December 25, 2006

’96のサウジ米軍宿舎爆弾事件、米裁判所イランの関与認定

よくイスラムテロリストによるアメリカへの攻撃をいうと、2001年の911同時多発テロが最初だと思う人がいるが、実はそうではない。1990年代だけでも最初のWTC爆破テロからはじまって、アフリカのケニアとタンザニアのアメリカ大使館で同時に起きた自動車爆弾テロ、イージス艦コールの爆破などアメリカはイスラムテロリストから何度も攻撃を受けていた。1996年にサウジアラビアの米軍宿舎で起きた自動車爆弾攻撃もそのひとつである。

私は当時の状況に詳しいFBI捜査官から話を聞いたことがあるが、サウジアラビアはもともとアメリカ軍の度重なる要請にもかかわらず、空軍宿舎の前にもう一つ防御フェンスを取り付けるなど、警備を厳しくすることに協力してくれなかったのだそうだ。だから自動車爆弾を運転した男は門をつっきって宿舎に突っ込むことが容易にできたのだという。事件後もFBIの捜査官に女性が含まれているといって全く捜査に非協力的だったようだ。

しかし、最近になってあのテロにイランが関与していたことがアメリカの裁判所によって正式に認識された。

米裁判所がイランの関与認定、サウジ米軍宿舎への爆弾攻撃

2006.12.23
Web posted at: 15:50 JST
- CNN/AP

ワシントン——サウジアラビア東部、ホバル市で1996年起きた米空軍操縦士、関係者が寝泊まりする宿舎へのイスラム過激派の爆弾攻撃で、米連邦地裁は22日、事件へのイランの関与を一部認定、遺族が同国に対し約2億5400万ドル(約302億26万円)の損害賠償を請求する権利を認めた。

同裁判で、一部とは言え、イランの関与を結論づけたのは初めて。

事件では米国人19人が死亡。米連邦捜査局(FBI)は、イスラム強硬派ヒズボラのサウジアラビアの分派の犯行と断定した。ただ、イラン政府と同分派のつながりには明確には触れていなかった。

22日の判断は、FBI要員の証言を材料にした。イラン政府直轄の情報機関要員2人と同国政府職員が同分派に資金、訓練、支援物質などで便宜を図っていたと述べた。

連邦地裁の判決に対するイラン側のコメントはない。

これも古い話ではあるが、アメリカを最初に攻撃したイスラム過激派といえばイランである。1979年イラン革命直後にイランの学生たちがアメリカ大使館を乗っ取り外交官や従業員を一年半あまり人質にした事件が最初だ。今思えばイスラムジハーディストによる西洋への戦争はあの時始まったといっていい。

イラクにおいても、レバノンや、最近はパレスチナにも手を出しているイラン。全く歯のない経済制裁など屁とも思わないイラン。アメリカはいずれは戦争をしなければならなくなるだろうな。

December 25, 2006, 現時間 4:53 PM

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