グランドキャニオン旅行

苺畑カカシ著

第三話: クリアクリークトレイル

コロラド河のほとりにあるブライトエンジェルキャンプ場で一泊の後、翌日はクリアクリークへ出発しました。このコースは片道15km。クリアクリークで二泊してブライトエンジェルのキャンプ場に帰ってくる予定でした。

さて我々はハイキングの訓練は結構したつもりですがキャンプの訓練を怠っていました。テントを張ったり、しまったりするのって結構時間がかかるものなのですよ。携帯のストーブを使ってお湯をわかすのもなれていないと至難の業。それで六時におきたのになんだかんだてまどっているうちになんと出発が8時45分になってしまいました!

ガイドブックではこのコース最初の4kmで峡谷の中腹にある平らな場所にのぼり付けばあとはずっと平たんな道だとあったので、暑くなっても大丈夫だろうとたかをくくっていたのですが、歩きはじめると、この最初の上りが物凄くきつい。道は瓦礫だらけで坂は急。角ばった石ころが足に突き刺さる感じで痛いのなんのって。

苦労して一時間ぐらいのぼったことろで、クりアクリークから帰ってきたという二人組の若い男性に遭いました。彼等は「えー?今からいくの?暑くなるよ。充分気をつけないと駄目だよ。昨日僕の弟なんか暑さでひどい目にあったんだから」と口々にいいます。そのあと少し行ったところで最初の二人組の弟さんとお父さんに遭いました。「いまからじゃ凄く危険だよ。僕は昨日死ぬかと思ったんだから。」とまたまた忠告を受けてしまいました。

それでも私たちはこの坂さえ登ぼりきってしまえばなんとかなると、お互い言い聞かせて時にはがけっぷちの狭い道をえっちらこっちら歩き続けました。しかしお昼近くになると気温は再び45度を超えいつまでたっても上り坂のおわりが見えません。ちょっと休憩した日陰では最初は体全体が日陰にかくれていたのに、だんだん足下から日差しがおしよせ数分後には体全体がお日さまに照らされていました。

私はまた昨日とおなじように気分が悪くなりその場に座り込んだとたん、地べたのあまりの熱さに飛び上がってしまいました。疲れても座ることさえ許されないこの過酷な土地。

ミスター苺は光を反射させる銀色の幕をパックから取り出し、私たちは手で幕の両端をもって頭からかぶるようにして日陰をつくり気温が下がるまで待つことにしました。この状態で1時間ぐらい突っ立っていましたが、多少体力が回復したのでもう後30分くらい歩き、やっと平たんなところまでたどり着きました。

確かにのぼり坂は終わったのですが、見渡す限り石の荒野で日陰などまったくない。道もこれまでと同じで角のとがった大きな石ころだらけ。一歩進むごとに太陽の熱がかなずちのようにこれでもか、これでもか、と背中に打ちかかってくるのです。20kgの背荷物が100kgにも感じられました。

いくら平たんな道でも、この暑さのなかこれ以上は歩けないと思い、奇跡的に見つけた猫の額のような岩影に座り込み再び幕をかぶって一番暑い時間を避け、気温の下がる午後4時頃まで待とうと決めました。

この調子では今日中にクリアクリークに着くのは到底無理。行けるところまで行ってキャンプして朝またはじめればいいさと話していたのですが、いつまでたっても気温は40度から下りません。そのうちに私より元気そうだったミスター苺が暑い暑いと飲み水を頭からかぶりはじめ、吐き気がすると言い出しました。吐き気は熱射病の初から中期の症状です。こんな状態では夕方からでも歩くのは無理。クリアクリークに行くもなにも、これ以上体温があがったままで熱射病になってしまったら、生きてかえれなくなる可能性があります。今は体温を下げることが先決。

それで結局私たちは、このハイクは諦めて、その日はそれ以上動かずその場でキャンプをし、翌日早く起きて夜明けとともにブライトエンジェルのキャンプ場に引き返すことにしました。

日が暮れても気温は32度程度にしか下がらず、テントの中は暑すぎて眠れません。そとにマットと寝袋をしいて上向きに横になりました。休んでいた岩影の岩はごつごつでもたれることができなかったので横になってやっと楽になりました。こういう所にいると簡単なものに有り難みを感じるようになりますね。ちょっとした日陰とか、腰掛けたり、持たれかけたりできる平らな岩とか。

夜中に喉が渇いたので水を飲もうと思ったら、あれだけたくさん担いできたはずなのに、ペットボトルに半分ぐらいしか残っていません。どうやら熱にうなされてボーっとなったミスター苺が頭から水をかぶり過ぎてしまったようです。明日のこともあるので、私は我慢してその晩は一滴も水を飲みませんでした。

そんななかで、見上げた夜空の星は我々のおかれた厳しい環境とは裏腹に、信じられないほど明るく美しく、空中がダイヤをちりばめたみたいでした。空を横切るように流れる銀河。時々に流れ星がいくつも目の前を走りすぎます。聞こえる音はコウロギと自分たちの鼓動だけ。なんて静かなんでしょう。ここ何キロ平方に人間は私たちふたりきりなんです。そう思うと生きているのがすごく不思議に感じました。

クリアクリークにには行かれなかったけど、こんな美しい空をみながら眠れただけで私は満足でした。

第三話 終