グランドキャニオン旅行

苺畑カカシ著

第四話: レンジャー事務所

翌日五時おきをして、一時間ちょっとで準備完了。命がかかってると思うと結構要領がよくなるものです。ま慣れもあるけど。

夜明けと共に下り開始。この時間の気温はまだ24度ぐらいで過ごしやすく、一晩寝て休んだせいもあって気もらくになっており、昨日あれだけ大変だった崖もま楽々とはいわないまでもまずまずの速度でおりることができました。

夜明けの峡谷は紫とピンクに彩られなんともいえない美しさ。でもこの美しさは厳しい自然ゆえだな侮ってはいけないなとつくづく思いました。

午前9時前にキャンプ場に到着。予定より一日早く帰ってきてしまったから、キャンプ場に予約はないけど非常事態だしどっかそのへんの地べたに一晩寝かせてくれるだけでいいのだからとレンジャーの事務所に向かいました。レンジャーとは自然公園の管理人兼おまわりさんみたいな人たちのことです。

事務所にすわっていたむさ苦しい髪も髭もはやしっぱなしの痩せたレンジャーは「困るんだよね。勝手に予定を変えられちゃ。キャンプ場が一日にささえられる訪問者の数には限りがあるんだから。人員オーバーすると自然破壊につながるんだよ。」 とひどく迷惑そう。「きのうから予定変更で帰ってきちゃったのは君たちで三組めだよ。クリアクリークへ挑戦するのはグランドキャニオンでのハイクの経験者のみってガイドブックに書いてあるのに、未経験の素人が身のほど知らずに挑戦して半分が挫折するんだから本当に困ったもんだよ。」 とぶつぶつたらたら。キャンプ場は満員だからとなりのロッジに空室があるかどうか聞いてこいとか、自分には決定権がないから上司に聞いてほしいとかいわれて、私たちは一時間ほどキャンプ場をいったりきたりさせられました。

レンジャーの責任者という男は短髪でひげもきれいにそった金髪の若い男。でも偉そうに威張っていて命からがら降りてきた我々に同情のかけらも見せません。彼はキャンプ場は満員だから夕方になって涼しくなったら昨日私たちが泊まったところまでもどってもう一晩過ごせというのです。涼しくなるといったって日のあるうちは35度をくだりません。昨日かなり体力を消耗しただけでなく今朝すでに二時間以上のハイクをしている私たちに、もう一度あの丘を登れというのはなんという酷な話。ミスター苺が「それは出来ません」というとレンジャーは恐い声で「なぜだ?」と怒鳴りました。「僕達は疲れ過ぎてます。体力がもちません」 とミスター苺がいっても、レンジャーはまだ納得がいかない様子です。「しょうがないな。じゃラバ小屋の裏で寝ていいよ。でも身勝手に予定を変えた罰として罰金250ドルを課すからな。」と横柄な口振りで、高慢に我々を見下ろしました。理不尽なほど高額の罰金に恐れをなして我々の気が変わると思っていたのか、ミスター苺がほっとした様子で「ありがとうございます」というと男は少しがっかりした様子。「気が変わったらいつでも出発していいですよ。」と今度はちょっと口調を変えていいました。私が「250ドルは大きいしこれから午後までゆっくりやすめば他の荷物は預けて水だけもって丘に上がれないこともないかも」とミスター苺に言うと「バカいうなよ。罰金が千ドルでも僕は絶対もどるもんか。そんなことをしたら本当にしんじゃうよ!」と怒鳴り返されました。あまりにも大変な剣幕に驚いて私はよくよくミスター苺の顔を見ると彼は気分がとても悪そう。「君は厳禁なもんさ。こっちは水が足りるかどうか心配で一睡もできなかったのによこでグーグー寝てるんだから。」とぶつぶついってる。眠れない、というのも熱射病の症状のひとつです。その時私は初めて事の深刻さにきがつきました。

最初に気分が悪くなりそうだと察知し休もうと提案したのは私ですが、実際に熱射病にかかっていたのは私ではなくミスター苺だったのです。あとで知ったことなのですが、若い男性は熱射病がひどくなるまで自覚症状がなく元気なんだそうですが一旦症状がでると女性より突然症状が悪化するとか。昨日かなり参っただけでなく一睡もしていず、今朝きついハイクで疲れている上にキャンプ場をいったり来たりさせられてミスター苺はもう卒倒寸前だったのです。

ラバ小屋はキャンプ場とロッジの境めにありました。ラバの臭いにおいがぷんぷんしてるし、蠅もぶんぶんとんでいましたが、とにかく泊まれるところがあるだけ幸運と、まるでヨセフとマリアの気分でした。

ロッジには幾つもの建物があり個人部屋から団体部屋までいろいろですが、ベッドもあり水洗トイレとシャワー付で、食堂まであります。ロッジに泊まっていない我々も食堂で飲み物は買えるし、水洗トイレも流しの使用も許されていたので、早速食堂へいってみました。なんと食堂の中は冷房がきいていて感激!文明の利器はすばらしい!

グランドキャニオンでは毎日少なくても一件はヘリコプターによるハイカーの救援がおこなわれるそうです。アリゾナは暑い、最高気温が48度になることもあると聞いていてもそれが実際どんなものなのか体験してみないとその恐ろしさを把握することはできません。カリフォルニアも一応砂漠だし気温も時々40度を超すこともあるので、我々も暑さには慣れているつもりでしたが、アリゾナの暑さとは比べものになりません。一歩間違えれば死ぬところだったのだと思うと改めて恐ろしくなりました。

午後になって我々が丘を登っていく気配がないので金髪のレンジャーは我々が真剣だと解ったらしくそのあとも少しお説教をしていたのですが、今度はだいぶ優しい口調で「実は別に問題もないのに気が変わって予定をかえる人が多いので罰金は高くしてあるのです。あなたたちの場合は本当に問題があったようなので、今回は罰金は免除しましょう」と言ってくれました。どうも私たちは問題があったにしては元気過ぎるように見えたようです。

その晩はラバのお尻をみながら、床についたのでした。

第四話 終