来る。(以下一部抜粋)

自由社会はどのようにイスラムの脅迫に対応すべきか?

ベネディクト16代法王によるイスラムと暴力の分析に対するイスラム教徒の反応は、イスラム教徒がイスラム諸国では存在しない西洋が一番貴重に思う価値、言論と思想の自由を封じ込めようとしたことで顕著となった。

イスラムはその規則をヨーロッパに強要しようとしている。公共水泳プールにおいて女子専用の時間をもうけたり、宗教をいいわけに学校の給食でもモスレムの子供たち専用の特別なメニューを要求したり、学校でベールをかぶる規則を強要しようとしたり、自由主義をイスラム恐怖症などと責めたりしている。

パリの浜辺でTバックのビキニを禁止することをどう説明するのか? その理由は「平穏を脅かす」危険という摩訶不思議なものである。欲求不満の若者が美女の姿に侮辱を受け暴力に走るという意味だろうか。それとも当局はイスラム教道徳警察のデモにおびえているせいだろうか?

しかし公共の道路でベールをかぶらせるということのほうが、よっぽども公共の平穏を脅かすことにある。なぜなら女性への弾圧だという苦情を招くからだ。このTバック禁止はフランスのイスラム過敏症の現れである。イスラム横暴への降参と服従ともいえるのだ。 少なくとも精神的なイスラム教徒の圧力 の結果である。ジョンポール2世広場の建設に抗議した人々もモスクの建設には反対できない。イスラムはヨーロッパを彼等の理想に服従させようとしているのである。

残念なことに、これだけのことを書いていたレデカー教授にも、フランスのイスラム教徒のがどれほど過激であるかその理解力が足りなかったようである。

レデカー教授は哲学の教授だが、イスラムに批判的な記事を書いてからというものインターネットに教授の顔写真、住所や電話番号はもちろんのこと、自宅付近の地図や勤め先に学校の連絡先なども公開され、こいつの首を切れとでかでかと暗殺命令が載せられてしまったのだという。24時間の警察警護の世話になりながら、各地を点々としている教授は自由社会のフランスにおいて言論の自由が保証されずにホームレスになってしまったと友人に手紙を書いている。

記事の載ったLe Figaroの編集長Pierre Rousselin氏はアルジェジーラ紙で謝罪を発表した。エジプトを含む数カ国のイスラム諸国Le Figaroの販売禁止が起きたからである。Rousselin氏は、記事を掲載したの紙の誤りであった。内容は当新聞の意見ではないと平身低頭の謝罪ぶりだ。

勤め先の教育委員会もイスラム教過激派の報復を恐れて教授を全く援助してくれていないという。教授は学校へもいかれず、予定されていた講演会もすべてキャンセルせざるおえなくなった。

ベルギーの暴動:

数日前に拘留中のモロッコ人の囚人が不審な死を遂げたことで、囚人が毒を盛られたという噂がたち、ラマダンで腹をすかせて欲求不満のイスラム教徒らがブルッセルの町中にくり出して壊す燃やす騒ぐの暴動をすでに三日も続けている。付近の商店街は火炎瓶を投げられるなどして大被害を受けている。Gate of Vienaより

しかしアメリカの主流メディアではロイターが一度取り上げただけで、この大事件はほとんど報道されていない。加害者がイスラム教徒である犯罪は、報道そのものがイスラム教徒への配慮から遠慮がちになるようである。
ブルッセルの新聞によると、政府は暴徒の気分をしずめるため一旦逮捕した暴徒を数人釈放したという。これではベルギー政府は地元のイスラム教徒らに、気に入らない時は騒ぎさえすれば何でも思いどおりになると教えたようなものではないか。なんという腰抜けぶりだろう。

最後にアイルランド移民で始まったオーストラリアの場合だが、さすがオージーの反応は北半球の欧州とは対照的だ。

下記は前出のGate of Vienaに寄せられた豪州のある女性からのメールだ。オーストラリアもアメリカと同じように移民で出来た国である。最初はアイルランドの受刑者の島流しの行く先となっていたが、後にはヨーロッパからの冒険家などによってどんどん人口は増えていった。1960年代から1970年代はベトナムからの難民がとっと押し寄せたが、彼等は働き者で地元の文化を尊敬し自然と国に溶け込んだ。1970年代後半から80年代に訪れたレバノンからのキリスト教徒らも、短期間のうちにオージーへと変身した。

しかし1980年代中頃からやってきたレバノン、シリア、パレスチナのアラブ人たちは全く質が悪かった。彼等は親戚一同で移民してきて、メルボルーン郊外で第二次世界大戦の退役軍人らの家族の隠居地となっていた住宅街を含め、あちこちの町々で住宅を買いあさりはじめた。自分の欲しい住宅があるとペットを殺したり、ゴミを庭に捨てたり、家主にやくざまがいの嫌がらせをしておびえたお年寄りに二束三文で家を売らせて追い出したというのである。そしてあっというまにオーストラリアの郊外がアラブ社会へと化してしまったという。

そうなるとレバノンの暴力団らによって凶悪な犯罪が頻発し、車の窃盗はおろか、殺人、幼い少女への連続強姦などが相次いだ。

いまやオーストラリア全体の二千万人の人口のうち、イスラム教徒の人口は30万におよぶという。そのうち比較的穏健なアジア系の10万をのぞくと悪質な20万というアラブ系過激派が残るという。彼等は数はまだ少ないが、彼等の過敏な感情を満たすため、周りの社会に彼等に迎合するよう要求する。

幸いなことに、オーストラリアではほとんどの人たちがこの要求に耳を傾けていません。オーストラリアの政治的に正しい多様文化主義の人々の堪忍袋の緒が切れたのは、2001年にタンパにおいて沈みかえた船からノルウェーの船に救出された違法移民たちが救援船を乗っ取って船長を脅迫し、オーストラリア領へ上陸しようとした時です。

オーストラリアは特別部隊を送り込み上陸を阻止した。ジョンハワードは雪崩勝利で当選。ハワードは移民法を改正し、イスラム教徒による違法入国は停止しました。

と、投稿者は語る。その後何年かたってから、オランダ、デンマーク、スイス、スエーデンなどもイスラム教移民の入国をかなり規制するようになった。だが、解き既に遅しという観もしないではない。

テロリストと戦うことによって社会がより危険になるなどという人々にお聞きしたい。欧州政府はことあるごとにイスラム過激派の要求に服従してきたではないか? 彼等に迎合し自らの伝統や文化を彼等にあわせてきたではないか? その結果、欧州は安全になったのか? 欧州は平穏なのか?

去年フランスでもイスラム教暴徒による暴動が何日も続いた。いまだにフランス各地では毎晩のように何百台という乗用車が焼かれているという。大学教授が新聞記事を書いたくらいで命が危険にさらされる。デンマークではたかが一こまマンガで新聞社に爆弾が仕掛けられたり、オランダではイスラム教の女性弾圧を描写した映画を作成した映画監督が日中暗殺されるなど、イラク戦争に参加もしてないこれらの国々においてイスラム教徒らの暴走は甚だしい。イギリスはやっと最近強行手段をとるようになってきたが、、

イスラム過激派に真っ向から立ち向かったオーストラリアやアメリカではこのような問題は起きない。イスラム過激派の攻撃に対して何もしなかったクリントン政権時代のアメリカでは、毎年のようにアメリカ人に対するテロが行われていたが、ブッシュ大統領の指揮で反撃して以来、戦場は別として世界のどこでもアメリカを標的にしたテロは起きていない。(無論アメリカでもテロリストの人権を守れなどと左翼連中がうるさくいうのはヨーロッパと同じだが。)

過激派の過激化をとめるのは、妥協でも迎合でも服従でもない。過激派をとめるのはこちらの反撃のみである。敗北した過激派の士気は落ちる。死んだ過激派はそれ以上過激化されることはない。

~

The following is the English translation of this post. I have changed the wording slightly; it's my article, and I can do what I want!

I have just written about a German opera theater which submitted to the threat from local Muslims and decided not to continue a production of one of Mozart's operas. Over the last few years, Muslim intimidation against Europeans has been growing more extreme.

News from France

We just witnessed a horrific incident: a Muslim man, enraged by an academic speech given by the pope, shot to death a Catholic nun and her bodyguard in Somalia. A French professor of philosophy, Robert Redeker, wrote about the incident, arguing that the violent behavior of Muslims is rooted deep in the Koran itself... and now more Muslim extremists have threatened his life, driving him into hiding.

You can read the English translation of Redeker's article in eXtrem-cetre. Following is an excerpt:

What should the free world do while facing Islamist intimidation?

The reactions caused by Benedict XVI’s analysis of Islam and violence highlight the underhanded maneuver carried out by Islam to stifle what the West values more than anything, and which does not exist in any Moslem country: freedom of thought and expression.

Islam tries to impose its rules on Europe : opening of public swimming pools at certain hours reserved exclusively for women, ban on caricaturing this religion, demands for special diets for Muslim children in school cafeterias, struggle to impose the veil at school, accusations of Islamophobia against free spirits.

How can one explain the ban on the wearing [of] thongs on Paris-Beaches this summer? The reasoning put forth was bizarre: women [wearing] thongs would risk “disturbing the peace”. Did this mean that bands of frustrated youths would become violent while being offended by displays of beauty? Or were the authorities scared of Islamist demonstrations by virtue squads near Paris-Beaches?

However, the authorization of the veil on the street is more disturbing to public peace than wearing a thong, because it invites complaints against the upholding the oppression of women. This ban represents an Islamization of sensibilities in France, a more or less conscious submission to the diktats of Islam. At the very least it is the result of the insidious Muslim pressure on the minds: even those who protested the introduction of a “Jean Paul II Square” in Paris would not be opposed to the construction of mosques. Islam is trying to force Europe to yield to its vision of humanity.

Unfortunately, Professor Redeker who alerted us of Muslim extremism did not realize just how extreme they can be (he should have read his own paper).

After Professor Redeker wrote an article critical of Muslim, his face, address, phone number, a map to his house, and his work place were published on the internet with a message calling on the faithful to cut off his head. He is now under 24 hour police protection, staying with unnamed friends a few days at a time. He has written that he has become homeless in a supposedly free country.

Pierre Rousselin, editor of Le Figaro, the newspaper that published Prof. Redeker's article, apologized in the Arab-Muslim newspaper Al-Jazeera. Why? Because several Muslim countries, including Egypt, banned that issue of Le Figaro. M. Rousselin stated that it was wrong for his newspaper to publish such an article. Prof. Redeker's opinion does not reflect the newspaper's view. Rousselin's apology is filled with humility -- that is, cowardice.

The high school that employed Redeker, and the school district, are not supporting him for fear of Muslim retaliation. The professor cannot even go to school, and he has had to cancel all his lectures.

Riot in Belgium

A few days ago, a Moroccan prisoner died mysteriously in a Belgian prison. Somebody spread the rumor that he was poisoned. That set off hungry Muslims who had been observing Ramadan. They went outside the city of Brussels and set fire to a number of stores; the riot has been going on for the last three days.

According to Gates of Viena, except for the newswire service Reuters -- which reported it once -- the American news media has kept mum about this ongoing violent protest. When it comes to Muslims committing crimes, the American news media finds virtue in silence.

According to the Brussels Journal, the police released those rioters who had initially been apprehended. Belgian authorities therefore demonstrated that they will roll over for threats: all you have to do is to scream, and they will yield. What cowards!

Thunder down under

Finally we come to Australia, a country which was founded by Irish prisoners involuntarily transported to the island-continent against their will, and their families and friends who followed as immigrants. The Aussies' reaction to the problem of Muslim extremism is completely opposite that of Europe.

This e-mail was introduced in the above-linked Gates of Viena:

As the Lebanese civil war continued into the 1980s a new wave of immigrants arrived. Families, clans, almost entire villages from the notorious Bekkhar Valley [in Lebanon], a muslim stronghold with close palestinian and syrian links barely 50km from the Israel border. More than 100,000 migrated to Sydney alone, to unsuspecting multicultural arms. This new population proceeded to occupy a series of suburbs with an aggression and speed I still find breathtaking. In the south-western suburbs of Bankstown, Punchbowl, Lakemba, Lidcombe, among others, a home in a suburban street was bought, then another & another. These suburbs were originally settled by returning Australian soldiers and their families post-WW2, and in the 1980s were largely occupied by older retired people either singly or as elderly couples.

As one home after the other was acquired, it happened that a suggestion would be made: you might like to sell to my brother, my cousin, my uncle, because life might not be so pleasant as it has been. Pets were killed. Rubbish was tipped onto doorsteps of elderly widows. Vandalism was done to houses. And the old people sold their homes to these people for undervalued prices to escape the threat...

There are now, I believe, 300,000 muslims in Australia in a population approaching 20 million. As I understand it, 200,000 in Sydney, the bulk of the rest in Melbourne and Perth. If you subtract the Indonesian and Malay muslims, who are nice people in my experience and come to Australia mainly for education, the ugly face of Islam in my country is Arab Islam....

There are comparatively few of them here, yet there’s still such insistence that we defer to their cranky sensitivities. Happily, hardly anyone in Australia is listening. Patience with the MC/PC [multicultural/politically correct] creed broke down completely after the Tampa hijack in 2001 when hundreds of illegals rescued from a sinking boat by the Norwegian ship committed piracy on the high seas in order to force the captain to land them on Australian territory.

Australia sent SAS troops to repel the landing, John Howard won a landslide election, changed the migration laws and illegal arrivals of muslims have ceased. Nobody bothers now because they know they will be sent to a denuded, bankrupt Pacific Christian island to endure years of legal proceedings. Might as well stay in a nice islamic country such as indonesia or malaysia, eat good food and pray at the local mosque.

Years after the decision by our Prime Minister to refuse entry to uninvited aliens, the Netherlands, Denmark, Switzerland, Sweden have all reversed course. I believe Australia woke up in time. Not sure about Europe, though, less so the UK.

The solution

I would like to ask a question of those of you who argue that, by fighting against terrorists, we make the world more dangerous: what happened to Europe, which has accommodated every crazy, unreasonable demand from these extreme Muslims? Did it make Europe safe? Is Europe peaceful?

  • The riots last year in France by Muslim sons of Algerian immigrants continued for weeks; hundreds of cars were torched every single day. Now, after the riots have "ended," such burnings have dropped to their normal level... of about a hundred cars each day.
  • Also in France, a professor whose only crime was writing an article critical of Islam has lost, if not his life, his ability to live. (This is nothing new... does anybody still remember Salman Rushdie after publishing the Satanic Verses in 1988? He is still in hiding today, eighteen years later.)
  • In Denmark, a newspaper was bombed because of a silly Mohammed cartoon. (Iran then retaliated by holding a "Holocaust cartoon" competition, evidently on the theory that Christians in Denmark were driven to draw cartoons of Mohammed by the Jews of Copenhagen -- all eight or nine of them.)
  • In Holland, a movie director who made a movie about the Muslim abuse of women was assassinated in Amsterdam, shot to death in broad daylight at the corner of Linnaeusstraat and Tweede Oosterparkstraat.

These are all countries which refused to participate in the Iraq war. It made no difference to the extreme Muslims, who killed, bombed, and burnt anyway.

But countries such as the United States and Australia, who deal head on with Muslim extremists, do not face the same problem. During Clinton era, when the United States did nothing to defend itself -- and even went to war against Christians on behalf of Muslims in Bosnia and Kosovo -- the US was attacked by Muslim extremists every single year. Since President George Bush started to fight back, American targets have not been attacked.

Compromise, appeasement, or even obedience and "dhimmitude" will not stop extremism. Standing up to the Islamists and fighting them when necessary is the only way.

If they lose, their morale will suffer, and they will withdraw. In any event, dead extremists cannot become any more extreme.

September 29, 2006, 現時間 7:50 PM | コメント (5) | トラックバック (0)

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日付け → →September 28, 2006

エジプトがハマスにイスラエル兵返還を要請!

キャンプテンエドによると、イスラエルとハマスの間にはいって、人質返還の交渉に当たっていたエジプトはハマスの煮え切らない態度に腹をたて、かなり強い口調でハマスに対して早くイスラエルに人質を返すように要請したようだ。

エジプト政府はハマスのリーダー、Khaled Mashaal にガザの危機を救うために拉致したイスラエル兵、ギラドシャリット兵を即座に返還するよう「強い口調」の手紙を送ったとある。そしてモハメッドアバスとともに統一政府を成立させよとも書かれているようだ。

エジプトが中東を平穏にしたい理由の最たるものは、パレスチナからエジプトへ流れ込む難民問題である。

よくパレスチナとイスラエルの紛争について、パレスチナの貧困をイスラエルのせいにする人がいる。イスラエルが建てている壁をポーランドでユダヤ教を閉じ込めた、ゲットーと同じだという人がいる。だが、そういうひとたちが無視している醜い事実はアラブ諸国によるパレスチナ民族への人種差別である。

パレスチナは境界線をイスラエルだけでなく、エジプトやヨルダンにも接している。パレスチナ市民が生活に困ってもイスラエルへ逃れることはできないとなると、難民の行く先はエジプトとなるわけだ。だがアラブ諸国においてパレスチナ人は下層階級のアラブ人として毛嫌いされている。イスラエルによるパレスチナ弾圧などヨルダンやエジプトによるパレスチナへの弾圧の比ではない。

エジプト人もヨルダン人もパレスチナの過激な思想を忌み嫌っている。パレスチナ人がこれらの国に避難してくることによってこれらの国々でテロ問題が起きるのを彼等は非常に恐れているのだ。

最近エジプト、ヨルダン、そしてクエートなどによって、イスラエルを国として認めようという、いわゆるシオニズム思想がわき上がっている。これは決してこれらの国々がイスラエルに対して親しみを感じてきたという意味ではない。だが長年に渡って幾度となく繰り返された戦争で、さんざんイスラエルにひどい目にあってきたアラブ諸国はもうイスラエルとの戦争はごめんだと考えているのだ。だからこの時期にイランの手下であるヒズボラや、アラブの嫌われ者パレスチナにイスラエルを刺激されるのは迷惑この上ない話なのである。

また中東が不穏になれば、シリアやイランがヒズボラを使って中東全体の侵略へと野心を燃やすことも考慮に入れなければならない。アラブ諸国はペルシャ民族のイランがシリアやレバノンを拠点にアラブ諸国を脅かすことを恐れているのである。

今回のエジプト政府のパレスチナへの強行な姿勢は、その不満と恐れの現れというべきであろう。

September 28, 2006, 現時間 9:10 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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イスラム脅迫に負けたドイツオペラ座の恥

本当にヨーロッパの連中は腰抜けだ。ここ2〜3日欧米で話題になっているのがこのニュース。以下、朝日新聞の記事より。

オペラにムハンマドの切られた首、独で上演中止決定

ベルリンのドイツオペラは26日、11月に上演を予定していたモーツァルトのオペラ「イドメネオ」の公演を中止すると発表した。イスラム教の預言者ムハンマドらの切られた首が出てくる場面があり、地元警察から「イスラム過激派などの反発を受ける危険性がある」と警告を受けたためという。

発表によると、公演はドイツ人のハンス・ノイエンフェルス氏(65)が演出。11月に4回の公演を予定していた。03年の初演時にはムハンマドのほかキリストや仏陀の首が出てくる奇抜な演出に批判が出ていた。今年7月、警察がオペラ側に警告していた。

中止決定に対し、連邦議会与党、キリスト教民主同盟の文化担当議員は「テロリストへの敗北になる」と語り、今後論議を呼びそうだ。

ムハンマドをめぐっては、今年初め欧州の新聞が風刺画を掲載したことにイスラム諸国が反発したほか、ローマ法王ベネディクト16世の発言が波紋を広げたばかり。

例によって朝日の記事は説明不足なのだが、このオペラ、初演は2003年で、決して今さら出てきた新しいものではない。しかも劇中に出てくる切断されたなま首は、モハメッドのものだけでなく、イエスキリスト、お釈迦様、ポセイドンらの首も出てくるのだという。そしてこれらの首はモーツァルトのもともとのオペラとは全く無関係なんだそうだ。

私はモーツァルトのオペラは結構知ってる方だと思っていたのだが、モハメッドのなま首が出てくるオペラなんて知らないなあと考えていたばかりだった。これは演出家ハンス・ノイエンフェルス氏の独自の解釈で種々の宗教を冒涜するのが目的だったらしい。はっきりいってモーツァルトオペラへの冒涜ともいえる。

初演の時はあまりの悪趣味に、観客から罵声が浴びせられ、キリスト教徒や仏教徒からも批判の声があがっていたようだ。だがその時は言論の自由だのなんだの偉そうなことを言って批判を無視していたらしい。ところがイスラム教団体から脅迫状が2〜3届いたら突然脅えてさっさと幕を閉めるこの腰抜けぶり。キリスト教徒や仏教徒は抗議の手紙くらい出すだろうが、まさか殺しにはこない。本当の脅威には立ち向かう勇気がないなら、最初からこんな悪趣味なものを作るべきではなかったのだ。

私は芸能人や芸術家といわれる能無し芸人の偽勇気にはうんざりする。決して暴力を振るわれたり出世の妨げになるような圧力はかかってこないと思う敵には勇ましいことをいい、表現の自由だなんだと言って人々を侮辱しまくるが、本当の危機が迫ってくると勇気などなんのその、表現の自由もあったればこそ、さっさと日っぽを巻いて逃げ隠れする。なんという情けなさだろう。

私はこんな悪趣味のオペラは永久に幕を閉じるべきだと思う。だが、イスラム教の脅迫に怯むくらいならどんな悪趣味のオペラでも永久に上演すべきである。またしてもヨーロッパはくだらないことで我々の勇気を試すはめになった。はた迷惑もこの上ない。

September 28, 2006, 現時間 7:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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「イラク戦争の勝利が決め手」ブッシュの反撃記者会見!

昨日のアメリカ情報機関報告書(NIE)が一部漏えいされ、ニューヨークタイムスなどが、イラク戦争がテロを悪化させたと結論付けていたことに対して、私は色々書こうと思っていたのだが、今朝のブッシュ大統領とアフガニスタンのカルザイ大統領との合同記者会見での発言で私がいいたことをすべて聞いたので、二人の大統領の発言をここでご紹介しよう。一般公開されたNIEの内容については後ほど詳しく報告させていただく。

記者:4月のNIE報告書によれば、イラク戦争が世界中でテロ増発の燃料となったと結論付けられていますが、イラク戦争それでもなおかつイラク戦争のせいでわが国がより安全になったと主張されますか?

ブッシュ大統領:私は無論NIEの判断を読みました。そしてその結論に同意しました。なぜならそれは我々の対アルカエダ作戦が成功したことで、敵は弱体化し孤立したとあったからです。敵がイラク情勢を利用してプロパガンダの道具にし人殺しの仲間を勧誘してるときいても特に驚きません。

人によっては報告書の内容を想像してイラク戦争が間違いだったと書いてあるかのように結論付けましたが、それには全く同意できません。 全く甘い考えだと思います。アメリカ国民を殺そうとしている人々を攻めることがアメリカをより危険な状態にしているなどという考えは間違っています。テロリストたちがイラクで戦っているのには理由があるのです。彼等はイラクの民主化が進むのを阻止しようとしているのです。彼等が同じようにアフガニスタンで民主化が育っていくのを阻止しようとしているように。そして彼等はこれらの戦争を勧誘の道具につかっているのです。なぜなら彼等には何がかかっているかがわかっているからです。その大切さが分かっているからです。彼等はイラクで負けければ何が起きるか知っているのです。

いいですか、我々がイラクに侵攻しなければ過激派が過激な運動に参加する可能性が低かったなどというバラ色のシナリオを考えるのは、過去20年の経験を全く無視してるとしかいえません。9月11日の攻撃当時、私たちはイラクにはいませんでした。何千というテロリストが(カルザイ大統領に向かって)あなたの国の訓練キャンプで訓練を受けていた時、我々はイラクにはいませんでした。1993年に貿易センターへの最初の攻撃があった時我々はイラクにいませんでした。 コールが爆撃された時も、ケニヤとタンザニアが爆破された時も、我々はイラクにいませんでした。我々がイラクに行っていなければ、彼等は何かほかの口実を探したでしょう。なぜなら彼等には野望があるからです。彼等は自分達の目的のためには誰でも殺すのです。

過去にオサマビンラデンは、サマリアを口実に使って彼等の聖戦運動に加わるように説得しました。また時にはイスラエルとパレスチナの紛争を口実にしました。彼等は聖戦運動にとって便利なようにあらゆる勧誘手口を使ってきたのです。

我が政府はどのような手段をつかってでも本土を守り抜きます。 我々はわが国の攻撃を阻止するどのような口実をも使わせません。アメリカを守る最善の手段は外国で殺し屋たちと立ち向かうことによって、本土で立ち向かわなくてもすむようにすることです。我々は敵の嘘やプロパガンダに我々の勝利を左右させるようなことはさせません。

さて、NIEについてですが、この報告書は4月に結論が出ていたものです。しかも結論の資料となったのは今年の2月の終わり現在の情報です。それなのにその発表がいままで延ばされて、この時期、中間選挙を目前にして新聞記事の第一面にでかでかと掲載されたというのは興味深いとは思いませんか? 誰かが 政治的な目的でこの情報を漏えいしたのです。

私は本日情報局(DNI)のジョン·ネグラポンテと話ました。政府が秘密情報が漏れる度に情報を公開するのは決して好ましいことではないのですよ。それをやると良い情報を集めにくくなるわけですからね。長年この仕事についてるひとなら分かるでしょうが。しかしまたしても誰かが大切な情報を漏えいしてしまいました。私はこれは選挙運動中にアメリカ市民を混乱させるための故意の漏えいだと判断します。

ですから、私はDNIにこの書類を一般公開するように命じました。どうぞご自分でお読みください。そして政治的な目的で誰かが敵の性質について混乱させようとしている意見や憶測を止めたいと思います。ですからDNIのネグラポンテに言ってなるべく早く秘密書類の指定からはずしてもらいます。氏が大事な点を公開しますからご自分で読んで判断してください。(略)

カルザイ大統領: 我が兄弟ムシャラフ大統領について語る前に申し上げます。テロリズムは9月11日のずっと前から我々を傷つけていました。大統領がいくつか例をあげられた通りです。これらの過激派勢力はアフガニスタンやその近隣で何年も人々を殺していました。彼等は学校を閉鎖し、聖廟を焼き、子供たちを殺し、ぶどうの房がついたまま、ぶどうを根から引き抜き、国民を貧困と悲惨な目にあわせてきました。

彼等は9月11日にアメリカにやってきました。しかしその前から彼等はあなた方を世界のほかの場所で攻撃してきました。 我々はアフガニスタンで彼等が何者で、どのように我々を傷つけるかを見た目撃者です。あなたがたはニューヨークの目撃者です。お忘れですか、飛行機が突入し、80階や70階から人々が飛び下りたのを。 あんな高いところから飛び下るのがどのようなことだったのか想像できますか? それを誰がやったのですか?  そして彼等に立ち向かう以外にどうやって彼等と戦うのですか、どうやって彼等を取り除くのですか。彼等がまた我々を殺しにくるのを待っていろというのですか? だから我々は世界中でもっと行動しなければならないのです。アフガニスタンで、世界中で彼等過激派とその仲間も一緒に敗北に追いやるまで、

我々の行動がテロリストの行動に影響を与えるのは当たり前だ。だが、だからといってなにもしないという姿勢が得策などであるはずがない。第一、テロリストの反応に踊らされて文明社会がびくびくと脅えながら暮らしていくなど私はまっぴらごめんである。

さてこれについてワシントンポストでロバート·ケーガンが良いことをいってる。(Mike Rossさん紹介)

ケーガン氏は、我々の行動が将来誰かをテロに追い込むとわかっていたとして、我々はどうすべきなのかと問いかける。そういう場合我々は常に行動を自制するべきなのだろうか、それともそのまま行動を進めるべきなのだろうかと。例えば1991年の湾岸戦争後アメリカ軍がサウジに駐留したことでオサマビンラデンがかなり怒ったことはよく知られている。それが彼のアルカエダを使ったアメリカへの攻撃につながったことは確かだろう。だが、だからといって我々はイラクのクエート侵略をみすみす指をくわえて見ているべきだったのだろうか? 1970年代から80年代にかけてアフガニスタンのムジャハディーンがソ連と戦うのを援助したことで、イスラムテロリスト勢力の土台を強化したことも無視できない。

しかしだからといって、これらの我々の行動は間違っていたといえるのだろうか。もし我々がソビエトをアフガニスタンから追い出す手伝いをしなかったら、世の中はより平和だったといえるのだろうか? フセインのクエート侵略を阻止しなかったならばどうだろう。

第一、どの行動が我々をより安全にするかという質問には単に新しいテロリストの数を数えるだけでは答えられないと氏は語る。

私はアメリカの外交が我々の行動がどのように怒りや過激化や暴力を促進するかという恐怖によって左右されることを恐れる。過去にそうであったように、我々が判断する際計算にいれるべきことは、何が我々をそして世界をより安全にするのかしないのか、それだけのはずだ。

ケーガン氏も述べている通り、イラク戦争によって多くの人がテロに走ったからといって、それが世界をより危険な状態にしたと結論付けることはできない。確かにイラクの戦場で経験を積んだテロリストがその技術を生かして自国で悪さをするという可能性はあり得る。だが、イラク戦争で技術を磨いているのはなにもテロリストだけではない。2003年の時点で世界最強といわれたアメリカ軍だが、2006年のアメリカ軍には到底およばないのである。

それにテロリストたちがイラクで成功したなら別だが、イラクで大敗したならば、自国へ帰るまえに多くのテロリストが殺されてしまうということのほかに、失敗した作戦をそのまま持ち帰ってテロを続行するかどうかも疑問である。イラクでの敗北に士気を失うという可能性も十分にあり得る。

単にテロに走る若者が増えたから世の中がより危険になったという考え方はあまりにも短絡的すぎる。もっとも公開された報告書の内容はそんな単純なものではないようだ。

次回は問題の報告書の内容について語りたい。

September 28, 2006, 現時間 12:10 AM | コメント (3) | トラックバック (1)

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日付け → →September 26, 2006

イラク戦争はテロを悪化させたのか?

アップデート!最後を参照!

この週末旅行をしていてブロギングができなかったので、コメントをいただいたみなさんに返答できなかったことをお詫びします。特にsouさんのコメントの承認が遅れたことをお詫びします。

さて、コメンターのsnoozyさんがご心配されている、イラク戦争がかえってテロを悪化させたというアメリカ情報機関NIEの報告書だが、このことについてはこちらでもニューヨークタイムスやワシントンポストが報道している。

まずは読売新聞の記事より。

「イラク戦争でテロ問題悪化」米情報機関が機密報告

【ワシントン=貞広貴志】中央情報局(CIA)など16の米情報機関が、国際テロの動向とイラク戦争の関係を分析した機密報告をまとめ、「イラク戦争は、全体としてテロの問題を悪化させた」と結論付けていたことがわかった。

24日付の米紙ニューヨーク・タイムズが報じたもので、ブッシュ政権の「対テロ戦争で世界と米国はより安全になった」という公式見解を情報機関が否定する形となった。

同紙によると、「世界規模でのテロの傾向」と題した機密報告は、政府機関内での激論を経て今年4月にまとめられた。国際テロ組織「アル・カーイダ」とその関連組織を核としていた勢力が、アル・カーイダ指導部とは直接のつながりを持たない「自己派生」の細胞組織へ変ぼうしてしまったと分析。

また、「イスラム過激主義は、衰退しているというよりも拡大している」と指摘した。
(2006年9月25日2時1分 読売新聞)

私はこの記事には二つの問題点があると考える。

先ず第一にNIEの報告書は秘密書類であるため報告書そのものは一般公開されていない。よってこの報告書の内容はNYTの説明に頼るしかなく、実際の内容をを確認することができない。これまでに何度も意図的に虚偽の報道をしてきた前科のあるNYTの記事なのでそのまま鵜呑みにするのは危険である。

第二に、もしNYTの説明が正しかったとしても、イラク戦争後にテロ活動が悪化したからといって、その原因がイラク戦争にあったという根拠にはならない。

ではNYTの記事から少し抜粋して考えてみよう。(訳:カカシ)

書類ではイラク戦争が世界的な聖戦運動に及ぼした影響についてはほんの少ししか述べられておらず、「イラクで進行中の自由への戦いはテロリストの戦意を奮い起こすプロパガンダとして歪曲されてしまった」とある。

報告書ではイラクで戦ったイスラム過激派がそれぞれの国へかえって「国内での紛争を悪化させる、もしくは過激な思想を設立させる」恐れがあると語る。

概要は過激なイスラム運動がアルカエダの中心から、アルカエダ指導層によって刺激され「自発的に生まれ」ながら直接オサマビンラデンや上層部との関連のない新しい部類のグループを含む提携した集団へと拡大したと結論付ける。

報告書はさらにインターネットがどのように聖戦主義思想を広める役にたったかを分析し、サイバースペースによってテロリスト工作がもはやアフガニスタンのような地理的な国々だけに限られないことを報告している。

テロリストの活動がアルカエダの中心からインターネットなどによってジハーディストの思想に共鳴する直接関係のないグループへと拡大したのは事実でも、それとイラク戦争とどういう関わりがあるのだろうか? イラク戦争によって反米意識が高まりジハーディストの士気があがったという理屈なら、911でアメリカがなにもしなければ、世界中のジハーディストたちが、アメリカの弱腰に元気つけられて活動が活発になったという正反対の理屈も可能だ。

イスラム過激派によるテロが悪化したことがイラク戦争のせいだというのであれば、イラク戦争がなかったらこれらの事態はおき得なかったということを証明する必要がある。だがNYTの記事ではそのような証明は記述されていない。それどころか歴史的事実がこの結論付けを完全に裏切っているといえる。

イスラム過激派の活動が活発になったのは、なにもイラク戦争開始の2003年に始まったことではない。1979年のイラン宗教革命以来、イスラム過激派によるテロ行為はあちこちで起きていた。特にジハーディストの活動が目立ってきたのはソ連によるアフガニスタン侵略以後だといえる。持ち前の資金を使ってアフガニスタンで武器調達などに貢献したビンラデンの権威があがったのもこの時期だ。

国連がイラクのクエート侵略を阻止したとはいえ、フセイン政権が存続したためクリントン前大統領の無行動によりフセインの勢力は湾岸戦争後完全に回復し、より手強い敵となってしまった。上院議会の報告書がなんといおうと、イラク国内でアルカエダがザルカーウィを筆頭にすでに訓練キャンプをつくっていたことはどの国の諜報機関も認めていることだ。アメリカがフセイン政権を倒さなければこれらのキャンプがイラク政府の協力を得てより手強いテロリスト養成所となっていただろうことは容易に想像できる。

しかもフセインは大量破壊兵器の開発への野心を全く捨てていなかった。国連による経済制裁は事実上終わりに近付いており、数年後には生物、化学兵器はおろか、核兵器ですら所持する国家になったであろうイラクにおいて、このようなテロ集団が自由に行動することを考えた場合、イラク戦争がなかったら、テロ活動が悪化しなかったと結論付けることなど絶対にできない。

第一、アルカエダのリーダーであるオサマビンラデン自身が911でアメリカ本土に戦いを挑んだ理由として、アメリカのそれまでのテロ行為に対する及び腰に勇気づけられたと語っているのである。アメリカは弱い、アメリカは反撃しないと、ビンラデンはテロ直後のアメリカ軍のレバノンやサマリア撤退、そして数々のテロ行為に対してアメリカの無策をあざ笑った。

つまりアメリカがテロ行為に反撃しなかったことが、テロリストの戦意を高めたともいえるのである。とすれば、イラク戦争がテロを悪化させたというこの理屈がどれだけ中身のないものかが分かるというものだ。

アメリカの中間選挙をひかえ、都合良くこういう報告書がNYTによって漏えいされるというタイミングも十分に考えるべきである。

アップデート:

今朝ブッシュ大統領はアフガニスタンの大統領との合同記者会見でNIEの報告書を一部公開することを発表。すでに発表されたので、後でコメントします。乞うご期待! 

September 26, 2006, 現時間 6:57 PM | コメント (3) | トラックバック (1)

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日付け → →September 25, 2006

仏テレビやらせ報道訴訟:経過報告 その1

先日仏テレビがやらせ報道を指摘したメディア評論家を訴えているという話をしたが、先日行われた法廷での経過を、Politics Centralが詳しく報告しているので、それについて話してみたい。

さて証人に継ぐ証人が皆次々に同じようなことを証言しているので、それをまとめてみると、、


  • それぞれの証人が独立した調査をした結果。この事件はやらせであると結論がでた。

  • フランセ2のエンダーリン氏はそれを知っていた。

  • フランセ2は調査を妨害しようとした。

それについてフランセ2の言い訳はといえば、


  • 証人というが、このジャーナリストだの専門家だのってのはなにものか、、こいつらになにがわかるのか、

  • 権威ある国営テレビ局フランセ2をよくも批判したな。

  • 第一、映像がやらせでもメッセージは真実だからいいのだ。

つまり、フランセ2のいい分はアルドゥーラ事件は「やらせだが真実」というへりくつなわけだ。

この事件で一番気になるのは、この映像がやらせだったということではない。専門家はほとんど皆やらせだと同意している。タラアブラマー(Talal Abu Rahma)は明らかに、ストリンガーと呼ばれるフランセ2の現地記者で、やらせの機会はいくらもあった。中東ではこの手のやらせは日常茶飯事であることは、今回のレバノン戦争の時に多くのやらせ写真が暴露されて明らかになった。いくつもの壊れた建物の前で泣く女、緑ヘルメットの男、カルベンクライン下着CMモデルさながらの「死体」など、さんざん見せつけられた。

問題なのは、フランセ2が明かにやらせだと分かっているものをそのまま放映したことにある。それはなぜか、いったい何の目的でイスラエルを陥れようとしたのか? 私が思うにこれは明らかにフランセ2によるイスラエルのユダヤ人に対する偏見が原因だ。プロデューサーのエンダーリン氏自身がユダヤ系イスラエル人であるからといってこれは変わらない。ユダヤ系イスラエル人がパレスチナに同情してイスラエルを裏切るなんてことはいくらでもあることだ。

フランセ2は真実を報道することより、自分らの信じるメッセージを報道することに興味があった。イスラエル軍が本当にモハメッド坊やを殺したかどうかなど問題ではない。彼等はイスラエルが無抵抗の親子を殺すような悪どい勢力であると訴えたかったのだ。

フランセ2は国営放送局であるということをわすれてはならない。フランセ2が自分らの好き勝手な報道はするが、それを批判するものは罰するというのであれば、フランセ2はまさにフランスの大本営放送局ということになってしまう。

もしこの裁判でフランセ2が勝てば、フランスには言論の自由など存在しないということになる。真実はフランス戦府の発表だけなのであり、国民にはいちいち口出しする権利はないということになるのだ。

次回に続く。

September 25, 2006, 現時間 11:05 PM | コメント (2) | トラックバック (2)

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日付け → →September 21, 2006

ブッシュと共和党、共に支持率上昇

主流メディアは無視しているが、11月の中間選挙を目の前にして共和党支持者としてはけっこう歓迎する世論調査結果がでた。先日発表されたUSA Today/Gallop世論調査によるとブッシュ大統領の支持率は44%で、去年の最低時より10%もあがっている。また共和党の支持率は民主党と同率の48%。世論調査では普通民主党のほうが実際より高めにでるので、統計上同率ということは、本当は共和党のほうが上だということになる。非常にうれしいニュースだ。

投票者にとって一番大切な問題は何かという質問では、イラク、テロリズム、経済、移民問題の順で並んだが、これらの問題を取り組むにはどちらの党がより良い仕事をするかという質問では、共和42%、民主44%とその差は誤差の範囲でほとんど同等。またブッシュ大統領のイラク政策を支持した候補者を支持するかという質問では、支持する39%、支持しないが40%とこれもほとんど差がない。これがブッシュの対テロ政策になってくると、支持するは45%、しないは28%で、ブッシュの対テロ政策への信頼は高い。

ということは今までブッシュのイラクやテロリズム政策に賛成してきた候補者は、ブッシュ離れをするのは得策ではない。任期6年目の中間選挙時に支持率44%なら、決して悪い数字ではない。候補者たちはブッシュ大統領の応援を求めた方が有利かもしれない。

テロリズムがアメリカ国民の間では大事な問題であることが顕著なのは、ブッシュ政権のテロリストからの電話を盗聴する政策について、よいことだと答えたひとが55%で悪いことだと答えた42%であることだろう。民主党はこの政策を国民のプライバシーを侵害するとブッシュ政権を攻めていたが、この作戦は逆噴射の恐れがある。

イラク戦争に関する国民の意見も、まっぷたつに割れている。

イラクに軍隊を送ったのは正しかったと思うかという質問では、答えはまっぷたつに割れた49:49。

ブッシュ大統領にはイラクに関して明確な計画があると思うかという質問では、あるが36、ないが61と頼りないが、では民主党には計画があると思うかという質問ではあるが25でないが67。これではブッシュも頼りないが、民主党はもっと頼りないということになる。

イラク戦争が対テロ戦争の一環であると思うかという質問では、思うが48、思わないが49。

ただイラクの情勢が内戦状態にあると思うかという質問では72%が内戦状態にあると答えているにも関わらず、一年以内にアメリカ軍を撤退させるべきだと答えたのは31%で、必要なだけ駐留すべきだと答えた42%をずっと下回った。

つまり、アメリカ国民はイラク情勢に関してかなり心配であることは確かだが、民主党のいうような「切り捨て退散」を支持しているわけでもなく、ブッシュ政策に不満があるとはいえ、民主党よりは信用できるという意見のようだ。

民主党は反戦ムードの候補者に力をいれているが、この作戦がうまくいくのかどうか、わからなくなってきた。

September 21, 2006, 現時間 12:52 AM | コメント (11) | トラックバック (0)

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日付け → →September 19, 2006

言論の自由は私だけに

ここでも何度か紹介したが、私は元カントリーウエスタンの女性ボーカルグループ、デキシーチックスの熱狂的なアンチファン(笑)。彼女たちが2003年のイラク戦争前夜に行った反ブッシュ発言以来、私は彼女たちの人気ががた落ちしていく様子をずっとほくそ笑んで見守ってきたが、このたび、その「苦悩の」三年間を記録した自慰記録映画"Shut Up and Sing"「黙って歌え」がトロントで行われた映画祭で発表された。(注:この映画の題名は保守派の作家、ローラ·イングラム執筆の本の題名からとったもの)

私はこの映画を見る気など全くないが、すでに映画を観た映画評論家の話から拾ってみよう。

印象に残るのは、大統領が「大統領がテキサス出身なのを恥かしく思う」とリードボーカルのメインズの舞台上での発言が巻き起こした激しい反響についてインタビューされているのをメインズがテレビで観ているシーンで、抗議をしてラジオ局がグループの曲をかけなくなり、アルバムの売り上げが激減したことについて、「デキシーチックスは思ったことを言う権利があります。」とブッシュは司会のトムブローカウに答えた。「でも発言することでファンがレコードを買わなくなったからといって気分を害するべきではありません。自由はニ方通行なのですから。」

この映像を見た後でメインズは大統領の「気分を害するべきではない」という発言を繰り返しあざ笑いながら、「なんて馬鹿な奴」と叫んだ。彼女はカメラに向かってブッシュに話かける「あんたは馬鹿な(放送禁止用語)だ!」

は!あんたらの気分を害しただって? 傷付いたって? かわいそうで涙がでるよ。 トロントで行われた試写会後の記者会見に関する記事では、なんと副題が「言論の自由への困難な道」となっている。

アカデミー賞を二回も受賞しているバーバラ·コポル監督とセシル·ペック制作の、カントリーのアイドルから勇気ある自由表現のシンボルへと成長していくマグアイアー、妹のエミルロビンソンそしてメインズの姿を描いたドキュメンタリー...

「彼女たちはテキサス出身です。人々は彼女たちをその枠のなかにはめようとしました。でもこのすばらしきアメリカ女性たちはその枠から飛び出して公言し後に引きませんでした。」とコポル監督は語った。

彼女たちは後には引いてないかもしれないが、泣き言でうるさいほど騒ぎ立てた。彼女たちにとって「言論の自由」とは「何をいっても批判されない自由」ということらしい。彼女たちは何をいってもいいが、他人がそれを批判しようものなら、それは彼女たちの言論の自由を迫害していることになるというわけだ。

私はイスラエルの対テロ戦争を支持したというだけで、何度「シオニストの豚」と呼ばれたか知れない。だがそんなことでいちいち傷付いていたら保守派のブロガーは勤まらない。(笑)

言論の自由が本当に迫害された例をみたければ、911ドラマ、「911への道」の脚本を書いたサイラス·ノーラスタ氏の話(Syrus Nowrasteh) を聞くのが一番だろう。ABC制作のこのテレビドラマシリーズが民主党とクリントン前大統領によっ放映が妨害されそうになったことは以前にも書いた通り。だが、ノーラスタ氏や制作関係者の人たちは普段は人種差別や人権といったことに神経質になっている左翼新聞からひどい扱いを受けたという。(マイク·ロスさん、紹介)

7月に記者が私に人種によるレッテル張りをされたことがあるかときかれたら、喜んで、「ありません」と答えただろう。だが同じことはもう言えない。ロサンゼルスタイムスなどは私を人種、宗教、出身国、政治思想によって判断した。しかも5つのうち4つは完全に間違っていた。彼等にとって私はイラン系アメリカ人で、保守派のイスラム教徒ということだった。新世界の勇敢な記者らには私が (アメリカの)コロラド州、ボルダー市生まれだということには何の意味もなかったらしい。私はイスラム教徒でもなければ、とくにこれといった宗教団体に属していない。私は生粋のアメリカ人だ。私がそういうレッテル張りが貴新聞の新しい方針なのかと尋ねると記者は答えなかった。

このような攻撃の対象となったのはノーラスタさんひとりだけではない。彼にきた脅迫状はもとより、スタッフの身辺をいろいろ調べあげ、ディレクターのデイビッド·コニングハムさんの父親が青少年キリスト教布教団体の創設者と知るや息子のコニングハム氏が狂信家でもあるかのように描写し彼の宗教的偏向が番組制作に影響を与えたとでもいわんばかりの報道をしたという。今日の左翼社会では家族にひとりでもキリスト教徒がいるというだけで公平な判断ができないと判断して差別することが許されるのか、とノーラスタさんは問いかける。

この自分らの言論の自由は守られて、他人の言論の自由は迫害されてもかまわないという考え方は、ここ数日間おきているイスラム過激派によるローマ法王へのヒステリックな反応と酷似している。ローマ法王がなにをいったにしても、ローマ法王暗殺を訴え、キリスト協会を焼き、アフリカの小児病院でイスラム教の子供を含めた子供たちを助けてきた尼さんを殺すなどもってのほかだ。

そうやってローマ法王のひとことに怒り狂っている自分達は「信じないもの」としてユダヤ人やキリスト教徒を侮辱しているだけではなく大量に殺しまくっているではないか。いや、イスラム教徒同士ですら宗派が違うというだけで、イスラム教の祭日を狙ってモスクを破壊したりしているではないか。それでも私はラーバイや尼さんが爆弾しょってベイルートのレストランをふっ飛ばしたなんて話はきいたことがない。

気持ちが傷付いただって? ばかばかしい! お前らの神の名の元で我が同胞が毎日何人殺されてると思ってるんだ!

デキシーチックスがぶつぶつ言ってる偽の脅迫などとちがって、我々文明社会へのイスラム教過激派による脅迫は本物で深刻だ。我々はこれを軽々しく扱うことはできない。だが我々はこの脅迫におびえて沈黙するなどということがあってはならない。言論の自由はなんとしてでも守らなければならない。

それで、うるさい雌鳥たちはというと、元ファンたちは彼女たちのコンサート切符を買わないことで「言論の自由」を表現している。前回に比べ彼女たちの観客は半数に減ったという。しかも球場でのコンサートに固執したため、損害は何百万ドルにのぼるそうだ。これで彼女たちの気持ちが傷付こうとしったことか。

はっきり言ってどうでもいんだよ、あんたらの気持ちなんて、、、

関連ブログ記事

911ドラマ、民主党が放映妨害
カントリーの雌鳥たち、蘇る????

September 19, 2006, 現時間 6:31 PM | コメント (1) | トラックバック (4)

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日付け → →September 18, 2006

イスラム教徒:ウエストミンスターアビー前で参詣者にいやがらせ

イギリスのウエストミンスターアビーで、日曜日のマスに出席した参詣者たちはアビーの目の前でローマ法王の言葉に抗議するイスラム教デモ隊に遭遇。

ロンドンのブロガーがリポート。英語だがほとんど写真なので説明なくしても明白。

Joee Blogs - a Catholic Londoner:Just outside Westminster Cathedral today...

「法王よ呪われよ」「イスラムがローマを征服する」などといったプラカードを掲げ、顔をスカーフで隠したデモ隊の写真が見られる。

関係記事: 法王は何と言ったのか、マイク·ロスさんが法王の発言について、間違った報道をただしてくれてます。

September 18, 2006, 現時間 11:20 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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日付け → →September 17, 2006

パレスチナ国際連帯運動(ISM)の正体を探る

先日お約束したとおり、パレスチナの国際連帯運動(ISM)キャンプへ潜入したStop The ISM の記者の話をしよう。ISMが世界で一躍有名になったのはコメンターのkokunanさんがおっしゃっているようにISMのメンバーだったアメリカ人、レイチェル·コリーが2003年、イスラエル軍がパレスチナ人の家を破壊するブルドーザーの前に立ちはだかってその下敷きになって死んだ事件からだろう。ISMはいまだに彼女の名前を持ち出してはセイントさながらの扱いである。イスラエル軍が破壊していた家というのは家族に自爆テロをさせた代償としてテロリストの家族がPLOによって新しく建ててもらった家であることは皆様もご存じのとおり。



Rachel Corrie1    Rachel Corrie2

レイチェル·コリーの二つの顔

読者にわかりやすいように私はここで勝手にこの記者をマークとよばせてもらう。イギリスのスコットランドーヤードで覆面捜査をしたこともある「マーク」記者は二か月前テルアビブのBen Gurion空港に到着した。すぐさまエミリアノというアメリカ人が近付いてきた。どこへ行くのかと訪ねるのでマークがエルサレムだと答えるとエミリアノは一緒にバスに乗って便利なユースホステルを教えてくれたダマスカスゲート近く、東エルサレムのThe Faisal Youth Hostel である。

実はこのホステルはISMの本拠地といわれている。このホステルはもとパレスチナテロ軍団(PFLP)のメンバーのHisham Jam Jounが経営している。マークはホステルにつくとすぐ二階へ案内され、ISMのメンバーたちを紹介された。アイルランドから来たガビとデイブ。ガビはスウェーデン人で夫のデイブはアイルランド国籍だが二人ともアイルランドのパスポートをもっていた。ISMはなぜかアイルランドのパスポートを使うのが好きらしい。

ニューヨークISMのリーダーで、パトリック·オコーナーというアイルランド人はパトリック·コナーズという名前でアメリカのパスポートも使っている。ISMはメンバーを大学のサークルなどで勧誘し、イスラエルで活動をさせる。イスラエル当局に捕まって強制送還された場合は名前をかえて偽パスポートをつかって再び入国。ベテラン活動家は何度もこれを繰り返しているそうだ。これらの訓練はすべてアメリカの大学のサークルで教えられるというのだからあきれる。のちにISMのリーダー的存在となり、イスラエル当局からも目をつけられているメーガン·ウィルス(Magan Wiles)ジョセフ·スミス(別名ジョーカーJoseph Smith a.k.a. Joe Carr)、マーク·チミエル(Mark Chmiel)などは皆アメリカの大学のサークルで勧誘されたという。

マークが次に紹介されたのはカミールというデンマーク人、スコットランド人のアランだっった。彼等は全員ISMのメンバーでウエストバンクとイスラエルを何度もいったりきたりしていた。 そのうち二人のアメリカ人が加わった。ロサンゼルス出身の黒人のジョナサンと彼女だった。ガビはあきらかにこのグループのリーダーだった。アランはヨルダン経由でイスラエル入りしたという。テルアビブの空港は警備が厳重なのでヨルダンを経由するひとが最近は増えたらしい。イスラエルはいまになってヨルダン国境の警備を見直しているという。

マークはほかのメンバーと一緒にパレスチナ刑務所の見学をした。その後PLOのテロリストたちにも紹介された。マークが記念写真をとりたいというと、どこからともなくAK-47が手渡され、ISMメンバーはそれぞれライフルを持ってポーズをとった。

宿にもどって撮った写真をみんなでみていると、偉そうな女性がやってきてメンバーの何人かを外へ連れ出しなにかはなしていた。マークはすばやくデジタルカメラからメモリチップを取り出して隠した。偉そうな女性は部屋にもどってくると写真はすべて消せと命令し、それぞれのメンバーは彼女の前で写真を消したが、マークは腕を組んで知らぬ顔をしていた。

翌日マークはキリスト教徒のアラブ系イスラエル人と出会い、ヘブロンの自宅へ招かれたため、ISMのアジトを後にした。マークの通報によりアランとデイブはイスラエル当局に逮捕されたがカミールとガビは逃走した。それぞれの国へかえってメンバーの勧誘をしているのだろう。

欧米の政府もイスラエル政府も、このようなテロリスト擁護市民団体を放っておいてはいけない。彼等は平和運動市民団体とは名ばかりのテロリストである。自分らで武器をとって実際にテロ行為をおこなわなくても、テロリストを援助、擁護していれば同じことではないか。我々の大学などを通じて若い人々の心を蝕む死のカルトなのだ。



ISM1

非暴力が聞いてあきれるISMのメンバー達


September 17, 2006, 現時間 10:21 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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平和な宗教

ローマ法王がイスラム教は乱暴な宗教だと批判したことに抗議して、イスラム教徒はイスラム教が平和な宗教であることを態度で示そうとした。

<法王発言>ソマリアで修道女ら2人射殺 背景に聖戦批判か  【ヨハネスブルク白戸圭一】ソマリアからの報道によると、イスラム原理主義勢力「イスラム法廷連合」が支配する首都モガディシオで17日、イタリア人のカトリック修道女と護衛の男性の計2人が射殺された。ローマ法王ベネディクト16世の「聖戦」批判発言がイスラム世界で反発を招いており、法王発言への反発が背景にあるとの観測も出ている。  ロイター通信によると、修道女はモガディシオ北部の小児病院で働いていた。背後から3発の銃撃を受けたとの情報もある。イスラム法廷連合の関係者はロイター通信に対して、法王発言に反発したイスラム原理主義者による犯行の可能性があるとの見方を示している。

コメント、、、無し。

September 17, 2006, 現時間 1:29 PM | コメント (4) | トラックバック (0)

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平和運動とは名ばかりのパレスチナ国際連帯運動(ISM)

みなさんは国際連帯運動(International Solidality Movement)というパレスチナ解放を唱えるプロ市民団体をご存じだろうか。

彼等の日本語のホームページでは、彼等は自分らの方針をこう語る。

国際連帯運動は、パレスチナの自由のための闘いへの注目を喚起しイスラエルの占領を終わらせるために働いている、パレスチナ人と国際活動家の、成長しつつある運動です。私達は、非暴力主義的な直接行動の抵抗の方法を、違法なイスラエルの占領の力と政策に向き合い挑戦するために用います。

私達は、武装した闘いを通してイスラエルの暴力と占領に抵抗するパレスチナ人のの権利を理解します。それでも、私達は、非暴力が闘いの圧迫の中での強力な武器でありえると信じます。そして、私達は非暴力主義的な抵抗の原則に身をゆだねています。

* 私達は、パレスチナ人が占領に抵抗する権利を支援する。
* 私達は、直ちに占領を終了し、直ちに全ての国連決議(それは、パレスチナ難民の帰還権とエルサレムにおけるパレスチナの首都の樹立を含む)の履行が受け入れられる事を要求します。
* 私達は、直ちに、パレスチナの人々を守るための国際的な仲裁を要求し、国際法が本当に受け入れられることが保証されることを求めます。

ISMは欧米各地にその支部があり、これらの国々からボランティアを募ってパレスチナへ送り込み、イスラエルやパレスチナでイスラエル軍を相手に抵抗運動をするのが目的の団体だ。表向きは非暴力の姿勢をとっているが平和運動とは名ばかりの実際にはテロリストをかくまったり、テロリストに武器調達などをしている完全なテロリスト団体。ISMロンドン支部のメンバーとしてテルアビブにはいったパキスタン人がイスラエルのレストランで自爆テロを行った事実もある。

アメリカでは特にユダヤ系のアメリカ人をリクルートしてパレスチナで人間の盾をやらすのが得意で、ISMのアメリカのリーダーはアダム·シャピーロというユダヤ系アメリカ人(本人は自分はユダヤ人だと考えていないと言っている)妻は同じく活動家のパレスチナ系アメリカ人。

私がこの団体の存在を知ったのは2年前にこのFront Page Magazine(フロントページマガジン)の記事を読んでからである。

この記事にはアメリカにあるISMの訓練キャンプに潜入した記者の体験談が書かれている。彼によるとボランティアたちはイスラエルに身分を偽って違法に入国し、イスラエルにいる間にするあらゆる違法行為の手段を念入りにおそわったという。とにかくなにからなにまで嘘をつき続けよという訓練を受けるとこの記事には書かれている。無論暴力も奨励されている。

作戦として非暴力を唱えるひともいるが、歴史的な状況から考えて暴力を使った抵抗は正当である...「暴力」といわれたら「抵抗」または「正当な抵抗」と言いかえせ。「テロリズム」といわれたら「国家テロリズム」を強調せよ...「占領」というかわりに「軍事占領」といい、人々にこの占領は「軍事独裁政権」であると思わせよ。

彼等の活動の典型としてイスラエル軍の治安活動の妨害がある。このブログをちょっと御覧いただきたい。このエントリーの題名は「イスラエル兵、パレスチナ市民の家でパレスチナ人に暴力を振るう」とあり、4枚の写真が掲載されている。サイトからはビデオへのリンクもあるが10分間イスラエル兵とアメリカ人のプロ市民がなにやら言い合っているだけで見る価値はゼロである。(10分間に渡るビデオはその一部だ。リンクはつながらないので見たい人はURLをコピペしてみてください。http://www.youtube.com/watch?v=Lq6ccvwbvfY&mode=related&search=)



Israelsoldier1

パレスチナ人に暴力をふるうイスラエル兵!!

この4枚の写真に写っているのはイスラエル兵とパレスチナ人がなにやら言い争いをしている図と、最後に男があざのついた腕を見せている写真である。英語の解説ではパレスチナ人がイスラエル兵に顔や腹をなぐられたとか、とめに入った女性が殴られて気絶したとか書かれているが、ビデオにも写真にもそんな映像は全くうつっていない。ビデオの音声をきいていると、アメリカ人がイスラエル兵に「どうしてこの男性をなぐったんですか?」「なぜ家宅捜査をしてるんですか?」という質問を立て続けにしている声がするが、イスラエル兵は苦笑しながら「出ていけ」と低い声でいうだけでアメリカ人にもパレスチナ人にも暴力を加えている様子はない。

このブログの著者がISMのメンバーだという証拠はないが、このビデオやブログがISMメンバーたちによって作られたプロパガンダであることは容易に推測できる。イスラエル兵と小競り合いを起こすことでもしイスラエル兵がアメリカ人やパレスチナ人を殴ったりすれば儲け物である。またビデオにイスラエル兵の顔を写すことでのちのちテロリストの標的にすることもできる。

さて、このフロントページの記者が再びISMキャンプに潜入するのに成功した。しかし今度はアメリカ国内だけではなく、パレスチナまで出かけていっての隠密工作である。はっきり言ってこれは命がけだ。ばれたらただではすまない。何しろ相手はテロリストなのだから。

次回へ続く。

September 17, 2006, 現時間 2:40 AM | コメント (9) | トラックバック (0)

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日付け → →September 16, 2006

うっそ〜! アムネスティがヒズボラを告発!!!

妹之山商店街さんが紹介してくれている、アムネスティがヒズボラを戦争犯罪で告発という記事を読んで驚いた。(訳:妹之山商店街さん)

イスラエル市民に対するヒズボラの意図的な攻撃

アムネスティー・インターナショナルによって公表された要旨説明によれば、ヒズボラは最近の紛争の間にイスラエル市民を意図的に標的とするという戦争犯罪となる国際人道法への深刻な違反を犯しました。

一か月間の紛争の間に、ヒズボラは、北イスラエルに四千発近くのロケット弾を発射し、43人の市民を殺害し、33人に重傷を負わせ何十万人もの市民にシェルターに入るか、避難することを強いました。全ロケット弾の約四分の一には、都市部の中に、直接発射されました。何千という金属ボールベアリングがパックされたロケット弾を含めて。

これまでアメリカやイスラエルの所行は批判してもテロリストへの批判が遠慮勝ちだったアムネスティインターナショナルにしてはこれはかなり画期的な告発だ。しかも、主流メディアがほとんど報道していなかったヒズボラのイスラエル攻撃の詳細をきちんと掲載していることは注目される。

これに対してヒズボラの反論は、イスラエルが先に手を出したから仕返しをしたまでだ、と決まり文句。下記はヒズボラ代表のBilal Naim氏の発言。(訳:妹之山商店街さん)

『まずイスラエルが法律に反して我々の民間人を攻撃したんです。ヒズボラは無実の民間人を攻撃することはありません。ヒズボラには宗教法があります。それに則って行動しています。その宗教法には、非合法の爆弾を女性、子供などの民間人に対しては使わないという規則があるのです。ただ、女性、子供などの民間人が攻撃されたら、それに対して対抗するという規則がある訳です。つまりイスラエルの侵略行為、攻撃行為に対抗する権利がある訳です。ヒズボラはイスラエルが非合法の侵略行為をしたから、それに対して報復しただけです。イスラエルでの犠牲者の八割以上は軍人ですが、レバノンの犠牲者の八割以上は民間人です』... ナスララ師はイスラエルが全面戦争を求めたので応じたまでだと発言しています。『ヒズボラの側が民間人への攻撃を始めたのではありません』

自分らで100人の戦闘員を国境を超えて侵入させ、8人のイスラエル兵を殺して2人を拉致、その直後レバノンからイスラエルにロケット弾を打ち込んでイスラエルに宣戦布告をした事実は都合よく忘れているようだ。それにレバノン犠牲者の八割形が民間人だったというのも眉唾である。ここでもいくつも紹介したやらせやねつ造記事でもわかるように、民間人の犠牲の数にはかなりの水増しがあると思われる。それにヒズボラは民兵であり、制服などきていない。普段は普通の「民間人」として生活しているのだから彼等は厳密には民間人だ。だから実際民間人の犠牲者がどのくらいでたのか正確な判断は不可能と思われる。

もっともこのヒズボラの言い訳をアムネスティは受け入れていない。

イスラエルが同じく重大な違反を犯したという事実は、ヒズボラによる違反を決して正当化しません。市民は、双方の不法な行為の代償を支払わされてはなりません

最近アムネスティインターナショナルは少なくともアメリカにおいてはそのダブルスタンダードについてかなり批判んを浴びている。アメリカ軍の所行については証拠もはっきりしないうちから真っ先に批判するアムネスティが、このあいだもインドで起きたテロ事件についてアムネスティのサイトでは数日たっても何も書かれていなかったことに腹をたてたアメリカの保守派たちがアムネスティに電話や投書で激しい抗議をした。

アムネスティは英米やイスラエルへの批判は手厳しいが、テロリストには甘すぎるという批判が高まっているため、彼等はこの圧力を感じはじめているのかもしれない。だが私はアムネスティの本音はこの部分にあるのではないかと思う。

イスラエルの軍事的優位は変化しませんでした。イスラエルに挑戦することができるアラブの力はありません。イスラエルは米英から前例がない支援を受けています。それはそうでも、ヒズボラを破る能力のなさは軍の抑止力を減らしました。このことによって、再度レバノンでの戦い、イスラエルがこれ以上のどんなミスも避けることを望む戦争に誘い込むかもしれません。(強調カカシ)

イスラエルに勝てるアラブ勢力は存在しないのに、やたらにイスラエルにちょっかいをだしてアラブ諸国に迷惑をかけたことに関してアムネスティは腹を立てているだけなのではないだろうか。ヒズボラの行為が非人道的であるというより、アラブ諸国が非アラブのヒズボラ(ヒズボラはペルシャ民族でアラブ民族ではないイランの手先であるから)の行動をうるさく思っているというだけなのかもしれない。

September 16, 2006, 現時間 5:50 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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行き過ぎ左翼教師のふてぶてしい訴訟

「依存症の独り言」坂眞さんが教室で政治活動をしていた教諭が解雇になったのを不満として訴訟を起こした事件について語っておられる。私はこの事件は全然しらなかったのだが、日本でもこういうことがあるのかと考え込んでしまった。

社会科の授業で配布した資料で、先の大戦を侵略戦争ではないと東京都議会で述べた議員らを実名で批判したことなどをめぐり、都教委から3月に分限免職処分とされた千代田区立九段中(3月末に廃校)の元教諭増田都子さん(56)が15日、都などを相手に処分の取り消しと総額300万円の慰謝料の支払いなどを求める訴えを東京地裁に起こす。「政府見解にも反した都議の誤った歴史観を批判したにすぎない。処分は都教委の教育内容への不当な介入で違法」と主張している...

東京都足立区立第十六中学校で、社会科として担当の増田都子教諭(48)によって「紙上討論」なる授業が行われていた。その紙上討論とは、「憲法、戦争責任、君が代・日の丸、従軍慰安婦、南京大虐殺」等のテーマについて生徒に意見を書かせるものだった。

問題となった授業は「沖縄の米軍基地」をテーマにした授業で、増田教諭の偏見的な考えにより、「沖縄の人達はもちろん、抵抗できる限りしましたが米軍は暴力(銃剣とブルドーザー)でむりやり土地を取り上げて基地を作ったのが歴史的事実」等という、米軍を一方的な「悪」とみる偏向授業であった。その授業を受けた、日米両国籍を持つ生徒(父親がアメリカ人で母親が日本人)の母親が増田教諭の授業内容に疑問を提起したところ、増田教諭が二年生の各クラスで2日間にわたって、その母親を非難、中傷するプリントを配った。

私も高校の時、授業中に赤旗新聞を読んで、共産党のビラをくばっていた教師がいた。私の卒業式の時、「君が代」斉唱を暴力で阻止しようとしたのは生徒ではなく一部の教師たち。おかげで我々の卒業式は左翼教師による暴動に展開するかと思われた。教頭のとっさの機転で大事は免れたもののどうも後味の悪いものとなった。

アメリカでも教育界の左翼化はひどく、小中高はもとより大学になるともっとひどい。私の大学は技術系だったためそれほどでもなかったが、それでもある時必須科目で取った世界史のクラスでは教授が完全なフェミニストで、中世のヨーロッパ歴史もフェミニストの偏見に満ちた教材が使われ、その内容はいかにカトリック教が女性を弾圧する宗教であったかというものだった。ところがうちのクラスにはカトリックの尼さんが三人もいたことや、ラテン系のカトリック教徒が数人いたこともあって大騒ぎになってしまった。結局ヨーロッパの歴史はスキップしてアフリカの歴史へと展開してしまった。(笑)

ミスター苺も自分の高校時代の恩師の引退パーティに招かれ出席した時、祝辞を述べた数学の教師が生徒やOB,父兄の前でなぜかブッシュ大統領の悪口をいいはじめたという。そしてこれが延々と続いたというのだから驚く。恩師のパーティを台無しにしたくなかったのでミスター苺は歯を噛み締めて我慢していたが、あまりに気分が悪かったので恩師への挨拶もそこそこに早々にひきあげてしまった。あの数学の教師は授業中も数学そっちのけで政治活動をしているのだろうか。どうりでアメリカの子供は数学を学ばないわけである。

この間カリフォルニアで移民問題で大きなデモがあったが、地元の小中学生が授業をさぼってデモ行進に参加したのに、どの学校も学生たちに罰を与えなかった。表向きは学生たちのデモ参加は学校側は禁止したことになっているが、裏で教師たちが生徒達をあおっていたことは容易に想像がつく。

日本の教育界の左傾も問題ではあるが、増田教諭が解雇処分になったというだけでも、日本はまだまだましである。アメリカでは教育委員会や労働組合のちからが強すぎて、このようのな不届きな教師を簡単に解雇することができない。特に教師が有色人種であったりしたら人種差別の切り札を振り回して、訳の分からない市民団体まで口出しして大騒ぎになるだろう。

日本では公正な裁判によってこの教師が敗訴することを願うものである。

September 16, 2006, 現時間 3:18 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

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日付け → →September 15, 2006

仏テレビやらせ映像を指摘され訴訟起こす

いまフランスでは不思議な裁判が行われている。フランスの国営テレビ局、フランセ2が2000年に放映したニュースが、やらせねつ造映像によるでっちあげニュースだったことがばれ、それを指摘したメディア分析者の3人がフランセ2によって起訴されているのである。ここでもっともばかばかしいのはこのニュースが完全にやらせだったという事実はあらゆる証拠によって暴露されており、フランセ2すらもその事実を認めているという点だ。かれらのいい分は「映像自体はやらせだったが、メッセージは真実だった。」というのである。では裁判沙汰にまでなったこの事件とはどんなものだったのかちょっと振り返ってみよう。

皆さんは2000年にパレスチナで起きたモハメッド·アルデゥーラ坊や殺害事件を覚えておられるだろうか。当時のメディアではかなり大きく取り上げられたので記憶に残っている方々も多いのではないかと思う。

まずはこのサイトにある下記の一連の写真を御覧いただきたい。


dura1

アルデゥーラ親子

2000年、第二インティファーダが始まったばかりの頃、ジャマールとモハメッドのアルドゥーラ親子はイスラエル兵軍に抵抗すべく投石攻撃に参加した。しかし親子はすぐにパレスチナ戦闘員とイスラエル軍との撃ち合いの真ん中に挟まってしまった。父親はとっさに物陰にかくれて息子を守ろうとイスラエル兵に向けて武器を持っていないことを示すように必死に手を振る。それが最初の写真だ。しかし攻撃が止まないので父親は自分の体で子供を守ろうとする。それが二枚目の写真。三枚目ではなぜか父親はカメラを直視しているが、四枚目でピント外れがあったと思うと五枚目の写真では二人とも撃たれてぐったりしている姿がある。この攻撃で父親は重傷を負い、息子のジャマール君は即死した、、、というのが最初にこの映像を放映したフランス国営テレビ局チャンネル2の話だった。この映像が報道されたとたん、イスラエル軍は武器をもたない親子を冷血に惨殺したという批判が世界中にひろまり、イスラエルへのテロ攻撃が激増した。いわゆる第2インティファーダ激化のきっかけとなった。

ところが後になってこの映像がやらせだったことが判明した。これがやらせだったことを暴露するビデオなどを含めた詳細はセカンドドラフト(Second Draft)で見ることができるが、このやらせ映像を報道したフランス国営テレビのフランセ2から名誉毀損で訴えられている被告のひとり、フィリップ·カーセンティ氏(Philippe Karsenty)の話をきいてみよう。

カーセンティ氏はMedia-Ratingsというメディア分析をするパリを本拠とする会社の創設者である。この会社はフランスのメディアが世界のニュースをどのように報道しているかを分析する会社で、フランスメディアからは目の敵にされているという。

この裁判の特徴は私たちがフランセ2の情報デスクのArlette Chabot課長とアルデゥーラやらせニュースを解説したCharles Enderlinは間違いを認めもせず訂正を拒否している以上辞任すべきだという記事を発表したことにあります。彼等は私たちがこれを私たちのホームページに載せたことに逆鱗したのです。もとの記事は2004年の11月に掲載されました。フォックスニュースがアルデゥーラ事件について報道しているので見るべきです。フランセ2は2005年の初めに私たちを訴えました。

日本と同じようにフランスの裁判も時間がかかるとみえて、その裁判がはじまったのはつい先日の14日である。この映像がやらせであるとカーセンティさんが判断した理由を彼はこのように語る。

カメラマンのタラル氏は最初CNNに映像を持ち込みましたがその真実性を保証できなかったため拒絶されました。その同日タラル氏は別の偽映像を撮影しているところをロイターのカメラマンに撮影されてしまいました。フランセ2のリポートで子供が殺される前に映された場面は偽物です。

番組が報道したシーンでは、男が足を撃たれたはずなのに全く血がでてません。周りの人たちが男を歩道にひきずってますが、血がながれてないのです。そこへ救急車がきます。この男が怪我したとされた時間からたった2秒しかたっていません。立った2秒で来るなんてありえません。はやすぎます。彼を担架にのせてる人々はけがをしてるはずの足の上に直接からだを寝かせたりしているです。

解説者の Charles Enderlinは親子はイスラエル兵の標的にされたといってますが、Enderlin氏は坊やがイスラエル兵に殺されたとは言っていません。そのかわり彼は、「父親と息子はイスラエル兵の標的にされました。」といっています。これは意図的な表現を意味します。...

襲撃があった日はガザは抵抗の日でした。商店は皆閉まっていました。父親のアルデゥーラは質問された時子供と一緒に中古の車をマーケットに見にいったといっています。しかし商店街がしまっていたことは誰でもしっていたのです。

さらに重要なのはフランセ2の映像で、カメラの前で指をテイク2を示すように二本たてるのがみえます。これはカメラ前の2センチのところでされています。これはへんですよ。見えるんですから。シーンが終わったと示す合図です。

ラーマ(タラル)は45分間撮影したといっていますが、たった一発の銃弾が親子の上の部分の壁にあたるのがみえるだけです。これはパレスチナの銃弾です。角度から言ってパレスチナ側からのものであることが見えます。

(子供が)死ぬ10秒前にアラビア語の声で「子供が死んだ。子供が死んだ、子供のが死んだ」という叫ぶのが聞こえます。でもこの時彼はまだ撃たれてなかったのにです。

映像の終わりに、子供が死んだとさているにしてはおかしな動きがあるのです。子供はひじをあげてカメラマンをみてひじをおろすのです。父親は自分も9発うたれた振りをしていますが、映像をみればわかるとおり白いシャツのどこにも血が流れていません。

(カメラマンの)ラーマはどうしてイスラエルが撃っているところを撮影しなかったのかと聞かれるとバッテリーを節約したかったからだと答えています。

でもフランセ2は27分の映像があるといっています。局は二人の独立した専門家を招いてこのビデオを披露しましたが、二人の専門家によればシーンの90%はねつ造だとかたっています。

この映像がイスラエル及び、世界中のユダヤ人に与えた悪影響は計り知れない。直接の関係はないとはいえ、ビンラデンなどのテロリストがこの事件をアメリカやイスラエルの極悪非道の一例としてプロパガンダに利用したことは否定できない。フランセ2のこの無責任な報道によってどれだけのテロリストを勇気づけ、どれだけの無実の人々がパレスチナの自爆テロや911テロの犠牲になったことか、フランス国営テレビ局は考えるべきである。それを批判した人々を訴えるなど言語道断だ。

フランスでのことなので、裁判が公平に行われるという保証は全くない。だから被告が勝てるかどうかわからない。だが、この裁判が公になることでフランセ2の腐敗した姿が公になることはフランスメディアの実態を暴露するという意味で意義のあることかもしれない。

この裁判の行方は注目したい。

September 15, 2006, 現時間 5:27 PM | コメント (0) | トラックバック (3)

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911陰謀説についてひとこと

私は世の中に陰謀が全くないなどとは思っていない。かくいう私もヒズボラの陰謀をここで何度か書いている。911などは前代未聞のアルカエダによる陰謀だった。

しかしみなさんもご存じの通り、911はブッシュ大統領とイスラエルの諜報機関モサドの陰謀だったなどというひとたちが絶えない。俳優のチャーリー·シーンなど政府は事実を隠ぺいしているなどと恥も外聞もなく公言している。「どうして第7棟がくずれたんだ!」「なんで南棟は自由落下の速度で崩壊したんだ!」など自由落下の方程式すら知らない人間がまことしやかに知ったようなことをいう。

だが、もし読者諸君がこのような陰謀説を唱えるひととの議論に巻き込まれたら、こういう枝葉末端につきあってはいけない。なぜなら貿易センターがどんな速度で崩れたかなんてことはアマゾンの大森林のなかで一枚の葉っぱの色がおかしいからここはジャングルではないと言っているのと同じくらい意味のない議論だからだ。

昨日紹介した911ドラマの話でも書いた通り、911の陰謀はブッシュ大統領政権発足と同時に始まったのではない。少なくとも1993年の2月以前から貿易センター破壊計画はラムジー·ユーセフというイラク人によって計られていたのである。クリントン大統領の就任が1993年の1月であるから計画はパパブッシュの時代にまでさかのぼる。1993年から2001年に至るまで911への計画は至る所で部分的に知られていた。アメリカ国内だけでもCIA, FBI, 移民局、農業局、関税、地方警察、地方空港の管制塔、民間の飛行訓練所、などなどで911に関わった同じ人間たちの名前がその不振な行動からあちこちで何年にもわたって取りざたされていた。これらの人間がビンラデン率いるアルカエダと絡んでなにか大掛かりなテロを企んでいることは世界中の諜報部が集めた様々な情報によって予期されていたことなのだ。

ただ当時のアメリカではそれぞれの諜報機関が情報交換をするということが法律上禁じられていた。911が起きるまでCIAとFBIが情報を共有していないという事実をブッシュ大統領は知らなかったというお粗末な展開があったほどだ。だからそれぞれの機関がもっていた一片一片の情報はそれだけでは意味のないものだった。911事件が起きて初めて、その片が膨大なジグゾーパズルのどの部分にあてはまるかがはっきりしたのである。その時無数の諜報機関がそれぞれ持っていた細い情報がやっと全体像のなかで意味のあるものとなったのだ。無論ときすでに遅しだったわけだが、、

ということは、もし911がブッシュ大統領の陰謀だったとしたならば、ブッシュ大統領は自分が大統領になる9年も前からこの同時多発テロの計画をたて、これらの細い証拠をアメリカ中、いや世界中にばらまいていたということになる。しかもジョージ·W·ブッシュはこの時大統領になれるという保証など全くないただの一般市民だった。一介のアメリカ市民が現政権に全く悟られずにイスラエルの諜報機関と共謀してアメリカ市民大量殺害の陰謀を企むことが可能だったはずがない。この時期クリントン大統領は動機はどうあれパレスチナとイスラエルの関係を正常化しようと多大な努力をしていた。こんな大事なときにイスラエルが二期に渡る政権をさしおいて前の大統領のどら息子のいいなりになる理由がない。第一、911事件がイスラエルにとって何の得になるというのだ? 
もしクリントンもこの陰謀に加担していたというなら別だが、そうなってくるともうこの話はファンタジーの世界だ。

こうして考えてみると911自作自演説は貿易センターがどう崩れたとか、ペンタゴンに突っ込んだのは旅客機ではなくミサイルだったとか、くだらない説を唱えるまえに、計画の段階で完全に不可能だったことがわかる。

昔、私の大学の教授がこんな話をしてくれた。時々春先になると自称発明家と名乗る人間が「永久作動機械」を発明したといって持ってくるという。そんな時教授はすぐさま出口を案内するが、発明家は決まっていう。「でも教授!まだ私の発明をみてないじゃないですか?!」教授は発明家の肩に手をまわし出口に促しながら微笑む。「そのとおり。その必要はありません。」

September 15, 2006, 現時間 2:46 PM | コメント (5) | トラックバック (0)

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日付け → →September 14, 2006

911ドラマ、『911への道』を観て、、

クリントン元大統領や民主党議員たちがABCテレビ局製作のPath to 911(911への道)放映を阻止しようと躍起になったにも関わらず、ABCは多少の編集をしただけでほぼそのまま放映した。

全編は四編に別れた5時間ものなので録画して三日に分けて観た。私はここ数年911について非常に興味があったことでもあり、ドキュメンタリーを見たり、関係書類を色々よんだりしているので、このドキュドラマで描かれた歴史的事実についてはほとんど全て知っていたが、それでも改めて驚かされる場面もあった。全体的に事実に基づいた正直な作品になっていると思う。

ただ、ドラマであるから主人公のFBI役員のジョン·オニールや若いCIA工作員のカーク(仮名)らが英雄的にかなり美化されている点はある。特にクリントンのテロ対策委員だったリチャード·クラーク氏はちょっとかっこ良すぎる。(笑)しかしクリントン大統領をはじめ、オーブライト官房長官や警備アドバイザーだったサンディー·バーガーなど、自分の政治生命を守ることに必死で国の防衛など後回し、彼等の優柔不断で無責任な態度をよくまあABCがあそこまで描けたものだと驚くとともに感心してしまった。

特にビンラデンの家を北同盟の戦士と一緒に囲んでいたCIA工作員たちが、ホワイトハウスからの最終許可を得られずみすみすビンラデンを取り逃がしたシーンなどはみていて歯がゆいったらない。北同盟のリーダーは「アメリカには最新の武器はあるが、誰も戦争をする度胸がない」とCIA工作員に食って掛かるシーンは印象的だ。

また別のシーンで、ビンラデンの隠れ家を無人飛行機に備えられたカメラでとった航空写真を北同盟のリーダーに見せるシーンでは、「我々が欲しいのはビデオでもミサイルでもない、ジープやヘリコプターだ。」アフガニスタンがソ連と戦っていた時はアメリカは何でも用意してくれたと彼は言う。「レーガンは解っていた」ABCのドラマが、当時メディアに目の敵にされていたレーガン大統領についてここまで言うとは驚きだ。(注:レーガン大統領、共和党、1980年〜1988年)

前半の終わりで1993年の第一貿易センターテロの首謀者で911テロ計画の首謀者だったラムジーユーセフが逮捕されるまでの過程はまるでスパイ大作戦でもみているようで興奮する。ユーセフを裏切った男が合図をしてCIAエージェントたちが一斉に建物に押し入る図などは見ていてすかっとする。もしこれがフィクションの映画なら、ここで悪者が退治され「めでたし、めでたし」で終わるところなのだが、実際にはユーセフの計画はすでに後戻りできないところまで進んでいた。現実の悲劇である。

前評判では後半はブッシュ大統領への批判がかなりひどくなるという話だったが、クリントンの8年と比べてブッシュはたった8か月。最初の頃はブッシュ政権のテロ政策はクリントンの政策をそのまま継続していただけなので、FBIがCIAから情報をもらえずに苛立つ場面などは、ブッシュへの批判というより融通の利かない組織への不満であるように受け取れた。

911が近付いてくるに従って、アルカエダ工作員たちの活動は盛んになった。彼等が動けば動くほどアメリカ各諜報組織はそれぞれ色々な情報を手に入れる。だがCIAは情報過多で盗聴した膨大な量のアラビア語の交信が英語に訳せなかったっり、とった写真の意味を分析する人間がいなかったり、なにかが起きると分かっていても予算不足で動きがとれない。FBIはFBIで、テロをおっていたジョン·オニールが組織内部の勢力争いに破れて辞任。移民局は違法滞在をしていた911テロリストの一人を一旦逮捕はするものの持っていたコンピューターの捜索許可が降りずみすみす証拠を手放す。民間の飛行訓練所の講師らがテロリストたちの態度がおかしいとFBIに連絡をとるが、それが上まで伝わらない。飛行場で関税の役員が怪しげなサウジ人の入国を拒否して送り返すが、このリポートはどこへもいかない。

とにかくあらゆる場所で点が無数に集められていたにもかかわらずこれらの点が結びあって線とならないまま、911が迎えられる。

あれだけ貿易センターのテロリスト追求に躍起になっていたオニール氏は、FBI引退後貿易センターの警備責任者としてあの日もビル内部で働いていて果てる。アメリカ国内でひどいテロが起きるのを防ぐために過去10年近くも働いていた彼にはさぞかし無念だったことだろう。

このドラマのメッセージは明白だ。我々は1993年以来、いやもっと以前からイスラム過激派のジハーディストらと戦争状態にあった。ただ我々は2001年の9月11日まで一部の諜報部員たちを除いて大統領から一般庶民にいたるまで全く気が付いていなかったのである。911は我々の無知と無策と油断のたまものだ。

911は我々には苦い薬だった。だがこの薬が911以後生かされたのかどうかは、保守派とリベラルでは完全んい見解が異なる。だがひとつだけ確かなことは、我々は常にジハーディストたちと戦争状態にあるということを忘れてはならないということだ。敵の目的はただひとつ、我々の世界を破壊しジハーディストの理想の世界を作ることにある。そのためなら彼等は手段を選ばない。そのような敵と戦っているということを我々は常に念頭において行動すべきである。

なぜなら我々が一時でもそれを忘れれば、そのときこそ911事件が繰り返されるからだ。

無策無能だったクリントン大統領が放映阻止をしたがったのも納得がいく。

September 14, 2006, 現時間 6:15 PM | コメント (6) | トラックバック (3)

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日付け → →September 13, 2006

レバノンに陸自派遣検討

今日このニュースを読んでちょっと驚いた。

政府は13日までに、レバノン南部でイスラエル軍とイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラの戦闘停止を監視する国連平和維持活動(PKO)を展開している「国連レバノン暫定軍」(UNIFIL)に参加して後方支援を行うため、陸上自衛隊を派遣する検討に入った。ただ同地域は、戦闘状態の再燃が懸念されることなどから政府内に慎重論も根強く、今月末に発足する新政権が可否を最終判断する方向だ。

イスラエル、ヒズボラの戦闘については、国連安全保障理事会が8月11日に全面停止を求める決議を採択し、双方が基本的に受け入れを表明。このため政府は「停戦合意の成立」などPKO参加5原則が満たされ、PKO協力法に基づく自衛隊派遣が可能な状況になったとしている。

自衛隊はイラクからかえってきたばかりなのに大変である。イラクもそうだが、レバノン情勢は非常に危ない。どう考えてもヒズボラが停戦条約を守るとは思えないし、イスラエルもヒズボラがちょっとでも挑発してくれば強行手段に出るのは明らかだからだ。

レバノンでは国連の平和維持軍として駐留していたアメリカ軍とフランス軍の兵舎が自爆テロによって襲われ、大量に殺されるという事件が1984年に起きている。日本はいくら後方援助といえども「西側」の軍と見られて攻撃の標的とされないという保証は全くない。

そんなことを考えているうちにこの記事が目についた。

アザデガン油田開発、日・イラン交渉継続へ

 日本が権益の75%を保有するイランのアザデガン油田の開発問題で、日本とイラン両国が15日の交渉期限を過ぎても、交渉を継続する見通しとなった。

 二階経済産業相とイランのカゼム・バジリハマネ石油相が13日、読売新聞の取材に対し、交渉を続ける考えを示した。ただ、核開発問題などを巡るイランへの国際世論の批判は強く、早期の交渉合意は難しい状況だ。

 アザデガン油田は推定埋蔵量260億バレルとみられる中東有数の大油田。2004年に日本の石油開発会社、国際石油開発(INPEX)が権益の75%取得で合意し、日本のエネルギー安定供給の切り札と位置付けられている。

 INPEXはイラン国営石油と開発に着手するための条件面の交渉を続けているが、イランの核開発問題を受けて米国が日本に開発中止を求めたことが影響し、交渉は長期化している。イラン側は契約上の合意期限である15日までに合意できない場合は、交渉先を中国やロシアの企業などに切り替えると警告していた。
(読売新聞)

日本がイランと石油田を共同開発しているという話はずいぶん前から聞いてはいたが、イランの核開発がいま問題になっている時に日本がイランとこのような密接な関係にあることは好ましいことなのだろうか? そしてイランの手先であるヒズボラをレバノンで日本が監視する役目のUNIFILに加わるということはどうも微妙な関係が生まれてくると感じるのは私だけだろうか?

もっともそれをいうなら中国やロシアも同じような立場にあることは事実だが。となってくるとこのUNIFIL軍、ますます期待をかけるのは難かしくなってくるような気がする。

September 13, 2006, 現時間 8:38 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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「民主主義とシャリアは両立する」オランダ大臣の心配な宣言

多様文化(multiculturism)という不思議な概念がある。これはどの文化も同じように価値があり、同じように受け入れられなければならないという考え方だ。私は昔からこの考え方には非常な疑問があった。なぜならば、もし多様文化のひとつに異文化を絶対に受け入れない、異文化を排斥すべきだという異文化排斥主義が存在したばあい、それを受け入れれば多様文化主義はすぐさま異文化排斥主義と化すからである。不許容を許容すれば不許容が支配するということだ。

具体的にいったいこれはどういう意味を持つのか考えてみよう。民主主義社会の基本は多数決でものが決まる。だが民主的な決議だからといって、常に正当な決断が下されるとは限らない。ここに民主主義のジレンマが存在する。もし次の選挙に立候補している政党が共産主義で、自分らが与党となった場合は現在ある民主主義制度を廃止、今後は党のメンバーだけで国の方針を決めていくと公約していたとしよう。彼等の選挙運動は資金もあり国民からの人気もあって、共産主義独裁政党が多数議席をおさめたとする。現政権は民主的に正当に選ばれたこの政党に政権をおとなしく譲り渡すべきであろうか?

ここで現政権が共産主義独裁政党に政権を譲りわたしたりするのは愚の骨頂である。なぜならば、その時点でこの国は民主主義と永遠におさらばすることになるからだ。

このたびのオランダの大臣が、もし国の2/3がイスラム回教徒の宗教法であるシャリアを望んだら、オランダ政府はシャリアを受け入れるべきだと発言したことはオランダ市民の間に大きな波紋をよんでいる。

この心配な発言をしたのはオランダのキリスト教民主党(CDA)の議員、ピエット·ヘイン·ドナー(Piet Hein Donner)大臣で、イスラム教の教えもプロテスタントやカトリックと同じように民主政治において受け入れられるべきだと語った。

氏はさらに「イスラム集団がオランダによいて民主的な過程を経て、勢力を握る可能性は多いにあり得る。彼等が法律に従ってさえいれば、法律を変える必要はないと誰でも考えるはずだ。」とか立った。

「私が確信することは、もし三分のニのオランダ人が明日、シャリアを取り入れたいと望むならば、この可能性は存在するということです。この合法を阻止しますか? これが許されないなどとなったらスキャンダルです。」

「多数決が、民主主義の基本です。」

だが多数派が少数派の人権を守るのも民主主義社会の責任のはずだ。 三分のニのイスラム教市民が今後キリスト教やユダヤ教は違法にすると投票したら、民主主義の過程を踏んだ合法な決議だから受け入れてもいいというのであろうか?

この発言はCDAの党首で、すでにイスラム教徒が過半数を占めている地域でのシャリア法取り入れを懸念しているマキシム·バーゲン氏(Maxime Verhagen)の意見と真っ向から反するものである。バーゲン議員はすぐにドナー氏に質問状を送った。また自由党の議員で右翼のガート·ワイルダース(Geert Wilders)や、労働党の議員らからの批判の声が殺到している。

最近オランダでは他のヨーロッパ諸国と同じように、イスラム移民による暴力行為などが頻発し、市民の安全を脅かす事件が多くおきているため、ドナー議員はイスラム系市民をなだめようとしているのかもしれないが、このような発言はかえってイスラム系市民に対する反感を増発する。イスラム教徒が多数を占めた場合その地域がシャリアによっておさめられるなどということになったら、オランダ市民の自然な反応はどのようなものになるか誰が考えても明白なはずだ。

民主主義を尊ぶ市民なら自分たちのすむ地域においてイスラム教徒の人口が増えないように、イスラム教徒が近所に引っ越してくるのをなんとしてでも阻止するようになるだろう。そして今後一切オランダへのイスラム教徒の移民は廃止すべきだと唱えるようになり、現在オランダで違法に暮らしているイスラム教徒は即刻国外追放し、合法就労者も任期が切れ次第帰国を強制。合法移民でまだ市民になっていない移民でも、イスラム教徒には市民権を与えないなど、かえってイスラム教徒への迫害が激しくなり、イスラム教徒はオランダ社会でさらに孤立するのがおちである。

イスラム教移民がオランダにいるということ事態は問題ではない。もし彼等がオランダの文化を取り入れ、オランダの法律を尊重し、次の世代にはイスラム系の「オランダ人」として融合するのであれば、協会のかわりにモスクへ通い、復活祭のかわりにラマダンを祝おうとかまわない。だが、移民である彼等が彼等の文化や法律をホストカントリーであるオランダに強制する時、オランダ人は足を踏んばって拒絶せねばならない。

民主主義は国家心中の道具であってはならない。

September 13, 2006, 現時間 2:51 PM | コメント (4) | トラックバック (0)

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日本がイスラエルを支持すべき「二つの理由」

外交官で作家の佐藤優氏が書いた興味深いエッセーをみつけた。(妹之山商店街さん紹介)

佐藤氏は、今回のヒズボラによるイスラエル兵拉致は、イランによる揺動作戦だと語る。だが、その理由は最近ヨーロッパ諸国から圧力のかかっているイラン自身の核開発から話題をそらすためというより、イランに長距離ミサイル技術を提供している北朝鮮がミサイル発射によって受け取っている圧力から目をそらすための揺動作戦だったというのである。

レバノン情勢が緊迫している。多くの日本人は遠い中東の出来事と捉えがちだが、実は北朝鮮情勢と深く連動している。

7月5日、北朝鮮のミサイル発射から数日後、中東の友人から「ノドンミサイルの発射場にイランのミサイル専門家が同席していました。イラン人の武器商人もいました。人数は現在までに確認されたところで最低11人です」という連絡があった。7月20日の米上院外交委員会で証言したヒル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は...『北朝鮮はミサイルに関して、中東諸国と通商関係を持っている』と述べ、北朝鮮からイランなどへのミサイル拡散に懸念を表明した」「同次官補は終了後、記者団に対し、『(情報は)北朝鮮がミサイルを商品化しようとしていることを示すものだ』と強調した」...。

イランのシャハブ3というミサイルが北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ノドン」のコピーであることはインテリジェンス専門家の世界では常識だ...

佐藤氏はイランの手先であるヒズボラが、イスラエルのどんな拉致も許さないという性質を見抜いてわざとイスラエルを挑発し、世界の注目をレバノンに集めたというのである。

事実、7月15〜17日のG8サミットでは当初北朝鮮に関する討議が集中して行なわれていたが、情勢緊迫化に伴いサミット後半ではレバノン情勢に関心がシフトしていった。それがなければ、G8は北朝鮮に対してより厳しい姿勢をとったと思われる。結果的に、北朝鮮、イラン、レバノンのシーア派のインテリジェンスが見事な連携を見せたといえる。

私はイランが自分らの核開発に関して国連安保理から経済制裁の条例を言い渡される時間切れが近付いていたことから話をそらそうと、ヒズボラにイスラエルにちょっかいをださせたのではないかとは考えたが、北朝鮮との関係は考えていなかった。

佐藤氏は、イスラエルのどのような拉致も許さないという姿勢を日本も見習って、ヒズボラに対するイスラエルの行動を支持すべきだとし、その理由を二つあげている。

レバノン情勢に関して、日本のマスコミでは、軍事力でレバノンを圧倒するイスラエルに批判的な記事が主流だが、筆者はあえて異論を唱える。本件に関し、所与の条件下で日本の国益を中心に据えて考えるならば、イスラエルを支持すべきである。主な理由は2点だ。

第1に、本件はヒズボラがイスラエル兵士を拉致したことにより生じた。ヒズボラはレバノン国会に議席を有する有力な政党でもある。そのような組織が、拉致に関与したことをレバノン国家が放置していることは許されない。北朝鮮による日本人拉致問題の解決は、日本政府にとっての最優先課題である。いかなる国家による拉致も許さないという毅然たる姿勢を日本政府はとるべきと考える。

第2は、国際社会の基本的な「ゲームのルール」から見てイスラエルの姿勢が正当だからである。イスラエルが、レバノン国家、イラン国家の存在を否定したことはない。これに対して、ヒズボラもイランもイスラエル国家の存在を否定し、その解体を政治目的に掲げている。対等の主権国家によって国際社会が構成されるという国連憲章で定められたゲームのルールに照らした場合、ヒズボラとその背後に控えるイランのイスラエルに対する姿勢は、到底容認できるものでない。

私は特に中東の石油に頼っている日本にとって、イスラエル対イランの戦いにおいて、中立、無関与などといっている余裕はないと語る。

2005年10月26日、アフマディネジャード・イラン大統領は「イスラエルは地図上から抹消されなければならない」と発言している。イラン大統領は公約を着実に履行しているのだ。今回の越境攻撃によって、ヒズボラのナスラッラ書記長はイスラーム世界の英雄になった。

イスラーム過激派が「イスラエル国家を抹消したい」という内在的論理をもつこと自体は、彼らの自由である。しかし、日本がそのような論理に付き合う必要はない...日本では外交官や国際政治専門家の中でも、純正中立が成立すると勘違いしている人がいるが、それは幻想だ...中東の石油資源、(アメリカを通じての)国際政治に与えるイスラエルの影響力を考えるならば、日本はイスラエルか、ヒズボラ+イランのどちらかを選ばなくてはならない。

私はもっと人道的な立場から、テロリストとの戦いに中立はありえないといってほしかったのだが、それでも佐藤氏の見解は一読の価値ありである。是非全文をお読みになることをおすすめする。

イスラエルのヒズボラ攻撃を日本が断固支持すべき 「2つの理由」=佐藤優

September 13, 2006, 現時間 1:10 AM | コメント (2) | トラックバック (0)

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日付け → →September 12, 2006

緑ヘルメット男の正体

先日書いた、「第二のカナはヒズボラの陰謀だった!」が好評だったので、今日はそのアップデートをしたいと思う。

「カナはやらせではありません!」という読者のかたからウィキペディアのリンクを頂いたので、ちょっと読んでみたら、例の緑ヘルメット男の本名とやらが載っていた。彼の名前はSalam DaherまたはAbu Shadi JradiまたはAbdel Qaderだそうだ。テロリストなら二つも三つも名前があるのは普通だが、民間人でもそうなのだろうか? 本人は自分はヒズボラではなくて民間の救援隊員だと言っている。無論本人がいってる以上本当なのだろう。(笑)

とにかくウィキペディアでは彼に関する情報はすべて彼の言葉以外にはないので、信じる信じないは読者の皆様の判断にお任せするよりない。しかしウィキペディアの記事によるとカナでの犠牲者の数は当初報道された50何人ではなくて、16人の子供を含む28人の死亡者だったと書かれている。ところで最初に50人以上も死人が出たといっていたのは誰あろう緑ヘルメットの男なのである。(訳:カカシ)

彼は22人の子供を含む51人の死亡者が出たと言っていたが、後になってもっと少ない16人の子供を含む28人の死亡者が出たと報道されている。

ところで、緑ヘルメット男の二つ目の名前、Abu Shadi Jradiという名前はどこかで見たことあるなと思ってたら、この間私が引用したエルサレムポストの記事にこんなの一説があった。(訳:カカシ)

民間警備隊のAbu Shadi Jradiによれば、少なくとも27体の子供の遺体が瓦礫のなかから見つかった

この緑ヘルメットの男はインタビューを受ける度に違う名前を使って、子供の遺体は22体といってみたり、27体といってみたり、さも見てきたような証言をして忙しい。しかし結局最終的に現場で見つかったとされる死体は子供を含めて合計で28体だったわけだ。つまりこの男は救援をしているふりをしたやらせ写真の演出をしていただけでなく、そのまま救援隊員のふりをして報道陣にも口からでまかせをいっていたというわけだ。

ウィキペディアの記事にはこの男が子供の遺体を小道具に使って救援を演出している姿がきちんと描写されている。それについてこの男のいいわけは「殺されているのは子供だということをみせたかった」ということだ。確かにこの男の意図はそうだったのだろう。だが、だからといってやらせをやってもいいということにはならない。ウィキペディアでは書かれてないがビデオをみればこの男がいったん救急車にのせられた子供の死体を引きずり出して、またポーズをとってる映像をみることができる。

この記事はカナのビル攻撃がやらせではなかったと証明するどころか、この男の怪しげな行動によって疑いがどんどん深まるだけである。

September 12, 2006, 現時間 9:45 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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日付け → →September 10, 2006

911を振り返って、あの時わたしは、、、

2001年6月、私は南カリフォルニアにあるとある大学を通常の4年より一年よけいに5年かかって卒業した。ちょうどハイテックブームのバブルが弾ける時で、卒業したはいいが就職が全然決まらなかった。零細専攻だった我が学部の卒業生はたったの12人。200人の新入生で始まったのにお粗末なもんである。にも関わらず卒業生の半分は就職がきまらず、同級生のカーロスは私にいった。「空軍に入ろうと思ってるんだけど、海兵隊にもさそわれてて、、」

2001年7月、大学の職安で4月に面接したロサンゼルス近郊の企業から採用の手紙がきた。8月か9月、都合のいい時に初めていいといわれた。就職したらすぐには休暇はとれないだろう、そう思って8月いっぱいは日本へ帰ることにした。「9月の最初の週にはじめます。」と返答した。カーロスからやっぱり海兵隊はやめて空軍にしたとメールがはいった。

2001年9月11日。私はその週にはじめたばかりの職場に向かう途中だった。ちょうどその日は火曜日で、新入社員は全員「対テロ応対セミナー」に出席することになっていた。職業柄海外出張が多いのでハイジャックされた時の対応や出張先での身の回りの安全を守るためのセミナーだと説明されていた。早朝出勤したかった私は6時ちょっと過ぎに家をでた。西海岸6時5分、ニューヨークは9時5分だった。

車にのっていつものラジオをつけると、朝のDJではなく夕方のDJ、ラリーエルダーの声がした。「アメリカの歴史はじまっていらいの悲劇です。こんなことがおきるなんて、、、」と明らかに感情的なエルダーの声。「何? なんだって?」私はラジオの音量をあげて聞き返した。「同時多発テロです、、」とラジオ。

「テロ? え、どこで? なにが? え?」

エルダーが電話で現場のアナウンサーとはなしている声が聞こえた。なにかひどいことがおきたことはわかったのだが、いったい何が起きたのかさっぱりわからない。実際には多分2〜3分のことだったのだろうが、何時間も宙ぶらりんになっていたような気がする。やっとエルダーが「ニューヨーク時間で9時ちょっとまえに貿易センターに旅客機が二機つづけて突撃しました。」と説明した。

私はその時自分がなにを感じたか覚えていない。ショックを受けたなどという言葉では言い表せない。私は詳細を知りたくてラジオの声をいっくいっく噛み締めていた。その時現場にいたアナウンサーが貿易センターの窓から人々が手を降って助けをもとめていること、炎にたえきれなくてビルから飛び下り得ている人々がいることを伝えていた。そしてその言葉を途中で遮る破裂音がした。「なにか爆発したみたいです」とアナウンサー。でもそれは爆発ではく、第2棟が崩れる音だったのである。

そのあと私は第一棟がくずれるのもラジオの実況中継できいた。一時間近く私は呆然と高速を運転した。

職場について駐車して車からでて立ち上がると、私はひどいめまいがした。車に寄りかかって落ち着きを取り戻すまでしばらくかかった。

「なんてことだ、なんてことだ」

私は目の前がかすんでくるような気がした。周り中の建物がぐるぐる回ってみえた。私の平和な世界が目の前で貿易センターと共に崩れていくのを感じた。

2001年9月11日。すべてが変わってしまった。

September 10, 2006, 現時間 5:13 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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米左翼による言論弾圧手法

この間私は『言論弾圧をする危険な日本右翼の台頭』で、外務省の日本国際問題研究所の英文編集長の玉本偉氏のオンラインジャーナルの内容について抗議した産経新聞の古森義久氏の行動を例にあげて、ワシントンポストが日本では右翼台頭による思想弾圧が横行しているという記事をかいたことを紹介した。

このワシントンポストの記事については依存症の独り言さんが詳しい分析をしておられる。

ワシントン・ポストに寄せられた批判論文の内容は、「言論封殺」などというレベルのものではない。タイトルからして、「日本の思想警察の台頭」である。つまり、今の日本が言論や思想を統制する方向に進んでいると警告しているのである。

この批判論文の筆者・Steven Clemons氏は、今の日本の政治について、「1930年代の軍国主義と天皇崇拝と思想統制を熱望する暴力的な極右活動家グループが、更なる主流の中へと移動を始めた」と書く。加藤紘一氏の実家が放火された事件も、この流れの中で捉えている。つまり、Clemons氏にかかると、日本の「普通の国」になろうとする動きも、行動右翼(街宣右翼)のそれと同じになってしまうのである。そしてClemons氏は、産経新聞や古森氏が行動右翼を刺激し、彼らによる言論封殺を勇気づけているとまで書いている。

まったくの誤解、というより無知と偏見に基づく的外れな誹謗にすぎないのだ

依存症さんは、クレモンス氏が「無知と偏見」にもとずいた「的外れな誹謗」をしているとおっしゃるが、クレモンス氏は十分に自分が書いていることが「的外れな誹謗」であること心得ている、いわゆる確信犯なのである。彼には反対派を「右翼テロを促進している」と攻めることによって黙らせようという魂胆があるのである。

この間もちょっと書いたが、アメリカの左翼連中は自分らの意見を批判されるとすぐに反対派から「脅迫状を受け取った」と騒ぎ立て、自分達の言論の自由が迫害されていると主張する傾向がある。彼等は自分らに反対するひとたちは暴力的な過激派であるという印象を作り出したいのである。だから反対派の正当な反論を「言論の自由を迫害する」「人種差別」などと批判し、挙げ句の果てには「ファシスト」などというレッテルを貼って黙らせようとするのである。

言論の自由とはなんでも好き勝手なことをいって誰からも批判されないという意味では決してない。おおやけの場所で意見を述べたならそれが公に批判されるのは当たり前だ、それを受けて立てないなら最初から発言すべきではない。

以前にも元カントリーウエスタンの人気バンドで、イラク戦争前夜にロンドンで大統領の悪口をいって人気がた落ちになったデキシーチックスという女性たちの話をしたことがある。彼女たちは人気バンドであるという地位を利用してコンサート会場で政治声明を発表した。にもかかわらず、その後に集まった批判の声に大して彼女たちは「言論弾圧だ」と大騒ぎをした。その例として「脅迫状を受け取った」という決まり文句があったことはいうまでもない。

またイラク戦争で息子を亡くしたシンディ·シーハンという女性は、息子の戦死を利用して反ブッシュ政権のプロパガンダをまき散らしておきながら、ちょっとでも批判されると「戦争で息子を亡くしたかわいそうな母親を攻める冷血非道な保守派」というレッテルを相手に張って反対意見を弾圧する。保守派の政治評論家アン·コルター女史などは、シーハン夫人ほど息子の死を楽しんでいるひとも少ない、と辛辣な批判をして左翼連中から「不謹慎だ」ど大避難を浴びた。

思想警察だの言論弾圧だのを本当にしているのは、このような言葉を使って右翼を黙らせようとしている左翼連中である。これは昨日も911ドラマ、民主党が放映妨害で書いた通り、911事件のテレビドラマ放映の妨害に躍起になっているのは右翼ではなく、クリントン元大統領をはじめ民主党の左翼連中であることが物語っている。

日本が「普通の国」になろうとしている今日、今後もこのような米国左翼による本格的な攻撃がされることを覚悟しておくべきだろう。このような攻撃に立ち向かうためには、米国左翼メディアの言論弾圧手法を十分に心得ておくべきである。アメリカでこのような左翼の言論弾圧に長年苦しめられてきたアメリカ保守派として、私が少しでもお役に立てれば幸いである。

日本にとってもアメリカにとっても、本当の敵は左翼による思想統制である、右翼台頭などではない。


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worldNote

September 10, 2006, 現時間 2:55 PM | コメント (1) | トラックバック (1)

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第二のカナはヒズボラの陰謀だった!

「2006年7月31日、イスラエルのミサイルがカナにある三階建てのビルに直撃。女子供を含む57人が殺された。』というのは真っ赤な嘘! これはすべてヒズボラの陰謀だったのだ!

こんなことを書くと読者のみなさんは、「カカシさん、いくらあなたがイスラエルひいきでも、そこまで言うのは乱暴でしょう。あったことまでなかったことにするんじゃ、ひいきの引き倒れですよ。」とおっしゃるかもしれない。無論私はカナにイスラエルによるミサイル攻撃がなかったと言っているのではない。カナを攻撃をしたことはイスラエル軍も認めている。しかし私はあえてこのビルが標的になったのはヒズボラの仕掛けた罠だったのではないかといわせてもらう。

ヒズボラがイスラエルに特定の場所を攻撃させるのは非常に容易いことだ。イスラエルがヒズボラがロケットを発射させた場所にミサイルを打ち込んでくるのは周知の事実。女子供を特定の場所に集めておいて付近からロケット弾をイスラエルめがけて発射させればイスラエルのミサイルを招き入れることができる。

崩壊したビルは避難場所として指定され、障害児を含む女子供が「避難していたという。

AP通信によると爆撃当時、数十人の家族がイスラエルの空爆を避けて集まり、夜を過ごしていた。犠牲者の大半を占める子どもたちは短パンやTシャツ姿で寝入っていたという。

イスラエル軍によれば事件の数日前からカナ地方からは150発のカチューシャ弾がイスラエルにうちこまれていたという。イスラエル軍はこの当たりは危険なので非戦闘員は避難するようにと何度も勧告していたという。そんな危険な場所が非戦闘員の避難場所になるというのはおかしいではないか? ここに私はヒズボラの悪意を感じるのである。

これだけではなく、カナ事件は調べれば調べるほど、合点がいかないうさん臭い話が後から後から出てくる。そこで私はこの事件がヒズボラが最初から最後まで仕組んだ陰謀であったことを、緑ヘルメットの男によるやらせ写真の演出、カナという土地の意味、ミサイル攻撃からビル崩壊までの7時間の謎、そして現場で撮られた遺体の写真の不自然さなどから証明したいと思う。ここで読者の皆様にお願いだが、下記に載せる映像やビデオのなかには悲惨な姿が写っている場合があるので、リンクをあける時は十分に注意してあけていただきたい。

緑ヘルメットの男

私がカナ事件がやらせだったのではないか、と思うようになったのは実はこの緑ヘルメットの男が原因である。この男がいたいけない子供の遺体を抱きかかえて号泣している写真が世界中の新聞で取り上げられたので、読者のみなさんも御覧になったかもしれない。だが、彼が子供の遺体を抱きかかえている写真は一枚ではなく、現場では数枚の写真が撮られている。それだけなら別にどうということはないのだが、実はこの男同じ子供の遺体を抱いて数時間に渡って写真のモデルをしていたことが、写真についているタイムスタンプによってあきらかになっているのである。それだけでなく、ドイツのブロガーが入手したビデオではこの緑ヘルメットの男が救急車から子供の遺体を引きずり出して、その子を小道具にポーズをとる演出をしている姿がはっきり映っている。しかもこの男、10年前のカナ事件でも同じようなポーズで写真にとられていたことが明らかになった。つまりこの男はやらせ写真のプロだったのである。

緑ヘルメットの男、十年前と現在の映像はこちら。(注意:悲惨な映像あり)
ドイツブロガーの入手したビデオ。(注意 1:悲惨な映像あり)
リンクがつながらない場合は下記のURLを貼付けてサイトへいって下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=4vPAkc5CLgc

だがカナでは三階建てのビルが崩壊したのである、瓦礫の下に埋まった死体がいくらでもあるだろうに、どうして演出をしたりする必要があるのだろう? 現場は真実をそのまま写すだけで十分に悲惨なはずだ。本当の救援隊員が本当の犠牲者を救いだしている写真で十分にその悲劇は伝わるはずだ。子供だましの演出など無用のはずではないか、瓦礫の下に埋まった死体があったのだから、、、あったのだとしたら、、、あったのかあ?

10年前のカナ爆撃事件

緑ヘルメットの男がカナでおんなじようなポーズを取っていた事件というのは、1996年4月19日に起きたイスラエルによるミサイル攻撃によって104人のレバノン人が犠牲になった事件のことである。その時も今回と同じようにヒズボラが国境付近でイスラエルにロケット弾を数十発打ち込んだのが原因で、イスラエルがミサイル攻撃をして反撃した。俗にいう「怒りの葡萄作戦」である。

なぜこの事件が重要なのか。それは反イスラエル勢力がイスラエルの悪行を並び立てるとき、必ずといっていいほど挙げられるのがこの事件だからだ。オサマ·ビンラデンも演説のなかで何度もカナ事件を持ち出し、カナの仇は絶対とると誓っているくらいである。

「我々は合衆国政府に聖戦の宣戦布告をした。なぜならば合衆国政府は不正であり、犯罪者であり、独裁者であるからだ。同政府の犯した犯罪はそれが直接の行為であろうと、イスラエルによる予言者の夜旅の土地パレスチナ占領への支持であろうと、非常に不正で、醜く、そして大罪である。我々は米国がパレスチナ、レバノン、イラクで殺された人々に直接責任があると信じる。米国の名を口にするだけで、カナでおきた爆発で頭や腕をもぎ取られた全ての罪のない子供たちを思い出す。」

つまり、カナはジハーディストたちにとっては、イスラエルが罪のない女子供を大量に殺した例として、イスラエルの悪行を象徴する大切な場所なのである。もしこの同じ場所でイスラエルが再び罪のない女子供を大量に殺害したら、それこそ世界はイスラエルを許さないだろう。第2のカナ悲劇はヒズボラにとってイスラエルの悪を全世界にアピールする格好の道具になるではないか。

イスラム教徒、特に狂信的なジハーディストが何かと記念日に執着することは周知の事実。ちょうど10年後に同じ場所で同じ悪行が犯されるというシナリオ、ジハーディストが手をこまねく様子が見えるようである。

ミサイル攻撃からビル崩壊までの7時間

7月31日真夜中、計画どおりイスラエルのミサイル二発が女子供の避難している三階建てのビルに直撃した、、、少なくともこのビル付近にミサイルが落ちたことは確かだ。このことはイスラエル軍も認めている。しかし、この直撃でなぜかビルはすぐには崩壊しなかった。すぐどころか実際に崩れたのは7時間もたった早朝だったのである。

エルサレムポスト: イスラエル政府は攻撃の結果を後悔するとの意志を表示したが、空軍司令長官のエミアーエシェル准将は、日曜日の夜、三階建てのビルはミサイルによって午前零時頃激突されたが、崩壊したのは7時間後の朝7時近くだったと発表した。エシェル准将は攻撃の7時間後にビルが崩れた理由について原因を特定するのはさけたが、イスラエル軍将校らの話では、ヒズボラがビル内部に隠していた未発のミサイルが爆発したのではないかと語っている。(http://www.jpost.com/servlet/Satellite?cid=1153292042767&pagename=JPost%2FJPArticle%2FShowFull)

「ビルのなかにあったものが爆発をおこしたのかもしれません。」と准将は語った。

最初のミサイル攻撃でどれだけの人々が犠牲になったのかは不明だ。しかし数はそれほど多くなかったのではないかと推察する。その理由は避難していた人々の大半は一階に寝ていたという情報があるからである。

死んだのは4家族からなる老人と女子供たちでイスラエルの攻撃から一番安全だと思われる一階に集まって寝ていた。少なくとも27人の子供のしたいががれきのなかから発見されたと、現場にいた市民警備員のアブシャディジラーディさんは言う。

避難者たちが一階を選んだのはミサイルが直撃するのは上階か中階だと判断したからにほかならない。ということはたとえビルがミサイルの直撃を受けても、ビルが即座に崩壊しなければ逃げることができたはずである。カナのビルは崩壊までに7時間もあったのだ、最初の激突で生き延びた人々が全員避難するには十分過ぎる時間があった。当初のミサイル攻撃で犠牲者が多少でたとしても大半の人々は避難しているはずで、このビルから27人もの子供の遺体が掘り起こされるというのはどうも合点がいかない。

「でもカカシさん、現場からはビルから引き出されたという死体の写真が何枚もとられているじゃないですか、これをどう説明するんですか?」

不自然な死体

現場で撮られたという無数の写真なのだが、どうもおかしなものが多いのである。下記は現場で撮られた写真を集めたスライドショーである。最初の数枚に緑ヘルメットの男が号泣する臭い演技がみえる。

現場の写真のスライドショー、(注:悲惨な映像あり)
リンクがつながらない場合は下記のアドレスを張ってサイトへいってください。
http://www.youtube.com/watch?v=565mx1Elq-U
ビデオが見られないひとはここで写真をみることができる。

悲惨な写真なのでよく見てほしいというのは心苦しいのだが、しかし注意をして見ていただくと分かる通り、どの遺体もやたらにきれいである。ビル崩壊で生き埋めになったのだとしたら、体中コンクリートのホコリにまみれているのが普通だ。読者のみなさんも911事件当時にビル近くにいた通行人が頭からつま先まで埃まるけになって白人か黒人か分からなほど灰色になっていたのを覚えておられることと思う。写真の犠牲者たちがビル崩壊による犠牲者なのだとしたら、貿易センターで生き延びたこの男性のように↓誰も彼もホコリに包まれているはずである。



貿易センター崩壊から生き延びた埃まるけの男性

貿易センター崩壊から生き延びた埃まるけの男性

不自然なのは埃だけではない。どの死体もかなり死後硬直が進んでおり、どうみても死後一日以上たっているようなものばかりなのである。特に腕を宙に上げている男性の死体などはどう考えても数時間前に死んだ人間の死体ではない。

もしこれらの死体が現場で発見されたものでないとしたら、いったいどこからきたものなのか。近隣の遺体安置所から運び込まれたものであると推察できる。つまりこれらの写真に写っている死体はビル崩壊による犠牲者のものではないのである。

結論

カナのビルは危険すぎて女子供を集めて避難させるような場所ではなかった。そこにわざわざビルの住人でもない人々を集めたのはヒズボラがこのビルをイスラエルのミサイル攻撃の標的にするつもりだったからである。しかしビルがミサイル攻撃を受けたにもかかわらず即座にくずれず避難民たちがすっかり避難してしまったので、報道陣にみせるために急きょ死体が近隣の村にある遺体安置所から運びこまれた。そしてこの猿芝居を完成させるため、ヒズボラのスタッフは、演出家の緑ヘルメットの男を呼んであたかも救援隊の作業をしているふりをして訪れた報道陣の前でポーズをとらせたのである。

第2カナの悲劇は最初から最後までヒズボラの陰謀だったのである。

September 10, 2006, 現時間 4:13 AM | コメント (0) | トラックバック (1)

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日付け → →September 9, 2006

合点いかない米上院の戦前イラク情報全面否定

私はイラク戦争が始まる前から、イラクには大量破壊兵器はある。フセインはアルカエダと深いつながりがあると主張してきた。だからこのような記事を読むと、絶対にそんなはずはない、何かおかしいと思ってしまう。とにかく先ずは今日の読売新聞から読んでみよう。

米上院報告書、イラク開戦前の機密情報を全面否定

 【ワシントン=貞広貴志】米上院情報特別委員会は8日、イラク戦争の開戦前に米政府が持っていたフセイン政権の大量破壊兵器計画や、国際テロ組織アル・カーイダとの関係についての情報を検証した報告書を発表した。

 報告書は「フセイン政権が(アル・カーイダ指導者)ウサマ・ビンラーディンと関係を築こうとした証拠はない」と断定、大量破壊兵器計画についても、少なくとも1996年以降、存在しなかったと結論付けた。

 ブッシュ政権が2003年当時、中央情報局(CIA)などの情報をもとに挙げた開戦理由がことごとく覆された形で、米軍イラク駐留の是非をめぐる論議にも影響を与えるとみられる。

 報告書によると、今年6月に米軍の攻撃で死亡したヨルダン人テロリスト、アブムサブ・ザルカウィ容疑者が02年5月〜11月にバグダッドに滞在していたことは確認されたが、元大統領フセインは保護するのでなく、逆に所在を突き止め、拘束しようとした形跡があるとしている。さらに、フセインはアル・カーイダを警戒し、幹部との会合を拒否していた事実も確認された。

 イラクの大量破壊兵器計画についても、パウエル国務長官(当時)が国連安全保障理事会で説明した移動式の生物兵器製造施設や、ウラン濃縮用とされたアルミ管の疑惑を全面否定した。

 報告書を受け、民主党のカール・レビン上院議員は「ブッシュ・チェイニー政権の民意を欺く偽計が明るみに出た」と政権批判を強めた。

 これに対し、ホワイトハウスのスノー報道官は「新しい事実は何もない」と静観の構えだが、報告書は、イラク戦争を最大の争点とする11月の中間選挙の論議に一石を投じることになりそうだ。
(2006年9月9日10時53分

読売新聞の記事はだいぶ決定的な書き方をしているが、実際の報告書はそこまで『全面否定』などしていない。ミスター苺が、上院の150ページからなる報告書を午後いっぱいかけて読んだとのいうので、彼の分析を借用させてもらおう。

上院の報告書はまるで木を見て森をみずというもので、一歩下がって全体像を見ようという姿勢が全くない。ザルカーウィとフセインの関係に関する部分はその典型である。

サダム·フセインがアルカエダと特にアンサーアルイスラムのムサブ·ザルカーウィがフセイン政権にとって「脅威」であると考えていたことは確かだ。だがそれはフセインがザルカーウィを取り除こうとしたという意味でもなければ、ザルカーウィを匿っていなかったという意味でもないし、ましてや機能的な協力関係がなかったという意味でもない。

1940年代にアメリカ人の多くが共産主義の脅威を感じながら、ルーズベルト大統領がヨセフスターリンの共産政権と手を結んでヒットラーと敵対するのを支援したではないか。友は近くに敵はもっと近くに保てというように、敵を脅威とおもうことと、敵と同盟を結ぶこととは必ずしも矛盾しないのである。

具体的に話そう。

2005年の10月にCIAが「(イラク)政権はザルカーウィやその仲間の行動を黙認したり、擁護していた事実はない」と報告書を提出したのは事実である。だが、だからブッシュ大統領が戦争をする際に国民や世界に嘘をついていたという結論は理論の飛躍も甚だしいというものだ。

この報告で、CIAは2002年に結論付けていたフセインがザルカーウィの北のクルド地方での存在を黙認していたとの自らの報告を覆すことになる。報告書には2002年10月、フセインはある外国政府から(多分アメリカから)ザルカーウィとその側近の4人を逮捕しアメリカに引き渡すようにと要求されたとある。アメリカからの占領をさけようと必死になっていたフセインはイラク諜報部に書面でアンサーアルイスラムのメンバー5人を逮捕するように命令したとある。

だが実際にこの命令が執行されたという記録はない。これはおそらく書類の命令は単に外国政府へのみせかけであって、口頭では真剣に取り扱うなという命令が同時にされたからであろう。低位の工作員が命令を受けたがこの工作員がアンサーアルイスラムのアジトへ行ったかどうかさえ定かではない。

もしフセインがザルカーウィのグループはイラクにとって危険な存在だと感じ全く関係ももっていなかったのだとして、本当にザルカーウィをとらえたかったなら、なぜイラク諜報部の工作員たちをつかってアンサーアルイスラムに潜入していなかったのだ? このような潜入の話は上院報告書でも取り上げられて入るが、ザルカーウィ捕獲になんらかの役目を果たしたことは全く記されていない。

いや、それをいうなら、どうしてフセインはアンサーアルイスラムに軍隊を送ってザルカーウィ探しにとりくまなかったのだ? もしフセインが本当に彼等を脅威とみていたなら、多少の軍事力を使って自国の民にしたように、皆殺しにするなり追放するなりすればよかったではないか?

後にザルカーウィはイラク東北を去りイランへ渡ったが、イラン滞在後、再びイラクの南へとかえってきた。しかし彼の仲間のひとりであるアブ·ヤシン·サイームがイラク政府によって逮捕された。イラクは彼は確かにザルカーウィと同じくアルカエダのメンバーであると判断した。しかし彼はアメリカに引き渡されることなく釈放された。ヤシン釈放はサダムフセインからの勅令だった。

ここで全体像をみてみよう。フセインの行動はザルカーウィとアンサーアルイスラムの連中を本当に取り除きたいと思っている暴虐な独裁者がする行動というよりも、アメリカからの侵略をさけ、お友達であるおふらんすやロシア、中国といった国々からの手助けで経済制裁を終わらせたいと思っている暴虐な独裁者の行動である。

だからフセインは最初から従われないと分かりきった命令をだして、あたかも忠誠な僕の体を装ったのである。

CIAのこのフセインとアルカエダ関係の見直しは逮捕された一人のイラク諜報部工作員の証言と、アンサーアルイスラム基地にいたアルカエダメンバーの証言だけに頼っている。双方共に互いに協力関係にあったこをを否定しているからだ。

しかし常識的に考えて、この結論には疑問が残る。

  • 下っ端のちんぴらメンバーがイラク諜報部にしろアンサーアルイスラムにしろフセインやザルカーウィの秘密関係を知っているだろうか?いったい仲間の何人がそんな情報持っていたのだろうか。

    ザルカーウィは熱狂的なワハビ派の仲間に世俗主義でワハビ教を禁止した悪魔と手を組んだなどと教えるだろうか。またフセインは諜報部の下っ端将校にそれでなくてもアメリカから戦争の口実として使われている世界一のテロリストと実は協力しているなどと言うだろうか? これは馬鹿げている。その程度の地位の人間は必要なこと以外何も知らされていなかったと考えるべきである。

  • たとえCIAが詰問した囚人のうち何人かが高位の人間だとしてフセインやザルカーウィに十分に信頼されていて情報を持っていたとしてもどうして真実をCIAに白状する必要があるのだ? そんなことをして熱狂的なバース党員やアルカエダのジハーディストに何の得があるというのだ?
  • ほとんどの囚人は事実関係を知らないだろうし、知っていても白状する理由がない。だからCIAがフセインイラクとアルカエダの関係はなかったと結論付ける情報源としては囚人の証言など頼りなさ過ぎる。それよりもフセインが真剣にザルカーウィをとらえようとしなかったことや、ザルカーウィの仲間を一旦はとらえながら釈放したという行動のほうがよっぽども意味を持つ。

    すくなくとも、フセインがザルカーウィらを「黙認」していたことになり、それは「擁護」や「協力」とほとんど同じ意味を持つ。CIAは潔く表にでてブッシュを責めず
    なんとなくやんわりと「ブッシュが嘘をついていた」と暗に示唆しているのである。

    この報告によって新しい情報などひとつも明らかにされていない。フセインとアルカエダの協力関係はあったようだが確たる証拠はないという今までの状態と何の変わりもない。だが、わざわざこうやって選挙前に意味のない報告書を提出することで、CIAがブッシュ大統領と共和党の選挙に悪影響を与えようとした作為は丸見えである。


    September 9, 2006, 現時間 2:46 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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    日付け → →September 8, 2006

    911ドラマ、民主党が放映妨害

    日曜日に放送が予定されているABCテレビ局製作の「911への道」の内容について、CIAと北同盟がオサマビンラデンを囲んでいながらクリントン大統領からの最終許可がおりずにビンラデンをみすみす逃してしまったシーンについて、左翼連中が文句をいってる話は『オサマビンラデンを何度も取り逃がしたクリントン前大統領』でもうしたが、ここ数日のあいだに民主党の議員たちがABCが番組を放映したら放送ライセンスを差しとめると脅したらしい。Blue Crab Boulevardにその手紙が掲載されている。

    The Communications Act of 1934 provides your network with a free broadcast license predicated on the fundamental understanding of your principle obligation to act as a trustee of the public airwaves in serving the public interest.  Nowhere is this public interest obligation more apparent than in the duty of broadcasters to serve the civic needs of a democracy by promoting an open and accurate discussion of political ideas and events.

    面倒くさい書き方なので、詳しく訳すのは避けるが、要するに公共の電波を使って放送を許可されている局として、責任をもった番組作りをしてほしい。特に政治的な考えや出来事に関しては民主的社会に貢献するよう正確な描写を期待する、、といった内容だ。しかしわざわざ放送法1934条や、放送許可(ライセンス)の話を持ち出してくるところをみると、明らかに民主党のいうことをきかないなら、局の放送ライセンスを差しとめるぞといわんばかりの内容である。

    ブッシュ攻撃の映画を作ったマイケル·ムーア監督と肩を組んで選挙キャンペーンをしていた民主党の議員たちは、クリントン大統領が多少悪く描写されているというだけで、このような言論弾圧に走る。ブルークラブも指摘しているように、このような民主党の過剰反応はかえって民主党に隠すところがあると国民に思われるのがおちである。番組が報道された後で、いくらでも抗議したらいいではないか。

    また番組のなかで批判的な描写がされているとされる元大統領のクリントン氏も、番組の内容と強く批判している。(訳: カカシ)

    クリントンの報道官であるジェイ·カーソンはニューヨークの事務所にて「あのシーンがただ間違っていると言っているのではありません。議論なしで間違っているのです。ABCもそういっています。911調査委員会の報告書がそういっているのです。トム·キーン(共和党の911調査委員会の議長)もそう言ってるのです。番組の脚本家もそういっているのです。」

    ABCはクリントン支持者や民主党の圧力に負けて番組の一部を編集しているらしい。まABCのような主流メディアが信念を持って放送するなどとは全く期待できないので、この日曜日の番組からあちこちのシーンがカットされていたとしてもそれほど驚きはしない。だが、ここまで話題になってしまって、主流新聞にまでクリントンが抗議して番組の内容を変えるように圧力をかけたことや、民主党がライセンスを差しとめるなどと脅迫したことが載ってしまった以上、民主党による言論弾圧の姿がはっきり暴露されてしまった。

    それにすでに900人からの報道人がカット前の番組を見ているので、もし放送された内容と自分達のみた内容とに大幅な違いがあったなら、その部分は大々的にブログやラジオを通じて公開されてしまうだろう。だからかえって編集のし直しは逆効果なのではないだろうか。

    ところで、番組のなかで同じように911前までテロ対策に力を入れていなかったと批判的な描写がされているブッシュ大統領や共和党の側からは番組批判の声は聞かれない。これが共和党と民主党の腹の据わり方の違いだわな。

    共和党議員たちは今度の選挙で民主党のこの言論弾圧の事実をしっかり国民に訴えるべきだろう。

    September 8, 2006, 現時間 4:17 PM | コメント (0) | トラックバック (4)

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    日付け → →September 7, 2006

    イラク戦争と米共和党

    イラク戦争は今度の中間選挙では重要視されそうだ。最近の世論調査ではかなりのアメリカ市民がイラク状況に悲観的な考えをもっているらしい。

    オピニオン・リサーチ社が8月30日─9月2日、成人1004人を対象に実施した調査の結果によると、ブッシュ政権の政策を支持した候補者に投票する可能性が「低い」は55%で、「高い」の40%を上回った...

    また、イラク戦争を「支持する」は39%、「支持しない」は58%。「支持しない」は先月調査の61%からやや低下したものの、イラク問題が共和党不支持の大きな要因であることが浮き彫りになった。

    イラクで勝利する勢力を問う質問では、「米国」が25%、「反政府勢力」が12%となる一方、「なし」が62%と圧倒的多数を占めた。

    イラクのフセイン元大統領が米同時多発テロに直接関与していたと思うかとの質問に対しては、「思う」が43%、「思わない」が52%。イラク戦争と米国が主導する対テロ戦争の関連については、「つながりがある」は45%、「ない」は53%だった。

    CNNの記事ではこの調査はイラク問題が共和党の「あしかせ」となるだろうと分析しているが、イラク問題は共和党候補にとってあしかせにも有力な武器にもなりうる。これはアメリカ国民がイラクの情勢が良くなっていると思うかどうか、そしてイラク戦争と国内のテロ対策とどういう関係があると考えるのかに寄るのである。

    変ないいかたではあるが、これは国民の持つ「印象」であって、事実関係とは必ずしも直接関係ない。

    先ず、イラク情勢は一般国民が感じているほど悪い状態ではない。民主党はブッシュ大統領も共和党議会も全く出口作戦がないと攻める。ブッシュ大統領は最初からイラク政府が独自に治安維持ができるようになれば、連合軍は撤退できるといい続けてきた。イラク戦争が始まる前からブッシュ大統領の出口作戦は大々的に公表されており全くかわっていないのだ。もしこの期に及んで民主党がブッシュ大統領の出口作戦が理解できないというなら、いったい今までどこで油売ってたんだといいたくなる。

    バグダッド地域を抜かせばイラクのほとんどの地域は比較的平穏である。そしてイラクでは少しづつではあるが区域ごとにイラク警備軍がアメリカ軍および連合軍から警備責任の引き渡しを受けてきているのである。

    つい昨日もイラクの海軍と空軍の一部が連合軍から警備責任を引き渡しを受けた。これは8月のカークック地域にアメリカ軍から、7月のDhi Qar地域にイギリス軍からの引き渡しなどに続いて4つ目の引き渡しである。

    連合軍によるイラク軍の訓練はゆっくりではあるが着々と進んでいる。いまやイラク軍は戦闘能力や武器装備の面でいえばアラブでは最強の部隊となった。今は兵えん(戦時の作戦を遂行するための軍需品の確保、管理、補給、表員の輸送、衛生、糧食などの供給)の訓練に力が入れられている。

    問題はこうした事実が大きく取り上げられず、イラクでアメリカ兵が戦死したとか、自爆テロでイラク人が何十人も死んだとか、悲劇的な話ばかりが報道されるので、イラクでは内乱状態になっているのではないかという印象をうけてしまうのだ。

    しかし主流メディアが民主党の選挙運動団であることは周知の事実であり、それに苦情をいっているだけでは共和党はこの選挙に勝つことはできない。ブッシュ政権にしても共和党議会にしても彼等の一番の落ち度は現状を国民に分かりやすく説明しないことにある。反対派の協力なキャンペーンと対抗するためにはこちら側ももっと積極的なアピールが必要である。

    ここ数日のブッシュ大統領による一連の演説は国民にブッシュ政権がどのようにテロに取り組んでいるか、アメリカの安全を守るためにどれだけ努力をしているか具体的に説明するという非常に意味のあるものである。ブッシュ大統領だけでなく、共和党候補者たちはなぜイラク戦争が大切なのか投票者に分かりやすく説明すべきだ。戦争が不人気だからといって戦争やブッシュ大統領から距離をおくような選挙運動をしたらかえって信念がないようにみえて逆効果である。

    自分らの意見に責任をもって国民を説得してほしい。

    September 7, 2006, 現時間 5:46 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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    レバノンから学ぶイラク政策

    よく、世間ではテロが起きる原因が我々文明社会による第三世界への弾圧であるという意見を聞く。だから我々が第三世界を理解し、彼等の要望に答えるような好意的な姿勢をみせさえすればテロは防げるという理屈である。だがはたしてそれは事実なのだろうか?

    今回のレバノン戦争について考えてみよう。言ってみれば、この戦争は1999年にバラク政権が国際社会の圧力に屈してイスラエルをレバノンからの撤退させようと決意した時から始まったといえる。

    パレスチナのハマスがイスラエル兵を拉致した事件をきっかけに。イスラエルによる「過剰」な反応はハマスも、ヒズボラのナスララをもうろたえさせた。彼等がこのように驚いたというのも、イスラエルが1990年代からテロ対策にはずっと妥協路線をとってきたことに起因している。

    反イスラエルの人間は認めようとしないが、1980年代後半から1990年代全般にわたり、イスラエル内部では平和運動が盛んになっていた。長年に渡る戦争でイスラエル市民は疲れていた。国連を初め国際社会の批判の的になるのにも嫌気がさしていた。ほんの数カ月の占領で終わると思っていたレバノン占領は16年も続けられ、徴兵されてレバノン南部の警備あたるイスラエル兵たちは平和に暮らしている地元民から憎まれ、たまにテロリストから攻撃され殺されたりしていた。徴兵任務を終えて平和運動家に走る若者も少なくなかったのである。

    だからイスラエル市民はイスラエル政府に妥協を求めた。平和をまもるため多少の犠牲は仕方ない。こちらから歩み寄りの姿勢をみせれば国際社会もみとめてくれるだろう、敵も理解を示すだろう、という気になっていたのである。しかしこれはイスラエル市民の切羽詰まった藁をもすがる思いであり、現実とはほど遠いものだった。

    南レバノンからの撤退はイスラエルがずっと考えていたことではあるが、この撤退をどういう形でするかはまだ議論の余地があった。当時レバノンにはヒズボラ以外にSLAという民兵軍が存在していた。彼等はシーア派、スンニ派、ドルーズ、キリスト教徒、からなる同盟軍でイスラエルの味方だった。レバノン南部はイスラエルに支援されたレバノン軍とSLAがヒズボラの侵略から守っていた。

    しかしバラクはイスラエル内部のエリートたちからの圧力もあってSLAを見捨てて、イスラエル軍を撤退させた。しかもそのやり方は乱暴で急速に行われたため、まるで追い詰められた軍隊が遁走するかのような印象を与えた。私は当時のニュース報道で、イスラエル軍がほとんどパニック状態で撤退したのを覚えている。

    イスラエルからの支援を受けられなくなったSLAは簡単に崩壊し、南レバノンは完全にヒズボラに占拠されてしまった。

    以前にも書いたように、このことで喜んだのはヒズボラだけではない。パレスチナのテロリスト達もヒズボラによるテロ攻撃がイスラエルを領地から追い出すのに成功したと解釈したのである。これがパレスチナによるいわゆ第二インティファダとよばれる連続テロ攻撃の始まりであった。

    イスラエルの好意はアラブ諸国いは「弱さ」と捉えられたのである。

    911の記念日が近付くにつれ、オサマビンラデンの演説が改めて見直されているが、彼はアメリカは張り子の虎だときめつけていた。アメリカは何でも途中で投げ出す臆病者だと。その証拠に、ベトナムをみよ、レバノン撤退を見よ、サマリアをみよ、と列ね、1990年代に連続で起きたテロ攻撃にたいしてクリントン大統領がほとんどなんの報復もしなかったことを挙げている。

    イスラエルはテロリストと妥協をして平和を得るどころか新しい戦争への糸口をつくってしまった。アメリカは20年間に渡りテロの脅威を無視してきたことが祟って911を招いてしまった。二つの国に共通していることはテロリストたちに背中を見せたことにある。攻撃の隙をつくってしまったことにある。

    アメリカの民主党は何かというと難かしいイラク情勢をみて、うまくいっていないから損を最小限に押さえるためイラクから撤退すべきだという。ブッシュ大統領には出口計画がないという割には民主党の政策は「切り捨て遁走」以外にない。。

    だが私は知っている。アメリカがベトナムを見捨てて撤退した後、南ベトナムの人々が共産主義者の北ベトナム人に虐殺されたことを。ベトナム難民のひとたちから「どうしてアメリカはベトナムを見捨てたのか」と悲痛な訴えを何度もきいた。空爆だけでも援助してくれれば南ベトナムは十分に北にたちむかえたのに、民主党の「切り捨て遁走」政策を個人のスキャンダルから我が身をすくおうとして共和党のニクソン大統領が受け入れてベトナム人は犠牲になった。

    もし今アメリカがイラクをされば、ベトナムの悲劇が再び繰り返されるだろう。イラクはテロ国家となり世界はそのぶんずっと危険な状態になるであろう。いまが正念場なのである。難かしいからあきらめるというのはアメリカ人らしくない。難かしい時こを足を踏んばってがんばるのがアメリカの強さのはずだ。

    イスラエルはテロリストと妥協して失敗した。アメリカはその過ちから学ぶべきである。

    September 7, 2006, 現時間 12:33 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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    日付け → →September 4, 2006

    『言論弾圧をする危険な日本右翼の台頭』

    最初にいっておくが、私は日本国内の政治的な動きや世論というものを正しく把握していない。だからこれから話すことはすべてワシントンポストのSteven Clemons氏の記事をもとにしたものである。

    はっきり言って、クレモント氏の書き方には日本の右翼に対する偏見を感じるので、できることならば、日本の保守派の人々から反論を伺いたい。翻訳はChupika Szpinakさんのサイトからお借りしたが、カタカナ表示になっていた人名と英語のままになっていた組織名や肩書きは検索可能な範囲で漢字に変換させてもらった。

    8月12日に、古森義久氏(ウルトラ保守派の産経新聞のワシントン駐在論説委員)が、の玉本偉氏による記事を攻撃した(Commentary という日本国際問題研究所のオンラインジャーナル英文編集長)。その記事は、反中国で(中国への)恐怖をあおり、日本の戦没者に敬意を表している神社への公式訪問に表れる、日本の声高な新しい「タカ派的ナショナリズム」の出現に対する懸念を表明していた。古森はその文章を「反日」ときめつけ、その主流派の著者を「過激な左翼知識人」として攻撃した。(カカシ注:産經新聞をウルトラ保守派と呼ぶところに著者の左翼よりの偏見がちらつく)

    しかし、古森はそこで止まらなかった。古森は、靖国が第二次大戦の戦犯たちを称賛してるとする中国の抗議に逆らって靖国神社を毎年訪問する小泉純一郎首相に、あえて挑戦するように疑問を呈する著者を、税金を使って支援したことに対して、研究所の理事長である佐藤に謝罪を要求した。

    注目すべきことに、佐藤はそれに応じてしまった。24時間以内に、彼はCommentaryを閉鎖し、過去のすべてのコンテンツをサイトから消去してしまった。Commentaryは、日本の外交政策とナショナル・アイデンティティへの挑戦についての率直な議論の場でなければならない、という佐藤自身の声明すらも消してしまった。そしてまた、佐藤は、許しを請い、Commentaryの編集管理の完全なるオーバーホールを約束する手紙を産経論説部に送った。

    ワシントンポストはこのようなことは日本の過去の歴史を考えれば驚くべきことでもなく、1930年代の軍国主義が復活しつつあり、意見の違う人間を暴力をつかって威嚇する右翼勢力が台頭しつつあると語る。クレモンズ氏は犬養首相が1932年に右翼活動家によって暗殺されたことを例にあげ、日本にはこのような風潮が昔からあったと書く。

    ちょうど先週、それらの過激派の一人が、今年、小泉の靖国訪問の決断を批判してきた、以前は首相候補でもあった加藤紘一の実家を焼き払った。数年前、フジゼロックス重役で会長の小林陽太郎氏の自宅が、小泉は靖国訪問をやめるべきとの意見を表明した後、手製の焼夷弾のターゲットにされた。爆弾は処理されたが、コバヤシは死の脅迫を受けつづけた。その圧力は効果的だった。彼が率いる大きなビジネス団体は、小泉の中国に対するタカ派的姿勢と靖国訪問への批判を撤回した。そして、現在も、小林はボディガードなしでは移動しない。

    2003年、当時の副外相の田中ヒトシ氏は、自宅で時限爆弾を発見した。彼は、巷で北朝鮮に対して軟弱だと言われていたのでターゲットにされた。その後、保守派の東京都知事、石原慎太郎氏はスピーチで「田中は『自業自得』だ」と主張した。

    自由な思考が脅迫に遭遇する」またの事例は、国際的に尊敬されている慶応大学名誉教授の小岩澄子に関わるもの。去年の二月に、彼女が、日本の大多数は女系天皇を支持する準備ができてると示唆する記事を発表した後、右翼活動家たちは彼女を脅迫した。彼女は撤回を表明し、現在伝えられるところでは、うずくまっている...。

    クレモント氏は、ほかにも多数の政治学者や評論家から右翼団体から脅迫を受け自由に意見を発表できないという訴えを聞いたという。

    ここではっきり言っておく。私はどんな場合でもテロ行為は絶対に許されないと考える。それがたとえ私の大嫌いな左翼非国民マイケル·ムーア監督にたいして行われたものであったとしても、私は絶対に支持しない。断固非難する。だからこの間の加藤氏の自宅と事務所が放火された件いおいて、一部の右翼ブログなどで犯人の行動を擁護するような意見が述べられたことははなはだ遺憾である。

    しかし、日本において右翼団体による暴力的な威嚇がどれだけ行われているのかその実態を私はよく知らない。私は日本の右翼の人たちとはかなり相通ずる気持ちを持っているので、このようなことは極々一部の例で、クレモント氏が大げさにかき立てているのだと思いたい。

    だが、もしクレモント氏の書いていることが真実であったとして、私が一番驚くことは、過激派右翼の暴力行為よりも日本の左翼の腰抜けぶりである。これはクレモント氏自身も書いている。

    今日の右翼による脅迫について、何が危険信号を発して(alarming)て問題かというと、それが効果的だということと、そして、右翼を相互補完するようなもの(mutualism)がメディアに存在すること。

    脅迫者は弱い相手を標的にする。テロリストに妥協をすればテロはより激しくなるだけである。小森氏に謝罪をもとめられた程度でオンラインジャーナルを廃止してしまうなど、佐藤氏の腰抜けぶりにはあきれる。自分の書いたことに信念をもっているなら、コメントを書いた玉本さんも抗議の声明文くらい出すべきだ。

    たとえ命の危険を感じても正しいことは貫き通さねばならない。もし脅迫状をもらったのなら警察に届け出てボディガードを雇うくらいのことはすべきであるし、脅迫状をもらった事実を公表すべきであろう。もし日本で学者が政治評論家が暴力的報復をおそれて自由にものをいえない状況になっているのだとしたら、これは由々しき事態である。

    そして良識ある右翼の人々は、このようなけしからん過激派が暴力行為に出た場合、石原さんがいったような「自業自得」などといってないで、断じてテロ行為を批難すべきだ。日本の右翼は軍国主義などめざしていない、暴力で他人を威嚇するやり方は支持しないと国民に訴えるべきである。

    ところで片方だけのいい分を載せるのは不公平なので、ここで小森氏の声明ものせておこう。

    外務省管轄下の日本国際問題研究所(JIIA)が今春から始めた英文での「JIIAコメンタリー」は時宜を得た発信だと思った...

    ところがその論文のいくつかを読んで、びっくり仰天した。日本の政府与党や多数派の考え方を危険として一方的に断罪し、中国などの日本攻撃をそのまま正しいかのように位置づける論旨なのだ。

    5月記載分の「日本はいかに中国を想像し、自国を見るか」という題の論文をみよう。冒頭に以下の記述がある。

    (外国の)日本ウオッチャーたちはますます日本の対中政策を愚かで挑発的、独善、不当だとみなし、中日関係の悪化を日本のせいだと非難している。しかし日本国内では日本がナショナリスティックで軍国主義的でタカ派的だと(諸外国で)認識されていることへの意識がほとんどない

    この論文はいまの日本で多数派の意見といえる日本の安全保障面での「普通の国」らしい方向への動きを「タカ派的ナショナリスト」の危険な策動と断じ、非難することが主眼となっている。

    その英語の文章は靖国神社の参拝支持を「靖国カルト」と評するような偏向言語に満ちている。カルトとはオウム真理教のような狂信的宗教集団を意味する断罪言葉である。

    同論文には日本の現実派の思考を「反歴史的想像」と呼び、戦後の日本国民の戦争観を「記憶喪失症」と断ずるなど、全体として米欧の左派系や中国の日本たたきに頻繁に使われる扇情的、情緒的なののしり言葉があまりに多い。この点では「反日」と呼べる論文なのである。

    元国連大使の外務官僚だった佐藤行雄氏を理事長とする日本国際問題研究所は日本政府の補助金で運営される公的機関である。その対外発信は日本の政府や与党、さらには国民多数派の公式見解とみなされがちである。

    この論文の筆者の名をみて、さらに仰天すると同時に、ある面、納得した。国際問題研究所の英文編集長の玉本偉氏だというのだ。玉本氏は在住の長い米国のその筋では知る人ぞ知る、日本政府の対外政策をたたいてきた過激な左派学者である。

    2003年のワシントンでのセミナーで「北朝鮮の拉致問題というのはすでに解決ずみであり、日本側は対外強攻策の口実にしているだけだ」とか「日本の自衛隊はイラクに派遣されるべきでなく、また派遣は絶対に実現しない」などと断言するのを私もまのあたりに聞いた。

    この声明文を読む限り、小森氏のいってることがそれほどおかしいとは思えない。クレモント氏も小森氏が直接佐藤氏を脅迫したなどとは書いていない。だが小森氏の言葉が過激派を元気づけるというのである。はっきりいってそういういい方そのものが右翼を黙らせようという左翼の陰謀のようにも聞こえるがね。

    アメリカの左翼の手口にかなりならされてる私なので、この記事はかなり眉唾だと私は考える。だが、事実を知らない以上いまはなんともいえない。できれば読者の皆様からのご意見でこの疑問に光をあてていただきたいものだ。

    付け足し: ミスター苺によると、左翼はなにかと右翼から「脅迫状」をもらったと言い張るのが常套手段なので、実際に脅迫状が公開され警察の取り調べが行われているという証拠でもない限り信じないそうだ。だからこの新聞記事にかかれている右翼による脅迫もどこまで本当か疑問である。

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    理性の皮を被った感情

    September 4, 2006, 現時間 11:32 PM | コメント (2) | トラックバック (2)

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    オサマビンラデンを何度も取り逃がしたクリントン前大統領

    911の記念日が近付き、アメリカのテレビ局ではいくつか特別番組が予定されているが、ABC局作成のThe Path To 9/11(911への道)という番組が保守派とリベラル派との間で結構話題を読んでいるようだ。(保守思想のマイクさん紹介)

    特にこの番組のなかで、アメリカのCIAがビンラデンの隠れがを囲んでいながら、クリントン大統領から突撃命令が出なかったため、せっかくのビンラデン逮捕作戦がおシャンになってしまった話や、CIAが911事件の犯人の名前を事前に知っていながらFBIと情報交換をしていなかったことからテロが防げなかったことなど、クリントン大統領のテロ対策への優柔不断ぶりが描写されているという。まずは保守派Frongpagemagより。

    まず最初にいわせてもらいたいのは、「911への道」は私がこれまでみたテレビ番組のなかで、最高のひとつであり、もっともインテリで、もっとも親アメリカのミニシリーズだ。保守派はこの番組を支持しできる限り積極的に宣伝すべきだ。

    この番組ではハリウッド製作では初めて正直にクリントン政権がどれだけビンラデンの捕獲を何度もしくじったかが描かれている。特にある場面ではCIAと北同盟のがアフガニスタンのビンラデンの家を囲んでいる。ビンラデン捕獲まであと一歩というところまできていた。だが、攻撃にはクリントン大統領からの最終命令が必要だった。彼等はクリントンに電話をしたが、クリントンのシニアスタッフはもしも作戦が失敗して一般市民の犠牲がでて政治的に不評を得るのを恐れ、ビンラデン捕獲を許可しなかった。 国家防衛アドバイザーのサンディー·バーガー はチームがビンラデンを捕まえたければ許可なくして独自にやれと告げた。そうすれば何かあってもチームの責任となり、バーガーの責任は問われない。驚いたアフガニスタン現場のCIA工作員はそれが政権の本心なのかと何度も質問した。バーガーは答えを拒否し最後には電話をきってしまった。CIAチームと北同盟はビンラデン捕獲まであと一歩というところで作戦をあきらめなければならなかった。ビンラデンとアルカエダはこの数日後タンザニアとケニアのアメリカ大使館を爆破、女子供を含む225人以上を殺害し、4000人以上にけがをおわせた。

    この話はクリントン時代の無責任さと不能さを完璧に物語る例である。

    これに関して左翼のブログ、デイリーコスの反応はといえば、、

    俺たちはこれが単なる牛の糞(でたらめ)だってことをしってる。だがABCはこのプロパガンダを報道する。そしてこの2週間宣伝に躍起になるに違いない。

    企業メディアに立ち向かって不利な活動するってすばらしいじゃないか? 嗚呼...民主主義!

    誰が民主主義にとって最高の脅威なのか? テロリストそれともメディア連中?

    自分らの主張がメディアに支えられている時はどんなでたらめ報道でもなにも言わないくせに、ちょっとでも自分らと反対意見が取り上げられるとヒステリーをおこすのだからしょうがない。自分らの言論の自由は保証されなければならないが反対派の意見は報道されるべきではないというのか? たいした民主主義だな。

    我々保守派がいつも左翼メディアの偏向報道にどれだけ苛立ちを覚えているか、たまには左翼連中も思い知るがいい。

    デイリーコスがリンクしているDemocratic Undergroundでウィリアム·ピット氏が(WilliamPitt)クリントン政権がどれだけ積極的にテロ対策をとってきたかということをまとめている。

    1995年にはじまってクリントンがテロリズムにたいしてとった行動はアメリカの歴史上前代未聞であった。彼は何億という金額を対テロ行動のため諜報部全体に注ぎ込んだのである...

    アメリカ国内では、このことを知った人々は少ない。クリントンの切羽詰まったテロ脅威の警告、クリントンによ秘密でもない大掛かりな作戦によってテロを防いだことなど、全くメディアによって報道されなかった。メディアはしみのついたドレスや、根拠のない麻薬使用のうわさ話で大忙しだったからである。

    クリントン政権が実際にビンラデンのテロ組織にたいして軍事行動をしたときも、メディアと議会は「犬を振る」作戦(無関係な話題をつくって本題から目をそらさせようとする行動)といって取り上げなかった.現にあるテレビ局などは映画の "Wag The Dog" (犬を振る)の場面の一部を報道しクリントン政権のすることはすべて偽物であるという印象を強調した。

    クリントン時代を生きてきた経験のある私には当時、クリントンがCIA局長との面接を何度も拒否したことや、イラクへの査察団からイラク政府の妨害で査察がうまくいかないという苦情がでているにも関わらずなにもしなかったこと、スダンからビンラデンの身柄引き渡しをオファーされたのに拒絶したこと、たまに全く無意味な空爆をしてらくだの尻をふっ飛ばす程度のことしかしていなかったことなど、さほど遠くない記憶としてちゃんとおぼえている。当時からクリントン政権へのテロへの無関心さ、もしくは不能さは悪名高かったのである。

    ピット氏は特にスダンの製薬工場爆破の一件について、化学兵器に使われる薬品が発見されたにも関わらず、メディアをはじめ議会からも意味のないパフォーマンスだと非難されたことを語っている。 だが、ピット氏が無視している大事な点は、クリントンがこのような派手な攻撃をする時は、決まってセクハラ事件の聴講の日であったりとか、何か別のスキャンダルでクリントンの評判が落ちている時と一致していたのである。

    クリントンのスキャンダルは共和党やメディアが作り出したものではなく、クリントン自身が作り出したものだ。選挙前に人格は関係ないといっていたクリントン支持者たちだが、彼が後から後から犯した個人的な失態により、彼の政権がまじめにとりあつかってもらえなかったのだとしたら、それは一重に彼の人格失格の結果ではないか。

    それにもしピット氏のいうとおり、クリントンがテロ対策に力を入れて大金を注ぎ込んでいたのだとしても、それならなおさらクリントン時代に起きた度重なるアメリカ人へのテロ攻撃は、クリントンの政策がどれほど不能であったかを物語る。ブッシュ大統領の対テロ作戦によって、戦場以外の土地では、911以後アメリカ人へのテロ行為は全く起きていない。

    とにかくこの番組は楽しみである。

    September 4, 2006, 現時間 4:44 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

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    イスラエル、ウエストバンク撤退は見送り

    英語の表現で、どうしてもきちんとした日本語に訳せないものがある。それは "suffer the consequences" という表現だ。consequence とは「結果」という意味だが、ただの結果ではなく大抵が悪影響という意味で使われる。子供が門限までにかえてこなければそのconsequenceは以後一週間テレビを見られないという罰を受ける、といったように。

    この概念を理解するためには、自分の行動が将来どのような結果をもたらし、それによって自分がどのような影響を受けるかということをはっきり理解していないければならない。しかしパレスチナのテロリスト達の行動をみていると、彼等には全くそのような概念は持ち合わせていないとみえる。

    今回、ハマスがイスラエル兵を拉致したことに対するイスラエルの反応はまれに見る激しいものであり、パレスチナの連中は「過剰反応だ」と大慌てする姿は、はっきりいって滑稽であった。彼等はイスラエルへの攻撃は全く反撃されずに好き勝手にやる権利があるとでも思っているようだ。それでその悪行が阻止されたり反撃されたりすると激怒して国際社会に訴えるというのがいつものパターンである。

    しかしなぜか今回はそれがうまくいかなかった。ヒズボラのナスララなどは完全にうろたえていた。だがもし彼等が一年前からのイスラエルの行動にきちんと注意をはらっていたならば、今回の事件は十分予想できたはずなのである。

    一年前にそれまでブルドーザーとまで言われた鷹派のシャロン前首相がガザ撤退を強行した時は、イスラエル内部からも外部のイスラエル支持派からもかなり批判の声があがった。パレスチナの暴力に屈して逃げるのか、とずいぶん批判を浴びたものである。だがシャロンはガザから遁走したのではない。彼は最初からガザ撤退が永久的なものでないことくらい分かっていたのである。パレスチナのテロリストと戦うためには、一旦ガザから引き上げる必要があったのだ。

    ガザ撤退が必要だった理由

    1) イスラエル軍とパレスチナ庶民の接触をなくす

    イスラエルの入植者を守るため、イスラエル軍はガザ内部にあちこちに関門をもうけ、イスラエル住居地域に出入りするパレスチナ庶民は何時間も列にならんで屈辱的な取り調べを受けなければならなかった。これが毎日数回に渡って行われるのであるから、パレスチナ庶民にしてみれば、占領軍であるイスラエルの存在を毎日思いしらされるはめになり、イスラエルへの憎しみも増幅する。防御壁にあわせ、ガザからイスラエル軍がいなくなれば、パレスチナ庶民はイスラエル軍と顔をあわせなくなり、自然とイスラエルに対する関心が薄れ、自治問題へと注意をむけざるおえなくなる。

    2) パレスチナ庶民に指導者の不能を思い知らせる

    イスラエルが撤退した後、ガザの統治はパレスチナ庶民自身で行われなければならない。だがシャロンはパレスチナの指導層にそのような実力がないことくらい百も承知だった。イスラエルが占領している間は、ガザが不安定でもそれはすべてイスラエルのせいにされたが、パレスチナが自治に失敗すれば、それがイスラエルのせいでないことがパレスチナ庶民にも世界にも明らかにされる。その時点でパレスチナ庶民がテロリズムを拒絶することができれば、パレスチナにも希望がもてる。

    3) ガザから攻撃を受けたら遠慮なく反撃できる。

    実を言えばこれが一番大切な理由だった。つまり、ガザにイスラエルの入植者たちが多く居住していれば、イスラエルはガザ地域からパレスチナによる攻撃をうけても、イスラエル市民の安全を考えて思うような反撃ができない。テロリストから拉致される可能性も大いにあったし、イスラエル側からの攻撃の巻き添えになる可能性もあった。つまりガザ入植者たちは、はからずもパレスチナの人質になっていたのである。

    イスラエル軍がガザを撤退して以来、パレスチナでは「民主的」な選挙によりテロ軍団のハマスが政権を握った。ガザのインフラは崩壊し、あちこちの武装勢力が陣地争いで小競り合いをはじめ、経済は破たん。公務員は半年以上も給料をもらえない、下水は溢れ、町は完全に無法状態。これはすべてイスラエルの助けを借りずパレスチナ庶民が自分達の手でしたことである。

    そのくせ撤退後のイスラエルに何千というロケット弾を打ち込むことには余念がない。挙げ句の果てにイスラエル兵を拉致。これでイスラエルが攻めて来ないと思っていたのだとしたら、愚かとしかいいようがない。

    反ユダヤ主義の国際社会が口ではどれだけイスラエルを批難しようとも、イスラエルの行動は誰にでも理解できたはずだ。だからオルメルト首相がウエストバンク(西の丘)からの撤退を無期延期すると発表したことも決して不思議な展開ではない。

    行動には結果がともなう。パレスチナ庶民は今度こそその意味がわかっただろうか? 主権国家として歩むべき道をまた踏み外したことを彼等はどのくらい意識しているのだろう。

    September 4, 2006, 現時間 2:17 PM | コメント (3) | トラックバック (0)

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    日付け → →September 3, 2006

    豪州冒険家スティーブ·アーウィン氏事故死

    オーストラリアでクロカーダイルと格闘するなどして、テレビシリーズクロコダイル·ハンターで一躍有名になった自然冒険家のスティーブ·アーウィン氏が44歳の若さでダイビング中にエイに胸をさされて死亡した。

    2006.09.04

    15:01 JST- CNN/REUTERS

    シドニー——オーストラリアからの情報によると、テレビのドキュメンタリーシリーズ「クロコダイル・ハンター」でワニなどの野生動物を生け捕りにする姿が紹介され、米国をはじめ世界で名を知られたスティーブ・アーウィン氏が3日、豪北部ケアンズ近郊のポートダグラス沖で事故死した。44歳だった。

    地元報道機関などによると、同氏はドキュメンタリー番組の撮影のため海中に潜っていて、アカエイに刺されたとみられる。毒のあるとげが、胸部を貫通したという。

    アーウィン氏は、豪ビクトリア州出身。クイーンズランド州にあるオーストラリア動物園の園長を務めていた。妻のテリーさんと共にテレビ出演し、クロコダイル・ハンターとして人気を集めた。



    Steve Irwin

    クロコダイルハンター


    アーウィン氏のクロコダイルハンターは、ケーブルチャンネルでずっと放映されており、私は大ファンでよく見ていた。たしか2〜3年前には映画にもなりアメリカ生まれの奥さん、テリーさんと競演しておもしろい演技をみせていた。

    いつも危険な動物のまわりでテレビカメラに向かって元気良く話かけていたので、私はテレビを見ているだけでドキドキしたものだ。こんな危険なことをしていてはいつかワニに噛まれるとか、蛇にさされるとか、崖から落ちるとかひどいことになるのではないかとはらはらしてみていたのだが、エイにさされるとは、まだ信じられない思いである。

    アーウィン氏はクロコダイルハンターなどという名前はついていたが、決してワニを狩っていたわけではない。彼の仕事は人間の生息するところにワニが現れた時、ワニが人間と接触しない場所へ移すことが多かった。彼のクロコダイルや自然への愛情は番組をみていれば明白だった。

    一度トークショーで見かけた時も、彼は自然保護について熱弁を振るっていた。しかし、彼は決してグリーンピースのような人間を犠牲にしても自然を守るべきなどという考えではなく、人間と自然が平和共存できるよう呼びかけていたように思う。

    政治の話は避けてはいたが、私には保守派にみえた。

    また44歳という若さで、ちいさな子供と若い奥さんを残して本当にお気の毒なことである。スティーブのご冥福を祈るとともに、テリーに心からお見舞いを申し上げたい。

    September 3, 2006, 現時間 11:52 PM | コメント (0) | トラックバック (2)

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    テロ脅威が米中間選挙に与える影響

    ことしのはじめ頃、今度の中間選挙への共和党の作戦は、ブッシュ大統領から独立した個人の議員としての特性を出すことを強調しようというものだった。それというのも、ブッシュ大統領の支持率が35%とかいう低さだったこともありブッシュと近い関係にあるとされることが不利に働くと考えたからである。

    民主党もあまりブッシュ大統領のこだわって、ブッシュ政権のテロ対策などに注目すると、民主党はテロに甘いというイメージをさらに強めてしまうため、民主党リーダーのナンシー·ペロシ女史は共和党リーダーのトム·ディレイが収賄罪に問われて辞任したのを利用して、共和党の「腐敗の文化」を選挙運動にもってくる作戦をとっていた。しかし民主党員による収賄罪が次から次へと明るみに出たため、民主党はこの作戦を捨てざる終えなかった。

    テロ問題やイラク問題からは話をそれせたいペロシ女史の思いとはうらはらに、民主党内部ではイラク戦争絶対反対を唱える極左翼の台頭がめだつ。この間のコネチカット州の上院議員民主党候補を選ぶ選挙の時も2000年には民主党の副大統領候補として出馬したこともあるベテラン議員、ジョー·リーバーマン議員がまったくの無名の新人ネッド·ラモントに負けるという一幕があった。リーバーマン議員はリベラルで民主党の本筋からは全く離れない生粋の民主党員である。だがイラク戦争に関しては一環してブッシュ政策を支持してきた。民主党候補の座が危ぶまれるという時でさえイラク戦争は正しいという姿勢を崩していない。民主党の極左翼は激しいキャンペーンをして反戦派のラモントを応援した。

    このことで震え上がったのはイラク戦争を支持した民主党議員たちである。極左翼として圧倒的人気を誇るブログ、デイリーコスが主体となって、賛戦派の民主党議員たちへの激しい攻撃が始まったからだ。民主党内で次期大統領候補ともいわれているヒラリー·クリントン女史ですら、自分のイラク戦争支持の記録を説明しなければならない立場に追い込まれている。

    民主党リーダー、ペロシ女史がどう思おうと、民主党の選挙運動は反戦一直線となったのである。だが果たしてこの作戦はいい考えなのだろうか?

    アレックスさんのブログの記事「中間選挙でのテロとイラク問題」で、アメリカ人のブッシュ政権による対テロ戦争に関する意識調査が紹介されている。

    ギャラップ/USAトゥデーが今年の8月に行なった調査では...アメリカ国民は現政権が自分達の国を安全にしてくれていると信じているものの、大統領の政策への支持率は下がっている。9・11直後から、市民の自由への侵害を懸念する意見も強まっている。このような動向の原因として考えられるのは、恐怖感の鎮静化、アメリカ国民が伝統的に抱いている連邦政府の強大化への懸念、そして現政権の政策が挙げられる...

    国民の76%が世界はより危険になったと答えている。これはすさまじい数字である。さらにブッシュ政権の政策
    全般とテロ対策への支持率も急激に下がっている。政策全般での支持率は2002年1月の83%から2006年8月には40%に急落している。他方で対テロ戦争での支持率は2002年1月の88%から2006年8月には47%に落ち込んでいる。

    しかし今年の8月にCBSニュースが行なった調査ではブッシュ政権がアメリカをテロ攻撃からより安全にしたと答えた割合は51%なのに対し、より危険になったと答えたものは29%にとどまった。実際に9・11以降はアメリカ本土に大規模なテロ攻撃は起こっていない。この点から、現政権のテロ対策にはある程度の成果を収めている。

    これだけ読んでいるとアメリカ国民の間では、ブッシュ政権や共和党のテロ対策への不信感が強まっているように思われ、またテロ対策を口実に国民の人権が侵害されているのではないかという懸念も伺われる。イラク戦争への支持もへっているかのようである。しかし、この世論調査にはこの間のロンドンテロ未遂事件の影響がまだあらわれていないのではないだろうか?

    政治評論家のマイケル·バローン氏(Michael Barone)はロンドンテロ未遂事件はアメリカ市民にテロの脅威を改めて思い出させたと語る。

    今月の出来事で意見を固める一番の原因となったのは8月9日のロンドンにおいて、23人のイスラム教徒が大西洋空路のアメリカの航空機を爆破する計画をたてていた容疑で逮捕されたことにあると思う。

    この逮捕によって、まだ世界には、(多分この国にも)我々を殺し我々の生活を破壊しようとしている人々がたくさんいるということを国民に思い出させた。

    またバローン氏はこのほかにも「ユナイテッド航空93便」や、オリバーストーンの「世界貿易センター」の映画が公開されたり、911の記念日にはテレビでいくつも911の原因について特別番組などが放映される予定があることなどをあげ、これらも国民にテロの脅威を思い出させる一因になると語る。

    NSAによる海外のテロリストから国内にかけてくる電話の盗聴なども、民主党はアメリカ国民を盗聴の対象にしていると批判てきだったが、今回のイギリスのテロが未然に防げたのも、イギリス政府の積極的な盗聴作戦などが貢献しているとされ、対テロ政策の重要性が明るみに出た。

    もし「恐怖感の鎮静化」がテロに強いといわれる共和党の支持率低下に結びついていたのだとしたら、今回の事件によってアメリカ人が積極的な対テロ政策の必要性をあらためて考えるようになったばあい、対テロ政策に消極的な民主党の支持率にも影響が出る可能性はある。

    また、イラク戦争においても、イラク戦争に負けることがアメリカを危険な状態にするとアメリカ人が解釈した場合、なにがなんでも戦争反対、いますぐ撤退を求む、という民主党の強硬姿勢がかならずしもアメリカ市民の支持を得るとは限らない。現に、コネチカットで民主党の候補に選ばれなかったリーバーマン議員は無所属として立候補することにしたが、イラク戦争で戦った元兵士らを出演させた「リーバーマン議員の応援が力強かった。」「我々を背後から支援してくれるリーバーマン議員のおかげで勇気づけられた。」と証言するコマーシャルが影響したのか、リーバーマン議員の支持率はラモント候補よりも上昇している。イラクでは宗派間でも争いの犠牲者は先月よりも今月は3割がた減っている。もしこのままイラクの状態が好転すればイラク戦争への捉え方もかわってくる。

    この間カカシもブッシュ大統領の支持率がじわじわあがってきていることを書いたばかりだが、イギリスのテロ未遂事件の後に行われたRassmusenの世論調査でも大統領の支持率上昇が現れている。これによると、41%のアメリカの大人がブッシュ大統領の仕事ぶりを評価すると答え、56%が評価しないと答えた。41%ではまだまだ低いように思えるが、去年の一時期35%まで落ちていた支持率を考えるとかなり挽回したといえるのである。

    共和党も、民主党も、テロ脅威やイラク戦争を選挙の主題にしたくないというのが本心だろう。だが、彼等が好むと好まざるとにかかわらず、アメリカは戦争中なのであり、この話題を避けることはできない。だったらここは双方とも対テロ政策を全面的に押し出して、弁護するなり攻撃するなりして、二つの党の違いをはっきり国民にアピールすべきであろう。

    関連ブログ記事

    秋の選挙にむけて

    September 3, 2006, 現時間 5:33 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

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    イラクアルカエダのナンバー2逮捕される

    シーア派イラク人にとって非常に大切なサマラの聖廟を爆破し現在おきている宗派争いに拍車をかけた。そのアルカエダのナンバー2といわれる男がイラク政府によって逮捕されていたことがあきらかにされた。

    【カイロ支局】イラクのルバイエ国家安全保障顧問は3日、テロ組織「イラクの聖戦アルカイダ組織」のナンバー2とされるハミド・サイディ(アブ・フマム)容疑者を逮捕したと発表した。AP通信が伝えた。数日前に逮捕したというが、場所は明らかにしていない。
     同容疑者は今年6月にイラク駐留米軍が殺害したザルカウィ容疑者の後継者アブアイユーブ・マスリ幹部の副官。今年2月、イラク中部サマラで起きたイスラム教シーア派聖廟(せいびょう)爆破事件に直接関与したという。イラクでは同事件をきっかけにシーア派とスンニ派の宗派間抗争が激化した。毎日新聞

    September 3, 2006, 現時間 1:49 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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    イスラムに改宗しないと殺す! 裏切り者アメリカ人アルカエダの警告

    私はいつもブログの記事を書くにあたり、ネタに困ることは全くない。それよりも書きたいことがあまりにも多くあるため限られた時間内でどれだけのことが書けるかに四苦八苦する。そこで自分が書きたいと思っていたのにかけないでいたことをどなたかが書いていて下さるとホッと一息つけるものだ。

    いつも当ブログをリンクして下さってる陳さんがそんな記事を紹介してくれている。

    ▼アルカイダ米国人のビデオ公開「毛唐はイスラムに改宗しないとテロをして殺す」(CNNJapan)

    米連邦捜査局(FBI)に指名手配されているアルカイダの米国人構成員アダム・ガダーン容疑者のビデオ映像が2日、アルカイダのナンバー2であるザワヒリ容疑者の映像とともに公表された。テロ対策専門家がCNNに明らかにした。

    「イスラムへの招待」と題するビデオは48分間。ザワヒリ容疑者の談話は4分間で、残り時間はガダーン容疑者が語っている。カリフォルニア州出身のガダーン容疑者は白装束と白いターバン姿で画面に登場し、欧米人にイスラム教への改宗を呼びかけている。

    ガダーン容疑者は、「ブッシュやブレアの世界秩序でどのような役割や地位を担っているかを問わず、われわれは米国人全てに改宗を勧めたい。今日が最後の日なので、決断は今日するべきだ」と述べた。

    専門家は、ガダーン容疑者の発言に時間への言及があるのは、テロ攻撃が近いことを示唆しているとみられると指摘した。専門家によると、イスラム過激派は非イスラム教徒への攻撃前に、改宗の機会を提示するべきだとの考えにあり、容疑者の発言が警告である可能性もあるという。

    これについてビデオそのものへのリンクや内容について詳しくミッシェル·モルキン(Michelle Malkin)が紹介しているので一読の価値あり。

    「アメリカ人およびキリスト教徒らに告げる。誤った道を悔い改め光と真実の道へと入れ。さもなくばそなたたちの毒を持ったままこの世とあの世においてその結果に苦しむがよい」

    と仰々しいイスラム教ジハーディスト特有の芝居がかった言い方をしているが、そのなかで当ブログでも紹介した保守派の政治評論家たちの名前が「シオニストの十字軍」とか「憎しみの宣教師」とかいうカラフルな形容詞で連ねられているのが面白い。このなかで名指しされた人々は、ダニエル·パイプ、ロバート·スペンサー、マイケル·シュウアー、スティーブン·エマーソン、そしてもちろん「十字軍総識者ジョージ·W·ブッシュ」(大爆笑)

    ところで左翼で反ブッシュで嘘つきのシーモア·ハーシュ(アルグレーブスキャンダルを最初に暴露したニューヨーカーの記者)や反米映画「か氏911」で悪名高いマイケル·ムーアなどはアルカエダが尊敬すべき人々としてアルカエダのプロパガンダビデオに登場するらしい。

    September 3, 2006, 現時間 3:52 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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    日付け → →September 2, 2006

    恥知らず反米左翼! ブッシュ暗殺架空ドラマを公開

    トロントで今月開かれる国際映画祭ではどうやら反米映画が溢れているようだ。イラク戦争前夜にイギリスでアメリカ大統領を侮辱してカントリーファンから見放されたデキシーチックスの文句たらたら自慰映画、「黙って歌え」がここで公開されるという話をきいたばかりだったら、今度はブッシュ大統領が暗殺されるという英国作成の擬似ドキュメンタリーが公開されるという。

    「ブッシュ大統領暗殺!」、英TVが空想ドキュメンタリー

    【ロンドン31日】英国の民放・チャンネル4が、ブッシュ米大統領暗殺というショッキングなテーマを扱った空想ドキュメンタリーを公開する予定だ。「ある大統領の死」と題する作品で、過去の記録映像とCG映像をミックスし、「ゾッとするほど」リアルな内容となっている。論争を巻き起こすのは必至とみられる。
     「ある大統領の死」は、ブッシュ大統領がシカゴでの経済界リーダーたちを前にした演説で大々的な反戦行動に遭遇、会場を後にする際に狙撃され、シリア生まれの男に捜査の焦点が向けられるというストーリー。
     9月7日に開幕するトロント映画祭で上映された後、チャンネル4のデジタル放送「More4」で10月9日に放映される予定という。
     「More4」代表のピーター・デール氏は、「これは並外れて人を引き付ける、迫力ある作品だ。魅力的な推理劇の出発点としてジョージ・ブッシュの暗殺を振り返るドキュメンタリー形式で作られている」と述べ、「現代米国社会についていろいろ考えさせる批評ドラマだ」と売り込む。「憤慨する人もきっといるだろうが、見てもらえば、洗練された作品だと分かるだろう。決して扇情的・短絡的なものではなく、示唆に飛んだ迫力ある作品であり、背景にある制作意図は善良なのだと分かってもらいたい」と話している。

    な〜にが『背景にある政策意図は善良』なのだ。アメリカ憎しブッシュ憎しの悪意に満ちた映画ではないか。テロリストたちがアメリカを初め全世界の自由国家を皆殺しにしたいと考えている時に、自由諸国の代表でもあるアメリカ大統領の暗殺を奨励するような映画を作る人間どもの悪意には吐き気がする思いである。彼等はブッシュ憎しが講じてテロリストシンパへと成り下がったといっても過言ではない。

    さて時事通信の記事では映画の内容があまり詳しく説明されていないが、ミスター苺がメールしてくれたデイリーメールの記事にはもっと詳しく映画の説明が載っている。(注:カカシは映画をみていないのでこの記事に書かれていることが本当なのかどうかはまだ確認できていない。)下記はこの記事をもとにカカシが要約したものである。

    2006年11月、民主主義によって世界平和をもたらそうと演説するジョージWブッシュ大統領を暗殺者の銃弾が貫いて殺害する。容疑者の正体はすぐにメディアによって大々的に報道される。アメリカ人のほとんどが犯人がシリア生まれであるということだけで満足し、イランの犬と考えられているシリア政府に焦点が当てられる。シリア外相による悔やみの言葉や否定も空しく、アメリカ市民はダマスカスやテヘランからの正式発表など全く興味をもたなかった。テレビではこれらの国々の市民がお祭り騒ぎにくり出す姿が何度も放映された。

    大統領の座を得たディック·チエイニーは常に非公開の安全な場所から声明発表をするため「洞穴の男」とあだ名される。「大統領の死を祝った者たちはすぐにその味を噛み締めるだろう」と新大統領。

    アラブ諸国では人々が喜びにみちたが、ヨーロッパ諸国の反応も冷たかった。イスラムテロリストによって苦しめられたイギリスでさえあまり同情はみられなかった。場合によってはイスラム教徒以外の間でも喜ぶ声さえきかれた。

    しかしひどかったのはチェイニー新大統領による厳しい取り締まりであった。テロ容疑者は条令もなく逮捕され裁判もなく処刑された。ブッシュ大統領の死を祝ったとされる諸国への攻撃案が作成され、シリアがまず攻撃され、イランが続いた。イランの革命軍はヒズボラの戦い方を学び真っ向からアメリカ軍にいどまずゲリラ戦をおこなった。

    戦争はペネズエラまでにおよび、イギリスではイスラム教徒による暴徒によってガソリンスタンドなどが次々に爆破された。

    テロ容疑者は容赦なくガンタナモ送りになり、キューバから亡命してくるキューバ人たちをアメリカ海兵隊が虐殺したとして、抗議したキューバを黙らせるためアメリカはキューバも攻撃。

    チェイニーの独裁により、アメリカは危機につぎ危機を迎えるがアメリカ市民はチェイニーを断然支持、、、

    まあ、こんなもんだ。この記事を読んでわかるのは、この映画制作者たちはアメリカ国民の本質を全く理解していないか、理解してわざと無視しているかのどちらかだろうということだ。

    ブッシュ大統領の暗殺を待つまでもなく、アメリカでは国民全員を怒らせるテロ行為がすでに2001年9月11日に起きているのである。犠牲者の数が最終的に3000人前後と発表されるまでの数週間、我々は犠牲者数は4000人から6000人と聞かされていた。もし貿易センターが縦に崩れずに横倒しになっていたら、もしテロが起きたのが9時10分前ではなくてほとんどの人が出勤していた10分後だったら、何万という犠牲者がでたことは必定だ。それを考えた場合、もしアメリカ国民が怒りに狂って復讐をだけを考えるような国民なら、あの時ほどその本性が現れるのに絶好の機会はなかったはずである。

    だがアメリカ国内でアラブ系の人間がリンチになったり、イスラム教の聖廟が破壊されたり、条令もないのに中近東の人々が、ただイスラム教徒あるというだけで大量に逮捕されたなどという出来事は全くおきなかった。一部ぼっ発的にイスラム教徒と間違われたインド人が嫌がらせをされたり、イスラム教聖廟に石が投げられたり落書きがされたといった程度のことはあったが、組織的なイスラム教徒迫害は全くおきなかった。それどころか、アメリカ在住のイスラム教徒に不心得者からの攻撃がないようにと地元のキリスト教徒やユダヤ教徒が率先して市民に冷静を保つよう呼びかけたりしていたほどだ。

    テロ対策として提案された「愛国法」ですら、アメリカ市民や合法永住の外国人の人権を妨げるようなことがあってはならないと神経質なほどの考慮がされた。

    だからブッシュ大統領がシリア生まれの男に暗殺されたとしても、アメリカ国民がヒステリーを起こしてシリアやイランに戦争を挑み、チェイニー新大統領が国民の人権を無視して容疑者をかたっぱしからガンタナモに送るなどということはまずあり得ない。

    この映画はブッシュ大統領やチェイニー副大統領への侮辱であるばかりでなく、アメリカ国民全体への侮辱である。このような汚物を製作する人間が自由に物を言えるのも、彼等が軽蔑するアメリカやイギリスの愛国者たちが諸外国で命がけでテロ退治をしていくれているからではないか。もし我々がイスラム過激派とのテロ戦争にまけたならば、彼等のような堕落した馬鹿左翼どもが一番最初にジハーディストの刃に倒れるのである。

    September 2, 2006, 現時間 8:52 PM | コメント (7) | トラックバック (0)

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    イラク状況のそんなに悪くない実態

    イラクからのニュースというのは、アメリカの主流メディアはまあ良いニュースを報道しない。最初の頃はアメリカ兵が殺される度にうれしそうに死体の数を数えるような報道が目立った。アメリカ兵および連合軍の犠牲者が減ってくると今度はアメリカ兵によるスキャンダルの注目。このあいだラムフェルド防衛長官が文句をいっていたが、アメリカではふしだらな行為をしたアルグレーブの犯罪者の名前のほうが勲章をもらった英雄の名前よりも有名だというのははなはだ嘆かわしい状態だ。

    最近のニュースはといえば、イラクでの宗派間の争いで、毎日のように自爆テロがイラク人を大量に殺し、7月などは一日100人以上のイラク市民がテロの犠牲として果てた。アメリカ軍はアルカエダなどの外国人テロリストやスンニ抵抗軍による攻撃はほぼ鎮圧することができたが、イランの後押しのあるシーア派のモクタダ·アル·サドルの率いるマフディ民兵軍と、スンニ派との内輪もめはアルカエダの攻撃よりもイラク市民にとっては危険なものとなった。

    昨日発表された米国国務省のイラク情勢に関する報告書でも、最近とみに激しくなった宗派間争いの状況が記されている。

    【ワシントン=貞広貴志】米国防総省は1日、今年8月中旬までのイラク情勢についてまとめた四半期ごとの報告書を作成し、連邦議会に提出した。

     治安情勢の悪化でバグダッドを中心にイラク市民が犠牲になるケースが急増しており、前期に比べ死傷者数で51%増、テロの件数でも15%の増加を記録した。

     報告書は、「暴力の水準と質における事態の悪化は、イラク復興などあらゆる分野に影響を及ぼしている」とした上で、「イラクが内戦にいたる条件は存在する」との悲観的な見方を示した。

     テロが横行する要因として報告書は、イスラム教スンニ派を中心とする国際テロ組織「アル・カーイダ」と、シーア派強硬指導者ムクタダ・サドル師の民兵組織「マフディ軍」との間で、市民を巻き込んだ報復合戦の様相を呈していることを指摘。7月にバグダッドの検視官事務所に運び込まれた1800の遺体のうち、90%までが処刑と見られる死因だったとしている。読売新聞) - 9月2日11時50分更新

    これだけ読んでいるとどうもイラク情勢は悲劇的だ、いますぐアメリカ軍を撤退させよという民主党の「切り捨て遁走」論が人気を得そうだが、実際はそんなに悲観するほどの惨状ではない。

    まず報告書の期間はマリキ氏がイラク首相に就任した5月末から8月11までとなっており、その後イラクでは暴力が激減した期間の事情が含まれていない。また、主流メディアは報告書に書かれているイラクの良い状況については全く報道していない。

    ペンタゴンのウェッブページを参考に、主流メディアが無視した良い点をいくつかあげてみよう。

    この時期にイラク政府は内閣の地位をすべて埋めた。またイラク政府は一般国民からの支持を得、新しいイラク軍と他のイラク警察を含む警備軍がイラク警備の指令と統制の役割をよく果たしていること。 イラク経済も好転している。去年のGDP成長率は4%だった。

    石油輸出も増加。電力の普及も向上。水の浄化、下水設備なども作動している。また国中のインフラも迅速に蘇っている。イラク戦争からの損害からだけでなく、何十年にもわたるフセイン政権下で崩壊したインフラも着々と再建されている。

    ただ一つ問題なのは治安である。むろんこれが一番やっかな問題なわけだが、それにしてもイラク人自身が対応にしっかり取り組んでいる。ペンタゴンの報告書にもどろう。

    イラク人によるイラク人への暴力、特にバグダッド周辺、は増加している。しかしほとんどの暴力は18府あるうちの4府で起きている。後の14府は比較的平穏である。そのうちのひとつムサナ府では連合軍は全く配置されていない。

    イラク軍の訓練と軍備は予定どおりに進んでいる。27万8千人のイラク警部兵がイラク軍、中央警察、地方警察として訓練を受け軍備を整えた。これは前期5月末の報告書よりも1万4千人の増加である。

    さらにイラク軍がこれらの地域の指揮をとっているため連合軍は援助としての役割を果たすことができるようになった。現在イラクの5つの師団、25の旅団、そして85の部隊がこれらの地域の指揮にあたっている。これは前期の報告書より32%の増加である。

    連合軍の訓練者たちは戦闘後方援助、医療、支給、修理などといった戦闘員援助への訓練に焦点をあてている。これはイラク軍が独立して任務につくことができるためである。また長期にわたって責任をはたすことになる内政省と防衛省の能力向上にも焦点があてられている。

    連合軍の作戦はうまくいっているのである。この最新の報告書直後のイラクでは一般市民の犠牲者が劇的に減っているのである。主流メディアはなかなか認めようとしないが、それでもこんな記事をみつけることができる。
    ロイターより、 訳:カカシ)

    イラク死者数減少、新しい大量殺人にも関わらず

    2006年9月1日 アラスター·マクドナルド記者

    今週にバグダッドにおいて70人もの犠牲者をだした一連の爆発にもかかわらず、暴力的なイラク市民の死亡率は先月末までの今期、統計的に減少している。

    保険省の統計をもとに、イラク内省によって公開されたこの小計は、まだ毎日何十人という死者が出ているとはいえ、アメリカ軍による首都での厳しい取り締まりが成果を見せているという自信を裏付けるものといえる。

    また同記事によれば、アルカエダの勢力もザルカーウィ亡き後かなり弱体しているとある。だが問題はイラクで内乱が起きるという懸念がどれだけ現実的なものなのかということだろう。しかしそれについても報告書に関する別の記事でロイターはしぶしぶその危険性が少ないことを認めている。

    同報告書には「イラクにおいて内乱に結びつく状況は存在する」とありイラク市民の間でも内乱への心配が増加していると書かれている。

    「しかしながら現在の暴力は内乱ではない。さらに内乱に結びつく動きは防ぐことが出来る」と報告書は加える。報告書では2003年3月に米軍の率いる連合軍がフセイン政権を倒した侵攻以来一番複雑な治安状況いなっていると述べている。

    またペンタゴンの記事でもあるように、イラク政府がきちんと機能しているということ事態、内乱など起きていないということの証明である。

    イラク状況をまとめてみると、、

    * バグダッドにおいて宗派間の暴力が激増している --

    * しかし内乱といえるほどひどくはない --

    * そしてアルカエダ弱体によるテロ戦争が崩壊したことによって解決に向かっている --

    * この状況は新政府設立によってはじまった...

    * しかし大掛かりな連合軍とイラク軍の最近の攻撃によって暴力はおさまりつつある--

    * これはここ数日のスンニ派によるいくつかの大きな攻撃を考慮にいれてもなのである。

    というわけだから、悲劇的な新聞の見出しだけみて、イラクの状況が絶望的であるなどと判断すべきではない。確かにイラクは難かしい状況におかれている。だが決して最悪な状況ではないし、イラク軍の力は日に日に強化されており、辛抱強く努力を続ければイラクは必ずや平穏化するであろう。

    我々庶民も、連合軍とイラク軍の活躍を辛抱強く見守ろうではないか。

    参考ブログ記事
    That (Not So) Gloomy Pentagon Report

    September 2, 2006, 現時間 4:10 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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    日付け → →September 1, 2006

    名ばかりのヒズボラの大勝利

    私はイスラエルとヒズボラの停戦が決まった時から、主流メディアやアメリカ保守派がいっているような、ヒズボラの勝利など信じていなかった。先日もヒズボラが拉致誤算を認める理由でも

    どうも勝ったといわれる勢力のリーダーがいうような声明ではない...我々の聞く報道はともかく、地元レバノン市民の間からはシーア派も含めてヒズボラへの批判が案外高まっているのではないだろうか...

    ナスララが国連軍に抵抗しないといってみたり、挑発されなければ自分達からイスラエルを攻めることはないとわざわざ公約しているところをみると、今回のイスラエルとの戦争は決してレバノン人の間でも人気があったわけではなさそうだ...

    イスラム教のジハーディストの語彙に「抑制」などという言葉があったとは初耳だ。もちろん私はナスララの公約など花から信じているわけではない。だが不本意でもこのような声明を公表しなければならない状況にナスララが置かれているのだということには深い意味があると考える。

    と書いたが、今日になって政治評論家のチャールズ·クラウトハンマー氏がワシントンポストに同じようなことを書いている。(訳:kitaryunosukeさん)

    2週間も経たない前にナスララが宣言した「戦略的歴史的大勝利」なんぞこんなものだ。知っていたら大勝利に終わる戦争なぞ始めなかった、と宣言するなど、どんな真の勝者だ。

    西側では恐ろしく抑えられているナスララの告白は、レバノン人が既に知っている事を明らかにしている。ヒズボラはプロパガンダ戦争に勝ったかも知れないが、闘いでは負けた。惨敗した...

    ヒズボラは重傷だ。数百人の優秀な戦闘員を失った。イスラエル国境の深くに築いたインフラは破壊された。偉大な英雄は余りにも深く身を隠していたので、ナスララは「地下ムラー」と呼ばれている。

    最も重要な事に、戦争の間にレバノン内でのヒズボラの政治的メリットは幻想だと証明された。事態が沈静化するにつれレバノン人は、破滅以外の何物をももたらさなかった戦争を引き起こし…後になって瓦礫の中で勝利を自慢して歩くヒズボラに対して怒り狂っている。

    ナスララ氏のいいわけがましい声明について、アセアンさんがこんなことを書いていた。

    ナスララの発言ですが・・・いわゆるレバノン南部での非戦闘員(一般住民)向けに加えて、レバノン政府(シニオラ)及び周辺アラブ諸国向けのモノであることは明らかですね。

    クラウトハンマー氏もアセアンさんと同意見だ。

    西側メディアはまたもや「アラブ・ストリート」の神秘に引きずり込まれている。イスラエルにロケット弾を雨霰と降らせたヒズボラに歓声を上げて群衆が出てくる(仰天!)。そして当初はヒズボラを批判していたアラブ諸国の政府は都合良くもダンマリ。今、この群衆はオウチに帰り、ヒズボラは改めて攻撃の下にさらされている…サウジアラビア、クウェート、エジプトの新聞で。影響力の強いシーア派学者や部族のリーダー達を含む、多くのレバノン人にも同様に。アラブ人は自分の利益がどこに転がっているか知っている。そして、彼等はイランの為に闘うような、シーア派武装組織と懇ろになったりはしないのだ。

    ヒズボラは紛争前にかなりレバノン内部で顰蹙を買っており、武装解除の圧力が高まっていた。イスラエル兵を数人殺して二人を拉致した行為も、イスラエル兵とイスラエルに拘留されているレバノン人を交換できれば、ヒズボラのレバノン内部の人気が高まるとの計算だったのかもしれない。むろんこれはナスララも認めるとおり大誤算だったわけだ。

    またヒズボラがイランの先行特別部隊であることは周知の事実であり、アラブ諸国がレバノンをイランの傘下にすることを望んでいるわけがない。それでなくてもアラブ人ではないペルシャ人にイスラム教徒の代表のように威張られることをアラブ諸国はいまいましく感じているし、イランの核武装にもすくなからぬ脅威をだいている。
    という状況だから、クラウトハンマー氏は第2ラウンドは起きないだろうという。

    だからこそ、予測されている第2ラウンドは実は起こらないのだ。ヒズボラは軍事的にも政治的にも、次のラウンドを闘えるような状態ではない。あの戦争が過ちであった、というナスララの告白は、繰り返さないという明確な誓約である。

    レバノン人は、次は、イスラエルの指導者が躊躇も自制もほとんどしないだろう、と知っている。
    ヒズボラは次という危険を冒す勇気はないだろう。

    クラウトハンマー氏の間違いは第2ラウンドがヒズボラのほうからでしか始まらないと決めつけていることだ。確かにこれまでイスラエルは挑発されなければ攻撃しないという姿勢を貫き通してきた。だからヒズボラがイスラエルを攻めさえしなければイスラエルからの総攻撃はあり得ないと思い込むのも無理はない。だが、今回の紛争でイスラエル内部の政治は一変したのである。

    オルメルト首相はその決断力と行動力のなさでさんざんイスラエル軍からもイスラエル市民からも批難されている。もし彼が信任投票を許せばオルメルト内閣は解散せざる終えなくなる。ということはオルメルト首相は停戦条約を最後の一字一句まで相手が守らない限り、イスラエルは絶対に引かないという立場をはっきりイスラエル市民んに見せる必要があるのだ。

    屈辱的な停戦条約を飲んで、ヒズボラは武装解除できない、人質は帰ってこないでは、オルメルトの面目はまるつぶれである。オルメルトが国連事務総長のコフィアナンが何をいおうと一歩も引かない理由はここにある。

    この間も書いた通り、ヒズボラが武装解除をするなどということはあり得ない。人質だってかえってこないだろう。そして国連軍がイスラエルとの国境を守るなんてのは冗談に等しい。ということは、第2ラウンドはイスラエルの手によってはじめられると考えた方がいい。オルメルト首相が首相の座を守りたいのであれば彼にはほかに手段がないからである。

    第2ラウンドは必ずおきる。それが来週か来年かは分からないが、一年のうちには決着がつくものを私は予測する。


    関連過去記事
    お黙んなさいアメリカ極右
    レバノン停戦、ヒズボラは勝ったのか?
    ヒズボラがイスラエル兵拉致の誤算を認める理由

    September 1, 2006, 現時間 9:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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    イスラエル国家を認めるべき、訪日ヨルダン王子のメッセージ

    来日したヨルダンの王子、ハッサン・ビン・タラールさん(59)さんがアラブ諸国の民主化について非常に興味深いこといっている。これは今回、京都で開催されている「世界宗教者平和会議第8回世界大会」(26〜29日)に議長として出席するため来日したタラール王子とのインタビューから毎日新聞の記事より。

    中東地域の真の平和を望むなら、イスラエルという国家の存在を承認する時期に来ている。米国は拡大中東構想(モロッコ−アフガニスタン)を掲げて「民主化」を進めようとし、最近では「新しい中東」という表現を多用しているが、改革は外から押しつけられるものではない。この地域の国々は今、自らの社会的、経済的な規範を必要としていると私は考えている。

    またYnetの記事では

    アラブ指導者たちは何億ドルというお金をアラブ市民から盗み、庶民の医療や教育のために役立たせるかわりに、打倒不可能なイスラエルと戦争するための武器に使っている。

    とイスラエル打倒に夢中になって肝心の庶民の幸せを顧みないリーダーたちを痛烈に批判している。

    なにもかもイスラエルが悪い、アメリカが悪い、といっているだけではアラブ諸国の発展はあり得ない。あラブ諸国がテロリストに乗っ取られることなく、文明社会として生き延びるつもりなら、イスラエル憎しの執着心をすててアラブ諸国の未来のために団結すべきだと王子はいうのである。

    彼の思いが中東に広まることを祈るものだ。

    September 1, 2006, 現時間 4:39 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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    パレスチナ、戦いをやめよう! アッバス大統領の願い空しく

    昨日パレスチナ自治政府(PA)の報道官が自己責任を追求する記事を書いたばかりだが、今日になってPAのアッバス大統領もイスラエル攻撃をいますぐやめるよう武装集団の前で演説をした

    アッバス氏はイスラエルにロケット弾を打ち込んでいる武装集団こそがパレスチナの破壊と死の責任があると述べた。ラマラに集まった何千という群衆に向かってアッバス氏は「これまでにガザでは250人の殉教者が出た。何千という人がけがをし、何千という家屋が破壊された。何故だ? この理由は何だ? この理由を探そうではないか。」と呼びかけた。

    アッバス大統領がいう250人の殉教者というのは、ハマスがイスラエルのジラードシャリット一等兵を拉致してからイスラエルの反撃によってガザで殺された人々のことをさしている。アッバス大統領は大分前からハマスおよび他の武装集団に対してイスラエルへの攻撃をやめるよう呼びかけていたが、これは直接ハマスとその政権への批判ととれる。

    アッバス氏はガザから飛び交うロケット弾がイスラエルからの攻撃の口実となっているとハマスら武装集団の行動を強く批判しているのだ。

    アッバス氏はハマスとファタとの同盟政府を設立し、国際社会からの経済制裁を取り止めてもらおうとしている。そのためにはパレスチナ市民が一体となってパレスチナの経済発展のために努力すべきであり、いつまでもイスラエルへの自爆テロを続けていてもらちがあかないと考えたのだろう。

    だが、アッバス氏のこのような訴えも空しくハマスは今日も何十というロケット弾をイスラエルに打ち込んだ。イスラエル側はハマスとファタの同盟政府は成り立たないだろうと見ている。たとえシャリット一等兵が返還されたとしても、ハマスは国際社会に公式な政権として認められるために必要な三つの条件を拒否し続けるだろうというのがイスラエル側の見方である。そのみっつの条件とは、テロ行為をやめる、イスラエルが存在する権利を認める、過去のイスラエルとPAの合意を受け入れることである。

    暴力的により過激になるハマスと穏健化するファタとが協力をしてひとつの政府をつくることはまず無理だろう。これはパレスチナにとって非常な悲劇である。だが、民主的な選挙でテロ軍団のハマスを政権に選んだ以上、パレスチナの悲劇は自業自得といわねばならない。

    パレスチナの未来はパレスチナの民が握っている。壁の建設が完成すればイスラエルにとってパレスチナはもうどうでもいい存在である。パレスチナが主権国家として生まれ変わるためにはただイスラエルを憎んでいても何も生まれない。自分らの社会は自分らの手で作り出さねばならんのだ。だが、私にはパレスチナ人にそれができるのかどうかかなり疑わしいと感じる。

    気の毒なのはアッバス氏や、彼の意見に同調する穏健派のパレスチナ庶民である。

    September 1, 2006, 現時間 12:37 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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